大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成20年(ワ)3740号 判決 2010年9月15日

主文

1  被告A,被告B及び被告Cは,原告に対し,連帯して80万円及びこれに対する平成21年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告A,被告B及び被告Cに対するその余の各請求,並びに被告Dに対する請求をいずれも棄却する。

3  被告Aの反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は,本訴に関する費用については,原告と被告A,被告B及び被告Cとの間では,これを5分し,その1を同被告らの負担とし,その余を原告の負担とし,原告と被告Dとの間では原告の負担とし,反訴に関する費用については被告Aの負担とする。

5  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  本訴

(1)  被告らは,原告に対し,連帯して330万円及びこれに対する平成21年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告A及び被告Cは,原告に対し,連帯して330万円及びこれに対する平成21年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  反訴

原告は,被告Aに対し,660万円及びこれに対する平成21年6月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本訴は,被告C(以下「被告C」という。)に勤務していた原告が,被告D(以下「被告D」という。)の准教授であり,被告Cの実質的なオーナーである被告A(以下「被告A」という。)及び被告Cの代表取締役であった被告B(以下「被告B」という。)からいわゆるハラスメントを受けたとして,被告A,被告B及び被告Cに対し不法行為又は債務不履行により,被告Dに対し被告Aの前記不法行為について使用者責任を負うとして,損害賠償を請求する(請求の1の(1))とともに,原告が経理以外の業務をさせられたことによって原告のキャリアが毀損されたなどと主張して,被告A及び被告Cに対し不法行為による損害賠償を請求(請求の1の(2))している事案である。

反訴は,被告Aが,原告において被告Dのハラスメント窓口に対し人権救済願いの申立てをしたことにより,精神的苦痛を被り,被告D内での地位・名誉を低下させられたとして,原告に対し,不法行為による損害賠償を請求している事案である。

(以下,年について直前と同じ場合には,記載を省略することがある。)

1  争いのない事実等(争いがないか証拠により容易に認められる事実)

(1)  原告は,昭和a年b月c日生まれの男性であり,平成17年3月,被告Cに経理部長として入社した。

被告Aは,被告DのEセンターの研修員,非常勤講師等を経て,平成7年に同センターの助教授,平成10年にFの助教授,平成19年4月から同研究所の准教授を務めている。

被告Cは,昭和58年,被告Aにより設立され,高分子製造技術の開発及び販売,医療用具及び医薬品の製造販売等を目的としている株式会社であり,従業員数は15人程度である。

被告Bは,平成22年6月7日まで被告Cの代表取締役であり,被告Aは被告Cの技術顧問を務めている。

(2)  被告Cでは,平成18年5月,組織変更を行い,部長職について,取締役を兼務する者はグループ長に,兼務しない者はチーム長に名称が変更された。原告は経理チーム長となった。

(3)  原告は,平成18年7月,新設された調査役に配置転換となり,担当業務から被告Cの経理業務が除かれ,平成18年3月に設立された被告Cの子会社である株式会社G(以下「子会社」という。)の総務・経理業務,補助金申請関係業務,被告Cの会議録の作成業務などに従事することとなった。

(4)  原告は,平成19年2月26日,H(以下「組合」という。)に加入した。

(5)  原告は,4月23日ころ,原告の業務から補助金申請業務と会議録作成業務を外し,子会社での経理部門での業務を50%,被告Cの製造部門での新たな業務として重金属測定試験業務等を50%とする職務内容変更案を提示され,その後被告Cとやりとりがあった後,6月27日,子会社の経理業務の担当を外れ,7月からほぼすべて重金属測定試験業務に従事する配置転換が命じられた。

組合は,8月31日,I 労働委員会に対し,不当労働行為救済申立てをした。

(6)  被告Cは,10月1日,原告に対し,調査役を外し,一般職に降格する旨及び以後時間外手当を支給する旨通知した。

(7)  原告は,12月19日,被告DのF人権委員会に対し,被告Aによるハラスメントについて人権侵害救済願い(以下「本件救済願い」という。)を申し立てた。被告Dでは,平成20年5月19日,被告Aに対し,被告D外の言動においても誤解等を受けることのないよう注意を促す趣旨で口頭注意をした。

