京都地方裁判所 平成20年(ワ)4184号 判決 2010年5月18日
主文
1 原告らの各主位的請求を棄却する。
2 原告Aが被告との間で雇用契約上の地位にあることを確認する。
3 原告Bが被告との間で雇用契約上の地位にあることを確認する。
4 原告らの賃金請求にかかる各訴えのうち,本判決確定の日の翌日分以降の給与の支払を求める部分を却下する。
5 被告は,原告Aに対し,平成21年4月1日から本判決確定の日まで,毎月25日限り,月額16万9000円を支払え。
6 被告は,原告Bに対し,平成21年4月1日から本判決確定の日まで,毎月25日限り,月額16万7000円を支払え。
7 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
8 この判決は,5項及び6項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 (主位的請求) 原告A(以下「原告A」という。)が被告との間で期間の定めのない雇用契約上の地位にあることを確認する。
(予備的請求) 主文2項と同旨。
2 (主位的請求) 原告B(以下「原告B」という。)が被告との間で期間の定めのない雇用契約上の地位にあることを確認する。
(予備的請求) 主文3項と同旨。
3 被告は,原告Aに対し,平成21年4月1日以降,毎月25日限り,月額16万9000円を支払え。
4 被告は,原告Bに対し,平成21年4月1日以降,毎月25日限り,月額16万7000円を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告に契約社員として雇用されていた原告らに対し,被告が平成21年3月31日限り,予備的に平成22年3月31日限り,上記雇用契約を更新しない旨の通知をしたことについて,原告らは,主位的に,原告らと被告との雇用契約は更新が繰り返された結果,期間の定めのない雇用契約に転化しており,上記の雇止めは無効であると主張して,予備的に,期間の定めのある雇用契約であったとしても解雇権の濫用にあたると主張して,被告に対し,雇用契約上の地位にあることの確認(主位的に期間の定めのない雇用契約,予備的に期間の定めのある雇用契約)と賃金の支払を求めている事案である。
1 争いのない事実
(1) 株式会社C(以下「C」という。)は,平成13年4月,社内にあった企画事業局,メディア局出版部の業務をD株式会社(以下「D」という。)に委託するようになった。
被告は,平成18年4月1日,Cの事業部門であるE新聞の販売,広告等の各業務について,Cの委託によりそれらを行うためにCの全額出資により設立された子会社である。従前,Dの企画制作部で担当していた業務の一部は,同日から被告に承継されることになった。
(2) 原告Aは,平成13年6月1日,Dとの間で,雇用契約期間を6か月とする雇用契約を締結してDで勤務し,平成18年4月1日から被告で勤務するようになった。原告Aは,この間,Dとの間で,平成13年12月1日,平成14年4月1日,同年10月1日,平成15年4月1日,同年10月1日,平成16年4月1日,平成17年4月1日に雇用契約を更新し,被告に移籍してからは,平成19年4月1日,平成20年4月1日に契約を更新した(平成16年4月1日から雇用契約期間は1年となった。)。
(3) 原告Bは,平成16年5月1日,Dとの間で,雇用契約期間を11か月とする雇用契約を締結して勤務を始め,平成18年4月1日から被告で勤務するようになった。原告Bは,この間,Dとの間で,平成17年4月1日に雇用契約を更新し,被告に移籍してからは,平成19年4月1日,平成20年4月1日に契約を更新した(雇用契約期間は1年であった。)。
(4) 被告は,平成20年6月2日,原告らに対し,平成21年3月31日をもって雇用契約を更新しない旨の通知をした。さらに,被告は,仮に,その効力が生じない場合に備え,平成22年3月3日の本件口頭弁論期日において,原告らに対し,同月31日をもって雇用契約を更新しない旨の通知をした。(以下,これらを「本件雇止め」という。)
