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京都地方裁判所 平成21年(ワ)764号 判決 2010年8月31日

原告

被告

Y1 他1名

主文

一  被告Y1は、原告に対し、二二〇万円及びこれに対する平成一九年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告Y1に対するその余の請求及び被告株式会社損害保険ジャパンに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の三と被告Y1に生じた費用の五分の三を被告Y1の負担とし、原告及び被告Y1に生じたその余の費用並びに被告株式会社損害保険ジャパンに生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  主文一項同旨

二  被告株式会社損害保険ジャパンは、原告の被告Y1に対する一項の裁判確定を条件に、三七四万円及びこれに対する平成一九年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  主文四項同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

(1)  次の交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

① 日時 平成一九年六月二一日午前一時一〇分ころ

② 場所 京都市南区上鳥羽清井町七番地(以下「本件事故現場」という。)

③ 関係車両 ア 被告Y1(以下「被告Y1」という。)運転の自家用普通乗用自動車(〔ナンバー省略〕。以下「Y1車」という。)

イ 原告が所有し、A(以下「A」という。)が運転していた自家用普通乗用自動車(〔ナンバー省略〕。以下「原告車」という。)

④ 事故態様 Y1車が原告車に追突した。

(2)  本件事故は、被告Y1が、前方を注視すべき義務を怠った過失により発生した。

(3)  原告は、本件事故により、次の損害を被った。

① 車両損害

本件事故により原告車は大破し、修理も不可能な状態になった。

本件事故当時の原告車の時価は三四〇万円である。

② 弁護士費用

三四万円

(4)  被告らは、本件事故前、被告Y1を保険契約者・被保険者、被告株式会社損害保険ジャパン(以下「被告損保ジャパン」という。)を保険者、Y1車を被保険自動車とする自動車保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。本件保険契約に適用される普通保険約款には、対物事故によって被告Y1の負担する損害賠償責任が発生したときは、損害賠償請求権者は、被保険者との間で裁判が確定したことを条件として、被告損保ジャパンに対して、損害賠償額の支払を請求できる旨の規定がある。

よって、原告は、被告Y1に対し、民法七〇九条に基づき、三七四万円及びこれに対する平成一九年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告損保ジャパンに対し、直接請求権に基づき、原告の被告Y1に対する上記請求に係る裁判確定を条件に、損害賠償額三七四万円及びこれに対する平成一九年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告Y1)

(1) 請求原因(1)、(2)の事実を認める。

(2) 同(3)の事実は否認する。

原告車は、平成九年式で走行距離も一五万キロメートル以上になる中古車であり、原告の購入価格も市価に比べ著しく高額である。

(被告損保ジャパン)

(1) 請求原因(1)のうち、原告車の所有者が原告であることは不知。その余は認める。

(2) 同(2)は否認する。

本件事故は、被告Y1が故意に発生させた事故である。

(3)① 同(3)、①は不知。

② 同(3)、②は争う。

(4) 同(4)は認める。

三  被告損保ジャパンの抗弁及び主張

(1)  請求原因(4)の直接請求権に係る保険約款の条項(後記普通保険約款八条一項)には、「被告損保ジャパンが被保険者に対して支払責任を負う限度において」、損害賠償額の支払を請求できるとある。

(2)  本件保険契約に適用される革新・自動車総合保険普通保険約款(以下、単に「普通保険約款」という。)第一章第九条一項一号は、保険契約者の故意によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない旨定める。

(3)  以下の諸点及び関係者の供述の虚偽、変遷、内容の不合理性及び説明回避等に照らし、本件事故は、B(以下「B」という。)を中心に、原告、A及び被告Y1が結託し、保険金を詐取するため、高額の対物賠償保険を付した加害車両と購入価格を高額に設定した被害車両とをそれぞれ安価で用意した上、故意に引き起こした偽装事故である。

