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京都地方裁判所 平成21年(行ウ)9号 判決 2011年9月28日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

京都社会保険事務局長(以下「京都局長」という。)が原告に対し平成20年9月3日付けでした懲戒処分(2月間俸給の月額10分の2の減給)を取り消す。

第2事案の概要など

1  事案の概要

本件は,京都の社会保険事務所で勤務していた原告が,社会保険庁長官の許可を得ることなく職員団体の業務に専ら従事していたことを理由として,京都局長から2月間俸給の月額10分の2の減給とする懲戒処分(以下「本件処分」という。)を受けたことについて,本件処分は違法である旨主張して,本件処分の取消しを求める事案である。

2  前提事実(争いがないか証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)

(1)  原告は,昭和63年1月1日下京社会保険事務所(以下「下京事務所」という。)に採用され,平成8年11月1日舞鶴社会保険事務所業務第一課業務第一係長,平成12年11月1日下京事務所業務第二課業務第二係長,平成14年4月1日同所業務第二課医療相談官,平成17年12月12日同所徴収課社会保険調査官,平成19年9月1日同所徴収課社会保険徴収専門官を歴任していた。

また,原告は,平成12年11月,職員団体である全厚生職員労働組合京都支部(以下「組合京都支部」という。)の書記長に就任し,以後,平成20年10月まで務めていた。

原告は,本件処分を受けるまで,他に懲戒処分や矯正措置を受けたことはなかった。

(2)  社会保険庁総務部職員課長は,平成19年12月6日,同庁職員の服務違反について調査することを地方社会保険事務局長に通知(以下「本件通知」という。)し,本件通知に基づいて下京事務所においても無許可専従等に関する調査(以下「本件調査」という。)が行われた。調査は,管理者調査,行為者調査,第三者(同僚等の職員)調査があった。

(甲3,乙10)

(3)  京都局長は,本件調査の結果を踏まえ,平成20年9月3日,原告に対し,国家公務員法(以下「国公法」という。)82条1項各号の規定による懲戒処分として,2月間俸給の月額の10分の2を減給した。処分の理由は,「下京事務所業務第二課業務第二係長であった平成12年11月から平成14年3月までの間及び下京事務所業務第二課医療相談官であった平成14年4月から平成17年1月までの間において,社会保険庁長官の許可を得ることなく,職員団体の業務に専ら従事し,また,その間,給与の支払を受け続けたものである。こうした行為は,信用失墜行為を禁止した国家公務員法99条,職務専念義務を規定した国家公務員法101条1項並びに職員団体の業務への専従及び給与を受けながら職員団体のための業務を行うことを禁止した国家公務員法108条の6第1項及び6項に違反する行為であるとともに,国民全体の奉仕者として有らざるべき行為であると言わざるを得ない。」というものであり,原告に対し,その旨記載した処分説明書(甲1の1)を交付した。

(4)  平成22年1月1日,日本年金機構法が施行され,社会保険庁,地方社会保険事務局及び社会保険事務所が平成21年12月31日をもって廃止される(日本年金機構法附則70ないし72条)のに伴い,原告は,同月25日付けで分限免職処分を受けた。なお,原告は,日本年金機構の職員として採用されなかった。

(5)  原告は,平成20年10月29日,本件処分に対し人事院に審査請求を行った(平成23年9月1日,原告に対する本件処分を承認する旨の判定がされた。)。

3  争点及び争点に対する当事者の主張

本件の争点は,原告に対する本件処分が違法であるかというものである。原告は,違法事由として,本件処分の事実誤認,判断過程の違法(他事考慮・考慮すべき事項の不考慮),適正手続違反(調査方法の違法,聴聞・弁明等の手続の瑕疵),本件処分の理由不備,平等原則違反,信義則違反を主張する。

(原告の主張)

(1) 本件処分の事実誤認

ア 原告は,下京事務所業務第二課の業務を現実に行っていた。

原告が所属していた下京事務所の職員の実際の担当業務は,本来の事務分掌とは異なる業務も多く含まれていたため,形式的な事務分掌の定めのみをもって,原告に職務専念義務が課される業務の範囲を画することは実態に反する。

原告は,下京事務所3階の男子休養室において,京都社会保険事務局(以下「京都局」という。)との折衝やその準備行為を行うとともに,業務第二課の業務行為も行っていた。すなわち,外線電話への対応,書類の整理,会計検査院の検査等に対応する臨時的業務等を行っていた。

被告は,原告が業務第二課の業務をしていなかった根拠として,①原告が決裁手続に関与した形跡がないこと,②原告が超過勤務をしていないこと,③原告が出張をしていないことを挙げる。

しかし,①については,原告は,主たる業務として一般届書の入力前審査や決裁後の書類の編綴などを行っており,これらの業務内容上,そもそも原告が決裁手続に関与することがないにすぎない。②については,超過勤務について事前に職員が上司に対し内申を行い,上司がこれを認める形式をとっており,本人が上司に申告しない限り超過勤務が記録されないため,実態としてはサービス残業が横行していたところ,原告も超過勤務を行っていたが,内申を行っておらず,記録が残っていないだけである。③については,原告は多数回の出張を行っており,出張命令を拒否したことなどなく,そもそも,出張の回数と職務を行っていたか否かは関連性がない。なお,平成16年以降,京都局が組合京都支部との事前協議等をしなくなったため,原告を窓口とする折衝等が著しく減少し,そのことにより原告が本来業務に費やす時間が増えたが,これは原告が京都局から要請されていた業務と本来業務との割合の変化にすぎず,原告から現場復帰の報告などは行っていない。

イ 原告は,業務第二課の業務のほかは,京都局の要請に基づく組合京都支部と同局との折衝等を行っていたのであり,職員団体の業務に専ら従事していた事実はない。折衝やそれを行うために必要な準備行為は原告の業務に属するものである。

組合京都支部は,行政サービスの向上,民主的で効率的な行政の実現,労働条件の改善を基本的な立場として,行政サービスの拡充をめざす事務所構想,行政サービスの向上をめざす窓口課の設置,業務の効率化を意図する業務の集約化や組織・機構の見直しなど積極的な提案を行った上で京都局との実効的な協議を重ね,その円滑な実施を図ってきたのであり,組合京都支部がしてきた行為は,実際には業務行為そのものであった。そして,京都局は,同局の方針に対する職員間の意見調整や効果の検証について,提案という形で職員団体である組合京都支部に依頼することを常としており,交渉事項は賃金や勤務条件など職員団体本来の要求も含まれていたが,中心は業務に関わる事項が占めることが多く,業務運営上有効に活用されてきたといえる。

原告は,組合京都支部の書記長として,業務の円滑な推進を目的とし,現にそれに寄与してきたのであり,京都局の企画・立案・調整部門の本来業務を肩代わりしていたのであるから,まさに本来の業務そのものをしてきたといえる。特に,平成14年4月から国民年金収納事務等の実施主体が,市町村から被告(社会保険事務所)へ移行することに伴い,業務量の増加に対応するため,事務の効率化・集約化を図る必要があったところ,京都局においても,徹底的な効率化を進める議論が始まっており,原告を介して問題点の整理に努めるなどした。京都局は,適切な人員配置の確認等円滑かつ効率的に業務運営を行う必要があり,自らでは行うことができない職員の意見聴取等について,原告に指示,依頼していたのである。京都局は,原告との折衝及びその準備行為を,組織上,京都局長が行う最終的な意思決定に活用できるように位置付けてきたのである。このように,折衝の内容は,個別の職員から社会保険庁全体に関わるものに及び,いずれも円滑に業務運営を行うという観点からなされたものであった。そのため,原告の事務分掌は軽減されており,京都局との折衝及びその準備行為を優先的に行うこととされていた。当時,京都局自身が原告の行為が違法であるとの認識を有しておらず,誰に対しても何らの処分もしていなかったことからも,業務行為であったことが裏付けられる。

被告は,京都局と組合京都支部との折衝が,不適切な慣行であったと主張するが,折衝の量と新規の施策の実践の量が比例しており,京都局が,職場の実態や業務の実態を全く把握できていなかったこと,原告をして実態調査をさせなければ施策を実行する力を持っていなかったことなどからすると,折衝は必要性に裏付けられた行為であり,不適切な行為であったとはいえない。なお,被告は,労使間の慣習として,京都局が組合京都支部に対し,事業運営の説明や意見聴取を行ったことはあったとして,原告の具体的行為の一部を認めながら,当該行為の法的性質及び適法性については,本件処分が裁量逸脱にあたるかの判断とは無関係であるとして,回答を拒否しているが,これは被告が,原告の行為を適法であると認めざるを得ないということにほかならない。

被告は,原告に対し,組合京都支部としての意見のとりまとめを依頼していない旨主張するが,事業運営の説明や意見聴取は京都局の側に必要性があってやっていたことであるから,説明をし,意見を聴取しておきながら,その中間にある意見の集約について,組合京都支部が勝手にしていたということにはなり得ない。

ウ 仮に,原告の行為が業務行為と評価し得なかったとしても,国公法108条の5第8項の適法な交渉に当たり,勤務時間内に行うことができるものであった。同法108条の5第3項は,国の事務の管理及び運営に関する事項を交渉の対象とすることができない旨規定しているが,このような管理運営事項であっても,それが職員の労働条件に関わることとなったときは,その労働条件の観点からこれを交渉対象とすることは何ら禁止されておらず,実際には交渉の範囲は極めて広範である。

また,予備交渉は,京都局と組合京都支部の担当者間で交渉の議題,時間,場所その他必要な事項を決めるものであり,その目的のためであればその範囲に制限はされておらず,適法な交渉に付随するものとして,勤務時間内に行うことができる。原告は,京都局が提示した議題について京都局との本交渉に臨むため,提案内容を把握し,意見集約手順を確認の上,提案内容の整理,職場周知資料作成,意見集約作業等を行い,さらに,本交渉後は本交渉結果の周知まで行っていた。これらは,いずれも京都局との本交渉及び本交渉後の業務を円滑に進めるために必要不可欠な行為であって,適法な予備交渉の範囲を逸脱するものではない。

よって,組合京都支部の交渉担当者であった原告が本来業務の他に勤務時間内に行ってきたのは,京都局から様々な施策について意見を求められる際の京都局との本交渉,組合京都支部の意見を取りまとめる前後の予備交渉等であり,不適法な時間内組合活動はなかった。

(2) 他事考慮,考慮すべき事項の不考慮

ア 本件処分は,年金記録問題発生の責任を職員団体に負わせようとする被告の意図に基づき,本来考慮すべきでない事項を考慮し,考慮すべき事項を考慮せずになされたものであるから,その判断過程は極めて不合理であって裁量を逸脱しており,本件処分は違法である。

