京都地方裁判所 平成19年(ワ)2694号 判決 2008年2月28日
主文
1 被告は,原告に対し,12万円及びうち10万円に対する平成19年7月24日から,うち2万円に対する平成19年9月15日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを60分し,その1を被告の,その余を原告の各負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,660万円及びこれに対する平成19年6月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,京都市長から京都市高齢者向け優良賃貸住宅の認定を受けて被告が管理する住宅を賃借していた亡A(以下「亡A」という)が,同。住宅内で死亡した際,同住宅の賃貸借契約に付随する緊急時対応サービス等の利用に関する契約に基づき現場に急行した担当者が,亡Aの部屋の合鍵と異なる鍵を被告から預けられていたために,亡Aの息子である原告が駆けつけるまで部屋を開けて亡Aを発見することができなかったという事案において,原告が,被告に対し,①被告が誤った合鍵を保管していたのは上記緊急時対応サービス等についての契約上の安全配慮義務に違反しているとして,亡Aに対する債務不履行責任に基づき,又は不法行為責任に基づき,慰謝料400万円,②原告は,鍵が合わずに混乱する現場に急行を強いられ,Aの遺体に直面することになるなどして,原告固有の精神的苦痛を受けたとして,債務不履行責任又は不法行為責任に基づき,慰謝料200万円及び弁護士費用60万円並びに上記①及び②の合計660万円に対する亡Aを発見した日である平成19年6月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 基礎となる事実(証拠等を付さない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,亡Aの長男で,亡Aの被告に対する損害賠償債権を単独で相続した(甲2<枝番含む>)。
(2) 亡Aは,平成18年4月14日,訴外Bとの間で,京都市高齢者向け優良賃貸住宅として京都市長から認定を受けている「C」の一室(以下「本件住宅」という。)について,被告を管理人として,下記の条件で賃貸借契約を締結した(以下「本件賃貸借契約」という。)。
記
賃貸人 訴外B
賃借人 亡A
管理人 被告
期間 平成18年4月15日から1年間,以後1年ごとの自動更新
(甲3)
家賃 月額6万6500円
共益費 月額1万0900円
敷金 19万9500円
(3) 京都市高齢者向け優良賃貸住宅について
ア 京都市高齢者向け優良賃貸住宅とは,高齢者(60歳以上)向けの優良な賃貸住宅として認定を受け,京都市から家賃の補助を受けられる民間の賃貸住宅である。同高齢者向け優良賃貸住宅の入居者の募集は被告が行っており,被告の広報によれば,入居者は,家賃の補助を受けられる以外にも,住宅のバリアフリー設計,緊急通報装置等により,事故,急病,負傷などの緊急時に対応する緊急時対応サービス等も受けられるとされている(甲12)。
イ 亡A,被告及び訴外株式会社フラットエージェンシー(以下「訴外フラットエージェンシー」という。)は,本件賃貸借契約に伴い,大要,下記の内容の,高齢者向け優良賃貸住宅の緊急時対応サービス等の利用に関する契約(以下「本件緊急対応サービス契約」という。)を締結した(甲4)。
(ア) 被告は,亡Aに対し,下記の緊急時対応サービス等(以下「本件緊急対応サービス」)という。)を,訴外フラットエージェンシーに委託して24時間体制で提供する(第1条,第2条4項)。下記に訴外フラットエージェンシーの義務として記載されている義務も,被告が同社と並んでその義務を負う。
a 緊急時対応サービス(第2条3項(1))
亡Aが居室(1室),浴室,便所で体に異常を感じたとき等において当該場所に設置の通報ボタンを利用し,訴外フラットエージェンシーに通報し,訴外フラットエージェンシーが通報を受信したときは,電話により亡Aの安否を確認し,亡Aの応答がないとき,もしくは訴外フラットエージェンシーが必要と認めるときは,訴外フラットエージェンシーの従業員が本件住宅に出動する。
b セキュリティサービス(第2条3項(2))
