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京都地方裁判所 平成20年(ワ)795号 判決 2009年10月22日

原告

被告

Y1 他2名

主文

一  被告Y1及び被告Y2社は、原告に対し、連帯して四一八万〇五三五円及びこれに対する平成一八年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告Y3火災は、原告に対し、一〇八万七八八五円及びこれに対する平成一九年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告Y3火災は、被告Y2社に対する本判決が確定したときは、原告に対し、三一二万〇八一六円及びうち三〇九万二六五〇円に対する平成一八年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

六  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告Y1及び被告Y2社は、原告に対し、連帯して七二九九万三九九九円及びこれに対する平成一八年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告Y3火災は、原告に対し、二二五一万八四三五円及びこれに対する平成一八年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告Y3火災は、被告Y2社に対する本判決が確定したときは、原告に対し、五〇四七万五五六四円及びこれに対する平成一八年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告Y2社が所有し被告Y1が運転する普通貨物自動車(〔ナンバー省略〕)(以下「被告車」という。)との間の交通事故により負傷した原告が、被告Y1及び被告Y2社に対して、被告Y1に対しては民法七〇九条に基づき、被告Y2社に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条及び民法七一五条に基づき、連帯して損害の賠償及び損害に対する上記事故の日である平成一八年七月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告Y2社との間で被告車につき自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約及び自家用自動車総合保険(いわゆる任意保険)契約を締結していた被告Y3火災に対して、自賠法一六条一項に基づき、損害賠償額及びこれに対する上記事故の日である平成一八年七月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、上記任意保険契約に基づき、被告Y2社に対する本判決が確定することを条件として損害賠償額及びこれに対する上記事故の日である平成一八年七月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

次の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。

(1)  交通事故の発生(甲一ないし四)

次の交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

ア 発生日時 平成一八年七月二五日午前八時五五分ころ

イ 発生場所 京都市中京区新町通御池下る神明町六八番地(以下「本件事故現場」という。)付近の信号機による交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)

ウ 事故態様 被告Y1が、被告車を運転し、本件事故現場付近を南北に通じる新町通を北から南に向けて進行して本件交差点に差し掛かり、対面信号(青信号)に従い右折して、交差道路である御池通を東から西に向け進行しようとしたところ、御池通を横断するため、本件交差点の西詰に設けられていた横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上を北から南に向け歩行していた原告に衝突した。

(2)  被告らの責任原因(当事者間に争いがない。)

ア 被告Y1は、前方不注視の過失により、本件事故を起こしたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告に対し、本件事故により生じた損害を賠償する責任を負う。

イ 被告Y2社は、本件事故当時、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告に対し、本件事故により生じた人身損害を賠償する責任を負う。また、被告Y2社は、本件事故当時、被告Y1を使用しており、被告Y1は被告Y2社の業務の執行中に上記過失によって本件事故を起こしたものであるから、被告Y2社は、民法七一五条に基づき、原告に対し、本件事故により生じた損害を賠償する責任を負う。

ウ 被告Y2社と被告Y3火災は、本件事故当時、被告車を被保険自動車とする自賠責保険契約(以下「本件自賠責保険契約」という。)を締結していたから、被告Y3火災は、自賠法一六条一項に基づき、原告に対し、本件事故による損害のうち自動車損害賠償保障法施行令(以下「自賠法施行令」という。)二条が規定する保険金額の限度で損害賠償額を支払うべき義務を負う。

また、被告Y2社と被告Y3火災は、本件事故当時、被告車を被保険自動車とする自家用自動車総合保険契約(以下「本件任意保険契約」という。)を締結しており、本件任意保険契約においては、被害者がa保険に対して直接損害賠償額の支払を請求することができる旨定められているから、被告Y3火災は、被告Y2社に対する本判決が確定したときは、原告に対し、本件事故による損害のうち自賠法一六条一項に基づき支払われる損害賠償額を超える金額につき、本件任意保険契約に基づく損害賠償額を支払う義務を負う。

(3)  原告の負った身体傷害(甲六、乙一―一四頁)

原告(昭和二八年○月○日生)は、平成一八年七月二五日、本件事故により左頬部・肘関節・大腿打撲傷、両足部・膝関節挫創等の傷害を負い、救急車で医療法人毛利病院(以下「毛利病院」という。)に搬送され治療を受けた。

(4)  原告の通院状況

ア 原告は、平成一八年七月二五日から同年一一月一七日までの間、頭部・左頬部・左肘打撲、両膝・両足関節部打撲・挫創、左大腿打撲後皮下血腫、頸部捻挫の傷病名で、毛利病院整形外科に通院し、治療を受けた(通院実日数・四九日)(甲八、乙一)。なお、原告は、平成一八年一二月一六日にも毛利病院を受診しているが、これは高血圧のために内科を受診したものである(甲八)。

イ 原告は、平成一八年九月二九日から平成一九年二月七日までの間、京都b病院(以下「b病院」という。)心療内科に通院し、A医師(以下「A医師」という。)の診察を受けるとともに、睡眠導入剤等の処方を受け(通院実日数・一二日)、平成一九年一月二四日、b病院心療内科において、症状が固定したとの診断を受けた(甲一三、乙二)。

ウ 原告は、平成一九年二月二一日から同年三月二六日までの間、cクリニック(以下「cクリニック」という。)に通院し、B医師(以下「B医師」という。)の診察を受けるとともに、睡眠導入剤等の処方を受け(通院実日数・七日)、平成一九年三月二六日、cクリニックにおいて、症状が固定したとの診断を受けた(甲九、乙三)。

原告は、上記症状固定の診断後も、平成二〇年一月二五日までの間、cクリニックへ通院し、B医師の診療を受けた(通院実日数・八日)。

原告の長男であるC(以下「C」という。)は、原告のcクリニックへの通院時、常に原告に付き添っていたほか、原告が通院しないときも、B医師に対し、原告の状態等を説明し、原告に対する睡眠導入剤等の処方を受けており、現在も、それを続けている(乙三)。

(5)  治療関係費(甲二八、弁論の全趣旨)

原告は、b病院、cクリニック、及びcクリニックで処方された薬を調剤していた有限会社d薬局に対し、健康保険給付分を除く自己負担分として、下記(6)アの既払金によりてん補されたものを除き、別紙一「治療関係費一覧表」記載のとおり、治療関係費を支払った。

(6)  既払金(乙一一)

原告は、被告Y3火災から本件事故による自賠責保険金として合計八六万二一一五円の支払を受けた。内訳は次のとおりである。

ア 治療関係費 三八万九三一〇円

イ 休業損害 四〇万三三二五円

ウ その他 六万九四八〇円

二  争点

(1)  本件事故の態様

(2)  原告の精神症状・後遺障害の有無・程度及び本件事故との因果関係

(3)  損害

三  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件事故の態様)について

(原告の主張)

被告Y1は、被告車を運転して本件交差点を右折進行する際、本件横断歩道上を歩行中の原告の存在を全く見落とし暴走急接近した。原告は、衝突直前になって初めて、突如、不意に左側頭部・顔面近くに強圧圧迫してきた被告車に気付き、被告車がトラックであると識別認識する余裕さえも全くなく、何か正体不明の異様な巨大鋼鉄重量物体のように感じ、その瞬間、究極の生命最危機による極限の恐怖戦慄脅威に襲われ、必然に失命感が凄絶に閃きつつ、被告車との衝突を全く避ける暇もなかった。被告Y1は、ブレーキさえも掛けず、ハンドル操作による衝突回避動作も全くせずに、その走行速度のままの勢いで横断歩道へ侵入し、被告車の右サイドミラー辺りを原告の顔面等に衝突させた。原告は、この衝突によって、強烈無比な心身への衝撃を受けて、横断歩道上に転倒して昏睡し、強烈な脳震盪で意識を失った。

(被告らの主張)

被告Y1が、被告車を運転して本件交差点を右折進行し、本件横断歩道上を歩行していた原告の左頬部に被告車の右サイドミラーを衝突させたことは認めるが、その余の事故態様・程度は争う。

(2)  争点(2)(原告の精神症状・後遺障害の有無・程度及び本件事故との因果関係)について

(原告の主張)

ア 原告の精神症状、通院治療の経緯

(ア) 原告は、本件事故当日から、受傷した各部位・その周辺の身体激痛、本件事故に起因する激烈衝撃による精神的苦痛に喘ぎ、本件事故当夜から全く睡眠できず、以後、不眠・中途覚醒等の強い睡眠障害が連日続き、本件事故に起因する身体諸症状として、頭重、頭痛、耳痛、頬痛、頸部痛、肘・膝・大腿・足関節激痛、動悸亢進、発熱、発汗、目眩、吐き気、血圧上昇、食欲減退、睡眠障害、歩行困難、動作遅鈍麻痺等が現れ、毛利病院での診療が継続した。本件事故に起因する不眠、自閉、麻痺等のASD(急性ストレス障害)に連結して、本件事故から約一か月経過したころから、ひんぱんな事故のフラッシュバック、夢、侵入想起、自閉、沈滞、麻痺鈍麻、意欲減衰、集中困難、興奮・警戒・驚愕傾向、無力感、挫折感、心身不調和感等の症状・障害が次々に続発し、その中にはPTSD(外傷後ストレス障害)も含まれてきた。

(イ) 原告は、前記のとおり、b病院心療内科、cクリニックへ通院し治療を受け、平成一九年三月二六日の症状固定後も、同クリニックへ通院し続け現在に至り、今後も所要の通院は続く。

(ウ) 原告の上記各症状は、全体としてトラウマ症候群(PTSDを含む。)を形成し、これは、全体として平成一九年三月二六日に症状固定し、それらが強固な後遺障害(トラウマ後遺障害)となって永存している。それらは、全体として回復治癒する性質のものではなく、固定した症候群の個々の症状・障害のうちには時に悪化変容等もあり得るので、その防止、さらには、強固な過覚醒的不眠の一時的対処療法として不可欠な、睡眠導入剤等の薬剤の入手のためにも、症状固定後も通院を継続する必要があり、現在の所要の通院をしている。

イ 原告の現在の症状

原告には、現在も次のような症状がある。

(ア) 再体験(再生)・侵入症状

昼夜何度も慢性的にトラウマ体験の生々しい有様や激烈な生命危機事故の回想・想起・思念・記憶・幻覚・夢・フラッシュバック等が意思では制御できずに入り込み、脳裏に閃き強い苦痛となっている。

例えば、平成一九年三月一二日には、転居以前の自宅付近の本件事故現場付近で、突如自動車の暴走音が鳴り響き、恐怖事故の鮮明な記憶が甦り、目がくらみ廊下で転倒し、眼鏡で右眼下に大きな傷を負った。また、同年四月二八日には、本件事故現場交差点での信号待ち自動車の発進轟音が激発し、不意のフラッシュバックが閃き、廊下で転倒し、両肘と両膝に擦傷を負った。

