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京都地方裁判所 平成21年(ワ)3362号 判決 2010年12月15日

主文

1  原告が被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,平成21年9月10日から本判決確定日まで,毎月9日から翌月8日までの分を翌月20日限り,1か月29万5095円の割合による金員及びこれらに対する各支払日の翌日から各支払済みまで各年6分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,144万5895円及びうち79万5433円に対する平成21年12月6日から,うち65万0462円に対する平成22年7月11日から,いずれも支払済みまで各年6分の割合による金員を支払え。

4  被告は,原告に対し,60万円及びこれに対する平成21年9月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  原告の賞与の支払を求める請求のうち,平成22年冬季賞与以降の賞与の支払を求める訴えを却下する。

6  原告のその余の請求を棄却する。

7  訴訟費用は,これを10分し,その9を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

8  この判決は,主文第2項ないし第4項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  主文第1項と同旨

2  被告は,原告に対し,平成21年9月10日から本判決確定日まで,毎月9日から翌月8日までの分を翌月20日限り,1か月42万7525円の割合による金員並びにこれらに対する各支払日の翌日から各支払済みまで各年6分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,平成21年12月から本判決確定日まで,毎年12月5日限り79万5433円,毎年7月10日限り65万0462円及びこれらに対する各支払日の翌日から,各支払済みまで各年6分の割合による金員を支払え。

4  被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成21年9月10日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告に解雇された原告が,解雇が解雇権を濫用した無効なものである旨主張して,雇用契約に基づき,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,解雇後の賃金及び賞与並びにこれらに対する支払日の翌日以降支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めたほか,解雇が不法行為に該当する旨主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき,220万円(内訳・慰謝料200万円,弁護士費用20万円)及びこれに対する解雇日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金(商事法定利率によることができる根拠については特段の主張をしていない。)の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実等(証拠等の引用がない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  原告と被告との間の雇用契約の概要

原告は,平成4年10月21日,被告との間で雇用契約を締結し,バス運転手として勤務してきた。なお,原告と被告との間には,原告の賃金について,毎月9日から翌月8日までの分を翌月20日に支払う旨の合意が成立していた。

(2)  飲酒関連の賞罰規定の内容

被告の賞罰規程(平成20年1月9日改正)には,次のような規定があった(乙2)。

第20条 社員にして,次の各号の一に該当する者は審議の上,これを懲戒する。

(1) 社規,社則に違反したとき

(2) 刑法上の宣告を受けたとき

(3)  作業の遂行に支障を来す不都合のあったとき

(4)  任務の遂行上,責任を負うべき事態の生じたとき

(5)  その他各号に準ずる行為のあったとき

第21条 懲戒は次の7種とする。

(1) 訓告

(2) 譴責

(3) 減給

(4) 出勤停止

(5) 降職

(6) 諭旨解雇

(7) 懲戒解雇

第22条 懲戒処分はその行為に至った諸事情,会社の事業特性,実害の程度,日頃の勤務成績および当該行為後の態度等の情状を考慮して決定する。

第23条 社員が次の各号の一に該当したときは第21条第(1)号ないし第(5)号の懲戒処分とする。ただし,本条第(6)号に該当したときは,原則として第21条第(4)号または第(5)号の懲戒処分とする。また,本条各号の一に該当したとき,情状が特に重い場合は,第21条第(6)号ないし第(7)号の懲戒処分とすることがある。

(1)ないし(5) 省略

(6) 正当な理由なくして,飲酒または酒気帯びのため,指示された業務に就けなかった,もしくは業務に支障を生じさせたとき

(7)ないし(10) 省略

第26条 懲戒に処せられた後,再び同種類または類似懲戒行為を行った者に対しては原則として懲戒を加重する。

第40条 懲戒の方法は次のとおりとする。

(1)ないし(3) 省略

(4) 出勤停止 出勤を停止し,その期間の賃金は支給しない。

(5) 降職 職階を下げ,職種を変更する。

(6) 諭旨解雇 退職願を提出させ解雇する。

ただし,

① 退職に応じないときは,懲戒解雇とする。

② 退職金および退職慰労金は,規程の全額又は一部を支給する。

③ 本務社員当時の行為に対する懲戒処分として継続社員またはシニアスタッフを諭旨解雇する場合,本務社員としての退職金および継続社員としての退職慰労金について,その一部を支給しないことがある。なお,退職金支給後に,諭旨解雇による退職金の一部不支給が決定した場合,すでに支給した退職金から返還させる。

(7) 懲戒解雇 解雇し,退職金および退職慰労金を支給しない。

(3) 被告が出庫点呼の際に使用していた飲酒検知器の性能

ア 被告は,株式会社AのBという機種のアルコールチェッカー(以下「本件アルコールチェッカー」という。)を用いて呼気検査をしていた。

イ 本件アルコールチェッカーは,呼気に含まれるアルコール濃度が呼気1リットルあたり0.07から0.15㎎未満の場合は「Low」の反応が,同0.15㎎以上の場合は「High」の反応が出るように製作されている(弁論の全趣旨[被告平成21年12月28日付け準備書面における主張について,原告が特段の反論をしていない。])。

なお,本件諭旨解雇当時,道路交通法(同法施行令)は,呼気に含まれるアルコール濃度が呼気1リットルあたり0.15㎎以上のアルコールを身体に保有した状態で運転をした場合を酒気帯び運転としていた。

ウ 本件アルコールチェッカーは,半導体を用いたセンサーで,微量のアルコールが含まれる口内洗浄剤等に反応したり,前日飲食した物の食べ合わせにより胃の中で発酵して発生した微量のアルコールに反応したりすることがある。本件アルコールチェッカーを販売している株式会社Aは,喫煙をしたり,パン,らっきょ,生わさび,発酵系漬物,麹系味噌汁を摂取しただけの状態で5分後に計測しても反応することがあるため,検査前は飲食をしないで水でうがいをして口内を清潔にしてから検査をするように求めているほか,飲食後は,必ず10分以上の時間を空けて計測することを求めており,「咳止め薬」,「入れ歯安定剤」,「口内洗浄剤」を使用した場合は10分後に検査しても反応することがあるため,10分以上たってからうがいを行って再検査するように求めている。(以上につき,甲53)

