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京都地方裁判所 平成19年(ワ)824号 判決 2010年10月05日

主文

1  被告株式会社A及び同株式会社Bは,連帯して,原告C及び同Dに対し,各44万円,同E,同F,同G及び同Hに対し,各22万円,同I,同J及び同Kに対し,各11万円並びにこれらに対する平成18年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告C,同D,同E,同F,同G,同H,同I,同J及び同Kの被告株式会社A及び同株式会社Bに対するその余の請求,同原告らの被告更生会社株式会社L管財人Mに対する請求並びにその余の原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを100分し,その1を被告株式会社A及び被告株式会社Bの負担とし,その余は原告らの負担とする。

4  この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告更生会社株式会社L管財人M(以下「被告管財人」という。)は,原告らに対し,別紙物件目録1記載の建物(以下「本件マンション」という。)の別紙図面1及び2の斜線部を除却せよ。

2  被告株式会社A(以下「被告A」という。)及び被告株式会社B(以下「被告B」という。)は,各原告に対し,連帯して平成18年9月7日から本件マンションの別紙図面1及び2の斜線部を除却する日まで1か月あたり5万5000円の割合による金員を支払え。

3  各原告は,被告管財人に対し,192万5000円及び平成21年9月6日から本件マンションの別紙図面1及び2の斜線部を除却する日まで1か月あたり5万5000円の更生債権を有することを確定する。

4  被告管財人は,別紙物件目録2記載及び同目録3記載の各土地(以下,併せて「本件土地」という。)について,次の各工事をせよ。

(1)  原告C,同N,同D,同F,同G及び同Hに対し,別紙「地盤強化工事計画図」①及び②の注入範囲(面積46.5m²)について,6.3mの深さに至るまで,293立法メートルの土量を対象として,国土交通省技調発第188号の1「薬液注入工事にかかる施工管理等について」に準拠した薬液を注入せよ。

(2)  原告C,同N,同D,同F,同G,同H及び同Eに対し,別紙「排水施設設置工事計画図」のとおり,全長47mの「PU-240」の地表排水溝及び雨水枡を設置するとともに,全長59.1mの地下水導水管「φ300有孔管」及び全長16.9mの排水管「VP200排水管」並びに4個のマンホールを設置せよ。

(3)  原告C,同N,同D,同F,同G及び同Hに対し,別紙「コンクリートもたれ擁壁設置工事計画図」①ないし③のとおり,総高7.1m,全長16.6mのコンクリートもたれ擁壁を設置せよ。

5  被告A及び被告Bは,別紙請求金目録1記載の各原告に対し,連帯して同目録各合計欄記載の金員及びこれに対する平成18年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  別紙請求金目録2記載の各原告は,被告管財人に対し,同目録各合計欄記載の金員及びこれに対する平成18年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求する更生債権を有することを確定する。

第2事案の概要など

1  事案の概要

本件は,原告ら(なお,原告らの内の一部の場合も含めて「原告ら」ということがある。)が,①景観権ないし景観利益に基づく妨害排除請求として,本件マンションの占有者かつ所有者である株式会社L(以下「L」という。)の管財人である被告管財人に対し,本件マンションの一部除却及び不法行為(景観権ないし景観利益侵害)に基づく損害賠償請求として,被告管財人,本件マンションの注文者である被告A及び本件マンションの建設工事(以下「本件工事」という。)を担当した被告Bに対し,金員の支払請求等,②本件工事によって騒音・振動被害を受けたとして,不法行為ないし債務不履行に基づき,被告A及び被告Bに対し,金員の支払請求,③本件マンションによる圧迫感,プライバシー侵害,日照侵害を受けているとして,不法行為に基づき,被告管財人,被告A及び被告Bに対し,金員の支払請求等,④本件工事による家屋被害,地盤沈下が生じているとして,不法行為ないし債務不履行に基づき,被告A及び被告Bに対し,補修費用及び地盤強化工事費用の支払請求,⑦本件工事により地盤が変動していることなどから,原告らの家屋ないし生命身体が侵害されるとして,所有権ないし人格権に基づき,被告管財人に対し,本件土地の地盤強化工事,排水施設設置及び独立擁壁設置を求める事案である。

2  前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)

(1)  当事者

原告らは,本件マンションに隣接又は近接して居住し,又は土地・建物を所有する者であり,原告番号1ないし35(ただし,27は除く。)の各原告の居住位置は別紙地図1及び2のとおりである。原告Cが所有し,居住している家(以下「原告C宅」という。),同Nが所有し,同Dが居住している家(以下「原告D宅」という。),同Fが所有し,同F,同G及び同Hが居住している家(以下「原告H宅」という。),同Iが所有し,同I,同J及び同Kが居住する家(以下「原告I宅」という。)並びに同Eが居住する家(以下「原告E宅」という。)と本件マンションとの位置関係は別紙地図3のとおりである。

被告Aは,本件マンション建設地である本件土地を平成16年9月30日売買により取得した本件マンションの施主である。

被告Bは,本件工事を施工した建設業者である。

Lは,本件土地及び本件マンションを,平成18年9月29日,被告Aより購入し,所有している不動産会社であったが,平成21年5月29日,東京地方裁判所に対し,更生手続開始の申立てを行い,同年6月16日,同裁判所から会社更生手続開始決定を受けた。原告らは,債権届け出期限前である同年8月24日,原告らの被告管財人に対する本訴請求債権(請求の3及び6)につき,東京地方裁判所に対し届け出たが,被告管財人は,一般調査期日において,前記債権について,いずれも異議を述べた。

(甲A20ないし29)

(2)  被告Aは,平成16年12月28日,本件マンションについて,後記のとおり計画変更する前の段階で,建築確認を得た。

もっとも,京都市は,平成17年4月11日,本件マンションの高さと容積を低減させる旨の発表をし,それを受け,被告Aは,同年6月13日,計画変更案を原告らを含む周辺住民に対して提示した。そして,この計画変更案に対して,同年7月29日,京都市長が開発行為非該当確認を,京都市建築主事が建築確認をそれぞれ行った。

そして,原告らを含む周辺住民は,京都市開発審査会に対して前記開発行為非該当確認を取り消す旨の裁決を求める審査請求をしたが,平成18年2月24日に却下され,京都市建築審査会に対して前記建築確認を取り消す旨の裁決を求める審査請求をしたが,同年3月10日に却下ないし棄却された。

原告らを含む周辺住民は,京都地方裁判所に対し,被告Aに対して行った京都市建築主事の前記建築確認及び京都市長の前記開発行為非該当確認の取消し,前記建築確認について原告らを含む申立人の申立てを却下した京都市建築審査会の前記裁決及び前記開発行為非該当確認について原告らを含む申立人の申立てを却下した京都市開発審査会の前記裁決の取消し,並びに京都市長に対し本件マンションの一部除却命令,擁壁設置命令,排水施設設置命令を求めた(京都地方裁判所平成18年(行ウ)第6号)が,平成19年11月7日,本件訴えはいずれも不適法であるとして却下された。

(乙A8,丙A1,2)

(3)  本件マンションは,船岡山の南側斜面地に建設された。本件工事は,平成17年8月1日に着工され,平成18年9月7日に完成した。本件マンションの敷地には平均地盤面が4個とられており,本件マンションの構造は,地上5階,地下1階建て,戸数27戸,建ぺい率46.82%である。

(4)  本件土地は,風致地区第5種地域に指定され,建築物の高さ15m以下,建ぺい率40%以下と規制されている。なお,船岡山の一部は風致地区第2種地域に指定されており,建築物の高さ10m以下,建ぺい率30%以下に規制されている。

3  争点及び争点に対する当事者の主張

(1)  景観権ないし景観利益の侵害に基づく本件マンションの一部除却及び損害賠償請求が認められるか(請求の1ないし3。争点(1))

(原告らの主張)

ア 景観権の存在

(ア) 景観は,人間生活を取り巻く環境の投影として,また,それ自体として,人間生活の質に物心両面にわたって直接の影響を与えるものであり,人間の人格の外延の一部を構成している。そして,良好な景観を享受することは,個人の人格の形成・発展にとどまらず,都市の人格をも形成するものであり,良好な景観を享受する権利,すなわち景観権は,憲法13条の幸福追求権及び憲法25条の生存権により保障された憲法上の権利である。

なお,最高裁判所平成18年3月30日第一小法廷判決・民集60巻3号948頁(以下「平成18年判決」という。)は,景観利益を認めており,本件でも景観利益が認められることは当然であるが,本件は,同判決の事案とは異なり,本件マンションが景観法施行後に建築されたものであること,京都市においては平成19年9月から新景観政策を施行し,市街地景観整備条例,風致地区条例,自然風景保全条例,屋外広告物規制条例の拡充,強化を図るとともに,京都市眺望景観創生条例を施行したことにより,保全・創生すべき景観像がより明確になってきていることを踏まえると,現在,景観権は,内容,要件等が明確な権利となったというべきであり,本件においては景観権が認められるべきである。

(イ)a 地域の景観状況

船岡山は,風水思想の四神相応の考えに基づき,都を守る北の玄武として,南の朱雀,東の青龍,西の白虎とともに,四神の宿る聖地とされ,平安京は船岡山を起点に造営された。そして,船岡山の山頂には,古代信仰の対象になった磐座が鎮座し,応仁の乱の際には船岡山城,西陣が構築され,西陣の名称の由来となったという歴史もある。また,船岡山は,聖徳太子の文献にもその名が出ており,清少納言が枕草子で「岡は船岡」と詠むなど多くの和歌の題材ともなった。

また,日常的には,自由かつ手軽に緑と自然に触れ合うことができる貴重な憩いの場であり,四季の息づく閑静な自然公園でもある。京都の伝統行事である大文字の送り火の際には,大文字,左大文字,妙法,船形の4箇所の送り火を拝むことができる。そして,船岡山の北側には,世界文化遺産に準じるほどの価値のある大徳寺があり,東端には建勲神社がある。

以上のとおり,船岡山は,歴史的・文化的価値を高く有し,付近の歴史的建造物と調和し,重要な景観価値を有している。また,歴史的市街地内に存在する唯一の自然地形の山としての広範な緑地であり,当該地域に居住する原告らに緑の持つ保健休養の効果を与えており,船岡山の自然景観には客観的価値が認められる。

そして,本件マンションは,船岡山の南端の中核に位置しており,本件マンション付近(以下「本件地域」という。)は,市街地にありながら,南を向けば京都市を一望でき,北を向けば船岡山の緑が見える,自然豊かな住環境と景観を享受することができる地域である。

このように,歴史的・文化的意義のある地については,その意義を知って歴史に思いをはせ,関心を高めるには,その地及びその周辺の歴史的・文化的景観が非常に重要である。本件土地は,船岡山の南斜面地として連なっており,歴史的文化的景観保護の観点からは,景観をしのばせる実物のみならず,その周辺部を含めての保護が重要である。

被告Aは,本件マンションの分譲用パンフレットにおいて,本件地域の景観の客観的価値や歴史的背景を強調していることや,マンション計画の説明会での発言等から,上記の事情を認識していたことは明らかである。

なお,原告らは,過去の歴史・文化を想起させる船岡山の山としての存在が歴史的・文化的景観を形成していることから,その意義を訴えているのであり,被告らの主張するような単なる見栄えの問題ではない。

b 行政による景観保全策

船岡山は,国の史跡や,風致地区の第2種地域に指定されており,京都市眺望景観創生条例においても,しるしの眺めとして指定されている。そして,船岡山の眺望及び船岡山からの眺望を保全,再生すべき場合に,船岡山及びその周辺である本件地域の景観を保全すべきことも要請されていることは当然である。

本件マンションの建築計画及び地元の反対運動を契機に,京都市斜面地等における建築物等の制限に関する条例(以下「京都市斜面地条例」という。)が制定されたが,その立法目的について,当時の京都市都市企画部長が,前面の道路から見た場合,その高さ,規模が平地に建てられる場合と比較して過大なものとなることから,周辺地域の景観あるいは環境に与える影響が懸念されると説明したことからも,住民らの住環境・景観保全への思いを具体化する形で成立したものといえる。

c 地域住民の景観保全に対する意識状況

本件地域で現実に建築されてきたのは,船岡山の風致地区指定である高さ制限10mを下回る低層の一戸建住宅ばかりである。これは,船岡山付近の住民が,船岡山の眺望及び船岡山からの眺望を害してはいけないという意識を持ち続けていたためである。

ある地域に居住する住民らが,ある特定の景観に客観的な意義を認めてそれを積極的に形成する場合や,当該地域に従前から存在する景観に客観的意義を認めてそれを維持・保全もしくは破壊しないという行動を取った場合,明示ないし黙示の住民合意の結果として,当該地域には,一定の高さや規模以下の建物しか存在しないという町並みが形成されていく。そのような場合,そのような町並み自体が当該地域の建築に関する限界,基準を表現しているとみることができ,これが地域ルールであるということができる。そして,本件地域では,何十年にもわたる船岡山南斜面地の周辺住民の意識(自己規制)により,船岡山の眺望及び船岡山からの眺望が保全されてきたのであり,本件地域において建物を建築する場合には,少なくとも高さ10m以下,一戸建住宅規模にしなければならないという地域ルールが形成されたといえるのである。

(ウ) 以上からすると,原告らに景観権が認められるのは当然である。

イ 景観権の侵害

(ア)a 都市計画法29条1項違反

本件土地は都市計画区域内であるところ,本件工事において,①敷地内の全樹木を伐採したこと,②本件マンション周囲の擁壁部において,2m以上の切り土,1m以上の盛り土を行い,また,敷地周囲部及び内部のコンクリート擁壁及び石積擁壁を撤去したこと,③本件土地の南端において,既存石積み擁壁の復元を一部に止め,その高さを2m程度に改変し,また,地下ガレージの導入路等を作るために地盤を切り下げたことは,形質の変更にあたり,都市計画法4条12項に定める開発行為(土地の区画形質の変更)に該当する。

そして,開発行為であれば,本件マンションと同規模の建物を建設することはできなかったが,被告Aが2m以上の切り土や1m以上の盛り土は行わないと虚偽の申請をしたことから,京都市は開発行為非該当確認を行い,本件マンションの建設が可能となった。

以上から,本件マンション建築は無許可の開発行為であり,都市計画法29条1項に違反している。そして,この違反行為には50万円以下の罰金が処せられるので(同法92条3号),刑罰法規にも反している。

b 京都市風致地区条例違反

(a) 本件土地は,船岡山の国史跡部分からわずかに外れているため風致地区第5種地域に指定されており,建ぺい率は40%以下と規制されているが,本件マンションの建ぺい率は46.82%であり,この規制を超えている。そして,京都市風致地区条例5条1項1号ウ(イ)ただし書を適用するための審査基準にも該当しないため,条例違反があることは明らかである。

(b) 斜面地における建築物にあっては,建築基準法施行令2条2項に規定する地盤面の数が3を超えてはならない(建築物の高さの算定に関する審査基準3条2項)とされているところ,本件マンションは4つの平均地盤面がとられており,同基準に違反する。

地盤面数の問題は,高さ規制だけではなく,そもそも斜面地上にどこまで建物を建ててよいかという奥行きを規制したもので,高さが変わらなければ済むという問題ではない。このことは,地盤面の個数の制限の流れを受けて制定された京都市斜面地条例を見れば明らかである。

(c) 被告A及び被告Bは,京都市風致地区条例に基づく許可を受けるにあたり,モミジ等17本の既存樹木については保存するとの条件で許可を受け,原告ら周辺住民にもその旨説明していたが,すべて伐採してしまった。よって,本件マンションの建築行為は,行政法規(京都市風致地区条例2条1項3号)及び刑罰法規(同条例17条)に違反する。

c 京都市斜面地条例

京都市斜面地条例によれば,建築物の接地位置の高低差は6mを超えてはならない(同条例3条1項)ところ,本件土地が急斜面であることから,一番低い接地位置から第2地盤面の途中地点において,既に接地位置の高低差は6mに達するため,本件マンションの規模は大幅に縮小され,第2地盤の途中までしか建てることはできなかった。また,同条例によれば,前面道路に面した建築物の外壁等から水平距離3mの範囲におけるもっとも低い接地位置からの高さは高度地区等による高さ規制の範囲内でなければならないとされた(同条例4条1項)ことから,前面道路に面する建物について,1m程度高さを低くしなければならなかった。

