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京都地方裁判所 平成19年(行ウ)9号 判決 2010年3月18日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,Aに対し,1016万1966円及びこれに対する平成19年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

2  被告は,別紙一覧表の相手方欄に記載の者ら(ただし,B及びCを除く。)に対し,それぞれ,同表の請求金額欄に記載の金額及びこれに対する平成19年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

第2事案の概要

本件は,D市の住民である原告らが,D市営住宅の賃料(以下,単に「賃料」又は「賃料債権」という。)について,前D市長がその徴収を怠り(以下「賃料怠る事実」という。),また,D市の保育所の保育料(以下,単に「保育料」又は「保育料債権」という。)について,D市の福祉事務所長又は福祉事務所長であった者らがその徴収を怠り(以下「保育料怠る事実1」という。),前D市長も,上記福祉事務所長らが徴収を怠ることを阻止すべき指揮監督上の義務を怠って保育料の徴収を怠った(以下「保育料怠る事実2」という。)ため,市に損害が生じたとして,被告に対し,前D市長及び上記福祉事務所長らに損害賠償請求することを求めた事案である(なお,遅延損害金については,訴状送達の日の翌日からとなっている。)。

1  前提事実(争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告らは,D市の住民である。

イ 被告は,D市長である。

ウ Aは,前D市長であり,後記(5)ア(ウ)及び同イ(イ)で原告らが主張するような保育料債権及び賃料債権の徴収権限を有していた者である。

エ 別紙一覧表の相手方欄に記載の者らは,D市の福祉事務所長又は福祉事務所長であった者であり,後記(5)ア(イ)で原告らが主張するような保育料債権の徴収権限を有していた者である。

(2)  保育料債権について

ア 法令の定め等

(ア) 保育料債権は,市町村の長が,支弁した保育費用を本人又は扶養義務者から徴収する債権であり,市町村の長が本来的にその徴収権限を有する(児童福祉法56条3項)。

D市においては,この保育料債権の徴収に関するD市長の権限が,福祉事務所長に委任されている(D市児童福祉法等施行細則2条2項8号・乙23)。なお,同規定からは,その権限が,児童の住所のある行政区の福祉事務所長に委任されているのか,児童が通所する保育所のある行政区の福祉事務所長に委任されているのかが明らかではないが,D市が管理している保育所電算システムにおける児童データは,児童が通所する保育所の行政区ごとにまとめることとなっていること,出力される関係書類(納付書等)には,児童の住所のある行政区の福祉事務所長名が記載されるものの,実質的な保育料債権の徴収事務,すなわち,保育料の収納管理や納入指導・滞納指導については,当初から,児童が通所する保育所の行政区の福祉事務所がそのすべてを処理していることなどの徴収事務の実態に関する事実によれば,保育料債権の徴収権限は,児童が通所する保育所のある行政区の福祉事務所長に委任されているものと解される。

(イ) 保育料債権は,地方自治法231条の3第1項の「分担金,使用料,加入金,手数料及び過料その他の普通地方公共団体の歳入」及び同条3項の「分担金,加入金,過料又は法律で定める使用料その他の普通地方公共団体の歳入」に該当する。したがって,D市において保育料債権を納期限までに納付しない者があるときは,D市長は,期限を指定してこれを督促しなければならず,また,その督促を受けた者が指定された期限までにその納付すべき金額を納付しないときは,D市長は,地方税の滞納処分の例により処分をすることができる。また,児童福祉法56条10項にも,保育料債権について,指定の期限内に納付しない者があるときは,地方税の滞納処分の例により処分することができるとの定めがある。

イ 滞納

D市の保育料債権には滞納分があり,そのうち消滅時効が成立し(消滅時効期間は5年で,援用を要しない。地方自治法236条1項・2項),平成18年度決算市議会において不納欠損処理が行われた債権額は,6億4422万8233円である(乙7,8)。

(3)  賃料債権について

ア 法令の定め等

賃料債権は,保育料債権と異なり,私法上の債権であるから,地方自治法231条の3第1項及び第3項の歳入には該当せず,その徴収等は,普通地方公共団体の債権についての規定である同法240条及び同法施行令171条以下に従って行われ,その徴収権限は,D市長にある。

イ 滞納

D市職員又はD市職員であった者に係る賃料の滞納額は,平成19年1月11日時点で合計1022万4242円であった(乙4)。

その後,D市により,上記職員等への指導が行われたこと等により,これら滞納に係る賃料債権の回収が進み,平成21年9月30日時点で,D市職員又はD市職員であった者の賃料の滞納者は3名,その残債権の合計額は48万7200円であり,いずれの滞納者についても,滞納家賃納入誓約書がD市に提出されている(乙37,42)。

