京都地方裁判所 平成19年(ワ)2737号 判決 2008年9月30日
主文
1 被告は,原告ら各自に対し,3000万円及びこれに対する平成19年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを20分し,その3を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告ら各自に対し,1億9353万9907円及びこれに対する平成19年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨
原告らを含む京都市民らは,弁護士に委任し,平成14年法律第4号による改正前の地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,被告に代位して,川崎重工業株式会社(以下「川崎重工」という。)に対する損害賠償請求訴訟を提起し,一部勝訴の判決を得た。本件は,原告らが,法242条の2第7項に基づき,被告に対し,弁護士に支払う報酬額の範囲内で相当と認められる額の金員1億9353万9907円及びこれに対する請求の日の翌日である平成19年6月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。なお,原告らは,原告らの請求権はその性質上不可分な債権であると主張している。
2 争いのない事実等
(1)ア 被告は,京都市東北部清掃工場のごみ処理設備建設工事の請負契約を一般競争入札の方法により締結することとし,平成8年11月18日,同工事の入札を行い,川崎重工が入札価格218億円で落札した。
イ 被告は,上記入札の結果に基づき,平成8年12月13日,川崎重工との間で,工事代金を228億9000万円とする請負契約(以下「本件ごみ処理設備建設工事請負契約」という。)を締結した。
(2)ア 原告らを含む京都市民(以下「前訴原告ら」という。)は,平成12年2月10日,上記一般競争入札において,川崎重工が違法な談合を行い,その結果,落札価格が不当につり上げられたなどと主張して,川崎重工を被告として,法242条の2に基づく住民訴訟を京都地方裁判所に提起した。前訴原告らの川崎重工に対する請求は,同条第1項4号に基づくものであり,主位的には,本件ごみ処理設備建設工事請負契約が無効であるとして,工事代金として受領した公金相当額合計248億3947万5500円(請求拡張後の額)の不当利得金の返還を求めるものであり,予備的には,不法行為に基づく損害金(上記金額の13分の3に相当する額)の賠償を求めるものであった(同裁判所平成12年(行ウ)第3号,同第7号 以下「前訴第1審」という。)。
なお,前訴第1審の提起の際に当たっては,前訴原告らは,当時の京都市長を共同被告として,川崎重工に対する今後の請負代金の支払差止めを求めていた。その後,被告が川崎重工に対する公金の支出を完了したため,前訴原告らは当時の京都市長に対する訴えを取り下げた。
イ 前訴原告らは,前訴第1審の訴訟提起及び訴訟追行を,京都弁護士会所属の弁護士21名から構成された弁護団(以下「前訴弁護団」という。)に委任した。
ウ 前訴第1審裁判所は,平成17年8月31日の前訴第22回口頭弁論期日において,川崎重工による談合の事実を認定した上で,前訴原告の予備的請求を一部認容する判決を言い渡した。同判決により川崎重工が被告に対する支払を命じられた金員は,損害金元金11億4450万円と,内3億7939万4100円に対する平成12年5月8日から,内7億6510万5900円に対する平成13年5月26日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金であった。
(3)ア 川崎重工は,前訴第1審判決に対して控訴をし,前訴原告らも,附帯控訴をした(大阪高等裁判所平成17年(行コ)第91号,同第116号,同18年(行コ)第7号 以下「前訴第2審」という。)。
イ 前訴原告らは,前訴第2審においても,控訴の提起及び訴訟追行を前訴弁護団に委任した。
ウ 前訴第2審裁判所は,平成18年9月14日の前訴第2審の第4回口頭弁論期日において,川崎重工による談合の事実を認定した上で,川崎重工の控訴を棄却し,前訴原告らの附帯控訴に基づき原判決を一部変更する判決を言い渡した。同判決により川崎重工が被告に対する支払を命じられた金員は,損害金元金18億3120万円と,内6億0703万0560円に対する平成12年5月8日から,内12億2416万9440円に対する平成13年5月26日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金であった。
損害金元金が前訴第1審判決よりも増額されたのは,損害額の認定に当たり,前訴第1審判決が本件ごみ処理設備建設工事請負契約の契約金額の5%であると認定したのに対し,前訴第2審判決は同8%であると認定したためである。
(4) 川崎重工は,前訴第2審判決に対して上告及び上告受理申立てをしたが(最高裁判所平成18年(行ツ)第322号,同(行ヒ)第375号),平成19年4月 24日,上告棄却決定及び上告不受理決定がなされ,前訴第2審判決が確定した。
(前訴第1審,前訴第2審を合わせて称する場合には,「前訴」という。)
(5) 川崎重工は,平成19年5月8日,被告に対し,損害金18億3120万円及び遅延損害金5億7669万3028円の合計24億0789万3028円(前訴第2審判決の認容額全額)を支払った。
(6) 前訴原告らは,平成19年6月6日,被告に対し,前訴追行のための弁護士報酬額1億9353万9907円を前訴原告らに支払うよう請求した。
