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京都地方裁判所 平成21年(行ウ)4号 判決 2009年6月25日

主文

1  京都市長が原告に対し平成18年10月10日付でした懲戒免職処分は,これを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨

第2事案の概要等

1  事案の概要

原告は,京都市長が原告に対し平成18年10月10日付で酒気帯び運転,通行禁止違反,免許不携帯,自動車登録番号標等の表示義務違反を理由に,地方公務員法29条1項1号及び3号に基づく懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)をしたことについて,本件処分の取消しを求めた。

2  前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)

(1)  当事者

原告は,平成8年9月1日,被告A局に採用され,平成18年4月24日付で被告B局に転任し,以後,被告C区役所D課に勤務し,社会福祉関係の職務に従事していた。

原告は,本件処分を受けるまで,懲戒処分を受けたことはなく,日常の勤務態度に特段問題はなかった(弁論の全趣旨)。

(2)  本件処分に至る経緯

原告は,平成18年10月7日午後8時ころから,自宅で原告の子が5歳を迎えた誕生日パーティーを行っていた際,約100ミリリットルの容量のお猪口で,麦焼酎を少なくとも3杯飲んだ。

原告は,誕生日パーティーを行っている途中で,購入したばかりの普通自動二輪車(以下「本件二輪車」という。)のエンジンが始動しないのではないかと気になり続けたため,自宅玄関先に行き,そこで本件二輪車のエンジンをかけた。すると,本件二輪車のエンジンが調子よく回ったことから,原告はこれに乗車する意思を抑えることができず,同日午後10時30分過ぎから,ヘルメットをかぶり,運転免許証を所持しないまま,本件二輪車の運転を始めた。

原告は,同日午後10時55分ごろ,上記のとおり運転免許証を携帯せず,自動車登録番号標を表示していない本件二輪車で京都市E区F町西側G番地のH先のI通を東進していたところ,京都府J警察署の警察官2人に発見され,停止させられた。原告は,職場の人たちに迷惑がかかったり,自分が不利な状況になるのを避けるため,現場で道路交通法違反の事実自体を曖昧に済ませようという意識から,自分の住所及び氏名は言ったものの,積極的に自分の人定が取れるようなことは一切言わず,自分は無免許であると言い張っていたが,同日午後11時8分に,同区K町L番地先K児童公園東側M通において,通行禁止違反及び酒気帯び運転(道路交通法違反)の被疑事実により現行犯逮捕された。その際,原告の呼気1リットル当たり0.4ミリグラムのアルコールが検出された。

原告は,同月8日に行われた取調べにおいて被疑事実を認め,同日午後6時42分に釈放され,同日午後8時ころには,B区役所庁舎に出向き,被告総務課長らからの事情聴取を受けた(甲3)。

京都市長は原告に対し,酒気帯び運転,通行禁止違反,免許不携帯による道路交通法違反及び自動車登録番号標等の表示義務違反による道路運送車両法違反をしたことを理由に,同月10日付で本件処分を行った(甲2)。

(3)  本件処分後の事情

原告は,本件処分を不服とし,平成18年12月4日,京都市人事委員会に対し,その取消しを求める不服申立てをしたが,同委員会は,平成20年8月26日,原告の申立てを棄却する旨の裁決をした(甲3)。

(4)  飲酒運転に関する処分基準

ア 被告について

被告は,平成18年9月1日に「京都市職員の懲戒処分に関する指針」(以下「懲戒指針」という。)を改正し,飲酒運転をした職員は,免職又は停職とすることにした(甲5)。

被告は,同月14日付けで,飲酒運転を行った場合は,原則として懲戒免職となる旨の服務監通知を発した(甲4)。

イ 国について

人事院は,平成17年3月31日付で,国家公務員についての「懲戒処分の指針について」を改正した。その内容として,酒酔い運転と酒気帯び運転を区別し,「酒酔い運転をした職員は,免職,停職又は減給とする」,「酒気帯び運転をした職員は,停職,減給又は戒告(人身事故を伴う場合は,免職,停職又は減給)とする」旨が規定されている(甲6)。

