京都地方裁判所 平成19年(ワ)2302号 判決 2009年10月30日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,2億0536万0148円及びこれに対する平成13年9月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,その経営するホテルにつき,建物の建築確認申請を行った際,同申請書に添付された構造計算書には耐震性にかかわる偽装があったのに,被告の建築主事がこれを見過ごして建築確認をした過失により,ホテル建物を改修し,改修期間に休業せざるを得なくなったとして,国家賠償法1条に基づき,被告に対し,①耐震補強改修工事費用6576万4500円,②営業休止期間中の逸失利益6269万1986円,③営業再開後の売上げ回復までの売上げ減少による逸失利益1950万9783円,④原告の休業により損害を受けた原告関連会社に対する原告の損害賠償債務額分の損害3639万3879円,⑤弁護士費用2100万円の合計2億0536万0148円及びこれに対する上記建築確認のされた日からの民法所定の遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告はビジネスホテルの経営等を目的とする会社であり,京都府京丹後市a町b小字cd番地,e番地において平成14年から「シティーホテルa」(以下「本件ホテル」という。)を経営している(甲1,2)。
イ 被告は,本件ホテルについて,建築基準法に基づく建築基準関係規定の適合処分を行った京都府a土木事務所建築主事Aが属する地方公共団体である(建築基準法4条5項)。
(2) 原告は,本件ホテルの建設を計画し,設計,監理及び建築工事を豊國建設株式会社(以下「豊國建設」という。)に依頼した上,平成13年8月24日,豊國建設一級建築士事務所一級建築士Bを代理人として,被告の機関である京都府a土木事務所に,本件ホテル建築計画について,建築基準法6条に基づき,建築確認申請を行った(甲3。以下,とくにことわらない限り法令は申請当時のものをいう。)。
(3) 上記確認申請書には,構造計算書(甲4,5)も添付されていたが,同計算書は実際には一級建築士Cが作成したものであった。
(4) Aは,同年9月10日,原告に対し,本件ホテル建築計画が建築基準法6条1項の規定による建築基準関係規定に適合していることを証明する確認済証を交付した(第H13確認建築京都峰土00077号。甲6。以下「本件建築確認」という。)。
(5) その後,原告は本件ホテル建築工事に着手し,平成13年11月19日,Aから建築基準法7条の3第5項の中間検査合格証の交付を受け(甲7),建築工事完了後である平成14年4月5日,同法7条5項の規定による検査済証の交付を受けた(甲8)。
(6) 平成17年11月22日,原告は新聞社から本件ホテルがC設計事務所による耐震偽装事件に関係があるとの連絡を受け,その後,本件ホテルの耐震性に関わる構造計算書に偽装があったことが判明したため,原告は同年12月2日に本件ホテルの営業を休止した。
(7) 被告は,学者や建築士らによる「京都府耐震強度偽装検討委員会」(以下「検討委員会」という。)を設置し,同月10日,本件ホテルの現地調査を行ったが,調査した範囲内では,本件ホテルは設計図どおりに建築されていることが判明した。その後,同月20日に本件ホテルの構造計算書に偽装が見つかり,被告は,震度6で倒壊のおそれがあるとして,原告に改修計画の作成と補修工事の実施を要請した(甲9)。
(8) 原告は,これを受けて,平成18年2月15日,被告に改修計画書を提出し,被告は,この改修計画書を検討委員会に提出したが,検討委員会の検討の結果,同委員会から11項目について改修計画の修正の指摘がなされたため,原告は,同年3月3日,修正改修計画書を提出した。しかし,これに対しても,更に一部の検討委員から不承認の意見が出されたため,修正を行い,同年4月24日,被告に改修計画書を提出し,同月27日に被告が改修計画を承認した(甲10)。
原告は,同年6月12日改修工事に着手し,同年8月26日改修工事が完成して,同年9月1日に本件ホテルの営業を再開した。
(9) 耐震強度不足の内容
本件ホテルは建築基準法上要求される耐震強度(保有水平耐力)を満たしていなかった。
被告は,本件ホテルの耐震強度(Qu/Qun)は,桁行方向(建築物のうち柱と柱の間の数(スパン)が多い方の辺方向)で0.37~0.54(2階壁他),梁間方向(スパンが少ない方の辺方向)で0.51~0.65(2階以上つなぎ梁)と判断しているが,耐震強度としては「Qu/Qun」は1以上が要求される(「Qu」とは,当該建築物が保有する最終的な,各階の水平方向からの外力(地震力)に耐えられる能力であり,構造設計の内容から計算上算出される。「Qun」とは,地震時に各階に必要とされる水平耐力である。)。
(10) 耐震偽装の内容
ア 耐震壁としての強度不足
梁間方向の耐震壁について,1枚の有開口耐震壁として計算されているが,正しくは,つなぎ梁形式の2枚の耐震壁とするモデル化により計算がされるべきである。開口部が広く,耐震壁として強度が不足し,また,梁間方向のつなぎ梁が脆弱であるため,正しいモデルによって計算した場合には必要な強度が保てない。
