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京都地方裁判所 平成21年(ワ)2504号 判決 2010年8月19日

原告

被告

京都府 他1名

主文

一  被告京都府は、原告に対し、一九二万円及びこれに対する平成一八年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余を被告京都府の負担とする。

四  この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、各自、原告に対し、金三一二万二四八二円及びこれに対する平成一八年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、原告が自動車を運転し停止していたところ、被告京都府が所有し、被告京都府の被用者被告Y1(以下「被告Y1」という。)が運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)に、追突され、その衝撃により傷害を負い、損害を被ったとして、被告京都府に対して自賠法三条及び国家賠償法一条に基づき、被告Y1に対して民法七〇九条に基づき、交通事故による人身損害に関する賠償金及びこれに対する事故発生日である平成一八年一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める事案である。

二  前提となる事実

次の事実は、当事者間に争いがなく、もしくは、証拠または弁論の全趣旨により認められる。

(1)  本件交通事故

平成一八年一月二七日午前七時五二分ころ、京都府伏見区内の道路において、停止中の原告運転の普通乗用自動車(以下「原告車」という。)に被告車が追突した。(甲一、二。以下「本件事故」という。)

(2)  被告京都府の責任原因

被告京都府は、被告Y1の使用者であり、本件事故は被告Y1の京都府a府税事務所の職員としての税務調査業務執行中に発生したものであり、被告京都府は、本件事故により原告が被った損害について、国家賠償法一条により賠償責任を負う。

(3)  原告の負傷等

原告は、本件事故により、頚部捻挫、腰部捻挫等の傷害を負った。

原告は、本件事故後、以下のとおり通院した。

ア あさひ整形外科

平成一八年一月二七日から同年二月二五日(実通院日数三日)

イ 京都大橋総合病院

平成一八年二月四日から同年三月一八日(実通院日数五日)

ウ 京都城南診療所

平成一八年七月一二日から平成二〇年一二月三一日(実通院日数一三五日)

エ 京都民医連中央病院

平成一九年三月一〇日から平成一九年六月二〇日(実通院日数二日)

オ 岩月整骨院

平成一八年二月一八日から平成二〇年二月二七日(実通院日数三六〇日)

カ 熊谷接骨院

平成一九年五月九日から同年七月三一日(実通院日数六六日)

(4)  原告の症状固定及び自賠責後遺障害事前認定など

原告は、平成一九年七月二五日に症状固定したとする診断を同年九月五日に京都城南診療所の担当医師A医師から受けた。同月一九日に発行された同医師による自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書の自覚症状欄には、「右項部・右肩胛上部の筋硬感、つまり感がある。うつむいて書字などをしていると項部が痛くなってくる。頭部を左傾すると右項部から右肩胛上部に痛みが出る。」と記載されている。(甲六一)

上記の症状固定及び後遺障害の診断をうけて、自賠責保険後遺障害事前認定手続を行ったところ、頚部痛については、画像上、明らかな外傷性の変化は認められず、有意な神経学的異常所見も認められないことから、裏付ける医学的に有意な他覚的所見に乏しいとして、また、頚椎部の運動障害については、画像上、頚椎部に骨傷等の明らかな器質的変化がないとして、自賠責の後遺障害として評価することはできないという理由で、非該当の判定であり、異議申立て及び紛争処理申請を行ったが非該当判定は変わらなかった。(乙三)

他方、本件事故は原告の通勤中のものであったため、労災保険の対象となり、労災保険の後遺障害認定においては、頚部から右上肢にかけて痛み痺れなどの神経症状につき、一四級九号に該当するとされ、それを前提とした労災保険給付がされた。(調査嘱託の結果)

(5)  損害のてん補

原告は、被告京都府が加入する保険会社から、本件事故に関して、治療費一六二万七九九五円の支払いを受けるとともに、通院交通費、休業損害金等として、合計七二万二三八〇円の支払いを受けており、これらの合計は二三五万三七五円である。

