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京都地方裁判所 平成21年(ワ)4693号 判決 2010年10月29日

原告

甲野太郎

同訴訟代理人弁護士

平尾嘉晃

宮﨑純一

長野浩三

谷山智光

相井寛子

木内哲郎

大濵巌生

二之宮義人

川村暢生

山口智

三澤信吾

被告

乙川一郎

同訴訟代理人弁護士

鍔田宜宏

宮本幸裕

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,30万円及びこれに対する平成21年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,被告が所有する居住用建物(マンション)の一室について,被告との間で賃貸借契約を締結して居住している原告が,被告に対し,賃貸借契約における更新料支払の合意は消費者契約法10条に反し無効であると主張して,不当利得返還請求権に基づき,過去3回にわたって支払った更新料30万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求している事案である。

1  争いのない事実

(1)被告は,平成18年11月1日,原告との間で,京都市中京区御池通油小路東入ル所在の居住用建物(マンション。以下「本件建物」という。)について,次の約定で賃貸することを合意した(以下,この契約を「本件賃貸借契約」という。)。

賃貸期間 平成18年11月1日から平成19年10月31日まで

使用目的 居住用

賃料 4万8000円(月額)

共益費 1万1000円(月額)

更新料 10万円(以下,更新料の定めを「本件更新料条項」という。)

水道代 2000円(月額)

敷金 30万円(敷引25万円)

(2)原告と被告は,本件賃貸借契約が期間満了する1か月前までに賃貸期間を1年とする同じ内容の賃貸借契約を継続することを合意し,原告は,被告に対し,平成19年10月1日,更新料として10万円を支払った。原告と被告は,以後同様に,本件賃貸借契約を更新し,原告は,被告に対し,更新料として平成20年10月1日及び平成21年10月1日に各10万円を支払った。

2  当事者の主張

(1)原告の主張

ア 更新料の法的性質

更新料の法的性質については,①賃料の補充,②更新拒絶権(異議権)放棄の対価,③賃借権強化の対価の性質があるといわれているが,次のとおりいずれも理由がない。

① 賃料の補充

現在の経済状況の下では不動産価格が右肩上がりに上昇していくという賃料補充の合理性を裏付ける前提自体が存在しないこと,賃貸借契約期間が1年や2年の短期間の賃貸借契約では,契約期間中に賃料の不足分が生じるとは考えにくいこと,賃料の不足分を賃貸借期間の長短を一切考慮せずに一定金額で算定することは合理性がないことなどからすると,賃料補充説は,当事者の意思に合致せず,不合理なものである。現在の更新料条項は,賃借人が主として賃料に着目することを利用して,賃借人に対し賃料については割安な印象を与えて契約を誘引し,更新料によって実質的に割高な賃料を取るのと同じ結果を得ようとする欺瞞的な目的で設けられており,この点からも更新料によって賃料を補充することは合理性が認められない。

② 更新拒絶権(異議権)の放棄

賃貸人の更新拒絶権は期間満了の6か月前までにしなければならないので(借地借家法26条1項),通常合意更新がされる場合というのは,既に賃貸人による更新拒絶権の期間が経過しており,更新拒絶権が発生しないことが確定しているのがほとんどである。したがって,このような場合に,もはや更新拒絶権の放棄とか更新拒絶権行使に伴う紛争回避の対価ということで更新料を説明することはできない。そうすると,更新料を更新拒絶権放棄の対価説で説明するためには,賃貸人が期間満了の6か月前までに更新拒絶権を行使していたという場合を想定するしかないが,逆にそのような場合には賃借人が月額賃料の1,2か月分の更新料の支払を申し出たからといって,賃貸人が更新拒絶権を放棄して合意更新に応じることは通常考えられないし,いずれにせよ,更新拒絶権が発生するか否かにかかわらず,一律に合意更新の場合に更新料が徴収されていることの説明がつかない。

