京都地方裁判所 平成20年(ワ)905号 判決 2010年3月24日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
高田良爾
同
檀謙太郎
同
髙木清
同
若松芳也
被告
京都府
同代表者知事
山田啓二
同訴訟代理人弁護士
置田文夫
同
村田純江
同指定代理人
野口幸夫<他10名>
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成二〇年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、公職選挙法違反被疑事件の被疑者として京都府警察警察官から任意同行を求められ、取調べを受けた原告が、京都府警察を設置する被告に対し、この任意同行・取調べは、実質逮捕または任意捜査の範囲を逸脱したものであって違法であり、また、その後の勾留中の警察官によりされた弁護人との接見の内容を聴取する行為は原告の接見交通権を侵害したものであって違憲・違法であるとして、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償金の支払を求める事案である。
一 前提事実(当事者間に争いのない事実及び後掲の証拠により容易に認められる事実)
(1) 当事者
原告は、中学校の校長や京都市教育委員会の統括首席指導主事等を歴任するなど、長年教師として勤務し、退職後は保護司等をしていた者であるところ、平成一一年にa町議会議員選挙の立候補者であったA(以下「A」という。)の後援会に入ってAを応援するようになり、平成一五年からは同後援会の会長となった。なお、Aは、昭和五八年五月一〇日から平成一七年一二月三一日まで、a町議会議員をしていた。
被告は、京都府警察を設置する者である。
(2) b市長選挙
平成一八年二月一二日、京都府b市の市長選挙(以下「本件選挙」という。)が告示され、Aはこれに立候補した。
同月一九日、本件選挙の投票が実施され、Aが当選し、Aはb市長に就任した。
(3) 公職選挙法違反被疑事件の捜査
ア 原告に対する嫌疑
平成一七年八月五日午後六時ころから、京都府c市所在の料理旅館「d荘e亭」(以下「d荘」という。)の鶴の間において、A及び原告のほか、将来本件選挙の選挙人となるBら一二名(以下「Bら」という。)の参加した宴会(以下「本件宴会」という。)が催された。
京都府警察は、本件宴会が、Aほか数名が、本件選挙に関し、同選挙への立候補を決意していたAを当選させる目的で、立候補届出前にBらに対し、Aへの投票及び投票の取りまとめ等の選挙運動をすることを依頼し、その報酬として、酒食の供応接待をした旨の公職選挙法違反事件であるとの疑いを抱き(以下「本件被疑事件」という。)、これについて、このころから内偵捜査を進めており、原告も被疑者として浮上していた。
イ 原告の任意同行
平成一八年二月二三日午前七時ころ、京都府警察本部刑事部捜査第二課所属のC警部補(以下「C警部補」という。)及び京都府f警察署(現在のf1警察署)刑事課知能・組織犯罪対策係所属(当時)のD巡査長(当時。以下「D巡査長」という。)は、原告宅を訪問し、本件選挙について話を聞きたいとして任意同行(以下「本件任意同行」という。)を求めた。
原告は、この任意同行の求めに応じ、C警部補及びD巡査長とともに、捜査用車両で京都府警察本部(以下「府警本部」という。)に行った。
ウ 原告の取調べ
府警本部に到着した後、原告は、取調室において、京都府警察本部刑事部捜査第二課所属(当時)のE警部(当時。以下「E警部」という。)、京都府f警察署刑事課知能・組織犯罪対策係所属(当時)のF警部補(以下「F警部補」という。)及びD巡査長による本件被疑事件についての取調べを受けた(以下、この平成一八年二月二三日の府警本部における原告に対する取調べを「本件取調べ」という。)。
エ 原告の逮捕
原告は、本件取調べ後、府警本部近くのKPP会館(京都府警察の福利厚生施設であり、仮眠室等の宿泊設備がある。)で就寝していたが、平成一八年二月二四日午前四時三二分、本件被疑事件の被疑者として逮捕された。
オ 弁護人との接見状況の聴取
原告は、平成一八年三月一〇日午前中にF警部補の取調べを受けた際、身柄を拘束されて間もない時期のG弁護人との接見で、同弁護人に対し、取調べの警察官に、Aから預かった現金で本件宴会の代金を支払った旨供述したと話すと、同弁護人から、「何やゲロッたんか。」と言われたため、同弁護人に対する不信感を抱いたなどと話をした(以下、この原告の話をF警部補が聞き取ったことを「本件接見聴取」という。)。
(4) 公職選挙法違反被告事件の公判
原告は、平成一八年三月一六日、本件被疑事件について京都地方裁判所に起訴され、同年五月一一日、懲役一〇月・執行猶予五年の判決を言い渡され、同月二六日、同判決は確定した。
二 争点
(1) 本件任意同行及び本件取調べについて
ア 本件任意同行及び本件取調べは違法か。
イ 損害及び損害額
(2) 本件接見聴取について
ア 本件接見聴取は違憲、違法か。
イ 損害及び損害額
三 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)ア(本件任意同行・本件取調べの違法性)について
〔原告の主張〕
ア 本件任意同行は実質逮捕であったこと
本件任意同行は、①午前七時という早朝に司法警察員自ら原告の自宅を訪問したものであり、強制的要素が強い、②複数の司法警察員が車によりDから府警本部まで長距離の同行を求めたものであり、通常逮捕と態様が同じであった上、③本件任意同行を求めた時点では、本件被疑事件の対象である供応接待のあった平成一七年八月五日から六か月以上が経過しており、原告の同行を求める必要性が乏しかったという事情があった。