(イ) 睡眠障害・過覚醒

過覚醒症状に特徴的な不眠が、トラウマ症候群中の全症状に先発して現れ、本件事故以来、現在も間断なく激烈に続いている。極限トラウマ体験による不眠なので、睡眠導入剤を服用しないと全く入眠できず、入眠しても睡眠持続が困難であり、何度も事故関連の夢等で中途覚醒し、連日睡眠障害によって苦しめられている。

毎夜睡眠導入剤を服用しているのに、反復的に事故自体や事故関連の苦痛な夢等の事故の再体験(再生)で、衝撃的に中途覚醒し、強い睡眠障害となる。

連日の不眠で熟睡感がなく、朝起床しても不眠の影響で体力も衰え、日中就床が常態となっている。強い不眠等の睡眠障害の影響で、規律的睡眠が全面的に崩壊し、就床や起床等の時間感覚もなく、生活全般で何ら時間を守れない。

(ウ) 回避症状

転居前の自宅は、本件事故現場近くであったため、苛烈事故の影響により、外出の気力や意欲がなくなり、通院以外は、戸外の刺激を避け、自宅内に閉じこもっている。

恐怖事故を思い起こす契機となる事故現場やその付近、自動車騒音、加害者等の人物、行動等を極力回避しようと努力している。

自宅内歩行等の身体動作が著しく不安定で遅鈍緩慢なので、単独では戸外での安全保持や危険回避が全くできず、本件事故以来、一人での外出は全くない。通院にも、必ず家族が付添同行し、原告を支えその歩調に合わせて極度に遅い歩行をしているが、車への恐怖感が強く時々家族にしがみついてくる。

見舞い等で訪れてくる元同僚や友人との面会も望まず全て断り、面会したことは全くない。社交的であった原告の対人接触は全面的に途絶した。

本件事故後、原告は、物事に興味・関心がなくなり、以前は積極的に収集した被服関係の素材や趣味であった手芸道具も家族に告げずに廃棄した。家庭行事にも関心がなく、家族との会話も激減し、身体運動もなく、仕事への関心や期待が全くない。

本件事故による閉じこもりや注意力・判断力・集中力の減衰のため、三〇年を超え無事故無違反で保有してきた運転免許の更新を諦めた。

(エ) その他

a 上記(ア)に対する心理的生理的反応として、頭重、頭痛、発汗、発熱、血圧上昇、動悸亢進、息苦しさ、吐き気、イライラ感、目眩、感情鈍化、心身不調和感、不安感、焦燥感、無力感、疲労感等の症状がある。

b 本件事故の影響で極端な運動不足になり、事故以前に比し、体力が激減した。

身体動作の機敏柔軟性が全くなくなり、常に身体動作が極めて緩慢で安定感や充実感がなく、日常の自宅内歩行も遅鈍で時に室内でよろめき転倒する。

身体動作の激減により握力衰退等の筋力低下が深刻である。例えば、日常生活でも、時にスプーン・カップ・ペットボトルのキャップ・タオル・紙類等を落とし食器を落として割り、食器をプラスチック製のものに替えたが、重いと感じ手で持たず、テーブルに置き食事する。

c 重篤な精神障害の影響により、慢性的に気力が衰え体調不全が続き、無力感や絶望感に覆われている。

家事ができないので、食事にも関心がなく、例えば、時々、食事をしたかさえも忘れ、家族が注意すると興奮し激昂したりし、事故以前のような食事感覚は鈍り、摂食コントロールができず、家族の周到な援助や介助が欠かせない。

温和な性格であったのに、本件事故の精神的影響でリラックスできずにイライラしたり興奮したりし、警戒心も強くなり、易怒性になり、些細なことでも家族に対し、顔を赤くして怒ることも多く、電話受信音・雷・暴走音・宣伝拡声音等にも強く驚き反応し、弱い地震にも異常な驚愕反応を表したりする。

d 事故による精神障害の影響で、平成一九年元旦から両目周辺、首筋辺りに強い蕁麻疹ができ、b病院心療内科の指示により、同病院皮膚科で治療を受け、その後も度々蕁麻疹の発症が断続して強い苦痛となっている。

ウ 精神障害の程度

(ア) 本件事故によって、原告が心に受けた強烈な精神的衝撃の影響によって起きている精神上・労務上の機能障害・能力障害の程度が、精神的後遺障害等級を決める要締となる。その程度は、B医師の「非器質性精神障害にかかる所見について(症状固定に関する所見)」(甲一〇)の「④精神症状(症状固定時)」欄中の「能力低下の状態」に記載されているとおりである。

すなわち、①「適切な食事摂取・身辺の清潔保持」については「ひんぱんに助言・援助が必要」、②「仕事、生活、家庭に関心・興味を持つこと」については「できない」、③「仕事、生活、家庭で時間を守ること」については「できない」、④「仕事、家庭において作業を持続すること」については「できない」、⑤「仕事、生活、家庭における他人との意思伝達」については「ひんぱんに助言・援助が必要」、⑥「仕事、生活、家庭における対人関係・協調性」については「ひんぱんに助言・援助が必要」、⑦「屋外での身辺の安全保持・危機対応」については「できない」、⑧「仕事、生活、家庭での困難・失敗への対応」については「ひんぱんに助言・援助が必要」であり、家族の庇護の元で何とか生活している状況である。

(イ) 原告は、体力のみならず、身体動作遅鈍や作業能力欠如があり、到底、就労その他の労務は不可能である。恐怖事故を直接原因とする激烈な機能障害により、持久力・瞬発力・自発性等が激減し、著しい能力障害となって全く労務に従事できない。対応能力、処理能力、能率等が減衰し、思考力・注意力・集中力・記憶力・理解力・判断力等にも著しい機能障害、能力障害があって、作業能力そのものが全面的に欠落し、生涯、就労はもとよりその他の労務も全くできない。

(ウ) 以上からすれば、原告の後遺障害は、自賠法施行令別表第二第三級三号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」に該当する。

エ 本件事故との因果関係

(ア) 本件事故以前には、原告の健康、性格、遺伝等の素因、心因、能力、勤務、経歴、対人関係、家族関係等には何ら問題はなく、上記症状・障害は、全て本件事故に起因し、それ以外の原因によることは客観的に全くない。

(イ) よって、原告の上記各症状・障害は、全て本件事故に起因し、本件事故との間には明白に因果関係が存在する。

オ 被告らの禁反言法理違背

(ア) 被告Y3火災は、原告がb病院心療内科への通院を始めた後も、原告に対し、同病院の治療費や通院交通費等を支払ってきた。この支払は、本件事故と原告の精神症状との間に相当因果関係が存在することを当然に是認してなされてきたものである。

(イ) 上記行為とは正反対に、本件訴訟において本件事故と原告が主張する損害との間の相当因果関係を否認する被告らの主張は、禁反言法理に違背するとともに、民訴法上の信義則にも抵触し、被告らがそのような主張を行うことは許されない。

(被告らの主張)

ア 原告の主張アないしオを争う。

イ 本件事故は、本件交差点を右折中の被告車の右サイドミラーが、本件横断歩道を歩行中の原告の左頬部に衝突したものであり、原告の受傷程度は軽度で、長期間の治療の必要性は認められず、後遺障害が残存するものでもない。

ウ 仮に、原告に精神症状が認められるとしても、それと本件事故との因果関係を示す客観的な医学的所見はなく、本件事故との相当因果関係を欠く。

エ 仮に、原告のうつ状態を中心とする精神症状について、本件事故と相当因果関係が認められるとしても、b病院心療内科の診療録によれば、平成一八年一一月初めころから平成一九年一月末ころにかけて、原告の症状に改善が見られており、平成一九年一月二四日には症状固定の診断を受けているのであるから、同日までを相当な治療期間として損害の算定を行うべきである。

オ 仮に、原告のうつ状態を中心とする精神症状について、本件事故と相当因果関係を認める場合でも、その場合は、原告の心因的な要因が影響しているから、八〇パーセントから九〇パーセントの素因減額を行うのが相当である。

(3)  争点(3)(損害)について

(原告の主張)

ア 治療関係費 四万四四九〇円

(ア) b病院心療内科 一万八八七〇円(未てん補分のみ計上)

(イ) cクリニック 二万五六二〇円(平成一九年三月二六日までの分)

(ウ) 小計 四万四四九〇円

なお、上記治療関係費には、前記一(6)アの既払金に当たる部分は含まれない。

イ 通院付添費 二八万四〇〇〇円

原告は、平成一九年三月二六日の症状固定日までの間、合計七一回(毛利病院五〇回、医療法人e診療所一回、b病院診療内科一三回、cクリニック七回)通院した。原告は、本件事故による重度の心身障害により屋外での身辺の安全確保や危険回避が全くできず、一人では外出できないので、通院には必ず家族の付添看護が必要不可欠であり、通院には例外なく必ず家族(通常二人、例外として一人又は三人)が付添同行して、タクシー通院の場合には家族二人以上が同乗し、歩行通院の場合には遅鈍不安定歩行をする原告を援助保護し、さらに、身辺の安全確保や危険回避等の所要の介助に当たってきている。通院付添費は、一回あたり四〇〇〇円が妥当である。したがって、四〇〇〇円×七一日で上記金額となる。

ウ 休業損害 二七二万五〇八〇円

原告は、本件事故により、株式会社fでのパート勤務及び家事労働が全面的に不可能となったので、本件事故の日(平成一八年七月二五日)から症状固定日(平成一九年三月二六日)までの二四五日間に対する休業損害を主張する。基礎となる年収額は、平成一八年賃金センサスの女子労働者学歴別(短大卒)年齢別(五〇歳から五四歳)平均賃金(年四六六万一〇〇〇円)によるのが妥当である。なぜなら、学歴が就労や労働条件その他の労務待遇上、重要な要素となることは社会的通例になっており、現在の年齢が働き盛りの年齢であるのに、就労可能年数が六七歳に限定されているため、学歴別・年齢別平均賃金によるのが公平均衡の観点からみて社会的妥当性を有するからである。したがって、休業損害は、466万1000円÷365日×245日=312万8405円となるが、既払金が四〇万三三二五円あるので、これを控除すると、312万8405円-40万3325円で上記金額となる。

エ 通院慰謝料 一六五万円

オ 後遺障害後の通院実費 一五万三〇五五円

被害者である原告は、平成一九年三月二六日の症状固定日後も、強固な過覚醒的不眠等の対処のための睡眠導入剤その他の必要な薬剤の入手や、固定した症状の更なる悪化変容等の防止のため、通院が必要である。原告は、平成一九年四月二日から平成二〇年二月二九日までの間、cクリニックの治療費として上記金額を支払った。

カ 後遺障害逸失利益 四六一三万七三七四円

症状固定日(平成一九年三月二六日)から就労可能年限六七歳までの原告の後遺障害逸失利益を主張する。基礎となる年収額は、上記ウと同様の理由から、平成一八年賃金センサスの女子労働者学歴別(短大卒)年齢別(五〇歳から五四歳)平均賃金(年四六六万一〇〇〇円)によるのが妥当である。原告の後遺障害は前記のとおり、自賠法施行令別表第二第三級三号に該当するから労働能力喪失率は一〇〇パーセントである。症状固定時五三歳の原告の就労可能年数は67歳-53歳=14歳であるので、後遺障害逸失利益は、466万1000円×9.8986(一四年に対応するライプニッツ係数)で上記金額となる。

