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京都地方裁判所 平成21年(ワ)403号 判決 2011年6月10日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、一二九九万三六五五円及びこれに対する平成一四年一二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決の一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告は、原告に対し、六七二四万四二〇六円及びこれに対する平成一四年一二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  仮執行宣言

(被告は、担保を条件とする仮執行免脱宣言を求めた。)

第二事案の概要

本件は、交差点で信号待ちをしていた原告運転の車両に被告運転の車両が追突した交通事故について、原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求する事案である(遅延損害金の起算日は事故の日)。

一  争いのない事実及び容易に認定できる事実(引用証拠のない事実は争いがない。)

(1)  交通事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

① 日時 平成一四年一二月一五日午後二時三〇分ころ

② 場所 京都市中京区柳馬場通御池下る柳八幡町六五番地先路上

③ 関係車両 ア 原告運転の普通貨物自動車(ナンバー<省略>)(以下「原告車」という。)

イ 被告運転の普通乗用自動車(ナンバー<省略>)(以下「被告車」という。)

④ 態様 信号機による交通整理の行われている丁字路交差点に向けて突き当たり路を走行してきた原告車が同交差点の対面信号機の赤色表示に従い同交差点手前で停止していたところ、被告車が原告車後部に追突した。

(2)  原告の受傷及び治療経過

原告は、本件事故後、別紙「治療経過表」記載のとおり入通院した。このうち、京都府立医科大学附属病院耳鼻咽喉科への平成一七年一二月一日ないし同月三一日の通院及び同年六月一日ないし平成一八年九月三〇日の同病院脳神経外科への入通院は、本件事故とは関係しない(弁論の全趣旨)。

(3)  後遺障害認定

① 京都四条病院(以下「四条病院」という。)(外科)の医師は、平成一五年一二月一五日、原告につき症状固定の診断をした。自賠責保険用の後遺障害診断書には、傷病名「頸部捻挫、腰部捻挫、外傷性ストレス性胃炎」、自覚症状「耳鳴り、頚部痛、全身倦怠感、頸の拘縮感、左肩部痛、背部痛、腰部痛、左下肢痛、左上肢痛、左上下肢のしびれ、頸椎の可動域制限(痛みによる)、心窩部痛、吐き気」とあり、検査結果等として「頸椎・腰椎レントゲン検査で経年性の変化を認める。頸CT検査で外傷性の著変を認めず。上下肢腱反射は左右対称なるもやや亢進。上下肢の病的反射を認めず。ジャクソン・スパーリングテスト陰性、頚部MRI検査によると変形は脊椎症(胃内視鏡検査結果省略)」との趣旨の記載がある。(以上につき甲四六)

② 損害保険料率算出機構は、平成一六年二月一二日、原告の後遺障害につき、次のとおり認定判断した(甲四七)。

ア 頚部捻挫後の耳鳴り、頚部痛、全身倦怠感、頸の拘縮感、左肩部痛、左上肢痛、左上肢のしびれ、心窩部痛、吐き気等の症状については、症状を裏付ける有意な他覚的所見に乏しいが、画像上変形性変化が認められ、症状経過、治療経過等も勘案すると、症状の将来にわたる残存は否定し難いから、「局部に神経症状を残すもの」として自動車損害賠償保障法施行令別表第2(以下、単に「別表第2」という。)一四級一〇号に該当する。

イ 頸椎部の可動域制限は、画像上、明らかな骨傷等が認められず、運動可能領域が正常可動範囲のほぼ二分の一程度に制限されていないから、脊柱の運動障害として認定することは困難である。

ウ 腰部捻挫後の背部痛、左下肢痛、左下肢のしびれ、腰部痛等の症状については、上記アと同様の理由により、別表第2一四級一〇号に該当する。

エ 胸腰椎部の可動域制限については、上記イと同様の理由により後遺障害として認定できない。

オ 上記ア及びウの各後遺障害を併合し、併合一四級となる。

③ 四条病院(外科)の医師は、平成一六年七月二三日、原告につき症状固定の診断をした。自賠責保険用の後遺障害診断書には、上記①の診断書と同一の傷病名が記載され、自覚症状として「肩の痛み、頸の痛み、頭痛、耳鳴り、聴力低下、腰痛、下腿部痛、臀部痛、下腿部しびれ、下腿部感覚喪失、左足部のしびれ、左下腿部のけいれん、大腿部筋萎縮、左下肢痛」等とあり、検査結果等として「頸椎・腰椎レントゲン検査で経年性の変化を認める。上下肢腱反射は左右対称なるもやや亢進。上下肢の病的反射を認めず。ジャクソン・スパーリングテスト陰性、握力右二七キログラム、左二六キログラム、大腿周囲径右四五センチメートル、左四五・五センチメートル、下腿周囲径右三七・五センチメートル、左三八・五センチメートル」との趣旨の記載がある。(以上につき甲五四)

④ 京都府立医科大学附属病院(以下「府立医大附属病院」という。)(耳鼻咽喉科)の医師は、平成一六年七月二日、症状固定の診断をした(当初後遺障害診断書には症状固定日の記載がなかった。)。自賠責保険用の後遺障害診断書における傷病名は、眩暈症、感音難聴、左耳鳴症、自覚症状は、ふらつき、左耳鳴、騒音下で語音聴取困難であり、各種検査結果は、標準純音聴力検査で平成一五年一月一七日の初診時は正常であったが、その後、低音域での低下がみられたなど一部を除き正常である旨記載されている。(甲五五)

⑤ 原告は、平成一六年八月一七日、上記②について異議申立てをしたが、後に取り下げた(甲五六、七〇)。

⑥ 京都民医連太子道診療所(以下「太子道診療所」という。)(整形外科)のA医師(以下「A医師」という。)は、平成一八年六月八日、同日を症状固定日とする診断をした。自賠責保険用の後遺障害診断書には、傷病名「頚椎間板ヘルニア、中心性頸髄損傷」、自覚症状「耳鳴、眩暈、頭痛、歩行困難」と記載され、精神・神経の障害、他覚症状及び検査結果として「上肢巧緻運動障害右で軽度、左に強く認める。一〇Sテスト右一一回、左一一回。握力右三〇、左二〇。上肢反射三頭筋、腕橈骨筋両側亢進。ホフマン反射両側陽性。PTR、ATR反射両側亢進。バビンスキー反射両側亢進。クローヌス反射両側亢進。MMT左下肢一+~三レベル、右五-レベル。MRIにてC四/五頸椎間板ヘルニアを認め、頸髄への圧迫を認める。伸展位にて圧迫増強を認める。」などの趣旨の記載がある。(甲三)

