大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成21年(ワ)2254号 判決 2009年11月19日

原告

被告

同訴訟代理人弁護士

田中彰寿

大脇美保

小笠原伸児

日下部和弘

田中茂

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、二億七八〇二万四二五五円及びこれに対する平成一八年八月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

第二事案の概要

本件は、破産宣告を受けた原告が破産手続廃止決定により復権したとして、京都弁護士会を通じて日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)に対して弁護士名簿への登録の請求をしたにもかかわらず、京都弁護士会資格審査会長であった被告が、資格審査会の議決に基づき、原告は復権していないとして、登録の請求の進達を拒絶したことが違法であるとして、不法行為に基き、損害賠償とその遅延損害金を請求する事案であり、原告の主張する損害の内訳は次のとおりである。

(1)  過去の逸失利益 八二二九万二二八八円

年収五六四二万八九九九円×〇・五×二年一一か月(平成一八年八月三〇日から平成二一年七月三一日)

(2)  将来の逸失利益 一億六五七三万一九六七円

年収五六四二万八九九九円×〇・五×五・八七四(就労可能年数七年のホフマン係数)

(3)  慰謝料 三〇〇〇万円

一  争いのない事実等

(1) 原告(昭和○年○月○日生)は、昭和四五年四月七日、司法修習を終了し、大阪弁護士会に弁護士登録したが、平成一一年八月一〇日午前一〇時、神戸地方裁判所尼崎支部において破産宣告決定を受け、同決定は、平成一二年五月一〇日、確定した。

(2) 神戸地方裁判所は、平成一五年一一月二一日、破産財団をもって破産手続の費用を償うに足りないことを理由として、破産法(平成一六年法律第七五号による改正前の破産法(大正一一年法律第七一号)。以下「旧破産法」という。)三五三条による破産廃止決定をし、同決定は、同年一二月二三日、確定した。

(3) 原告は、平成一八年五月二四日、日弁連に対し、京都弁護士会を経由して弁護士登録請求をした(甲一〇)。

(4)  被告を会長とする京都弁護士会資格審査会は、同年八月二八日、原告は、弁護士法七条五号にいう弁護士の欠格事由である「破産者であって復権を得ない者」に当たるとして、原告の日弁連に対する弁護士名簿登録請求の進達を拒絶すると議決し、同議決に基づいて、被告を会長とする京都弁護士会は、同月二九日、原告の弁護士名簿登録請求の進達を拒絶するとの決定をした(甲一二の一・二)。

二 争点

(1) 国家賠償法の適用の有無

(被告の主張)

ア 弁護士会が行う資格審査手続は、国家賠償法一条一項にいう「公共団体の公権力の行使」であり、その審査権行使にかかわる機関として設置された資格審査会の委員長は、同条の「公権力の行使に当たる公務員」に該当する。

イ 国家賠償法上の賠償責任が問題となる場合、国又は公共団体が被害者に対して賠償の責に任じ、公務員個人はその責任を負わない。

ウ したがって、被告は、個人として賠償責任を負わない。

(原告の主張)

ア 被告は、公務員ではないから、国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使に当たる公務員」に該当しない。

イ 弁護士法五四条二項が資格審査会の会長、委員を公務員とみなしているのは、刑罰に関する事項だけである。

(2) 原告の復権の有無

(原告の主張)

ア 破産法二一七条の財団不足による破産廃止決定によって破産手続が終了した者に対しては、復権を定めた規定がないから、当然に復権する。すなわち、旧破産法三六六条ノ二一第一項一号~四号が適用されるのは破産手続中の破産者のみであって、破産手続の終了によって破産者でなくなった者には適用はない。旧破産法三四七条、三五三条及び二八二条によって破産手続が終了した場合については、破産法には、復権を定めた規定がないから、破産者は、何らの手続を要せずに復権する。

イ したがって、原告は、平成一五年一二月二三日、旧破産法三五三条による破産廃止決定が確定したことにより、当然に復権した。

ウ 破産法上何らの手続をすることなく復権している者が一〇万人を超えているのは破産関係者の公知の事実である。

エ なお、原告は、次のとおり、既に復権されたとの扱いを受けている。

(ア) 破産者は、旧商法(明治三二年法律第四八号)二五四条ノ二第二号により、取締役の欠格事由であるところ、原告は、平成一六年八月三〇日、株式会社乙山の代表取締役に就任しているが、法務局は、その登記に際し、破産廃止決定の事実のみをコンピュータで確認している(甲七)。

(イ) 原告は、裁判所の許可なく転居している(甲三)。

(ウ) 原告は、平成一六年七月二七日、自らの名で預託金返還請求事件の判決を得て、同判決に基づいて強制執行をしている(甲五)。

(被告の主張)

ア 破産者の復権には、旧破産法三六六条ノ二一第一項各号のいずれかに該当することが必要である。

イ 破産廃止が当然に復権事由となるのは、文理上、旧破産法三六六条ノ二一第一項三号の定める同法三四七条による申立てに基づく破産廃止決定が確定した場合に限られるところ、原告の破産廃止は、旧破産法三五三条によるものであるから、破産法上の復権事由には当たらない。

第三争点に対する判断

一  争点(1)(国家賠償法の適用の有無)について

(1)  上記争いのない事実等のとおり、被告は、原告が、日弁連に対し、京都弁護士会を経由して弁護士登録請求をしたのに対し、京都弁護士会資格審査会の会長として、同会が、原告が弁護士法七条五号にいう弁護士の欠格事由である「破産者であって復権を得ない者」に当たるとして、上記登録請求の進達を拒絶した議決に関与し、また、京都弁護士会の会長として、同会が、上記議決に基づいて、原告の弁護士名簿登録請求の進達を拒絶した決定に関与したものである。

