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京都地方裁判所 平成20年(ヨ)500号 決定 2009年4月20日

主文

1  相手方(債務者)は申立人(債権者)Aに対し,平成21年4月1日以降,本案の第1審判決の言渡まで,毎月25日限り,月額21万9000円の割合による金員を仮に支払え。

2  相手方(債務者)は申立人(債権者)Bに対し,平成21年4月1日以降,本案の第1審判決の言渡まで,毎月25日限り,月額21万7000円の割合による金員を仮に支払え。

3  申立人(債権者)Aのその余の申立て及び申立人(債権者)Bのその余の申立てをいずれも却下する。

4  申立費用は相手方(債務者)の負担とする。

理由

第1申立ての趣旨

1  申立人(債権者)Aが相手方(債務者)に対し,平成21年4月1日以降,雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  相手方は申立人Aに対し,平成21年4月1日以降,本案判決確定に至るまで毎月25日限り,月額21万9000円の割合による金員を仮に支払え。

3  申立人(債権者)Bが相手方に対し,平成21年4月1日以降,雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

4  相手方は申立人Bに対し,平成21年4月1日以降,本案判決確定に至るまで毎月25日限り,月額21万7000円の割合による金員を仮に支払え。

第2当事者の主張の要旨及び争点

1  当事者の各主張

(1)  申立人ら

「地位保全及び賃金仮払等仮処分命令申立書」,第3準備書面(平成21年1月20日受付)及び最終準備書面(平成21年3月27日受付)に各記載のとおりである。

(2)  相手方

答弁書,準備書面(1)(平成21年2月27日付)及び準備書面(2)(平成21年3月27日付)に各記載のとおりである。

2  争点

(1)  申立人らと相手方の間の期間の定めのある(有期)雇用契約(以下,申立人Aと相手方との間の雇用契約を「本件雇用契約1」と,申立人Bと相手方との間の雇用契約を「本件雇用契約2」と,本件雇用契約1と本件雇用契約2を合わせて「本件雇用契約」という。)は期間の定めのない雇用契約に転化し,本件雇用契約において申立人らの雇用契約更新(雇用継続)への合理的期待が法的に保護されるべき状態にあったといえるか。

(2)  相手方が申立人らを雇止め(本件雇止め)にすることは(解雇に関する法理が類推され)客観的合理的な理由を欠き,社会的相当性を欠くものとして無効といえるか。

(3)  地位保全の仮処分及び賃金仮払い仮処分の各保全の必要性が認められるか。

第3当裁判所の判断

1  被保全権利について

(1)  申立人らは京都新聞企画事業会社(企画事業会社)での3年を超える雇用契約の更新・相手方への移籍は,いずれも京都新聞社による不法な目的に基づくものであったと主張する。

しかし,上記各扱いの後,仮に相手方が雇止めをしないで有期雇用契約の更新を繰り返そうとした場合,申立人らはこれに応じていたものと認められる(審尋の全趣旨)できるから,企画事業会社での3年を超える雇用契約の更新及び相手方への移籍はいずれも京都新聞社による不法な目的に基づくものであったということはできず,申立人らの上記主張は理由がない。

(2)  一件資料及び審尋の全趣旨によれば,相手方ないし京都新聞社が企画事業会社の株式の大半を保有していること,相手方は京都新聞社が100パーセント出資する子会社であること,相手方の代表者代表取締役は京都新聞社の役員であり,相手方の取締役は京都新聞社の取締役ないし執行役員であること,京都新聞社が中心組織となって企画事業会社及び相手方の業務を一体として遂行していること,企画事業会社は物理的・場所的に京都新聞社本社社屋の一部分を使用していること,以上の事実を認めることができる。

上記事実に下記(3)アで認定した事実を併せ勘案し,その資本関係・相互の人事交流及び業務分担の内容・申立人らが企画事業会社で採用され,その後,相手方で業務を遂行し現在に至っている具体的経緯等に鑑みると,京都新聞社が企画事業会社及び相手方を完全に支配し,企画事業会社及び相手方は京都新聞社が遂行する業務の1部門毎に,別法人化したにすぎないものと認めることができるのであって,この認定を左右するに足りる資料はない。

