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京都地方裁判所 平成20年(ワ)4187号 判決 2010年11月25日

原告

被告

Y1 他1名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金七三二万九七七八円及びこれに対する平成一八年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担、その一を被告らの連帯負担とする。

四  この判決の主文第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金二一二八万一六三四円及びこれに対する平成一八年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、平成一八年八月一二日午前八時一七分ころ、京都市伏見区向島本丸町六三番地三先国道二四号線において、原告運転の原動機付自転車(以下「原告車」という。)と被告Y1(以下「被告Y1」という。)運転、被告Y2(以下「被告Y2」という。)所有の普通乗用車(以下「被告車」という。)が衝突する交通事故(以下「本件事故」という。)が発生し、原告は、この事故により負傷し人身損害を被ったとして、被告Y1に対しては、民法七〇九条に基づく、被告Y2に対しては、自賠責法三条に基づく本件事故による人身損害に関する賠償金及びこれに対する事故発生日である平成一八年八月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を各被告が連帯して支払うことを求める事案である。

二  前提となる事実

次の事実は、当事者間に争いがなく、もしくは、証拠または弁論の全趣旨により認められる。

(1)  本件事故

平成一八年八月一二日午前八時一七分ころ、京都市伏見区向島本丸町六三番地三先国道二四号線において、同道路を直進北上していた原告運転の原告車と同道路を北上中、西側の側道に進路を変更しつつあった被告Y1運転、被告Y2所有の被告車が衝突する交通事故が発生し、原告は転倒して負傷した。

(2)  被告らの責任原因

本件事故につき、被告Y1には、進路変更に際しての安全確認義務違反の過失があり、同人は、民法七〇九条に基づき、被告Y2は、被告車の所有者であり、運行供用者として、自賠責法三条に基づき、それぞれ本件事故により原告が被った人身損害について賠償すべき責任を負う。

(3)  本件事故後の原告の加療状況等

原告は、本件事故の後、下記のとおり入通院加療した。

ア 大島病院(乙四)

本件事故直後に救急搬送され、救急処置が行われた。

平成一八年八月一二日

診断傷病名:頭部外傷、右第三、四、五肋骨骨折、顔面打撲擦過傷、右肩打撲擦過傷

イ 京都九条病院(甲四、七、乙五)

上記大島病院に整形外科医が不在であったため、転院した。

平成一八年八月一二日から同年一〇月一九日まで六九日間入院

同年一〇月二〇日から平成二〇年二月一三日まで通院(実通院日数一三九日)

診断傷病名:右鎖骨骨折、右肩甲骨骨折、右多発肋骨骨折、右肩腱板損傷、右膝挫創、右腸骨部挫傷、腰椎捻挫等

症状固定診断日:平成二〇年二月一三日

ウ 滝本整形外科(甲五、乙九)

平成一九年五月二日から平成二〇年二月一三日まで通院(実通院日数七一日)

診断傷病名:右鎖骨骨折、右肩甲骨骨折、右肩健板断裂、右多発肋骨骨折、右肩関節拘縮、右肩上肢反射性交感神経萎縮

症状固定診断日:平成二〇年二月一三日

(4)  自賠責保険後遺障害等級認定(甲六)

原告は、本件事故について、平成二〇年七月一四日、自賠責保険後遺障害併合九級(右鎖骨の変形:一二級五号、右肩関節可動域制限二分の一以下:一〇級一〇号)と認定された。

(5)  争いのない損害のてん補など

ア 自賠責保険金支払い 七〇〇万四七五円

イ 被告側任意保険からの内払い 三五万円

ウ 労災保険給付

休業補償給付 二〇五万一七一二円(休業損害または逸失利益の範囲内で充当すべきもの)

障害補償給付二四四万二三一円(逸失利益の範囲内で充当すべきもの)

ほかに、休業特別支給金、障害特別一時金、障害特別支給金の支払を原告は受けているが、これらは損害のてん補として充当すべきものではない。また、医療補償給付として、治療費等の支払を受けているが、原告がその治療費等を請求金額の基礎となる損害として計上しておらず、過失相殺が認められないかぎり、これを損害額の算定において考慮する必要はない。