しかし,同条例が平成17年8月8日から施行されることとなっていたところ,被告Aは,同条例の施行前に駆け込みで建築確認申請を行い,同年7月29日に建築確認がなされた。このような駆け込み建築確認申請は,実質的には条例適用の潜脱である。同条例が適用されなかったとしても,同条例は斜面地の景観保全等のために許容される建物の規模について,最低限度の規制をするものであるから,本件マンションがその最低限度の規制にすら反する規模であることに変わりはない。

d 船岡山南斜面及びその周辺の建築秩序の破壊,権利濫用

本件地域の建築秩序(地域ルール)は,高さ10m以下,一戸建住宅規模建築物であるところ,本件マンションは高さ18.7m,地上5階,地下1階建の大きな建築物であり,その建設行為により,平安京建都以来1200年以上にわたって保全されてきた平安京(南)側からの船岡山の眺望景観や船岡山からの眺望景観が遮断された。

地域ルールは,町並み自体に現実に表現されているのであるから,新たに当該地域に建物を建築しようとする者においても容易にその存在を知ることができる。特に,被告らは不動産の専門家であり,地域の特性を十分に勘案して当該土地を取得し,あるいは当該土地で建築するかどうかを決しているはずである。

よって,当該地域に地域ルールが成立していると認められる場合には,当該地域に建物を建築しようとする者は,当該地域ルールに拘束され,かかる地域ルールに違反して建物を建築した場合,そのような建築行為は,当該地域の住民らが有する景観権を侵害するものとして違法と判断されるべきである。なお,地域ルールにより行われる制約は公共の福祉による制約であるといえ,何ら不当な制約とはならない。本件地域においては,地勢からみても,道路との関係からも,船岡西通,船岡南通,船岡東通に囲まれた地域に同一性が認められ,その範囲は明確であるといえる。

また,本件マンションの北側及び西側には,船岡山に至る主な経路となっている階段があり,原告ら地域住民は,この階段からの京都市内への眺望及び船岡山の山並みへの眺望を長年にわたり享受してきたが,本件マンションはこの眺望を遮断した。山の稜線が眺望できるかどうかは,景観にとって極めて重要な意味を有しているところ,本件マンションは,船岡山の船岡南通付近においては船岡山の稜線自体を不明にし,そこから少し離れた地域においても山の斜面を広範に認識できた状況を不明にしてしまったのである。

以上のとおり,本件マンション建築は,船岡山周辺の建築秩序を破壊し,平安京(南)側からの船岡山の眺望景観や船岡山からの眺望景観を完全に損なうもので権利濫用である。

(イ) 以上のとおり,本件マンションの建築行為は,行政法規及び刑罰法規に違反し,船岡山への景観,船岡山からの景観を著しく侵害しており,船岡山南斜面及びその周辺の建築秩序を破壊したものであり,権利濫用であるといえる。したがって,その侵害行為の態様や程度が社会的に容認された行為としての相当性を欠くことは明らかであり,原告らの景観権を違法に侵害するものである。

ウ 景観権の回復の方法

(ア) 景観侵害は,その侵害状態が除去されるまで侵害が継続するという性質を持ち,また,金銭賠償で損害を回復することは困難であるため,景観侵害に対しては原状回復が原則的な救済方法であると考えられる。

そもそも,地域ルールは,規範の存在形式が現地に具体的に表現された町並みの形状によるものであり,地域ルールに違反する建物の存在は,単に違法な建築物であるというにとどまらず,地域住民らの承諾なくしてこれらがひとつひとつ増えていけばルールそのものがかき消されてしまうおそれがあるため,地域ルールに違反する建築物については,ルールそのものの保護のためにも原状回復を原則とする必要がある。

(イ) 本件マンションの一部が除却されるまでは,原告らの景観権侵害が継続しているので,損害賠償請求権が発生し続けている。

(被告A及び被告Bの主張)

ア 本案前の抗弁

原告N,同O,同P,同Q,同Rらは,船岡山の存在する京都市から遠く離れた場所で居住しており,良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受しているとはいえない。

よって,上記原告らは,当事者適格を欠くため,訴えは却下されるべきである。

イ 景観権ないし景観利益の存在

(ア) 原告らは,景観権が認められる旨主張するが,現時点においては私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものとは認められず,景観利益を超えて景観権という権利性を有するものを認めることはできない。

(イ)a 本件において,客観的価値のある良好な景観そのものが存在しない。

船岡山は,単に緑が存在するというだけであって,山の形などが視覚的に美しいとはいえず,風光明媚な景勝地であるとはいえない。万一,船岡山が風光明媚な景勝地であるといえたとしても,それは,船岡山頂上から京都市内を一望できるということを理由としていると思われるところ,船岡山頂上から京都市内を一望した場合,本件マンションは視界に入らないため,船岡山頂上からの京都市内の眺望は本件マンションの存在によって影響を受けることはない。さらに,船岡山の面積は2万5000坪と広大である一方,本件土地の面積は約1300m²とごくわずかであり,船岡山の樹木を伐採したことにより,原告らの居住環境に対し受忍限度を超える影響を与えることはない。また,原告らが主張する緑が存在することによる効用については,視覚的な美しさとは何の関係もなく,景観利益として保護されることはあり得ない。また,歴史的意義と,視覚的な美しさである良好な風景を保護の対象とする景観利益とは原則として無関係である。

なお,原告らは,分譲用パンフレットの文言から,船岡山には歴史的意義があり,そのことを被告Aが認識していた旨主張するが,パンフレットには船岡山に関する歴史的事実が記載されているだけであり,歴史的意義があるかどうかまで読み取れず,被告Aが,本件工事前から船岡山に本件マンションを建築できないような歴史的文化的意義が存在することを知っていたことにはならない。

b 原告ら周辺住民は,建物の高さを制限するために,話し合いをして10m以下の高さに押さえようということを本件マンション建設の反対運動の以前に具体化したことはなく,原告らの主張する地域ルールは認められない。

仮に,原告らの主張する地域ルールを認めると,新たに当該地域に建物を建築しようとする者は,所有する土地,建物の財産権に不当な制限が加えられ,不測の損害を被るおそれがあり,また,地域ルールの範囲自体が明確ではなく,周辺地域に存在する建物の高さや面積の制限についても具体的に調査しなければならなくなる。

そもそも,原告らは,船岡山周辺に住宅の高さを10m以下にしなければならないというルールを守り,周辺住民が意識をして低層住戸にしていたと言い切ることは到底できない。昭和62年に建築確認の申請手続において,構造計算部分が簡略されるまで,三階建ての木造住宅は一般的でなかったため,必然的に10m以下の建物が多く存在しているだけである可能性が非常に高い。

仮に,原告らが主張するように,船岡山南斜面地には本件マンション以外は10m以下の一戸建てしか存在しないとしても,その形状や家屋の色調などは必ずしも統一性があるとはいえず,本件マンションの南側には4階建てで高さ10mを超える建物が存在していることから統一性のある町並みともいえず,客観的な価値のある良好な景観が存在するとはいえない。

ウ 景観利益の侵害

(ア)a 本件工事では,本件土地内の全樹木を伐採してはおらず,東側一部の樹木は残存している。また,土地の形状の変更とは,切り土盛り土によって土地の物理的形状を変更することをいい,また,土地の性質の変更とは,農地などの宅地以外の土地を宅地へと変更するような場合をいうのであるから,敷地内の植栽を伐採する行為は開発行為には該当しない。確かに,2m以上の切り土や1mまでの盛り土をしたが,切り土や盛り土は掘削行為であり,建築物の建築自体と不可分一体の工事であるから開発行為にはあたらない。また,擁壁は原状に回復しているので,一時的に撤去をしても開発行為には該当しない。

b(a) 京都市風致地区条例5条1項ウ(イ)別表によると,本件マンション建設地の建ぺい率は40%であるが,同ただし書の新築の行われる土地であり,当該建ぺい率を適用すれば著しく妥当性を欠くことになる場合に該当する(同審査基準5条4項)ため,当該建ぺい率を適用しなくても違法ではなく,本件マンションは同条例に違反していない。

(b) 4つ目の地盤面上に建てられた建物の高さが3つ目の地盤面上に建てられた建物の高さを超えていないことから,京都市風致地区条例の趣旨には違反していない。

原告らは,地盤数制限は建物の高さだけではなく,建物の奥行きをも規制する趣旨である旨主張しているが,それは同条例による規制の趣旨ではなく,京都市斜面地条例による規制の趣旨であるにすぎない。そして,京都市斜面地条例は,被告Aが本件マンションの建築確認を取得した平成17年7月29日より後の同年8月8日に施行されたものであるから,本件マンション建設にあたり,同条例による規制を受けることはない。

(c) 被告Bが17本の既存樹木を伐採してしまったことは認めるが,この伐採により,直ちに原告らの景観利益が侵害されたことにはならない。

c 本件マンションは,本件地域の建物と比べて突出した高さを有しているわけではなく,できるだけ和風にみえるような工夫が施されていることなどから,都市の自然環境,都市全体の美しさ,さらには住民の良好な環境を破壊するとはいえない。

また,被告A及び被告Bは,原告ら周辺住民と本件マンション建設着工以前から話し合いを重ねており,平成17年7月29日及び平成18年6月5日に周辺住民と協定まで締結した。そして,周辺住民との交渉を重ねた結果,本件マンションの容積を縮小した。

エ 以上から,原告らには景観権ないし景観利益が存在せず,仮に存在するとしても,受忍限度を超えるものではない。

(被告管財人の主張)

ア 原告らは,景観権を主張するが,平成18年判決に真っ向から反対するものであり,失当である。当該判決は,言い渡された平成18年3月30日時点において,既に景観法や,東京都景観条例が制定・施行されていることを考慮してもなお景観権は認められないと判断したものであるから,原告らの主張内容には何ら根拠がない。

イ 仮に,原告らの主張が法律上保護されうる景観利益に対するものであったとしても,景観利益が認められないことは明らかである上,これに対する違法な侵害行為も認められない。

(ア) 原告らは,船岡山の自然景観がいかなる理由により客観的価値を有するのか何ら主張していない。また,本件マンションは,船岡山の緑地面積を大幅に減少させたり船岡山頂上からの眺望を阻害したりするものではなく,本件マンションの存在と船岡山の自然景観の価値とは無関係である。仮に,船岡山に歴史的・文化的意義が存在するとしても,それが本件マンションの存在とは何ら関係がないことは明らかである。原告らが主張する船岡山の自然景観の価値は,緑地としての一般的・抽象的価値であるか,個々の原告にとっての主観的な価値にすぎない。

また,原告らの主張する地域ルールが存在していたことを示す証拠は存在せず,かえって本件マンションの南側を通る船岡南通沿いに3階建ての建物が複数存在していることなどからすれば,かかるルールの存在は疑わしい。仮に,高さ10m以下・一戸建て規模の住宅しか存在していないとしても,それは一般的な家屋形態が2階建てであるからにほかならず,3階建て以上の建物の建築をあえて制限していたからではないと考えるのが合理的である。そして,Lは,地域ルールの存在を関知し得べくもなかった。

(イ) 本件マンションの建築に際して,京都市が開発行為非該当確認を行い,京都市建築主事が建築確認を行っていること,開発行為非該当確認及び同建築確認に対する審査請求において,京都市開発審査会及び京都市建築審査会が同各審査請求を却下する旨の裁決を下していることからして,本件マンションの建築行為は建築基準法4条12項に定める開発行為に該当しない。また,本件マンションが適法に建築されたものであることは,本件マンションについて,京都市風致地区条例に基づく京都市長の許可を得ていること,本件工事の完了後,建築基準法7条5項の規定による検査済証が交付されていることからも明らかである。

建築物の高さは,その各平均地盤面から算出されるものであるところ,本件マンションは,京都市風致地区条例が定める風致地区第5種地域の高さ制限(15m以内)を遵守しており,建ぺい率(46.28%)についても,京都市風致地区条例5条1項1号ウ(イ)ただし書の適用を受けたものであるから,合法である。京都市風致地区条例審査基準3条2項で,平均地盤面の数が3つを超えてはならないとされている趣旨は,平均地盤面の数を無制限に認めると山の斜面地に沿って建築物の高さをいくらでも高く設定することが可能となり,高さ制限に関する規制を潜脱することが可能となってしまうからである。そして,本件マンションにおいて,平均地盤面が4つとられているものの,4つ目の平均地盤面に対応する建物の高さは3つ目の平均地盤面における高さ制限の範囲内にあり,平均地盤面を3つに限定した趣旨に反しないことから,京都市としても4つの平均地盤面が採られていることを問題としなかったのである。なお,平均地盤面数の制限について,京都市風致地区条例に規定はなく,単に審査基準において事実上制限が設けられているにすぎない。

また,京都市斜面地条例は,本件マンションの建築確認取得後かつ着工後の平成17年8月8日に施行されていることから,本件マンションについては同条例の適用は受けず,原告らの主張は失当である。

(ウ) 本件マンションは,船岡山の斜面のごく一部に建築されているにすぎず,また,本件マンションの近接地には本件マンションより高い地点に建築されている家屋も存在することから,本件マンションの存在が船岡山の山としての形状を不明にしているという事実はない。

(エ) よって,本件マンションは,その建築当時における法律の規制に適合していたものであり,公序良俗違反,権利の濫用にあたる事情もないのであるから,本件マンションの存在が原告らの景観利益の侵害に該当するとされる理由はない。

(2)  本件工事による騒音,振動の発生に不法行為が成立するか(争点(2))

(原告らの主張)

ア 本件土地は,通常の岩盤に比して密度の高い基盤岩が地表から約10mの深度という浅いところにあるため,本件工事は,地盤そのもの若しくは地盤に密着した擁壁を取り払う,基盤岩に大型削岩機等で孔を開けて掘るといった大工事であり,場所によっては10m以上もの深度の掘削を行った。本件工事で用いられた親杭橫矢板工法では,本件土地に親杭(H鋼)を打ち込むための穴を空ける作業が必要となり,その穴は本件マンションの敷地周辺をぐるりと取り囲んでおり,敷地内部にも多数打ち込まれており,非常に数が多く,親杭の長さはほとんどが8m,長いものでは10mとなり,これだけの長い親杭を貫入させるための穴を多数空けるには,常にドリルを回し続ける必要があった。そのため,掘削時間も長くなり,必然的に騒音・振動の発生も通常に比してはるかに強くかつ長いものとなった。また,本件マンションの各階躯体のコンクリート打設時,コンクリートを固めるためのバイブレーダーのうなり音や周期の短い振動が多数生じた。

それにもかかわらず,防音シートは低位置にしか張られず,防音シートの張られていない上部から非常に大きな騒音が非常に漏れており,原告らは直に騒音を受ける状態にあった。

また,鉄板やH綱などの建築資材をトラックの荷台等から運び降ろす際,地面から相当程度離れた高さから落とすため,激しい騒音・振動が生じた。同様に,足場を解体する際に,作業員がボルトからナットを外した後,パイプをハンマーで叩き,その勢いでパイプを外してそのまま地面に放り投げており,ハンマーで叩く音やパイプが地面にたたきつけられる音など,大きな金属音を含む騒音が発生した。また,本件工事では,南側道路と地下ガレージ等をつなぐ導入路との間などで大規模な切り土,盛り土,仮設工事及び材料運搬を伴っており,建設現場及び周辺道路において大型の建設機械や工事車両が稼働したことから,これらによる騒音・振動も生じた。