⑦ 損害保険料率算出機構は、原告の二回目の異議申立てを受け、平成一九年五月二五日ころ、次のとおり認定判断した(甲五七)。

ア 提出の頚部画像を再度検討したが、変性所見が窺われるにとどまり、明らかな脊髄への圧迫所見や脊髄内の輝度変化の所見等、脊髄障害を窺わせる所見は認められない。京都四条病院提出の医療照会回答書上、受傷当初の神経学的所見の経過としては、反射所見に左右差が認められておらず、明確な知覚障害に係る所見も認められていないなど、脊髄障害を窺わせる神経学的所見には乏しい。したがって、脊髄障害について、本件事故によるものであることが他覚的に証明されているとは認められない。頚部由来の神経症状は、前回どおり、別表第2一四級一〇号と評価するのが妥当と判断する。

イ 提出の腰部画像上、変性所見が窺えるが、明らかな神経への圧迫所見は認められず、受傷当初の神経学的所見の経過等を踏まえると、残存する腰部痛、左下肢痛、左下肢のしびれ等の症状が他覚的に証明されているとは認められない。上記症状は、前回どおり、別表第2一四級一〇号と評価するのが妥当と判断する。

ウ 平成一七年一一月八日に施行された頸椎前方固定術は本件事故外傷に起因するものと認め難いから、手術に伴う頸椎部の変形・可動域制限等は、本件事故と相当因果関係を有する障害として評価するのは困難である。胸腰椎部の可動域制限についても、前回のとおり、脊柱の障害として認定できない。

エ 後遺障害の等級は、前回同様、別表第2併合一四級に該当するものと判断する。

⑧ 損害保険料率算出機構は、A医師の平成一九年八月一三日付け意見書を添えた原告の三回目の異議申立てを受け、平成二〇年二月一三日ころ、次のとおり、前回の判断を変更しない旨の認定判断をした(甲四八、五八)。

ア 中心性頸髄損傷について

提出の頚部MRI上平成一五年一月一四日時点ではC四/五高位に椎間板の変性所見が窺われるが、矢状断、水平断とも髄液腔が保たれ脊髄の圧迫所見は認められない。かかる変性は平成一七年一〇月二〇日撮影のMRIにおいて進行していることが窺えるが、その態様から経年性の変化に止まる。上記平成一五年の画像上、脊髄内の輝度変化が窺われるが、上記椎間板の変性部と一致せず多椎間にわたっていること、上記平成一七年の画像上髄内輝度の変化所見が認められないことなどから、脊髄損傷を裏付ける有意な画像所見といえない。

上記①の後遺障害診断書上、脊髄障害に特有の病的反射、四肢の知覚障害、運動麻痺を窺わせる筋力低下の所見等は明らかにされていない。受傷当初の所見経過からは、本件事故により脊髄損傷を来したと説明しうる神経学的所見に乏しい。

したがって、訴えの脊髄障害が本件事故によるものとして他覚的に証明されているとは認められない。

イ 腰椎捻挫について

提出の腰部MRI上、L五/S一部の神経圧迫所見は否定できないが、上記MRIは本件事故発生から約二年経過後の平成一六年一一月一六日に撮影されたものであること、受傷当初の神経学的所見上、有意な腱反射の異常所見、知覚障害の所見に乏しいことなどからすると、本件事故により腰部に神経障害を来したと説明しうる所見に乏しい。したがって、訴えの神経障害が本件事故によるものとして他覚的に証明されているとは認められない。

(4)  物損に関する和解契約

原告と被告は、平成一五年一月一〇日、本件事故による原告の物的損害につき、被告は原告に対して原告車の修理費及び代車料として四一万六三五六円の支払義務のあることを認め、これを支払う旨の和解契約締結の意思表示をし、その後、被告は、その支払をした。

二  主な争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  被告の責任原因(事故態様の詳細)

① 原告の主張

被告は、信号機の指示に従い停止する際は、前方を十分注視し、前方車両と適正な距離を保ちながらブレーキペダルを操作して停止すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、ブレーキペダルとアクセルペダルを誤って操作し、アクセルペダルを踏み込んで被告車を全く停止させることのないまま加速進行させた過失により、前方信号機の指示に従い停車していた原告車後部に自車を追突させたものであり、被告は、原告に対し、民法七〇九条に基づき、原告が本件事故により被った損害の賠償責任を負う。

② 被告の主張

被告がブレーキペダル操作を誤ったことは認めるが、具体的事故態様は否認する。

被告車は、信号機の指示に従い、一旦、原告車の後方で停止したが、被告の足がブレーキペダルから離れたため被告車が前進し出した。そこで、被告は、再度、ブレーキペダルを踏もうとしたところ、誤ってアクセルペダルを踏んでしまった。

(2)  原告の受傷内容

① 原告の主張

ア 受傷直後から、左上下肢の痛みやしびれ、歩行時のふらつき、左に傾く、眩暈や吐き気、頸部痛等の症状があったこと、平成一五年一月一四日及び平成一七年一〇月各撮影のMRIで中心性脊髄損傷を示す脊髄内の輝度変化の所見があること、平成一五年一月一四日の検査で上腕二頭筋反射、上腕三頭筋反射及び膝蓋腱反射亢進の所見があったことなどからして、原告は、本件事故により中心性脊髄損傷の障害を負った。

イ 原告は、本件事故後、歩道のない道を歩行しているときに後方から車両が接近してくると怖くて足がすくむ、交差点で左右を確認すると眩暈がする、日常生活の中で突発的に映画の一場面を見るかのように本件事故当時の状況が思い浮かび、その日に戻ったような感覚を覚える、同事故があったのは真冬であるが、真夏でも当時の気温を感じる、夜、同事故の状況が思い浮かび、恐怖や不安に駆られて眠れない、イライラしてわめき散らす、水を飲んだだけでむかむかする、同じことが起きるのではないかと突発的に不安を感じるなどの症状が現れた。加えて、悲観思考、行動制止、興味の喪失といった抑うつ症状が出現した。これらの症状からして、原告は、本件事故により、PTSD又は恐怖症不安障害、うつ病エピソードに罹患した。

ウ 原告には、本件事故直後から、吐き気、左耳が聞こえにくい、耳鳴り、眩暈、頭痛、ふらつきなどの症状が現れているが、これらが変形性頸椎症又は脊柱管狭窄症による頚部交感神経異常の症状であるとすれば、その病変は本件事故前からあったとしても、上記各症状は、本件事故前には現れておらず、同事故を契機に発症したものである。

エ 原告は、本件事故直後から、下肢、特に左下肢のしびれ、痛み、麻痺を強く訴えているが、これらは、本件事故による受傷により、中心性脊髄損傷に加え、同事故前から発病していた腰部脊柱管狭窄症の症状が併せて発症したことにより、重篤な下肢症状となったものである。

② 被告の主張

ア 原告は、中心性脊髄損傷の傷害を負っていない。

平成一五年一月一四日撮影のMRI画像からは中心性脊髄損傷を示す所見は得られない。原告は、多くの病院にかかっているが、太子道診療所のA医師以外に、MRI画像等から原告を中心性脊髄損傷と診断した医師はいない。