イ 本件処分をなすにあたり,被告が念頭に置いていたのは,いわゆる年金記録問題に端を発する社会保険庁に対する国民的批判の中で,批判の矛先を歴代の政府や同庁幹部職員から逸らすため,職員団体のヤミ専従があたかも年金記録問題の原因であるかのごとく世論を誘導しようとするものであった。このような意図・目的があったからこそ,原告の無許可専従行為が平成12年の時点であったとしながら,約8年以上も経過し,年金記録問題が話題を集めた後である平成20年になって突然処分に踏み切ったのである。

さらに,後記のとおり,被告は,杜撰かつ誤導的な調査を行い,原告が無許可専従行為を行ったことを上司らが認めたかのような調書を作出したことからも,被告が何としても処分を行おうとしていたことが読み取れる。

ウ 平成20年7月29日に日本年金機構の基本計画が閣議決定され,職員団体の中心的メンバーを懲戒処分に付し,日本年金機構から排除しようとする被告の方針が明確となっていたところ,原告は,その後,結果として日本年金機構に採用されなかった。つまり,本件処分は,単なる減給処分にとどまらず,実質的には原告を日本年金機構から排除することを目的としたものである。また,懲戒処分をするに際し,原告が日本年金機構の職員にならず,分限免職処分をすることも方針として定まっており,本件処分の目的は分限免職処分にもある。

このように,本件処分は,懲戒処分の本来の趣旨から逸脱して,原告の身分の剥奪まで含んだ過酷な二重,三重の処分を行うというものであり,処分権者の裁量をはるかに逸脱し,違法である。

エ 原告の行為は,そもそも京都局が職員団体の活動を利用してきたからこそ惹起されたものであって,仮に,無許可専従に該当する行為が存在したとしても,それは京都局の責めに帰すべき事由であり,長年にわたって慣行的に行われてきた行為について,何らの処分もなされてこず,処分の客観的・合理的理由がなくなったことも考慮しなければならないところ,これを一切考慮しておらず,違法である。

オ 仮に,原告に対して何らかの措置が必要であったと仮定しても,懲戒処分に至らない矯正措置としての訓告とすることもでき,実際,京都の社会保険事務所において訓告とされた者も存在するにもかかわらず,原告に対しては懲戒処分が下された。

さらに,管理者側で懲戒処分を受けた者は27名中3名にすぎず,うち2名は年金に関わる機関に再就職している。また,原告の折衝の相手方は誰一人処分を受けていない。

したがって,本件処分は,本来考慮すべき事項を考慮しなかったためになされたものであるから,裁量権濫用にあたり,違法である。

(3) 適正手続違反

ア 調査方法の違法

(ア) 本件処分は,正確な事実を把握するための適切かつ合理的な方法による事実調査を経ておらず,裁量を逸脱しており,違法である。

具体的にどのような方法で調査・事実認定を行うかは法には規定されておらず,処分権者の裁量に委ねられているが,全くの自由裁量ではなく,処分権者は,恣意的な事実認定が行われないよう,適切かつ合理的な方法で事実の調査と処分理由を認定する義務を負う。

(イ) 本件処分の基となった事実に関する調査に際しては,業務行為,適法な「勤務時間内組合活動」,違法な「勤務時間内組合活動」及び「無許可専従行為」という異なる概念・行為の境界を一切曖昧にしたまま調査が行われた。また,平成20年5月16日,社会保険庁より,「社会保険庁職員の服務違反に関する情報提供の依頼について」と題したメールを通じて全職員に情報提供が喚起されたが,この際,国家公務員法108条の5及び人事院規則17条2項の条文が掲載されたが,同条で許容される行為と許容されない行為の区別についての説明は何ら行われなかった。つまり,無許可専従行為を調査する側である被告が,処分すべき無許可専従行為の定義を理解しないまま一連の調査を行っているのであり,その調査がずさんであることは明らかである。

事実の有無に関しても,原告の行為の実態を明らかにしようとする丹念な調査が全くなされなかった。原告の行為の認定に関して,当時の業務関係書類への押印の有無があげられているが,業務関係書類は調査時点では保存年限を過ぎており,ほとんどが廃棄済であり,わずかに残った一部の書類は,限られた担当者とその上司のみが押印を行うものであり,そこに押印が見られないことをもって,業務に携わっていなかったとみるのは不可能である。また,原告の超過勤務や出張の有無からも,原告の無許可専従行為を推認することは全く不可能である。

そして,原告が無許可専従を行ったことを前提にした不適切な質問や,回答不能な質問が繰り返された。被告側に,違法行為の自白を強要しようとする意図があったのであり,原告が無許可専従行為を行ったのか,行っていないのかを,公平な観点から明らかにするような調査は一切なされなかった。また,原告に対し,調査への回答が業務命令としてなされ,ヒアリング調査では,すべての管理者から無許可専従の事実があるとの回答があったと告げられたが,実際には,135人のうち9人の管理者から事実があるという回答があったにすぎず,事実に反する調査が行われた。

(ウ) 本件通知において,第三者調査は,管理者調査と行為者調査の結果が異なった場合に初めて実施されるものであると規定されているにもかかわらず,管理者調査及び行為者調査を終える前から既に処分対象者を特定した上で実施されており,調査があらかじめ方向付けられたきわめて恣意的なものであることを露呈している。

また,管理者調査は,原告が無許可専従をしていたことを認定しようとした調査担当者による威嚇と誘導によりなされ,適正なものとは到底いえない。なお,管理者調査において,下京事務所の管理者の回答が多数となっているが,同管理者は,原告と折衝する立場にはなく,原告の行動について正確に証言しうる立場にはない。

イ 聴聞・弁明等の手続の瑕疵

公務員の不利益処分について,最高裁判所平成4年7月1日判決・民集46巻5号437頁は,憲法31条から直接,行政手続に関する適正手続保障を導きうることを示した。行政手続法が,公務員について適用除外を定めているのは,公務員に対する処分が一般の行政処分とは異なる特殊性を有しているために,その手続は一般法である行政手続法ではなく国公法自身が定めるのが望ましいという考えに基づくものである。

しかるに,国公法が,聴聞・弁明等に関する規定を置いていないのは,同法の不備であって,この場合,憲法31条から導きうる適正手続保障の要請がこれを補完しうると考えるべきである。

そして,本件処分は,形式的には減給処分であるが,日本年金機構への不採用,分限免職処分という二重・三重の不利益が伴い,身分剥奪という重大な効果を生じるものであること,公務員の不利益処分について事前手続を経ないで処分しなければならないほどの緊急の必要性が認められる事態が現実的にはほとんど想定することができないことからすると,原告に対して予想される処分の内容と処分理由を事前に告知し,それについて被処分者が十分な主張・反論と立証をなす機会とを保障することが必要であった。

しかし,本件調査では,適正手続として求められる聴聞,弁明の機会等に値するようなことはなされなかった。

したがって,本件調査が,憲法31条の要請する適正手続保障を満たすものであったということはできず,本件処分は適正手続に反し,違法である。

(4) 本件処分の理由不備

処分理由が示されない懲戒処分は,処分庁の恣意を許すものとなり,被処分者が権利救済を求めることを困難にさせるため,裁量を逸脱した違法なものといえる。理由提示の程度・内容としては,いかなる事実関係の基にいかなる法規を適用したかが記載自体から分かる程度に具体的なものであることが必要である。特に,本件処分は,最終的には日本年金機構からの排除,分限免職処分という二重・三重の重大な不利益が課される処分なのであるから,これに対応したより詳細な理由提示が求められるというべきである。

しかし,本件処分では,いかなる事実関係の基にいかなる法規を適用したかが処分説明書の記載自体からは分からず,理由提示を欠いているといえ,違法である。すなわち,本件処分にあたり,「専ら従事」というのが,どの程度の時間及び期間にわたり職員団体の業務に従事したことを示すのかが全く分からない上,実際にどのような具体的な行為を行ったのかも不明である。前記のとおり,被告がずさんな調査をしたことにより,原告の行為を具体的に特定できなかったのであり,事実の特定を欠く。

(5) 平等原則違反

国家公務員法27条,74条1項,人事院規則11-4第2条によれば,国家公務員の身分保障は,公務の安定的な運用という国民全体の公共の福祉に立脚した観点から,また,処分の著しい不利益性という個々の公務員の人権という観点から,強固になされなければならず,いかなる場合においても公正や平等に反する取扱いは許されない。

しかし,前記のとおり,原告の上司や,折衝の相手方はほとんど処分を受けておらず,このような偏頗な取扱いは上記原則に反し,違法である。

(6) 信義則違反

原告の折衝業務は,京都局の業務について,職員間の意見調整や効果の検証を職員団体の協力を得て行うという労使慣行として行われたものである。そして,当該慣行は,京都局の要請に基づいて行われたことなどの経緯を踏まえれば,当該慣行に基づいて原告が行った行為を後になって無許可専従行為として懲戒処分に付することは著しく信義則に反し,違法である。

(被告の主張)

(1) 本件処分の事実誤認について

ア 京都局長は,平成12年11月から平成17年1月までの間(以下「本件期間」という。)において,原告が所属していた下京事務所業務第二課で作成され,原告もその処理を担当すべき各種書類を精査したが,原告がそれらの書類の決裁手続に関与した形跡はなかった。

また,本件期間において,原告が超過勤務をした事実は認められず,原告が下京事務所業務第二課の業務に関して出張した事実も認められなかった。なお,原告は,平成17年2月1日に同課の本来の業務に復帰しているところ,翌3月以降の勤務時間報告書によれば超過勤務が報告されており,平成17年3月より前と同月以降とで原告がサービス残業についての態度を変更したとは考えられず,超過勤務の内申を行っていなかった旨の原告の主張は失当である。

これらの事実は,原告が,下京事務所業務第二課の本来業務を行っていたとすれば当然あってしかるべき超過勤務や出張等が,本件期間において全くないということを示し,同所業務第二課の業務に関与していなかったことを示す重要な間接事実である。さらに,平成17年1月ころ,原告は,当時の下京事務所長や京都局次長等から,速やかに職務に復帰するよう勧められており,このことからも,それまで原告が無許可専従を行っていたことが認められる。

そして,京都局長は,本件期間における原告の管理者・上司・同僚に対する調査の回答・聴取結果,原告からの書面による回答・対面での事情聴取をした結果,原告が勤務時間の大半を下京事務所業務第二課があった1階ではなく,職員団体の書記局のあった3階にいて組合活動をしていたことなどが認められため,本件処分の理由を認めたものであり,本件処分に事実誤認はない。

原告は,会計検査院との面談の記録係や,書類の整理,電話対応等をしていた旨主張するが,会計検査院との面談の際には有給休暇を取得して出勤しておらず,書類の整理や電話対応についても長時間していたとは認められないことから,職員団体の業務に専ら従事していたとの認定を左右するものではない。