(4) 原告に係る飲酒関連の懲戒処分歴

ア 被告の賞罰委員会は,平成18年3月10日,原告につき,同年2月25日に行われた出庫点呼の際,呼気にアルコールが感知され,予定されていたC営業所路線教習について教習禁止を命ぜられたことが職業運転手としての自覚が全く無いばかりでなく,社規社則等に反するもので社員にあるまじき行為であるとして,出勤停止4日の懲戒処分とする旨を決定し(乙18),被告は,同年3月14日付けでその旨の懲戒処分をしたが,原告はこの懲戒処分について異議を申し立てなかった(弁論の全趣旨)。

なお,原告は,同月1日付けで,前日は,送別会で午後3時ころから日本酒等を多分に飲んだ旨を記載した始末書を提出した(乙17)。

イ 被告の賞罰委員会は,平成19年10月31日,原告につき,同年8月20日に行われた出庫点呼の際,呼気にアルコールが感知され(D[当時の役職はE営業所長であり,以下「D所長」という。]が作成した同年8月28日付け報告書[乙19]によれば反応レベルは「High」であり,検査結果は酒気帯びである旨が記載されていた。),乗務の禁止を命ぜられたことにつき,前記アの懲戒処分の教訓が全く生かされておらず,職業運転手としての自覚が全く無いばかりでなく,社規社則等に反するもので社員としてあるまじき行為であるとして,出勤停止20日間に処する旨を決定し(乙22),被告は,同年11月6日付けでその旨の懲戒処分をしたが,原告はこの懲戒処分について異議を申し立てなかった(弁論の全趣旨)。

なお,原告は,平成19年8月20日付けで,出勤前日は風邪気味で早めに入浴し,缶ビール350ミリリットル1本,焼酎の湯割2杯を飲酒し,明日に備えて20時前には就寝した旨や,普段のアルコール量と9時間以上の睡眠を取ったことから飲酒検知器に反応するとは思いも寄らなかった旨などを記載した始末書を提出した(乙21)。

(5) 原告の諭旨解雇の原因となった飲酒検知前日の飲酒状況

原告は,平成21年6月17日概ね午後5時30分ころ,500ミリリットルの缶ビール12本を持参してF(当時の役職は運輸係長であり,以下「F係長」という。)宅を訪れ,同日午後8時30分ころまでの間,缶ビールを飲みながらF係長と話しをしたが,持参した缶ビール12本のうち6本については開缶しなかった。

(6) 原告の諭旨解雇の原因となった飲酒検知当日の原告の行動

ア 原告は,平成21年6月18日,起床後,飲食をせずにあわてて着替えをし,午前5時45分ころに原告宅を出発した(乙8,10)。

イ 原告宅からE営業所までは,距離にして約1.7キロメートルほどで(原告本人調書中の反訳書64,65項),信号で長時間停車させられることなくスムーズに車を走らせることができれば,3分程度で到着することができるような位置関係にあった(証人Fの証人調書中の反訳書174項)。

ウ 原告の同日における所定出勤時刻は,午前5時48分であった(争いがない。)。

エ 原告は,E営業所に到着すると,本来は駐車することが許されていない営業所の前に自家用車を停車させたまま(原告本人調書中の反訳書77項),営業所内に駆け込んで出庫点呼を受けた。

オ 原告は,出庫点呼の際,予めうがいすることなく本件アルコールチェッカーに息を吹きかけた(原告本人,弁論の全趣旨)。

(7) 原告の諭旨解雇の原因となった飲酒検知に関して作成された文書の記載内容の変遷(乙7ないし10)

G(当時の役職は運行管理者である当務助役であり,以下「G助役」という。)の作成名義とされている飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイル及びD所長作成名義の出庫点呼時に於ける飲酒チェック発覚についてと題する書面については,同じ表題のものが2通ずつ存在し,飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイルは,別紙書証対比表のとおり,1回目及び2回目の呼気検査の結果について異なる記載がされ,後から作成された同聞き取りファイルのほうが,原告が遅刻をし,かつ,検査の結果が重大であった旨の記載になっており,原告の就寝時間及び起床時間という原告に事情を聞かなければ分からない事項についても当初の同聞き取りファイルよりも遅い時間に修正され,遅刻があったことを補強するような内容になっていた。また,原告訴訟代理人が平成21年7月22日付けで原告がエチケットマウスミントを使用していた旨を指摘した(甲55)後に作成された出庫点呼時に於ける飲酒チェック発覚についてと題する書面においては,当初の同書面に記載されていたにおいが「甘い」においであった旨の記載が削除されていた。

(8) 被告は,平成21年8月14日付けの懲戒決定書(以下「本件決定書」という。)をもって,原告が自家用車でE営業所に5分遅刻して出勤し,出庫点呼を受けた際,運行管理者による飲酒感知器の検査で呼気にアルコールが感知され,また,酒の匂いも確認され,乗務の禁止を命ぜられたこと,原告は,以前に酒気帯びによる乗務禁止措置に関して2度懲戒処分を受けたのに,3度目の乗務禁止に至ったことを理由に,本来であれば懲戒解雇とするのが当然だが,今後の生活等を考慮して罪一等を減じるとして,原告を同年9月10日付けで諭旨解雇するとともに,退職金の5割を減ずる旨を決定し(甲49・以下「本件諭旨解雇」という。),原告に対し,同年8月20日付けで本件決定書の内容を通知し(甲50),同通知は同日原告に到達した。