(5)  原告に対する処分基準の周知

平成18年9月1日に懲戒指針が改正され,処分基準が厳しくなったことに伴い,原告を含む全職員に周知徹底がされた。原告は,懲戒指針や服務監通知についてその内容を書面で読んだり説明を受け,通勤にバイクを使用していることから飲酒運転の絶対禁止及び交通法規の厳守について口頭で指導を受け,定例の会議で飲酒運転の禁止について再度徹底されていたことがあり,飲酒運転が原則免職であるとの被告の方針を認識していた(乙4,弁論の全趣旨)。

3  争点及び争点に対する当事者の主張

本件の争点は,本件処分が違法か否かである。

(1)  原告の主張

ア 本件処分の過酷性について

本件処分の原因となった非行は,酒酔い運転の程度に至らない酒気帯び運転であり,夜間に人通りのない商店街道路を短時間走行したにとどまり,人身事故はおろか,物の損傷さえも伴わなかったものである。原告は,過去に懲戒処分を受けたことはなく,日ごろの勤務態度は良好であった。これらの事情を全く考慮することなく,一律的に飲酒運転を行った公務員を免職とするというのは,処分として著しく過酷である。

なお,原告の弁解状況や現行犯逮捕された事実は,本件処分の理由となっておらず,これらの事情により懲戒処分の正当性を根拠づけることは許されない。

イ 社会的傾向からの逸脱について

被告は,飲酒運転は原則免職との方針であると主張するが,懲戒指針では,免職又は停職とされており,飲酒運転であっても停職にとどめるべき場合があることは明らかであるから,原則免職との解釈は導かれない。仮に上記方針が認められるとしても,その方針は,以下のとおり,他の自治体等と比較して過酷であり,違法なものである。

人事院の定める懲戒基準には,酒酔い運転と酒気帯び運転を区別し,酒酔い運転をした職員は,免職,停職又は減給とする規定があるが,酒気帯び運転をした職員は,人身事故を伴わない場合には,停職,減給又は戒告とすると規定されているだけで,そもそも免職は予定されていない。また,平成18年10月7日の時点においても,事故の有無や飲酒程度にかかわらず飲酒運転をしただけで懲戒免職としているのは,57自治体中11自治体にとどまる。

さらに,酒気帯び運転を理由に公務員を懲戒免職とした例が,公平委員会の裁決により停職12か月に改められたり,裁判により取り消されたりすることが少なからず見受けられる。

以上のことからすると,本件処分は,他の自治体等における取扱や同種事案に関する裁判例の傾向からも逸脱している。

ウ 以上のとおり,本件処分はそれ自体過酷なものであり,また,社会的傾向から逸脱するものとして,裁量権を逸脱したものであることは明らかであるから,本件処分は取り消されるべきである。

(2)  被告の主張

ア 本件処分の過酷性について

本件処分は,酒気帯び運転のみではなく,通行禁止違反及び免許証不携帯の道路交通法違反並びに自動車登録番号標等の表示義務違反による道路運送車両法違反という多くの非違行為を理由としている。原告は本件二輪車で通行禁止区域であることを知りながら逆走しており,交通事故発生の危険性の高い行為であったといわざるを得ず,結果的に事故が起こらなかったものであるに過ぎない。さらに,原告は警察官が検問しているのに気付き逃走しようとしたこと,人定に素直に応じなかったために現行犯逮捕されたことも考慮すると,行為の性質,態様として悪質極まりない。

原告の行為は,専ら購入したばかりの本件二輪車を早く運転したいという一念に駆られて運転したというものであり,その原因,動機に特段酌むべき事情はない。

原告は,平成18年9月1日に懲戒指針が改正され,飲酒運転に対する処分が厳しくなったことを承知しており,それにもかかわらず飲酒運転を行ったことは,あえて規範を犯そうとする悪質な故意があったか,そうでなければ,そもそも規範を遵守する意識が全く欠如していたものといわざるを得ない。上記非違行為が行われた当時,被告は被告職員による不祥事の続発を受け,市政に対する市民の信頼回復に向け全庁をあげて取り組んでいたこと,飲酒運転及びこれに伴う人身事故が相次ぎ,大きな社会問題となっていたことを考慮すれば,厳しい処分をもって臨むほかなく,本件処分が過酷であるとはいえない。