(7) 上記報酬額は,京都弁護士会報酬等規程(会規5号。以下「本件報酬規程」という。)に基づいて算定されたものである。
(8) 本件報酬規程には,次の内容の定めがある(甲6)。
ア 民事事件についての弁護士報酬は,原則として,着手金は事件等の対象の経済的利益の額を,報酬金は委任事務処理により確保した経済的利益の額をそれぞれ基準として算定する(16条)。
イ 経済的利益の額は,金銭債権については,債権総額(利息及び遅延損害金を含む。)により計算する(13条1号)。
ウ 経済的利益の額を算定することができないときは,その額を800万円とする(15条)。
エ 訴訟事件の着手金及び報酬金は,経済的利益を基準として,次のとおり算定する(16条)。
経済的利益の額
着手金
報酬金
300万円以下の部分
8%
16%
300万円を超え3000万円以下の部分
5%
10%
3000万円を超え3億円以下の部分
3%
6%
3億円を超える部分
2%
4%
(9) 上記(5)の被告が川崎重工から受領した金額24億0789万3028円を「経済的利益」として,本件報酬規程に従って弁護士報酬を算定すると,下記のア~ウのとおりとなり,その合計が上記(6)の請求額1億9353万9907円となる。
ア 第1審着手金 4232万9700円
計算式(18億3120万円×0.02+369万円)×1.05=4232万9700円
イ 第2審着手金 4232万9700円
計算式(18億3120万円×0.02+369万円)×1.05=4232万9700円
ウ 報酬金 1億0888万0507円
計算式(24億0789万3028円×0.04+738万円)×1.05=1億0888万0507円
3 争点
本件の争点は,法242条の2第7項所定の弁護士に支払う報酬額の範囲内で相当と認められる額の算定基準及びその額の認定である。
(原告らの主張)
(1) 前訴の勝訴によって得られた経済的利益の額は,損害金18億3120万円及びこれに対する遅延損害金5億7669万3028円(合計24億0789万3028円)であるから,この金額を基準として,法242条の2第7項所定の「相当と認められる額」を算定すべきである。
ア 法242条の2第1項4号所定の損害賠償請求訴訟(以下「4号請求」という。)の勝訴により,地方公共団体の損害が回復されるという地方公共団体が受ける直接の利益が存在し,それがひいては住民全体の利益となるという関係に立つ。
イ 4号請求は,代位請求の形を採っているところ,代位請求訴訟において,請求が認容された場合の経済的利益は被代位者にもたらされるから,代位請求訴訟における弁護士報酬算定の基礎となる経済的利益は,被代位者にもたらされた経済的利益を基準とすべきである。そして,住民訴訟における被代位者は,被告である京都市であり,現実に被告に24億0789万3028円もの高額の金員が支払われた。
ウ 4号請求と会社法における株主代表訴訟とは,地方公共団体又は会社の経済的損失を回復し,地方公共団体又は会社の経済的利益を図るという制度目的で共通しており,住民又は株主が勝訴判決を得た場合に,地方公共団体又は会社に対し,弁護士報酬額の範囲で相当と認められる額の支払を請求できる(法242条の2第7項,会社法852条)点で共通するなど,実質的に類似の制度であるところ,会社法852条は,原告株主の勝訴の場合には,弁護士報酬を会社に請求することができると規定しており,その算定に当たっては,会社の得た利益の額が考慮されなければならないとされている。
エ 最高裁昭和53年3月30日判決・民集32巻2号485頁(以下「53年判決」という。)は,4号請求における訴訟物の価額について,その価額を算定する客観的,合理的基準を見出すことも極めて困難であると判示しているが,この判断は,貼用印紙額を算定するための訴訟物の価額に関するものであり,4号請求における貼用印紙額を請求金額に基づいて算定すると,住民に多額の負担を強いることになり,出訴の途を閉ざす結果になりかねないという実質的理由から,算定不能という結論を採ったものである。したがって,53年判決の先例としての射程距離は,法242条の2第7項所定の「相当と認められる額」の判断には及ばない。
オ 仮に,被告自身が川崎重工相手に損害賠償請求訴訟等を提起していたとすれば,認容額24億0789万3028円を基準として弁護士報酬が算定され,被告は,この金額を訴訟代理人に支払っていたはずである。そうすると,4号請求という訴訟形態を採ったことにより,経済的利益の額を算定不能であるとして,弁護士報酬相当額を原告らに支払えば足りるとすることは,均衡を欠く。
カ 4号請求勝訴の場合に,もたらされた経済的利益の額を算定不能とすると,現実に地方公共団体が得た利益が800万円を下回る場合においても,地方公共団体は,800万円を基準として算定された報酬額を支払わなければならないことになり,公平に失する。
キ 平成14年法律第4号による地方自治法改正による住民訴訟制度の改正は,住民による監視機能の更なる充実を図ったものであり,同改正によって,弁護士報酬の請求ができる訴訟類型が拡大された趣旨は,住民による地方自治体の監視機能をより強化するためである。そうすると,平成14年法律第4号による地方自治法の改正による住民訴訟制度の改正により,住民の請求権が制限される方向に解釈することは許されるものではなく,住民訴訟間の不均衡が4号請求における弁護士報酬請求権を制限する理由にはならない。
また,そもそも,法において,4号請求の場合のみ,弁護士報酬請求が認められていたのは,他の訴訟類型と異なり,4号請求勝訴の場合には,地方自治体に現実に金員が入り,経済的利益がもたらされるからである。そうすると,4号請求においては,その現実にもたらされた金額を弁護士報酬の算定基準とするのが自然な解釈である。