訴外フラットエージェンシーが,本件住宅の火災,ガス漏れ,非常の警報信号を受信したときは,電話により亡Aに状況を確認のうえ自ら出動し,必要とみとめるときは消防署もしくは大阪ガス等に通報する。
c 生活異常監視サービス(第2条3項(3))
訴外フラットエージェンシーは,パッシブセンサーにより亡Aの日常生活に何らかの異常が認められると判断したときは,上記aと同様の対応を行う。
d 電話による健康相談サービス(第2条3項(4))
訴外フラットエージェンシーは,専属スタッフ等により,通話料無料の電話による亡Aからの日常の健康相談に応じる。
(イ) 訴外フラットエージェンシーの立入り及び原告の承諾(第3条)
a 訴外フラットエージェンシーは,亡Aの生命に危険を感じ,緊急に本件住宅内に立ち入ることがやむをえないと判断したときは,訴外フラットエージェンシーの従業員の判断で本件住宅内に立ち入ることができるものとし,亡Aは,これを承諾する。
b 訴外フラットエージェンシーは,上記aの立入りを敏速かつ円滑に行うため,本件住宅の管理者として被告が保管する本件住宅の玄関の鍵を被告より借り受け,善良な管理者の注意と義務をもって保管するものとし,亡Aは,これを承諾する。
(ウ) 亡Aは,被告に対し,本件緊急サービスに対する対価として月額2100円(消費税を含む)のサービス料を支払う。
(4) 本件事故の発生
ア 訴外フラットエージェンシーは,パッシブセンサーによる生活異常監視サービスを大阪ガスセキュリティサービス株式会社(以下「大阪ガス」という。)に再委託していた。
イ 平成19年6月3日午前2時ころ,訴外大阪ガスセキュリティサービスコントロールセンター(以下「コントロールセンター」という。)で,本件住宅の室内センサーが12時間反応していないことを感知した(乙2)。
ウ コントロールセンターの職員D(以下「D」という。)が本件住宅に急行し,同日午前2時12分ころ,本件住宅前に到着した(乙1)。Dが呼び鈴を鳴らしたが,応答がないので,コントロールセンターの指示でDは本件住宅内への合鍵での立入りを試みた。
エ ところが,大阪ガスが訴外フラットエージェンシーから預かっていたDが持参した合鍵では,本件住宅の玄関を解錠することができず,Dは本件住宅に立ち入ることができなかった。
オ そこで,コントロールセンターのEは,同日午前2時45分ころ,緊急時連絡先として届出されている原告に対し本件住宅の鍵が合わない旨の電話をし,原告は,自身が保管している本件住宅の鍵を持って本件住宅に急行した。(時刻については争いなし。その余は乙1,原告本人)
カ 原告は,同日午前3時ころ本件住宅前に到着した(乙1,原告本人)。
キ 原告の持参した鍵で本件住宅を解錠したところ,亡Aは本件住宅内で既に死亡している状態で発見された。
ク F作成の亡Aの死体検案書には,直接死因を虚血性心疾患,死亡推定時刻を平成19年6月2日午前11時ころ,発病から死亡までの期間を短時間とする診断結果の記載がある(甲7)。
(5) Dが現場に急行した際に亡Aの本件住宅の鍵が開かなかったのは,被告が,大阪ガスに対し,過失により,前の入居者の時に使用していた鍵を,本件住宅の合鍵として保管させていたことによるものであった。
(6) 原告は,平成19年7月23日到達の内容証明郵便により,被告に対し,上記過失による損害として慰謝料合計600万円の賠償請求を行った(甲8の1,2)。
第3争点及び当事者の主張
1 亡A(ないしその相続人としての原告)に生じた損害について
(原告の主張)
(1) 被告には,本件緊急対応サービス契約に基づき,パッシブセンサー等により亡Aに生活異常が認められた場合には,速やかに現場に急行し入室して緊急時に対応する義務があり,その義務を履行するため,当然に,本件住宅の合鍵を適切に保管する安全配慮義務があるところ,過失により,誤った鍵を訴外フラットエージェンシーに預け,上記義務を怠った。これは本件緊急対応サービス契約上の安全配慮義務違反であるとともに,不法行為にも該当する。
(2) 亡Aは,被告が正しい鍵を保管していれば,平成19年6月3日午前2時すぎにはDにより直ちに本件住宅が解錠され,発見されていたはずであるところ,実際には解錠が即座にできなかったために1時間以上放置され,混乱の末,原告が鍵を持参した午前3時すぎにようやく発見され,死亡が確認された。このような対応を受けたことによる精神的苦痛を金銭に換算すれば,400万円を下回らない。
(被告の主張)