(3)  企画事業会社と申立人らの雇用契約及び本件雇用契約に基づく事情等について

ア 一件資料及び審尋の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。

(ア) 京都新聞社はその内部に設置する京都新聞コム開設準備室(開設準備室)の担当により相手方の立上げ・法人化を企画し,企画事業センターの業務移転について具体的な検討をして上記計画を進行させた。そして,開設準備室は京都新聞社の従業員,(相手方として)法人化された後は,その局長に就任することが予定されていた者等によって構成されていた。

(イ) 開設準備室では平成17年9月22日の説明会よりも前の時点で,企画事業センターの業務を相手方に移転させること及び申立人らを含む契約社員を相手方に移籍させる計画を決めていた。

(ウ) さらに,開設準備室ないし開設準備室の室長であるCが申立人らを採用するか否か及び採用する場合の申立人らの給与等の雇用条件を決定した。そして,本件雇用契約の締結作業を行ったのは当時,京都新聞社の従業員であったDである。

(エ) 申立人らの企画事業会社在籍時の基本給はいずれも(月額)16万円であったが,相手方と本件雇用契約を締結した後,申立人Aの基本給は16万7000円,申立人Bの基本給は16万5000円となった。

(オ) 申立人Aは平成13年6月1日,企画事業会社に採用され,その後の同年12月1日,平成14年4月1日,同年10月1日,平成15年4月1日,同年10月1日,平成16年4月1日,平成17年4月1日にいずれも企画事業会社との間で雇用契約を更新し,さらに,平成18年2月24日に相手方と本件雇用契約1を締結し,その後の平成19年3月19日及び平成20年3月19日に本件雇用契約1を更新した。上記平成13年6月1日から平成21年3月31日までの雇用期間は通算7年10か月になる。

申立人Bは,平成16年6月5日,企画事業会社に採用され,その後の平成17年4月1日に雇用契約を更新し,平成18年2月24日に本件雇用契約2を締結し,その後の平成19年3月19日及び平成20年3月19日に本件雇用契約2を更新した。上記平成16年6月5日から平成21年3月31日までの雇用期間は通算4年11か月になる。

(カ) 相手方が夏期賞与支給額を査定する資料では,申立人らの勤続年数を企画事業会社で勤務を始めた時以降の通算期間で計算している(甲30ないし32号証)。また,給与改訂表においても企画事業会社への入社年月日を相手方における入社年月日として扱っている(甲33)。

(キ) 企画事業会社におけるE,F,G,申立人A,申立人B,Hという構成員の各地位・担当職務は相手方に移って後の上記構成員の各地位・担当職務と同様である。

(ク) 申立人Aの企画事業会社在籍時の有給休暇日数は,入社後,毎年2日ずつ増加し,平成17年度は14日であった。本件雇用契約1を締結した後の有給休暇日数は平成18年度は16日,平成19年度は18日,平成20年度は20日と,企画事業会社で勤務を始めた時を基準として毎年2日ずつ増加した。

申立人Bの企画事業会社在籍時の有給休暇日数も入社後,毎年2日ずつ増加し,平成17年度は10日であった。本件雇用契約2を締結した後の有給休暇日数は平成18年度は12日,平成19年度は14日,平成20年度は16日と,企画事業会社で勤務を始めた時を基準として毎年2日ずつ増加した。

(ケ) 相手方は平成18年の夏期賞与として,申立人Aに対して11万6000円を,申立人Bに対して9万9000円を,それぞれ支給した。

(コ) 申立人Aは企画事業会社との雇用契約を平成16年4月1日に更新したことにより,同年6月1日に企画事業会社での雇用期間が3年を超える状況になったが,申立人Aは平成16年1月,2月から「京を知るセミナー」,「環境紙面企画」の準備を始め,同年3月から同年12月まで上記各業務を遂行した。そして,申立人Aは企画事業会社から相手方に移った平成17年ないし平成18年にかけて「すし教室」,「グレードアップクッキング」,「高校生のための文化講演会」等のイベント業務及び「雑品連合」の記事体広告の作成業務を担当した。