キ 後遺障害慰謝料 二二〇〇万円

ク 合計 七二九九万三九九九円

なお、上記損害には、通院交通費(未てん補分)、不可避的転居費用(転居前の自宅から本件事故現場が俯瞰されるため、原告は転居を余儀なくされた。)、近親者の慰謝料及び症状固定後の通院付添費は計上していない。

ケ 各被告に対する請求額

(ア) 被告Y1及び被告Y2社 七二九九万三九九九円

(イ) 被告Y3火災(自賠責) 二二五一万八四三五円

傷害による損害分の一二〇万円のうち未てん補額三二万八四三五円及び後遺障害等級三級の保険金額二二一九万円を合算した金額である。

(ウ) 被告Y3火災(任意保険) 五〇四七万五五六四円

上記損害合計額から上記自賠責保険金額を控除した金額である。

(被告らの主張)

ア 原告の主張ア(治療関係費)(ア)b病院診療内科通院分のうち、平成一八年二月七日分の三九三〇円を争い、その余の一万四九四〇円は認める。同(イ)cクリニック通院分は争う。cクリニック通院分は、症状固定(平成一九年一月二四日)後の治療費であり、本件事故との相当因果関係を欠く。

イ 原告の主張イ(通院付添費)を争う。本件事故による受傷は軽度のものであり、付添いの必要性は認められない。

ウ 原告の主張ウ(休業損害)は争う。本件事故による受傷は軽度のものであり、事故による受傷で就労不能は生じない。仮に、就労不能を認め得るとしても、毛利病院整形外科での検査結果及び治療内容に鑑み、本件事故後一か月間が限度である。なお、既払金があることは認める。

エ 原告の主張エ(通院慰謝料)を争う。本件事故と相当因果関係を認め得る受傷及び治療期間は、毛利病院での整形外科的治療が終了した平成一八年一一月一七日までであり、通院慰謝料は六〇万円を超えない。仮に、うつ状態を中心とする精神症状について本件事故と相当因果関係を認める場合でも、治療期間として認め得るのは平成一九年一月二四日までが相当である。

オ 原告の主張オ(後遺障害後の通院実費)を争う。本件事故と相当因果関係を有する損害とは認められない。

カ 原告の主張カ(後遺障害逸失利益)を争う。原告は、本件事故により後遺障害を負っていない。

キ 原告の主張キ(後遺障害慰謝料)を争う。原告は、本件事故により後遺障害を負っていない。

ク 原告の主張ク(合計)を争う。仮に、原告のうつ状態を中心とする精神症状について、本件事故と相当因果関係を認める場合は、八〇パーセントから九〇パーセントの素因減額を行うのが相当である。

ケ 原告の主張ケ(各被告に対する請求額)を争う。なお、前記のとおり、休業損害としての既払金四〇万三三二五円のほかにも既払金があるが、これらについては、原告が本訴において損害として請求していないから、被告らも控除すべき既払金としては主張しない。

第三争点に対する判断

一  争点(1)(本件事故の態様)について

(1)  当事者間に争いのない事実等、証拠(甲二ないし四)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 本件事故現場付近の状況は、概ね別紙二「交通事故現場見取図」(甲二―三頁)(以下「別紙図面」という。)記載のとおりである。本件事故現場は、東西に通じる御池通(中央分離帯が設けられており、車道部分の幅員は、東行車線・西行車線ともに約一一・五メートルである。)と南北に通じる新町通(車道中央線は設けられておらず、車道部分の幅員は、約三・八メートルである。)が交差する、信号機による交通整理の行われている交差点(本件交差点)である。

本件交差点には、御池通を横断するための横断歩道が東詰、西詰のいずれにも設けられており、歩行者用・自転車用の信号も設けられている(甲二)。

イ 被告は、被告車を運転し、新町通を北から南に向けて時速約三〇キロメートルで進行し、対面信号(青信号)に従い、時速約二〇キロメートルに減速した上で本件交差点を右折し、御池通を東から西に向け進行しようとしたところ、別紙図面⑤地点で本件横断歩道上を歩行中の原告を認め、急ブレーキを掛けたが間に合わず、同図面file_2.jpg地点で、被告車の右サイドミラーを原告の左頬部に衝突させた後、同図面⑥地点(同図面⑤地点から約六・二メートルの地点)で停止した。

ウ 原告は、対面信号(青信号)に従い、本件横断歩道を北から南に向け歩行して御池通を横断していたところ、別紙図面file_3.jpg地点で被告車の右サイドミラーが原告の左頬部に衝突し、原告は、同図面file_4.jpgの地点(同図面file_5.jpg地点から約一・七メートルの地点)に転倒した。原告は、被告車が原告に衝突するまで、被告車に気付いていなかった。

エ なお、被告車は、全長四・七四メートル、全幅一・六九メートル、全高二・〇五メートル、最大積載量二〇〇〇キログラムのいわゆる二トントラックである(甲二)。

(2)  原告は、本件事故の態様につき、被告車が高速度で本件交差点に進入し原告に衝突したように主張し、これに沿う証拠(乙五―一三頁〔C作成の事故発生状況報告書〕)がある。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、Cは、本件事故を目撃していたものではないことが認められることに加え、前判示のとおり、被告車は、別紙図面⑤地点で急ブレーキを掛け、同図面⑥の地点(同図面⑤の地点から約六・二メートルの地点)で停止していることからすると、原告が主張するように被告車が本件事故の際高速度で進行していたものとは考えにくいものというほかはない。

二  争点(2)(原告の精神症状・後遺障害の有無・程度及び本件事故との因果関係)について

(1)  当事者間に争いがない事実等、証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 原告の通院経過等

(ア) 毛利病院整形外科等(乙一、二、五)

a 原告は、平成一八年七月二五日の本件事故直後、救急車で毛利病院整形外科へ搬送され、同病院の医師の診察を受けた。診察時、原告の意識は清明であり、本件事故の記憶もあり、歩行することも可能であった。頭部CT検査の結果でも、異常は認められなかった(甲一〇、乙一―三、一三頁)。

b 毛利病院の医師は、平成一八年七月二九日、原告に対しマイスリー(睡眠導入剤)を処方し、その後も原告がb病院心療内科を受診し始めるまでの間、同薬剤の処方を継続している(乙一―四ないし九頁)。

c 原告は、平成一八年八月一一日、毛利病院整形外科医師の紹介で、医療法人e診療所を受診し、頭部・頸椎MRI検査を受けたが、頭部には明らかな異常は認められず、頸椎についても、第三・第四頸椎椎間板から第六・第七頸椎椎間板にかけて、椎体縁の骨棘形成、椎間板の変性、後方への突出等が認められたほかは、異常は認められず、同診療所の医師は、変形性頸椎症と診断した(乙一―二一頁、乙五―七一頁)。また、原告は、同日、毛利病院整形外科医師の紹介で、b病院耳鼻咽喉科を受診して検査を受けたが、鼓膜、頬骨、側頭骨、聴力等に異常は認められなかった(乙二―一四ないし一六、二七頁)。

d 原告は、平成一八年八月一七日、毛利病院整形外科を受診し、同病院の医師に対し、睡眠障害があること、以前にはそのようなことはなかったこと等を訴えた(乙一―六頁)。

e 原告は、平成一八年八月三〇日、毛利病院整形外科を受診し、同病院の医師に対し、食欲が少なく体重が減少したこと、熟睡できないこと等を訴えた(乙一―七頁)。

f 原告は、平成一八年九月六日、毛利病院整形外科を受診し、同病院の医師に対し、事故の記憶がまだ強く残っていること等を訴えた。これに対し、同医師は、カウセリングや心療内科の受診を勧めた(乙一―八頁)。

g 原告は、平成一八年九月一四日、毛利病院整形外科を受診し、同病院の医師に対し、食欲不振、体重の減少、横断歩道に恐怖感があること等を訴えた(乙一―九頁)。これに対し、同病院の医師は、b病院心療内科へ原告を紹介することとし、b病院心療内科の医師に対し、紹介状を作成した(乙一―一七頁、乙二―三三頁)。

h 原告は、平成一八年一〇月七日、毛利病院整形外科を受診し、同病院の医師に対し、①同年九月二九日、一〇月五日にb病院心療内科を受診してきたこと、②同病院では、半年から一年程度の通院加療が必要であると言われたこと、③頭痛があり、食欲がなく、最悪の状態であり、このまま戻らなかったらどうしようかと思っていること等を訴えた(乙一―一〇頁)。

i 原告は、平成一八年一〇月二一日、毛利病院整形外科を受診し、同病院の医師に対し、①同月一九日にb病院心療内科を受診してきたこと、②精神症状について、同月初旬は絶不調だったが、そこからは脱出し、現在は、そのころに比べれば少しはましであること、③食欲は相変わらずないこと等を訴えた(乙一―一一頁)。

j 原告は、平成一八年一一月四日、毛利病院整形外科を受診し、同病院の医師に対し、①同月二日にb病院心療内科を受診してきたこと、②同病院では、大分良くなってきていると言われたこと、③全身の倦怠感はあるが、頭痛や吐き気はなく、頸部痛も治まってきていること、④毛利病院まで歩いてくることができ、順応できてきたと感じていること、⑤外出できるような気持ちになってきたこと等を訴えた(乙一―一一頁)。

k 原告は、平成一八年一一月一七日、毛利病院整形外科を受診し、同病院の医師に対し、①同月一六日にb病院心療内科を受診してきたこと、②同病院では、大分良くなってきていると言われたこと、③頸部痛が治まってきており、食欲も上がってきていること、④現在の症状としては、全身がだるい、夜眠れない、恐い夢を見る等があること等を訴えた(乙一―一二頁)。

(イ) b病院心療内科(甲一三、乙二、証人Aの供述書)

a 原告は、平成一八年九月二九日、b病院心療内科を受診し、予診担当の医師による予診を受けた後、A医師の診察を受けた。

(a) 原告は、上記予診時、予診担当の医師に対し、自分の経歴、既往歴、家庭環境等につき説明した上、①本件事故の状況(本件交差点において青信号で横断歩道を歩行中、右折してきた被告車が衝突してきた。)、②本件事故後から、頭痛、頸部痛が続き、食欲がないこと、③再び事故に遭うのではという思いから、横断歩道が嫌になり、外出するのが嫌いになったこと、④毎夜、目を閉じると、左側頭部にトラックの車体が衝突してくる様子が甦ってきて、トラックと衝突する夢も見ること、⑤睡眠は余り取れず、不眠の種類は日によって変わる(寝付きが悪い、夜中に目が覚める、朝早く目が覚める等)こと、⑥毛利病院で睡眠導入剤の処方を受けていたが、効果が余りなく、不眠は現在も続いていること、⑦本件事故後は、警察の事情聴取や通院以外には外出していないこと等を訴えた(乙二―二九ないし三二頁)。