イ 社会的傾向からの逸脱について

懲戒指針上,飲酒運転を行った職員に対し,免職に限定せず,停職とする余地を残したのは,二日酔いのように飲酒時から運転時までの間に相当時間が経過しており,運転の際に酒気帯びの認識がない場合など特段の事情がある場合を考慮したものであり,事故がない場合や飲酒量が少ない場合等を停職処分の対象として想定したものではない。服務監通知は,懲戒指針の改正により飲酒運転は原則免職とした取扱いをさらに徹底したにすぎないものであり,懲戒指針に掲げる基準を恣意的に解釈し,運用しようとしたものではない。

被告としては,酒酔い運転と酒気帯び運転を区別すれば,飲酒運転に関する職員の意識に甘さが出る可能性を考慮し,飲酒運転に対する抑止効果を減退させるおそれがあることから,あえて区別しないことにしたのである。職員の処分は,任命権者が判断するものであって,人事院の指針の考えを参考にしなければならない理由はない。また,酒酔い運転と酒気帯び運転は道路交通法上の区別にすぎず,懲戒処分は,組織の規律維持のために非行のあった職員に対して行う制裁であり,道路交通法の考え方等に拘束されるものではない。そもそも,飲酒運転は,人命に直接関わる悪質な違法行為であり,とりわけ法令を誠実に遵守し,市民の範となるべき公務員がそのような違法行為を行うことは,結果的に市民への損害が生じなくとも,行為そのものが厳しく非難されるべきものである。

平成18年10月7日の時点において,事故を伴わない酒気帯び運転自体について,原則免職としていた自治体は,57自治体中21自治体であり,平成18年度下半期以降は,本件事案と同じように酒気帯び運転で無事故の事案でも懲戒免職とする自治体が多数存在した。

原告が引用する裁判例等は,本件とは事案が異なり,本件事案と比較することは妥当ではない。

ウ 以上のことからすると,京都市長が本件処分をしたことに裁量権の濫用や逸脱があるとはいえない。

第3当裁判所の判断

1  本件処分の違法性について

(1)  地方公務員法は,29条1項所定の懲戒事由がある場合に,懲戒処分をすることができる旨規定するが,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかについては,公正でなければならないこと(同法27条1項),平等に取り扱われなければならないこと(同法13条)等一般的な規定を設けるのみで具体的な基準の定めはない。

したがって,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の当該行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを,その裁量に基づき決定することができるものと解される。

もっとも,上記意味での裁量権があるといっても恣意にわたることは当然許されないのであって,懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合には,その懲戒処分は違法であると判断すべきである(最高裁昭和52年12月20日第3小法廷判決・民集31巻7号1101頁)。

以下,上記観点から,本件処分の違法性について検討する。

(2)  原告の本件非違行為は,以下のとおりその態様が悪質であり,社会に与えた影響も考えると,厳しく非難されるべきである。

ア 本件処分の事由となった行為は,酒気帯び運転,一方通行規制に従わない通行禁止違反,免許不携帯及び自動車登録番号標等の表示義務違反である。原告の飲酒量は,飲酒検知時に呼気1リットル中0.4ミリグラムと測定されたことからすると,相当程度の量であり,かつ,一方通行を逆走するなど重大な交通事故に結びつく危険性が高く,悪質な態様であった。

イ 原告が飲酒運転等をしたのは,新規購入した自動二輪車に乗りたいという安直な動機に基づくものである。飲酒運転の危険性やこれに対する社会一般の非難の度合い,原告が被告から再三,飲酒運転をすれば原則免職となる旨を告げられていたことを考え合わせると,その動機に酌量の余地はない。