イ 原告は、PTSDではない。

PTSDの診断基準は、a自分又は他人が死ぬ又は重傷を負うような外傷的なできごとを体験したこと、b外傷的なできごとが継続的に再体験されていること、c外傷と関連した刺激を持続的に回避すること、d持続的な覚醒亢進症状があることの四要件であるが、本件の場合、軽微な追突事故であるからaの要件に該当しないことが明らかである。また、bのフラッシュバックについても、原告の訴える内容は、侵入的再体験症状とは程遠く、単なる事故後の不定愁訴に過ぎない。cについても、原告は、本件事故後も継続的に車両やバイクを運転しており、回避行動は取っていない。したがって、原告は、PTSDに全く該当しない。

ウ 原告の下肢症状は、本件事故と因果関係がない。

平成一五年七月一七日ころから腰痛が再度出現するなど原告に下肢症状が表れているが、これは既往症である腰部脊柱管狭窄症にそのころ始めた△△の撮影所での仕事(清掃作業)が影響したもので、本件事故とは無関係である。

(3)  症状固定時期

① 原告の主張

A医師が症状固定と診断した平成一八年六月八日である。

② 被告の主張

原告が本件事故によって負った傷害は四条病院での通院治療により順調に快復し、平成一五年一二月一五日をもって症状固定した。

(4)  後遺障害の内容、程度

① 原告の主張

ア 中心性脊髄損傷のため、次のような後遺障害が残った。これらは、少なくとも別表第2七級四号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができない」に該当する。

(ア) 原告の左下肢は筋力の低下が進行しており、常時装具装着が必要である。装具も、本訴提起時点ではプラスチック製のもので歩行可能であったが、現在は、金属製のものでなければ歩行が困難となっている。

(イ) 左上肢はほとんど動かず、左肩を上げることもできない。

イ 原告のPTSDは、少なくとも別表第2一二級一三号「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する。

ウ 上記により、原告には併合六級の後遺障害(労働能力喪失率六七パーセント以上)が残存した。

② 被告の主張

原告の後遺障害は、損害保険料率算出機構の認定判断のとおり別表第2一四級九号相当(労働能力喪失率五パーセント)である。

(5)  基礎収入及び労働能力喪失期間

① 原告の主張

ア 原告は、本件事故当時失業中であったが、直前までの稼動状況にかんがみれば、平成一四年賃金センサス第一巻第一表男性労働者学歴計・全年齢平均賃金五五五万四六〇〇円を休業損害及び逸失利益算定の基礎収入とすべきである。

イ 労働能力喪失期間は、平成一八年六月八日の症状固定時(当時四八歳)から六七歳までの一九年である。

② 被告の主張

ア 原告が、本件事故当時、賃金センサスの平均賃金に近い所得を得ていた事実はない。原告は、同事故当時、失業中で期間平成一四年一一月末から同年一二月までの短期アルバイトをしていた。本件事故による休業損害は、同月一五日以降の半月分のアルバイト代のみである。なお、原告は、平成一五年二月以降の就職先が決まっていたわけではなく、同月以降確実に就職できる見通しはなかった。

イ 原告が将来にわたって賃金センサスの平均賃金に近い所得を得られた蓋然性はないから、上記平均賃金を逸失利益算定の基礎収入とすることはできない。労働能力喪失期間は、他覚所見を欠いた神経症状であるから三年とすべきである。

第三当裁判所の判断

一  被告の責任原因(事故態様の詳細)

前記第二、一、(1)の事実、甲二号証(乙一号証と同じ)によれば、本件事故前、被告は、被告車を運転し、信号待ちのため丁字路交差点手前の突き当たり路で停止する原告運転の原告車の後方約二・一メートル(原告車の後部から被告車の前部までの距離)に停止したが、誤ってブレーキとアクセルを踏み間違えて被告車を発進させ、原告車の後部に追突させる本件事故を発生させ、更に約一・五メートル進行して停止したことが認められ、この認定に反する乙三〇号証の一部は、甲二号証(乙一号証)の被告の指示説明部分に照らし採用しない。

上記認定事実によれば、被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被った損害の賠償義務を負う。

二  原告の受傷内容

(1)  本件事故の衝撃

前記第三、一認定事実によれば、本件事故は原告の身体を損傷する可能性の少ないごく軽微な追突事故とはいえない。ただ、原告は、その本人尋問において、追突された際、ハンドルに顔を打ちそうになり、ヘッドレストのところで首が極限まで曲がって折れたかと思った旨供述し、甲七〇号証(原告の陳述書)には、「一旦体が宙に浮いたかと思うと体が前方に大きく傾斜し、前のめりになったあと、後方へ大きく傾き、ヘッドレストで首を強打した。前のめりになった際には、ブレーキペダルに全体重がかかり、ブレーキペダルが床に付くぐらいで、後ろに傾いた際は、人間の首がこれほど曲がるのかと信じ難いほど、首が不自然に曲がった」旨の記載がある。しかし、原告は、三点式のシートベルトを締めていたというのであり(乙一八の六三丁)、ことさら不適切な使用方法を採っていたのでない限り、原告が供述等するように被告車に追突された際に極端な前傾姿勢になったり、首が極限まで曲がるなどということは考えにくく、原告本人の供述及び陳述書の記載の上記部分には誇張が含まれているといわざるを得ない。

(2)  原告の主訴及び診断名等

甲四号証の一ないし一三、五ないし一〇号証、一一号証の一・二、一五号証の一、六〇号証、六五号証、六七号証、七〇号証、乙六、七号証、一四ないし二三号証によれば、本件事故後、受診した主な医療機関における主訴(診療録上明らかなもの)及び診断名等は次のとおりであると認められる。

① 原告(昭和三三年二月一六日生)は、本件事故当日の平成一四年一二月一五日、四条病院を受診し、平成一五年一二月一五日まで通院し(実通院日数二七一日)、同日、症状固定の診断を受けた。同病院での診断名は、当初は頸椎捻挫及び腰椎捻挫であり、同年一一月以降、外傷性ストレス潰瘍等が加わった。

原告は、本件事故の約二〇分後に四条病院を受診した。その際、頸を後ろにすると不快感があったが、麻痺、知覚異常、頸部の可動域制限はなく、腱反射は正常で、頚椎のレントゲン検査の結果、軽い変形性関節症との所見であった。翌一六日、原告は、頸部の不快感のほか、時折、肩から左手にかけてしびれがあると訴えた。同月二〇日前の通院の際、肩、腰の痛み、吐き気を、同月二〇日には、前日歩行中左足先がしびれた旨を、二四日も後頸部痛、腰痛、左足しびれ、吐き気をそれぞれ訴えた。平成一五年一月一四日、上腕二頭筋反射、上腕三頭筋反射及び膝蓋腱反射各亢進が認められた。

