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京都地方裁判所 平成2年(わ)1154号 判決 1992年9月08日

主文

被告人甲を罰金三〇万円に、被告人乙を罰金二〇万円にそれぞれ処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金五〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、いずれも京都市職員で、被告人甲は、昭和六二年四月一日から平成二年三月三一日までの間、同市風致地区内の現状変更の規制に関する事務等を担当する同市計画局都市計画部風致課長として勤務していたもの、被告人乙は、昭和六〇年三月二八日から同課に在籍し、同六二年四月一日から平成二年三月三一日までの間、同課風致第一係長として勤務していたものであるが、かねて○○建設株式会社(代表取締役A)が同市風致地区第一種地域である同市左京区北白川中山町付近の山中(以下「本件土地」という。)において、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)及び京都市風致地区条例(以下「風致条例」という。)等に違反して山林を伐採し、土地を掘削して他から処理の委託を受けた産業廃棄物を投棄するなどの違法開発を行い、同市から発せられた再度の是正措置命令を履行しないで右違法開発を継続している疑いが濃厚であったので、同風致課のほか、廃棄物無許可処理業等の違反事実を確認し摘発に向けての措置を講じる権限を有する同市清掃局施設部廃棄物指導課、無確認建築等の違法建築物を確認し除去に至る措置を講じる権限を有する同市住宅局建築指導部監察課、宅地造成等規制区域内における不法造成等の違法行為を確認し摘発に向けての措置を講じる権限を有する同市建設局土木部開発指導課及び京都府公害防止条例等に基づき廃棄物の野焼き行為を中止させる等の権限を有する同市衛生局公害対策室大気課が合同して右法律及び条例等に基づく立入調査(以下「五課合同立入調査」という。)を行うに当たり、その実施を右Aらにあらかじめ知られると、是正措置命令に従わないで違法開発を継続している事実を隠ぺいされ、適正に調査を行い適切な対策を講じることができなくなるおそれがあるから、当該調査は前記○○建設株式会社の関係人らに予告しないで行うものであって、調査の実施予定日は被告人らの職務上知り得た秘密であったにもかかわらず、共謀の上

第一  昭和六三年五月二六日ころ、同市上京区<番地略>所在の「××屋別宅」ことB方において、前記Aに対し、「六月八日に合同現地調査をする。」旨申し向けて、同年六月八日に予定されていた五課合同立入調査の実施日を告知し、もって、職務上知り得た秘密を漏らした

第二  別紙一覧表記載のとおり、昭和六三年六月二八日ころから平成元年七月一八日までの間、前後一〇回にわたり、京都市中京区<番地略>所在の京都市役所庁舎内ほか一か所において、前記Aの対京都市折衝担当者Cに対し、同一覧表「Cに対する漏泄状況」欄記載のとおり申し向け、その都度、右Cをして、同市上京区<番地略>所在の△△株式会社事務所ほか一か所から、同市左京区<番地略>所在の○○建設株式会社現場事務所に電話させ、前記Aに同旨の通知をなさしめて、昭和六三年七月六日から平成元年七月一九日までの間、一〇回にわたって予定されていた五課合同立入調査の実施日をそれぞれ告知し、もって、職務上知り得た秘密を漏らした

ものである。

(証拠の標目)<省略>

(補足説明)

一  弁護人らは、五課合同立入調査は是正指導の監視がその眼目であり、その場合の調査はAらが立ち会っても問題のない性質のもので、現に、右調査実施日にAやCが立ち会っていても、誰からも異議はなかったのであるから、その実施日は地方公務員法上の秘密には当たらないというべきであり、また、仮に右実施日が秘密に当たるとしても、被告人らにはそれが秘密であることの認識はなかったのであるから、いずれにしても被告人らは無罪である旨主張し、被告人らも第一回公判では本件公訴事実をすべて認めながら、その後は右主張に沿う供述をするに至っている。

ところで、地方公務員法三四条一項に規定する「秘密」とは、非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいい、その認定は司法的判断に属するものであるから(国家公務員法上の秘密に関する最高裁判所昭和五二年一二月一九日決定・刑集三一巻七号一〇五三頁、同裁判所同五三年五月三一日決定・刑集三二巻三号四五七頁参照)、ある事項が形式的に秘密とされていなくても、地方行政上の事項が外部に漏らされることによって地方行政の遂行に支障を来たすに至るような場合には、その事項は右の実質的な秘密に当たるということができる。

そこで、以下、五課合同立入調査の実施日が右のような意味での実質的な秘密に当たるか否かについて、右調査が実施されるに至るまでの経緯、その実施が決定された関係五課合同会議の内容、右調査の趣旨及びその後の調査の実施状況等に基づいて検討し、次いで、右調査に対する被告人らの認識について検討することとする。

