京都地方裁判所 平成20年(ワ)2962号 判決 2010年2月05日
原告
Aこと X
同訴訟代理人弁護士
牧野聡
被告
Y
同訴訟代理人弁護士
高田良爾
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一五三〇万円及びこれに対する平成二〇年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、原告が被告から宗教法人を入手できる(代表役員を原告に変更できる)と欺罔され、その対価を騙取されたとして、原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき、一五三〇万円(詐欺被害金〔騙取金〕八九〇万円、慰謝料五〇〇万円及び弁護士費用一四〇万円の合計額)及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(平成二〇年一〇月九日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 当事者間に争いのない事実等
(1) 当事者及び関係者
ア 原告は、遊戯場(パチンコ店)の経営等を目的として設立された有限会社a(以下「a社」という。)及び有限会社a企画の代表取締役である。B1ことB(以下「B」という。)は、原告の父であり、C1ことC(以下「C」という。)は、原告の母である。
イ D(以下「D」という。)は、被告の双子の弟であり、原告の友人である。
ウ E(以下「E司法書士」という。)は、司法書士であり、司法書士事務所であるE合同事務所の所長である。F(以下「F司法書士」という。)は、E合同事務所で勤務する司法書士である。
エ 宗教法人神社本庁(以下「神社本庁」という。)は、昭和二一年全国神社の総意に基づき設立された、全国約八万社の神社を包括する宗教法人である。神社本庁は、宗教法人法一二条に基づき、規則を作成し、所轄庁の認証を受けている(以下、「庁規」という。)。神社本庁は、庁規四〇条一項において、統理を置き、庁規九三条三号において、神社が規則を変更しようとするときは、あらかじめ統理の承認を受けなければならない旨規定している。神社本庁は、庁規五九条において、各都道府県に神社庁を置く、神社庁は、それぞれ都道府県名を冠して、「何々神社庁」という旨規定している。京都府神社庁は、庁規五九条に基づき京都府に置かれた神社庁である。G(以下「G参事」という。)は、京都府神社庁の参事である。
オ 宗教法人b神社(以下「b神社」という。)は、京都府舞鶴市<以下省略>に所在する、神社本庁を包括団体とする宗教法人である。b神社は、宗教法人法一二条に基づき、規則を作成し、所轄庁の認証を受けている(以下、「神社規則」という。)。H(以下「H」という。)は、b神社の代表役員であり、宮司資格を有している。
(2) 関係する宗教法人法、庁規及び神社規則の規定
ア 神社規則の変更に関するもの
(ア) 宗教法人法
二六条一項前段:宗教法人は、規則を変更しようとするときは、規則で定めるところによりその変更のための手続をし、その規則の変更について所轄庁の認証を受けなければならない。
三〇条:宗教法人の規則の変更は、当該規則の変更に関する認証書の交付に因ってその効力を生ずる。
五条一項:宗教法人の所轄庁は、その主たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事とする。
(イ) 神社規則三六条:本神社が左に掲げる行為をしようとするときは、役員会の議決を経て役員が連署の上統理の承認を受け、更に法律で規定するものについては、法律で規定する手続をしなければならない。
一 規則を変更すること
二 神社を移転、合併又は解散すること
三 境内神社を創立、移転、合併又は廃祀すること
四 前三号の外、宮司が必要と認めたこと
イ 代表役員、責任役員に関するもの
(ア) 庁規
七八条:宮司をもって代表役員とし、宮司代務者をもって代表役員の代務者とする。
八一条:神社は、その役員及び代務者の進退を統理に報告しなければならない。
(イ) 神社規則