(4)  監査請求

ア 原告らは,平成18年12月18日付けで,「D市立保育所と市が保育料を徴収する民間の認可保育所における保育料の未収額は1975年度から2005年度までで約14億4000万円にのぼる・・・市職員の滞納額は昨年度までの5年間で3600万円にのぼる・・・さらに,全滞納額のうち時効期限(5年)を過ぎている滞納額は約7億円に達する」,「市営住宅の家賃滞納は,2004年度までで8億8200万円にのぼる・・・家賃滞納者の中には,昨年度決算で35人(世帯)の市職員が含まれており,その滞納額は1600万円にのぼる・・・市職員の家賃滞納はかなり以前から議会などで問題視されてきており,市は明確に市職員滞納者の存在を認識していたのにもかかわらず,回収するための抜本的な措置を取ることを怠っていると言わざるを得ない。また,市職員の滞納分のうちすでに時効期間(5年)を過ぎている金額も含まれていると推測される」,「市は滞納保育料の回収を怠り,また,市営住宅の家賃を滞納している市職員からの家賃回収も怠ったことにより,市に多額の損害を与えた。よって・・・監査委員において,以上の事実に関する厳正な監査を実施され,①滞納保育料の徴収を怠る事実により市に損害を与えた市職員に対し,滞納保育料同額を市に弁償させること,②市職員の滞納家賃の回収を怠る事実により市に損害を与えた市職員に対し,滞納家賃同額を市に弁償させること,など必要な措置をとることを求める」とした上,平成18年12月6日付けの京都新聞の記事を添付資料として,監査請求をした(甲1の1~3。以下「本件監査請求」という。)。

イ 平成19年2月16日,D市監査委員は,本件監査請求について,以下のように判断した。

(ア) 保育料又は賃料の徴収を怠る事実があるかどうか,当該怠る事実が違法又は不当であるかどうかについては,滞納状況や市の対応の具体的な内容に応じて判断するべき性質のものであって,その個別的,具体的な事情を考慮することなく一体的に判断することが相当であるような性質のものではないから,請求の対象とする怠る事実について,その範囲を画して包括的に特定するだけでは足りず,他の怠る事実から区別して特定認識できる程度に個別的,具体的に摘示する必要がある。

(イ) 本件監査請求のうち,平成17年度までの5年間における37人(世帯)の市職員による滞納保育料約3600万円の徴収を怠る事実を請求対象事実とするもの及び平成17年度決算時における35人(世帯)の市職員による滞納賃料約1600万円の徴収を怠る事実を請求対象事実とするものについては,他の怠る事実から区別して特定認識できる程度に個別的,具体的に摘示されているから監査を実施するが,その余の監査請求部分は請求対象事実が具体的に特定されていないから却下する。

(ウ) 監査を実施した部分については,違法又は不当に徴収を怠る事実は認められず,損害の発生も認められないから,請求を棄却する。

(5)  提訴及び原告らの請求の具体的内容

上記監査の結果を受け,原告らは,平成19年3月19日,本件訴訟を提起した。原告らの請求の具体的内容は,以下のとおりである。

ア 保育料債権に関するもの

(ア) 上記(2)イの消滅時効により不納欠損処理がされた滞納保育料債権のうち,平成6年度~12年度に発生した(したがって,平成11年度~17年度に時効消滅した)各保育料債権(以下「本件各保育料債権」という。)の合計額4億5421万4354円に,一定割合を乗じて算出した額である967万4766円(後記3(1)イ(原告らの主張)(ア)参照)の損害が発生した。

(イ) 本件各保育料債権のそれぞれが時効消滅した当時にその各保育料債権の徴収権限があった各福祉事務所長ら(別紙一覧表の相手方欄に記載の者ら)が,徴収を怠った(保育料怠る事実1)から,これらの者(ただし,B及びCを除く。)に対し,本件各保育料債権中上記それぞれの者に徴収権限があった部分の合計額から上記(ア)のような計算方法により算出した各金額(別紙一覧表の請求金額欄に記載の額)の損害賠償請求をするよう被告に求める(前記第1の2)。

(ウ) 本件各保育料債権が時効消滅した当時のD市長(本来的に徴収権限を有する者)であったAが,上記各福祉事務所長らが保育料の徴収を怠ることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反して保育料の徴収を怠った(保育料怠る事実2)から,同人に対し,上記967万4766円の損害賠償請求をするよう被告に求める(前記第1の1の一部)。

イ 賃料債権に関するもの

(ア) 上記(3)イの滞納賃料の残債権(以下「本件各賃料債権」という。)の合計額48万7200円の損害が発生した。

(イ) 上記残債権の徴収権限を有していた前D市長のAが,その徴収を怠った(賃料怠る事実)から,同人に対し,同額の損害賠償請求をするよう被告に求める(前記第1の1の一部)。

2  本案前の争点

原告らの本件各保育料債権に関する請求の一部に係る監査請求につき,監査請求期間を経過したことの正当な理由の有無

(被告の主張)

(1) 本件監査請求のうち,平成17年12月17日以前に時効消滅した保育料債権の徴収を怠る事実を対象とする部分については,当該怠る事実の終了した日から1年を経過した後にされたもので,監査請求期間を経過しており不適法である。よって,原告らの請求のうち,上記の保育料債権の部分の徴収を怠る事実を財務会計行為とする請求については,適法な監査請求の前置を欠き,訴えが不適法である。