原告は、保険会社の勧めにより、平成一五年一月一四日、坂崎診療所で頸椎のMRI検査を受けたところ、検査所見は、「頸椎間板の変性と軽度膨隆、軽度骨棘形成が見られ、脊柱管を軽度圧排している。脊髄に明らかな異常は指摘できない。」との趣旨のものであった。

その後、原告は、同年三月ころまで四条病院の医師に対し、左耳が聞こえにくい、耳鳴り、眩暈、吐き気、ふらつき感、不眠、頭痛、飲水・飲食によるむかむか、腰痛(同年三月)等を訴えた。同年四月以降は、診療録上主訴に関する記述がほとんどないが、同年七月一七日欄には、△△の撮影所の片付けの仕事(毎日)をして腰痛再発したとの記述があり、以後、左足のしびれを訴えた旨の記述が数箇所にある。

なお、頭部CT検査が複数回行われたが、異常所見はない。

② 原告は、平成一五年一月一七日、近医の紹介により、府立医大附属病院(耳鼻咽喉科)を受診し、同月二〇日及び同月三〇日に通院し、両混合性難聴、眩暈症と診断された。原告は、左耳鳴、聴き取りにくい、歩行時にふらふらするなどと訴えた。聴力検査の結果は正常で、平衡機能検査で明らかな機能的異常は認められず、耳鳴と本件事故との因果関係は不明と診断された。

③ 原告は、平成一五年一二月一六日、京都第二赤十字病院(以下「第二日赤病院」という。)(整形外科)を受診し、同月二五日、腰椎のMRI撮影をし、平成一六年一月七日に通院した。診断名は、変形性腰痛症、右坐骨神経痛、両大腿四頭筋拘縮症である。

原告は、平成一五年六月に転職してから腰痛が出現し、同年八月に左下肢痛、しびれが出現した旨訴えた。

なお、原告は、第二日赤病院医師の作成した診断書を添付して身体障害者認定の申請をし、平成一六年三月、身体障害者等級四級二種の認定を受けた。その後、等級は、一種三級(平成一八年六月)、一種二級(平成二一年九月)に変更されている。

④ 原告は、平成一六年六月一六日、京都大学附属病院(以下「京大附属病院」という。)(整形外科)を受診し、同月二三日、同月三〇日に通院した。診断名は、腰部脊柱管狭窄症である。

主訴は、左下肢痛、しびれであり、平成一五年四月に印刷業を始めたが、腰痛が出て二週で止めた、同年五月末に清掃業を始め、腰痛、左下肢痛が生じた旨説明した。

平成一六年六月一六日のレントゲン検査所見は、L四/五変形性脊椎症であり、同日のMRI所見は、L四/五、五/SでT2低輝度、膨隆あり、L四/五で狭窄であった。原告は、同月二二日、吉川病院で頸椎、腰椎のMRI検査を受け、所見は、C六/七、C七/thの軽度な椎間板膨隆、L二/三、L五/S一で軽度、C四/五で中等度の椎間板ヘルニア、L四/五の右側、L五/S一の左側の陥没から椎間板孔の狭小化等であった。

⑤ 原告は、平成一六年一一月九日、太子道診療所(整形外科)を受診し、平成一八年六月八日までA医師から通院治療を受けた(実通院日数二二日)。同医師の診断名の当初の診断名は、頸椎症、腰部脊柱管狭窄症であり、後に頸椎間板ヘルニア、中心性脊髄損傷となった。

主訴は、右下肢痛、頚部痛、腰痛、下肢のしびれ感、左下肢の筋力低下等である。

⑥ 原告は、平成一六年一二月七日、京都市身体障害者リハビリテーションセンター附属病院を受診し、腰部脊柱管狭窄症と診断された。

原告は、間欠性跛行(一〇から二〇〇メートル)、左下肢痛を訴え、MRIでは、L四/五で軽度の脊柱管狭窄等との所見であり、著明な頸髄の圧迫所見は認められないと診断された。

⑦ 原告は、平成一七年二月一日、三聖病院を受診し、医師は、感情過剰、心気妄想、自己中心、多弁と評価し、抑うつ神経症と診断した。

⑧ 原告は、平成一七年四月二日、京都警察病院(以下「警察病院」という。)(整形外科)を受診し、同月八日及び同月一六日に通院した。診断名は、頸腰部脊柱管狭窄症、腰椎間板ヘルニアである。

主訴は、左半身の痛みとしびれ、耳鳴りで、ホフマン反射左陽性、膝蓋腱反射左亢進、MMT長栂趾伸筋左三~四、長栂趾屈筋三~四、握力右三五・八、左二四・二、手指巧緻運動正常(以上、同月二日)等の検査所見であった。

⑨ 原告は、警察病院の紹介により、平成一七年四月一八日、府立医大附属病院(脳神経外科)を受診した。主訴は、左耳鳴り、眩暈であった。主治医であるB医師(以下「B医師」という。)は、同年五月二六日、原告が持参した平成一五年一一月一四日に坂崎診療所で撮影した頸椎MRIを読影し、脊髄内(C四~五)T2強調で縁状の高輝度領域あり、「→中心性損傷?」と診断し、平成一七年一一月一七日付けのA医師宛の情報診療提供書(原文のまま)において、疾患名の一つを「中心性頸髄損傷後の疑い」としている。なお、府立医大附属病院での検査の結果、偶然、前頭蓋底硬膜動脈痩が発見され、原告は同病院に入院して摘出手術を受けた。

⑩ 原告は、平成一七年一一月七日ないし同月一七日の一一日間、民医連中央病院(整形外科)に頸椎症脊髄症等の病名で入院し、当時同病院に所属していたA医師の執刀により頸椎前方徐圧固定術を受けた。

⑪ 原告は、平成一八年四月一二日から、太子道診療所の精神神経科に通院し、不安症、うつ病と診断されている。初診時の医師の評価は、社会恐怖様症状、不安発作に近い突発性のイライラ、生活リズムがバラバラというものであった。主治医のC医師が平成二一年五月一二日付けで作成した受診状況等証明書には、初診時所見として「自動車、事故に関係するような状況下で、不安発作や突発性のイライラが、眩暈症状、耳鳴、頭痛、上肢症状等と併せて繰り返し出現する。食欲減退、睡眠障害、生活リズムの乱れが見られたこのような社会恐怖症状が持続している。」等とあり、病歴、治療経過等として「本件事故直後から、発作的な不安や恐怖症状が突発するようになった。平成一八年一〇月中旬から、発作的な不安や恐怖症状の増強とともに、予期不安や抑うつ気分、悲観的思考、行動制止、興味の喪失といった抑うつ症状が出現してくる。このため「うつ病エピソード」が続発しているとの見立てで、抗うつ剤の投与を開始した。」などの記述があり、「まとめ」として「抑うつ気分は幾分軽減してきたが、意欲減退、興味の喪失等の症状は持続している。不安発作、恐怖症状が断続的に見られ、難治性の経過を辿っている。」旨の記載がある。