三  争点及び争点に関する当事者の主張の概要

本件の争点は、(一)過失相殺の成否及び程度、(二)損害の額であり、各争点についての当事者の主張の概要は以下のとおりである。

(1)  過失相殺について

(被告ら)

本件事故に際して、被告車の方が原告車より先行しており、進路変更をしようとした被告車に後方から接近してきた原告車が接触したのであり、原告にも前方を走行する車両の動静を注視すべき注意義務に違反した過失があり、二割程度の過失相殺が相当である。

上記主張の具体的根拠として、①被告は、進路変更に際して、前方を注視しており、左ドアミラーで後方も確認をしたが原告車を発見できなかったと供述しており、そのとき、原告車は左ドアミラーの死角、すなわち左後方にいたと推定されること、②原告車の損傷状況に関する乙一五(調査報告書)によると、原告車には前方からの力が入力されており、右ハンドルカバーと右サイドミラーに損傷があり、原告車の右側面前部に損傷があることは、原告の主張する衝突状況からは説明できないこと、③衝突地点は、本道上ではなく側道上にある(甲二)ことから、原告車が後方から接近しているときの接触事故と思われ、後方から被告車両が衝突したのであれば、原告車が側道上を走行していたかを説明できないことなどがある。

(原告)

原告が本道の左側を直進中に、後方から走行してきた被告車が、進路変更に伴う安全確認を怠って左の側道への進路変更し、追突する形で原告車に衝突したのであり、被告の一方的過失である。

上記主張の具体的根拠として、①被告車の損傷の形状(前方が細長く、後方に凹損がある)から、損傷の前部から後部に向かって、相手方車両が接触してできたと推定され、原告車の損傷の形状からは右後ろ角から右側面部に向かって力が加わっていると思われ(甲三五)、被告車が後方から衝突したことが認められること、②原告が、前方を見て走っていたが気がついたときは転倒していたので、後ろから来た車に衝突されたように思うと供述していることなどがある。

(2)  損害

ア 鎖骨骨折及び肩甲骨骨折の治療期間(手術以外の方法による治療となった点)について

(被告ら)

原告の本件事故による主要な負傷内容は、鎖骨骨折と肩甲骨骨折という骨折であるところ、骨折の治療においては、通常入院は1か月以内、全治療期間が六か月以内程度であり、原告の本件事故後の入院期間が二か月以上、通院期間が約一年半と異常に長いのは、原告が退院を渋ったことや担当医師が鎖骨骨折部の手術による接合と肩甲骨骨片の手術による除去を勧めたにもかかわらず、原告がそれら必要な手術を拒絶したことによる。よって、本件事故と相当因果関係がある治療は、入院三週間、通院六か月間に限られる。

また、原告の心因的要因より、適切な手術ができず、治療が遷延し、後遺障害が重篤化したというべきで、五〇%以上の素因減額がされるべきである。

(原告)

被告らの治療期間に関する主張には医学的根拠がない。

原告の実際の入通院治療は、本件事故による受傷のために必要かつ相当な治療である。

なお、京都九条病院は、急性期医療を目的とする病院であり、入院の必要性がある段階でも、退院ないし転院の勧奨がされることがあり、したがって、同病院側から退院の勧奨がされた事実から入院治療の必要性が失われたとするのは根拠がない。

手術を行わなかったことは何ら不当でないし、それにより治療が遷延したり後遺障害が重篤となったりした事実はない。したがって、被告の素因減額の主張には理由がない。

イ 入院雑費

(原告)

一〇万三五〇〇円(一日一五〇〇円、六九日分)

(被告ら)

三週間分に限って認める。一日当たりの金額は争う。

ウ 通院交通費

(原告)

京都九条病院分:往復一三〇〇円、一三九日分で、一八万七〇〇円

滝本整形外科分:往復三二〇円、七二日分で、二万三〇四〇円

合計二〇万三七四〇円

(被告ら)

争う。

なお、通院期間が六か月を超える分は本件事故と相当因果関係がなく、認められない。

エ 付添看護費

(原告)