(2) 保育料債権の消滅時効期間は5年で援用を要しないところ,保育料の未収額が年々増加してきていることが平成11年度以降の一般会計等決算についての監査委員の意見の中で触れられていること,平成14年度の監査委員の行政監査の結果報告の内容,平成15年11月26日のD市議会の普通決算特別委員会第2分科会での質疑の中で保育料については現在不納欠損処理をしていない旨答弁されていることなどからすると,D市の住民は,遅くとも平成15年11月26日のD市議会の普通決算特別委員会第2分科会における質疑の内容がホームページに公開された平成16年3月末ころには,相当の注意力をもって調査すれば,D市が不納欠損処理をしていない保育料債権の中に,5年の消滅時効期間の経過により時効消滅しているものが存在し,当該保育料債権を時効消滅させたことが違法又は不当であるという疑惑を持つに足りる程度にその行為の存在及び内容を知ることができたというべきである。そして,D市の住民は,更にD市に問い合わせること等により,そのような時効消滅した保育料債権の具体的な情報を入手し,監査請求をし得る程度に保育料債権の徴収を怠る事実の存在及び内容を知り得たものといえる。

そして,本件の監査請求は,上記の平成16年3月末ごろから1年8か月以上後の平成18年12月18日にされていることから,相当な期間内にされたものということができない。

したがって,(1)のような監査請求期間の経過につき,地方自治法242条2項ただし書の正当な理由があるとはいえない。

(原告らの主張)

(1) 本件では,怠る事実の終了した時点において,保育料債権の滞納状況や督促の有無の状況,どの債権がいつ時効にかかったかなどについて,住民が相当の注意力をもって調査を尽くしたとしても,監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為(怠る事実)の存在及び内容を知ることができたとはいえない。保育料について多額の未収金があり,そのうちの相当な金額が既に消滅時効期間を経過していたことについては,平成18年12月6日付けの京都新聞により報道され,住民に対して初めて明らかとなったのであり,原告らは,同月18日に本件監査請求を行っているのであるから,地方自治法242条2項ただし書の正当な理由が認められる。

(2) 被告が正当な理由が認められない根拠として挙げる事項が記載された書面は,一般市民の目に触れるような形で配布されたことはなく,記載内容が報道された形跡もない上,閲覧についても,監査請求人らが現実に閲覧したり,情報公開請求を行った事実もないし,閲覧に供されただけで,閲覧に供された旨の公報もなかった。さらに,上記書面の記載内容をみても,具体的に保育料の未収額が全く判明せず,督促行為が行われているか,消滅時効が成立しているものがあるかなど一切不明であって,住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたとはいえない。

3  本案の争点

(1)  保育料債権について

ア 保育料怠る事実1・2の違法性の有無

(原告らの主張)

(ア) D市長及びその委任を受けた各福祉事務所長らは,児童福祉法等の規定に従い,滞納保育料債権について,期限を指定して督促し,なお納付がされない場合には滞納処分を行って徴収をしなければならなかったのに,これを怠り,本件各保育料債権を消滅時効にかからせたものである。また,保育料については督促行為のみによって時効中断の効力が発生する(地方自治法236条4項)にもかかわらず,督促行為を行うことなく消滅時効にかからせ,損害を発生させたものであって,その責任は重大である。

(イ) 被告は,滞納処分の権限の不行使が違法ではないと主張するが,地方自治法231条の3第1項は,「督促しなければならない」と定めており,督促行為について,D市長及びその委任を受けた各福祉事務所長らに裁量の余地はない。そして,本件各保育料債権については,督促行為のみによって時効中断の効力が発生するにもかかわらず,消滅時効にかからせたのであって,本件各保育料債権に係る損害は,まさに督促行為を行わなかった結果発生したものであり,消滅時効にかからせてD市に損害を与えたことについての違法性は明らかである。

(被告の主張)

(ア) 地方自治法231条の3第3項によれば,滞納処分の権限を行使するか否かについては,普通地方公共団体に裁量が認められている。このような場合,権限が付与された趣旨・目的に照らし,その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り,当該権限の不行使は違法でないと考えるべきである。

(イ) 保育料の徴収については,扶養義務者である保護者の理解と協力を得ながら行う必要があり,滞納処分をするか否かについては,①保育を必要とする児童の福祉の確保の必要性,②当該児童が暮らす家庭の経済的状況,③滞納処分により回収できる保育料の額と滞納処分に要する費用との費用対効果,④他の普通地方公共団体における実施状況などを総合的に勘案して判断すべきである。

(ウ) 厚生労働省は,保育料の滞納を理由として児童を強制的に退所させたり当該児童の弟妹の入所を拒否することは,児童福祉法の解釈上できないとしており,保育所の設置者には,保育を必要とする児童の福祉を確保することが求められている。また,D市では,納期限までに支払わない扶養義務者に対して督促状等を送付して支払を求め,それでも支払わない者には電話による納入指導や家庭訪問による面接指導を実施し,また,滞納保育料を一括して納入することが困難な扶養義務者については,その収入状況を十分に把握した上で,分納誓約書を提出させ,分割納入をさせており,これらの取組みにより,保育料は約96~98%の徴収率が確保されており,他の普通地方公共団体の徴収率と比べても,劣るところはない。さらに,保育料の徴収状況についての全国的な調査の結果によれば,滞納処分を実施している市町村は少数に留まっている。