そして,本件マンションの周辺地域は閑静な住宅街というべき場所であるにもかかわらず,本件工事は,1年2か月もの長期にわたって行われた。

イ 被告Bが測定した騒音・振動数値には,測定状況写真,測定器の種類の情報は開示されておらず,信憑性のある数字であるか疑問であるが,その数値によっても違法かつ受忍限度を超える騒音振動が発生していた。

本件マンション建設のような建設作業音は,非常に大きな騒音・振動を長時間にわたって生じさせるため,周辺住民に上記の影響を与えるおそれが高いことから,騒音規制法14条,15条及び振動規制法14条,15条によって規制され,同法を受けて京都市は建設作業音の規制基準を定めている。そして,京都市が定める本件土地における騒音規制基準値は85デシベル,振動規制基準値は75デシベルであるところ,本件工事において,これらの値を超える騒音・振動が継続して発生していることはデータ上明らかである。

平成17年8月から10月の間,特定建設作業音である杭打ち作業音が発生していたところ,同期間において騒音が85デシベル以上を記録した日は5日にのぼり,明らかに騒音規制法違反であり,違法である。そして,平成17年8月5日から平成18年7月27日までの196日の間において,85デシベル以上の騒音が発生した日は155日にも及ぶ。また,杭打ち機による振動という特定建設作業振動が存在した平成17年8月には,75デシベル以上の振動が2回発生している。そして,平成17年8月5日から平成18年5月18日までの142日の間において75デシベル以上の振動が生じた日は,17日にのぼる。

ウ 以上のとおり,本件工事は,地盤に対する衝撃が大きく,大規模な振動・騒音が生じたのである。原告番号1,3ないし10の各原告(以下「原告番号1ら」ということがある。)は,大規模騒音・振動の際には気分が優れず,家の中で安らげない状態であった。また,テレビの音を大きくしたり,大規模工事の予告がされたときは外出して不快状態を回避したりしていた。

よって,本件工事により,上記原告らは,受忍限度を超える身体的・精神的苦痛を受けたことは明らかである。

(被告A及び被告Bの主張)

ア 本件土地の地盤に,硬質なチャート層が地表面に近接して存在しているという点は認めるが,岩盤のせいにより大きな騒音・振動が生じたということはない。被告Bは,本件マンション建設にあたって,国土交通省が指定する超低音騒音機を使用するなどの配慮をし,平成17年11月から12月にかけての特定建設作業中,周囲に大きな騒音が響かないよう,防音カバーをかけた。

また,パイプを放り投げた,ハンマーで叩いたなどの主張は否認する。被告Bは,工事全体を通して不必要に騒音を立てないよう作業員に注意を促していた。なお,本件工事において,切り土,盛り土をし,建設機械や工事車両が稼働していたから,それに伴う音や振動が発生したことは当然である。

イ 騒音規制に関して,85デシベルを超えているかどうかの基準はピーク値が85デシベルを超えているかどうかで判断するものではなく,測定値の90パーセントレンジの上端の数値(L5)が85デシベルを超えているかどうかで判断する。本件工事中,L5が85デシベルを超えている日があることは認めるが,継続的に85デシベル以上の音を発生させてはいない。

その上,騒音規制法で規制されている工事内容は,杭打ち等の特定建設作業のみであるところ,本件工事中,特定建設作業に該当するのは,ローラードリルブレーカーによる岩盤掘削及び手持ち式ブレーカーによる躯体調整である。そして,ローラードリルブレーカーによる作業が行われたのは,平成17年11月11日,12日,14日から18日まで,12月7日から10日まで,13日から21日まで,24日,26日,27日であり,手持ち式ブレーカーによる躯体調整の工事が行われたのは,平成18年4月12日,27日,5月2日,11日,19日,25日,6月5日,12日,15日,19日,26日,28日,7月18日であるが,この中で,騒音規制法の規制(L5が85デシベル)の程度を超える騒音を発生させたのは11日だけである。

特定建設作業以外では,継続的に大きな音が発生しないという理由で法律上の規制がかけられていない。そのため,本件工事中,特定建設作業でない作業中にもL5が85デシベルを超えた工事日もあったが,一時的に発生した音にすぎず,L5が85デシベルを超えたからといって直ちにそれが受忍限度を超える騒音であるとはいえない。

同じく,振動規制についても,法律上規制されるのは,特定建設作業についてのみであり,75デシベル以上の振動を発生させたかどうかについては,5秒間隔,100個又はこれに準じる間隔,個数の測定値の80%レンジの上端の数値(L10)を基準として判断するところ,本件工事中,振動のピーク値が75デシベル以上の振動を生じた日は142日中17日あったにすぎず,平成17年11月から12月にかけての特定建設作業中は,L10が75デシベルを超える振動が発生した日はない。

ウ 本件マンション建設中,京都市長から改善勧告,改善命令を受けたことはない(騒音規制法15条参照)。

また,原告ら以外の本件マンション近隣住民から,本件マンション建設中も何ら騒音や振動について苦情を申入れられたことはない。

なお,建設工事から発生する騒音は,限られた工期の間でしか騒音が発生しないこと,場所などに代替性がなく他所ではやれない工事が多いこと,工事中の騒音の防止は現時点における技術では非常に困難であることといった事情もあり,周辺住民が受忍すべき度合いも高い。

エ 以上のことから,被告Bが,受忍限度を超える騒音や振動を発生させたことはない。

(3)  本件マンションは原告らに対する圧迫感があり,不法行為が成立するか(争点(3))

(原告らの主張)

ア 第1地盤面である本件土地南側道路からの本件マンションの高さは18.7mに達し,本件マンションは,周囲から突出した高さの建築物となっており,本件マンション前面道路の幅は6mに満たないことから,前面道路からまさに見上げるような高さとなっている。また,本件マンションの建ぺい率は46.82%であり,京都市風致地区条例で定められた制限を大きく上回る巨大な規模の建築物となっている。そのため,本件マンションは,周囲の街並みから突出した高さ,建ぺい率をもち,本件地域で暮らす周辺住民に圧迫感を与えている。そして,原告C宅及び原告D宅は,本件マンションの東側に密接して建築されており,居室が家全体として南側に集中し,窓も南側に設置されているため,圧迫感はひときわ大きい。その他の原告ら宅についても,それぞれ,本件土地に道路や階段を挟んで隣接した土地において居住するところ,本件マンションと生活空間の距離が近いため,本件マンションによる大きな圧迫感を感じている。

イ 不必要な圧迫を受けずに生活する利益も人格権の一種であるところ,突出した高さと容積をもった本件マンションが,原告番号1らの圧迫感を生じさせ,受忍限度を超える精神的苦痛を生じさせていることは明らかである。

(被告A及び被告Bの主張)

ア 本件マンションは,建築関係法規等の法令の要件を満たしている。さらに,建設計画を変更し,高さ及び容積を縮小した結果,本件マンションの圧迫感は,大幅に緩和された。また,本件マンションと原告ら宅との間には,通路ないし道路があり,数mの距離があること,周囲に花壇があることなどから,本件マンションによる圧迫感は低い。

そもそも圧迫感は,多分に心理的なものである上,原告の主張する圧迫感は極めて個人的な感情・感覚にしか過ぎず,不明確なものであり根拠に乏しい。

イ よって,仮に圧迫感を観念し得たとしても,原告番号1らに対する本件マンションの圧迫感は受忍限度を超えるものではない。

(被告管財人の主張)

ア 本件マンションの高さは,京都市風致地区条例が定める風致地区第5種地域指定の高さ制限を遵守したものとなっている。そして,本件マンションと原告ら宅との間には,数mの通路ないし道路があること,本件マンションの外観が周辺環境,近隣建物と調和するよう配慮して建築されていること,本件マンションの周囲に花壇の設置や植樹が行われていること,本件地域は本件マンションの建築以前から家屋が密集して建てられていた地域であり,本件マンションが近隣の他の建物と比較して格段に隣接家屋と密着して建てられているわけではないことなどからすれば,本件マンションが原告ら周辺住民の圧迫感を受けずに生活する利益を受忍限度を超えて侵害しているものとはいえない。

イ そもそも,圧迫感を受けずに生活する利益が法的保護に値する利益か否かも明らかではなく,仮に,原告番号1らが本件マンションの存在によって何らかの圧迫感を受けたとしても,受忍限度を超えているとはいえない。

(4)  本件マンションが原告らのプライバシーを侵害しているとして不法行為が成立するか(争点(4))

(原告らの主張)

ア 本件マンションは,周辺の建築物の高さから比べると突出した高さを有しており,周辺一戸建て住宅の住民は,至近距離に建つ本件マンションの多数の入居者や訪問者等から生活空間を見下ろされることになり,日常生活のプライバシーが著しく脅かされる。特に,船岡山の南端から住宅密集区域が広がる南側に向かって,地盤全体が下降する斜面となっており,本件マンションの住戸のベランダが一面に並んでいる南側に隣接して居住する住民については,本件マンションの土地からの高さよりも高い地点から生活の様子を見下ろされることとなってしまう。原告ら周辺住民は,常時上から見られ,絶えず監視されるような気配を感じながら生活するのみならず,実際にプライバシーを侵害されるおそれが大きい。

イ よって,原告番号1らは,それぞれ,本件土地に隣接した土地又は道路や階段を挟んで隣接した土地において居住し,本件マンションと生活空間の距離が近いため,本件マンションに居住する住民からのプライバシー侵害の不安を常に感じており,受忍限度を超えることは明らかである。

(被告A及び被告Bの主張)

ア 本件マンションは,建築関係法規等の法令の要件を満たすものとして京都市から建築確認が下りた適法な建築物である。また,本件マンションの東側及び西側には植樹がなされていること,本件マンションの階段壁の上部には磨りガラスの目隠しが設置されていることにもかんがみると,本件マンションの存在により,周辺住民のプライバシーを侵害するとは考えられない。そもそも,原告C宅と原告D宅,原告H宅と原告E宅も非常に近接して家屋が建てられており,本件マンションのみが周辺家屋と密着して建設されたわけではない。また,本件地域は,斜面地に建物が建設されており,上に位置する建物から下に位置する建物を見下ろす関係にあり,ある程度のプライバシー侵害はやむを得ないとの住宅事情がある。原告ら宅と本件マンションとの間には相応の距離があり,本件マンションの原告C宅及び原告D宅側には,各住居の窓は面しておらず,玄関ドアが面しているだけである。

そして,本件マンションからわざわざ立ち止まって覗き込むことがない限り,原告ら宅の室内の様子は見えず,プライバシー侵害は生じず,生じたとしてもその程度は低い。

イ よって,原告番号1らにプライバシー侵害の事実は存在せず,仮に侵害があったとしても,その程度は受忍限度内である。

(被告管財人の主張)

本件マンションの東側及び西側の境界には植樹がなされており,本件マンションの低層階から隣接する家屋への視界が遮断されていること,本件マンションの階段壁の上部には擦りガラスの目隠しパネルが設置されており,本件マンションの上層階から隣接・近接する家屋への視界が遮断されていること,本件マンションのベランダのフェンスは擦りガラス状のものとなっていること,本件マンションの周辺地域は本件マンションの建築以前から家屋が密集して建てられていた地域であり,本件マンションが近隣の他の建物と比較して格段に隣接家屋と密着して建てられているわけではないことなどからすれば,本件マンションの存在により原告番号1らのプライバシーが受忍限度を超えて侵害されているものとはいえない。

(5)  本件マンションが原告らの日照を侵害しているとして不法行為が成立するか(争点(5))

(原告らの主張)

ア 従前,本件土地には周辺地域の建築秩序に合致した二階建ての家屋が建っており,また,本件土地の大部分は庭であったため,原告ら周辺住民は,太陽の恵みを受けて,健康な生活を送ってきた。また,本件地域には,少なくとも10m以上の建物は建築しないとの合意を形成してきた地域ルールがあり,行政上は第一種住居地域であるとしても,日照との関係では低層住居専用地域を基準として判断すべきである。

そして,本件マンションは,周辺住宅と比較して突出した高さを有していることから,原告ら周辺住民の日照を阻害し,精神的苦痛を生じさせている。なお,本件マンションが日照被害を生じさせるのは,本件マンションの規模が突出しているからであり,相互に日照を阻害してしまうことがやむを得ないとはいえない。

イ 原告Cは,日常生活はほとんど1階西側の6畳の和室と1階東側4.5畳の茶の間で過ごしている。当該部屋では,本件マンション建設前,午後零時ころには脱影し,午後いっぱい良好な日照を得ることができた。しかし,本件マンションの建設により,午後1時ころから1階縁側の西側部分が日影になり始め,午後1時半ころには6畳和室の約半分が,午後2時15分ころには茶の間全体が日影になってしまった。本件マンション建設により,生活の本拠地である1階和室及び茶の間では,3時間程度の日影が生じている。

原告Dは,1階の居間兼食堂と書斎を主な居住場所にしており,2階は利用しない。そして,本件マンション建設前は,居間兼食堂及び書斎では,午後一杯は日照を得られていた。しかし,本件マンション建設により,居間兼食堂及び書斎は,午前中は自己日影が生じるところ,午後のほとんどが日影になってしまい,同場所はほぼ一日中日影となってしまった。本件マンション建設により,生活の本拠地である1階の居間兼食堂及び書斎では3時間程度の日影が生じることとなった。

ウ 被告らは,現在の高さの本件マンションを建築することをやめ,高さ10m程度に抑えることは十分可能であったし,これにより原告らに対する日照被害は相当程度緩和することができた。また,建ぺい率を京都市風致地区条例の規定の範囲内である40%にとどめて本件マンションを建設することにより,原告ら宅側に空地を確保することができた。また,本件マンションは,本件土地の北側敷地一杯に建設しているが,京都市斜面地条例に適合させて本件マンションを建設することにより,原告らに対する日照被害は相当程度緩和することができた。そして,原告らが求めているとおりに本件マンションの一部が除却されれば,原告C宅及び原告D宅のいずれにおいても1時間程度日影時間を減らすことができ,大幅な加害回避が可能である。

一方,原告C宅及び原告D宅の敷地の広さ,土地の形状,接道状況等いかなる点から検討しても,原告らが日照被害を回避することは不可能である。家屋の構造上2階を中心とした生活を送ることはできず,原告C及び原告Dはいずれも高齢の一人暮らしであり,急な階段を上がり下りして2階で生活することなど不可能である。

また,本件マンションは,純粋に営利を目的とする高級賃貸マンションであり,公益性,公共性は全く認められない。

原告Cや原告Dは昭和34年から現在の建物で居住してきており,原告らの先住時期ははるかに古く,その利益を享受してきた。

そして,本件マンションには,数多くの権利侵害(不法行為),違法性,条例違反が認められる。

また,被告らは,原告ら周辺住民の反対を無視して本件マンションの建設を強行した。原告ら周辺住民は,景観破壊や生活環境破壊を避けるため,マンション計画を周辺の家並みにそろえた低層の戸建て住宅へ設計変更するように再三被告らに要望したが,被告らは,原告らの話に耳を貸さず,京都市斜面地条例の施行日である平成17年8月8日の直前の同年7月29日に,同条例に適合させないまま駆け込みで本件マンションの建築確認を受けて,建設を強行した。また,原告C宅を除いて日影図を提出せず,日影図についての説明は,原告C宅を含め一切なかった。

エ 以上のような,船岡山南斜面地の地域性及び日照被害の程度に加え,加害回避が容易であること,被害回避は不可能であること,加害建物に公共性は何ら認められないこと,先住関係,加害建物の違法ないし不当性,交渉経過を総合的に考慮すれば,少なくとも原告C宅及び原告D宅の生活の根拠となる地点について,2時間以上の日影を生じさせることは受忍限度を超えるものと評価すべきである。

(被告A及び被告Bの主張)

