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京都地方裁判所 平成20年(ワ)2348号 判決 2009年10月08日

主文

1  被告有限会社谷口工業は,原告aに対し,1322万2145円及びこれに対する平成19年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告有限会社谷口工業は,原告bに対し,1901万3205円及びこれに対する平成19年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らの被告有限会社谷口工業に対するその余の請求及び被告木津川市に対する請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,原告aに生じた費用の4分の3,被告有限会社谷口工業に生じた費用の4分の1,被告木津川市に生じた費用の2分の1を原告aの負担とし,原告bに生じた費用の8分の5,被告有限会社谷口工業に生じた費用の8分の1,被告木津川市に生じた費用の2分の1を原告bの負担とし,原告aに生じた費用の4分の1,同bに生じた費用の8分の7,被告有限会社谷口工業に生じた費用の8分の5を被告有限会社谷口工業の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告らは,連帯して,原告a及び原告bに対し,それぞれ2502万0153円及びこれに対する平成19年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告有限会社谷口工業(以下「被告会社」という。)が,被告木津川市の公共工事(河川の除草作業)を請け負い,原告らの子であるcが被告会社の従業員として上記除草作業に従事していて死亡した事故について,原告らが,①被告会社に対しては,労働契約上の安全配慮義務を怠ったとして民法415条に基づき,または,不法行為上の注意義務を怠ったとして民法709条に基づき,また,②被告木津川市に対しては,上記除草作業の注文又は指図につき過失があったとして,民法716条に基づき,連帯して損害の賠償及びこれに対する上記事故の発生日である平成19年7月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  当事者間に争いのない事実など

(1)  当事者等

ア 原告a及び原告bは,c(昭和59年5月26日)の父母であり,cが平成19年7月26日に死亡したことにより,cの権利義務を各2分の1の割合で承継した(甲3,15)。

イ 被告会社は,木津川市内に本店を置く,管工事の請負,土木工事の請負等を目的とする株式会社(特例有限会社)であり,主として上下水道工事の請負を行っている。dは,昭和56年にeの屋号で事業を始め,平成12年に法人成りして被告会社を設立し,被告会社の代表取締役を務めている。f(昭和29年7月26日生)は,昭和56年から現在までeついで被告会社に勤務する従業員である。cは,中学校卒業後工務店等で稼働した後,平成13年から平成16年まで被告会社にアルバイトとして稼働し,原告aが営む左官業の手伝いをした後,平成19年2月から被告会社に正社員として勤務していた(甲24,乙B4)。

エ 被告木津川市は,河川法100条に基づく準用河川である甲川を管理する地方公共団体である。gは,被告木津川市の建設部管理課河川公園維持係の係長であり,hは,同係の主任である(乙A19)。

(2)  請負契約の締結

ア 被告会社は,被告木津川市が平成19年6月21日に執行した「甲川及び乙川除草作業」(以下「本件工事」という。)の入札(以下「本件入札」という。)に参加し,入札額が最低制限価額を上回り,かつ,参加者の入札額中最低額であったことから,落札人となった(甲1,乙A15)。被告会社は,同月27日,被告木津川市との間で「甲川及び乙川除草作業」の請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した(乙A3)。本件入札及び本件請負契約の内容は,概ね,以下のとおりである。

イ 本件入札の概要

(ア) 名称  甲川及び乙川除草作業

(イ) 執行  平成19年6月21日午前11時00分

(ウ) 落札金額  157万5000円(消費税相当額を含む。)

(エ) 予定価格  192万8850円(消費税相当額を含む。)

(オ) 最低制限金額  127万7850円(消費税相当額を含む。)

(カ) 落札率  81.65パーセント

ウ 本件請負契約の概要

(ア) 工事名  甲川及び乙川除草作業

(イ) 工事場所  木津川市相楽他地内

(ウ) 工期  平成19年6月28日から同年11月16日まで

(エ) 請負代金  157万5000円(うち消費税7万5000円)

(3)  次の事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

ア 発生日  平成19年7月26日

イ 事故現場  淀川水系甲川の丙線丁駅南西約100メートル付近(以下「本件事故現場」という。)

ウ 関係者  d,f及びc

エ 事故態様  甲川における除草作業の実施中,甲川の川底にいたf及びcが水位の上昇により下流に流され,cが死亡した(詳細については争いがある。)。

3  争点

(1)  本件事故態様

(2)  被告会社の注意義務違反(安全配慮義務違反)の有無

(3)  被告木津川市の注文・指図について過失の有無

(4)  被告木津川市の過失とcの死亡との間の因果関係の有無

(5)  過失相殺の可否

(6)  原告らの損害

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件事故態様)について

(原告らの主張)

ア 平成19年7月26日午前から,f及びcは,dの指示の下,甲川周辺の除草作業を行っていた。

イ 同日午後1時30分ころ,f及びcは,甲川の川底の除草作業を始めた。その時点における甲川の水位は,平常どおり,約20ないし25センチメートルであった。

ウ 同日午後2時過ぎころ強い雨が降り始めたことから,f及びcは,dの指示で,一旦除草作業を中断し,甲川の川底から岸上に上がった。f及びcは,その数分後雨が小降りになったことから,川底の中州に置いてあった道具を引き上げるために再度川底に降りた。その時点における甲川の水位も,平常の水位と変わりなかった。

