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京都地方裁判所 平成21年(ワ)1260号 判決 2010年3月31日

主文

1  被告は,原告Aに対し,4946万6410円及びうち4446万6410円に対する平成17年12月10日から,うち500万円に対する本判決確定日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告Bに対し,4946万6410円及びうち4446万6410円に対する平成17年12月10日から,うち500万円に対する本判決確定日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用はこれを4分し,その1を原告らの負担とし,その余は被告の負担とする。

5  この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告Aに対し,6540万6522円及びうち6040万6522円に対する平成17年12月10日から,うち500万円に対する本判決確定日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告Bに対し,6540万6522円及びうち6040万6522円に対する平成17年12月10日から,うち500万円に対する本判決確定日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

第2事案の概要

本件は,通っていた塾の講師に塾内で殺害された児童の両親である原告らが,同講師を雇用していた被告に対し,不法行為(使用者責任)または安全配慮義務違反に基づく損害賠償,及び不法行為日からの民法所定の遅延損害金(ただし,弁護士費用相当部分に対する遅延損害金については本判決確定日の翌日から)の支払を求める事案である。

1  前提事実(当事者間に争いのない事実及び後掲の証拠により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告ら及びC

原告Aと原告Bは,平成*年*月*日に婚姻した夫婦であり,Cの法定相続人である。

原告らの間には,平成5年*月*日に長女であるCが,平成*年*月*日に長男であるDが出生した。

平成17年*月ころ,原告Aの転勤に伴い,原告らは東京から京都府F市に引っ越した。そして,Cは,同月,京都府F市立G小学校に転校するとともに,進学塾である「H」I校(以下「本件塾」という。)に入塾した。(甲1)

イ 被告

被告は,京都府や滋賀県等において進学塾を多数経営する株式会社であり,本件塾も,被告の経営する進学塾であった。

ウ J

Jは,昭和*年*月*日に出生し,平成*年*月にK大学法学部に入学した者であるが,平成15年1月から同年6月にかけて同大学構内において窃盗を繰り返し,そのあげく,その窃盗を目撃してこれをとがめた者に暴行して傷害を負わせ,平成15年*月から平成17年*月*日まで,同事件により同大学から停学処分を受けることになった。なお,Jは,同事件について,平成16年*月*日,窃盗及び傷害の罪により懲役2年6月,執行猶予3年間の判決を言い渡された。

そして,Jは,停学中の平成15年*月,被告の講師採用面接を受けて採用され,本件塾の国語と英語の講師として配属された。

また,Jは,平成15年ころ,アスペルガー障害(広汎性発達障害の一種)と診断され,3週間に1回程度の通院で,投薬による治療を継続的に受けていた。

(2)  JによるCの殺害行為

Jは,平成17年12月10日午前9時ころ,塾内放送を流して,本件塾の106教室で試験の開始を待っていた生徒のうち,C以外の生徒を101教室に誘導してCを106教室に一人にした後,同教室の監視カメラを受信する機械のコンセントを抜いた上,本件塾の出入口などに,遅参した生徒を101教室に誘導するための張り紙を張った。

そして,Jは,106教室に行くと,出入口のドアを施錠し,席に座っていたCの横をすり抜けて背後に回り込み,ショルダーバッグから,予め用意していたハンマーや出刃包丁(刃体の長さ約16cm)を取り出し,Cの頭部,顔面,頚部等を背後ないし前面から十数回にわたって出刃包丁で突き刺すなどし,Cが防御姿勢をとった両手部,手背部等にも切りつけ,さらに,教室後部に行って倒れたCに対し,その頚部を数回出刃包丁で突き刺すなどして,Cを殺害した(以下「本件事件」という。)。

Jは,その直後,携帯電話で,同人の父親と警察に電話をし,現行犯逮捕された。

Cは,当時,12歳であった。(甲2,3)

(3)  刑事裁判

Jは,平成17年,本件事件について殺人罪等で京都地方裁判所に起訴され,同裁判所は,平成19年*月*日,弁護人の心神耗弱の主張を排斥して完全責任能力を認め,懲役18年の刑を言い渡した。

検察官及びJが同判決に対して控訴したところ,大阪高等裁判所は,平成21年*月*日,Jはアスペルガー障害と著しい幻覚妄想等の精神病様症状の影響により,自己の行為の是非善悪を区別し,これに従って行動する能力が著しく減退していた心神耗弱の状態にあったとして,原判決を破棄し,懲役15年の刑を言い渡した。(甲2,3)