ア 本件マンションは,日照に関する各種建築法規の基準を満たした上で建設されており,少なくとも建築法規上は完全に適法なものである。

そして,隣接建物同士の距離を取らず,密接して建築することができる現状からすれば,建築法規に適合している建物は,特段の事情がない限り,隣接建物の日照に何らかの影響を与えたとしても,不法行為が成立するに足る違法性が生じるものではないところ,本件においては特段の事情は存在しない。

イ 本件地域では,建物が密集して建築されている上,斜面地に建物が建築されていることから,相互にある程度の影響を及ぼすことはやむを得ない。本件地域は,行政上,第1種住居地域と指定されており,低層専用地域に指定されているわけではない。

なお,建ぺい率が40%を超えることが直ちに日照に影響を与えることにはならず,本件マンションの建築が行政法規に違反していないことは前記のとおりである。

被告Aは,住民らの要望にできるだけ沿えるよう,当初計画より東側壁面を約80cm後退させ,併せて6階部分の壁面も後退させ,高さ及び容積率を縮小することにより日照への影響を緩和した。また,本件マンション着工までに合計8回にわたり近隣住民説明会を開き,原告らを含む隣接住戸については,個別に訪問して日照に関する影響の理解を得るために説明を行った。

そして,本件マンションは,東側境界線から最も近接している箇所においても2.9mの距離を設けて建設された。法令上の制限としては,隣地境界線と建物の間の距離は0.5m設けることが定められているところ,本件マンション東側は,法令上の制限よりも2m以上多く隣地境界との距離を設けて建設しており,原告C宅及び原告D宅の日照に関して十分に配慮しているといえる。

原告C宅及び原告D宅が,本件マンション建設までに享受してきた日照は,偶然に,同建物に隣接する建物が建っていなかったことによるものにすぎない。

ウ 原告Cが,現実の生活の場における状況を現していると主張する日影図(甲A51の2)によっても,冬至において,1階西側の6畳間の和室と1階東側の4.5畳の茶の間に少なくとも午後1時30分ころまで,南東側の応接間に至っては午後2時半ころまで日差しが差し込んでいることが分かる。仮に,現実に日差しが入っていないとすると,原告Cの自己責任というべき自己の建物による日影であったり,原告D宅による日影が原因であることから,本件マンションとは何ら関係ない。そうすると,原告C宅においては,多くみても午後1時半から午後4時までの2時間半のみが本件マンションの影響であり,午前8時から午後4時までの8時間のうちの2時間半が短くなっただけでは受忍限度を超えるとはいえない。

原告Dが,現実の生活の場における状況を現していると主張する日影図(甲A51の5)によっても,居間兼食堂及び書斎において,午前8時から午後1時ころまでは本件マンションによる日影の影響は全くない。仮に,現実に日差しが入っていないとすると,それは原告Dの自己責任というべき自己の建物による日影が原因であることから,本件マンションとは何らの関係もない。また,本件マンション建設後においても,寝室において午前8時から午後2時ころまでの6時間,応接室において午前8時から午後3時ころまでの7時間の日照を得ている。

原告らは,恣意的に建物の一範囲を取り出して,その部分の日照が問題であると主張するが,公平に反する。原告C宅及び原告D宅は2階建てであり,2階の部屋にて過ごすことにより被害を回避することは可能である。そして,原告C宅及び原告D宅の建物全体について検討すると,本件マンション建設によって原告C宅及び原告D宅に対して生じさせた日影は,午前8時から午後4時までの間のうち,概ね3時間を超えるものではなく,受忍限度の範囲内といえる。

エ 以上のとおりであるから本件マンションによって原告C及び原告Dに対し,受忍限度を超える日照被害を負わせたことはない。

(被告管財人の主張)

ア 原告らは,日照被害の程度に関する主張を行っているが,これは,建築基準法が定める日影規制の範囲内の日影の内容を異なる観点から説明しているにすぎない。また,これらの日影図を基準としても,原告C及び原告Dに受忍限度を超える日照権侵害が生じていないことは明らかである。

甲A51の2の日影図によれば,冬至の日においても,午後1時30分ないしは午後2時15分の時点で原告C宅の東側応接間には日が当たっており,1階部分が完全に本件マンションの日影となっているわけではなく,本件マンションによって原告C宅の日照が完全に阻害されているわけではない。冬至の日に原告C宅の1階部分が完全に本件マンションの日影部分に入るのは午後3時前以降であると考えられるが,午前8時から午後4時の時間帯を基準とすれば,8時間のうちの1時間強について1階部分が本件マンションの日影に完全に入っているにすぎない。そして,原告C宅の日照が受忍限度を超えて侵害されているか否かの判断の際には,原告C宅の2階部分の日照も考慮する必要があり,1階部分の日照の状況より良好か,少なくとも同程度の水準であると推測され,日照が確保されているといえる。なお,原告Cは,午前中の日照時間が短くなったと主張するが,日影図からは読み取れず,また,一般的にみて,東側から太陽光が差し込む午前中の日照について,原告C宅の西側に位置する本件マンションが影響を与えることは考えられない。

甲A51の4の日影図によれば,冬至の日においても,午後1時30分の時点で原告D宅の居間兼食堂,寝室及び東側応接間には日が当たっており,原告D宅の1階部分が完全に本件マンションの日影部分になるのは午後3時30分以降であり,午前8時から午後4時までの8時間のうちの30分にすぎない。また,原告D宅の2階部分について,1階部分より良好か,少なくとも同程度の水準の日照が確保されているものと推測される。また,午前中の日照時間は本件マンションと関係がない。

ウ 本件マンションの近接地には3階建ての建物も存在しており,周辺地域には本件マンションの地盤面より高い地盤面に建築されている建物も存在していることから,本件マンションが周辺の他の建物と比較して相対的に突出した高さを有しているわけではなく,本件マンションが建築秩序に反しているとはいえない。

そもそも,Lは,本件マンションを完成後購入したものであり,加害を回避しうる立場にはなかった。

エ よって,被告管財人が受忍限度を超える日照権を侵害したとはいえない。

(6)  本件工事に過失があるか(争点(6))

(原告らの主張)

ア 施工方法選択の過失

本件工事において,親杭橫矢板土留め工法が採用されたが,この工法は,軟弱地盤に適用が無く,背面土に隙間をつくり,背面土を締め固めることはできず,地山を緩ませる欠点を持つとされており,近接した構造物や建物が存在する場合には不適切な工法であるにもかかわらず,斜面地に建つ至近隣接の原告ら宅の存在とその安全性を無視して行われたものである。

そして,本件工事の親杭横矢板工法においては,施工上,親杭が10mm以上の幅でたわむことが不可避的とされているが,たわみ量を小さく抑えるため,親杭のサイズを大きくする,親杭の建て込み間隔を狭くする,支保工の段数を増やし,取り付け位置を変えることなど考えられる方法を取らなかった。そうすると,構造上,横矢板の背面付近の土砂は,親杭のたわみに横矢板自体のたわみを加算した範囲で工事側(切り土側)に動くことは避けられないことになり,それに伴い,原告ら宅の地盤に有意の変位が起こりうるものであったところ,実際に,本件工事の前後で有意の変位が観測された。

なお,被告らは,本件マンションの地盤は良好な地盤である旨主張し,それに沿う証拠を提出するが,原告C宅及び原告D宅付近の地盤では,地表面から数m程度のN値は10以下であり,チャートの岩盤が風化浸食を受けて流れ出して堆積した土砂と,岩盤が割れ目で分離して崩れ落ちた礫と,植物が分解した土壌の混合物である崖錘堆積物と考えられ,決して固い地盤ではない。

よって,本件工事において,親杭横矢板工法を採用したことには過失がある。

イ 施工の過失

本件土地は,軟弱地盤であるにもかかわらず,土留め工事にあたり大型機械を用いて過剰に掘削し,横矢板が設置された位置の背面土は締固めができずに非常に柔らかくなった。

そして,本件土地の土留めや空隙の埋め戻し方法が不適切であったため,地盤がゆるんで空隙が生じ,本件土地のみならず周辺土地においても斜面地上部から下部へ向かって空隙を埋めようとする地盤の変動が生じた。

被告Bは,本来,背面地盤を転圧機等で締め固めるべきところ,この締め固めを行っておらず,さらに,砂質土を投入すべきところに粘性土を投入したため,背面地盤に緩みが生じて緩み穴が生じ,背面の空洞化が進んでしまった。また,横矢板を地山に押しつけて固定するため,キャンバー(くさび)を打ち込み,ぬきを取り付ける必要があるところ,本件では一切使われていない。

被告らは,モルタルを入れて処置を行っている旨主張するが,モルタルを入れて空隙部分を埋めたとしても,既に生じた緩みを締め固めることはできない。

よって,本件工事の施工には過失がある。

以上のとおりの過失のある本件工事が,後記のとおり,原告らの土地家屋に被害を生じさせた原因の一つになったと考えられる。

(被告A及び被告Bの主張)

ア 施工工法選択の過失

土質調査の結果によると,本件土地ではN値はほぼ4を超えていること,掘削後,地盤が自立していたことなどから,軟弱な地盤であるとはいえない。また,親杭横矢板工法の特徴として,建設地近くに家屋がある場合には適していないということはない。被告Bは,親杭横矢板工法を採用するにあたり,土留めの計画や施工を専門とする会社であるS株式会社(以下「S」という。)に確認したが,近隣の家屋が近くにあることを認識した上で,何の問題も指摘されなかった。よって,選択した施工方法である親杭橫矢板工法に誤りがあったとはいえない。

イ 施工の過失

原告らは,背面地盤を転圧機等で締め固めるべきであるが,これを行っておらず,緩み穴が生じた旨主張する。

通常,矢板とH鋼との間にキャンバーを埋め込んだり,発生土を充填して締め固めをする必要はあるが,本件工事においては背面地盤と矢板の間に発生土を入れ,さらに矢板に穴を空けてモルタル注入を行っており,また,矢板とドライエリア側壁の間にはソイルセメントを注入しており,原告らが指摘するような緩み穴はない。なお,埋め戻しは,掘削した現場の土を埋め戻すのが通常であり,必ずしも砂質土を埋め戻す必要性はない。

また,原告らは,地山を過剰に掘削した旨主張するが,H鋼断面は小さいため,むき出しになっていても余堀としては問題のない程度である。

(7)  本件工事により,原告らの土地家屋に被害が生じ,地盤沈下が生じているか(争点(7))

(原告らの主張)

ア 本件工事は,斜面地において大規模な切り土を行った上,地盤そのものもしくは地盤に密着した擁壁を取り払う,基盤岩に大型削岩機等で孔を開けて掘るなどといった大規模な工事であった。これにより,隣接土地上の家屋及び地盤に直接に揺れや衝撃振動を加え,地盤に圧縮変形やせん断変形を生じさせ,建物に壁のひび割れや端部の破損や変形,基礎の不同沈下を起こす等の影響を与えた。

原告C宅,原告D宅及び原告H宅は,本件工事前には何ら問題は生じていなかったが,本件工事が開始された後,次のとおり,土地家屋に様々な異変が生じた。

原告C宅では,浴室洗面所の扉及び南側廊下の扉の開閉に引っかかりが生じて床に摩擦傷が生じるようになり,1階洋間の窓ガラスの鍵がかからなくなった。また,廊下の歩行中に床の高低差の違和感が生じるようになった。家屋の柱が傾いており,東側及び西側の外塀のひび割れが拡大した。原告D宅では,柱に傾斜が発生しており,家の外壁にひび割れが発生した。原告D宅の南崖に近い縁側の一部が18mmも沈下しており,床下の基礎の柱の腐食や,地盤沈下等明確な変化が起きたことを示すものである。原告H宅では,本件工事が始まる直前に家屋のリフォームをしたにもかかわらず,本件工事開始後,1階廊下と居間の間の扉や浴室の扉の傾きが発生した。また,家の外壁にひび割れが入った。

そして,上記原告ら宅は,いずれも,柱の最大傾斜量,柱傾斜の平均値の変位量からみて,柱の傾斜が著しく倒壊の危険がある状況にあり,また,床の沈下量,最大傾斜勾配,床傾斜の変位量からみてもひどく使用困難とされる状況になった。そして,地盤等変動観測調査結果からは,全体に地盤が不同沈下しており,特に工事側の地盤が沈下していることが窺われる。

なお,柱の傾斜や地盤沈下が生じる場合,種々の要因から,単純に一方向へと沈下するわけではない。また,変位ベクトルの方向が,地盤や階段の測点において,本件マンション工事方向に明瞭な動きを示しており,これらの被害は,本件工事の土留め工事の不手際や工事中の振動により発生したものである。

本件工事前後の上記原告ら宅の柱及び床の変位変形の速度をみれば,工事の変位量が経年劣化の変位量を上回っており,工事期間中には地震等変位量を増加させる要因は他にはなかったのであるから,工事後の変位の増加は工事の影響によることが一目瞭然である。

イ 被告らは,株式会社Tの調査を基に,上記原告ら宅の柱の傾斜,床の沈下等がみられない旨主張するが,同調査は,許容誤差が1mmの精度の粗い調査であること,観測数値の正確性が確認できないこと,写真報告書が不足しており,再現性がなく,事後検証可能性がないこと,調査が目視重視で柱や床の傾斜観測点が少ないことから,信用性がない。

(被告A及び被告Bの主張)

ア 原告C宅,原告D宅及び原告H宅の柱や床等の傾斜量は,本件工事との因果関係はない。原告C宅及び原告D宅は,いずれも斜面地に建設されており,築40年以上経過した木造住宅であるため,本件工事前から柱が傾斜し,家屋にひずみが発生していた。原告C宅外部には事前調査の段階から,多数かつ幅の大きなクラックが発生しており,内部の不具合もタイルの浮き,亀裂など多数発生していた。家屋内部の不具合については,事前調査時と事後調査時とで不具合の程度が拡大したということはなく,柱の傾斜も変化がなかった。また,原告D宅において,事前調査時と事後調査時とで,家屋内部について不具合等は一切拡大していなかった。外部において,一部クラックの拡大がみられるものの,拡大幅は1mm程度であり,誤差の範囲内である。原告H宅については,家屋の事前調査が遅れたが,その理由は,前の住人が必要ないと告げていたこと,一旦,原告H宅の住人に断られたという事情による。そして,その後実施した事前調査時と事後調査時との測定値に,柱の傾斜,床水準,家屋内部等に大きな変化はなく,本件工事のために家屋被害が生じたということはない。そもそも,原告H宅は,本件マンション西側から通路を一本隔てたところに存在する家屋であり,本件工事の影響により家屋に被害が発生するとは考えにくい。

イ 原告らは,地盤に変位がみられると主張するが,観測基準点が不動であることを前提とする光波測定方法を用いて測定しており,傾斜が30度以上であり,軟弱地盤であるとすると,観測基準点が動く可能性があり,不動の基準点とはいえない。

本件マンション周辺の家屋の柱,床の傾斜方向を検討すると,本件工事方向とは違う方向に動いているなど,全く何の法則もなく傾斜が発生しており,地盤の変動によるものではなく,家屋のひずみによるものである。また,家屋が沈んだことから,直ちに地盤沈下が起こったとはいえず,床水準の変動は,温度,湿度,構成部材の伸縮,建物内の加重の変化等の要素によっても生じうる。また,家屋の経年劣化等の検討がなされておらず,柱や床等の傾斜が本件工事によるものであるかは不明である。

なお,被告らの調査は,当事者ではない中立な第三者である専門家により実施されており,十分な信用性を有する。

(被告管財人の主張)

原告らが,原告C宅,原告D宅,原告H宅の柱傾斜及び床面高を測定した結果は,基準点が不動点になっておらず,また,測定誤差が全く生じない結果になっていることから,作為的な内容であるといわざるを得ない。

(8)  原告らの権利侵害に対する被告A及び被告Bの責任の有無(争点(8))

(原告らの主張)

ア 騒音・振動について

f町内会及びg船岡山マンションを考える会(以下,併せて「本件町内会等」という。)と被告A及び被告Bは,本件工事に際し,約定を締結し,h新築工事に関する約定書(甲A14)6条1項及びh新築工事協定書(甲A15)6条1項には,工事中の騒音,振動については,発生を極力抑えて作業することを心掛け,本件町内会等に対する生活の被害を最小限にすべく充分注意し,工事を行う旨の規定がある。

