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京都地方裁判所 平成20年(ワ)1674号 判決 2010年1月21日

原告

被告

Y1 他1名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自一一〇九万四一〇八円及びこれに対する平成一七年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇〇分し、その四二を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自二六二六万七二七四円及びこれに対する平成一七年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、交通事故により負傷し損害を被ったとして、被告らに対し、被告Y1(以下「被告Y1」という。)については民法七〇九条に基づき、被告日本水理株式会社(以下「被告会社」という。)については民法七一五条一項又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、各自(連帯して)上記損害賠償金二六二六万七二七四円(後記二(3)〔原告の主張〕ク)及びこれに対する不法行為の日である平成一七年六月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

一  争いのない事実等

次の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨により認めることができる。

(1)  次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

ア 発生日時 平成一七年六月二五日午後三時二〇分ころ

イ 発生場所 京都府八幡市八幡池ノ首一四番地一

ウ 事故態様 前記発生場所において、信号に従って停止中の原告運転の普通乗用自動車(〔ナンバー省略〕。以下「原告車」という。)に、被告Y1運転の普通貨物自動車(〔ナンバー省略〕。以下「被告車」という。)が後方から追突した。

(2)  原告の負傷及び治療経過等

ア 原告は、本件事故により、頸椎捻挫及び癒着性くも膜炎悪化の傷害を負った(なお、癒着性くも膜炎については、原告には、本件事故前から癒着性くも膜炎があったが、本件事故によりこれが悪化したものである。)。

原告は、上記傷害の治療として、次のとおり、平成一七年六月二八日から平成一八年五月二六日までの間(約一一か月間)、通院し治療を受けた。

(ア) 平成一七年六月二八日から平成一八年五月二三日まで

八幡中央病院に通院(実通院日数一六〇日)

(イ) 平成一八年五月二六日

学研都市病院に通院(実通院日数一日)

(ウ) 平成一七年八月二二日から平成一八年五月一日まで

てるばやし眼科に通院(実通院日数一一日)

(エ) 平成一七年七月一〇日から平成一八年五月二五日まで

ささき整体院に通院(実通院日数九三日)

(オ) 平成一七年七月一六日から平成一八年四月五日まで

「整体所ビッグエスくずは」に通院(実通院日数二二日)

(カ) 平成一八年四月二〇日から同年五月二五日まで

「a整復師」に通院(実通院日数六日)

イ 原告は、平成一八年五月二六日、学研都市病院整形外科のA医師(以下「A医師」という。)により、「同日後遺障害を残して症状固定した。」旨の診断を受けた(甲一五)。

損害保険料率算出機構は、平成一九年八月一五日、自賠責保険の後遺障害等級認定手続において、原告の後遺障害につき、「①『頸椎捻挫後の項部痛、左項部~下肢への放散痛、電撃痛、歩行障害、両手の痺れ』については、『局部に神経症状を残すもの』として自賠法施行令二条別表第二の後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第一四級に該当する。②『頸椎部の運動制限』、『左肩の運動痛、左肩関節の可動域制限、膝関節部痺痛、左膝関節の可動域制限』及び『視力障害』については、自賠責保険の後遺障害には該当しない。」などとして、「等級表第一四級に該当する。」旨判断した(乙八)。

(3)  責任原因

ア 被告Y1は、過失により本件事故を発生させたものであり、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任を負う。

イ 被告会社は、その事業のために被告Y1を使用する者であったところ、本件事故は、被告Y1が、上記事業の執行について行った被告車の運転により発生した。したがって、被告会社は、民法七一五条一項に基づき、本件事故により原告が被った損害を被告Y1と連帯して賠償する責任を負う。

また、被告会社は、本件事故当時、被告車を保有し、これを自己のために運行の用に供していた者であり、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が被った人的損害を賠償する責任を負う。

(4)  損害のてん補

原告は、本件事故により被った損害のてん補として、被告らから八八万九〇五七円の、自賠責保険から七五万円の各支払を受けた。

二  争点

(1)  本件事故により原告が負った傷害及び原告の後遺障害

(原告の主張)