2 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 原告らの主張
ア 原告らと被告との間の各雇用契約は,期間の定めのないものに転化したというべきである。すなわち,①Dと被告は,その関係からして一体といえるところ,原告Aは,勤続年数7年9か月,契約更新回数10回,原告Bについては,勤続年数4年11か月,更新回数4回と長期に及ぶこと,②D及び被告における契約更新手続は極めて形式的かつ杜撰なものであり,雇用契約の更新が当然に予定されていたこと,③原告らの業務内容は,正社員の業務内容と変わらない基幹業務であったこと,④原告らは,D及び被告のいずれにおいても,契約期間の上限についての説明を受けておらず,原告らと取り交わした契約書にもその旨の記載はないこと,⑤原告らには,雇用契約の上限を定めた被告の契約社員規程は適用されないこと,⑥他にも多くの社員が3年を超えて雇用されていることなどからすると,原告らの雇用契約は期間の定めのないものに転化しているいえる。したがって,本件雇止めは無効である。
イ 仮に,期間の定めのない雇用契約に転化していないとしても,前記で述べた原告らの雇用期間,契約更新回数,業務の基幹性等の事実関係からすると,原告らには雇用継続に対する正当な期待権が発生しており,解雇に関する法理が類推適用される。
しかるに,本件雇止めには合理的な理由がなく,本件雇止めは解雇権の濫用であって,無効である。すなわち,被告は,Cにおける広告収入の減少等を主張して本件雇止めの正当性を主張するが,被告は黒字企業であり,平成21年度(平成21年4月入社)は新しい人員募集を行っているほか,原告らが従事していた業務は,基幹的かつ恒常的なものであり,正社員と同様の業務をしてきたのであって,本件雇止めに合理的な理由はない。
(2) 被告の主張
ア まず,原告らと被告との間で期間の定めのある雇用契約を締結しているのであって,この雇用契約が期間の定めのないものに転化することはありえない。
イ 原告らが雇用継続に対する合理的な期待を有するに至ることもありえない。すなわち,Cは,平成11年4月に人事政策として,「期間の定めのある雇用契約は,通常3年を超えて契約更新をしない」というルール(以下「3年ルール」という。)を定め,CとDにおいて実施してきた。原告Aについては,Dにおいて例外的に3年を超えて更新されたにすぎない。
被告の設立に伴い,Dから移籍してきた契約社員については,それまでのDでの勤務は計算せずに改めて3年ルールを適用することにしたが,平成17年9月22日に実施したDから被告に移籍する者に対する説明会で3年ルールの説明をし,被告の契約社員規程にも「以後1年ごとの契約更新により最長3年まで延長できる」と定めた。このように,3年ルールは明確に存在し,原告らに対し周知されていたのであり,原告らが3年を超えて契約更新を期待することはありえない。
ウ 仮に,原告らにおいて,契約更新を期待する合理的な理由があり,解雇に解する法理が類推適用されるとしても,次のとおり,本件雇止めには,社会通念上相当といえる客観的に合理的な理由があり,本件雇止めは有効である。すなわち,いわゆるバブル経済崩壊以降の新聞業界における広告収入の減少は極めて明白であり,Cにおいては,最盛期には約183億円の広告収入があったが,平成20年度は約63億円となり,平成21年度は約57億円であって,今後も厳しい状況が予測されており,平成22年4月採用の正社員の応募をしなかった。
なお,本件雇止めは,原告らに対してのみされたのではなく,被告設立時の10名の契約社員のうち正社員に応募して合格した者2名と3年経過までに退職した者2名を除く6名に対して同一にされたものである。また,雇用期間や契約更新回数を考えるにあたっては,C,D及び被告は,Cを中心とするグループ会社であるが,それぞれ別の法人格を持ち,独自性を有しているのであり,原告らは被告との間で雇用契約を締結したのであって,Dとの雇用契約期間を考慮する余地はない。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