(エ) 滞納処分により保育料を回収するためには,滞納者の財産調査を行った上で差押え可能な財産があればこれを差し押さえ,換価の手続をとる必要があり,相応の費用,労力等を必要とするが,行政事務に用いることができる人的・物的財産は限られている上,市は,地方公共団体として,その事務を処理するに当たり,最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならず(地方自治法2条14項),地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要かつ最少の限度を超えて支出してはならないこととされている(地方財政法4条)から,経費を無視し,他の行政事務を削減してでも,滞納処分により一律にあらゆる滞納債権の完全な徴収を図ることは,それによって得られる利益を上回る損失を発生させる結果をもたらすおそれが強く,上記趣旨に反することとなり妥当でない。そこで検討すると,平成19年度と平成20年度の保育料の徴収済額のうち滞納処分による徴収額は,それぞれ1031万1043円,1413万8676円であり,それに要した各年度の費用(1109万7867円,1409万0090円)とほぼ同額である。このように,滞納保育料の回収額を増やそうとすれば,それと同額の費用を要することとなり,結局,費用に見合う効果を得られない。したがって,滞納処分をしていなかったD市の保育料徴収の取組みも合理的かつ経済的である。

(オ) 全国的に滞納処分まで実施する自治体はごくわずかであり,D市においても要綱を作成して滞納処分の取組みを開始したのは平成18年10月以降である。それまでは,D市において,滞納保育料債権の滞納処分を実施すべき根拠となる規定は存在せず,国の保育料の徴収状況に関する全国調査の結果の通知が出された平成19年8月22日までは,何ら国からの通知もなかった上,当該通知も,滞納処分の権限を行使する義務が存在する根拠となる内容のものではない。したがって,滞納保育料の徴収権限を有する各福祉事務所長らが滞納処分の権限を行使する義務を負っていると解することは困難である。

(カ) 以上によれば,D市において,保育料の滞納処分の権限を行使しなかったことは,著しく不合理とまではいえず,違法ではない。

イ 損害の有無

(原告らの主張)

(ア) 本件各保育料債権のうち,滞納処分等を行えば回収が可能であったと解される債権額を損害額とするのが相当である。

滞納処分等によって回収可能であったと解される債権の割合は,(全体の未収額+滞納処分による徴収額)の中の(滞納処分による徴収額)の割合と考えるのが相当であるから,(滞納処分による徴収額)÷(全体の未収額+滞納処分による徴収額)という計算式によるべきである。これを平成19年度及び平成20年度にあてはめると,それぞれ約1.31%及び約2.13%となる。

そして,滞納保育料については,平成18年度の途中から滞納処分等により回収すべき方針が出されたところ,保育料という債権の性質からすれば,方針が出された後,直ちに滞納分のすべてについて滞納処分がされると考えるのは相当でなく,平成19年度及び平成20年度についても,未だ上記方針の遂行途中であると考えるのが相当であるから,本件で滞納処分等により本来回収が可能であったと解される割合は,平成20年度分よりも更に高いと考えるのが相当である。そうすると,本件における損害額の算出に当たっては,少なくとも,平成20年度分の割合である約2.13%をもって計算するのが相当である。

以上に基づいて計算すると,本件各保育料債権に関しD市に生じた損害額は,合計967万4766円となる。

(イ) 被告が滞納処分に要した費用として主張している1109万7867円(平成19年度),1409万0090円(平成20年度)は,平成18年度と各年度の保育料徴収対策事業の執行額の差額に過ぎない。保育料徴収対策事業は,滞納者に対する徴収作業のみではないから,かかる差額が滞納処分のために増額したものであるかは不明である。しかも,滞納者への徴収作業は,徴収義務者が行うべき本来必要な業務であり,平成18年度でも約1900万円が支出されている徴収担当者の人件費の中で本来行われなければならないはずの事務である。

さらに,被告は,保育料徴収対策事業の執行額の差額との比較として,各年度の滞納処分による徴収額を挙げているが,保育料徴収対策の強化により,滞納処分による徴収額のみではなく,徴収率の上昇により当該年度の保育料についても徴収額は増額していると考えられるから,徴収額の増額分全体を費用と比較しなければ,費用対効果の問題として正しい判断はできない。また,保育料徴収対策の強化は,保護者らに対する警鐘にもなっているのであり,現実の徴収額以上の効果をももたらすものである。

よって,保育料徴収対策事業の執行額の差額と,各年度の滞納処分による徴収額の比較を前提とした被告の主張は,失当である。

(被告の主張)

