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京都地方裁判所 平成20年(ワ)1839号 判決 2009年9月29日

主文

1  被告は,原告Aに対し,金44万円及びこれに対する平成19年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告Bに対し,金22万円及びこれに対する平成19年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らの被告に対するその余の各請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,これを10分し,その9を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者が求めた裁判

1  原告ら(請求の趣旨)

(1)  被告は,原告Aに対し,金330万円及びこれに対する平成19年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告は,原告Bに対し,金330万円及びこれに対する平成19年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は被告の負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  被告(請求の趣旨に対する答弁)

(1)  原告らの被告に対する各請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告らの負担とする。

(3)  仮執行宣言を付する場合には,執行開始時期を判決が被告に送達された後14日経過した時とし,担保を条件とする仮執行免脱宣言

第2事案の概要

1  本件は,被疑者として逮捕勾留された原告A(当時19歳)が,①検察官が原告Aに対し,威嚇,侮辱及び脅迫を伴う取調べをしたこと,②検察官が取調べの場において原告Aに対し,原告Aと弁護人との信頼関係を破壊する言動をしたこと,③検察官が,原告Aについて,客観的には嫌疑がないのに,報復を目的として重い罪名で家裁送致したことが違法である等として,原告Aの弁護人であった原告Bが,検察官の上記②③の各行為は弁護人の弁護権を侵害する行為であって違法であるとして,それぞれ被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,各損害(原告Aについては,慰謝料300万円及び弁護士費用30万円,原告Bについては,慰謝料300万円及び弁護士費用30万円)及びこれらに対する最後の不法行為の日(家裁送致日)である平成19年10月19日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。なお,以下の文中の日付は,特に断らない限り,平成19年である。

2  基礎となる事実(争いのない事実並びに各項末尾記載の証拠等によって容易に認定することのできる事実)

(1)  当事者等

ア 原告A(昭和62年12月30日生)は,平成19年9月当時,岐阜市内で居住し,土木作業員として稼働していた。保護観察処分を受けた前歴はあるが,逮捕勾留された経験はなかった。〔乙91,原告A本人(38頁)〕

イ 原告Bは,平成18年10月に第59期司法修習を修了し,弁護士登録をした京都弁護士会所属の弁護士である。

ウ C検事及びD検事は,いずれも検事であり,平成19年9月及び10月当時,京都地方検察庁に配属されていた。

(2)  本件事件の発生

ア 平成19年9月28日夜,原告Aは,知人ないし友人であったE(24歳),F(22歳),G(22歳)及びHと連れ立って自動車で岐阜市内を出発し,翌29日午前零時ないし午前1時ころ,京都市a区内の京阪b駅付近に到着し,駐車場に自動車を駐車させて,京都市内の著名な歓楽街であるいわゆるc付近で遊興した後,上記駐車場に戻ろうとした。同日午前5時40分ころ,原告A,E,F及びG(以下「原告Aら4名」という。)が京都市d区e町f地所在のコンビニエンスストアL(以下「本件店舗」という。)前に差し掛かった。

イ 原告Aら4名は,順次本件店舗に入店した。数分後,原告Aら4名は,何も購入することなく本件店舗から出たが,その際,Eは,本件店舗から,調理麺,おにぎり等7点を,レジを通すことなく持ち出し,万引きした。

ウ Eの万引きに気付いた本件店舗の店員被害者Iは,原告Aら4名を追いかけ,声をかけた。その後,被害者Iは,本件店舗前路上で,F,G及び原告Aから,こもごも,胸ぐらを掴まれ,顔面を殴打され,身体を足蹴りされる等の暴行を受け,さらに,これを制止しようとした本件店舗の店員被害者J及び同Kも同様に暴行を受けた。(乙11ないし13)

エ これらの暴行により,被害者Iは,加療約1週間を要する頭部顔面打撲等の,同Jは,加療約1週間を要する左顔面打撲等の,同Kは,加療約1週間を要する顔面打撲の各傷害を負った。(乙14ないし16)(上記イないしエの事実を,以下「本件事件」という。)

(3)  原告Aらの身柄拘束等

ア 9月29日午前6時ころ,原告Aは,E及びFとともに,傷害(共謀による被害者I及び同Jに対する犯行)の現行犯人として逮捕され,京都府五条警察署司法警察員に引致された。

同日午後5時39分ころ,共犯者Gは,強盗致傷(原告A,E及びFとの共謀による,万引きした商品を取り返されることを防ぎ,逮捕を免れるためにした被害者I,同J及び同Kに対する暴行による傷害)の被疑事実で通常逮捕され,京都府五条警察署司法警察員に引致された。

イ 同月30日,京都府五条警察署司法警察員は,原告Aら4名につき,強盗致傷の被疑事実(上記Gの逮捕事実と同一)で,京都地方検察庁検察官に送致した。

ウ 10月1日,原告Aに対して,勾留場所を五条警察署留置施設として勾留状が発布され,同月10日,勾留期間が同月20日まで延長された。E,F及びGも,同様に勾留され,勾留期間が延長された。

エ 同月1日,原告Bは,原告Aの国選弁護人として選任された。

(4)  捜査の経緯の概要

ア 逮捕時の弁解録取において,傷害罪で逮捕された3名のうち,原告Aは,「相手の胸倉を掴んだことは認めるものの,怪我をさせるような暴行は加えていない」旨,Eは,「友達を止めただけで手を出していない」旨弁解し,Fは,事実を認めた。強盗致傷罪で逮捕されたGは,殴ったことは認めたが,Eが万引きしたことは知らなかったと述べた。(乙32,34,36,38)

イ 9月29日に行われた司法警察員の取調べで,被害者Iは,Eが万引きをした旨,Fと原告Aに殴られた旨を供述し,被害者Jは,Fから殴られた旨及び原告AかGのどちらかが被害者Iを殴打するところを見た旨,被害者Kは,Fから殴られた旨及び原告Aが被害者Iの胸倉を掴んだり殴っているのを見た旨,Gが被害者Iを殴っているのを見た旨をそれぞれ供述した。(乙57ないし59)

ウ 9月29日,司法警察員は,本件店舗に備付けの防犯ビデオに原告Aらの犯行が撮影されていることを確認し,デジタルカメラで重要な場面を撮影し,その写真55葉を添付した捜査報告書を作成した(以下「本件ビデオ写真報告書」という。)。10月2日,司法巡査は,このビデオテープ(以下「本件ビデオテープ」という。)を本件店舗の店長から任意提出を受けて領置した。(乙8,163ないし166)

エ Eは,万引きの事実について,逮捕当初は,覚えていないと供述していたが,やがて,この事実を認めるに至った。もっとも,万引きは一人でしたことであると供述し,F,G及び原告Aとの共謀の事実は否認した。他方,本件店員らに対する暴行については,Eは,これを否認し,暴行を振るったF,G及び原告Aとの間の共謀についても否認した。(乙93,112,134)

オ Fは,本件店舗から出た後,Eが万引きしたことに気付き,Eを守るため,本件店員ら3名に対して暴行を振るったことを認めた。(乙2,4,10,122,125,135ないし137)

カ Gは,10月9日に行われたC検事の取調べの際には,本件店舗の店員を殴ったことを認めたものの,よく覚えていない旨供述していたが,その後,被害者Iを殴ったことを認めるに至った。もっとも,Eが万引きをしたことに気付いていたことについては最後まで明確には認めなかった。(乙3,5,6,111,124,138,139)