2  争点

損害及び損害額

3  争点に関する当事者の主張

(1)  原告らの主張

本件事件は,被告の経営する本件塾の教室内において,講師と生徒という関係の下で行われたものであるから,被告は使用者責任を負う。また,被告は,Jを漫然と雇用して小学生の指導担当とした上,JのCに対する異常な対応等があったにもかかわらずJの犯罪歴やアスペルガー障害について調査しないなど,本件を未然に防止できる機会を逸したのであり,単なる使用者責任にとどまらず,被告自身の過失責任も重大である。

そして,原告らに生じた損害及び損害額は,次のとおりである。

ア Cの損害及び損害額

Cに生じた損害及び損害額は次のとおりであり,Cの両親である原告らは,それぞれ2分の1ずつこれを相続することとなる。

(ア) 逸失利益

Cは,中学校から私学に進学し,優れた教育環境の下で大学あるいは大学院に進学し,高度な教育を受け,高度な能力を身につけた社会人になることを目指しており,実際,模擬試験の成績も第1志望であるL大学附属中学校に合格できる水準であったから,Cは,将来,立派な社会人として相当の収入が得られることが確実であった。

また,Cが社会人となるのは高校卒業時でも平成24年4月であり,そのころには賃金の男女格差がほぼ解消されていると考えられ,生活費控除についても男女格差が縮小していると推測される。

そこで,Cの逸失利益は,基礎収入額を賃金センサス(平成19年)による男子全平均とし,就労可能年数を18歳から67歳とし,生活費控除率を40%として,算定すべきである。

そうすると,下記計算式のとおり,Cの逸失利益は,4512万4696円となる。

〔計算式〕

(年収)    (生活費控除)(ライプニッツ係数)

554万7200円×(1-0.4)×13.5578≒4512万4696円

(イ) 慰謝料

本件事件は,最も安全でなければならない教育現場において,児童を誰よりも保護しなければならない教師(講師)によって,児童の信頼を裏切ってなされた行為である。しかも,本件事件における犯行態様・結果は,何人も正視できない無惨極まりないものであり,本人の無念は筆舌に尽くし難い。

したがって,C本人の慰謝料としては,5000万円が相当である。

イ 原告らの損害及び損害額

原告らに生じた固有の損害及び損害額は次のとおりである。

(ア) 葬儀関係費用

本件事件は,Cの通学していた学校,本件塾の児童やその親らに大きな衝撃を与えたため,葬祭場において営まれた通夜,葬儀には1300人以上もの弔問見舞客があり,原告らは,葬儀費として307万1400円を支出した。

また,原告らは,現在はCのお骨を自宅の祭壇に祀っているが,いずれは埋葬し,祭壇を仏壇に改めざるを得ない。

そうすると,下記計算式のとおり,葬儀関係費用は550万円となる。

〔計算式〕

(葬儀費)  (仏壇費)(墓地・墓石代)

300万円+100万円+150万円=550万円

(イ) 近親者慰謝料

原告Aは,Cを守れなかった無念さと,Cの遺体の惨状に,胸の潰れる想いが続き,常に全てが足もとから崩れ落ちるような苦痛に日々耐えている。

また,原告Bは,本件事件直後の数週間は完全に茫然自失の状態であり,現在も,一人では近隣へ買い物に行くことすらできない精神状態が続いており,京都府犯罪被害者支援室のカウンセラーや母親のほぼ常時の支援を受けつつ,何とか暮らしている。

これらの原告らの固有の苦痛に対する慰謝料は,原告らそれぞれにつき,1000万円を下ることはない。

(ウ) 公判記録謄写費用

原告らは,本件事件に係る公判の内容を正確に知ること,学習塾全体に安全確保策の確立を求める運動の基本資料とすること,被害者としての損害賠償請求の資料とすることなどのために,必要と思われる公判記録を,公判担当裁判所の許可を受けて謄写したところ,現在までに要した費用は,18万8349円である。

(エ) 刑事支援等の弁護士費用

原告らは,平成17年*月*日以降,M弁護士に,被告の関係者(本件塾の校長,講師等)に対する事情聴取や打ち合わせ・立会い,被告の代理人弁護士との交渉窓口,公判の傍聴同席,公判後の刑事事件の進行内容についての解説,Jの弁護人らとの接触窓口,マスコミとの対応窓口,記者会見の設定等準備・同席,被害者としての公判記録の謄写手続等を依頼してきた。

