京都地方裁判所 平成19年(ワ)1793号 判決 2008年1月30日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,55万5000円及びこれに対する平成19年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,被告の所有する建物の一室について,被告との間で賃貸借契約を締結し居住していた原告が,①上記賃貸借契約における更新料支払の約定は消費者契約法10条又は民法90条に反し無効であると主張し,不当利得に基づき,過去5回に渡り支払った更新料(合計50万円)の返還及びこれに対する遅延損害金(訴状送達の日の翌日である平成19年4月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合によるもの)の支払いを求めるとともに,②敷金契約に基づき,敷金10万円から未払賃料4万5000円を控除した5万5000円の返還及びこれに対する遅延損害金(訴状送達の日の翌日である平成19年4月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合によるもの)の支払いを求めた事案である。
2 当事者間に争いのない事実等
(1) 被告は,別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し,不動産賃貸を事業として営む者である(乙1,3,弁論の全趣旨)。
(2) 賃貸借契約,敷金契約の締結(甲1,乙1,7,9)
ア 原告は,平成12年8月6日ころ,仲介業者である株式会社京都ライフ(以下「京都ライフ」という。)から,本件建物の一室(2階205号室,以下「本件物件」という。)の紹介を受け,同月6日,京都ライフから,重要事項説明書の交付及びそれに基づく説明を受けるとともに,京都ライフを通じ,被告に対し,入居申込書(乙9)を提出して,本件物件の賃借を申し込んだ。原告と被告は,同月11日ころ,本件物件につき,次の内容の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,被告は,同月15日ころ,原告に対し,本件賃貸借契約に基づき,本件物件を引き渡した。
また,原告と被告は,本件賃貸借契約を締結するにあたり,原告が被告に対し敷金として10万円(以下「本件敷金」という。)を預託した(以下「本件敷金契約」という。)。
(ア) 賃貸人 被告
(イ) 賃借人 原告
(ウ) 家賃 1か月4万5000円(共益費,水道代を含む。)
(エ) 契約期間 平成12年8月15日から平成13年8月30日までの約1年間(以後1年更新)
(オ) 礼金 6万円
(カ) 更新料 10万円(以下,この更新料の支払いに関する約定を「本件更新料約定」という。)
イ 賃貸借契約約款の内容(乙1)
原告と被告が本件賃貸借契約を締結するにあたり取り交わした建物賃貸借契約書(乙1)には,冒頭に「賃貸人と賃借人は,この契約書および賃貸借契約約款により,下記に表示する建物(目的物件)に関する賃貸借の契約を締結します。」と記載され,3頁から6頁までに「賃貸借契約約款」(以下「本件約款」という。)が記載されている。本件約款には,次の条項が掲げられている(なお,本件約款の条項中,「甲」とあるのは賃貸人である被告を意味し,「乙」とあるのは賃借人である原告を意味する。)。
第3条(使用目的)
乙は本物件を,居住の用途以外の目的に使用してはならない。
第4条(家賃・共益費)
① 乙は,契約書記載の家賃・共益費を,毎月末日までに翌月分を契約書指定の方法により,甲に支払う。この場合において,甲が,金融機関への振込を指定したときは,振込手数料は,乙の負担とする。
② 本契約期間の開始日が,暦上の1か月の中途である場合は,開始日の属する月の家賃・共益費は,日割計算(1か月は,30日として計算。)とする。明渡月については,日割計算はせず,乙は,明渡日が暦上の1か月の中途であっても,その月の末日までの家賃・共益費を支払うものとする。
第5条(敷金)
① 乙は,本契約(特約を含む)より生ずる,乙の一切の債務を担保するため,本契約締結と同時に,契約書記載の敷金を甲に預託し,甲は,これを無利息にて保管する。
④ 甲は,本契約終了後,乙が,本物件の明渡を完了した日より1か月後に,本契約敷金から,乙が,本契約上,甲に対して負担する債務を控除した残金を乙に返還する。
第15条(解約)
① 乙は,1か月以前に,甲又は甲の指定したる管理業者・管理人に書面による通知をすることにより,本契約を解約することができる。この場合においては,乙の通知が,甲に到達した日より起算して,1か月が経過した日の属する月の末日をもって,本契約は終了する。但,契約書に別段の定めがある場合はそれに従うものとする。
② 乙は,前項に拘らず,甲に1か月分の賃料を支払うことにより,本契約を即時解約することができる。
③ 甲は,6か月以前に,乙に通知することにより,本契約を解約することができる。
第21条(更新)
契約書記載の賃貸借期間の満了時より,甲にあっては6か月前,乙にあっては1か月前までに各相手方に対し更新拒絶の申出をしない限り,本契約は家賃・共益費等の金額に関する点を除き,更新継続されるものとする。但し契約書に別段の定めがある場合はそれに従う。尚この場合,乙は甲に対し,契約書記載の更新料を支払わねばならない。
ウ 重要事項説明書の内容(乙7)
原告が被告に対し本件物件の賃借を申し込むにあたり京都ライフから交付を受けた重要事項説明書(乙7)には,「契約更新に関する事項」として,次の記載がされている。
「本契約満了により賃貸人は6か月前,賃借人は1か月前迄に各相手方に対し更新の可否を申し出ない限り継続され賃借人は賃貸人に更新料を支払い,同時に賃料等改定については公租公課・近隣賃料等の比較により改定する事が出来る。」
エ 礼金,家賃,敷金等の支払い(甲1,2,乙1,7,9)