(8) I 労働委員会は,平成21年4月17日,上記不当労働行為救済申立事件について命令したが,その内容は,①被告Cが原告に対してした平成19年6月27日付けの業務命令等を撤回し,命令前の業務に相当する業務を担当させるとともに,10月1日付けの調査役を外す措置を撤回する,②被告Cは,I 労働委員会から,被告Aらが原告に対して行った発言が不当労働行為であると認定されたので,今後このような行為をしないことを誓約する旨を記載した文書を組合に手交する,などというものであった。

(9)  原告は,平成21年7月24日,60歳となり,定年により被告Cを退職した。

2  本訴請求における当事者の主張

(原告の主張)

(1) 被告A及び被告Bによる不法行為(いわゆるハラスメント)

被告A及び被告Bは,原告に対し,次のとおり違法な行為をした。

① 平成19年2月19日 業務報告会議でのハラスメント

原告は,平成19年2月19日,被告A,被告Bらが出席している業務報告会議に参加したが,その会議中に,被告Aは,原告に対し,高圧的かつ一方的に,「業務内容が給与(年額420万円)に見合っていないので,製造現場への配置転換を受けいれて現状の半分の給与のパート社員になるか,関連会社に出向して営業職になり現状の半分の給与を受け入れるか,あるいは退職するかのいずれかである」と述べて,いずれかを選択するように迫った。

② 平成19年4月2日 組合加入に対する被告Aのハラスメント

被告Aは,平成19年4月2日,会議室において,原告に対し,原告が組合に加入したことを激しく非難し,「腹が立っている」,「許さん」などと大声で怒鳴りつけた。

③ 平成19年9月6日,被告Aによるハラスメント

原告は,組合が I 労働委員会に不当労働行為救済申立てを行った1週間後の平成19年9月6日,被告Cの玄関前で,原告を見つけるなり,耳元で「おいこら原告,今日は早い出勤やな。おまえな,給料に見合った仕事をせいよ」と大声で怒鳴った。

④ 平成19年9月26日 第1回品質保証会議でのハラスメント

平成19年9月26日,被告C会議室において,第1回品質保証会議が,被告A,被告B,原告らが出席して開かれたが,その会議中に,被告Aは,原告に対し,「とぼんけな,あほ。おまえ,この3階で遊んでたらしいやないか」,「給料もうてまともに仕事せんやつが会社にとって失礼やないか」,「(会社を)やめたらええねん,やめたらええんや」,「ぼけ,ようぬけぬけとようぬかしとるな,ぼけが。ほんまあきれるで」などと発言した。被告Bも,被告Aの発言の後に(被告Aが「みなさん,感じたことがあったら言うて下さい」と発言した直後に)「仕事をきちんとやってほしい」などと被告Aに同調して発言した。

⑤ 平成19年10月26日,第2回品質保証会議でのハラスメント

平成19年10月26日,被告C会議室において,第2回品質保証会議が,被告A,被告B,原告らが出席して開かれたが,この会議においても,被告Aは,原告の些細なミスについての発言を求めたうえで,高圧的かつ一方的に,長時間にわたって,「迷惑かけたことに対してごめんなさいの一言で済むことやろ。あほんだら。なんということ言うとんねん。あほらしいわ,おまえと話するのは」などと発言した。被告Bも,「こんな調子じゃ,会社でやらせる仕事が何もなくなってくる」,「仕事はまともにやってないで,それで抗弁とかやられたらたまらんですよ」などと発言した。

⑥ 平成19年10月29日 被告Bのハラスメント発言

被告Bは,平成19年10月29日,原告に対し,「今後は重金属測定試験業務に100%集中し,重金属測定試験業務がない日は何もしないで机にじっと座っているように」と命じた。

⑦ 平成19年12月以降 忘年会等から原告を排除

原告は,平成19年12月以降,被告Cでの忘年会と納涼会に声をかけられなくなった。

⑧ 平成20年9月18日,被告Aによるハラスメント

被告Aらは,I 労働委員会が提示した和解案に不満を持ち,平成20年9月18日,被告Cの試験測定室において,午後3時から10分間,原告に対し,「ひきょうな男やな,おまえは」,「情けない奴やな」,「あほぬかせ,あほんだら」などと罵倒する発言をした。