エ 同日午後2時10分ころ,f及びcが川底から岸上に上がろうとした矢先,突然,甲川の上流から高さ1メートルを超える鉄砲水が押し寄せ,f及びcは,下流に流された。甲川の水位は,急速に上昇して短時間に約2メートルに達した。

オ fは,約300メートル下流に流された後,救出されたが,cは,流されてから約1時間後に約1.2キロメートル下流で発見され,溺死により死亡した。

(被告会社の主張)

ア 原告らの主張アないし同ウは認め,同エオは否認する。

イ 平成19年7月26日午後2時5分ころ,f及びcが,別紙図面1(被告会社第1準備書面〔平成21年1月9日付け〕3枚目)のA地点付近で,甲川の川底で除草作業に従事していたところ,雨が降り始めた。

ウ 同日午後2時8分ころ,dは,f及びcに対し,同図面のB地点付近から,手振りで川から上がるよう指示をした。f及びcは,dの指示に従い,岸上に上がり,約10分間,同図面のC地点付近で待機したが,道具を川底に置いたままであった。dは,同図面のD地点付近で待機していた。

エ 同日午後2時18分ころ,雨が小降りになったため,fは,dの許可を得ないまま,cに対し,「自分が取ってくるからお前は待っていろ」と指示して,川底に降りた。このとき,cも,fの指示に従わず,fに続いて川底に降りた。

オ 同日午後2時20分ころ,f及びcが道具を持ち上げたとき,甲川の上流の水位が上がるのが見え,一気に鉄砲水が押し寄せ,f及びcが下流に流された。

カ 同日午後2時20分ないし21分ころ,dは,同図面のD地点で竹竿をf及びcに差し出し,f及びcは,これに掴まったが,fは,dを引き込みそうであったことから,自ら手を離し,間もなくcも手が離れ,再び流された。

キ 同日午後2時21分ないし22分ころ,fは,同図面のE地点で二練梯子に掴まったが,後から流されてきたcを助けるため,手を離した。

ク dは,流されていくf及びcを追い掛け,同日午後2時23分,同図面のF地点付近で被告会社の事務所に携帯電話をかけ,消防署に連絡をするよう指示した。

ケ その後,fは,自力で岸上にはい上がったが,cは,同日午後3時15分ころ,1.2キロメートル下流で発見され,i病院に救急搬送されたが,同日午後3時45分ころ,同病院において死亡が確認された。

(被告木津川市の主張)

不知

(2)  争点(2)(被告会社の注意義務違反〔安全配慮義務違反〕の有無)の主張

(原告らの主張)

ア 被告会社は,本件事故当時,cを雇用していたのであるから,cに対して,労働契約上の安全配慮義務(具体的には,労働者が労務提供のため設置する場所,設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において,労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務)を負っていた。

イ 本件では,本件事故当時,f及びcが除草作業を行っていた場所は,護岸の高さが約3ないし4メートルあり,梯子がなければ川底から岸上に上がることができない状態であった。それゆえ,被告会社は,f及びcが川底で除草作業を行っている場合において,強い雨が降ったときには,すぐさま同人らに対し,川底における作業の中止と岸上での待機を命じ,水位の危険な上昇がないことを確認するまでは,同人らが川底に降りることを制止するべき注意義務があった。

ウ しかるに,d(被告会社代表者)は,上記注意義務を怠った過失が認められる。

エ したがって,被告会社が,民法415条又は709条の責任を負うことは明らかである。

(被告会社の主張)

ア 原告らの主張アないしウを否認し,同エは争う。

イ 被告会社が,一般的に労働者に対して安全配慮義務を負っていることは認める。しかしながら,本件事故当日,f及びcは,dが川底から待避の指示を出したことを受けて川底から岸上に上がり,その後,dが待避解除の指示を出していないにもかかわらず,再び川底に降りて本件事故に遭った。しかも,f及びcが川底に再び降りているのを認めた直後に,本件事故が発生したため,f及びcに再度待避の指示を出す時間的余裕がなかった。

ウ したがって,被告会社が,民法415条又は709条の責任を負うことはない。

(3)  争点(3)(被告木津川市の注文・指図について過失の有無)の主張

(原告らの主張)

ア 請負契約の注文者は,注文又は指図についてその注文者に過失があったときは,請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。注文者が請負人に対する損害防止措置の指示を怠った場合は,注文又は指図について過失があるものというべきである。

イ 本件事故現場である甲川は,平時の水位は,20ないし25センチメートルである。しかし,本件事故当時,強い雨が降り,一旦小雨となった数分後に,鉄砲水のごとく短時間に水位は2メートルまで上昇した。

このように,甲川の水位が急激に上昇した原因は,甲川上流の丁ニュータウン開発にある。すなわち,甲川上流の宅地開発により,雨水が地中に浸透することなく,暗渠等の排水設備を通じて甲川に直接流れ込むようになったため,甲川流域に強い雨が降った場合,一定の時間差の後,甲川に鉄砲水が発生する危険性が高まった。

ウ 被告木津川市は,甲川の危険性(降雨の後,急激に水位が上昇する可能性が高いこと)を知っていたか,又は,容易に予測し得た。その理由は,以下のとおりである。

(ア) 甲川は,木津川市が管理している河川である。

(イ) 木津川市管理課の担当者が,新聞記者の取材に対して,「甲川は上流部が宅地化され,雨が降ると地中に浸透せずに流れ込むため,急激に水が上昇する」旨回答している。