キ 原告Aは,捜査段階を通して,被害者Iの胸倉を掴んで揺する等の暴行を加えたことは認めたものの,被害者Iを殴打,足蹴りしたことは否認し,本件店舗から出た後にEが万引きをしたことに気付いたことは認めたものの,Eと万引きを共謀したことについては否認した。(乙1,9,92,116,121,156,159)

(5)  原告Aに対する取調べ等

ア C検事は,本件事件の捜査の担当となり,10月9日午後1時16分から28分までの12分間,京都地方検察庁で原告Aを取り調べた(以下「10月9日取調べ」という。)。(甲149)

イ 原告Bは,同月10日,京都地検検事正に対し,10月9日取調べにおいて,C検事によって違法な取調べがなされた疑いがある旨を記載した通知書(以下「本件通知書」という。)を発送し,本件通知書は,翌11日に京都地検検事正に配達された。(甲5)

ウ 同月15日,本件事件捜査の担当がC検事からD検事に変更された。

エ D検事は,同月15日午前10時01分から午前10時43分までの42分間京都地方検察庁において,及び同月17日午後7時18分から午後7時42分までの24分間五条警察署において,それぞれ原告Aを取り調べた(以下,同月17日の取調べを「10月17日取調べ」という。)。(甲142,143)

オ 原告Bは,同月18日,京都地検検事正及び検事総長宛に,10月17日取調べにおいて,D検事によって違法な取調べがなされた旨を記載した抗議書(以下「本件抗議書」という。)を発送し,本件抗議書は,翌19日,京都地検検事正及び検事総長に配達された。(甲8,9)

(6)  原告Aら4名の処分状況等

ア D検事は,10月19日,Eについて,窃盗の単独犯と認定した上で不起訴とし,F及びGについては,原告Aとの共謀による傷害罪として京都地方裁判所に公判請求し,原告Aについては,刑事処分相当との意見を付して京都家庭裁判所に送致した(以下「本件家裁送致」という。)。なお,送致書の「審判に付すべき事由」欄には,「送致書記載の犯罪事実」と記載され,司法警察員作成にかかる京都地検検事正宛の9月30日付送致書(罪名「強盗致傷」)が引用されていた。また,送致書の「参考事項」欄には,F及びGが傷害罪で公判請求したことが記載されていたが,Eを起訴猶予としたことは記載されていなかった。(甲11,25,乙17)

イ 京都家庭裁判所は,同日,原告Aにつき観護措置決定をすると共に,その住居地を管轄する岐阜家庭裁判所に移送する旨の決定をした。これに先立つ同月18日,原告Aは,原告Bを付添人に選任した。(乙167)

ウ 同月22日Gが,同月26日Fがそれぞれ保釈された。

エ 11月14日,岐阜家庭裁判所は,原告Aについて,原告A,F及びGとEとの間で窃盗についての共謀の事実を認めることができず,Eが盗品の取り返しを防ぎ,逮捕を免れ,又は罪証を隠滅するために暴行脅迫をした事実があったとはいえず,Eと原告A,F及びGとの間で暴行について共謀が成立したということもできないから,原告Aについて強盗致傷罪は成立しないとし,F及びGとの共謀による被害者I,同J及び同Kに対する傷害の犯罪事実を認定した上,保護観察に付する旨を決定した。(甲12)

オ F及びGは,12月11日に開かれた第1回公判期日において,いずれも公訴事実を認めた。12月18日,Fについて懲役1年(執行猶予3年),Gについて懲役10か月(執行猶予3年)の各判決が言い渡され,いずれも確定した。(乙20,21)

3  争点及び当事者の主張

本件の主たる争点は,C検事及びD検事に国家賠償法1条1項の適用上の違法行為があったか否か及び原告らに損害が認められるか否かであり,争点についての当事者の主張は次のとおりである。

(1)  10月9日取調べにおけるC検事の言動は,国家賠償法1条1項の適用上,違法か

(原告Aの主張)

ア C検事は,10月9日取調べにおいて,原告Aが「被害者Iを殴っていない」旨の供述したのに対し,机を蹴って威嚇し,「そんなん嘘や,おまえらの事なんて信じへんわ」と大声で怒鳴りつけ,「お前らは腐っている。くず」と侮辱した上,「お前としゃべてても,話にならへん。お前らが何と言おうと強盗致傷で持って行く。とことんやったるからな」と脅迫した。

イ このような取調べは,取調検事としての職務上の法的義務に違反するもので,国家賠償法1条1項の適用上,違法である。

(被告の主張)

原告Aの主張事実は否認する。C検事は,被害者Iの胸ぐらを掴んだだけで,殴打,足蹴りについては覚えていない旨の原告Aの供述が不合理であると判断し,原告Aを更生させるためにも真実を語らせる必要があると考え,正直に話すように諭したが,原告Aが,覚えていないとの供述を維持するため,「君は,根性が腐っとるな。ちゃんと思い出そうとする努力をしているのか。本当にきちんと思い出す気持があるのか。」等と言い,これ以上取り調べても進展はないと考え,原告Aに対し,「君の言っていることは全く信じられない。これ以上君としゃべってても話にならへんので今日は帰っていい。ちゃんと思い出してくれ。」と述べて,取調べを終了したにすぎない。

(2)  10月17日取調べにおけるD検事の原告Aに対する発言は,国家賠償法1条1項の適用上,違法か

(原告らの主張)

ア D検事は,10月17日取調べにおいて,原告Aに対し,「君の弁護人は,弁護士になってから何年目か知っているか。少年の君になめられるのが嫌やから年数言ってないけど,1年経ってへんねんぞ。あの弁護士は,刑事のこと何もわかってないで。あんな弁護士がついて君も運が悪いな。」,「このまま行ったら,家裁へ行って,鑑別所に入り,逆送になって,刑事裁判になる。裁判になったらたくさんの人を調べるのに時間がかかるから,君が話すのは7回目くらいになる。そうなったら,成人式なんて到底でられへんな。」,「自分は覚えがなくても,警察や検事,相手がやられたって言ってるやん。自分は覚えていなくても,やったかもしれないって言ったらまるく終わるやん。」,「弁護士と話すなら,私はもう帰る。私を信じるのか,弁護士を信じるのか。」,「あんな人のことをよく信じるね。君はかわいそうだよ。」と述べた。

イ 被疑者には,弁護人依頼権(憲法34条前段)が保障されている。この弁護人に依頼する権利は,身体の拘束を受けている被疑者が,拘束の原因となっている嫌疑を晴らしたり,人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。したがって,右規定は,単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく,被疑者に対し,弁護人を選任した上で,弁護人に相談し,その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである。

ウ 被疑者・被告人は,法律の専門家である検察官とは異なり,通常法的知識に乏しいので,法律の専門家である弁護人の保護なくしては防御権を適切に行使しえず,保護者としての弁護人が適切な弁護活動をすることによって当事者主義が初めて実質化する。よって,弁護人は,被疑者・被告人の単なる代理人ではなく保護者としての地位にある。

そして,弁護人が保護者としての役割を果たすためには,「他から不当な干渉を受けることなく有効に弁護活動をする権利」(以下「弁護権」という。)が保障されている必要がある。なぜなら,このような権利がなければ,弁護人は保護者として弁護活動を全うすることができず,その結果,被疑者の弁護人依頼権及び弁護人選任権(刑事訴訟法30条)は結局のところ有名無実化してしまうからである。したがって,被疑者の弁護人依頼権及び弁護人選任権を実質化するためには,このような権利と表裏一体のものとして弁護人に弁護権が保障されるのである。

