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京都地方裁判所 平成21年(ワ)1655号 判決 2010年12月14日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、五七四万二四七一円及びこれに対する平成一九年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決の一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告は、原告に対し、三六六四万五〇八三円及びこれに対する平成一九年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  仮執行宣言

(被告は、担保を条件とする仮執行免脱宣言を求めた。)

第二事案の概要

本件は、車両同士の追突事故につき、被追突車の運転者である原告が、追突車の運転者である被告に対し、民法七〇九条又は自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を請求する事案である(遅延損害金の起算日は事故の日)。

一  争いのない事実及び容易に認定できる事実(引用証拠のない事実は争いがない。)

(1)  交通事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

① 日時 平成一九年三月一八日午前一一時三五分ころ

② 場所 京都市山科区音羽前田町三五番地一先国道一号線北行車線(以下「本件事故現場」という。)

③ 関係車両

ア 普通乗用自動車(〔ナンバー省略〕)

運転者・原告(以下「原告車」という。)

イ 普通乗用自動車(〔ナンバー省略〕)

運転者・被告(以下「被告車」という。)

④ 態様 本件事故現場で前方交差点の対面信号が赤色表示のため停止中の原告車の後部に被告車が追突した。

(2)  責任原因

本件事故は、被告の前方不注視により発生した(したがって、被告は、原告に対し、民法七〇九条に基づく損害賠償義務を負う。)。

(3)  原告の入通院経過の概要

① 原告は、本件事故当日の平成一九年三月一八日及び翌一九日、京都府立医科大学附属病院(以下「府立医大附属病院」という。)に通院した(甲四)。傷病名は頸椎(以下、引用元に「頚」とある場合も含めて「頸」で統一する。)捻挫及び腰椎捻挫である(甲四)。

② 原告は、平成一九年三月二〇日から平成二〇年三月一一日までの間、医療法人整形外科鈴木医院(以下「鈴木医院」という。)に通院した(実通院日数二四五日)(甲五、八)。傷病名は、当初は頸椎捻挫、腰椎捻挫、右股関節捻挫、次いでこれに頸椎間板ヘルニア、脳動脈瘤が加わった(甲五)。

③ 原告は、平成一九年四月三日、医療法人順和会京都下鴨病院(以下「下鴨病院」という。)に通院した(甲五)。傷病名は、頸部捻挫、頭部痛である(甲五)。

④ 原告は、平成一九年四月七日から同年六月二五日までの間、医療法人清仁会シミズ病院(以下「シミズ病院」という。)に通院し(実通院日数六日)、同月二六日から同年七月九日まで同病院に入院し(入院日数一四日)、同月一九日から平成二〇年三月三日まで同病院に通院した(実通院日数一〇日)(甲六、乙一五)。同病院での診断名は、外傷性頸部症候群、頸部脊椎管狭窄症である(甲六)。

原告は、上記入院中の平成一九年六月二七日、C五/六、六/七の頸椎前方固定術を受けた(以下「本件手術」という。乙一三)。

(4)  症状固定

原告について、シミズ病院の医師は平成二〇年三月三日を、鈴木医院の医師は同月一一日を、それぞれ症状固定日と診断した(甲七、八)。

(5)  後遺障害等級認定

① 損害保険料率算出機構は、平成二〇年六月二〇日、原告の後遺障害について、次のとおり認定判断した(非該当とした部分は省略する。乙五の二)。

ア 本件事故による受傷に伴い本件手術の施行が認められることから、脊柱の変形障害は、「脊柱に変形を残すもの」として自動車損害賠償保障法施行令別表第二(以下、単に「別表二」という。)の一一級七号に該当する。咽頭違和感、軽度えん下障害の症状は上記に含めて評価するものと判断する。

イ 頸椎捻挫、外傷性頸椎椎間板ヘルニア後の右上腕痛、右環指・小指痛、後頭部痛、耳鳴りの症状は、他覚的に神経系統の障害が証明されていないが、治療状況、症状推移等も勘案し、症状の将来にわたる残存は否定し難いので、「局部に神経症状を残すもの」として別表第二の一四級九号に該当するものと判断する。

ウ 本件手術に伴う左腸骨からの採骨後の採骨部痛の症状は、他覚的に神経系統の障害が証明されていないが、治療状況、症状推移等も勘案し、症状の将来にわたる残存は否定し難いので、「局部に神経症状を残すもの」として別表第二の一四級九号に該当するものと判断する。