(3)  脊髄損傷の有無

① 前示のとおり、本件事故により原告の受けた衝撃はごく軽微とはいえず、これにより原告の身体が傷害される可能性自体は十分肯定できる。そして、前記認定の四条病院初診当時の主訴等によれば、少なくとも原告が頸椎捻挫、腰椎捻挫の傷害を負ったものと認めることができる。

② さらに、原告が脊髄損傷を負ったか否かについて検討する。

ア 画像所見

太子道診療所のA医師は、後遺障害診断書において、MRIでC四/五頸椎間板ヘルニアを認め、頸髄への圧迫を認める旨記載しているが(前記第二、一、(3)、⑥)、その詳細は、「本件事故の約一か月後の平成一五年一月一四日に坂崎診療所で撮影した頸椎のMRI(矢状断像T2条件)(前記第三、二、(2)、①)において、C四/五高位に椎間板による脊髄への前方からの圧迫を認め、同部位に脊髄内輝度変化を脊髄中央からやや腹側、また、頭尾側方向に伸びる形で認め、脊髄水平断でも脊髄内の輝度変化をC四/五高位頭尾側方向に認める。輝度変化は多椎間にわたるものではない。平成一六年一一月一五日撮影のMRIでは脊髄内輝度変化が認められないことからすると、上記のMRIの脊髄内輝度変化所見は、受傷時に起こった骨髄内の浮腫で、それが時間の経過により消失した。」というものである(甲四八、六一、証人Aの供述書)。また、前記第三、二、(2)、⑨のとおり、府立医大附属病院のB医師も、上記MRIについて、「脊髄内(C四~五)T2強調で縁状の高輝度領域あり、「→中心性損傷?」と診断している。

これに対し、平成一五年一月一四日撮影の上記頸椎MRIについての坂崎診療所は、脊髄に明らかな異常は指摘できないと所見しており(前記第三、二、(2)、①)、損害保険料率算出機構は、A医師の平成一九年八月一三日付け意見書を添えた原告の三回目の異議申立てを受けた際、「上記MRI上C四/五高位に椎間板の変性所見が窺われるが、矢状断、水平断とも髄液腔が保たれ脊髄の圧迫所見は認められない。かかる変性は平成一七年一〇月二〇日撮影のMRIにおいて進行していることが窺えるが、その態様から経年性の変化に止まる。上記平成一五年の画像上、脊髄内の輝度変化が窺われるが、上記椎間板の変性部と一致せず多椎間にわたっている。」と判断し、上記MRIから脊髄損傷を裏付ける画像所見が得られることを否定した(前記第二、一、(3)、⑧)。また、国立病院機構大阪医療センター整形外科に勤務するD医師も、平成一五年一月一四日撮影の上記頸椎MRIは、頸髄内輝度変化を証明できるだけの画像精度を有していないと述べている(乙五。以下、乙五号証を「D意見書」という。)。

イ 神経学的所見

原告は、本件事故の約二〇分後に四条病院を受診し、その際、頸を後ろにすると不快感があったが、麻痺、知覚異常、頸部の可動域制限はなく、腱反射は正常とされ、翌日、原告は、頸部の不快感のほか、時折、肩から左手にかけてしびれがあると訴え、平成一四年一二月二〇日には、前日歩行中左足先がしびれた旨を、同月二四日も左足しびれ等をそれぞれ訴えた(前記第三、二、(2)、①)。上記のとおり本件事故翌日から左手、左足のしびれが生じているが、これらは、脊髄損傷特有の神経症状とはいえない(乙五)。ただし、平成一五年一月一四日には、上腕二頭筋反射、上腕三頭筋反射及び膝蓋腱反射各亢進が認められた(前記第三、二、(2)、①)が、診療録上両側性で左右差はない(乙六)。その後、原告は、同年三月ころまで四条病院の医師に対し、左耳が聞こえにくい、耳鳴り、眩暈、吐き気、ふらつき感、不眠、頭痛、飲水・飲食によるむかむか、腰痛(同年三月)等を訴えたが(前記第三、二、(2)、①)、やはり脊髄損傷特有の神経症状は見られない。同年四月以降は、診療録上主訴に関する記述がほとんどなくなり、同年七月一七日に仕事による腰痛再発についての記述があるが(前同)、後記のとおり、これは腰部脊柱管狭窄症の症状と考えるのが妥当である。したがって、医療記録上は、受傷初期には脊髄損傷を裏付ける神経学的所見は乏しいといわざるを得ない(ただし、四条病院の診療録は概して簡略である(乙六)。)。

しかし、平成一八年六月八日を症状固定日とするA医師作成の自賠責保険用の後遺障害診断書には、精神・神経の障害、他覚症状及び検査結果として「上肢巧緻運動障害右で軽度、左に強く認める。一〇秒テスト右一一回、左一一回。握力右三〇、左二〇。上肢反射三頭筋、腕橈骨筋両側亢進。ホフマン反射両側陽性。PTR、ATR反射両側亢進。バビンスキー反射両側亢進。クローヌス反射両側亢進。MMT左下肢一+~三レベル、右五-レベル。」などの趣旨の記載がある(前記第二、一、(3)、⑥)。これらのうち下肢に関わるPTR、ATR反射等を除外し、上肢に関してのみ見ても、脊髄損傷を相当程度に示唆する神経学的所見があるといえる(D意見書も、これらが頸椎レベルでの頸髄損傷によるものとして説明可能であることを否定しない。)。

ウ 判断

本件事故の約一か月後に撮影した上記頸椎MRIの読影については医師の間でも意見が分かれるが、少なくとも二人の医師が、C四/五高位に高輝度変化を認めていること、これに対応する神経学的所見も得られていること、急性期に確たる神経学的所見に乏しく、慢性期にこれが明らかになったことについては、前記のような四条病院の診療録の特徴を無視できず、また、必ずしも時間の経過に従い快復傾向を辿るとは限らないこと(証人Aの供述書)に照らし、原告は、本件事故により、中心性脊髄損傷の傷害を負ったものと認める。ただし、後記のとおり、原告の下肢症状の大半は、腰部脊柱管狭窄症に由来するものであり、脊髄損傷由来の症状は限定されていると判断する。