原告は、平成一八年五月二六日、頸椎の障害及び癒着性くも膜炎の悪化による左上肢筋力低下、頸椎運動障害、両手の痺れ、歩行障害、視力障害等の後遺障害を残し、症状固定した。上記後遺障害は、脊髄症状のために「生命維持に必要な身の回り処理の動作は可能であるが、終身にわたりおよそ労務に服することができないもの」として、等級表第三級に相当する。

(被告らの主張)

原告の上記主張は、否認し又は争う。原告が後遺障害として主張する症状は、本件事故によるものではなく(本件事故前から原告にあった癒着性くも膜炎によるものである。)、本件事故と上記症状との間には、相当因果関係がない。本件事故により原告に残った後遺障害は等級表第一四級を上回るものではない。

(2)  素因減額

(被告らの主張)

原告には、本件事故前から頸椎後縦靭帯骨化症・癒着性くも膜炎という既往の素因があったものであり、仮に、本件事故と原告の本件事故後の症状との間に相当因果関係があるとしても、上記症状は、原告に本件事故前からあった上記素因がほとんど全てに近い原因を形成しているから、九〇パーセント(乙三四の一―一二丁)の素因減額がなされるべきである。

(原告の主張)

被告の上記主張は、否認し又は争う。原告の既往症が原告に発現した症状に寄与した割合は多くとも三〇パーセントであり(甲二一―二丁)、三〇パーセントを超える割合による素因減額はなされるべきでない。

(3)  原告の損害

(原告の主張)

原告は、本件事故により、次のとおり損害を被った。

ア 治療費 一二一万四二九六円

イ 通院交通費 二三万七三八〇円

ウ 薬代、雑費及び診断書料 一六万四六五五円

エ 通院慰謝料 一八九万円

オ 後遺障害慰謝料 二二〇〇万円

カ 弁護士費用 二四〇万円

キ 前記アないしカの合計 二七九〇万六三三一円

ク 前記キにつき損害のてん補(前記一(4))後の残額

2790万6331円-88万9057円-75万円=2626万7274円

(被告らの主張)

原告の上記主張は、否認し又は争う。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(本件事故により原告が負った傷害及び原告の後遺障害)について

(1)  前記第二の一の事実及び証拠(甲三、七、八、一〇、一六ないし一九、二六、三一、乙二ないし五、七、一一ないし二〇、二三ないし二九、原告本人、後掲のもの)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、上記認定を覆すに足りる証拠はない。

ア 原告(昭和一四年○月○日生の男性)は、平成一四年一〇月七日、入院していた八幡中央病院において、頸椎後縦靭帯骨化症に対し、第三~七頸椎につき頸椎前方徐圧固定術(第一回手術。乙二四―八丁)を受けたが、術後、髄液の漏出、皮下貯留が続き、同年一二月六日、前方固定術(第二回手術。乙二四―一六丁)を受けた(なお、平成一五年二月一日、上記病院を退院した。)。しかし、その後も、髄液の漏出、皮下貯留は続いた。

原告は、再入院の上、平成一五年三月二八日、頸椎後縦靭帯骨化症に対し、後方徐圧固定術(第二~七頸椎につき椎弓形成術。第三回手術。乙二四―二二丁)を受けた。その後、感染が生じたため、平成一五年四月一四日、創部洗浄の手術(第四回手術。乙二四―二六丁)を受けた。上記第三回手術が行われた同年三月末から同年四月ころ、原告につき癒着性くも膜炎が生じた。

その後、上記感染は沈静化し、原告は、平成一五年六月一二日退院し、以後、外来通院にて、リハビリテーションと整形外科診療が継続された。本件事故日(平成一七年六月二五日)の直前ころ、原告には、癒着性くも膜炎があり、頑固な項部痛、頸肩背部痛、右手痺れ、右下腿つっぱり感、排尿困難の症状や、「夕方になると階段が降りにくい(乙二八―五五丁)」程度の歩行障害などがあった。(甲二一、二五、乙三四の一)