(ア) 原告は,平成12年8月6日から同月11日にかけて,京都ライフを通じ,被告に対し,上記敷金10万円を含め,次のとおり合計24万1000円を支払った(なお,礼金の金額は,原告提出の重要事項説明書の写し〔甲1〕〔15万円〕と被告提出の重要事項説明書の原本〔乙7〕〔6万円〕とで異なっているが,前者〔写し〕には改ざんの痕跡が認められることに加え,原告が作成した入居申込書〔乙9〕には礼金が6万円であると記載されていること,原告の支払合計額が27万8800円であり〔甲2〕,礼金が6万円を前提とする上記24万1000円に(イ)記載の手数料3万7800円を加算した金額と一致することに照らし,礼金の金額は,後者〔原本〕に記載されている6万円であるものと認められる。)。
① 礼金 6万円
② 家賃 7万0500円
内訳・8月15日から同月31日までの17日分=2万5500円
9月分 4万5000円
④ 敷金 10万円
⑤ 入居者相互会費 1万0500円
(イ) 原告は,平成12年8月11日,京都ライフに対し,手数料として3万7800円を支払った。
(3) 賃貸借契約の更新・解約・賃料の支払い(甲3ないし8,乙4,5)
ア 原告と被告は,平成13年8月3日ころ,契約期間を平成13年8月31日から平成14年8月31日までとするほかは,家賃(共益費,水道代を含む。)の金額を含め,契約内容を従前どおりとすることととして,本件賃貸借契約を更新する旨合意し,原告は,同日,被告に対し,更新料10万円を支払った(甲3,5)。
イ 原告と被告は,平成14年9月1日,契約期間を平成14年9月1日から平成15年8月31日までとするほかは,家賃(共益費,水道代を含む。)の金額を含め,契約内容を従前どおりとすることととして,本件賃貸借契約を更新する旨合意し,原告は,同月25日,被告に対し,更新料10万円を支払った(甲4,5)。
ウ 原告と被告は,平成15年8月ころ,契約期間を平成15年9月1日から平成16年8月31日までとするほかは,家賃(共益費,水道代を含む。)の金額を含め,契約内容を従前どおりとすることととして,本件賃貸借契約を更新する旨合意し,原告は,そのころ,被告に対し,更新料10万円を支払った(甲6)。
エ 原告は,平成16年8月9日,被告に対し,更新料10万円を支払い,原告と被告は,同年9月1日,契約期間を平成16年9月1日から平成17年8月31日までとするほかは,家賃(共益費,水道代を含む。)の金額を含め,契約内容を従前どおりとすることととして,本件賃貸借契約を更新する旨合意した(甲7,乙4)。
オ 原告は,平成17年8月4日,被告に対し,更新料10万円を支払い,原告と被告は,同年9月1日,契約期間を平成17年9月1日から平成18年8月31日までとするほかは,家賃(共益費,水道代を含む。)の金額を含め,契約内容を従前どおりとすることととして,本件賃貸借契約を更新する旨合意した(甲8,乙5)。
カ 原告と被告は,契約期間を平成17年9月1日から平成18年8月31日までとする本件賃貸借契約について,解約の通知及び更新拒絶の申出をしない一方,更新する旨の合意もせず,また,原告は,被告に対し,更新料(10万円)を支払わなかった。原告は,被告に対し,上記契約期間経過後である平成18年9月1日から同年10月31日までの間の家賃2か月分合計9万円を支払った(当事者間に争いがない。)。
キ 原告は,被告に対し,本件約款第15条①の定めに従い,平成18年10月28日付け賃貸借契約解約通知書(乙6)を提出し,同年11月30日をもって本件賃貸借契約を解約する旨の意思表示を行い,同日,本件物件を明け渡したが,同年11月分の賃料(4万5000円)を支払っていない。
3 当事者の主張
(原告の主張)
(1) 既払更新料の返還請求について
ア 本件更新料約定は,消費者契約法10条又は民法90条により無効である。
イ 更新料の法的性質について
(ア) 本件賃貸借契約における更新料は,次のとおり,①更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金),②賃借権強化の対価,③賃料の補充のいずれの性質も有していない。
(イ) 更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)の性質(①)について
a 更新拒絶の正当事由の有無は,建物の使用を必要とする事情が賃貸人と賃借人でどちらがより大きいのかという点を基本要素とし(自己使用の必要性),この基本要素を判断するために,従前の経過や利用状況,立退料などを補完的要素として考慮するという構造で判断されるべきものである。
b そして,本件建物のように専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の場合,賃貸人の自己使用の必要性は乏しく,自己使用の観点から賃貸人に正当事由が認められることは考え難いし,仮に自己使用の必要性が認められたとしても,立退料の支払いもないまま正当事由が認められる場合を想定することができない。
また,正当事由が存在し,賃貸人が更新拒絶権を行使できる場合には,目的物を自己使用することにつき賃貸人に相当程度大きな経済的利益が存する場合であろうから,賃借人が更新料程度の金員の支払いを申し出たとしても,賃貸人としては更新拒絶権を行使するはずである。
したがって,更新料の支払いによって更新拒絶権を放棄するという契約当事者の意思は,少なくとも,本件賃貸借契約のような専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約における更新料支払条項からは読み取ることができない。
c 以上からすると,本件賃貸借契約のような賃貸借契約においては,更新料は更新拒絶権放棄の対価となっていないといえる。
d また,通常,更新料は,契約期間満了のころに当事者間で合意更新をすることによって支払われるものであるが,賃貸人の更新拒絶権は契約期間満了の6か月前までに行使しなければならない(借地借家法26条1項)。したがって,合意更新がされる場合は,既に賃貸人による更新拒絶権行使の期間が徒過しており,更新拒絶権が発生しないことが確定しているのが通常である。このような場合,もはや更新拒絶権の放棄とか更新拒絶権行使に伴う紛争回避ということは全く問題となる余地はなく,更新拒絶権放棄や更新拒絶権行使に伴う紛争解決金ということで更新料の性質を説明することはできない。