(2) 前訴の複雑性・困難性に鑑みれば,法242条の2第7項所定の「相当と認められる額」を1億9353万9907円とするのが相当である。
ア 争点
前訴の争点は,①監査請求期間の起算日②法242条2項ただし書き所定の「正当な理由」の有無③入札における談合の有無④溶融設備工事請負契約を随意契約の方法により締結したことの違法性⑤本件ごみ処理設備建設工事請負契約が無効であることにより,溶融設備工事請負契約が無効となるか否か⑥各監査請求の対象と予備的請求に係る訴えの対象との同一性⑦京都市長は,損害賠償請求権の行使を怠っているか⑧被告が被った損害及びその額の8点であったが,川崎重工らがいずれの争点についても徹底して争ったため,複雑・困難な事件となった。
イ 前訴弁護団の立証活動
(ア) 前訴弁護団は,前訴の争点①に関して,いかなる財務会計行為を問題にするべきかについて議論を重ね,前訴の争点②に関しては,学説や多数の判例を分析するとともに,前訴にそれを当てはめる作業を行った。
(イ) 前訴の争点③に関しては,川崎重工ほか4社に対する公正取引委員会の審判が前訴の係属中に審決に至らなかったことや,前訴原告らの文書提出命令の申立てを川崎重工が徹底的に争ったためその審理が長期化したことなどから,前訴弁護団は,公正取引委員会の審判記録を収集し,それを証拠として提出するに当たり莫大な労力を費やした。
(ウ) 前訴の争点⑧に関して,前訴原告らは,前訴第2審において,本件ごみ処理設備建設工事請負契約の契約金額5%の範囲で前訴原告らの主張を認めた前訴第1審の認定額が不十分であることの主張及び立証に重点を置き,独占禁止法の改正による課徴金の引き上げに当たっての議論についての補充主張及び立証を行った。その結果,前訴第2審は,前訴第1審の判決を変更して,本件ごみ処理設備建設工事請負契約の契約金額8%の範囲で前訴原告らの主張を認めた。
(エ) 前訴弁護団における弁護団会議は,通常,平日の午後7時から9時すぎまで行われ,場合によっては朝や昼の時間帯に行われることもあった。開催された弁護団会議は,平成12年以降に限っても,103回であり,1回の弁護団会議を2時間としても,合計で約206時間にもおよぶ膨大な時間を費やした。また,それ以外にも,前訴弁護団の中でチームを作り,そのチームが別に打ち合わせをすることも多数回あった。
ウ 審理期間及び審理経過
前訴第1審は判決言渡期日を含めて合計22回もの口頭弁論期日及び合計6回の弁論準備手続期日が開かれ,また,前訴第2審は判決言渡期日を含めて合計4回の口頭弁論期日が開かれた。
そして,前訴原告らは,訴状のほか,多数の準備書面及び書証を提出し,前訴の訴訟記録(判決書を除く)は積み上げると高さ約56cmにも達する膨大なものとなった。
エ 当時の京都市長の不誠実な対応による争点の増加
前訴第1審は,訴え提起の段階では,被告の公金支出が完了していなかったため,公金支出差止請求については,当時の京都市長も被告となっていた。当時の京都市長は,川崎重工と歩調を合わせて,訴えの却下ないし請求の棄却を求めた結果,前訴において不要な争点が増加した。
(被告の主張)
(1) 前訴の勝訴によって得られた経済的利益の額は,前訴の目的からみて,住民全体の利益であり,その額は算定不能であるから,本件報酬規程によれば,経済的利益の額は800万円とされる。したがって,この金額を基準として,法242条の2第7項所定の「相当と認められる額」を算定すべきである。
ア 住民訴訟は,地方公共団体の構成員である住民全体の利益を保障するために法律により特別に認められた参政権の一種であるから,訴訟の原告は,自己の利益や地方公共団体そのものの利益のためでなく,専ら住民全体の利益のために,いわば公益の代表者として,地方財務行政の適正化を主張するものである。そうすると,前訴原告らの請求は,損害賠償代位請求訴訟の形式をとっているものの,前訴原告らが勝訴により受けるべき経済的利益は,地方公共団体の損害が回復されることにより,前訴原告らを含む京都市住民全体の受けるべき利益となり,このような住民全体が受けるべき利益は,その性質上,前訴の勝訴判決により被告が直接受ける利益と同一ではあり得ず,実質的には経済的利益の額を算定することが不能なものである。
イ 4号請求は,地方公共団体の有する損害賠償請求権等を住民が代位行使する形式によるものと定められているが,この場合も,実質的にみれば,権利の帰属主体である地方公共団体と同じ立場ではなく,住民としての固有の立場で,財務会計上の違法な行為,又は怠る事実に係る職員等に対して損害の補てんを要求することが訴訟の中心目的となっている。法は,この目的を実現するための手段として,訴訟技術的配慮から代位請求の形式によることとしたのであるから,4号請求は民法423条に基づく代位訴訟とは異質のものとされている。
ウ 会社法における株主代表訴訟は,会社役員の違法な行為によって会社に損害が生ずる場合,株主の個人的な経済的利益が損なわれるため,会社の経済的利益を回復し,もって,株主の個人的な経済的利益の確保を図る趣旨の制度であるから,会社の経済的利益と株主の経済的利益とは一体的なものといえる。しかし,住民訴訟の目的は住民全体の利益であり,住民らは,その個人的利益のために住民訴訟を提起するものではないから,住民の経済的利益と,地方公共団体の経済的利益とは一体的なものではない。
エ 53年判決は,住民訴訟の目的が公益的なものであることから,訴額を算定するに当たり,算定不能に準ずる扱いをしたものである。53年判決は,住民が住民訴訟の提起をしやすくするとの配慮に基づくものではない。53年判決は,4号請求等の代位訴訟は,債権者代位訴訟とは同一ではないとして,債権者代位訴訟のように,勝訴によって被代位者について生ずる利益が代位者の受ける利益であるとする考え方を明確に否定している。