しかし,本件工事は,前記のとおり,原告番号1らに受忍限度を超える騒音・振動被害を生じさせており,本件工事が,生活の被害を最小限にすべく十分注意して工事が行われたとはいえない。

上記原告らは,f町内会,g船岡山マンション問題を考える会の一方又は双方に所属する。

よって,被告A及び被告Bは,前記約定書ないし協定書に基づき,債務不履行責任を負う。

また,被告A及び被告Bは,本体工事を行って上記原告らに受忍限度を超える騒音・振動被害を生じさせたことから,民法709条に基づいて責任を負う。

イ プライバシー,日照,圧迫感について

被告A及び被告Bは,プライバシー侵害,日照侵害及び圧迫感を生じさせるような本件マンションを建設したことから,民法709条に基づく責任を負う。

ウ 土地家屋被害について

被告A及び被告Bは,本件町内会等との間で,本件工事に起因して,本件町内会の建物並びに付属工作物などに損傷などの被害を与えた場合は,本件町内会等の選択することに従い,損害箇所の修復を行うか,修復する費用を支払う旨を,前記協定書8条3項及び4項,前記約定書8条3項によって合意した。そして,原告C宅,原告D宅及び原告H宅において,毀損が生じていることは前記のとおりである。

よって,被告A及び被告Bは,上記原告らの家屋毀損を修復するために必要な費用の支払いにつき,前記約定に基づき無過失責任を負う。

また,被告A及び被告Bは,過失のある本件工事を行って上記原告らの土地家屋に損害を生じさせたことから,民法709条に基づいて責任を負う。

(被告A及び被告Bの主張)

ア 原告ら主張の約定ないし協定を締結したことは認め,その余は争う。

イ 被告Bは,注文主と請負契約を締結して建物等を建築する建築会社であり,被告Aと締結した請負契約の義務の履行として本件マンションの建築工事の施工を行ったにすぎない。つまり,被告Bは請負業者であって,単なる注文者の手足としての因果関係の担い手に過ぎず,完成後のマンションを原因として近隣住民に発生する損害を賠償する義務を負うことはない。本件マンションは適法な建築物であり,法令違反のため近隣住民の生活利益を妨害することを知りながら建築して近隣住民の生活利益を侵害したわけではない。

よって,被告Bは,完成後の本件マンションを存置させること自体によって生じるプライバシー侵害,日照侵害及び圧迫感について責任を負うことはない。

ウ 本件工事は被告Bが行ったものであり,原告らの主張する騒音・振動,家屋被害について,被告Aは責任を負わない。

(9)  原告らの権利侵害に対する被告管財人の責任の有無(争点(9))

(原告らの主張)

ア 前記のとおり,本件マンションが京都市風致地区条例及び周辺地域の建築秩序を上回る建ぺい率及び高さを有し,本件マンションが開発行為該当性を潜脱した建物として現状の規模の躯体を有していることにより,原告らの景観権を侵害し,原告らに圧迫感を与え,原告らのプライバシーを侵害し,また,原告らの日照を侵害していることから,建築物の設置又は保存の瑕疵があるといえる。

工作物責任は,危険責任に由来するといえるが,人の人格権や人格的利益に対する危険についても瑕疵に該当するものである。

よって,被告管財人は,民法717条1項に基づく責任を負う。

イ Lは,本件マンションを被告Aから購入しているところ,その購入の際には,本件マンションの形状(建ぺい率,高さ及び現状の規模の躯体)を当然認識しているところ,原告らの権利侵害は,本件マンションが現在の形状であることにより惹起されている。

よって,被告管財人は,権利侵害の状態すなわち違法性の認識があったといえ,これを購入したことから違法性を認容したものといえるので,民法709条に基づく責任を負う。

(被告管財人の主張)

ア 本件マンションには民法717条1項にいう瑕疵がない。

工作物責任は,工作物そのものが有する危険性に着目した危険責任に由来する責任なのであり,京都市風致地区条例等に定める建築物の高さや建ぺい率といった風致を維持するための基準と建築物の安全性に関する基準とは判断基準を異にするものであり,建築物の高さや建ぺい率が同条例等に違反するものであったとしても,そのことから直ちに当該建築物が本来備えるべき安全性を欠いていること,すなわち,瑕疵を有していることにはならない。

仮に,行政法規への違反事実が瑕疵に該当しうるとしても,本件マンションは何ら行政法規に違反していない。

また,仮に,行政法規違反が瑕疵に該当し,本件においても何らかの行政法規違反があったとしても,工作物責任が認められるためには,当該瑕疵と相当因果関係にある損害が認められなければならないが,行政法規違反という瑕疵と原告らが主張する権利侵害との間には,何らの相当因果関係も認められない。

イ 本件マンションは,条例等の規制内容に合致した適法なものであるから,違法性は存在しないが,仮に,本件マンションに何らかの違法性が存在するとしても,本件マンション自体は既に建築された状態でLに引き渡されたものである以上,本件マンションを購入した行為自体からは原告らの主張するいかなる損害も生じることはない。原告らが主張する損害は,たとえそれが損害として認められるとしても,本件マンションが建築された段階で発生していたのであり,Lの購入行為は,そのような損害に対する関係で何らの寄与もしておらず,因果関係が存在しないのであり,原告らの主張は失当である。

(10)  原告らの所有権ないし人格権に基づく妨害排除ないし妨害予防請求が認められるか(争点(10))

(原告らの主張)

ア(ア) 前記のとおり,本件工事の過失により,横矢板の背面地盤中に空隙が生じた。

そして,本件マンション建設区域の北側部分は,最大傾斜角30度以上の急な斜面地であって,擁壁の設置等防災構造を講じなければならない急傾斜地崩壊危険箇所に指定されるべき形状である。また,船岡山の南斜面地には,チャートの岩盤の上に,崖すい堆積物という水はけのよい地層があり,この両者の地層は物性が大きく異なることから崖すい堆積物はチャートからはがれやすく,崖崩れを起こしやすくなっており,本件土地の斜面地の土圧は,相当強度なものであるといえる。そのため,斜面地上部からの土圧によって,前記の空隙を埋めようとする力が生じ,空隙の生じた斜面下方向へと地盤の変動が生じる。さらに,後記のとおり,本件土地には地下水が存在しており,地盤がすべりやすく,地盤の変動が一層加速されている。

(イ) 地盤の変動は,確実に発生し続けているところ,これを放置することで,本件土地と隣接しあるいは極めて近接した土地の地盤にもこれが伝わって変動が生じることも確実であり,本件土地と隣接しあるいは極めて近接した土地あるいは家屋である原告C宅,原告D宅及び原告H宅の毀損や居住する者の生命身体への危険が生じる可能性が高い。

よって,原告番号1ないし3,5ないし7の各原告は,各人の土地家屋の所有権ないし人格権に基づき,被告管財人に対し,本件土地において,地盤変動による自己所有土地家屋の毀損,ここに居住する同人らへの生命身体の危険を防止するための措置を行うよう求める。具体的には,空隙が生じて緩んだ土地の強度を回復するため,前記請求4(1)のとおりの措置を求める。

イ(ア) 本件マンション建設前,本件土地及び周辺土地には,井戸及び池が多数存在していたこと,原告Z宅の地下室に地下水が存在すること,ボーリング上の孔内水位の記録により水位が南に向かって規則正しく低くなっていること等から,本件土地周辺には,紙屋川の流れによって堆積した地層(扇状地堆積物)の中を恒常的に流れる地下水が存在することが分かる。実際,本件工事期間中,本件土地から地下水が出現していた。この水は透明な水であり,雨が降っていなくても業者によって排出されており,また,雨が降った際には泥水が排水溝へ流されていたことを周辺住民が目撃しており,雨水でないことは明らかである。また,被告Bの現場監督であったUは,平成18年3月18日の近隣に対する紛争調整会において,立駐ピット部南北断面図(甲A131)を配布し,本件土地における地下水流が推定されると説明した。なお,本件マンション建設地の地盤下方にはチャート層があるが,クラックが非常に多いため,地下水が通水している。

被告らは,ボーリング孔内の水量が日が経つにつれて減少していったことから,地下を流れる水脈ではなく,雨水が一時的に浸透していったものであると主張している。

しかし,孔内水位はボーリング掘削に沿って測定されるもので,現実的には各日の作業開始時の水頭位置を測定していることになり,日にちが経てばボーリング掘削が進むため,水頭が下がるのは当然であり,水量そのものが減少したとはいえず,地下水が存在しないということはできない。

そして,地下水は,本件工事が開始されるまでは船岡山の斜面に沿って北側から南側へ流路を造り,地下の基盤岩の上を流れて本件土地よりも南側の土地に流下していたところ,本件マンションが建設され,基盤石の深度まで掘削されてコンクリートが敷設されたことから,船岡山から南側への流路が遮断された。このことは,本件マンション建設後,周辺地域における水の動きに変化が生じたことなどから明らかである。それにもかかわらず,本件マンション北側ドライエリア側壁においては,排水施設が設置されていないため,本件マンションのドライエリア側壁背面部分に滞留し,その付近の含水率が上昇することとなった。滞留した水が飽和状態に達すると,上記飽和状態から発生する溢水がドライエリア側壁に沿って東側ないし西側の土地に向かって水路を造ることになり,その結果,流路部分が地盤の空隙となって,本件マンションの東側宅地,西側階段・宅地の地盤沈下,不同沈下が生ずることになる。

つまり,ドライエリア側壁背面には排水施設が設置されていないため,ドライエリア側壁は,構造計算において想定された以上の土圧がかかることになり,ドライエリア及びその背面の地盤の安定を大きく損なうことになる。

(イ) 原告C宅,原告D宅,原告H宅及び原告E宅は,船岡山附近を流下する地下水の影響を受ける範囲にある。

よって,原告番号1ないし7の各原告は,各人の土地家屋の所有権ないし人格権に基づき,被告管財人に対し,本件土地において,排水施設の不設置による自己所有土地家屋の毀損ないし居住する者への生命身体の危険を防止するための措置を行うよう求める。具体的には,本件工事は,前記のとおり,都市計画法上の開発行為に該当するところ,開発行為であれば,同法33条1項3号及び7号の要件を満たす排水施設の設置が義務付けられるため,上記原告らは,斜面上部より流下する降雨浸透等の地下水を集めて排水する目的で,同号の要件を満たす排水施設を設置することを求め,その内容は,前記請求4(2)のとおりである。

ウ(ア) 本件土地は,急傾斜地であり,不適切な土留めによる地盤変動がある上,排水施設の不存在による地盤変動も懸念され,斜面地の土圧は相当強度である。

しかし,本件土地の斜面地の土圧は,独立擁壁によってではなく,マンションの躯体と接続されたドライエリア側壁で支える構造になっている。そのため,本件マンションが何らかの理由により撤去されようとした場合,斜面地の土圧を支えるものがなくなってしまうこととなる。

また,地下水は,降水量の多寡に直接影響され,雨期にどの程度まで水頭が上昇するかが擁壁の安定性に大きく影響するところ,本件マンションの擁壁によって地下水はせき止められるため,擁壁に接する地盤の地下水位は地表面付近まで上昇すると考えられ,擁壁の安定度は著しく低下する。そして,擁壁がわずかに変化しただけでも,擁壁周辺の隣接地の地盤が緩み,周辺の人家に不同沈下による被害が生じ,家屋のひずみによって耐震性が大きく低下したり,居住することが不可能になったりするおそれがある。

そうであるにもかかわらず,このドライエリア側壁の強度は,斜面地の土圧に対して十分な強度を有していない。ドライエリア側壁は,本件マンションの躯体と接続されており,独立して安定性を保つための関係法令や技術基準における設計条件が定められておらず,十分に土圧の変化等を考慮して設計されたか不明であり,ドライエリア側壁の躯体コンクリート内部が不均質になる可能性があり,底板と堅壁との接合が不十分である可能性があり,躯体内部の空洞化のおそれがあり,構造計算の推定値からみても危険である。

よって,ドライエリア側壁は,コンクリートの厚みや均一性などの品質といった側壁自体の施工の問題があり,仮に,施工自体に問題がないと仮定しても,ドライエリア側壁は斜面上の土地の背面土圧に耐えられず,崩壊の危険がある。

(イ) よって,原告番号1ないし3,5ないし7の各原告は,各人の土地家屋の所有権ないし人格権に基づき,被告管財人に対し,本件土地において,独立擁壁の不存在による自己所有土地家屋の毀損ないし同人らの生命身体の危険を防止するための措置を行うよう求める。具体的には,開発行為であれば,都市計画法33条1項7号の要件を満たす独立擁壁の設置が義務付けられるため,同号の要件を満たす斜面地の土圧に十分な強度を有する独立擁壁を設置することを求め,その内容は,前記請求4(3)のとおりである。

(被告管財人の主張)

ア 原告らが主張している周辺地盤が崩れる危険性及びそれにより原告らの土地家屋等に被害が及ぶかもしれないという危険性は,憶測に基づく極めて抽象的な可能性を述べたものにすぎず,妨害排除請求が認められるに足るような損害発生の高度の蓋然性が全く主張立証されていない。仮に,原告C宅,原告D宅及び原告H宅において,何らかの地盤の不同沈下が生じているとしても,その不同沈下が本件土地に起因して生じたものと立証がなされない限り,被告管財人に対して,責任を追及することはできない。すなわち,仮に地盤の不同沈下が,施工方法や振動の問題等本件工事そのものに起因して生じている場合には,それは本件土地そのものとは無関係なのであるから,本件土地の所有者にすぎない被告管財人に予防工事等を求めるのは失当である。

イ 本件土地にて現実に行われたボーリング調査の結果では,孔内水位について,GL-2.50mの深度まで無水ボーリングを実施したが,水位は認められなかったとの結論が得られたことや,本件工事期間中に横矢板の継ぎ目から通常のポンプ排水ができないような大量の出水は生じていないことから,帯水層等原告ら主張の地下水が存在しないことは明らかである。

また,本件マンション建築後,既に2年3か月以上の年月が経過しているものの,多量の降雨があった際に崖崩れの兆候が表れ,その危険性が現実化したことは一度もない。本件土地及びその周辺の地盤は固く,また,表層が礫混じり粘土で覆われているため,透水性は非常に低い。

ウ 新たな擁壁を設置する必要性があるとの意見書(甲A87)における荷重の計算方法,ドライエリア側壁のモデル化の方法,土圧の計算方法等にはいずれも誤りがあり,現状の本件マンションのドライエリア側壁は,倒壊の危険性がない安全なものといえる。

(11)  損害(争点(11))

(原告らの主張)

ア 景観権侵害については,前記のとおり,原状回復が原則的な救済方法であり,所有者である被告管財人に対し,前記請求の1記載のとおり,本件マンションの一部除去を求める。

また,原告らは,景観権侵害により精神的苦痛を被っており,その損害を慰謝するのに1か月当たり各5万円を下らない。弁護士費用として請求額の1割である各5000円が相当である。

よって,被告らに対し,前記請求の2及び3記載のとおり,損害金の支払等を求める。

イ 騒音・振動,圧迫感,プライバシー及び日照侵害により,別紙請求金目録1及び2記載の原告らは,精神的苦痛を被り,その損害を慰謝するのに同目録各欄記載の金額を下らない。