このような弁護人の弁護権は,敷衍すれば,「弁護人が,その固有権として,捜査機関などの公権力からの妨害を受けることなく,被疑者・被告人に対して刑事手続上の実質的な援助を与える権利」である。この弁護権は,①接見交通権など,明文上弁護人の固有の権利として保障されている弁護活動を行う権利を内包し,②捜査機関などの公権力からの妨害を受けないという性質から,自由権としての側面を有する。

エ 被疑者と弁護人との間に信頼関係がなければ,弁護人依頼権も弁護権も画餅に帰する。

被疑者と弁護人の関係は,ほとんどの場合当該刑事事件の受任を契機として始まるから,当初から十分な信頼関係が成立していることは少ない。したがって,弁護人は,被疑者との接見その他の弁護活動を通じて,弁護人の保護者たる地位を説明し,取調べ等に向けて適切なアドバイスをし,あるいは家族等との連絡役となって,被疑者から十分な情報を得て,被疑者と意見を交換したりしながら,被疑者との信頼関係を構築していくのである。

このように,被疑者と弁護人との信頼関係は,被疑者の弁護人依頼権を具体化し,同時に弁護人が弁護権を行使していくための不可欠の前提となっており,このような被疑者と弁護人との信頼関係は,捜査機関から不当な干渉をされないという意味で,法的な保護を受ける。

そうすると,捜査機関が,弁護人の弁護活動を契機として被疑者に違法不当な対応や不利益な処遇を行い,もって被疑者と弁護人との信頼関係を破壊し,あるいは動揺させようとして被疑者に不当に働きかける行為は,弁護活動に萎縮的効果を及ぼすものであって,被疑者の弁護人依頼権及び弁護人の弁護権を侵害する違法な行為となる。

したがって,検察官には,被疑者と弁護人との信頼関係を破壊し,動揺させることのないよう注意する職務上の法的義務がある。

オ D検事の上記ア記載の発言は,原告Aと原告Bの信頼関係を破壊することによって,虚偽の自白を獲得しようとしたものであり,原告Aの弁護人依頼権及び原告Bの弁護権を侵害し,取調検事としての職務上の法的義務に違反する行為であって,国家賠償法1条1項の適用上,違法である。

(被告の主張)

ア 原告の主張アの事実は否認する。D検事は,原告Aが,勾留の満期に釈放されると思っている口ぶりであったことから,そうではないことを伝えるために,原告Aに対し,今後の手続について,家庭裁判所に送致されること,鑑別所に入ることがあること,審判の結果,逆送され,刑事処分を受けることがあること等を説明するとともに,原告Aが成人式に出席したいと話していたことから,「成人式は晴れの舞台であり,嘘をついてやましい気持のまま出る資格はない。君は,成人式に出る資格がない。」と説諭し,折から,原告Bが接見を求めているとの連絡が入ったので,原告Aに対し,「先生が来ているけど会いますか。接見しますか。」と尋ねたところ,原告Aが「会う。」と答えたので,「私は,じゃ帰ります。」と告げて,取調べを終えたにすぎない。

イ 原告Bは,弁護人には「弁護権」が保障されていると主張するが,その主張には根拠がない。そもそも弁護人には「固有権」があると解されているが,これは,接見交通権(刑事訴訟法39条1項),証拠書類・証拠物の閲覧・謄写権等,弁護人の権限として法が特別に規定した権利であり,これを超えて,「捜査機関などの公権力からの妨害を受けることなく,被疑者・被告人に対して刑事手続上の実質的な援助を与える権利」が一般的に認められるものではない。

ウ 被疑者と弁護人との信頼関係は,接見交通権が保護されたことに伴って付随的に受ける事実上の利益にすぎず,国家賠償法上,直接に法的保護の対象になるものではない。したがって,本件において,D検事の行為によって,国家賠償法1条1項における権利侵害行為があったか否かは,原告Aと同Bの信頼関係の破壊により,刑事訴訟法39条1項によって保障された被疑者又は弁護人の接見交通権が侵害されるに至ったかどうかによって判断されるべきものである。

(3)  本件家裁送致は,国家賠償法1条1項の適用上,違法か

(原告らの主張)

ア 検察官が,①収集した資料の証拠評価を誤るなどして,経験則上到底首肯しえないような不合理な心証を形成し,客観的には当該犯罪の嫌疑が認められないのに,当該犯罪の嫌疑があるものとしてその少年事件を家庭裁判所に送致した場合,もしくは,②少年が被疑事実を認めなかったこと等に対する報復を目的として,その少年事件を重い罪名で家庭裁判所に送致した場合には,その家裁送致は,検察官の職務上の法的義務に違反する行為と言うべきである。

イ D検事は,万引きをしたEについては不起訴とし,本件店舗の店員に暴行を加えたF及びGについては,強盗致傷罪ではなく,傷害罪で起訴した。それにもかかわらず,少年である原告Aの事件だけを,強盗致傷という罪名で家庭裁判所へ送致し,かつ,刑事処分相当との意見を付した。

しかしながら,原告Aに対する法律記録を検討しても,原告AとEとの間に窃盗についての共謀を認定し得るだけの証拠はなく,暴行行為に及んだ原告A,F及びGとEとの間に,暴行についての共謀を認定しうるだけの証拠もなかった。つまり,本件においては,捜査が終了した段階で,原告Aについて,客観的に強盗致傷の嫌疑は認められなかった。

したがって,D検事は,検察官が,捜査資料の証拠評価を誤るなどして,経験則上到底首肯しえないような不合理な心証を形成し,客観的には強盗致傷罪の嫌疑が認められないのに,これがあるものとして,その罪名で本件家裁送致をしたものである。

ウ また,D検事は,原告Aに対する法律記録を検討しても,強盗致傷罪の嫌疑がなかったにもかかわらず,原告Aが被疑事実を認めなかったことに対する報復及び原告Bが本件通知書や本件抗議書を発したことに対する報復を目的として,原告Aの事件を強盗致傷の罪名で家庭裁判所に送致したものである。

エ 本件家裁送致は,原告Bによる被疑者弁護活動の一切が無駄であったという決定的なメッセージを伝え,被疑者と弁護人との信頼関係を破壊する行為である。これにより,本件事件のその後の付添人活動に萎縮効果が及ぶことはもとより,原告Bの今後の刑事弁護活動に対しても萎縮効果が生じることになる。よって,このようなD検事の行為は,被疑者の弁護人依頼権及び弁護人の弁護権を侵害しないよう注意すべき検察官の職務上の法的義務に違反し,国家賠償法1条1項の適用上,違法である。

(被告の主張)

ア D検事は,窃盗の実行行為者であるEについては,F,G及び原告Aとの間に窃盗ないし暴行の共謀が成立したことを公判において立証するに足りる証拠が存在するか否かという観点から,これらを肯定する根拠となる事実と,否定する根拠となり得る事実を総合的に勘案した結果,これらを公判において立証する証拠は不十分と判断し,窃盗の単独犯と認定した上で,被害品の大半が還付されていることなどを考慮して不起訴とし,F及びGについては,Eとの間の窃盗の共謀を公判において立証する証拠は不十分であるが,原告Aとの間の暴行の共謀を立証するに足りる証拠はあると判断して,それぞれ傷害罪で公判請求し,少年である原告Aについては,他の共犯者らと異なり,Eとの間の窃盗の共謀を認定する根拠となる事実が認められたことから,最終的に審判において傷害罪として縮小認定される可能性も視野に入れつつ,非行事実の認定については家庭裁判所の判断に委ねる趣旨で,強盗致傷の罪名で家庭裁判所に送致したものである。