③ 賃借権強化の対価

賃貸用マンションの場合には,仮に法定更新がされて期間の定めのない賃貸借契約になったとしても,実際問題として賃貸人の正当事由に基づく解約が認められるケースはほとんどないと考えられる。また,仮に例外的に正当事由が認められるケースにおいても,賃借人に対する相当額の立退料の支払が命じられるのが通常であるから,賃借人がわざわざ更新料を支払ってまで合意更新を行う実益に乏しい。したがって,更新した後の賃貸借契約の期間が1ないし2年といった短期の賃貸借契約の場合には,法定更新の場合と比較して,合意更新によって賃借権を強化するという実質的な意味は全く認められないというべきである。

以上より,これまで述べられてきた更新料の法的性質は,いずれも契約当事者の意思に反し,全く合理性がないことは明らかである。

イ 本件更新料条項の無効性(消費者契約法10条との関係)

民法601条によれば,賃貸借契約は,賃貸人が賃借人に賃借物件の使用収益をさせることを約し,賃借人がこれに賃料を支払うことを約する契約であり,賃借人が賃料以外の金員支払義務を負うことは,賃貸借契約の基本的内容に含まれないことが明らかである。ところが,本件賃貸借契約においては,契約更新料として10万円を支払わなければならないとされているが,その対価性については何ら認められないというべきであるから,本件更新料条項は,民法の任意規定が適用される場合に比べ,賃借人に義務を加重するものである。

そして,消費者契約法の立法趣旨すなわち事業者と消費者の情報格差,交渉力格差を是正するための均衡性原理を解釈の骨格に据えて,両者の利益を比較してみると,本件更新料条項が不合理であることは前記のとおりであり,「一方的に」言い換えれば「正当な理由なく」消費者である原告の利益を害するものであることは明らかである。

よって,本件更新料条項は消費者契約法10条によって無効である。

(2)被告の主張

ア 更新料の法的性質

もともと更新料は,地価が高騰し,賃料増額について賃貸人と賃借人との間で合意が成立しない場合,賃料増額請求等の調停や訴訟を提起しなければならず,鑑定費用等の負担もあることから,当事者間で簡易に一定額を支払うことで解決しようとして考え出されたものである。したがって,更新料は賃料の一部と理解することがその帰結である。

そして,更新料を含む対価について合理的な賃料として当事者双方が合意したのであれば,その効力を否定する理由はない。賃貸人としては,毎月支払われる賃料,賃貸借契約更新時に支払われる更新料等を考慮して,不動産購入資金の弁済計画等を立てており,賃借人も賃貸借契約の更新時に一定額の支払をすることを予定しているのである。更新料は,このような経済的な実質を基礎としており,更新料について賃料としての実質がないというのは本質を見失った議論である。

なお,原告は,賃料を安く見せるために更新料を徴収している旨主張するが,インターネットでも,不動産仲介業者においても,賃料,共益費,更新料,敷金,礼金等は明確に金額を示しているのであって,賃借人が誤解するほど,我が国の消費者が愚鈍であるとは考えられない。

以上のとおり,賃貸借契約における賃料として,月々の負担とそれ以外の臨時に徴収する負担があることを契約上明らかにしていることが重要であって,その名目を賃料というか,更新料というかは形式の問題にすぎず,更新料は賃料としての実質を有する。

イ 本件更新料条項の有効性(消費者契約法10条との関係)

消費者契約法10条は,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」場合に無効になることを規定しているところ,本件更新料条項については,1年の賃貸借契約を更新するごとに10万円を支払うことが契約締結段階から明示されており,賃借人もそれを了解して賃貸借契約を締結したのであって,前記のとおりの賃料としての実質を有する更新料についての定めが,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」場合に当たるとは到底解されない。

第3  当裁判所の判断

1  認定事実

前記争いのない事実に証拠(甲1ないし10,13)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

(1)本件建物は,平成11年2月に新築され,地上13階建て,全戸数114戸,単身者向けの賃貸物件である。

(2)被告は,平成18年11月1日,京都大学大学院生の原告との間で,本件建物のうち1205号室を,次の約定で賃貸することを合意した。

賃貸期間 平成18年11月1日から平成19年10月31日まで

使用目的 居住用

賃料 4万8000円(月額)

