京都地方裁判所 平成2年(行ウ)27号 判決 1994年4月27日
京都市中京区御池通大宮西入門前町一六五番地
原告
和田淳司
右訴訟代理人弁護士
高山利夫
京都市中京区柳馬場通二条下ル等持寺町一五
被告
中京税務署長 佐々木哲久
右指定代理人
野中百合子
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告が、昭和六三年三月七日付けでした原告の昭和五九年分の所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
二 被告が、原告に対し、昭和六三年三月四日付けでした、原告の昭和六〇年分及び同六一年分の所得税の各更正処分(ただし、昭和六〇年分については異議決定により、同六一年分については裁決により各一部取消後のもの)のうち、別紙1の右各年分の各確定申告欄記載の総所得金額を超える部分並びにこれに対する過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
一 請求の類型(訴訟物)
本件は、原告が、被告のした各所得税の決定、更正処分に調査手続上の違法及び総所得金額を過大に認定した違法があるとして、その取消を求めた抗告訴訟である。
二 前提事実(争いがない)
(一) 原告は、京都市中京区蛸楽師麸屋町東入ル蛸屋町一五三番地において「和田貴金属宝飾店」という屋号で、宝石貴金属製品の卸売業を営む、いわゆる白色申告者である。
訴外和田賢司(以下、賢司という)は、原告の父であり、現在、右同所において「和田貴金属店」という屋号で金地金の販売業を営んでいる。
そして、原告は、昭和五三年四月頃から同五八年一二月までは金地金、宝石及び貴金属製品の販売業を営む賢司の従業員として稼働していたが、同五九年一月、賢司から宝石及び貴金属製品の販売業を承継し独立したものである。
(二) 昭和五九年分、同六〇年分及び同六一年分の所得税の確定申告、決定又は更正処分、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別紙1の記載のとおりである。
三 原告の主張
1 調査の適法性について
被告は、次の違法な税務調査に基づき本件各処分をした。
(一) 客観的合理的な理由のない調査をした。
(二) 事前通知をしない。
(三) 承諾なく調査期日を決定した。
(四) 調査理由の開示がない。
(五) 原告への調査を全く怠り、補充性の欠ける反面調査を行った。
2 推計の必要性について
推計による課税は、被告が税務調査を尽くしたにもかかわらず実額による課税ができなかった場合に許される。
しかし、被告が原告に対して行った推計による課税は、原告に対する調査が全く無く行われたものであり、仮に調査があったとしても、前示違法な調査に基づくものであって必要性に欠ける。
3 推計の合理性について
(一) 被告は、被告の抽出した同業者と原告の類似性及び右同業者に関する各種数値の正確性を基礎付ける証拠を提出しておらず、これらについて正当性の担保がない。にもかかわらず、同資料を用いて推計課税を行うことは合理性に欠ける。
(二) 被告が抽出した同業者の算出所得率には格差が著しい(昭和五九年分で一・八倍、同六〇年分で二・二倍、同六二年分で二・一倍)。このような、算出所得率の格差が著しい同業者の平均値を用いることは不合理である。
四 被告の主張
1 調査の適法性について
質問検査権の範囲、程度、時期、方法等は、税務職員の合理的な選択に委ねられており、調査の事前通知、理由の告知等も、その要件ではない。反面調査の要否も税務署員の合理的選択に委ねられている。
本件税務調査手続に、社会通念上相当な限度を超えた違法な点はない。
2 推計の必要性について
(一) 被告は、部下職員(以下、職員という)をして、原告及び賢司の本件係争年分の所得税調査に当たらせた。右職員は、昭和六二年九月三日から同年一〇月八日の間に、原告方に、臨場(四回)、架電(五回)をして、帳簿書類の提示等税務調査に対する協力を求めた。
しかし、原告は、調査への対応は賢司に任せたごとくに振舞うばかりであり、これに対して、賢司は、原告に代わって調査に応じるごとく振舞っていた。
すなわち、昭和六二年九月三日、職員が、原告及び賢司の両名の事務所において、原告と面接しこれに対し、原告と賢司の所得税調査に臨場した旨を告げても、原告は、同日は仕事が忙しいという理由で調査を拒否し、そのため同日は調査するに至らなかった。
同月七日及び一七日、職員が、右事務所に架電しても、原告は、職員の依頼を賢司に伝えておくというのみであった。