エ 上記アないしウより別表第二併合一一級となる。

② 原告は、上記認定判断に対し、異議申立てをしたが、損害保険料率算出機構の判断は変更されなかった(乙五の三)。

二  主な争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  頸椎椎間板ヘルニアと事故との因果関係

① 原告の主張

ア 被告は、時速五〇キロメートルをそれほど下回らない速度で進行中、脇見をして原告車に気付かず追突した。仮に、被告が衝突直前に制動措置を採ったとしても、空走距離を考慮すれば、被告車は高速度のまま原告車に追突したものとみるべきである。被告車の前部はかなり損傷している。ベンツの車体が衝撃に強いとすれば、車内にいた原告にはかなり大きな衝撃が加わったことが明らかである。

イ 原告は、本件事故により、C五から七、特にC六/七に外傷性頸椎椎間板ヘルニアの傷害を負った。

ウ 本件事故直後から、原告には、頸部痛、前屈での右上腕内側のしびれ等が認められ、保存的療法では症状が改善せず、同事故後九日目には神経ブロック注射をするほど症状が増悪していたこと、前屈での右上腕内側のしびれの原因が頸椎椎間板ヘルニアC五/六、六/七の可能性があるとの所見があること、同事故後五日目にC五、六圧痛ありと診断されていること、他覚所見として、ジャクソン・スパーリングテスト陽性(鈴木病院、平成一九年三月二三日、同年五月八日)で、神経根症状、知覚症状(中、環、小)及び左上肢の筋力低下(シミズ病院、同年五月二一日)が認められ、頸部神経根症治療成績判定基準では、二〇点満点中右一二点、左八点(シミズ病院、同年五月二一日)、画像所見(前同)でC五から七頸椎椎間板ヘルニアが認められたこと、本件手術の術中所見として、C六/七右外側にヘルニア塊が認められており、C七を圧迫していたと診断されたことなどから、外傷性頸椎椎間板ヘルニア(C五から七)の発症は明らかである。

エ 本件事故後の原告の症状は、「右上腕内側のしびれ」、「左第四、五指のしびれ感」、「左手でものに触れるとあみに触れしびれるような感じ」であるのに対し、同事故前の平成一七年当時の症状は、「左上肢の筋力低下」、「左母指、示指の知覚異常」で同事故後の症状は訴えていなかった。本件事故前の原告の上記症状の原因は、C三/四ヘルニアであり、本件事故による障害部位と異なる。平成一七年三月三日撮影のMRI所見にC五/六右側にヘルニアとあるが、鈴木医院の医師等は、責任病巣はC三/四と診ている。同MRI所見で、C六/七の椎間板膨隆が認められるが、硬膜の圧迫は認められない。

② 被告の主張

ア 原告車はベンツであるのに対し、被告車は重量が原告車の二分の一以下の軽自動車であること、本件事故により原告車に明らかなでこぼこ等の損傷が認められないことなどに照らし、本件事故による衝撃が原告の身体に与えた影響は軽度である。

イ 原告には、本件事故に起因する外傷性頸椎椎間板ヘルニアは発生していない。すなわち、本件事故後の平成一九年五月二一日撮影の頸部MRIでC三/四にヘルニア像が見られるが、これに合致する神経学的異常所見は認められていない。平成一九年五月二日時点で、鈴木医院における検査では、腱反射及び知覚検査は正常、同年四月九日のシミズ病院初診時、腱反射はすべて正常、同年五月二一日の頸部神経根症治療成績判定基準において、腱反射正常、筋力は右正常、左軽度の低下、知覚は左のみ明白な障害である。したがって、医学的に頸椎椎間板ヘルニアの確定診断はできない。なお、原告は、本件事故後「常時、右上肢を握られている感じがある。」との神経症状を訴えたが、上記症状がC六/七の根症状であり、本件事故に起因するものであるなら、本件事故直後から発症していなければならない。しかるに、原告の上記訴えは、本件事故から約二か月経過後の平成一九年五月一七日が最初である。

ウ 原告は、本件事故前から、頸痛上肢痛を訴えていたところ、同事故前の平成一七年三月三日撮影の頸部MRIで、C三/四中央、C五/六右側に椎間板ヘルニアの所見が認められており、原告は、同事故前から頸痛上肢痛のヘルニア症状を有していた。C三から六にヘルニアと診断される頸椎の変性が認められていたことは、多椎間にわたって頸椎の退行変性が顕著であることを示すものであり、C六/七も退行変性の進行を受ける蓋然性が高い。このように原告には本件事故前から加齢変性による頸椎椎間板変性の既往症があり、同事故後の頸部痛等の症状は、同事故前からのヘルニア症状の再発である。