(b) 原告は、A医師に対し、①本件事故の状況、②本件事故後の状況、③和服の検品の仕事を、毎日五、六時間していたが、本件事故後は休んでいること、④本件事故後、横断歩道が一度も渡れないこと、⑤昼夜を問わず、事故のフラッシュバックがあること等を訴えた(乙二―三五ないし三九頁)。

(c) 原告は、同診察時、本件事故の状況を、受傷直後の短い時間を除き明瞭に記憶しており、十分に言葉を理解し、自ら説明することができた(証人Aの供述書―七頁)。

(d) A医師は、初診時の予診及び診察の結果に基づき、原告は過覚醒(不眠)、回避(横断歩道を渡ることができない。)、フラッシュバック等、PTSDのような症状を訴えているが、本件事故の内容からして、ICD―一〇(世界保健機関の診断基準)に照らし、本件事故が同基準のいう重度ストレスとなるような事故であるとは考えられず、PTSDと診断することはできないと判断し、適応障害と診断した(乙二―三四、三九頁、証人Aの供述書―一八頁)。

また、A医師は、本件事故の程度や画像所見等から、本件事故と原告の訴える症状との因果関係を証明することができないと判断し、自賠責保険の適用が困難であるため、健康保険を使用し、原告の治療に当たることとし、それをb病院心療内科の事務担当者に伝えるとともに、原告にも説明した(乙二―三四頁、証人Aの供述書―一〇頁)。

b 原告は、平成一八年一〇月五日、b病院心療内科を受診し、A医師に対し、①気分は変わらないこと、②意欲の面でもう一つであること、③外に出ないと治らないかと思っていること、④考え事をすると頸や頭に痛みが生じること、⑤自宅にいると事故のことばかりを考えてしまうこと、⑥何で事故に遭ったのか、不運だと思っていること、⑦被告Y1に対して憤りを感じていること、⑧家族も励ましてくれているので、自分の心の中で払拭したいこと、⑨この二か月間、左頭部が痛くて仕方がなかったこと、⑩不眠が続き寝付けなかったこと、⑪本件事故時、左頭部への強い打撲はなかったこと、⑫本件事故は、刑事事件にはなるであろうが、執行猶予はつくと考えていること等を訴えた。

A医師は、上記診察に基づき、①うつ病の程度は中等度である、②情景(フラッシュバック)と感情が切り離されるまでには時間を要すると診断し、その旨を原告に説明した(乙二―三九ないし四二頁)。

c 原告は、平成一八年一〇月一九日、b病院心療内科を受診し、A医師に対し、①一〇月上旬は絶不調であり、食欲がなく気分が悪かったが、現在は少しましになったこと、②この二か月間、通院以外に外出しておらず、友人と食事に行ったり、娘と食事へ行ったりしていないこと、③やる気がしないこと、④会社は辞めておらず、友人は、原告に電話をかけ、「一時間でも来てみたら」と言ってくれていること、⑤保険会社の人がコンタクトを取ってくるが、示談の話はしていないこと、⑥フラッシュバックと恐怖がどうしたら離れて行くか、新たな一歩を踏み出せればいいと思っていること、⑦マイスリー(睡眠導入剤)を飲まないと眠れないこと等を訴えた。

A医師は、上記診察に基づき、原告の状態は不変であると診断した(乙二―四二、四三頁)。

d 原告は、平成一八年一一月二日、b病院心療内科を受診し、A医師に対し、①外出はできないが、頭痛は治まり、吐き気もなくなってきたこと、②睡眠時間につき、午後一一時三〇分ころ睡眠導入剤を服用し、午前〇時ころには眠れるが、午前三時ころいったん目を覚まし、午前五時ころには目が覚めること等を訴えた。

A医師は、上記診察に基づき、原告のうつ状態は改善していると診断した(乙二―四四頁)。

e 原告は、平成一八年一一月一六日、b病院心療内科を受診し、A医師に対し、①頭痛や吐き気は治ってきたが、不眠が続いていること、②今まではタクシーを使用して通院していたが、同月四日には、歩いて毛利病院へ通院できたこと、③眠れないときに恐い夢を見ること等を訴えた。

A医師は、上記診察に基づき、一人で歩いて通院できており、回避行動が少なくなったと診断した(乙二―四五頁)。

f 原告は、平成一八年一一月三〇日、b病院心療内科を受診し、A医師に対し、①体がだるいこと、②頭痛はないこと、③動悸が少なくなったこと、④大丸へタクシーで買い物に行ったこと等を訴えた。

A医師は、上記診察に基づき、「体のだるさあり」と診断し、デプロメール(選択的セロトニン再取込み阻害薬)を五〇ミリグラム二錠から二五ミリグラム二錠に減量した(乙二―四五、四六頁)。

g 原告は、平成一八年一二月一四日、b病院心療内科を受診し、A医師に対し、①デプロメールを減量したことで、昼間、体が楽になったこと、②疲れやすく、入浴後も疲れていること、③頸部痛が続いていること、④今まで外に行くのが好きだったのに、外に出ることができなくなり、友人とも会っていないこと、⑤自分はカトリック信者であり、同月二四日のクリスマスミサには歩いて行こうと思っていること、⑥被告Y1は、同月になって謝罪に訪れたこと等を訴えた(乙二―四八頁)。

h 原告は、平成一八年一二月二八日、b病院心療内科を受診し、A医師に対し、①クリスマスミサにも行け、少しずつ元気になれそうであり、大事なものを取り返してきたこと、②頭痛、頸部痛は続いていること、③トラックを見ると嫌だと思うこと等を訴えた。

A医師は、上記診察に基づき、フラッシュバックの頻度が下がっていると診断した(乙二―四九、五〇頁)。

i 原告は、平成一九年一月一一日、b病院心療内科を受診し、A医師に対し、①同月一日に蕁麻疹が出たこと、②蕁麻疹が出たため、処方された薬を飲むのを止めたが、睡眠導入剤がないと眠れず、恐い夢を見ること等を訴えた。

A医師は、上記診察後、原告を皮膚科に紹介し、原告は、b病院皮膚科を受診した。b病院皮膚科の医師は、原告が自己判断で内服を止めても軽快しなかったことから、薬剤によるものである可能性は低いと診断した(乙二―一九ないし二四、五〇、五一、五六頁)。

j 原告は、平成一九年一月二四日、b病院心療内科を受診し、A医師に対し、①平成一八年一二月三〇日に、被告Y1が年末の挨拶に訪れ、その際、運転免許の停止期間が終了したと述べており、これが不満だったこと、②自分の運転免許は更新期限が平成一九年一月一七日であったが、更新しなかったこと、③自分としては、運転免許を復活させたいとは思わないこと、④ミサは大勢の人がいても静かで問題なかったこと等を説明した(乙二―五一ないし五三頁)。

A医師は、原告の症状が、平成一九年一月二四日、傷病名・適応障害につき、事故時のフラッシュバックや現場への回避行動の自覚症状を残して固定したと診断し、同年二月八日、その旨の後遺障害診断書(甲一三)を作成した(甲一三、乙二―六〇頁)。

Cは、平成一九年二月二〇日、上記後遺障害診断書を受け取るため、b病院心療内科に赴いたが、上記後遺障害診断書の内容に不満を抱き、これを持ち帰らなかった(乙二―五四頁、証人Aの供述書―九、一五頁)。

k 原告の夫であるD(原告補佐人。以下「D」という。)やCは、b病院心療内科における診察時、同席しておらず、原告の受傷状況や症状の経過につき何も説明していない(乙二―五四頁、証人Aの供述書―八、九、一二頁、弁論の全趣旨)。

(ウ) cクリニック(甲九、乙三、五、証人Bの供述書)

a 原告は、平成一九年二月二一日、cクリニックを受診し、B医師に対し、①平成一八年九月二九日からb病院心療内科に通院していたが、初診後一、二週間しても症状は良くならなかったこと、②A医師は言葉が強く相性が良くないこと、③現在でも不眠・悪夢等の症状があり、本件事故の体験が頭から離れないこと、④家族に対し、イライラして攻撃的になることがあること、⑤b病院心療内科への通院時も、恐くて道を歩けず、家族が付き添い、本件事故現場を迂回していたこと、⑥早く本件事故のことを払拭したいこと、⑦食欲はないが、吐き気もないこと、⑧体力がなく、手に力が入らなくて、細かい仕事ができないこと等を訴えた。

Cは、B医師に対し、原告の状態につき、①急に物音に反応して興奮することがあること、②今までは穏やかであったのに怒りっぽくなったこと等を説明した。

B医師は、上記診察に基づき、原告を「事故後のうつ状態」であり、「不眠、イライラ、抑うつ気分、悪夢」の症状があると診断し、治療に当たることとした(乙三―一ないし六頁)。

原告は、上記診察時、本件事故の状況や受傷状況については自ら説明を行い、治療経過や受傷後の状況についても時系列に沿って説明できたし、精神症状他、現在の苦痛、希望については、きちんと問いに答えていた(証人Bの供述書―三、四頁)。

b 原告は、平成一九年二月二八日、cクリニックを受診し、B医師に対し、①自宅では、何もせずに横になっていることが多いこと、②家族が手際悪く家事を行っているのを見るとイライラすること、③思った言葉が出てこないことがあること、④普段は、午後一一時一五分ころ睡眠導入剤を服用し、午後一一時四五分ころ就床し、午前〇時三〇分ころ入眠するが、夜中にいったん目が覚めることがあり、早いときには午前四時ないし五時ころに目が覚めること、⑤日中に少し眠気を感じるが眠ってはいないこと、⑥食欲はないが、吐き気もなく、食事は義務的に取っていること、⑦前腕から手にかけて力が入らず、箸は持てるが、二リットルのボトルが持てないこと、⑧本件事故以前は、不満や不自由なく、仕事も楽しく、友人も多くいたのに、たった一回の事故でそれが変わってしまったと感じていること、⑨自分は無事故無違反で自動車の運転を続けており、本件事故についても自分には全く落ち度がなかったのに、全く無防備に歩いていたところへ、物体が突然出てきて恐怖を感じたこと等を訴えた。

Cは、B医師に対し、原告の状態につき、①原告が話すことがうまく伝わらないことがあること、②物忘れが増えたこと、③原告は依然として、些細なことで顔を赤くして怒ること等を説明した。

B医師は、上記診察に基づき、「不眠傾向、食欲低下、不安感、イライラ、事故の恐怖」と診断した(乙三―七、八頁)。

c 原告は、平成一九年三月七日、cクリニックを受診し、B医師に対し、①寝付きが悪く、何回も目が覚めること、②気分は憂鬱で、何も興味がないこと、③手芸が好きだったのに針を持つのも嫌で手芸道具を処分したこと、④日中は横になっていること、⑤事故のことが考えたくなくても浮かんで来てイライラすること、⑥睡眠時間は、午前〇時三〇分ないし午前六時ころまでであり、午前二時五〇分ころにいったん目が覚めること等を訴えた。

Cは、B医師に対し、原告の状態につき、①ぼーっとしていることがあること、②本件事故現場を通れないこと、③通院途中にCの袖を掴んでいること、④以前は明るかったのに人付き合いがなくなったこと、⑤力が入らなくなっていること等を説明した。