イ 剛性率
本件ホテルのような鉄筋コンクリ-ト造建築物の構造計算の基本的な手順は,別紙「鉄筋コンクリ-ト造建築物の構造計算フロ-」のとおりである。本件ホテルの構造計算は,その「ル-ト2-3」によっており(以下「本件ルート」という。),「保有水平耐力の確認」(ル-ト3)を回避しているが,これが許されるのは,剛性率が6/10(0.6)以上の場合であるところ,別紙「剛性率・層間変形角」(構造設計概要書(甲5)中の構造計算書添付の電算書52頁)のRs(剛性率)値が全て0.6以上となっているが,本件ホテルの1階と2階の設計を見ると,1階は壁が殆どなく,柱と梁で支える構造であるピロティ階(当該階において,耐力壁,そで壁,腰壁,たれ壁,方立て壁などの量が上階と比較して急激に少なくなっている階)であり,じん性指向性(地震に対しては柔らかく揺れて対応するタイプ)であるのに対し,2階以上は大量の壁で支える構造であり,強度指向性(地震に対してしっかりした構造で対応するタイプ)であり,1階と2階の剛性に大きな違いがあって,剛性率が0.6以上ではなかった。
ウ 耐力壁の断面検討・せん断力
応力解析結果では,2階部分が「198.3」のせん断力が加わるとなっている(構造設計概要書(甲5)中の構造計算書添付の電算書32頁)から,耐力壁の断面検討においては,設計用せん断力として上記数値を用いなければならないところ,何の根拠もない「80.8」という数値が用いられている。
本件ホテル計画では,耐力壁が耐えられるせん断力は,「137.6」であるため,応力解析結果の値に1.5倍した数値が「137.6」未満に収まらなければならない。しかし,正しい数値である「198.3」を用いたのでは,「297.45」となり,大幅に超過してしまい,不適合となるため,わざと1.5倍した数値が「137.6」未満に収まる値として「80.8」という値が用いられている。
2 争点及び争点についての当事者の主張
(1) 違法性について
ア 建築主との関係での違法性
(原告の主張)
建築基準法が,「当該建築物の倒壊,炎上等による被害が直接的に及ぶことが想定される周辺の一定範囲の地域に存する他の建築物についてその居住者の生命,身体の安全等及び財産としてのその建築物を,個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである」とする判例(最高裁平成14年1月22日第三小法廷判決・民集56巻1号46頁)からすると,建築基準法の規定からは,同法が建築主はもちろんのこと近隣居住者も保護する目的を有すると解釈するのが当然というべきである。形式的には建築主である原告が確認を申請した形をとっているとしても,耐震性能を満たさない違法な確認申請であることを看過して確認適合処分をした場合には,原告との関係においても違法であると評価されるべきは当然のことである。
国家賠償法上の違法が,取消訴訟における違法性と異なるとしても,専門的かつ厳格な判断が求められる建築確認制度の重要性とそこにおける建築主事の役割の重大さや,違法な本件建築確認で侵害されるのが建築主その他の者の生命,安全であること,建築主が確認申請をするためには一級建築士の関与が必要的で自らの寄与は小さいことも考慮すると,一級建築士による不正を建築主事が看過した場合は,建築主との関係で違法であるというべきである。
(被告の主張)
建築主事の行為が建築基準法に反する結果をもたらしたことが直ちに国家賠償法上の違法となるものではない。建築基準法あるいは建築確認という制度は,建築確認の対象となる個々の建築物の資産価値を保証したり,当該建築物の建築主個人の個別体的な利益を保障することを目的としたものではない。原告との関係で,原告の何らかの具体的権利ないし利益を違法に侵害したという事実はない。原告自身は,その建築計画どおりに建築を行うことができ,設計図書どおりの建築物を手に入れたのである。自ら提出した偽装文書を行政庁に見抜いてもらう権利ないし利益なるものは到底法的には認められない。本件建築確認において,原告の個別的・具体的権利ないし利益に対する侵害はなく,建築主事の行為について国家賠償法上の違法性は認められない。
イ 建築確認における保有水平耐力の位置づけ
(原告の主張)
本件ホテルは建築基準法上要求される耐震強度(保有水平耐力)を満たしておらず,本件建築確認は違法であった。
本件ホテルは,耐震強度が,桁行方向で0.37~0.54(2階壁他)とあることから,地震時に2階壁他の箇所がせん断破壊されてしまい,梁間方向0.51~0.65(2階以上つなぎ梁)とされていることから,やはり地震時に2階以上のつなぎ梁部分がせん断破壊されてしまう。
(被告の主張)
本件ホテルが必要保有水平耐力を有していなかったことにより,本件建築確認が違法であったとの点は争う。
建築基準法上,本件ホテルの規模においては,剛性率及び偏心率の基準(建築基準法施行令82条の3)を満たす場合には,必要保有水平耐力を有するか否かを確認することは求められていない。原告側の提出した本件建築確認申請書には,剛性率及び偏心率について上記の基準を満たす数値が記載されており,このため,保有水平耐力は算出されていなかった。その結果,本件建築確認において必要保有水平耐力の確認は行っていない。
