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京都地方裁判所 平成20年(行ウ)3号 判決 2010年7月22日

主文

1  本件訴えのうち,被告に対し,Aに2億8481万3000円及びこれに対する平成18年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求するよう求める部分を却下する。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,Bに対し,2億8481万3000円及びこれに対する平成18年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ(以下「請求①」という。)。

2  被告は,Cに対し,2億8481万3000円及びこれに対する平成18年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ(以下「請求②」という。)。

3  被告は,Aに対し,2億8481万3000円及びこれに対する平成18年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ(以下「請求③」という。)。

第2事案の概要

本件は,京都府が京都府舞鶴市内の事業者(以下「本件事業者」という。)に対して行った,中小企業の高度化事業に係る貸付け(以下「高度化貸付け」という。)による貸付金が,償還期限を過ぎても償還されていないとして,京都府の住民である原告らが,①京都府知事が違法に本件事業者への貸付けを行ったため,上記貸付金を回収できないという損害が京都府に生じた,また,②上記貸付金の回収につき権限を有していた京都府知事及び京都府商工部長が,上記貸付金の回収業務を違法に怠ったため,上記貸付金を回収できないという損害が京都府に生じたと主張して,被告に対し,当時の京都府知事及び京都府商工部長に損害賠償請求をするよう求めた住民訴訟である。

1  前提事実(争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告らは,京都府の住民である。

イ Bは,後記(3)の本件各貸付けの当時,京都府知事(以下,単に「知事」ともいう。)の職にあった者である。

Cは,Bの後任として,平成14年4月16日から現在まで京都府知事の職にある者である。

Aは,平成14年6月から平成16年4月までの間,京都府商工部長(以下,単に「商工部長」ともいう。)の職にあった者である。

ウ 本件事業者は,4社からなる事業協同組合である。

(2)  後記(3)の本件各貸付け当時の高度化貸付制度の概要

ア 概要

高度化貸付けは,中小企業等が経営基盤の強化を図るために組合等を設立するなど共同化・集団化し,工場団地等を建築する事業など(以下「高度化事業」という。)に対して,国と都道府県が一体となって支援する制度である。

高度化事業のうち一定の事業は,構造改善等高度化事業として,貸付割合や利率について特に優遇されており,地域改善対策対象地域の中小企業者が実施する高度化事業(以下「同和高度化事業」という。)は,この構造改善等高度化事業の一つに位置付けられている。

イ 上記に関する当時の法令等の定め(乙2~12)

(ア) 中小企業事業団法は,中小企業者に対して中小企業構造の高度化に寄与する事業の用に供する土地,建物その他の施設を取得し,造成し,又は設置するのに必要な資金の貸付け(高度化貸付け)を行う都道府県に対し,必要な資金の一部の貸付けを行うことを,中小企業事業団(以下「事業団」という。)の業務として規定している(同法21条1項2号イ)。上記の「中小企業構造の高度化に寄与する事業」(高度化事業)の範囲は政令で定めることとされ(同条3項),その政令の定めである中小企業事業団法施行令3条1項10号は,事業協同組合が行う中小企業等協同組合法9条の2第1項1号に掲げる事業(生産,加工,販売,購買,保管,運送,検査その他組合員の事業に関する共同施設)を挙げている。

(イ) 中小企業事業団法23条は,事業団は,業務開始の際,業務方法書を作成して通商産業大臣の許可を受けなければならないこと,この業務方法書に記載すべき事項は通商産業省令で定めることを規定し,その省令の定めである中小企業事業団法施行規則4条2号は,中小企業事業団法21条1項2号に規定する資金の貸付け及び償還に関する事項を,上記の記載すべき事項として挙げている。

以上を受けて定められた中小事業団業務方法書(乙7。以下「業務方法書」という。)6条は,中小企業事業団法21条1項2号に規定する貸付けに関する事項として,同号イの貸付けの貸付条件を定めている。すなわち,共同施設事業(事業協同組合が行う上記(ア)の中小企業事業団法施行令3条1項10号の事業(高度化事業)は,原則としてこれに該当する。業務方法書5条6号ロ。)のうち構造改善等高度化事業(地域改善対策対象地域中小企業者が実施する同和高度化事業としての共同施設事業はこれに含まれる。業務方法書5条17号ハ。)に該当するものについては,共同施設事業を行う事業協同組合を貸付けの相手方とすることができ,共同施設事業の用に供する土地,建物,構築物又は設備等を貸付対象施設とすることができ,償還期限は15年以内(据置期間2年以内),利率・貸付金額は,事業団の都道府県に対する貸付けは無利子・所要資金の80分の54以内,都道府県の中小企業者に対する貸付けは無利子・設置資金又は取得資金の100分の80以内とされている(業務方法書6条1項,3項)。

(ウ) 京都府では,高度化貸付けに関し,京都府中小企業近代化資金貸付け等規則(乙10。以下「規則」という。)が定められている。規則2条1項では,資金の貸付けは,対象物件の設置等に要した経費の100分の80以内において行うこととされ,また,規則4条以下では,貸付けの手続が定められており,①まず,組合等が貸付けに係る仮申請書を知事に提出し(4条),②これを受理した知事は,審議の上,貸付内定通知書を申請者に交付し(5条),③貸付内定通知書を受けた組合等は設置計画書を添えて申請書を知事に提出し(6条1項),④これを受理した知事は,審査した上,貸付決定通知書を申請者に交付し(7条1項),⑤貸付決定通知書を受けた者は,速やかに貸借契約を締結しなければならない(7条2項)。

さらに,規則8条では,貸付けを受けようとする者は,保証人を立てるとともに知事が必要と認めるときは担保を提供しなければならず(1項),保証人は,連帯して債務を負担するものとし(2項),知事は,必要に応じて貸付けを受けた者に増担保の提供,保証人の変更その他の担保の変更を求めることができる(3項)とされている。

(エ) また,京都府では,高度化貸付けに関する事務のため,京都府中小企業近代化資金貸付け等取扱細則(乙11。以下「細則」という。)が定められている。

(オ) さらに,京都府では,府民向けパンフレットとして,中小企業高度化資金貸付けの手引き(乙12。以下「手引き」という。)が作成されている。

(3)  貸付けの経緯,内容

ア 平成2年度分の貸付け

(ア) 平成2年12月19日付けの本件事業者からの借入仮申込書の提出を受け,平成3年1月10日,京都府は,事業団に対し,本件事業者の高度化事業(建設業を営む組合員のために,コンクリート二次製品(コンクリートブロック等)を共同生産する共同施設を設置し,また,あわせて重機(ユンボ,ブルドーザ,鋼矢板打設機等)の共同利用事業,生コンクリート,砕石,砂利等の共同購入及び工事の共同受注を行う,というもの。以下「本件事業」という。同和高度化事業としての共同施設事業であり,構造改善等高度化事業である。)に係る平成2年度の高度化貸付け(本件事業のうち,必要な土地・建物を購入する事業に係るもの。)の借入予備申請をした。そこでは,事業費3億1500万円,貸付予定額が2億5200万円(事業費の100分の80),貸付予定額のうち,京都府の負担金が8190万円,事業団から貸付けを受ける予定額が1億7010万円(貸付予定額の80分の54)とされていた(乙26)。

(イ) 京都府は,平成3年1月25日付けで,事業団から,申請額どおりの貸付内定通知を受けたため,同年2月8日,本件事業者に貸付けが内定した旨の通知を送付した上,事業団に借入申請をした(乙28)。そして,同月15日付けで,事業団の貸付決定が京都府に通知された(乙24)。

(ウ) そこで,京都府は,本件事業者から,同年3月5日付けの貸付申請(設置計画書添付)を受けた上,同月27日,当時の京都府知事であったBが,本件事業団への貸付決定の決裁を行い,同決定は,同月28日付けで本件事業者に通知された(乙24,30)。

(エ) 以上を経て,京都府(知事のB)は,事業団との間で,同年4月19日に,1億7010万円の金銭消費貸借契約を締結した上(乙13),本件事業者と,同日,2億5200万円の金銭貸借契約を締結した(乙17,39。以下「本件第1貸付け」という。)。

イ 平成3年度分の貸付け

(ア) 平成3年6月5日付けの本件事業者からの借入仮申込書提出を受け,同年7月10日,京都府は,事業団に対し,本件事業に係る平成3年度の高度化貸付け(本件事業のうち,コンクリート二次製品を生産する共同施設の設置,重機を購入する事業に係るもの。)の借入予備申請をした。そこでは,①土地造成・機械設備について,事業費6億0775万5000円(貸付対象事業費5億7428万4000円)・貸付予定額4億5615万円(貸付対象事業費の100分の80以内)・貸付予定額のうち京都府負担金1億4825万円・貸付予定額のうち事業団からの貸付予定額3億0790万円(貸付予定額全体の80分の54以内),また,②建設機械について,事業費6億0504万8000円・貸付予定額4億8403万円(事業費の100分の80以内)・貸付予定額のうち京都府負担金1億5731万円・貸付予定額のうち事業団からの貸付予定額3億2672万円(貸付予定額全体の80分の54以内)とされていた(乙27)。