e 以上の理由から,本件賃貸借契約における更新料は,更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)の性質を有しない。
(ウ) 賃借権強化の対価の性質(②)について
a 本件賃貸借契約においては,被告は,6か月以前に,原告に通知することにより,本件賃貸借契約を解約することができるとされており(本件約款第15条③),合意更新がなされても,賃借権は,何ら強化されていない。
この点,被告は,本件約款第15条③は,本件賃貸借契約が法定更新された場合における確認的規定であり,合意更新された場合には適用がないと主張する。しかしながら,本件約款第15条③は,第15条の「解約」という条項の中に規定されていることからして同条項は更新後の契約の規律に関する規定ではないし,同条項には合意更新された場合には適用がないとの文言は付されていないことに加え,本件賃貸借契約においては,自動更新条項(本件約款第21条)が設けられており,そもそも法定更新が予定されていないのであるから,被告の上記主張は失当である。
b また,本件賃貸借契約のように専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約の場合においては,法定更新がなされ期間の定めのない賃貸借契約となっても,賃貸人の正当事由に基づく解約が認められるときはほとんどない。また,正当事由が認められるときでも,相当額の立退料の支払いが命じられるのが通常であるから,賃借人が更新料を支払ってまで合意更新を行う実益は極めて乏しい。
c 加えて,法定更新がされた場合でも,その後の賃貸人からの解約申入れは6か月前にしなければならないのであるから(借地借家法27条),賃借人は,少なくとも更新後6か月間は賃借権を確保できることになる。そうすると,契約期間が1年間である本件賃貸借契約の場合,法定更新と合意更新とで,賃借人が賃借権を確保できる期間の違いは,わずか6か月間に過ぎないし,更新時に賃貸人側に更新拒絶の正当事由が存在しなかったにもかかわらず,その後の6か月間に解約申入れの正当事由が発生するなどいうことは想定し難い。
d 以上の理由から,本件賃貸借契約における更新料は,賃借権強化の対価の性質を有しない。
(エ) 賃料の補充の性質(③)について
a 契約期間が長期間である賃貸借契約の場合とは異なり,本件賃貸借契約のように契約期間が短期間の賃貸借契約においては,そのような短期間の内に賃料の不足分が生じるとは考えにくい。
また,更新料が賃料の補充の性質を有するという見解は,不動産価格が右肩上がりに上昇していくことを前提としており,不動産価格の現況を全く考慮していない。
さらに,賃料の不足分というのであれば,更新後に間もなく解約した場合と,更新後の契約期間を満了した場合とで,自ずと金額が異なるはずであるところ,これを区別せず,賃料の不足分を一定の金額で算定することに無理がある。
b また,法は賃料増額請求を許容しているのであるから,不動産価格が上昇し周辺の賃料額と不均衡が生じれば,賃料増額請求により賃料不足分の請求ができるはずである。
c さらに,更新料の性質を賃料の補充と考えると,合意更新の場合にのみ更新料が支払われ,法定更新の場合に更新料が支払われないことについて,全く説明ができない。
d 被告は,賃貸人は,権利金,礼金や更新料なども含めた全体の収支計算を行ったうえで毎月の賃料額を設定するのが当然であるから,設定賃料と本来受けるべき経済賃料との差額について,更新料により補充することは合理性を有すると主張する。しかしながら,民法上,賃貸借契約における使用収益の対価としては賃料のみが予定され,権利金,礼金及び更新料については何ら規定がなく,そのような法的根拠のない金員も含めて賃料額の設定を行うなどということは,民法上も全く予定されていないし,更新料等の一時金によって賃料を補充するということは,経験則上,認められない。
e 以上の理由から,本件賃貸借契約における更新料は賃料の補充の性質を有しない。
むしろ,現在の更新料は,賃借人が物件を選定する際に主に賃料の額に着目する点を利用して,賃料については割安な印象を与えて契約を誘因し,結局は割高な賃料を取るのと同じ結果を得ようする欺瞞的な目的で利用されているものである。
(オ) 以上のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,被告が主張するいずれの法的性質も有しておらず,何ら対価性を有しない不合理なものである。
ウ 消費者契約法10条について
(ア) 消費者契約法は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とすることにより,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とするものである(同法1条)。このように,消費者契約法は,事業者と消費者との間に構造的格差があることを認めた上で,その格差を是正するために民法を修正するものである。
この立法趣旨からすると,消費者契約法10条の,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」とは,具体的には,当該契約条項によって消費者が受ける不利益とその条項を無効にすることによって事業者が受ける不利益とを衡量し,両者が均衡を失していると認められる場合を意味すると考えるべきであるが,その骨格となるのは,消費者契約法の目的,すなわち事業者と消費者の情報格差,交渉力格差を是正する原理であって,そのための均衡性原理と理解すべきである。この点からすれば,上記文言は,契約条項が「正当な理由がなく」消費者の利益を害するという意味と解するべきである。
(イ) 本件更新料約定は,民法601条の賃料支払義務に加えて賃借人の義務を加重するものであるから,「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し…消費者の義務を加重する消費者契約の条項」に該当することは明らかである。