イ よって,D検事は,本件家裁送致にあたり,経験則上首肯し得ないような不合理な心証を形成したことも,原告Aに対する報復目的もなく,職務上の法的義務違反の事実はない。

(4)  原告らの損害の有無

ア 原告Aの損害

(原告Aの主張)

(ア) 原告Aは,10月9日取調べにおけるC検事の強圧的,威嚇的且つ虚偽的な取調により,恐怖感を抱き,著しい精神的苦痛を味わい,10月17日取調べでは,D検事の言動により,原告Bの能力に疑問や不安を抱き,原告Bへの信頼を大きく揺るがされ,虚偽自白寸前までの心理状態に追い込まれ,極めて大きな精神的苦痛を被った。また,本件家裁送致に対しては,E,F及びGに対する処分とバランスを大きく欠いており,多大な精神的苦痛を被った。

このような,原告Aの精神的苦痛を金銭で評価すると,金300万円を下らない。

(イ) C検事及びD検事の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は30万円が相当である。

(被告の主張)

争う。

イ 原告Bの損害

(原告Bの主張)

(ア) 10月17日取調べにおけるD検事の上記言動によって,原告Bは,強い屈辱感を受けると共に,原告Aとの信頼関係を不必要なまでに気にかけなければならない心理状態に置かれ,強い精神的苦痛を被った。

また,本件家裁送致によって,原告Bは,自分が弁護する原告Aのみが強盗致傷罪という重大な罪名で処分されたことにより,自己の弁護活動,とりわけ検察庁に対して行った,本件通知書及び本件抗議書の発送等の本来極めて正当な抗議活動がこの結果を招いたのではないかとの疑念を抱き,その後の弁護活動に取り組むについても心理的に大きな影響を受けた。

このような原告Bの精神的苦痛を金銭で評価すると,金300万円を下らない。

(イ) D検事の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は30万円が相当である。

(被告の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  10月9日取調べにおけるC検事の言動は,国家賠償法1条1項の適用上,違法か

(1)  証拠(甲3ないし5,8,20,21,原告A本人,原告B本人)によると,10月9日取調べにおいて,原告Aが,本件店舗の店員を殴ったり,蹴ったりはしていない旨,また,Eが万引きしたことは,本件店舗から出た後に気付いた旨,それぞれ供述したのに対し,C検事は,「そんなん嘘や。誰がお前らのことを信じる。」と大声で言い,脚を組んで椅子に深々と腰掛けていた体勢から,上側の脚で机の天板の裏側を蹴り上げ,「ドン」という大きな音を立てたこと,更に,C検事は,原告Aに対し,「Mだけか,まともなのは。」「お前もNもくずや,腐っている。」「誰がお前らのことなんて信じるんや。」「お前らが何て言おうと,強盗致傷で持っていく。」「とことんやったるからな。」等と言い,挙げ句に,「お前としゃべっていても話にならんから帰れ。」と言って,取調べを打ち切ったこと,以上の事実が認められる。なお,上記の「M」とはFのことであり,「N」とはGのことと解される。

(2)  これに対し,被告は,上記事実を否定し,証拠(乙23,証人C)中には,被告の主張に沿う部分がある。しかしながら,次の事情に照らすと,上記証拠中の(1)の認定に抵触する部分は採用できず,他に,(1)の認定を左右するに足る証拠はない。

ア 証拠(甲4,20,21,乙114,115,119,120,135,138,141ないし143,155,158,原告B本人)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

(ア) 日本司法支援センター(法テラス)からの依頼で原告Aの被疑者国選弁護人に就任した原告Bは,10月1日に原告Aと接見し,原告Aが,①E,F及びGと共謀していない,②Eが万引きをすることは知らなかった,③殴る,蹴るという暴行はしていないと主張していることを知り,原告Aに対し,「覚えがないのなら覚えがないときちんと言うように。」とアドバイスした上,原告Aが少年であって,不安な様子であったことから,弁護人として,原告Aに対する取調べ状況を把握する必要があると考え,同月4日には,原告Aに対し,「被疑者ノート」と題する冊子を差し入れ(甲4,以下「本件被疑者ノート」という。),取調べがあったその日のうちにこれに書き込むよう指示した。

(イ) 「被疑者ノート」は,取調べに対する牽制,弁護人による取調べ状況の理解,被疑者の自覚と励まし,公判における証拠としての利用等を目的として京都弁護士会刑事委員会が作成したもので,一日毎に,スケジュール(取調べ開始時間,終了時間を含む),取調官の名前,取調べ状況,供述した内容,調書作成の有無,調書の内容,取調べにおいて気になったこと等の記載欄がもうけられていた。

(ウ) 原告Aは,同月4日から,本件被疑者ノートへの記入を始めた。同月4日以降,原告Aの取調べが行われたのは,同月4日,同月9日,同月11日,同月12日,同月15日及び同月17日であったが,原告Aは,取調べが行われたすべての日の取調べ状況等を被疑者ノートに記入した。本件被疑者ノートには,取調べの状況のみならず,取調べの感想,自分の精神状態,親に対する想い等が書かれている。

(エ) 本件被疑者ノートの同月9日の頁には,(1)の認定事実と同旨の内容が記載されている。

(オ) 原告Bは,同月10日に原告Aと接見し,原告Aから,(1)の認定事実と同旨の事実の報告を受け,ひどい取調べであると感じ,その日のうちに本件通知書を発送した。本件通知書には,(1)の認定事実と同旨の事実が記載されている。また,原告Bが,原告Aと接見しながら記入した「接見ノート」(甲21,以下「本件接見ノート」という。)には,原告Aから報告を受けた内容として,(1)の認定事実と同旨の内容が記載されている。

(カ) C検事は,同月5日にFを,同月9日に原告Aを取り調べる前にGを取り調べていた。上記取調べの際,Fは,Eを助けるために自ら本件店員を殴打したことを認めていたが,Gは,Eが万引きしたことは知らず,本件店舗の店員を殴ったことは認めるが,よく思い出せないと供述していた。

イ 上記アの(ア)ないし(オ)の事実によると,本件被疑者ノートの同月9日の頁の記載内容は,原告Aが当日に記入したものと認めるべきである。また,上記ア(カ)の事実によれば,C検事は,同月9日において,Fの供述態度には好感を持っていたが,原告A及びGの供述態度には好感を持っていなかったと推認できるから,(1)の認定事実のうち,FやGに言及した部分は,当時の捜査の進展状況と符合するということができる。そして,上記アの(ア)ないし(ウ)の事実によれば,原告Aが,敢えてこれに嘘の記載をする動機があることを裏付ける特段の事情が認められたり,取調べ過程が録画されていて被疑者ノートの記載が事実と異なることが証明されたりすれば格別,そうでない限り,本件被疑者ノートの記載内容の信用性を高く評価すべきところ,上記特段の事情を認めるに足る証拠はない。