また、本件任意同行後の本件取調べは、④(ア)午前八時三〇分から午後一一時三〇分までの一五時間にもわたり、約三〇分の昼食時間を除いて、夕食も出されないまま、断続的に行われたものであり、(イ)原告が取調室に入室して着席すると、E警部からいきなり、「暴対のEや。」などと威圧的な声で怒鳴りつけられ、Aの著書(「《書名省略》」。以下「A著書」という。)で机を叩かれ、その振動で湯飲み茶碗が床に落ちて割れるなど暴行罪(刑法二〇八条)・特別公務員暴行陵虐罪(同法一九五条)に該当する行為があった。さらに、(ウ)取調官は受供応者に切り違え尋問をして自白を強要し、原告にも虚偽の事実を申し向けて自白を強要した上、(エ)任意同行に伴って行うことが許されないポリグラフ検査を約二時間にわたり原告に受けさせたという事情があった。
しかも、⑤原告は、本件取調べ中は取調室で監視され、本件取調べ終了後は自宅に帰らせてもらえずKPP会館に連れて行かれ、同会館での就寝中はD巡査長に監視されていたのであり、警察による監視の程度は極めて強かった。
なお、原告は、本件取調べ中やKPP会館での宿泊において、明示の帰宅の申出はしていないが、これは、本件任意同行の態様から、帰宅は許されないと思い込んでいたにすぎない。
そして、これらのことに、本件任意同行が逮捕の準備行為として行われたものであることを併せ考えると、本件任意同行が実質逮捕であることは明らかである。
したがって、本件任意同行は、逮捕状がないまま行われた点において違法である。
イ 本件取調べは任意捜査の許容限度を超えていること
仮に、本件任意同行が強制捜査に至らず任意捜査の範囲にとどまるものであるとしても、上記アのとおり、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等の諸般の事情から取調べの必要性が乏しかった反面、本件取調べの態様が社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度にとどまるものでなかったのは明らかである(最高裁平成元年七月四日判決・刑集四三巻七号五八一頁参照)。
したがって、本件取調べは、任意捜査としての取調べの許容性を逸脱するものとして、違法であり、被告は、国賠法一条一項により責任を負う。
〔被告の主張〕
ア 本件任意同行は実質逮捕ではないこと
(ア) 本件任意同行について
原告は、本件任意同行を求めた時間・場所からすると強制的要素が強いと主張するが、午前七時に原告の自宅で任意同行を求めたという事実のみをもってなぜ強制的要素が強いというのか、理由が不明である。
また、本件任意同行を求めた方法は、C警部補とD巡査長が原告に対し、「先日行われたb市長選挙の件で、お尋ねしたいことがあります。今から京都府警察本部まで来ていただけませんか。」と伝えたところ、原告が「朝食中であるので食事を済ませ、着替えをするまで待ってほしい。」と告げたため、約三〇分間、玄関前で待機するなどの配慮をしたものであり、相当であったし、乗車時や車中でも任意同行を拒む原告の言動はなかった。
さらに、原告は供応接待から六か月以上経過しており任意同行を求める必要性は乏しかったと主張するが、公職選挙法違反被疑事件捜査では、当該選挙の公正性を担保するため、その執行を待ってから捜査に着手することが常であるし、原告や受供応者等の関係者が通謀して罪証隠滅を図る可能性もあったため、原告を自宅で取り調べることはできず、警察施設で取り調べるために任意同行する必要性が非常に大きかった。
(イ) 本件任意同行後の本件取調べ等について
a 原告は、本件取調べが長時間にわたって行われた旨主張する。
しかし、本件取調べは、平成一八年二月二三日の午前九時ころから午後一一時過ぎまでの間に行われたところ、そのうち午後一時三〇分から午後四時三〇分ころまではポリグラフ検査を実施するために中断している。なお、ポリグラフ検査は、精神的・肉体的負担を伴うものではないし、取調べでもなく、捜査機関において被疑者の供述の真偽を吟味する意味を有するにとどまるものであって、被疑者の同意があれば特段それ以上の要件を必要とするものではないし、本件では原告の同意があったから、違法ではない。
また、トイレの申出があれば取調べを中断して対応していたし、結果として原告は食べなかったが、F警部補は原告に対して夕食をとるよう勧めたのであるから、任意性確保のための配慮がされていたことは明白である。なお、原告は、「取調べを受けている私には食べる資格などない。」などと述べて断ったものであるが、仮にそのように述べていないとしても、「もうけっこうです。」と回答したことは原告自身も認めているのであるから、夕食の機会が与えられたこと自体は明らかである。
b 原告は、本件取調べにおいて、E警部から怒鳴られるなど暴行陵虐を受けたと主張するが、そのような事実はない。
湯飲み茶碗が割れたのは、F警部補が書類を片づけて手元に引き寄せようとした際に、誤って肘等が触れて床に落としたことによるものである。
また、E警部は当時「暴対」(暴力団対策課)ではなく「刑事部捜査第二課」に所属していたから、「暴対のEや。」と言うはずがない。
さらに、E警部がA著書で机を叩いたことはあるが、それは、原告が都合が悪くなると顔を下に向けて黙るため、注意喚起の意味で行ったものであるし、その態様も、背表紙部分で机を四、五回叩いたというものにすぎなかった。
したがって、本件取調べにおいて、原告の主張するような刑法上の暴行罪や特別公務員暴行陵虐罪に該当するような行為は行われていない。
なお、原告は、平成一八年二月二三日午前一〇時ころからE警部による取調べが始まったと供述するが、そのころは原告の身上経歴や原告の人間性を知るための取調べが主として行われていたのであって、捜査主任官であるE警部が自ら取り調べる必要はなかったし、原告の供述するように「もう○○の者は全部正直に述べたのだから一切すべて正直にしゃべれ。」と言うはずがなく、原告の供述は不合理である。E警部が原告を取り調べたのは、午後八時過ぎから一時間程度であった。
c 原告は、本件取調べにおいて、切り違え尋問が行われたと主張する。
しかし、受供応者らに対する取調べは平成一八年二月二〇日から順次行われていったところ、受供応者らの自供に至る時系列は別紙「受供応者一一名の自供に至る時系列表」のとおりであり、切り違え尋問は一切行われていない。
そして、警察官は、本件取調べ時において、相当の裏付け証拠を有しており、原告に対して違法な取調方法をあえてとる必要はない状況であった。
d 原告は、警察による監視の程度が極めて強かった旨主張する。