(イ) 京都府は,同年9月6日付けで,事業団から,①②いずれについても申請額どおりの貸付内定通知を受けたため,同月24日,本件事業者に貸付けが内定した旨の通知を送付した上,同年10月7日,事業団に借入申請をした(乙29)。そして,同月16日付けで,事業団の貸付決定が京都府に通知された(乙25)。

(ウ) そこで,京都府は,本件事業者から,同年10月2日付けの貸付申請(共同施設事業設置計画書添付)を受けた上,同年12月5日,当時の京都府知事であったBが,①②について(ただし,②については貸付額が3億5451万6000円と1億2951万4000円に分けられた。以下,前者を「②-1」,後者を「②-2」とする。),本件事業者への貸付決定の決裁を行い,同決定は,①及び②-1について同年12月12日付けで,②-2について平成4年2月12日付けで,本件事業者に通知された(乙25,31~33)。

(エ) 以上を経て,京都府(知事のB)は,事業団との間で,平成3年12月27日に3億0790万円及び2億3929万8000円の金銭消費貸借契約を(乙14,15。上記①及び②-1に係るもの。),平成4年2月26日に8742万2000円の金銭消費貸借契約を(乙16)それぞれ締結した上,本件事業者と,平成3年12月27日に,4億5615万円及び3億5451万6000円の金銭貸借契約を(乙18,19,40,41。上記①及び②-1に係るもの。以下,前者を「本件第2貸付け」,後者を「本件第3貸付け」という。),平成4年2月26日に,1億2951万4000円の金銭貸借契約を(乙21,42。上記②-2に係るもの。以下「本件第4貸付け」といい,本件第1貸付け~本件第3貸付けと合わせて「本件各貸付け」という。),それぞれ締結した。

ウ 本件各貸付けの契約内容等

(ア) 利息

本件各貸付けは,本件事業(構造改善等高度化事業である同和高度化事業としての共同施設事業)に係る貸付け(以下,同和高度化事業に係る貸付けを「同和高度化貸付け」という。)として,上記(2)イ(イ)の定めにより,いずれも無利息で行われた(乙17~19,21)。

(イ) 償還期限・方法

a 本件第1貸付け(乙17)

平成5年から17年まで毎年9月30日限り1938万4000円ずつ(ただし最終回は1939万2000円)13回に分割して償還

b 本件第2貸付け(乙18)

平成6年から18年まで毎年9月30日限り3508万8000円ずつ(ただし最終回は3509万4000円)13回に分割して償還

c 本件第3貸付け(乙19,20)

平成6年から13年まで毎年9月30日限り4431万4000円ずつ(ただし最終回は4431万8000円)8回に分割して償還

なお,平成7年11月20日付けで償還方法を変更(第3回の償還として平成7年11月28日に7153万8000円を追加し,以後第4回から第9回まで毎年9月30日限り3239万1000円(ただし第9回は3239万5000円))

d 本件第4貸付け(乙21)

平成6年から13年まで毎年9月30日限り1618万9000円ずつ(ただし最終回は1619万1000円)8回に分割して償還

(ウ) 所定の期日までに貸付金の償還をしないときは,償還期日の翌日から償還の日までの日数に応じ,償還すべき金額につき年10.75%の割合で計算した違約金を支払う。

(エ) 本件事業者は,担保として,貸付金によって設置する物件を京都府に提供し,公正証書をもって,金銭消費貸借契約書(不動産については抵当権設定,動産については譲渡担保権の設定を行う。)を締結しなければならない。

エ 公正証書の作成

本件第1貸付けにつき平成3年5月7日,本件第2貸付け及び本件第3貸付けにつき平成4年2月14日,本件第4貸付けにつき同年3月2日に,抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書又は抵当権設定譲渡担保付金銭消費貸借契約公正証書がそれぞれ作成された(乙39~42)。

(4)  本件各貸付けに係る貸付金(以下「本件各貸付金」という。)の償還状況

平成21年1月13日までの本件各貸付金の償還状況は,別紙のとおりである(乙60)。

(5)  貸付け及び回収を行う権限

ア 京都府において,上記の本件事業者への各貸付決定及び本件各貸付けの金銭消費貸借契約(支出負担行為)を行う権限は,当時の京都府知事であったBが有していた(地方自治法149条等)。

イ 本件各貸付金を回収する権限は,本来的に京都府知事が有している(地方自治法149条,240条)。

しかし,京都府組織規程5条及び部課長専行規程2条の2(31)(本件各貸付け当時は2条の2(26))により,各種の通達,照会,回答,嘆願,陳情,申請,副申,進達,届出,通知,報告及び協議の処理については,部長の専行事項とされているところ(乙23の1・2),訴訟に及ぶ場合などを除く通常の督促及び回収業務は,上記の各事務に準じて,京都府商工部長(当時の職名)の専行事項(専決事項)とされる。

したがって,通常の督促及び回収業務については京都府商工部長に専決権がある。

よって,本件で原告らが違法であると主張する本件各貸付金の回収を怠る事実の時期(平成14年度。後記(7)エ(イ),(ウ)。)における京都府知事であったCは,本件各貸付金を回収する本来的権限を有していた。また,同時期における京都府商工部長であったAは,本件各貸付金の回収に関し,通常の督促及び回収業務について専決権を有していた。

(6)  監査請求

ア 原告らは,平成19年11月6日,京都府監査委員に対し,本件各貸付けの貸付状況及び返済状況をみると,貸付けの際の信用調査が杜撰で不当なものであった,回収状況をみても,京都府は適切な回収業務を怠っており違法行為といわざるを得ないなどとして,本件各貸付けの決定の際の審査内容の不当性について監査するとともに,知事及び関係職員が本件事業者に対する回収活動を抜本的に改め適切な回収活動を行うよう知事に勧告するよう求める旨の監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)。

イ 平成20年1月7日,京都府監査委員は,本件各貸付けの決定に当たっての審査が違法又は不当とするに足りる事由は認められず,本件各貸付けに係る京都府の債権管理について,現時点においては直ちに違法又は不当に財産の管理を怠っているとするに足りる事由は認められないとして,本件監査請求を棄却する旨の決定をし,同決定は,同月8日原告らに到達した。

(7)  提訴等及び原告らの請求の具体的内容

ア 上記の監査請求の結果を受け,原告らは,平成20年2月7日,本件訴訟を提起した。

イ 原告らは,平成21年4月24日の本件第8回口頭弁論期日において,同日付け準備書面7を陳述し,それまでしていなかった後記エ(イ)bの予備的主張を追加した。

ウ 原告らは,平成22年1月22日,同日付け請求の趣旨変更申立書を当裁判所に提出し,もって,それまで主張されていなかった請求③(具体的内容は後記エ(ウ)のとおり。)が追加的に併合された(以下「本件訴えの変更」という。)。

エ 以上を踏まえた原告らの請求の内容は,以下のとおりである。

(ア) Bを相手方とするもの(請求①)

Bは,京都府知事在職中,本件各貸付けを行ったが,これらは,返済見込みが極めて乏しく,それにもかかわらず十分な担保を確保しないまま漫然とされた違法なものである。よって,本件各貸付け(支出負担行為)をした地方自治法242条の2第1項4号の当該職員であるBに,京都府に発生した損害(本件各貸付けに係る金額からその後回収された金額を引いた額。前記第1の1のとおり。)の賠償を請求するよう被告に求める。

(イ) Cを相手方とするもの(請求②)

a 主位的主張

Cは,京都府知事として,本件各貸付金を回収する固有の権限を有していたが,平成14年度において回収しなければならない貸付金について回収のための対策をとらず,財産の管理を怠った(地方自治法242条1項)。したがって,上記怠る事実についての地方自治法242条の2第1項4号の当該職員であるCに,京都府に発生した損害(平成14年度における本件各貸付金の未回収額(同年度においては償還が全く行われておらず,本件事業者は期限の利益を失っているため,未回収残額全部が,同年度において回収しなければならない貸付金となる。)からその後事実上回収された金額を引いた額。前記第1の2のとおり。)の賠償を請求するよう被告に求める。

b 予備的主張

本件各貸付金の回収に関する専決権者(京都府商工部長のA)が,後記(ウ)のように,適切な督促や回収業務を怠ったところ,Cは,本来的に権限を有する者として,当該専決権者(補助職員)が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反したから,Cに,地方自治法242条の2第1項4号の当該職員として,京都府に発生した損害(上記主位的主張と同様)の賠償を請求するよう被告に求める。

(ウ) Aを相手方とするもの(請求③)