共益費 1万1000円(月額)

水道代 2000円(月額)

敷金 30万円(敷引25万円)

原告と被告は,本件賃貸借契約の締結にあたって,賃貸借契約書(甲1)を取り交わしているが,更新料については,契約書1枚目(表紙を除く。)の「契約の内容・条件」欄に「更新料 100,000円」と記載されているのみであり,契約条項として第1条から第25条まで規定があるが,更新料に関する記載はない。

なお,賃貸借契約書には,賃貸借期間と契約の解約に関して,次の規定が設けられている。

「第2条(賃貸借期間)

賃貸借期間は,標記記載の契約期間(1年間)のとおりとし,双方異議が無ければ契約は同期間に更新されるものとする。

第16条(契約の解約)

1 乙(原告)が本契約の解約を申し入れる場合は,明け渡し日の1ケ月以前に書面を以て,甲(被告)に通知しなければならない。尚,この意思表示は末尾添付の解約通知書を以て行い,消印日をもって受付日とする。乙はこれを取り消すことができないものとする。但し,解約の際の賃料等の計算は,原則として明け渡し月の日割り計算はしない。

2  (略)

3  本条第1項の定めに拘わらず,1ケ月分の賃料等に相当する翌月分の賃料等を,甲に支払うことによって乙は本契約を即時解約することができる。(以下略)

4  (略)

5  甲より解約を申し入れるときは,乙に対し6ケ月以前に書面にて通知するものとする。」

(3)借地借家契約における更新料のこれまでの経緯は,概要次のとおりである。

借地借家契約における更新料の授受は,戦前にはほとんど例がなく,借地契約においては,地価が高騰し始めた昭和30年ころから東京地方や都市圏でその授受が急速に広まり始めた。本来であれば契約の更新時に賃料の増額をすべきところ,当事者間において,賃料額等で合意がされないと,時間と費用をかけて賃料増額訴訟等を提起する必要があるが,それを避けるために,更新料として一定額を支払うことで,賃料を増額しないあるいは合意できている賃料額の改定にとどめるということから更新料が発生し,拡大してきたようである。つまり,地価が高騰し,賃貸借期間が長かったことから,継続賃料と新規賃料との間に格差が生じ,それを是正するために更新料が始まり,発展していったものであるといえる。借家契約においては,借地の場合よりも時期的に遅く昭和40年ころ以降,特定の地域において,同様の理由により更新料の授受が普及してきた。

2 更新料の法的性質

以上の事実関係に基づいて,本件更新料条項が消費者契約法10条に反して無効であるかについて検討するが,まず,更新料の法的性質について検討し,それを踏まえて,本件更新料条項が無効であるといえるかを検討することとする。

(1)本件賃貸借契約の特徴等

更新料は,法律上の規定はなく,上記認定のとおり,地価の高騰を背景として不動産賃貸借実務の中で生じてきたものである。本件賃貸借契約においても,更新料について,金額を定めているほかには特段の規定は設けられておらず,「賃貸借契約の期間が満了する場合に,賃貸借契約を更新するにあたって,賃借人が賃貸人に給付する金銭」ということは確かであるが,賃貸借契約書(甲1)からは,それ以上については明らかではない。

以下,本件賃貸借契約における更新料の法的性質について検討するが,同じ更新料といっても,借地の場合と借家の場合とでは異なるし,建物賃貸借であっても,賃貸目的物件が一戸建てであるか収益目的マンションであるかによっても異なるものである。したがって,更新料がいかなる性格を有するかは,賃貸借契約の当事者,賃貸目的物件,賃貸借契約の内容,当該更新料の支払の合意が成立するに至った経緯などを総合考慮して判断することが必要である(最判昭和59年4月20日民集38巻6号610頁参照)。

本件賃貸借契約の特徴としては,①賃貸建物は,被告が収益目的で所有する居住用賃貸マンションであること,②賃借人である原告は,居住目的でマンションの一室を賃借したものであること,③賃貸借期間は1年であり,家賃は月額4万8000円であることなどを挙げることができる。

