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京都地方裁判所 平成22年(ワ)1102号 判決 2011年12月09日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、二九三万五〇八八円及びこれに対する平成一八年一〇月一五日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担、その一を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、二九七七万一三〇円及びこれに対する平成一八年一〇月一五日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、原告が、後記の交通事故により被った人身損害につき、被告に対して、自賠法三条本文に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金として、上記第一記載の支払を求める事案である。

一  前提となる事実

次の事実は、当事者間に争いがなく、もしくは、後掲の関係証拠または弁論の全趣旨により容易に認めることができる。

(1)  本件事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(争いのない事実及び甲一)。

ア 発生日時 平成一八年一〇月一五日午後六時五分ころ

イ 発生場所 京都府長岡京市滝ノ町一丁目一番一三号先府道横断歩道上

ウ 事故当事者及び事故態様

被告運転の普通貨物自動車(以下「被告車」という。)が上記府道を西進中に上記横断歩道を南から北に歩行中の原告(昭和一五年九月一二日生)に衝突した。(争いのない事実及び甲一)

(2)  責任原因

本件事故により原告に生じた人身損害について、被告は、被告車の保有者として、自賠法三条本文により、賠償すべき責任を原告に対して負う。(争いがない)

(3)  原告の本件事故による負傷と治療経過など

原告は、本件事故により負傷し、本件事故後下記のとおり入通院加療を受けた。

ア 金井病院(甲一三、乙一一の一及び二)

平成一八年一〇月一五日、救急搬送され、同日京都府立医科大学附属病院(以下「府立医大附属病院」という。)へ転送(通院一日)

診断傷病名:頭部外傷、肺挫傷、肝損傷、右第一〇、一一肋骨骨折、臀部打撲・擦過創、頚部痛、腰・背部打撲

イ 府立医大附属病院整形外科・眼科(甲一四、甲一五、乙一二の一から三まで)

平成一八年一〇月一五日(通院一日)

診断傷病名:右第一〇、一一肋骨骨折(整形外科)、左眼球打撲(眼科)

京都第二赤十字病院(以下「第二赤十字病院」という。)に転院

ウ 第二赤十字病院(甲三の一、三の七から九まで、五の一及び二、七の一及び二、一六、一七、一九の一及び二、二五、乙六、一三の一及び二)

(ア) 平成一八年一〇月一六日から同年一二月六日まで整形外科入院

診断傷病名:中心性頸髄損傷、頭部打撲、肺挫傷、肋骨骨折、肝損傷、右眼外転筋麻痺

(イ) 平成一九年三月九日から同年九月七日まで整形外科通院(実治療日数八日)

平成一九年九月七日整形外科症状固定診断

傷病名:中心性頸髄損傷、肺挫傷、肋骨骨折、肝損傷、視力障害、頭部打撲、右股関節部打撲、右中指末節骨骨折

(ウ) 平成一八年一〇月二三日から平成一九年一〇月五日まで眼科通院(実治療日数一二日)

診断傷病名:右視神経症、右眼球運動障害

平成一九年一〇月五日眼科症状固定

(エ) 平成一九年五月二一日から同年八月三日まで耳鼻咽喉科通院(実治療日数四日)

平成一九年八月三日症状固定

傷病名:左高度感音難聴

エ 京都回生会病院(甲四の一から八まで、六の一及び二、乙五、一四の一から二四の二まで)

(ア) 平成一八年一二月六日から平成一九年三月八日まで外科入院(九三日)

(イ) 平成一九年三月一〇日から同年九月一日まで外科通院(実治療日数一〇七日)

平成一九年九月一日外科症状固定診断

傷病名:中心性脊髄損傷、右視神経障害、右外転神経麻痺、右中指末節骨骨折、同DIP関節亜脱臼、右股関節部打撲、同部皮下血腫、右第八~一一肋骨骨折、左高度難聴

(ウ) 平成一九年三月一〇日から同年九月一日まで眼科通院(実治療日数一一日)

平成一九年九月一日眼科症状固定

傷病名:中枢性脊髄損傷、右外転神経麻痺、上下斜視

(4)  自賠責保険後遺障害等級認定(乙一及び二)

自賠責保険後遺障害等級認定において、原告は、中心性頸髄損傷による右上肢しびれ、右下肢のしびれ、歩行体動困難につき九級一〇号、複視につき一〇級二号、併合八級と判断された。視力低下及び左感音性難聴については本件事故との因果関係が否定され、頚椎部運動障害については器質的変化が認められないとして、それぞれ非該当と判断された。