同月一六日、職員が右事務所に臨場し賢司と面接した際に、賢司は、「淳司については、私と関連があるため私が対応させてもらう」旨を発言した。
同年一〇月八日、職員が右事務所に臨場した際、賢司は、職員と話していた原告を「私がお話するから」と言って制止したところ、原告はこれに従い店の奥に引っ込んだ。
そして、原告から調査に対する対応を任せられた賢司も、「同年一〇月二一日に前回の調査についての裁判があり、その準備に忙しいので、しばらく待ってほしい。」旨を申し述べるのみで税務調査に協力しなかった。
(二) このため、被告は、やむを得ず原告の取引先等に対する反面調査を行い、推計により算定した金額に基づき本件各処分を行った。
(三) したがって、本件につき、推計の必要性が存在する。
3 推計の合理性について
(一) 同業者の抽出経緯
大阪国税局長は、被告並びに、京都市、大阪市及び神戸市に所在地を有する三一の税務署長に対し、本件係争年分を通じて別紙2記載のすべての基準を満たす者を抽出するよう通達指示した。これに従い、各税務署長が右基準に従って機械的に抽出した同業者は、別紙3記載のとおり、七名であった。
(二) 売上金額(争いがない)
原告の本件係争年分の売上金額は、別紙4の<1>欄記載のとおりである。
(三) 算出所得金額
原告の本件係争年分の各算出所得金額(売上金額から売上原価の額及び一般経費の金額を控除した金額)は、(二)の各売上金額に、別紙3の<3>欄記載の同業者の当該各年分の各算出所得率(算出所得金額の売上金額に対する割合)の平均値を乗じて算出したものであり、その金額は、別紙4の<3>欄記載のとおりである。
(四) 事業専従者控除額(争いがない)
原告の事業専従者控除額は、別紙4の<4>欄に記載のとおりである。
五 争点
(一) 調査手続の適法性
(二) 本件各処分における推計の必要性
(三) 本件各処分における推計の合理性
第三争点の判断
一 調査手続の適法性について
所得税法二三四条一項は、税務署等の調査権限を有する職員において、諸般の具体的事情にかんがみ、客観的必要があると判断される場合に、質問し、検査を行う権限を認めた趣旨である。
この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられている。また、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知は、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない(最決昭四八・七・一〇刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭五八・七・一四訟務月報三〇巻一号一五一頁)。
いわゆる反面調査についても、時期的な制限はなく、質問検査を必要とする客観的理由が存在する限り、右の要件の下に質問検査権行使の一つとして反面調査を行うことができる。
そして、本件において、原告主張の事前通知、調査理由の開示をしないこと、原告への調査を全くせずに反面調査を行ったことなどにつき、調査担当職員に裁量権の濫用があるとか、本件調査の方法や程度が、原告との利益衡量において、社会通念上相当な限度を超え違法であるとすべき事実は、本件全証拠によるも認めることはできない。
よって、原告の主張1は失当である。
二 推計の必要性について
証拠(乙三、証人千井学)、弁論の全趣旨によれば、被告の主張2(一)の事実が認められる。
したがって、被告が原告の本件係争年分の各所得税を算出するについて、推計課税を行う必要があったことが認められる。
これに反し、原告は、被告が、賢司と原告が共同して事業を行っていると誤信し、そのため職員は、長年事業に従事していた賢司と折衝すれば足りると考え、原告に対する調査を怠ったと主張し、その旨に副う供述をしている。
たしかに、当初、原告の調査に当たった職員は、賢司と原告が共同して事業を行っていると誤信していたことが認められる(乙二、証人千井学)。しかしながら、前記認定の被告の主張2(一)の事実に照らし、職員が、賢司の調査に終始して原告の調査を怠っていたとは認められず、職員は原告の調査を怠っていたとする原告や証人和田賢司の供述は、関係証拠(甲一、二、乙一の1、2、二、六の1、原告(一部))に照らして、遽に措信できない。
そして、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
三 推計の合理性について
1 同業者の抽出経緯
(1) 証拠(乙四、五の1ないし31、証人松井勝也)によれば、被告の主張3(一)の事実が認められる。