(ウ) そして,上記のとおり,本件賃貸借契約における更新料には,何ら合理的な対価性を有していないのであるから,本件更新料約定は,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」条項といえる。
(エ) 加えて,本件賃貸借契約は,契約期間が1年間であるにもかかわらず,更新料の金額は10万円(月額賃料の約2.22倍)と高額であり,その不当性は際だっている。
(オ) 以上の理由から,本件更新料約定は消費者契約法10条に該当し無効である。
エ 民法90条について
上記のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,全く合理的な対価性を有していないことに加え,その月額賃料に対する比率,本件賃貸借契約の契約期間の短さからすると,本件更新料約定は,暴利行為(少なくとも極めて不合理な支払約束)であるといえ,公序良俗に反し無効である。
オ まとめ
よって,原告は,被告に対し,不当利得に基づき,既払更新料50万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(2) 敷金の返還請求について
ア 上記のとおり,本件賃貸借契約締結の際,原告は被告に対し,敷金10万円を預託し,本件賃貸借契約は平成18年11月30日に終了し,そのころ,原告は,被告に対し,本件物件を明け渡した。
イ 平成18年11月分の未払賃料4万5000円は,上記敷金に充当される。
被告は,平成18年分の更新料10万円が充当されると主張するが,上記のとおり,本件更新料約定は無効である上,平成18年の更新は法定更新である(本件約款第21条に基づく自動更新が行われたのであれば,更新料の授受がなされているはずであるが,更新料は授受されていない。)から,更新料支払義務は発生しない。
ウ よって,原告は被告に対し,本件敷金契約に基づき,本件敷金の残金5万5000円の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告の主張)
(1) 既払更新料の返還請求について
ア 本件更新料約定は,消費者契約法10条及び民法90条に違反するものではなく有効である。
イ 更新料の法的性質について
(ア) 更新料は,一般的に,①更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金),②賃借権強化の対価,③賃料の補充という複合的な法的性質を有するものであり,本件賃貸借契約における更新料も同様に,上記各法的性質を有する。
(イ) 更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)の性質(①)について
更新料は,賃貸人の更新拒絶権を放棄することの対価としての性質を有する。また,更新料の支払いによる更新が予測される場合には,賃貸人は,更新拒絶権の有無を検討することなく更新に応じているのであり,更新料には,その支払いを約することによって,画一的に更新拒絶権行使に伴う紛争を回避する目的(紛争解決金としての性質)もある。
なお,原告は,本件物件のような専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の場合においては,賃貸人からの更新拒絶の正当事由が認められるときは考え難いと主張するが,更新拒絶の正当理由は,賃貸人側の事情と賃借人側の事情を比較衡量して決すべきところ,近時は賃貸物件も過剰供給の状況が続いていることに伴い,借家権保護の必要性も変容しており,近時の裁判例においても,必ずしも賃貸人に自己使用の必要性があることまでは要求しておらず,不動産の有効利用の必要性がある場合などに賃貸人の更新拒絶権が認められる事例も少なくないから,原告の上記主張は失当である。
(ウ) 賃借権強化の対価の性質(②)について
更新料は,契約更新後に期間の定めのある賃貸借契約となり,賃貸人からの解約申入れがなされないことの対価,すなわち賃借権が強化されることの対価としての性質を有する。
原告は,本件約款第15条③を捉えて,本件賃貸借契約においては,合意更新後においても賃貸人からの解約申入れができると主張するが,同条項を合理的に解釈すれば,法定更新の場合の解約申入期間を確認的に定めた条項に過ぎないものであり,合意更新の場合には適用がないから,原告の上記主張は失当である。
(エ) 賃料の補充の性質(③)について
a 賃料の支払いについての民法614条は任意規定であるから,それと異なる合意をすることも可能であるところ,更新料は,低く設定された月々の賃料と併用されることにより,賃料の補充としての性質を有するものである。すなわち,賃貸人は,更新料約定がある場合には,賃料に加えて更新料が一時金として入ってくることを前提として月々の賃料を設定しているし,賃借人も,更新時の更新料を考慮して,賃借物件を選択している。
b 更新料支払約定がある場合,賃借人としても,契約当初から1回目の更新までは,低く設定された賃料で賃借することができる上,仲介手数料,敷金等の初期費用が少なくて済む(これらの金額は月々の賃料を基準に決定されることが多いため)という利点がある。また,更新前に退去する賃借人にとっては,当該物件の居住期間の総額支払賃料が少なくて済むという利点がある。加えて,企業等の社宅や生活保護などで,更新料の補助がなされている場合は,月々の賃料の負担者は賃借人であるが,更新料の負担者は補助をしている者(企業,国等)であり,月々の賃料と更新料の負担者が異なっている。このような場合,賃借人には,更新料につき補助が受けられる上,月々の賃料が低額となるという利点がある。
c なお,更新料を賃料の補充と考えると,契約期間内に賃貸借契約が終了した場合と期間満了した場合とで差異が生じ得るが,この場合は,賃借人が更新料の支払いにより受けるべき利益を自ら放棄したものと評価できるし,そもそも賃貸借契約は継続的な目的物の使用の対価として賃料を設定するため,厳密に使用収益の期間と賃料額を対応させること自体困難であるから,上記の差異をもって,更新料が賃料の補充の性質を有することを否定する理由とはならない。