Aは,当時の京都府商工部長として,平成14年度において,本件各貸付金の回収業務に関する専決権を有していたのに,同年度において回収しなければならない貸付金について何らの具体的な手だてをとらず,適切な督促や回収業務を怠った(地方自治法242条1項)。したがって,上記怠る事実についての地方自治法242条の2第1項4号の当該職員であるAに,京都府に発生した損害(上記Cに対する損害の額と同様。前記第1の3のとおり。)の賠償を請求するよう被告に求める。

2  本案前の争点

(1)  原告らの請求③に係る出訴期間経過についての特段の事情の有無

(被告の主張)

ア 損害賠償請求の名宛人ごとに訴訟物は別個であるから,本件訴えの変更による請求③の追加は,訴えの追加的併合であり,出訴期間は本件訴えの変更時を基準に判断することになるところ,本件訴えの変更が本件監査請求の結果の通知から30日以内(地方自治法242条の2第2項1号)に行われていないのは明らかであるから,特段の事情がない限り,請求③は,出訴期間の不遵守により訴えが不適法となる。

イ 上記の特段の事情は,当初損害賠償請求等の相手方とされていた職員にはそうした行為をする権限がなく,その地位にあるのは別の職員であったというように,そもそも当初の相手方が名宛人となる適格を有していなかったような場合に限られ,当初の名宛人とされた者が,当該財務会計上の行為又は怠る事実に関し,理論上責任を問われる余地のある者である場合には,出訴期間についての救済は受けられないと解するべきである。

本件では,Cが債権管理を怠る事実と,Aが債権管理を怠る事実とは,理論上両立する関係にあり,Cが理論上責任を問われる余地がないとはいえない。したがって,専決権者であるAに対する損害賠償請求を追加することに,上記の特段の事情を認めることはできない。

ウ よって,本件訴えの変更により追加された請求③については,出訴期間を経過し,訴えが不適法であるとして却下すべきである。

(原告らの主張)

争う。

(2)  原告らの請求①及び③に係る監査請求期間経過の正当な理由の有無

(被告の主張)

ア 本件各貸付けがされたのは平成3~4年であるから,本件監査請求がされた平成19年11月6日の時点では監査請求期間が経過している。よって,原告らの請求①は,適法な監査請求を経ないで提起された不適法な訴えであり,却下されるべきである。

また,Aの怠る事実は,Aが商工部長を退任した平成16年4月に終了している。よって,本件監査請求がされた上記時点では,怠る事実の終了から1年間の監査請求期間が経過している。よって,原告らの請求③は,適法な監査を経ないで提起された不適法な訴えであり,却下されるべきである。

イ 原告らは,上記の各監査請求期間経過について,地方自治法242条2項ただし書の正当な理由があると主張するが,平成19年7月20日の京都新聞に,全国の都道府県の高度化資金貸付けのうち約2345億円が不良債権化しており,京都府の高度化資金貸付けも,90億7608万円の貸付金額のうち,34億5591万円が不良債権化していると報じられている。本件各貸付けは,この京都府の高度化資金貸付けに含まれているのであるから,原告らが,この新聞報道の後,京都府に対して速やかに情報公開を求め,高度化資金貸付けに関する調査を行えば,監査請求をするに足りる程度に本件各貸付けの存在及び内容を知ることができたといえる。しかるに,原告らは,上記新聞報道がされてから100日以上経過した同年11月6日に監査請求を行ったのであるから,原告らは,相当な期間内に監査請求をしたとはいえない。

なお,同年9月2日の新聞で,地域改善対策融資の状況につき京都は非公開と書かれているのは,京都府が取材に対して回答しなかったにすぎず,現実に,京都府は,原告らの情報公開請求により,同月21日,本件各貸付けに関する情報を公開しているのであるから,京都府は本件各貸付けに関する情報を住民に隠していたわけではない。

したがって,アのような各監査請求期間経過につき,地方自治法242条2項ただし書の正当な理由があるとはいえない。

(原告らの主張)

ア 平成19年9月2日の新聞報道により,本件各貸付けに関する情報を京都府が非公開としていることが明らかになり,そこで原告らが情報公開を求めたところ,同月21日に公文書部分公開がされ,その開示された資料から,本件各貸付金の未回収の事実が明らかになった。このように,本件各貸付けについての情報は,京都府が非公開としてきていたことから,秘密裡に行われていたに等しく,原告ら住民は,その存在すら知り得ず,上記の情報公開により初めて実態を知り,貸付けが違法不当ではないかと疑うに至ったのである。そして,原告らは,その違法不当を基礎付ける事実を知ってから相当な期間内である同年11月6日に監査請求を行っている。

よって,本件では,地方自治法242条2項ただし書の正当な理由が認められる。したがって,原告らの請求①に係る訴えは適法である。

イ 被告の主張に対し反論すると,仮に結果的に不良債権となっていたとしても,当初の貸付けの段階で適切な審査を行い,担保価値のある担保をとるなど,将来の債権回収につき十分な注意が払われていれば,その貸付けは違法とはいえないし,債権の管理,回収においても,増担保を求めたり,早期に担保権を実行したりするなど適切な対応をとっていれば,その債権管理は違法なものとはいえない。よって,単に不良債権が存在することが報道されたのみで,その不良債権全体を構成する個別の貸付けにつき,それぞれどのような経緯で行われ,その後どのような管理が行われてきたのかという点が全く明らかになっていない以上,平成19年7月20日の新聞報道によって,監査請求をするに足りる程度に本件貸付けの存在及び内容を知ることができたとは到底いえない。

上記のような意味において,原告らが監査請求をするに足りる程度に本件各貸付けの存在及び内容を知ることができたのは,情報公開請求により公文書部分公開がされた同年9月21日以降である。すなわち,本件各貸付けを受けた事業者が本件各貸付金の73.5%にのぼる8億7629万円を延滞していること,その延滞残高が京都府全体の高度化貸付資金延滞残高の85%を占めていること,同和高度化事業の融資枠のうち本件事業者に対する貸付額及び延滞額が突出していることなど,本件各貸付けの違法性や,債権の管理,回収に違法な点があったことを推認する根拠となる事実は,上記公文書部分公開があって初めて原告らの知るところとなった。

3  本案の争点

(1)  Bの責任について

(原告らの主張)

ア 本件各貸付けによる不法行為の成立

(ア) 知事の裁量の範囲等

本件各貸付けは無利息の融資であり,収益を上げることは要請されておらず,その反面,損失を極力防止するために確実な回収こそが要請される。したがって,信用組合の理事等の場合よりも,知事の裁量の幅は狭く,投機的な融資が認められないことはもちろん,回収に疑問の残るような貸付けは行ってはならず,漫然と第三者の審査結果や判断に依拠することも許されないのは当然である。

また,地方財政法8条,地方自治法232条の3,規則7条,8条の規定などによれば,知事は,貸付けを行おうとする場合,債権回収の可能性に十分な注意を払い,債務者が償還できないようになった場合にも確実な回収を図るべく,十分な担保等を取得することを義務付けられているといえる。

さらに,規則や細則は,知事に,貸付けに当たっての審査・調査権限を付与し,確実な回収についての実質的判断を求めており,よって,当然,確保すべき担保も,償還が滞ったときに元本の回収ができる価値のある担保を要求しているものといえる。

(イ) 償還可能性の関係

本件事業の事業診断において検討された共同事業実施計画書,事業診断における京都府の中小企業総合センター(以下,単に「センター」という。)の共同施設事業診断報告書,その後本件事業者から提出された診断勧告対応書などの内容をみても,本件事業の事業計画(以下「本件事業計画」という。)において計上された収入を得るためには,計画初年度の本件事業者の組合員の売上げが少なくとも従前の2倍以上に増大することが不可欠であり,本件事業計画は,実現可能性が認められないことが明らかであるし,本件各貸付金の回収も到底不可能であるとしか考えられなかった。

しかるに,センターは,本件事業計画の実質的審査を全くせず,知事も,センターの報告書を精査することによって,本件事業計画が到底実現不可能であることを容易に確認できたにもかかわらず,全く注意を払わず,何ら審査(規則7条)をせずに,本件各貸付けを行った。

(ウ) 担保の確保の関係

本件事業計画は,本件各貸付けにおいて担保となった取得不動産について,実際の評価額をはるかに上回る価格を計上しており,わずか10日前に取得したとする売買契約書に記載された金額をそのまま取得費として計上していたのに,知事は,疑わしい土地取引の契約書について何らチェックせず,現地を確認することなども行っていない上,固定資産評価額を確認するだけでも容易にこの異常な価格を確認できたにも関わらず,全く確認作業をしなかった。本件各貸付けにおいて担保となった土地・建物の平成20年度の固定資産評価額や現地の状況等に照らすと,その担保価値は到底貸付金額に対応するようなものではない。貸付けに当たり,知事が審査・調査を行ったとは到底理解できない金額設定である。