(2)更新料につき従来いわれていた法的性質の検討

一般的に,更新料については,①賃料の補充(前払い),②更新拒絶権(異議権)放棄の対価,③賃借権強化の対価の性質があるといわれており,被告も①を強調するので,これらの点について検討する。

ア 賃料の補充(前払い)についてみる。これは,賃料の補充あるいは賃料の前払いであるといわれているが,両者は異なる観点と考えられるので,分けて検討することとする。

前記認定の更新料が始まった経緯からすると,もともと更新料は賃料の補充という性質を強く持っていたということがいえる。すなわち,更新料は,地価が高騰し始めた昭和30年ころから急速に広まり,借地契約では賃貸借期間が長かったことから,継続賃料と新規賃料との間に格差が生じ,それを是正するために更新料が始まったという経緯からすると,更新料は賃料の補充という面を持っていたと認められる。しかし,現在,不動産価格が上昇するという傾向にはなく,賃料の補充を考えなければならない状況にはない。そして,賃貸期間が1年や2年の短期間の賃貸借契約では,契約期間中に賃料の不足分が生じるとは考えにくい。そうすると,現在,上記のような特徴を有する本件賃貸借契約において,更新料を賃料の補充ということで説明することはできない。

賃料の前払いという点をみると,これは,更新料は賃料そのものであって,その支払は賃貸借契約を更新するにあたって必要となり,更新しない場合には必要ないのであるから,賃料の前払いを意味していると考えることになる。そして,更新料の条項は,賃貸借契約における賃料の支払方法に関する規定であって,月々の定期払と更新料という名目での一時払とを併用したものであると理解することになる。具体的にいえば,本件賃貸借契約の場合,賃貸借契約更新後の賃料額は,毎月の賃料額(1年で57万6000円)と更新料(10万円)の合計67万6000円を定期払と一時払に分けたものであると理解することになる。

しかし,典型契約としての賃貸借契約における「賃料」とは,賃貸目的物の使用収益に対する対価として支払われるものであるから,使用収益期間に依拠して対価である賃料額が算出され,支払われるという関係にあるはずである。つまり,「賃料」は,当該賃貸借契約の下で賃借人による使用収益期間を基準として,その支払額が決定されるものである。この観点からすると,更新料が「賃料」の一部と評価されるのであれば,賃貸借契約更新後の賃借人による使用収益期間(賃貸期間)に対応する形で支払額が決定され,更新後に賃貸借契約が中途終了した場合には,使用収益に至らなかった期間に対応する更新料額は賃借人に返還されるべき性質のものであるといえる。しかるに,本件賃貸借契約における更新料は,賃貸借契約の更新時に一定額が必要とされ,賃貸期間が途中で終了したとしても全く清算されないことになっている。例えば,契約更新後1か月で賃貸借契約を解約したとしても,更新料として支払った10万円の一部返還を求めることはできず,使用収益期間との対応関係はない。

そうすると,更新料について,賃貸借契約における「賃料」と同じであり,支払方法の違いであるということはできず,更新料を賃料の前払いであるということのみから説明することはできない。

イ 次に,更新拒絶権(異議権)の放棄の対価という点についてみる。これは,更新料を支払うことによって賃貸借契約を更新する場合,賃貸人は更新拒絶権・正当事由の有無を検討することなく,更新料を受領して賃貸借契約を更新しているのであるから,更新料は更新拒絶権(異議権)の放棄の対価としての性質を有するという見解である。