イ 原告は,所属長の命ずる事務分掌による業務に専念しておらず,京都局の企画・立案・調整部門の本来業務を肩代わりしていたとの活動内容は,組合活動と評価すべきものである。原告は,勤務時間中,主に,職員団体の活動のために提供され,実際に職員団体の資料等を置いていた下京事務所3階の男子休養室におり,職員団体の書記長の立場で,少なくとも2週間に1回,多いときには1週間に2,3回の頻度で,主として男子休養室において,長時間にわたり,国民年金業務の移管に伴う人員配置の問題,総合相談室の設置,夜間延長・休日年金相談の実施,謝金職員の事務分掌の軽減等の項目について,職員から集約した意見に基づき,京都局に対し,人員配置や各職場の勤務体制など,職員の勤務条件の維持や改善を要求し,ときには,京都局が職員団体側の要求に応じない場合には京都局側の提案を受けない姿勢で交渉に臨んでいたほか,京都局の発言に対し,京都局側の責任を追及して謝罪させることもあった。また,原告は,京都局と交渉を行っていないときでも,勤務時間中に折衝のために多くの資料を作成したり,折衝の結果を組合員に周知するための詳細な資料を作成するなどしていた。このような原告の行為は,組合京都支部の書記長の立場において,職員団体である組合京都支部の業務として行っていたものであり,原告が,勤務時間中に書記長として職員団体の業務を行っていたことは明らかである。

また,京都局は,職員団体に対して事業運営の説明や意見聴取を行っていたが,京都局の方針に対する職員間の意見調整や効果の検証を職員団体に依頼しておらず,職員団体に属する組合員間の意見調整等は,職員団体が,職員団体としての意見をまとめるために自ら行っていたものである。

国の事務の管理及び運営に関する事項は,交渉の対象とすることができない(国公法108条の5第3項)ため,事業運営の説明や意見聴取は当時の労使が慣行により行っていたものであり,国公法の規定する交渉ではなかった。

また,予備交渉(国公法108条の5第5項後段)は,議題,時間,場所その他必要な事項をあらかじめ取り決めるために行うものであり,本交渉は国の事務の管理及び運営に関する事項を対象とすることはできないから(同条第3項),予備交渉において交渉の議題を決める際にも国の事務の管理及び運営に関する事項を議題とすることはできないし,職員団体から不満の表明,意見の申出(同条第9項)を交渉事項としたいとの申入れがなされたとしても,それらは当局に申し出ることをもって足り,交渉の議題とした上で交渉により解決すべき事項とはいえない。原告の主張する折衝は,国公法が予定する予備交渉の範囲を超えるものとして許容されるものでないことは明らかである。なお,京都局から提案のあった議題について職員団体内で事前に検討する行為や,職員団体内の意見集約のための行為等は,京都局との交渉ではないから,予備交渉に含まれない。

(2) 他事考慮・考慮すべき事項の不考慮,信義則違反,平等原則違反について

ア 本件処分は,原告の国公法違反が判明したことに対し,懲戒処分を行ったものであり,原告を日本年金機構から排除することを目的とするものではない。また,平成20年7月29日付け閣議決定に係る「日本年金機構の当面の業務運営に関する基本計画(概要)」(甲16)において,分限免職回避に向けてできる限りの努力を行うとしており,懲戒処分を受けた職員を分限免職処分とすることが方針として決まっていたものではない。

そして,前記のとおり,原告に対する本件処分は根拠があること,職務専念義務違反行為及び無許可専従行為(本件処分に係る事実)は,それ自体懲戒処分の対象となる行為であること,その処分内容(2月間俸給の月額の10分の2の減給)も不当に重いものとはいえないことからすると,本件処分が他事考慮によりなされたものでないことは明らかである。

イ 国家公務員に対する懲戒処分は,当該公務員に職務上の義務違反,国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するため科される制裁であることからすると,行為から相当期間を経過していたとしても本件処分の客観的・合理的理由を失わしめるものとはいえない。そもそも,懲戒権者は,平成12年当時,本件処分の理由となった事実を明確に認識していたとはいえず,その当時において原告に対する処分を決定することも当然不可能であったのであるから,本件において,権利濫用法理を用いる事実的基礎を欠いているというべきである。

ウ 社会保険庁長官は,本件期間における京都局長,同次長,同総務課長及び下京事務所長を処分の対象者と認定した上,本件処分時に在職していた者に対しては懲戒処分(2月間俸給の月額の10分の2を減給)としており,原告のみを懲戒処分の対象としているものではない。なお,退職者についても2月間俸給の月額の10分の2に相当する金額につき自主返納を求めている。

そして,上記管理者以外の上司に対しても懲戒処分を行うべきか否かは懲戒権者の広範な裁量に委ねられており,懲戒権者の判断が裁量権を逸脱して違法であるとされるのは,社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合に限られる。本件において,上記管理者以外の上司等につき懲戒処分の対象としなかったことが,社会通念上著しく妥当を欠いていると評価されるものでないことは明らかである。

(3) 適正手続違反について

ア 調査方法の違法について

(ア) 本件調査は,本件通知に基づいて実施されており,手順に従って調査対象者に資料を交付して回答票又は調査票の作成を求めた上,回答票又は調査票において,無許可専従行為があったことを認めた者に対し,事実関係の確認のため聴取調査を行ったこと,原告の事務分掌が他の者に比べて極端に少ないこと,本来業務の出張がないこと,超過勤務実績がないこと,原告が書類に決裁した状況がないことなどから,原告が無許可専従行為をしていたことを認めたものであり,その調査の方法は適正である。

原告は,本件調査が,原告の無許可専従行為を認定する意図をもって誘導された旨主張するが,回答票による調査は,適正になされている。また,原告は,管理者調査の回答票は,原告が無許可専従行為をした事実がないのにそれをしたと認める内容とするよう強要されて作成されたものである旨主張するが,管理者は自らの認識に基づき当該記載をしたものと考えられ,その作成経緯に特段の疑義はなく,その記載内容が本件調査の適正を害するとはいえない。

また,第三者調査は,管理者調査及び行為者調査の後に行われ,調査手続に不備はない。

(イ) 原告は,本件調査における無許可専従行為の定義は曖昧であると主張するが,国公法108条の6第1項からすると,無許可専従行為とは,職員が,所轄庁の長の許可を受けることなく,職員団体の業務に専ら従事することをいうと解されるところ,本件処分における調査の定義はいずれも国公法に即したものである上,その内容も一般的な公務員が理解し得るものというべきであり,曖昧とはいえない。また,本件通知に記載された無許可専従行為の定義と勤務時間内組合活動の定義を比較すると,無許可専従が職員団体の業務に「専ら」従事していたとするのに対し,勤務時間内組合活動はそのような条件は付されていないのであるから,両者の区別が曖昧であるとはいえない。本件通知に記載された勤務時間内組合活動の定義は,勤務時間中におけるすべての職員団体の業務に従事したことを本件調査の対象とするのではなく,その中から,国公法108条の5及び同条の6で認められた勤務時間内組合活動を本件調査の対象から除く旨が明記されているのであって,勤務時間内に行われた組合活動を無限定に調査しているものではなく,本件調査の対象となる勤務時間内組合活動の範囲は明確である。

(ウ) 本件調査において,調査担当者が,原告に対するヒアリングの際,管理者調査によると全ての管理者から無許可専従の事実があるとの回答があったと述べたことはなく,仮にその旨告げていたとしても,その趣旨は,原告の本件期間における管理者全員(下京事務所長,次長,庶務課長)から無許可専従の事実があるとの回答を受けたという趣旨であり,事実に反することを述べたものではない。

また,原告は,書面における回答において無許可専従の事実はないなどと自らの言い分を記載し,対面での事情聴取において,ヒアリング担当者に対し,質問を投げかけて質問の意図を確認した上,自らの言い分を積極的に述べているなど,不公正な調査が行われていないことは明らかである。

イ 聴聞・弁明等の手続の瑕疵について

公務員の懲戒処分には,行政手続法の適用がなく(同法3条1項9号),国公法等に事前の聴聞・弁明の手続を要するとする規定が存在しないことに照らすと,懲戒権者が懲戒処分をするに当たって,処分の相手方に聴聞・弁明の機会を与えるか否かは,原則として懲戒権者の裁量に委ねられており,当該処分により与える不利益の程度が著しいなど,処分の相手方の権利保護のため聴聞・弁明の機会を与える特段の事情が認められるにもかかわらず,聴聞・弁明の機会を与えなかった場合に裁量権の逸脱があるとして当該懲戒処分が違法となるというべきである。

本件処分は,2月間俸給の月額の10分の2を減給するとの処分であり,免職処分といった公務員の身分を剥奪する重大な処分ではないことに照らすと,京都局長が本件処分をするに当たって,原告に聴聞・弁明の機会を付与しなかったからといって,裁量権の逸脱があるとはいえない。

また,本件処分の調査過程において,京都局長は,原告に対して事情聴取を行っているところ,その際,原告は自己の言い分を述べているのであり,当該調査が原告の主張するような不公正なものであるとはいえない。

なお,本件処分と分限免職処分は別個独立の処分であって,相互に法律上の関連性があるわけでもないから,本件処分が公務員の身分の剥奪に結び付く重大な処分でないことは明らかである。

(4) 本件処分の理由不備について

処分説明書の交付は,不利益処分を行おうとする際の手続であり,不利益処分の効力発生要件ではないから,処分の際に処分説明書の交付がなかった場合であっても,当該処分が違法となるものではない。したがって,仮に処分説明書による理由提示が不十分であったとしても,これをもって本件処分が違法となることはない。

また,国公法89条1項が処分説明書の交付を規定した趣旨は,不利益処分が慎重に行われることを担保するとともに,不利益処分を受けた職員の不服申立てを容易にするためであると解されているところ,本件処分に係る処分説明書(甲1の1)の記載は,不利益処分を受けた職員の不服申立てを容易にするという趣旨に則しているといえる。そして,その記載内容については,一定期間内の類型的な一連の行為を全体的に評価して処分事由とする場合には,その処分事由については概括的にこれを示せば足りるものと解されており,当該処分説明書の記載で十分足りていると解すべきである。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前提事実,証拠(甲1ないし24,26,28ないし31,34,乙1ないし5,8,10ないし24,26ないし28,36〔以上,いずれも枝番があるものは枝番を含む。〕,証人A,証人B,証人C,証人D,証人E,分離前相原告F,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(各認定事実の末尾に,認定に使った主な証拠を掲げた。)。