(2) 担当業務に関する不法行為

被告C及び被告Aは,原告が30年以上にわたって経理業務を担当してきたにもかかわらず,不当に経理業務から外し,重金属測定試験業務へ異動させた。また,I 労働委員会から経理業務への復帰を命じた命令(甲29)が出された後においても,原告に対し,休業通知により,製造部と連動する形で,週1回のみの出勤を命じ,原告の業務内容は重金属試験業務のままであった。

(3) 被告らの責任

被告A及び被告Bによる前記(1)の①ないし⑧の行為は,原告の名誉感情等の人格的利益を侵害するのみならず,原告に精神疾患(ストレス障害等)をも発症させたものであり,不法行為にあたることは明らかである。被告Cは,履行補助者である被告A及び被告Bの行為について債務不履行責任を負う。また,被告Bは被告Cの代表者であったから,被告Cは,被告Bと連帯して被告Bの不法行為責任について代位責任を負う(会社法350条)。

前記(2)については,被告Cが原告に対してした業務命令等は,原告が組合への加入,I 労働委員会への不当労働行為救済申立てに対する報復等の目的でされたものであることが明らかである。また,I 労働委員会の救済命令が出されたのちも,原告を経理等の事務系の職務に復帰させなかったことは,労働契約上の適正処遇義務(処遇配慮義務)に反した違法な行為である。そして,被告Aは,被告Cの実質的オーナーとして原告が組合に加入したことを激しく非難しており,原告を経理業務から外す各業務命令の要因となっていたといえ,被告Cと被告Aによる共同不法行為にあたるといえる。

被告Dについては,次のとおり不法行為責任(使用者責任)があると考えられる。すなわち,被告Cは,被告Dに対し毎年多額の寄付をしており,被告Dと共同で多くの研究を行っており,具体的には,被告Cと独立行政法人J(以下「J」という。)は,平成18年8月1日付けで革新技術開発研究事業に関する委託研究契約を締結し,Jから補助金を受け取ったうえで,被告Cと被告Dは,8月2日付け共同研究契約を締結している。この研究は,実質的に,被告Aが,Jの補助金,被告Cのスタッフ,被告Dの設備を利用して行うものであり,被告Aによる被告Dでの研究活動と被告Cの事業活動の一体性は明らかである。したがって,被告Aの被告Cにおけるハラスメントは,被告Aの被告Dにおける研究活動と密接な関係を有するものとして行われており,被告Dは使用者責任を負う。

(4) 損害

ア ハラスメントを受けたことによる精神的な損害(請求の1の(1))

原告は,上記(1)の①ないし⑧の各不法行為により,多大な精神的損害を被ったほか,平成19年11月2日,医療法人Kにおいて「ストレス障害(睡眠障害,焦燥・不安)」との診断を受けた。これらの精神的苦痛を金銭に評価すると300万円を下らない。弁護士費用として30万円が相当である。

イ キャリア毀損,再雇用に支障を来したことによる損害(請求の1の(2))

原告,昭和50年から約32年間,経理を担当してきたが,平成19年6月からの各業務命令によって経理とは関係のない重金属測定試験業務に従事させられた。退職前の2年間に経理と全く無関係な業務に従事させられたことは,あたかも原告の経理能力に問題があり,経理業務を外されたとの印象を与えかねない。このため,原告は,30年以上にわたる経理担当者としてのキャリア,経理担当者としての名誉・人格を傷つけられ,退職後の再就職を困難に来した。その精神的苦痛は300万円を下らない。弁護士費用は30万円が相当である。

(被告C,被告A及び被告Bの主張)

(1) 本件紛争の主要な原因は,経理の責任者として中途で被告Cに採用された原告が,経理責任者としての適格性に欠けて期待されただけの仕事ができなかったという点にある。原告は,経理責任者としての適格性を欠いていると判断されたために,被告Cにおいて配置転換を命じられたものの,これに納得せず,組合に加入して団体交渉を行ったり,I 労働委員会に不当労働行為救済申立てを行ったり,被告Dに本件救済願いの申立てをしたりなどの手段をとったものの奏効せず,また,I 労働委員会における和解協議が自身の過大な要求のために決裂したことを受けて,被告Cに対する金銭的要求の実現を図るとともに,被告Aに対して個人的な嫌がらせを行うことを目的として本件訴訟を提起したものである。