(4)  腰部、下肢の症状等

① 原告は、四条病院、第二日赤病院及び京大附属病院において、平成一五年五月末又は同年六月、撮影所の仕事をし出してから、腰痛が出現(再発)した、左下肢痛、しびれが生じた旨訴えている(前記第三、二、(2)、①、③、④)。甲七〇号証、原告本人の供述中にも、「原告は、平成一五年六月ころから撮影所で清掃の仕事を始めたところ、左足の痛みが増強し、鎮痛剤を服用しても我慢できなくなった。また、左足ふくらはぎが硬直したような硬くなり、左足ふくらはぎ外側に痛覚のない部分があることに気付いた。さらに、左足の膝下が突然しびれ立っていることができなくなり、しばらくしゃがんでいると感覚が戻ってくることがたびたび起こったこと、同年九月ころからは左背中と左腕の痛みが出現し、その後、左足、背中、左手の痛みが増強し、上記清掃の仕事を続けられなくなり、同年一二月で辞めた。」旨いう部分がある。

② 原告は、京大附属病院、京都市身体障害者リハビリテーションセンター附属病院及び警察病院で、(頸)腰部脊柱管狭窄症と診断されているところ(前記第三、二、(2)、④、⑥、⑧)、上記認定のしびれにより立位が保持できないとか間欠性跛行(前記第三、二、(2)、⑥)は、腰部脊柱管狭窄症の特徴的な症状である(乙五)。そして、甲六一号証によれば、平成一六年六月二二日に撮影した腰椎MRI(前記第三、二、(2)、④)には、経年性の変性であるL四/五高位での左右黄色靭帯、椎間関節による両側L五神経根圧迫、椎間板後方膨隆所見が得られることが認められる。

③ 以上によると、原告には本件事故前から変性による無症状の腰部脊柱管狭窄が存していたところ、平成一五年六月ころから撮影所で清掃の仕事を始めたのが契機となって、腰部脊柱管狭窄に由来する腰痛、下肢の痛み、しびれ、間欠性跛行等の症状が出現(腰痛は増悪)したものと認められ、これらの腰部脊柱管狭窄症の症状は、本件事故との間に因果関係を認めることはできない。もっとも、原告の下肢症状には、中心性脊髄損傷による部分がないと断定はできないが、中心性脊髄損傷においては、多くの場合上肢の症状の方が強いこと(甲六一)などからすると、平成一五年六月ころ以降の原告の腰部、下肢症状(症状固定後のものを含む。)の原因の大半は、本件事故と因果関係のない腰部脊柱管狭窄症であると考えられる。

(5)  PTSD等

原告は、三聖病院、太子道診療所等において、本件事故との関係を窺わせる多彩な精神症状を訴えているが(前記第三、二、(2)、⑦、⑪)、乙二九号証によれば、米国精神医学会のDSM-Ⅳ-TRのPTSD診断基準の一つに「破局的なストレスに爆露された事実がある」ことがあると認められるところ、原告にとって後方からの追突事故である本件事故が「破局的なストレス」を生じさせるとは解されないから、原告がPTSDであると認めるのは困難である。ただし、前記認定事実によれば、原告は、本件事故を契機として神経症的な非外傷性の精神障害を発症したものと認められる。

なお、原告の症状のうち特に初期のころ頻発した耳鳴り、眩暈、ふらつき感等については耳鼻科での検査でも原因は判明せず(前記第二、一、(3)、④、第三、二、(2)、②)、ただ、本件事故後に発症したものと考えられるので同事故と因果関係はあると推測されるが、頸部捻挫に伴う不定愁訴とも考えられる。

(6)  小括

以上のとおり、原告は、本件事故により、頚椎捻挫、腰椎捻挫、中心性頸髄損傷、非外傷性精神障害を負ったものと認められる。

三  症状固定時期及び後遺障害の内容等

(1)  原告が本件事故により中心性頸髄損傷の傷害も負ったことを前提とすると、A医師による平成一八年六月八日の症状固定診断(前記第二、一、(3)、⑥)を採用し、同日を症状固定日と認めるのが相当である。

(2)  前記第二、一、(3)、①、⑥の事実、第三、二認定事実、甲七〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告には、症状固定日後も、頚椎捻挫、中心性脊髄損傷及び非外傷性精神障害による左上肢の運動障害や疼痛、抑うつ症状等の後遺障害が残存したものと認められ、その程度は、頚椎捻挫及び非外傷性精神障害による後遺障害はいずれも別表第二の一四級一〇号に、中心性脊髄損傷は別表第二の九級一〇号にそれぞれ該当するものと認めるのが相当であり、そうすると、併合九級となり、これによる労働能力喪失率は三五パーセントと認める。ただし、甲七〇号証及び原告本人尋問の結果によると、本件事故後、特に平成一五年六月ころ以降、日常生活や就労の妨げになっている主たる傷害又は障害は、本件事故との間の因果関係を肯定できない腰部脊柱管狭窄症に由来する腰部、下肢症状であると認められるから、原告の損害の算定に当たっては、公平の観点から、症状固定の前後を通じて六割の素因減額をするのを相当と判断する(正確には、損害の項目ごとに素因の寄与割合が異なるものがあるが、厳密な寄与割合の判断は困難であるから、損害全体を通じて平均六割の素因減額をするものとする。)。

四  損害

(1)  治療費(原告主張額六九万一三九〇円)

甲一一号証の一、一三号証の一ないし一三、一四号証、一五号証の一ないし三、一六号証の一・二、一七ないし二一号証、二三号証によれば、本件事故後症状固定日までの原告の治療費は、四条病院分一一〇万五〇三五円、坂崎診療所分四万六八四〇円、府立医大附属病院分二万三八九二円、第二日赤病院分八七一〇円、京大附属病院分四九二〇円、太子道診療所分二万九二二〇円、京都市身体障害者リハビリテーションセンター附属病院分二七〇〇円、三聖病院分一六一四円、警察病院分七四一〇円、京都民医連中央病院分五二万一〇四〇円であることが認められ、その合計は一七五万一三八一円である。甲二四号証の一・二に係る治療費及び同号証の三のうち平成一八年六月八日までの分は甲一九号証と重複し、同号証の三のうち同月九日以降の分及び同号証の四ないし三二に係る治療費は、症状固定後の治療費であり、特段の事情のない限り、本件事故と相当因果関係のある損害と認められないが、上記特段の事情の主張立証はない。

(2)  薬剤費(原告主張額八万八三八〇円)

甲二五号証、二六号証の一ないし五、二九、三〇号証の各一・二によれば、原告は、症状固定日までに薬剤費として計六五二〇円を支払ったことが認められる。甲二六号証の六ないし一九、二七号証の一ないし一六、二八号証の一ないし一二に係る薬剤費は、症状固定後の薬剤費であり、特段の事情のない限り、本件事故と相当因果関係のある損害と認められないが、上記特段の事情の主張立証はない。

(3)  入院雑費(原告主張額一万六五〇〇円)

原告は、平成一七年一一月七日ないし同月一七日の一一日間、民医連中央病院(整形外科)に頸椎症脊髄症等の病名で入院し、頸椎前方徐圧固定術を受けた(前記第三、二、(2)、⑩)ところ、甲四八号証によれば、上記手術の適応があったと認められるから、上記入院に係る損害は本件事故と相当因果関係のある損害といえる。