原告は、本件事故前後で症状が異なる旨主張するが、平成一七年当時の原告の症状は、左頸痛から上肢肩・左上肢しびれ、左上肢筋力低下、左母指・左示指の知覚異常であるのに対し、本件事故後の症状には、「左回旋にて左肩上肢痛、左手の知覚鈍麻、左手のしびれ、握力右三六・八、左一〇・九、左上肢のこむら返り」(鈴木医院)、「左第四、五指しびれ感、左手しびれ、左後頭部痛、後頸部痛」(シミズ病院)があり、平成一七年当時の左上肢の症状と全く同一である。

(2)  本件手術に係る損害と事故との相当因果関係

① 原告の主張

本件事故による原告の外傷性頸椎椎間板ヘルニアに対しては、薬物療法、牽引療法が施されたが、頸部痛、耳鳴りのみならず、左手があみに触れたようなしびれと、普通の姿勢をしても右上肢が締め付けられているような激しい症状が改善されなかったため、上肢の痛みを改善する目的で本件手術が施行された。これにより右上腕の痛みは、一〇の六程度に改善し、握力も回復した。

② 被告の主張

ア 本件手術前、神経学的・客観的所見はなく、右上肢の神経症状は改善していたこと、平成一九年五月二一日撮影のMRIではC五から七にかけては椎間板変性所見のみで頸髄圧迫は認められなかったことからして、C五/六、六/七の手術適応はない。なお、術後における右上肢痛の更なる改善は認められず、術前になかった右環指・小指痛が発現したなどの点からも、本件手術は妥当性に疑問がある。

イ 仮に、本件手術の適応が認められるとしても、前記のとおり、その対象となったのは、本件事故による傷害ではなく、同事故前からの加齢性変性であるから、同手術に係る損害と本件事故とは相当因果関係がない。

(3)  相当な休業期間

① 原告の主張

原告は、本件事故当時、従業員一名を雇用し、「a工業」の営業表示によりビル用アルミサッシ施工業を営んでいたが、同事故により平成一九年一二月末まで就労不能であった。

② 被告の主張

本件事故による原告の傷害は、他覚所見のないむち打ち症であり、就労不能が認められるとしても、最大一か月半であり、当初の一か月は一〇〇パーセント、その余の半月は三〇パーセントを超えない。

(4)  基礎収入の額

① 原告の主張

本件事故前五年間の年平均所得五二六万七七四五円を基礎収入とすべきである。

② 被告の主張

原告の平成一六年分ないし平成一八年分の確定申告(平成一八年分の修正申告前の当初申告)に係る所得の平均二八〇万八二九五円を基礎収入とするのが相当である。

(5)  逸失利益の算定方法

① 原告の主張

原告の事業は、少なくとも二名のチームで行う、工具袋を腰に下げて重量物を担いだり運んだりする筋力仕事で、高所での作業も伴うものであるが、別表第二の一一級七号、一四級九号、併合一一級認定の後遣障害が残存した。原告の事業との関係では、首の旋回や上げ下げに限界ができたため、アルミサッシ枠の取付け、計測時に大きな支障があり(頸椎部の運動障害)、右上腕から手指先にかけて常時しびれや痛みがあり重いものが持てない(右上腕痛、右環指・小指痛)、重いものを抱えたり肩に乗せたりすると頸部に電気が走るような痛みがあり、後頭部のしびれに進展する(後頭部痛)、左手の握力低下により物を掴む作業に支障が生ずる、キィーンという金属音的な耳鳴りが日常的にある、上記工具袋が骨盤採骨部の尖りにあたり激痛が走るなどの影響がある。

原告の所得は、症状固定時から最低でも三年間は赤字であるから、四六歳(症状固定時)から三年間は労働能力喪失率を一〇〇パーセントとし、その後の一八年間は二〇パーセントより高い労働能力喪失率を認めるべきである。

② 被告の主張

ア(ア) 前記のとおり、本件手術は、本件事故前からの加齢性変性に対するものであるから、同事故により「脊柱の変形を残す」後遺障害は発生していない。

(イ) 右上肢痛、右環指・小指痛、後頸部痛、耳鳴りは、本件手術前にはなく又は症状が軽減していたが、術後に発症し又は悪化したものであるから、本件事故とは相当因果関係がない。

(ウ) 本件手術に伴う左腸骨採骨後の採骨部痛は、上記アと同様、本件事故と相当因果関係がない。

イ 仮に、本件手術による脊椎の変形と本件事故との間に因果関係があるとしても、頸椎前方固定術後の脊椎の変形は労働能力に直接影響を及ぼさないから、労働能力の喪失は認められない。仮に、労働能力の喪失を認めるとしても、馴化により影響が低減する蓋然性が高いから、喪失期間は一〇年を超えない。