申立人Bは平成16年から平成17年にかけて「これはどこ?これはなに」の記事,「京都新聞特別試写会」及び「第31回トマト倶楽部シネマサロン」等のイベント業務を担当した。そして,申立人Bは企画事業会社から相手方に移った平成17年ないし平成18年にかけて「十三まいり」,「トマトシネマ@寒梅館」,「第277回京料理味めぐりの会3日間」,「京都新聞特別試写会」,「第48回トマト倶楽部シネマサロン」等のイベント業務を担当した。

(サ) 企画事業会社の就業規則には契約社員に関して,契約年限の上限についての規定はなく3年を超えて雇用される契約社員が存在した。

(シ) 申立人らが相手方において担当する業務は記事体広告の作成,イベント企画等といった申立人らが有するノウハウ・取引先との人的関係により維持される要素が大きい業務であり,これらは京都新聞社及び相手方にとって重要かつ永続的に行われることが予想される業務である。そして,企画事業会社及び相手方は上記業務継続のために申立人らとの雇用契約の更新を繰り返した。

(ス) 相手方は平成20年10月13日,京都新聞社の新聞紙面により新規正社員(営業職)の募集広告をし,また,平成21年まで毎年4名ずつプロパー正社員を採用している。

イ 検討

(ア) 企画事業会社,相手方が申立人らに対して,雇用契約期間を3年を上限とすること(いわゆる3年ルール)について説明をしたことを認めるに足りる資料はなく,上記各雇用契約の契約書面にもこのような上限についての記載はない。

(イ) 申立人らが相手方との間で本件雇用契約を締結したのは,いずれも平成18年2月24日であるところ,相手方の契約社員規定(相手方就業規則・乙2号証)がその社員に周知されていたことを認め得る的確な資料はない。

(ウ) 「アルバイト契約の更新について」と題する書面(乙3号証)及び「契約終了のお知らせ」と題する書面(4号証)は,京都新聞社のアルバイト社員に適用されるが,申立人らに適用されるものではない。

(エ) 上記ア(ケ)の申立人らに各支給された夏期賞与額は,申立人らの企画事業会社在籍期間中の平成17年10月から平成18年3月までの査定対象期間を前提にして支給されたものであり,申立人Aについて平成18年度の基本給16万7000円の70パーセント(2年以上の在籍係数0.7)に相当する額(11万6000円),申立人Bについて平成18年度の基本給16万5000円の60パーセント(1年以上の在籍係数0.6)に相当する額(9万9000円)をそれぞれ支給したものと解することができる。

(オ) 本件雇用契約の内容(基本給,有給休暇の日数,夏期賞与の支給額等)は,相手方に新規採用された者としての雇用条件ではなく,企画事業会社で勤務していた期間・雇用条件を前提にしてのものといえる。

(カ) 上記ア(コ)で認定したとおり企画事業会社・相手方は申立人らに対して,申立人らの雇用期間が3年を超えてしまうこと及び本件雇用契約の更新時期を顧慮することなく,申立人らが次に担当すべき業務を課していたものといえる。

この点に関して相手方は,相手方ないし企画事業会社は申立人らに対して雇用主として,雇用継続・契約更新を期待させるような言動は全くしていないと主張する。しかし,上記事実に照らすと相手方・企画事業会社が契約社員の雇用期間が3年を超えてしまうこと及び本件雇用契約の更新時期を重視していなかったことは当然,申立人ら契約社員にも伝わっていたものと解することができる。したがって,相手方・企画事業会社が契約社員に対して期待を抱かせる言動を全く採っていなかったとまでいうことはできない。

(キ) 申立人らが本件雇用契約を締結した段階で,企画事業会社と申立人らとの間に存在した従前の各雇用契約について,企画事業会社が申立人らに対して,それまでの雇用契約を雇止めとする旨の通知をしたことは窺えず,また,申立人らが企画事業会社に対して上記雇用契約に関し(これを終了させる法的意味のある)何らかの行為をしたことも窺えない。

