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京都地方裁判所 平成21年(行ク)1号 判決 2009年4月28日

本案・当審 平成21年(行ウ)第11号 運転免許取消処分取消請求事件

主文

1  京都府公安委員会が申立人に対して平成21年3月25日付けでした運転免許取消処分の効力は,本案事件の第一審判決の言渡しまでの間,これを停止する。

2  申立人のその余の申立てを却下する。

3  申立費用は,これを2分し,その1を申立人の負担とし,その余は相手方の負担とする。

理由

第1申立て

京都府公安委員会が申立人に対して平成21年3月25日付けでした運転免許取消処分の効力は,本案訴訟の判決の確定まで停止する。

第2事案の概要

1  本件は,申立人が,前方左右を注視せず,進路の安全を確認しないまま普通乗用自動車(軽四)を進行させた過失により,歩行者に加療約15日間の傷害を負わせた交通事故において,京都府公安委員会から安全運転義務違反及び救護義務違反があったとして免許取消及び免許を受けることができない期間を2年間とする処分(以下「本件処分」という。)を受けたところ,処分の理由とされた救護義務違反がなく,本件処分が違法であるとして,その取消を求める訴えを提起した上,その取消訴訟を本案として,本件処分の効力の停止を求めている事案である。

2  前提事実

一件記録によれば,以下の事実を一応認めることができる。

(1)  申立人(昭和▲年▲月▲日生)は,平成18年3月7日,京都府公安委員会から,運転免許証(第一種中型)の交付を受けた。(甲1)

(2)  申立人は,平成▲年▲月▲日午後▲時▲分ころ,普通乗用自動車(軽四)を運転し,京都府亀岡市α×番地2先道路を北東から南西に向かい時速約40キロメートルで進行していたが,前方左右を注視せず,進路の安全を確認しないまま漫然と前記速度で進行した過失により,折から進路前方左側路側帯上を自車と同方向に歩行中のA(当時47歳)に気付かず,同人に自車左側前部及び左側ドアミラーを衝突させ,同人を路上に転倒させて,加療約15日間を要する○,○の傷害を負わせた(以下「本件事故」という。)。

本件事故後,申立人は,ブレーキをかけることなく加速して,上記Aを救護せずに本件事故の現場から立ち去った。(甲2)

(3)  申立人は,本件事故について,自動車運転過失傷害及び道路交通法違反(救護義務違反)で当庁に起訴され(当庁平成○年(わ)第○号。以下「本件刑事事件」という。),平成21年2月2日,○に処せられたが,道路交通法違反の点については無罪の判決を受け,同判決は,同月17日,確定した。(甲2,7)

(4)  申立人は,平成21年3月25日,京都府公安委員会から,本件事故について,安全運転義務違反及び救護義務(軽傷)違反を理由に本件処分を受けた。本件処分の内容は,安全運転義務違反(道路交通法70条)につき基礎点数2点(同法施行令別表第2の1),軽傷事故につき3点(同法施行令別表第2の2),救護義務違反(同法72条1項)につき23点(同法施行令別表第2の3),合計28点とし,同法103条1項5号,同法施行令38条5項1号イに基づき,免許取消と免許を受けることができない期間を2年としたものであった。(甲1)

3  当事者の主張の要旨

(1)  申立人

ア 申立人は,本件処分により,運転免許が取り消され,現在,自動車を運転できない状態であるが,申立人が自動車を運転することができなければ,申立人やその家族の日常生活,祖母の介護や母親の治療,家業である農業等に支障が生ずる等,重大な損害を受けるおそれがあり,緊急に本件処分の効力を停止し,申立人が自動車を運転できる状態にすることが必要である。

イ 本件処分は,申立人が,本件事故において,救護義務違反を犯したことを前提としてなされたものであるが,本件刑事事件において,上記違反については無罪判決が言い渡され,同判決は確定している。この確定判決の存在のみから考えても,本件処分は直ちに取り消されるべきものであって,本案について理由があることは明らかである。

(2)  相手方

ア 申立人の上記主張は,重大な損害を避けるため緊急の必要があるときには当たらない。

申立人の移動手段としては,自転車,電動自転車,また公共交通機関の利用等が可能である。

祖母の介護については,公共交通機関が整備され,デイサービスが盛んであり,高齢者福祉等も充実している。申立人が専門学校で稼動していることや近親者がいることにかんがみれば,祖母の介護や母親の治療に申立人が不可欠とはいえない。救急車による緊急搬送も可能である。

申立人のみが実家の農業を一手に引き受けているとか,申立人家族の生計を担うだけの収入源となっているとも認めがたい。親族や自治会,近隣者の支援を得る等の手段もある。

イ 申立人の救護義務違反に関する事実認定は,申立人に対して行政処分を科して道路交通の場から排除すべきかどうかという合目的的観点から判断されるべきであり,要求される心証の程度は,「高度の蓋然性」で足りるというべきである。京都府公安委員会は,このような観点から,本件事故の状況について証拠を精査し,審査して事実認定を行い,適正な手続きに基づき本件処分を決定したのであるから,違法ではない。

ウ 本件執行停止が容認されれば,本案訴訟の判決が確定するまでの一時の間とはいえ,危険な運転を行う者を公共の交通の場に戻すということになり,その危険性にかんがみても,公共の福祉に重大な影響を及ぼすことは明らかである。