入院期間中、原告の長女、二女のいずれかが付き添った。

一日六〇〇〇円、六九日分で、四一万四〇〇〇円

(被告ら)

争う。完全看護の病院であり、付添看護の必要性はない。

なお、入院期間のうち、三週間を超える部分は、本件事故と相当因果関係がない。

オ 症状固定後の治療関係費

(原告)

原告は、平成二〇年二月一三日に、京都九条病院及び滝本整形外科で症状固定の診断を受けて、症状固定となったが、その後も、提訴(平成二〇年一二月二六日)までの間に、治療費等合計二五万七五〇円(京都九条病院分一六万四四四〇円、滝本整形外科分六万七三五〇円、松本ペインクリニック分(京都九条病院の担当医であるA医師が開業している医院)一万八九六〇円、通院交通費合計九万三七六〇円の合計三四万四五一〇円がかかり、これを原告において支払っており、この金額を年間に換算すると、三九万六六七五円に相当する。これに原告の平均余命までの二七年のライプニッツ係数一四・六四三を乗じた五八〇万八五一二円が症状固定後将来にわたる治療関係費として、認められるべきである。

(被告ら)

症状固定後の治療費は原則として損害賠償の対象とならず、生命の維持や症状悪化を防ぐため必要不可欠な治療費分に限って認められるべきである。原告の場合は、これに該当しない。原告の場合、京都九条病院において、消炎のためのブロック注射を、松本ペインクリニック、滝本整形外科においても、消炎鎮痛治療をそれぞれ行っているに過ぎず、右肩、右鎖骨部の疫痛については後遣障害に含めて認定されているのであり、後遺障害慰謝料として評価されており、別途賠償の対象とはならない。

原告が主張する治療費等が交通外傷に関する治療であることも立証されていない。

カ 休業損害

(原告)

本件事故により、原告は五四八日間の休業を余儀なくされた。

本件事故直前三か月間の原告の収入は六九万六五九九円であり、その平均である二三万二二〇〇円を基礎収入として、計算すると、

23万2200円×12÷365×548=418万3416円であり、これが休業損害相当額である。

(被告ら)

争う。

六か月を超える休業には、必要性、相当性がない。

基礎収入は、平成一七年度の年収二、三一五、二二八円を用いるべきである。

キ 後遺障害逸失利益

(原告)

基礎収入は、上記カと同様、月額二三万二二〇〇円とし、労働能力喪失率は、三五%(九級)とし、症状固定後の終了可能年数は六二歳から七一歳まででそのライプニッツ係数は七・七二二であり、逸失利益を計算すると、23万2200円×10×35%×7.722=627万5669円となる。

(被告ら)

争う。

基礎収入については、平成一七年度の年収二、三一五、二二八円を用いるべきである。

鎖骨変形は、労働能力に影響しないから、労働能力喪失率は、三五%ではなく、一〇級相当の二七%を用いるべきである。

ク 傷害慰謝料

(原告)

二三二万円(入院二か月、通院一五か月)

(被告ら)

争う。

ケ 後遣傷害慰謝料

(原告)

六七〇万円(九級)

(被告ら)

争う。

コ 弁護士費用

(原告)

一九四万円

(被告ら)

争う。

第三当裁判所の判断

一  過失相殺について

(1)  前提となる事実

関係証拠(甲一、甲二、甲三六、甲三七)によると、以下の事実が認められる。

本件事故は、平成一八年八月一二日午前八時一七分ころ、京都市伏見区向島本丸町六三番地三先の国道二四号線を原告が原告車(原付バイク)を運転して北上していたところ、同道路を同じく北上してきて上記場所付近で西側側道に進路変更しようとした被告Y1運転の被告車(普通乗用車)と衝突し、原告が転倒し、負傷したというものである。

原告は、時速約三〇キロメートル程度で走行し、被告Y1は、時速約四〇キロメートルで進行してきて、進路変更などに際して時速三〇キロくらいまで減速した。

衝突後、原告車は、西側側道を進行して約五・六メートルのスリップ痕を残して、衝突地点からおよそ二五メートル程度前方で転倒して停止し、被告車は、衝突地点から約一五メートル前方の本道上に停止した。