(ク) 申立人Aの担当業務は国道事務所の広報支援業務だけに限定されるものではなく,上記ア(コ)で認定したとおり,それ以外の種々の業務を担当していたのであって,国道事務所からの委託業務がなくなれば申立人Aとの雇用契約も終了するものであったと解することはできない。

(ケ) 以上のことから,申立人らが3年ルールを知った上で,これを了解し納得していたとは認められず,申立人らに雇用継続に関する合理的な期待が生じたものというべきである。

ウ 相手方の主張について

(ア) 相手方は上記イ(ア)について,申立人らに対して企画事業会社,相手方の各雇用契約の更新年限の上限(いわゆる3年ルール)について説明をしたと主張する。

しかし,これを認めるに足りる的確な資料はない。仮に,有期雇用期間を定める雇用契約について雇用主が更新年限の上限を設定していたのであれば,このような定めは雇用主及び被用者の双方にとって重要な事項であるから雇用契約書にこれを明記し,かつ,同内容を定めた就業規則を周知させておくことがなされて当然であると解される。しかし,相手方ないし企画事業会社の雇用契約書には上記更新年限の上限についての記載はなく,また,その就業規則を周知させていたことを認めるに足りる資料もない(相手方は,これまで3年ルールが2回適用されて合計6年1か月間,在籍した者がいたと述べる〔相手方準備書面(2)の5頁〕が,このような発想自体,3年ルールが実質的に法的意味のあるものと解することができない証左であるというべきである。)。

(イ) また,相手方は,企画事業会社と申立人Aが平成16年4月に雇用契約を更新した際,申立人Aは担当する業務内容が変化したことは明確に記憶していたのであって,この際,Iが申立人Aに対して3年ルールを説明したことは明らかであると主張する。

しかし,仮に,上記更新の際に3年ルールの説明がなされたが申立人Aのたっての要請に基づき例外的にもう1年間に限って雇用を継続した(乙9号証)というのであれば,何故,平成17年4月1日の時点で雇止めの扱いにせず再度の更新をした(乙19号証)のか,また,上記平成17年4月1日の時点で企画事業会社から3年ルールについてどのような説明がなされ,処理されたのか,この間の扱いについて相手方は合理的な説明をせず,その疎明資料もない。

申立人Bについても本件雇用契約2を締結した平成18年2月24日(本件雇用契約2において,上記ア,イで認定・判断したとおり企画事業会社での勤続期間を考慮した上で,相手方における有給休暇日数が算定され,夏期賞与額が査定されたのであるが),相手方は3年ルール及びその起算点についてどのように説明したのか,その具体的内容は不明である。また,本件雇用契約2が平成20年3月19日に更新された(甲2号証の3)際,その1年後に申立人Bとの雇用関係は終了する旨を明確に告げたのか,何故,その約2か月後の同年6月2日に「雇い止め通知書(甲3号証)」を交付する扱いにしたのかも不明である。

(ウ) 相手方の各担当者の審尋結果・陳述書の記載においては,申立人らに3年ルールを説明したと繰り返し述べるだけで上記の各具体的内容は不明である。相手方の上記各点についての説明内容に具体性はなく,上記審尋結果・陳述書の記載内容は採用できない。

(エ) したがって,相手方の3年ルールを説明したとの主張は採用できない。

(相手方は京都新聞社内のアルバイト社員も3年以内で退職していると主張する。しかし,アルバイト社員について例えば,一旦退職した後,2~3か月後に再びアルバイト社員募集に応募してきた場合にも,この者を3年ルールに反するものとして排除していたのかは不明である。したがって,京都新聞社内における3年ルールに関するアルバイト社員の取扱いは,申立人らに関する本件雇止めに客観的合理性があるか否かの判断に斟酌することはできない。)