(6)  素因減額

① 原告の主張

前記のとおり、本件事故による外傷性頸椎椎間板ヘルニアはC五/六、六/七であるのに対し、原告の既往症はC三/四であり、本件は素因減額すべき事案ではない。

② 被告の主張

前記のとおり、原告の本件事故後の症状は、同事故前にあったヘルニア症状の再発であり、同事故の外傷が何らかの影響を与えたとしても、その基盤としての頸椎の椎間板の加齢性変性、ヘルニアが大きな要因となった。したがって、五〇パーセントを下回らない素因減額をすべきである。特に、本件手術による損害と本件事故との間の相当因果関係が肯定される場合は、C五/六の椎間板の変性が同事故前からのものであることが医学的に立証されているから、七〇パーセントを下らない素因減額をすべきである。

第三当裁判所の判断

一  原告の治療経過等

(1)  本件事故前(平成一七年当時)

甲一号証、二五号証、乙一一号証、一六号証、一九号証の一、二一号証によれば、次の事実が認められる。

① 原告(昭和三六年○月○日生)は、平成一七年二月一七日午後、歩行中突然左頸部から上肢にかけて鈍痛が生じ、翌一八日、鈴木医院を受診し、以後、通院した。

② 同月一八日の鈴木医院でのレントゲン検査において、C三/四不安定、脊柱管狭窄の所見があり、鈴木医院の医師は、左側神経根症状を認めたところ、同月二一日には左上肢筋力低下、同月二八日には左拇指・示指の知覚異常が生じた。

鈴木医院の医師は、同年三月三日、MRI検査でC三/四正中、五/六右側にヘルニアを認め、責任病巣はC三/四と判断した。なお、上記MRI画像では、C六/七に椎間板の膨隆はあるが、硬膜の圧迫は認められない。

③ 原告は、鈴木医院の医師の紹介により、同年三月八日、医療法人西陣健康会クリニックほりかわを受診し、C三/四DHによる左上肢痛、しびれ感及び筋力低下、下肢症状なしと診断された。

④ 原告の症状は、上記クリニックほりかわ受診前から次第に軽快し、同年四月一日まで保存的治療を継続して治療を終了した。

(2)  本件事故後

前記第二、一、(3)の事実、乙六号証、一〇ないし一五号証、一九号証の二、二五号証によれば、次の事実が認められる。

① 原告は、本件事故当日の平成一九年三月一八日、府立医大附属病院を受診し、頸部周囲の疼痛、前屈での右上腕内側のしびれ、腰痛を訴えた。ジャクソン・スパーリングテスト陰性、上腕二頭筋、三頭筋の徒手筋力テストいずれも正常(5)、知覚障害なし、レントゲン検査で明らかな骨傷なしなどの所見で、頸椎捻挫、腰椎捻挫と診断され、安静を指示された。原告は、翌一九日、同病院を受診し、頸部痛を訴え、他院への紹介を希望した。同病院の医師は、同日作成の診療情報提供書に、後頸部痛及び腰部痛を自覚するが、明らかな神経学的異常所見は認めず、X線上、明らかな骨折は認めない旨記載した。

同病院の担当医は、平成一九年九月一日付けで、保険会社からの照会に対し、上記しびれがあるため、頸椎ヘルニアの可能性はある旨回答した。

②ア 原告は、平成一九年三月二〇日、鈴木医院を受診した。原告は、昨夜から右股部痛、頸部痛、右腋窩部痛、腰痛ありと訴え、パトリックサイン右陽性、内旋で痛みありとの所見で安静を指示された。

原告は、同月二三日の通院の際、頸部痛悪化、左頸肩部痛あり、前屈も苦痛、左耳鳴りあり、右口角からよだれがたれると訴え、C四、五、六に圧痛、ジャクソン・スパーリングテスト左陽性、握力右三八、左二二と診断され、同日から理学療法が開始され、同月二六日から八キログラムの牽引が開始された。

鈴木医院の医師は、同月二七日、原告の左頸部から頭部にかけての疼痛の訴えに対し、トリガーポイント注射をした。

イ 原告は、平成一九年四月三日、下鴨病院で頸椎のMRI検査を受け、所見は、脊椎症(C二/三、三/四、五/六)、椎間板ヘルニア(C二/三、三/四)・突出、脊柱管狭窄等であった。