したがって、本件事故は、原告の同意の下に引き起こされたものである以上、被告Y1は、原告に対し、損害賠償責任を負わない。また、本件事故は、保険契約者である被告Y1が故意に引き起こしたものであるから、被告損保ジャパンは、平成二〇年法律第五七号による改正前の商法(以下、単に「商法」という。)六四一条、普通保険約款第九条一項一号により、本件事故につき保険金の支払責任を負わない。

① 当事者間の人的結び付き

ア 被告Y1は、本件事故後、Bに電話を掛け助けにきてもらったというのであるが、両名の間に、偶然の事故を起こした際に深夜でも遠慮なく緊急の呼出しを掛けて助けてもらうような信頼関係は見いだせない。Bが本件事故直後に現場に現れたのは、予めそのような手はずになっていたからである。

イ Aは、本件事故の前後をはじめ頻繁にBに電話を掛けている。しかるに、両名とも、人的結び付きを否定する虚偽の証言をしている。

ウ Bは原告車両の購入に深く関与したほか、原告に何らかの仕事を紹介し、しかもその仕事先(a社)の所在地は原告車両の購入先である有限会社b(以下「b社」という。)と同一であり、原告もBと相当程度の結び付きがあった。

エ Aは、本件事故当時、原告車内にa社を勤務先とする自己の名刺を保管していた。また、前記のとおり、原告はb社の所在地を拠点とした仕事をしていた。さらに、Bは、本件事故後誰からも搬送先を教わることなく原告車をb社まで搬送させた。

オ 以上のとおり、本件事故については、Bを軸に、事故の当事者である被告Y1及びA、原告車の所有者である原告、Y1車の購入先であるb社が不審な結び付きを有している。

② 車両購入経緯及び付保状況等の不審さ

ア 二四歳で、自動車所有歴がなく、一五〇万円以上の債務を負った被告Y1が、本件事故の三週間前に、確たる動機もなく、Bの紹介で、車検切れ寸前のプレジデントを時価より高額の一二五万円で購入し、代金をBに一括払いしたというのは不自然である。

また、被告Y1は、Y1車購入の日に、飛び込みで、年間保険料五三万六四〇〇円の高額の自動車保険に加入したが、その本人尋問当時、車両保険を請求したか否かについてすら覚えてない。

以上の諸点は、Y1車が、本件事故を起こすためにBが用意した車両であることを示している。

イ 原告は、本件事故の三週間前に、走行距離一五万キロメートルの中古車で、ブレーキディスクローダーに錆が生ずるなど長期間放置されていた疑いがある原告車を、本件事故への関与が疑われるb社から仕入れ価格の二・五倍以上の高額で購入し、任意保険に加入していないというのは不自然で(代金が支払われたことを認めるべき証拠もない。)、原告車の保管場所がBの自宅として届出されていることはBの深い関与を示す。

以上の諸点は、原告車が、本件事故の被害車両となる予定のもとに用意されたことを示している。

③ 事故前後の関係者の行動等の不審点

ア 本件事故の現場に至る経緯について被告Y1の説明内容はあいまいで、その説明からすると、本件事故の現場を通行する必要性はなかった。被告Y1は、本件事故の約四時間前に二度にわたりBに電話を掛け、同事故後、事故処理をBに委任した。

イ Aの説明する本件事故の際の行き先からすると、同事故の現場は遠回りになり全く通行する必要がなかった。Aは、本件事故の約一時間半前及び同事故当日の深夜午前三時二一分にBに電話をしている。Aと被告Y1は、本件事故後連絡を取り合っていない(しかるに、Aは、被告Y1に電話を掛けた旨の虚偽の供述をしている。)。

ウ Bは、本件事故の直後(遅くとも二九分後)に現場に現れている。Bは、被告Y1から連絡を受けたと説明するが、同被告は、同事故直後にBに電話を掛けていない。前記のとおり、Bは、本件事故後誰からも搬送先を教わることなく原告車をb社まで搬送させた。