(ウ) 平成9年7月13日,本件事故現場と同一の場所で,大雨による増水から右岸側ブロック積護岸が約58メートルにわたって崩壊し(以下「本件護岸崩壊事象」という。),木津川市(平成9年当時,木津川町)によって復旧工事が行われた。

エ したがって,被告木津川市は,被告会社に対し,本件工事を実施する前に,甲川の危険性(降雨の後,急激に水位が上昇する可能性が高いこと)について告知するなど,本件工事の従事者に被害が及ばないような措置を講ずるべき注意義務があった。

オ しかるに,hとdとの間で,本件工事の作業範囲等に関する打合せがなされた際,hは,甲川の危険性について何ら説明をしなかった。

カ したがって,被告木津川市は,民法716条又は709条に基づき,本件事故に関し,cに生じた損害を賠償するべき義務を負う。

キ 被告木津川市の主張イウエを争う。

(ア) 被告木津川市には,本件事故の予見可能性があった。

本件事故の原因から推測すると,過去に本件事故現場付近で鉄砲水が発生していないものとは考えにくいが,仮に,過去,本件事故現場付近で鉄砲水が発生していなかったとしても,被告木津川市には本件事故の予見可能性があった。その理由は,以下のとおりである。

甲川の流域に丁ニュータウンの開発が開始されたのは平成元年前後からであり,大規模な宅地開発が一気に完成したものではなく,約20年前から徐々に緑の丘陵地が宅地に変更され,最終的に鉄砲水が発生するほどに甲川流域全体の保水力が失われていった。すなわち,甲川における鉄砲水発生の危険性は,徐々に高くなっていき,本件事故当時においては,上記危険性が極めて高くなっていた。したがって,仮に過去に本件事故現場付近で鉄砲水が発生していなかったとしても,被告木津川市には本件事故発生の予見可能性があった。

(イ) 被告木津川市には,本件事故発生の結果回避可能性があった。

dが,f及びcに対して岸上へ上がるよう指示したのは,鉄砲水の発生を想定したからではない。また,f及びcは,生命に対する差し迫った危険を回避するために,上記指示に従ったものではない。

被告木津川市が,被告会社(d)に対して,甲川の危険性(降雨の後,急激に水位が上昇する可能性が高いこと)を説明していれば,dは,鉄砲水の発生を想定して,f及びcに対し,再度川底に入ることのないよう厳命した可能性が高いし,f及びcもdの指示・命令の有無に関わらず,生命の危険を冒してまで高価ではない道具を取るため再度川底に降りることはなかった。したがって,被告木津川市には,本件事故発生の結果回避可能性があった。

(ウ) 被告木津川市は,本件工事に関する事故防止のための注意義務を尽くしていない。

個々具体的な現場特有の危険性がある場合,又は現場特有の危険性が予見できる場合には,注文者は,現場特有の危険性に則した具体的な災害防止措置の指示を行うべきである。被告木津川市は,被告会社に対し,土木工事における請負人の一般的な注意義務について記載しているに過ぎない共通仕様書を交付しただけであるから,本件工事に関する事故防止のための注意義務を尽くしているとはいえない。

(被告木津川市の主張)

ア 原告の主張アないし同オは否認し,同カは争う。

イ 被告木津川市には,本件事故発生の予見可能性がない。その理由は,以下のとおりである。

(ア) 過去に同種事故の発生がない。原告が指摘する本件護岸崩壊事象の発生原因は,河川の洗掘によるものであり,大雨による増水ではない。

(イ) 甲川は,特に危険性を有する河川ではない。

一般に,いかなる河川も降雨量が多ければ急激に水位が上昇するのであり,反対に,降雨量が少なければ急激に水位が上昇することはない。

本件では,本件事故当時,本件事故現場付近において,比較的強い雨が降っていたというのであるから,急激に水位が上昇したとしても,それは甲川が特に危険性を有する河川ということにはならない。現に,20年来行ってきた甲川の除草作業において,従前請け負った業者から甲川が特別な危険を有する河川であるとの報告を受けたこともなく,周辺住民から,甲川で急激な水位上昇があるとの指摘を受けたこともなかった。

ウ 被告木津川市には,本件事故発生の結果回避可能性がない。

(ア) dは,本件事故当時,降雨のため,川底で除草作業を継続することの危険性を認識し,f及びcに対して,一旦除草作業を中断させ,岸上へ上がるよう指示し,同指示によって実際にf及びcは,岸上へ待避している。

(イ) 現場代理人(d)の指示がないにもかかわらず,作業員(f及びc)が無断で再び川底に降りたという,注文者が想定できない行為によって本件事故が発生したものであるから,被告木津川市には,本件事故発生の結果回避可能性がない。

エ 被告木津川市は,本件工事に関する事故防止のための注意義務を尽くしている。

(ア) 本件工事は,入札参加指名業者を建設工事等競争入札業者選定会で決定し,指名業者に対して,特記仕様書(乙A1)を含む入札通知書及び設計図書一式を有償で交付して,指名競争入札の方法により落札者を決定した。被告会社は,設計図書一式(位置図を含む。)を参考に,現場状況を確認した上で落札した。

(イ) 特記仕様書(乙A1)には,「土木工事共通仕様書(案)」(平成16年2月,京都府)(以下「共通仕様書」という。)(乙A2)に準じて施工するほか,特記仕様書により施工する旨規定されている。

