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京都地方裁判所 平成21年(わ)519号 判決 2011年5月18日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中300日をその刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は,深夜飲酒して帰宅途中にたまたま出会った甲野花子(当時15歳)に強いてわいせつな行為をすることを企て,平成20年5月7日未明,京都府舞鶴市<以下略>A株式会社舞鶴工場2号地から南方約50メートル先の朝来川岸付近において,同人に対し,その上着,下着等の着衣をはぎ取るなどし,その際,殺意をもって,その頭部,顔面等を鈍器で多数回殴打するなどし,もって強いてわいせつな行為をするとともに,顔面殴打による多数の挫裂創,顔面骨骨折等の傷害を負わせ,よって,そのころ,前記朝来川の左岸雑木林内において,同傷害に起因する出血によるショックにより同人を死亡させて殺害した。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定の補足説明)

第1  争点

本件において,被害者が平成20年5月7日未明に他人に殺害されたことに争いはなく,検察官は,①被告人が,犯行時刻に近いころ,遺体発見現場にごく近接した場所において,被害者と一緒にいたこと,②被告人が犯人でなければ知り得ないことを知っていたこと,③被告人の供述には犯人でなければ考えられないような内容が含まれていること等を根拠として,被告人が判示の雑木林内付近において被害者を殺害するなどした犯人であると主張するのに対し,弁護人は,検察官の主張する前記の事実をいずれも争い,被告人は本件の犯人ではないと主張する。

第2  犯人性検討のための前提事項

1  犯行場所

被害者の遺体は,平成20年5月8日午前8時44分ころ,判示の朝来川左岸の雑木林内(以下「遺体発見現場」という。)において,全裸で仰向けになり全身に土や枯れ葉がかけられた状態で発見された。被害者の遺体顔面には,目の周囲を中心に多数の挫裂創及び顔面骨骨折等があり,その両手背に多数の防御創と認められる皮下出血等があったことからすると,被害者は,他人に顔面付近を多数回殴打されたことが認められ,被害者の受傷状況に照らすと,受傷時に多量の出血があったことが推認でき,被害者の死因が出血によるショックであるとする鑑定結果に特段の疑問はない。

そして,遺体発見現場において,被害者の遺体の頭部及び上半身の周囲にある植物の葉や幹等に被害者の血痕が点々と飛沫状及び滴下状に多数付着し,それらは地表付近及び地表から最高で160cmまでの高さに,距離にして遺体から最大約220cmの位置にまで及んでいることからすると,被害者は同所で前記攻撃を受けたものと認めることができる。このことは,被害者の衣服等の遺留品がすべて遺体発見現場付近の朝来川内及びその右岸で発見されたことによっても裏付けられる。遺体発見現場付近に貯留血痕等は見当たらないものの,同所の血液の飛散状況,被害者の遺体の頭髪が多量の血液を含んでいたこと,被害者の遺体が土中に埋められていたことを考慮すると,貯留血痕等がなくても必ずしも不自然な状況ではなく,被害者の遺体は,鑑定に先立ちほぼ全身に付着していた土砂が洗い流されているため,遺体への血痕の付着状況は不明であり,そのほか遺体発見現場付近が犯行現場であることと矛盾抵触し得る事情はない。

弁護人は,被害者は他の場所で瀕死の重傷を負わされた後で遺体発見現場に運ばれ,同所で更に顔面を殴打されたと考えられるなどと主張するが,そのような事情をうかがわせる状況はない。

したがって,本件の犯行場所は,遺体発見現場であることが認められる。

2  殺意

前記のとおり被害者が,顔面付近を多数回殴打され,その結果,多数の挫裂創及び顔面骨骨折等の傷害を負って出血によるショックで死亡したことから,犯人が殺意をもって被害者を殺害したことは優に認められる。

3  犯行日時

被害者の携帯電話から発信された同月6日午後11時53分ころから同月7日午前1時2分ころまでのメールは,その内容から被害者が発信したものと認められる。そして,被害者の母が同日午前6時45分以降に被害者の携帯電話にかけた電話に対して応答がなく,その後被害者との連絡が取れないまま,同日午後6時35分ころにはその遺留品が発見された。被害者の死亡時刻は,その遺体の解剖が開始された同月8日午後8時5分の約1日半から2日前までの間であると推定されるとの医師の所見に不合理な点は認められない。

これらの事実から,被害者が同月7日午前1時2分から同日午前6時45分までの間に殺害されたことが認められる。

4  わいせつの意図

被害者の遺体は前記のとおり全裸の状態で発見され,それには多量の出血を伴う受傷があるのに,遺体発見現場付近で発見されたその衣服には,肌着の袖口にわずかな血痕があるほか血痕の付着が見られないことから,被害者は殺害される前に脱衣していたと考えられる。そして,被害者のパーカーのファスナー,左ポケット付近及び背部,ジーンズ左腰付近部分に損傷が認められるところ,これらの損傷は,同月6日以前にはなく,そのすべてが遺留された川の中にあったことによって生じたとも考え難いことからすると,他人から物理的な力が加えられることによって生じた可能性が高い。加えて,被害者の衣服が遺体発見現場の直近に遺留されていたこと,15歳の女性である被害者が夜間屋外で自ら全裸になったことをうかがわせる事情は見当たらないことから,被害者は殺害される直前に衣服を脱がされたものと認められる。そうすると,被害者の衣服を脱がせる等のわいせつ行為も殺害犯人が行ったものと認められ,犯人がわいせつの目的を有していたことが優に認定できる。犯人が身元判明を防ぐために衣服を脱がせた可能性があるなどとする弁護人の主張は,被害者名義の会員カードや携帯電話等が遺体発見現場付近に遺留されていたことと矛盾するものである。