d また,原告は,更新料に賃料の補充の性質があるとすると,合意更新の場合と法定更新の場合とで,更新料支払義務の有無につき違いが生じ不合理であると主張する。しかしながら,賃料の補充の必要性は法定更新,合意更新いずれの場合でも同じであることからすれば,法定更新の場合にも更新料支払義務があるといえるから,原告の上記主張は失当である。
e 本件賃貸借契約においても,本件建物は,京都市左京区下鴨の良好な閑静な住宅地に所在する鉄骨ブロック4階建の昭和58年1月31日築の建物(乙3)であり,本件物件は,電気・ガス・水道・6帖・台所・トイレ・給湯設備・冷暖房設備ありの物件であり(乙7),本件物件の月々の賃料は5万円でも相当であるが,本件更新料約定が存在するため,月々の賃料は4万5000円と比較的低額に設定されているものである。
(オ) 以上のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金),賃借権強化の対価,賃料の補充の性質を有するものであり,原告の主張するように,何ら合理的な対価性を有していないものではない。
ウ 消費者契約法10条について
(ア) 上記更新料の法的性質に鑑みれば,更新料の支払いは賃貸借契約の中心的な内容の一つであり,契約の中心部分を定める条項に該当するというべきであるから,契約の中心条項について消費者契約法10条の適用はないという見解に立てば,本件更新料約定にはそもそも同条の適用はない。
また,本件賃貸借契約は,原告と被告が個別に交渉をして契約締結に至っている(被告は,本件建物の本件物件以外の部屋も賃貸しているが,契約条件は部屋ごとに異なっている。)から,個別交渉を経た条項について消費者契約法10条の適用はないという見解に立てば,本件更新料約定には同条項の適用はない。
(イ) 上記のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,更新拒絶権放棄の対価,賃借権強化の対価,賃料の補充という複合的な性質を有しており,また,賃料の支払義務は民法に定められているのであるから,本件更新料約定は,「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し…消費者の義務を加重する」条項ではない。
(ウ) 消費者契約法10条の,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」条項に該当するか否かは,当該条項を有効とすることによって消費者が受ける不利益と,その条項を無効とすることによって事業者が受ける不利益とを総合的に衡量し,消費者の受ける不利益が,均衡を失すると言えるほどに一方的に大きいといえるか否かで判断されるべきものであるところ,次の理由から,本件更新料約定は,上記文言に該当しない。
a 本件更新料約定の合理性について
上記のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金),賃借権強化の対価,賃料の補充という複合的な性質を有しており,十分な合理性を有している。
また,借家契約における更新料支払の合意は,古くから全国的に行われてきたものであるし,裁判実務においても承認されてきている(一定額の更新料の支払いを内容とする和解や調停も相当数存在する。)。さらに,生活保護制度でも,更新料の扶助がなされており,更新料支払の合意は社会的承認を得ているものといえる。
加えて,借地借家法の制定過程において,借家契約における賃料名目以外の金銭(権利金,更新料,立退料等)につき,何らかの法的規制を及ぼすべきか否かについての問題提起がなされているが,借地借家法の制定においても,その後の同法の改正においても,更新料に関する規制はなされていない(この立法者の意思としては,更新料そのものが不合理なものであるとして法的規制を及ぼすのではなく,専ら私的自治に委ねるべきとの判断が示されていると考えるべきである。)。
b 情報の格差について
建物の賃貸借契約は一般に広く行われる契約であり,物件の広告においても更新料という用語は広く用いられており,更新料は,「約定の契約期間満了後も契約を継続する場合にその対価として支払うもの」であるという意味においては一般に広く理解されているものである。
また,建物の賃貸借契約は,賃貸条件に関する情報をもとに,消費者が経済的負担を勘案して物件を選択し,申込みを行い,契約に至るというのが実態であり,事業者が消費者に対して契約締結を働きかけるものではない。
さらに,今日においては,消費者は,賃貸物件の情報を容易に入手することができるし,仲介を行う宅地建物取引業者(建物賃貸借においては,ほとんどの場合,宅地建物取引業者の仲介がなされている。)には,重要事項説明義務として,消費者に対し,更新料を含む賃貸条件等について説明すべき義務が課せられている(本件賃貸借契約においても,重要事項説明書〔甲1,乙7〕が交付され,更新料についての説明が行われている。)。その上で,消費者は,更新料を含む経済的負担を物件の使用収益の対価として認識し,契約の申込を行っているのが通常であり,そこに情報の格差を理由に法が介入する合理的な理由は見出せない。
c 原告及び被告の不利益について
原告は,5回にわたり被告との間で合意更新を行って更新料を支払ってきた。原告は,更新料を含めた経済的負担に見合う経済的合理性があると判断し,本件物件の使用収益,契約期間の保護という利益を既に享受しているのであるから,本件更新料約定を無効にしてまで保護すべき原告の利益は存在しない(仮に存在するとしても極めて小さい。)。
他方,被告は,更新料の支払いを受けることの対価として,更新拒絶権を放棄し,賃借権の強化という利益を原告に与えているし,更新料等の一時金を含めて全体の収支を計算し,月々の賃料を設定している。更新料徴収に対する,このような被告の期待(利益)は十分に法的保護に値するものである(実際に,原告から支払われた更新料は,被告の収入となり,税務申告をして税金を支払い,また賃貸経営の諸経費,生活費などにすでに使用されてしまっている。)。