九条:代表役員は、本神社の宮司の職にある者をもって充てる。
一三条:責任役員又はその代務者の進退は、神社本庁統理に報告しなければならない。
二〇条:宮司及び宮司代務者の進退は、代表役員を除く責任役員の具申又は同意により、禰宜以下の進退は、宮司の具申により、統理が行う。
ウ 重要な事項に関するもの
神社規則
二五条本文:本神社が左に掲げる行為をしようとするときは、役員が連署の上統理の承認を受け、更に法律で規定するものについては、法律で規定する手続をしなければならない。
三 本殿、その他主要な境内建物の新築、改築、増築、移築、除却又は著しい模様替をすること
(3) b神社の代表役員変更登記
b神社の法人登記ファイルには、原告が平成一八年三月二七日にb神社の代表役員に就任した旨の登記が同月二九日にされている。
(4) 刑事手続の経緯等
ア 平成一八年一二月二〇日、神社本庁代理人弁護士I(以下「I弁護士」という。)は、京都府舞鶴警察署に対し、被告が、b神社の乗っ取りを図り、事情を知らない京都地方法務局舞鶴支局の職員である公務員に対し、虚偽の申立てをして、b神社の法人登記簿の原本に原告を代表役員とする不実の登記の記載をさせたとして、公正証書原本不実記載罪で、被告を告発した。
イ 平成一九年七月三日、舞鶴区検察庁の検察官は、原告及びHを、被告及びDと共謀の上、電磁的公正証書原本不実記録、同供用に該当する犯罪を行ったとして、舞鶴簡易裁判所に公訴を提起し、略式命令を請求し、同裁判所は、同日、原告に対し、罰金三〇万円に処する旨の略式命令を発令した。原告は、正式裁判の請求を行わなかったため、上記略式命令は、確定した。上記略式命令における「罪となるべき事実」は、次のとおりである。すなわち、
「原告及びHは、b神社の代表役員の登記を不正に変更しようと企て、被告及びDと共謀の上、平成一八年三月二九日、京都地方法務局舞鶴支局において、同支局登記官に対し、そのような事実がないのに、同年二月七日、b神社事務所において、氏子総代会議が開催され、任期満了した責任役員の後任として、原告、B、Cの三名が新たに選任された旨の内容虚偽の氏子総代会議事録及び同年三月二七日、b神社事務所において、原告、H、B、C出席のもとで責任役員会議が開催され、前任の代表役員であるHの辞任により新たな代表役員として原告が選任された旨の内容虚偽の責任役員会議事録等を添付書類とした宗教法人変更登記申請書を提出して、原告がb神社代表役員に就任した旨の虚偽の申立てをし、よって、そのころ、情を知らない同支局登記官をして、同支局に備え付けの公正証書の原本として用いられる電磁的記録である法人登記ファイルにその旨不実の記録をさせた上、即時同所にこれを備え付けさせて公正証書の原本としての用に供したものである。」
ウ 平成一九年七月三日、京都地方検察庁舞鶴支部の検察官は、被告を、原告、H及びDと共謀の上、電磁的公正証書原本不実記録、同供用に該当する犯罪を行ったとして、京都地方裁判所舞鶴支部に起訴し、同裁判所は、平成二〇年四月九日、被告に対し、懲役二年・執行猶予四年の有罪判決を言い渡した。上記判決における「罪となるべき事実」は、上記略式命令におけるものと同じである。
エ 平成二一年三月一六日、原告は、b神社に対し、鳥居の再建費用として、四七万一四五〇円を支払った。同年七月六日ころ、b神社(代理人I弁護士)は、原告を相手方として、社務所の再建費用九〇三万円の支払を求めて、伏見簡易裁判所に民事調停を申し立て、同裁判所において、平成二一年一一月三〇日、原告が、b神社に対し、社務所再建費用の一部として三六八万五五〇〇円を支払うことを内容とする調停が成立した。
三 争点
(1) 被告の原告に対する詐欺の成否一(原告が宮司資格がない者でもb神社の代表役員に就任することができる旨誤信したか否か)
(2) 被告の原告に対する詐欺の成否二(原告がb神社の鳥居及び社務所の取壊し費用が必要である旨誤信したか否か。)
(3) 不法原因給付の成否
(4) 原告の損害
四 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(被告の原告に対する詐欺の成否一〔原告が宮司資格がない者でもb神社の代表役員に就任することができる旨誤信したか否か。〕)について