また,譲渡担保権の設定についても,譲渡担保権の設定された施設がどの程度の価値のあるものと評価できるのか,その査定をした根拠は全く示されていない。担保となった不動産についても,鑑定等により担保評価が行われた事実はない。

さらに,本件第2貸付けから本件第4貸付けまでについては,残存担保価値があるとは思えない不動産に後順位抵当権を設定したに止まっており,無担保貸付けに等しい。

上記(ア)のような審査・調査権限のある知事は,裏を返せば調査・審査を行う義務があり,本件のように,それまで実績のない業者に対して多額かつ無利息の貸付けを行う場合,少なくとも,担保割れの生じない程度の担保を確保することは求められていたといわざるを得ない。しかし,本件においては,上記のように,極めて価値の低い事業対象不動産を担保にするだけで,他に担保を供することも要請せず,担保価値とははるかにかけ離れた金額の貸付行為が行われたのであるから,知事の裁量違反は明らかである。

(エ) まとめ

このように,知事であったBは,容易に本件事業計画が実現不可能であることを確認でき,また,本件事業計画の事業費が不当に過大であることを容易に確認できたにも関わらず,必要な確認作業を怠り,回収可能性のない不当に高額の金員を,本来供させるべき担保も要求せずに貸し付け,京都府に多大な損害をもたらしたのであり,同人には不法行為が成立する。

イ 損害

本件訴訟の提訴時において、本件各貸付金のうち8億7629万円が延滞となっており,延滞率は73.5%である。本件各貸付金の返済状況も,平成15年度以降の返済額は,延滞分に対する年10.75%の割合による違約金にも到底満たない。また,平成20年度以降,返済額が増えているが,これは本件訴訟を受けて返済額増額の体裁を整えたものにすぎず,同年度以降の返済額もやはり上記の違約金の額にも到底及ばない。

以上によれば,延滞残高のうち,京都府負担分である2億8481万3000円の回収は実質的に完全に不能となっているといえる。したがって,本件各貸付けによって京都府には少なくとも2億8481万3000円の損害が生じており,Bがその損害を賠償する責任を負う。

(被告の主張)

ア 本件各貸付けの適法性等

(ア) 本件各貸付けは,中小企業事業団法,同法施行令,同法施行規則,規則,細則等に則り,本件事業計画の診断結果等を踏まえて適正にされたものであって,適法である。Bの不法行為は成立しない。

(イ) 知事の裁量の範囲に関し,本件各貸付けは,資金力の弱い小規模な中小企業者の経営基盤を強化するために行う政策性の強い融資であり,収益を目的とする民間の融資とは全く性格が異なるから,知事の責任を信用組合の理事の責任と比較して論じることはできず,回収の確実性を過度に強調するのは,本件貸付けの制度趣旨に反する。

イ 償還可能性の関係

(ア) 本件各貸付けの借入申請に先立って,本件事業者は,事業による売上げの中から借入金を返済するという内容の本件事業計画を京都府へ提出し,そこでは,本件事業者の組合員の工事受注額の実績の拡大が前提とされていたが,当時の京都府北部地域の公共工事発注額,高速道路建設及び開発計画に関する状況等に照らすと,本件事業計画の達成は十分に可能と考えられた。

(イ) 本件事業計画については,センターと事業団が診断を実施し,十分に調査検討を行い,返済の見込みがあると判断していたのであって,調査が杜撰であり,返済の見込みがないにもかかわらず貸付けを行ったということはない。

ウ 担保の確保の関係

(ア) そもそも,事業者に対して貸付けを行うか否かは,その事業者が本来の営業活動によって返済できるか否かによって判断すべきものであって,担保が十分にあるからといって貸付けを行うのではない。もっとも,本件各貸付けについては,京都府は,規則及び手引きに従い,貸付対象の不動産については第1順位の抵当権を設定し,貸付対象の動産類についても担保権を設定し,人的担保として本件事業者の役員4名全員を連帯保証人に徴求している上,貸付対象以外の不動産についても担保徴求しており,債権保全措置を十分にとっている。

(イ) 高度化貸付けは,大企業と比べて厳しい状況に置かれている中小企業者,とりわけ規模の非常に小さい零細な事業者が,営業力や担保力の面で民間金融機関から十分な融資をなかなか受けることができないことに着目し,国と都道府県が協調して支援する制度であり,この制度趣旨に従い,事前に事業計画に対する専門家の診断指導によって融資可能と判断された案件についての債権保全策は,貸付対象物件の提供と組合理事全員の連帯保証で足りるものとされており,それ以上に,貸付けの元本額に見合う担保を徴求することを求められてはいないし,また,規則では,貸付時に,固定資産評価証明書等により,貸付対象不動産の担保評価を行うことは要求されていない。

以上によれば,貸付金額に比べて物的担保の価値が低かったとしても,そのことをもって本件各貸付けを違法ということはできない。

(ウ) 本件各貸付けにおいて担保となった土地は,元採石場の跡地で周辺の民家も少なく,本件事業者の事業活動に伴う騒音,埃の発生,大型車の走行が行われても,近隣住民の理解が得られやすい場所である上,幹線道路まで約50mの距離にあり,製造品を他所へ搬送するのに極めて便利な場所であった。また,電気や水道が既に当該土地付近まで来ているため,工場を建設するに当たり,電気配線や水道管の敷設が容易であるとの利点もあった。したがって,上記土地は,特に本件事業者のような製造業者には希少価値があったのであって,固定資産評価額や近隣地の地価公示価格等の金額に照らして購入価格が不当に高かったとか,担保価値がないなどと単純にいえるものではない。

エ 損害に関する原告らの主張は,争う。

(2)  Cの責任について

(原告らの主張)

ア 直接の不法行為責任及び債務不履行責任について(主位的主張)

(ア) 本件各貸付金の回収状況として,平成13年度分に引き続き,平成14年度分も償還額が0円であった。そのため,本件事業者は当然に期限の利益を失い,全額の支払をしなければならず,京都府は,貸付金の残額について,年10.75%の割合で計算した違約金を付して回収を図るべき状況にあった。また,平成14年6月に本件事業者の代表者が交代しており,新たな担保等を取得する機会があった。

このように,本件事業者に対する貸付金が事実上回収不能に瀕した状況であり,かつ,新たな担保等を取得する機会があったにもかかわらず,平成14年4月から知事の職にあったCは,債権回収の権限を有していたのに,平成14年度において,期限の利益喪失に基づく残額全部の回収,増担保の請求,担保権の実行等の具体的な債権回収のための対策をとらず,漫然と放置した。

また,知事は,債権について履行期限を繰り上げることができる理由が生じたときは,遅滞なく,債務者に対し,履行期限を繰り上げる旨の通知をしなければならないのであるから(地方自治法施行令171条の3),期限の利益を失った債務者に対しては一括返済を求めなければならない。よって,Cは,平成14年度において,本件事業者から本件各貸付金の残額全部について回収を図る必要があったのに,これを怠った。

(イ) Cは,以上のように,債権管理義務に違反し,また,債権管理の一環としての担保確保義務に違反しており,規則8条1項,3項にも違反している。Cは,財産管理を怠って,本件各貸付金の回収を事実上不可能ならしめ,京都府に損害を被らせたのであり,同人には不法行為が成立する。

また,地方自治法240条2項は,知事に対し,債権の督促,強制執行その他保全及び取立に関し必要な措置をとることを要請し,地方自治法施行令171条及び171条の2は,知事に,履行期限までに履行しない者に対し,期限を指定した督促を行うことや,担保権実行の手続等をとることを求めているから,上記(ア)は,単に不法行為責任を根拠付ける一般的な注意義務違反に止まるものではなく,知事の地位に付随する義務の違反でもあり,債務不履行責任をも基礎付ける。

イ 指揮監督義務違反について(予備的主張)

(ア) Aは,商工部長として,本件貸付金の回収についての専決権を有していたのに,本件事業者の営業実態等を調査せず,適切な指導もせず,新たな代表者に対して何らの担保提供を求めておらず,債権管理の一環としての担保確保義務に違反している。

また,京都府は,平成14年度以前は,本件各貸付けについて約定とは異なる償還計画を立てさせるなどしていたが,平成14年度については,そのような計画もなく,償還額は0円であり,平成15年度についても回収できたのは違約金にもほど遠い80万円にすぎず,通常の債権回収業務を行っていたとは到底評価することができない。Aは専行行為として求められる債権回収を怠っており,債権管理義務違反は明らかである。

以上によれば,Aには不法行為が成立する。

(イ) Cは,知事として,専決権を有する補助職員である商工部長のAの上記(ア)のような違法行為を,過失により放置し阻止しなかったものである。Cは,Aに対する適切な指揮監督権の行使により,本件各貸付金の債権回収を図る必要があったのに,適切な指揮監督権の行使を怠り,京都府に損害を発生させた。