第3  被告人が犯行時刻に近いころ犯行現場にごく近接した場所に被害者と一緒にいたとの主張(検察官の主張①)について

1  被告人が,平成20年5月7日午前1時ころ,スナックBを出て,同日午前8時30分ころまでの間に,自転車を押して,被害者と共に,大波街道を北上し,浜田八田線を東進したこと

(1)被告人が,同日午前1時ころB店を出て,自転車で自宅に向かったこと

B店の従業員である証人Pは,「ヤマモト」と名乗っていた被告人が,同月6日午後10時ころ来店し,翌7日午前1時ころに店を出たものであり,その際,被告人は,黒色の野球帽をかぶっており,店を出る際自転車で帰ると言っていた旨供述する。

「ヤマモト」の同月6日の来店を示す伝票があること,Pが他の客とは異なり注文ごとに前払を求めていた常連客である被告人を他人と混同するおそれはないことから,Pの人物識別及び日付の特定に疑いを挟む余地はない。また,Pは,被告人が店を出た後,時計を見て30分程度来客がないか待った上,15分程度後片づけをした後帰宅するために送迎担当の運転手に電話をかけたと供述するところ,その供述に沿う同月7日午前1時47分ころの運転手との通話履歴もある。したがって,被告人が同日午前1時ころに同店を出たとのPの供述は十分に信用できる。

そして,被告人がPに対して自転車で帰ると言ったことに加えて,その時間帯に照らして公共交通機関やタクシーの利用も想定し難いことから,被告人が同店を出た後自転車で自宅に向かったものと推認することができる。

(2)同日午前1時20分ころ,海上自衛隊舞鶴教育隊南門から北方約130mの大波街道上に,自転車にまたがって立つ被告人と被害者がいたこと

証人Qは,同日午前1時20分ころ,自動車を運転して大波街道を南下する際,南門から北方約130mの歩道上に,あごが細く,細身で,サングラスをかけて黒っぽい野球帽及び黒っぽい上着を着用した年齢50代から60代の男性が前かごの付いた自転車にまたがって南向きに立っており,約1m離れた位置に白い上着を着てズボンのようなものをはき,かばんのベルトを右肩にかけた10歳代半ばに見える若い女性が北向きに立ちながら男の方向に振り返っているのを見た旨供述し,捜査段階では12枚の写真(甲110)の中から被告人の写真を指してその男性であると特定し,公判廷においても被告人はその男性に似ている旨供述する。

その女性の服装や年代は,被害者の当時の服装及び年代と合致し,後記(3)イのとおりこの付近に被害者がいたことと整合する。

Qは,歩道上の男女に気づくと,深夜で普段は歩行者が少ない場所であることなどから女性が襲われるかもしれないなどと思い,自動車を大きく減速し,運転席横の窓を開けた上,すれ違う際に横から,その後も二、三回振り返って正面から,その男性の顔を注視したものである。このように高い関心に基づいてその男性に注目していたことに加えて,当時,自車走行車線の前後や対向車線に走行車両がなく,人通りもほとんどなかったことからすれば,運転中であったことや男性のみならず女性も見ていたことを考慮しても,その男性の特徴を認識するに足りる視認状況であったというべきである。以上は,証人Rが行ったQの目撃状況の再現によっても何ら揺らぐことはなく,むしろ,Rの再現によると,Qの目撃地点の照度が人の顔を認識できる程度であったことが裏付けられる。そして,同年6月6日にQの供述に基づいて作成された似顔絵が必ずしも被告人の特徴を端的に示すものではないとしても,被告人の特徴と矛盾はないのであって,そのことがQの視認が不十分であったことを示すことにはならない。また,Qは,男女を見た翌日ころの本件の報道に接して目撃状況を知人に話し,その約1か月後から参考人として事情聴取を受けてその都度目撃状況を思い出していたのであり,事情聴取における誘導等をうかがわせる事情もないから,写真面割までの期間に記憶が減退又は変容したとはうかがわれない。そして,Qが男性を見たのは,同年5月7日午前1時20分ころのB店から約1130m離れた大波街道上であり,被告人が同日午前1時ころ同店を出たことと整合する。

弁護人は,Qの供述の信用性を様々に論難するが,既知性や顕著な特徴は人の識別に不可欠ではないし,減速時のブレーキ操作の有無といった些末な点に供述の食い違いがあるからといって,Qの供述の信用性が左右されるものでもない。

したがって,Qの前記供述は信用できるものであり,同日午前1時20分ころ,南門から北方約130mの大波街道上に,自転車にまたがって立つ被告人と被害者がいたことが認定できる。

(3)被告人及び被害者が,同日午前1時32分ころ舞鶴教育隊格納庫前を,同日午前1時36分ころ同正門前を,同日午前2時3分ころ株式会社C前を通過したこと

ア 各防犯ビデオに写った人物の同一性

格納庫前に設置された防犯ビデオ,同所から大波街道を約257m北上した正門前に設置された防犯ビデオ及び正門前から更に大波街道を約2km北上したC社前に設置された防犯ビデオには,同日午前1時32分ころ,同日午前1時36分ころ及び同日午前2時3分ころ,それぞれ2人の人物が大波街道上を歩く姿が写されている。