「Qu/Qun」が1を下回ることの意味は,極めてまれな大規模な地震等に際して,建築物が倒壊ないし崩壊しないことが確保できないことであり,地震に遭えばせん断破壊が必ず起こるというようなものではない。
(2) 被告の建築主事の過失について
ア 建築主事の注意義務全般
(原告の主張)
建築主事は建築に関する専門家である。それゆえ,注意義務の水準としては,相当高度のものが要求されると考えるべきである。
建築主事が確認すべき対象は,当該建築確認申請が建築基準関係規定(建築基準法6条4項)に適合しているか否かである。そして,申請書の内容をどこまで詳しく検討するかについては,抽象的には21日間の期間において専門家が審査できる限度で重要性の高いものは全て審査しなければならないというべきである。建築主事は,適正な審査に必要な場合,設計した建築士に対して質疑や指示を行うべきであり,建築基準法6条5項には,申請書の記載によっては建築基準関係規定に適合するかどうかを決定することができない正当な理由があるときは,その旨及びその理由を記載した通知書を交付するという制度があり,実務でも活用されている。また,実務的には,建築確認の受付に先立ち事前審査を行っているので,その際に問題点を検討することができる。
(被告の主張)
建築確認は,講学上の確認行為であり,裁量の余地のない羈束行為であり,適否の基準となる建築基準関係規定も明確なものでなければならないとされる。
建築主事は,建築基準適合判定資格者登録簿に登載されているが,従来の「建築基準適合判定資格者検定」は,伏図や構造計算書を点検させてモデル化の適否などを答えさせるような高度な知識や経験を要求するものではなかった。これは,構造計算については,大臣認定プログラムによって安全が確認される仕組みとなっていることから,その点検業務は建築に関する基本的な能力と知識を有していれば行うことができるものと理解され,建築主事に構造計算書の点検に関する特段の知識や能力が必要であるとは考えられていなかったためである。建築基準適合判定資格者登録簿に登載された者であることを根拠に,構造計算書の点検に関する相当高度の注意力が求められていたとすることはできない。
建築確認を行う期間として21日間(建築物によっては7日間)が法定されていたが,その立法趣旨は,建築物は国民の日常生活や営業の基盤をなすものであることから,建築確認に一定の迅速性を求めるものであって,この21日間は,建築主事が1件の建築確認申請の審査に21日間専念することを想定して設定されたものではない。現実問題としても,1件の建築確認申請につき,建築主事ないしその補助者が審査にあてられるのは,数日程度であり,この間に,建築基準法93条に基づき消防長等の同意を得たり,申請者との協議をしたりしたうえ,申請書に必要な事項が記載されているか,必要な図書が添付されているか,必要な手数料相当額の証紙がちょう付されているかといった形式的な審査からはじまり,建ぺい率,高さ規制等の集団規定の審査,防火・避難等,昇降機などの建築設備等の規制等の単体規定の審査,構造図書(構造に関する図面,計算書)の審査を行うとともに,場合によっては,申請者に補正をさせなければならないのである。本件建築確認のされた平成13年度には,Aとその補助者Dの2名で,170件の確認申請を処理している。
このような時間的制約の中,建築主事に期待される審査の程度に限界があることは自明であり,構造計算の過程を逐一計算して検証することなどは到底なし得ない。
平成18年6月の建築基準法改正で,構造計算適合性判定制度が創設され,いわゆるピアチェックの考え方を採り入れ設計者と同等の構造専門家のチェックを求めることになったもので,建築主事に構造設計についての能力,経験が求められていなかったことを示している。
イ 耐震壁としての強度不足の見過ごし
(原告の主張)
梁間方向の耐震壁を1枚の有開口耐震壁とモデル化して計算すべきか,つなぎ梁形式の2枚の耐震壁とモデル化して計算すべきかは,甲第3号証の軸組図-2(S-10)を見て「外見的」に判断できる事項である。つなぎ梁形式の2枚の耐震壁とモデル化すれば,計算においても現実の力の加わり方に近い形で,つなぎ梁部分に力が集中するという前提で計算されるが,1枚の有開口耐震壁とモデル化してしまうと,つなぎ梁部分に力が集中しないという前提で計算がされてしまうのであり,極めて問題である。このように,建築主事にとっては上記図面を一見すれば,どのような形でモデル化しているのかという問題意識をもつことになり,それが1枚の有開口耐震壁とモデル化されていることが問題であるという判断にいたり,その結果,構造計画を正しいモデル化により計算すると,開口部が広く,耐震壁として強度が不足し,また,梁間方向のつなぎ梁が脆弱であるため,正しいモデルによって計算した場合には必要な強度が保てないことを容易に知ることができたといえる。
(被告の主張)
甲第3号証の軸組図-2(S-10)に描かれている耐力壁EW18Aを見てみると,当該耐力壁は開口部の上部において左右がつながっており,一見すると開口部のある一枚の壁である。本件建築確認当時は,本件耐力壁のような形状をした耐力壁を2枚の壁として評価すべきとの考え方が,建築確認の基準として示されていたわけではない。