(ウ) 共通仕様書には,「請負者は,土木工事安全施工技術指針(国土交通省大臣官房技術審議官通達,平成13年3月29日)及び建設機械施行安全技術指針(建設省建設経済局建設機械課長平成6年11月1日)を参考にして,常に工事の安全に留意し現場管理を行い災害の防止を図らなければならない」旨及び「請負者は,豪雨,出水,土石流,その他天災に対しては,天気予報などに注意を払い,常に災害を最小限に食い止めるため防災体制を確立しておかなくてはならない」旨規定されている。

(エ) 以上のとおり,被告木津川市は,本件工事を被告会社に注文するにあたって,特記仕様書及び共通仕様書を交付することをもって,適切な指図及び注文をしているのであって,本件工事に関する事故防止のために注意義務を尽くしている。

(4)  争点(4)(被告木津川市の過失とcの死亡との間の因果関係の有無)

(原告らの主張)

ア hとdとの間で,本件工事の作業範囲等に関する打合せがなされた際,hが,甲川の危険性(降雨の後,急激に水位が上昇する可能性が高いこと)について具体的な説明をしていれば,f及びcが道具を引き上げるために川底に降りるという危険な行為に及ぶことはなく,cが本件事故により死亡することはなかった。

イ したがって,被告木津川市の過失とcの死亡との間に相当因果関係があることは明らかである。

(被告木津川市の主張)

ア 原告らの主張アは否認し,同イは争う。

イ dは,本件事故当時,強い雨が降ったために,川底で除草作業を継続することの危険性を認識し,f及びcに対して,一旦除草作業を中断させ,岸上へ上がるよう指示し,同指示によって実際にf及びcは,岸上へ待避している。このことからみて,被告会社は,本件工事に伴う危険性をふまえ,被告木津川市から遵守を求められていた注意義務を尽くしているものというべきである。

エ したがって,仮に,被告木津川市に何らかの過失があったとしても,dが,f及びcに対して,一旦除草作業を中断させ,岸上へ上がるよう指示した時点において,被告木津川市の過失とcの死亡との間の因果関係は切断されたものというべきである。

(5)  争点(5)(過失相殺の可否)

(被告木津川市の主張)

ア cは,降雨が続いている中,現場代理人(d)の指示があるまで,岸上で待機するべき注意義務があった。

イ しかるに,cは,上記注意義務を怠り,dの指示がないのに無断で再び甲川の川底に入るという非常識な行為をしたものである。

ウ したがって,仮に,被告木津川市に民法716条の責任が認められたとしても,cに相当割合の過失相殺がなされるべきであり,被告木津川市の過失割合は,1割を上回るものではない。

(被告会社の主張)

ア 被告木津川市の主張アイを援用する。

イ 仮に,被告会社に民法415条の責任又は709条の責任が認められたとしても,cに相当割合の過失相殺がなされるべきである。

(原告らの主張)

ア 被告木津川市の主張アイは否認し,同ウ及び被告会社の主張イは争う。

イ 被告木津川市が被告会社に対して,甲川の危険性(降雨の後,急激に水位が上昇する可能性が高いこと)を告知していなかったので,cも上記危険性を認識していなかった。したがって,cにおいては,最初にdの指示に従い,fとともに川底に道具を置いたまま岸上に上がった際にも,その行為が鉄砲水による生命に対する差し迫った危険を回避する行動であるという認識を有していなかったため,雨が小降りになった後に川底に置いたままの道具を引き上げるため,再度川底に降りたのであり,cの上記行為は,「非常識な行為」ではない。

ウ したがって,仮に,cがdの了解を得ずに再度川底に降りたという事実があったとしても,甲川の危険性(降雨の後,急激に水位が上昇する可能性が高いこと)を告知しなかった被告木津川市との関係において,cがdの了解を得ずに再度川底に降りたことをもって,過失相殺の対象とするのは,cにとって著しく酷であり,正義に反する。

(6)  争点(6)(原告らの損害)の主張

(原告らの主張)

ア 葬儀関係費用  225万6937円

(ア) 葬儀費用  150万円

(イ) 墓石代  23万円

(ウ) 墓地使用料  19万0937円

(エ) 仏壇購入費  33万6000円

(オ) 小計  225万6937円

イ 診断書料  3万円

ウ 逸失利益  2601万4429円

cは,本件事故当時23歳であり,被告会社の従業員として勤務していたものであるから,逸失利益算定にあたっての基礎収入を,平成18年度賃金センサス男子・中卒・20歳ないし24歳の平均年収296万5300円とするべきである。就労可能年数を43年(ライプニッツ係数17.5459)とし,生活費控除率を50パーセントとすると,上記金額となる。計算式は,296万5300円×(1.0-0.5)×17.5459=2601万4429円(1円未満切り上げ)である。

エ 慰謝料  2200万円

オ 小計  5030万1366円

カ 弁護士費用  500万円

キ 小計  5530万1366円

ク 既払金控除後の小計  5004万0306円

遺族補償一時金480万2000円及び葬祭料45万9060円(合計526万1060円)を控除すると,上記金額となる。

ケ 相続  各2502万0153円

原告a及び同bは,cの損害賠償請求権を,各2分の1の割合で相続した。計算式は,5004万0306円×1/2=2502万0153円である。

(被告らの主張)

不知ないし争う。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件事故態様),(2)(被告会社の注意義務違反〔安全配慮義務違反〕の有無)について

(1)  前記当事者間に争いのない事実等,証拠(乙A19,乙B1ないし4,証人g,証人f,被告会社代表者dのほか後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア 本件請負契約の内容