(2)  衝突状況に関する事実関係についての検討

まず、双方の車両のどことどことが衝突したか(衝突箇所)について検討する。

関係証拠(甲二)によると、被告車の左前輪の上部の前寄りの車体に凹みと擦過痕を有する損傷が認められ、ほかに本件事故によって生じたと思われる損傷が被告車両にあることを示す証拠はなく、これが被告車の衝突箇所であると認められる。そして、関係証拠(甲二、乙一五)によると、原告車の後部荷台に固定されていたボックスの右後ろ下側の角付近に損傷が認められ、原告車両にはこのほかにも損傷箇所が右ハンドルカバー、右バックミラー、排気マフラーなど複数箇所あるが、右バックミラー、排気マフラーの損傷は被告車の上記損傷と高さが明らかに異なり、右ハンドルカバーは、被告車の損傷状況と整合せず、結局、後部荷台に固定されたボックスの右後ろの損傷が被告車の損傷と高さが一致することなどから、これが衝突箇所であると認められ、ほかの損傷箇所は被告車両との接触の際にではなく、転倒したときに路面などに衝突してできたものか、若しくは本件事故と無関係にできたものであると考えられる。なお、甲二の写真七において、被告Y1が被告車の上記の損傷箇所と原告車の後部荷台に固定されたボックスの右後ろ角を示しているが、これは、交通事故に関する実況見分の一般的な実施方法及び被告Y1本人尋問の結果によれば、同被告が実況見分に関与した交通係の警察官とともに双方の車両の損傷を観察、点検、照合して、この二点が衝突したことがほぼ間違いないと思われることを確認している状況を撮影したものと理解される。これも、上記の衝突箇所に関する認定に確実性があることを裏付ける。

次に衝突地点について検討する。

被告らは、甲二により、衝突地点は側道上であるとするが、この甲二の実況見分調書は、被告Y1の立会指示説明に基づいて作成されており、同被告は、原告車と衝突した後に原告車の存在に気付いたと供述していることから、この衝突地点は被告Y1の推測に基づく指示によっていると考えられるところ、同被告の供述以外に衝突箇所を示す客観的ないし物的な証拠は乏しく、甲二におけるこの衝突地点の特定の正確性には疑問の余地が大きい。そして、原告は国道二四号線の本道を直進していたと供述しており、この点について原告が虚偽の供述をする必要も見当たらず、実際は側道に進路変更しようとしていたということは、仮にそうであったら、側道に進路変更しようとした被告車と接触することは非常に考えにくいことからも否定される。そうすると、原告が本道から側道に進路を変更する理由としては、先行する車両が側道に進路変更しようとしていることに気付いてこれを避けるために、とっさに、左に転把すること以外には考えにくい。甲二によると、被告Y1が示した衝突地点(file_5.jpg印)は側道にある程度(一メートル以上)入っており、左への進路変更をある程度手前から行っていたことが想定される上、このfile_6.jpg印の地点の左側には側道の走行スペースがかなりたくさんあり、前もって、被告車である先行車両が左に進路変更すると気付いて進路変更を開始していれば、接触事故は十分避けられたように思われる。また、甲二の見取図を見ると、被告車の衝突時点の体勢がかなり左に傾いて記載されており、停止地点の本道の⑤の地点との関係で、不自然さを否めない。以上によれば、甲二の見取図の衝突地点をfile_7.jpg印の地点とすることは、特にその地点が側道に入った地点とされている点については、根拠が弱く、むしろ、不自然で合理性が欠けるところがあり、依拠することができない。本道内の左寄り部分が衝突地点であったと推定するのが合理的である。なお、原告車のスリップ痕及び停止地点、本道と側道の接続状況などからすると、甲二の衝突地点(file_8.jpg印)は、道路の前後の関係では概ね妥当であると認められる。