原告は、労災保険より障害一時金三九万一一六〇円の支払を受けており、これは本件事故による逸失利益に充当されるべきものである。(調査嘱託の結果)

三  争点及び争点に関する当事者の主張の概要

本件においては、被告京都府の責任原因及び損害のてん補について争いがなく、本件の争点は、被告Y1の責任と原告の損害額である。

そして、損害に関する当事者の主張の概要は以下のとおりである。

(1)  被告Y1の責任

(原告)

本件事故については、被告Y1に前方不注意の過失があり、民法七〇九条により原告が被った損害について賠償責任がある。

(被告Y1)

被告Y1は、本件事故当時、京都府a府税事務所の職員であり、その税務調査業務の執行中に本件事故を起こしたものである。京都府が国家賠償法に基づき賠償責任を負うことはあっても、公務員である被告Y1自身は賠償責任を負わないと解される。

(2)  原告の損害

(原告)

ア 治療費 三万一八五六円

岩月整骨院の平成一九年八月三日から平成二〇年二月二七日までの治療費の原告自己負担分として、三万一八五六円を要した。

ほかに、一六二万七九九五円の治療費が被告側保険により支払われている。

なお、原告には、頚部に相応な経年変化が存していたが、そこに事故による衝撃が加わって自覚症状が出現したものであって、上記岩月整骨院の治療費は、本件事故と相当因果関係のあることは明らかである。

イ 逸失利益 二一万六二六円

原告には、右頚部から右上肢にだるさなどがつづき、一部の指が正常に動作しない後遺障害があり、職業上も日常生活上も支障が生じており、少なくとも自賠責後遺障害等級第一四級九号に相当する後遺障害がある。治療の末残存する症状に対し一四級九号該当とする労災保険の後遺障害の認定は正当である。

事故当時の年収二七八万円、六八歳から五年間(ライプニッツ係数四・三二九四)、労働能力の五%を喪失した。

278万円×4.3294×0.05=60万1786円

ただし、労災保険一時給付金三九万一一六〇円の支払を受けているので、これを逸失利益に充当する。その残額は、二一万六二六円である。

ウ 傷害慰謝料 一五〇万円

エ 後遺障害慰謝料 一一〇万円(一四級相当)

オ 弁護士費用 二八万円(損害額の一割)

(被告ら)

ア 原告の本件事故による受傷内容について

追突時の被告車の速度は時速五キロメートル程度の非常に低速であった。原告車にはヘッドレストがついており、また、原告は、本件事故時にシートベルトを装着していたと考えられ、頚椎が大きく反り返るような頚部過伸展状態は起こらなかったもので、頚部の損傷は非常に少なかったと考えられる。追突後、原告はけがをしている様子はなく、警察見分後、病院に行かず、会社に戻ると言って立ち去った。

原告車両の損傷も軽微であった。

城南診療所において、診療を受けたのは、症状固定日である平成一九年七月二五日までの間、合計九日だけであり、エックス線検査などがされたことがあるが、診察以外の投薬治療行為は全くなされていない。しかし、症状固定後において、同年九月以降平成二〇年一二月に至るまで症状固定前より頻繁に診療を受けているが、その内容は、ビタミン製剤の投与、消炎鎮痛処置(温熱、頚椎牽引の理学療法と考えられる)だけである。

岩月整骨院における治療は、医師の指示によるものではなく、相当性は認められない。

事故時の一月から三月までのあさひ整形外科と京都大橋総合病院の治療経過を見ても、症状が軽快していることは伺える。

京都城南診療所から発行された平成一九年九月一九日付けの後遺障害診断書(乙二)の記載によると、この時点までは、一貫して神経学的所見に異常は認められていないと捉えられている。にもかかわらず、同診療所により平成二〇年九月一七日付けで発行された後遺障害診断書(甲六三)では、「右前腕、右手指の橈側知覚鈍麻を認め、ジャクソンテスト、スパーリングテストがいずれも右陽性である」と記載されているが、悪化した原因に関する医学的説明はない。