争う。

保育料を滞納している世帯の具体的な経済的状況は,個別に事情が異なるものであり,滞納処分によれば回収可能であった滞納保育料の額がいくらであったかについては,個別の事案ごとに,各世帯の滞納状況や,これに対するD市側の対応の具体的な内容に応じて判断すべきものであって,こうした個別具体的な事情を考慮することなく,単純に統計的な手法により回収可能であった滞納保育料の額を推量計算することはできない。

また,原告らは,平成19年度の割合を無視して,平成20年度の割合である約2.13%を基に,滞納処分等により回収が可能であった額を算出しているが,何らの根拠もなく,合理性を欠いている。

さらに,原告らが主張する滞納処分等で回収が可能であったと解される金額は,7年分の合計額でも967万4766円に過ぎず,滞納処分の実施費用として必要な1年当たり約1400万円をはるかに下回るから,滞納処分の権限を行使しても実施費用を上回る滞納保育料を徴収することは困難であることが明らかであり,滞納処分の権限を行使しなかったことによりD市に損害が発生したとはいえない。

(2)  賃料債権について

(原告らの主張)

D市長は,地方自治法等の規定に従い,滞納賃料債権について,期限を定めて督促し,なお履行されない場合には訴訟手続等を行わなければならなかったのに,これを怠り,徴収停止(地方自治法施行令171条の5)や履行期限の延長(同施行令171条の6),免除(同施行令171条の7)などの措置をとることもなく,消滅時効にかからせたものである。

(被告の主張)

D市は,賃料を滞納している職員と面談を行い,支払について厳しい指導を行った結果,平成21年9月30日現在において支払が完了していない3名の滞納者についても,毎月,分納誓約により定められた金額を滞りなく納入しており,未回収の賃料合計48万7200円は完済される見込みである。また,この48万7200円について消滅時効の成立等によりその徴収が不可能となった事実は発生していない。

よって,滞納賃料債権の徴収を怠ったことにより,D市に損害が発生したとはいえない。

第3当裁判所の判断

1  本件監査請求における請求対象の特定について

(1)  本件監査請求において,原告らの本件各保育料債権に関する請求(前記第2の1(5)ア)に係る監査請求部分は,請求対象事実が具体的に特定されていないとして却下されている(前記第2の1(4)イ(イ))。この判断のとおり,当該監査請求部分が不適法で却下すべきものであったとすると,原告らの本件各保育料債権に関する請求については,適法な監査請求を経ていないものとして,訴えが不適法となる。よって,この点をまず検討する。

(2)ア  監査請求の対象の特定の有無の基準

監査請求においては,対象とする財務会計上の行為又は怠る事実を,監査委員が行うべき監査の端緒を与える程度に特定すれば足りるというものではなく,これらを他の事項から区別して特定認識できるように,個別的,具体的に摘示することを要し,また,財務会計上の行為等が複数である場合にも,これらの性質,目的等に照らし一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合を除き,他と区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示することを要すると解されるが,監査請求書及びこれに添付された事実を証する書面の各記載,監査請求人が提出したその他の資料等を総合して,監査請求の対象が特定の財務会計上の行為又は怠る事実であることを監査委員が認識することができる程度に摘示されているのであれば,これをもって足り,上記の程度を超えてまで個別的,具体的に摘示することを要するものではないと解される(最高裁判所平成2年6月5日第3小法廷判決・民集44巻4号719頁,最高裁判所平成16年11月25日第1小法廷判決・民集58巻8号2297頁,最高裁判所平成16年12月7日第3小法廷判決・集民215号869頁,最高裁判所平成18年4月25日第3小法廷判決・民集60巻4号1841頁参照)。

イ  本件監査請求

本件監査請求では,監査請求書に,保育料債権の全滞納額のうち時効期間を過ぎている額が約7億円に達することが記載された上,これを示す資料として平成18年12月6日付けの京都新聞の記事が添付され,滞納保育料の徴収を怠る事実を問題とすることも明らかにされていた(前記第2の1(4)ア。甲1の1~3)。

(3)  以上を前提に検討すると,まず,本件においては,保育料債権の徴収を怠る事実が問題とされているが,保育料債権の徴収を怠ったことが違法又は不当であるか否かは,個々の滞納状況や市の具体的対応の内容等に照らして判断すべきであるから,上記(2)アの基準の中にあるような,一体として違法性又は不当性を判断するのが相当な場合とはいえない。

しかし,上記(2)アの基準のように,怠る事実の摘示の程度は,監査請求の対象が特定の怠る事実であることを監査委員が認識することができる程度で足りることからすると,上記(2)イのような監査請求書の記載により,監査請求人が,保育料債権の消滅時効期間が経過したことを問題としていること,ひいては,消滅時効期間を経過した保育料債権について,その徴収を怠って消滅時効期間を経過させたことが怠る事実であるとする趣旨の監査請求を行っていると認識することが可能というべきである。

よって,監査委員は,消滅時効期間経過という限定によって,対象となる債権及び怠る事実の内容の点で他の事項と区別された特定の怠る事実が監査請求の対象とされていることを認識でき,監査を行うことが可能であったといえる。