二 五課合同立入調査の実施日の秘密性

1  前掲関係各証拠によれば、次の事実が認められる。

(一)  五課合同調査が行われるに至った経緯

①  Aは、風致条例により第一種風致地区、市街化調整区域、宅地造成工事規制区域として指定され、立木の伐採、盛土、切土等形質の変更が許されない本件土地付近を、昭和四五年五月ころから再三にわたり開発するとともに、産業廃棄物等を不法に投棄するなどし、さらに、京都市の是正措置命令にも従わず違法開発を続け、同五七年四月には廃棄物処理法違反等の罪で訴追されるに至り、その裁判の一審では懲役の実刑判決を受けたものの、控訴審においてはその刑の執行を保護観察付で猶予され、その後も依然として、自己が代表者である○○建設による廃棄物の自己処理という形をとって、同様の違法開発を継続していた(以下、Aによる本件土地一帯の違法開発や産業廃棄物の不法投棄などを「A問題」と呼ぶことがある。)。

②  そこで、被告人らが所属する風致課においては、風致条例に基づき、Aに対して、昭和五八年一一月二四日に、同六〇年一二月三一日を期限とする是正措置命令を発し、また、同課をはじめ、関係各課においても、それぞれが独自にAに対する指導などをしていた。さらに、昭和六〇年四月以降は、風致課、開発指導課及び建築指導課(同六一年四月以降は監察課)の三課が合同して現地の立入調査を実施したり、Aに対する聴聞会や合同会議を開いたりして、右の是正措置命令どおりに是正工事を行うように指導してきた。しかし、Aは、これらの指導に従わないばかりか、かえってその違法開発の範囲を拡大するなど、本件土地付近の状況はますます悪化の一途をたどっていった。

③  一方、昭和六一年一二月には、大津市長から京都市長に対して、A問題に対しては法や条例の趣旨に基づき厳正かつ適正な運用とパトロールの強化等による実効性のある指導を行うようにとの異例の要望がなされた。また、昭和六二年一月の京都市議会でも、A問題が議題として取り上げられるに至り、当時の京都市長から、市議会議員の質問に対して、「今後も一層関係各局の連携により違反行為の監視と是正措置の指導を強化する。そして、今後は更に早期に是正工事を施行するように指導強化を図るとともに、関係各局が共同して日常の監視や指導監督を行う強力な体制をとってゆく。法的措置をも含めて検討する。」旨の答弁がなされた。

④  以上のような経過の後、右の各課に、これまで個別に対応してきた廃棄物指導課及び大気課を加えた五課(以下、「関係五課」という。)が連携をとるようになり、昭和六二年五月一五日には、風致課の召集で関係五課による会議が開催されるに至った。同会議では、A問題の対処方法等について協議がなされ、風致条例違反等でAを告発すべきであるとの意見も出たが、なお各課において具体的な法令違反の事実の確証がつかめず、対応に苦慮している状況であった。また、同年七月一七日の関係五課会議においては、Aがいまだ是正工事を履行していなかったものの、同年一二月末までに右工事を完了する旨の誓約書を提出してきたため、是正計画や内容について関係五課によるAに対する事情聴取がなされ、その際、風致課では第二工区についての是正工事について事実上期限の延長を認めた(なお、この時点でAの風致条例違反は明白であったが、当時同課ではこれによる告発の意思を全く有していなかった。)。しかし、その後も、右の是正工事は何ら進捗していなかったことから、同年一二月一八日にも関係五課会議が開かれたが、この席上では、他課から「風致課において風致条例の是正命令違反でAを告発すべきである」との意見が述べられる中、被告人甲は、「風致条例違反の罪に罰金刑しか規定されていないため、告発しても実効が上がらない。もう少し様子をみたい。」との従前からの主張を繰り返した。また、昭和六三年一月一八日にも関係五課の会議とAの聴聞会が開かれたが、ここでもAに対し、是正工事期間をできるだけ短くした工程表を提出するように命じ、履行されなければあらゆる法律を適用して徹底的に措置を講じる旨伝えた。

⑤  同年四月になって、Aが本件区域に「ペットランド」を開設する旨の新聞折込広告を出したことから、同月一二日、監察課、風致課及び開発指導課と左京消防署による合同の立入調査が実施され、さらに同年五月九日には、風致課が事前にAやCに連絡して両名を立ち会わせた上、関係五課が合同で現地立入調査を実施したところ、是正工事は全くといってよいほど進んでおらず、かえって、是正工事を命じている第一工区において是正計画にないペットランド等の施設を作っている事実や、新たに天恩教跡地と呼ばれている区域で木材を伐採し、土地を造成し、同所に廃材を投棄するなどの違法開発をしている事実が発見された。