しかし、取調中に原告が帰宅を申し出たことは一切ない。
また、原告がKPP会館の宿泊室で休憩することとなったのは、逮捕を察した原告自らが「妻が心配していると思うので、家に帰れないということを連絡してほしい。」と言ったため、F警部補が、逮捕状が出るまでの間に休憩するか確認し、原告が警察関連施設での休憩に承諾したことによる。
そして、原告の休憩の際、D巡査長が付き添ったのは自傷行為防止、自殺防止の観点からであるし、仮眠室には施錠はなされておらず、原告が帰宅の申出をすることもなかった。
e 原告は、本件取調べ、休憩の際に、警察官に対して帰宅を申し出たことは一切なく、警察官は、原告の態度を見つつ、原告の承諾を前提として適法に捜査を遂行した。
また、原告は、勾留に対して二回にわたり準抗告を申し立てたが、京都地方裁判所は、逮捕や取調手続に違法があったとはいえないなどとして、棄却している。
しかも、原告は、本件被疑事件で起訴された後、平成一八年四月二〇日の第一回公判で事実関係を全面的に認め、弁護人ともに、手続の適法性や自白の任意性を争うことも、何らの主張をすることもなかったのであり、一回で結審し、懲役一〇月・執行猶予五年の判決を受けたことに対しても控訴しなかった。このことからも、原告が本件任意同行・本件取調べ等に同意しており、これらの手続の適法性に問題がなかったことは明らかである。
(ウ) 以上のとおり、本件任意同行・本件取調べのいずれも適法に行われており、本件任意同行が実質逮捕といえないことは明らかである。
イ 本件取調べは任意捜査の許容限度を超えていないこと
捜査によれば、本件被疑事件への原告の関与の疑いは濃厚であったところ、Aは、本件選挙に当選して現職市長となっており、その後援会長である原告の公職選挙法違反による逮捕となれば、b市政はじめ社会に重大な影響を及ぼすことは明らかであった。
そして、上記アのとおり、原告に対する本件任意同行・本件取調べ等は適法に原告の同意の下で行われていた。
したがって、本件取調べは、任意捜査の許容限度を超えていない。
なお、原告の挙げる最高裁平元年七月四日判決は、午後一一時過ぎに任意同行した上で翌日午後九時二五分まで徹夜で取調べが行われた事案であり、本件と事案を異にする。また、同最高裁判決は、取調べが本人の積極的な承諾を得て参考人からの事情聴取として開始されていることなどの特殊事情を考慮して任意捜査として許容される限度を逸脱したものとはいえないと判示したのであり、仮に本件をこれと比較するとしても、本件取調べが任意捜査として許容される限度を逸脱したものといえないことは明らかである。
(2) 争点(1)イ(本件任意同行・本件取調べに係る損害・損害額)について
〔原告の主張〕
原告は、令状主義に反する身柄拘束を受け、又は、任意捜査としての相当性を逸脱した違法な取調べを受けたものであり、憲法上の人身の自由や平穏な生活を受ける権利を侵害されたことは明らかである。また、本件取調べ中の暴行陵虐行為、切り違え尋問、ポリグラフ検査は、原告の身体、自己決定権、黙秘権を侵害した。実際、原告は、KPP会館の窓から飛び降りることも考えたというのであるから、原告が受けた精神的苦痛は計り知れない。
このような精神的苦痛により原告に生じた損害額は、二〇〇万円を下らない。
〔被告の主張〕
争う。
(3) 争点(2)ア(本件接見聴取の違憲性・違法性)について
〔原告の主張〕
ア 何人も直ちに弁護人を依頼する権利を与えられなければ抑留・拘禁されることはなく(憲法三四条前段)、身柄拘束を受けている被疑者・被告人は、弁護人又は弁護人となろうとする者と立会人なしに接見し、書類や物の授受ができるのであって(刑訴法三九条一項)、この接見交通権は、身柄拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属する。
そして、同法三九条一項が被疑者と弁護人が立会人なしに接見することを保障した趣旨は、仮に被疑者と弁護人との接見内容が捜査機関に明らかになれば、被疑者と弁護人との間の自由な意思疎通や信頼関係の構築を阻害し、ひいては弁護人の援助を受けることを保障した接見交通権の機能が十分果たせなくなることにあるから、同項は、単に立会人なしに接見することのみならず、およそ捜査機関が接見内容を知ることはできないとの接見内容の秘密を保障したものであって、捜査機関が接見内容について被疑者から聴取することは、捜査妨害的な接見交通である等の特段の事情のない限り、被疑者の接見交通権を侵害することになり許されないというべきである。
そして、本件では、捜査妨害的な接見交通である等の特段の事情はないから、本件接見聴取は原告の接見交通権を侵害する。
イ 被告は、原告が弁護人との接見内容を原告が世間話的に打ち明けたものであり、自発的なものであって、接見交通権を放棄したものであるから接見交通権を侵害しないと主張する。
しかし、原告は警察官から聞かれたため供述したのであるし、警察官がわざわざ原告からの聴取内容を書面化していることからすれば、警察官にとっても接見内容を聴取する必要性があったと推測されるから、原告が自発的に供述したとは認められない。
また、接見交通権は被疑者と弁護人が共有するものであるから、被疑者単独で放棄することは許されず、この点からも原告による接見交通権の放棄はない。
そもそも、被疑者の接見交通権と弁護人の固有権としての接見交通権とは密接不可分のものであり、被疑者と弁護人との信頼関係を維持し、実質的な弁護活動を行えるよう保障するためには、何人たりとも接見内容を事後に聴取することは許されない。取調官が憲法尊重擁護義務(憲法九八条)を負うことからしても、仮に、被疑者が接見内容を供述し始めた場合には、取調官は、ただちにその供述を遮ったり、そのような供述をする必要はないことを告知するなどして、弁護人との接見内容を供述しないように教示すべき義務を被疑者に対して負っていると解すべきである。
ウ 以上のとおりであり、本件接見聴取は原告の接見交通権を侵害するものとして違憲、違法であり、被告は、国賠法一条一項により責任を負う。
〔被告の主張〕