(原告の主張)
被告は、b神社の代表役員に就任するためには、宮司の資格を有している必要があったにもかかわらず、これを原告に秘して、宮司資格のない原告をして、あたかも宮司資格がない者でもb神社の代表役員に就任することができる旨欺罔し、その旨誤信した原告から、八〇〇万円をb神社の代表役員に就任するための費用名下に騙取した。
(被告の主張)
ア 原告の主張のうち、被告が八〇〇万円を受領したことは認め、その余は否認する。
イ 原告は、氏子総代会や責任役員会が開催されていないことを知っていたから、宮司資格がない者でもb神社の代表役員に就任することができる旨誤信したことはない。
(2) 争点(2)(被告の原告に対する詐欺の成否二〔原告がb神社の鳥居及び社務所の取壊し費用が必要である旨誤信したか否か。〕)について
(原告の主張)
被告は、原告に対し、b神社の鳥居及び社務所の取壊し費用は、地元の住民から徴収し、原告が上記取壊し費用を負担する必要がなかったにもかかわらず、これを原告に秘して、原告をして、あたかも上記取壊し費用が必要である旨欺罔し、その旨誤信した原告から、九〇万円を取壊し費用名下に騙取した。
(被告の主張)
争う。
(3) 争点(3)(不法原因給付の成否)について
(被告の主張)
ア 原告の主張する損害金八九〇万円は、原告がb神社の代表役員に就任するための事務処理の報酬として渡されたものであり、その実質をみれば、原告が租税を免れようとする動機のもとに、被告が原告のために電磁的公正証書原本不実記録罪及び不実記録電磁的公正証書原本供用罪にあたる行為をすることの対価として給付されたものである。したがって、原告の上記八九〇万円の損害賠償請求は、不法な原因に基づく給付の返還を求めるものであるから、民法七〇八条の類推適用により、これを行うことができない。具体的には次のとおりである。
(ア) 犯罪行為をすることに対する報酬であること
原告と被告は、原告がb神社の代表役員に就任した事実はないのに、それがあったかのように装うため、共謀して、平成一八年三月二九日、京都地方法務局舞鶴支局に対して、原告がb神社代表役員に就任した旨の虚偽の申立てをし、事情を知らない同支局登記官をして、公正証書の原本として用いられる法人登記ファイルに不実の記録をさせた上、これを備え付けさせている。その結果、原告は、電磁的公正証書原本不実記録罪及び不実記録電磁的公正証書原本供用罪で、罰金三〇万円に処され、被告も同罪で懲役二年執行猶予四年の刑に処されている。上記罪は、電磁的記録の社会公共の信頼を害する行為として、強く社会的非難を受けるべきものである。原告は、このような強い社会的非難を受ける行為の対価として、被告又はDに対し、八九〇万円を交付したのである。
(イ) 動機に租税免脱の不法があること
原告は、宗教法人であるb神社を手に入れて自宅の固定資産税が免除されるなどすれば八〇〇万円ほど支払っても元がとれると考え、被告らに金銭を支払っている。原告の八九〇万円の支払は、租税免脱の不法な動機でなされている。
イ 原告の不法性は小さくないこと
b神社代表役員として不実の就任登記がなされているのは、原告であり、被告との共犯(電磁的公正証書原本不実記録罪及び不実記録電磁的公正証書原本供用罪)における原告の重要な役割は否定しがたい。そして、不実の登記による租税免脱の不法な利益は、もっぱら原告が享受することを考慮すれば、原告の不法性が小さいとは到底いえない。
(原告の主張)
ア 被告の主張アイを否認する。
イ 原告は、被告に対し、被告に対する報酬及び犯罪行為に対する報酬として、八九〇万円を支払ったものではない。このうち五〇〇万円については、b神社の宮司であるHに対する謝礼として支払ったものであり、三〇〇万円については、被告と被告の言う「若いもん二人」の合計三人に対する実費分を含む活動費ないし行動費として支払ったものであり、九〇万円については、b神社の社務所及び鳥居等の取壊し費用として支払ったものである。