⑥  そこで、今後の対策を講じるため、同年五月一八日、関係五課会議が開催され、その席上、前記の立入調査で発覚したAの違反行為が、これまでの是正対象区域である第一工区、第二工区にとどまらず、新たな区域で大規模に行われようとしていることなどから、「是正指導ももちろんであるが、更に告発等の厳しい姿勢で臨むべきだ」との意見が大勢を占めた。とりわけ、処罰として実効性のある懲役刑が規定されている廃棄物処理法違反によって告発できないかが問題とされたが、一方、Aないし○○建設自身の産業廃棄物の自己処理であるとのAの弁解を封じることが困難であるとの意見も出され、結局、会議の大勢は風致条例違反で告発すべきだということになった。ただ、被告人甲は、ここでも、同条例違反による告発の意見に対して、「一度告発をしてしまえば、Aに感情的な反発を招来させ、ますます是正等の指導にも従わなくなるので、是正工事を遅延させるだけである。しかも、罰金刑に処せられたとしても、単に低額の罰金を納めるだけで、一事不再理の問題もあって、これ以上手が出せなくなる懸念がある。」などと持論を繰り返し、右告発に消極的な姿勢を示した。しかし、これに対しては、他課の課長などから、「罰金だけだとか不起訴になるとか言っているより、違法行為に対し、行政は毅然とした態度で対決し、告発に向けて対処すべきである」との意見が出されて、他の出席者も賛同したため、最終的には被告人甲もこれに従い、結局この会議の結論として、「これまでの指導地域の中で認めても支障のないものは認めていく。新たな行為は一切認めない。新田道の拡幅工事については認めていく。現在新たに行われている残土、廃棄物処理場や野焼きについては認めるわけにはいかない。航空写真を撮り、視察をし、指導を聞き入れない場合には命令、告発も検討する。以上を踏まえて、月一回関係各課において合同パトロールの実施を定例化していく。」という基本方針が確認された。そして、その目的を達成するために、以後月一回、従前の各課単独の抜打ち調査ではなく関係五課の連携のもとに、合同で各課の担当分野から違法行為の現認に努め、併せて、第一、第二各工区における是正工事の進捗状況を調査することとし、ここに、関係五課合同よる本件土地への立入調査(すなわち五課合同立入調査)が実施されることになった。

(二)  風致課を除く四課の五課合同立入調査の意義と目的

①  大気課

同課が五課合同立入調査を行う目的は、建設廃材を野焼きして付近住民に煙害をもたらし、更には無届で大きな焼却炉を設置するなど京都府公害防止条例違反になるAの行為を規制し、取り締まることにある。右条例四二条の三、四四条、同条例施行規則一九条の三等によると、著しくばい煙又は悪臭を発生させる物の燃焼の禁止に違反した場合には罰金刑に処せられるが、ただ、これに当たるといえるためには、右の違反行為が廃棄物の処理を業とする者によって行われることが要件とされているため、実際の告発には、業として右の違反行為をしていることの現認が必要となる。また、大気汚染防止法にも、ばい煙を大気中に排出する場合の届出義務が規定され、これに違反した場合の刑罰として懲役刑又は罰金刑が定められている(同法二条、六条、三四条)が、このような法令違反がないかの現認をするためにも、大気課が合同立入調査を行う重要な意義がある。そして、これらの目的を達するには、調査が抜打ちであることが当然の前提となる(Dの検察官に対する供述調書)。

②  監察課

同課が立入調査できる根拠は、建築基準法一二条四項、都市計画法八二条にあり、また、同課が五課合同立入調査を行う目的は、これにより当該物件が違法建築物であるかどうかを確認するためであり、この目的の達成には、調査は当然抜打ちで実施しなければ意味がない。逆に、もし調査実施日を事前に通知したのでは、違法部分をシート等で覆い隠すなどして、監察課員らが現状を確認することができなくなるし、ひいては、工事が進められて違法建築物が完成してしまい、その結果、是正させ違法建築物を建てさせないという法の目的が達成されないおそれがある。また、是正指導をした後、そのとおりの是正がなされているかどうかを確認するための再度の立入調査も、当然に抜打ちで実施される。もっとも、例外的に事前に通報する場合もないわけではない(住居に立ち入る必要があるのに、建築主が拒否したような場合で、建築基準法一二条四項は、あらかじめ居住者の承諾がなければならないと規定している。)が、監察課としてこれを行うのはせいぜい年二、三件程度である。しかし、昭和六三年五月一八日以降に行われた五課合同立入調査の目的は、前記のとおり、再三の是正指導に従わないAに対して、新たな違法行為を絶対に許さないとの基本方針のもとに、各課所管の分野の違法行為について、告発に向けその実態を現認することにあり、もとより右の例外の場合には当たらない(Eの検察官に対する供述調書)。

③  廃棄物指導課

同課の分掌事務は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律に基づき、廃棄物処理の許可、指導、監視、監督等を行うことである。A問題に関していえば、是正工事命令は風致課の所管であるが、廃棄物指導課としても、当時、同命令区域内における建設廃材等の投棄に関し、それが不法投棄であるのか、あるいは自己の営む工事の一環として行う、いわゆる自己処理であるのかを確認するため、独自に抜打ち調査を実施していた。その結果、第二工区において建設廃材を処分している状況や廃材を搬入する車両の調査はできたものの、Aから○○建設の営む解体業の廃材処分で搬入車両も傭車である旨の弁解があり、一応同人について廃棄物の無許可処理業の疑いはあっても、その確証がとれず苦慮していた。こうした事情からも、五課合同立入調査は当然に抜打ち調査であるべきであり、仮に事前に通知することにすると、Aに違法行為を隠ぺいされてしまうことになるし、また、元来その目的からして立会人など不要のものである。当時、廃棄物指導課としては、投棄現場の現認、搬入車両の特定、排出源の特定、行為者の特定などに努め、告発に向けて、Aが業として廃棄物処理を行っていることの確証をつかみたいと考えていた。しかし、合同調査では違法行為の現認ができずにいたところ、その間の昭和六三年一一月一一日に同課として独自の抜打ち調査を行った結果、ダンプカーが残土を搬入しているのを現認して質問調査し、Aに風致条例違反の事実があると認めて、これを風致課の被告人甲に連絡した(Fの検察官に対する供述調書)。