ウ よって,(1)の事実は,優に認定することができる。

(3)  C検事の言動は,職務上の法的義務に違反するか

ア 我が国の刑事訴訟法は,検察官,司法警察職員等が被疑者を取り調べることを認めている(刑事訴訟法198条1項)。取調べは,単なる弁解録取ではなく,真実の発見を目標として行われるものであると解される(犯罪捜査規範166条参照)から,取調官が,虚偽の供述をしていると思われる被疑者に対して真実を述べるように説得することは許されると解される。しかしながら,捜査手続といえども,個人の尊厳を基本原理とする日本国憲法の保障下にある刑事手続の一環であること,刑事訴訟法が事案の真相を明らかにするについて,公共の福祉の維持と基本的人権の保障を全うすることを基本原則としていること(同法1条),我が国が批准している市民的及び政治的権利に関する国際条約7条が,何人も品位を傷つける取扱いを受けないことを定めていること,警察官が犯罪の捜査を行うに当たって守るべき心構え,捜査の方法,手続その他の捜査に関し必要な事項を定めることを目的として定められた犯罪捜査規範(昭和32年7月11日国家公安委員会規則第2号)167条2項は,取調べに当たっては,冷静を保ち,感情に走ることなく,被疑者の利益となるべき事情をも明らかにするよう務めなければならない旨,同条3項は,取調べに当たっては,言動に注意し,相手方の年齢,性別,境遇,性格等に応じ,その者にふさわしい取扱いをする等,その心情を理解して行わなければならない旨それぞれ定めているところ,これらの準則の趣旨は,検察官が行う取調べにおいても参照されるべきであると解されること等に鑑みると,取調官が取調べの場で被疑者に対し,その尊厳や品位を傷つける言動をすることは許されず,取調官には,取調べをするに当たって,被疑者の尊厳や品位を傷つける言動をしない職務上の法的義務があるというべきである。

次に,国家が無辜の民を罰することがあってはならず,そのために,取調官たる者は,虚偽の自白を誘発する危険のある取調べを巌に慎むべきものである。また,取調官が取調べにおいて,被疑者の人権を侵すことがあってはならない。刑事訴訟法は,虚偽の自白を排除し,被疑者の人権を擁護するために,任意性に疑いのある自白の証拠能力を否定する厳格な自白法則を採用している(刑事訴訟法319条)。そうすると,供述の任意性に疑念を抱かれるような取調べ方法を採用してはならないのは,取調官としての職務上の法的義務というべきである。なお,犯罪捜査規範は,その趣旨を,「取調べを行うに当たっては,強制,拷問,脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかれるような方法を用いてはならない。」と定めているところである(168条1項)。

ところで,10月9日取調べがなされた当時,原告Aは少年であったところ,少年は,成人に比べて,社会経験が乏しく,傷つきやすく,自己を防御する能力も低いのが一般であると考えられる。犯罪捜査規範も,少年事件捜査については,「少年の健全な育成を期する精神をもってこれに当た」るべきこと(203条),「少年の特性にかんがみ」「取調べの言動に注意する等温情と理解をもって当たり,その心情を傷つけないないように務めなければならない」こと(204条)を定めている。これらに鑑みると,少年を被疑者として取り調べるに当たっては,取調官は,上記の,被疑者の尊厳や品位を傷つける言動をしない,供述の任意性に疑念を抱かれるような取調べ方法を採用しないという職務上の各法的義務を,成人被疑者を取り調べる場合以上に厳格に守るべきものである。

イ 以上の観点に立って,C検事の言動について検討する。

(ア) 「お前もNもくずや,腐っている。」との発言について

被疑者に対する取調べの場において,取調官が被疑者に対してした,「くず」「腐っている」との発言は,特段の事情のない限り,その尊厳や品位を傷つける発言であるというべきである。一般に,他人に対して発した言葉の評価は,その言葉だけを捉えるのではなく,その言葉が含まれる文脈やその言葉が発せられた状況の中で考察されるべきであるが,上記発言は,C検事が原告Aに対して,原告A自身が本件店舗の店員に対して殴る蹴るという暴行を振るったことや,万引きについてのEとの共謀の事実について自白を迫り,原告Aがこれを認めないで対峙している緊迫した状況の中で発せられたものであることを考えると,文脈や状況の中で考察しても,上記特段の事情があるとはいえないし,他に,上記特段の事情があることを認めるに足る証拠はない。

(イ) 机の天板の裏側を蹴り上げた行為及び「誰がお前らのことなんて信じるんや。」「強盗致傷で持っていく。」「とことんやったるからな。」との発言について

C検事が机の天板の裏側を蹴り上げた行為は,大きな音を出し,あるいはC検事自身の苛立ちを原告Aに示すことによって原告Aを威嚇する目的によってなされたものとしか解することができず,原告Aに恐怖感を与え,これによって虚偽の自白を誘発しかねないものである。また,C検事の「誰がお前らのことなんて信じるんや。」「強盗致傷で持っていく。」「とことんやったるからな。」との発言は,原告Aをして,C検事に対してどのような弁解をしても,C検事の見込みに反する限り,これを全く聞き入れて貰えないとの絶望感を与え,投げやりな気持から,あるいは,C検事に迎合しようとする動機から,虚偽の自白を誘発しかねない発言である。そうすると,C検事のこれらの言動は,供述の任意性に疑念を抱かれるような取調べ方法であるとの評価を免れない。

(ウ) 以上によれば,C検事の10月9日取調べにおける原告Aに対する言動は,取調検事として取調べの対象である被疑者に対して負担する職務上の法的義務に違反し,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を免れないというべきである。

2  10月17日取調べにおけるD検事の原告Aに対する発言は,国家賠償法1条1項の適用上,違法か

(1)  証拠(甲3,4,7ないし10,20,21,24,原告A本人,原告B本人)によると,次の事実が認められる。

ア 10月17日取調べにおいて,D検事が原告Aに対し,被害者Iに対して殴打,足蹴りをしたのではないかと尋ねたのに対し,原告Aは,これを否定した。そこで,D検事は,原告Aに対し,「このままいったら重い罪になるぞ。」「鑑別所に送られ,逆送にされて,刑事裁判になって,判決が7回目くらいになるぞ。それを望んでるのか。」「成人式にも出られないぞ。」と言い,「自分が覚えなくても,やったかもしれないって言ったら丸く終わるやん。」と自白を勧めた。更に,原告Bについて,「君の弁護人は弁護士になって何年目か知ってるか。少年の君になめられるのが嫌やから言ってないけれど,あの弁護士は1年経ってないぞ。刑事のこと全然分かってない。あんな弁護士がついて君もかわいそうやな。」「あんな人のことをよく信じるね。君は本当にかわいそうだよ。」と言った。取調中に,原告Bが原告Aとの接見を求めている旨の連絡が入り,原告Aが原告Bとしゃべりたいと言うと,D検事は,原告Aに対し,「弁護士と話すなら,私はもう帰る。私を信じるのか,弁護士を信じるのか。」と言って,取調べを終了した。

イ その直後,原告Bが待つ五条警察署の接見室に原告Aが入室したが,原告Bは,原告Aの様子がいつもと違って訝しげであると感じた。原告Bが「どうしたん。」と尋ねたところ,原告Aは,原告Bに対し,直前の10月17日取調べでD検事から言われたアの内容を伝えた。原告Bは,強い屈辱を感じたが,まず原告Aの信頼を取り戻さなければならないと考え,原告Aに対し,確かに自分は弁護士になって1年しか経っていないけど,弁護士である以上全力を尽くす等と話すとともに,自分が原告Aのために頑張って弁護活動をしていることを理解してもらうため,原告Aの両親に作成してもらい,原告Aに里心がつくことを避ける目的から原告Aが家裁送致になってから見せようと考えていた嘆願書をその場で原告Aに示した。