これらの業務内容,3年以上という期間等からして,少なくとも100万円が相当因果関係のある損害である。

(オ) 本件訴訟の弁護士費用

本件訴訟の弁護士費用は,900万円が相当である。

ウ まとめ

以上のとおりであるから,原告らは,被告に対し,下記内訳のとおりの損害額各6540万6522円及びうち6040万6522円に対する不法行為の日から,うち500万円に対する判決確定日の翌日から,それぞれ支払済みに至るまで,民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める。

なお,被告は,被用者の故意行為による使用者責任の場合には使用者の責任が被用者本人よりも軽減されるかのように主張するが,使用者責任は代位責任であるから,そのように解する余地はない。

〔内訳〕

Cの逸失利益の2分の1  各2256万2348円

Cの慰謝料の2分の1  各2500万円

葬儀関係費の2分の1  各275万円

近親者慰謝料  各1000万円

刑事事件謄写費用の2分の1  各9万4174円

刑事・民事弁護士費用の2分の1  各500万円

(合計)     (各6540万6522円)

(2)  被告の主張

被告は,被告に法的責任があることについては争わない。ただし,被告が事前にJの殺害計画に気付くのは困難であったから,本件事件を未然に阻止できなくても,被告の責任が重大であったとはいえない。

被告は,被用者の過失による不法行為につき,使用者が被用者と同等の責任を負う場合があることを否定するものではないが,本件事件は,被用者の故意行為によるものであるという特殊性があるから,使用者の責任を考えるに当たっては,故意による犯罪行為を侵したJ(被用者)と,被用者に対する選任・監督を怠ったという過失に責任の根拠がある被告(使用者)では,その責任の根拠が異なること,被告においては,Cの死亡の結果までは予見可能性があるとしても,Jによる残忍悪質な行為までは予見不可能であることといった点を考慮する必要があり,行為態様の悪質性を殊更に強調して慰謝料を増額することは,予見可能性・法的安定性を害するものである。

ア Cの損害及び損害額

(ア) 逸失利益

Cの基礎収入額は,全労働者の全年齢平均賃金(平成19年賃金センサスによれば488万2600円)により算定すべきであり,生活費控除率については,45%が相当である。

そうすると,Cの逸失利益は,下記計算式のとおり,3640万8523円が相当である。

〔計算式〕

(年収)    (生活費控除)(ライプニッツ係数)

488万2600円×(1-0.45)×13.5578≒3640万8523円

(イ) 慰謝料

争う。

慰謝料額の算定に当たっては,相当因果関係の認められる範囲内にとどまるべきであり,Cの慰謝料は,2500万円が相当である。

イ 原告らの損害及び損害額

(ア) 葬儀関係費用

原告らが現実に支出した葬儀費の額は不知。

本件事件と相当因果関係のある葬儀関係費用としては,200万円が相当である。

(イ) 近親者慰謝料

争う。

原告らの慰謝料は,各500万円が相当である。

(ウ) 刑事事件謄写費用

争う。

本件事件と相当因果関係のある損害ではない。

(エ) 刑事支援等の弁護士費用

争う。

本件事件と相当因果関係のある損害ではない。

(オ) 本件訴訟の弁護士費用

争う。

ウ 損害賠償金の一部弁済

Jは,平成18年*月*日,京都地方法務局において,原告各自を被供託者として各525万6850円(本件事件の損害賠償金500万円及びこれに対する平成17年12月10日から供託日である平成18年*月*日までの年5%の割合による遅延損害金25万6850円)を弁済供託したから,供託金額相当額は,被告が原告らに対して支払うべき金員から控除されるべきである。

第3当裁判所の判断

1  被告の責任

前記前提事実のとおり,本件事件は,被告の経営する本件塾の教室内において,本件塾の営業時間中に,被告の雇用する本件塾の講師であるJが,生徒であるCを殺害したというものであるから,被告は,使用者責任(715条,709条,711条)に基づき,JがC及びその両親である原告らに与えた損害を賠償する責任を負う。