また,家屋修復費用として,原告らの所有する家屋の不同沈下した柱及び床面の復旧を求め,その金額は,同目録家屋修補(財産権),地盤強化,家屋調査・鑑定費用欄記載の金額が相当である。家屋修復の内容としては,まず,前提として地盤面の沈下の復旧及び固化工事を行った上で,建物の沈下した基礎の復旧工事を行う。次に,地盤が変形すれば,地下の配管にも影響が生ずるのは必然であるから,地下配管の点検,修補を行う。その後,軸組構造材の修正,すなわち柱,梁,桁,小屋組,筋交,火打ち,耐力壁等の主要部材の水平・垂直補正,接合部の点検補強を行う。そして,屋根の修理を行う。変位量は,軸組構造材の修正の集積として現れるので現時点では同定できないが,本件においては,作業内容は変位量の多寡にかかわらず同一である。次に,外壁の修補,内装木工事を行い,内装壁や内装床の修補を行う。そして,内装建具の調整を行い,外溝の修補を行う。なお,家屋調査,鑑定費用における調査の目的は,単に現に生じた変位量を計測することである。

そして,弁護士費用として,別紙請求金目録1及び2記載のとおり,各人の請求額の約1割が相当である。

(被告A及び被告Bの主張)

ア 原告らの主張は争う。

イ 原告らは,軸組構造材の修正を行えば,必然的に屋根の修理,外壁の修補,内容木工事,内装壁修補,内装床の修補,内装建具の修補が必要であり,地盤変動が発生しているのであるから地下の配管にも影響が生じる旨主張する。

しかし,これらの修理が必要になるかは家屋のひずみの程度によるが,少なくとも大幅な沈下はみられず,屋根の修理,外壁の修補などの全面的な復旧工事が必要となるとは考えられない。

そもそも,原告ら宅の屋根,排水管,内壁の損傷が全く主張されておらず,基礎についても現実にどのような損傷が発生しているのか明らかでない。

(被告管財人の主張)

原告らの主張は争う。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前提事実,後掲証拠(特に明記しない限り,枝番があるものは枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  船岡山について

船岡山は,高さ約112m,周囲約1300mの小丘である。

船岡山は,平安京が造営された際,風水思想の四神相応の考えに基づき,都を守る北の玄武として,南の朱雀(巨椋地),東の青龍(鴨川),西の白虎(山陰道)とともに,四神の宿る聖地とされ,平安京の中心を南北に走る朱雀大路が船岡山を起点に造営されたともいわれる。

また,船岡山は,清少納言が枕草子の中で「岡は船岡」と記すなど,日本の古典にしばしば登場し,古来からよく取り上げられてきた場所である。また,応仁の乱には,山名宗全の率いる西陣の拠点となるなど,戦略の場ともなる歴史を持った山である。

そして,船岡山には閑静な自然公園もあり,京都北郊を一望できる名勝地として知られており,文化財保護法2条1号の史跡として国の史跡にも指定されている。また,船岡山は,京都市風致地区条例に基づき,風致地区の第2種地域(樹林地,池沼又は田園が重要な要素となって,優れた自然的景観を有する地域)に指定され,船岡山公園からの大文字,妙,法,船,左大文字への眺めが,京都市眺望景観創生条例(平成19年3月23日公布,同年9月1日施行)の「しるしへの眺め」(日常の市民生活の中で目印となる歴史的な建造物又は自然と一体となった伝統文化を象徴する目印及びこれらを見通す空間によって一体的に構成される景観)にも指定されている。

(甲A5ないし9,53ないし58,65,66,129,132,140)

(2)  本件マンション

ア 本件マンションは,船岡山の南斜面地に位置しており,鉄筋コンクリート造の地上5階,地下1階建て,戸数27戸であり,敷地面積1357.92m²,建築面積635.72m²,延べ面積3069.08m²,建ぺい率46.82%,前面道路からの高さ18.7mの建物である。

本件マンションの北側及び西側にはドライエリア側壁があり,本件土地の斜面地の土圧は,独立擁壁によってではなく,マンションの躯体と接続された当該ドライエリア側壁で支える構造になっている。

本件マンションの所在地は,第1種住居地域,準防火地域,15m第2種高度地区,風致地区第5種地域と指定されている。

(甲A4,18,丙A1,5)

イ 本件土地内の本件マンション周囲には,シラカシ,トウネズミモチ等多くの樹木が生い茂っており,南側には花壇が設置されている。

また,ベランダのフェンスは磨りガラスになっており,廊下や階段壁上部には目隠しパネルが設置されている。

(乙A3,4,丙B2)

(3)  本件地域

ア 本件マンション付近の地域の建物は,ほとんどが2階以下であるが,3階建ての建物もところどころに存在し,本件マンション南西の建物では,中4階の建物も存在する。

(甲A41)

イ 被告Aは,当初,本件マンションを分譲住宅として販売していたところ,その販売パンフレットにおいて,「歴史を感じさせる街並み」,「とりわけ緑が豊かで,低層の屋敷が建ち並ぶ閑静な邸宅街であり,周辺地域の中でも高台となるポジション」,「平安京の北の守護・玄武として祀られる船岡山や名刹・大徳寺など,街中には史跡が息づき」などと記載していた。

(甲A59)

ウ 被告A及び被告Bらが本件マンションの工事をするにあたり,平成16年9月28日,近隣説明会を開催した際,被告Aの担当者は,船岡山が,世界遺産への登録をされるよう準備がなされていることなどを含め,歴史的なことも承知していること,そのため景観に配慮した建物を建築していこうと考えていることなどを発言した。

(甲A76)

エ 本件土地には,本件マンション建設前には平家建ての一軒家が建っており,その後,更地になった。そのころまでは,本件マンションの南側道路から船岡山の稜線をみることができたが,本件マンション建設により,船岡山の稜線が一部見えないこととなった。もっとも,南側道路よりもさらに南へ下がれば,稜線も損なわれず,船岡山をみることができる。

また,本件マンションの西側階段及び北側階段から南側を見ると,本件マンションにより眺望が遮られるが,船岡山の頂上から南側を見ると,本件マンションに遮られずに南側の京都市内を見渡すことができる。

(甲A2,3,52,80,115)

(4)  本件マンションと原告ら宅との位置関係

本件マンションと原告C宅の境界線とは約5m離れている。本件マンションと原告D宅との境界線とは約3m離れている。本件マンションと原告H宅との間には,幅約4mの階段があり,本件マンションと当該階段とは約3.4m離れている。本件マンションと原告E宅との間には約5mの道路があり,本件マンションと当該道路とは約2.9m離れている。本件マンションと原告I宅との間には約5.8mの幅の道路があり,本件マンションと当該道路とは約2.8m離れている。

(甲A120,乙A2)

(5)  本件工事

被告Aは,本件マンション建築を計画していた平成16年10月8日,京都市に対し,建ぺい率緩和の申し出をしたが,本件土地では敷地規模が大きく,緑地確保の点から困難であると告げられた。

被告Aは,その後,同月28日に本件マンションについて,一旦,建築確認を受けたが,京都市は,平成17年4月11日,本件マンションの高さと容積を低減させる旨の発表をした。

それを受け,被告Aは,同年6月13日,計画変更案を原告らを含む周辺住民に対して提示した。それによると,もともとは,前面道路からの高さが22.4mであったのを18.7mに下げ,容積率も減少させた。そして,この計画変更案に対して,同年7月29日,京都市長が開発行為非該当確認を,京都市建築主事が建築確認をそれぞれ行った。

そして,本件工事は,同年8月1日に着工された。もっとも,同日までに,既に本件土地内の樹木を伐採したり,擁壁を取り壊したりしていた。

本件工事の内容は,土留杭工事,基礎根切・切梁架,基礎配筋・建込,埋戻,擁壁配筋,基礎足場組立・解体,躯体生コン工事,内部仕上げ工事,外構工事等であり,2m以上の切り土もなされた。そして,本件マンションは,平成18年9月7日に完成した。

なお,被告Aは,建築主事に対し,建築工事に関係しない現状地盤に対して切り土,盛り土は一切行わない旨を報告していた。

また,被告Bが本件工事において本件土地にある樹木の伐採をしたため,被告A及び被告Bは,平成17年2月25日,本件工事において,京都市風致地区条例に基づく手続を行うことなく樹木の伐採を行ったことについて反省していること,京都市の指導に基づいて早期に是正措置を行うことを内容とする始末書を京都市長宛に提出した。

(甲A4,10,49,79,137,丙A5,証人U)

(6)  被告A及び被告Bと本件町内会等との約定

被告A及び被告Bは,平成17年7月29日,本件工事に関し,本件町内会等との間で,被告Bが本件工事に伴う影響を最小限にするよう努めるとともに,工事用機械,器具については低騒音型・低振動型機械を使用すること,工事中の騒音・振動については,発生を極力抑えて作業することを心掛け,生活の被害を最小限にすべく十分注意し,工事を行うこと,騒音規制法・振動規制法などの法令に定めた基準を超えないこと,被告Bは,本件工事に関して,安全を優先し,万一,本件町内会等の人身に関わる事故が生じた場合には,それに要する治療費・入院費等当事者と協議の上,速やかに賠償などをし,回復に向けて誠意ある解決をすること,被告A及び被告Bは,本件工事に起因し,本件町内会等の建物及び付属工作物に損傷などの被害を与えた場合,三者による立会確認を行い,誠意を持って本件町内会等と協議の上,速やかに本件町内会等の選択するところに従い,損害箇所の修復をするか,修復する費用を支払うこと,本件マンション完成後1年以内に,万一本件マンションに起因して地盤沈下が生じた場合,被告A及び被告Bは,本件町内会等と協議の上,被告Bの責任で原状回復又は損害賠償することなどを内容とする約定を締結した。

また,被告A及び被告Bは,平成18年6月5日,京都市都市計画局建築指導部審査課長立会の下,本件町内会等との間で,概ね同内容の協定を締結した。

(甲A14,15)

(7)  行政法規

ア 京都市風致地区条例5条1項1号ウ(ア)では,第5種地域では,建築物の高さが15mを超えないことが求められ,同審査基準3条2項では,地盤面の数が3を超えてはならないとされる。

同条例5条1項1号ウ(イ)では,建築物の建築面積の敷地面積に対する割合(建ぺい率)が第5種地域の場合,40%を超えないことが求められる。ただし,新築の行われる土地及びその周辺の状況により支障がないと認められる場合においては,この限りではないとされる。そして,同審査基準5条では,ただし書が適用される場合として,当該建築物の敷地が京都市建築基準法施行細則15条1号に該当(2つの道路からなる角にある敷地で,敷地の境界線の全長の4分の1以上がこれらの道路に接するもののうち,各道路の幅員が5.5m以上で,その合計が14m以上であるものか,敷地面積が200m²以下であるものの場合,建ぺい率の数値に10分の1を加えた数値が緩和できる限度とされる。)するものである場合,建ぺい率の限度を超える建築物が周辺に多数現存しているため,当該建ぺい率を適用すれば,著しく妥当性を欠くこととなる場合等があげられる。

また,同条例5条1項各号に規定する,風致と著しく不調和でないこと等にあたるかどうかの審査基準として,船岡山及びその南側の住宅地は,船岡山の緑豊かな景観との調和を図るため,十分な敷地内緑化を行うこととし,擁壁等を設ける場合は,自然的景観に配慮した素材を使用することが求められている。

(甲A11)

イ 京都市斜面地条例は,平成17年6月8日に公布され,同年8月8日に施行されているところ,本件マンションは建築確認を同年7月29日に受けている。そのため,同条例は,本件マンションの建築には適用されないが,同条例によると,本件マンションの一定範囲は建設ができなくなる。

(甲A77,78)

2  景観権ないし景観利益の侵害に基づく本件マンションの一部除却及び損害賠償請求が認められるか(争点(1))

(1)  良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者は,良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり,これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益である景観利益は,法律上保護に値するものと解するのが相当である。そして,建物の建築が第三者に対する関係において景観利益の違法な侵害となるかどうかは,被侵害利益である景観利益の性質と内容,当該景観の所在地の地域環境,侵害行為の態様,程度,侵害の経過等を総合的に考察して判断すべきである。そして,景観利益は,これが侵害された場合に被侵害者の生活妨害や健康被害を生じさせるという性質のものではないこと,景観利益の保護は,一方において当該地域における土地・建物の財産権に制限を加えることとなり,その範囲・内容等をめぐって周辺の住民相互間や財産権者との間で意見の対立が生ずることも予想されるのであるから,景観利益の保護とこれに伴う財産権等の規制は,第一次的には,民主的手続により定められた行政法規や当該地域の条例等によってなされることが予定されているものということができることなどからすれば,ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには,少なくとも,その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり,公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど,侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められると解するのが相当である(平成18年判決参照)。

(2)  そこで,まず,原告らが景観利益を有するか否かについて検討する。

前記1のとおり,船岡山は,平安京造営の際の起点となっていたこと,古来から歌にも詠まれた場所であることなど,数多くの歴史を持つ場所として歴史的経緯を有しており,第2種風致地区にも指定されるなど,行政上でもその環境を保護すべきものと考えられてきたものといえる。そして,本件マンションの建設地は,船岡山の南斜面地であり,船岡山自体と密接に関連するところ,現に,第5種風致地区にも指定されている。そして,本件地域においては,2階建ての一戸建て住宅が多く建設されており,本件マンションのような5階建ての建物は建設されていなかったこと,被告Aにおいても,本件地域について歴史を感じさせる街並みであり,低層の屋敷が建ち並ぶ閑静な邸宅街と宣伝していたことからすると,船岡山に配慮した調和がとれた景観を呈していたといえる。また,後記のとおり,原告らが主張する地域ルールとしての明確な実体は認められないとしても,本件マンション建設にあたり,周辺住民から本件マンションのような高い建物を建てるべきではないとの反対運動が起こされたことなども踏まえると,本件地域では景観の保護に対する住民の意識も高かったものといえる。

よって,本件地域の景観は,良好な風景として,人々の歴史的又は文化的環境を形作り,豊かな生活環境を構成するものであって,少なくともこの景観に近接する地域内の居住者は,上記景観の恵沢を日常的に享受しており,上記景観について景観利益を有するものというべきである。

(3)  次に,本件マンションの建築と,行政法規の規制について検討する。

ア 都市計画法29条1項違反

原告らは,被告らが本件マンション建設にあたり,開発行為に該当するにもかかわらず,その許可を得ておらず,違法である旨主張する。

開発行為とは,主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行なう土地の区画形質の変更をいう(都市計画法4条12項)ところ,土地の形質の変更とは,切土又は盛土による土地の造成をいうが,既成宅地における建築行為又は建設行為と通常一連の行為として密接不可分と認められる基礎打ちや土地の掘削等の行為はこれに当たらないと解される。そうすると,証拠(甲A4)及び弁論の全趣旨によれば,原告ら主張の切り土や盛り土,擁壁の撤去等の行為は,本件マンション建築に当たり必要な行為であり,本件マンション建築行為と密接不可分のものと認められ,本件全証拠によっても,本件工事において,本件マンションの建築行為には含まれない形質の変更があったとはいえないことから,土地の区画形質の変更に当たらないというべきである。

よって,都市計画法29条1項違反があったとはいえない。

イ 京都市風致地区条例違反

(ア) 建ぺい率違反

本件マンション建設地は,風致地区第5種地域であるため,京都市風致地区条例5条1項1号ウ(イ)により,建ぺい率は原則として40%以内でなければならない。ただし,新築の行われる土地及びその周辺の状況により支障がないと認められる場合においては,この限りでないとされ,京都市行政手続条例6条の規定により定められた審査基準では,建ぺい率の限度を超える建築物が周辺に多数現存しているため,当該建ぺい率を適用すれば,著しく妥当性を欠くこととなる場合等については当該建ぺい率を超えてもよい旨規定されている。

そして,本件全証拠によっても,本件地域において,京都市風致地区条例が施行される前に建築されるなどして同条例に基づく建築確認を経ていない建物を含めて同条例の基準を当てはめた場合に,建ぺい率の限度を超える建築物が多数現存している可能性がないとはいえないこと,前記1(7)アのとおり,船岡山及びその南側の住宅地は,船岡山の緑豊かな景観との調和を図るため,十分な敷地内緑化を行うこととし,擁壁等を設ける場合は,自然的景観に配慮した素材を使用することが予定されているとされているところ,本件マンションではその外壁等については和風の装いをしており,周囲に植栽もしていることなどに照らせば,前記の条例の要件を充足していないとまではいえない。