(1)  原告の所属していた組織の状況

ア 原告は,昭和63年1月1日,下京事務所に採用され,以後,京都府下の社会保険事務所において勤務していた。

原告は,平成12年11月1日から平成14年3月31日まで下京事務所業務第二課業務第二係長,同年4月1日から平成17年12月11日まで下京事務所業務第二課医療相談官の職にあった。

(甲29)

イ 原告が所属していた下京事務所の組織は,別紙「下京社会保険事務所」(ただし,平成13年1月1日現在のもの)のとおりであり,所長,次長,業務次長及び副長が置かれ,業務次長の下に業務第一課,業務第二課及び業務第三課が置かれていた。

原告の属していた業務第二課の事務の範囲は,①健康保険及び厚生年金保険の事業所の適用に関すること,②健康保険及び厚生年金保険の被保険者の資格及び標準報酬に関すること,③健康保険の被扶養者の認定に関すること,④健康保険被保険者証及び年金手帳の作成及び交付に関すること,⑤健康保険の保険給付の承認及び決定に関すること,⑥健康保険及び厚生年金保険の統計に関すること,⑦その他健康保険及び厚生年金保険に関し,他の課の主管に属さないものであった(ただし,②ないし⑥については京都市南区の一定の区域に係るものに限る。下京事務所の内部組織に関する規程10条1項,別表第1)。そして,係長の職責は,上司の命を受けて,その係に属する職員を指揮監督し,係の事務を掌理すること(同8条3項),専門職である医療相談官の職責は,①保険診療に関する相談及びこれに関連する関係機関との連絡調整に関すること,②その他保険診療に関する事務のうち,社会保険事務所長が必要と認める事務を処理すること(同10条2項,別表第2)であった。

(乙1の1ないし5,2の1ないし6,証人D)

ウ 京都局の組織は,別紙「京都社会保険事務局」のとおりであり,局長の下,次長,総務課長,保険課長及び年金課長が置かれ,総務課長の下には主幹及び副主幹が置かれていた。京都局における会議としては,局長,次長及び上記3課長で構成する課長会議があり,その下の会議としては,局長,次長,上記3課長,主幹,副主幹,課長補佐,年金調整官,医療管理官等で構成する局内会議が月1回開催されていた。

エ 京都局の各課長が,各社会保険事務所の担当課長を集め,そこで京都局の意向を伝えるとともに,各社会保険事務所からの状況や意見を集約することが月1回程度行われていた。

各社会保険事務所では,所長,次長,課長等で構成する所内会議があり,京都局の方針は,所内会議を経て各職員に伝えられ,各職場の状況や意見については,各課長から所内会議を経て京都局に伝えられていた。

(甲26,28,証人D,証人E)

(2)  組合京都支部の組織等

ア 組合京都支部は,支部長,副支部長,書記長,書記次長,執行委員等の役員で構成されていた。組合の役員は,組合の選挙管理委員会が選挙の告示を行って立候補者を募り,各組合員が立候補者に対して投票することによって選出されていた。任期は1年であり,毎年10月に選挙が行われていた。

(甲30,分離前相原告F,原告本人)

イ 原告は,前任のR書記長が退任することを知り,平成12年10月,選挙管理委員会に立候補届及び決意文書を提出し,組合京都支部の書記長に立候補した。

原告が書記長に立候補した際,他に立候補者はおらず,原告が書記長に就任した。原告は,書記長の前には書記次長の役職にあり,組合京都支部では,書記次長が次期の書記長となることが多く,複数の候補者が立候補することはほとんどなかった。

組合京都支部の書記長は,業務が軽減され,京都局と交渉しやすいように,下京事務所に配属される慣行となっていた。

(甲30,分離前相原告F,原告本人)

(3)  職員団体の交渉に関する規定等

ア 交渉

国公法108条の5第1項,5項及び8項により,登録された職員団体は,当局との間で職員の給与,勤務時間その他の勤務条件に関して交渉することができ,この交渉は,職員団体と当局があらかじめ取り決めた員数の範囲内で,職員団体がその役員の中から指名する者と当局の指名する者との間において,議題,時間,場所その他必要な事項をあらかじめ取り決めて行うものであり,適法な交渉は,勤務時間中においても行うことができるとされている。

交渉の員数,議題,時間,場所などをあらかじめ取り決める準備手続についても,いわゆる予備交渉として勤務時間中においても行うことができると解されている。

イ 職員団体のための職員の行為

(ア) 在籍専従

国公法108条の6第1項により,職員は,所轄庁の長(本件の場合,社会保険庁長官)の許可を受けた場合においては,登録された職員団体の役員として当該団体の業務に専ら従事することができるとされている。

同条2項,3項,5項及び6項,国公法附則18条並びに人事院規則17-2(職員団体のための職員の行為)8条により,専従許可は,所轄庁の長が相当と認める場合に与えられ,所轄庁の長は,許可するに当たって,その有効期間を定めなければならず,専従許可を得て専ら従事する期間は,職員としての在職期間を通じて7年以内とされ,専従許可を受けた者は,休職者とされ,給与は支給されない。

(イ) 短期従事

国公法108条の6第6項及び人事院規則17-2第6条により,職員は,所轄庁の長の許可を受けて,登録された職員団体の役員又は登録された職員団体の規約に基づいて設置される議決機関,投票管理機関若しくは諮問機関の構成員として,勤務時間中当該団体の業務に従事することができる。この許可は,所轄庁の長が公務に支障がないと認めるときに有効期間を定めて与えられ,許可の有効期間の単位は,1日又は1時間で,1年を通じて30日以内とされている。この許可を受けた職員は,その有効期間中,職務に従事できず,その期間は給与が減額される。

(4)  原告の勤務時間中の行為等

ア 原告は,本件期間(平成12年11月~平成17年1月)において,下京事務所の1階の業務第二課に席があったものの,3階の男子休養室にいることが多かった。3階の男子休養室の一角には,組合京都支部のためのスペースがあり,机や本棚等の備品類や電話が備え付けられており,組合京都支部の事務所として使用されていた。

原告の分掌事項は,業務第二課業務第二係長をしていた平成13年4月1日時点の事務分掌表では,①課長職務の補佐に関すること,②適用関係業務に関すること,③新規適用に関すること,④総合調査に関することと定められ,業務第二課医療相談官をしていた平成14年5月20日以降の事務分掌表では,①課長職務の補佐に関すること,②課業務の取りまとめに関すること,③適用関係業務に関すること,④定時決定処理に関すること,⑤定時決定突合調査に関することと定められていたが,本件期間において,その業務内容に関して,他の職員のように具体的な担当地域の指定はなかった。

(乙3,4の1ないし5,5の1ないし7,証人C,原告本人)

イ(ア) 原告は,本件期間において,超過勤務の申請をしておらず,超過勤務はないものとされた。一方,平成17年3月以降は,ほぼ毎月数時間の超過勤務時間があった。

(乙8の1・2,24,27の1ないし9)

(イ) 本件期間において,適用事業所全喪届,被保険者加入期間照会申出書等の決裁文書について,下京事務所業務第二課の他の職員は数多くの決裁をしていたが,原告は決裁を全くしていなかった。

(乙26,証人A)

ウ 京都局と組合京都支部との交渉は,原則として年に1回行われ,京都局からは局長以下幹部職員が,組合京都支部からは支部長以下執行委員が参加して行われた。予備交渉は,主に京都局総務課主幹と組合京都支部書記長との間で2,3回,電話又は主幹が書記長の方に出向く形で行われた。

下京事務所と組合京都支部下京分会との交渉は,年に2回から4回程度行われ,下京事務所からは所長,次長及び庶務課長が,職員団体からは,下京分会長,組合京都支部の支部長及び書記長が参加していた。

原告は,こうした正規の労働条件に関する交渉のほか,京都局から,謝金職員の事務分掌の変更,国民年金業務の国一元化に伴う業務体制の見直し等の意見集約や,共済組合員に対して医療費の額等を通知するなど共済組合の事業運営に関する職場周知の依頼等を求められると,組合京都支部の執行委員との間で検討をし,職場における意見の取りまとめやその周知等を行っていた。また,原告は,京都局から,職員の超過勤務状況を知らされるなど職員の健康管理に関する事項についても協力して行っていた。

このように,原告は,組合京都支部の担当者として,職場における意見集約等を踏まえた上で,業務運営や職員の人員配置等を含む組織・事務分掌に関わることなどについても意見・要望等を述べ,それに対する京都局の回答を受けるなどして,京都局と交渉していた。

京都局としても,原告と交渉することによって組合京都支部の意向を知ることができ,それを踏まえて業務運営を決定するので,円滑に業務を遂行することができるほか,社会保険庁の決定は職員団体本部に詳細に告知され,職員団体本部を通して各組合支部に伝達されるので,原告との折衝を通じて,社会保険庁本庁の方針に関する情報を入手できるというメリットもあり,原告との折衝を重視していた。

原告と京都局の折衝に関して,京都局では総務課主幹が中心となり,場合によっては総務課長,国民年金関係であれば年金課長の下の役職である年金調整官も随行するなどして,下京事務所の男子休養室で主に行われ,その他同所の会議室,所長室等で行われることもあった。その回数は,2週間に1回程度から,多いときは1週間に2,3回行い,1回の時間は短くて2時間程度であった。原告は,京都局との交渉のために,数多くの資料を作成するなどして準備していた。なお,京都局側の折衝担当者は,折衝を業務として行い,下京事務所に赴く際も公用のタクシーチケットを使用していた。そして,原告と折衝した内容は,京都局の局内会議で報告されることもあった。

京都局では,基本的に,業務体制の変更を伴う新規施策等を行う場合には,組合京都支部との間で折衝を行っており,京都局と原告との折衝の結果,社会保険庁本庁から示された方針であっても,実現しない施策もあった。

(甲24の1ないし23,28,29,31,証人A,証人D,証人E,原告本人)

エ 平成17年1月中旬頃,京都局の当時のH総務課長及びI主幹は,原告に対し,平成16年7月に着任した社会保険庁長官の意向により京都局と組合京都支部との折衝を廃止する方針であることを伝え,平成17年1月下旬頃,下京事務所の所内会議において,原告が下京事務所業務第二課の業務をする旨が伝えられた。そして,原告は,同年2月1日以降,勤務時間中に職員団体の業務に従事することをやめ,下京事務所業務第二課の1階の席で職務に専念するようになった。

(乙27の1ないし9,28の1・2,37,証人C)

(5)  社会保険庁による調査等

ア 年金記録問題と年金記録問題検証委員会の報告

平成19年初め,社会保険庁が年金記録を正確に管理していなかったことが社会問題となり,総務省に年金記録問題検証委員会が設置され,外部有識者による年金記録の管理・事務処理について,経緯,原因,責任等の調査や検証が行われた。