なお,D市監査委員は,監査請求人らの主張する時効消滅した保育料債権の概算金額が,実際に時効消滅した保育料債権の額を積算して得たものではなかったことを根拠に,監査請求の対象である怠る事実が具体的に特定されていない旨判断しているが(甲2),上記のとおり,消滅時効期間の経過という限定で監査請求対象の特定に十分であり,このような概算金額に関する事情は,請求対象の特定の有無に影響しないというべきである。

(4)  以上によれば,本件監査請求のうち,原告らの本件各保育料債権に関する請求に係る監査請求部分についても,消滅時効期間の経過した保育料債権という限定によって,監査請求の対象は特定されており,この点を理由として監査請求が不適法となるものではない。よって,原告らの上記請求について,この点を理由に訴えが不適法であるとはいえない。

2  本案前の争点(原告らの本件各保育料債権に関する請求の一部に係る監査請求につき,監査請求期間を経過したことの正当な理由の有無)について

(1)  監査請求期間の経過

ア 怠る事実の終了

本件各保育料債権は,消滅時効期間が経過したものであるところ,これらの債権については,地方自治法236条2項により時効の援用を要しないから,期間の経過した時点で債権が消滅する。したがって,期間経過以後は,債務者による自主納付が行われる可能性があるとはいえ,法律上は本件各保育料債権の徴収を行うことができない。よって,本件各保育料債権の徴収を怠ったこと又は徴収を怠ることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反して徴収を怠ったことを内容とする保育料怠る事実1・2も,上記消滅時効期間の経過によって終了したものといえる。

イ 監査請求期間の経過

本件監査請求が行われたのは平成18年12月18日であるところ,怠る事実については終了のときから監査請求期間が開始するから(最高裁判所平成19年4月24日第3小法廷判決・民集61巻3号1153頁参照),平成18年12月18日の直近の平日である同月15日の経過以前に終了から1年を経過する怠る事実については,監査請求期間が既に経過していたこととなる。

そして,本件各保育料債権中平成17年12月15日以前が消滅時効期間の満了日である債権についての徴収を怠る事実については,同日以前に怠る事実が終了し,同月16日以前に監査請求期間が開始し,平成18年12月15日の経過時点で1年の監査請求期間を経過し,その後に監査請求がされたことになる。

よって,原告らの請求のうち,このような監査請求期間の経過した怠る事実を財務会計行為とする請求につき,適法な監査請求を経ているというためには,地方自治法242条2項ただし書の定める監査期間経過の正当な理由が必要となる。

(2)  正当な理由の有無について

ア 普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為の存在又は内容を知ることができなかった場合には,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって,地方自治法242条2項ただし書の正当な理由の有無を判断すべきである(最高裁判所平成14年9月12日第1小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。

イ この点に関し,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) D市監査委員がD市長に提出した平成10年度~17年度の一般会計等決算審査意見及び基金運用状況審査意見を記載した各書面(各年度について順に平成11年11月8日付け,平成12年11月1日付け,平成13年11月1日付け,平成14年11月5日付け,平成15年11月5日付け,平成16年11月4日付け,平成17年10月31日付け,平成18年10月31日付け)には,保育料の収納率が低下している旨(平成10年度),市税以外の未収額として保育料が一定割合で存在する旨(平成11年度~17年度),前年度に比べて保育料の未収額が増加している旨(平成16年度~17年度)が記載されている(乙26~33)。上記各書面は,上記各日付の後,遅くとも2週間以内に,D市議会議員及び市政記者に配布され,D市総務局総務部文書課情報公開コーナーにおいて市民が閲覧でき,D市市議会事務局の図書室においても,市民が閲覧できる状態となった。

(イ) 平成14年11月27日のD市議会の普通決算特別委員会第2分科会では,委員である市議会議員から,平成13年度の決算について,未収額が大きいものとして,保育料が挙げられたり,D市理財局財務部長の答弁の中で,保育料等が未収額の主なものとして挙げられ,その過年度分の未収額も明らかにされた(乙34)。この内容については,平成15年12月より,D市市議会事務局のホームページで公開され,また,D市市議会事務局の図書室においても,当該分科会のおおむね3か月後から市民が閲覧できる状態となった。

(ウ) 「保育所の運営等について」を監査のテーマとした平成14年度の監査委員の行政監査の結果に関する報告書では,保育料の過年度分は従来不納欠損処理を行っていないことから,調定額は毎年度増加している旨が記載されている(乙35)。同報告書は,平成15年5月15日にD市役所及び各区の区役所の掲示場に掲示され,同月26日からD市総務局総務部文書課のホームページで公表されているほか,D市市議会事務局の図書室においても,平成15年9月ころから,市民が閲覧できる状況となった。

(エ) 平成15年11月26日のD市議会の普通決算特別委員会第2分科会では,委員である市議会議員から,平成14年度は保育料の未収額が1億6200万円あるにもかかわらず,不納欠損額が0円であることが指摘され,D市の保健福祉局子育て支援部長が,保育料等については,5年ぐらいをめどに不納欠損処理をするのであるが,できる限り不納欠損ではなしに徴収率を上げていくということに重きを置いているため,現在不納欠損処理をしていない旨答弁した(乙36)。この内容については,そのおおむね4か月後より,D市市議会事務局のホームページで公開され,D市市議会事務局の図書室においても,当該分科会のおおむね3か月後より,市民が閲覧できる状況となった。