エ 以上のとおり、関係者の行動には、本件事故につき共謀があったのでなければ説明のつかないものが多々存し、また、関係者の説明には不自然、不合理な点が多い。

④ 事故態様・結果の不自然さ

ア 本件事故は、片側二車線のうち第二車線(内側車線)で信号待ちしていた原告車にY1車が衝突し、原告車の右前部が道路左側歩道に設置されたガードレールに衝突したとされるものであるが、A及び被告Y1は、原告車が停止していたのは第一車線(外側車線)であると虚偽の証言、供述をするほか、現場は見通しのよい直線道路であり、被告Y1は、衝突の九秒前には赤信号及び原告車のテールランプを視認できたはずであるのにノーブレーキで衝突した点、及び原告車が左前方に三五・五メートルも飛ばされ、ガードレールに衝突した点など不自然な点が多い。

イ 被告Y1は、通院回数が一回であることなどより、本件事故により何ら受傷していないか、仮にしているとしてもごく軽傷であった。また、Aも、他覚所見がないこと、通院期間一週間、実通院日数三日であることなどから、何ら受傷していないことが強く疑われるが、本件事故の態様からすると、被告Y1及びAが無傷又は軽傷に留まったのは、予め事故の発生を予期し相応の備えをしていたからである(Aについては原告車に乗車していなかった疑いがある。)。

四  被告損保ジャパンの抗弁及び主張に対する原告の認否及び反論

(1)  本件において、保険金請求権者たる原告は、事故があったとの外形的な事実を立証すれば足りる。悪意又は故意の立証責任は保険金支払の免責を主張する被告損保ジャパンに課されている。

(2)  本件事故が原告の主張するような被告Y1、原告、A及びBの共謀に基づく偽装事故であることは否認する。以下のとおり、原告の主張は失当である。

① 当事者間の人的結び付きについて

ア Aは、兄の原告とBが小中学校の同級生である関係から、Bを知っており、Bが原告と連絡が取りにくいときに、取り次ぐ関係にすぎない。本件事故前日のAからBへの電話も、Bから原告に電話がつながらなかったためAがBに電話連絡しただけである。また、事故当時の深夜にAがBに電話したことも、全くの他人でないBが事故現場にいたことからすれば不自然ではない。

イ Aとb社は全く関係がない。原告車の車内にあった名刺の住所がb社と同一であると読めるとしても、両者が本件事故に関係していたとはいえない。

ウ 原告とBは前記のとおり同級生であり、時々連絡を取り合う以上の関係にはなく、原告車の購入にもBの関与はない。原告とb社とは、原告車の売買以外の関係はない。Bとb社の関係は知らない。

エ 被告Y1とBの関係は知らない。

② 車両購入経緯等の不審さについて

ア 原告は、原告車購入当時、仕事で多忙なため防犯設備の充実した保管場所を確保する時間的余裕がなかったので、Bに頼んでとりあえず保管場所をBの自宅としただけであり、納車後は、伏見に防犯カメラ付きの駐車場を借りそこに原告車を保管している。したがって、原告車の保管場所としてBの自宅が届出されていることは、原告車の入手にBが深く関わっていることの根拠にはならない。

イ 原告は、原告車が気に入り、紹介者もいたことでもあり、かつ、三四〇万円が合理的な金額と思って平成一九年五月三〇日に原告車両を購入した。原告の購入価格がb社の仕入れ価格より相当高額であったとしても、原告がいわば「ぼられた」というにすぎず、偽装事故がどうかとは関係がない。

ウ 原告車の購入日が本件事故の三週間前であることや任意保険に加入していないことも本件事故とは関係がない。

③ 事故前後の関係者の行動について

ア Aが本件事故の前後にBに電話を掛けた経緯は前記のとおりであり、不審な点はない。Aは、友人を訪問する途中本件事故現場を走行していただけであり、不審な点はない。国道一号線は深夜でも交通量が多く信号も多いため、本件事故現場を通ることにしただけである。Aは、本件事故後、被告Y1に損害賠償請求したが、同被告は言を左右にして応じなかった。