(9) 原告は,その後,被告に対し,退職届を提出しなかった。

(10) 被告は,平成21年9月10日付けで,原告に対し,懲戒解雇となった旨を通知した(甲60)。

(11) 一般的なアルコール分解速度

社団法人アルコール健康医学協会によれば,目安として,体重約60キログラムの成人男性で,ビール中びん1本(500ミリリットル)のアルコールが体内から消えるまでに約3~4時間かかり,ビール中びん2本では約6~7時間,ビール中びん3本では約9~10時間,ビール中びん4本では約12~13時間かかるとされている(乙31)。

(12) 原告に係る賃金等の支払水準等

ア 1か月ごとの賃金

原告は,平成21年1月以降,別紙給与支給実績一覧表のとおりの賃金の支払を受けた。もっとも,原告の平成21年8月20日支払の同月分給与の本給が27万6045円,家族給が1万3550円,子女教育手当が5500円であり,これらの合計は29万5095円(平成21年夏季賞与が支給された際の基準賃金は本給に家族給を加えた28万9595円)にすぎず,別紙給与支給実績一覧表の賃金には,休日出勤手当,休日振替手当,時間外手当,深夜内手当,宿泊手当といった実際の勤務に応じて加算される手当が含まれている(甲3ないし10,47)。

イ 賞与

被告は,毎年7月10日及び12月5日に,基準賃金(本給+家族手当)に労働組合と合意した支給率を乗じた金額を賞与として支給してきた(ただし,傷病のため休業したり,懲戒処分を受けたりした場合は,1割ないし2割を減額していた。)。また,原告に対する従前の支給実績は,別紙賞与支給実績一覧表記載のとおりである。

2  争点

(1)  本件諭旨解雇が解雇権を濫用したものといえるか。

(被告の主張)

ア 原告は,平成21年6月17日,F係長宅で午後5時30分ころから午後8時30分ころにかけて500ミリリットルの缶ビール3本以上と350ミリリットルの発泡酒を1本半(合計2000ミリリットル以上)という多量の飲酒をした。前記争いのない事実等(11)のとおり,体重約60キログラムの成人男性で,ビール中びん4本(2000ミリリットル)のアルコールが消えるまで約12~13時間かかるとされており,原告が午前6時の時点で酒気帯びが推認できることは,科学的にも裏付けられる。

イ 原告は,所定出勤時刻から5分遅刻して午前5時53分に出勤した。G助役が午前5時43分ころに原告宅に電話をした際にはだれも電話に出なかった。

ウ 原告は,出庫点呼後,イソジンやエチケットマウスミントを使用したために反応した旨の弁解はせず,事欠(一身上の都合による欠勤)にしてほしいとか,退職願を書くから内々で収めてほしい旨を発言していたにすぎない。

エ 当初作成された飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイル及びD所長作成名義の出庫点呼時に於ける飲酒チェック発覚についてと題する書面に「Low」の反応であった旨が記載されたのは,前記ウのとおり原告が退職の意向を示していたため,G助役が飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイルに漫然と押印したことに起因している。また,同聞き取りファイルには,3回目の検査で「Low」の反応が出たことについては記載がないが,検査について記載をする欄が3か所しかなく,しかも,最後の欄は,飲酒検知器による反応がなくなるまでは帰宅させられないこととの関係で,飲酒検知器による反応がなくなった時点の検査についての記載せざるを得ないことに起因しているにすぎない(H[当時当務助役の補佐を務めており,以下「H補佐」という。]は,平成21年8月10日付けのIの飲酒事案の報告についてと題する文書に,6時03分に「High」の反応があり,その後すぐに片手に持っていたペットボトルの水を含んで本件アルコールチェッカーに息を吹きかけたところ,「Low」の反応が出たことを記載している。)。

オ 被告においては,飲酒,酒気帯びでの就業は特に重い非違行為とされており,場合によっては解雇処分に付される旨を賞罰規程に明示しているほか,全乗務員に対し,飲酒・酒気帯び運転の禁止の指示・教育を徹底するとともに,乗務前日でも乗務に支障を来すような飲酒を控えるように指導していた。原告は,そのような状況にもかかわらず,過去に同種事案で2度懲戒処分を受けながら,再び酒気を帯びて運転業務に就くという重大な非違行為を行おうとしたもので,改善の余地は全くないと判断をせざるえを得なかったものである。

カ 被告は,平成21年6月18日及び同月19日に原告から事情聴取をした上,同月29日には原告から顛末書を受領し,同年8月3日に原告訴訟代理人同席のもと改めて事情を聴取したほか,同月14日,会社委員5名,労働組合委員5名の出席による賞罰委員会を開催し,慎重に審議した結果本件諭旨解雇を決定したもので,手続も適正であった。

(原告の主張)

争う。

ア 原告の飲酒量は,500ミリリットルの缶ビール2本程度と350ミリリットルの発泡酒半分程度であり,しかも,F係長の見ていないところでビールを流しに捨てた。

イ 原告は,所定出勤時刻までに出勤した。原告は,原告宅の玄関を出たときに電話が鳴っていることに気づいたが,遅刻しないようにそのまま出勤した。

(被告の反論)

客先を訪問する際に冷えた500ミリリットルの缶ビールを12本も持参した者が,無理矢理飲まされたわけでもないのに,目を盗んでビールを捨てるような行動をすることはあり得ない。

(2)  本件諭旨解雇が無効となった場合の未払賃金額いかん

(原告の主張)

原告の自宅謹慎までの平均賃金(平成21年1月から同年6月)は,1か月42万7525円である。

(被告の主張)

争う。

平均日額が1万0425円となるにすぎない。

(3)  本件諭旨解雇が無効となった場合に賞与(将来のものも含む。)の支払を求めることができるか。

(原告の主張)