争いがない事実に証拠(甲1ないし12,18,21ないし43,46,48,50ないし60,乙1ないし11,13ないし49(以上,枝番を含む。),証人F,同G,同H,原告A,原告B)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の各事実が認められる。
(1) Cは,京都府と滋賀県を中心とするE新聞を発行している新聞社である。
(2) Cは,平成13年4月,社内にあった企画事業局,メディア局出版部の業務をDに委託するようにした。その後,後述のとおり,平成17年7月に新聞販売と広告営業などの事業を行う被告を設立し,被告においてDの業務を一部承継したほか,新聞印刷事業を行う株式会社Iを設立した(以下,これらの会社を「Cグループ」という。)。
Cグループにおける雇用制度は,次のようになっていた。まず,新聞経営の基本となる編集部門については,Cにおいて定年制・終身雇用による定期的な採用が行われていた。販売,広告,印刷等の部門については,各グループ会社による終身雇用制の正社員と,期間の定めのある社員(以下「契約社員」という。)とを採用し,さらに,1か月短期で雇用するアルバイト社員が存在した。正社員と契約社員との相違点としては,正社員は年俸制であり,転勤や出向があり,各職種を転属しつつ経歴を積んでいくのに対し,契約社員は原則として仕事内容は同じであり,昇進や転勤はなく,月給制で退職金も支給されないというものであった。採用も正社員は正式に募集して筆記試験等を経て採用するが,契約社員についてはいわゆる縁故採用も行われており,簡単な面接で採用することもあった。こうした制度は,正社員は終身雇用制のもと長期的視点から社員を育成するのに対し,契約社員は,特定の業務のみを担当することとし,すべての社員を正社員としないことによって,全体としての経営の効率化と総人件費の抑制を図るというものであった。
このように,契約社員については,昇進はなく,退職金も支給されないことから,終身雇用者との比較による不満が生じないようにするため,雇用契約期間は3年間を上限とし,それ以上の更新を認めない方針を採用し,平成11年4月からCにおいて実施し,その後Dにおいても実施されたが,支局等での採用者,身体障害者,定年退職後の再雇用者には適用せず,また,印刷部門も業態が異なるため適用しないなど例外があった。また,Cや被告においては,契約社員でも正社員への登用試験に合格すると正社員になることができる制度があった。
(3) 原告Aは,平成13年6月1日にDに採用されて勤務することになった。入社のきっかけは,大学の知人の紹介であり,採用面接の時に,契約期間は半年であるが,更新が可能である旨の説明を受けた。原告Aは,Dとの間で,契約社員雇用契約書(甲42の1)を取り交わしたが,契約書上,雇用契約期間として,「平成13年6月1日から平成13年11月30日まで」である旨が記載されているほか,「雇用契約の期間が満了したときは,本契約は当然に終了する」旨の記載があった。
当初の契約期間は,前記のとおり,6か月であり,最初の更新が同年12月1日から平成14年3月31日までの4か月間,次いで平成14年4月1日から平成16年3月31日までは6か月ごとに更新され,以後,平成18年3月31日まで1年ごとに更新された。更新のたびに契約社員雇用契約書(甲42の2ないし8)が取り交わされ,雇用契約期間については上記のとおり記載されていたが,契約更新の上限についての記載はなかった。
(4) 原告Bは,平成16年5月1日にDに採用されて勤務することになった。入社のきっかけは,原告Aと同様に,大学の知人の紹介であり,同年4月30日に面接を受けて入社が決まり,Dとの間で,契約社員雇用契約書(甲43の1)を取り交わした。契約書上,雇用期間は同年5月1日から平成17年3月31日までの11か月であったが,採用面接のときに,勤務に問題がなければ更新される旨の説明を受けた。平成17年4月1日に雇用契約が更新されて,契約社員雇用契約書(甲43の2)を取り交わしたが,雇用契約期間は平成18年3月31日までの1年間であった。