被告会社は,前判示のとおり,主として,上下水道工事の請負を行っている。被告会社は,従前から,被告木津川市発注の上記工事を請け負い,工事を施工していたことから,京都府発行の共通仕様書(乙A2)を被告木津川市から有償で入手していた(乙A16の1ないし3,乙B4)。

被告会社は,平成19年6月27日,被告木津川市との間で本件請負契約を締結した。被告会社は,被告木津川市との間で,本件請負契約において,仕様書を含む設計図書に従って上記契約を履行すること(乙A3-1頁),現場代理人(本件請負契約の履行に関し,工事現場に常駐し,その運営,取締り等を行う。)を定め被告木津川市に通知すること(同3頁)を合意した。仕様書のうち,特記仕様書(乙A1)には,「共通仕様書に準じて施工するほか,特記仕様書により施工するものとする。」と,また,共通仕様書(乙A2)には,「請負者(被告会社)は,『土木工事安全施工技術指針』を参考にして,常に工事の安全に留意し現場管理を行い災害の防止を図らなければならない。」(乙A2-16頁),「請負者(被告会社)は,施工計画の立案に当たっては,既往の気象記録及び洪水記録並びに地形等現地の状況を勘案し,防災対策を考慮の上施工方法及び施工時期を決定しなければならない。」(同-17頁)とそれぞれ規定されている。そして,上記技術指針(乙A17)には,「気象の状況に応じて作業を中止すること」(乙A17-32頁),「河川及び海岸工事を安全に実施するため,次の事項について調査を行い,施工方法の決定に役立たせること。①上流域の降雨量と水位,流量の状況及びダムの状況,②水深,地形,地質状況」(同140頁),「出水,暴風雨,波浪等の際には,避難又は公衆災害防止の処置を講じること」,「避難場所,方法,設備等はあらかじめ検討し,準備しておくこと」(同141頁),「鉄砲水が起こるおそれのある河川では,特に出水に対しての避難対策を講じておくこと」(同142頁)と規定されている。

イ 本件事故現場付近の状況等

(ア) 甲川の状況は,別紙図面2(甲4)記載のとおりである。甲川の起点(上流)には,丁住宅地(別紙図面2の赤色で囲まれた部分)(以下「本件住宅地」という。)が広がっており,本件住宅地の暗渠から甲川へと雨水等が流れ込むようになっている(暗渠の配置は,別紙図面2の水色で示した部分である。)。甲川の終点(下流)には戊川があり,甲川は戊川に合流して河口へと向かう。甲川の全長は,約780メートルである(甲14の1)。

(イ) 本件事故現場付近の状況は,別紙図面1のとおりである。本件事故現場付近における甲川の川幅は約4.8メートルである(甲14の1,弁論の全趣旨)。晴天時における甲川の水位は,約20ないし25センチメートルである。

ウ 本件事故当日の雨量等

平成19年7月26日(本件事故当日)の己観測所及び庚観測所における雨量の観測結果は,以下のとおりである(甲17の1,2,乙A10の1,2)。なお,本件事故現場と上記各観測所及び戊川の位置関係は,別紙図面3(甲17の6)記載のとおりである。

(ア) 己観測所午後2時10分・0mm/h

同 2時20分・1mm/h

同 2時30分・2mm/h

同 2時40分・3mm/h

同 2時50分・0mm/h

(イ) 庚観測所午後2時10分・1mm/h

同 2時20分・0mm/h

同 2時30分・0mm/h

同 2時40分・0mm/h

同 2時50分・0mm/h

また,同日の辛における戊川の水位の観測結果は,以下のとおりである(甲17の3,4,乙A9の1,2)。

(ア) 午後2時   ・0.01メートル

(イ) 午後2時10分・0.00メートル

(ウ) 午後2時20分・0.00メートル

(エ) 午後2時30分・0.14メートル

(オ) 午後2時40分・0.34メートル

(カ) 午後2時50分・0.41メートル

(キ) 午後3時   ・0.41メートル

(ク) 午後3時10分・0.40メートル

(ケ) 午後3時20分・0.36メートル

(コ) 午後3時30分・0.69メートル

(サ) 午後3時40分・0.80メートル(最高値)

(シ) 午後3時50分・0.60メートル

(ス) 午後4時   ・0.54メートル

(セ) 午後5時   ・0.45メートル

(ソ) 午後6時   ・0.33メートル

エ 本件事故の態様等

(ア) 被告木津川市は,従前から,甲川の管理の一部として,川底の草刈りを含む除草作業を業者に発注して実施してきた(乙A19)。被告会社は,今回,初めて上記の除草作業を請け負った(したがって,f及びcが川底の草刈りを行うのは,今回が初めてである。)が,前判示のとおり,従前から共通仕様書を入手しており,また,特記仕様書にしたがって工事を施工しなければならないことを承知していた。dは,被告木津川市から,甲川の上流は本件住宅地であり,本件住宅地の雨水が甲川に来るとの説明を受けた(被告会社代表者d-16,17頁)。

(イ) 被告会社は,平成19年7月26日,現場代理人であるdが監視業務を,従業員であるf及びcが現実の作業をそれぞれ担当して,上記の除草作業を行っていた。

(ウ) 同日午後1時30分ころ,f及びcは,丙丁駅南側で甲川の川底の草刈りを始めた。この時点における甲川の水位は,20ないし25センチメートル程度であった。

(エ) 同日午後2時5分ころ,f及びcが,別紙図面1のA地点付近で,甲川の川底の草刈りをしていたところ,強い雨が降り始めた。

(オ) 同日午後2時8分ころ,同図面のB地点付近で監視業務に従事していたdは,c及びfに対し,右手を上に上げて川底から上がるように指示し,f及びcは,同図面のA地点付近にフォーク,レーキ等の道具(以下「本件道具」という。)を置いたまま,岸上に上がった(dは,「上がれ」と声を掛けたが,距離が離れていたため,f及びcまで届かなかった。f及びcは,dの声は聞こえなかったものの,dの合図を見て,上記のとおり待避した。)。