各防犯ビデオに写った2人の人物のうち1名は,いずれも白地で袖の部分が黒色系統の長袖シャツにズボンをはいており,右手側に赤色のかばん様の物を所持していること,もう1名はいずれも自転車を押していること,いずれも人通りの少ない時刻及び場所であること,2名の人物が各地点を通過する時刻及び位置関係からすると,前記各映像は同一の2名が大波街道を北上して浜田八田線を東進する姿が写されたものと認められる。

イ 各防犯ビデオに写った2人の人物のうち1名が被害者であること

前記2名のうち赤いかばんを所持した徒歩の者は,その服装やかばんの特徴が被害者の遺留品のそれと合致すること,各場所及び時刻は被害者が大波街道を北上してD中学校に向かおうとしていたと推認できることと整合すること,浜田八田線を東進した先で被害者の遺体が発見されたことに加えて,被害者の母がその服装及び動作を根拠としてその者はいずれも被害者に間違いない旨述べていることから,被害者であると認められる。

ウ 各防犯ビデオに写った被害者と同行する人物と被告人の同一性

前述のとおり,被告人が同日午前1時ころB店を出て自転車で帰路についたことが認められ,同日午前8時30分ころ自宅にいたことも明らかである。B店から被告人方に行く経路としては,①大波街道をC社前まで北上して浜田八田線を東進するもの,②大波街道をC社前から更に北上し,大波下交差点を右折して東進するもの,③大波街道を通らずに府道舞鶴高浜線を経由するものが考えられるところ,①の経路は他の経路より約500m又は約1.7km短いこと,①の経路は平坦である一方②及び③の経路は起伏があることから,被告人は①の経路で帰宅した可能性が高い。この点,被告人は,気分転換のためにいずれの経路も通ることがあったと供述するが,本件当日の行動としては具体性がない上,深夜あえて遠回りをする合理的な理由がない。

そして,前記各防犯ビデオ画像を精査すると,同日午前零時30分ころから同日午前8時30分ころまでの間に自転車とともに大波街道を北上して浜田八田線を東進したのは,被害者と同行する者のほか,①格納庫前を午前4時52分ころ,正門前を午前4時54分ころ,C社前を午前5時1分ころ通過した者,②格納庫前を午前6時34分ころ,正門前を午前6時35分ころ,C社前を午前6時42分ころ通過した者,③格納庫前を午前7時31分ころ,正門前を午前7時31分ころ,C社前を午前7時35分ころ通過した者及び④格納庫前を午前7時50分ころ,正門前を午前7時51分ころ,C社前を午前7時56分ころ通過した者の4人であるところ,①の人物はDであり,③の人物はEであると認められ,また,②の人物は頭頂部を含めて頭髪が黒色であり,④の人物は側頭部の頭髪が黒色であるから,いずれも,頭頂部に頭髪がなく側頭部の頭髪が白色に近い被告人とは特徴を異にし,別人であると認められる。

以上の精査結果に,被害者らが格納庫前を通過する約10分前に同所の南方二百数十メートルの地点において自転車にまたがって立っている被告人と女性がいるのを見たとのQ供述を併せ考えると,前記各防犯ビデオの映像中被害者と同行する者は被告人であると認められる。

なお,証人Sは,被害者と同行する人物が被告人であると鑑定するが,その根拠は姿勢や手足の長さ等単なる印象に基づくものが多く,耳の形状についても人物識別に十分な数の特徴点は読み取れないのであるから,証人T及び証人Uの指摘を待つまでもなく,その鑑定結果及び供述を本件の証拠とすることは相当ではない。もっとも,T及びUの意見も,各防犯ビデオに写された人物が被告人であることと矛盾する事柄を指摘するものではなく,前記認定には影響しない。

(4)Wの公判供述について

証人Wは,同日午前2時30分ころ,自動車を運転して浜田八田線を東進する際,その北側歩道上にジーンズをはいて濃いおそらく赤色のかばんを持った若い女性と野球帽をかぶり黒っぽいゆったりした印象の服装でいわゆるママチャリタイプの自転車を押す背の高い細身の男性が東に向かってゆっくり歩いているのを見た旨供述する。その述べる女性の服装やかばんの特徴,身長等が被害者の特徴と一致すること,その目撃時刻及び場所が前記防犯ビデオ画像の男女の移動経路と整合することから,その女性は被害者である可能性が高い。

弁護人は,Wが,その男性について,ヒップポップ系の服装をし,18歳から23歳程度であったと述べていることから,それらは被告人の特徴とは矛盾する旨主張する。しかしながら,W自身,男性の年齢は女性が若く見えたことから憶測を述べたものに過ぎず,男性の年齢を確認したものではないので分からないと供述しており,その服装についても要するにゆったりした印象を表現したに止まるから,男性が被告人である可能性を排斥するものではない。

したがって,Wの供述は,P及びQの前記各供述や前記防犯ビデオの精査結果と矛盾するものとはいえない。

(5)結論

以上のとおり,被告人が,平成20年5月7日午前1時ころB店を出て,自転車を押して被害者と共に大波街道を北上し,同日午前2時3分ころC社前を通過して浜田八田線を東進したことが認められる。