ア 最高裁平成一一年四月二四日大法廷判決(民集五三巻三号五一四頁)は、刑訴法三九条一項について、憲法の保障に由来するものであるとしつつも、刑罰権ないし捜査権に絶対に優先するような性質のものということはできず、接見交通権の行使と捜査権の行使との間に合理的な調整を図らなければならないとしているから、接見交通権の重要性を理由に、刑訴法三九条一項の趣旨が、捜査機関が被疑者・弁護人間の接見内容について被疑者から聴取することを一律的に禁止するかのように解することはできない。
イ 本件接見聴取は、原告が自ら、G弁護人及びH弁護人の言動に対する疑念として、F警部補らに世間話的に打ち明けたものであり、F警部補らが積極的に接見内容について事情聴取したものではない。原告が述べた接見内容からしても、弁護人への不信を表すものなどであり、原告が自発的に打ち明けなければ明らかにならない事情である。
このように、原告は自発的に心情を吐露したものであり、接見交通権を放棄しているから、被告は、国賠法一条一項の責任を負わない。
(4) 争点(2)イ(本件接見聴取に係る損害・損害額)について
〔原告の主張〕
原告は、刑事手続上極めて重要な権利である接見交通権を侵害され、弁護人との間の自由な意思疎通や信頼関係の構築を果たせぬまま、虚偽の自白を強要され、いわれなき刑罰を受けたものであり、原告が受けた孤独感、屈辱感等の精神的苦痛は計り知れない。
このような精神的苦痛により原告に生じた損害の額は、一〇〇万円を下らない。
〔被告の主張〕
争う。
原告は、G弁護人及びH弁護人とは異なる弁護人(I弁護人)を選任し、信頼関係を構築した上で公判に臨んでいる上、公判において、自白の任意性を争わず、有罪判決にも控訴しなかったのであるから、原告の自白が虚偽の自白でなかったことは明白である。
第三当裁判所の判断
一 事実認定
《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件宴会
ア Aは、自ら発案・企画し、原告の賛同を得て、平成一七年八月五日、本件宴会を開き、原告もこれに供応側として出席した。
本件宴会の趣旨は、b市長選挙(本件選挙)でAが立候補するため、同選挙において、Aへ投票すること及びAへの投票の取りまとめをすることなどを依頼するものであった。
原告は、本件宴会が終了した後、Aが用意した現金で、宴会代金(料理九万八〇〇〇円、ビール等五万三二八〇円の合計一五万一二八〇円〔一人当たりの代金は一万〇八〇五円となる。〕)をd荘に支払ったが、Bらから会費を集めることはなかった。
イ E警部ほか一一名の警察官は、事前に情報を得て、参加者の割り出し、参加者が本件宴会に向かう状況、本件宴会の状況、原告がd荘に宴会代金を支払う状況、参加者が本件宴会から帰宅する状況等について、d荘内外で視察する、参加者を尾行するなどして内偵捜査を行った。
その結果、本件宴会の会場内の状況や個別の会話は把握できなかったが、部分的に、本件選挙での対立候補者を批判する会話があったり、現職の京都府議会議員が宴席に入って、Aへの支持を訴える挨拶をした状況が認められた。また、本件宴会の終了後、原告が単独で、フロントにおいて宴会代金を支払っている状況や、Aと原告を除く参加者が、それぞれ手土産と目される紙袋を持っている状況が認められた。
(2) 本件選挙
本件選挙は平成一八年二月一九日に実施され、Aが当選し、Aはb市長に就任した。
(3) Bらの取調べ
Bらに対する取調べ状況は、次のとおりである。
ア B
Bは、平成一八年二月二〇日、警察官の求めに応じて府警本部に出頭し、取調べを受けたところ、同日、本件宴会の趣旨がAに対する投票等の依頼であったこと、本件宴会で会費を支払っていないことなどを認める供述をした。
イ J
Jは、平成一八年二月二〇日、警察官の求めに応じて府警本部に出頭し、取調べを受けたところ、同日、本件宴会の趣旨がAに対する投票等の依頼であったこと、Jは本件宴会の会費を支払っていないこと、原告から会費を支払ったように繕うための架空の領収書を受け取ったことなどを認める供述をした。
ウ K
Kは、平成一八年二月二〇日、警察官の求めに応じて府警本部に出頭し、取調べを受けたところ、本件宴会の趣旨がAに対する投票等の依頼であったこと、本件宴会の代金はA又は原告が支払ったことを認める供述をした。
エ L
Lは、平成一八年二月二二日、警察官の求めに応じて府警本部に出頭し、取調べを受けたところ、同日、本件宴会の趣旨がAに対する投票等の依頼であったこと、本件宴会の会費を支払っていないことなどを認める供述をした。
オ M
Mは、平成一八年二月二〇日、警察官の求めに応じて府警本部に出頭し、取調べを受けたところ、同日、本件宴会の趣旨がAに対する投票等の依頼であったことなどを認める供述をした。
カ N
Nは、平成一八年二月二〇日、警察官の求めに応じて府警本部に出頭し、取調べを受けたところ、同日、本件宴会の趣旨がAに対する投票等の依頼であったこと、本件宴会の会費を支払っていないこと、Jから架空の領収書を受け取ったことなどを認める供述をした。
キ O
Oは、平成一八年二月二一日、警察官の求めに応じて府警本部に出頭し、同月二二日にも出頭して取調べを受けたところ、同日、本件宴会はA及び原告が主催したものであること、本件宴会の趣旨がAに対する投票等の依頼であったこと、本件宴会の会費を支払っていないこと、架空の領収書を受け取ったことなどを認める供述をした。
ク P
Pは、平成一八年二月二三日、警察官の求めに応じて京都府f警察署に出頭し、取調べを受けたところ、同日、本件宴会の趣旨がAに対する支援等の依頼であったこと、本件宴会の会費を支払っていないことなどを認める供述をした。
ケ Q
Qは、平成一八年二月二一日、警察官の求めに応じて府警本部に出頭し、同月二二日も出頭して取調べを受けたところ、本件宴会の趣旨がAに対する投票等の依頼であったこと、本件宴会の会費を支払っていないこと、時期等は不明確であるが架空の領収書を受け取ったことなどを認める供述をした。
コ R
Rは、平成一八年二月二〇日、警察官の求めに応じて府警本部に出頭し、取調べを受けたところ、同日、本件宴会の趣旨がAに対する投票等の依頼であったこと、A及び原告から接待を受けたが本件宴会の会費を支払っていないこと、架空の領収書を受け取ったことなどを認める供述をした。