よって,本件マンションが,同条例に実質的に反して建ぺい率違反があるとまではいえない。

(イ) 地盤数の規制違反

京都市風致地区条例の審査基準3条1項では,建築物の高さは,建築基準法施行令2条1項6号(同号ただし書を除く。)の例により算定し,同審査基準3条2項では,斜面地における建築物にあっては,建築基準法施行令2条2項に規定する地盤面の数が3を超えてはならないと規定されている。

そして,同審査基準は,第5種地域では,建築物の高さが15mを超えないことを規定した京都市風致地区条例5条1項1号ウ(ア)を適用するために規定されたものである。つまり,地盤面とは,建築物が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面をいい,その接する位置の高低差が3mを超える場合においては、その高低差3m以内ごとの平均の高さにおける水平面(以下「平均地盤面」という。)をいう(建築基準法施行令2条2項参照)ところ,同審査基準3条2項は,山の斜面地などにおいては,建築物が周囲の地面と接する位置の高低差が大きければ,平均地盤面がいくつでも設定できることになるが,そうすると,それぞれの平均地盤面における建築物の高さが制限内であれば,建築物の最上部と最下部との高低差は,いくらでも大きくすることができるため,このようなことを避けるため,平均地盤面の数を3までとしたのである(甲A11の15頁の説明参照)。

これを本件についてみると,本件マンションは,平均地盤面を4としているが,平均地盤面を3つとして高さを算定しても15mには及ばず(甲A4の4),同条例の高さ規制には適合している。

そうすると,審査基準3条2項の趣旨は,建築物の高さを制限する趣旨であるといえ,その高さ規制に反していない以上,本件マンションは,地盤数の規制違反があったとしても,実質として条例違反はないといえる。

なお,原告らは,地盤面数の問題は,高さ規制のみならず,奥行きをも規制したものであると主張するが,地盤面数を規制した審査基準3条2項は,高さを規制した京都市風致地区条例5条1項1号ウ(ア)を受けたものであり,奥行きまで規制したものと解する根拠はなく,原告らの主張は採用できない。

(ウ) 樹木の皆伐

証拠(甲A79)及び弁論の全趣旨によると,被告Bが,本件マンション建設地にあったモミジ,カシ,モチノキ等17本の既存樹木を許可を受けることなく伐採したことが認められる。

そうすると,この点で,木竹の伐採には市長の許可を得なければならない旨規定する京都市風致地区条例2条1項3号違反があるといわざるを得ない。

もっとも,証拠(甲A79)及び弁論の全趣旨によると,被告A及び被告Bは,京都市長に対し,京都市風致地区条例に基づく手続を行うことなく樹木の伐採を行ったことについて反省している旨の始末書を提出し,その後,樹木を復旧したことが認められる。

ウ 京都市斜面地条例

京都市斜面地条例は,平成17年6月8日に公布され,同年8月8日に施行された。同条例によると,本件マンションの一部が建設できないとしても,本件マンションは,同条例の施行日までに建築確認を得ており,本件工事に着工していたのであるから,同条例の規制が本件マンションに及ぶことはないというべきである。

(4)  本件マンションは,本件地域にあっては高い建物であり,容積率も大きい建物であるが,本件全証拠によっても,外観には周囲の景観の調和を乱すような点があるものとは認められない。

確かに,被告Aは,京都市斜面地条例の施行前に駆け込みのごとく建築確認を得た疑いはあるものの,その当時,適法に建築確認を得たのであり,この事実を重視することはできない。

また,原告らの景観利益は,前記のとおり認められるものの,船岡山からの景観や,船岡山への景観を全面的に破壊するものではなく,南側地域の景観を一定程度損なうものであるところ,この地域での景観利益については,住民らがその景観を保全する運動や活動などを本件マンションの計画が持ち上がるまで(なお,平成12年ころ,本件土地に診療所を建設する計画をしていた際のことも含む。)に意識的に行い,その景観を形成してきたかには疑問が残り,その成熟度は高いとはいいがたい。

この点,原告らは,船岡山及びその周辺に関するアンケートとして,原告らを含む本件地域の周辺住民に対し,アンケートを行っており(甲A67),住民らの景観の対する意識は明確である旨主張する。

確かに,アンケートでは,船岡山南斜面地では,10m程度までの高さしか建てられないと思っていたことなどを記載している者もいるが,このアンケートは本件訴えが提起された後に実施されたものであり,本件訴え提起以前から同様の認識を有していたかは定かではないこと,原告Vは,10mの規制等について住民間で話し合ったことはないと供述していること(原告V138ないし152項)に照らすと,このアンケート結果を重視することはできず,必ずしも地域住民の中で10m以上の建物が建てられないとの認識を共有していたとはいえない。また,原告らは,本件町内会等の被告A及び被告B等に対する平成16年11月11日付け要望書において,本件マンションの南側道路に接して建つ民家の高さは,約3階レベル(7,8m)であることや,我々住民は,ここ十数年来(後に「数十年来」に訂正)低層エリア住宅群として,町並みを大事にしながら暮らしてきたことなどを記載する(甲A103)が,ここでも,10mという具体的な高さを引き合いにした表現はなく,現存する建物の高さが7,8mであることの裏付けとなる資料があるのかも明らかでなく,地域ルールが確立していたものとは認められない。

なお,原告らは,現時点では,景観法が施行されていることや,京都市の景観に対する条例の制定・改正により,景観の内容が明確になっており,景観権を認めるべきと主張するが,京都市眺望景観創生条例(平成19年3月23日制定)では,船岡山公園からの大文字等の眺めが指定されているのであって,本件マンションが建設されていることとは何ら関係を有しないことや,その他の条例では景観の中身が具体化されているわけでもないことからすると,本件において,景観権というような明確な権利ということもできず,その性質を重視すべき理由も認められない。

(5)  以上のことからすると,本件マンションの建築が,条例に違反することはあったものの,その違反の程度は重大なものであるとまではいえず,本件地域や原告らの景観に対する影響は少なかったといえる。そして,本件マンションは,本件地域においても相当の高さと容積を有する建物であるといえるが,その点を除けば周囲の景観の調和を乱すような点があるともいえず,他に公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなどの事情は認められず,その行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くものとまでは認められない。

よって,原告らの景観利益が違法に侵害されたものとはいえない。

なお,原告N,同V,同O,同P及び同Q,同Rについては,本件マンション周辺に居住しておらず,そもそも景観利益を有しているわけではないので,この点でも理由がない。

3  本件工事による騒音,振動の発生に不法行為が成立するか(争点(2))

(1)  前記1で認定した事実,証拠(甲A45,48,114ないし117,121,丁A1,2,12ないし15,証人U,原告F,同C)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 騒音について

建設作業騒音が,騒音規制法により規制の対象となるのは,特定建設作業についてである(騒音規制法1条,2条3項)。そして,本件地域は,第一種住居地域であるところ,第一種住居地域では,特定建設作業の騒音規制基準は,当該作業の場所の敷地の境界線の値として,85デシベルとされ,午後7時から午前7時までの間や休日には作業ができず,1日当たりの作業時間は10時間以内とされる(「特定建設作業に伴って発生する騒音の規制に関する基準」厚生省・建設省昭和43年告示1号)。

本件工事中,被告Bは,防音シートを用いていたが,それは音を吸収するものではなく,上の方まで覆うものではなかった。

そして,本件工事中である平成17年8月から平成18年7月までの騒音は,別紙騒音・振動一覧表の騒音欄記載のとおりである。なお,平成18年4月6日までは本件マンション建設地の東側(原告C宅と原告D宅との境界線付近)に騒音・振動測定器を設置し,同月21日以降は本件マンション建設地の南西部分にも騒音測定器を設置し,同年5月22日以降は,本件マンション建設地の南西部分にのみ騒音測定器を設置して計測していた。

イ 振動について

建設作業の振動が,振動規制法により規制の対象となるのは,特定建設作業についてである(振動規制法1条,2条3項)。第一種住居地域では,特定建設作業の振動規制基準は,当該作業の場所の敷地の境界線の値として,75デシベルとされ,午後7時から午前7時までの間や休日には作業ができず,1日当たりの作業時間は10時間以内とされる(振動規制法施行規則11条・別表第一)。

そして,平成17年8月から平成18年4月までの振動は,別紙騒音・振動一覧表の振動欄記載のとおりである。その中で,振動の基準値(L10)75デシベルを超えた日は2日であった。

ウ 騒音・振動については,騒音や振動が時間によって変動するものであるため,あるレベルを超えていた時間の合計が実測時間の何%を占めているかを示す時間率騒音・振動レベルが評価方法の一つとして用いられている。例えば,75デシベル以上が5%の時間帯であった場合,L(Large)5が75デシベルと表現される。

騒音レベルではL5,振動レベルではL10の数値が基準値とされている。

エ 原告Cは,高齢のため,買い物など生活に必要なときに外出するだけであり,それ以外はずっと自宅で過ごしていたところ,本件工事中は大きな音がし,揺れを身体で実感できるほどであり,騒音と振動には気持ちが滅入り,コンクリート打ち込みの際の機械の音は我慢できるようなものではなかった。なお,原告Cは,耳が遠かったが,どうしても我慢できないときは,無理矢理外出して不快感を回避していた。

原告Dは,本件工事中,機械の鳴り響く音がとても大きく,精神的に堪えた。

原告Eは,騒音振動が大きく,家の窓や戸を全部閉めており,持病である慢性気管支喘息の発作が起きるかなどの心配もし,精神的に参った。

原告Fは,騒音振動のため,看護師として夜勤の仕事をし終わった後に自宅で眠ろうとしても眠ることができず,食欲不振にまでなった。そして,原告G及び原告Hは,本件工事の際,高校生であったが,学校がない時間帯,家で勉強したりのんびりすることができず,特に,原告Gは高校3年生で受験勉強をしなければならなかったが,落ち着いてできるような環境ではなかった。

原告I,同J,同Kは,掘削や岩盤を削る音,大型トラックの通行等による騒音振動に悩まされ,特に,原告Kは,本件工事の際,受験生であったにもかかわらず,騒音・振動のため,落ち着いて勉強することができなかった。

(2)  騒音について

被告Bは,特定建設作業であるローラードリルによる岩盤掘削が平成17年11月11日,同月12日,同月14日から同月18日まで,同年12月7日から同月10日まで,同月13日から同月17日,同月19日から同月21日まで,同月24日,同月26日,同月27日に行われ,同作業である手持ち式ブレーカーによる躯体調整の工事が平成18年4月12日,同月27日,同年5月2日,同月11日,同月19日,同月25日,同年6月5日,同月12日,同月15日,同月19日,同月26日,同月28日,同年7月18日に行われたと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠はない。

そして,証拠(丁A1,13,証人U)によれば,本件工事の特定建設作業中,騒音の基準値(L5)が85デシベルを超えたのは,少なくとも11日ほどあり,全作業中ではL5の値が85デシベルを超えた日は,40日にのぼっていたことが認められる。

L5は,変動騒音の基準値とされているものであり,この値をもって,直ちに,継続的に許容しがたい騒音が発生していたことを根拠付けるものとはいえず,また,建設作業は,他所ではやれず,工事により騒音が一定程度発生することはやむを得ないことから,近隣住民も相当程度受任すべきともいえる。

しかし,前記1(6)の被告A及び被告Bと本件町内会等との約定ないし協定にもかかわらず,防音シートが十分に機能していたとはいい難いこと,本件土地では,地表から10m前後の位置に基盤岩が存在した箇所があり,削岩機等で孔をあけて掘る大規模な工事をしたこと,原告らが本件工事中にも騒音について苦情を述べていたこと(証人U248ないし250項),本件地域は,一軒家が多い閑静な住宅街であること(甲A41,弁論の全趣旨),本件工事前にも擁壁を取り除く工事が行われており,本件工事が約1年にもわたって行われたこと(前記1(5)),原告ら宅と本件マンションの距離,そして原告らの供述内容を踏まえて考えると,本件工事による騒音は,原告番号1らの受忍限度を超える違法な騒音であったということができる。

(3)  振動について

前記(1)ウのとおり,本件工事の計測日の中で,振動の基準値(L10)75デシベルを超えた日は2日であったことが認められる。

そうすると,当該期間が仮に特定建設作業の間であっても,規制内容を超えた日はわずかであり,前記(2)で摘示した事情一切を考慮しても,原告番号1らの受忍限度を超える振動が生じていたと認めることはできない。

4  本件マンションは原告らに対する圧迫感があり,不法行為が成立するか(争点(3))

(1)  前記1(2)ア及び(3)アのとおり,周囲の建物の高さは地上2階建てが多いなか,本件マンションは,前面道路を基準とすると高さ18.7mにも達し,建ぺい率も46.82%に及んでいる。

(2)  しかしながら,本件地域は,風致地区第5種地域であり,高さ制限が15m(平均地盤面からの高さ)のところ,本件マンションの高さはその制限内には収まっている。そして,証拠(甲A2,41,乙A4,丁A9,10)及び弁論の全趣旨によれば,本件マンションは,その形状・色彩等において格別異様な外観を呈する建物ではなく,周囲の建物と比較的調和しているといえること,本件地域には3階建てや4階建ての家も存在すること,2階建てであっても斜面地であることから,相当程度の高さを有しているように思える建物も存在すること,本件マンションの敷地に多くの樹木があり,花壇が設置されていることが認められる。

そして,被告Aが,本件マンションの高さ,容積率を低くするよう計画を変更したことも考慮すると,原告らが圧迫感を主観的に感じていたとしても,その圧迫感自体明確な権利ともいいがたいものであって,原告番号1らの受忍限度を超えるものとまでは認められない。

5  本件マンションが原告らのプライバシーを侵害しているとして不法行為が成立するか(争点(4))

(1)  前記1(2)アのとおり,本件マンションは,前面道路を基準とすると高さ18.7mに達し,戸数が27戸であることからして,本件マンションの住民ないしその訪問客等から,原告ら宅を見られる可能性があり,その限度でプライバシーが侵害されるといえる。

(2)  しかしながら,本件マンションには目隠しパネルや磨りガラスが設置されており,一定程度原告らのプライバシーに配慮されていること,本件マンションの周囲には植樹がなされており,低層階からの隣接家屋への視界が遮断されていることといった事情があり,本件マンションからは,原告ら宅を意識してのぞき込まない限り,原告ら宅の生活状況を仔細には見られない状態であるといえる。

そうすると,本件マンションから最も近い原告D宅では,約3mの距離しか離れていないことを考慮しても,原告番号1らに対するプライバシー侵害が,受忍限度を超えているとまでは認められない。

6  本件マンションが原告らの日照を侵害しているとして不法行為が成立するか(争点(5))

(1)  証拠(甲A51の1,89ないし91)によれば,次の事実が認められる。

冬至における午前8時から午後4時までの日影の状況(建築基準法別表第四に基づき,平均地盤面からの高さを4mとして算定。)は,本件マンション建築により,原告C宅では,午後2時ころから日影となり,原告D宅では,午後1時35分ころから日影となる。

一方,原告C宅で一番日影となる時間が長い地点である1階茶の間前の廊下における冬至の日の午前8時から午後4時までの日影時間(原告C宅地盤面からの高さを50cmとして算定。)は7時間28分に及び,原告D宅で一番日影となる時間が長い地点である居間兼食堂における冬至の日の午前8時から午後4時までの日影時間(原告D宅地盤面から高さを50cmとして算定。)は7時間50分に及ぶ。もっとも,原告C宅の1階茶の間前の廊下における冬至の日の午前8時から午後4時までの自己建物による日影時間(原告C宅地盤面からの高さを50cmとして算定。)は5時間15分に及び,原告D宅の居間兼食堂における冬至の日の午前8時から午後4時までの日影時間(原告D宅地盤面からの高さを50cmとして算定。)は5時間15分に及んでいるため,本件マンションを建設したことによる日影時間は,原告C宅で2時間13分,原告D宅で2時間35分となる。