また、原告は、被告から紹介された司法書士及び被告本人の指示に従い手続きを進めただけであり、司法書士らの指示に違法の問題があるとの認識はまったく有していなかった。しかし、日本の刑事司法においては、公判請求された場合の有罪率は九九%を超えること、諸般の事情により禁固以上の刑の言渡しを受けることが許されなかったことから、原告としては被疑事実を認めることにより公判請求を回避せざるを得なかった。
さらに、原告が、b神社の代表役員に就任しようとしたのは、租税免脱の動機からではなく、純粋な信仰心によるものである。
(4) 争点(4)(原告の損害)について
(原告の主張)
ア 詐欺被害金 八九〇万円
(ア) 原告は、被告に対し、被告の欺罔行為により、平成一八年三月二日に二〇〇万円、同年四月上旬ころに六〇〇万円を支払い、被告はこれを受領した。
(イ) 原告は、被告の使者であるDに対し、被告の欺罔行為により、平成一八年一〇月ころに九〇万円を支払い、Dはこれを受領した。
イ 慰謝料 五〇〇万円
原告は、被告の欺罔行為により、被告の共犯とされ、平成一九年六月一二日、京都府舞鶴警察署に逮捕され、同年七月三日まで勾留され、同日起訴され、罰金三〇万円の略式命令を受けて多大の精神的苦痛を被った。この精神的苦痛を慰謝するために五〇〇万円が相当である。
ウ 弁護士費用 一四〇万円
原告は、本件損害賠償請求事件を提起するにあたり、原告訴訟代理人弁護士に弁護士報酬の支払を約した。被告の不法行為による弁護士費用の損害額は、上記金額が相当である。
エ 合計 一五三〇万円
(被告の主張)
ア 原告の主張ア(ア)のうち被告が、原告から、合計八〇〇万円を受領したことは認め、その余の同アの事実、同イないしエを否認する。
イ 原告の主張イについて、原告に犯罪の責任があり、それに起因する精神的負担は自らが負うべきである。また、略式起訴に同意せず、公判廷で争う道が法律上開かれているのであるから、罰金刑に処されたのも自己責任というべきである。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(被告の原告に対する詐欺の成否一〔原告が宮司資格がない者でもb神社の代表役員に就任することができる旨誤信したか否か。〕)について
(1) 当事者間に争いのない事実等、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
ア F司法書士は、平成一八年二月二一日、被告に対し、次の内容のメモをファクシミリ送信した。
(ア) 責任役員の変更
現責任役員の辞任
(辞任する責任役員:J・K・L)
新責任役員の選任
(新たに選任する責任役員:原告・B・C)
神社本庁への報告
(イ) 規則の変更
神社本庁の承認
府庁の認証
(ウ) 代表役員の変更
現代表役員の辞任
(辞任する代表役員:H〔責任役員も同時に辞任〕)
Hに替わる責任役員の選任
(新たに選任する責任役員:D)
新代表役員の選任
(新たな代表役員:原告)
登記及び神社本庁報告
(エ) 事務所移転についての神社本庁承認手続
イ 原告、被告及びF司法書士は、b神社の代表役員をHから原告に変更するため、次の手続を践んだ。
(ア) 平成一八年二月七日、被告は、F司法書士に対し、b神社の代表役員変更及び所在地変更の登記手続に関する文書案の作成を依頼した。
(イ) 被告は、M及びNに対し、「宗教法人『b神社』氏子総代会議事録」と題する書面への署名・押印を求め、Mが同人及びNの氏名を記入して押印をした。上記書面は、平成一八年二月七日氏子総代M、同N、同Y(被告)の氏子総代三名が全員出席して、責任役員の任期が満了しているJ、K、Lの後任として、新たに、責任役員として、原告、B及びCを選任することを内容とするものである。上記氏子総代会は、実際には開催されておらず、原告は、上記氏子総代会が開催されていないことを知っていた。
(ウ) 被告は、Hに対し、原告、B及びCをb神社の責任役員に委嘱することを内容とする「委嘱状」各一通(合計三通)への押印、平成一八年三月二七日をもってHがb神社の代表役員を辞任することを内容とする「辞任届」及び、b神社の責任役員として原告、B及びCの三名が就任したことを神社本庁統理に報告することを内容とする「責任役員変更届」への署名・押印を求め、Hが上記「辞任届」及び「責任役員変更届」に署名し、被告が、Hの面前で、上記「委嘱状」、「辞任届」及び「責任役員変更届」に押印した。