しかし,借地借家法は,賃借人を保護するために法定更新と正当事由の制度を採用しており,建物賃貸借の期間が満了しても,賃貸人において正当事由がなければ賃借人に対して賃貸建物の明渡しを請求することはできない。つまり,この制度の下では,建物の使用継続を希望する建物賃借人としては,明渡しの正当事由がなければ法律上当然に当該建物を賃借することができ,賃貸借契約を継続したからといって賃料を継続的に支払うほかに対価的な支払をする必要はない。賃貸人としては,賃貸借契約の期間満了にあたり,建物賃借人が賃貸借契約の更新を望む場合には,明渡しの正当事由がなければ,賃借人による建物の使用継続を受忍しなければならず,賃貸人において賃貸借契約を更新することによる対価を求めることができる地位にはない。しかも,本件においては,賃貸建物は居住用のマンションであり,賃貸人やその関係者が自ら居住することは予定しておらず,賃借人に賃料不払いや用法遵守義務違反等の債務不履行がない限り,更新拒絶が正当化されることはまずないものと考えられる。

このようにみると,更新料が更新拒絶権(異議権)放棄の対価という性質を有するとは考えられない。

ウ さらに,③賃借権強化の対価についてみる。これは,法定更新による場合には,賃貸借契約が期間の定めのないものとなり,賃貸人は正当事由がある限り,いつでも解約の申入れをすることができるのに対し,更新料を支払って合意により賃貸借契約を更新すれば,賃借人としては,賃貸借契約の期間満了までは当該賃貸建物の使用収益が保障されることになるため,法定更新に比べ賃借権が強化されており,更新料はその対価であるという見解である。

しかし,本件賃貸借契約における賃貸建物は居住用賃貸マンションであり,収益目的で賃貸しているのであって,法定更新によって賃貸借契約が期間の定めのないものになったとしても,正当事由を具備することはまず考えられず,法定更新ではなく合意による更新によって賃借権が強化されたということはできない。

以上の観点からすると,賃貸期間を1年あるいは2年とする居住用賃貸建物に関しては,更新料について,①賃料の補充(前払い),②更新拒絶権(異議権)放棄の対価,③賃借権強化の対価ということから正当化することは困難であるということができる。

(3)更新料につき対価性の乏しい給付といえるかの検討

では,逆に,更新料について,法的な意味を与えることはできず,賃貸借契約において対価性のないあるいは対価性の乏しい給付であって,本来,賃借人が支払う必要のなかった給付であるといってよいかといえば,この点についても疑問がある。

通常,対価性の乏しい給付は,贈与あるいは贈与類似の性格を帯びるといえるが,贈与等の無償契約は,一方当事者が他方当事者に対する好意等の人間関係に基づいてされるものであるところ,本件のような,多数の賃借人を予定している居住用建物における賃貸借契約において,当事者間にそのような関係がないことは明らかである。そして,更新料については,賃借人である原告においても,本件賃貸借契約締結時においては,その支払を承諾しており,それに基づいて,特に異議を述べることなく,3回にわたって更新料を支払ってきたといえるが,賃借人において更新料が贈与やそれに類似したものであるということがわかっていれば,その支払をしなかったであろうことは容易に想像でき,更新料について贈与あるいは贈与類似のものとみることは当事者の合理的な意思とはかけ離れたものであるということができる。そして,賃貸借契約において更新料の授受はかなり広まっていることも考慮すると,更新料は何らかの対価性を有するものであると考えるのが相当である。

(4)更新料の法的性質についての当裁判所の見解

そこで,さらに検討するに,賃貸人が収益目的の居住用建物において賃料とは別に更新料の支払を受ける経済的な意義についてみると,居住用建物を所有する賃貸人としては,もともと賃借人の賃料不払いや用法遵守義務違反等の債務不履行がない限り,自ら解約の申入れをすることはまず考えられず,住宅供給過剰状態にあるといわれる現在,賃借人にできるだけ長く居住してもらい,賃料収入を確実に得たいという考え方に立っているといえる。しかるに,居住用建物の賃貸借契約においては1年又は2年の期間の定めのある契約であるが,賃借人はいつでも賃貸借契約を解約することができるのが通常であり(ただし,解約の1か月前までに通知する必要があり,即時解約する場合には1か月分の家賃相当額を支払う必要があるとする賃貸借契約が多い。),本件賃貸借契約も同様である。そうすると,賃貸人としては,賃貸借契約を更新して1年又は2年は賃料を取得できると考えていたとしても,賃借人から解約の申入れがされると,契約期間の途中で賃貸借契約が終了し,賃貸人としてはそれ以降新たな賃借人が見つかるまでは空室となって賃料を取得できないことになる。賃貸人としては,空室となって賃料が入らなくなるリスクを軽減するために更新料の支払を求めているということができる。賃借人の側からいえば,1年又は2年の賃貸借契約であり,本来1年又は2年は賃料を支払う義務を負うところ,契約期間中いつでも解約することができるが,解約した場合には違約金として更新料が返還されないと考えることができる。他方,契約期間中に解約されずに賃貸借契約の期間が満了した場合には,その更新料は賃料ということになる。