被告Aが原告に対して必ずしも適切とはいえない発言をしたことは事実であるが,以上のような経緯があるため,被告Aは原告に対して感情的にならざるを得ない場合が何度かあり,こうした経緯や原告による挑発的な言動等,当該発言がされたきっかけその他の事情を考慮すると,これらの発言がとうてい違法なものとはいえないことは明らかであり,被告Aは損害賠償責任を負わない。

(2) 被告Bは,原告に対してハラスメントと評価されるような発言を行ったことはなく,被告Aに対して感情的な発言を助長したこともないので,損害賠償責任を負うことはない。

(3) 被告A及び被告Bに不法行為が成立しない以上,被告Cが損害賠償責任を負うこともない。

また,被告Cは,原告の入社以来の仕事ぶりや原告の部下からの苦情を問題視し,被告Cの業務の必要性に応じて原告の業務内容の変更を行ってきたのであって,違法な業務命令をしたことなく,この点でも損害賠償責任を負わない。

(4) なお,原告は,損害としてキャリア毀損を主張するが,被告Cの業務命令は,使用者に認められた人事権を逸脱するものではないし,そもそも原告のいう「キャリア」なるものは不明確であって,具体性を欠いており,法的に保護される利益ではない。

(被告Dの主張)

被告Dは,数多くの企業と共同研究を行い,寄付を受けているが,これらの企業の内部における労使紛争等の経営上の問題について,被告Dが責任を負う余地はない。被告Dでは,原告からハラスメント相談窓口に本件救済願いが申し立てられたことを受けて,調査を実施した結果,本件は,被告Cの出資者である被告Aと原告との間で生じた内部問題であり,被告Dの業務との関係がないことが明らかであったが,被告Aに対し,被告D外の言動においても誤解等を受けることのないよう注意を促す趣旨で口頭注意をしたものであって,被告Dでの業務に関してしたものではない。

したがって,被告Dが,被告Aの被告Cにおける原告に対する言動について責任を負うことはあり得ない。

3  反訴請求における当事者の主張

(被告A)

被告Aと原告との間の紛争は,被告Cという被告Dとは無関係の民間企業の中で生じたものであって,被告Dとは全く関係がないことは明らかである。それにもかかわらず,原告が,被告Dのハラスメント相談窓口に本件救済願いの申立てを行ったのは,被告Aのハラスメントが被告Dにおいて問題とされ,被告Dにおける被告Aの立場を危うくすることで,被告Aに対する私怨を晴らすとともに,被告Aを窮地に陥れることで,被告A及び被告Cに譲歩させて有利な状況を作り出すためであって,原告による本件救済願いの申立ては被告Aに対する嫌がらせ目的の不当なものである。そして,本件救済願いの申立てによって,被告D内において事実関係の調査等が行われることになり,その結果,被告Aは,同僚ら大学関係者からハラスメント加害者の疑いをかけられることになって,被告Aの被告Dにおける名誉が著しく毀損されることになり,かつ,多大な精神的苦痛を被った。

このように,被告Aは,原告による本件救済願いによって被告D内での名誉・地位を低下させられるという回復し難い損害を被ったのであり,それを金銭に評価すると600万円を下らない。弁護士費用として60万円が相当である。

(原告)

原告がD大学に本件救済願いの申立てをした当時,以後も被告Aによるハラスメントが行われる可能性があった。このため,原告は,人権侵害抑止を目的として自己防衛のためにしたものであって,被告Dにおいては,人権委員会のメンバーにより公正な判断がされたと聞いている。原告が本件救済願いの申立てをしたことは何ら違法なものではない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記争いのない事実等に証拠(甲1ないし18,20ないし29,32ないし37,41ないし44(枝番を含む。以下同じ。),46ないし51,乙1ないし6,10ないし18,丙1,3,証人L,原告本人,被告A本人,被告B本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

(1)  原告は,昭和47年にMグループに入社し,昭和50年から一貫して経理部門での業務に従事していた。平成16年8月にN株式会社を退職したのち就職先を探し,平成17年3月,被告Cに経理部長として入社した。期間の定めはなく,雇入通知書(甲2)には,従事すべき業務の内容として,「経理管理および一部総務管理」と記載されていた。