(エ) 原告、B及びCは、b神社の責任役員に就任することを内容とする、平成一八年二月七日付け責任役員就任承諾書各一通(合計三通)に押印した。
(オ) 被告は、原告及びHに対し、平成一八年三月三日に原告、H、B及びCが出席して、責任役員会議を開催し、b神社の神社規則九条を変更すること(神社規則九条を「代表役員は、本神社の宮司の職にある者をもって充てる。」から「代表役員は、責任役員の互選によって定める。」へと変更すること)等を内容とする「宗教法人『b神社』責任役員会議事録」への署名・押印を求め、ついで、原告は、B及びCに対し、上記書面への署名・押印を求め、原告、H、B及びCは、上記書面に署名・押印した。原告は、上記責任役員会が開催されていないことを知っていた。
(カ) 平成一八年三月七日、F司法書士は、京都府神社庁に赴き、G参事に対して、b神社の神社規則を「代表役員は、本神社の宮司の職にある者をもって充てる。」から「代表役員は、責任役員の互選によって定める。」へと変更すること等を内容とする「規則変更承認申請書」(原告、H、B及びCが署名・押印したもの)を提出した。G参事は、F司法書士に対し、「神社本庁の庁規では、代表役員は宮司の職を以て充てることになっているので、上記規則の変更は無理だとお伝えください。」と言った。F司法書士は、「だめなら仕方ない。置いて帰ります。」と言って、上記「神社規則変更承認申請書」を置いて帰った。その後、京都府神社庁は、b神社の上記「責任役員変更届」が郵送されてきたため、責任役員の変更登録をした上で、登録証を送付した。
(キ) 平成一八年三月七日の夜、F司法書士は、被告に電話をかけ、上記(カ)のF司法書士とG参事とのやりとりを伝えた上、b神社の神社規則を変更するためには、Hと神社本庁との間で協議が必要であることを伝えた。
(ク) その後、被告は、F司法書士に対し、協議の結果、宮司資格を有している者が責任役員に就任していれば、上記規則変更を認めると神社本庁が内諾したという虚偽の事実を伝えた。
(ケ) 被告は、原告及びHに対し、平成一八年三月二七日に原告、H、B及びCが出席して責任役員会を開催し、互選の結果、原告がb神社の代表役員に選任されたことを内容とする「宗教法人『b神社』責任役員会議事録」と題する書面への署名・押印を求め、ついで、原告は、B及びCに対し、上記書面への署名・押印を求め、原告、H、B及びCは、上記書面に署名・押印した。原告は、上記責任役員会が開催されていないことを知っていた。
(コ) 原告は、b神社の代表役員として、「代表役員は、責任役員の互選によって定める。」等と記載された「規則」と題する書面が、b神社の現行規則であることを証明するとして、上記書面に署名押印した。
(サ) 平成一八年三月上旬ころ、原告は、被告に対し、b神社の代表役員を原告に変更することの対価として、二〇〇万円を支払った。
(シ) 原告は、b神社の代表役員として、原告が同月二七日にb神社の代表役員に就任した旨の登記手続を被告に委任する旨の委任状に署名押印した。被告は、上記規則変更につき、京都府知事の認証を受けることなく、平成一八年三月二九日、b神社の代理人として、京都地方法務局舞鶴支局に対し、「宗教法人変更登記申請書」を提出し、原告が同月二七日にb神社の代表役員に就任した旨の登記手続をした。
(ス) 平成一八年四月上旬ころ、原告は、被告に対し、原告がb神社の代表役員となることの対価として、六〇〇万円を支払った。
(セ) 被告は、原告から受け取った合計八〇〇万円を遊興費、生活費等として費消した。