一日当たり一三〇〇円、計一万四三〇〇円の入院雑費を認める。

(4)  文書料(原告主張額七万四九五〇円)

甲一四号証、一七、一八号証、二一ないし二三号証、三一、三二号証、三三号証の一ないし三、三四号証、三五号証の一ないし四、三六ないし三八号証によれば、原告は、交通事故証明書申請手数料、診断書料、診療報酬明細料等として計七万四九五〇円を支払ったことが認められる。

(5)  装具・器具購入費(原告主張額四四五万七九八一円)

① 症状固定日までに購入済みの分

甲三九号証の一・二、四〇、四一号証によれば、原告は、下肢装具及び装具用靴代として計八万二一四六円を支払ったことが認められる。

② 将来(症状固定日後)の買い替え費用

ア 下肢装具本体

甲三九号証の一、七八号証の一及び弁論の全趣旨によれば、原告の使用する硬性下肢装具本体の価格は一四万二六五三円(42,796÷0.3)で、買い替えの際の本人の負担割合は一割、その耐用年数は約一・五年であることが認められ、前記のとおり昭和三三年二月一六日生まれの原告は、症状固定日当時四八歳であり、平均余命を三二年(甲四三)とし二一回買い替えるものとすると、その総費用は、二九万九五六五円(14,265×21)となる。これを毎年平均して支出するものとして(299,565÷32≒9,361)、中間利息を控除し、本件事故時の現価を計算すると、一二万七七七二円となる。

9,361×(0.8227+0.7835+0.7462+0.7106+0.6768+0.6446+0.6139+0.5846+0.5568+0.5303+0.5050+0.4810+0.4581+0.4362+0.4155+0.3957+0.3768+0.3589+0.3418+0.3255+0.3100+0.2953+0.2812+0.2678+0.2550+0.2429+0.2313+0.2203+0.2098+0.1998+0.1903+0.1812)≒127,772

イ 装具用靴

甲四二号証の一・二及び弁論の全趣旨によると、装具用靴の耐用年数は約一年であり、一回の買替えに七〇〇〇円を要するものと認められる。三二回買い替えるものとして、将来の装具用靴の買替え費用の本件事故時における現価を、前同様に計算すると、九万五五四五円となる。

7,000×(0.8227+0.7835+0.7462+0.7106+0.6768+0.6446+0.6139+0.5846+0.5568+0.5303+0.5050+0.4810+0.4581+0.4362+0.4155+0.3957+0.3768+0.3589+0.3418+0.3255+0.3100+0.2953+0.2812+0.2678+0.2550+0.2429+0.2313+0.2203+0.2098+0.1998+0.1903+0.1812)≒95,545

ウ 下肢装具風呂用

甲四〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の使用する下肢装具風呂用の価格は一〇万九五〇〇円(32,850÷0.3)で、買い替えの際の本人の負担割合は一割、その耐用年数は約一・五年であることが認められ、二一回買い替えるとすると、その総費用は二二万九九五〇円(10,950×21)となる。これを前同様毎年平均して支出するものとして(229,950÷32≒7,185)中間利息を控除し、本件事故時の現価を計算すると、九万八〇七〇円となる。

7,185×(0.8227+0.7835+0.7462+0.7106+0.6768+0.6446+0.6139+0.5846+0.5568+0.5303+0.5050+0.4810+0.4581+0.4362+0.4155+0.3957+0.3768+0.3589+0.3418+0.3255+0.3100+0.2953+0.2812+0.2678+0.2550+0.2429+0.2313+0.2203+0.2098+0.1998+0.1903+0.1812)≒98,070

(6)  休業損害(原告主張額一九三五万七四〇〇円)

① 前記第三、二、(2)、①、③、④の事実、甲七〇号証、乙六号証、二一号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、高校卒業後家業の染色業に従事していたが、平成四年ころからは仕事が減少したため昼間は工場に勤務し、平成七年ころからは、派遣会社に登録し、派遣により約半年間メッキ工場に勤務した後は、a社で勤務するようになったこと、平成一一年ころ、染色業を廃業し、平成一三年一二月までa社に勤務したこと、平成一四年一月からは一年の予定で職業訓練を受けていたが、同年一二月一五日に本件事故に遭ったこと、同事故当時、同月までの予定で期間一か月の短期アルバイトをしていたこと、同事故当時、職業訓練が終了した後の就職先は未定であったこと、a社に勤務していた当時の年収は三〇〇万円程度であったこと、原告は、平成一五年三月ころ、印刷屋で約一週間働き、同年六月ころから同年一二月まで撮影所で清掃の仕事をしたが、その後は、症状固定日まで仕事に就いていないことが認められる。

② 上記認定事実によれば、原告は、本件事故に遭わなければ平成一四年一二月末日ころまでは短期のアルバイトをしていたが、平成一五年一月に職業訓練が終了した後の就職先が未定であったことからすると、同年二月ころから直ちに就職できた可能性は低いこと、実際には、平成一五年三月ころ一週間、同年六月ころから約半年間就業して賃金を得ていたことに加え、原告の傷害の部位、程度、治療経過等を考慮すると、平成一四年一二月一五日の本件事故の日から平成一八年六月八日の症状固定日までの総歴日数一二七二日間のうち一〇〇〇日について一〇〇パーセントの休業損害を認めるのが相当であり、基礎収入は、a社派遣当時の年収額のほか、原告の年齢等も斟酌すると、平成一四年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男・全年齢平均賃金五五五万四六〇〇円の約六割強に相当する年三五〇万円と認めるのが相当である。

そうすると、休業損害は、九五八万九〇四一円となる。

3,500,000÷365×1,000≒9,589,041

(7)  逸失利益(原告主張額四四九七万六四三四円)

平成一八年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男・全年齢平均賃金が平成一四年と同じ五五五万四六〇〇円であるので基礎収入は、休業損害と同額の三五〇万円とし、前記第三、三説示のとおり労働能力喪失率は三五パーセント、労働能力喪失期間は、症状固定日(四八歳)から一九年間とすることとし、逸失利益の本件事故当時の現価を算定すると、一二七七万七九七五円となる。

3,500,000×0.35×(13.1630-2.732)=12,777,975

(8)  傷害慰謝料(原告主張額三〇〇万円)

原告の傷害の部位、程度及び治療経過等にかんがみると、傷害慰謝料は二六〇万円をもって相当と認める。

(9)  後遺症慰謝料(原告主張額一一八〇万円)

後遺障害の内容、程度等の諸般の事情を総合すると、後遺症慰謝料は六七〇万円をもって相当と認める。

(10)  物損(原告主張額三七万四三五六円(原告車の修理代))