なお,回収のために行うべき措置のうち,訴訟等に至る事項については,Aに専決権はないから,知事であるCの直接の債権管理義務違反(不法行為又は債務不履行)となる。

ウ 損害について

C及びAが適正な債権管理を行っていれば回収を確保することができた金額の範囲で損害を賠償すべき責任がある。その金額は,厳密な認定が困難なので,民訴法248条により,少なくとも延滞額の30%以上はあると認定すべきである。

(被告の主張)

ア 直接の不法行為責任又は債務不履行責任について

本件貸付金の回収に関し,訴訟に及ぶ場合などを除く通常の督促及び回収業務は,補助職員である商工部長の専決事項である。したがって,知事は,補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失により補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り,損害賠償責任を負う(最高裁判所平成3年12月20日第2小法廷判決)。よって,Cは,本件貸付けの回収について,直接的な不法行為責任も債務不履行責任も負わない。

イ 指揮監督義務違反について

(ア) 原告らは,知事の指揮監督義務違反に基づく賠償責任も主張しているが,この主張をする以前の口頭弁論期日において,裁判所からこの主張をするのか否かを確認された際に,原告らは,この主張は行わない旨述べたことなどの訴訟の経過に照らせば,原告らがこの主張を行うことは,時機に後れ,また,信義に反して許されない。

(イ) 仮にこの主張を前提としても,次のとおり,本件貸付金の債権管理に違法はない。すなわち,

a 本件事業者は,本件各貸付金の償還を延滞し,平成13年度,平成14年度は全く償還しなかったが,次のとおり,担保不動産の競売等,強制的な手続を直ちにすべきではない特別の事情が存在した。すなわち,本件事業者は,平成13年度及び平成14年度,本件貸付けに対する償還ができなかったが,それは,理事長の所在不明,匿名通報による売上げの減少など,一時的な要因によるところも大きかったこと,平成11年度及び12年度に続けて1億円以上の金額を償還した実績から,京都府北部地域で大型建設工事の受注さえできれば償還を進めることができるものと考えられたこと,本件事業者が受注できればかなりの売上げが期待できた工事等が予定されていたこと,本件事業者の新理事長は,償還に対する意欲を十分に持っていたこと,平成14年度においては,本件各貸付けの担保となっている土地は,いわゆるバブルの崩壊による不動産価格の大幅な下落によって,担保価値が大きく下がり,仮に競売にかけても,本件貸付けの未償還額と比べて微々たる回収にしかつながらない状況であったことなどである。

b 当時の商工部長であったAは,上記の状況によれば,担保不動産の競売等,強制的な手続を行うことにより,本件事業者を廃業に追い込むよりは,そのような強制的な手続をとらずに事業を継続させ,その中で償還させてゆくことが,本件各貸付金の徴収上有利であると考え,担保不動産の競売等の強制的な手続をとらなかったものである。平成19年に独立行政法人中小企業基盤整備機構が策定した,高度化資金貸付けに係る都道府県の債権管理に関する対応指針にも,事業継続させることによる今後の回収見込額の現在価値が,回収処理(担保処分・保証人からの回収)を進めることによる回収見込額より上回っているなど,貸付先の事業を継続させる方が徴収上有利であると客観的に認められる場合には,事業再生支援先に分類し,上記回収処理をしないことが許されており,実際に,本件事業者は,平成15年8月から平成21年7月までに約1400万円を償還し,現在,自ら作成した償還計画に基づき年600万円以上を償還しており,上記Aの判断が適切であったことが裏付けられている。

c また,貸付け当時の本件事業者の理事全員が連帯保証人となり,本件各貸付けの対象不動産以外にも,組合員あるいは組合員企業の代表者個人の所有不動産が担保提供されていたが,連帯保証人に対し強制的な手続をとったとしても,どれだけ回収につながるか疑問である上,組合員企業を弱体化させ,ひいては本件事業者に対して打撃を与えることになると考えられたし,上記担保不動産についても,京都府は民間金融機関の後順位担保権者であったため,回収につながる可能性は低かった。よって,京都府は,連帯保証人に対して強制的な手続をとらず,上記担保不動産を競売にかけることもしなかった。

d また,京都府は,本件事業者の関係者に増担保の要求をしなかったが,増担保として提供すべき不動産がなかったためであり,債権管理を怠っていたわけではない。

さらに,平成14年の本件事業者の新理事長は,既に,本件各貸付時に連帯保証人となっており,同人に対して新たな担保提供を依頼しなかったのも,同人に担保提供を求めるべき適当な不動産がなかったからにすぎない。

e 以上によれば,Aに債権管理義務違反は認められない。

(ウ) また,Cに指揮監督上の責任が生じるためには,Cが本件各貸付けの償還状況を把握していることが前提となるが,そもそもCは,京都府の一般的な決算報告以外に,本件各貸付け自体についての具体的な報告は受けておらず,上記決算報告により本件各貸付けの償還状況を知ることはできなかったのであり,責任を論じる前提を欠く。

ウ 損害について

回収を怠ったことによる損害は,回収措置を講じる義務が生じた時期として原告らが主張する平成14年度に回収措置を講じた場合の償還残高と,現在の償還残高の差額となるはずであるが,この金額について原告らは具体的な主張,立証を行っていない。

また,原告らは,民訴法248条の適用を主張するが,その適用のためには,損害の発生が必要であるところ,本件においては,原告らの主張,立証によっても損害の発生が明らかにされていないのであるから,民訴法248条を適用することができない。

(3)  Aの責任について

(原告らの主張)

上記(2)(原告らの主張)イ(ア),ウのとおり

(被告の主張)

上記(2)(被告の主張)イ(イ),ウのとおり

第3当裁判所の判断

1  請求③に係る出訴期間経過についての特段の事情の有無について(本案前の争点(1))

(1)  請求③は,請求①及び②と訴訟物が異なり,新たに提起された訴えであるから(請求の追加的併合),地方自治法242条の2第2項1号所定の出訴期間(監査結果の通知があった日から30日以内)の制限を受ける。そして,上記出訴期間の遵守の有無の基準については,次のように解される。

すなわち,訴えの変更(請求の追加的併合を含む)については,変更後の新請求については新たな訴えの提起にほかならず,出訴期間の遵守の有無は,変更前後の請求の間に訴訟物の同一性が認められるとき,又は両者の間に存する関係から,変更後の新請求に係る訴えを当初の訴え提起のときに提起されたものと同視し,出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるときを除き,訴えの変更のときを基準としてこれを決すべきである(最高裁判所昭和58年9月8日第1小法廷判決・集民139号457頁,最高裁判所昭和61年2月24日第2小法廷判決・民集40巻1号69頁参照)。

そうすると,本件監査請求の結果が原告らに通知されたのが平成20年1月8日(前記第2の1(6)イ),請求③の追加的併合があったのは平成22年1月22日であるから(前記第2の1(7)ウ),請求の追加的併合時を基準とすると,請求③については出訴期間が経過している。したがって,上記特段の事情が認められなければ,請求③に係る訴えは不適法ということになる。

(2)  そこで,上記特段の事情の有無について検討すると,この点に関し,本件では,次のような事情が指摘できる(いずれも当裁判所に顕著である)。

ア 請求③は,従前の請求の相手方が誤っていたなどの理由で従前の請求と交換的に変更されたものではなく,従前の請求である請求①及び②に追加して新たに請求(併合)されたものである。

イ 請求③と請求①及び②とでは,損害賠償を求める相手方が異なり,訴訟物が異なる。

ウ 請求②の予備的主張においては,指揮監督義務違反の基礎として,補助職員の怠る事実が問題となり,これは,当該補助職員の責任を追及する請求③でも当然に問題となるものである。

しかし,請求②の予備的主張は,訴え提起時からされていたものではなく,さらに,被告が,平成20年7月14日付け及び同年9月22日付け各準備書面において,本件各貸付金の回収については商工部長に専決権があることを明らかにしていたにもかかわらず,原告らは,平成21年1月23日の第6回口頭弁論期日においても,Cについて,補助職員に対する指揮監督上の義務違反を理由とする法的責任は予備的にも主張しない旨述べていた(つまり,請求②の予備的主張はしない旨述べていた)。ところが,平成21年4月24日付けの準備書面により,原告らは初めて,請求②の予備的主張をするに至った。

そして,原告らが請求③の追加的併合をしたのは,上記の請求②の予備的主張をした更に約10か月後であった。

(3)  以上(2)の事情,特に,ウの一連の経過に照らせば,請求③は意識的に主張されていなかったということができ,結局,請求③に係る訴えについて,本件の当初の訴え提起時に提起されていたと同視するべき特段の事情があるということはできない。

したがって,請求③に係る訴えは,地方自治法242条の2第2項1号所定の出訴期間を経過しており,不適法である。

2  請求①及び③に係る監査請求期間経過の正当な理由の有無(本案前の争点(2))