サ S
Sは、平成一八年二月二〇日、警察官の求めに応じて府警本部に出頭し、取調べを受けたところ、同日、本件宴会の趣旨がAに対する投票等の依頼であったこと、本件宴会の会費を支払っていないこと、架空の領収書を受け取ったことなどを認める供述をした。
シ T
Tは、平成一八年二月二一日、自宅において取調べを受け、同日、本件宴会の趣旨がAに対する投票等の依頼であったこと、会費を支払わずに本件宴会で酒食の接待を受けたことなどを認める供述をした。
(4) 本件任意同行
平成一八年二月二三日午前七時ころ、C警部補及びD巡査長は、原告宅を訪問し、警察手帳を提示して、b市長選挙について話を聞きたいことがある旨述べ、任意同行を求めた。
これに対し、原告が、朝食を済ませ、着替えを済ませるまで待ってほしい旨述べたため、C警部補らは、約三〇分間、玄関口で待機した。
原告は、朝食を済ませ、背広に着替えた後、C警部補らとともに捜査車両に自ら乗車し、同日午前七時三〇分ころ、原告宅を出発した。
原告の乗った捜査車両は、同日午前八時三〇分ころに府警本部に到着し、C警部補らは、原告を取調室に案内した。
(5) 本件取調ベ
ア 昼過ぎころまでの取調べ
(ア) 取調室には、被疑者と取調官が向かい合って座るための机と椅子が設置されていたところ、出入口からみて奥側の椅子に原告が、出入口側の椅子にF警部補が座った。また、取調官の補助者が座るための椅子が取調室の出入口近くに設置されていたため、D巡査長は、その椅子(F警部補の左後方)に座った。
そして、平成一八年二月二三日午前九時ころから、F警部補による原告の取調べが開始された。
(イ) F警部補は、開始から一時間程度は主として原告の身上経歴を聞き取った。
そして、引き続き、F警部補が本件宴会について質問をすると、原告は、本件宴会に原告やAが出席した事実等は認めたものの、本件宴会の趣旨がAへの投票等を依頼するものであったことや、会費を徴収していないこと等については否認した。
(ウ) 原告は、昼ころ、警察官が用意した昼食を食べた。昼食時の休憩時間は、約三〇分間であった。
また、取調べ中、原告は適宜トイレ休憩をとることができていた。
イ ポリグラフ検査
原告は、ポリグラフ検査を受けることに同意し、午後一時三〇分ころから午後四時ころまでの間、府警本部の三階にある科学捜査研究所心理検査室において、ポリグラフ検査を受けた。
ウ 午後の取調べ
(ア) F警部補は、午後四時ころから、原告の取調べを再開した。
原告は、午前中の取調べ時と同様、本件宴会の会費は五〇〇〇円であり、Bらから会費を徴収した旨述べるなどし、供応接待の事実を否認していた。そして、原告は、F警部補から、本件宴会の目的の説明を求められたり、本件宴会の会費が一人当たり五〇〇〇円とすると、本件宴会の代金(合計一五万一二八〇円。一人当たりの代金一万〇八〇五円)に足りないことなどの矛盾を突かれると、黙ってしまったため、取調べは膠着状態になった。
そこで、F警部補は、膠着状態を解消するための手段として、取調べを中止するそぶりを見せて、原告の反応を見てみようと考え、「説明できへんのやったら取調べはやめや。」などと言いながら、机の上に広げていた捜査資料を片付けるようなふりをして、自分の方に引き寄せる動作をした。
すると、F警部補の肘が、同人の左手側に置いてあった湯飲み茶碗に当たり、湯飲み茶碗が床に落ちて割れてしまったため、原告、F警部補及びD巡査長は破片を拾った。
なお、F警部補は、原告に対し、夕食をとるよう促したが、原告はこれを断った。
(イ) 同日午後八時ころ、取調官がF警部補からE警部に交代し、E警部は、約一時間、原告を取り調べた。
原告は、当初、E警部に対しても、本件宴会は選挙とは関係ないなどと述べていたが、E警部が、自分は本件宴会時にd荘の中におり本件宴会の状況を視察していた旨述べて、原告の供述と視察状況の矛盾を突くなどして追及したため、言い訳が通らず、下を向いて黙り込むようになった。
そこで、E警部は、原告の注意を引いて顔を上げさせるため、捜査資料として机の上にあったA著書の背表紙で、机を四、五回叩きながら、「顔を上げなさい、本当のことを言いなさい。」と言った。
すると、原告が顔を上げたため、E警部は、原告に対し、選挙のための宴会であったのであれば、Aのあいさつは、「このたび恥ずかしながら、来るb市長選挙に立候補することを決意しましたAでございます。」というようなものであろうと尋ねた。これに対し、原告が、思わず「恥ずかしながら、とは言うてませんでしたわ。」と述べたため、E警部が、「当時のことをよく覚えてるやないか。」と原告を追及したところ、原告は、顔を赤くして、本件宴会がAへの投票等を依頼する趣旨のものであったことを認めるようになった。
(ウ) 同日午後九時ころ、E警部とF警部補が再び入れ替わり、F警部補は、原告から、本件宴会がAの選挙のてこ入れのために行ったものであること、本件宴会において、原告やAは、b市長選挙でAを応援するよう頼む旨のあいさつをしたこと、会費を集めたという明確な記憶はないこと、宴会代金をg興産(Aの親族が経営する会社)の経理担当者であるU(Aの次男の妻)から預かって支払ったことなどの供述を得て、同日午後一〇時過ぎころ、供述調書を作成した。
なお、原告は、本件取調べ中、帰宅したい旨の希望を述べたりすることはなかった。また、原告は、翌二月二四日以降の取調べでは、本件宴会の趣旨が本件選挙でのAへの投票等を依頼するものであったこと、会費を集めていなかったことについて、一貫して認めていた。
(6) KPP会館での就寝及び逮捕
ア KPP会館での就寝
(ア) E警部は、原告が自白に転じた後、上司や担当検察官の決裁を得て、捜査官らに対し、逮捕状を請求する準備をするよう指示した。
また、F警部補は、E警部の指示を受け、原告に対し、逮捕状が発付されるまでの間、警察の施設で休むかどうか尋ねた。すると、原告が、そこで休みたい旨述べたため、D巡査長が原告をKPP会館に案内して付き添うこととなった。
(イ) D巡査長は、同日午後一一時ころ、原告をKPP会館の仮眠室のベッドに案内した。仮眠室には複数のベッドがあり、仮眠をとっている警察官もおり、部屋に施錠はされていなかった。