被告は,本件耐震偽装発覚後の平成17年12月20日の記者発表までに,本件耐力壁については,1枚の有開口耐力壁ではなく,つなぎ梁形式の2枚の耐力壁とするモデル化が相当であるとの結論を得たが,これは本件耐震偽装発覚後,検討委員会(委員長はE)を立ち上げ,その中での学識経験者や構造計算の実務家を交えた検証及び綿密な実地調査の結果得たものなのである。このような検証及び実地調査が建築確認段階で建築主事に課されているとは到底解することができないものである。
以上のとおり,本件建築確認当時,本件のような耐力壁を一つの壁として取り扱うか否かについての基準は設けられておらず,建築士が一定の幅をもって判断していたものである。
このような状況に鑑みると,建築主事が,審査において準拠すべき基準に違反したというのではなく,構造計算を専門とする建築士が一つの壁と判断したことに対し,これを明確に否定できるだけの基準がないとして,当該建築士の判断に異議を唱えなかったとしても,当該建築主事に過失があったということは到底できない。
ウ 剛性率に関する見過ごし
(原告の主張)
構造計算書で剛性率の値が全て0.6以上となっているが,設計においては,1階(壁が殆どなく,柱と梁で支える構造(じん性指向性))と2階以上(大量の壁で支える構造(強度指向性))の剛性に大きな違いがあることから,剛性率が0.6であるということがあり得ないことは建築の専門家であれば,設計図面を一見しただけで,容易に気づくことであった。そして,建築主事としては,この点に疑念を抱いて,申請者側設計士に対し,剛性率が0.6以上となっている根拠を確認すべきであったのに,これをしないまま漫然と見過ごしたものである。建築主事は,「鉄筋コンクリ-ト造建築物の構造計算フロ-」の「保有水平耐力の確認」(ル-ト3)をしなければならなかった。そして,この保有水平耐力の確認をしたとすれば,到底その基準を満たすことはできない建築物であったことが判明したはずであった。
本件ホテルの1階のようにピロティ階のある建物は,極めて危険であり,要注意である。本件ホテルの1階がピロティ階であることから,ピロティ階での層崩壊が防止できる構造を有しているのかを慎重に調査すべきであった。
(被告の主張)
剛性率は,構造計算により確認されるものであり,本件ホテルの1階と2階以上との構造のおおまかな違いだけから「剛性率が0.6であることはあり得ない」と断言できるものではない。
各階の剛性は,柱,梁及び耐力壁の形状と材質によって定まるものであり,本件ホテルのように,特定階において耐力壁が少ないとしても,柱を太くするなどの措置により,当該特定階の剛性を大きくすることは十分可能である(乙8)。
本件ホテルについては,2階以上の柱の断面は650mm×450mmであるのに対して,1階の柱の断面は850mm×850mmとの違いがあることを看取することができる。
原告は,ピロティ階があれば剛性率が0.6以上になることはないと理解しているようであるが,原告の引用する文献(甲19)自体,ピロティ階のある建築物の設計については,①ピロティ階の剛性を高くすることによって剛性率を0.6以上とする場合の設計と②ピロティ階の剛性を高めるのではなく,建築物全体の必要保有水平耐力を確保することによる場合の設計とを提示し,①の方を推奨するとしているのである。
結局のところ,本件ホテルのようなピロティ階を有する建築物においても,剛性率が0.6を下回っているかどうかは,構造計算の結果により判断するしかなく,原告が主張するように1階と2階以上との見かけ上の大まかな違いから即断できるものではない。
エ 耐力壁の断面検討(せん断力)の数値の見過ごし
(原告の主張)
耐力壁の断面検討(せん断力)において,提出資料にある応力解析結果の数値「198.3」を用いず,何の根拠もない「80.8」という数値が用いられていることは一目瞭然であって,これは,建築主事が容易に知り得たのであるから,これを見過ごして,申請者側設計士に対して何の問い合わせもしていない建築主事には過失がある。
被告は,数値の違いについて,「建築主事が,柱,梁,耐震壁,基礎などの構造耐力上主要な部分に係る許容応力度の計算過程のすべてについてチェックするものでなければ判明するものではない。」と主張するが,誤りである。なぜなら,構造計算に用いられているコンピューターソフトは,SS1というものであり,柱や梁については自動的に計算してくれるが,壁の断面チェックは自動的には計算せず,それ故,耐力壁の断面検討は,応力解析で得られた数字を使用し,人間が手入力して,別のソフトを用いて計算しなければならないものであるからである。現実に,本件の構造計算書においても,耐力壁の断面検討結果は,応力解析とは別の様式になっている。このことは建築主事であれば当然に知っていたことである。そして,応力解析によるせん断力の数字が耐力壁の断面検討で用いられている数字と一致しているかなどということは簡単にチェックできることである。
応力解析で得られた数字をデータ入力する際に過失で誤るということもあり得るのであるから,全く構造計算の内容をチェックしなくてよいなどという理屈は成り立たない。一級建築士が不正をするはずがないという被告の主張からすれば,そもそも建築確認の存在意義はないに等しい。およそ建築の安全を保障すべき行政庁の主張すべきこととは思えない。建築主事が当然のことをわきまえて相当の注意を払っていれば,本件ホテルの違法な計画は容易に発見できたものである。