ウ 平成一九年四月一〇日から同年六月二五日までの間の鈴木医院への通院において、以下の主訴、所見があった。

(ア) 平成一九年四月一〇日

両側屈に両頸部痛、ジャクソンテスト陽性、スパーリングテスト陰性

(イ) 同月一七日

頸部肩症状変化なし。

(ウ) 同月二三日

頸部痛変化なし、前屈にて右腋窩部痛、左回旋にて左肩上肢痛、左神経根症状あり。

(エ) 同年五月八日

内服しないと左頸部がうずく、左手の知覚鈍麻、耳鳴り、ジャクソン・スパーリングテスト左陽性

(オ) 同月一七日

常時、右上肢を握られている感じがある、左手のしびれ、両側神経根症状あり、握力右三六・八、左一〇・九

(カ) 同月三一日

昨日、受話器を持った後で左上肢のこむら返り

(キ) 同年六月五日

右上肢が握られている症状は軽減している。

エ 原告は、平成一九年四月七日から同年六月二五日までの間、シミズ病院に通院し、以下の主訴、所見があった。

(ア) 同年四月九日

左後頭部痛、屈伸で後頸部痛、左第四、五指しびれ感、握力右四〇、左一五

(イ) 同月二六日

左手でものに触れるとあみに触れているような感じ

(ウ) 同年五月二一日

頸部神経根症治療成績判定基準による判定がなされ、二〇点中右一二点、左八点とされた。その判定の前提となる他覚所見について、スパーリングテストで上肢、手指痛が生じ頸椎運動制限がある、左中・環・小指に明白な知覚障害がある、筋力は右正常、左軽度の低下、腱反射正常、とされた。

また、MRI検査では、C五/六椎間板ヘルニア、C六/七椎間板ヘルニア、C三/四椎間板ヘルニア又は後縦靭帯骨化症、脊髄変性高度との所見であった。

この日、原告は、頸椎普通の姿勢をしても右上肢が締め付けられているような感じ、左手はしびれていると訴えた。

オ 原告は、平成一九年六月二六日ないし同年七月九日(一四日間)、シミズ病院に入院し、以下の検査、手術を受けた。

(ア) 平成一九年六月二六日撮影の頸椎MRI検査を受け、画像所見は、C二/三、三/四、四/五、五/六、六/七の椎間板ヘルニアの疑いがあるというものであった。

(イ) 同月二七日、C五/六、六/七の頸椎前方固定術(本件手術)が行われた。本件手術の際、執刀医は、C七神経根右側にヘルニア塊を認めた。

(ウ) 執刀医は、本件手術前、原告に対し、「左C七及び右C六根症を認める。左BRP及びTRの低下を認める。頸椎MRI上C三/四とC五/六、C六/七右に神経根症の原因と考えられる椎間板ヘルニアを認める。手術の目的は上肢の痛みの改善である。保存的治療を続けて症状の改善なく手術を選択した。」などと説明した。