(5) 原告Aは,当初,Jから委託された業務を行っており,そのために採用されたものであるが,平成14年からは,広告記事について,広告主と打ち合わせて記事の作成等を担当していた。原告Bもほぼ同様であり,広告記事の作成やイベントの開催等の業務を担当していた。担当業務については,どのようにするかはほぼ任されており,1,2か月で終了する業務もあったが,半年以上に及ぶものもあり,これらの業務を複数並行して担当していた。また,原告らは,契約期間満了が近づいても,翌年度も継続する業務を任されて担当していた。
原告Aについては,平成16年4月1日の更新により期間が3年を超えることになり,原告Aの上司であるKが同年3月18日付けで引き続き雇用する旨の社内稟議書(甲60)を作成しているが,同年1月ころから,同年12月ころまで続く新たな企画を担当していた。
(6) Cにおいて,平成18年4月1日から,効率的経営を目指して,新聞事業を編集・経営,事業・販売・広告,制作に3分社化する「グループ経営」に移行することとし,Cの販売,広告等の事業部門を担当する被告及び新聞印刷事業を行う株式会社Iを設立することにした。すなわち,被告は,Cの委託により販売,広告等の事業を行うために設立された会社であり,Cの全額出資による子会社である。従前,Dの企画制作部の業務の一部が被告に承継されることになり,Dは,同日以降,文化センター,出版センター等の業務を担当することになった。原告らが担当していた広告業務等も被告に引き継がれることになった。
被告は,平成17年7月1日設立され,まもなく被告内に開設準備室が設けられた。開設準備室の主催により,同年9月22日に,Dから被告に移籍することになる契約社員を対象として説明会が開催された。対象者は原告ら11名であり,原告Bを除く10名が出席した。出席者の中には定年退職をして再雇用された者も数名含まれていた。Dの企画事業部門担当者であったLが説明をしたが,説明内容は,契約社員は平成18年3月までにDとの雇用契約を解消し,4月1日付けで被告と雇用契約を締結すること,業務内容について従前と同じであることなどであり(契約更新の上限が3年であることを説明したかについては後に検討する。),書面は配られなかった。出席していたある契約社員から,欠席している原告Bから預かってきた質問であるとして,正社員への登用はあるか,賃金や業務内容に変更はあるかなどの質問し,Lが正社員への登用は考えていないこと,賃金について今までどおりで,業務内容に変更はないことなどの説明をし,説明会は比較的短時間で終了した。この説明会に出席していたDの総務部長であったF(以下「F」という。)が説明会の議事録を作成した(なお,説明会からまもなく作成された議事録は甲59の2枚目であり,後に開催場所が間違えていたと考えて訂正したのが乙7である。)。なお,被告では,3年ルールについては,Dでの勤続年数を考慮せずに,新たに被告が設立された平成18年4月1月から起算することとした。
(7) 原告らは,被告での勤務を希望し,被告との間で,平成18年2月24日に雇用期間を同年4月1日から平成19年3月31日までとする契約社員雇用契約書(甲1の1,2の1)を取り交わした。その契約書では,Dの場合と同様,上記のとおり雇用契約期間が明記され,「雇用契約の期間が満了したときは,本契約は当然に終了する」旨記載されていたが,契約更新の上限を3年とする旨の記載はない。
(8) 平成18年4月1日から被告での業務が開始された。被告の本社は,C本社内にあり,取締役はCと共通する者がいた。
原告らの業務内容は,Dでの業務と変更はなく,勤務場所も同じCの社屋であり,フロアが変わっただけであった。
D勤務時の原告らの基本給は月額16万円であったが,被告に移籍後,原告Aは16万7000円,Bは16万5000円となり,この両者の違いは,Dにおける勤務年数の違いが反映されたものであった。
有給休暇について,原告Aは,Dに入社後毎年2日ずつ増え,平成17年度は14日であったが,被告に移籍した平成18年度は16日であり,2日間増えており,原告Bについても同様であった。