さらに,本件更新料約定が無効となれば,他の物件の賃貸借関係にも波及し,被告は,消費者契約法施行後に締結された全ての賃貸借契約について,更新料を返還しなければならなくなるという不測の損害を被ることとなる。
このように,本件更新料約定が有効とされることによって原告が被る不利益と,無効とされることによって被告が被る不利益とを比較衡量すると,被告の不利益の方が圧倒的に大きい。
(エ) 以上より,本件更新料約定は,消費者契約法10条に違反するものではない。
エ 民法90条について
上記アないしウで述べたところによれば,本件更新料約定が公序良俗に反するものではないことは明らかである。
なお,原告は,更新料と月々の賃料とを単純に比較し,本件賃貸借契約における更新料が不当に高額であると主張するが,更新料の金額の高低は,単純に月々の賃料との比較で決められるべき問題ではなく,月々の賃料及び更新料を併せた絶対的な金額そのもので判断がなされるべきものであるから,原告の主張は失当である。
オ まとめ
以上のとおり,本件更新料約定は有効であるから,既払更新料の返還を求める原告の請求には理由がない。
(2) 敷金の返還請求について
ア 原告の主張(2)アの事実は認める。
イ 同イは争う。本件賃貸借契約は,平成18年には本件約款第21条に基づき自動更新され,原告は,更新料10万円の支払義務を負っているが,これを支払っていないから,本件敷金には,未払賃料よりも弁済期の早い更新料10万円が充当され,平成18年11月分の賃料4万5000円が未払いとなっているから,本件敷金は残存しない。
ウ よって,敷金の返還を求める原告の請求には理由がない。
第3当裁判所の判断
1 前記当事者間に争いのない事実等,証拠(甲1ないし8,乙1,4ないし7,9)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 原告は,平成12年8月6日,京都ライフから,重要事項説明書の交付及びそれに基づく説明を受けた上で(その際,本件更新料約定についても説明を受けた。),京都ライフを通じ,被告に対し,本件物件の賃借を申し込み,原告と被告は,同月11日ころ,本件賃貸借契約を締結している。
(2) 原告と被告は,平成13年から平成17年までの毎年8月末の本件賃貸借契約の各更新の際,解約の通知及び更新拒絶の申出を行わず,その都度,契約期間をその後の1年間とするほかは,家賃(共益費,水道代を含む。)の金額を含め,契約内容を従前どおりとすることととして,本件賃貸借契約を更新する旨合意し,原告は,被告に対し,更新料10万円(合計50万円)を支払っている。
(3) 原告と被告は,平成18年8月末の本件賃貸借契約の更新の際には,同様に,解約の通知及び更新拒絶の申出をしない一方,更新する旨の合意もせず,また,原告は,被告に対し,更新料(10万円)を支払わなかった。原告は,被告に対し,上記契約期間経過後である平成18年9月1日から同年10月31日までの間の家賃2か月分合計9万円を支払った。
(4) 原告と被告は,本件賃貸借契約において,自動更新条項(本件約款第21条)を設け,更新時に特段の合意をしない場合においても,本件賃貸借契約を,自動的に,家賃・共益費等の金額に関する点を除き,従前と同様の条件で更新し,その際,原告が被告に対し更新料10万円を支払う旨合意しているから,本件賃貸借契約においては,法定更新が行われる余地はなく,当事者間の合意による更新又は本件約款第21条による自動更新のみが予定されており,いずれの場合においても本件更新料約定に基づく更新料の支払いが合意されているということになる。したがって,本件賃貸借契約の前記6回の更新のうち,平成13年から平成17年までの5回は,当事者間の合意による更新であり,平成18年の最後の更新は,法定更新ではなく,本件約款第21条による自動更新である(本件賃貸借契約は,平成18年の更新後も契約期間を定めていることになる。)。
2 更新料の法的性質
(1) 被告は,本件賃貸借契約における更新料は,①賃貸人の更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金),②賃借権強化の対価,③賃料の補充という複合的性質を有していると主張する。
(2) 更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)の性質(①)について
ア 賃貸人は,正当事由があると認められる場合であれば,賃貸借契約の更新をしない旨の通知をすることができるところ(借地借家法28条),賃貸人と賃借人との間で更新料が授受され,賃貸借契約の合意更新(ないし自動更新)が行われる場合においては,賃貸人は,正当事由が存在しないことが明らかではないときにおいても,賃貸借契約の更新をしない旨の通知をしないで,契約を合意更新(ないし自動更新)するのであるから,一般的に,更新料は,更新拒絶権放棄の対価の性質を有するものと認めることができる。
イ もっとも,当然のことながら,常に正当事由があると認められるものではなく,特に,本件賃貸借契約のように専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約においては,更新拒絶の正当事由が認められる場合は多くはないと考えられるから,更新拒絶権放棄の対価としての性質は希薄であるというべきである。
ウ 原告は,合意更新(ないし自動更新)がされる場合は,既に賃貸人による更新拒絶権行使の期間(契約期間の満了の6月前まで〔借地借家法26条1項〕)が徒過しており,更新拒絶権が発生しないことが確定しているのが通常であるから,更新拒絶権放棄や更新拒絶権行使に伴う紛争解決金ということで更新料の性質を説明することはできないと主張する。しかしながら,更新料を支払うことをあらかじめ合意している場合には,賃貸人は,更新料の支払いが受けられることを期待して,更新拒絶権を行使しないものと考えられるから,更新料は,更新拒絶権放棄の対価となっているものと評価することができ,原告の主張を採用することはできない。