オ 地方公共団体が,例えば,談合した業者に対し,損害賠償訴訟を提起し,勝訴した場合には,地方公共団体は,通常,談合した業者に対し,弁護士報酬相当額についても,談合による損害額と合わせて請求するから,結局,弁護士報酬は,談合した業者が最終的に負担することとなるため,このような場合と4号請求の場合とは異なる。
カ 現実に地方公共団体が得た利益が800万円を下回る場合には,本件報酬規程に従っても,報酬額を減額することができるから,公平に反しない。
キ 法242条の2第1項1号ないし4号の請求は,その目的が地方財政の適正化等にある点で共通する以上,弁護士報酬の算定基準も同一である必要があるところ,4号請求以外の住民訴訟による弁護士報酬の算定については,ほぼ算定不能として扱われている。
(2) 前訴弁護団による訴訟活動の内容や,前訴に関して被告が果たした役割などを考慮すると,法242条の2第7項所定の「相当と認められる額」を1億9353万9907円とすることは相当でない。
ア 前訴原告らが提出した訴状では,ごみ量の減少や環境対策上の問題を掲げて,清掃工場が不要とする旨の主張・立証を展開していたが,これは,前訴の勝訴によって被告が得た利益とは無関係である。
イ 平成15年判決などの重要な最高裁判決が出され,これにより前訴の主張・立証活動の軽減が図られた。
ウ 被告は,前訴係属中に,損害賠償請求の準備として,公正取引委員会の審判の状況を常に注視するとともに,同委員会から審判資料を取り寄せて検討するなど,損害賠償の請求を前提にした方策の検討を続けてきた。そして,被告は,平成18年12月27日,川崎重工に対し,前訴第2審判決と同様の契約金額の8%相当の額及び遅延損害金の支払を請求したが,この請求は,前訴がなくとも,当然に行っていた。
エ 川崎重工は,平成19年5月8日,被告に対し,24億789万3028円(うち遅延損害金は,5億7669万3028円)を支払ったが,前訴第2審判決を債務名義として支払を請求したのではなく,その事実上の効果を利用したにすぎない。
オ 談合により被った損害額が被告に返還された場合,被告は,国に対し,補助金の返還を行うことになるが,その返還額は,8億1638万7000円である。
第3争点に対する判断
1 報酬契約上の報酬額との関係について
法242条の2第7項(以下単に「法7項」という。)は,4号請求訴訟を提起した者が勝訴した場合において,「弁護士に報酬を支払うべきときは,当該普通地方公共団体に対し,その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができる」と定めている。法7項は,その文言からみて,原告住民と弁護士との間に報酬契約が結ばれていることを前提にして,当該契約によって算定される報酬額のうちの「相当と認められる額」を地方公共団体に負担させるという条文構造となっている。そこで,「相当と認められる額」の算定に当たっても,まず報酬契約上の報酬額の定めがいかなるものかを確定する必要があるかのように思われる。
しかし,4号請求においては,原告住民が勝訴した場合の具体的な経済的利益は地方公共団体に帰属するのであって,原告住民には直接帰属しないという特殊性がある。したがって,4号請求の原告住民と弁護士との報酬契約においては,原告住民が勝訴した場合の弁護士報酬については,勝訴判決の確定後に法7項に基づいて原告住民が地方公共団体から現実に支払を受ける額をもって,報酬額と定めるのが合理的である。そして,本件の前訴原告らと前訴弁護団との間において,これと異なる定めをしたことをうかがわせる証拠もない。
したがって,本件訴訟においては,当裁判所において,前訴弁護団の弁護活動に対する報酬として「相当と認められる額」(以下「本件相当報酬額」という。)を定めれば足りるというべきである。
2 本件報酬規程の位置付けについて
(1) 法7項は,「相当と認められる額」の算定基準について何らの定めを置いていない。もっとも,原告ら及び被告は,本件相当報酬額の算定に当たって本件報酬規程が算定基準とされるべきことを共通の前提にしているから,本件相当報酬額の認定に当たっては,まず,本件報酬規程の位置付けについて検討しておく必要がある。
(2) 本件報酬規程(甲6)の各条項は,「依頼」及び「依頼者」の存在を予定しているから,依頼者(委任者)が弁護士(受任者)に対して法律事務の処理を依頼(委任)するという委任契約における報酬の額を定めるに際し用いられる規程であることは明らかである。これに対して,住民訴訟における原告代理人弁護士に対する委任契約は,原告住民との間に存するのであり,地方公共団体との間には存しないから,地方公共団体が負担すべき法7項の「相当と認められる額」を算定するに当たって,委任契約関係の存在を前提とする本件報酬規程の直接の適用はないというべきである。