原告及び被告Y1の供述により概ね認められる原告車と被告車との衝突直前の速度は、原告車が時速三〇キロ程度であり、被告車が時速四〇キロ程度から時速三〇キロ程度まで減速したというのであり、また、原告車は原付バイクであり被告車は普通乗用車であり、これらの点からすると、衝突直前に被告車の方が原告車よりやや速度が速かった可能性が高く、原告車の方が被告車より速度が速かったとは考えにくい。衝突箇所は、被告車の前輪付近の車体左側面と、原告車の後部荷台に固定されたボックスの右後ろ角付近であり、原告車の損傷は車体の凹みを伴うもので、単にかすめた程度ではなく、ある程度の強さで衝突したと認められる。原告車が後方から被告車に追い付く形で接触したとすると、いったいどのような態勢でこのような損傷が生じうるのか容易に想像できず、ほぼ不可能かと思われる。被告車が後方から原告車に追突するような形で衝突したとするならば、両方の車両に生じた損傷状況と非常に整合し、自然である。

以上によれば、被告車が原告車の後方から原告車に接近し、原告車両に追い付きつつあった時点で進路変更したために、被告車が原告車に衝突したものと認められる。

(3)  過失割合についての評価

上記認定によると、被告Y1に進路変更の際の直進車両の進行を妨害しないよう安全確認を行う義務に対する違反と共に前方注意義務違反が認められ、これが本件事故の原因と考えられる。

他方、原告は、車線左寄りを制限速度程度で直進していたもので、後方から追いつきながら進路変更をして自車の進路を妨害してくる車両を事前に予測して回避すべき注意義務は基本的に負わないと解され、本件事故につき過失は認められない。

以上により、本件では、過失相殺を認めないのが相当である。

二  損害について

(1)  損害に関する前提問題等

ア 鎖骨骨折及び肩甲骨骨折について、原告が手術に同意せず、手術以外の方法による治療となったことないし治療期間について

検討するに、まず、一般論として、骨折の治療において、入院が一か月以内であるとか、全治療期間が六か月以内であるといった「標準」は、大半の事例においての統計的な数値としては一応目安となるにしても、それを超えることが特に異常であるとか、患者側の問題で治療期間が遷延しているとの推定を生じさせる意味までは認められない。本件において、京都九条病院での入院期間が病院側の退院推奨が始まってからさらに一か月継続しているが、京都九条病院は急性期医療を目的とする病院で退院(転院を含む)勧告は早期に行われた可能性があること、治療経過、骨折が鎖骨、肩甲骨、複数の肋骨に生じていること、特に骨折した部分の骨癒合の状況などを総合すると、六九日間の入院期間が過剰入院とまではいえず、相当な入院治療と認められる。次に、原告が担当医師に勧められた鎖骨及び肩甲骨に関する手術を断った点について検討するに、鎖骨骨折部の手術につきカルテに「確実に治るのでなければ、これ以上痛い目(手術)はしたくない」と記載されており、医師の勧める手術に同意しなかったことが不当、異例ないし異常なことであるとまで評価すべき証拠はなく、むしろ、患者の当然に有する治療方法に関する選択権、同意権の正当な行使であると認められる(甲二三)。また、担当医師の勧める手術を実施していれば、治療期間が大幅に短縮された、または、鎖骨の変形治癒、右肩関節の可動域制限などの後遺障害は生じなかった、または、格段に少なかったことなどが確実、少なくとも蓋然的であったとまで認めるに足りる証拠もない。したがって、原告が手術を断ったことを賠償額算定において、治療費や後遺障害などの関係で減額の根拠とする合理的な理由はない。なお、傷害慰謝料算定にあたっては、傷害及びその治療に際して被害者が受けた精神的苦痛の量ないし程度を入通院期間による基準とした目安で考慮するのが通常であるが、この傷害慰謝料の額を定めるに当たっての前提としての入通院期間の実質的検討においては、また別個の考慮がありうる。

イ 被告らの素因減額の主張について

被告らは、主として原告が手術を断ったことを心因的要因であるとして、これを理由に素因減額により損害額を五割以上減額すべきであると主張するが、手術を行わなかったことについては、上記アの認定のとおりであり、被告らの素因減額の主張には理由はない。