前記第二、一、(4)のとおり、既に和解契約が成立しているので、原告はこれと別に物損の賠償を請求できない。

(11)  素因減額

前記(1)ないし(9)の合計三三九一万七七〇〇円について、前記第三、三説示の六割の素因減額をすると、一三五六万七〇八〇円となる。

(12)  損害てん補

乙三一号証及び弁論の全趣旨によると、本件事故についての既払金及び支払済みの自賠責保険金は合計一九七万三四二五円であることが認められ、これを前記一三五六万七〇八〇円から控除すると、残額は一一五九万三六五五円である。

(13)  弁護士費用

本件の事案の概要、訴訟経過及び認容額等に照らすと、被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、一四〇万円と認める。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、民法七〇九条に基づき、一二九九万三六五五円及びこれに対する不法行為の日である平成一四年一二月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する(仮執行免脱宣言は相当ではないから付さない。)。

(裁判官 佐藤明)

(別紙)

<治療経過表>

被害者名 X

医療機関

始  期

終  期

期間

入院

通院

甲号証

京都四条病院

02(H14).12.15

02(H14).12.31

17

10

甲4の1、甲13の1

03(H15).01.01

03(H15).01.31

31

23

甲4の2、甲13の2

03(H15).02.01

03(H15).02.28

28

23

甲4の3、甲13の3

03(H15).03.01

03(H15).03.31

31

24

甲4の4、甲13の4

03(H15).04.01

03(H15).04.30

30

24

甲4の5、甲13の5

03(H15).05.01

03(H15).05.31

31

24

甲4の6、甲13の6

03(H15).06.01

03(H15).06.30

30

20

甲4の7、甲13の7

03(H15).07.01

03(H15).07.31

31

23

甲4の8、甲13の8

03(H15).08.01

03(H15).08.31

31

24

甲4の9、甲13の9

03(H15).09.01

03(H15).09.30

30

22

甲4の10、甲13の10

03(H15).10.01

03(H15).10.31

31

22

甲4の11、甲13の11

03(H15).11.01

03(H15).11.30

30

20

甲4の12、甲13の12

03(H15).12.01

03(H15).12.15

15

12

甲4の13、甲13の13

京都第二赤十字病院

03(H15).12.16

04(H16).01.07

23

3

甲6、甲17

坂崎診療所

03(H15).01.14

03(H15).01.14

1

1

甲5、甲14

府立医大附属病院耳鼻咽喉科

03(H15).01.17

03(H15).01.31

15

3

甲15の1

04(H16).06.01

04(H16).06.30

30

3

甲15の2

04(H16).07.01

04(H16).07.31

31

2

甲15の3

05(H17).12.01

05(H17).12.31

31

1

病名に「難聴の疑い」の記載がなくなり、「耳垢栓塞」が付加されているもの

06(H18).01.01

06(H18).01.31

31

1

病名に「耳垢栓塞」の記載がなくなったもの

府立医大附属病院脳神経外科

05(H17).04.01

05(H17).04.30

30

2

甲16の1

05(H17).05.01

05(H17).05.31

31

3

甲16の2

05(H17).06.01

05(H17).06.30

30

18

1

「硬膜動静脈痩」の手術のためであり、本件事故とは関係ないと思われる

05(H17).07.01

05(H17).07.31

31

12

1

05(H17).08.01

05(H17).08.31

31

3

05(H17).10.01

05(H17).10.31

31

2

05(H17).12.01

05(H17).12.31

31

2

06(H18).01.01

06(H18).01.31

31

3

1

06(H18).02.01

06(H18).02.28

28

3

06(H18).03.10

06(H18).03.18

9

9

06(H18).04.01

06(H18).04.30

30

1

06(H18).05.01

06(H18).05.31

31

1

06(H18).06.01

06(H18).06.30

30

1

06(H18).09.01

06(H18).09.30

30

1

京都大学医学部附属病院

04(H16).06.16

04(H16).06.30

15

3

甲7、甲18

京都民医連太子道診療所

04(H16).11.09

06(H18).06.08

577

27

甲8、甲9、甲24の1~3

06(H18).06.08

06(H18).06.30

23

1

甲24の3

06(H18).07.01

06(H18).07.31

31

4

甲24の4

06(H18).08.01

06(H18).08.31

31

3

甲24の5

06(H18).09.01

06(H18).09.30

30

1

甲24の6

06(H18).11.01

06(H18).11.30

30

5

甲24の7

06(H18).12.01

06(H18).12.31

31

2

甲24の8

07(H19).01.01

07(H19).01.31

31

2

甲24の9

07(H19).02.01

07(H19).02.28

28

3

甲24の10

07(H19).03.01

07(H19).03.31

31

3

甲24の11

07(H19).04.01

07(H19).04.30

30

2

甲24の12

07(H19).05.01

07(H19).05.31

31

1

甲24の13

07(H19).06.01

07(H19).06.30

30

2

甲24の14

07(H19).07.01

07(H19).07.31

31

1

甲24の15

07(H19).08.01

07(H19).08.31

31

1

甲24の16

07(H19).09.01

07(H19).09.30

30

1

甲24の17

07(H19).10.01

07(H19).10.31

31

1

甲24の18

07(H19).11.01

07(H19).11.30

30

2

甲24の19

07(H19).12.01

07(H19).12.31

31

2

甲24の20

08(H20).01.01

08(H20).01.31

31

1

甲24の21

08(H20).02.01

08(H20).02.29

29

3

甲24の22

08(H20).03.01

08(H20).03.31

31

1

甲24の23

08(H20).04.01

08(H20).04.30

30

1

甲24の24

08(H20).05.01

08(H20).05.31

31

2

甲24の25

08(H20).06.01

08(H20).06.30

30

1

甲24の26

08(H20).07.01

08(H20).07.31

31

3

甲24の27

08(H20).08.01

08(H20).08.31

31

4

甲24の28

08(H20).09.01

08(H20).09.30

30

5

甲24の29

08(H20).10.01

08(H20).10.31

31

3

甲24の30

08(H20).11.01

08(H20).11.30

30

2

甲24の31

08(H20).12.01

08(H20).12.31

31

2

甲24の32

京都市身体障害者リハビリテーションセンター附属病院

04(H16).12.07

04(H16).12.17

11

2

甲20

医療法人三聖病院

05(H17).02.01

05(H17).03.31

59

4

甲11

京都警察病院

05(H17).04.02

05(H17).04.16

15

3

甲9、甲21

京都民医連中央病院

05(H17).11.07

05(H17).11.17

11

11

甲10、甲22~23

05(H17).11.28

05(H17).11.30

3

2

05(H17).12.01

05(H17).12.31

31

9

06(H18).01.01

06(H18).01.31

31

5

06(H18).02.01

06(H18).02.28

28

6

06(H18).03.01

06(H18).03.31

31

3

06(H18).04.01

06(H18).04.24

24

5

2,675

53

441

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