(3) また,弁護士法(平成16年6月2日法律第76号による改正前のもの。以下「改正前弁護士法」という。)33条2項8号は,「弁護士の報酬に関する標準を示す規定」を弁護士会の会則に記載しなければならないとしていたが,これは,①弁護士委任契約も契約である以上,その報酬は依頼者(委任者)と弁護士(受任者)との間で合意により定められるが,その額は当該事件の報酬額として相当性を有していることが必要であること,②一般市民である依頼者にとっては,相当金額を自ら算定することは困難であることなどから,一定の基準を定めることで,依頼者の予測可能性を確保する必要があること,③報酬額の定めを個々の弁護士の自由に任せた場合には,極端に高額又は低額な報酬の定めが行われる可能性が考えられるところ,報酬額が極端に高額な場合には,これを依頼者に負担させることは適切ではないし,極端に低額な場合は,弁護活動の質の低下をもたらし,結局は依頼者の利益を害するおそれがあること,④上記のような諸点に照らすと,委任者である市民の利益を図り,もって,弁護士業務の適正化及びこれに対する国民一般の信頼を確保するためには,弁護士会の会則として報酬規程を定め,会員に対して一定の拘束力を持たせる必要があることなどを考慮したものであると考えられる。
上記のような趣旨は,平成16年の弁護士法改正によって旧33条2項8号が削除され,各単位弁護士会が報酬規程を撤廃した後も,基本的には妥当するというべきである。
(4) これに対して,4号請求において勝訴した住民が,法7項に基づいて,普通地方公共団体に対して弁護士報酬の「相当と認められる額」の支払を求める場合には,「相当と認められる額」が,地方公共団体が被告から現実に受領した金員の範囲内で定められる限りにおいては,依頼者たる原告住民の予測可能性確保の要請は認められないし,極端に高額又は低額な報酬額となることによる弊害も,依頼者たる原告住民との関係においては認められないから,弁護士報酬を,報酬規程に直接依拠して定めるべき理由はない。したがって,法第7条にいう「相当と認められる額」の算定は,改正前の弁護士法が弁護士会の会則に定めることを要求した本件報酬規程のような報酬規程の適用が予定されている場面ではないと考えられる。
3 そこで,法7項にいう「相当と認められる額」をどのようにして算定すべきであるか検討する。
(1) 上記判示のとおり,弁護士報酬は,依頼者(委任者)と弁護士(受任者)との間で合意により定められるが,その額は,事件の内容・性質・難易度,訴訟活動に要する時間・労力,弁護士の人数のほか,勝訴によって委任者が得ることのできる利益等を総合的に考慮して,当該事件の報酬額として相当性を有していることが必要である。
そうすると,弁護士報酬の金額やその算定方法について,当事者間に合意がない場合には,事件の内容・性質・難易度,訴訟活動に要する時間・労力,弁護士の人数のほか,勝訴によって委任者が得ることのできる利益等を総合的に考慮して,当該事件の報酬額として相当性を有すると認められる金額を算定することになる。
もっとも,法7項にいう「相当と認められる額」の算定に当たっては,上記要素のうち,委任者が得ることのできる利益については,4号請求勝訴によって当該普通地方公共団体が現実に得た利益に置き換えて考慮すべきである。なぜなら,法7項の趣旨は,4号請求は,個人の利益を離れて,地方財務行政の適正化のために特別に普通地方公共団体の住民に原告適格を付与した客観訴訟であり,住民が普通地方公共団体に代位して,普通地方公共団体が有する損害賠償請求権や不当利得返還請求権に基づく請求を行う訴訟であるため,同訴訟の結果,住民が勝訴すれば,当該普通地方公共団体に生じている損害が填補され,当該普通地方公共団体が本来有するべき財産が確保されることになることから,公平の見地から,本来4号請求をした住民が,弁護士に支払うべき報酬額の範囲内で相当と認められる額を当該普通地方公共団体に請求できるとしたことにあるからである。
このような制度の趣旨に鑑みれば,勝訴によって委任者が得ることのできる利益については,直接の委任者である住民が得た利益ではなく,4号請求勝訴によって当該普通地方公共団体が得た利益を考慮すべきである。法7項に基づいて,普通地方公共団体が住民に支払うべき金員は,当該普通地方公共団体の財産から拠出されるものであるから,「相当と認められる額」を算定するに当たっても,4号請求勝訴によって当該普通地方公共団体が現実に得た利益を考慮することが,上記制度趣旨に沿うことになるからである。
また,4号請求勝訴に対する当該地方公共団体の寄与の有無・程度については,これにより弁護活動に影響を及ぼす以上,これも考慮するのが相当である。
(2) 以上の点を勘案すれば,法7項にいう「相当と認められる額」の算定は,①事件の内容・性質・難易度②訴訟活動に要する時間・労力③弁護士の人数④4号請求勝訴によって当該普通地方公共団体が現実に得た利益⑤4号請求勝訴に対する当該普通地方公共団体の寄与の有無・程度を総合的に考慮して行われるべきである。
(3) もっとも,法7項の「相当と認められる額」を算定するに当たって,本件報酬規程の直接の適用はないとしても,本件報酬規程は,弁護士報酬についての社会の相場を反映したものといえるから,上記金額を算定するに当たっての参考とすべき基準となるというべきである。
4 以上のとおり,本件相当報酬額を定めるに当たっては,前訴の経過に照らして,上記3の①~⑤の要素について検討する必要がある。そこで,前訴の経過について検討するに,争いのない事実に証拠(甲1,2,4,5,11,12,13,15,17,乙1~3(以上,枝番のあるものについては,枝番を含む。))及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(1) 前訴第1審について
ア 審理期間及び審理経過等
(ア) 前訴第1審は,平成12年6月30日に第1回口頭弁論期日が開かれた後,平成17年8月31日の判決言渡期日までの間,判決言渡期日を含めて合計22回の口頭弁論期日及び合計6回の弁論準備手続期日が開かれた。
(イ) 前訴弁護団の中で,実際に口頭弁論ないし弁論準備手続期日に出頭した者は,弁護士Aほか9名であり,そのうち3名は,第5回口頭弁論期日に出頭したのみであった。また,前訴弁護団において,判決言渡期日を除く期日に出頭した者の延べ人数は,146名であった。