平成18年度の夏季特別手当については,原告Aについては11万6000円,原告Bについては9万9000円が支払われたが,これは,原告らのDでの在籍期間である平成17年10月から平成18年3月までを計算対象期間とし,Dでの在籍年数に応じて決められた金額(Aについては,平成18年の基本給16万7000円×2年以上在籍係数0.7,原告Bについては,平成18年の基本給16万5000円×1年以上在籍係数0.6として算出)であった。
(9) 原告らと被告との雇用契約は,1年ごとに2回更新され,平成19年3月19日と平成20年3月19日に契約社員雇用契約書(甲1の2,3,2の2,3)を取り交わした。
原告Aは,平成15年にDの正社員登用試験を受け,被告においても,平成19年4月採用,平成20年4月採用の正社員登用試験を受けたが,いずれも合格しなかった。原告Bにおいても,同様に2回被告の正社員登用試験を受けたが,合格しなかった。
(10) 被告は,平成20年6月2日,原告らに対し,「雇用契約終了のお知らせ」と題する書面(甲3,4)を交付し,平成21年3月31日をもって雇用契約を終了させる旨告知した。さらに,被告は,仮に上記の通知が効力を有しない場合に備えて,平成22年3月3日の本件口頭弁論期日において,原告らに対し,同月31日をもって雇用契約を終了させる旨告知した。
なお,被告の契約社員は10名いたが,被告の正社員に応募して合格した者が2名,途中で退職した者が2名おり,残っていた契約社員6名について,平成20年6月2日に原告らと同様に雇止めの通知がされたものであった。
(11) なお,Dにおいては,既にDを退職している契約社員が45名いるが(平成20年11月時点。原告らのように被告に移籍した者も含む),このうちDでの勤続年数が3年を超える者が原告Aを含めて10名であった。また,Dに在職している契約社員については,平成21年12月の時点で,平成21年秋に新規の企画のために採用した者を除くと,二十数名在籍していたが,そのうち7名が3年を超えていた(うち2名は特に必要とする理由があって,契約が長期に更新されていた。)。Dにおいて,本件訴訟が提起された後に3年目の更新時期を迎える契約社員については,紛争を回避する観点から,3年ルールを十分に承知していなかった者については1年に限り雇用を延長する措置を講じることにした。
(12) Cにおける主要な収入源は,新聞購読料と広告収入であるところ,広告収入については,平成3年度が約183億円であったが,平成20年は約65億円となり,平成21度年は約57億円となっている。Cの営業利益は,平成17年度が約9億3000万円の黒字,平成18年度が約7億4000万円の黒字,平成20年度は約2億2000万円の赤字となっている。
被告は,平成21年度採用まで毎年4名を正社員として採用していたが,経営状況の悪化を受けて,平成22年度は正社員の募集をしなかった。
2 争点に対する判断
(1) 使用者と労働者の間で期限の定めのある雇用契約が締結された場合であっても,①更新が繰り返され,更新手続が形式的であるなど,当該雇用契約が期間の定めのない契約に転化したり,実質的に期間の定めのない雇用契約と異ならない状況になった場合には,普通解雇の要件に準じた要件がなければ使用者において雇用契約を終了させることができず,②労働者が継続雇用の合理的期待を有するに至ったと認められる場合には,期間の満了により直ちに雇用契約が終了するわけではなく,使用者が更新を拒絶するためには,社会通念上相当とされる客観的合理的理由が必要であると解される。
(2) そこで,まず,原告らと被告との間の雇用契約が期間の定めのない雇用契約に転化した,あるいは実質的に期間の定めのない雇用契約と異ならない状況になったといえるかについて検討する。
Dと被告との関係であるが,原告らは平成18年4月にDから被告に移籍しているが,業務内容に変更はなく,勤務場所も同じCの社屋内でフロアが変わっただけであること,被告勤務開始時の原告らの基本給は,Dでの勤続年数に応じて違いがあり,有給休暇についても,Dでの勤続年数に応じて日数が決められ,被告での賞与についてもDの在籍期間をも計算対象期間として支払われていたことなどからすると,雇用契約期間や契約更新回数を考えるにあたっては,Dでの勤務と被告での勤務は継続しているものと考えるのが相当である。そうすると,原告Aについては,勤続年数7年9か月,更新回数10回,原告Bについては,勤続年数4年11か月,更新回数は4回に及ぶ。