B医師は、上記診察に基づき、「不眠傾向、抑うつ的、事故のことを思い出してしまう」と診断した(乙三―九頁)。

d 原告は、平成一九年三月一四日、cクリニックを受診し、B医師に対し、①同月一二日午後九時ころ、廊下にスリッパで出たところ転倒したが、意識消失等はなく、医師の診察を受けなかったこと、②相変わらず気落ちしており、何もやる気がしないこと、③昼間は横になっていること、④事故の恐怖が目や心に焼き付いており、それを払拭できないこと、⑤寝付きは良くなったが、午前二時ころにいったん目が覚めることや、悪夢で目が覚めることがあること、⑥寝ているときは、ほとんど悪夢を見ること、⑦悪夢には、本件事故の状況の夢と、トラックから降りてきた半袖のTシャツの人が、横断歩道付近で倒れた自分のところへ、恐い顔をして近づいて来て、「助けて」と叫びたいのに声が出ない夢の二種類あること、⑧家事をやる気がせず、フローリングにモップをかけるくらいであり、細かいことについては全くやる気がしないこと、⑨主婦としての仕事ができないことがつらいこと、⑩本件事故以前は、とても充実していたのに、現在は、社会でも家でも役に立っていないと感じていること、⑪日中、動悸がすること、⑫イライラ感が強いこと、⑬顔を赤くして怒ると家族は言っていること、⑭「紙一重で助かったのだからラッキーと思えばいい」と言われるが、自分からしてみれば、全くラッキーではない(死亡した人はそれっきりだが、自分は事故の記憶が払拭できない。)と思っていること、⑮食事は取っているが、吐き気があること、⑯物忘れが多く、自分で置いた物の置き場を忘れたりするが、人から言われれば思い出すこと等を訴えた。

B医師は、上記診察に基づき、「悪夢、常に情景が浮かぶ」と診断した(乙三―一〇、一一頁)。

e 原告は、平成一九年三月一九日、cクリニックを受診し、B医師に対し、①状態は相変わらずであること、②イライラ感があり、とても怒りっぽいこと、③悔しいときに枕をベッドに投げつける等、物にあたることがあること、④事故のことが頭から離れず、イライラ感や恐怖感があること、⑤熟睡できるときが一番幸せであること、⑥夜は余り寝られず、何回か起きてしまうこと、⑦毎日ではないが、事故の夢を見ることが多いこと、⑧食欲はまあまあで、吐き気はあること、⑨ふらつくことが多くなり、日中によろけることがあること等を訴えた。

B医師は、上記診察に基づき、「イライラは不変、ふらつきあり」と診断した。また、B医師は、同日、原告に対し、CES―Dスケール(うつ病〔抑うつ状態〕自己評価尺度)検査を実施した(合計三九点〔気分障害群〕)(乙三―一二、四四頁、乙五―二〇、二二頁)。

f 原告は、平成一九年三月二三日、cクリニックを受診し、B医師に対し、①食欲は余りなく、チョコレートを少しずつ食べる程度であり、吐き気はあるが嘔吐はないこと、②寝付きは良くなく、午前二時くらいに起きてしまうこと、③夢とか恐怖が残ってなかなか眠れないこと、④日中でも、事故のことが心の中に焼き付いて離れないこと、⑤家の中でぼーっとしており、やる気がないこと等を訴えた。

B医師は、上記診察に基づき、「恐怖感、不眠」と診断した(乙三―一三頁)。

g 原告は、平成一九年三月二六日、cクリニックを受診し、①睡眠については変化がなく、午前〇時ころに就寝し、午前二時ころにいったん目を覚まし、午前六時ころに目が覚めること、②悪夢を見ること、③日中いつも頭の中に事故のことがあり、不意にぶつかられた恐怖の体験が甦って、動悸や頭痛がすること等を訴えた(乙三―一四頁)。

B医師は、同日、原告の申し出に応じ、b病院心療内科通院中から同日までの間に症状の改善が見られないため、原告の症状が固定したと判断し、同日付けで後遺障害診断書(甲九)を作成した(甲九、証人Bの供述書―一〇頁)。

h 原告は、平成一九年四月二日、cクリニックを受診し、①通院時、自動車が恐くて、いつもCに掴まっていること、②恐怖感がなかなかとれず、テレビで事故のニュースが流れるとテレビを消すこと、③寝付きは少し早くなり、夜中に目覚めてから再び眠るまでの時間も短くなったこと、④食欲は余りないこと、⑤事故のことを急に思い出すのがとても嫌であること等を訴えた。

B医師は、上記診察に基づき、「睡眠は著変なし」と診断した(乙三―一四頁)。

i 原告は、平成一九年四月九日、cクリニックを受診し、①事故のことが甦って恐怖であること、②人との接触がなく、社会からの孤立感を感じていること、③通院時、ルールを守っていない自転車がいると、恐怖を感じること、④食事は義理で食べているような感じであること、⑤午前二時ないし三時くらいにいったん目が覚めること、⑥ふらつきがあり、ベッドの上で立ったときにふらついて転倒したり、履物を履いたり脱いだりするときにバランスが取れないこと、⑦家では何もできなくなっていること、⑧子どもに対して、自分としては怒らず注意をしているつもりであるが、家族からすると怒っているらしいこと、⑨救急車の音が気になること等を訴え、恐怖感が生じたときのための頓服薬の処方を希望した。

Cは、B医師に対し、原告の状態につき、握力の衰えが目立ち、スプーンを落としたりし、歩行がしっかりとしていないことを説明した。

B医師は、上記診察に基づき、原告には「恐怖感、易怒性」の症状があると診断するとともに、以前のMRIで変形性頸椎症が見られたことから、握力の低下につき神経内科の受診を勧め、恐怖感を感じたときの頓服薬としてソラナックスを処方した(乙三―一五頁)。

j 原告は、平成一九年四月二三日、cクリニックを受診し、B医師に対し、①同月九日の通院からの帰宅時、自宅近くで事故があって、パトカーが来ており、事故のことを思い出してショックであり、Cにしがみついてやっと帰宅することができ、帰宅後、部屋で座って飲み物を飲んだり音楽をかけたりし、一、二時間して落ち着いたこと、②その後余り眠れず、午前二時ないし二時三〇分ころに、事故の夢で目が覚めたこと、③食事は、一生懸命取っていること等を訴えた。

B医師は、上記診察に基づき、「事故の現場を見て、恐怖感上昇」と診断した(乙三―一六頁)。

k 原告は、平成一九年五月二日、cクリニックを受診し、①状態は相変わらずであること、②午前二時くらいに目が覚めること、③食事は取れていること、④同年四月二八日午後〇時三〇分ころ、廊下を歩いていたところ、急に事故のことを思い出して転倒し、肘や足を打ったこと、⑤メーデーの行進で圧迫感を感じたり、テレビのニュースで事故のことを思い出したりすること等を訴えた。

B医師は、上記診察に基づき、「中途覚醒、事故のことを思い出し転倒」と診断した(乙三―一七頁)。

l 原告は、平成一九年五月九日、cクリニックを受診し、①通院時、自転車が蛇行しているのを見て恐怖感を感じたこと、②横断歩道を渡るとき、車が来る気がしてそれが恐怖であり、Cに掴まりながら歩いていること、③家では、事故のことが急に甦り、それが嫌でぐったりと疲れていること、④家族には無表情になったと言われること、⑤些細なことで家族と喧嘩をし、その際、「一人で家を出る」と言ったらしいがそのことを忘れていること、⑥状態は事故の後から変わらないこと、⑦夜中に目が覚めて事故のことが(頭を)巡ること、⑧食事は義務的にしていること等を訴えた。

Cは、B医師に対し、原告に食事を食べさせようとするが食べる気にならないらしいことを説明した。

B医師は、上記診察に基づき、「著変なし」と診断した(乙三―一八頁)。

m 原告は、平成一九年五月一六日、○×クリニツクを受診し、B医師に対し、①相変わらず何もする気が起きず、興味が持てないこと、②恐い夢を見て目が覚めること、③ふらつくため、娘と一緒に入浴していること、④疲れやすいこと、⑤食事は取れていること等を訴えた。

B医師は、上記診察に基づき、「変化なし」と診断した(乙三―一九頁)。

n 原告は、平成一九年六月六日、cクリニックを受診し、①夜間、嫌な夢を見て、恐怖感が抜けないこと、②発進音が大きい車があるとすごくイライラすること、③救急車の音が大きく、嫌で嫌で仕方がなく、事故のことが思い出されること、④午前二時ないし三時くらいにいったん目が覚めることが多く、すぐに寝付けず考え事をしたりすることがあること、⑤廊下などでふらつくことがあること、⑥食事は義務的に取っていること、⑦日中はぼーっとしているだけであり、何かをする気が全くしないこと、⑧「人生の先がない」「手芸が一番好きだったのに」と思っていること等を訴えた。

B医師は、上記診察に基づき、「悪夢で中途覚醒、イライラ、意欲低下」と診断した(乙三―二二頁)。

o 原告は、平成一九年六月一三日、cクリニックを受診し、①状態には変化がないこと、②前日の午前一時四五分、事故の夢を見て目を覚まし、頓服薬(ソラナックス)を服用したこと、③本日も大分眠く、疲れてごろごろしていたこと、④同年五月下旬に被告Y1及び被告Y2社から調停の申立てを受け、六月一日ころから、蕁麻疹が出てきたこと、⑤平成一八年末に被告Y1が来るという連絡を受け、会わなかったが、その後、目の回りに蕁麻疹が出たこと、⑥その際、b病院皮膚科では、薬の影響ではなく、精神的なものであると言われこと、⑦今回は、皮膚科を受診するのが嫌なので、家族にかゆみ止めを買って来てもらったこと、⑧食事は、出されたものを食べていること等を説明した。