イ 原告(本件事故当時六五歳)は、平成一七年六月二五日、本件事故により傷害を負い、同月二八日、八幡中央病院を受診し、「頸椎捻挫」との診断(甲二)を受けた。原告は、本件事故の際、相当の衝撃を受けた(なお、本件事故の態様は前記第二の一(1)のとおりであり、本件事故により原告車には、後部のリアーエンドパネルが曲がってトランクカバーが浮き上がり、リアフェンダーに歪みが生じるなどの損傷〔その修理見積もりとして、約二九万円を要するもの〕が生じた。甲二三、甲二四の一、二)。

原告は、上記傷害に対し、前記第二の一(2)のとおり、平成一七年六月二八日から平成一八年五月二六日までの間(約一一か月間)、通院し治療を受けた。上記治療は、原告の上記傷害の治療のために必要との担当医師の判断に基づき行われたものであり、必要かつ相当な治療であった。

ウ 原告には、本件事故前から、前記のとおり癒着性くも膜炎の症状があったところ、本件事故後、次のとおりその症状が増悪した。本件事故前には、右手に痺れがあったのであるが、本件事故後は両手に痺れが生じ、本件事故前にはなかった左半身の激痛が、本件事故後、発現した。また、歩行能力及び左手の握力が、本件事故後、著しく低下した。原告の症状の程度は、症状固定時点(平成一八年五月二六日)において、およそ労働に従事することはできない程度であった(本件事故後、著しく悪化したものである。)。

本件事故後、このような症状の増悪が生じた原因は、①原告の頸椎は、本件事故前に受けた前記手術により第三~七頸椎が固定され、交通事故の衝撃が固定されていない第〇~三頸椎に集中する状態にあったのみならず、②原告には、本件事故前から、頸椎後縦靭帯骨化症があり、これによる脊髄圧迫により脊髄の易損性が高い状態であった上、術後の癒着性くも膜炎により、更に脊髄の易損性が高まっていた(癒着性くも膜炎により脊髄の滑動性が失われていた。)ところ、本件事故による衝撃を受けたことにより、頸髄を損傷し、癒着性クモ膜炎の症状が悪化するとともに、外力が集中した第〇~三頸椎の神経ないし軟部組織に障害が生じたことに起因するものである。(甲二一、二五、乙六、乙三四の一)

エ 原告は、本件事故後、前記のとおり適院し治療を受け、平成一八年五月二六日、歩行障害、左上肢筋力低下、両手の痺れ、項部痛等の症状の後遺障害を残し、症状固定した。上記後遺障害は「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」として等級表第三級に該当する。(甲一五、二〇、二一、二五、乙六。なお、上記認定に反する乙八、乙三四の一は採用することができない。)

オ 原告に関し、乙六(平成一八年三月四日付け)には、A医師の「①原告の一連の愁訴が、本件事故によるものであるか、既往症(後縦靭帯骨化症)によるものであるかについては、『後縦靭帯骨化症の術後+事故による愁訴』と考える、②上記愁訴に対し、既往症が影響を与えている程度は、五〇パーセントと推測される。」旨の意見の記載があり、甲二一(平成二〇年五月二〇日付け)には、原告の後遺障害への既往症の寄与割合につき、「…患者の年齢を勘案して、多くとも三〇パーセント程度と考える。」旨の意見の記載がある。

一方、乙三四の一(平成二一年二月二〇日付け)には、B医師の「原告に残存する後遺障害に対する本件事故の寄与度は多くとも一〇パーセント程度(上記後遺障害に対する原告の既往症の寄与度は少なくとも九〇パーセント程度)である。」旨の意見の記載がある。