(被告の主張)
本件建築確認当時,建築主事としては,当該許容応力度等計算の前提となる入力データが適切であるか,計算過程においてエラー表示がないか,構造計算結果が構造図に反映されているかなどをチェックすべきものであると一般に理解されていた。入力データとは,固定荷重(建築物そのものの重さ),積載荷重(建築物に乗る人や家具などの重さ),地震力など建築物に働く力(外力)や建築物の形状などである。せん断力は,入力データではなく,入力データに基づき構造計算の途上で算出される数値であるから,上記チェック方法では構造計算の途上でせん断力の書換えがないかを審査することとはならない。
応力解析結果の数値と耐力壁の断面検討における数値の違いは,建築確認において,建築主事が,柱,梁,耐震壁,基礎などの構造耐力上主要な部分に係る許容応力度の計算過程のすべてについてチェックするものでなければ判明するものではない。なぜなら,その2箇所は,前者で得られた数字を後者に代入するというだけの単純な計算過程であり,今回のように悪意をもって偽装する場合でない限り,チェックしなければならないようなミス発生箇所ではなかったからである。建築士が悪意をもって偽装する犯罪行為によるのでない限り,通常は点検の必要がない計算過程について,建築主事が点検を行わず,一致すべき2つの数字が異なっているのを見抜けなかったとしても,建築士が職を賭した犯罪行為を犯してまで構造計算書を偽装することは予見できないというべきであるから,そのことをもって建築主事に過失があるとすることはできない。
(3) 信義則違反
(被告の主張)
本件建築確認については,代理人による行為は,行為の相手方との関係では本人自身による行為と同視すべきとの見地から,不誠実な行為によって取得した権利ないし地位の主張は許されないとされる法原則(いわゆる「クリーン・ハンズの原則」)を適用することができる。そもそも原告側の偽装行為がなければ,建築主事の過失の有無にかかわらず,このような結果はあり得なかったのである。
耐震偽装が原告の選定した代理人らにより行われた事実を直視するならば,原告自身が直接に偽装工作を行ったものでないにしても,欺罔した相手である建築主事あるいは被告に対して損害賠償を請求することは,信義に反し許されない。
(原告の主張)
民法716条では,注文主は,請負人が第三者に損害を与えたときには,注文者は指図に過失がない限り責任を負わないとされているように,注文主は常に請負人のした行為の責任を負うべき立場にないのであり,代理人として一級建築士Bを使用したからといって,損害賠償請求が信義則違反になるということはない。原告は,豊國建設が他社より安価に建設できる理由に納得して,構造計算に問題があることは全く思い至ることもなかった。原告は,本件ホテルの外壁,建材の色,材質,間取りや室内装飾ぐらいについては希望を述べたが,豊國建設が誰に設計を依頼したのかは聞いたこともなく,設計士に会ったこともない。まして,構造計算など専門的なことになると,安全性を考えるため専門家に任せるほかなく,何も指示してはいないし,内容すら見ていない。
(4) 損害について
(原告の主張)
ア 耐震補強改修工事費用 6576万4500円
工事費用 6177万4500円
設計費用 399万円
イ 営業休止期間中の逸失利益 6269万1986円
平成17年12月2日から平成18年8月31日までの9か月間営業を休止せざるを得なかったことによる逸失利益であり,休業の前3年間の各月の平均営業利益額と休業期間における営業利益額との差額である。
ウ 営業開始後の売上げ回復までの売上げ減少による逸失利益 1950万9783円
平成18年9月1日から営業を再開したが,営業開始が広く周知されるまでに時間を要したこと,毀損された信用の回復に時間を要したことから,営業開始後6か月間に生じた売上げの減少である。
エ 丹後自動車振興株式会社の逸失利益 3639万3879円
原告の関係会社である丹後自動車振興株式会社が経営する自動車教習所の短期コ-スでは,遠方から来る生徒が本件ホテルを主たる提携宿泊施設としていたが,本件ホテルが平成17年12月2日から平成18年8月31日まで休業したため,本件ホテルに宿泊する教習生を受け入れることができず,合宿教習生が減少した損害につき,原告は,上記会社に対して,教習生の合宿用宿泊施設を提供する義務の不履行に基づき賠償することを約しているとともに,同社の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の譲渡を受けている。そこで,前者を主位的請求とし,後者を予備的請求とする。
休業前の2年間の合宿生による利益について,経費を控除した純利益を計算して休業による損害を算出した。
平成15年12月~平成16年8月 4190万9449円
平成16年12月~平成17年8月 3087万8310円
平均 3639万3879円
オ 弁護士費用 2100万円
(100万円は消費税)
(被告の主張)
原告は,自ら依頼した建築士を通じて耐震偽装した建築確認申請書を提出して本件建築確認を受けた結果,本件ホテルの補修や休業を余儀なくされたものであるから,このような経費が生じたとしても,これを原告の損害とすることはできない。