被告Aは,被告DのEセンターの研修員,非常勤講師等を経て,平成7年に同センターの助教授,平成10年にFの助教授,平成19年4月から同研究所の准教授を務めている。

被告Aは,Eセンターの研修員をしていた昭和58年,原材料を供給するため,被告C(当時の商号・株式会社O)を設立し,代表取締役となった。平成7年に同センターの助教授となり,国家公務員の兼業禁止のため被告Cの代表取締役を辞任した。平成16年4月,被告Dが国立大学法人となったことに伴い,被告Dへの兼業届出に基づく承認を受けて,被告Cの技術顧問に就き,会議や研究指導のために被告Cに出社している。被告Aは,現在,被告Cの発行済株式の72.9%を所有している。

被告Bは,平成16年4月に営業部長として被告Cに入社し,同年10月から代表取締役社長を務めていた。

被告Cは,前記のとおり,昭和58年に設立され,高分子製造技術の開発及び販売,医療用具及び医薬品の製造販売等を目的としている株式会社であり,従業員数は15人程度である。

(2)  原告は,平成17年3月に被告Cに入社した当時,被告Cでは,被告Cの株式上場に向けた準備が重要な課題になっており,原告は,日常的な経理業務は部下2人に任せ,主として,株式上場に向けて有価証券報告書や決算書等の作成に従事していたが,12月,P株式会社における中間事前審査において当面の上場は困難であるとの報告が出された。

被告Cは,平成18年4月,当期利益がマイナス6400万円の大幅な赤字となり,株式上場の具体的な見通しは立たない状況にあった。

(3)  被告Cでは,平成18年5月,組織変更を行い,部長職について,取締役を兼務する者はグループ長に,兼務しない者はチーム長に名称が変更された。原告は経理チーム長となったが,職務内容や労働条件に変更はなかった。

(4)  被告Cでは,平成18年7月,原告の部下2名から原告の管理が厳しすぎるとの苦情があったことを受け,原告は協調性に欠け,上司である取締役に対する情報提供が不十分であるとして,原告を新設した調査役に配置転換し,担当業務から会社の経理業務を除外し,子会社の総務・経理業務,補助金申請関係業務,被告Cの会議録の作成業務などに従事させることにした。なお,調査役は,職制上,チーム長と同格であった。原告の後任には部下であったQが就き,経理チームは1名減となった。

原告は,調査役への配置転換に不満を持ち,8月,組合に相談に行き,そのアドバイスを受けて,以後,被告Aとの会話内容は録音するようになった。他方,被告Aは,原告の仕事ぶりに不満を持っていたところ,原告が勤務中に外出していることが多いという話を聞き,仕事を真剣にしていないのではないかという疑問を持つようになった。

(5)  原告は,平成19年2月19日,被告C会議室において,被告A,被告Bらが出席している業務報告会議に参加した。被告Aは,その会議中に,原告に対し,「経理として来てもうたけど,経理の仕事できてなかったら,あなたの存在価値がなくなるわけでしょう」,「だから今僕提案した。現場行ってね(略)あるいは(子会社に)行ってね。給料半分下がっても(略)営業やってくれたらいい」などと発言し,給与(年額420万円)に見合った仕事をしていないので,給与を下げて製造現場又は子会社への配置転換を受け入れるか,退職するかを検討するように述べた。

原告は,2月26日に組合に加入し,組合と被告Cは,3月16日に第1回団体交渉を行い,原告は,以後労働条件についての話は組合との団体交渉以外ではできない旨述べた。

(6)  被告Aは,平成19年4月2日,月例会議終了後,被告B同席のもとで,原告に対し,前記(5)に対する回答を求めたが,原告が答えようとしなかったので,やや強い口調で,「なんで組合に入ったんや」,「腹が立っている」,「許さん」などと発言した。

被告Cの役員は,原告の担当業務について改めて検討し,外注していた重金属測定試験業務は,経験がなくとも対応でき,かつ,体力的にも負担のかからないものであるので,原告の業務として適当であると考え,4月23日ころ,被告Cの取締役であったR(以下「R取締役」という。)が,原告に対し,原告の業務から補助金申請業務と会議録作成業務を外し,子会社での経理部門での業務を50%,被告Cの製造部門での新たな業務として重金属測定試験業務等を50%とする職務内容変更案(甲9)を提示した。

これに対し,原告は,5月16日,R取締役らに対し,経理関係を中心とする従来の業務を3分の2程度は欲しい旨メールで送信し,同月22日には書面で職務分担の再検討を要求し,その後も再三メールで業務内容の要求をしていた。