イ Bが本件事故の現場に来た経緯は知らない。Bがb社への搬送を指示した理由も知らない。

④ 事故態様の不自然さについて

ア Y1車が時速五〇キロメートルで原告車に衝突したとすると、Aは、突然の後方からの激しい衝撃によりブレーキから足を離してしまうことは十分考えられ、下り坂の衝突地点から三五・五メートル先のガードレールに衝突することは何ら不自然ではない。

イ Aは、シートベルトを着用していたため奇跡的に軽傷ですんだだけであり、軽傷であるからといって原告車に乗車していなかった疑いがあるというのは被告損保ジャパンの憶測にすぎない。

理由

第一被告Y1に対する請求について

一  請求原因(1)、(2)の事実は原告と被告Y1との間において争いがない。

二  同(3)について判断する。

(1)①  甲四号証によれば、原告車は本件事故により大破し、修理は不能となったものと認められる。

②  甲三号証によれば、原告は、b社から、平成一九年五月三〇日に原告車を代金三四〇万円で買い受けたものとされていることが認められる。しかし、甲六号証、乙B二号証、一一号証によれば、原告車は、平成九年に初度登録され、平成一八年六月時点の走行距離は約一五万キロメートルに達していたこと、b社は、株式会社オートマックスから、平成一八年五月、原告車を一三六万円で買い受けたこと、株式会社オートマックスは、同年四月ころ、来店した顧客から原告車を一三〇万円で購入したことが認められ、同社とb社との間の売買が業者間取引であることを考慮しても、原告の買い受け価格は高額にすぎ、平成一九年六月二一日時点において、原告車が嗜好性の高い車種であることを考慮すると、時価を二〇〇万円程度と算定することは不当ではないとしても、それを超える額を時価と認めることはできない。

したがって、原告車が大破したことによる原告の損害は二〇〇万円と認める。

(2)  本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は二〇万円と認める。

第二被告損保ジャパンに対する請求について

一  請求原因(1)のうち、原告車の所有関係以外は、原告と被告損保ジャパンとの間で争いがなく、原告車が原告の所有であることは甲三号証、六号証によってこれを認めることができる。

二  請求原因(2)について判断する。

(1)  原告は、本件事故は被告Y1の前方不注視の過失によって発生した旨主張し、甲二号証及び被告Y1本人の供述中にはこれに副う部分があるが信用できない。その理由は以下のとおりである。

(2)①  本件事故の態様等について

ア 前記第一、二、(1)、①認定事実、甲二号証、四号証、九ないし一三号証、乙A一号証、乙B二号証、四号証の一ないし九五、二三号証によると、次の事実が認められる。

(ア) 原告車はポルシェ、Y1車はプレジデントである。

(イ) 本件事故現場付近の状況は、別紙交通事故現場見取図記載のとおりであり、同事故現場は、信号機による交通整理の行われている変形交差点であり、原告車及びY1車の走行していた西行車線は片側二車線である。

(ウ) 被告Y1は、本件事故発生時から約一時間半後に開始された同事故現場での実況見分において、上記現場見取図①地点で第一車線から第二車線に車線変更し、約二八・二メートル進行した同②地点で考え事をし、九四・六メートル進行した同③地点に至ったとき約一七・二メートル先に原告車の後部を初めて発見し、危険を感じたが、同file_2.jpg地点で自車前部と原告車後部が衝突し、原告車は左前方に三五・五メートル進行して歩道の端にある鉄製歩道柵に衝突して停止し、自車は、約二三・六メートル進行して停止した旨指示説明した。原告車及びY1車が走行していた西行車線は下り勾配であった。