④  開発指導課

同課が五課合同立入調査に参加する目的は、当時Aが本件の違法開発をした土地に宅地を造成してしまう危険があったためこれに備えて、宅地造成等規制法八条、都市計画法二九条に定める違法宅地造成行為の早期現認と是正区域の防災上の観点からの監視をするということにある。同課が右違法行為の実態等を現認するためには、立入調査はこれを事前に連絡する必要など全くなく、その性質からして当然抜打ちで行われることになる(G及びHの検察官に対する各供述調書)。

(三)  合同調査の実施状況と事前の連絡によりAがとった対応措置

①  第一回目の五課合同立入調査は昭和六三年六月八日に行われた。その後の同月二七日に開催された関係五課会議において、被告人甲は従前と同様の意見を述べたが、これに対して、監察課長や廃棄物指導課長らからは告発意見が強く打ち出されたため、結局、同被告人も、「Aを告発の方向で検討してみる。」との発言をするに至った。その後、右の関係五課会議において確認された方針、対策につき部局長を交えて再協議してもらいたいとの趣旨で、同年八月二日、関係五部長会議が開催された。その席上でも、被告人甲が一事不再理の理論を持ち出して告発について消極的な意見を述べたのに対し、各部長からは、「新たな違法行為であれば告発できる。Aは次々と違反事実を作っている。行政も智恵をしぼって強くやるべきだ。Aに風致条例違反であることははっきり言ってあるのか。新たな違反については先制攻撃を加えないといけない。告発しておくことは将来違反があった場合効果が出てくる。前の場所でも新たな違反が生じたら告発すればよい。」などと、違反行為に対しては、それが違反であるとしてはっきり決着をつけておかなければ、今後ますます拡大して指導自体ができなくなるとの趣旨の発言が相次いだ。なおその際、同被告人が「Aを撤退させることになれば、是正工事もしなくなるかもしれない。」との意見を述べると、上司の部長から「そこまで心配していると何もできない。」とたしなめられる一幕もあった。結局、各部長からは、Aに対する姿勢として、積極的に告発に向けて対処すべきであるとの意見が述べられ、先の関係五課合同会議において決められた方針には、被告人甲の直属の上司である部長を含め出席した部局長全員が異議を唱えなかった(D、Iの検察官に対する各供述調書)。さらに、同月一九日にも関係五局部長会議が開催され、この席上でも、新たに違法開発を行っている土地はいかなる行為も認められない地域であるから、厳正に対処すべきであり、告発すべきものはたとえ処罰が軽くても告発するということで、各局連携をとって対処してゆきたいとの方針が確認された。また、同年一〇月一八日に開催された関係五課会議では、既に第一工区の是正工事が完了しているとの風致課の認識に対し、「命令どおりの工事内容にはなっていない。風致課の対処の仕方では違法工事を既成事実化させてしまう。」との指摘がなされた。次いで同年一一月一五日の同会議では、監察課から、Aの違反行為の現状では何らかの法的手段を講じたとの足跡を残しておく必要があるとして、早急に告発すべきだとの意見があったが、これに対し、被告人甲は、「現状では条例違反であり告発したら今までの指導経過が徒労に終わってしまう。」旨述べて、なおも告発に消極的な態度を示した。その際、開発指導課長から、Aの是正工事が進捗せず、なし崩し的に違法開発が拡大しているとして、現場にAを呼び出して早急に対応すべきだとの提案がなされたが、これに対しても、同被告人は、「文書による勧告をするなど早急に結論を出したい。」などと発言して、右の提案を容易に受け入れようとはしなかった。さらに、平成元年六月二日の同会議においては、廃棄物指導課長から、廃棄物処理法一五条一項の届出義務違反で告発すべきだとの意見が出されたが、これに対しても、同被告人は、「告発はやらない。それについては責任はとる。あくまでも是正工事を先行させたい。右告発についても協議を重ねたい。」旨の発言をした(J、Gの検察官に対する各供述調書等)。

②  五課合同立入調査は、判示のとおり、昭和六三年六月八日から平成元年七月一九日まで前後一〇回にわたって行われたが、結局のところ、物件の建築行為、竹木の伐採、廃棄物等の堆積、不法造成工事、廃棄物の不法処分、野焼き行為といった告発に向けて必要なAの違法行為を現認するまでには至らなかった。

③  一方、Aは、被告人らから右調査の実施日の連絡を受けると、廃棄物の投棄原因が判明しないようにするため、あらかじめ自社従業員や下請業者らに対して、市役所が来るからその間は廃棄物の搬入を中止するように指示し、作業員の出入りもさせずにすべての作業を中止し、また、無造作に捨てられているコンクリート片等の廃棄物の地ならしをした上、そのために準備していた土砂をかぶせて廃棄物を隠すなどという措置を講じ(例えば、平成元年七月一九日に実施された立入調査の際には、その前日被告人らから連絡を受けて同様の隠ぺい工作を行うに当たり、隠ぺいに使う土砂が足りなかったため、急きょ大津市内から土砂を運び込ませて廃棄物を隠ぺいした。)、調査当日は、自らはできるだけ現場に来ないようにし、代わりにCを立ち会わせるという方法をとっていた(Aの検察官に対する供述調書謄本(検第八五ないし八七号))。