(2)  上記登録請求の進達拒絶については、弁護士法によって次のとおり定められている。

ア 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、その使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならないものであって(同法一条)、当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によって、訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とし(同法三条一項)、原則として、弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができず(同法七二条本文)、その違反については、刑事罰が定められている(同法七七条三号)。

イ そして、弁護士となる資格を有するのは、司法修習生の修習を終えた者など一定の資格を有する者に限られる(同法四~六条)ほか、「破産者であつて復権を得ない者」などが欠格事由として法定されている(同法七条)が、弁護士となるには、上記資格を有するだけではなく、日弁連に備えた弁護士名簿に登録されなければならず(同法八条)、そのためには、入会しようとする弁護士会を経て、日弁連に登録の請求をしなければならない(同法九条)。

ウ 弁護士会は、弁護士及び弁護士法人の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士及び弁護士法人の事務の改善進歩を図るため、弁護士及び弁護士法人の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする法人であり(同法三一条)、地方裁判所の管轄区域ごとに設立される(同法三二条)。その代表者である弁護士会長は、刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなされている(同法三五条三項)。

エ 日弁連は、全国の弁護士会により設立され、弁護士及び弁護士法人の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士及び弁護士法人の事務の改善進歩を図るため、弁護士、弁護士法人及び弁護士会の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする法人である(同法四五条)。

オ 弁護士会は、弁護士会の秩序若しくは信用を害するおそれがある者又は、「心身に故障があるとき」等に該当し弁護士の職務を行わせることがその適正を欠くおそれがある者について、資格審査会の議決に基づき、日弁連への登録の請求の進達を拒絶することができる(同法一二条一項)。

カ 資格審査会は、各弁護士会及び日弁連にそれぞれ置かれ、その置かれた弁護士会又は日弁連の請求により、登録、登録換及び登録取消の請求に関して必要な審査をするものであり(同法五一条)、その置かれた弁護士会又は日弁連の会長をもって充てられる会長並びに弁護士、裁判官、検察官及び学識経験のある者の中から会長が委嘱する委員若干人をもって組織され(同法五二条一~三項本文)、その会長及び委員は、刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなされている(同法五四条二項)。

キ 登録を請求した者は、弁護士会が、請求の進達を拒絶した場合には、日弁連に対し、行政不服審査法による審査請求をすることができ(同法一二条)、日弁連は、その資格審査会の議決に基づき、裁決をしなければならない(同法一二条の二第一項)。この裁決については、東京高等裁判所にその取消しの訴えを提起することができる(同法一六条)。

(3)  以上のとおり、弁護士法は、弁護士については、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とするものであって、その職務が、社会公共の利益に必要不可欠なものであることから、この社会公共の利益を保護するために、職域の独占を認める一方で、国の機関等の指揮監督を受けない弁護士会や日弁連の設置を定め、これに権限を委ねているのであるから、弁護士会、日弁連は、国家賠償法一条一項にいう「公共団体」であると認められる。

(4)  そして、日弁連の弁護士名簿への登録を請求した者については、まず、弁護士会に、資格審査会の判断に基づいて、その請求の日弁連への進達を拒絶する権限を認め、これに不服のある請求者は、日弁連に対し、行政不服審査法に基づく審査請求ができ、その裁決に不服のある請求者は、その裁決について、東京高等裁判所へ取消訴訟を提起できるものとされているのであって、請求の進達の拒絶は、広い意味での行政処分として扱われていること、弁護士会の会長・資格審査会の会長及び資格審査会の委員は、刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなされていることからすると、弁護士会による上記登録請求の進達拒絶は、国家賠償法一条一項にいう「公共団体の公権力の行使」であり、その会長としての被告の行為は、「公共団体の公権力の行使にあたる」ものとしてなされたものであると考えられる。

(5)  もっとも、国家賠償法一条一項の適用があるためには、京都弁護士会の会長及び資格審査会の会長であった被告が「公共団体の公権力の行使にあたる公務員」であったことが要件となるが、国家賠償法一条一項にいう「公務員」とは、国家公務員法や地方公務員法にいう公務員に限定されるものではなく、広く、公権力を行使する権限を委託された者をいうと解すべきである。上記のとおり、上記登録請求の進達拒絶という公権力の行使についての弁護士会及び資格審査会の権限は、弁護士法によって法定されたものであり、その会長の職務も、法定されたものであるところ、同法が、刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなしている(同法三五条三項、五四条二項)ことも考え合わせると、弁護士法は、被告について、国家賠償法一条一項にいう「公務員」の地位を認めているものというべきである。

原告は、被告が、国家賠償法一条一項にいう「公務員」ではないと主張するが、その主張は、上記のとおり、失当である。

(6)  公務員の行為について、国家賠償法一条一項の適用がある場合には、その行為が違法であったとしても、公務員個人が損害賠償責任を負うものではないから、被告が、弁護士会の会長あるいは資格審査会の会長として、原告の上記登録請求の進達拒絶について関与した行為が違法であったとしても、被告個人にその賠償を求めることはできないことになる。

二  したがって、原告の請求は、主張自体失当であって理由がないことが明らかであるから、争点(2)(原告の復権の有無)について判断する必要はない。

第四結論

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判官 吉川愼一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例