ウ 原告Aは,10月17日取調べにおけるD検事の発言を聞いて,原告Bに対する不安感を抱いたが,原告Bとの接見で,原告Bが自分のために弁護活動をしてくれていることを知り,原告Bを信じようと思った。

(2)  これに対し,被告は,上記(1)アの事実を否定し,証拠〔乙24(D検事の陳述書),証人D〕中には,原告Aに対し,(1)アの発言をしていないとの部分がある。しかしながら,次の事情に照らすと,上記各証拠中の(1)アの認定に抵触する部分は採用できず,他に,(1)アの認定を左右するに足る証拠はない。

ア 証拠(甲4,7ないし9,20,原告B本人)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

(ア) 本件被疑者ノートの10月17日の頁には,(1)アの認定事実と同旨の内容が記載されている。

(イ) 原告Bは,10月17日取調べの直後に原告Aと接見し,原告Aから,(1)アの認定事実と同旨の事実の報告を受けた。原告Bが,原告Aと接見しながら記入した本件接見ノートには,原告Aから報告を受けた内容として,(1)の認定事実と同旨の内容が記載されている。

(ウ) 当夜,原告Bは,京都弁護士会の刑事弁護委員会のメーリングリストに,「検事が被疑者に『あの弁護士は何年目か知ってるか。少年の君になめられるのが嫌やから年数言ってないけど,実は1年しかやってないんやで。あの弁護士は刑事のこと全然分かってない。あんな先生がついて,君も運が悪いな。あんなひとのことをよく信じるね。ほんと君はかわいそうだよ。』と言ったとのことです。検察修習の成績そんなに悪かったのかな・・・,もっと刑事のこと勉強します。」との内容のメールを発信した。

(エ) 翌10月18日,原告Bは,(1)アの認定事実と同旨の事実を記載した本件抗議書を発送した。

(オ) 原告Bは,10月17日の接見までの間に原告Aに対し,自分の弁護士としての経験年数を話したことがなかった。

イ 上記アの事実及び1(2)アの事実によると,本件被疑者ノートの10月17日の頁の記載内容は,原告Aが当日に記入したものと認めるべきである。そして,上記アの(イ)ないし(エ)の事実によれば,原告Aが,敢えてこれに嘘の記載をする動機があることを裏付ける特段の事情が認められたり,取調べ過程が録画されていて被疑者ノートの記載が事実と異なることが証明されたりすれば格別,そうでない限り本件被疑者ノートの記載内容の信用性を高く評価すべきところ,上記特段の事情を認めるに足る証拠はない。

ウ 他方,乙24(D検事の陳述書)及び証人Dの供述の信用性を高く評価することができない。その理由は,次のとおりである。

(ア) 証人Dは,10月17日取調べで原告Aに対し,原告Bの弁護士としての経験年数を述べたことはなく,そもそも,原告Bが司法研修所の何期生であるかも知らなかった旨供述する(第6回口頭弁論における証人調書9頁,第7回口頭弁論における証人調書9頁)が,原告Aが原告Bの弁護士としての経験年数をD検事又は原告B本人から教えられる以外の方法で知りうるとは考えがたいこと,原告Bが10月17日までの接見において原告Aに対し,これを教えたとも考えがたいことに照らすと,D検事から教えられた旨の原告Aの供述の信用性は高いといわざるを得ず,翻って,証人Dの上記供述部分は採用できない。

(イ) 証人Dの供述中には,本件ビデオテープには,原告Aが被害者Iを殴打している部分が写っていたのに,原告Aがその点について不合理な否認を続けていたとの趣旨の部分がある(第6回口頭弁論における証人調書3頁)が,次の事実によれば,本件ビデオテープに上記殴打場面が写っていたとの部分は信用できず,このことは,証人Dの供述全体の信用性の評価に影響を与えざるを得ない。

a 本件ビデオテープに原告Aが被害者Iを殴打した場面が写っていたのであれば,本件ビデオテープは,原告Aにその点について自白を求めるについて決定的証拠である。しかるに,証拠(証人C,同D)によれば,C検事もD検事も,原告Aの取調中に本件ビデオテープを再生して,原告Aに上記場面を示したことがないことが認められる。

b 証拠(乙8)によると,司法警察員が本件ビデオテープのうち重要な場面をデジタルカメラで撮影した本件ビデオ写真報告書には,上記殴打場面の写真が存在しないことが認められる。仮に,司法警察員が上記殴打場面の重要性が理解できず,上記殴打場面を撮影しなかったとしても,これは,その後の原告Aの否認を覆す決定的証拠であるから,D検事としては,司法警察員に対し,上記殴打場面を撮影して捜査報告書として残すことを指示するのが通常と思われるが,証拠(証人D)によれば,D検事は,その指示をしなかったことが認められる。

c 証拠(証人D)によれば,本件ビデオテープは,F及びGの傷害事件の証拠として刑事裁判所に提出されたが,原告Aの家裁送致の記録には添付されなかったこと,F及びGの刑事事件が終局した後,本件ビデオテープは廃棄され,現存していないことが認められる。本件ビデオテープを刑事裁判の証拠とする必要があったとしても,被害者Iに対する殴打の事実を否認する原告Aの弁解を覆す決定的証拠である本件ビデオテープについて,せめてダビングテープを作成して家裁送致記録の一部としなかった理由は明らかでなく,不合理であるといわざるを得ない。

d 証拠(乙121)によると,10月12日ころ,原告Aは,本件ビデオテープの映像を見せられたこと,同日付の司法警察員に対する供述調書には,その点について,本件ビデオテープの映像を見せてもらったが,「私が見た限りではビデオの中で私が店員を殴った場面はありませんでした。」と記載されていることが認められる。この記載内容から,原告Aが店員を殴った場面がないとの原告Aの主張を取調警察官が否定できなかったことが窺われる。

(3)  D検事の発言は,職務上の法的義務に違反するか

ア 憲法34条前段は,「何人も,理由を直ちに告げられ,且つ,直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ,抑留又は拘禁されない。」と弁護人依頼権を定めている。この権利は,身体の拘束を受けている被疑者が,拘束の原因となっている嫌疑を晴らしたり,人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。したがって,右規定は,単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく,被疑者に対し,弁護人を選任した上で,弁護人に相談し,その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである(最高裁平成11年3月24日大法廷判決・民集第53巻3号514頁参照)。

イ 被疑者・被告人には,憲法及び刑事訴訟法によって,自己を防御するために様々な権利が与えられている。とはいっても,被疑者・被告人と捜査機関では圧倒的な力の差がある。被疑者・被告人が法律の専門家である弁護士の援助を受ける機会を持つことが実質的に保障されて,被疑者・被告人の防御権は始めて実効的なものになり,憲法31条の適正手続の保障が全うされる条件が整うということができる。

ウ 弁護人に選任された弁護士は,被疑者及び被告人の防御権が保障されていることにかんがみ,その権利及び利益を擁護するため,最善の弁護活動に務めなければならない(日本弁護士連合会「弁護士職務基本規程」46条)。弁護人が被疑者・被告人のために行う弁護活動は,被疑者・被告人の憲法上の権利である弁護人依頼権を保障するために行われるのであるから,正当な弁護活動を行う利益は,法的保護に値し,これを「弁護権」と呼ぶかどうかは別として,この利益を侵害された弁護人は,裁判所に対し,不法行為法上の救済を求めることができるというべきである。