しかし,他方,原告らと被告との間で締結された雇用契約の更新にあたっては,必ず契約社員雇用契約書を取り交わしており,その契約書では,4か月ないし1年間の期間の定めのある労働契約であることが明記されていたこと,Dや被告においては,正社員と契約社員は,採用方法が異なるほか,入社後においても,転勤や業務内容の変更の有無等が異なっていること,Dや被告では契約社員から正社員への登用試験が存在し,現にその試験に合格して正社員になった者がいること,Dにおいては,3年を超えて勤続している契約社員がいるが,3年以内で退職した,あるいは3年で退職した者もかなりの数存在することなどの事実関係からすると,原告らとDあるいは被告との雇用契約の更新が形式だけのものであったということはできず,原告らと被告との雇用契約が,原告らが主張するように,期間の定めのない雇用契約に転化した,又はそれと実質的に異ならない関係が生じたと認めることはできない。
(3) 次に,原告らが雇用継続の合理的期待を有するに至ったかを検討する。
ア 被告は,契約社員については3年を超えて更新されないという3年ルールが存在すると主張するところ,原告らと被告との間で3年ルールが契約内容として認識されているのであれば,原告らが3年を超えて雇用契約が更新されることについて合理的な期待を持つことはありえないということができるので,まず,この点を検討する。
3年ルールが存在したことについては,証人Fの証言や被告における契約社員規程(甲41)にも明記されていることなどからすると,前記認定のとおり,平成11年4月からCにおいて実施し,その後Dや被告においても実施されたと認めることができる。そして,Cグループにおいて,正社員と契約社員との採用方法や勤務体系の違い等からすると,3年ルールは一定の合理性を有しているということができる。
そこで,次に,3年ルールが原告らに対し説明されていたかについて検討するに,3年ルールについては,支局等での採用者,身体障害者,定年退職後の再雇用者については例外とされるなど,かなり例外が認められるものであったうえに,本来,適用されるべきはずの契約社員についてもその適用は厳格にはされていなかったということができる。すなわち,原告Aについては,Dにおいて平成16年4月1日の契約更新により期間が3年を超えることになり,同年3月18日付けで引き続き雇用する旨の社内稟議書が作成されているが,同年1月ころから,翌年4月以降も継続的に続く企画の担当をさせており,当然雇用契約が更新されることを前提としていたことがうかがえること,被告において,原告Aの更新の可否を検討した書類等は提出されておらず,何らかの理由があってこの時に限り3年を超えて更新したとは考えにくいこと,Dにおいては,契約社員は,在職者あるいは退職者を問わず,3年を超えて勤務している(勤務していた)者が少なくないこと,本件訴訟提起後,Dの在職者で3年の期間満了になる契約社員のうち,3年ルールを十分に承知していなかった者については,1年に限り雇用契約を延長する措置を講じたことなどからすると,原告らが在籍したDにおいて,3年ルールが厳格に守られ,契約社員に周知されていたとは考えられず,原告らに対してもその旨の説明がされていたと認めることはできない。
また,被告は,Dから被告に移籍することになる者を対象として平成17年9月22日に開催した説明会において,契約社員については契約更新の上限が3年であることについて説明した旨主張する。確かに,Fが作成した説明会の議事録(甲59の2枚目,乙7)には,上限が3年であることを説明した旨記載されており,3年ルールについて一応何らかの説明をしたであろうことは認めることができる。しかし,出席者の中には定年退職をして再雇用された者も数名含まれているところ,Fの証言によっても,同時に出席した定年再雇用者についてどのような説明をしたのか不明である(例外とされているのであるから,別の説明がされていないと不合理であるといえる。)など,あいまいな点があることは否定できず,それまで3年ルールが存在しながら徹底されていなかったことから,この時の説明も3年ルールが一応あるという程度のことを述べた可能性が高く,特に書面は配られなかったこともあり,出席者としては,厳格に3年ルールが適用されるとは考えていなかったものということができる。