R取締役は,6月5日,原告に対し,「新しい業務に対する前向きな取り組みや信頼を取り戻そうとの姿勢が,評価を高め,信頼回復へとつながるのではないか。原告にそういった姿勢がみられない以上,中枢である経理や総務の仕事をお願いできない」旨を伝えた。

(7)  原告は,平成18年11月にJの補助金対象外の出張であるのにJからの補助金が流用されたことがあり,それが是正されないままになっているとして,平成19年6月27日,R取締役らに対し,経理チーム長のQに対する事実確認と懲戒処分をすべきである旨の社内メールを送信した。

被告Cは,同日,原告に対し,子会社の経理業務を経理チームに引き継ぎ,7月からほぼすべて重金属測定試験業務に従事する配置転換を命じた。

原告は,同年6月27日以降,被告Bらに対し不正経理処理を口頭で伝えたが,被告BらはQに対する処分はしなかった。なお,原告が主張する不正経理処理については,その後,被告Cにおいて,Jに対し事務処理の誤りがあったとして返金処理をした。

(8) 組合は,原告に対する上記配置転換に対し再考を求めて,平成19年7月26日と8月22日に被告Cとの間で団体交渉が行われた。この団体交渉には,組合からの要請を受けて被告Aも被告Cの代表として出席したが,交渉はまとまらず,組合は,8月31日,I 労働委員会に対し,不当労働行為救済申立てをした。

(9)  被告Cにおいて,平成19年9月26日午後3時から4時まで,原告が実施している重金属測定試験業務の結果の検討をするために,被告A,被告B,原告らが出席して第1回品質保証会議が開催された。その会議中に,被告Aが原告に対し重金属測定試験業務が危険な業務であると苦情を言っているのかと問いただしたことから両者で言い争いとなり,被告Aからの測定データを見せてほしいとの要求に対し,原告は,「データシートはとってません」,「書けとおっしゃれば書きますけど」などと返答したことに立腹し,被告Aは,原告に対し,「おまえ,この3階で遊んでたらしいやないか」,「給料もうてまともに仕事せんやつが会社にとって失礼やないか」,「(会社を)辞めたらええねん,辞めたらええんや」,「ようぬけぬけとようぬかしとるな。ぼけが。ほんまあきれるで,ほんま」などと発言した。被告Bも,被告Aが「みなさん,感じたことがあったら言うて下さい」と発言した直後に,「仕事をきちんとやってほしい」などと被告Aに同調して発言した。

(10)  被告Cは,平成19年10月1日,原告に対し,調査役を外し,一般職に降格する旨及び以後時間外手当を支給する旨通知した。

(11)  平成19年10月26日,原告,被告A,被告Bらが出席して,第2回品質保証会議が開催された。被告Aが原告に対し重金属測定試験業務の報告を求めたところ,原告は特に報告する必要はない旨発言するなどしてやりとりがあった後,データの転記ミスを指摘されたが,原告がミスを認めることも謝罪することもせず,修正は行うとの発言を繰り返したことから,被告Aは,原告に対し,「迷惑かけたことに対してごめんなさいの一言で済むことやろ。あほんだら。なんということ言うとんねん。あほらしいわ,おまえと話するのは」,「何もせんと座っとけや。ずっと1日。皆が一生懸命働いとんのに,ええ,ぐだぐたぐだぐだ言いやがって,ほんまに。じっと座ってもろといたらどうですか。それで朝から晩まで掃除でもしてもろといて」などど発言し,被告Bは,「こんな調子じゃ,会社でやらせる仕事が何もなくなってくる」,「仕事はまともにやってないで,それで抗弁とかやられたらたまらんですよ」などと発言した。

なお,11月以降も,品質保証会議は毎月開催されていたが,被告Aは出席せず,原告も課題・問題点等は一切ないとの姿勢で臨んでいたため,会議は毎回5ないし10分程度で終了していた。

(12)  被告Bは,平成19年10月29日,原告に対し,「今後は重金属測定試験業務に100%集中し,重金属測定試験業務がない日は何もしないで机にじっと座っているように」と命じた。