そこで,被告が賠償すべき損害及び損害額について,検討する。

2  Cの損害及び損害額

(1)  逸失利益

Cは,死亡当時12歳であったから,本件事件が発生しなければ,18歳から67歳までの49年間稼働して,収入を得ることができたと認めるのが相当である。

そして,近年,男女の賃金格差が縮小傾向にあり,今後もそのような傾向が続くと予想されることに加え,Cが死亡当時12歳であり,多様な就労可能性を有していたことに鑑みると,Cの逸失利益を算定するにあたっての基礎収入については,全労働者平均賃金を採用するのが相当である(賃金センサスは,最新のもの(平成20年)を用いるべきである。)。なお,原告は,男子全平均賃金を採用すべきと主張するが,上記のとおり男女の賃金格差が縮小傾向にあるとはいえ,Cの稼働するであろう期間において,女子の平均賃金が男子と全く同等になるとまでは必ずしもいえないし,Cは死亡当時12歳であり,将来男子と全く同等の賃金を得るかどうかは不確実としかいいようがないから,原告ら主張の男子全平均賃金ではなく,全労働者平均賃金を採用するのが妥当である。

また,未就労の年少男子の場合との均衡等を図る必要もあるから,生活費控除率は45%が相当である。

そうすると,下記計算式のとおり,Cの逸失利益は,3624万4473円と認めるのが相当である。

〔計算式〕

(年収)    (生活費控除)(ライプニッツ係数)

486万0600円×(1-0.45)×13.5578≒3624万4473円

(2)  慰謝料

前記前提事実,証拠(甲4,8)及び弁論の全趣旨によれば,Jは,Cを殺害するために,予め凶器を準備し,106教室にCがいることを確認し,Cと一緒に同教室にいた他の生徒を別の教室に誘導し,監視カメラのコンセントを抜き,106教室に他の生徒が来ないように張り紙をして,犯行が直ちに知られないような状況を作ってから,同教室に赴いて同教室に施錠し,犯行の準備を整えた上で,逃げようとし,あるいは手や腕で防御しようとするCに対し,その顔面,頭部や頚部を中心に,多数回執拗に出刃包丁で切りつけたり突き刺すなど,容赦のない攻撃を加えて失血死させたものであり,その犯行態様は極めて卑劣かつ残虐なものであり,Cの味わった恐怖・苦痛・無念さは筆舌に尽くし難い。Cには,何の落ち度もなく,わずか12歳という年齢で,理不尽に,希望にあふれた未来を残酷な形で潰されたのであって,本件に現れた一切の事情を考慮すると,Cの慰謝料の額は,3500万円が相当である。

(3)  原告らによる相続

上記(1)及び(2)のとおり,Cの損害額は合計7124万4473円であるところ,原告らの相続分はそれぞれ2分の1であるから,原告らは,相続により,それぞれ3562万2236円の損害賠償請求権を取得する(1円未満切捨て)。

3  原告ら固有の損害及び損害額

(1)  葬儀関係費用

証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,葬儀費用,粗供養,花代,食事代,法要費等の合計310万8915円を支出したこと,近い将来において,ほぼ確実に,仏壇,墓地及び墓石の購入費用を支出することが認められる。

そして,Cの被害時の心情に鑑み,また,両親である原告ら自身の思いから,原告らがCを手厚く葬ろうとするのは当然であることに加え,本件事件がマスコミにより全国的に大きく報道されたこと(顕著な事実)などからして,多くの参列者を受け入れざるを得ないなど,通常より費用を要する葬儀になったことはいたしかたないといえる。ただ,そうであっても,香典を受領していることとの関係上,粗供養を損害と認めるべきではないこと,著しく高額な仏壇・墓地・墓石購入費用についてまで相当因果関係を認めるべきではないことといった点も考慮すると,本件事件と相当因果関係のある葬儀関係費用,仏壇・墓地・墓石購入費用は,合計350万円と認めるのが相当である。

(2)  近親者慰謝料

原告らは,大切に育ててきたCを,安全であるべき塾の教室内で,突如,残酷な態様で殺害されたのであって,しかも,本件事件直後の無惨な姿の遺体と対面した原告Aの精神的衝撃,悲しみ,憤りは察するに余りある。

さらに,原告Bは,本件事件のため,現在でも不安定な精神状態が続いているのであって,母親としての悲しみはあまりに深いことも推察される。

そして,その他,本件に現れた一切の事情も併せ考慮すると,原告らの慰謝料の額は,それぞれ700万円と認めるのが相当である。

(3)  公判記録謄写費用

証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,本件事件の刑事裁判記録の謄写のため,合計18万8349円を支出したことが認められる。