(2) 原告は、氏子総代会及び責任役員会の議事録を作成したのはF司法書士であり、原告は被告又はF司法書士の指示に従って上記議事録に署名押印したに過ぎず、かつ、原告が署名押印する前に既にHの署名押印がなされていたことから、被告によって適法なものであると誤信させられたものと主張し、その旨供述する。確かに、上記認定のとおり、原告のb神社代表役員の就任登記手続に必要となる文書案は、F司法書士が作成したものと認められるけれども、上記(1)イ(イ)、(オ)の各事実からすれば、原告は、宮司資格がない者でもb神社の代表役員に就任することができる旨誤信したものと認めることはできないし、上記認定のとおり、原告は、上記氏子総代会及び責任役員会が開催されていないことを知っていたものであるから、被告の上記主張をにわかに採用することはできない。
(3) したがって、争点(1)に関し、原告の主張には理由がない。
二 争点(2)(被告の原告に対する詐欺の成否二〔原告がb神社の鳥居及び社務所の取壊し費用が必要である旨誤信したか否か。〕)について
(1) 当事者間に争いのない事実等、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
ア 平成一七年一〇月ころ、被告は、加津良の町内で、b神社の社務所の取壊しについて説明会を開催した。その後、加津良の町内会が費用を負担して、b神社の社務所を取り壊すということが決まった。
イ 平成一八年一〇月ころ、被告は、原告に対し、b神社の鳥居及び社務所の取壊し費用が必要である旨説明した。その後、原告は、上記取壊し費用が必要であると考え、Dに対し、b神社の鳥居及び社務所の取壊し費用として九〇万円を支払った。
ウ 平成一八年一〇月三〇日、b神社の鳥居及び社務所が取り壊され、その取壊し費用(約六〇万円)は、加津良の町内会が負担した。
(2) 前判示の事実関係からすれば、被告は、原告に対し、b神社の鳥居及び社務所の取壊し費用は、地元の住民から徴収し、原告が上記取壊し費用を負担する必要がなかったにもかかわらず、これを原告に秘して、原告をして、あたかも上記取壊し費用が必要である旨欺罔し、原告は、その旨誤信したことを認めることができる。
(3) よって、争点(2)に関し、原告の主張には理由がある。
三 争点(3)(不法原因給付の成否)について
(1) 当事者間に争いのない事実等、《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 被告は、平成一八年一月ころ、原告に対し、b神社の代表役員を原告に変更することを提案し、現金八〇〇万円の支払を要求した。原告は、宮司資格を有していない宗教法人に対する税金の優遇措置をふまえ、自宅などの固定資産税の免除措置を享受するとともに、将来霊園を経営しようと考え、被告の上記提案を受け入れた(原告は、神社に対する信仰心も被告の上記提案を受け入れた理由の一つであると供述している。)。
イ 被告は、M及びNに対し、「宗教法人『b神社』氏子総代会議事録」と題する書面への署名・押印を求め、Mが同人及びNの氏名を記入して押印をした。上記書面は、平成一八年二月七日氏子総代M、同N、同Y(被告)の氏子総代三名が全員出席して、責任役員の任期が満了しているJ、K、Lの後任として、新たに、責任役員として、原告、B及びCを選任することを内容とするものである。上記氏子総代会は、実際には開催されておらず、原告は、上記氏子総代会が開催されていないことを知っていた。
ウ 被告は、原告及びHに対し、平成一八年三月三日に原告、H、B及びCが出席して、責任役員会議を開催し、b神社の神社規則九条を変更すること(神社規則九条を「代表役員は、本神社の宮司の職にある者をもって充てる。」から「代表役員は、責任役員の互選によって定める。」へと変更すること)等を内容とする「宗教法人『b神社』責任役員会議事録」への署名・押印を求め、ついで、原告は、B及びCに対し、上記書面への署名・押印を求め、原告、H、B及びCは、上記書面に署名・押印した。原告は、上記責任役員会が開催されていないことを知っていた。
エ 被告は、原告及びHに対し、平成一八年三月二七日に原告、H、B及びCが出席して責任役員会を開催し、互選の結果、原告がb神社の代表役員に選任されたことを内容とする「宗教法人『b神社』責任役員会議事録」と題する書面への署名・押印を求め、ついで、原告は、B及びCに対し、上記書面への押印を求め、原告、H、B及びCは、上記書面に署名・押印した。原告は、上記責任役員会が開催されていないことを知っていた。