(オ) 原告らが本件監査請求の添付資料として提出した平成18年12月6日付け京都新聞の記事には,保育料債権の全滞納額のうち消滅時効期間を経過しているものが約7億円に達する旨の記載があった(甲1の1~3)。

ウ 被告は,上記イ(ア)~(エ)の各事実に加え,保育料債権の消滅時効期間が5年で援用を要しないことからすると,D市の住民は,少なくとも,平成15年11月26日のD市議会の普通決算特別委員会第2分科会における質疑の内容がホームページに公開された平成16年3月末ごろには,相当の注意力をもって調査すれば,D市が不納欠損処理をしていない保育料債権の中に時効消滅しているものが存在し,当該保育料債権を時効消滅させたことが違法又は不当であるという疑惑を持つに足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと主張している。

しかし,上記イ(ア)~(エ)では,時効期間が経過した保育料債権があるか否かについては全く触れられていない。また,保育料債権の消滅時効期間が5年で援用を要しないとしても,督促行為によって時効中断の効力が発生すること,上記イ(ウ)の報告書でも,保育料徴収に関し督促状の送付を行っている旨が記載されていること(乙35の22頁)などからすれば,不納欠損処理をあえて行っていないかのような趣旨の記載や答弁(上記イ(ウ)(エ))があるとしても,必ずしもこれが,時効消滅した保育料債権があることを示すものということはできない。

そうすると,上記イ(ア)~(エ)の各事実があったとはいえ,これだけでは,住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為(保育料債権の徴収を怠り時効消滅させたという怠る事実)の存在又は内容を知ることはできなかったといえる。

そして,上記イ(オ)以前に保育料債権の時効消滅に関する報道がされたことを窺わせる証拠もないことからすると,本件においては,上記イ(オ)の時点,すなわち平成18年12月6日に,住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記怠る事実の存在及び内容を知ることができたと解されるところ,本件監査請求は,その12日後の同月18日に行われているから,相当な期間内に監査請求が行われたものといえる。

エ よって,本件では,原告らの本件各保育料債権に関する請求の一部に係る監査請求が監査請求期間を経過していたことについて,地方自治法242条2項ただし書の定める正当な理由があったと認められる。

(3)  以上によれば,原告らの本件各保育料債権に関する請求は,適法な監査請求を経たものであり,訴えは適法である。

3  本案の争点について

(1)  保育料債権について

ア 損害について

(ア) 原告らは,平成20年度に滞納処分を行って回収することのできた額を参考に,本件各保育料債権の合計額の2.13%である967万4766円が滞納処分により回収可能であった額であり,D市に同額の損害が発生した旨主張している。

(イ) まず,滞納処分を行っても必ずしもその全額を回収できるものではないこと,過年度の滞納処分により回収できた額の割合を基に滞納処分による回収可能額を算出するのは合理的であることなどからすると,本件各保育料債権の滞納処分を行うことにより回収可能であった額(平成11~17年度の7年度分の合計)は,原告らの主張する上記967万4766円前後であった可能性が高いと認められる。

(ウ) 次に,仮に本件各保育料債権の滞納処分を行った場合の費用に関し検討する。

a D市では,多くの滞納処分を行うこととなったため,平成19年度に保育料の徴収対策を担当する保育料滞納整理嘱託員(以下「嘱託員」という。)を2名増員した。増員した嘱託員2名は平成19年7月1日付けで採用されたため,この2名に関する報酬及び共済費が完全に反映されたのは平成20年度となる(乙41)。

よって,平成20年度の全嘱託員の報酬及び共済費の合計2701万8280円から平成18年度の全嘱託員の報酬及び共済費の合計1911万1000円を差し引いた790万7280円が,多くの滞納処分を行うのに必要な嘱託員に関する必要費用の概算額と認められる。

b D市では,保育料徴収対策事業について,滞納処分に関連する補助作業を行っているアルバイトらに賃金を支払っているところ,多くの滞納処分を実施するようになった平成19年度には,平成17年度及び18年度に比べてアルバイトらの総勤務日数が約50日間増加しており,アルバイトらに支払う賃金の額も,平成17年度よりも43万0846円,平成18年度よりも55万0083円増加している(乙41)。

この費用も,多くの滞納処分を行うのに必要な費用であると認められる。

c そうすると,少なくとも上記aの790万7280円と上記bのうち低い方の額である43万0846円の合計833万8126円は,多くの滞納処分を行うために必要な1年度当たりの費用の合計額と認められる。

なお,この点につき,被告は,多くの滞納処分を行うために平成19年度は1109万7867円,平成20年度は1409万0090円の費用を要した旨主張しているが,これらの金額を構成する費目の中には,必ずしも滞納処分のためではなく,保育料の徴収全般に関する費目が含まれているから,その主張どおりに,滞納処分に必要な1年度当たりの費用の額を認定することはできない。