(5)  損害のてん補

二七六二万五九五円(争いなし)

二  争点及び争点に関する当事者の主張の概要

本件の争点は、損害額であり、その前提として、本件事故による後遺障害の内容及び程度が主要な争点となっており、それら争点に関する当事者の主張の概要は下記のとおりである。

(原告)

(1) 後遺障害について

ア 後遺障害の内容

原告には、本件事故による中心性頸髄損傷によって、①右足趾知覚・運動障害(右足趾運動不可、知覚なし)、②右手機能障害(知覚低下、拘縮、筋力低下)、③両上肢機能障害(筋力低下、高次運動障害)、④両下肢機能障害による歩行困難(杖歩行)、⑤頚椎の著しい運動障害という後遺障害がある。

イ 自賠責保険後遺障害等級上の該当する等級

このような頸髄不全麻痺によって、原告は日常生活能力もかなり低く、労働能力は事務的なものに限られると診断されており(甲三の五及び九)、自賠責保険の後遺障害等級上は、五級二号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に簡易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当する。

上記の頸髄不全麻痺によるもののほかに、原告には、本件事故による眼球運動障害による複視があり、これは一〇級二号「正面を見た場合に複視の症状を残すもの」に該当する。また、右眼が視力低下(〇・六以下)しており、これは一三級一号、さらに、左耳聴力喪失があり、これは九級九号に該当する。以上により、併合四級相当である。

これに対して、上記の自賠責保険会社の事前認定の判断は、視力低下及び左耳の聴力喪失につき本件事故との因果関係を否定するが、本件事故の一年前に行われた健康診断(甲八)においては、右眼は二・〇の視力があり、左耳聴力には全く異常は認められなかったのであるから、不当である。

(2) 各損害項目について

ア 治療費 四四九万二五〇七円

被告により支払われた四二四万二二六二円(社会保険求償分を含む。)を超える部分は、第二赤十字病院整形外科で一度平成一九年九月七日に症状固定とされたが、その後の症状経過から、平成二一年三月二七日を最終的な症状固定とする訂正がされ(甲三の七)、また、同病院眼科の症状固定についても、当初の平成一九年一〇月五日から平成二一年三月二七日に症状固定日が改められており(甲一九の一から三まで)、その間の通院治療費二一万二二〇五円(甲二〇の一から一二まで)及び薬代三万八〇四〇円(甲二一の一から二三の二まで)である。

イ 入院雑費 二一万七五〇〇円

ウ 通院交通費 一二五万三七五〇円

エ 入院転院付添費 三万二五一〇円

オ 自宅改修費 一〇七万二三九七円

カ PCソフト代 一〇五万二八一四円

キ 眼鏡代 四万五六七五円

ク 装具代金 一八万二七〇四円

ケ 休業損害 五〇九万一一九四円

原告は、本件事故により平成一八年一一月から症状固定の平成二一年三月までの少なくとも一七か月間は稼働収入を得られなかった。

原告は、本件事故前において、経営アドバイザーとしての収入は、平成一六年九月から平成一八年九月までの二五か月間の事業粗利益は一二四七万八四四〇円であることから、これを二五で割り、経費率四割を差し引いて計算し、少なくとも月額二九万九四八二円の所得を得ていた。

29万9482円×17か月=509万1194円

コ 逸失利益 二三二二万六六二五円

基礎収入は上記ケと同じく月額二九万九四八二円とし、症状固定時の平成一九年九月には六七歳であり、原告の経営アドバイザーの業務は七五歳まで就労可能であり、労働能力喪失率は九二%(自賠責保険後遺障害等級四級相当)である。

29万9482円×12×6.463(8年のライプニッツ係数)=2322万6625円

サ 慰謝料 二〇〇〇万円

(ア) 入通院慰謝料 三三〇万円

入院五か月、通院六か月、重症による加算

(イ) 後遺障害慰謝料 一六七〇万円(四級相当)

(被告)