また,原告の主張する売上げ減少については,本件との因果関係が明らかであるとはいえない。
第3争点に対する判断
1 本件建築確認申請当時の建築基準関係法令の定め
(1) 建築確認審査
建築確認審査とは,建築計画に係る建築物について建築基準関係規定適合性を審査するものであるが(建築基準法6条1項),建築物の構造耐力,すなわち,「自重,積載荷重,積雪,風圧,土圧及び水圧並びに地震その他の震動及び衝撃に対して安全な構造」(建築基準法20条)に関しては,「建築物の安全上必要な構造方法に関して政令で定める技術的基準に適合すること」(同条1号)を審査し,一定の建築物についてはさらに,「政令で定める基準に従った構造計算によって確かめられる安全性を有すること」(同条2号)を審査するものとされている。
建築基準法施行令は,上記「政令で定める技術的基準」(同法20条1号)について第3章の第1節から第7節の2までで(同法施行令36条1項),上記「政令で定める構造計算」(同法20条2号)について同章の第8節で(同法施行令81条1項)それぞれ定めるとともに,構造設計の原則として,「建築物の構造設計に当たっては,その用途,規模及び構造の種別並びに土地の状況に応じて柱,はり,床,壁等を有効に配置して,建築物全体が,これに作用する自重,積載荷重,積雪,風圧,土庄及び水圧並びに地震その他の震動及び衝撃に対して,一様に構造耐力上安全であるようにすべきものとする」(同法施行令36条の2第1項)こと,「構造耐力上主要な部分は,建築物に作用する水平力に耐えるように,つりあいよく配置すべきものとする」(同条2項)こと,「建築物の構造耐力上主要な部分には,使用上の支障となる変形又は振動が生じないような剛性及び瞬間的破壊が生じないような靭性をもたすべきものとする」(同条3項)ことなどを示した上で,構造部材等(同法施行令第3章第2節)のほか,構造の種別に応じた具体的規定(同第3節から第7節の2まで)を置いている。
(2) 一般的な構造設計の手順
構造設計は,一般に,構造計画(建築しようとしている建築物の規模やプランなどに応じて,構造種別,使用材料,工法などを決定すること)を出発点として,①荷重・外力計算(建築基準法施行令82条1号),②応力計算(同条2号),③部材断面計算などの構造計算を経て設計図書の作成という流れによって行われる。
建築基準関係法令は,建築物の構造や規模により構造計算の要否及び内容について異なる規制をしており,また,一定の要件を定めて,異なる構造計算の手法を定め,設計者が選択し得るものとしている。
本件ホテルは,鉄筋コンクリート造,高さ23.2メートルの建築物であり(甲3),法令上,いわゆる許容応力度等計算(同法施行令82条,同条の2~4)による構造計算が必要とされているところ,本件構造計算は複数の設計ルートのうち本件ルートを採っている。
本件ルートは,柱より梁の降伏を先行させ,層崩壊を防止し,柱及び梁等に十分な変形能力を持たせることによって,建築物の耐震安全性を確保することを特徴とし,部材の粘り強さに期待するじん性指向型の計算手法である。
本件ルートの構造計算の手順は,一次設計と二次設計に分けられ,一次設計は,中地震程度に対して部材の応力度を許容応力度以内に設計するものであり,二次設計は,一定の建築物についての付加的な規制として,まれにみる大地震の場合に,部材が降伏しても建築物全体としては倒壊しないように必要な強度と粘りをもたせて設計するものであるが,それぞれの内容は以下のとおりである。
ア 一次設計(建築基準法施行令82,83~88条)
建築物に作用する荷重(固定荷重,積載荷重,積雪荷重)及び外力(風圧力,地震力)によって,建築物の構造耐力上主要な部分に生じる力を計算し(荷重・外力計算),同部分の断面に生じる長期及び短期の応力度(荷重及び外力が作用する物体(柱,梁など)内部に生じる力の総称)を計算する(応力計算)。なお,長期に生じる力は,固定荷重及び積載荷重によって生じる力であり,短期に生じる力は,長期に生じる力に,積雪荷重,風圧力及び地震力によって生じる力を加算して計算される。
次に,応力計算によって求めた応力度のうち,各部材の断面の種類ごとに最も不利な応力度がすべて許容応力度(構造物の荷重及び外力に対する安全性を確保するために定められた各部材の許容できる応力度の限界値)以下となるように,各部材の断面の大きさや鉄筋量等が決定される(部材断面計算)。なお,応力度が許容応力度以下になるように,部材を構成する材料,部材の断面の大きさ,鉄筋量等を組み合わせる作業を行うことまでを許容応力度設計という。
この過程で適切なモデル化をすることが必要になるが,モデル化の方法について,法令上,特段の規定はなかった。
イ 二次設計
一次設計が完了すると,本件建築物のような特定建築物(建築基準法施行令82条の2,建設省告示第1790号)に関しては,二次設計を行うこととなるが,本件ルートにおける二次設計の内容は以下のとおりである。
まず,層間変形角(同令82条の2,建築物の揺れの具合を検討する目安となる数値)が200分の1以下であることを確認する。