B医師は、上記診察に基づき、「両頬、頸から前胸部にかけて蕁麻疹」と診断し、リンデロンA軟膏(ステロイド軟膏)等を処方した(乙三―二四頁)。

p 原告は、平成一九年六月一三日の受診から平成二〇年一月二五日の受診までの間、cクリニックを受診しておらず、その間は、Cが、cクリニックへ赴き、B医師に対し、①原告の状態、②原告が来院できない理由、③最近起こった出来事等につき説明し(平成二〇年一月一一日には調停が不成立になったことを説明している〔乙三―三七頁〕。)、原告に対する薬の処方を受けていた(乙三―二五ないし三八頁、証人Bの供述書―七頁)。

q B医師は、平成二〇年一月一二日、原告宅に電話をかけ、原告の長女であるE(以下「E」という。)に対し、診断書作成にあたって原告本人を診察するため来院してもらいたいと述べ、その旨をCに伝えるように依頼した。原告は、平成二〇年一月二五日、cクリニックを受診し、①状態は以前と変わっていないこと、②日中は、何も興味がなく、すぐに疲れるので、横になっていること、③一日中憂鬱であること、④何か急な音がしたり、何かに反応したりして、イライラすること、⑤車の音が聞こえ、それが嫌であること、⑥外に出るのが嫌で、引っ越してから全く外に出ておらず、外出するのは、転居後初めてであり、自宅マンションの外観も含め、外のことが全く分からないこと、⑦気力がないのではなく、自動車や自転車に対する恐怖感があるため外に出られないこと、⑧重い物に限らず、ほとんど何も持たない生活であり、家族にしてもらって、何とかやっていること、⑨食事は出されたものを義務的に取っていること、⑩毎日、事故の夢や関連の夢を見て、途中で目が覚め、それがつらくて嫌で仕方がないこと、⑪急に大きな音が聞こえると、何をやっていたかよく分からなくなること、⑫事故の情景が四六時中頭から離れず、急に思い出すこと、⑬頭痛があり、夢を見たときは動悸がすること、⑭社会と隔離されていると感じ、意欲がないこと等と訴えた(乙三―三七ないし三九頁)。

r 原告は、平成二〇年一月二五日の受診を最後に、cクリニックを受診しておらず、その後は、Cがcクリニックへ赴き、B医師に対し、①原告の状態、②原告が来院できない理由、③最近起こった出来事等につき説明し、原告に対する薬の処方を受けている(別紙一「治療関係費一覧表」の「原告受診」欄に×印が記載されている日が、Cがcクリニックに赴いた日である。)(乙三―四〇ないし四三頁、証人Bの供述書―九頁、弁論の全趣旨)。

s Cは、原告が、上記のとおりcクリニックに通院し、B医師の診察を受けていた際、常に原告に付き添っていた。B医師は、同席を指示したわけではなかったが、Cが原告に寄り添うように入室し、日常生活でも心身両面に渡って原告をサポートしていると思ったため、敢えて同席を拒否しなかった(証人Bの供述書―六頁)。

(エ) その他

原告は、本件口頭弁論期日及び弁論準備手続期日に、すべて出席しているけれども、裁判官が問い掛けても、時折「はい」と答えるのみで、ほかに言葉を発しない(当裁判所に顕著である。)。

イ A医師の所見等

(ア) A医師作成に係る平成一九年二月八日付け後遺障害診断書の内容は、概ね次のとおりである(甲一三)。

a 傷病名

適応障害

b 自覚症状

事故時のフラッシュバックや回避行動

c 精神・神経の障害、他覚症状及び検査結果

事故時のフラッシュバックや現場への回避行動が続いた。不眠もあり睡眠導入剤の投与を行った。

d 障害内容の増悪・緩解の見通し等

平成一九年一月二四日、寛解・治癒とみなす。

(イ) A医師は、①原告が症状固定の診断を希望したこと、②精神疾患の症状固定の判断は難しく、症状改善が見られた時点で症状固定とした方が、原告の場合には精神症状が長引かないで済むと判断したために、上記診断を行った(乙二―五二、五三頁、証人Aの供述書―一六頁)。

(ウ) A医師は、精神症状につき患者の訴えの真偽を判断するにあたり、患者本人、家族、知人等の情報に基づき判断するほかなく、患者のみの訴えでは、全体を把握しその真偽を推定することは困難であると考えている(証人Aの供述書―三頁)。

ウ B医師の所見等

(ア) B医師作成に係る平成一九年三月二六日付け後遺障害診断書の内容は、概ね次のとおりである(甲九)。

a 傷病名

うつ状態、PTSDの疑い

b 自覚症状

抑うつ気分、意欲低下、興昧・関心の喪失、焦燥感を認める。集中力低下、判断力低下も見られる。身体的には、頭痛、動悸、疲労感、食欲低下、不眠があり、事故に関連した恐い夢を見るという。日中でも、四六時中、事故のことを思い出し、恐怖を感じている。突発的に事故の情景が甦ることもある。

c 精神・神経の障害、他覚症状及び検査結果

ほとんど家に閉じこもり、家事もできない。睡眠障害がある。一人で外出できないため、通院には家族が付き添っている。本件事故現場は迂回して外出する。車の通行音など物音に過敏である。車が来るのをひどく警戒する。家族によれば、以前と違って易怒的である。事故についての会話や、関係者と会うことを避ける努力をしている。なお、平成一九年三月一九日施行のCES―Dスケールは三九点で、気分障害群に含まれる。また、自分で運転することへの恐怖感や、集中力低下、判断力低下があることから、自動車運転免許の更新は断念した。

d 障害内容の増悪・緩解の見通し等

薬物療法、精神療法を続ける予定であるが、予後は不詳である。現時点で、就労は長期にわたって不可能と考えられる。

e なお、上記dの「長期にわたって不可能」という記載は、当初は「困難」と記載されていたのが訂正されているものである。

(イ) B医師は、平成一九年七月四日、平成二〇年一月二五日にも、原告の申し出に応じ、上記診断書とほぼ同一内容の後遺障害診断書を作成している(甲一一、一二)。

(ウ) B医師は、平成一九年五月一一日、「非器質性精神障害にかかる所見について」と題する書面(以下「B所見」という。)を作成した。同書面の内容は、概ね次のとおりである(甲一〇、乙五―二〇頁)。

a 症状固定時におけるICD―一〇に基づく診断名

中等度うつ病エピソード(F三二・一)。外傷後ストレス障害(F四三・一)の疑い。

b 治療経過

平成一九年二月二一日の初診時、不眠、恐怖感、焦燥感、抑うつ気分、活動性低下が目立ち、侵入的回想、回避等、事故に関連した症状が多く見られた。ドグマチール、セパゾン、レンドルミンD、デパスを投与したが、同月二八日の受診時、改善は見られず、その後も、薬物療法とともに、主につらい気持ちを傾聴する精神療法を行った。原告が恐怖感から一人で外出できないため、受診には毎回Cが付き添っていた。原告及びCの陳述から、日常生活の困難さが窺われ、今のところ、改善は乏しい。

c 検査所見

CES―Dスケール(平成一九年三月一九日施行)は三九点であり、気分障害群に含まれる。

d 残存症状と交通事故との関係について

交通事故という自ら生死にかかわる事件に遭遇した。その後、事故そのものの夢や、事故に関連した夢を見て目が覚めたり、寝付きが悪くなるなど、過覚醒の状態となった。自分の意思とは関係なく、当時の状況を思い出す(侵入的回想)。事故と関連した思考、会話、人物、場所を避ける努力をしている(回避)。事故以前には見られなかった易怒性、集中困難、過度の警戒心が見られる。

以上より、ICD―一〇、DSM―Ⅳ(アメリカ精神医学会の診断基準)いずれにおいても、外傷後ストレス障害が疑われる。ただし、これらの診断基準は、自覚症状に基づいており、また事故前後の差異については、原告とCの情報によっているため、断定はできず、「凝い」とした。

e 症状固定の判断、予後について

平成一八年九月二九日より、b病院心療内科に通院し、薬物療法を受けたが症状は改善しなかった。平成一九年二月二一日よりcクリニックに通院し、薬物療法・精神療法を行っているが、改善は乏しく、同年三月二六日症状固定と判断した。

f 現在の症状

抑うつ気分、思考制止、行動制止、意欲低下、不安・焦燥、恐怖症状、侵入的回想、回避、過覚醒、不眠の症状がある。

具体的には、抑うつ気分、意欲低下、興味・関心の喪失、焦燥感、集中力・判断力の低下が認められる。身体的には、頭痛、動悸、疲労感、食欲低下、不眠があり、事故の夢や事故に関連した恐い夢で夜中に目が覚める。以前と違って易怒的で、家族に対して真赤な顔で怒る。日中でも四六時中事故のことを思い出し、恐怖を感じる。突発的に事故の情景が甦ってくることもある。本件事故現場は迂回して外出する。一人で外出できないし、道では車が来るのをひどく警戒する、事故についての会話や関係者に会うことを極力避けている。当院からの帰り道、たまたま交通事故の現場をとおりかかって衝撃を受け、Cにしがみついて、ようやく帰った。自分が再び事故に遭うような恐怖感が生じ、自分の事故のことが思い出された。

g 能力低下の状態

①「適切な食事摂取・身辺の清潔保持」については「ひんぱんに助言・援助が必要」、②「仕事、生活、家庭に関心・興味を持つこと」については「できない」、③「仕事、生活、家庭で時間を守ること」については「できない」、④「仕事、家庭において作業を持続すること」については「できない」、⑤「仕事、生活、家庭における他人との意思伝達」については「ひんぱんに助言・援助が必要」、⑥「仕事、生活、家庭における対人関係・協調性」については「ひんぱんに助言・援助が必要」、⑦「屋外での身辺の安全保持・危機対応」については「できない」、⑧「仕事、生活、家庭での困難・失敗への対応」については「ひんぱんに助言・援助が必要」である。

具体的には、ほとんど家に閉じこもり、家事もできない。食事は家族が用意してくれている。摂食は自分でできるが、食器等を落とすことがよくあるため、プラスチック製の食器を使用している。食欲は低下しているが、努力して食べている。日中はぼーっとしていて横臥することが多い。疲れやすく、入浴後も疲れるという。何事にも興味がわかず、趣味だった手芸の道具も嫌になって処分してしまった。なお、仕事は、本件事故後退職した。家人に対して、些細なことでひどく怒る。友人、知人ほか外部の人間との交流は自ら絶っている。一人では外出できない。家族に付き添われていても車への恐怖感が強く、腕を握りしめている。自宅内でも車の音に過敏である。弱い地震があったとき大声を出して騒いだ。危機対応はできないと思われる。日中、自宅内を歩行していて、急に事故のことを思い出し、転倒して身体を打撲することがあった。家人の庇護の元で何とか生活している状況である。

(エ) B医師は、患者を診察する際、基本的には、患者が真実を訴えていると考えて話を聞くが、患者の態度や表情、動作、話し方が陳述にそぐわなかったり、状況的に不自然であれば、真偽を疑うこともある。また、陳述の客観性をより強めるため、家族や第三者からの意見も聞き、それらを総合的に判断して、患者の訴えの真偽の妥当性を決定する(証人Bの供述書―三頁)。

エ 原告の退職・転居

(ア) 原告は、本件事故前、株式会社fでパート勤務を行い、一か月あたり約一二万九九四七円の所得を得る傍ら、家事労働にも従事していたが、退職勧奨を受け、平成一八年一〇月三一日に退職した(乙二―四六頁、乙三―二頁、乙一一―四、五頁)。

(イ) 原告は、本件事故前は、本件事故現場近く(<省略>)に居住していたが、平成一九年一〇月、現在の住所地に転居し、夫(D)、長男(C)及び長女(E)と同居している(甲一、一二、一六、一七、乙二―二九頁、乙三―二頁、弁論の全趣旨)。

オ 交渉経緯、事前認定等

(ア) 被告Y3火災の担当者であるF(以下「F」という。)は、平成一八年一二月七日、b病院心療内科に赴き、A医師に対し、原告が、同病院の治療費の支払を被告Y3火災に請求していることを告げ、原告の状態につき尋ねた。