(カ) 同日午後2時8分ころから同日午後2時18分ころまでの間,dは,同図面のD地点付近(丙線高架下)で待機し,f及びcは,同図面のC地点付近(壬線高架下)で待機した。同図面のD地点とC地点とは距離が離れ,その間で湾曲し,また雑草が生い茂っていたため見通しが悪く,D地点付近で待機していたdから,C地点付近で待機していたf及びcの様子を見ることは困難であったが,dは,雨が降れば増水することは常識であり,夕立のような雨であったことから,f及びcが川底に降りることはないものと考えていた(被告会社代表者d-15頁)。これに対し,fは,雨宿りないし降雨中の休憩が目的であると考えており,危険だから上がろうという認識ではなかった(証人f-12頁)。

(キ) 同日午後2時18分ころ,雨が小降りになったことから,fは,増水して本件道具が流されないように,増水する前に本件道具を取って来ようと考え(証人f-16,17頁),cに対し待機しているようにと指示し,川底に降りて本件道具を取りに戻ったが,cも,fに続いて川底に降りて本件道具を取りに戻った。

(ク) 同日午後2時20分ころ,f及びcは,本件道具を持ち上げたとき,甲川の水位が急激に上昇し,下流に流された。dは,そのころ,f及びcが川底に降りていることに気付いたが,待避の指示を出す間もなく,f及びcが下流に流された。

(ケ) 同日午後2時20分ないし21分ころ,同図面のD地点で待機していたdは,上記D地点で竹竿を差し出したが,f及びcを救出することはできなかった。同日午後2時21分ないし22分ころ,fは,同図面のE地点で被告会社が設置していた二連梯子(乙B4-3頁)に掴まったが,cは掴まることができなかった。同日午後2時23分ころ,dは,流されていくf及びcを同図面のF地点まで追い掛け,携帯電話で被告会社の事務所に指示して,被告会社の事務所から消防・警察・f及びcの家族に連絡を行った。dは,f及びcを見失い,その後,fは,自力で岸上にはい上がったが,cは,同日午後3時15分ころ,1.2キロメートル下流で発見され,i病院に救急搬送されたが,同日午後2時30分ころ(推定)死亡したとの診断を受けた(甲3)。

オ 事後措置

京都南労働基準監督署長は,被告木津川市に対し,本件事故後,①同種工事の発注に際して,あらかじめ作業場所から上流の河川及びその周辺の状況を調査し,記録しておくこと,②労働者に危険を及ぼすと認められる調査結果があれば,その情報を請負業者に書面等により必ず伝達すること,③本件工事は,過去約20年間にわたり毎年実施されていることから,本件事故の発生原因を究明するとともに,その予防策を講じた上で,工事の発注を行うことを文書指導した(甲23,調査嘱託の結果)。

被告木津川市は,京都南労働基準監督署の上記指導を受けて,本件事故現場付近に,水位センサー及び赤・黄回転灯を設置した(乙A4ないし6)。

カ その他

本件事故発生の前である平成9年7月13日,同月7日からの梅雨前線による豪雨のため,本件事故現場の下流で,延長約58メートルにわたり,甲川右岸側護岸ブロックが崩壊した(具体的には,護岸ブロックにクラックが入り,護岸ブロックの背面が陥没し,護岸ブロックの背面に空隙が生じ,護岸ブロックが沈下した。)(本件護岸崩壊事象)(甲14の1)。本件護岸崩壊事象は,河川の洗掘により生じたものである(甲14の1-54,63ないし65枚目)。その際,水位は,甲川の横の歩道まで達していた(甲14の1-47枚目)。