(1) 被告の本件緊急対応サービス契約による義務は,生活異常を感じた時に現場に出動し,必要に応じ救急車の手配などをすることにとどまり,合鍵を保管する行為は,上記サービスを履行するための手段であって,契約上の義務ないし安全配慮義務には含まれていない。本件緊急対応サービス契約3条は,被告に合鍵を保管する義務を課した規定ではなく,ただ,亡Aの義務として,被告から委託を受け,現場に急行した者の立入りを承諾する義務が規定されているにすぎないものである。契約上でさえ義務がないのに,不法行為責任が生じる余地がないのは当然である。
(2) 亡Aの死亡推定時刻は平成19年6月2日午前11時ころとされているのであり,被告が合鍵を保管していたか否かにかかわらず,Dが現場に急行した同年6月3日午前2時12分ころの時点では亡Aを救命できなかったことは明らかである。そうすると,ほかに亡Aに何らの具体的な不利益は発生していないから,慰謝料が発生する余地はない。
2 原告固有の損害について
(原告の主張)
(1) 本件賃貸借契約において安全安心な生活のための緊急対応サービスを売り物にする被告の安全配慮義務は,当該入居者のみでなく緊急時の連絡先となる,子である原告が安心して亡Aを居住させることができるようにするためでもあるから,被告は,原告に対しても安全配慮義務を負っており,これに違反した場合には,原告に対し,債務不履行又は不法行為責任に基づく損害賠償責任を負う。
(2) 被告が正しい鍵を保管していれば,遅くとも平成19年6月3日午前2時12分ころには,Dが直ちに本件住宅を解錠し,立入調査により速やかに亡Aを発見し,原告はその状態を聞いた上で同日午前2時40分ころには現場に急行して亡Aに対面することができたところ,被告の上記過失により,原告は,同日午前2時45分に,ようやく電話を受け,亡Aの状態や状況がよくわからないまま,大きな不安を抱えながら現場に急行することを余儀なくされた上,同日午前3時10分ころ,何の心づもりもないままいきなり遺体に対面させられた。原告は,現場に向かう間,亡Aは一刻を争う状態で助けを求めているかもしれないという不安に苦しんだ。これによる原告の精神的苦痛を金銭に換算すると200万円を下らない。
(被告の主張)
(1) 原告と被告の間には何ら契約関係はなく,被告は原告に対しては何らの義務を負っていない。
(2) 鍵が正しい鍵でなかったために原告が亡Aに対面できたのが遅れ,また,原告がその間不安な気持ちで過ごしたとしても,そのことによって生じた原告の不安感は,亡Aに緊急事態が発生していたということそのものから生じているのであり,被告は,原告に対し,亡Aにより早く対面させることや原告の不安感を除去することまでの義務を負っているものではない。
よって,原告の不安感は被告との関係で法的に保護される利益ではない。
3 弁護士費用について
(原告の主張)
原告は,上記損害の賠償を請求するために弁護士に委任して訴訟提起を余儀なくされたから,本件訴訟提起にかかる弁護士費用も損害に含まれる。
上記弁護士費用は,上記1,2の損害額の合計600万円の1割にあたる60万円が相当である。
(被告の主張)
争う。
第4当裁判所の判断
1 亡A(ないしその相続人としての原告)に生じた損害について
(1) そもそも本件緊急対応サービス契約が,高齢者の安全安心な生活のため,特に高齢者向け優良賃貸住宅として認可された本件住宅の賃貸借契約においては必要不可欠な重要性を有していることからすれば,本件緊急対応サービス契約上,被告は,各緊急時の具体的状況のもとで,少なくとも,契約上予定された範囲では,最も安全かつ迅速な方法で同義務を履行する責任を負っているということができる。そして,前記第2の2の(3)イ(イ)のとおり,本件緊急対応サービス契約3条で,生命の危険がある場合の立入権を訴外フラットエージェンシーに認め,これを受けて,亡Aに,被告に対し,その「敏速かつ円滑な履行のため」,本件住宅の鍵を被告が本件緊急対応サービスの履行者(訴外フラットエージェンシー)に貸し出すことを承諾させていることからすれば,被告ないし訴外フラットエージェンシーには,少なくとも,当該状況下であらかじめ保管している合鍵を用いることが最も迅速で円滑な場合には,その合鍵を利用して安全確認をすることが契約上当然期待されているといえるから,これは契約上の義務の内容となっているというべきである。