2  被告人が,同日午前3時15分ころ,C社前から浜田八田線を東進した先にある大波上集会所前交差点付近で,被害者と一緒に歩いていたこと

(1)Xの供述

証人Xは,同日午前3時15分ころ,自動車を運転して浜田八田線を東進し,大波上集会所前交差点を徐行して通過する際,その北側歩道上に,10歳代に見える小柄な若い女性と自転車を押す男性が南向きに立っているのを見たと供述し,その男性とよく似ている男性として被告人を指し示した。そして,Xは,その女性はパーマでない黒髪でズボンをはき,身長が150cm程度であり,男性はやや面長の細い輪郭のヤギのような顔立ちで,細くて幅の広い気色悪いような感じの目をして,黒っぽい服で黒っぽい野球帽をかぶっていたと,被害者及び被告人にそれぞれ整合する特徴を供述している。

(2)X供述の信用性

Xは,その時刻及び場所で初めて男女の2人連れを見たことから関心を抱き,すぐ止まれるくらいの速度で徐行した上,助手席の窓を開けて,体を助手席に乗り出すようにして自動車内から男女を注視したというのであって,街灯や信号機による明かりがあったことからしても,その男性の容貌を十分に観察できる状況であったものと認められる。弁護人は,帽子をかぶった人物の顔の上部は影になることや,自動車を運転中に目撃したに止まること,既知の人物を目撃したものでないこと等を指摘してXの視認状況に疑問があると主張する。しかし,顔の上部が見えないという点は単なる推測や一般論に過ぎず,Xは男性を見たとき男性も後ろに体をのけぞりながらXの方を見た旨述べており,Xが男性の顔を見たことは明らかであること,Xが高い関心を抱いて男女を観察したことや同所の交通量の少なさに照らすと,その観察状況に疑問は生じない。既知性や顕著な特徴がないこと及び女性の特徴も述べていることがその供述の信用性を左右しないことは,Q供述について述べたところと同様である。

Xは,男女を目撃した9日後の同月16日には自ら駐在所に出向いて,その男女の特徴を供述し,その後,同年12月27日,平成21年1月6日及び同月11日にL刑事に目撃した者の特徴を供述し,いずれの際も男の目に特徴があると供述し,同年2月11日,M検事による写真面割で54枚の写真の中から被告人の写真を選び出した後,公判廷において前記の供述をしたものである。Xは,M検事による写真面割に先立つ同年1月11日,L刑事の事情聴取を受け終わった際,L刑事が所持していた被告人の顔写真1枚を見ており,その動機は,捕まった人間の顔に興味を抱いたためというものであって,しかも,その写真が本件殺人の犯人である可能性があると考えて閲覧したというのである。しかし,その被告人の写真は,前記写真面割に使用された面割写真台帳(甲112)中の被告人の写真とは別のもので,現在よりも顔の横幅が広く印象が異なっており,Xは2枚の写真の印象の違いについても供述している。そして,Xは,M検事による写真面割に際しても,自己が目撃した者とよく似ているものとして被告人の写真を特定したものであり,自らの記憶に照らして目撃した人物と写真の同一性を判断する姿勢で識別をしたことが認められ,その記憶がL刑事の所持していた写真を見たことや写真面割等の一連の捜査の過程で変容したり影響を受けたりした懸念はない。

そして,Xの供述する男女の特徴に加え,Xが男女を目撃した時刻及び場所がQ及びWの各供述並びに防犯ビデオ画像の精査結果から認められる男女の移動経路及び特徴と矛盾しないこと,その場所付近に同様の2人連れの歩行者は他にいなかったことから,Xが目撃した人物は被告人である旨のXの供述は信用することができ,被告人と同道していた女性は被害者であると認められる。

弁護人は,C社前から大波上集会所前交差点までの約1300mを約72分間もかけて歩くはずがないから,前記各防犯ビデオ画像の男性とXが見た男性は別人である旨主張するが,男女がその間通常の速度で歩き続けたとは限らないのであるから,この点は,Xの供述の信用性を揺るがす事情とはならない。また,弁護人は,Xが平成20年5月16日駐在所において供述した男性の特徴は,19歳か20歳くらいで,指名手配犯のポスター(弁7)の男性と似ていたというもので,被告人の特徴とは矛盾する旨指摘してXの供述の信用性を論難する。しかしながら,Xは,男性の年齢は女性の年齢から推測して述べたもので,確認はしていないと供述し,ポスターの写真はどれも似ていないと思ったが,警察官に聞かれたので気持ちの悪い目の写真を選んだと説明しており,その説明は,それなりに了解できるものである上,実際に,この日の事情聴取では,男性の年齢については断定的な供述をしていたものではないこともうかがわれる。弁護人は,加えて,Xはこの事情聴取で帽子については供述していなかったのに,公判廷では「帽子をかぶっていた」旨矛盾する供述をしていると指摘するが,Xは,髪型については,長髪でないことは間違いないことを述べたものであると説明しており,印象的な目を強調して目撃した男性の特徴を説明している中で,頭部については明らかに異なる特徴を排除する説明をするに止めたということは納得できるものであり,この点は,実質的に供述に変遷があるとはいえず,その相違はXの供述の信用性に影響を与えるものではない。したがって,弁護人の指摘する前記の諸事情は,いずれも,Xの前記供述の信用性に疑いを生じさせるものではない。