本件事故と同様の事故(甲川の水位が上がり,川底で草刈りをしていた作業員が下流に流される事故)が本件事故前に発生したことはない。

(2)  前判示のとおり,d(被告会社代表者)は,被告木津川市から,甲川の上流は本件住宅地であり,本件住宅地の雨水が来るとの説明を受けていたこと,dは,現場代理人として,本件請負契約の履行に関し,工事現場に常駐し,その運営,取締り等を行うべき立場にあったこと,dは,本件事故当日(平成19年7月26日),現場代理人として,別紙図面1のB地点付近で,従業員であるf及びcの作業を監視していたこと,dは,強い雨が降り始めたことから,同図面のA地点付近で,甲川の川底の草刈りをしていたf及びcに対し,右手を上に上げて川底から上がるように指示し,f及びcは,同図面のA地点付近に本件道具を置いたまま,岸上に上がり,同図面のC地点付近(壬線高架下)で待機したこと(dは,「上がれ」と声を掛けたが,距離が離れていたため,f及びcまで届かなかったこと),dは,同図面のC地点から距離が離れ,その間で湾曲し,また雑草が生い茂っていたため見通しが悪い,同図面のD地点付近で待機したこと,fは,雨が小降りになったことから,増水して本件道具が流されないように,増水する前に本件道具を取って来ようと考え,川底に降りて本件道具を取りに戻り,同図面のC地点で待機するように指示されたcも,fに続いて川底に降りたこと,dは,同図面のD地点から同図面のC地点で待機していたf及びcの様子を見ることは困難であったが,雨が降れば増水することは常識であり,夕立のような雨であったことから,f及びcが川底に降りることはないものと考えていたこと,f及びcが,川底の草刈りを行うのは今回が初めてであること(したがって,f及びcは,川底の草刈りに伴う危険性を十分には理解していなかったことが推認できること)がそれぞれ認められる。上記認定の事実関係によれば,①d(被告会社代表者)は,本件事故当日,本件事故現場で雨が降り始めた時点において,甲川の水位が上昇し,川底で作業していたf及びcに危険が及ぶ可能性を具体的に予見することができたこと,②dは,上記可能性を具体的に予見したことから,f及びcに対し,岸上への待避を指示したこと,③dは,f及びcの待機場所(同図面のC地点付近)と距離が離れていること等で見通しの悪い,D地点付近で待機し,f及びcに対し,待避の理由(水位が上昇しf及びcに危険が及ぶ可能性があること)を説明し,待避解除の指示があるまで待避するべきことを具体的に指示することがなかったこと,④fは,水位が上がる可能性を認識していたものの,dが岸に上がるように指示した理由を雨宿りであると理解し,雨が小降りになったことから,増水する前に本件道具を取って来ようと考え,川底に降りて本件道具を取りに戻り,cがこれに追随したことがそれぞれ認められる。

(3)  以上によれば,d(被告会社代表者)は,本件事故当日,本件事故現場で雨が降り始めた時点において,甲川の水位が上昇し,川底で作業していたf及びcに危険が及ぶ可能性を具体的に予見することができ,かつ,具体的に予見したにもかかわらず,河川における作業の危険性を十分には理解していなかったf及びcに対し,岸上への待避を指示しただけで,待避の理由(水位が上昇しf及びcに危険が及ぶ可能性があること)を説明することなく,しかも,待避解除の指示があるまで待避するべきことを具体的に指示することがなかったため,本件事故が発生したから,被告会社は,民法709条に基づき,cに生じた損害を賠償するべき義務を負う。

1  争点(3)(被告木津川市の注文・指図について過失の有無)について

(1)  前判示のとおり,被告会社は,被告木津川市との間で締結した本件請負契約において,仕様書を含む設計図書に従って上記契約を履行すること等を合意し,共通仕様書には,「請負者(被告会社)は,『土木工事安全施工技術指針』を参考にして,常に工事の安全に留意し現場管理を行い災害の防止を図らなければならない。」,「請負者(被告会社)は,施工計画の立案に当たっては,既往の気象記録及び洪水記録並びに地形等現地の状況を勘案し,防災対策を考慮の上施工方法及び施工時期を決定しなければならない。」とそれぞれ規定されていたこと,甲川の上流には,本件住宅地が広がり,本件住宅地の暗渠から甲川へと雨水等が流れ込むようになっていること,dは,被告木津川市から,甲川の上流は本件住宅地であり,本件住宅地の雨水が甲川に来るとの説明を受けたこと,被告木津川市は,従前から,甲川の管理の一部として,川底の草刈りを含む除草作業を業者に発注して実施してきたが,本件事故と同様の事故(甲川の水位が上がり,川底で草刈りをしていた作業員が下流に流される事故)が本件事故前に発生したことはないこと,dは,本件事故当日,現場代理人として,従業員であるf及びcの作業を監視していたところ,強い雨が降り始めたことから,甲川の川底で草刈りをしていたf及びcに対し,右手を上に上げて川底から上がるように指示し,f及びcは,岸上に上がったことがそれぞれ認められる。

(2)  上記認定の事実関係,殊に,共通仕様書には,被告会社が地形等現地の状況を勘案して防災対策等を考慮の上施行方法を決定しなければならないものとされていること,d(被告会社代表者)は,被告木津川市から,本件事故現場のある甲川の上流は本件住宅地であり,本件住宅地に降った雨水が甲川に来るとの説明を受けた上で,本件事故当日,甲川の川底で草刈りをしていたf及びcに対し,待避の指示をしていることからすれば,被告会社は,本件事故現場付近の地形等に関する被告木津川市の説明を受け,本件事故現場付近の地形及び気象状況等を勘案して,実際に防災対策(従業員に対する待避の措置)を講じていたことが認められる。

以上によれば,被告木津川市に,注文主として被告会社に対する注文又は指図について過失があるとの原告らの主張は,理由がない。

(3)  なお,前判示のとおり,被告木津川市は,本件事故後,京都南労働基準監督署長から受けた文書指導を受け,本件事故現場付近に,水位センサー及び赤・黄回転灯を設置したこと,河川の洗掘により本件護岸崩壊事象が生じた際,甲川の水位が歩道まで達していたことがそれぞれ認められ,本件事故前に上記措置を講じることが望ましく,また,本件請負契約締結時に被告会社に対し,本件護岸崩壊事象が生じた際の水位の高さについて具体的に説明していた場合に,本件事故の発生を回避することができた可能性があることを否定することはできないものの,上記事実から,被告木津川市に上記過失があったものと推認することはできない。

(4)  したがって,争点(4)(被告木津川市の過失とcの死亡との間の因果関係の有無)について判断するまでもなく,原告らの被告木津川市に対する請求は,理由がない。