イ 争点
(ア) 前訴第1審の争点は,①監査請求期間の起算日②法242条2項ただし書き所定の「正当な理由」の有無③入札における談合の有無④溶融設備工事請負契約を随意契約の方法により締結したことの違法性⑤本件ごみ処理設備建設工事請負契約が無効であることにより,溶融設備工事請負契約が無効となるか否か⑥各監査請求の対象と予備的請求に係る訴えの対象との同一性⑦京都市長は,損害賠償請求権の行使を怠っているか⑧被告が被った損害及びその額の8点であり,川崎重工らは,いずれの争点についても徹底して争ったため,前訴弁護団は,これらの争点について,主張・立証を尽くす必要に迫られた。
(イ) 争点に対する前訴第1審裁判所の判断は,次のとおりである。
a 争点①(監査請求期間の起算日)争点②(法242条2項ただし書き所定の「正当な理由」の有無)については,前訴原告らの主張は理由がない。
b 争点③(入札における談合の有無)については,前訴原告らの主張は理由がある。
c 争点④(溶融設備工事請負契約を随意契約の方法により締結したことの違法性)については,前訴原告らの主張は理由がない。
d 争点⑤(本件ごみ処理設備建設工事請負契約が無効であることにより,溶融設備工事請負契約が無効となるか否か)については,争点①②における前訴原告らの主張が認められることを前提とするものであったことから,判断しない。
e 争点⑥(各監査請求の対象と予備的請求に係る訴えの対象との同一性)争点⑦(京都市長は,損害賠償請求権の行使を怠っているか)については,前訴原告らの主張は理由がある。
f 争点⑧(被告が被った損害及びその額)については,川崎重工による談合の事実により被告が被った損害額は,本件ごみ処理設備建設工事請負契約の契約金額の5%に相当する11億4450万円であり,この限度で前訴原告らの主張は理由がある。
ウ 前訴弁護団の弁護活動
(ア) 前訴弁護団は,前訴の争点①に関して,いかなる財務会計行為を問題にするべきかについて議論を重ね,前訴の争点②に関しては,学説や多数の判例を分析するとともに,前訴にそれを当てはめる作業を行った。さらに,前訴弁護団は,行政事件担当裁判官協議会概要も検討して議論の参考にした。
(イ) 前訴の争点③は,前訴における最大の争点であった。
a 公正取引委員会は,平成11年8月13日,川崎重工ほか4社に対し,独占禁止法48条2項に基づき排除勧告をしたが,川崎重工ほか4社は,上記排除勧告を応諾しなかった。そこで,公正取引委員会は,平成11年9月8日,審判手続の開始を決定した。
b このように同審判の審理が前訴に先行していたことから,前訴弁護団は,同審判における審判記録を入手して,前訴の争点③を立証しようと試み,平成12年6月30日,文書提出命令の申立てをしたところ,川崎重工は,第1意見書から第10意見書までの意見書を提出して,これを争ったため,前訴弁護団は,これらの意見書に対して反論を加えた。その結果,前訴第1審は,平成15年2月10日,重要文書のほとんどの開示を命ずる文書提出命令を発した。
c 川崎重工は,第1審による文書提出命令に対して,大阪高等裁判所に即時抗告を申立て,同裁判所においても,3通の意見書(それぞれ本文だけで44頁,25頁,25頁に及ぶ。)を提出して,開示を争ったことから,前訴弁護団は,これらに対しても反論を加えた。
d 平成15年9月9日,普通地方公共団体に代位して住民訴訟を提起した住民による独占禁止法69条に基づく開示を認める平成15年判決が出されたことから,前訴弁護団は,公正取引委員会に対し,独占禁止法69条に基づき,日立造船株式会社ほか4名に対する審判調書等の開示を請求し,同調書等の開示を受けることができた。
e 上記開示に基づき,前訴弁護団は,開示された段ボール箱2箱分の記録を精査し,その中から,前訴の争点の立証に関係する資料を選別し,甲査第11~132号証及び同第134~189号証として整理して,証拠を提出した。
(ウ) 前訴弁護団における弁護団会議は,前訴弁護団の中から,Aほか6名の弁護士により開催され,前訴第1審判決が言い渡された平成17年8月1日までに開催された弁護団会議は,平成12年以降に限っても,96回であった。また,これ以外にも,前訴弁護団の中でチームを作り,そのチームが別に打ち合わせをすることも多数回あった。
(エ) 前訴弁護団は,訴状のほか,訂正準備書面を含めて合計14通の準備書面を提出し,書証としては,甲第1~29号証並びに甲査第11~132号証及び第134~190号証(甲査第1~10号証及び第133号証は欠番)を提出した。
(2) 前訴第2審について
ア 審理期間及び審理経過
(ア) 前訴第2審は,平成18年1月31日に第1回口頭弁論期日が開かれた後,同年9月14日の判決言渡期日までの間,判決言渡期日を含めて合計4回の口頭弁論期日が開かれた。
(イ) 前訴弁護団の中で,実際に口頭弁論期日に出頭した者は,弁護士Aほか3名であり,判決言渡期日を除く口頭弁論期日に出頭した者の延べ人数は,9名であった。
イ 争点
(ア) 前訴第2審では,争点は,争点③(入札における談合の有無)④(溶融設備工事請負契約を随意契約の方法により締結したことの違法性)⑥(各監査請求の対象と予備的請求に係る訴えの対象との同一性)⑦(京都市長は,損害賠償請求権の行使を怠っているか)⑧(被告が被った損害及びその額)に絞られた。
(イ) 争点に対する前訴第2審裁判所の判断は,次のとおりである。
a 争点③(入札における談合の有無)争点⑥(各監査請求の対象と予備的請求に係る訴えの対象との同一性)⑦(京都市長は,損害賠償請求権の行使を怠っているか)については,前訴原告らの主張は理由がある。