(1)  請求③については,上記の正当な理由の有無にかかわらず,上記1のとおり訴えが不適法であるから,判断する必要がない。よって,以下では,請求①についてのみ判断する。

(2)  監査請求期間の経過

原告らが請求①において違法な財務会計行為として主張する本件各貸付け(支出負担行為)は,平成3年4月19日(本件第1貸付け),同年12月27日(本件第2貸付け及び本件第3貸付け)及び平成4年2月26日(本件第4貸付け)に行われており(前記第2の1(3)ア,イ),本件監査請求は,その後1年の監査請求期間(地方自治法242条2項)が経過した後の平成19年11月6日に行われたから(前記第2の1(6)ア),原告らの請求①が適法な監査請求を経ているというためには,同項ただし書の定める監査期間経過の正当な理由が必要となる。

(3)  正当な理由の有無

ア 普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為の存在又は内容を知ることができなかった場合には,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって,地方自治法242条2項ただし書の正当な理由の有無を判断すべきである(最高裁判所平成14年9月12日第1小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。

イ この点に関し,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 平成19年7月20日の京都新聞において,平成18年度末における京都府の高度化貸付けの融資残高が90億7608万円で,うち不良債権が34億5591万円,不良債権比率が38.1%であると報道された(乙43)。

(イ) 平成19年9月2日の朝日新聞において,同和高度化貸付けの貸付残高と延滞残高を京都府は非公開としていることが報道された(甲4)。

(ウ) そこで,原告らの関係者は,同月6日付けで,公文書の公開を請求したところ,同月21日に公文書の部分公開がされ,①高度化貸付けに係る貸付件数,貸付金額,貸付残高,貸付残高シェア,延滞残高,延滞率,②同和高度化貸付けに係る貸付件数,貸付金額,貸付残高,貸付残高シェア,延滞残高,延滞率,平成18年度約定返済額,平成18年度回収額,最終償還期限が明らかになった(甲2の1・2)。

(エ) 原告らが本件監査請求を行ったのは,上記公開がされた46日後の平成19年11月6日である(前記第2の1(6)ア)。

ウ 以上イの事実によれば,本件において,住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度に本件各貸付けの存在及び内容を知ることができたと解されるのは,平成19年9月21日の公文書の部分公開がされたときと認められる。

なお,被告は,上記イ(ア)の報道の後,京都府に対して速やかに情報公開を求め,調査を行えば,監査請求をするに足りる程度に本件各貸付けの存在及び内容を知ることができたと主張するが,上記イ(ア)の報道で明らかにされたのは,高度化貸付けの融資残高と不良債権額,不良債権比率のみであって,不良債権であることから直ちに貸付行為や回収を怠ることに違法があったことにはつながらないし,同和高度化貸付けについての情報はそこでは何ら触れられていないことなどの事情によれば,この時点において,監査請求をするに足りる程度に本件各貸付けの存在及び内容を知ることができたとはいえない。被告の主張は失当である。

そして,原告らは,上記平成19年9月21日の46日後に本件監査請求をしているから,客観的にみて相当な期間内に監査請求をしたものといえる。

エ したがって,原告らの請求①については,地方自治法242条2項ただし書の定める監査請求期間経過の正当な理由がある。

(4)  以上によれば,請求①は適法な監査請求を経ており,同請求に係る訴えは適法である。

3  Bの責任について(本案の争点(1))

(1)  この点に関し,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 事業診断に係る事実

(ア) 細則の定め

細則の「〔Ⅰ〕高度化資金」の項では,1(2)イ(ア)で,高度化貸付けについて事業計画の診断を行うこと,事業規模10億円以上のものあるいは事業団が必要と認めた事業については,事業団が診断に参加することとなる旨が定められている。

(イ) 事業診断に至るまでの経過等

本件事業者から高度化事業を実施したいとの要望があったため,京都府の機関であるセンターは,平成2年7月から同年11月までの間,細則に従い,本件事業者が提出した共同施設事業(本件事業)の事業計画(本件事業計画)の診断を行った。また,本件事業は,総事業規模が10億円以上の高度化事業であるため,中小企業庁長官の通達(昭和56年5月19日56企庁第825号。乙61)により,事業団が診断に参加することが求められていたこと及び細則に従い,事業団も,本件事業計画の診断に参加した。具体的には,センターと事業団がそれぞれ診断班を編成し,それぞれが診断をした上で,最終的にセンターが集約をして,報告書を作成した(乙26の28頁以下,乙52,56,証人Dの証言)。

(ウ) 本件事業計画の診断(以下「本件診断」という。)の具体的経過・内容等

a 事業団の診断等

事業団は,まず,本件事業計画を診断した上,平成2年10月30日付けで,概要以下のような内容の診断勧告に関する意見を,商工部長に送付した(乙26の53頁)。

① 収支計画について

各共同事業ともその実績使用量からみて,利用計画の達成に懸念があるため,組合は土木・建築工事の共同受注事業の強化を図る等して組合員の共同事業の利用計画を確実に達成させること。

② 廃水処理対策等について

一部の放流が生じる場合等の廃水処理対策等は,関係機関と協議の上,計画を推進すること。既存の工場の改造についても安全性に懸念があるため,関係機関と事前協議を行う等して計画の進捗に支障のないよう万全を期すこと。

③ 共同事業の運営方法について

共同事業の利用をめぐって協調関係が損なわれることのないよう,全組合員の同意のもとに,利用申込みが輻輳した場合の調整方法等運営に関する諸規程を整備しておくこと。

b センターの勧告

これを受けて,センターは,自己の診断結果も踏まえ,本件事業者に対し,平成2年11月付けの共同施設事業診断報告書において,概要以下のような内容の勧告を行った(乙26の52頁,乙56の下に23とある頁(以下これを「乙56の23頁」のようにいう。))。

① 共同事業利用計画について

各共同事業の規模については,組合員の総工事受注額が計画初年度の平成3年度において昭和63年度実績の約1.5倍(年率25%増)に拡大することを前提として組み立てられている。府北部地域においては,当面,近畿自動車道敦賀線,京都縦貫自動車道,丹後リゾート開発など大型建設プロジェクトが実施段階にあり,こうした工事受注環境からみて計画の達成は各組合員の受注拡大努力によって十分可能であると判断される。しかし,組合員に対するより低コストでの原材料供給を可能にするためには,各共同事業の安定的な利用規模の確保と段階的な拡大を図ることが何よりも重要であり,今後は組合員の増強による共同事業への利用の結集に努められたい。

② 廃水処理対策等について

一部の放流が生じる場合等の廃水処理対策等は,関係機関と協議の上,計画を推進すること。既存の工場の改造についても安全性に懸念があるため,関係機関と事前協議を行う等して計画の進捗に支障のないよう万全を期すこと。

③ 共同事業の運営方法について

共同事業の運営をめぐって協調関係が損なわれることのないよう,全組合員の同意のもとに,利用申込みが輻輳した場合の調整方法等運営に関する諸規定を整備しておくこと。

④ 組合事務局体制の強化について

組合事業の拡大に伴い,組合事務局の運営管理等業務量が大幅に増加することが見込まれるため,円滑な事業執行が図れるよう事務局の人員体制等の整備強化に努められたい。

c 勧告への対応書の提出

上記bの勧告に対し,本件事業者は,勧告への対応書をセンター所長に提出した(乙26の56頁以下,乙34の3頁以下)。その内容は,概要以下のとおりである。

① 共同事業利用計画について

近畿自動車道,京都縦貫自動車道,丹後リゾート開発など大型建設プロジェクトが実施段階にあり,組合員の受注関係も好調に推移すると考えられる。組合員の受注工事に伴う組合事業に関係ある資材を全面的に組合に発注し,組合事業をサポートすることが共同事業の安定的な運営につながり,低コストで原材料が確保できるとの認識は,組合員のすみずみまで行き渡っている。組合員の受注工事の内訳・内容の分析・解析に努め,より一層努力し,今後は,組合員の増強と共同事業への利用に組合員一同結集する。一方,組合員受注物件ごとに,利用計画を作成して,実施との比較,反省の機会を持ち,次回計画の参考にし,組合事業計画案,実施案に利用するだけでなく,各組合員の内部運営方法の参考資料にも供する。

② 廃水処理対策等について

勧告指導に基づいた施設を用い,設備する。施設だけではなく,公害防止に対する規準の管理は社内規格に掲げ最重要問題として実施管理する。既存の工場の改造については,一級建築士の指導のもと,鋭意改造を実施し施工を行い安全確保に努める。関係官庁と事前協議を十分に行う。安全第一の精神こそ組合の精神と認識し,万全を期す。

③ 共同事業の運営方法について

組合員相互及び組合との運営で協調関係が損なわれることは組合運営の危機と位置付け,協調の保持に努力し,調整の任に当たる理事会を始め,日々実際の執行業務に当たる組合の係員に至るまで,協調の心を基に運営の作業に当たる。申込みが輻輳する場合に対応できる諸規約を再度見直し,整備し,運営調整を完備遂行する。