(オ) 相手方は本件雇止めの合理的理由に関して,要旨①京都新聞社を中心とする京都新聞グループの経営が悪化の一途をたどっている,②京都新聞社の広告収入は平成3年度は約183億円であったものが平成11年度は約113億円に,平成20年には約65億円にそれぞれ減少した,③営業利益も平成17年度が9億3000万円であったものが平成18年度は7億4000万円に減少し,平成19年度は2億2000万円の赤字となり,平成20年度は前年度以上の赤字となる,④京都新聞社からの委託事業に収益の大部分を依存している相手方も早晩,同じ運命をたどることになる,⑤いわゆるサブプライムローン問題に端を発する経済不況を受けて京都新聞社グループは人件費の削減を徹底しなければならず,3年ルールはこのような観点から採用されたものである,⑤本件雇止めは収入の激減が予想される状況下で行ったものであり,3年の雇用期間が満了する平成21年3月まで雇用を維持するのが相手方にとって限界であったと主張する。

上記各点に関して一件資料及び審尋の全趣旨によれば,申立人らが企画事業会社ないし相手方とそれぞれ雇用契約を締結した段階で,京都新聞社の広告収入は既に大幅な減少傾向にあり京都新聞社グループの経営は悪化の一途をたどっていたこと,相手方は上記状況にあり営業収入が赤字に陥った平成19年3月及び平成20年3月に申立人らと本件雇用契約の更新をしたこと,相手方はサブプライムローン問題が既に発生していた上記時点(平成20年3月)で本件雇用契約を更新したのであるが,本件雇止めの通知をした平成20年6月2日の時点は,上記更新した時からわずか約2か月が経過したにすぎない時期であり,また,この時点ではいわゆるリーマンショックは生起していなかったこと,相手方は上記ア(ス)のとおり新規正社員(営業職)の採用募集を行い,また,平成21年まで毎年4名ずつプロパー正社員を採用したこと,以上の事実を認めることができる。

相手方において仮に,いわゆる3年ルールが存在していたとしても,相手方ないし京都新聞社グループの経済的窮状が著しい場合には,3年間は雇止めをしないで申立人らとの本件雇用契約を必ず更新しなければならないものではないといえる。しかし,上記(ウ)で認定したとおり企画事業会社ないし相手方は上記(広告収入が大幅に減少し,営業利益が赤字に陥ったと主張する)時期に申立人らと本件雇用契約の更新を行った。

また,相手方は申立人らが担当していた業務は既存の正社員への割振り及び外部委託で対応せざるを得ないと主張するが,相手方は新規正社員の採用募集を行っている。さらに,平成20年6月ころ,京都新聞社グループにおいて申立人らと同じ立場にある契約社員は一切なくする扱いにしたのかは不明である。加えて,(相手方が主張するように真に京都新聞社グループにおいて経済的窮状が著しいのであれば)経済的窮状が最も酷い時点では(正社員は固定的人件費が嵩むと解され,また,正社員が全て基幹的社員であるとは考えられない)正社員に上記業務を担当させるよりも,正社員数は増加させず契約社員にこれらを担当させ,上記酷い状態が緩和した段階で正社員に担当させることも選択肢として考えられる方途であるといえる。

相手方は,申立人らが正社員登用の試験を受けた事実から,申立人らは自らが雇用期間の限定された不安定な身分の契約社員であることを十分理解していたことを強調する(相手方準備書面(2)の4頁,9頁等)。しかし,正社員には終身雇用制度が適用され,年俸制が採用されている(審尋の全趣旨)等,種々の雇用条件において契約社員よりもはるかに有利であることは明らかであり,申立人らが上記登用試験を受けたことが「雇用期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態」になっていたか否かの判断に直接影響を及ぼすものとは考えられない。

(カ) 上記認定・判断によれば,相手方が上記(オ)の冒頭で主張する事情は相手方ないし京都新聞社グループが経営的に悪化傾向・状況にあることを一般抽象的に述べるにすぎないものであって,申立人らに対する本件雇止めが客観的合理的な理由に基づくことを具体的事実に基づいて主張・疎明するものとはいえず,上記主張は採用できない。また,申立人らに雇用継続の合理的期待があることを否定し得る疎明も足りない。