(3) 賃借権強化の対価の性質(②)について
ア 賃貸人と賃借人との間で更新料が授受され,賃貸借契約の合意更新(ないし自動更新)が行われ,更新後も期間の定めのある賃貸借契約となる場合には,賃借人は,契約期間の満了までは明渡しを求められることがない。これに対し,法定更新の場合には,更新後の賃貸借契約は,期間の定めのないものとなり(借地借家法26条1項),賃貸人はいつでも解約を申し入れることができることとなるから,賃借人の立場は,程度の差はあるにせよ,そのことによって不安定なものとなる。したがって,更新料を支払って合意更新することには(更新後も期間の定めのある賃貸借契約とすることができるから),賃借人にとっても,利益は存することになる。
加えて,賃貸人が更新拒絶権を行使した場合には,正当事由の存否の判断にあたり,従前更新料の授受がされていることが考慮されるもの考えられる。
したがって,本件賃貸借契約における更新料は,賃借権強化の性質を有するものと認めることができる。
イ もっとも,前判示のとおり,本件賃貸借契約においては,契約期間が1年間という比較的短期間であるから,合意更新(ないし自動更新)により賃借権が強化される程度は限られたものである上,前判示の更新拒絶の場合と同様に,本件賃貸借契約のように専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約においては,賃貸人からの解約申入れの正当事由が認められる場合は多くはないものと考えられるから,賃借権強化の対価としての性質は希薄であるというべきである。
ウ 原告は,本件賃貸借契約では合意更新(ないし自動更新)が行われ,更新後も期間の定めのある賃貸借契約となっても,本件約款第15条③により,賃貸人である被告は,賃借人である原告に対し,解約を申し入れることができるとされており,何ら賃借権は強化されていないと主張する。しかしながら,借地借家法は,建物の賃貸借について期間の定めがある場合においては,賃貸人が期間内に解約する権利を民法618条に基づいて留保することを予定していないものと解するのが相当であり(借地借家法27条は,建物の賃貸借について期間の定めがない場合において,賃貸人が解約の申入れをしたときには,解約申入れの日から6か月を経過することによって終了する旨を規定している。),本件約款第15条③は,借地借家法30条により無効であるから,同条項が有効であることを前提とする原告の主張を採用することはできない。
(4) 賃料の補充の性質(③)について
ア 前判示のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価としての性質を有するものの,その程度は希薄である。それにもかかわらず,原告は,本件物件を賃借するにあたり,被告との間で,礼金6万円,家賃(共益費,水道代を含む。)1か月4万5000円を前月末日支払い,契約期間1年間,自動更新条項(本件約款第21条)のほか,合意更新又は自動更新の際更新料として10万円を支払う旨の約定のある本件賃貸借契約を締結している。
このような賃貸借契約を締結する当事者の意思を合理的に解釈すると,賃貸人は,契約締結後1年目は礼金6万円に月額家賃4万5000円の12か月分を加算した合計60万円の売り上げを予定し,2年目以降は更新料10万円に月額家賃4万5000円の12か月分を加算した合計64万円の売り上げか,または,賃借人が転居した場合には新たな賃借人から,上記1年目と同様の売り上げを期待しているものと考えられ,他方,賃借人は,仲介業者から複数の物件の紹介を受けるのが一般の取扱いであると考えられることからすると,物件の所在,設備,広さ等とともに,更新料を含む経済的な出捐(礼金,敷金,賃料及び更新料)を比較検討した上で,賃借する物件を選択しているとみることができる。そして,原告又は被告が,本件賃貸借契約を締結するにあたり,これと異なる意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
イ このように更新料は,被告が本件物件を原告に賃貸し,原告が本件物件を使用収益することに伴い,原告が被告に対して行うことを約束した経済的な出損であり,しかも,前判示のとおり,本件賃貸借契約の契約期間が1年間と比較的短期間であり,かつ,更新しない場合には授受が予定されていない(契約後1年間で終了し更新しない場合には,全く授受されない。)ことからすると,本件更新料約定は,本件賃貸借契約における賃料の支払方法に関する条項であり,具体的には,契約期間1年間の賃料の一部を更新時に支払うこと(いわば賃料の前払い)を取り決めたものであるというべきである。したがって,本件賃貸借契約において更新料は,用語が適切かは疑義が残るが,賃料の補充の性質を有しているものということができよう。
(5) 以上のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,主として賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有しており,併せて,その程度は希薄ではあるものの,なお,更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価としての性質を有しているものと認められる。
3 民法90条及び消費者契約法10条
(1) 前判示の本件賃貸借契約における更新料の性質をふまえ,本件更新料約定が,民法90条により無効となるか検討するに,前判示のとおり,本件賃貸借契約における更新料が主として賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有しているところ,その金額は10万円であり,契約期間(1年間)や月払いの賃料の金額(4万5000円)に照らし,直ちに相当性を欠くとまでいうことはできない。
よって,本件更新料約定が民法90条により無効であるとする原告の主張を採用することはできない。
(2) 本件更新料約定が,消費者契約法10条により無効となるか検討する。