次に,剛性率(同令82条の3第1号。建築物を立面的に見たときの層ごとの変形の具合を検討する目安となる数値)が10分の6以上であること,及び偏心率(同条2号。建築物を平面的に見たときの変形の具合を検討する目安となる準値)が100分の15以下であることをそれぞれ確認する。
その上で,建築物の全体崩壊メカニズムを確保するために,柱の曲げ耐力が梁の曲げ耐力に対して十分な余裕を持つように曲げ設計し,また,部材の変形能力を確保するために,部材の終局時に生じるせん断力に対して十分な余裕を持つように設計をする必要があり(建設省告示第1791号第3の三),その設計を行うことにより本件ルートによる構造計算は終了する。
なお,本来採るべき設計ルート(ルート3)においても,構造計算の手順は一次設計と二次設計に分けられ,一次設計の計算及び二次設計の層間変形角の計算を行うことは本件ルートと同じである。ルート3と本件ルートとの差異は,ルート3が,本件ルートに比べて「より詳細な検討を行う設計法」であって,本件ルートの二次設計のうち,剛性率及び偏心率の計算に代えて,建築物の保有水平耐力が必要保有水平耐力以上であることを計算により確認することにある(同令82条の3柱書ただし書,82条の4)。
2 建築主との関係での違法性について
建築基準法は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的としている(1条)。ここで,公共の福祉の増進の方法として,国民の生命,健康という個人的利益を保護しており,その中に財産も含まれている。
建築物は場所を固定されているから,そこで保護されている国民は,その建築物内に居住したり,現にいる者,その近隣に居住する者が中心で,通行人なども含まれ,建築基準法は,それらの者の生命,健康のみならず,その財産をも保護していることになる。ここで,建築主自身がそれらに含まれれば,保護の対象となろうが,建築主のその建築物に対する所有権自体を保護の対象にしているかについては疑義がある。そもそも,建築主がどのような建築物を建築するかは,原則として自由であり,仮に建築基準法所定の基準に違反していたため,倒壊,炎上するなどしても,それは自己の責任であり,土地の工作物の所有者として,不法行為責任を負う場合もあるのであって(民法717条1項),その危険を回避しようとすれば,自ら倒壊,炎上等の危険の少ない建築物にするよう努めるか,損害保険契約をするなど,自己の責任で行う必要があるのである。また,建築基準関係法令に違反した場合には,その除却等の必要な措置をとることを命じられることがあり,これに従わなければ行政代執行をされることもあるのである(建築基準法9条)。
建築主は,通常,建築の専門家でないから,建築基準法,建築士法は,大規模又は複雑な建築物については建築の専門家である建築士の関与を要求しており,それにもかかわらず上記の倒壊,炎上等が発生した場合には,建築主は,建築士に対して損害賠償を求めることもできる。本件においては,原告は,設計,監理及び建築工事をした豊國建設や構造計算書を作成したCに対しては,その資力の関係もあってか,損害賠償を求めてはいないが,元来私法上の関係として処理されるべきものである。
もとより,建築の専門家である建築主事においても建築基準関係規定適合性を確認するわけであるから,建築主事も建築物の安全性について責任を負うべき立場にあるとはいえるが,前記のとおり,建築基準法上は,建築物というものが,その建築物内にいる者,その近隣に居住する者,通行人などの利益を侵害する危険があるものなので,特に規制をしているというべきであり,その保護の対象もそれらの者の利益であると考えられるのである。これとは別に,特に建築物に限ってだけ,その所有権という私権を,建築主事又はその属する地方公共団体が,後見的に保護しなければならない理由は見いだせない。
国家賠償法1条との関係でいうならば,建築主のその建築物の所有権については,建築基準法が直接保護の対象としていない以上,建築主事が建築基準関係規定適合性の判断を誤っても,原則として違法とは評価できないことになる。
原告は,建築確認につき,建築主はもとより近隣住民に抗告訴訟の原告適格を認めた判例を引用して,建築主のその建築物の所有権についても法律上保護されているなどと主張するが,建築主に抗告訴訟の原告適格を肯定するのは建築確認申請が却下された場合が通常なのであり,建築確認をした処分につき建築主の原告適格を認めるかどうかは疑義があるところである。いずれにせよ,抗告訴訟の原告適格という観点から,国家賠償法上の違法性を導こうとするのは,観点が異なるので相当とはいえない。もっとも,建築確認を経たことによるその建築物の安全性への建築主の信頼が全く保護の対象とならないともいえないとすると,建築主事が建築基準関係規定適合性につき故意に虚偽の判断をしたり,誤った判断をしたことにつき建築主事に重過失があったような場合には,故意や重過失のない建築主との関係で,国家賠償法1条との関係でも違法と評価されることがないとはいえないというべきである。
本件で,Aに上記の故意があったとの主張立証はないから,以下では,Aの重過失の点に着目して,その行為の違法性を検討する。
3 建築確認における保有水平耐力