そして,犯罪行為により子が死亡した場合,親が,真実を知るため,また,加害者等に対する損害賠償請求の資料収集をするために,公判記録を謄写することは,ごく自然で社会通念上相当な行動であって,当該犯罪行為と公判記録の謄写等費用の支払との間には,相当因果関係があるというべきである。

したがって,本件においても,原告らの支払った公判記録の謄写費用全額(18万8349円)が,本件事件と相当因果関係がある損害と認められる。

(4)  刑事支援等の弁護士費用

犯罪行為があった場合,その被害者や遺族が,捜査・公判等の刑事手続の進行を理解するため,また,特に,社会的耳目を集める事件であった場合には,マスコミに対応するため,弁護士に支援を依頼することは,ごく自然で社会通念上相当な行動であるから,依頼した業務内容,期間,繁忙の程度等により,相当な額については,当該犯罪行為と相当因果関係にあるというべきである。

弁論の全趣旨によれば,本件においては,原告らは,平成17年2月17日以降,M弁護士(原告ら訴訟代理人)に対し,公判の傍聴同席,公判後の刑事事件の進行内容についての解説,公判記録の謄写手続,Jの弁護人らとの対応,マスコミとの対応,記者会見の設定・同席等を依頼したこと,その業務は本件事件後から3年以上にわたったことが認められるとともに,本件事件がマスコミで大きく報道されたこと(顕著な事実)を併せ考えると,その業務は繁忙で時間を要するものであったことが認められる。

そして,これらの事情を総合考慮すると,本件事件と相当因果関係のある刑事支援の弁護士費用としては,100万円と認めるのが相当である。

4  Jによる供託

証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,Jは,平成18年*月*日,原告らそれぞれに対し,本件事件に係る損害賠償金及び遅延損害金として525万6850円(損害賠償金500万円,平成17年12月10日から平成18年*月*日までの遅延損害金25万6850円)を提供したが受領を拒否されたため,平成18年*月*日,同額を供託したことが認められるところ,被告は,この供託金額相当額を,被告の負うべき損害賠償金から控除すべきであると主張する。

しかし,一部弁済の提供をしても,それは債務の本旨に従った弁済の提供ではないから,受領を拒否されたためにこれを供託しても,供託金額相当額の債務は消滅しない(大審院明治44年12月16日判決・民録17輯808頁,大審院昭和12年8月10日判決・民集16巻19号1344頁)。

したがって,上記供託金額相当額を損害賠償金から控除すべきという被告の主張は採用できない。

5  本件訴訟の弁護士費用

本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件事件と相当因果関係のある本件訴訟の弁護士費用は,900万円と認めるのが相当である。

6  損害額のまとめ

原告らの損害額は,前記2,3,5のとおりであるから,原告らそれぞれの損害額は,下記内訳のとおり,4947万6410円となり,原告らは,被告に対し,使用者責任に基づき,それぞれ損害賠償として4946万6410円及び遅延損害金を請求できる。

なお,被告は,被用者の故意行為により使用者責任が生じる場合には,使用者が負うべき損害賠償額は,被用者と使用者の責任原因の違いや,使用者の予見可能性が限られることを考慮して別途算定されるべきであると主張するが,使用者責任の性質は,被用者の選任・監督につき帰責性のないことを免責事由とする代位責任と解することが相当であり,使用者は,被用者が負うべき損害賠償額と同額の責任を負うことはやむを得ないというべきであるから,被告の主張は採用できない。

〔内訳〕

相続により取得する損害賠償請求権  3562万2236円

葬儀関係費用の2分の1  175万円

近親者慰謝料  700万円

公判記録謄写費用の2分の1  9万4174円

刑事支援の弁護士費用の2分の1  50万円

本件訴訟の弁護士費用の2分の1  450万円

(合計)     (4946万6410円)

7  結論

以上のとおりであり,原告らの請求は,それぞれ,被告に対する4946万6410円の損害賠償及びうち4446万6410円(相続により取得する損害賠償請求権,葬儀関係費用,近親者慰謝料,公判記録謄写費用)に対する不法行為日である平成17年12月10日から,うち500万円(刑事支援及び本件訴訟の弁護士費用)に対する本判決確定日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,この限度で認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本清隆 裁判官 橋本眞一 裁判官 髙橋里奈)

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