(エ) 本件事故後、Y1車の左前輪がパンクしており、上記実況見分の際、上記現場見取図記載のとおりのタイヤ痕が路面に印象されていた。被告Y1は、調査会社の調査員に対し、原告車に気付き急ブレーキを掛けたが、制動する前に追突してしまったと説明している。

(オ) 本件事故により原告車は後部を中心に大破し、Y1車も左前部を中心に大きく損傷した。

(カ) Aは、本件事故直後、京都南病院に救急搬送され、腰部打撲、頸椎捻挫と診断され、入院を勧められたが断って帰宅し、同日中に再度来院し、四日後の平成一九年六月二五日及び同月二八日に中嶋外科整形外科医院で診察を受けた。同医院では、レントゲン検査で異常所見はなく、経過観察を要すると診断を受けた。以後、Aは、通院していない。

(キ) 被告Y1は、本件事故直後、京都伏見しみず病院に救急搬送され、頸椎捻挫、腰部打撲と診断された。被告Y1は、同病院で治療を受けた後、本件事故現場に戻り(その方法は不明)、上記実況見分に立ち会った(被告Y1がその後入通院治療を受けた形跡はない。)。

イ(ア) 被告Y1及びAは、本件事故当時、原告車が停止していたのは第二車線ではなく第一車線であり、Y1車は同車線を走行していた原告車に追突したという(乙B一八、一九、証人A、被告Y1本人)。しかし、実況見分の際に確認されたタイヤ痕は、Y1車の左前輪により印象されたと認められるから、衝突時点でY1車が第一車線を走行していたとは考えられず、原告車が第一車線上に停止していたなら衝突は発生しない。乙B二三号証の解析結果からすると、原告車の実際の停止位置及びY1車の衝突前の走行経路に疑問が生じ、また、衝突後原告車のハンドル操作がなされたのではないかとの疑いも生ずるが、これらを措くとしても、被告Y1及びAがことさら客観的資料に反する供述等をするのは不可解であり、殊に被告Y1にあっては実況見分における自らの指示説明を変更する理由を何ら説明していないことが一層疑念を深めることは否めない。

なお、仮に、被告Y1及びAがいうように第一車線上に停止していた原告車に同車線を走行してきたY1車が追突したのが事実であるとすると、本件事故のころ、上記追突とは別に、何人かがY1車又は他の車両を運転して路面に上記タイヤ痕を印象した上、Y1車が同タイヤ痕の終点(西端)付近に意図的に停止させられたと考えるのが最も自然であり、そうであれば、それは何らかの偽装工作の一環にほかならない。

(イ) 上記実況見分における被告Y1の指示説明からすると、被告Y1は、信号機のある交差点を控えて九〇メートル以上前方をほとんど見ていなかったことになるが(同被告は本件事故前本件事故現場を数え切れない位通っており(乙B一八)、同交差点の存在は知悉していたはずである。)、にわかに信じ難い。

(ウ) 原告車及び被告Y1車が本件事故により大きく損傷したことは前記認定のとおりであり、乙B二四号証によると、原告車及びY1車の損傷状況等からすると、Y1車の衝突時速度は時速五〇キロメートルを超えるものと推測されることが認められるが、A及び被告Y1ともごく軽微な傷害しか負っていないのは偶然とは考えにくい。特にAにあっては信号待ちの際の後方からの追突事故であり、不意をつかれたはずであるのに、通院期間一週間、実通院日数三日程度の治療しか受けていないのは、極めて不自然であり、A及び被告Y1は、事故の発生を予定してそれに対する何らかの対応策を講じていたと考える方がはるかに自然である。

②  Bの関与

ア 証人Bの証言、被告Y1本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、Bと原告は小中学校の同級生であり、その関係で原告の弟であるAも以前からBを知っていたこと、Bと被告Y1は同年齢で数年前からの知り合いであり、被告Y1はBが代表者となっているマリンスポーツのサークルの構成員でBの家業(法人化されている。)でしばしばアルバイトをするなどしていたこと、Bは、Y1車の前主を知っており、被告Y1によるY1車の取得に深く関わっていること、Bは以前Y1車を使用していたことがあることが認められる。