一方,原告らは,滞納者への徴収作業は,徴収義務者が行うべき本来必要な業務であり,平成18年度に支出された徴収担当者の人件費の中で本来行われなければならないはずの事務であると主張するが,上記a,bのように,実際に多くの滞納処分を行うようになったことで費用が増加している以上,その増加分は,多くの滞納処分を行うのに必要な費用であったと認めるほかない。また,原告らは,保育料徴収対策の強化により徴収率が上昇して徴収額全体が増額していると考えられるから,徴収額の増額分全体を費用と比較する必要がある旨主張している。確かに滞納処分を多く行うことにより全体の徴収率が上昇することはあり得るものの,実際に上昇したのか,徴収額がどの程度増加したのかについては全く不明,不確定であるというほかなく,この点を損害の有無の判断において具体的に考慮することはできない。

(エ) 以上によれば,上記(イ)の滞納処分による回収可能であった可能性が高い967万4766円(7年度分の合計)は,上記(ウ)cの1年度当たりの費用833万8126円の7年度分の合計5836万6882円を大きく下回る。

もっとも,上記(ウ)で前提とした平成19年度及び平成20年度の未収額及び滞納処分による回収額の合計はそれぞれ7億8864万4002円及び6億6474万7633円であるところ(乙39,40),上記967万4766円の算出の基となった金額は4億5421万4354円であり(前記第2の1(5)ア(ア)),滞納処分を行うべき債権の総額には差がある(上記(ウ)で前提とした額の方が高い)から,多くの滞納処分を行うのに必要な費用も,この債権総額に影響される可能性はある。さらにいうなら,保育料の水準と職員の給与やアルバイトの賃金の水準も,年度によって異なると考えられるなど,不確定な要素もあることは否めない。しかし,上記4億5421万4354円は,(ウ)で前提とした金額の半額以上であり,仮に上記必要費用5836万6882円を半額にしても,未だ上記967万4766円の3倍以上となる。

(オ) そうすると,上記の不確定要素を考慮したとしても,多くの滞納処分を行うのに必要な費用が,滞納処分によって回収できる金額を大きく上回るとの結論は変わらないことになる。よって,滞納処分を行わずに本件各保育料債権が時効消滅しても,D市には損害が発生しない。

(カ) なお,上記のように,総額でみたときに滞納処分に必要な費用がこれによって回収できる金額を上回るとしても,個別の本人や扶養義務者の資力とその本人分の滞納保育料との関係からすると,滞納処分によって回収できる金額がそれに要する費用を上回る場合があり得ることは別論であるが,原告らから,具体的にそのような滞納者があるとの主張はないし,その点を窺わせるような証拠もない。

イ 保育料債権については,督促によって時効中断の効力が発生するのに,本件各保育料債権が時効消滅したことからすれば,D市が,適切な時期にその督促を行っていなかったことは明らかである。そして,保育料債権を納期限までに納付しない者があるとき,D市長は,期限を指定してこれを督促しなければならず,裁量の余地はないのであるから(地方自治法231条の3第1項),D市が適切な時期に督促を行わずに(したがって滞納処分も行わずに)本件各保育料債権を時効消滅させたことは,このように法が行うことを義務付けている行為を行わなかったという意味において,財務会計行為(怠る事実)の違法性を根拠付ける一つの重要な事情といえる。そして,督促のみによって保育料を納付する者がいないわけではなく,その分は督促を行わなかったことによる損害ということができる。

しかし,督促のみによって保育料を納付する者がいるとしても,その数は僅かであると考えられるところ,本件各保育料債権について,督促を行いその後滞納処分を行っても,滞納処分を行う費用の方が滞納処分による回収額を大きく上回ることからすると,結局徴収を怠らなかった方がむしろD市に損失が生じてしまうことになるのであるから(上記ア),仮に保育料怠る事実1・2が違法であったとしても,これを不法行為とするA及び各福祉事務所長らに対するD市の損害賠償請求権が発生するとは認められない。

したがって,保育料怠る事実1・2が違法であるか否かを判断するまでもなく,原告らの本件各保育料債権に関する請求(前記第2の1(5)ア)は理由がない。

(2)  賃料について

ア 証拠(乙37,42)によれば,前記第2の1(3)イのとおり,平成21年9月30日時点で,本件賃料債権の合計額は48万7200円であり,D市職員又はD市職員であった者の賃料の滞納者3名は,いずれも滞納家賃納入誓約書をD市に提出している上,同滞納者らは,平成19年1月11日以降D市への支払を行い,残債権額は徐々に減少している。

イ 以上のような事情によれば,上記滞納者らが残債権について完済する見込みも十分にあるものと認められる。

なお,原告らは,本件賃料債権が消滅時効にかかっている旨主張しているが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると,本件賃料債権について,D市に損害が発生したとは認められない。

ウ したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの本件賃料債権に関する請求(前記第2の1(5)イ)は理由がない。

4  結論

以上のとおり,原告らの請求はいずれも理由がないから棄却する。

(別紙一覧表省略)

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