ウ 原告は,現場で違反自体を曖昧に済ませようという意識から,自分は無免許であると言い張るなど不適切な態度に終始しており,飲酒運転後の情状も悪い。

なお,この点について,原告は,上記事情を本件処分の根拠とすることは許されないと主張するが,本件処分の原因となった本件非違行為の一事実あるいはその情状として処分理由となっていることは明らかであることから,原告の主張は採用できない。

エ 被告においては,本件処分当時,職員の不祥事が多発しており,原告の本件非違行為により,社会に少なからず影響を与えたといえる。

オ 以上の事情からすると,京都市長が,市政改革という点にも重きを置いて,原告に対し,懲戒免職をもってやむを得ないと判断し,本件処分をしたのも理解できないではない。

(3)  しかしながら,原告にとって考慮すべき以下の事情もある。

ア 原告は,被告に採用されてから本件処分が下されるまで10年間,被告による懲戒処分を受けたことはなく,公務員として特段問題のない勤務状況であり,飲酒運転等を繰り返していたような事情も窺われない。

イ 本件非違行為は人身事故,物損事故を伴っておらず,飲酒運転等による具体的な被害結果はなかった。

ウ 本件非違行為は原告が担当していた社会福祉関係の職務と関係するものではなく,私生活上の行為に付随する行為であり,原告が管理職でもないことからすると,そうでない場合に比べ,社会に与える影響は比較的少なかった(道路交通法等各種の警察行政法規の遵守・徹底を本来の職務とする警察官の飲酒運転あるいは生徒に法令遵守を教え諭す立場にある教育公務員等の飲酒運転とは,その問題性の程度にも自ずから差があるというべきである。)。

エ 証拠(乙3)によれば,本件非違行為のあった平成18年10月7日当時,事故を伴わない酒気帯び運転のみでは懲戒免職処分としない(基準及び運用上,免職を予定していない)自治体は,57自治体中18自治体と相当数存在した。

(4)  飲酒運転について懲戒処分を定める各自治体の処分基準を検討しても,全てが一律に免職,停職等を規定しているのではなく,勤務先の自治体に飲酒運転した事実を速やかに報告したか,人身事故・物損事故を伴うものであったか否か,各勤務先の自治体でどのような職務に従事していたか(公務の職種によっては一般市町村民からその言動が模範となるべきものとみなされている職務から,必ずしもそうでない職務まで多種多様の職務が存在する。)等種々の事情を勘案した上で,具体的な懲戒処分を決していることが認められる(甲7)。

そして,飲酒運転以外の非違行為であっても,飲酒運転と同等あるいはそれ以上に公務の公正さ・公務員に対する信頼等を損なう行為が存在するのであるから,飲酒運転についてのみ具体的事情を考慮することなく一律に懲戒免職の扱いとすることは,飲酒運転以外の非違行為により懲戒処分にする場合と,その扱いが異なることになり,処分事情をどの範囲で考慮するかという点で不公平な扱いとなる可能性が存する。

(5)  また,本件全証拠をもってしても,原告が,被告から処分の公表によって自らの襟を正す気持ちがあるかどうかについて意見を求められた形跡は窺えない。

この点,市政改革を徹底する見地からは,予め事案によっては処分を公表することを含む処分基準を定め,これを職員に周知した上で実際の処分の事例について事案に応じた処分の公表を行うこととするとか,処分の公表に同意するかどうかも含めて懲戒免職処分を選択するのかどうかを審査することによって原告も含めた職員の意識の引き締めを図る方法もあり得る。これに懲戒免職処分が公務員という地位を剥奪し,退職手当も一切受け取ることができなくなるという過酷な処分であることを考慮すると,原告が懲戒処分の公表によって自らの襟を正す気持ちがあるかどうかを確認することなくなされたという点においても,問題性があるといわざるを得ない。

(6)  以上に述べた点を総合考慮すると,本件処分は社会観念上著しく妥当性を欠くものとして裁量権を濫用したといわざるを得ない。

したがって,本件処分は違法なものとして取消しを免れない。

2  結論

以上によれば,本件処分は取り消されるべきであり,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻本利雄 裁判官 和久田斉 裁判官 戸取謙治)

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