イ 乙B一〇号証及び証人Bの証言によれば、Bは、遅くとも本件事故発生から約三〇分経過した平成一九年六月二一日午前一時三九分には、本件事故現場にいたことが認められる。証人Bの証言及び被告Y1本人の供述中には、Bは、被告Y1からの電話連絡により本件事故の発生を知り、本件事故現場に赴いたとする部分がある。しかし、Bの携帯電話の番号は〔番号省略〕であるところ(乙B一〇)、乙B二号証(のうち料金明細内訳書(閲覧))によれば、被告Y1は、同日午前一時一〇分ころから同日午前一時三九分までの間に、自己の携帯電話を用いてBの携帯電話に電話を掛けていないことが認められることに照らし、証人Bの証言及び被告Y1本人の供述中の上記部分は信用できない。

Bは、本件事故の発生を予め知った上、本件現場で待機していたか、同事故直後に同現場に現れた可能性が高い。

ウ 前記のとおり、被告Y1が本件事故直後にBを電話で呼び出してはいないのにBは本件事故現場に現れたところ、乙B一〇号証、証人Bの証言によれば、Bは、Y1車を搬送するためのレッカー車の手配等の事故処理に当たり、原告車は、Bの指示によりb社にレッカー移動されたことが認められる。この点につき、同証人は、原告車の購入先を移動先とすべくb社を指定したが、購入先がb社であることは知らず、原告車内にあった車検証を見て分かった旨証言するが、車検証に購入先(前主)の記載があったとは考えられない。Bは、証人として原告車の購入に関与していない旨証言するが、実際はこれに関与していたためb社が購入先であることを知っており、b社にレッカー移動することは予め計画されていた疑いが濃い。

エ 前記認定のBの携帯電話の番号及び乙B二号証、一七号証によれば、被告Y1は、本件事故の前日の午後九時一七分及び午後九時二〇分に、Aは、本件事故前日の午後一一時三六分及び同事故当日の午前三時二一分に、それぞれBに電話を掛けていることが認められる。

オ 以上のとおり、本件事故の当事者である被告Y1及びA、原告車の所有者である原告は、いずれも本件事故前からBと関係を持っており、Bは、原告車及びY1車の購入に関与し又は関与した疑いが濃く、事故の当事者から呼ばれていないのに(Aから呼ばれたとする主張及び証拠はない。)本件事故直後に本件事故現場に現れて事故処理に当たり、同事故前後に被告Y1やAから複数回の電話を受けている。これらは、他の事情と相侯って、本件事故が関係者により計画的に発生させられたものであることを強く疑わせる事情となる。

③  関係車両の取得経緯等について

ア 前記第一、二、(1)、②認定のとおり、原告は、b社から、本件事故の約三週間前である平成一九年五月三〇日に原告車を代金三四〇万円で買い受けたものとされているが、上記代金額は時価に比し著しく高額にすぎ、原告が実際に三四〇万円の支払をしたことを証する確たる証拠もない。また、原告が車両を所有するのは原告車が初めてであるというが(乙B二〇)、購入動機は証拠上不明である。

なお、乙B二九号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、原告車の保管場所をBの住所地とする届出をしたことが認められる。

イ 被告Y1本人は、Y1車を一二五万円で購入し、代金は一括払いした旨供述するが(乙B一八同旨)、乙B一三ないし一五号証によれば、被告Y1がY1車を取得したのは本件事故の三週間前の平成一九年五月二九日であること、Y1車の初度登録年は平成六年で、平成一七年七月四日時点の走行距離が一〇万七五〇〇キロメートルに達していたこと、車検の有効期限は平成一九年七月三日であったこと、平成二一年七月六日当時、Y1車と同年式、同種の車両が約二五万円ないし七九万円で売りに出されていたことが認められ、被告Y1が一二五万円の支払をしたことを裏付ける客観的証拠はなく、乙B二号証及び被告Y1本人尋問の結果によれば、被告Y1は、平成一九年五月二九日当時、消費者金融から六三万円を超える借入れがあり、同年六月七日には四九万八〇〇〇円、同年七月三日には四九万円の新規借入れをしたことが認められる。