以下,具体的に考えてみる。例えば,賃貸人が5戸の賃貸建物を所有しており,5人の賃借人と各1年間の賃貸借契約を締結して以後賃貸借契約の更新をするが,4人は期間満了まで賃貸借契約を継続するものの,1人については半年が経過した時点で賃借人からの申し出により賃貸借契約が解約され,半年間は空室となって賃料が入らないというのが,平均的なものであったとする。賃貸人においてこの賃貸建物から年間320万円程度の収入を得る必要がある場合,賃貸人としては,名目は何であれ,賃借人から総額としていくら取得できるかに関心があることは明らかであり,価格設定としては,①賃料を月額6万円程度とする(4人につき年間賃料各72万円,1人につき半年賃料36万円),②賃料を月額5万円,更新料を10万円(4人につき年間賃料各60万円・更新料各10万円,1人につき半年賃料30万円・更新料10万円)とするなどの方法がある。期間満了まで賃貸借契約を継続した賃借人についてみると,②の場合の年間支払額は70万円であり,①の場合の支払額と比べると若干低くなっている。つまり,期間満了まで賃貸借契約を継続した賃借人にとっては,更新料を別に支払ったことによって年間に支払う額が高くなっているわけではなく,この場合の更新料は賃料とみることができる。他方,賃貸借契約期間の途中で解約した賃借人についてみると,更新料がない①の契約であれば,半年分の賃料36万円を支払えばすむが,更新料のある②の契約であれば,40万円(賃料30万円と更新料10万円)を支払わなければならない。この場合の更新料は,既に経過した半年分(5万円)は賃料であるが,未経過の半年分(5万円)は賃料ではなく,途中解約したことによる違約金として返還されないと考えるのが相当である。

従来,賃貸借契約においては,賃貸借契約が解約されることがないように賃借権の保護がされてきたが,本件のような居住用賃貸建物においては,賃貸人が賃貸借契約期間中に解約をすることはまず考えられず,賃借権を強化するよりも,賃借人において,転勤等の理由によって転居しなければならないことがあるので,いつでも賃貸借契約を解約できることを認め,解約した場合には,更新料が次の賃借人が見つかるまで空室となって賃料収入が入らないことのいわば補償(賃借人からみると違約金)として扱われ,期間が満了した場合には更新料は賃料として扱われることになると考えるのが,居住用賃貸建物における更新料の実態に最も適合するものと考える。

したがって,更新料を授受した時点では,いまだ更新料の法的な性質は確定しておらず,期間が満了した場合には賃料に,賃借人が途中で解約した場合には既経過部分については賃料に,未経過分は違約金として扱われることになり(当事者間において預託金として金銭の授受をし,後に売買代金や貸金等として処理することは世情よく行われており,同様に考えることができる。),純粋に民法601条にいう「賃料」ではないので,賃貸人が賃借人に対し更新料の未経過分を返還しないことに問題はないと考えられる。

なお,本件賃貸借契約締結当時,両当事者が更新料につき上記のような性質を有するものとして認識していたとはいい難いが,原告が被告に対し賃貸借契約の更新時に更新料を支払う必要があるということは認識していたのであり,当事者が支払を合意した更新料がいかなる性質を有するかということを実態に即して解釈を行い,適切な法的取扱いの在り方を探るということは,当事者の合理的意思解釈として問題はないものと考えられる(もともと当事者は,法律家ではなく,通常,ある法律行為をしたとしても,それがいかなる法的性質を有するかについては意識しておらず,後日訴訟等において,法的な意味付けがされることは珍しいことではない。)。