A医師は、Fに対し、①平成一八年一一月二日の時点から、原告のフラッシュバック、回避行動等の症状は改善しつつあること、②後遺障害診断書を作成する場合、被告Y1の不誠実さや勤務先からの退職勧奨等が影響しているという意味で一面では因果関係があるが、性格面等も影響しており一面では因果関係がないとしか記述できないこと等を説明した(乙二―四六頁)。

(イ) Fは、平成一九年一月一九日、原告、D及びCと面談し、その際、Fと原告、D及びCは、原告の精神症状につき、同月二四日をもって症状固定とする方針につき合意した(乙三―五頁、乙五―五五頁、弁論の全趣旨)。

(ウ) 原告は、上記方針を前提として、平成一九年一月二四日、A医師に対し、後遺障害診断書の作成を依頼し、これを受け、A医師は、前記のとおり、後遺障害診断書を作成した(甲一四、乙二―五二頁、乙三―五頁、証人Aの供述書―一四頁)。

(エ) 原告は、平成一九年一月二九日、被告Y3火災に対し、原告の後遺障害は、自賠法施行令別表第二第三級三号に該当し、原告が本件事故によって被った損害額は、既払金を控除し、六九九五万九七九八円である旨を記載した「事故概況と被害・障害状況」と題する書面を提出した(乙五―五〇ないし五六頁)。

これに対し、Fは、平成一九年一月三一日付けの書面により、原告が後遺障害を主張するのであれば、後遺障害診断書を入手し、損害保険料率算出機構に後遺障害の申請をし、認定を受けることになる旨通知した(甲二五、乙五―五七頁)。

これを受けて、Cは、平成一九年四月六日、Fに対し、A医師及びB医師作成に係る後遺障害診断書各一通のほか、C作成に係る報告書三通を提出した(甲二七、乙五―一一頁、乙六)。

(オ) 被告Y3火災は、平成一九年四月九日、損害保険料率算出機構に対し、上記各書面等を添付し、原告の後遺障害等級の事前認定を依頼した(乙五―七頁)。

(カ) 被告Y3火災は、平成一九年五月一八日、損害保険料率算出機構に対し、A医師及びB医師作成に係る「非器質性精神障害にかかる所見について」と題する書面各一通、B医師作成に係る照会・回答書、前記CES―Dスケール検査の結果等を追加送付した(乙五―一九ないし三三頁)。

(キ) 損害保険料率算出機構(京都自賠責損害調査事務所長)は、平成一九年六月一八日付け書面により、①A医師やB医師作成に係る診断書等の医証を検討すると、原告の症状は、脳の器質的損傷を伴わない精神障害(非器質性精神障害)ととらえられるが、この精神症状については、いったん寛解傾向にあったとされているなど変動が窺われ、当初からの症状の一貫性に疑義があること、②B医師から提出された平成一九年五月一一日付け医療照会回答書上、cクリニックでの治療期間はわずか二か月間にとどまり、「今後も薬物療法・精神療法を続ける予定である」とされていることからすると、b病院心療内科における治療期間(約四か月間)等を踏まえても、現時点においては、十分な治療を行ってもなお症状に改善の見込みがないと判断されるものとまではとらえられないとして、原告の精神症状につき、自賠責保険における後遺障害には該当しないと判断し、同月一九日、被告Y3火災に通知した(乙五―一、二頁)。

カ 供述調書の内容(甲四)

原告は、平成一八年九月一一日、京都府中立売警察署の警察官から本件事故につき事情聴取を受け、同日付けで供述調書が作成され、原告はそれに署名・押印しているが、同調書の中で、原告は、①本件事故の態様(青色の歩行者・自転車用信号に従い本件横断歩道を北から南に向けて歩行している際、突然、左前に物体を感じ、次の瞬間、被告車が顔面に衝突し、その場に転倒したこと)や、②治療費の支払・示談について(いまだ治療中であり、被告Y1が加入する保険会社等からも話がないため、今後話し合いをするつもりであること)供述している(甲四)。

キ 補足説明

(ア) 原告は、b病院心療内科の診療録(乙二)につき、A医師が、当裁判所からの送付嘱託を受け、その内容を改ざんしたと主張するが、A医師が診療録を改ざんしたことは、本件全証拠によっても認められない。

(イ) 原告は、cクリニック通院時の原告の説明内容につき、原告は単独で説明を行える状態になく、Cの「サポート」によって説明を行ったと主張するが、これに反する証拠(証人Bの供述書―三、四頁)に照らし、にわかに採用することができない。前判示のとおり、原告は、b病院心療内科通院時、Cの付添いなくA医師の診察を受けており、その際には、自ら説明をすることができていた上、証拠(乙三)によれば、B医師は、Cが説明を行った場合には、「長男」又は「息子」と記載した上で、診療録に説明内容を記載しており、説明者の区別をしているものと認められるところである。

(2)  前記認定の事実関係によれば、①原告は、毛利病院整形外科通院中から、不眠等の症状を訴え、睡眠導入剤の処方を受けており、b病院心療内科に通院するようになってからは、不眠、回避、フラッシュバック等の精神症状を一貫して訴えていること、②B医師は、原告にこれらの症状があることを前提として治療を行っており、前判示の同医師の診察方法に照らし、同医師が原告を診察している間、原告の訴える症状が全くの虚偽のものであることを窺わせる状況はなかったものと考えられること、③原告は、本件事故後、勤務先から退職勧奨を受けて退職した上、現住所地へ転居していることからすると、原告は、本件事故後から、不眠、回避、フラッシュバック等の精神症状を呈するようになり、その症状が残存したものと認めることができる。

なお、原告は、原告はPTSDを包含する「トラウマ症候群」に罹患したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない(原告の主張する「トラウマ症候群」が何を意味するか不明である。前判示のとおり、A医師作成の診断書では、傷病名は「適応障害」であり、B医師作成の診断書では、傷病名は「PTSD疑い」である。)。

(3)  次に、原告の精神症状の程度につき検討するに、原告の精神症状の程度に関する証拠のうち医師作成のもの(b病院心療内科の診療録〔乙二〕及びA医師作成の診断書等〔甲一三、一四〕、cクリニックの診療録〔乙三〕及びB医師作成の診断書等〔甲九ないし一二など〕)は、原告の訴え又はCの説明を前提とするものであるから、上記各証拠により、原告の精神症状の程度を認定することができるか否かは、原告の訴え又はCの説明する内容をそのまま認定することができるか否かによることとなる(このほか、原告及びCの陳述書〔甲一六、一七など〕も同様である。)。

この点につき、原告は、「B所見は、心療内科専門医のBが専門医療上の知識経験を基に、原告及び長男の告知説明、原告の表情、態度、様子、挙措、動作、所要の質問への反応・表現・話し方と内容等を総合のうえ、把握(認識)して理解(了解)し、専門医学的見地から、他覚所見としてなした広範な客観的判断であ」ると主張する(平成二一年三月二三日付け原告第六準備書面一〇頁)。そして、B医師は、上記後遺障害診断書を作成するにあたり、①原告の陳述、Cの提供資料を基に、本件事故の状況を把握し、②原告の陳述、他覚的所見(外観、態度、表情、行動、CES―Dスケール)、Cの提供資料を前提として診断を行ったと述べている(証人Bの供述書―一〇頁)。

しかしながら、B医師作成に係る上記各書面を精査しても、原告の表情、態度、様子、挙措、動作、所要の質問への反応・表現・話し方についての記載は見当たらず、原告の状態についても、原告の訴え及びCの説明の内容以上のものの記載は見当たらない。また、CES―Dスケール検査の結果も、その体裁からすると、原告又はCが記載したものであると考えられる。そうすると、結局、B医師は、診断を行うにあたって、原告の訴えやCの説明から離れて、他覚的所見に基づいた診断を行ったものと認めることはできない。前判示のとおり、B医師も、診断基準が自覚症状に基づいていること、事故前後の差異について原告とCの情報によっていることから、断定はできず「疑い」としているところである。以上によれば、原告の主張を採用することはできない。

そこで、原告の訴え及びCの説明の信用性について検討するに、Cには、①二トントラックである被告車を「巨大鋼鉄重量物体」「悪質無比の違法暴走加害トラック」と表現したり(甲一七一〔Cの陳述書〕―一頁、乙五―三四頁)、②原告が平成一九年三月一二日に転倒して負ったとされる左眼下の傷(cクリニックの診療録〔乙三〕には、原告及びCの説明内容以外には、この傷について特段の記載はない。)を「大きな傷」と表現したり(甲一七―二頁)、③原告の負った身体傷害を「激烈な身体傷害」と表現したり(乙五―三五頁)、④本件事故の状況につき、「意外極まる突然の闖入加害車両は、被害者のような歩行者からみれば極めて巨大な鋼鉄重量物体であり、道路交通法上の諸義務を悉く無視し、暴走し同横断歩道内に突如乱入し瞬時に被害者を急襲した。」と表現したり(乙五―五一頁)するなど、事実を誇張して表現する傾向が窺われるところである。

そして、前判示のとおり、b病院心療内科通院中は、Cが診察に同席したことはなかったのに対し、cクリニック通院中は、Cが常に同席しているところ、前判示の事実関係によれば、原告の訴える症状及びCが説明する内容は、A医師に対するものよりも、B医師に対するものの方が程度が重いように見受けられ、原告の訴えの内容が、Cの影響を受けていることは否定し難いところである。

加えて、前判示のとおり、原告は、①警察官、毛利病院の医師、A医師及びB医師に対し、本件事故の状況をその都度、記憶する範囲内で的確に説明していること、②本件訴えを提起したことを十分に理解していること(本件第一回口頭弁論期日における原告の陳述)、③Cが原案を作成した長大な主張書面につき、内容を確認した上で押印していること(本件第七回口頭弁論期日における平成二一年七月一四日付け原告第九準備書面についての原告の陳述)、それにもかかわらず、④本件口頭弁論期日及び弁論準備手続期日では裁判官の問い掛けに対し時折「はい」と答えるほかは沈黙を守っていること(補佐人〔夫であり元弁護士であるD〕に応答を委ねていること)がそれぞれ認められることからすると、原告は、状況に応じて適切と考える行動を行うことのできる理解能力、判断能力及び説明能力があるものと認めることができる。加えて、原告は、本件事故の状況が詳細に記載されている主張書面(弁論の全趣旨によれば、Cが原案を作成し原告が内容を確認して押印したものと認められる。)の作成に関与することができたことからすると、原告の精神症状の程度は、さほど重大なものではないことが窺われる(原告の主張する程度の精神症状〔特に回避症状〕の存在が事実であれば、極めて過激な表現を用いて本件事故を詳細に描写している原告の主張書面の作成に関与することは極めて困難であると考えられる。)。

以上によれば、原告の精神症状の程度について、原告の訴え及びCの説明をにわかに採用することはできない。そして、原告の後遺障害(精神症状)の程度を的確に裏付ける証拠は提出されていないものといわざるを得ない(なお、原告は、原告本人尋問の採用に反対している〔平成二〇年一二月二二日付け原告第四準備書面一七頁〕。)。

もっとも、前判示の通院経過に照らせば、原告に後遺障害が全く残存していないものとみることもできず、控え目な認定という観点から、原告の精神症状は、自賠法施行令別表第二第一四級九号に該当する程度の後遺障害であるものと認めるのが相当である。