④ 組合事務局体制の強化について

組合事業の拡大に伴い運営管理等業務量の増加に対応するため,品質管理,事務管理システムを導入使用し,事務管理を実施するが,各担当責任者が,専務理事の統率のもと,システムを十分制御できる教育・啓蒙を行う。システムを利用して,組合の未来を予測し,これをもとに組合管理の基本データを引き出し,同時にデータを組合員に伝えて,組合員の経営の資とする。事務局体制を整備すると同時に質の高いデータと情報処理能力に力点を置く。

d 商工部長への報告

センター所長は,上記cの対応書の提出を受け,その内容を点検した結果,妥当と判断して,平成2年12月13日付けで,商工部長にその旨報告した(乙26の54頁,乙34)。

e 以上のような診断の後,前記第2の1(3)のとおり,平成2年12月19日の本件事業者からの借入仮申込書の提出に始まって,本件各貸付けが行われた。

イ 本件各貸付けに関する担保の確保等に係る事実

(ア) 各種の定め等

a 細則は,その「〔Ⅰ〕高度化資金」の項の「3 高度化資金貸付けの留意事項」の「(3) 保証人の取扱い」において,保証人は,組合等役員の連帯保証とする旨定めている。

b 手引きには,「Ⅰ.高度化資金貸付制度のあらまし」の「6.償還と利息の支払い,担保等」の「(3) 担保」において,原則として,貸付対象物件について提供を求め,土地・建物等の不動産については第1順位の抵当権を設定することになる旨,また,「(4) 保証人」において,原則として組合理事全員を連帯保証人として立てることになっている旨が,それぞれ記されている。

(イ) 本件第1貸付けに関しては,貸付金により取得する土地・建物に第1順位の抵当権が設定され,また,本件事業者の役員4名との間で連帯保証契約が締結された(乙17,35,39)。

(ウ) 本件第2貸付けに関しては,貸付金により取得する設備・機器等に譲渡担保権が設定されたほか,上記(イ)の土地・建物に第2順位の抵当権,担保提供者の不動産に第2順位の抵当権が設定された。さらに,本件事業者の役員4名との間で,連帯保証契約が締結された(乙18,36,40)。

(エ) 本件第3貸付けに関しては,貸付金により取得する設備・機器等に譲渡担保権が設定されたほか,上記(イ)の土地・建物に第3順位の抵当権,上記(ウ)の担保提供者の不動産に第3順位の抵当権が設定された。さらに,本件事業者の役員4名との間で,連帯保証契約が締結された(乙19,37,41)。

(オ) 本件第4貸付けに関しては,貸付金により取得する設備・機器等に譲渡担保権が設定されたほか,上記(イ)の土地・建物に第4順位の抵当権,上記(ウ)の担保提供者の不動産に第4順位の抵当権が設定された。さらに,本件事業者の役員4名との間で,連帯保証契約が締結された(乙21,38,42)。

(2)  検討

ア 貸付けの違法性の有無の判断基準について

普通地方公共団体の行う貸付けは,これも住民の税金を財源とする公金支出の一形態であることからすると,およそ公益性が認められないものは許されないと考えられる。しかし,当該貸付けが公益性を有するか否かは,当該地方公共団体の担当機関が,当該貸付けの趣旨,目的,当該地方公共団体の置かれた地理的,社会的,経済的事情や特性,財政の規模及び状況,他の施策との関連等を総合的に考慮し,判断をすることが,結果として住民の利益に資し,住民の意思に重点を置く地方自治の精神にも合致するということができる。そうすると,普通地方公共団体の行う貸付けについては,原則として,貸付けを行うか否か等の判断が,貸付けに係る支出負担行為を行う担当機関の合理的な裁量にゆだねられていると解するのが相当である。

しかし,普通地方公共団体においては,支出負担行為は法令又は予算の定めるところに従って行わなければならず(地方自治法232条の3),また,地方財政法4条1項は,地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要かつ最少の限度を超えて支出してはならない旨定めており,同法8条も,地方公共団体の財産は常に良好の状態において管理し,その所有の目的に応じて最も効率的に運用しなければならない旨定めていること,上記のように,およそ公益性の認められない貸付けは許されないと考えられること,さらに,貸付けという行為の性質上,償還(返済)がされることが想定されることなど,裁量の範囲を限定する方向で考慮すべき事情もある。

以上を総合すれば,貸付けの判断は,支出負担行為を行う担当機関の合理的な裁量にゆだねられているとはいえ,当該貸付けについての公益性,償還可能性,担保の徴求の程度,法令の遵守等の諸般の事情から,その判断が著しく不合理である場合には,裁量の逸脱・濫用が認められ,貸付けが違法となり,貸付けに係る支出負担行為が不法行為になり得ると解するのが相当である。

そして,以上に関し,例えば,法令や当該普通地方公共団体の規則等により,当該貸付けを行う際にとるべき手続が定められ,かつ,当該定めの内容自体が上記の公益性等の観点から不合理なものでない場合には,当該定めに従って行われた貸付けについては,原則として,支出負担行為を行う担当機関の合理的裁量の範囲内で行われたものと解することができると考えられる。

以上を前提に,以下,本件について,Bの行った本件各貸付け(支出負担行為)に裁量の逸脱・濫用があったか否かを検討する。

イ 貸付けに係る手続について

同和高度化貸付けに関する法令の定め及びその定める貸付けの手続については,前記第2の1(2)イ及び上記(1)ア(ア),イ(ア)のとおりであるところ,証拠によれば,本件各貸付けについては,前記第2の1(3)及び上記(1)で認定したとおり,事業計画の診断,書類の提出・交付,担保の徴求,契約の締結,公正証書の作成等,上記法令等の定めに従った手続が行われていることが認められる。なお,上記の手続に関する法令等の定めそれ自体には,公益性,徴求することが求められている担保の観点からも,不合理な点は認められない。

ウ 本件診断等について(償還可能性の関係)

(ア) 原告らは,本件各貸付に係る手続のうち,本件診断及びこれを受けた知事の審査(規則7条)について,本件事業計画は杜撰なもので,特に,計上されている収入の点からすれば,本件事業計画は実現可能性が認められず,よって,本件各貸付金の回収も到底不可能であったのに,これが見過ごされた旨を主張している。

この点につき,本件事業計画では,本件事業者の各組合員の平成元年度における総売上高の合計が7億7209万3000円であるところ(乙56の3頁),計画初年度(平成3年度)の本件事業者の合計の売上高は,9億3084万4000円となっており(乙56の19頁,21頁),約20.56%増の数字となっている。計画初年度以降も,計画5年度目(平成7年度)までは毎年約5%増,以降は計画8年度目(平成10年度)まで毎年約3%増の数字となっている(乙56の21頁)。原告らは,上記約20.56%の増加について,京都府北部地域の公共工事発注額が上昇していた状況があるとしても,それは前年度比20%弱であること(乙56の1頁),売上げの額が増加すれば工事労働者の労務費も増加するので,売上高の増加によりそのまま償還資金が増加するわけではないことからすると,計画初年度の売上げが少なくとも平成元年度の2倍以上に増加することが不可欠である旨主張しているのである。

(イ) そこで検討すると,この点に関し,センターは,京都府北部地域においては,当面,近畿自動車道敦賀線,京都縦貫自動車道,丹後リゾート開発など大型建設プロジェクトが実施段階にあり,こうした工事受注環境からみて,計画の達成は各組合員の受注拡大努力によって十分可能である旨判断しているところ(乙26の52頁,乙56の23頁。上記(1)ア(ウ)b),証拠(乙45~47)によれば,本件診断当時,実際にこれら道路等の建設予定や計画があったことが認められる。

また,上記のように,本件診断当時,京都府北部地域の公共工事発注額は,昭和62年度から平成元年度まで,順次前年比13.2%,17.5%,18.5%と上昇している状況にあった(乙56の1頁)。

以上に加え,本件事業による業務の強化・効率化等が受注に良い影響を与える可能性もあると考えられることなどの事情に照らすと,本件診断において,本件事業計画の達成,特に売上高が,計画初年度は平成元年度比約20.56%,その後も約5%~3%増加していくということが可能であると判断されたことも,不合理ではなかったといえる。

なお,原告らの主張のうち,労務費に関する主張,ひいては2倍以上の売上げの増加が必要であるとの主張については,そもそも本件事業者の各組合員の平成元年度における総売上高の合計は,本件事業計画における計画初年度の売上高を予測する一つの資料となるものにすぎず,必ずしも,これら売上高の間の増加比率に従って労務費が増加するという直接的関係があるわけではなく,そもそも事業計画における労務費自体は,売上高の予測とは別個に,合理的に予測して算出されるべきものともいえる(実際に,本件事業計画でも労務費は計上されている。乙56の19頁,21頁。)。以上によれば,原告らの上記主張は採用できない。