エ 弁護人は,被疑者・被告人の弁護人依頼権を実質的に保障するために誠実に努力すべき責務を負っているのであるが,これを実現するためには,被疑者・被告人との間で信頼関係を築き,これを維持することが不可欠である。信頼関係がなければ,被疑者・被告人は弁護人に対し,弁護人が適切な助言をするために必須の情報である本当の事実や自分の本音を話すことがないし,弁護人が適切な助言をしても,これに耳を傾ける気持になれないからである。そして,被疑者・被告人が弁護人から援助を受ける機会を持つことが実質的に保障されることが,憲法31条の保障下の刑事手続きを全うするための条件なのであるから,警察官,検察官,裁判官その他刑事司法に携わる者は,弁護人が被疑者・被告人と信頼関係を築くことをみだりに妨害してはならず,築かれた信頼関係をみだりに毀損,破壊してはならない職務上の法的義務があるというべきであって,このような妨害,毀損,破壊行為は,被疑者・被告人の弁護人依頼権を侵害して違法であるばかりでなく,弁護人が弁護活動を行う利益を侵害して違法であるというべきである。

オ ところで,被疑者の取調べの際の検察官等の取調官の発言は,その性質上,被疑者の弁護人に対する信頼感に対して,一定の影響を与え得ることは避けられない。したがって,取調官の発言が被疑者と弁護人との信頼関係を「みだりに」毀損,破壊する行為であるか否かは,その発言をした動機,目的,取調べにおける局面,被疑者の属性(年齢,前科等)等を総合勘案して判断されるべきである。

カ これを10月17日取調べについてみる。

(ア) (1)で認定した10月17日取調べにおけるD検事の発言(以下「本件D検事発言」という。)は,原告Aに対し,原告Bの弁護士としての経験が浅いことを教えることにより,原告Aに対し,原告Bの能力に対する不安を与えるものであって,原告Aと原告Bとの信頼関係を毀損,破壊しようとする行為であることは明らかである。

(イ) そして,弁論の全趣旨によれば,10月17日取調べが原告Aに対してなされた最後の取調べであることが認められるところ,本件D検事発言の全体をみると,D検事は,原告Aに対して最終処分をするに当たり,原告Aが被疑事実の一部について否認を続けているのは原告Bの影響があるものと考え,原告Aの原告Bに対する信頼を毀損し,併せて,このままの状況では,身体拘束が長くなる結果,成人式にも出席できなくなるとの不安を与え,経験の浅い弁護士よりも検察官の勧めに従って否認している部分について自白をすれば,身柄拘束の長期化を回避できることを暗に告げ,原告Aに対し,自白を迫ったもの推認することができる。そうすると,D検事が,原告Aと原告Bの信頼関係を毀損する行為に及んだ動機,目的に全く正当性を見出すことができず,これに,原告Aが少年であって,捜査機関に身柄を拘束されるのは初めての経験であったから,五条警察署留置施設で不安な日々を送っていたと推認され,原告Aが自らを適切に防御するためには,成人や累犯者の場合以上に,弁護人の適切な援助の果たす役割が肝要であることを考え合わせると,本件D検事発言は,被疑者と弁護人との信頼関係を「みだりに」毀損しようとしたといわざるを得ない。

キ 以上によれば,本件D検事発言は,取調官として取調べの対象である被疑者及びその弁護人に対して負担する職務上の法的義務に違反するものであって,国家賠償法1条1項の適用上,違法であるというべきである。

3  本件家裁送致は,国家賠償法1条1項の適用上,違法か

(1)  検察官は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,家庭裁判所から送致を受けた事件について公訴を提起する場合を除き,これを家庭裁判所に送致しなければならない(少年法42条)。送致を受けた家庭裁判所は,「非行事実」を「要保護性」とともに審判の対象とするが,ここに審判の対象である「非行事実」とは,送致書に記載された犯罪事実(以下「送致事実」という。)に限られるのではなく,刑事訴訟法上の「公訴事実」に該当する事実,即ち,送致事実と同一性を有する非行事実全体に及んでいると解せられる。

(2)  本件において,原告らは,本件家裁送致が違法であると主張しているが,原告らも原告Aについて少なくとも暴行罪が成立することは争うものではないし,少年法は,いわゆる全件送致主義を採用しているから,検察官が本件で家裁送致したこと自体を違法と主張するものではなく,送致に当たり,送致事実を「強盗致傷」としたことが違法であると主張するものである。

(3)  公訴提起は,公訴権を独占している検察官が嫌疑の有無,処罰の必要性等を勘案した上,裁判所に対し,特定の刑事事件について審判を求める意思表示である。審判の対象は,「訴因」であるが,検察官がこれを維持できないと判断すれば,公訴事実の同一性の範囲内で,訴因を変更することができる。被疑者が起訴価値のある特定の犯罪を犯したことについては充分な証拠がある場合において,検察官が,その犯罪と公訴事実を同一とする範囲内で敢えて重い訴因を構成して起訴した場合,重い罪名で起訴されたこと自体が被告人の名誉を侵害すること,被告人には,その後の審理で重い訴因に対して防御しなければならない負担が生じること等に照らすと,裁判所による重い訴因事実の認定を期待し得るだけの合理的根拠が欠如している場合には,その起訴は違法と評価すべきである。

他方,検察官が特定の犯罪事実について充分な証拠のある少年の被疑事件を家庭裁判所に送致する場合において,その犯罪事実と事実を同一とする範囲内で敢えて重い犯罪事実で送致した場合においても,少年は,重い犯罪事実について防御しなければならない負担を被ること,家庭裁判所によって重い犯罪事実を認定された場合,それは保護処分の選択や検察官送致をするか否かの判断に影響を与えるから,重い犯罪事実で送致されたこと自体が少年に強い不安を与えると考えられること等に照らすと,重い犯罪事実を基礎づける証拠の有無,検察官が重い犯罪事実で送致した動機等,諸般の事情によっては,その家裁送致が違法と評価される場合があり得るというべきである。

そこで,家裁送致を違法と評価すべき基準について検討するに,検察官が少年を起訴するについては,「公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑があると思料する」ときである必要がある(少年法45条5号)のに対し,家裁送致するについては,「犯罪の嫌疑があるものと思料する」ときであれば足り(同法42条),求められる嫌疑の程度には差があるというべきこと,刑事裁判においては,検察官は,訴因を立証するために必要な証拠を公判に提出して,自らの主張を裁判所に認めさせるべく訴訟活動をするのに対し,少年審判事件においては,検察官は,捜査記録一切を家庭裁判所に送付し(少年審判規則8条2項),検察官関与決定(少年法22条の2,なお,本件では同決定はなされていない。)がなされた場合を除き,事実認定を家庭裁判所に一任するものであるから,検察官の主張(刑事裁判における訴因,少年審判事件における送致事実)が裁判所による最終的な事実認定に与える影響は,刑事裁判におけるよりも,少年審判における方が小さいと考えられること,刑事裁判は公開の法定で審理されるのに対し,少年審判事件は非公開であり,審判に付された少年を特定し得る事項を報道することが禁止されている(少年法61条)から,検察官によって重い罪名を付けられたことによって名誉が毀損される程度は,刑事裁判におけるよりも少年審判における方が軽いというべきこと等,刑事裁判と少年審判では,その手続構造に様々な違いがあり,被告人と審判に付された少年とでは,権利侵害の程度にも違いがある。これらを総合勘案すると,検察官が特定の犯罪事実について充分な証拠のある少年の被疑事件を家庭裁判所に送致する場合において,①検察官が,経験則上到底首肯し得ないような不合理な心証を形成して重い罪名で家裁送致した場合,又は②検察官が少年や弁護人に対する報復等,違法・不当な目的をもって敢えて重い罪名で家裁送致した場合には,その家裁送致が違法となると解するのが相当である。