(4)  次に、症状固定日について検討するに、前判示のとおり、原告は、b病院心療内科においては、平成一九年一月二四日にその症状が固定したとの診断を受け、cクリニックにおいては、同年三月二六日にその症状が固定したとの診断を受けている。

そこで検討するに、前判示のとおり、A医師は、①被告Y3火災と平成一九年一月二四日を症状固定日とすることを合意した原告から、症状固定の診断を求められた上、②同日の段階で症状の改善が見られ、同日に症状固定とした方が、原告の場合には精神症状が長引かないで済むと判断したことから、同診断を行ったものであり、同診断は、医学的見地から、原告の症状がそれ以上改善する見込みがないと判断して行われたものとはいえないから、同日をもって原告の症状が固定したものと認めるのは相当でなく、本件においては、原告が主張するように、cクリニックにおける症状固定日(平成一九年三月二六日)を前提として、損害額の算定を行うのが相当である。

(5)  なお、被告らは、素因減額を行うべきであると主張している。しかしながら、本件事故の態様は、前判示のとおりであり、原告が主張するような「恐怖戦慄脅威の激烈衝撃事故」とまでは認められないものの、逆に軽微であると言うこともできない。そして、前判示の原告の後遺障害(精神症状)の程度(自賠法施行令別表第二第一四級九号相当)を前提とすると、本件事故からその程度の精神症状が生じることは通常あり得るものと評価できること、原告は、本件事故前には、株式会社fでパート勤務を行っており、原告が本件事故後に訴えた精神症状が本件事故前にも生じていたことを認めるに足りる証拠はないことからすると、原告が本件事故により負った後遺障害(精神症状)が原告の心因的要因のために重症化したものと認めることはできないものというべきである。以上によれば、原告の損害額を算定するにあたり素因減額を行うことは、相当でない。

三  争点(3)(損害)について

(1)  治療関係費 四万四四九〇円

ア b病院心療内科 一万八八七〇円

上記金額のうち一万四九四〇円については当事者間に争いがなく、残三九三〇円(平成一九年二月七日分)についても、症状固定日以前の診療に係るものであって、本件事故と相当因果関係ある損害と認められる。

イ cクリニック 二万五六二〇円

前判示のとおり、原告の症状固定日は、平成一九年三月二六日であるところ、同日までのcクリニックへの通院に係る治療関係費は、本件事故と相当因果関係を有する損害と認められる。

ウ 小計 四万四四九〇円

(2)  通院付添費 〇円

原告は、原告の通院には家族の付添いが必要であったと主張し、これに沿う証拠(甲一六、一七〔原告及びCの陳述書〕)があるが、前判示のとおり、これらの証拠はにわかに採用することができず、他に付添いの必要性を認めるに足りる証拠はない。

(3)  休業損害 三二万二五五七円

前判示のとおり、原告は、本件事故前、株式会社fでパート勤務を行い、一か月あたり約一二万九九四七円の所得を得る傍ら、家事労働にも従事していたものと認められる。

前判示の通院経過に照らせば、本件事故と相当因果関係を有する休業期間は、本件事故の日(平成一八年七月二五日)から症状固定日(平成一九年三月二六日)までの二四五日間と認めるのが相当である。もっとも、原告の精神症状の程度を的確に裏付ける証拠がないことに照らし、上記期間中、原告が、就労が全く不可能な状態にあったものと認めることはできず、原告の通院回数や身体傷害の程度にも照らし、原告が上記休業期間全体を通じて一四パーセントの労働能力を喪失したものとして、休業損害を算定するのが相当である。前判示の原告の就労状況に照らせば、平成一八年賃金センサス女子労働者の全年齢平均賃金である年三四三万二五〇〇円(一日あたり九四〇四円)を基礎収入とするのが相当であるから、休業損害は上記金額となる。計算式は、9404円×245日間×0.14=32万2557円(一円未満切り捨て)である。

(4)  通院慰謝料 一四〇万円

本件事故の態様、原告の負った傷害の内容・程度、原告の通院期間・日数(本件事故と相当因果関係が認められるもの)等、諸般の事情に照らし、通院慰謝料として上記金額を認めるのが相当である。

(5)  後遺障害後の通院実費 〇円

原告の後遺障害の程度を的確に裏付ける証拠がない本件においては、症状固定後の通院の必要性についても明らかでないから、原告の主張する後遺障害後の通院実費を、本件事故と相当因果関係を有する損害として認めることはできない。

(6)  後遺障害逸失利益 一七一万六八一三円

前判示の後遺障害の程度に照らせば、原告(昭和二八年○月○日生まれ、症状固定時五三歳)は、症状固定時から六七歳までの一四年間にわたり、五パーセントの労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。そして、本件事故以前の就労状況に照らし、平成一九年賃金センサス女性労働者の全年齢平均賃金である年三四六万八八〇〇円を基礎収入とするのが相当であるから、後遺障害逸失利益は上記金額となる。計算式は、346万8800円×9.8986(14年に対応するライプニッツ係数)×0.05=171万6813円である。

(7)  後遺障害慰謝料 一一〇万円

本件事故の態様、原告の負った後遺障害の内容・程度等、諸般の事情に照らし、後遺障害慰謝料として上記金額を認めるのが相当である。

(8)  小計 四五八万三八六〇円

(9)  既払金 -四〇万三三二五円

当事者間に争いがない。

(10)  合計 四一八万〇五三五円

(11)  被告Y3火災に対する請求について

ア 自賠法一六条一項に基づく請求 一〇八万七八八五円

一二〇万円(傷害による損害についての保険金額〔自賠法施行令二条一項三号イ〕)+七五万円(同施行令別表第二第一四級に該当する後遺障害による損害についての保険金額〔自賠法施行令二条一項三号へ、別表第二第一四級〕)-八六万二一一五円(既払額)で上記金額となる。

なお、原告は、上記請求について、損害賠償額に対する本件事故の日である平成一八年七月二五日からの遅延損害金の支払を求めている。

しかしながら、自動車損害賠償保障法一六条一項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務は、期限の定めのない債務として発生し、民法四一二条三項により保険会社が被害者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものと解するのが相当である(最高裁昭和三六年(オ)第一二〇六号同三九年五月一二日第三小法廷判決・民集一八巻四号五八三頁、同昭和五九年(オ)第六九六号同六一年一〇月九日裁判集民事一四九号二一頁参照)。そして、前判示の事実関係に照らせば、原告が被告Y3火災に対して、「事故概況と被害・障害状況」と題する書面(前記二(1)オ(エ))を提出した平成一九年一月二九日の時点で、損害賠償額支払の履行の請求があったものと認めるのが相当である。したがって、原告は、被告Y3火災に対して、同日の翌日である同月三〇日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めることができるにとどまる。

イ 本件任意保険契約に基づく請求 三一二万〇八一六円

418万0535円(上記損害合計額)-108万7885円(上記アの損害賠償額)=309万2650円に加え、二万八一六六円(上記アの損害賠償額相当額に対する本件事故の日である平成一八年七月二五日から平成一九年一月二九日まで〔一八九日間〕の民法所定の年五分の割合による遅延損害金)で上記金額となる。

第四結論

以上の次第で、①原告の被告Y1及び被告Y2社に対する請求は、連帯して四一八万〇五三五円及びこれに対する不法行為の日である平成一八年七月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却し、②原告の被告Y3火災に対する自賠法一六条一項に基づく請求は、一〇八万七八八五円及び請求の日の翌日である平成一九年一月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、③原告の被告Y3火災に対する本件任意保険契約に基づく請求は、被告Y2社に対する本判決が確定することを条件として三一二万〇八一六円及びうち三〇九万二六五〇円に対する不法行為の日である平成一八年七月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する(なお、被告らの仮執行免脱宣言の申立てについては、相当でないものと認め、これを却下する。)。

(裁判官 池田光宏 井田宏 中嶋謙英)

別紙1 治療関係費一覧表(平成20年(ワ)第795号)

年月日

医療機関

原告

受診

金額

備考

H18.12.14

b病院診療内科

3,130

争いなし

H18.12.28

b病院診療内科

3,130

争いなし

H19.1.11

b病院診療内科

3,510

争いなし

H19.1.18

b病院診療内科

1,640

争いなし

H19.1.24

b病院診療内科

3,530

争いなし

同日症状

固定の診断

H19.2.7

b病院診療内科

3,930

18,870

診療費

薬代

(有限会社d薬局)

小計

H19.2.21

cクリニック

2,520

900

3,420

H19.2.28

cクリニック

1,500

1,470

2,970

H19.3.7

cクリニック

1,500

1,380

2,880

H19.3.14

cクリニック

1,500

1,250

2,750

H19.3.19

cクリニック

1,740

1,180

2,920

H19.3.23

cクリニック

1,500

940

2,440

H19.3.26

cクリニック

6,500

1,740

8,240

同日症状

固定の診断

16,760

8,860

25,620

H19.4.2

cクリニック

6,500

2,120

8,620

H19.4.9

cクリニック

1,500

2,040

3,540

H19.4.16

cクリニック

×

1,500

2,040

3,540

H19.4.23

cクリニック

1,500

2,470

3,970

H19.5.2

cクリニック

1,500

2,030

3,530

H19.5.9

cクリニック

1,500

2,040

3,540

H19.5.16

cクリニック

1,500

2,050

3,550

H19.5.23

cクリニック

×

1,500

2,050

3,550

H19.5.30

cクリニック

×

1,500

2,000

3,500

H19.6.6

cクリニック

1,500

2,270

3,770

H19.6.13

cクリニック

1,500

5,710

7,210

H19.6.27

cクリニック

×

1,500

3,650

5,150

H19.7.4

cクリニック

×

6,500

2,780

9,280

H19.7.11

cクリニック

×

1,420

2,780

4,200

H19.7.18

cクリニック

×

1,420

2,730

4,150

H19.7.27

cクリニック

×

1,420

5,020

6,440

H19.8.10

cクリニック

×

1,500

4,830

6,330

H19.8.24

cクリニック

×

1,500

3,930

5,430

H19.9.7

cクリニック

×

1,500

3,930

5,430

H19.9.21

cクリニック

×

1,500

3,930

5,430

H19.10.5

cクリニック

×

1,500

1,500

薬局の

領収証なし

H19.10.19

cクリニック

×

1,500

3,930

5,430

H19.11.2

cクリニック

×

1,500

3,930

5,430

H19.11.16

cクリニック

×

1,500

3,930

5,430

H19.11.30

cクリニック

×

1,500

3,939

5,430

H19.12.14

cクリニック

×

1,500

3,930

5,430

H19.12.28

cクリニック

×

1,500

3,930

5,430

H20.1.11

cクリニック

×

1,500

5,050

6,550

H20.1.25

cクリニック

1,500

5,050

6,550

同日を最後に

受診なし

H20.2.8

cクリニック

×

1,500

6,500

8,000

H20.2.29

cクリニック

×

1,500

2,290

3,790

56,260

102,870

159,130

別紙2

交通事故現場見取図

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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