ア 前判示のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,主として賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有しており,本件更新料約定が,本件賃貸借契約における賃料の支払方法に関する条項(契約期間1年間の賃料の一部を更新時に支払うことを取り決めたもの)であることからすると,「賃料は,建物については毎月末に支払わなければならない」と定める民法614条本文と比べ,賃借人の義務を加重しているものと考えられるから,消費者契約法10条前段の定める要件(本件更新料約定が「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の義務を加重する消費者契約の条項」であること)を満たすものというべきである。
イ そこで,同条後段の要件(本件更新料約定が「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であること)について検討するに,前判示のとおり,①本件賃貸借契約における更新料の金額は10万円であり,契約期間(1年間)や月払いの賃料の金額(4万5000円)に照らし,過大なものではないこと(しかも,本件賃貸借契約においては,賃借人である原告は,契約期間の定めがあるにもかかわらず,いつでも解約を申し入れることができ,その場合には,更新料の返還は予定されていないが,原告が解約を申し入れた場合には,解約を申し入れた日から,民法618条において準用する同法617条1項2号が規定する3か月を経過することによって終了するのではなく,解約を申し入れた日から1か月が経過した日の属する月の末日をもって終了するか,又は,被告に1か月分の賃料を支払うことにより即時解約することもできることとされているから〔本件約款第15条〕,月払いの賃料の金額〔4万5000円〕の2か月分余りである本件賃貸借契約における更新料の金額は,過大なものとはいえないこと),②本件更新料約定の内容(更新料の金額,支払条件等)は,明確である上,原告が,本件賃貸借契約を締結するにあたり,仲介業者である京都ライフから,本件更新料約定の存在及び更新料の金額について説明を受けていることからすると,本件更新料約定が原告に不測の損害あるいは不利益をもたらすものではないことのほか,③本件賃貸借契約における更新料が,その程度は希薄ではあるものの,なお,更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価としての性質を有しているものと認められることを併せ考慮すると,本件更新料約定が,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」とはいえないものというべきである。
ウ 以上によれば,本件更新料約定が消費者契約法10条により無効であるということはできない。
エ なお,原告の主張するとおり,更新料は,賃借人が物件を選定する際に主として月払いの賃料の金額に着目する点に乗じ,「更新料」という直ちに賃料を意味するものではない言葉を用いることにより,賃借人の経済的な出損があたかも少ないかのような印象を与えて契約締結を誘因する目的で利用されている面があることを直ちに否定することはできないけれども,更新料に関する報道が広く行われることなどを通じ,消費者が更新料の性質についての認識を深めていくことが考えられるし,不動産賃貸借の市場がその機能を十全に発揮すれば,賃貸業者の間で,更新料に関する競争が行われることが考えられるのであるから,原告の上記のような懸念が事実であるとしても,そのことから,直ちに,更新料に関する約定がおよそ民法90条又は消費者契約法10条により無効であるということはできない。加えて,賃貸借契約を締結する際,賃貸人に対して更新料に関する約定に関する説明が十分に行われなかった場合や,更新料に関する約定の内容(更新料の金額,支払条件等)が不明確であるため賃借人が賃貸借契約に伴い要する経済的な出損の全体像を正しく認識できない場合には,更新料に関する約定が当該賃貸借契約の内容とはなっていないとされたり,上記約定が消費者契約法10条により無効とされることが考えられないではないが,本件賃貸借契約の締結に至る前判示のとおりの経緯,本件更新料約定の内容には,そのような事情は認められない。
4 以上のとおり,本件更新料約定が民法90条又は消費者契約法10条により無効であるとする原告の主張を採用することはできないから,本件更新料約定が無効であることを前提とする原告の不当利得返還請求には理由がない。
5 敷金返還請求について
(1) 前判示のとおり,原告と被告は,本件賃貸借契約において,自動更新条項(本件約款第21条)を設け,更新時に特段の合意をしない場合においても,本件賃貸借契約を,自動的に,家賃・共益費等の金額に関する点を除き,従前と同様の条件で更新し,その際,原告が被告に対し更新料10万円を支払う旨合意しているから,本件賃貸借契約においては,法定更新が行われる余地はなく,当事者間の合意による更新又は本件約款第21条による自動更新のみが予定されており,いずれの場合においても本件更新料約定に基づく更新料の支払いが合意されているということになる。
(2) したがって,原告は,本件約款第21条及び本件更新料約定に基づき,被告に対し,10万円の更新料支払義務を負うこととなる。そして,前判示のとおり,本件敷金の額は10万円であり,本件敷金契約は,本件約款第5条④において,「被告は,本件賃貸借契約終了後,原告が,本物件の明渡を完了した日より1か月後に,本件敷金から,原告が,本件賃貸借契約上,被告に対して負担する債務を控除した残金を原告に返還する」旨定めており,本件敷金は,上記更新料10万円の支払義務に充当されるから,本件敷金の返還を求める原告の請求には理由がないこととなる。
第4結論
以上の次第で,原告の請求にはいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 井田宏 裁判官 中嶋謙英)
(別紙物件目録は省略)