原告は,別紙賞与支給実績一覧表記載のとおり,少なくとも夏季については基準賃金(本給と家族手当の合計額)の2.12180か月分,冬季については同2.62240か月分の支給を受けているところ,原告の基準賃金は,28万9595円となる。

したがって,原告は,夏季については少なくとも65万0462円,冬季については少なくとも79万5433円の賞与の支払を求めることができる。

(被告の主張)

争う。

(4)  本件諭旨解雇が不法行為にも該当するとして損害賠償を求めることができるか,その場合の損害いかん

(原告の主張)

本件諭旨解雇は,不法行為に該当する。

原告が被った精神的苦痛を金銭的に評価すると,200万円を下ることはない。

また,弁護士費用は20万円が相当である。

(被告の主張)

争う。

第3争点に対する判断

1  前提事実

前記争いのない事実等に証拠(以下に個別に掲げるほか,甲65,乙14,25,証人F,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

(1)  被告は,平成21年5月25日付けで,同年6月1日施行の道路交通法の改正により,呼気1リットルにつき0.25㎎以上のアルコールを体内に保有する状態で運転をした場合は,違反点数が25点となり,免許が取り消される(改正前は13点で免許停止90日)ほか,同0.15㎎以上同0.25㎎未満のアルコールを体内に保有する状態で運転をした場合は,違反点数が13点となり,免許停止期間が原則として90日となる(改正前は6点で免許停止30日)など規制が強化されることを知らせるとともに,今一度飲酒運転及び酒気帯び運転の撲滅を求める通知を回覧したが,原告は,閲読した旨の押印をした(乙5)。

(2)  被告は,平成21年6月2日付けで,「プロドライバーとしての自覚を持って,乗務前日の飲酒は控え,絶対に勤務に支障を及ぼす飲酒はしないと今一度肝に銘じていただきたい。」旨の通知を回覧したが,原告は,通知を熟読せずに閲読した旨の押印をした(乙6,原告本人調書中の反訳書283ないし285項)。

(3)  当初作成された飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイル及び出庫点呼時に於ける飲酒チェック発覚についてと題する書面の記載の意味内容について

ア 被告においては,「酒気帯び」を道路交通法上の酒気帯びと同一のものとして定義していた(賞罰規程第第23条第(6)号が,懲戒事由について,「飲酒または酒気帯び」のため指示された業務に就けなかった等と表現しているのは,呼気1リットルあたりのアルコール濃度が0.15㎎以上であることが判明しないものの,飲酒のため運転業務に従事させることが相当でない場合があり得ること[例えば,飲酒後それほど時間が経過していない場合は,血中アルコール濃度が未だピークに達していないために,呼気検査では酒気帯び状態であることが検知されないが,そのまま運転業務に従事すると,運転業務従事中に酒気帯び状態であることが検知される状態になる場合があり得る。]を考慮したものと解される。)。

イ G助役名義で作成された当初の飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイル(乙8)には,「Low」の反応が出た旨の記載しかなく,そうであればアルコール濃度が呼気1リットルあたり0.15㎎未満であって,0.15㎎以上の濃度がアルコールが検出されることが前提となる酒気帯び状態であったとは断定できないのに,D所長名義で作成された出庫点呼時に於ける飲酒チェック発覚についてと題する書面(乙7)には,検査結果が酒気帯びであった旨の記載がされており,文面上は,運行管理者であるG助役が酒気帯びには満たない「Low」の反応が出たと報告したにすぎないのに,上司(所長)であるD所長が酒気帯びとして本社に報告をしたという意味で,D所長が誤った報告をしたことになる。

(4)  後に作成された飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイル及び出庫点呼時に於ける飲酒チェック発覚についてと題する書面の実際の作成者及び作成時の聴取対象者について

D所長は,本来G助役が運行管理者としての責任において作成すべき飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイルも含め,前記各文書の電子データをD所長が業務上使用していたUSBメモリに保存しており,これに上書きをする形で前記各文書を書き換えた(第6回口頭弁論調書は,乙7ないし10等の文書の電子データがD所長の業務上使用するUSBメモリの中に保存されていた旨の申告をもとに,パーソナルコンピュータ上で文書のプロパティーを開かせて,その内容を確認した結果を記載したものである。)。

また,D所長は,前記各文書を書き換えるにあたり,原告及びF係長からは事情を聞いておらず,G助役,J及びH補佐から事情を聞いたとしているにすぎないが(証人Dの証人調書中の反訳書51,56項),飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイルの就寝時間及び起床時間といった原告に事情を聞かなければ記載できないはずの事項について,原告に不利になるように書き換えた(証人Dは,F係長が原告と口裏会わせをした飲酒量についての記載が訂正されていない理由について,一番最初の申告をそのまま載せた旨証言するが[同79,80項],真実そのような運用がされているのであれば,原告から事情を聞いていない以上は,原告の就寝時間及び起床時間は当初の記載のままにしておかなければならないはずである。)。

さらに,D所長が作成した出庫点呼時に於ける飲酒チェック発覚についてと題する書面は,文面上は賞罰委員会の前である平成21年8月10日付けとされているが,USBメモリに保存された当該電子データの最終更新履歴は賞罰委員会開催後の同月17日になっていた(第6回口頭弁論調書)。

(5)  アルコールの分解速度等に関連する各種データについて

ア 原告の体重は,平成20年10月24日の時点では60.5キログラムで,平成21年4月9日の時点では59.0キログラムであった。また,長期の飲酒により増加するγ-GTPの値(基準値は男性79以下)は,平成20年10月24日の時点では61であったのに対し,平成21年4月9日の時点では33に減少していた。(以上につき,甲64)