(5)まとめ

以上の検討からすると,本件のような居住用賃貸建物を目的とする賃貸借契約における更新料は,授受の時点ではいまだ法的な性質は決まっておらず,賃貸借契約の期間が満了した場合には賃料に,契約期間の途中で解約された場合には,既経過部分は賃料に,未経過分は違約金ということになると考えるのが相当である。

3 本件更新料条項の有効性

2で述べた更新料の法的な性質を前提として,以下,本件更新料条項につき消費者契約法上の有効性等について検討する。

(1)消費者契約法の適用

原告が消費者契約法2条1項にいう「消費者」に,被告が同条2項にいう「事業者」に該当することが認められ,本件賃貸借契約が同条3項の「消費者契約」に当たることは明らかである。

(2)消費者契約法10条前段該当性

本件更新料条項が消費者契約法10条前段の「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」に該当するかを検討する。

更新料は,前記のとおり,賃料の前払いとしての性質と賃貸借契約が途中で解約された場合には違約金としての性質を併せ持っていると考えられる。そして,「公の秩序に関しない規定」とは任意規定を意味すると解されるところ,賃料の前払いとしての側面では,民法は任意規定として賃料の後払いを定めている(民法614条)ので,賃料の前払いは消費者である賃借人の義務を加重する特約であり,消費者契約法10条前段に該当するということができる。違約金としての側面については,民法には賃貸借契約の中途解約時に違約金を支払わなければならない規定はないので,同様に消費者である賃借人の義務を加重する特約であり,消費者契約法10条前段に該当するものということができる。

(3)消費者契約法10条後段該当性

次に,本件更新料条項が,消費者契約法10条後段に該当するかについて検討する。

同条後段が定める「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」契約条項とは,消費者と事業者との間にある情報・交渉力の格差を背景として,消費者の利益を信義則に反する程度にまで侵害し,事業者と消費者の利益状況に合理性のない不均衡を生じさせるような不当条項を意味すると解される。

ア  まず,本件のような居住用賃貸建物について更新料条項を設けること自体については,更新料は,賃貸借契約期間中の途中解約がない限り,賃貸期間全体に対する前払いの賃料に該当するものであるところ,賃料は必ず月額で定めなければならないものではなく,更新料名目で賃貸借契約の更新時に賃料の一部を一時払として支払を求めることは不合理なものではない。また,賃借人が賃貸借契約を期間途中で解約した場合には,既経過部分は賃料に未経過部分は違約金に相当するところ,契約期間の途中で賃貸借契約が解約された場合には,賃貸人としては予定していた賃料を取得できなくなったわけであり,本来,期間の定めのある契約では一方的に途中で契約を終了させることができないのが原則であるから,違約金を徴収することには一定の合理性が認められる。そうすると,賃貸借契約において更新料の定めをすることは不合理なものではなく,不当条項には当たらない。

イ  そこで,さらに,賃料の前払いとしての側面から,消費者契約法10条後段の該当性について検討する。

賃料の前払いは,賃貸人の債務不履行が生じた場合には,賃料支払を保留して対抗手段となし得る賃借人の法的地位を危うくするものと考える余地はあるが,賃貸人の主要な義務は賃貸物件の使用収益をさせることであるところ,賃貸借契約の更新時には賃貸物件の引渡しは既に履行されており,賃貸人の債務不履行が問題となることは少なく,賃料の前払いによって賃借人が信義則に反する程度に一方的に不利益を受けているということはできない。