カ 原告は、平成一九年七月一〇日ないし平成二〇年三月一一日、鈴木医院に通院し、リハビリ等を受けた。その間、次のような主訴等があった。

(ア) 平成一九年七月一二日

右上腕痛二分の一程度になっている。

(イ) 同年八月三日

頸を動かすと左に痛みが走る。

(ウ) 同年九月二一日

手術後改善:右肩上肢痛二分の一、右腋窩痛消失、左握力増加

手術後増悪:左頸部痛、大声で咽頭部痛

(エ) 同年一一月二二日

以前から右手が握られている感じがあったが、今は右前腕から右小指環指が握りにくい。

(オ) 同年一二月一二日

採骨部に痛み。

(カ) 平成二〇年三月一一日

右上腕痛、右環指小指痛、のどに違和感、耳鳴り、後頭部痛、眼の奥が締められるような痛み、採骨部痛

キ 原告は、平成一九年七月一九日ないし平成二〇年三月三日、シミズ病院に通院し、術後の経過観察及び投薬治療等を受けた。その間、次のような主訴等があった。

(ア) 平成一九年七月一九日

右手掌違和感少し残存、右上腕の痛み改善

(イ) 同年八月一四日

右上腕の痛み一〇の三に減った。

(ウ) 同年一一月一三日

後頭部がしびれる、右上腕の痛み、右四、五指の違和感あり。

(エ) 平成二〇年二月七日

右上腕上部痛は残存している。

二  本件事故による受傷の有無

(1)  原告は、本件事故当日の平成一九年三月一八日、府立医大附属病院を受診した際、頸部周囲の疼痛、前屈での右上腕内側のしびれを訴え、同病院の医師は、同しびれを理由に頸椎ヘルニアの可能性はある旨回答したこと、原告は、同月二〇日の鈴木医院での初診時に頸部痛、右腋窩部痛を、同年五月八日に左手の知覚鈍麻をそれぞれ訴え、同月九日に右上肢を握られている感じがあると訴えたこと、同年四月九日のシミズ病院受診時に後頸部痛、左第四、五しびれ感を、同月二六日に左手でものを触れるとあみに触れているような感じである旨を、同年五月二一日に右上腕が締め付けられている感じであり、左手がしびれている旨をそれぞれ訴えたこと、平成一九年五月二一日、左中・環・小指に明白な知覚障害が認められ、同日撮影のMRI画像所見はC五/六椎間板ヘルニア、C六/七椎間板ヘルニア、C三/四椎間板ヘルニア又は後縦靱帯骨化症等であったこと、原告の訴えた上記の上肢の神経症状の部位の多くは、C五ないし七の神経根症状として説明が可能であること(甲二四、乙二三)、本件手術の際、執刀医は、C七神経根右側にヘルニア塊を認めたことなどに照らすと、本件事故により、原告のC六/七の椎間板ヘルニアが生じたものと認めるのが相当である。

(2)①  乙一八号証には、C五ないし七は加齢性変性のみしか存在しなかったかにいう部分があるが、上記術中所見に照らし採用しない。また、乙一八号証には、a頸椎の加齢性変性所見が顕著であり、事故の有無に関係なく頸部痛等が発生し得ること、b原告は、本件事故前に頸部痛を訴え、医療機関受診既往があること、cレントゲン等写真所見は加齢変性所見のみで同事故に起因する所見はないこと、d物損写真からみて同事故は軽微な事故であることを理由に、同事故により傷害が生じたとは考えられないという部分がある。

しかし、平成一七年三月三日当時、C六/七で退行変性と考えられる膨隆があったが、硬膜を圧迫するものではなく、他に、本件事故前、C六/七の加齢性変性所見が顕著であったことを認めるに足りる証拠はない(a)。原告には本件事故前からC三/四、四/五に椎間板ヘルニアがあり、平成一七年二月一八日ないし同年四月一日、突然発症した左頸部から左上肢にかけての鈍痛に対し治療を受け、担当医は、責任病巣はC三/四であると判断したが、そのことから、本件事故によりC六/七の椎間板ヘルニアが生じることはないといえないことは明らかである(b)。C六/七につき加齢性変性を示す画像所見しか存在しないとしても、椎間板ヘルニアの存在は手術所見により明らかである(c)。乙一八号証にいう「物損写真」が何を指すか不明である。甲二二号証、乙一ないし三号証によれば、原告車はベンツ、被告車は軽自動車であり、本件事故による原告車後部の損傷は軽微であるが、被告車は同事故により前部バンパー等が相当損傷したことが認められ、これによれば、衝突の衝撃自体はわずかではないが、原告車の車体後部が強固なため衝突の衝撃を吸収して変形等することがほとんどなかったものと推測され、そうだとすると、車中にいた原告の身体が受けた衝撃力がおよそ人体に傷害を及ぼすことが考えられないほどわずかであったと認めることはできない(d)。

したがって、乙一八号証の、本件事故により原告に傷害が生じたとは考えられないとの部分は採用しない。乙二六号証及び二八号証のうち上記認定説示に反する部分も採用できない。

②  被告は、原告が「常時、右上肢を握られている感じがある。」と訴えたのが、本件事故直後ではなく、同事故から約二か月経過後であることを指摘し、同事故に起因する椎間板ヘルニアの発症を否定するが、原告は、同事故直後から神経根症状と見られる症状を訴えているから、被告の指摘は適切ではない。

③  他に、上記認定説示を左右するに足りる証拠はない。

三  本件手術に係る損害と本件事故との相当因果関係

(1)  本件手術前の平成一九年五月二一日のMRI検査所見がC五/六椎間板ヘルニア、C六/七椎間板ヘルニア、C三/四椎間板ヘルニア又は後縦靱帯骨化症、脊髄変性高度であったこと、C七神経根右側にヘルニア塊の術中所見があること、前記認定事実によると、原告は、本件事故後、鈴木医院及びシミズ病院に通院したが、上肢の神経症状は大きく改善しなかったが、本件手術後、相当程度改善したものと認められることに照らすと、本件手術につき適応があるといえる。これに反する乙二六号証及び二八号証の一部は採用しない。

(2)  前記認定説示のとおり、本件手術の治療対象となったC六/七の椎間板ヘルニアは本件事故により発症したものであるから、同手術に係る損害と同事故との間には相当因果関係があるといえる。