被告は,必ずしも合鍵を保管する義務まではないとの主張をするが,合鍵によることが客観的に明らかに迅速円滑な処理のため必要な場合に,過失によりこれを怠った場合にまで裁量の範囲内とはなり得ない。したがって,被告は,本件緊急対応サービス契約上の義務として,常時,正しい鍵を保管して準備をしておき,合鍵による迅速,円滑な立入りが必要な場合には,これを用いて立ち入る方法による救助を行う義務を負っていたというべきである。
そうすると,前記第2の2の事実によれば,本件では,そもそもDが現場に駆けつけた当時,既に12時間以上パッシブセンサーが作動していない状況にあり,かつ,時間は深夜で,亡Aが在宅している蓋然性が極めて高かったのに,呼鈴を鳴らしても亡Aの応答がなかったと認められるから,亡Aの年齢等を考え合わせれば,まさに亡Aに生命の危険が発生している蓋然性が高く,合鍵を用いた立入りないしこれと同等の方法による安全確認の必要が高い状況にあったと認められる。それにもかかわらず,被告は,正しい鍵の保管を怠っていた過失により,合鍵等の手段で迅速円滑に立入りを行うという,上記義務の履行を怠ったといわざるを得ない。
もっとも,亡Aは,Dが駆けつけた時点では既に死亡していたから,被告の本件緊急対応サービス契約上の債務も委任者の死亡によって消滅しているのではないかという問題があるが,本件緊急対応サービス契約は,生死に関わる等の緊急事態において,入居者を救助したり,関係機関に通報したりすることで対処する義務であるから,この義務ないしこれに付随する安全配慮義務は,少なくとも,入居者の緊急事態を感知して以降安全確認ないし救助又は関係機関への通報等が終了するまでは,入居者がその前に死亡していたとしても終了せず,継続していると解するべきである。したがって,被告は,亡Aの死後は,亡Aの相続人で,本件損害賠償請求債権を相続した原告に対し,当該緊急事態に対処すべき義務を負っていたと認められる。
このようにして,被告には,正しい鍵を保管していなかった過失により,常時安全安心な生活をさせる債務及び緊急時に最善の方法で対応すべき債務について,契約当事者たる亡A及びその承継人としての原告に対する債務不履行があったということができる。
(2) そこで,上記(1)の債務不履行によっていかなる損害が発生したか検討するに,確かに,前記第2の2の事実によれば,亡Aは,パッシブセンサーにより生活異常が感知された平成19年6月3日午前2時ころより約14時間前の,同月2日午前11時ころに死亡したと認められるから,被告の上記債務不履行と亡Aの死亡との間に因果関係があるということはできない。
しかし,本件緊急対応サービス契約によって亡Aに保障されている利益は,通報やガス警報器等による警報やパッシブセンサーによる監視により,24時間体制で緊急事態を察知し,電話や合鍵の保管等といった契約の範囲内での方法を駆使して,可能な限り,最善の対応を受けること,加えて,そのような約束をすることで,一人住まいの高齢入居者でも,自分の身に何かがあったときには,少なくとも上記方法の範囲で,最善の方法で対応を受けることができ,家族に無用な心配や迷惑をかけなくともよいという安心感をもって生活できることであり,現実に,入居者が救助されることまでが保障されているものではない。そうすると,その反面として,被告は,同契約の不履行が入居者の生命身体に対する結果と因果関係がある場合のみならず,契約上期待され得る最善の対応がなされず,上記のとおりの入居者の生活の安心が侵害された場合にも,それ自体によって生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。
そして,その損害は,本件緊急対応サービスを受けることが,高齢者が人に頼らなくても安心して生活をすることができるという,生活の質に関わるものであることからすれば,単にそれまで支払ってきた対価相当の経済的損害がてん補されることのみで回復されるものではなく,安全安心な生活を送れていなかったこと及び実際にその期待を裏切られたことによる精神的苦痛に対する損害の賠償がなされるべきである。