(2)  各損害項目について

なお、金額について、各項目毎に一円未満切り捨ての端数処理を行う。

ア 入院雑費 一〇万三五〇〇円

1500円×69日=10万3500円

イ 症状固定までの通院交通費 二〇万三四二〇円

京都九条病院分139日×1300円=18万700円

滝本整形外科分71日(乙9によると、滝本整形外科の事故発生から症状固定日までの間の実通院日数は71日である。)×320円=2万2720円

合計二〇万三四二〇円

ウ 付添看護費 八万四〇〇〇円

負傷内容、治療経過などから、近親者の付添看護が必要と認められるのは受傷後二週間程度とするのが相当である。

6000円×14日=8万4000円

エ 症状固定後の治療関係費 一二九万八八二〇円

甲四の京都九条病院の自賠責保険用後遣障害診断書によれば、負傷骨折箇所の疼痛、頭痛が続いていることが記載されており、甲五の滝本整形外科の労災保険用診断書によれば、今後の治療を要すると記載されており、原告は、京都九条病院、滝本整形外科、そして、京都九条病院の担当医であった医師が経営する松本ペインクリニックに症状固定後も現在に至るまで継続的に通院しており、これは、上記の症状固定診断時に症状固定を診断した担当医師らにおいて、その後も必要であると想定されていた通院治療と見ることができ、症状固定診断後であっても、本件事故と相当因果関係がある治療と評価すべきである。その期間については、諸般の事情から症状固定後五年間、年間の必要な治療費用の額は三〇万円とし、ライプニッツ係数(四・三二九四)により中間利息を控除して計算すると、一二九万八八二〇円となり、これを症状固定後の治療関係費として、本件事故と相当因果関係がある損害と認める。

オ 休業損害 一九六万六三五八円

基礎収入は、事故前年の平成一七年分の源泉徴収票(甲一六)により年収二、三一五、二二八円とする。

休業期間については、まず入院期間の六九日間についてはこれをすべて算入する。症状固定までの通院治療期間(平成一八年一〇月二〇日から平成二〇年二月一三日まで合計四八二日)については、証拠上、稼働制限についてどのような指示がされていたのか判然としないが、症状固定時においても相当の労働能力喪失が認められる後遣障害が残っていること、右肩周辺の痛みと右腕が十分用いることができない状態が続いていたこと等を考慮すると、通院期間について、全体としてその半分の日数相当分の休業が余儀なかった(労働能力喪失率五〇%)と認める。

231万5228円÷365日×(69日+482日×0.5)=196万6358円

カ 逸失利益 六一五万六〇九八円

基礎収入は、二三一万五二二八円とする。

原告は、症状固定時に六二歳であり、六二歳女性の標準労働可能年数は一二年であり、そのライプニッツ係数は八・八六三二である。労働能力喪失率については、主として肩の可動域制限による一〇級と主として鎖骨の骨折箇所の変形癒合による一二級の併合九級と自賠責保険の後遺障害事前認定において認定されており、上記の鎖骨の変形癒合は労働能力に関しては具体的な影響が乏しいと思われることから、九級の標準的な労働能力喪失率である三五%と一〇級の標準的な労働能力喪失率である二七%との中間に近い三〇%を採用するのが相当である。

231万5228円×8.8632×0.3=615万6098円

キ 傷害慰謝料 二〇〇万円

負傷内容及び治療経過に鑑み、慰謝料算定の前提としては、入院一か月半、通院一〇か月半程度の加療を要する負傷と評価するのが相当である。

ク 後遺障害慰謝料 六七〇万円

九級の標準額

ケ 小計

上記アからクまでの小計 一八五一万二一九六円

コ 損害のてん補及び弁護士費用

損害のてん補として、上記第二の二の(5)アないしウ記載の争いのない損害のてん補額の合計である一一八四万二四一八円を上記小計額から控除すべきであり、損害てん補額を差し引いた後の額は、六六六万九七七八円となる。

弁護士費用は、上記金額の約一割である六六万円が相当であり、これを加えた賠償すべき損害の総額は、七三二万九七七八円となる。

四  まとめ

上記のとおり、本件請求は、被告両名に対して、連帯して、金七三二万九七七八円及びこれに対する本件事故発生日である平成一八年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、訴訟費用について、概ね勝訴割合に応じて、主文のとおり定め、主文のとおり判決する。

(裁判官 栁本つとむ)

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