イ 別紙書証対比表のとおり,原告の平成21年6月17日における飲酒終了時間が午後8時30分ころであったことについて,原告の主張・供述は一貫しており,この主張・供述よりも遅い時間まで飲酒していたことを裏付けることができるような確実な証拠はない。この飲酒終了時間を前提にすると,翌日の午前6時は,飲酒後9時間30分後となる。

ウ 前記イの飲酒終了時間から10時間が経過した平成21年6月18日午前6時27分に実施された本件アルコールチェッカーによる呼気検査の際は,アルコールの反応は検出されなかった。

エ 「National Institute on Alcohol Abuse and Alcoholism」による「Alcohol Alert」に掲載された血中アルコール濃度の変化を表したグラフによれば,お酒に強い中年男性がビール700ミリリットルを飲んだ場合,飲酒開始からほぼ4時間30分程度で血中アルコール濃度が0㎎%(ミリグラムパーセント)になること,飲酒後血中アルコール濃度がピークに達するまでの時間が概ね40分であること,その時点の血中アルコール濃度が46㎎%(ミリが千分の1を表す単位記号であることを考慮すると,1グラムの血液中に0.046㎎が含まれるという意味になるから,濃度(単位%)は,0.046%となる。)となることを読み取ることができる(乙31の3枚目)。そこで,摂取したアルコール量と,アルコール濃度及び分解時間が正比例の関係にあると仮定して1単位(ビール中びん[500ミリリットル]1本相当の飲酒量)のアルコール飲料を飲んだ場合の分解時間,アルコール濃度がピークに達するまでの時間及び血中アルコール濃度(ピーク時)につき,前記の読み取り結果(別紙解析表の色塗り部分)を700で除して500を乗ずる方法によって試算し,乙31の3枚目の下から15行目以下の記述によれば,血中アルコール濃度が0.02%の場合は,この数字に5を乗じた値が単位を㎎/lとした場合の値(呼気1リットルあたりの濃度)となることを踏まえて呼気1リットルあたりのアルコール濃度(ピーク時)を試算すると,別紙解析表中の「○ 濃度変化表の分析」の「乙31」の列の②,③,⑤,⑥の行のとおりとなり,これに4,3あるいは3.5を乗ずる方法によって4単位,3単位あるいは3.5単位のアルコール飲料を飲んだ場合の前記各数値を試算すると「○ 濃度変化表の分析」の各列の事項番号②,③,⑤,⑥の行のとおりとなる(同表の注3)。また,前記の試算によれば,アルコール濃度がピークに達した時点からアルコールの分解が完了するまでの時間は,別紙解析表事項番号④のとおりとなり,ピーク時の呼気1リットルあたりの濃度をこの時間で除すると,アルコール濃度がピークに達した時点以降の1時間あたりの分解量は,0.06㎎となる(同事項番号⑦)。

さらに,前記の試算で得られたアルコール濃度がピークに達した時点以降の1時間あたりの分解量を基礎に,10時間あるいは9時間30分から前記のとおり試算したアルコール濃度がピークに達するまでの時間を控除した時間(別紙解析表事項番号⑧,⑨)を算定した上,ピーク時の濃度から同表事項番号⑧,⑨の時間に前記の1時間あたりの分解量を乗じた数値を差し引いて得た10時間後あるいは9時間30分後の呼気1リットルあたりのアルコール量(単位㎎)を試算すると,同表事項番号⑩,⑪のとおりとなる。

以上の試算結果に,前記争いのない事実等(3)イで認定した本件アルコールチェッカーの性能に照らせば,4単位(2000ミリリットル)のビールを飲んだ場合の9時間30分後及び10時間後の呼気検査では,いずれも「High」の反応となる可能性があること,3単位(1500ミリリットル)のビールを飲んだ場合,9時間30分後及び10時間後の呼気検査では,いずれも全く反応がない可能性があること,3.5単位(1750ミリリットル)のビールを飲んだ場合,9時間30分後及び10時間後の呼気検査では,いずれも「Low」の反応が出る可能性があること,こうしたことからすれば,ビールの摂取量が3単位を超え,3.5単位に満たない場合には,9時間30分後の呼気検査では「Low」の反応が出るが,10時間後の呼気検査では全く反応が出ないということがあり得ることが認められる。

なお,乙31の3枚目のグラフによれば,700ミリリットルを飲んだ60キログラムの男性の場合の血中アルコール濃度の減少の程度は,ピーク時の飲酒後40分から飲酒後2時間までの減少量が目測で約0.026%(26㎎%),飲酒後2時間から飲酒後3時間までの減少量が目測で約0.012%(12㎎%),飲酒後3時間から飲酒後4時間30分までの減少量が目測で約0.008%(8㎎%)であり,時間が経過すれば経過するほど,減少速度が遅くなる傾向があることが窺われる。

2  本件諭旨解雇が解雇権を濫用したものといえるか(争点(1))について

(1)  被告は,原告が平成21年6月17日夜,少なくとも500ミリリットルの缶ビール3本分以上のビールのほか,発泡酒を1本飲んだ上,発泡酒1本をF係長と二人で分けて飲んでおり,同月18日午前6時00分及び同日午前6時03分に本件アルコールチェッカーを用いて行われた呼気検査で呼気1リットルあたり0.15㎎以上を検知したが,同日午前6時27分に行われた呼気検査では反応しなかった旨主張し,証拠(乙9,10,25ないし28,証人F,証人H,証人D,証人G)中には,これに沿う部分がある。