第3当裁判所の判断

1  「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」といえるかについて

(1)  重大な損害を避けるため緊急の必要があるか否かについては,処分の執行等により維持される行政目的の達成の必要性を踏まえた処分の内容及び性質と,これによって申立人が被ることとなる損害の性質及び程度とを,損害の回復の困難の程度を考慮した上で比較衡量し,処分の執行等による行政目的の達成を一時的に犠牲にしてもなおこれを停止して申立人を救済しなければならない緊急の必要性があるか否かという観点から検討すべきである。

したがって,運転免許取消処分の効力の停止を求める申立てにおいて,重大な損害を避けるため緊急の必要があるというためには,運転免許取消処分の存続に伴って申立人の被る不利益が,道路交通上危険のある運転者を道路交通の場から排除して,将来における道路交通上の危険を防止し,道路交通の安全と円滑を図ることを目的とする運転免許取消処分の行政目的を達成すべき必要性を勘案してもなおその効力の存続を是認することができない程度の損害に当たることを要すると解するのが相当である。

(2)  一件記録によれば,以下の事実を一応認めることができる。

ア 申立人の住所地は,周囲を山と田畑に囲まれた地域である。住所地から最寄りの駅までは自動車で約15分であり,また,駅や市役所等への路線バスの最寄りの停留所まで徒歩で約20分であり,その本数は1時間ないし2時間に1本程度で,最寄り駅発の最終バスの発車時刻は午後6時40分である(なお,住所地の前には,幹線以外の地域を巡回する巡回バスの停留所はあるが,その本数は1日2~5本である。)。スーパーマーケットやコンビニエンスストア,医療機関も住所地の周囲にはない。(甲3,疎乙35ないし37)

イ 申立人は,住所地に祖母(B)と母親(C)の3人で居住しているところ,祖母は,90歳を超え,寝たきり状態で要介護5の認定を受けており,数年前から○を発症し,その他,様々な疾病に罹患しており,健康状態も悪化している。他方,母親は,運転免許を取得しているが,整形外科や眼科に通院し,○にも罹患している。(甲3ないし5,6の1・2)

ウ 申立人の母方の実家は家業として代々農業を営んでおり,母親が農作業に当たっている。申立人は,専門学校にアルバイトとして勤務しているが,アルバイトが休みの時には,農作業を手伝っている。(甲3,疎乙28)

(3)  上記のとおりの申立人の住所地の地理的状況や公共交通機関の現状にかんがみれば,自動車の利用は,申立人の日常生活にとって必須ともいい得るものであり,本件処分により,日用品や食料品等の購入,病気や怪我の際の通院等,申立人の日常生活に重大な支障を来すことになることは明らかというべきである。

加えて,申立人の祖母の健康状況からすれば,本件処分の結果,祖母の介護においても重大な支障が生じ,申立人にも損害が生ずるものといわざるを得ない。相手方は,公共交通機関やタクシー会社の存在に加えて,デイサービスや高齢者福祉の充実を挙げ,祖母の介護が不可能となり,生活破綻に通じるとはいえないと主張するが,前記のとおりの祖母の健康状態では,緊急に祖母を医療施設等に搬送することが容易に想定されるのであり,相手方主張の事実が,代替手段になるとはいい難い。

そして,本件においては刑事事件において申立人の救護義務違反について無罪の判決が確定しているという事情があることをも併せ考慮すれば,上記損害は,運転免許取消処分の行政目的を達成すべき必要性を勘案してもなおその効力の存続を是認することができない程度の損害に当たるというべきである。

よって,「重大な損害を避けるため,緊急の必要がある」との疎明があるといえる。

2  「本案について理由がないとみえる」といえるかについて

相手方は,行政処分における事実認定は,刑事事件における事実認定とは異なり,「高度の蓋然性」で足りることを前提に,申立人には救護義務違反を認定し得る程度の未必の故意があったと主張し,本案には理由がないと主張する。

しかしながら,前記のとおり,本件は,刑事事件において,救護義務違反について無罪が言い渡され,確定した事案であり,また,一件記録(疎乙1ないし33)によっても,直ちに救護義務違反を認定し得る程度の未必の故意があったとは認定できない。そして,仮に,救護義務違反が認められないとするならば,本件事故については,安全運転義務違反につき基礎点数2点,軽傷事故につき3点の合計5点となり,これに救護義務違反の23点を加算してなされた本件処分には理由がないことになる。

そうすると,この点に関しては,今後の本案の審理を要するものといわざるを得ないのであって,本件申立てが「本案について理由がないとみえるとき」に当たるとはいえない。

3  「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある」といえるかについて

相手方は,申立人の交通法規に対する規範意識の低さは顕著であり,今後,同種の違反行為を繰り返す危険性が高く,将来における道路交通の危険を防止し,交通の安全と円滑を図るについては,道路関係法規を遵守しない者を,その危険性にかんがみて,法の規定に従い,道路交通の場から排除することが不可欠であると主張する。

しかしながら,相手方のこのような主張は,刑事事件の判決とは異なる申立人の救護義務違反を前提としたものである上,一般的,抽象的なものに止まるものである。そして,一件記録によっても,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることを基礎づける個別具体的な事情の疎明があるとはいえない。

よって,「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある」とはいえない。

4  執行停止の期間について

前記2の「本案について理由がないとみえるとき」に当たるかどうかの判断は,本案に関する第一審判決の結論如何によって影響を受けるものであり,この判断は,本案に関する第一審判決の帰すうを待って改めて判断すべきものである。

そうすると,本件処分の執行停止の期間は,本案に関する第一審判決の言渡しまでの間とするのが相当である。

5  よって,本件申立ては,本案に関する第一審判決の言渡しまでの間の停止を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから却下することとする。

(裁判長裁判官 瀧華聡之 裁判官 佐野義孝 裁判官 碩水音)

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