建築基準法上,本件ホテルの規模においては,剛性率及び偏心率の基準(建築基準法施行令82条の3)を満たす場合には,必要保有水平耐力を有するか否かを確認することは求められていない(同令82条の4)。本件建築確認申請書には,剛性率及び偏心率について上記の基準を満たす数値が記載されており(構造設計概要書(甲5)中の構造計算書添付の電算書51,52,54頁),このため,保有水平耐力は算出されていなかったものである。
そうすると,保有水平耐力を算出しなかった点では,Aに重過失があったかどうかを検討するまでもなく,建築主事の行為に違法性があるとはいえない。
4 耐震壁としての強度不足の見過ごし
梁間方向の耐震壁を1枚の有開口耐震壁とモデル化して計算すべきか,つなぎ梁形式の2枚の耐震壁とモデル化して計算すべきかの点は,つなぎ梁形式の2枚の耐震壁とモデル化すれば,計算においても現実の力の加わり方に近い形で,つなぎ梁部分に力が集中するという前提で計算されるが,1枚の有開口耐震壁とモデル化してしまうと,つなぎ梁部分に力が集中しないという前提で計算がされてしまうから,結果的には2枚の耐震壁とモデル化するのが正しかったことは,本件建築確認の添付の軸組図(甲3の図面番号S―10)から「外見的」に判断できたとはいえるが,本件建築確認当時,モデル化の方法については,法令上,特段の規定が設けられていなかったし,モデル化について明確な見解があったと認めるに足りる証拠はない(証人Fは,昭和40年代ころから,専門図書が出ていたと供述するが,具体性がなく,直ちに採用できない。)から,建築主事が容易に上記の判断ができたとまではいいがたい。
なお,現在,平成19年国土交通省告示594号が,耐力壁に開口部を設ける場合について,「開口部の上端を当該階のはりに,かつ,開口部の下端を当該階の床版にそれぞれ接するものとした場合にあっては,当該壁を一の壁として取り扱ってはならないものとする。」と規定しているが(乙7),本件耐力壁は開口部の上部と梁の間に壁部分が存在しているともいえるため(甲3の図面番号Sー10),同規定に直接該当するものではないし,そもそも同規定自体,一連の耐震偽装事件を受けて建築基準法施行令82条1号が改正され,保有水平耐力計算及び許容応力度計算に用いる「荷重及び外力によつて建築物の構造耐力上主要な部分に生ずる力」の算定方法について国土交通大臣が定めることとなったこと(乙6)を受けて新設されたものであり,本件建築確認の際には存在せず,本件建築確認当時,建築主事がよって立つものであったとはいえない。
そうすると,モデル化の点で,Aに重過失があったとはいえず,建築主事の行為に違法性があるとはいえない。
5 剛性率に関する見過ごし
本件建物の剛性率は,別紙「剛性率・層間変形角」中のRsのとおりであり,ピロティ階である1階を含めて0.6以上である。
本件ホテルの1階はピロティ階であることから,Aは,ピロティ階での層崩壊が防止できる構造を有しているのかを慎重に調査すべきであったとはいえるが,剛性率は,構造計算により確認されるものであり,2007年版建築物の構造関係技術基準解説書(甲19)には,ピロティ階での層崩壊形式を許容しない設計方針と,ピロティ階の層崩壊形式及び全体崩壊形式を許容する設計法とがあると記載され,前者を推奨するとされているから,ピロティ階を有する建築物においても設計によっては剛性率が0.6以上になることを当然の前提として論述されているといえる。
そして,証拠(乙9)によれば,2階以上の柱の断面は650mm×450mmであるのに対して,1階の柱の断面は850mm×850mmとの違いがあると認められることからしても,本件ホテルの1階と2階以上との構造のおおまかな違いだけから「剛性率が0.6であることはあり得ない」と断言できるものではない。
そうすると,剛性率の点で,Aに重過失があったとはいえず,建築主事の行為に違法性があるとはいえない。
6 耐力壁の断面検討(せん断力)の数値の見過ごし
本件建築確認における構造設計概要書(甲5)中の構造計算書添付の電算書32頁において,応力解析結果では,2階部分が「198.3」のせん断力が加わるとなっているのに,耐力壁の断面検討(上記構造計算書24頁)においては,「80.8」という数値が用いられている。これは,本来,設計用せん断力として前者で得られた数値を後者に代入しなければならないところを,別の数字を用いて偽装したというものである。本件建築確認で構造計算に用いられている「Super Build SS1改訂版」というコンピューターソフトでは,耐力壁の断面検討は自動的には計算されず,応力解析で得られた数字を使用し,人間が手入力して計算しなければならないものであるが(争いがない。),大臣認定プログラムは100種類以上あるところ(乙10),建築主事がその個性をすべて把握した上で審査することは極めて困難であるし,上記のような偽装を申請側建築士があえて行うことまで予測することは,建築確認という制度が予定しないものであるというほかなく,建築主事に構造計算の過程での手入力の正否まで点検する義務があったとはいえない。
そうすると,耐力壁の断面検討の点で,Aに重過失があったとはいえず,建築主事の行為に違法性があるとはいえない。
7 結論
そうすると,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから棄却する。
(裁判長裁判官 瀧華聡之 裁判官 佐野義孝 裁判官 梶山太郎)
(別紙省略)