しかしながら,前記主張に沿う前掲各証拠部分は,次の理由により信用することができない。

ア 前記争いのない事実等(7)(別紙書証対比表)で認定したとおり,後から作成された飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイルには,2回目の検査の際には呼気1リットルあたりのアルコール濃度が0.15㎎以上であることを示す「High」の反応が出たのに,その24分後には反応がなかった旨が記載されているところ,前記争いのない事実等(3)イで認定したとおり,本件アルコールチェッカーは,アルコール濃度が0.07㎎未満の場合は反応しないものとされていることを考慮すれば,前記の記載を前提とする限り,24分の間に少なくとも呼気1リットルあたりのアルコール濃度が0.08㎎も減少し(別紙解析表中の「○アルコール濃度の減少速度の合理性の検討」の事項番号⑭参照),1時間に換算すると0.20㎎も減少したことになる(同⑰)。他方,前記1(5)エで認定したとおり,原告とほぼ体重が同じ体重60キログラムの男性に関するデータの分析結果に照らすと1時間あたりのアルコール濃度の減少量は,呼気1リットルにつき約0.06㎎であることが推認できるところ,被告の主張によれば,本件に係る反応がなしになる前の1時間あたりのアルコール濃度の減少量は,この3倍を優に超えていたことになり(同⑱参照),不合理といわざるを得ない。

また,被告の主張するとおり原告が500ミリリットルの缶ビール3本と発泡酒1本と発泡酒半分を飲んだとすると,その摂取量は概ね2000ミリリットルとなり(別紙解析表中の「被告主張に係る原告のビール摂取量(最小値)」参照),前記1(5)エで認定した試算結果をもとに1時間あたり0.06㎎(呼気1リットルあたり)のアルコールが減少するものとして10時間後の呼気アルコール濃度を試算すると,ピーク時の呼気1リットルあたりのアルコール濃度が0.6571㎎,10時間後の同濃度が0.1711㎎となり,午前6時27分の時点でも「High」の反応が出たのではないかという疑いを差し挟む余地がある(なお,分解量を試算するにあたり,飲み進める過程でアルコール濃度が高くなる一方で,分解が進むことを踏まえ,飲酒終了時点で既にアルコール濃度がピークに達していたことを前提に試算することも考えられるが,前記の点を考慮するというのであれば,飲酒終了時のアルコール濃度がピークよりも低下している可能性も視野に入れて試算せざるを得なくなり,本件全証拠をもってしてもそのような試算の基礎になるデータや試算方法が明らかになっていないことを考慮すれば,供述の信用性を吟味するにあたっては,前記説示のような試算方法を採用せざるを得ない。)。

以上によれば,原告の飲酒量についての証人Fの証言には,誇張があるのではないかという疑いを払拭することができない。

もっとも,F係長宅に赴く際に,350ミリリットルではなく,500ミリリットルの缶ビールを,12本も持参した原告が,F係長の目を盗んでビールを流しに捨てた旨の原告本人尋問の結果は到底信用できないが,原告がこうした供述をしたことの一事をもって,翌日午前6時ころの時点において呼気1リットルあたりのアルコール濃度が0.15㎎以上となってしまう程度の飲酒をしていたことを推認することはできない(同時点で酒気帯びの状態であったことについて科学的な基礎付けを行うのであれば,被告が主張するような大雑把な推測ではなく,ウィドマーク法(判例秘書搭載の福岡高等裁判所平成21年(行コ)第6号同年8月5日判決などで検討されている方法)等の方法によって立証をすべきである。)。

イ 前記1(3)イで認定したとおり,当初作成された飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイルの記載内容と出庫点呼時に於ける飲酒チェック発覚についてと題する書面の記載内容は,D所長に判断ミスがあったことを窺わせる内容になっており,部下であるG助役が作成した飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイルに記載ミスがあり,実際には「High」の反応が出ていたという説明が可能になれば,酒気帯びでないのに酒気帯びと報告したというミスは存在しないことになること,D所長は,部下であるG助役の責任において作成すべき文書についても自ら改変を加え,かつ,内容的にも原告から事情聴取することなく原告に不利な改変を行っていること,原告訴訟代理人から平成21年7月22日付けで原告がエチケットマウスミントを使用していた旨の指摘を受けた後に出庫点呼時に於ける飲酒チェック発覚についてと題する書面を作成した際に,当初記載されていた「甘い」においがした旨の記載を削除したことなどを考慮すれば,D所長が自己の報告ミスの発覚を防ぐため,当初作成された飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイル等の記載内容を改変しようと考え,F係長,G助役及びH補佐と口裏を合わせながら文書を作成した疑いがある(上司の作成した文書にミスが含まれることが窺われる場合は,上司の立場で作成すべき文書と部下の立場で作成すべき文書の修正をするのであれば,上司がすべての文書の修正を行うことは好ましくなく,本件についていえば,本社のしかるべき責任者等の第三者がD所長,F係長,G助役,H補佐及び原告を個々に事情聴取することによって,D所長が保身を図るために不適切な報告をしているのではないかとの疑念が生じないように対応することが望ましかったことは明らかである。)。

なお,証人Dは,当初作成された飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイル(乙8)のもとになった情報について,F係長がE営業所に到着するまでの出来事についてはG助役から聞き取って作成した手書のメモを作成し,D所長がそのメモを受け取ってパソコンで清書を完成したとして(同証人の証人調書中の反訳書34,35,40,43項),電子データをD所長が保管していたことと整合するような証言をしているが,証人F及び証人Gは,F係長がパソコンで清書を完成させ,これにG助役が捺印をした(証人Fの証人調書中の反訳書111ないし115項,証人Gの証人調書中の速記録10頁1ないし5行目)とか,手書きのメモはシュレッダーで破棄した(証人Fの証人調書中の反訳書114項)と矛盾した証言をしている。

(2)  前記(1)に説示した点を考慮すれば,1回目及び2回目の呼気検査の際の反応が「Low」にとどまったとする原告本人尋問の結果は,あながち信用できないとはいえず,当初作成された飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイル及び出庫点呼時に於ける飲酒チェック発覚についてと題する書面(乙7,8)の記載内容をも考慮すれば,1回目及び2回目の呼気検査の際の反応は「Low」にとどまったことが認められる。