四  原告の損害

(1)  治療費(原告主張額一六〇万五三〇五円)

甲四ないし六号証によれば、本件事故当日の平成一九年三月一八日から症状固定日とされた平成二〇年三月一一日までの間の府立医大附属病院、鈴木医院、シミズ病院及び下鴨病院の原告の治療費は、合計一五〇万九八九〇円であることが認められる。

(2)  入院付添費(原告主張額九万一〇〇〇円(一日当たり六五〇〇円、一四日分))

乙一三号証によって認められる原告の容態、医師が特段の入院指示をしていない事実、重傷度・看護必要度に係る評価表の各評価項目の評価内容等に照らし、本件手術当日から三日間につき近親者による付添看護を要するものと認め、一日当たり六〇〇〇円、計一万八〇〇〇円を入院付添費に係る損害と認める。上記を超える付添看護の必要性は認められない。

(3)  入院雑費(原告主張額二万一〇〇〇円(一日当たり一五〇〇円、一四日分))

原告主張の計二万一〇〇〇円の入院雑費に係る損害の発生を認める。

(4)  通院付添費(原告主張額八六万四六〇〇円(一日当たり三三〇〇円、二六二日分))

前記認定の傷害の部位、内容及び治療経過等によると、全通院期間を通じて通院付添の必要性があったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない(甲二七号証には、「通院も、何度も、妻に送迎してもらっています。」との部分があるが、公共交通機関を利用して通院できなかった具体的事情の主張立証はない。)。

(5)  休業損害(原告主張額四一八万円(休業期間平成一九年三月一八日ないし同年一二月三一日))

① 甲一七号証、一九号証の一ないし三、二七号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故当時、従業員一名(A)を雇用してビル用アルミサッシ施工業を営んでいたこと、現場の作業には、通常二名を要すること、主な取引先は二社で、この二社から受注した工事を原告とAがそれぞれ一名の外注とともに施工していたこと、本件事故後、原告は身体の不調のため現場作業を行うことができなくなり、主治医の指示もあり、平成一九年一二月末までは現場作業を行わなかったこと、その間、原告は、代替要員を使って事業を継続したが、受注量は本件事故前に比べ減少したことが認められる。

② 甲一四、一五号証、一八号証及び乙三〇号証によると、本件事故前三年間及び同事故のあった平成一九年分の原告の所得税確定申告における申告所得額は、平成一六年分二四六万七一二六円、平成一七年分四五六万三八六七円、平成一八年分一三九万三八九二円(当初申告分)、平成一九年分一二八万九五〇〇円であることが認められる。

甲一一号証及び乙三〇号証によると、原告は、本件事故後の平成一九年一二月一一日、平成一八年分の所得金額を五四四万二九九二円とする修正申告をしたこと、上記修正申告では、当初申告と比較し、収入金額が約四二〇万円増額となっていることが認められるが、修正申告の時期が本件事故後であること、修正申告における収入金額を裏付ける帳票等が提出されていないことに照らし、同修正申告における所得金額はにわかに信用し難い。

③ 上記①、②認定事実によれば、本件事故により原告は平成一九年三月一八日から同年一二月三一日までの間就労が制限されたところ、平成一六年分ないし平成一八年分の申告所得額の平均二八〇万八二九五円と平成一九年分の申告所得額一二八万九五〇〇円の差額一五一万八七九五円をもって上記就労制限による損害(休業損害)と認めるのが相当である(本件事故前年の平成一八年分の申告所得額と平成一九年分の申告所得額の差額を休業損害とする見解もあり得るが、上記認定事実によれば、原告の所得は年により変動が相当あるので、同事故前三年分の平均所得を基準に休業損害を算定するのを相当と判断する。)。

(6)  代替労働費(原告主張額五八三万八〇〇〇円(平成二〇年三月まで))

① 甲一八号証によると、平成一九年分の所得税確定申告において、本件事故後原告が使った代替要員に係る経費は、給料賃金ではなく外注工賃として計上されたことが認められる。甲一四、一五号証及び乙三〇号証によると、平成一六年分ないし平成一八年分の各所得税確定申告における総収入金額は七八九〇万三〇〇二円、総外注工賃及びA以外の者の給料賃金の合計は四二一六万〇八五三円であり、前者に対する後者の割合(収入に対する平均外注工賃率)は約五三パーセントであることが認められる。