右同業者の選定基準は、業種の同一性、事業者の近接性、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。その抽出作業について、被告、各税務署長及び大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果の数値は青色申告書に基づいたもので、その申告が確定しており信頼性が高い。抽出した同業者数は七名であるが、同業者の個別性は平均化されていると判断される。
したがって、右同業者の算出所得率を基礎に算出された原告の本件係争年分の所得金額の推計には、特段の事情のない限り、合理性があるということができる。
(2) ところで、原告は、被告が抽出同業者と原告の類似性及び抽出同業者の提出する各種数値の正確性を基礎付ける証拠を提出していないと主張する。しかしながら、右(1)のとおり、同業者を抽出するために設けられた基準は原告と同業者との類似性及び資料の正確性を考慮したものであり、この条件に従って、機械的で恣意のない抽出作業が行われたことが(抽出過程の合理性)証明されれば、原告と抽出同業者の類似性、抽出同業者の提供する各種数値の正確性はすでに立証されたことになるのであって、原告の主張は的を射ていない。
また、原告は、被告が抽出した同業者の算出所得率は格差が著しいにもかかわらず、右同業者の平均値を用いることは不合理であると主張する。
たしかに、算出所得率には抽出同業者間で、ある程度の数値の偏差が認められる。けれども、所得の実額が把握できない場合に同業者の平均値によってこれを推計するという推計課税の趣旨からいって、抽出同業者の数値には平均値によって吸収される偏差が存するのは当然の前提である。そして、本件推計は別紙2記載の基準で合理的に同業者を抽出しており、同業者間の類似性が担保されていることを考え合わせれば、本件程度の偏差は平均値によって吸収されたとしても不合理というほどでない。
したがって、原告の主張は認められない。
(3) そして、証拠(乙五の4、6、14ないし17、証人松井勝也)によれば、右同業者の本件係争年分の売上金額、算出所得金額、算出所得率は、別紙3記載のとおりである。
2 算出所得金額
当事者間に争いがない本件係争年分の各売上金額(別紙4の<1>欄記載のとおり)に、別紙3の各<3>の算出所得率欄記載の同業者の算出所得率の平均値を乗じて得られる原告の算出所得金額は、別紙4の<3>欄記載のとおりであり、被告主張額と同額である。
3 事業所得金額
原告の本件係争年分の各事業所得金額は、右2の算出所得金額に、当事者間に争いがない事業専従者控除額を控除して算出したものであり(昭和五九年分は除く)、その金額は別紙4の<5>記載のとおり、被告の主張額と同額である。
四 本件各処分の適法性
よって、被告の推計による本件係争年分の決定処分及び各更正処分は、いずれも別紙4の<5>欄記載の事業所得金額の範囲内でなされた適法な処分であり、これに違法な点はない。
第四 以上のとおりであるから、被告の本件各処分はいずれも適法であって、本件各請求は理由がないから、これらを棄却する。
(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 遠藤浩太郎 裁判官橋本一は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 中村隆次)
別紙1
課税の経緯
別紙2
(1) 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること。
(2) 消費税法施行前の旧物品税法第三五条の二第一項に規定する販売業者証明書の交付を受けて宝石貴金属製品の卸売業(物品税法に定める課税物品表の第一種物品のうち番号一《貴石及び半貴石並びに貴石製品、半貴石製品及び貴石又は半貴石を用いた製品》又は三《貴金属製品及び金又は白金を用いた製品並びに貴金属をめっきし、又は張った製品》あるいはそのいずれも取り扱う業者)を営む者であること。
(3) 右記以外の業種目を兼業していないこと。
(4) 事業者が大阪市内、京都市内及び神戸市内のいずれかにあること。
(5) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。
(6) 売上金額が、四〇〇〇万円以上、二億三〇〇〇万円未満であること。
なお、売上金額の範囲は、被告が把握し得た原告の売上金額から、上限を昭和六〇年分のおおむね二倍、下限を昭和六一年分のおおむね〇・五倍としたものである。
(7) 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。
別紙3
同業者算出所得率一覧表
別紙4
事業所得の金額の計算書