3  結論

以上のとおり,被告人が,平成20年5月7日午前3時15分ころ,大波上集会所前交差点付近で被害者と一緒にいたことが認められる。

同所は,犯行現場である遺体発見現場から約305mのごく近接した場所であり,その時刻は犯行時刻である同日未明にごく近接したものである。

第4  被告人が犯人でなければ知り得ないことを知っていたとの主張(検察官の主張②)について

1  遺留品に関する被告人の供述経過及び内容

被告人が被害者の遺留品について供述等した経過は,次のとおりである。被告人は,平成21年3月2日,Nが平成20年5月7日午前9時ころに赤色かばん及びジーンズを朝来川に捨てるのを見たとの手紙(乙46,47)を捜査機関にあてて送付した。被告人は,平成21年4月7日に逮捕されてから同月28日に公訴提起されるまで,連日,O刑事ら及びY検事の取調べを受けた。被告人は,その際,Nが朝来川に捨てていた物として,赤色かばん及びジーンズについて供述したほか,同月12日に財布のようなものについて被害者の遺留品の特徴と矛盾のない内容を供述した上これを図示し(乙2),同月13日にサンダル及びメリヤスの肌着について供述し,同月15日にポーチ及びアイシャドーのようなものについて供述し(乙3,23),同月22日に女性用パンツ(乙5),同月28日にブラジャーについてそれぞれ特徴等を供述したり図示したりし,その後もそれぞれについて供述を繰り返し,それらが順次供述調書に録取された。

そのうちポーチに関する被告人の供述を詳細にみると,被告人は,同月15日同刑事ら及び同検事に対し,Nが長辺の長さが約15cmでチャック式のポーチを朝来川に捨てるのを見たと述べてその形状を図示(乙3,23)するとともに,同検事の取調べにおいてその色について「ベージュのような色だったかな」と供述し,同月16日の同検事の取調べにおいても同様に供述し,同月17日午後7時21分から午後8時22分まで及び午後8時57分から午後9時18分までの同検事の取調べにおいて「ベージュかなとも思いますが,はっきりしないところもあります」と供述して,その旨の供述調書(乙41)が作成された。また,被告人は,パンティについて,同月22日,同検事の取調べに対し,Nが平成20年5月10日ころの午前11時ころ薄いピンク色の布のようなものを朝来川に捨てるのを見たと供述し(乙5),平成21年4月23日,同刑事ら及び同検事の取調べに対し,それが女性用のパンツのようなものであって,薄いピンク色で股のところがギザギザみたいになっていた(乙6),縁全体に小さいレースが付いていた(乙30)と供述し,同月24日の同刑事らの取調べ及び同月25日の同検事の取調べに対し,その形状を図示し(乙7,32),同月26日の同検事の取調べに対し,その中央部付近にレースのような飾りが2本付いていたと述べてその図を書いた(乙8)。

2  遺留品に関する被告人の供述が被害者の遺留品の客観的特徴と合致すること

(1)化粧ポーチ

被害者の遺留品の化粧ポーチ(以下「本件ポーチ」という。)は,縦約10cm,横約14cmで開口部分がチャック式の薄いピンク色のものであり,ポーチの形状に関する被告人の供述には,これと矛盾する点はない。そして,夜間遺体発見現場付近において実施された実況見分の結果によれば,本件ポーチは薄ピンク又はベージュ色に見えることが認められる(甲62,89)。このことは,暗所で物を見たときその色は無彩色に近づいて見え,赤色系統の色は明度も下がって見えることがあり,ピンク色の物は,ベージュとも表現できる色に見える旨の証人Vの公判供述によって裏付けられており,本件ポーチと類似する色のポーチが白色に見えたとする証人Rの供述によっても,遺体発見現場付近においてピンク色のポーチが無彩色に変色して見えるという点においては矛盾なく裏付けられている。したがって,被告人の供述するポーチの色は,遺留品であるポーチの特徴と整合するものである。

(2)パンティ

被害者の遺留品のパンティ(以下「本件パンティ」という。)は,白地にジャガード織でピンク色の模様が多数編み込まれて全体が薄いピンク色に見え,縁全体及び前面2か所にレースが付いたものであり,被告人の供述やその作成した図は,その色及び形状に加えてレースの装飾の位置等細部に至るまでその特徴を捉えている。

3  被告人が遺留品の特徴を供述したことが示すもの

(1)犯人は遺留品の特徴等を識別可能であったこと

弁護人は,暗闇であった遺体発見現場付近では被害者の着衣や所持品の特徴を認識できない旨主張する。

しかし,犯人によって被害者が殺害されるなどした時間帯が真っ暗闇であったことを示す証拠はない。むしろ,被害者の遺体がほぼ完全に土で覆われて隠匿され,被害者の遺留品が朝来川付近に散乱していたことからすると,殺害時及びその直後ころの遺体発見現場付近は,犯人が遺留品の特徴を認識し得る程度の明るさがあったと認められる。

(2)前記各遺留品の特徴が公表されていないこと

被害者の遺留品のうち,かばん,ジーパン及びサンダルは,その同種品又は類似品の写真が報道機関に公表された。他方,化粧ポーチ,下着,財布及び化粧品については,それらが発見されたことが公表されたのみであって,それらの色や形状,下着にパンティが含まれることや化粧品にアイブロウペンシルが含まれることまでは公表されていない。

(3)ポーチの色に関する供述

被害者は歩行中本件ポーチを所持していたかばんに入れていたものと認められ,歩行中等に被告人がこれを見ることができる機会があったとは考えにくい。その色については,本件ポーチを暗所で見たのでなければ「ベージュかなとも思う」などと供述する可能性は想定し難い上,明るい場所で見たことがあれば「ピンク色」と表現するのが自然であるから,その色に関する被告人の供述は,被告人が本件ポーチを暗い場所で見た一方明るい場所では見ていないことを示す。そして,格納庫前に設置された防犯ビデオの画像によれば,遺体発見現場周辺では,事件当日である平成20年5月7日は午前4時52分には既に日の出により明るくなっていたことが認められ,他方,本件ポーチは同日午後7時10分ころ朝来川内で発見された。そうすると,被告人が同ポーチを見たのは,被害者が最後に目撃された同日午前3時15分ころ以降である可能性が高く,午前4時52分より前の日の出により遺体発見現場周辺が明るくなったころ以前であったと認められる。