本件の場合,亡Aが,契約当初から,緊急時には立入りによるサービスまで受けられると信じ,その対価を支払って生活をしていたことにつき,対価を超える精神的損害が観念できるのみならず,更に,平成19年6月2日,密室状態の本件住宅において,亡Aが虚血性心疾患の緊急事態に陥って以降は,契約当事者としては,パッシブセンサーや通報システムにより,遅くとも12時間以内には,原告等周囲の者に迷惑をかけることなく円滑な対処がなされることを当然に期待し得る状態であったのに,合鍵がないためにそれが円滑になされ得なかったのであるから,上記の正当な期待を裏切られたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求権が,亡Aの死亡までは,亡Aについて,亡Aの死亡後は,亡Aの上記契約上の地位を相続したと認められる原告について,発生しているといえる。これらの精神的苦痛は,本件緊急対応サービス契約の趣旨,本件緊急対応サービスのサービス料の額,被告の上記(1)の過失の内容・程度に,実際には,パッシブセンサーの異常検知から約1時間後に亡Aが発見されたこと等一切の事情を考慮すれば,10万円とするのが相当である。
そして,上記債務は,期限の定めのない債務であるから,前記第2の2のとおり原告が慰謝料の支払を請求した平成19年7月23日の経過により遅滞に陥る。
2 原告固有の損害について
(1) 本件では,被告の過失と亡Aの死亡との間に相当因果関係はないから,原告には,民法711条に基づく固有の損害賠償請求権は認められない。
しかし,原告は,本件緊急対応サ-ビス契約が入居者の家族に対する安全配慮義務も負っているなどとして,コントロ-ルセンタ-からの連絡を受けて亡Aの状況について不安を抱えながら急行し亡Aを発見したことによる精神的苦痛の賠償を求めているので,検討するに,本件緊急対応サ-ビス契約の当事者は,亡Aと被告及び訴外フラットエージェンシーであり,その安全配慮義務は,近親者の原告(上記1の亡Aの契約上の地位の承継人としての原告は除く)に対してまで及ぶものではないというべきで,。被告が本件緊急対応サービス契約に基づいて近親者の不安を除去ないし軽減する注意義務まで負っていると解することはできない。本件緊急対応サービス契約により近親者が事実上安心しているという効果はあったとしても,これを法的義務にまで拡大することはできない。
(2) そこで,原告に対する不法行為責任について検討するに,被告が原告との関係で,契約上の義務もないのに,正しい鍵を保管しておくべき注意義務や,原告に連絡せずとも合鍵で部屋を開けて安全確認すべき注意義務があるとまでいうことはできない。加えて,そもそも,原告が真夜中にコントロールセンターから急遽呼びつけられ,その瞬間にも亡Aの身に危険があるかもしれないと不安な気持ちで現場に急行したことは想像に難くないものの,原告がのように駆けつけたのは,近親者として,自ら亡Aを少しでも早く助けたいとの気持ちからくるものと考えられ,この間の不安や焦燥感を被告の不法行為と相当因果関係ある損害と捉えることはできないし,亡Aの死を確認して原告が受けた精神的苦痛は,亡Aの死亡自体に基づくものにほかならず,当初から亡Aの死亡の連絡を聞いてから現場に駆けつけた場合と比較して,その苦痛の程度に差があるとまでは言い難いから,これによる損害の賠償責任を被告に負わせることはできない。
よって,被告に対し,原告に対する不法行為責任を認めることはできない。
3 弁護士費用
本件は,被告の債務不履行責任が訴訟により認められた事案ではあるものの,本件債務不履行の内容が,単なる金銭債務ではなく,高齢者の安全安心な生活を営む利益が被告の極めて単純な過失により侵害されたことによる,対価を超えた精神的損害を認めたものであること,被告が責任の有無を争っており,原告は訴訟によらねば被告の責任を追及することができなかったと考えられること,その他本件訴訟の経緯等一切の事情を考慮すれば,原告の要した弁護士費用のうち,2万円及びこれに対する,原告が弁護士費用の請求をしたことが当裁判所に明らかな本訴状送達の日の翌日である平成19年9月15日から支払済みまでの遅延損害金は,本件債務不履行と相当因果関係ある損害として認められるといえる。
4 結論
以上の次第で,原告の本件請求は,債務不履行責任に基づき,慰謝料10万円と弁護士費用2万円の合計12万円及びうち10万円に対する平成19年7月24日から,うち2万円に対する平成19年9月15日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条本文を適用し,仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。
(裁判官 土井文美)