また,原告C宅で一番日影となる時間が短い地点である応接間の冬至の日の午前8時から午後4時までの日影時間(原告C宅地盤面からの高さを50cmとして算定。)は,自己建物の影響によっては全くなく,本件マンションを建設したことにより1時間20分となり,原告D宅で一番日影となる時間が短い地点である応接室の冬至の日の午前8時から午後4時までの日影時間(原告D宅地盤面からの高さを50cmとして算定。)は,自己建物の影響によっては全くなく,本件マンションを建設したことにより25分となる。

(2)  前記(1)の認定事実からすると,確かに,本件マンションが建設されたことにより,原告C宅及び原告D宅の一番日影となる地点では,一日中日影といってよいほど日影となる時間が長い。

しかし,当該地点においては,本件マンション建設前から日影時間がかなり長く,本件マンションが建築されたことによる日影時間の増加に伴い,一日中日影となる状況に至ったものということができる。そして,本件マンションによる日影時間は,前記のとおり,建築基準法56条の2の基準内である4時間以内の日影であり,それより低い地点を基準にして日影を算定しても,日影時間は長くても3時間程度(甲A89)であることから,本件マンション建設による日影の時間は比較的少ないといえる。また,原告C宅及び原告D宅のいずれにおいても,本件マンションが建設されたことによってもあまり日影とならない地点も存在する(甲A89)。

そして,被告Aが,本件マンションの高さ,容積率を低くするよう計画を変更したことなども考慮すると,原告C及び原告Dの日照が受忍限度を超えて侵害されたとはいえない。

7  本件工事に過失があるか(争点(6))

(1)  証拠(甲A17,甲A44,109,110,丁A3ないし8,証人U)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

ア 本件工事において,土留め工法として親杭横矢板工法が用いられた。親杭横矢板工法とは,H形鋼などの親杭を,1,2m間隔で地中に打ち込み,または穿孔して建て込み,掘削に伴って,親杭間に木材の横矢板を挿入していく土留め工法である。

そして,親杭横矢板工法は,止水性がないため,地下水位の低下が問題となる場合には補助工法なしで利用できない,根入部が連続していないため軟弱地盤への適用には限界がある,掘削に伴い挿入していく横矢板と地盤との間に隙間が生じやすいため,他の土留め工に比べ,地山の変位は大きくなりやすいといった問題点が指摘される。なお,止水性がないとは,矢板をはめる際に,水が溢れてしまうということである。また,軟弱地盤だと,掘削して矢板をはめるまでに,背面の地盤が崩壊する危険がある。

イ 被告Bは,本件工事において,矢板と背面の地盤との間に隙間ができないよう,現場の土を入れ,下の方は足などで踏み,上の方はスコップの柄などで突いたりして固め,その後,矢板に穴を空け,モルタルを圧入した。モルタルは,注入時には液状であるが,その後,固まり,コンクリートと同じくらいの固さとなる。なお,ドライエリア側壁と矢板との間には,液状のソイルセメントを入れており,その後,人力では掘るのが困難な程度の固さとなる。

また,被告Bは,背面の土圧により親杭がたわまないよう,切梁を付けた。そして,親杭がたわんでいないかについて,平成17年11月初旬ころから平成18年1月中旬過ぎころまで,土圧計を取り付け,作業日の朝,針を見て確認していたが,土圧が過剰にかかっているようにはならなかった。

ウ 被告Bは,本件工事において親杭横矢板工法を採用するに際し,ボーリングデータや掘削の計画図等を土留め専門業者であるSに渡し,施工内容を確認してもらった。

そして,Sは,ずれ留めの設置図,掘削の面積及び深さ等を記載した山留・構台計画図,山留CASE別計画図,掘削計画図,矢板入計画図,並びに親杭が10数mmたわむことも予定した山留構造計算書等を作成した。なお,被告Bは,以前にもSに対し,別の建物の建築の際にも依頼したことがあり,その際は施工に問題がある旨告げられたことがあったが,本件工事の際には特に指摘はなかった。

(2)  そこで,まず,本件マンション建設地が軟弱地盤であったか否かについて検討する。

証拠(丙A3)によれば,本件工事に伴い,平成16年9月に実施された地質調査の結果によれば,本件マンション建設地では,地表から順にみると,まず礫が混入される砂・粘土や砂混じり粘土からなる表土層が薄く分布しており,その下に,N値が4から10の粘土からなる粘性土層,N値が10から60以上の砂礫からなる礫質土層,N値が12から50程度で,礫を所々に混入する粘土からなる粘性土層,N値が20から60以上の礫が多い砂礫からなる礫質土層,礫を混入するN値が13から24の硬い団結粘土からなる粘性土層,礫が多い砂礫層でN値が60以上の礫質土層,そして,非常に硬いチャートだが,亀裂も多い基盤岩があること,粘性土の場合,N値が4から8の場合は中位,8から15の場合はかたい,15から30の場合は非常にかたい,30以上の場合は固結したとされ,砂地盤の場合,N値が4から10の場合はゆるい,10から30の場合は中位,30から50の場合は密,50以上の場合は非常に密とされていることが認められる。

そうすると,地質の状態からすると,本件マンション建設地は必ずしも軟弱な地盤であるとはいえない。

そして,それに加え,証人Uは,4,5m試掘したとき,地盤が自立をして崩壊等しなかったことから良好な地盤と考えた旨証言すること(証人U24項),土留め専門業者であるSが山留構造計算書等を作成したこと,後記のとおり,地下水があるとは認められず,本件全証拠によっても,横矢板の継ぎ目からポンプ排水ができないほどの大量の出水が生じたとは認められないことも考慮すると,本件マンション建設地において,本件工事で親杭横矢板工法を選択したことに過失があるとはいえない。

(3)  原告らは,キャンバーが施されておらず,本件工事には過失がある旨主張する。

しかし,キャンバーは,矢板と裏込土が密着するようにするためのものであるといえるところ(甲A88),被告Bは,本件工事において,ずれ留めを使用し,モルタルを圧入しており,矢板と背面地盤との間に隙間ができないように施工されていたものといえることから,原告らの主張は採用できない。

この点,原告らは,地盤に緩み穴が生じていたり,埋め戻しが不十分であったことは写真から明らかであると主張するが,これに反し,証人Uが,矢板まで土が入っていない箇所や矢板がないところは,最終的な仕上げの地盤が下がる予定だからである旨証言することに照らすと,直ちに,本件工事に過失があることを推認する事情とはならない。

その他,本件全証拠によっても,被告Bが行った本件工事に過失があったとは認められない。

8  本件工事により,原告らの土地家屋に被害が生じ,地盤沈下が生じているか(争点(7))

(1)  本件マンション建設により,原告らの土地家屋に被害が生じているかについて,原告ら及び被告らは,それぞれ調査結果を証拠として提出する。

ア 原告らは,柱の傾斜の調査結果について,被告Bが依頼した,家屋調査等を専門的に行っている株式会社Tが行った初回(事前)調査(原告D宅平成17年1月19日,原告C宅同年8月6日,原告H宅同年10月27日。なお,同社の行った調査を,以下「被告側の調査」という。)の結果を基に,2回目以降の被告側の調査は信用しないとし,2回目以降の調査結果は,原告らが依頼した管理技術者であるWが行った調査(以下「原告側の調査」という。)の結果と比較して計算する。

そして,被告側の調査結果(丁B1〔枝番含む〕,B3〔枝番含む〕,B9の1)によれば,原告ら宅の柱傾斜について,2回目(原告C宅平成18年2月11日,原告D宅同年8月9日,原告H宅同年10月21日)及び3回目(原告C宅同年8月5日)の調査において,初回(事前)調査と比べ,有意な差は認められない。

これに対し,原告側の調査結果(甲A44,B1の1,2の1,3の1)によれば,原告ら宅の柱傾斜について,2回目(原告C宅平成17年10月30日,原告D宅同年11月30日,原告H宅同日),3回目(原告C宅平成18年10月27日,原告D宅平成19年6月9日,原告H宅同日)及び4回目(原告C宅平成19年7月1日)の調査において,相当程度傾斜していることが窺われる。

この点,原告らは,被告の行った調査は,許容誤差が1mmの精度の粗い調査であること,観測数値の正確性が確認できないこと,写真報告書が不足しており,再現性がなく,事後検証可能性がないこと,調査が目視重視で柱や床の傾斜観測点が少ないことから,信用性がないと主張する。

しかしながら,被告側の調査の初回(事前)調査の段階でかなりの傾斜が見られる点や,調査結果からみて1mmよりも細かい測定をすることにどれだけ妥当性があるといえるか疑問であることを考慮すると,原告ら指摘の事情のみから,被告の行った調査が直ちに信用できないということはできない。

そうすると,被告側の調査の2回目の値と原告側の調査の2回目(実質は1回目)の値が大きく異なっているが,その値が異なる理由を説明しがたいことからすると,どちらの値が正確であると認定することもできず,一方の調査のみを信用して判断することはできない。

イ 床水準や地盤,ひび割れ等の調査結果についても,原告側の調査と被告側の調査がそれぞれ行われているが,その値が異なるに至った原因が不明であり,本件土地が斜面地にあることや,本件工事前からも相当程度上記現象が生じていたことなども考慮すると,正確な変動値を認定することはできない。

例えば,被告らは,地盤の観測結果について,原告側の調査(甲A108)では観測基準点が不動であることを前提とする光波測定方法を用いて測定しているが,傾斜が30度以上であり,軟弱地盤であるとすると,観測基準点が動く可能性があり,不動の基準点とはいえないため,信用性がない旨主張しており,本件土地が急斜面地であり,上部は比較的軟弱であること,近接した地点で地盤変動の方向が相違していることからすると,被告らの主張を覆すほどの事情も見当たらない。また,ひび割れ等について,原告らは,1mmよりももっと細かく測定すべきであると主張するが,調査結果の写真を見ても,単位を細かくしたところで,どこからどこまでの長さを計測すれば実情を正しく把握したことになるのかという点や,計測器の使用上の制約から,計測したいと考えるポイントそのものを計測しがたい場合が生じるのではないかという疑問が残ることや,気候によってクラックの隙間は変わること(原告N21項)といった事情もあることからすると,1mm単位の測定が不合理であるとまでいえない。

(2)  以上の事情に加え,前記6のとおり,本件工事に過失は認められないことも考慮すると,原告ら宅が,本件工事によって,柱が傾いたり,地盤が沈下したなどの事情があったとは認められない。

9  原告らの権利侵害に対する被告A及び被告Bの責任の有無(争点(8))

前記3のとおり,被告Bは,本件工事により騒音を生じさせ,原告番号1らについては受忍すべき限度を超えたものであるから,被告Bに不法行為が成立する。

そして,前記1(6)のとおり,被告A及び被告Bは,本件町内会等と約定ないし協定を締結しており,被告Aは,被告Bが本件工事を行うにあたり,騒音を極力発生させないよう指示すべき義務を負っていた。

それにもかかわらず,被告Bは,防音シートを十分にするなど適切な措置をとらず,受忍すべき限度を超える騒音を発生させたのであり,騒音規制法に定める基準を超えている日も数日あったことから,被告Aは,被告Bに対し,適切な指示をしないことにより,原告番号1らの受忍すべき限度を超える騒音を発生させたものといえる。

よって,被告A及び被告Bは,共同して不法行為責任を負う。

10  原告らの所有権ないし人格権に基づく妨害排除ないし妨害予防請求が認められるか(争点(10))

(1)  本件土地に地下水が存在するか否か

ア 証拠(甲A60,61,63,82ないし85)及び弁論の全趣旨によれば,本件土地を含む本件地域には,池や井戸が多数存在していたこと,本件工事において,本件土地から排水ポンプを使って透明な水が外部に排水されていたこと,船岡山周辺は,以前は田であったこと,原告Z宅の地下室には,排水ピットがあり,排水ポンプを設置し,水をくみ上げ,地下水を排出しているが,雨の多い時期には,地下室の西側の壁に水滲みがでていたが,本件マンション建設後はなくなったことが認められる。

一方,証拠(乙A9,10,丙A3)及び弁論の全趣旨によれば,平成16年9月に実施したボーリング調査で無水堀りした結果,地表面から2.5mまでは,水位は確認されなかったこと,泥水の残留水位は各地点において認められ,1.73mから7.40mまで幅広く認められたが,平成17年4月に実施したボーリング調査では,孔内水位は認められなかったことが認められる。

イ 前記アのとおり,ボーリング調査の結果によると,一定程度,泥水の水位があったことは認められる。

しかし,自由地下水位は,ボーリング時に泥水を使わずに掘進するいわゆる無水堀りにより比較的精度よく調査することができるが,無水堀りでない場合,ボーリング孔内の泥水位は,地下水位と一致せず信頼性が極めて低いとされており(乙A12),その水位を重視することはできない。

また,原告らは,平成21年3月16日の京都市の紛争調整の場で,本件工事の現場監督であったUが,原告ら周辺住民に対し,地下水脈があったことを認めたと主張するが,証人Uはそのように述べていないと証言しており,原告らが本件訴訟で主張する内容の地下水であると説明したかは定かではない。

また,Xの意見書(甲A68,127)では,地下水の起源について,船岡山南斜面の崖錘堆積物中に保持されている浅い地下水であることと,紙屋川の古い扇状地堆積物中を流れる地下水であることが考えられると指摘しているが,同意見書では,その起源を特定しようとするものであって,地下水が存在するかどうかについては厳密な検討をしているものとはいえないこと,Yの意見書(甲A69,126)も,同様,地下水位上昇の可能性とその量についての検討等を主なものとしており,地下水が存在するかどうかについては厳密な検討をしているとはいえないことなどを考慮すると,これらの意見書を重視することはできない。

そうすると,本件土地には池や井戸が多数存在し,本件工事中に一定程度の水が排水されていたとしても,水が出た原因として,段丘性堆積物層(礫質土層)上部あたりから水が出たことから,段丘性堆積物層上部の粘土混じり砂礫層に含まれている水が,掘削底になっていた部分を解放したために出水した可能性があること(甲A135。Uの報告書)を否定するには足りず,原告ら主張のような地下水があると認めるには疑問が残る。

よって,本件土地に地下水があると認めることはできない。

(2)  前記のとおり,本件地域において地盤が変動することや,地下水が存在することを認めることができないことからすると,原告らの主張はその前提を欠き,原告C宅,原告D宅及び原告H宅の毀損や,そこに居住する者の生命身体への危険が生じる蓋然性があるとはいえないことから,原告らの主張は採用できない。

11  損害(争点(11))

(1)  前記のとおり,本件工事による騒音により,原告番号1らの原告は,多大な精神的苦痛を被った。その具体的事情は前記3(1)ウで認定したとおりであり,原告番号1らの居宅と本件マンションとの距離や諸般の事情を考慮すると,原告C及び原告Dについては各40万円,原告E,原告F,原告G及び原告Hについては各20万円,原告I,原告J及び原告Kについては各10万円を相当と認める。

そして,本件訴訟の難易,認容額に照らすと,弁護士費用として,原告C及び原告Dについては各4万円,原告E,原告F,原告G及び原告Hについては各2万円,原告I,原告J及び原告Kについては各1万円を相当と認める。

(2)  よって,原告C及び原告Dについては各44万円,原告E,原告F,原告G及び原告Hについては各22万円,原告I,原告J及び原告Kについては各11万円を損害と認める。

そして,前記各金員について,不法行為日の後であることが明らかな平成18年9月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を認める。

12  結論

以上によれば,原告番号1らの被告A及び被告Bに対する請求は主文1項の限度で理由があるから認容し,原告番号1らの被告A及び被告Bに対するその余の請求,被告管財人に対する請求並びにその余の原告らの被告らに対する請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大島眞一 裁判官 和久田斉 裁判官 戸取謙治)

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