(4)  これを本件について以下検討する。

ア 証拠(各項末尾に記載)によると,次の事実が認められる。

(ア) 本件ビデオテープには,Eが本件店舗内の陳列台から万引きする商品を手にとり,これを持ってその場を立ち去った際その後方のごく近接した場所に原告Aがいたこと,F,G及び原告Aの3名のうち,このときEの傍にいたのは原告Aのみであったことが映っていた。そして,このときの原告Aの身体の向きや視線は,見ようによっては,本件店舗の店員の様子を窺っているように見えた。(乙8写真番号⑳ないし<23>,<26>)

(イ) Eが万引した商品は,調理麺3点,おにぎり3点,手巻き寿司1点であり,Eが一人で食べるには量が多いと考えられた。(乙43)

(ウ) 被害者Iは,検察官に対し,Eが上記被害商品を本件店舗外に持ち出した後,本件店舗前路上のゴミ箱に被害品を置き,何かを食べていることが本件店舗のガラス越しに見えたが,その際,F,G及び原告Aがその傍にいた旨,これを見た被害者Iが,被害者Jや同Kに対し,Eが持ち出した商品がレジを通っていないことを確認したが,その様子を原告Aら4名が本件店舗のガラス越しに見ていた旨,供述していた。(乙11)

(エ) 被害者Iは,検察官に対し,原告Aら4名が本件店舗前路上から立ち去ろうとしたので,本件店舗外に出て,Eの後を追ったところ,Fが被害者Iの前に立ち塞がってこれを妨害し,その後,F,G及び原告Aから暴行を受けた旨供述していた。(乙11)

(オ) D検事は,原告Aら4名に強盗致傷罪が成立するためには,窃盗の実行行為者であるEと本件店員らに暴行に及んだことが明らかなF,G及び原告Aとの間に,窃盗又は暴行について共謀が成立する必要があるところ,上記(ア)ないし(エ)の証拠は共謀の事実を裏付けるが,他方,原告Aら4名は,いずれも窃盗の共謀の事実を否定していること,Eが本件店員らに暴行を加えた事実がなく,かえってEは,Gや原告Aが暴行を加えることを制止していたことは,上記共謀の事実を否定する根拠になると考えた。そして,D検事は,E,F及びGについては,窃盗又は暴行についての共謀の事実を公判において立証するには証拠が不十分であると考え,Eについては,窃盗罪を認定した上,起訴猶予とし,F及びGについては,原告Aとの共謀による傷害罪で公判請求をした。他方,原告Aについては,F及びGと異なり,(ア)の事実がEとの窃盗の共謀について有力な証拠になることから,最終的には審判で傷害罪として縮小認定される可能性も視野に入れ,もし家庭裁判所で検察官送致の決定がなされた場合には,新たな証拠を収集できない限り,強盗致傷罪では起訴できないであろうと考えつつ,強盗致傷の犯罪名で本件家裁送致をした。

イ D検事の上記判断の結果,成人であって本件事件の端緒を作ったEが起訴猶予とされ,成人であるFとGが,とりわけFは原告Aよりも激しい暴行を振るったことが明らかであったのに,いずれも傷害罪で起訴されたのに対し,少年である原告Aが強盗致傷罪で家裁送致されたのであるから,不均衡であるとの印象を与える。また,原告らとしては,原告Aが送致事実の一部について否認を通したこと及び原告Bが本件通知書や本件抗議書を発送したことに対する報復の目的で本件家裁送致がなされたと受け止めたのも無理からぬところである。しかしながら,原告Aには,窃盗についての共謀を認めるについてFやGにはなかった裏付け証拠があったことに鑑みると,本件家裁送致について,D検事が,経験則上到底首肯し得ないような不合理な心証を形成して重い罪名で家裁送致したとまで認めることはできない。

また,本件家裁送致の際の送致書の「参考事項」欄に,F及びGの処分結果を記載しながら,Eの処分結果を記載しなかったのは片手落ちの印象を与えるが,家裁がこれに関心を持つことは当然に予想されるし,証拠(甲25)によれば,現に,10月23日京都家裁書記官から京都地方検察庁検察事務官宛にEの処分結果について照会があり,検察事務官がこれに回答したことが認められるから,上記「参考事項」欄にEの処分結果を記載しなかったからといって,原告らに対する報復の目的を推認するのも不十分である。証拠(証人D)によると,D検事は,自らの取調べについて弁護人から文書で抗議されたのは,本件抗議書が初めてであったこと,本件抗議書が送られてきたため,D検事は,上司に対する説明に手間をとられたこと,D検事が,刑事裁判で有罪を獲得するには証拠が足りないと認識しつつ,その罪名で家裁送致したのは初めての経験であること等の事実が認められるが,だからといって,D検事が,原告らに対する報復を目的として敢えて重い罪名で家裁送致したと推認することはできないし,他に,その事実を認めるに足る証拠はない。

ウ よって,本件家裁送致が国家賠償法1条1項の適用上,違法であると認めることはできない。

4  原告らが受けた損害について

(1)  精神的損害

ア 証拠(原告A本人)及び弁論の全趣旨によると,原告Aは,C検事の10月9日取調べによって,恐怖を感じるとともに,尊厳や品位を傷つけられ,また将来に対する不安から,やっていないことでもやったと言った方が楽になるのではないかと考えてしまう精神状態に追い込まれたこと,D検事の10月17日取調べによって,将来に対する不安から,やってないことでもやったと言った方がいいのかなと思い悩むとともに,原告Bの助言に従っていて大丈夫なのかとの不安感を抱くのを余儀なくされ,精神的苦痛を被ったことを認めることができる。そして,原告Aが被ったこれらの苦痛の内容,程度,その他本件で現れた一切の事情に鑑み,原告Aの精神的苦痛は,金40万円をもって慰謝されるのが相当であると判断する。

イ 証拠(原告B本人)によると,原告Bは,原告Aから,D検事の原告Aに対する10月17日取調べにおける発言を聞かされ,弁護士の経験年数という原告Bにはどうしようもできないことを理由に中傷することに腹立たしい思いをするとともに,D検事が原告Aに対し,原告Aから報告を受けたこと以外にも自分の悪口を言っているのではないか,原告Aは,差し障りのない内容だけを自分に報告しているのではないか等との不安に陥り,原告Aの自分に対する信頼が揺らいでいると感じ,これをつなぎ止めるために懸命な説得をすることを余儀なくされたことが認められる。そして,原告Bが被ったこれらの苦痛の内容,程度,その他本件で現れた一切の事情に鑑み,原告Bの精神的苦痛は,金20万円をもって慰謝されるのが相当であると判断する。

(2)  弁護士費用

本件事案の内容,認容額等を勘案すると,C検事及びD検事の違法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては,原告Aについて4万円,原告Bについて2万円が相当である。

5  以上によれば,原告Aの被告に対する請求は,金44万円及びこれに対する不法行為の後である平成19年10月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,原告Bの被告に対する請求は,金22万円及びこれに対する不法行為の後である平成19年10月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,それぞれ正当として認容すべきであり,その余はいずれも失当として棄却すべきである。仮執行宣言は,認容金額に照らし,必要性を認めがたいので付さない。

(裁判長裁判官 井戸謙一 裁判官 小堀悟 裁判官 若原央子)

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