年金記録問題検証委員会は,同年10月31日,報告書を公表し,年金記録問題の根本にある問題として,厚生労働省及び社会保険庁において,年金記録を正確に作成・保管・管理する組織全体の使命感,責任感が決定的に欠如していたことなど厚生労働省及び社会保険庁の基本的姿勢の問題を指摘し,年金記録問題の直接的な要因として,約5000万件の未統合記録の存在,入力ミス等による不備データの存在等を指摘し,年金記録問題の間接的な要因(組織上の問題)の一つとして,職員団体の問題(昭和50年代前半のオンライン化計画などについて,自治労国費評議会が,人員削減反対,労務強化反対,中央集権化反対との理由で強く抵抗したこと,当局と職員団体の間の多数の覚書,確認事項等が近年まで存在したこと)を指摘した上で,責任の所在として,歴代の社会保険庁長官を始めとする幹部職員の責任は最も重く,事務次官を筆頭とする厚生労働省本省の関係部署の幹部職員にも重大な責任があり,厚生労働大臣についても組織上の統括者としての責任を免れないとし,職員団体においても,職員の意識や業務運営に大きな影響を与え,ひいては,年金記録の適切な管理を阻害した責任があるとした。

(甲2)

イ 社会保険庁職員の服務違反に関する調査

政府は,平成19年8月,日本年金機構法に基づき,日本年金機構の外部委託の推進についての基本的な事項及び職員の採用についての基本的な事項に関する意見を整理することを任務とする年金業務・組織再生会議(以下「再生会議」という。)を設置した。

再生会議は,同年10月,「日本年金機構の『職員採用についての基本的な考え方』について(中間整理)」を公表し,その中で,過去に懲戒処分や矯正措置を受けた者については,その処分や措置を日本年金機構の職員としての採否を決定する際の重要な考慮要素とすべきであるとの考え方を示し,社会保険庁に対し,職員の服務違反全般についての調査を行うよう要請した。

同庁は,これを受けて,服務違反調査を実施することとし,同年12月6日付けで,総務部職員課長から各社会保険事務局長宛てに次の内容の調査を行うことを通知(本件通知)した。

(ア) 調査対象期間 平成9年4月1日から平成19年9月30日まで

(イ) 調査項目

無許可専従(平成9年4月1日以降の期間に社会保険庁長官の許可を受けないで,連続して1年以上の期間,職員団体の役員として専ら従事したものをいう。),勤務時間内組合活動(勤務時間中に許可を受けないで,職員団体の業務に従事することをいう。〔専従許可等を受けた場合,当局との適法な交渉に出席する場合等を除く。〕)等

(ウ) 調査対象者

① 管理者調査:平成9年4月1日以降に在籍した地方社会保険事務局の事務局長,次長及び総務課長並びに社会保険事務所長,次長(業務次長を除く。)及び庶務課長(事務所総務課長を含む。)又は同職にあった者

② 行為者調査:管理者調査において,服務違反をしていたとされる職員及び職員であった者

③ 第三者調査:無許可専従の調査において,行為者が当時所属した部署の勤務時間管理員(管理者調査の対象者を除く。),直属の上司,同じ課(係)の職員及び庶務課(総務課)の職員等の本人の勤務状況について把握が可能であった者(以下「同僚等職員」という。)

(エ) 調査の体制

公正な調査を実施するため,社会保険事務局に弁護士が参画する服務関係調査班(以下「調査班」という。)を設置する。構成員は,主査として事務局長,特別調査員として弁護士,主任調査員として次長,調査員として総務課長及び社会保険事務所長とする。

(オ) 調査の方法及び内容

① 管理者調査

現に在職する者と既に退職した者とに分け,それぞれ文書を送付して管理者調査を実施する。調査班は,管理者から回答票及び証拠書類等を回収し,無許可専従を認めていた又は黙認していた事実(無許可専従が疑われながら確認・指導を行っていなかった場合を含む。)がある場合等は,その内容について確認する。

② 行為者調査

調査班は,管理者調査の結果,行為者がいるとの報告があった場合は,回答票に報告の内容を記入し,行為者調査を実施する。行為者のうち現に在職する者について,所属長から今回の調査の趣旨を説明の上,調査を実施し,回答票を回収する。

③ 第三者調査

行為者のうち現に在職する者の当時の同僚等職員に対し,それぞれの所属長から今回の調査の趣旨等を説明の上,調査票を配布し第三者調査を実施する。調査班は,所属長が同僚等職員から回収した調査票を回収し,その内容について確認する。

(カ) 事実の確認

調査班は,上記(オ)の調査結果を踏まえ,服務違反の事実の確認を行うものとする。

管理者,行為者及び同僚等職員の申し出が一致するものについては,無許可専従の事実を確認し,事務局長が「最終報告書」に記入する。管理者,行為者及び同僚等職員の申し出が一致しないものについては,調査班は,管理者,行為者及び同僚等職員への聴き取り調査を行い,三者の意見が一致した場合には無許可専従の事実を確認して「最終報告書」を記入し,意見が一致しない場合は「調査経過報告書」にそれぞれの意見の内容等を記入するとともに,特別調査員の意見を付す。

(甲3,乙10)

ウ 京都局における調査(本件調査)

(ア) 管理者調査

平成19年12月,京都局に設置された調査班(以下「京都調査班」という。)は,社会保険庁の指示を受け,管理者調査を行った。

J(平成12年4月1日から平成14年3月31日まで下京事務所次長),B(平成12年4月1日から平成13年10月31日まで同所庶務課長),K(平成13年4月1日から平成14年3月31日まで同所長),L(平成13年11月1日から平成15年3月31日まで同所庶務課長),E(平成14年4月1日から平成16年3月31日まで同所長),M(平成14年4月1日から平成17年3月31日まで同所次長),N(平成15年4月1日から平成17年3月31日まで同所庶務課長),H(平成16年4月1日から平成19年9月30日まで京都局総務課長)は,原告について,無許可専従することを認めた又は黙認していた事実の有無について,「ある」との箇所に丸印を付して回答した(原告の無許可専従の期間につき,Jは平成12年4月1日から平成14年3月31日まで,Bは平成12年4月1日から平成13年10月31日まで,Kは平成13年4月1日から平成14年3月31日まで,Lは平成13年11月1日から平成15年3月31日まで,Eは平成14年4月1日から不明,Mは平成14年4月1日から平成16年〔月日は思い出せない〕まで,Nは平成15年4月1日から平成17年1月31日まで,Hは平成16年4月1日から平成17年1月31日まで,とそれぞれ記載している。)。このうち,Nは,「庶務課長として着任した平成15年4月1日から既に無許可専従行為をしており,無許可とは思っていなかった。平成17年1月頃,本人と面談した際,正式な専従職員になるのは組合費を相当上乗せしないと実施は困難である旨相談を受け,無許可専従職員であると認識した。翌日から現場に復帰してもらった。」旨を付記し,Kは,「専従は1名いたが許可されていたかは分からない」と付記した。なお,LびMは,「ない」との箇所に丸印を付した後に訂正し,「ある」との箇所に丸印を付して回答した。

O(平成16年4月1日から平成18年3月31日まで下京事務所長)は,原告について,無許可専従することを認めた又は黙認していた事実について,「ある」との箇所に丸印を付し,その後に「?」と記載し(原告の無許可専従の期間につき,平成16年4月1日から平成17年初旬と記載する。),「私自身が認めたわけではない。下京に着任した時から既にそういう状況にあった。指導は行った記憶はある。」と付記した。

一方,P(平成11年4月1日から平成13年3月31日まで下京事務所長)は,無許可専従することを認めた又は黙認していた事実の有無について,「ない」の箇所に丸印を付し,「許可を受けていたと認識していた」と付記した。

(乙11の1ないし10)

(イ) 行為者調査

京都調査班は,管理者調査の結果を受けて,原告に対する行為者調査を実施することにし,平成19年12月21日,「服務違反に関する調査について」(甲4)を交付した。原告は,同月28日,その回答票(甲5,乙13)において,「無許可専従の事実はない」との欄に丸印を付けて回答した。

(甲4,5,乙13)

(ウ) 第三者調査

京都調査班は,管理者調査及び行為者調査を踏まえ,平成20年1月,原告が無許可専従を行っていたとされた当時の下京事務所の同僚等職員8名に対して第三者調査を行い,無許可専従の期間が事実と相違ないか確認を求めたところ,2名は,その期間が異なるとして「事実と相違する」と回答し,6名は「分からない」とし,6名のうち3名は「許可を受けていたかが分からない」旨の付記をした。

(乙12の1ないし8)

(エ) 面談等による調査

a 京都調査班は,調査結果が一致しなかったことから,平成20年1月28日及び29日,K,O,J,M,B,N,E及びLの管理者8名並びに同僚等職員8名から事情を聴取した。管理者については,5名が,原告が勤務時間中の大半は男子休養室にいた旨述べ,残りの3名も,男子休養室にいるのを見たことがある旨述べた。同僚等職員については,6名が,原告が勤務時間中の大半は男子休養室にいた旨述べ,残りの2名も,男子休養室と1階の自席のどちらにもいた旨述べた。

京都調査班は,同月30日,原告に対し聴き取り調査を行ったところ,原告は,勤務時間中に組合機関紙の配布など短時間の活動を行ったことは認めたものの,1階の自席で本来の仕事をしていた旨述べた。

b 京都調査班は,原告が無許可専従を否定したことから,原告が業務第二課の業務に従事した状況を確認するため,平成12年度から平成16年度までの間における超過勤務命令簿等の文書の調査を行ったところ,平成12年11月から平成17年1月までの間,原告の超過勤務及び調査等業務による出張の実績が全くないことが判明した。

また,上記期間中の健康保険・厚生年金保険適用事業所全喪届等5種類の決裁文書がまだ保存期間内で残されていたが,その中には原告が決裁に関与したことを示す押印がある文書はなかった。

さらに,原告の平成16年度の超過勤務及び出張の記録を見ると,平成17年1月までの10か月間に超過勤務及び事務分掌表で定められた業務の出張が全くないのに対して,原告が同課で職務に専念するようになったとされる同年2月には事務分掌表で定められた業務の出張は3回,3月には4回,超過勤務は3時間となっていた。

c 京都調査班は,平成20年3月12日,原告に対し2回目の聴き取り調査を行い,前記bの事実を示しながら,管理者の黙認等の状況の下で無許可専従を行ったのではないかと質問したところ,原告は管理者及び上司の命に従って業務に携わっていた旨述べた。

d 京都調査班の特別調査員であったS弁護士は,平成20年4月10日,「管理者や同僚等職員の説明を聞き,原告の供述は自分への責任の回避又は軽減を考えた上でのものであり,重視しなくてよい。原告が他の職員と同じように職務を遂行しておらず,平成17年1月末日まで下京事務所の3階で組合活動をしていたのであり,許可を得た証拠がなければヤミ専従と判断される」との意見を提出した。