そうすると,上記の説明会において,3年ルールについて一応述べたものの,原告らに対する説明としては不十分なものであったということができ,他に被告や被告の開設準備室において,原告らに対し,本件雇止めに至るまでに3年ルールについて説明したと認めるに足りる証拠はない。
したがって,3年ルールについて説明をしていたことを理由として原告らにおいて契約期間満了後も雇用継続を期待することは合理的ではなかったとする被告の主張は採用できない。
イ そこで,さらに,3年ルール以外の点も検討し,原告らにおいて契約期間終了後も雇用継続を期待することが合理的であったかについて検討する。
まず,契約期間であるが,前記のとおり,原告Aについては,勤続年数7年9か月,更新回数10回,原告Bについては,勤続年数4年11か月,更新回数は4回に及んでいること,原告らの業務は,広告記事の作成やイベントの運営など,新聞編集等の業務と比べると軽いものではあるが,ほぼ自分の判断で業務を遂行しており,誰でも行うことができる補助的・機械的な業務とはいえないこと,原告らは,契約の満了時期を迎えても,翌年度に継続する業務を担当しており,当然更新されることが前提であったようにうかがえることなどからすると,原告らとしては,契約の更新を期待することには合理性があるといえる。
したがって,原告らと被告との間の雇用契約については,期間の満了により直ちに雇用契約が終了するわけではなく,使用者が更新を拒絶するためには,社会通念上相当とされる客観的に合理的な理由が必要であると解される。
被告は,この点について,被告を含めたCグループの経営状態が極めて厳しく,原告らとの契約を更新しないことについて合理的な理由がある旨主張する。確かに,Cにおける主要な収入源の一つである広告収入が大幅に減少しており,Cの営業利益は,平成20年度は赤字となり,平成22年度の正社員の募集をしなかったなど,解雇もやむを得ないことをうかがわせる事情はあるが,被告についての経営状態が明らかではなく,これまで原告らに対し3年ルールを十分に周知せずに契約の更新が重ねられてきたことなどからすると,3年ルールの告知がされてから未だ3年に満たない時期にされた本件雇止めを相当とする合理的理由があるとまではいえない。
したがって,本件雇止めは無効であるから,原告らは,現在も被告において期間の定めのある契約社員としての地位にあるといえる。
(4) 原告らの賃金請求について検討する。
雇用契約上の地位の確認請求と同時に,将来の賃金請求をする場合には,地位を確認する確定判決後も,被告が原告らの労務の提供を拒否して,その賃金請求権を争うことが予想されるなどの特段の事情が認められない限り,賃金請求中,判決確定後にかかる部分については,予め請求する必要がないと解するのが相当である。本件において特段の事情を認めることはできないので,本判決確定後の賃金請求は,不適法である。
証拠(乙35,36)によると,平成20年度の給与額は,原告Aが月額16万9000円,原告Bが月額16万7000円であったことが認められ,原告らは,平成21年4月1日以降,本判決確定まで上記の給与の支払を求めることができる。
3 結論
以上のとおり,原告らの各請求は,地位確認請求のうち期間の定めのない雇用契約上の地位確認を求める主位的請求は理由がなく,(期間の定めのある)雇用契約上の地位にあることの確認を求める予備的請求は理由がある。また,原告らの賃金の支払を求める請求は,本判決確定後の部分は不適法であり,その余は理由がある。なお,仮執行免脱の宣言は相当でないので,付さない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長 大島眞一)