(4)パンティに関する供述

本件パンティが被害者のものであることは明らかであるところ,被害者が本件被害を受けた時以外に他人に見られる状況で衣服を脱いだとは考え難いから,他人が本件パンティの特徴を認識する機会は,犯行時以降のほかない。そして,発見された本件パンティは,泥等により変色しており,それがピンク色であったとは直ちには判別し難いものであるから,投棄前の色については,朝来川に投棄されて変色する前に見なければこれを語ることは不可能である。本件パンティにその縁全体及び前面2か所にレースが付いていることは接近して見なければ知り得ないことを併せて考えると,被告人が前記供述をしていることは,被告人が,本件発生後本件パンティが投棄されて変色するまでの間に,明るい場所で間近に本件パンティを見たことを示す。

(5)Nが遺留品を捨てたのを見たとの供述が虚偽であること

被告人は,前記ポーチ及びパンティのほか,片方の先が刷毛のようになっていたアイシャドーのようなものや財布のようなものといった被害者の遺留品について,Nが朝来川に捨てるのを見たと供述していたものであるところ,被告人が供述する被告人の目撃場所は,その供述するNの遺留品投棄場所から約31.2mの距離の地点にあって,長さ約13.5cmのアイブロウペンシルのブラシの形状やパンティのレースの有無等遺留品の詳細な特徴を見分けることは不可能な場所であるから,被告人の前記供述が虚偽であることは明らかである。

(6)遺留品に関する被告人の供述は捜査官の誘導によるものであるとの主張について

弁護人は,遺留品に関する被告人の供述は,捜査官の誘導によるものであるから,被告人が犯人であることを推認する根拠とはなり得ない旨主張する。

ポーチの色等に関する被告人の供述は前記第4・1記載のとおりであり,平成21年4月17日のY検事の取調べにおいてはじめて本件ポーチが「ベージュ色」である旨の供述調書(乙41)が作成されたものであるところ,ポーチの色の見え方に関する実況見分は,同日午後9時2分から午後9時47分までの間に本件ポーチの同等品を用いて行われ(甲96),同月18日午後8時25分から午後9時2分までの間に本件ポーチを用いて行われた(甲62)。被告人はそれらの実施に先立って前記の供述をしていたもので,前記供述調書が作成された同月17日の2回目の取調べ開始時点において,取調べを担当した同検事が見分の結果を知らなかったことは明らかである。むしろ,本件ポーチが薄いピンク色であることを知っていた同検事は,それが暗所においてベージュに見えるとは予想しておらず,ベージュ等と述べる被告人の供述を調書に録取するかどうか迷ったというのであり,被告人の前記供述を契機として実況見分を思い立ったことからすると,あえてベージュ色等と誘導して被告人の供述を録取した可能性はない。したがって,この供述は,被告人が取調官の把握していない点について自発的に供述したことを示すものである。

また,被告人は,パンティの特徴について捜査段階で前記のとおり供述したほか,公判廷においても,Nが捨てていた「パンツのようなもの」について,「ピンクか,そのベージュか分からないので,実際は,見たのは。だから,レースが入っておるパンツやなあと思いました。」,「私が感じたのは,レースやと思ったんです。」,「レースに見えたんです。」などと,供述調書に添付されたレース模様の図が,自らの感覚に基づいて自発的に作成したものであることを示唆するような供述をした。

被告人の取調べを担当したO刑事ら及びY検事が被告人からその目撃した遺留品の特徴について具体的な供述を得ようとしたことは明らかであり,争いもない。被告人は,そのような取調べにおいて,Nが犯人であることを印象づけるべく供述をしているのであって,その際には,取調官が把握していなかったピンク色のポーチが暗所ではベージュ色に見えるとの事実も述べ,各遺留品の特徴について録取された供述調書に繰り返し署名指印し,パンティ等の形状や特徴を図示したものであり,これらは,被告人の供述が自発的なものであることを示すものである。

被告人は,公判廷において,取調べの際に取調官から恫喝や誘導をされたと供述するが,各供述調書の作成に至る具体的な状況を述べるものではない上,ポーチやパンティについては誘導されたがスカート等の供述調書に録取されなかった物に限っては自発的に述べたという不合理な内容であって,その公判供述によっても誘導等があったとの疑いは生じない。また,被告人が取調官に誘導されるままに供述調書が作成されたとすると,7点ほどの遺留品の特徴を録取するのに20日近い日数が費やされたことと整合しない。

したがって,被告人の遺留品に関する供述は,いずれも自発的にされたものであることが認められる。

(7)供述調書等の証拠能力に関する主張について

弁護人は,遺留品の特徴に関する被告人の供述を録取した各供述調書は,実質的に伝聞証拠であり,被告人はNを犯人にするためにNが捨てた物を1つでも多く具体的に述べてほしい旨の取調官の虚言を信じて取調官の言うままに迎合して供述したものであるから,任意性がなく,また,利益誘導を伴う虚言や弁護権侵害の違法な取調べにより得た違法収集証拠であるとして,いずれも証拠能力がない旨主張する(被告人の捜査段階の供述を内容とする証人Yの公判供述もこれと同じ問題を有するから,これについても同旨の主張があるものと解される。)。