b 争点④(溶融設備工事請負契約を随意契約の方法により締結したことの違法性)については,前訴原告らの主張は理由がない。
c 争点⑧(被告が被った損害及びその額)については,川崎重工による談合の事実により被告が被った損害額は,本件ごみ処理設備建設工事請負契約の契約金額の8%に相当する18億3120万円であり,この限度で前訴原告らの主張は理由がある。
ウ 前訴弁護団の弁護活動
(ア) 前訴第1審判決が言い渡された平成17年8月1日以降に開催された弁護団会議は,7回であった。
(イ) 前訴第2審において,前訴弁護団は,答弁書,附帯控訴状のほか,合計2通の準備書面を提出し,書証としては,甲第30~35号証を提出した。
(ウ) 前訴の争点③に関して,前訴弁護団は,前訴第2審において,本件ごみ処理設備建設工事請負契約の契約金額の5%の範囲で前訴原告らの主張を認めた前訴第1審の認定額が不十分であることについての主張及び立証に重点を置き,独占禁止法の改正による課徴金の引き上げに当たっての議論について,補充主張及び立証を行った。その結果,前訴第2審裁判所は,前訴第1審判決を変更して,本件ごみ処理設備建設工事請負契約の契約金額の8%の範囲で前訴原告らの主張を認めた。
(3) 被告の関与等
前訴第1審において,当時の京都市長は,争点①(監査請求期間の起算日)②(法242条2項ただし書き所定の「正当な理由」の有無)について争うとともに,争点③(入札における談合の有無)⑤(本件ごみ処理設備建設工事請負契約が無効であることにより,溶融設備工事請負契約が無効となるか否か)⑦(京都市長は,損害賠償請求権の行使を怠っているか)⑧(被告が被った損害及びその額)等についても,現時点で,客観的に談合の事実を認定することはできないなどとして,これらを争った。
5 上記認定事実に基づいて,本件相当報酬額について判断する。
(1) 争いのない事実等によれば,被告は,前訴第2審において,川崎重工に対し,京都市に,18億3120万円及び内6億0703万0560円に対する平成12年5月8日から,内12億2416万9440円に対する平成13年5月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命ずる判決が言い渡されたことにより,平成19年5月8日に川崎重工から合計24億0789万3028円の支払を受けた。
しかし,被告は,補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律に従い,談合がなければ必要でなかった補助金相当額8億1638万7000円を国に返還する旨を決めたのであるから,前訴により,被告が現実に得た利益は,24億0789万3028円から8億1638万7000円を控除した15億9150万6028円である。
(2) 上記認定事実によれば,前訴の争点は8個に及ぶが,そのうち,争点③(入札における談合の有無),争点⑥(各監査請求の対象と予備的請求に係る訴えの対象との同一性),争点⑦(京都市長は,損害賠償請求権の行使を怠っているか),争点⑧(被告が被った損害及びその額)については,前訴原告らの主張が全部又は一部採用され,これらは,被告が前訴により現実に15億9150万6028円の利益を得たことに不可欠の争点であり,その争点の内容からしても,前訴は,相当程度,複雑困難な事件であったというべきである。
しかし,他方で,争点①(監査請求期間の起算日),争点②(法242条2項ただし書き所定の「正当な理由」の有無),争点④(溶融設備工事請負契約を随意契約の方法により締結したことの違法性),争点⑤(本件ごみ処理設備建設工事請負契約が無効であることにより,溶融設備工事請負契約が無効となるか否か)については,前記原告らの主張は採用されず,前訴により,被告が現実に15億9150万6028円の利益を得たことには影響を与えなかっただけでなく,これらの争点の審理のために,前訴が長期化した側面があることは否定し難い。
(3) 争いのない事実等によれば,前訴弁護団に所属する弁護士の数は21名であるが,上記認定事実によれば,実際に口頭弁論期日ないし争点整理期日に出頭したり,弁護団会議に参加するなどした弁護士は,Aほか6名程度(以下「Aほか6名程度の弁護士」という。)であるから,前訴弁護団のうち,被告が現実に15億9150万6028円の利益を得たことに寄与した弁護士は,Aほか6名程度の弁護士であったというべきである。
Aほか6名程度の弁護士は,前訴第1審において,96回の弁護団会議を開催して,弁護活動の方針等の検討を重ねた。そして,訴訟においては,Aほか6名程度の弁護士は,訴状のほか,訂正準備書面を含めて合計14通の準備書面を提出し,書証としては,甲第1~29号証並びに甲査第11~132号証及び第134~190号証を提出した結果,前訴第1審判決を勝ち得たのであり,特に,甲査第11~132号証及び第134~190号証を提出するに当たっては,最終的には,公正取引委員会から,独占禁止法69条に基づき,審判調書等の開示を受けることができたものの,上記認定事実のとおり,文書提出命令をめぐり,川崎重工との間で,激しい攻防が展開され,前訴第1審においては,おおむね前訴原告らの主張を認める判断がされたのであるから,これに費やされた労力は,本件報酬合意の範囲内で相当と認められる額を算定するに当たって,十分考慮されるべきである。