(3)  ところで,被告は,原告の非違行為について,酒気帯びの状態で乗務に就こうとしていた旨を指摘しているにすぎず,道路交通法上の酒気帯びの状態には至らない程度のアルコールが検知されたにすぎない場合(「Low」の反応のみの場合)でも諭旨解雇に値する旨の主張をしているわけではない。

また,本件全証拠をもってしても,被告において,出庫点呼において道路交通法上の酒気帯びの状態には至らない程度のアルコールが検知されたにすぎない場合(「Low」の反応のみの場合)でも諭旨解雇にした事例があるかどうかは必ずしも明らかでない。このような状況の下で,被告が道路交通法上の酒気帯びであったとして解雇を正当化するためには,本件アルコールチェッカーの反応が水準に達していなかったとしても,アルコールの匂いがしたから,酒気帯びであったということを証明するしかないことになる。

この点,証人Hは,ビールではなく焼酎系の匂いがした旨の証言をしている(証人Hの証人調書中の反訳書206ないし212項)。

しかし,原告が前日に飲んだ酒類がビールであったことは明らかで,本件全証拠をもってしても原告がその後焼酎を飲んだことが認められるわけではないことを考慮すれば,H補佐の酒の匂いに関する感覚がアルコール濃度を推定する上でどの程度参考となるものかについては,重大な疑問が生じる。

また,証人Hは,原告の所定出勤時刻について午前5時46分と間違えたまま証言を続け(同37項等),G助役が原告に電話をかけた時点で所定出勤時刻を経過していた旨や(同127,192項),固定電話ではなく携帯電話に電話をかけた旨の(同192項),証人Gの証言(同証人の証言調書中の速記録36頁)とは食い違う内容の証言をしたほか,原告がコーヒーカップでうがいをしたかどうかについて,想像が含まれているのに,あたかも直接目撃したかのごとき証言をするなどしており(証人Hの証人調書中の反訳書138ないし145,226ないし242項),証言の信用性は低い。

また,証人Gの証言も,出庫点呼の際にアルコールのにおいについて原告と話をしたときに,原告に前日の飲酒量については余り聞かなかった旨の証言をしているほか(同証人の証人調書中の速記録35頁),本来自身が運行管理者として作成すべき文書を上司であるF係長に作成してもらっていた旨の証言をするなど(同29,37頁),運行管理者としての職務を責任感ある態度で遂行していたのかどうかについて疑問を差し挟む余地がある。その意味で,アルコールの匂いに関する証人Gの証言は,アルコール濃度を推定する上でどの程度参考となるものかについては,重大な疑問が生じる。

他に,1回目,2回目の検査の際に原告が酒気帯びであったことを推認させるような事実が存在したことを認めるに足りる証拠はない。

(4)  以上のとおり,1回目の呼気検査の際,道路交通法上の酒気帯びの状態には至っていなかった可能性があること,酒気帯び状態であれば,仮にそのまま運転していれば道路交通法違反で検挙されることになりかねない程度の非違行為があったものとして解雇に値することが明らかだが,そこまでの断定ができない者についても当然に解雇とすることが社会一般の常識であると評価することには躊躇を感じること,本件全証拠をもってしても,被告において道路交通法上の酒気帯びの状態と断定できなかった者であっても諭旨解雇又は懲戒解雇とする運用があったかどうかは必ずしも明らかでないことを考慮すると,道路交通法上の酒気帯びの状態と断定できなかった原告について諭旨解雇とするのは社会通念上重きに失すものと評価せざるを得ない(D所長も,そこまで断定できない場合には解雇が困難と感じたからこそ,「High」の反応があったかのごとく聞き取りファイルの記載を改変したものと推認できる。)。

したがって,本件諭旨解雇は解雇権を濫用した無効なものといわざるを得ない。

もっとも,原告本人尋問の結果によれば,原告は,道路交通法の改正に関連する社内の回覧をしっかりと読んでいなかったほか,F係長宅に赴く際,350ミリリットルの缶ビールではなく,500ミリリットルの缶ビールを12本も持参しており,F係長が原告の飲酒ペースに釘を刺していなければ,翌日の出庫点呼の際に「High」の反応が出かねない程度の飲酒に及んだ可能性があったといわざるを得ない(前記争いのない事実等(4)イで認定したとおり,平成19年11月6日付けでなされた出勤停止20日の懲戒処分の際には,その説明のとおり風邪であったというのであれば,炎症を悪化させるようなアルコールの摂取は差し控えるのが通常だと考えられるのに,350ミリリットルの缶ビール1本と焼酎のお湯割りを2杯飲んだとしているなど,アルコールコントロールの意識に乏しい面があることは否定できない。)。また,本件アルコールチェッカーにマウスミントのアルコールが反応することがあることを当時から知っていたというのに(原告本人調書中の反訳書258,300,301項),マウスミントを使用していた旨の弁解を直ちにしていないところを見ると,前日の飲酒のせいなのか,マウスミントのせいなのかが真偽不明となるようにとっさにマウスミントを使用したのではないかという疑いを払拭することができない。さらに,前記1(5)エで認定したとおり,3単位を超え,3.5単位に満たない量のビールを飲んだ場合は,9時間30分後の検査で「Low」に反応するが,10時間後の検査では何らの反応がなくなるということがあり得ることを考慮すれば,原告が1500ミリリットル以上のビールを摂取していた可能性がある。こうしたことや1回目の検査の時点で原告の主張によっても所定出勤時刻ぎりぎりの時間であったことを考慮すれば,2回目以降の検査等をした上で乗務の可否を検討せざるを得ず,そのような事態に陥ったために指示された業務に就けなかったものというべきであって,「飲酒」「のため,指示された業務に就けなかった」ものとして賞罰規程第23条第(6)号に該当し,前回の同種事案に係る出勤停止20日以上の懲戒処分の対象とならざるを得ないものと解される。