(甲29,乙14の1ないし8)

エ 社会保険庁職員の服務違反に関する調査報告

社会保険庁は,平成20年4月30日,平成19年12月以来行ってき一連の調査の結果をとりまとめたものとして,社会保険庁職員の服務違反に関する調査報告書(甲7)を公表した。その内容は,次のとおりである。「無許可専従については,東京社会保険事務局で17名,大阪社会保険事務局で12名,京都局で1名判明した。京都局の1名については,本人は否定しているものの,無許可専従を行っていたものと認めるのが適当である。

社会保険庁における無許可専従発生の背景として,地方事務官は,人事権及び予算は国,業務の指揮命令は都道府県知事によるという変則的な存在となり,結果的に両者の管理が行き届かず,地方事務官制度が廃止された平成12年以降は,職員は全て社会保険庁の職員となったが,不十分な管理状況が惰性的に継続して生じていた。職員団体である自治労国費協議会は,自分達の待遇改善を目指すことのみに偏りすぎたため,職員の間に国民・利用者の立場に立った業務運営という使命感や視点が希薄になっていった。管理者側の対応として,本庁の職員団体との間で,不適切な労使慣行の確認書が交わされるなど職員規律の確立に十分な取組みが行われず,このような状況を受けて地方組織(社会保険事務局及び社会保険事務所)における職員団体への対応については,地元出身の幹部に職員団体の対応を任せる傾向が強く,緊張感のないなれ合い的な関係が形成され,そのことが『無許可専従者』の存在を容認する要因となったと考えられる。また,一般職員の認識としても無許可専従者の存在を容認する傾向が存在していたとみられる。

無許可専従に係る行為者及び管理者等服務違反に関与した者については,速やかに懲戒処分等を行い,無許可専従に関し,会計法に基づき給与の返還請求をするとともに,時効消滅分は自主返納を求める。」

なお,国公法等の規定により許可又は承認を得て休職となり,在籍のまま職員団体活動を行う,いわゆる在籍専従は,平成11年度以降,全国で常時10人以上が存在し,京都局管内にも存在した。

(甲7,乙23の1ないし3)

オ 日本年金機構の当面の業務運営に関する基本的方針

再生会議は,平成20年6月30日,日本年金機構の当面の業務運営に関する基本的方針を公表した。職員採用についての基本的考え方は,次のようなものであった。

「日本年金機構の職員には,国民本位のサービスを提供するという意識と高い使命感を持つことが強く求められる。

職員採用に当たっては,厳正な採用審査が必要である。

社会保険庁の職員からの採用に当たっては,法令違反を犯した者や,社会保険庁当局と職員団体との間で交わされたいわゆる『覚書』に象徴される業務改革に後ろ向きな者など,公的年金業務に対する国民の信頼を著しく損ねたような者が,漫然と日本年金機構の職員に採用されることがあってはならない。過去に懲戒処分や矯正措置などの処分を受けた者については,その処分を日本年金機構の職員としての採否を決定する際の重要な考慮要素とし,処分歴や処分の理由となった行為の性質,処分後の更生状況などをきめ細かく勘案した上で,採否を厳正に判断すべきである。特に,国民の公的年金業務に対する信頼回復の観点から,懲戒処分を受けた者は日本年金機構の正規職員には採用すべきでない。なお,日本年金機構の職員の公平公正な採用を行う前提として当会議から社会保険庁に対して実施を要請した服務違反行為調査により,過去10年間にいわゆる『ヤミ専従』行為を行った職員やこのような行為に関わるなどした管理職員が相当数存在することが明らかとなったところ,このような国民の信頼を裏切る重大な行為に関わった者には,速やかに厳正な処分が行われなければならない。」

(甲9)

カ 服務違反調査委員会による調査

平成20年7月11日,厚生労働大臣の下に社会保険庁職員に係る服務違反調査委員会が設置された。同委員会は,社会保険庁が行った調査の検証,社会保険庁の全職員を対象とした調査の実施,調査結果に基づく懲戒処分及び刑事告発の検討を目的として設置され,同月25日,服務違反調査の実施等を行うこととなり,同委員会委員長から社会保険庁長官を介して,各社会保険事務局長に対し調査への協力依頼がされた。

この調査では,無許可専従につき,社会保険庁長官の許可を受けないで,職員団体の業務に専ら従事したものをいうと定義し,前回の調査では,連続して1年以上の期間,職員団体の役員として業務に従事したことを要件としていたが,今回の調査では,「連続して1年以上の期間」及び「職員団体の役員として」は要件とせず,調査対象期間(平成9年4月1日から平成19年9月30日までとするが,それ以前であっても確実な事実として指摘できるものを含む。)において連続して30日を超える期間,職員団体の業務に専ら従事したものを無許可専従として回答することを求めた。

(甲13,21)

キ 京都局は,平成20年6月30日以降,原告,組合京都支部の支部長であったF及びGに対し,原告の無許可専従について数回にわたる書面調査を行い,それぞれ次のような回答を得た。

(ア) 原告

a 平成20年6月30日(乙16)

「国公法上の職務専念義務に抵触している部分は否定できないと考えるが,本来業務に一定携わり,かつ当局の管理の下で組合活動をしていたことから,無許可とはいえないため,『無許可専従の事実はない』と回答した。傍証により無許可専従を決定したとされる保存書類(決裁書類)は自ら携わることのない書類であり,それを確固たる証拠として取り扱われることは遺憾である。事務分掌上の適用関係の届書を処理する合間に組合活動をしていたというより,どうしても組合活動に忙殺されることの方が多かったと記憶しているが,活動における事務仕事や即時性を必要としない資料作りは時間外に行うことが多く,一方で電話のピークの時間帯(午前10時から午後零時まで,午後1時から午後3時までの4時間程度)は電話対応をしていたと記憶している。時間的な割合をあえて出すとすれば,交渉・事務折衝を除いて50:50程度といったところではないかと思う。平成15年1月から平成17年1月までの間の手控えに記録されているだけで151日にわたって当局とやり取りをした日がある。」

b 平成20年7月29日(甲15)

「自分が下京事務所で行っていた組合の業務は誰からの指示によるものと特定できるものではない。労使の関係のもとで当局が時間内活動を承認し,その具体的対応として,日常的な組合業務が組合の役職上集中する書記長の配属課所について業務上の分掌が考慮され,活動していた。」

c 平成20年7月31日(甲18)

「組合活動の運動方針や活動方針は誰かが指示して決定するものではない。組合活動は当局の承認があってこそ行えたものと考える。」

d 平成20年8月20日(甲19)

「(業務に従事した時間と組合活動の時間の割合についての質問に対し)業務に従事した時間50%,組合活動の時間50%である。」

e 平成20年8月29日(甲20)

「無許可専従期間について,本来は支給されないはずの支給を受け取っているとは思っていなかった。給与等の支給につき決定権を有するのは給与支払者及び源泉徴収義務者に当たる社会保険事務局長だと思っていた。『専ら』ではないため専従許可を申請しなかった。無許可専従をやめたのは,当局からこの間承認してきたものを取りやめたいと申入れがあったためである。

(甲8,15,18,19,20,乙16,20,21の1)

(イ) G(平成14年10月から組合京都支部の支部長)

a 平成20年7月10日(甲10の1)

「時間内組合活動が行われていたことは承知していた。人事院規則等で制約されていることは知っていたが,労使の関係において京都局が承認すれば認められるものと思っていた。勤務時間内については京都局の承認があったから行えたものである。原告について事務分掌上の配慮があったが,毎日の職場の現状が厳しいことから,原告は来訪者の案内,事務取扱いの確認,電話対応等をしていた。」

b 平成20年7月24日(甲11の1)

「京都局の承認は特定の誰かの判断を求めたものではなく,当局の幹部グループの総意として承認されたものと考えていた。京都局との折衝,予備交渉,そのための準備や後の整理などの組合活動が保障できるよう人事的な措置が講じられたが,これが京都局が承認した具体的な結果だと考えている(この回答の際,原告が下京事務所業務第二課の人員として除外されている,京都局が作成した平成15年7月付けの組織再編に係る検証調査(案)と題する文書が添付されていた。)」

c 平成20年7月24日(甲14の1)

「当局が誰を代表者として判断したかは分からないが,事務分掌上の配慮ができるように人事上の措置をしたことから考えれば人事担当当局だと思うが,誰がどのように具体的に関わったかは分からない。電話や来訪者が集中する時間帯(午前10時から午後零時まで及び午後1時から午後3時まで)は,照会対応をしていたのでそれ以外の時間は主に労働組合に関わっていたと思う。1日のうちの半分程度と思うが,当局との折衝等を考慮すればもう少し少なくなると思う。(書記長への就任時に時間内組合活動をしてもらうことを前提で依頼したかとの質問に対し)既に書記長だったので依頼はしていないが,書記長という任務上,時々の情勢によって活動スタイルは様々だとは思っていた。」

d 平成20年7月25日(甲12の1)

「組合京都支部で交渉する際は,京都局の事務局長,次長,総務課長,主幹,副主幹と交渉し,業務問題に関わる場合は保険課長,年金課長も出席していた。」

e 平成20年7月31日(甲17)

「労働組合の方針は,誰かが指示して決めるものではない。原告の組合活動は当局の承認によって行ったことである。」

(甲10の1,11の1,12の1,14の1,17,乙17の2,18の2,19の2,21の2,証人E)

(ウ) F(平成12年11月から平成14年9月まで組合京都支部の支部長)

a 平成20年7月10日(甲10の2)

「時間内組合活動が行われていたことを承知していた。京都局の承認を得て時間内組合活動をしており,問題はないと認識していた。職場でさまざまな業務と組合活動がありヤミ専従とは思っていなかった。京都局から一度も注意を受けたり,時間内組合活動を縮小するよう指導されたことはなかった。」

b 平成20年7月24日(甲11の2)

「京都局(事務局長,事務局次長,総務課長,主幹等)との交渉時に時間内組合活動について確認をし,その具体的対応として事務分掌上の軽減について配慮されていた。年に一度は組合活動の保障について確認をしていた。」

c 平成20年7月24日(甲14の2)

「時間内組合活動の範囲について,専従時間は,当局との折衝があり,一概には言えないが半分程度であったと思う。(書記長への就任時に時間内組合活動をしてもらうことを前提で依頼したかとの質問に対し),当局との折衝は書記長が窓口なのでその前後の期間は一定業務の手を止めることは理解していたと思う。『書記長は大変だけどがんばってほしい』といった内容で依頼したと思う。」

d 平成20年7月25日(甲12の2)