(キ) 相手方はその他に種々の主張・疎明をするが,いずれも上記ア,イ及び後記エの認定・判断を覆すに足りるものとはいえない。

エ 判断

(ア) 上記アで認定した事実に上記イ,ウでそれぞれ検討した点を併せ考慮すると,申立人らと相手方との間の本件雇用契約が期限の定めのないものに転化したといえるか否かを判断するまでもなく,申立人らには相手方との間の雇用継続に対する正当な期待があったものというべきである(争点(1)について)。

(イ) そして,相手方による本件雇止めは客観的合理的理由を欠き,社会的相当性のないものとして無効であるといわざるを得ない(争点(2)について)。

(ウ) したがって,申立人らについて平成21年3月31日をもって契約社員としての雇用契約が終了したということはできない。

申立人らの本件雇用契約は従前の本件雇用契約1,本件雇用契約2と同様の期間の定めがあるものとして更新時点(平成21年4月1日)で本件雇用契約が更新され,現在まで継続しているというべきである。

(エ) 以上のとおりであるから,申立人らには被保全権利が肯認できる。

2  保全の必要性について

(1)  賃金仮払い仮処分の保全の必要性について

ア 申立人らは保全の必要性について申立人らが労働者であり,これまで相手方から支給されていた賃金のみで生計を維持してきたので,その保全の必要性が認められるべきであると主張する。

イ 審尋の全趣旨によれば,申立人らは労働者として相手方から支給されるいずれも月額約20万円前後の賃金のみで生計を維持してきたことを認めることができる。

ウ したがって,賃金仮払いの申立ては申立人A及び申立人Bのいずれについても,その保全の必要性を肯定することができる。

(2)  申立人らは賃金仮払いの申立てをするとともに,地位保全の仮処分をも申し立てる。

ア 申立人らはこの点について,①京都新聞健康保険組合(労働者の掛金の負担割合は1000分の21.95)から国民健康保険へ変わると,掛け金全額が自己負担となること及び②相手方による雇止めの不当性を訴えるための集会・団体交渉へ申立人らが参加し,宣伝活動に従事するについて京都新聞社本社建物への出入りの際,許可を得なければならなくなるという事情を主張する。

イ 仮処分命令の保全の必要性とは「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためにこれを必要とするとき」(民事保全法23条2項)というものであり,地位保全の必要性が認められるためには特別の事情の主張・疎明がなされなければならないと解する。

ウ 申立人らが述べる上記ア①の保険掛け金の全額が自己負担となることについては,国民健康保険へ切り替わることにより,申立人らの従前の保険掛け金の負担額よりもその負担額は増加するものと考えられる。しかし,上記(1)のとおり賃金仮払いの申立てが認容されることにより,申立人らは毎月,約21万円余りの金員をそれぞれ受け取ることになる。そして,申立人らはこれまで相手方から受け取る賃金により生計費を賄ってきたのであるが,その生活費として申立人らは少なくとも月額約17万円がなければ生活できないこと,申立人Aは実家(親元)で生活しており,単身で生活する場合の住居費(建物賃料)の負担がないこと,申立人Bは保険関係・貯金の支出(貯蓄的意味合いの濃いもの)が月額約4万7000円あることが認められる(一件資料,審尋の全趣旨)。上記事実によれば上記保険掛け金の全額が自己負担となっても自己負担増加分を上記賃金仮払い分から賄えないわけではないと考えられ,上記ア①の事情から地位の保全を仮に認めなければならない必要性は乏しいといわざるを得ない。

また,上記ア②については,仮に,このような事情が生ずるとしても,直ちに上記特別の事情に該当するものとはいえない。

エ 以上のとおり,申立人らが主張する上記アの各事情は特別の事情に該当するとはいい難く,保全の必要性があると認めるに足りない(争点(3)について)。

3  以上のとおり,申立人らの賃金仮払い仮処分について保全の必要性は肯認できるが,地位保全仮処分について保全の必要性を認めるに足りない。

4  よって,本件保全命令の申立てについて,主文のとおり決定する。

(裁判官 辻本利雄)

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