1  争点(5)(過失相殺の可否)について

(1)  前判示のとおり,fは,雨が小降りになったことから,増水して本件道具が流されないように,増水する前に本件道具を取って来ようと考え,川底に降りて本件道具を取りに戻り,別紙図面1のC地点付近で待機するように指示されたcも,fに続いて川底に降りたこと,dは,雨が降れば増水することは常識であり,夕立のような雨であったことから,f及びcが川底に降りることはないものと考えていたことがそれぞれ認められる。上記認定の事実関係によれば,cには,dから待避解除の指示を受けていないにもかかわらず,川底に本件道具を取りに戻った過失があるものというべきである。

(2)  もっとも,前判示のとおり,cは,fから別紙図面1のC地点付近で待機するように指示されたとはいえ,被告会社における立場(fは昭和56年から被告会社の前身であるeに勤務しているのに対し,cは平成19年2月から被告会社に正社員として勤務していた。)を考慮すると,川底に本件道具を取りに戻るfに追随したことにはやむを得ないところがあったものと考えられる。

(3)  そして,本件事故における過失割合は,c30パーセント,被告会社70パーセントと認めるのが相当である。

1  争点(6)(原告らの損害)について

(1)  証拠(後掲のもの)によれば,cは,以下のとおり損害を被ったものと認められる。

ア 葬儀関係費用  150万円

説明・証拠(甲24のほか後掲のもの)によれば,cの葬儀費用として合計242万8327円を要したこと(内訳は,葬儀代・会食費等128万1390円〔甲7の1ないし3〕,斎場使用料6万円〔甲7の4〕,墓石工事代(巻石工事代)23万円〔甲8〕,墓地使用料として東山墓地永代使用に係る共益費11万5000円及び平成19年度使用料7万5937円〔甲9,10〕,仏壇仏具費用33万6000円〔甲11〕,僧侶に対する礼金33万円である。)を要したことが認められる。弁論の全趣旨によれば,このうち150万円を本件事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

イ 死体検案書作成料  3万円

説明・cの死体検案書作成料として,上記金額を認めるのが相当である(甲3,12)。

ウ 逸失利益  2285万0588円

説明・当事者間に争いがない事実等,証拠(甲24,25,原告a本人,被告会社代表者d)及び弁論の全趣旨によれば,cは,中学卒業後,平成19年2月から被告会社に正社員として勤務し,平成19年2月から同年7月までの約半年間に73万4800円(1年間では約146万9600円〔平成19年度賃金センサス産業計・企業規模計・男性労働者・小学・新中卒・20歳から24歳までの平均年収287万5900円の約51.1パーセント〕)の収入を得ていたこと,そして,控えめに見て,cは,本件事故に遭わなければ,平成19年度賃金センサス産業計・企業規模計・男性労働者・小学・新中卒・全年齢平均による年収431万2400円の60パーセントの収入を67歳まで得ることができた蓋然性を認めることができる。そこで,基礎収入を上記年収431万2400円の60パーセント相当額258万7440円,生活費控除率を50パーセントとし,ライプニッツ係数を乗じて中間利息を控除すると,上記金額となる。計算式は,258万7440円×(1.0-0.5)×17.6627=2285万0588円(1円未満切り捨て)である。

エ 慰謝料  2500万円

説明・本件事故の態様,cの年齢,家族関係等諸般の事情を考慮すると,上記金額を認めるのが相当である。

オ 小計  4938万0588円

カ 過失相殺減額後の損害  3456万6411円

説明・前判示のとおり,本件事故における過失割合は,c30パーセント,被告会社70パーセントと認めるのが相当であるから,30パーセントの過失相殺減額を行うと上記金額となる。計算式は,4938万0588円×(1.0-0.3)=3456万6411円(1円未満切り捨て)である。

(2)  原告aの損害

ア 相続  1728万3205円

説明・原告aは,cの上記損害賠償請求権3456万6411円2分の1の割合で承継した。計算式は,3456万6411円÷2=1728万3205円(1円未満切り捨て)である。

イ 既払金控除後の損害  1202万2145円

説明・証拠(甲13)によれば,原告aは,労働者災害補償保険から合計526万1060円(内訳は,遺族補償一時金480万2000円,葬祭料45万9060円である。)の給付を受けているから,これを原告aの損害から控除する(逸失利益から遺族補償一時金を控除し,葬儀費用から葬祭料を控除する)と,上記金額となる。計算式は,1728万3205円-526万1060円=1202万2145円である。

ウ 弁護士費用  120万円

説明・本件事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情によれば,本件事故と相当因果関係のある損害としては,上記金額を認めるのが相当である。

オ 合計  1322万2145円

(3)  原告bの損害

ア 相続  1728万3205円

説明・原告bは,cの上記損害賠償請求権3456万6411円2分の1の割合で承継した。計算式は,3456万6411円÷2=1728万3205円(1円未満切り捨て)である。

イ 弁護士費用  173万円

説明・本件事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情によれば,本件事故と相当因果関係のある損害としては,上記金額を認めるのが相当である。

ウ 合計  1901万3205円

1  以上の次第で,原告aの本訴請求は,被告会社に対し,1322万2145円及びこれに対する本件事故の日である平成19年7月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,被告会社に対するその余の請求及び被告木津川市に対する請求は理由がない。原告bの本訴請求は,被告会社に対し,1901万3205円及びこれに対する本件事故の日である平成19年7月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,被告会社に対するその余の請求及び被告木津川市に対する請求は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 井田宏 裁判官 園部伸之)

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