画像所見については、上記乙二には、頚椎X線側面像で、第五/六頚椎間で椎間やや狭、第六/七頚椎で前弯急とされ、頚椎MRIでは、第五/六頚椎に椎間板ヘルニアが認められ、同レベルで靭帯の肥厚もあり、左側優位の軽度脊柱管狭窄が認められ、頚椎の整列にやや不整が認められると記載されている。異議申立にかかる紛争処理委員会は、これら変性所見は加齢に伴う非外傷性の変化と考えられ、本件事故に起因する異常所見は認められないなどとし、また、外傷による捻挫や挫滅による症状は、時間の経過に伴い損傷を浮けた部位の修復が得られることにより、症状は徐々に軽快を示すことが一般であり、時間の経過に伴い新たな症状が出現し、あるいは症状が増悪した場合には、その原因が外傷による症状であることを明確に証明することが求められる(甲六五)と考えられるが、原告はこれらに合理的な反論をしない。

京都城南診療所での平成一九年九月一九日の診断より後に現れた症状は本件事故によるものではない。また、同日の後遺障害診断書に記載されている「右後頚部、右肩胛上部、右背上部(肩胛骨内側)に筋硬詰、圧痛を認める。」という疼痛箇所は、事故の翌月である平成一八年二月にあさひ整形外科で「頚部:伸展時左頸部痛を訴る。」とされているのと全く異なるのであり、本件事故による症状ないし後遺障害とは認められない。

また、甲六一、六三には、頚椎部の可動域測定結果が記載されているが、脊柱の運動障害と評価するためには器質的変化が認められることが必要であるが、本件においてはそれが認められない。

イ 個別の損害項目について

原告は、症状固定時に六九歳であった。

原告の請求する損害で理由があるのは、傷害慰謝料として一〇〇万円程度にとどまり、ほかの治療費、後遺障害逸失利益、後遺障害慰謝料については理由がない。

第三当裁判所の判断

一  被告Y1の責任について

関係証拠(被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によると、本件事故は、被告京都府の公務員(京都府a府税事務所職員)である被告Y1が租税調査業務という公務執行の一環として被告車両を運転している際に、被告Y1の過失により生じたものである。この場合、被告京都府が国家賠償保障法上責任を負うほかに、その公務員である被告Y1個人に、私法上の損害賠償責任は生じないと解される。したがって、原告の被告Y1に対する請求には理由がない。

二  治療費について

原告は、平成一九年八月三日から平成二〇年二月二七日までの岩月整骨院における治療費として、三万一八五六円を請求している。

京都城南診療所整形外科A医師により平成一九年九月に作成された自賠責保険後遺障害診断書(甲六一、なお、乙二も同じもの)によると、原告の症状固定日は、平成一九年七月二五日とされており、同医師は、さらに、翌平成二〇年九月に原告の自賠責保険後遺障害診断書を再び作成し(甲六三)、これにおいては、症状固定日を平成二〇年九月一〇日としているのであるが、症状固定日の判定が変更された理由については、この診断書からもほかの証拠からも読み取ることはできない。同医師は、本件事故後、医師として最も継続的に原告の治療に関わったもので、その診察内容は、有力な反対証拠等がない限り尊重されるべき信憑性を有すると考えられるが、上記の甲六一における症状固定時期を甲六三において変更した点については、不自然であり根拠が乏しいと言わざるをえない。また、原告には本件事故前から存在していた既往の頚椎椎間板ヘルニア及び脊柱管狭窄が認められること(ただし、これらの既往は本件事故後に本件事故による傷害の治療を受ける過程で判明したもので、本件事故当時、これら既往についての治療を受けていた事実は証拠上認められない。)、甲六一における症状固定日も本件事故から約一年六か月と外傷性頚部症候群としては比較的長期の治療期間を経ていることなどからすると、甲六一における症状固定日までの症状は、既往の影響があるにしても本件事故による傷害に関するものと認められ、その後に現れた原告の頚部周辺の神経症状は、専らこの既往によるものである蓋然性が認められる。そして、岩月整骨院におけるこの時期の治療について、医師による指示ないし勧奨があった事実は証拠上認められず、同整骨院における治療が症状改善に資するところが明確であったとも証拠上認め難い。