原告は、案内されたベッドで、上着とズボンを脱いで、布団をかぶって横になって就寝した。D巡査長は、原告のベッドの横のベッドの背もたれにもたれ、横にはならずにいたが、眠っていた。
原告は、夜中に一度、トイレに行くためにD巡査長に声をかけて起こし、トイレの場所を聞いたところ、D巡査長は、廊下を出たところにあると教えただけで、トイレまで付き添うことはなかった。
イ 原告の逮捕
京都府警察は、平成一八年二月二四日午前二時一〇分、京都地方裁判所に原告の逮捕状を請求し、その後、逮捕状が発付された。そこで、D巡査長は、同日午前四時すぎに原告を起こして府警本部の取調室に再び案内し、同日午前四時三二分、原告に逮捕状を示して逮捕した。
(7) 本件接見聴取
原告は、同日午前六時ころ、D署に身柄を移され、翌二五日から勾留され、同年三月二〇日に保釈されるまで、ほぼ毎日取調べを受けた。
原告は、身柄を拘束されて間もない時期にG弁護人と接見した際、Aから受け取った現金で本件宴会の代金を支払ったことを自白したと述べたところ、同弁護人から、「なんや、ゲロったんか。」と言われたため、同弁護人は、原告が事実を述べているのにそれを批判する態度に出ており、原告のためではなくAのために動いていると感じ、ひどく悔しい思いをし、精神的に大きな衝撃を受けた。また、原告は、H弁護人と接見した際、同弁護人から、「あなたは、Bさんからお金を受け取ってますよ。」と言われたため、同弁護人が、原告に対し、本件宴会の会費を徴収したと口裏を合わせるよう圧力をかけてきたのではないかと思い、同弁護人への不信感が生じるなどした。
そして、原告は、同年三月一〇日のF警部補による取調べの際、F警部補に対し、自らG弁護人らとのやりとりを話し、悔しかったことなどを述べたため、F警部補は、E警部の指示を受けて、その内容を部下のV巡査部長に命じて調査報告書に記載させた。
なお、原告の員面調書が最後に作成されたのは、同月一〇日であった。
(8) 刑事裁判及び民事裁判
ア 原告
原告は、平成一八年三月一六日付けで本件被疑事件について公職選挙法違反(供応接待)の罪で京都地方裁判所に起訴され、同年五月一一日、懲役一〇月・執行猶予五年の有罪判決を受け、同判決は、同月二六日に確定した。なお、原告の弁護人は、I弁護士(私選)であったところ、原告及び同弁護人は、公判において、事実関係について争わなかった上、本件任意同行、本件取調べ及び本件接見聴取等が違法であると主張しなかった。
原告は、平成一九年に上記判決に対して再審を請求したが、平成二〇年に同請求を取り下げた。
また、原告は、平成二〇年三月に本件訴訟を提起した。
イ A
Aは、平成一八年三月一二日に身柄を拘束され、同月三一日付けで本件被疑事件について公職選挙法違反(供応接待・事前運動)の罪で京都地方裁判所に起訴され、同年五月二三日、同年四月一四日付け追起訴に係る余罪(物品供与・事前運動)とともに、懲役一年六月・執行猶予五年の有罪判決を受け、同判決は、同年六月七日に確定した。なお、Aは、公判において、事実関係について争わなかった上、取調べ等の捜査手続が違法であるとも主張しなかった。
Aは、被告に対し、平成一九年に取調べが違法であったなどとして国家賠償請求訴訟を提起したが、平成二一年一〇月三〇日、Aの請求は棄却された。
ウ Bら
Bらは、平成一八年四月一九日付けで本件被疑事件について公職選挙法違反(受供応接待)の罪でそれぞれ京都簡易裁判所に起訴及び略式命令請求され、同日、それぞれ罰金一〇万円等の略式命令を受け、同略式命令は同年五月九日に確定した。
Bらは、平成一九年にそれぞれ上記略式命令に対して再審を請求したものの、平成二〇年一二月一五日に同請求が棄却されたため、即時抗告をしたが、平成二一年三月三日、同抗告は棄却された。
Bらは、平成一九年に京都地方裁判所に被告に対する国家賠償請求訴訟を提起したが、平成二一年六月一五日に同訴えを取り下げたため、同訴訟は終了した。
二 争点(1)ア(本件任意同行及び本件取調べの違法性)について
(1) 本件任意同行の状況
原告は、本件任意同行の態様等が強制的なものであった旨主張する。
この点、前記一(4)のとおり、C警部補及びD巡査長が原告に対して本件任意同行を求めたのは、午前七時ころと早朝ではあったものの、極端に早いわけではなく、一般に起床していておかしくない時間であるし、実際、前記一(4)のとおり、原告は起床して朝食を食べているところであった。
また、前記一(4)のとおり、C警部補らは、原告の要望に応じて、原告が朝食及び着替えを済ませるまで約三〇分間待機しており、原告の意向を尊重して対応していたといえる。
これらに加え、前記一(4)のとおり、原告宅から府警本部まで要した時間は約一時間であり特段遠距離ではないこと、原告が任意同行を拒否する態度をとっていなかったこと、前記一(8)アのとおり、原告は刑事事件の公判において本件任意同行が違法であると主張していなかったことを併せ考えると、本件任意同行は原告の自由な意思による同意を得て行われたものと認められ、これが強制にわたるものであったということはできない。
なお、原告は、本件任意同行の時期は、本件宴会から六か月以上が経過した後であり、本件被疑事件について任意同行を求める必要性は乏しかったと主張するが、本件選挙への影響を避けるためには、本件被疑事件について関係者から取調べを行うのは本件選挙の後である必要があったこと、前記一(2)のとおり、本件選挙の結果Aが当選してb市長に就任しており、Aの後援会長である原告に公職選挙法違反の嫌疑がかかっているとなるとb市政等に与える影響が大きいこと、そのような中で、原告を自宅で取り調べるとなると、原告がAやBらと通謀するおそれがあったことは否定できないことからすると、原告に対して任意同行を求める必要性がなかったとはいえない。
(2) 本件取調べの状況
ア 原告の供述の信用性