「京都局の交渉相手としては,局長,次長,総務課長,主幹,副主幹,保険課長,年金課長がいた。同月24日に述べた『時間内組合活動の保障』とは,『労働組合活動の保障』のことをいい,具体的には,不当な人事を行わないこと,不当に介入しないこと,労働条件に関わる問題については,労働組合と誠実に協議を行うといったことであり,京都局の回答は,労働組合活動の保障は尊重し,労働組合との協議は誠実に行い一方的な業務運営にならないようにしていくといった内容であった。時間内組合活動に関して交渉の場で言及した記憶はない。」

(甲10の2,11の2,12の2,14の2,乙17の1,18の1,19の1,分離前相原告F)

ク 日本年金機構の当面の業務運営に関する基本計画

日本年金機構の当面の業務運営に関する基本計画が,平成20年7月29日,閣議決定された。職員採用についての基本的考え方は,次のようなものであった。

「日本年金機構に採用される職員は,公的年金業務を正確かつ効率的に遂行し,法令等の規律を遵守し,改革意欲と能力を持つ者のみとすることを大前提とする。

厳正な採用審査を行う。

社会保険庁職員からの採用に当たり,法令違反者,業務改革に後ろ向きな者など,公的年金業務に対する国民の信頼を著しく損ねたような者が,漫然と日本年金機構の職員に採用されることがあってはならない。特に,国民の公的年金業務に対する信頼回復の観点から,懲戒処分者は日本年金機構の正規職員及び有期雇用職員には採用されない。いわゆる『ヤミ専従』行為を行った職員など,国民の信頼を裏切る重大な行為に関わった者には,速やかに厳正な処分を行う。日本年金機構に採用されない職員については,退職勧奨,厚生労働省への配置転換,官民人材交流センターの活用など,分限免職回避に向けてできる限りの努力を行う。」

(甲16)

(6)  無許可専従に関与した者の処分等

社会保険庁は,平成20年9月3日,無許可専従行為者及び無許可専従行為を惹起させた職員29名並びに無許可専従行為を黙認した管理者10名の処分を行い,併せて監督者2名の処分を行ったが,それ以降においても追加で処分がされた。

京都局では,次のとおりの処分であった。

まず,無許可専従行為者及び無許可専従行為を惹起させた職員として,原告が,前記第2の2(3)記載のとおりの減給2月の懲戒処分を受けたほか,原告の前書記長であったRが減給2月の懲戒処分を受けた。平成14年10月まで組合京都支部の支部長をしていたFは,原告に対し,支部役員になることを依頼し,無許可専従行為を惹起させたとして,減給2月の懲戒処分を受けた(人事院に対する審査請求により,平成23年9月1日,その処分は取り消された。)。

管理者及び監督者については,平成15年4月から京都局長であったQ,平成16年4月から同局総務課長であったH及び同月から下京事務所長であったOが,減給2月の懲戒処分を受け,平成15年4月から同所庶務課長であったNが,勤務時間管理員及び資金前渡管理官吏を命じられながら虚偽の記録に従って勤務時間報告書を作成し,不適正な給与等が支払われたとして訓告の処分を受けた。

それ以外の京都局の局長,次長及び総務課長,並びに下京事務所の所長及び庶務課長は,処分時には既に退職していたため処分が行われず,減給2月相当の者に対しては自主返納を要請し,それに応じた者もいた。

京都局の主幹,下京事務所の次長,業務第二課長等は,処分の対象となっておらず,日本年金機構の職員に採用された者もいた。

(甲22,34,乙36)

(7)  社会保険庁は,無許可専従行為に係る処分者や処分日に既に退職していた者に対し,給与等の返納を求め,原告に対しては,無許可専従行為を行ったとする平成12年11月1日から平成17年1月31日までの期間に支給した給与等の返納を求めることとし,原告が勤務時間の5割を本来業務に従事したと申し立てていることを踏まえ,返納されるべき額について,給与1235万2708円及び納付日までの利息と算定した。

原告は,平成20年10月15日,会計法30条に基づく時効消滅により債権が消滅した額を除いた512万4399円(平成15年10月から平成17年1月までの間に支給された給与及びその利息の合計)を返納したが,今回の処分をめぐる法的手続による結論によっては納付金を還付請求することもあることを通知した。

(甲23の1ないし3,乙22の1ないし3)

2  上記1の認定事実を基に,本件処分が違法であるかについて検討する。

(1)  本件処分の事実誤認について検討する。

ア まず,原告が本件期間中,下京事務所業務第二課の業務をしていたかについてみるに,前記1(2)イ,(4)及び(5)ウのとおり,京都局は,組合京都支部書記長に選出された職員を下京事務所の業務第二課に配属し,業務第二課の人員に数えていなかったこと,原告は,事務分掌上,具体的な担当地域が割り当てられておらず,明らかに他の職員より事務が軽減され,その結果,書類の決裁等もしておらず,超過勤務の申請もしていなかったこと,原告は,業務第二課の席ではなく,主に組合京都支部の事務所である3階の男子休養室にいたこと,京都局や下京事務所の管理者は,ほぼ一致して原告が無許可専従をしていたと回答していること,原告の上司(下京事務所業務第二課長)であったA及びCは,ともに原告が業務第二課の業務をしていなかったと供述していることなどに鑑みると,原告は業務第二課の業務をほとんどしていなかったと認めることができる。

そして,原告は,平成17年2月以降,下京事務所の3階の男子休養室ではなく1階の業務第二課の自席で業務をするようになったのであり(前記1(4)エ),その結果,超過勤務の申請もするようになっているが(前記1(4)イ(ア)),このことからもそれ以前については,業務第二課の業務ではなく,専ら職員団体の業務に従事していたことが窺える。

この点,原告は,本件期間において,主に午前10時から午後零時頃まで及び午後1時から午後3時頃までは頻繁に外線の電話対応をしていたこと,他の時間帯も業務第二課の書類の整理等をしていた旨主張し,それに沿う旨供述をする。

しかしながら,原告は,主に3階の男子休養室にいたことを認めており,原告が主張するように日々長時間の電話対応をしなければならないのであれば,1階の業務第二課の自席で業務をすればよいにもかかわらず,その理由について首肯できる説明がされていないこと,長時間の電話対応をしていたことを裏付ける証拠は存在しないこと,前任の書記長から京都局との折衝及びその準備行為が中心的な仕事であると引継ぎを受けたと供述していること(原告本人調書35項)からすると,原告において日々一定時間業務第二課の業務として電話対応をしていたことを否定するものではないが,その時間が原告が主張するような4時間もの長時間に及んでいたとは認めることができない。また,書類整理をしていたとする点についても,それを裏付ける証拠はない上,原告の供述によっても,1か月に1回程度,あるいは1日に1時間行っても3,4日しか要しない程度のものであって(同調書374ないし377項),ごくわずかといえる。

そうすると,原告は,勤務時間中に,電話対応や書類の整理等に多くの時間をかけて従事していたとは認められず,専ら職員団体の業務に従事していたということができる。

イ 原告は,勤務時間中の京都局との折衝は,労働組合の活動ではなく,業務行為である旨主張し,それに沿う供述をするので,この点について検討する。

前記1(2)イ及び(4)ウのとおり,原告は,組合京都支部の書記長であり,あくまで組合京都支部の担当者として,京都局とさまざまな事項について折衝していたものである。このことは,折衝事項の中には,新たな政策を実施するかなど人員配置等を含む組織・事務分掌に関わることが多く含まれていたものの,原告は,本件期間においては下京事務所業務第二課の係長又は医療相談官の職にあり,その事務分掌は,前記1(1)イ及び(4)アのとおり,課長職務の補佐に関すること,課業務の取りまとめに関すること,適用関係業務に関すること,新規適用に関することなどとされていたのであって,京都局の業務運営に関する上記の事項がその担当業務でなかったことからも明らかである。

この点,原告は,形式的な分掌事項でみるべきでなく,原告の行っていた業務は実質的にみて国家公務員のすべき業務であるから,本来行うべき業務である旨主張する。

しかし,原告は,職員団体である組合京都支部の代表(折衝担当者)の立場で京都局と折衝していたのであるから,当該折衝及びそれに伴う準備行為について,本来行うべき業務であるとみることはできない。原告と京都局との折衝により,結果として,業務が円滑に進むことがあったとしても,それは本来なら京都局が,各社会保険事務所長や課長から各社会保険事務所の職員の意見を聴取した上で(前記1(1)エ),自らの主体的な判断で行うべきところ,組合京都支部に迎合して,あるいは組合京都支部との不適切な依存関係の下で,その意見を基に業務を行っていたにすぎない。京都局と交渉していた原告の側からいえば,京都局からの提案について,組合京都支部の役員や組合員の意見を聴取し,それを集約した上で,その意見を京都局に伝えていたのであり,組合や組合員とは別に意見を述べていたわけではなく,職員団体の業務であるとみるほかない。

したがって,原告が,勤務時間中に行っていた勤務条件以外の京都局との折衝及びその準備行為は,職員団体の業務であったと評価すべきである。

ウ 原告が職員団体の業務に専ら従事することにつき,所轄庁である社会保険庁長官の許可を得ていなかったことは当事者間に争いがなく,原告は,本件期間中無許可専従行為をしていたといえるのであるから,本件処分に事実誤認は認められない。

(2)  原告は,本件処分に関し,年金記録問題発生の責任を職員団体に負わせようとする目的,日本年金機構への不採用・分限免職処分の目的等不当な目的があった旨主張する。

確かに,前記1(5)のとおり,年金記録問題検証委員会は,年金記録問題発生の間接的な要因の一つとして職員団体の問題をあげ,それを受けて社会保険庁による服務違反の調査がなされたといえる。

しかしながら,過去に服務違反があったか否かを調査する目的は当然のことながら正当である。

また,前記1(5)オ及びクのとおり,再生会議は,平成20年6月30日に日本年金機構の職員の採用に関して懲戒処分を受けた者は職員に採用すべきでなく,いわゆるヤミ専従行為を行った職員には速やかに厳正な処分を行わなければならないとの方針を明らかにし,同年7月29日には同趣旨の内容が閣議決定されていることからして,京都局長は,本件処分をするに当たって原告が日本年金機構へ採用されなくなる可能性が高くなることを認識できたといえるが,本件処分の目的は,過去の無許可専従行為に対する懲戒にあり,本件全証拠によっても日本年金機構への不採用や分限免職処分を目的としていたと認めることはできない。結果として,日本年金機構に採用されず,分限免職処分がされたとしても,そのことは,直接には日本年金機構への採用や分限免職処分の適否の問題である(この点は最後に触れる)。