以上によれば、原告が請求する上記岩月整骨院における治療費は、本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害とは認められない。

三  逸失利益について

原告の本件事故による後遺障害については、自賠責保険事前認定においては、非該当であり、異議等の不服申立によっても変更されていないが、労災保険においては、頚部から右上肢にかけて、痛み痺れなどの神経症状が残存し、その程度としては「通常の労務に服することはできるが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」として、一四級九号に該当すると認定され、障害一時金などが支給されている。労災保険の後遺障害認定において、資料となった主治医の診断書は、甲六九の裏面(乙一三の三も同じもの)であり、この内容は、症状固定日は平成一九年七月二五日とされているが、「ジャクソンテスト右陽性」などと記載されており、上記甲六一と甲六三の内容が混在しており、甲六一における症状についての記載内容より症状が悪化していることとなっている。この症状悪化については、原告が主張するように本件事故による傷害についての症状が一度軽快した後、再びぶり返して悪化したとするのは不自然不合理であり、本件事故による症状は軽快し、悪化した症状は、専ら原告の既往の頚椎椎間板ヘルニア及び脊柱管狭窄によるものと理解する方が合理的である。そして、甲六一における診断内容、原告の症状について記載されているところは、原告の頚椎椎間板ヘルニアなどの既往と相まっているにしても、本件事故による傷害に関連したものと認められる。

したがって、甲六三の診断書の内容は甲六一と整合しない部分は除外し、甲六一の診断書の内容を基本にして、その他の証拠を加味して検討すべきである。そうすると、平成一九年七月二五日の症状固定の際に原告に頚部及びその周辺に、痛み痺れなどの神経症状が残存していたことが認められ、俯いて書字などしていると首筋辺りが痛くなってくるなどの症状の程度からすると、局部に神経症状を残すものとして、自賠責ないし労災保険の後遺障害一四級に相当する若干の労働能力喪失をもたらす後遺障害があると認められる。

従って、後遺障害による逸失利益を認めるべきであるが、その算定に当たっては、関係証拠及び諸般の事情を考慮し、労働能力喪失期間は三年間、労働能力喪失率は三%、原告の基礎収入については、年収二七八万円とするのが相当であり、278万円×2.7232×0.03=22万7114円となる。

この逸失利益に充当すべき労災保険障害一時金がこの額より多いので、全額充当され、結局、逸失利益は認められない。

四  傷害慰謝料について

原告の通院治療期間は、事故発生日から平成一九年七月二五日の上記症状固定日まで約一年六か月であるものの、その治療期間の大半は保存的療法を行っていたにとどまること及び傷害の部位程度を総合的に考慮すると、傷害慰謝料の額は一二〇万円が相当である。

五  後遺障害慰謝料について

後遺障害慰謝料については、上記のように自賠責ないし労災保険一四級相当と認めるが、その程度、既往の影響なども考慮して、五五万円とするのが相当である。

六  小計

治療費〇円、逸失利益〇円、傷害慰謝料一二〇万円、後遺障害慰謝料五五万円の合計一七五万円

七  弁護士費用

一七万円

八  損害まとめ

一九二万円

九  結論

よって、原告の請求は、被告京都府に対し、国家賠償保障法による損害賠償金一九二万円及びこれに対する本件事故のあった日である平成一八年一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、理由があり、その余は理由がない。

以上の次第で、主文の通り判決する。

(裁判官 栁本つとむ)

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