2 以上の事実関係をもとに、五課合同立入調査の実施日の秘密性について検討するのに、まず、右調査が行われるに至った経緯やその実施が決定された後の関係五課の対応等に照らせば、右調査には、単に本件土地における是正工事の実施状況を監視するというだけではなく、Aによる違反行為の継続、拡大に対しては告発の手段を講じてこれを中止させるという行政目的もまた含まれていたことは明らかである。そして、右の告発に向けての調査には、告発の対象となるAの違反行為の現認が不可欠であるといわなければならないところ、そのためには、調査の日時をAら関係者に通知することなく、いわゆる抜打ちで行うのでなければ、実効を上げることができないものであることは、実際に被告人らの通知により講じたAの対応振りからみても明らかであり、しかも、関係五課の関係者はいずれも右の目的及び抜打ち調査であることの認識で一致していたものと認められる。

したがって、五課合同立入調査の実施日時をいつに定めるかは、右の行政目的を達成する上で重要な意味を持つものであり、もしこれが外部に漏れたときには、右の行政行為の遂行に少なからぬ支障を来たすものと認められるから、右の実施日は地方公務員法三四条一項にいう「秘密」に該当するというべきである。

3  これに対して、弁護人らは、次のとおり主張しているので、所論にかんがみ、更に検討を加えておくこととする。

① まず、弁護人らは、告発目的の五課合同立入調査は行政調査を悪用し、令状主義を潜脱するものとして違法であり、このような違法な行政行為は法の保護に値しないから、右の実施日は右法条にいう「秘密」には該当しないという。

しかしながら、前記のとおり、右調査の目的は、単にAの本件土地における是正工事の進捗具合いの監視や是正指導にとどまらず、同人の違反行為の現認とそれに基づく市当局側の対応の一環としての告発に重要な力点があったものと認められるところ、そのための関係五課の立入調査が直ちに犯罪捜査の目的でなされたことにならないことは明らかであり、また、右調査の過程で告発するに足りる犯罪があると思料されるに至れば、その犯罪者を告発することは法の趣旨に照らして当然であり、何ら違法と目すべきものではない。

② 次に、弁護人らは、右調査の目的はAの告発を目的としたものではないというが、先に検討したとおり、右調査がなされるに至った経緯、これを行うことが決定された五課合同会議の内容、調査実施後に行われた同会議及び部局長会議の内容に照らせば、右調査は、A問題の対応に苦慮した市当局が最後の手段ともいえる告発に向けての対応を重要な目的として実施するに至ったものと認められるから、弁護人らのこの点の主張も理由がない(弁護人らは、右の根拠として、各課においてはAを告発する意思はなかったともいうが、平成元年六月二日の五課合同会議においては、被告人甲の告発についての消極的態度に対して、廃棄物指導課長から、廃棄物処理法一五条一項の届出義務違反での告発の意見が出されるなど、告発についての他課の態度が所論のように消極的であったものとは認められない。)。

③ 次に、弁護人らは、右調査の実施日を事前通知しても、調査目的が妨げられるおそれはなく、むしろ適正な是正工事の促進及び新田道における工事の適正化を図るためには、行為者を現場に立ち会わせて時宜を得た具体的な指導をする必要があり、その意味で、事前通知は不可欠であったこと、また、事前通知によってAが違法行為を自粛することも考えられ、抑止効果も期待できたのであって、現実に同人が事実の隠ぺいを図ったことはなかったこと、さらに、同人の産業廃棄物の処理を現認しなければその違反行為を摘発できないというものではなく、天恩教跡地の右の処理が同人の行為であることは明白であることなどを理由に挙げて、右調査は抜打ちで行われる必要がなかったという。

しかしながら、被告人らが右実施日を通知したことによって、Aらをして前記のとおり本件土地の違法開発現場の隠ぺいや調査実施日における違反行為の一時的中止という措置をとらせ、その結果、これらの現認を免れ、あるいは不十分なものにしたことは明らかであって、右通知によって調査目的が妨げられるおそれがなかったなどとは、とうていいえない。また、是正工事の指導という点だけみれば、現場に行為者を立ち会わせて指導することも十分考えられるけれども、それは五課合同立入調査の一面のみをとらえたものであることは前記のとおりであり、同調査の目的に是正工事の指導目的が加わっていたとしても、立会させなければできないものではないし、本件においては立会していたのはCが殆どであり、仮に現地での指導が重要なものであれば、A本人を立ち会わせなければ十分な効果は期待できないものといわざるを得ない。また、もしAからの事情聴取が必要なら、本来は市役所へ同人を呼び出して行えば足り、それが対応の仕方としても通常であると考えられるし、さらに、もし風致課として現場に同人を立会させて是正工事の進捗状況を確認する必要があるというのであれば、同課において独自に行えば足りることであり、あえて告発に向けての合同調査という意向が各課から強く出ている状況の中で、その調査の機会にAら立会の上での是正指導に拘泥する必要はなかったはずである(Eの前記検察官に対する供述調書)。なお弁護人は、事前の通知により抑止効果が期待できるともいうが、Aは、五課合同立入調査当日は違反行為を「自粛」していたものの、結局はなし崩し的に違法開発の範囲を拡大していったものであって、右の理由が事前通知を正当化するものでないことはいうまでもない。さらに、Aによる産業廃棄物の処理を現認して調査するのでなければ、同人からのいわゆる自己処理との弁解を崩すことができないし、また、個々の違法開発等の特定は、具体的な違反行為の内容を確定するのに必要なことであるから、現認しなくても摘発できるというものではない。