甲一八号証によると、原告の平成一九年分の所得税確定申告における収入金額は一九六四万九七四〇円、外注工賃は一〇〇二万四八一五円であると認められ、上記外注工賃は上記収入金額一九六四万九七四〇円の五三パーセント相当である一〇四一万四三六二円を下回る。原告及びAの二名がそれぞれ外注一名と組んで工事を行うという分業体制における原告の役割を単純に外注に置き換えたとすると、二名の外注を三名に増やすから外注工賃は一・五倍になるべきところ、実際には外注工賃は二名分とほとんど変わっていない。このことは、元来過剰であった外注使用を見直して効率化したなど本件事故を契機に従来とは異なる事業体制が敷かれたことを推測させ、同事故と相当因果関係のある代替労働費の発生は認められないか、仮にこれがあると考えるとしても、その具体的額を確定させることはできないというべきである(他に、特に利益率の高い工事のみを受注できたなどの事情も考えられないではないが、いずれにしても、原告が主張する代替要員への外注工賃の支払額自体が、直ちに本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。)。

② 原告は、原告が現場作業に復帰した後の平成二〇年一月ないし三月も代替要員を使った旨主張するが、これを認めるべき証拠は存在しない。仮に、原告の代替要員ともいえる外注使用があったとしても、上記説示の点からして、本件事故と相当因果関係のある外注工賃増加額を認めることはできない。

(7)  入通院慰謝料(原告主張額一八〇万円)

原告の傷害の部位、程度、入通院状況を総合し、入通院慰謝料は原告主張の一八〇万円をもって相当と認める。

(8)  逸失利益(原告の主張は、前記第二、二、(5)、①のとおり。)

① 前記第二、一、(4)のとおり、シミズ病院の医師は平成二〇年三月三日を、鈴木医院の医師は同月一一日を原告の症状固定日と診断したが、これらの診断に不合理があることを窺わせる証拠はないから、同日を症状固定日と認める。

② 前記第三、一、(2)認定の事実、甲一六号証、二七号証及び原告本人尋問の結果により認められる原告が行う現場作業の具体的内容並びに甲七、八号証によれば、前記第二、一、(5)、①の損害保険料率算出機構の認定判断は相当と認められ、これによると、原告は、症状固定日(当時四六歳)から二一年間、労働能力の二〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。甲二一号証、二六、二七号証及び原告本人尋問の結果によると、平成二〇年及び平成二一年においては、実際の収入に、上記労働能力喪失率を上回る影響が生じていることが窺えるが、この点は後遺症慰謝料において考慮する。

基礎収入を平成一六年分ないし平成一八年分の申告所得額の平均二八〇万八二九五円とし、逸失利益の現価を算出すると、七二〇万一〇八六円となる。

2,808,295×0.2×12.8211≒7,201,086

(9)  後遺症慰謝料(原告主張額六〇〇万円)

後遺障害の内容、程度、甲二七号証及び原告本人尋問の結果によって認められる原告の事業に対する影響、前記のとおり平成二〇年及び平成二一年において、前記認定の労働能力喪失率を上回る影響が生じたことが窺えることなどを総合し、後遺症慰謝料は四六〇万円をもって相当と認める。

五  素因減額

前記認定説示のとおり、本件事故後の原告の症状は、主として同事故に起因するC六/七の椎間板ヘルニアによるものと考えられるが、同事故後の症状(前記第三、一、(2))には、既往症であるC三/四、五/六の椎間板ヘルニア等により生じた平成一七年当時の症状(前記第三、一、(1))と共通又は類似するものがあること、同事故後の原告の症状の中には、その部位、内容からしてC六/七の椎間板ヘルニア以外の頸椎の疾患に起因する疑いがあるものもあることに照らし、同事故後の原告の症状の発生にはC六/七の椎間板ヘルニア以外の疾患も寄与しているものと認めるのが相当であり、公平の観点から、原告の損害につき二割の素因減額をする。

前記第三、四、(1)ないし(3)、(5)、(7)ないし(9)の合計は一六六六万八七七一円となり、二割の素因減額をすると、一三三三万五〇一六円となる。

六  損害てん補

乙五号証の二、二七号証によると、本件事故による原告の損害に関し、任意保険会社から四八八万二五四五円、自賠責保険から三三一万円が支払われたことが認められ、これらを上記一三三三万五〇一六円から控除すると、五一四万二四七一円となる。

七  弁護士費用

本件の事案の内容、訴訟経過及び認容額等の諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、六〇万円と認める。

八  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、五七四万二四七一円及びこれに対する不法行為の日である平成一九年三月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する(仮執行免脱宣言は相当ではないから付さない。)。

(裁判官 佐藤明)

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