エ 担保の確保の関係について

(ア) 原告らは,償還が滞ったときに元本の回収ができる価値のある担保,少なくとも担保割れの生じない程度の担保を確保することが求められていたのに,極めて価値の低い事業対象不動産を担保にするなどしたのみで,担保価値とははるかにかけ離れた金額の貸付けが行われた旨主張している。

(イ) しかし,まず,上記アのように,貸付額と同等の価値のある担保を徴求しなかったことから直ちに貸付けの判断に裁量の逸脱・濫用が認められるのではなく,その担保の徴求の程度をその他の諸事情と総合考慮して,著しく不合理な貸付けであったといい得るか否かによって,裁量の逸脱・濫用が決せられるものと解すべきである。

(ウ) そして,本件においては,確かに,本件各貸付けいずれもについて抵当権の設定された土地・建物(以下「本件土地建物」という。)の固定資産評価額は,平成13年度において,合計約2354万1000円であり(乙54の41頁),また,平成20年度において,本件土地建物と考えられる不動産の固定資産評価額は,合計2569万9843円である(甲5,6)。これらは,本件各貸付けの各貸付額(それぞれ2億5200万円,4億5615万円,3億5451万6000円,1億2951万4000円)とは大きな差がある。加えて,本件第2貸付けから本件第4貸付けまでについて本件土地建物に設定された抵当権は,後順位のものにすぎない。

しかし,規則,細則及び手引きでは,保証人以外には貸付対象物件以上の担保の徴求は明確には要求されていないこと,本件各貸付けについては連帯保証人4名ずつを徴求していること,本件第2貸付けから本件第4貸付けまでについては,第2順位以降ではあれ,担保提供者から別の不動産の担保の提供を受けていること(これら不動産の平成13年度における固定資産評価額は,合計2億0909万2000円である。乙54の41頁。),そもそも固定資産評価額のみから不動産の担保価値は把握し切れないこと,本件各貸付け当時,上記ウ(イ)のように,償還可能性があると判断することも不合理ではない状況にあったこと,同和高度化貸付けは,歴史的経緯も踏まえ,苦しい状況に置かれている中小企業者等の営業力や担保力にかんがみて,国と都道府県が協調して行う事業であるという意味において,公益性の高いものであることなどの事情に照らせば,本件各貸付けにおける担保の徴求の程度が上記のようなものであったとしても,上記その他の諸事情と総合して考慮すれば,なお,本件各貸付けを行ったことは,未だ裁量の逸脱・濫用といえる程度に著しく不合理ではなかったというべきである。

オ まとめ

以上によれば,Bの行った本件各貸付け(支出負担行為)は,同人の有する合理的裁量の範囲内で行われたものということができ,裁量の逸脱・濫用があったとは認められない。よって,Bには,本件各貸付け(支出負担行為)に関し,不法行為は成立しない。

(3)  小括

したがって,Bは,不法行為による損害賠償責任を負わない。よって,原告らの請求①には理由がない。

4  Cの責任について(本案の争点(2))

(1)  主位的主張について

ア 補助職員に専決させた者の損害賠償責任については,故意又は過失により補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止せず,補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反したときに限り,普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解される(最高裁判所平成3年12月20日第2小法廷判決・民集45巻9号1455頁参照)。

本件においては,前記第2の1(5)イのとおり,本件各貸付金の回収につき,訴訟に及ぶ場合などを除く通常の督促及び回収業務については,商工部長が専決権を有していた。

そうすると,訴訟に及ぶ場合など(担保権の実行のための法的手続に及ぶことも含まれるものと解される。)以外の場合については,補助職員である商工部長の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反したときに限り,Cは損害賠償責任を負うにすぎない。よって,原告らの主位的主張のうち,訴訟に及ぶ場合など以外の場合についてのCの指揮監督義務違反以外の責任を主張している部分は,失当である。

ただし,上記の訴訟に及ぶ場合などについては,Cは,本件各貸付金の回収を行う本来的権限を有しているのであるから,その限りで,指揮監督義務違反ではないCの回収に係る義務違反(不法行為又は債務不履行)は問題となる余地がある。

イ ところで,上記のように,通常の督促及び回収業務については,商工部長が専決権を有しており,第一次的な回収に関する判断は商工部長が行っていたものと考えられること,上記の訴訟に及ぶなどの措置は,通常の督促及び回収業務の先の段階の措置であることからすれば,Cとしては,本件貸付金の償還状況や,それに基づく商工部長の上記のような第一次的判断,その判断により生じた償還に関する状況等を認識して初めて,通常の督促及び回収等の措置にはとどまらずに,その先の段階の措置である訴訟に及ぶなどの回収措置を行うべきか否かを自ら判断することができるに至るものと考えられる。そうすると,Cが上記のような訴訟に及ぶなどの回収措置を行うべきで,それを行わないことが不法行為又は債務不履行として違法であり,故意又は過失があったといえるためには,商工部長から,本件貸付金の償還状況や,商工部長の第一次的な判断結果等についての報告を受け,回収に関する具体的な情報を把握していることが前提となると解するのが相当である(なお,このような報告を求めず,回収に関する具体的な情報の把握をしなかったこと自体が不法行為又は債務不履行と評価されるか否かの問題は,訴訟に及ぶなどの措置をとるべきかどうかの判断を行う段階における不法行為又は債務不履行の成否の問題ではなく,それ以前の,専決者である商工部長の第一次的判断等に関する知事としての指揮監督の段階における不法行為又は債務不履行の成否の問題(後記(2))にすぎないと解されるから,この項では検討しない。)。

そして,証拠(証人Aの証言)によれば,Cは,京都府の一般的な決算報告以外に,本件各貸付け自体についての具体的な報告は受けておらず,本件各貸付金の具体的な償還状況を知ることのできる状況にはなかった事実が認められる。

そうすると,本件においては,Cに,訴訟に及ぶなどの回収措置を行わなかったことについての不法行為又は債務不履行が成立するための前提が,そもそも欠けている。

ウ 以上によれば,Cの責任に関する原告らの主位的主張には理由がない。

(2)  予備的主張について

ア 被告は,原告らが,知事の指揮監督義務違反に基づく賠償責任を主張するのは,時機に後れ,また,信義に反して許されないと主張する。

イ まず,第6回口頭弁論期日において,裁判所からの確認に対し,原告らは,知事の補助職員に対する指揮監督上の義務違反を理由とする賠償責任を予備的にも主張しないと述べたが,第8回口頭弁論期日において,Cに対する予備的主張として,知事の指揮監督義務違反に基づく請求を追加したことは,当裁判所に顕著である。

ウ その後,第11回口頭弁論期日において,証人Aの尋問が行われ,AがCに,京都府の一般的な決算報告以外に,本件各貸付け自体についての具体的な報告をしていなかったと証言したため,Cに対する主位的主張の根拠がないことが証明されたことは,上記(1)イ記載のとおりである。そして,予備的主張の関係でも,Cが,商工部長であったAから,本件貸付金の償還状況や,回収に関する第一次的判断の結果についての報告を受けていたことを前提とする指揮監督義務違反の主張に理由がないことは,上記同様明らかとなったといえる。

他方,指揮監督義務違反に関しては,Cが,商工部長から具体的な報告を受けていなくとも,本件貸付金の償還や回収の状況について,報告を求めるべき事情があれば,報告を求めなかったことに過失があり,ひいては,そこであるべき報告内容を前提にした指揮監督義務違反が問題になる余地がある。

しかし,上記の点を立証するには,本件貸付金の償還や回収の状況にとどまらず,平成14年4月にCが知事に就任した以降の同人の同和高度化貸付けに関する認識ないし認識可能性に係る状況を含めた知事の職務全般の状況を明らかにする必要があり,上記の証人Aの尋問のみでは足りず,関係者の更なる尋問などの立証が必要であったというほかなく,このような立証のために訴訟の完結が遅延するものといわざるを得ないところである。

エ そうすると,上記イの第6回口頭弁論期日における原告らの陳述に反して,さらに,知事の指揮監督義務違反に基づく賠償責任の主張立証をすることは,時機に後れており,訴訟の完結を遅延させることとなると認められるので,却下するのが相当である。

オ よって,Cの責任に関する原告らの予備的主張は,これ以上判断しないこととする。

(3)  以上のとおりであるから,Cは,不法行為等による損害賠償責任を負わない。よって,原告らの請求②は理由がない。

5  Aの責任について(本案の争点(3))

前記1のとおり,Aに関する原告らの請求(請求③)に係る訴えは不適法であるから,本案の争点(3)は判断する必要がない。

6  結論

以上のとおり,原告らの請求のうち,請求③に係る訴えは不適法であるから却下し,その余の原告らの請求はいずれも理由がないから棄却する。

(裁判長裁判官 瀧華聡之 裁判官 梶山太郎 裁判官 高橋正典)

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