ウ 以上によれば、原告車及びY1車とも、原告及び被告Y1の購入価格とされる額は時価より相当高額である疑いが強く、しかも、その名目上の代金の支払が実際にされたことを認めるべき確たる証拠はなく、特に被告Y1については負債の状況からしても代金支払の資力が存在したのか極めて疑問である。加えて、原告車及びY1車とも本件事故直近の約三週間前に購入されたことは偶然の符合と言われてもにわかに信じ難いものがある。

④  その他

Aは、証人として原告の自宅から京都府の淀に向かう途中本件事故に遭った旨証言し、被告Y1は、その本人尋問において、本件事故は、大阪から京都市桂の実家に帰る途中に起こした旨供述するが、乙B五ないし八号証及び弁論の全趣旨によると、いずれも本件現場は目的地への最短ルート上にないことが認められる。また、本件事故は深夜に発生しており、かつ、乙B二二号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故現場は、住宅密集地等ではなく、本件事故当時、交通量は少なかったものと認められる。さらに、乙B二五号証によれば、被告Y1は、平成一九年五月二九日、京都日産自動車株式会社の店舗に来店し、車両本件については保険料が最も高いプランを選択して自動車保険契約を締結したことが認められる。

これらも、本件事故が故意に招致されたことを推認させる事情となる。

⑤  小括

以上のとおり、本件事故がB及び同人と関係を有する者らの故意により発生させられたことを推認させる事情が多数あり、同事故が被告Y1の過失により発生したと認めることは到底できない。

(3)  他に、請求原因(2)の事実(本件事故が被告Y1の前方不注視の過失によって発生したこと)を認めるべき証拠はない。なお、普通保険約款第八条一項は、「対物事故によって被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生」することを、被害者の直接請求権の成立要件とするところ、本訴において、原告は、原告の被告Y1に対する損害賠償請求権の発生根拠として請求原因(2)のとおり同被告の過失による不法行為の成立を主張しており、予備的にも同被告の故意による不法行為の成立を主張する意思がないことは、同被告の故意の存在を強く争っていることからして明白である。このような場合、裁判所が、被告Y1の過失ではなく故意による不法行為の成立を認定し、上記要件を満たすと判断することは弁論主義に反し許されないというべきである。上記の点は、いわゆる故意免責約款における故意の立証責任が保険者にあるとされることとは無関係である。

したがって、請求原因(2)の事実が認められない以上、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告損保ジャパンに対する請求は理由がない。

三  仮に、原告の被告損保ジャパンに対する請求の関係で、本件事故につき被告Y1の原告に対する損害賠償責任の発生を肯定すべきであるとしても、前記第二、二、(2)、認定説示によれば、本件事故は、保険契約者である被告Y1が、少なくともB及びAと共謀の上、故意に惹起したものと認めるべきである。したがって、被告損保ジャパンは、被告Y1に対し、本件事故につき保険金の支払責任を負わない(商法六四一条。普通保険約款第九条一項一号も同旨(乙B一)。)。

普通保険約款八条一項は、「被告損保ジャパンが被保険者に対して支払責任を負う限度において」、損害賠償額の支払を請求できると定めているから(乙B一)、被告損保ジャパンが被告Y1に対して保険金の支払責任を負わない以上、原告は、被告損保ジャパンに対して損害賠償額の請求をすることはできない。

第三結論

以上の次第で、原告の被告Y1に対する請求は二二〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成一九年六月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるがその余は理由がなく、被告損保ジャパンに対する請求は理由がない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤明)

(別紙)交通事故現場見取図

<省略>

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