(13)  原告は,平成19年11月2日,医療法人Kにおいて「ストレス障害(睡眠障害,焦燥・不安)」との診断を受けた。

(14)  原告は,平成19年12月19日,被告DのF人権委員会に,被告Aによるハラスメントについて本件救済願いを申し立てた。

被告Dでは,調査の結果,本件は,被告Cの出資者である被告Aと原告と間の内部問題であることがわかったが,平成20年5月19日,被告Aに対し,被告D外の言動においても誤解等を受けることのないよう注意を促す趣旨で口頭注意をした。原告に対しては,6月13日,F所長名で文書(甲13)により結果の連絡があった。その内容は,所長から被告Aに対し口頭注意を行い,併せて,原告への謝罪を勧めたが,被告Aの合意を得られなかったというものであった。

(15)  原告は,平成19年12月以降,被告Cでの忘年会や納涼会について声をかけられなくなった。

(16)  I 労働委員会は,平成20年9月,組合,被告C及び被告Aに対し,和解案(甲18)を提示した。その内容は,①原告に対する調査役の職位を外した平成19年10月1日付けの措置を撤回し,原告は和解が成立した日の翌日をもって被告Cを退職し,所定の退職金を支払う,②被告Cは,組合に対し,解決金として,原告の退職日までの給与相当額及び150万円を支払う,③被告C及び被告Aは,原告に対して行った言動について,組合から不当労働行為とみられ,原告に迷惑を与えた行為があったことを陳謝するなどというのものであった。

これについて,被告C及び被告Aが一部修正を求め,原告がそれに応じなかったため,和解は成立しなかった。

(17)  被告Aは,平成20年9月18日,被告Cの試験測定室において,午後3時ころから約10分間,原告に対し,「ひきょうな男やな,おまえは」,「情けない奴やな」「あほぬかせ,あほんだら」などど発言した。

(18) I 労働委員会は,平成21年4月17日,上記不当労働行為救済申立事件について命令したが,その内容は,①被告Cが原告に対してした平成19年6月27日付けの業務命令等を撤回し,命令前の業務に相当する業務を担当させるとともに,10月1日付けの調査役を外す措置を撤回する,②被告Cは,I 労働委員会から,被告Aらが原告に対して行った発言が不当労働行為であると認定されたので,今後このような行為をしないことを誓約する旨を記載した文書を組合に手交する,などというものであった。

被告Cは,平成21年4月28日付け書面(乙4)により,上記業務命令等を撤回し,重金属測定試験業務とともに経理・会計に関する調査に従事するように業務命令を発した。もっとも,被告Cでは,同年3月から,大幅な操業短縮を実施しており,事務系は週休3日程度,労務系は週休4又は5日程度となっており,原告に対する経理関係事務については具体的な作業指示はなされず,原告はもっぱら重金属測定試験業務に従事していた。

(19)  原告は,平成21年7月24日,60歳となり,定年により被告Cを退職した。

2  当裁判所の判断

(1)  被告Aの責任

まず,原告らが被告Aの不法行為であると主張する点についてみると,前記認定のとおり,被告Aは,会議の席上等において,原告に対し,「給料もうてまともに仕事せんやつが会社にとって失礼やないか」,「(会社を)辞めたらええねん,辞めたらええんや」,「ようぬけぬけとようぬかしとるな。ぼけが。ほんまあきれるで,ほんま」などと再三発言していることが認められるところ,これらの発言は,原告を侮辱するものであって,違法な行為であるということができる。

被告A,被告B及び被告Cは,被告Aが原告に対して必ずしも適切とはいえない発言をしたことは認めながらも,これまでの経緯及び原告による挑発的な言動等,当該発言がされたきっかけその他の事情を考慮すると,これらの発言が違法なものとはいえない旨主張する。確かに,原告においても,自らのミスについて謝罪しないなど挑発的ともいえる言動があったことは認められるが,そのことを考慮しても,被告Aの原告に対する発言内容は,社会的相当性を逸脱しているといわざるを得ないものであって,違法なものということができる(なお,原告が主張する違法な行為の主張のうち,③(平成19年9月6日の出勤時の被告Aによるハラスメント)については,被告Aは,突然何のやりとりもなく大声で怒鳴りつけることはしない旨陳述する(乙13)ところ,この点は証拠上明らかではなく,原告主張の事実を認めることはできない。また,⑦(忘年会等から原告を排除)については,被告Aらがどの程度関与しているのかが明らかではなく,被告Aらの不法行為と認めることはできない。)。