④ 次に、弁護人らは、本件証拠を検討しても、五課合同立入調査が抜打ち調査であったことを示す物証はなく、むしろ、右調査に先立って行われた三課による合同調査や、昭和六三年五月九日に実施された最初の五課による立入調査がいずれも事前通知による立会調査であったこと、調査の実施日が毎月一回第二水曜日の午後二時とされており、通常の抜打ち調査とは異なること、監察課作成の供覧書には、「合同調査を意識して搬入等を自粛している様子」との記載があること、五課合同立入調査についての供覧文書には、欠かさずCが立会した旨の記載があること、廃棄物指導課作成の供覧書中には、同課の係長が警察の事情聴取を受け、その際、「事前に風致課長から○○建設に連絡し、立会を求めている」旨供述したことが記載されていること等は、五課合同立入調査が事前通知による立会調査であったことを示すものであるという。

確かに、五課合同立入調査が抜打ち調査であったことを示す供覧書等の物的証拠は存しないし、また、右調査に先立って行われた関係三課及び五課による合同調査においては、Aらに対しての事前の通知がなされていたことも事実である。しかし、一般に、調査がその目的からみて当然に抜打ちであることが了解できる場合には、その旨の明確な確認とこれの供覧書等への記載がなされないことも十分ありうることであり、その点は、前記関係各課の関係者の供述調書の記載内容からも容易に窺い知れるところである。また、五課合同立入調査は、これに先立つ右合同調査等の結果を踏まえて関係五課会議が開催され、その結果前記のような目的のために実施されることが決ったものであって、その経緯からすると、右合同調査が事前の通知の上で実施されたからといって、五課合同立入調査も当然に事前の通知に基づいて実施されることになったものということはできない。もっとも、Cが右調査の都度立会していたことについて、関係五課の職員らから問題にされた形跡は見当たらないものの、そのこと自体が特に不自然なことであるとまではいえないし、また、同職員らの間においても、「AやCが現場にいたことがあったが、たまたま居合せたのだろうと思い、格別疑問には思わなかった。」(Eの前記検察官に対する供述調書)というものから、「所定の時間にCが事務所の前に来ていたので、どういうことで来ているのか疑問に思っていた。」(Dの前記検察官に対する供述調書)というもの、「Cが現場に居合わせており、どうしてこの人物がいるのか疑問に感じたことはあったが、まさか抜打ち調査の実施日を被告人らが漏らしているとまでは考えたことがなかった。」(Fの検察官に対する供述調書)というものまで様々であって、Cが居合わせたことが事前の連絡に基づくものであるとの認識にまで発展しなくても、あながち不自然とばかりはいえない。また、廃棄物指導課の係長が警察の事情聴取に対して本件合同立入調査日はA側関係者の立会を得て実施していると供述した旨の供覧書があるという点についても、右供述内容自体必ずしも明確でない上、右供覧書は要するに、立入調査にはAらも立ち会っていたという事実を示すにすぎないものであって、それ以上の意味はないと認められるから、右の記載があることをもって、五課合同立入調査が抜打ちでないという証左にはならない。

三 調査実施日の秘密性に関する被告人らの認識

前記のとおり、五課合同立入調査はその実施日が秘密とされる抜打ち調査と認められるところ、関係五課のうち風致課以外の四課の課長らはいずれも当時右の認識であったことを明確に供述しており、被告人らも捜査段階においては右同趣旨の供述をしていたものであって、これらに加え、右調査が実施されるに至った経過等前記認定の事情を併せ考えれば、被告人らにおいてもまた右の秘密性についての認識を十分有していたものと認めることができる。

これに対して、弁護人らは、仮に被告人らにおいて右秘密性の認識があったのなら、Aへの事前通知を担当した被告人乙に対して、他人の耳目に触れないような方法を選ぶように被告人甲において注意を促したはずであるのに、本件ではそのような形跡がないこと、現に被告人乙は、人目をはばかることなく事前通知をしており、かつ、事前通知をしたことを自己の執務ノートに書き残していること、秘密漏洩の意識があれば立ち会わせるはずのないCを調査日ごとに立ち会わせていること等の事実を挙げて、被告人らには右の秘密性の認識も秘密漏洩についての共謀もなかったと主張し、被告人らも、第二回公判以降の公判廷において、右の主張に沿う供述をするに至っている。