また,賃料の前払いを民法の一般原則である信義則違反あるいは公序良俗違反の観点から検討しても,賃貸借契約を途中解約することなく期間を満了した賃借人の場合,前記のとおり,経済合理性の観点からすると,更新料があることによってそれがない場合と比べ,月々の賃料額がより低廉になっていると考えられるところであり,更新料があることによって賃借人に不当に高額の金銭の負担をさせていることにはならない。また,本件賃貸借契約においては,月額賃料4万8000円,更新料10万円であることは賃貸借契約書(甲1)に明確に記載されており,年間の賃料と更新料を併せた金額を容易に知ることができるところであって,ことさらに賃料額を低く見せかけて,消費者を欺くようなものであるとは認められない。

したがって,賃料の前払いの側面からは,更新料は,消費者契約法10条後段の要件を満たさないし,信義則違反あるいは公序良俗違反の観点からしても,無効といえるものではない。

ウ  次に,更新料の違約金条項としての側面から検討する。これは,消費者契約法10条ではなく,違約金条項の有効性基準が定められている同法9条1号の問題であると考えられる。

この観点から更新料条項をみるに,同法9条1号は,違約金につき同種の契約の解除に伴い事業者に生ずべき平均的な損害額を超える部分において無効であることを定めるので,高額な更新料を定める条項は,中途解約の期間によっては同号に反して一部無効となることはあり得る。例えば,極端な例を挙げると,更新料60万円,月額賃料なしという賃貸借契約であった場合,賃貸借契約を更新した後にすぐに賃貸借契約を解約した賃借人は,更新料は返還されないので,違約金として60万円を徴収されたということになるが,このような更新料条項は,賃借人に過大な金銭の負担をさせるものであるとともに,賃貸人としては,賃貸借契約の期間途中で解約されても,その期間の賃料は保障されているにもかかわらず,当該賃貸借契約期間内に新たな賃借人を見つけると二重に賃料を取得できることになり,不当であることは明らかである。

賃貸借契約が途中で解約される場合,一定期間前に賃借人からの解約申入れがされるので,賃貸人としては新たな賃借人を探す準備に取りかかれるが,賃借人は現実にその物件を見て賃借するかを決めるのが一般的であることからすると,賃借人が退去した翌日に新たな賃借人が入居して賃貸借契約が継続されるということはまずあり得ず,賃貸借契約を途中で解約されると,賃貸人としては,一定期間,賃料収入が途絶えることになり,違約金としての性質を有する更新料を取得することは一定の合理性を有するといえる。しかし,順調にいけば,賃貸借契約終了から1か月程度で次の賃借人が決まって入居することになると思われ,それ以降も新たな賃借人が見つからないことについては途中で賃貸借契約を解約した賃借人に違約金として金銭の負担をさせることは相当ではないと考えられる。そうすると,賃貸借契約を途中で解約した賃借人が負担すべき違約金の額は,賃貸借契約が1年の場合,賃料1か月分程度とするのが相当であると思われる(なお,本件賃貸借契約もそうであるが,賃貸借契約によっては,月の途中で賃貸借契約が終了した場合には,賃料の日割計算をしない契約も少なからずあり,その場合には,賃貸人としては違約金としての更新料とは別に1か月未満の賃料を余分に取得できることになる。)。

そして,賃貸借契約を更新した直後に,賃借人において転勤等の事情によって賃貸借契約を解約することもあり得ることを考えると,更新料は期間1年の賃貸借契約であれば賃料の1か月分程度とし,その他は月払いの賃料として賃貸借契約の料金設定をするのが相当であると思われる。この観点から,賃貸借契約を途中で解約した賃借人については,更新料の額や途中解約した時期により,更新料条項が一部無効となって,更新料の返還を求めることができる事案があると考えられる。

(4)まとめ

本件においては,原告である賃借人は,本件賃貸借契約を途中で解約したわけではないので,更新料は賃料の前払いに相当すると解されるところ,前記のとおり,前払いの性質を有する更新料条項については,賃借人が信義則に反する程度に一方的に不利益を受けているということはできず,信義則違反あるいは公序良俗違反の観点からしても無効といえるものではない。したがって,原告は,更新料の返還を求めることはできない。

4  結論

以上のとおり,原告の請求は理由がないので,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 大島眞一)

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