また,原告が主張する配置転換等の業務命令については,前記認定の経過からすると,原告が被告Aらと考え方が合わなかったことに端を発し,原告が組合に加入したり,被告A等の発言に対し反抗的な態度に出たことから,順次,原告の担当業務から経理事務を外し,外注していた重金属測定試験業務にほぼ専念するような業務命令が出されたということができ,業務命令に合理性があったとはいえず,違法なものであるということができる。もっとも,原告は,経理業務を外されたことによって原告のキャリアが毀損され再就職が困難になったことについての精神的苦痛を主張するが,被告Cは,従業員15名程度の比較的小規模な会社であり,原告と被告Cとの間で入社時に経理業務に専念させる旨の合意があったと認めるに足りる証拠はなく(雇入通知書(甲2)には,従事すべき業務の内容として,「経理管理および一部総務管理」と記載されているが,他の業務に従事させない合意であったとは解されない。),2年間経理部門を外れたことによって原告のキャリアが毀損されたということはできず,また,それによって再就職が困難になったと認めるに足りる証拠もない。もちろん,違法といえる業務命令によって,原告が精神的苦痛を被ったということができるが,これらの業務命令も,前記認定の被告Aらの原告に対する違法な発言と一連のものであるということができ,一体のものとして原告に精神的苦痛を与えたと考えるのが相当である。そして,こうした業務命令については,被告Aの被告Cにおける地位や前記認定の経過からすると,被告Aの意向も反映されているものということができ,被告Aは損害賠償責任を負う。

(2)  被告Bの責任

被告Bについては,被告Bは当時被告Cの代表取締役であったところ,被告Aほどには積極的に原告を侮辱するような発言をしたとはいえないが,被告Aの発言の場に同席していることが多く,被告Aを制止することなく,むしろ加担するような発言をしていることからすると,被告Aと一体となって違法な行為をしたと評価することができ,業務命令の点も含めて,被告Aと同様の責任を負うと解するのが相当である。

(3)  被告Cの責任

被告Cについては,被告Aは被告Cの技術顧問であり,被告Bは被告Cの代表取締役であるから,業務命令等の会社自身の違法な行為のほか,被告Aや被告Bの違法な発言等についても,連帯して損害賠償責任を負う。

(4)  被告Dの責任

被告Dについては,原告は,被告Cが被告Dに対し毎年多額の寄付をしていることや,被告Cと被告Dが共同研究をしており,被告Aによる被告Dでの研究活動と被告Cの事業活動は一体性を有し,被告Aの被告Cにおけるハラスメントは,被告Aの被告Dにおける研究活動と密接な関係を有するものとして行われており,被告Dは使用者責任を負う旨主張する。しかしながら,被告Dが被告Cから寄付を受けていることや被告Cと共同で研究していることから直ちに被告Dが被告Aの被告Cにおける行為について使用者責任を負うことにはならない。そして,前記認定のとおり,被告Aによる原告に対する違法な行為は被告Cの業務に関してされたものであって,被告Dでの業務とは関連を有しているということはできず,被告Dが使用者責任を負う根拠を認めることはできない。

したがって,被告Dは損害賠償責任を負わない。

(5)  損害額

以上のとおり,被告A,被告B及び被告Cは,原告に対し,違法な発言をしたことや違法な業務命令について損害賠償責任を負うところ,被告Aらによる違法な発言内容やその頻度,それがされるについて原告のやや挑発的ともいえる言動があったことなど一切の事情を考慮すると,原告が被った精神的苦痛は70万円と評価するのが相当である。

弁護士費用については10万円をもって相当と認める。

(6)  本訴請求のまとめ

以上のとおり,原告の本訴請求については,被告A,被告B及び被告Cに対して連帯して80万円及び訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成21年7月23日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(7)  反訴請求

反訴請求については,被告Aによる原告に対する違法な行為があったことは前記認定のとおりであり,原告において,被告Aの勤務する被告Dに本件救済願いの申立てをしたことが違法なものであったとまではいえない(被告Dにおいても,調査を実施し,口頭で被告Aに対して注意処分をしているところである。)。

よって,被告Aの反訴請求は理由がない。

3  結論

以上のとおり,原告の本訴請求は主文1項の限度で理由があり,被告Aの反訴請求は理由がない。よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 大島眞一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例