そこで検討するのに、なるほど被告人両名の間において通知方法等に関する打ち合わせがなされたことを窺わせる証拠はないし、また、被告人乙の執務ノートに事前通知日が記載されて、調査日ごとにCが立会していることも事実である。しかしながら、通知方法について打ち合わせた形跡がないからといって、直ちに秘密性の認識や秘密漏洩についての共謀がなかったことにはならない。もとより被告人甲は、自らも五課合同会議に出席した上、以後の各課の方針がAの告発に向け資料を収集するなどして体勢を整えることにあることを確認していたし、また、そのために現地の合同立入調査を実施するに至ったという経緯と右調査の目的についても、十分これを認識していたものである。しかしその一方で、同被告人は、当時風致課に求められていた最大の懸案事項がこれまで遅々として進まなかったAの本件土地における是正工事問題であり、これが進捗していなければ、議会等において更に厳しく追及を受けるおそれがあったため、同課の指導でAに何とかして右の是正工事を進めさせたいとの認識を一貫して持ち続けていたことも認められる。そして結局、本件においては、五課合同立入調査が実施されるに至った経緯と、A問題に対する対処の仕方として告発が他の四課や被告人甲の上司らにより強力に主張されたため、右調査の目的に告発目的も含めざるをえなかったのであるが、それにもかかわらず、同被告人が独断でAに対する調査実施日の事前通知を決めたのは、仮に告発というAにとって厳しい手段に訴えた場合には、かえって同人が反発し、ますます是正工事をしなくなるのではないかとの懸念と、前記のように風致課の指導のもとで少しでも右工事を進めさせたいとの同人なりの思惑があったからであると認められる。このように右の通知をしたのは、同被告人の私的な動機に基づくものではなく、いわば公務を遂行する上での同被告人の信念から、関係五課会議において決定された趣旨に反する結果となっても、それが結局は是正工事の促進につながるとの判断に基づくものであった。したがって、右の通知にはそれほど後ろめたい気持ちが強くあったわけではなく、それだけに、被告人らが殊更その方法を細かく打ち合わせることまでしなくても、不自然とはいえない。また、被告人甲の部下として行動をともにしていた被告人Bが事前連絡日を執務ノートに記載し、かつ、その保管の状況が安易であるという点も、右ノートがもともと表に出ない私的な性質のものであったことに加え、右のような同被告人の認識を示すものとしてみれば、それなりに一応理解できるところである。なおまた、現場にCが立ち会っていたという事実自体から、直ちに被告人に秘密漏洩の認識がなかったということにもならない。

四  京都市職員及び被告人両名の供述調書の信用性

1  弁護人らは、五課合同立入調査がいわゆる抜打ち調査であり、その実施日が秘密である旨の前記Fら関係各課の課長及び部長らの検察官に対する供述調書は、本件捜査が被告人甲に対する別件逮捕に端を発していること、逮捕が先行して裏付調査が後からなされていること、調書の作成もすべて被告人らの起訴後になされていること、記載された供述内容がマスコミの報道による誤った影響を受けていること、どの供述も、抜打ち調査の理由として述べる点がほぼ同一で、異常であること等に照らし、いずれもその信用性に疑問があると主張する。

そこで検討するのに、右の各供述調書は第一回公判において弁護人らの同意に基づき証拠として採用されたものであるが、その内容は、いずれもA問題に対する市当局の対応の経過と五課合同立入調査実施に至る経緯、同実施の状況、その後の関係各課の対応状況等の事実が順を追って供述されているものであって、それ自体何ら不自然不合理なものではない。また、もし右の供述者らが調査の実施日を秘密に当たらないと考えていたというのであれば、たとえ捜査官による説得があったにせよ、本件では、事実に反してまでこれが秘密であるという供述をする必要は全くなかったのであるから、同人らにおいて被告人らに対する不利な供述を殊更捜査官に迎合したり捏造したりして行ったなどとは、とうてい考えられない。次に、弁護人が指摘する供述内容の類似の点についても、本件の場合、そもそも対象事実がA問題という各課共通の課題であり、しかも、取調べにおいては、押収にかかるA問題についての供覧書や会議の議事録をはじめ各種行政文書等同一の証拠物が基礎になっているのであるから、各供述者に対する取調べの内容も当然のことながら共通のものとなってくると思われる。してみれば、五課合同立入調査の性格についての認識が各供述者間でほぼ同一の内容になっているからといって、格別その供述自体の信用性が損われるものではない。なおまた、弁護人らが指摘するその余の事情のうち、別件逮捕をいう点は、被告人らに対する本件逮捕が別件逮捕であったとは認められないし、右各供述調書が被告人らの起訴後に作成されたということから、直ちにこれが信用できないといえるものでもないし、さらに、マスコミの誤った報道により影響を受けたとの点も、その前提としての「誤った報道」という趣旨が不明確であるばかりか、前記供述者らが実際に右の報道の影響によって事実をゆがめる供述をしたとも認められない(F証言参照)。