本件取調べの状況は、前記一(5)のとおりと認められるところ、原告は、本人尋問において、当初はF警部補が主として原告の経歴等を聞いた後、午前一〇時くらいからF警部補とE警部が交代してE警部による取調べが始まり、E警部は、いきなり、立ったまま「暴対二課のEだ。」又は「暴対のEや。」などと言った上、「いつまで黙っとんじゃ、○○は皆言うとんのじゃ。」などと怒鳴りながら、A著書で机を強く叩いた、その衝撃で机の上の湯飲み茶碗が移動していき、床に落ちて割れたなどと供述するので、その信用性について検討する。
まず、原告は、陳述書では、取調べの当初からE警部がおり、原告が着席するなり上記の言動に及んだと供述する一方、本人尋問では、当初の取調べはF警部補が行ったと供述しており、最初の取調官がE警部なのかF警部補なのか食い違い、供述が変遷している。また、原告は、E警部がA著書で机を叩いた回数について、陳述書では一〇回以上と供述する一方、本人尋問においては六、七回と供述しており、これも食い違っている。
次に、その取調べ状況についての供述も、E警部は、本件宴会についての取調べがほとんどされておらず、本件被疑事件について原告がどのような供述をするか分かっていない段階であったにもかかわらず、「いつまで黙っとんじゃ。」などと本件宴会についての取調べに原告が黙秘し続けていることを前提とした言動をとったり、同様の前提で「暴対のEや。」などと自白を強要するような取調べをほのめかす言動をしたことになり、事実の経過として極めて不合理かつ不自然である。
さらに、湯飲み茶碗が落ちる状況についての原告の供述は、E警部がA著書を片手の親指と他の四本の指ではさんだ状態で、六、七回裏表紙を机に打ち付けて叩くたびに、原告の左前にあった湯飲み茶碗(茶托に載せてあるもの)が移動していき、結局約三〇cm移動し、最後に机を叩いたときに湯飲み茶碗だけが飛んで落ち、茶托は机の上に残ったというもので、片手の指ではさんで持っただけのA著書で机を六、七回叩いただけで、茶托に載せた湯飲み茶碗が約三〇cmも移動したとか、茶托は落ちずに湯飲み茶碗だけが飛んで落ちたという点で、極めて不自然かつ不合理である。
なお、原告は、本人尋問において、取調室では、机を挟んで向かい合った席のうち、原告が入口に近い方の席、F警部補が入口から遠い方の席に座ったと供述するが、取調室では、通常、身柄を拘束されている被疑者の取調べが、逃走防止等の観点から、入口から遠い方に被疑者を座らせて行われることになっているのに合わせて、任意の取調べや参考人の聴取も同様の着席位置で行われるのが通常であると考えられることからして、この点でも、原告の供述は不自然といわなければならない。
このように、本件取調べにおいてE警部から暴行陵虐を受けたという原告の供述は、極めて不自然かつ不合理であって、信用できないというべきである。
イ 本件取調べの態様等
前記一(5)のとおり、本件取調べは、平成一八年二月二三日午前九時ころに開始され、同日午後一一時ころまで行われたものの、取調べはその間(約一四時間)継続して行われたわけではなく、約三〇分間の昼食時間、約二時間三〇分のポリグラフ検査があり、トイレ休憩も適宜とられていたし、翌日にわたるものでもなかった。
また、前記一(5)ウ(イ)のとおり、E警部は、同日午後八時ころから同日午後九時ころまでの取調べにおいて、A著書の背表紙で机を四、五回叩いたものの、机を叩く行為があったのはこのときだけであり、それは原告の注意を喚起して顔を上げさせるためであって、原告に肉体的精神的苦痛を与えたり、自白しない場合の苦痛を予見させたりして自白を強要したものとは認められないし、このこと以外にE警部及びF警部補による取調べが暴行・脅迫等を伴うものであったり、その他の方法により原告の意に反して取調べ側の意に沿う供述をさせようとするものであったりしたことをうかがわせる事情は見当たらない。
そして、これらのことに、前記一(5)ウ(ウ)のとおり、本件取調べの間、原告が帰宅したい旨の態度を示さなかったこと、前記一(8)アのとおり、刑事事件の公判において、原告は本件取調べが違法であると主張していなかったことを併せ考えると、E警部がA著書で机を叩いたのは必ずしも妥当とはいい難いものの、その点を含めても、本件取調べが、任意出頭による取調べの範囲を越えて、在室を強制したとか、暴行・脅迫を伴う取調べをしたとか、その他の方法で自白を強要したとは認められない。
なお、原告は、身柄拘束のない状態でポリグラフ検査が行われたのは違法であると主張するが、前記一(5)イのとおり、原告は同検査を受けることを同意しているし、同検査が特段異常な方法・態様で行われたことをうかがわせる事情は見当たらず、通常の方法・態様で行われたと認めるのが相当であるから、原告の主張は認められない。また、原告は、切り違え尋問により虚偽の自白を強要されたとも主張するが、前記一(3)のとおり、原告の取調べがされる前にBらは自白しているし、Bらに対して切り違え尋問がされたことをうかがわせる事情も見当たらないから、原告に対して切り違え尋問がされたとは認められない。
(3) KPP会館での状況
原告は、本件取調べでF警部補らから監視されていた上、KPP会館でもD巡査長が監視していたから、監視の程度が強かった旨主張する。
しかし、本件被疑事件は公職選挙法違反被疑事件であるから、Aの後援会長である原告が、Aの関与について供述したことを苦にするなどして、自傷・自殺行為に及ぶおそれは否定できなかったというべきであるし、前記一(6)アのとおり、仮眠室では他の警察官が眠っていたのであるから、D巡査長が原告に付き添って横のベッドにいたこと自体には合理的な理由があったというべきである。
そして、前記一(6)アのとおり、D巡査長は眠っており、原告がトイレに行く際にも付き添わないほどであったし、仮眠室には施錠もされていなかったから、原告はD巡査長にその動静を厳しく監視されていたとは到底いえない状態だったのであり、身柄拘束と同視できるような状態にあったと認めることはできない。
したがって、原告の主張は採用できない。
(4) 検討
以上のとおり、本件任意同行の態様等は強制にわたるものであったとはいえず、本件取調べの態様等も自白を強要するようなものであったとは認められず、KPP会館で厳しい監視もなかったのであるから、本件任意同行及び本件取調べは、実質的な逮捕といえないことはもちろん、社会通念上任意捜査として許容される限度を逸脱したものともいえない。