オ 原告は、b神社の代表役員として、「代表役員は、責任役員の互選によって定める。」等と記載された「規則」と題する書面が、b神社の現行規則であることを証明するとして、上記書面に署名押印した。
カ 原告は、b神社の代表役員として、原告が同月二七日にb神社の代表役員に就任した旨の登記手続を被告に委任する旨の委任状に署名押印した。被告は、上記規則変更につき、京都府知事の認証を受けることなく、平成一八年三月二九日、b神社の代理人として、京都地方法務局舞鶴支局に対し、「宗教法人変更登記申請書」を提出し、原告が同月二七日にb神社の代表役員に就任した旨の登記手続をした。
キ 原告は、被告に対し、原告がb神社の代表役員となるための費用として、平成一八年三月上旬ころに二〇〇万円、同年四月上旬ころに六〇〇万円をそれぞれ支払った。
ク 被告は、原告から受け取った合計八〇〇万円を遊興費、生活費等として費消した。
ケ 神社規則(二五条三号)は、「本殿、その他主要な境内建物の新築、改築、増築、除却又は著しい模様替え」をするには、「役員が連署の上統理の承認を受け、更に法律で規定するものについては、法律で規定する手続をしなければならない。」と規定している。
コ 平成一八年一〇月ころ、被告は、原告に対し、b神社の鳥居及び社務所の取壊し費用が必要である旨説明した。原告は、上記取壊し費用が必要であると考え、Dに対し、b神社の鳥居及び社務所の取壊し費用として九〇万円を支払った。
サ 平成一八年一〇月三〇日、b神社の鳥居及び社務所が取り壊され、その取壊し費用(約六〇万円)は、加津良の町内会が負担した。
シ 平成一九年七月三日、舞鶴区検察庁の検察官は、原告及びHを、被告及びDと共謀の上、電磁的公正証書原本不実記録、同供用に該当する犯罪を行ったとして、舞鶴簡易裁判所に公訴を提起し、略式命令を請求し、同裁判所は、同日、原告に対し、罰金三〇万円に処する旨の略式命令を発令した。原告は、正式裁判の請求を行わなかったため、上記略式命令は、確定した。
(2) 前判示の事実関係からすれば、①原告は、宮司の資格を有していなければ、b神社の代表役員に就任できないことを知っていたにもかかわらず、固定資産税を免れるため、並びに、将来霊園を経営するため、被告に対し、不実の登記を作出する方法によりb神社の代表役員となることの費用として、平成一八年三月上旬ころ、二〇〇万円、同年四月上旬ころ、六〇〇万円をそれぞれ支払い、②平成一八年一〇月ころ、原告は、b神社の鳥居及び社務所を取り壊す権限がないことを知っていたにもかかわらず、Dに対し、b神社の鳥居及び社務所の取壊しの費用として九〇万円を支払ったことを認めることができる。
(3) 以上に対し、原告は、被告に対する報酬及び犯罪行為に対する報酬として八九〇万円を支払ったものではない(このうち五〇〇万円については、b神社の宮司であるHに対する謝礼として支払ったものであり、三〇〇万円については、被告と被告の言う「若いもん二人」の合計三人に対する実費分を含む活動費ないし行動費として支払ったものであり、九〇万円については、b神社の社務所及び鳥居等の取壊し費用として支払ったものである。)から、原告が被告に対し損害賠償請求をしても、不法原因給付にはあたらないと主張する。しかしながら、前判示の事実関係からすれば、原告は、被告に対し、原告が違法な手段でb神社の代表役員となるための費用として合計八〇〇万円を支払ったものであり、また、b神社の鳥居及び社務所を違法に取り壊すための費用として九〇万円を支払ったものであるから、原告の上記主張を採用することはできない。
(4) したがって、原告に神社に対する信仰心があったことが認められるとしても、原告の被告に対する上記八九〇万円の損害賠償請求は、不法な原因に基づく給付の返還を求めるものであるから、民法七〇八条の類推適用により、これを行うことができない。
(5) よって、争点(3)に関する被告の主張には理由がある。
四 結論
以上の次第で、争点(4)について判断するまでもなく、原告の請求には理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 井田宏 園部伸之)