したがって、右各供述調書には信用性がないとの弁護人らの主張は理由がない。

2  被告人両名の供述調書の信用性について

弁護人らは、被告人両名は、いずれも捜査段階においては、五課合同立入調査が抜打ち調査であり、かつ、同調査の実施日が秘密事項であることを認める供述をしているが、被告人乙の供述調書については、同被告人は、捜査官から、事前に連絡していたことが地方公務員法上の守秘義務違反になることは間違いない旨言われ続け、捜査の専門家が言うのならそうかもしれないとの気持ちになり、また、罪人扱いに心身ともに疲れ果ててしまい、早く外に出たいとの気持ちになり、更には、捜査官から、否認しても別件でいくらでも勾留延長ができると威かされ、何か一つくらい認めなければどんな結果になるかもしれないとの思いから、結局捜査官の言い分を認める内容の調書に同意したものであって、任意性も信用性もなく、一方、被告人甲の供述調書については、別件逮捕された同被告人が身に覚えのない収賄の容疑をかけられ、その容疑を晴らすのに必死になり、心身ともに疲労困ぱいの極みに達して本件に対する防御が不十分になっている状況のもとで、捜査官が一方的に作成したものを、同被告人においてこれを拒む勇気もなく、そのまま自己の供述として受け入れたものであるから、信用性がないと主張する。

しかしながら、被告人らの前記各供述調書はいずれも第一回公判において同意書面として取り調べられたものであるが、その内容は、それ自体何ら不自然不合理なところが見当たらないばかりか、前記関係各部課長らの供述調書の内容や前記認定の五課合同立入調査に至る経過等の本件客観的事実にもよく符号するものである。また、被告人両名の捜査の経過をみても、被告人らは、捜査段階の初期から本件について自白し続ける一方で、当初嫌疑がかけられた収賄の容疑事実や警察の捜索実施日をAに通報した件については、これを一貫して否認し続けてきたものであって、その間に右両事実に関する供述の動揺や変遷と認められるようなものもない。したがって、弁護人らのいうように、被告人らが、破廉恥な犯罪である収賄容疑とそうでもない本件の地方公務員法違反容疑を天秤に掛けて、厳しい追及を避けるために軽い同法違反の事実を認めたということなどは、とうてい考えられない。また、そのことは、被告人らが捜査段階の早い時点から弁護人を選任しており、その間接見も行われていたことからみても、明らかというべきであろう。

以上のような事情に照らせば、被告人乙の供述調書の任意性に疑いのないことはもちろん、被告人両名の各供述調書の信用性も十分認めることができ、この点に関する弁護人らの主張も理由がない。

(法令の適用)

被告人両名の判示第一及び第二に別紙一覧表番号1ないし9の各所為はいずれも(ただし、同番号9の1及び2の各所為は包括して)刑法六〇条、地方公務員法六〇条二号、三四条一項に該当するところ、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項によりそれぞれ所定の罰金額を合算した金額の範囲内で被告人甲を罰金三〇万円に、被告人乙を罰金二〇万円に処し、被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、同法一八条により、それぞれ金五〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の事情)

本件は、A問題に対し、京都市の担当各課が対策を講じるための一環として五課合同立入調査を実施することにしていたところ、被告人両名が、その職務上知り得た秘密である右の立入調査の実施日を合計一一回にわたってAらに事前に通知して漏らしたという事案である。

被告人甲は、右調査の目的を十分に知りながら、前記のようなA問題に対する自己の持論が五課会議等で通らないとみるや、あえて右会議体等の方針に反して判示の犯行に及んだもので、行政組織の一員として、その行為は甚だ遺憾としなければならない。また、A問題は違法開発を継続し、都市景観を破壊するものであって、当時これに対する対応は京都市の重要課題とされていただけに、景観行政に携わる被告人らが安易に右秘密を漏らし、ひいては、右調査の意義をもあいまいにしたのは、地方行政の遂行にとっても少なからず支障を来たす行為といわざるを得ない。現に、被告人らの右漏洩行為によって、Aらの違法開発行為を中止させることができなかったばかりか、むしろこれを拡大させてしまった感さえある。これらの事情に照らすとき、確かに被告人らの刑責には看過しがたいものがあり、この際厳しく自戒を求める意味から、被告人らに対し懲役刑をもって臨むことも考えられないわけではない。

しかし一方、本件においては、Aに対する十分な指導をしないまま問題を放置してきた京都市の従前の対応の仕方にも問題があったというべきで、違法開発地域の是正工事が遅々として進捗しない状況の中で、被告人甲としては、他の課が強く主張するAの告発に対して、それでは同人が反発を強め、ますます是正工事をしなくなるだけであり、むしろ現場における指導等を通じて是正工事を急がせるべきである旨ことあるごとに主張し、告発に対する反対意見を述べてきたものであって、その主張の是非はともかく、同被告人が本件秘密を漏らすに至った動機は、個人的な私利、私欲に導かれたものとまでは認められず、同情の余地がないではないこと、被告人乙は上司である同甲の意を受けて本件に及んだもので、従犯的な立場にとどまっていること、被告人両名には前科や前歴もなく、これまでの公務員としての生活態度にも問題がなかったことなどの被告人らに有利な事情も存するので、これらをも考慮し、被告人らに対してはいずれも罰金刑を選択した上で、主文の刑を量定することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官白井万久 裁判官松尾昭一 裁判官釜元修は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官白井万久)

別紙犯罪行為一覧表<省略>

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