そして,Aほか6名程度の弁護士は,前訴第2審においては,7回の弁護団会議を開催し,本件ごみ処理設備建設工事請負契約の契約金額の5%の範囲で前訴原告らの主張を認めた前訴第1審の認定額が不十分であることに関する主張及び立証に重点を置く弁護活動を展開することを決めるともに,訴訟においては,答弁書,附帯控訴状のほか,合計2通の準備書面を提出し,書証としては,甲第30~35号証を提出して,独占禁止法の改正による課徴金の引き上げに当たっての議論について補充主張及び立証を行った。その結果,前訴第2審は,前訴第1審の判決を変更して,本件ごみ処理設備建設工事請負契約の契約金額の8%の範囲で前訴原告らの主張を認め,これにより,前訴第1審よりも,川崎重工から被告に支払われる額は,損害金に限っても,6億8670万円増加することになった。
(4) 次に,被告を代表する前訴当時の京都市長は,前訴第1審において,争点①(監査請求期間の起算日),争点②(法242条2項ただし書き所定の「正当な理由」の有無),争点③(入札における談合の有無),争点⑤(本件ごみ処理設備建設工事請負契約が無効であることにより,溶融設備工事請負契約が無効となるか否か),争点⑦(京都市長は,損害賠償請求権の行使を怠っているか),争点⑧(被告が被った損害及びその額)等を争っていたのであり,被告は,Aほか6名程度の弁護士の訴訟活動を助力したことはなく,前訴原告らが最終的に前訴第2審判決を得たことに何らの寄与もしなかった。
これに関し,被告は,①被告は,前訴係属中に,損害賠償請求の準備として,公正取引委員会の審判の状況を常に注視するとともに,同委員会から審判資料を取り寄せて検討するなど,損害賠償の請求を前提にした方策の検討を続けてきた,②被告は,平成18年12月27日,川崎重工に対し,前訴第2審判決と同様の契約金額の8%相当の額及び遅延損害金の支払を請求したが,この請求は,前訴がなくとも,当然に行っていたと主張する。しかし,証拠(甲1,2)によれば,前訴においては,第1審,2審いずれも,被告が川崎重工に対し損害賠償請求権を行使しないことを正当化する事情は認められないとの判断を示しているのであり,被告が,前訴係属中に,損害賠償請求の準備として,公正取引委員会の審判の状況を注視していたことに合理性があるとは言い難い。
また,前訴第2審判決が確定した後,川崎重工は,被告に対し,損害金及び遅延損害金の合計24億0789万3028円を任意に支払ったが,前訴における川崎重工の訴訟追行状況からすると,前訴原告らが前訴第2審判決を勝ち得たことで,ようやく,川崎重工は,被告に支払をするに至ったというべきである。
そうすると,前訴によって,被告が現実に15億9150万6028円の利益を得たことについて,被告の寄与はなかったといわざるを得ない。
(5) 他方で,被告が現実に得た利益である15億9150万6028円を基礎として,本件報酬規程に基づき,弁護士報酬の相場額を算定すると,次のとおり,1億0442万9153円となる。もっとも,この金額は,純然たる財産を巡る前訴と同規模の紛争に関する弁護士報酬の相場額であるところ,日本弁護士連合会が,平成17年2月に全国の弁護士に対して実施されたアンケートの結果を集約した「アンケート結果にもとづく市民のための弁護士報酬の目安」(乙8)によれば,1億円の損害賠償を請求する住民訴訟における着手金を,30万円前後とする回答が50.6%,50万円前後とする回答が24.7%をそれぞれ占めており,これからすると,普通地方公共団体の財務行政の適正化という高い公益性を有する事件における弁護士報酬の相場額としては,上記金額よりも大幅に低い金額が設定されるものと推測できる。
ア 第1審着手金 3729万6126円
計算式(15億9150万6028円×0.02+369万円)×1.05=3729万6126円
イ 第2審着手金 3729万6126円
計算式(15億9150万6028円×0.02+369万円)×1.05=3729万6126円
ウ 報酬金 7459万2253円
計算式(15億9150万6028円×0.04+738万円)×1.05=7459万2253円
エ 合計 1億4918万4505円
オ 本件報酬規程によれば(甲6),着手金及び報酬金は,事件の内容により,30%の範囲内で増減額することができるとされているところ,1億4918万4505円は報酬額として極めて高額であることなどに鑑みれば,第1審及び第2審の着手金並びに報酬金を30%減額するのが相当である。
計算式 1億4918万4505円×30%=1億0442万9153円
(6) 上記(1)ないし(5)で認定説示した点,すなわち,前訴により,被告が現実に得た利益は15億9150万6028円であること,前訴は,相当程度,複雑困難な事件であったというべきであるが,前訴弁護団の主張の中には,被告が現実に15億9150万6028円の利益を得たことには影響を与えなかっただけでなく,これらの主張の審理のために,前訴が長期化したものもあること,Aほか6名程度の弁護士が訴訟活動に要した時間・労力は上記(3)のとおり相当なものであり,他方,前訴によって,被告が現実に15億9150万6028円の利益を得たことについて,被告の寄与はなかったといわざるを得ないこと,普通地方公共団体の財務行政の適正化という高い公益性を有する事件における弁護士報酬の相場額としては,1億0442万9153円よりも大幅に低い金額が設定されるものと推測されることを総合考慮すれば,本件相当報酬額は3000万円とするのが相当である。
第4結論
よって,原告らの請求は,被告に対し,3000万円及びこれに対する平成19年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるので認容し,その余は理由がないから棄却することとし,仮執行宣言を付することは相当でないからこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川愼一 裁判官 上田卓哉 裁判官 森里紀之)