しかし,被告人の前記各供述調書及びYの公判供述は,被告人がその供述をした事実自体を証するものであり,その事実が被告人が遺留品の特徴を知っていたことを推認させるものであるから,伝聞証拠には当たらない。被告人のこれらの供述が自発的に任意にされたことは前述のとおりである。具体的な供述でなければ被告人の裁判においてNが犯人であるとの被告人の言い分は信用されない旨述べて遺留品の特徴について供述を求めたことは,本件殺人等の取調べにおいて,被告人の言い分が真実であることの根拠を供述することを求めたものであり,取調べに際してその供述が有する証拠構造上の意味を説明した上でなければ被疑者の供述を求めることができないわけではないから,それが被疑者の認識を把握することを目的としていたとしても,正当かつ必要な捜査であって,何ら違法なものではない。これ以外に,弁護人が主張する利益供与や弁護権侵害に当たる言動を取調官がしたことはうかがわれない。

したがって,被告人の供述調書等の証拠能力に関する弁護人の主張はいずれも採用できない。

4  結論

以上のとおり,被告人は,自発的に被害者の遺留品であるポーチ及びパンティについてその客観的特徴と合致する具体的な供述をしているところ,これらは必ずしも犯人でなければ知り得ないものではないが,前記3(3)(4)で述べたとおり,被告人がそれらの特徴を知る機会はそれぞれ相当限られており,その双方を知る機会があるのは犯人のほかにはほとんど考えられないものである。

第5  被告人の供述に犯人でなければ考えられないような変遷や虚偽が認められるとの主張(検察官の主張③)について

被告人は,平成20年5月6日から同月7日にかけての外出の有無につき,平成21年1月12日の取調べの際には数軒の飲食店に行ったと述べたが,その前後の取調べや公判廷では体調不良のため外出していないと供述したほか,公判廷において,B店に行ったことという証拠上明らかな事実さえ否定しており,殊更に虚偽を述べている。そして,被告人は,本件の犯人について,捜査段階からNであると述べ,公訴提起後には更に,被害者の母ら4人あるいはXである旨の手紙を捜査機関にあてて送付するなどし,公判廷においても,同旨の供述をしているだけでなく,被害者の母,Xに加えてQに対しても犯人呼ばわりする不規則発言をしている。さらに,被告人は,被害者が殺害されたことを知った日として,当初は平成20年5月8日にラジオで事件の報道を聞いたとしていたのに,公判廷では同月9日であったと述べ,また,同月7日に被害者の遺体を見せられたと明らかな虚偽を述べている。

これらは,自己の犯行への関与をうかがわせる事実をことごとくなりふり構わず否定するものであるが,そのそれぞれは,自らにかけられた嫌疑を避けようとする単純な態度というべきものであり,これらを総合しても,犯人でなければ考えられないようなものとはいい難い。

第6  弁護人主張の被告人が犯人でないことを示す事情について

1  被害者が知り合いでない者についていくはずがないという主張について

弁護人は,被害者は対人恐怖症を患っており本件当日も落ち込んだ精神状態であったから,知人でもない被告人についていく可能性はない旨主張する。しかし,前記のとおり被害者が本件犯行直前まで被告人と行動を共にしていたことは証拠上動かし難い事実であり,被害者が母親に無断で深夜に外出したことに照らしても前提を欠く。また,被害者がD中学校に向かったとする主張は,C社前の防犯ビデオに被害者が浜田八田線を東進する様子が写っていることと矛盾する。

2  その他の主張について

弁護人は,遺体発見現場が朝来川両岸の斜面を越えた立入困難な場所であるから,当時60歳であった被告人が傷一つ負わずに同所で犯行に及んだ上で穴を掘って被害者の遺体を埋めることは不可能であると主張するが,現場の状況に照らしても被告人に犯行が不可能であったとはいえない。また,弁護人は,周囲の住宅の居住者に悲鳴が聞こえるおそれがある遺体発見現場が犯行現場とされていることや,被告人が事件後もB店に行ったことは,被告人が犯人でないことを示す事情であると主張するが,これらは,被告人が犯人であることと矛盾しない。

その他に被告人以外の者が犯人であることの根拠として弁護人が主張する諸事情は,証拠に基づかない推論を述べたものに止まる。

第7  被告人が被害者を殺害等した犯人であること

前述のとおり,被告人が犯行時刻に近い本件当日午前3時15分ころ犯行現場にごく近接した場所に被害者と一緒にいたことが認められ,犯行が深夜の人の往来が少ない郊外で行われたことからすると,被告人が被害者と別れた後に別の人物が犯行現場において被害者を殺害した可能性は想定し難い。

被告人が本件ポーチの暗所での見え方を知っていたことは,被告人が犯行時刻にごく近接した時刻にこれを見たことを示す事実であり,被告人が被害者のパンティの特徴を知っていたことは,被害者が衣服を脱がされて以降被害者のパンティが投棄後変色するまでの間にこれを間近で見たことを示す事実である。そして,その双方を知る機会があるのは犯人のほかに考えにくいことからすると,被告人が犯人であることが強く推認される。被告人が本件犯行とは無関係にこれらを見たのであれば,これらについて認識するに至った経過や原因を説明するはずでありそれは容易であるところ,被告人は,本件当日に外出したことや被害者と一緒に歩行したことを否定して,Nが被害者の遺留品を捨てるのを見た等とする明らかな虚偽の供述を述べるに止まっているから,以上の推認を覆して被告人が犯人であることに疑いを抱かせる事情は存在しない。