(2)  被告らは、本件事故と原告の症状(原告に本件事故後生じた前記症状)との間には、相当因果関係がない旨主張する。しかしながら、前記(1)の事実によれば、原告の上記症状は、本件事故による衝撃と原告が本件事故前から有していた前記疾患(①原告の頸椎は、本件事故前に受けた頸椎後縦靭帯骨化症に対する手術により第三~七頸椎が固定され、交通事故の衝撃が固定されていない第〇~三頸椎に集中する状態にあったこと、②原告には、本件事故前から、頸椎後縦靭帯骨化症があり、これによる脊髄圧迫により脊髄の易損性が高い状態であった上、術後の癒着性くも膜炎により、更に脊髄の易損性が高まっていたこと。)とがともに原因となって上記症状が発現したものというべきであり、本件事故と原告の上記症状との間には相当因果関係があるというべきである。したがって、被告らの上記主張は採用することができない。

二  争点(2)(素因減額)について

(1)  被害者に対する加害行為と被害者の罹患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の規定を類推適用して、被害者の当該疾患を斟酌することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和六三年(オ)第一〇九四号平成四年六月二五日第一小法廷判決・民集四六巻四号四〇〇頁参照)。

(2)  これを本件についてみると、前判示の事実によれば、原告に本件事故前から前記一(2)の疾患があったことが、原告の前記症状の発現に大きく寄与した(乙六記載の五〇パーセントを下らない寄与があった。)ものというべきであるから(ただし、九〇パーセントの寄与があった旨の乙三四の一の記載は採用することができない。)、本件事故により原告に生じた損害の全部を被告らに賠償させるのは公平を失するというべきである。そして、前判示のとおりの原告に本件事故前からあった疾患の内容・程度、原告の年齢(本件事故当時六五歳)、本件事故の衝撃の程度、上記衝撃を契機に発現するようになった原告の症状の程度など前判示の諸事情にかんがみれば、上記疾患を斟酌することによる損害賠償額の減額(素因減額)として、損害額の五〇パーセントを減額するのが相当である。

三  争点(3)(原告の損害)について

(1)  治療費 一二一万四二九六円

前記一の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告が、本件事故により、治療費として、上記金額の損害を被ったことが認められる。

(2)  通院交通費 二三万七三八〇円

前記一の事実及び証拠(甲一一)並びに弁論の全趣旨によれば、原告が、本件事故により、通院交通費として、上記金額の損害を被ったことが認められる。

(3)  薬代、雑費及び診断書料 一六万四六五五円

前記一の事実及び証拠(甲一二ないし一四)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、薬代、雑費及び診断書料として、上記金額の損害を被ったことが認められる。

(4)  通院慰謝料 一八五万円

原告が本件事故により負った傷害の内容及び治療経過等にかんがみれば、通院慰謝料として、上記金額を認めるのが相当である。

(5)  後遺障害慰謝料 二〇〇〇万円

前判示のとおりの原告の後遺障害の内容等にかんがみれば、後遺障害慰謝料として、上記金額を認めるのが相当である。

(6)  前記(1)ないし(5)の合計 二三四六万六三三一円

(7)  前記(6)につき素因減額後の残額 一一七三万三一六五円

前判示のとおり、損害賠償の額を定めるに当たり、素因減額により、原告に生じた損害額からその五〇パーセントを減額するのが相当であるところ、上記減額後の残額は、次のとおり上記金額となる。

2346万6331円×(1-0.5)=1173万3165円(1円未満切り捨て)

(8)  前記(7)につき損害のてん補(前記第二の一(4))後の残額 一〇〇九万四一〇八円

1173万3165円-88万9057円-75万円=1009万4108円

(9)  弁護士費用 一〇〇万円

本件事案の内容、本件訴訟の経過及び認容額等にかんがみれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の損害として、上記金額を認めるのが相当である。

(10)  前記(8)及び同(9)の合計 一一〇九万四一〇八円

四  以上によれば、被告Y1については民法七〇九条に基づき、被告会社については民法七一五条一項に基づき、被告らは、原告に対し、各自(連帯して)損害賠償金一一〇九万四一〇八円(前記三(10))及びこれに対する不法行為の日である平成一七年六月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきであり、原告の被告らに対する請求は、上記金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

(裁判官 井田宏)

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