そして,無許可専従は,国家公務員として在職した扱いのままで,被告から給与等を得つつ,実態としては国家公務員としての本来の職務を行わないのであり,被告に財産的損害が生じているのであるから,2月間俸給の月額10分の2の減給とした本件処分が著しく妥当性を欠くものとは認められない。

(3)  原告は,原告の行為は本件期間においては慣行として行われていたにもかかわらず,長期間経過した後に本件処分をしており,これを考慮していないことが裁量権の濫用,信義則違反に当たるなどと主張する。

本件処分は,平成20年9月3日にされているところ,本件処分の対象となった事由は,平成12年11月から平成17年1月までの行為であり,確かに,最初の行為からすると処分時には8年近く経過している。そして,京都局との間で頻繁に折衝が行われ,その内容が局内会議で報告されるなど,原告の行為は,上記行為時には,京都局内で容認されていたといえる。

しかし,前記(1)のとおり,本来なら法律上許されない行為について許可権限のない京都局が事実上容認してきただけであり,京都局の管理者が別途処分を受けるのは格別,原告が処分を受けなくてよい理由にはならない。また,京都局長は,上記行為時には,原告の処分を検討する段階になかったのであり,本件処分が可能であると明確に認識しながらいたずらに放置していたというものではなく,本件期間中事実上無許可専従が容認されてきたことや行為後数年経っていることを十分考慮したとしても,2月間俸給月額10分の2の減給とする本件処分が著しく不当なものとはいえない。

よって,本件期間から長期間経過した後に本件処分をしたことが裁量権の濫用,信義則違反に当たるとはいえない。

(4)  原告は,原告の上司や折衝の相手方,管理者で懲戒処分を受けていない者が多数存在するが,京都局長がこれを考慮せずに本件処分をしたことが裁量権の濫用,平等原則違反に当たるなどと主張する。

前記1(6)のとおり,原告の無許可専従行為に関して懲戒処分の対象者となったのは京都局の局長,次長,総務課長及び下京事務所長であった(なお,下京事務所の庶務課長は訓告の処分であった。)。そして,上記職にあった者について,本件処分当時には既に退職していた者が多数存在していたため,実際に懲戒処分を受けたのは3名であるが,既に退職していた者に対しては給与等の返納が求められている(前記1(6)及び(7))。

本件の無許可専従は,京都局と組合京都支部との不適切な依存関係を背景にしているのであり,無許可専従を禁止した規範の直接の名宛人である行為者と,その依存関係の形成・維持に関与した者に責任があるというべきところ,本件処分は行為者である原告のみを対象としたものではなく,無許可専従行為を容認してきた京都局の管理者にも原告と同様の懲戒処分を受けている者も存在し,既に退職していた者に対しては給与等の返納を求めているところであって,本件処分が裁量権の濫用や平等原則違反に当たり,違法であるとは認められない。

なお,京都局の主幹,下京事務所の次長,業務第二課長等は処分の対象となっておらず,京都局及び下京事務所の一定の官職以上の者を処分対象にしたものと考えられるが,その相当性については議論の余地があるとしても,これらの者が懲戒処分を受けていないことから原告に対する本件処分が違法なものになるとは解されない。

(5)  原告は,本件調査に関し,調査方法が違法であり,聴聞・弁明等の手続が経られていないことから適正手続違反がある旨主張する。

ア まず,原告は,無許可専従と勤務時間内組合活動の境界が不明であるなどと主張するが,前記1(5)のとおり,本件調査は本件通知に基づいてなされたところ,本件通知では,無許可専従及び勤務時間内組合活動については定義付けられ,職員団体の業務に「専ら」従事するか否かによって区分できるものであるから,その境界が不明であるなどとはいえない。無許可専従の期間について,服務違反調査委員会(甲13)の定義では,無許可専従の期間について1年という要件が取り除かれているが,同じ要件にしなければ違法となるものではなく,服務違反調査委員会では,従前と異なる旨明記していることなどからして,この点について違法があるとはいえない。

また,原告は,管理者調査の前に第三者調査が行われた旨主張するが,仮にその事実が認められたとしても,適正手続違反があったといえるものではない。

証人Eは,管理者調査(乙11の9)の際,原告の無許可専従について,無許可専従することを認めた又は黙認した事実の有無の「ある」との回答欄に丸をするように告げられた旨証言し,Mも同旨の内容を陳述書(甲32)に記載する。

しかし,「ない」との箇所に丸印を付している管理者も存在し,第三者調査では分からないと回答している者が多数いる(前記1(5)ウ(ア)及び(ウ))ところであって,京都調査班において原告の無許可専従を認めさせようとする意図があったとは認められない。また,証人Eは,原告が1階で業務をしておらず,それだと無許可専従に当たるとの説明を受け,「ある」の箇所に丸印を付したと供述しており(証人E調書280項),最終的には自らの意思で「ある」の箇所に丸印を付したと認められる。Mにおいても,回答の際には管理者であれば当然把握しているはずであるとの説明を受けたことに応じて記載内容を変更し,人事院の審理では,原告が組合活動をしていたが,その時間についてははっきりしないと供述していること(甲32,原告本人調書437,438項)からして,無許可専従の意味の捉え方によって回答を変更したと考えられるところであって,調査方法に違法な点があったと認めることはできない。

イ 原告は,聴聞・弁明等の手続が経られていないと主張するが,原告に対しては,書面による調査・回答のほか,実際に面談をし,懲戒処分の対象となる事実やその根拠資料について説明し,原告は反論を述べているのであるから(前記1(5)ウ(イ)(エ)及びキ(ア)),実質的に聴聞・弁明の機会が与えられたということができ,この点に違法があるとは認められない。

ウ 原告はその他縷々主張するが,本件全証拠によっても,本件調査に適正手続違反があるとは認められない。

(6)  原告は,本件処分の理由につき,不備がある旨主張する。

国公法89条1項が処分説明書の交付を規定した趣旨は,不利益処分が慎重に行われることを担保するとともに,不利益処分を受けた職員の不服申立てを容易にするためであると解される。

これを本件についてみると,原告に交付された処分説明書(甲1の1)では,本件処分に関して,「職員団体の業務に専ら従事し」た具体的な時間やその行為については明らかにされていないが,一定期間内の類型的な一連の行為を個別具体的に列挙することは性質上困難であり,上記趣旨からすると,それを明らかにすることが要求されているとまではいえない。

よって,本件処分につき,理由の不備の違法があるとは認められない。

(7)  ところで,本件で問題となるのは,原告が二重,三重の処分であると主張するように,日本年金機構の職員の採用にあたり,社会保険庁の職員については懲戒処分を受けた者は採用しないという方針をとったことにより,本件処分を受けた原告は日本年金機構に採用されず,分限免職処分を受けたことにあると考えられる。

社会保険庁において許可を受けることなく専ら職員団体(労働組合)の業務を行う無許可専従がいつから始まったのかは証拠上判然としないが,証人Cは平成に入った頃にはあったという認識である旨証言しており,そうだとすると,少なくとも既に15年以上続いていたことになる。

原告としては,それまでの組合京都支部の書記長がそうであったように,組合京都支部の書記長の地位に就いた以上,それまでどおり,職員団体の業務に専ら従事してきたものと考えられる。京都局も,組合京都支部の書記長である原告を業務担当人員に数えずに下京事務所の業務第二課に配置しており,京都局においても原告が専ら職員団体の業務をすることを是認していたといえる。このため,原告は,無許可専従について,本件で問題化されるまでは,管理者から注意や指導を受けたことがないばかりか,むしろ京都局の管理者から,業務や人事配置に関する事項等についての意見を求められ,組合京都支部の役員や組合員の意見を聴取した上で,勤務時間中に原告が勤務していた職場等において,京都局の管理者と交渉していたのであり,原告としては,無許可専従が違法であることの意識に乏しかったものと考えられる。もちろんこうした意識自体が問題であることは明らかであるが,本件でより問題にしなければならないのは,こうした違法な無許可専従を指導すべき管理者において,積極的に適法なものとして扱ってきたことである。すなわち,京都局の管理者は,組合京都支部と交渉してその合意を得ることによって,円滑に業務を進めることができ,かつ,管理者よりも職員団体のほうがより情報を持っているので,それを入手できるという意識の下で,積極的に原告と連絡を取り合い,公用車を使って勤務時間中に原告の職場に赴いて無許可専従であることを知っていながら,組合京都支部の書記長である原告と交渉をしていたのである。

さらには,社会保険庁においては,当局と職員団体との間で不適切な労使慣行の確認文書が取り交わされていたということも指摘されており,ここにおいては,当局と職員団体との馴れ合いともいうべき姿勢がうかがわれ,国民のために業務をするという視点が根本的に欠如していたというほかない。

本件でも,京都局の年金調整官をしていた証人は,職員団体の意見を聞くことが業務を遂行する上で必要不可欠であったという趣旨の証言をしているが,組合員でない職員もいるのであり,職制を通じて職員の意見を聞くことは十分に可能であって,そのための方策はいくらでも考えられるにもかかわらず,予め職員団体から意見を聞かなければ円滑に業務を遂行できないという姿勢こそが問題であったということができる。また,情報の点についても,管理者よりも職員団体の幹部のほうがより情報を持っており,管理者が職員団体から情報を入手しなければならないというのは通常のこととは思えず,社会保険庁においては情報の伝達が機能していなかったということができる。

そして,年金記録問題におけるずさんな処理等が広く行われていたことなどからすると,社会保険庁という組織自体が大きな問題を抱えていたというべきであり,原告の無許可専従はその中の一つの事象ということができる。

原告が無許可専従をしていたことは,前記のとおり,事実として認めることができ,国から給与を受けていながら本来の業務をせず専ら職員団体の業務をしていたのであるから,本件処分が違法といえるものではなく,原告としては減給2月の本件処分を甘受しなければならない。しかし,他方,本件処分を受けたために日本年金機構に採用されず,民間でいう整理解雇に相当する分限免職処分を受けたことについては,疑問がないわけではない。すなわち,本件の無許可専従問題は,社会保険庁という組織自体が抱えていた大きな問題の一つの事象といえること,原告は,たまたま無許可専従が問題となった時点で組合京都支部の書記長をしていたというにすぎず,京都局の要請に応じて交渉していたものであり,京都局当局により大きな問題があったといえること,原告の交渉相手や上司であった京都局や下京事務所の管理者の中には処分を受けずに日本年金機構に採用された者もいることなどを考えると,原告を日本年金機構に採用せず分限免職としたことについては疑問の余地があるというべきである。

もっとも,この点は,既に提起されている分限免職処分取消訴訟の中で審理・判断されるべきことであって,本件訴訟においては,本件処分が違法といえるものでない以上,その取消しを求める原告の請求は理由がないというほかない。

3  結論

以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大島眞一 裁判官 谷口哲也 裁判官 戸取謙治)

(別紙省略)

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