したがって,被告人が被害者を殺害等した犯人であることが認められる。

(確定裁判)

被告人は,平成21年2月25日,京都地方裁判所舞鶴支部で窃盗罪により懲役1年に処せられ,その裁判は同年3月12日に確定したものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書(乙11)によって認める。

(法令の適用)

罰条

刑法181条1項,176条前段

(強制わいせつ致死の点)

刑法199条(殺人の点)

観念的競合

刑法54条1項前段,10条

(重い殺人罪の刑で処断)

刑種の選択

無期懲役刑を選択

併合罪の処理

刑法45条後段,50条

未決勾留日数の算入

刑法21条

訴訟費用の不負担

刑訴法181条1項ただし書

(量刑の理由)

本件は,被告人が深夜帰宅途上で出会った被害者と長時間同行した上,被害者に対し,その着衣をはぎ取って全裸にするなどのわいせつな行為をし,鈍器でその頭部や顔面等を多数回殴打して殺害したという事案である。

その犯行態様は,全裸にした被害者に対し,その必死の抵抗や多量の出血を意に介さず多数回殴打し続けたものであり,暴行の執拗さは際立っており,強い殺意に基づく冷酷残虐なものである。被告人は,偶然出会った被害者に対して抱いたわいせつの目的を実現するために本件暴行に及び,ついには殺害に至ったものであって,その経緯及び動機に酌むべき点は全くない。そして,本件の結果は,極めて重大である。すなわち,被害者は,未だ15歳であったところ,何ら理由なく本件被害により突然その将来を奪われたばかりか,本件暴行により顔面が原形を留めない程に損傷したほか,全裸にされるなどのわいせつ行為を受けており,その肉体的・精神的苦痛の大きさや絶望の度合いには計り知れないものがある。当然のことながら,被害者の母の被害感情は厳しく,被告人の極刑を望んでいるのはもっともである。被告人は,犯行後,被害者の遺体を土中に埋めるなどして刑事責任を免れるべく証拠を隠滅しており,自己の行為の重大性を顧みたり,被害者の無念な心情に共感したりする姿勢は見られない。それどころか,被告人は刑事手続全体を通じて,不合理な弁解に終始し,複数の者を本件の犯人であると名指しし,破廉恥にも本件は被害者の母が保険金詐欺の目的で行ったものであるとまで主張した上,公判廷においても,その悲痛な心情を述べる被害者の母に対して「真犯人のくせに何言うとんねん。」と暴言を吐いて,その心情を踏みにじり続けているものであって,反省悔悟の情は微塵も見られない。また,比較的平穏な地域社会で敢行された凄惨な犯行が周辺住民や一般社会に与えた恐怖感も大きく,その社会的影響も見過ごすことはできない。

被告人の前科についてみると,同棲していた元交際相手がその兄方に逃げ,同人から元交際相手に会うことを拒否されたこと等に立腹し,元交際相手とその兄を包丁で複数回突き刺すなどして殺害した上,その逃走中に包丁を用いて他人を脅迫し近隣の民家に立てこもるなどした殺人等の罪により懲役16年の刑に処せられ,その出所後3年も経たない間に,路上で見かけた女性を強姦しようと企て,同人を追尾してその自転車に自己の自転車を衝突させるなどして転倒させ,馬乗りになってその顔面を手拳で殴打したり棒で多数回突くなどし,同人を負傷させた強姦致傷罪により懲役5年の刑に処せられた各前科がある。これらは,自己の欲求が実現されないことに不満を爆発させ,あるいはその欲求を満たすために,相手の人格等を顧みることなく殺害や激しい暴行に及んだものであって,被告人の自己中心的な性格が表れたものである。被告人は,各服役中に自己の行為に向き合って反省する期間が十分にあったはずであるにもかかわらず本件犯行に及んでおり,その自己の欲求を満たすために他人の生命や尊厳を顧みない行動傾向はなお顕著であって,前述のような言動をしていることに照らしても,その改善更生を期待することは相当困難というべきである。これらの事情に照らすと,その犯情は極めて悪質であり,検察官が死刑を求刑するのも首肯できるところである。

他方,本件は,被告人が深夜帰宅途中に出会った被害者を襲った事案であって,わいせつ行為等の犯行を企てて相手を物色する等の準備をしたものではなく,他人の住居に侵入して犯行に及んだといった事案等とは異なり,偶発的な面があることは否定できない。特に,本件の量刑を考える上で最も大きな要素となる殺人については,連続的に人を殺害したような事例はもとより,何らかの目的のために周到に殺害を計画したり,あえて殊更残忍な殺害方法を選択したような事案とは,いささか犯情を異にする面がある。また,被告人が,殺人罪等の前科について平成元年12月に,強姦致傷罪の前科について平成9年2月にそれぞれ刑の執行を受け終えた後は,窃盗罪で2度服役したとはいえ本件に至るまで同様の暴力的な犯罪を行っていないことを照らすと,被告人の前記前科に表れたその犯罪傾向の強さを量刑上考慮するにも限度がある。これらの事情を前提としつつ,これまでの裁判例を参酌した上,罪刑の均衡及び一般予防の双方の見地から検討しても,死刑の選択がやむを得ないとまではいい難いから,結局,被告人に対しては,無期懲役刑に処するほかない。

(裁判長裁判官 笹野明義 裁判官 江見健一 裁判官 前田芳人)

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