しかしながら,被告は,事実関係を確定するにあたって,平成21年8月3日に原告訴訟代理人の立会の下原告から事情を聴いたものの,科学的客観的な分析に努めることなく,その後,前記説示のとおりの不適切な方法で記録を改変し,こうした記録の内容について原告に反論の機会を与えることなく賞罰委員会における審議をしたものであること,本件全証拠をもってしても,「Low」の反応があったにすぎない事例で諭旨解雇にした事例があるかどうか,あるとしてどのような事案であったのかが明らかになっていないことを考慮すれば,前記のような側面をもって諭旨解雇をすることは重きに失するものと評価せざるを得ない。

他に,前記説示の妨げとなるような事実を認めるに足りる証拠はない。

(5)  以上によれば,被告の主張は,採用できない。

3  本件諭旨解雇が無効となった場合の未払賃金額いかん(争点(2))について

本件諭旨解雇が無効であり,原告に被告において就労する意思・能力があること(弁論の全趣旨)を考慮すれば,民法536条2項本文により,賃金を請求することができる。

しかしながら,残業手当や休日出勤手当等は実際に残業をしたことや休日に出勤したことに基づいて発生するものであり,解雇によるものとはいえ,実際には残業等に従事しているわけではない以上は,残業等の有無にかかわらず必ず支給されるというような特殊な事情が存在することが証明される等の特段の事情がない限り,残業手当等を請求することはできないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるのに,前記争いのない事実等(12)アで認定した本給,家族給及び子女教育手当以外の手当については,前記の特段の事情が存在することを認めるに足りる証拠はない。

したがって,原告は,1か月29万5095円の割合による金員の支払を求め得るものにすぎない。

4  本件諭旨解雇が無効となった場合に賞与(将来のものも含む。)の支払を求めることができるか(争点(3))について

賞与は,賃金の後払的性格をも有するものの,現実の支給額については,該当季ごとの業績や支払能力を踏まえ毎年ごとに行われる労働組合との春闘等の妥結状況を踏まえてその都度支給額が確定されるものであることを考慮すれば,口頭弁論終結時までに賞与の支払対象期間が満了し,支払期が到来している賞与について,支給率等が証拠によって認定できる場合に限り,その支払を求め得るものにすぎず,これ以外の将来の賞与については,将来の給付を予め求める必要性があるとまではいえないものとして,却下せざるを得ないものと解するのが相当である。

これを本件についてみると,証拠(甲11ないし48)及び弁論の全趣旨によれば,被告においては,本給に家族給を加算した基準賃金に支給率を乗じた金額に,原告については住宅補助金3万6000円等を加算して夏季賞与及び冬季賞与を支給してきたこと,賞与の支給率は,近年低下しているものの,平成20年冬季の支給率は2.62240,平成21年夏季の支給率は2.12180であったことが認められるところ,平成21年冬季及び平成22年夏季の支給率がこれを下回ったことを窺わせるような証拠はない。

したがって,原告は,別紙賞与計算書のとおり,平成21年冬季賞与として79万5433円及びこれに対する平成21年12月6日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による金員,平成22年夏季賞与として65万0462円及びこれに対する平成22年7月11日から支払済みまで同年6分の割合による金員の支払を求めることができるが,口頭弁論終結時において対象期間がすべて経過しておらず,支払期が到来していない平成22年冬季賞与以降の賞与については,将来の訴えの利益を欠くものとして却下せざるを得ない。

5  本件諭旨解雇が不法行為にも該当するとして損害賠償を求めることができるか,その場合の損害いかん(争点(4))について

前記2に説示したとおり,原告が,原告訴訟代理人を通じて慎重な検討を求めたのに,被告は,D所長が飲酒検査陽性反応に対する聞き取りファイル及び出庫点呼時に於ける飲酒チェック発覚についてと題する書面に改変を加えた資料をもとに賞罰委員会を開催し,こうした資料の改変内容について原告に反論等を行う機会を与えることなく本件諭旨解雇が決定したものというほかない。そして,こうした手続経過は,通常の解雇手続で行われるべき手順を逸脱しているものと評価せざるを得ない。そうすると,本件諭旨解雇は,記録の改変等の一連の経過を総合考慮すれば,不法行為に該当するものと評価せざるを得ない。

しかしながら,前記説示のとおり,1,2回目の検査では「Low」の反応が出ており,そのような反応が出る程度の飲酒をしていたことが推認できることや,エチケットマウスミントの使用が検査結果をうやむやにするためになされた疑いがあることなどを考慮すれば,原告の被った精神的苦痛を過大に評価することはできず,その慰謝料は50万円を下ることがないものと評価するのが相当であり,弁護士費用として10万円の支払を命ずるのが相当である(前記のとおり弁護士が関与したにもかかわらず,残念な対応に終わったことを考慮して,通常の場合より加算をしている。なお,付帯請求については,商事法定利率に関する商法の規定の適用はないから,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め得るにすぎない。)。

6  結論

したがって,原告の請求のうち,雇用契約に基づき,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める請求は,理由があるから認容し,未払賃金請求については,平成21年10月20日支払分以降の支払分につき,本判決確定日まで1か月29万5095円の割合による金員及び各支払日の翌日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,この限りで認容し,その余の請求を棄却することとし,賞与の請求は,平成21年冬季及び平成22年夏季の賞与として144万5895円及びうち79万5433円に対する平成21年12月6日から,うち65万0462円に対する平成22年7月11日から,いずれも支払済みまで各商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,この限りで認容し,その余の将来の賞与を求める訴えは,却下し,不法行為による損害賠償請求については,60万円及びこれに対する不法行為後の日である平成21年9月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,この限りで認容し,その余の請求は,理由がないから,棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 和久田斉)

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