よって、本件任意捜査及び本件取調べに関する原告の損害賠償請求は認められない。(したがって、争点(1)イは判断する必要がない。)
三 争点(2)ア(本件接見聴取の違憲性・違法性)について
(1) 本件接見聴取の事実関係
本件接見聴取に係る事実関係は、前記一(7)のとおりであって、原告は、F警部補に対し、G弁護人らに対する不満等を自ら進んで述べたにとどまり、F警部補による積極的な聴取行為はなかったと認められる。
この点、原告は、原告は自発的に接見内容を述べることはしておらず、F警部補が接見内容を積極的に聞いたため、接見内容を述べたにすぎないと主張し、本人尋問においてもそれに沿う供述をする。
しかし、前記一(7)のとおり、原告は、G弁護人らの言動により、弁護人に対する不信感や悔しい思いなど大きな精神的衝撃を受け、その時の不快な気持ちを抱き続けていたもので、これは、原告が、自発的に接見状況を口にする動機として十分にあり得るものと認められる。
また、前記一(7)のとおり、原告の員面調書は、本件接見聴取のあった平成一八年三月一〇日に作成されたのが最後であること、前記一(5)ウ(ウ)のとおり、同年二月二三日の本件取調べの翌日以降、原告は供応接待の事実について否認していないことからすると、当時、F警部補が、原告から弁護人との間の接見内容を聞き出さなければならなかった理由は見当たらないというべきである。
そして、前記一(8)アのとおり、刑事事件の公判において原告も弁護人も本件接見聴取について何ら主張していないことをも考えると、F警部補からの取調べにおける求めに応じて、接見状況を供述するに至ったとする前記の原告の供述は不自然であって、これを採用することはできない。
(2) 接見内容の秘密の保障
ア 本件接見聴取に係る事実関係は上記のとおりであるところ、原告は、自発的に接見内容を話したものではないし、仮に自発的であっても、捜査機関が接見内容を聞くこと自体が、原告と弁護人との接見内容の秘密を明らかにすることであり、接見交通権を侵害することになると主張する。
刑訴法三九条一項は、身体の拘束を受けている被疑者は、弁護人と立会人なくして接見することができることを定めている。この弁護人との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つである(最高裁昭和五三年七月一〇日民集三二巻五号八二〇頁参照)。
そして、同法三九条一項が、被疑者と弁護人とが「立会人なくして」接見できることを定めているのは、被疑者が弁護人から有効適切な援助を受けるためには、相互に自由な意思疎通がされることが必要不可欠であるところ、接見の内容が捜査機関に知られることになると、それをおもんぱかって、相互の情報伝達が控えられるという萎縮的効果が生じ、被疑者が実質的かつ効果的な弁護人の援助を受けられなくなるおそれがあるからと解される。そうすると、捜査機関が被疑者と弁護人との接見の場に立ち会うことが同項に違反し許されないことはもちろん、捜査機関が被疑者から事後的に接見内容を聴取することも、被疑者と弁護人との以後の情報伝達の萎縮的効果を生じさせるおそれがあるから、実質的に接見交通権を侵害するものとして、原則的に許されないと解すべきであるが、接見交通権は、上記のとおり究極的には被疑者の権利を守るためのものであるから、被疑者が被疑者自身の接見交通の秘密を侵されない権利を放棄して、接見内容を捜査機関に告げることは必ずしも否定されるべきものではなく、それにより捜査機関が接見内容を知ることが、直ちに違法となるものではないと解すべきである。
イ また、原告は、接見交通権は弁護人の固有の権利でもあり、被疑者と弁護人が共有するものであるから被疑者単独で放棄することは許されないと主張する。
たしかに、被疑者と弁護人の接見交通権(秘密交通権)は、被疑者と弁護人の双方が行使することにより初めて実現する権利であって、捜査機関が被疑者に働きかけてその内容を知ろうとすることが禁止されるのはもちろんのこと、弁護人においては、被疑者との信頼関係の維持や、弁護人として負う守秘義務から、その接見交通の内容をみだりに漏らしてはならず、また、被疑者としても、弁護人との信頼関係の維持のため、これをみだりに漏らすべきものでないことも明らかである。しかし、被疑者において、接見交通の秘密を侵されない権利を放棄したり、その内容を漏らすことを禁じる明示の法令の定めはないし、これを許したからといって直ちに弁護人の有する接見交通権が具体的に侵害されるとも言い難いところであって、被疑者が単独で接見交通権を放棄することが絶対的に許されないわけではないと解すべきである。
なお、原告は、取調官は被疑者が接見内容を供述しないように教示すべき義務を負うと主張するが、同法三九条一項が捜査機関に対してそのような積極的な義務までを課していると解釈することは困難である。
(3) 検討
以上のとおり、本件接見聴取に係る原告の供述は、原告が、自らの権利を擁護してくれるものと期待していた弁護人から、自己の供述を批判される言動をされたり、事実に反する供述をするよう示唆されたと感じ、弁護人に対する不信感を抱き続けていた中で、勾留日数が経過し、全体を通じる供述調書の作成が終了して、それまでの緊張が一瞬ほぐれた時に、原告の口から思わずなされたものであって、原告がF警部補に自発的に話をしたものであることや、取調べを行ったF警部補においても、原告の話を聞き取ったこと以上に、その詳細について質問を重ねたりしたわけでもないことに、上記(2)のとおりの、接見交通における秘密の保持の法的性質を併せて考えると、本件接見聴取は、原告の接見交通の秘密を侵されない権利を侵害するものではなかったというべきである。
よって、本件接見聴取に関する原告の損害賠償請求は認められない。(したがって、争点(2)イは判断する必要がない。)
四 結論
以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから、いずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本清隆 裁判官 橋本眞一 髙橋里奈)
別紙 受供応者一一名の自供に至る時系列表《省略》