(1) 後遺障害について

原告の右上肢しびれ、右下肢しびれ、歩行体動困難等の残存症状に関しては、その原因たる傷害につき、医学的には中心性脊髄損傷とすることには疑問がある。原告の上記症状に関する後遺障害は、総合的には、脊髄症状のため、軽易な労務以外に服することはできないとは捉えられず、自賠責で認定されている神経症状の九級以下である。肩、肘、手、股、膝、足、指については、可動域制限の後遺障害は認められない。複視は、一〇級を超える等級がない。視野狭窄については、他覚的に証明する所見がなく、本件事故により発症した根拠がない。両眼視力低下は、異常所見がなく、原因不明とされており、また、軽度白内障という所見があるので、本件事故との間に相当因果関係がある視力障害はない。左難聴は、耳鼻科的所見がなく、事故後七か月経過後に難聴と診断されており、左難聴の原因を本件事故と特定する根拠がない。以上まとめると、右上肢しびれ、右下肢しびれ、歩行体動困難等は九級一〇号、複視は一〇級二号で、併合八級となる。ほかは後遺障害と認められない。結論としては、後遺障害等級については、自賠責の事前認定が相当である。

(2) 各損害項目について

ア 治療費

四二四万二二六二円の範囲で認める。

原告が主張する治療費のうち上記金額を超える部分は、否認する。

イ 入院雑費

不知ないし否認する。

ウ 通院交通費

不知ないし否認する。

エ 入院転院付添費

争う。

オ 自宅改修費

一〇五万二八一四円の範囲で認め、これを超える部分は争う。

カ PCソフト代

五八万八一五〇円の範囲で認め、これを超える部分は争う。

キ 眼鏡代

認める。

ク 装具代金

一〇万一六九四円の範囲で認め、これを超える部分は争う。

ケ 休業損害

争う。

コ 逸失利益

争う。

サ 慰謝料

争う。

第三当裁判所の判断

一  後遺障害について

本件事故により原告が負った傷病かどうか争いのある点に関し、関係証拠(甲三の一から四の八まで、一七)により、原告が中心性頸髄損傷の傷害を負ったことが認められ、また、原告の右上肢しびれ、右下肢しびれ、歩行体動困難という症状は、中心性頸髄損傷による後遺障害であると認められる。

難聴については、関係証拠(甲七の一及び二、八)により、本件事故によるものと認める。

視力低下については、関係証拠(甲五の二、六の一及び二)によると、原因は不明であり、外傷性であるという点についても明確な所見はなく、本件事故によるものである可能性を否定できないという医師の見解がある反面、軽度白内障という視力低下の原因となりうるほかの症状も示されており、本件事故との間の因果関係があるとは認められない。

本件事故による原告の後遺障害中、主要であり自賠責保険後遺障害等級認定の対象となるものについては、まず、中心性頸髄損傷に関連する①右上下肢の知覚障害・運動障害、②両下肢の機能障害による歩行困難(杖歩行)等について、神経系統の障害と認める。その程度について、「・・・著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができない」五級二号相当とみるか(原告主張)、「・・・服することができる労務が相当な程度に制限される」九級一〇号相当(被告主張)とみるか、あるいは、「・・・軽易な労務以外の労務に服することができない」七級四号相当とみるかであるが、右上下肢のしびれ、筋力低下などと歩行困難(杖歩行)という障害の内容によれば、肉体的作業を主とする労働を前提とすれば、七級四号相当というべきであるものの、原告の年齢、経歴、事故当時の職業(大手工作機械メーカーで長年生産技術業務に従事していた経験を生かしての経営コンサルタント)を考慮し、また、甲九の経歴書からすると、書類及び関係者の口頭説明を元にアドバイス内容を書面及び口頭で伝えるなどが主で、体を動かして技術指導をするというものでは必ずしもなく、それを前提として考えるべきで、したがって、肉体的な作業を主とする労働を前提とするのは実情にそぐわず、経験知識を活かした頭脳的作業を主とする労働を前提とすべきであり、そうすると、労働能力喪失の程度は半減以上とまでは認められず、九級一〇号相当とするのが妥当である。

ほかに、複視(一〇級二号)、左難聴・ほぼ聴力喪失(九級九号)が認められる。

これらを総合すると、労働能力喪失の観点からは、併合八級相当と考えられる。

ただし、後遺障害の内容としては、八級としては深刻な実質を有するので、後遺障害慰謝料については、八級と六級(上記で七級四号相当とした上、併合六級とする考え方)の中間程度とするのが相当である。

なお、症状固定時期については、整形外科上の症状に関して、平成一九年九月七日とするもの(甲三の一)と平成二一年三月二七日とするもの(甲三の七)とがあるが、甲三の一と同七を比較すると、①甲三の七には、甲三の一には記載のない右前腕部のしびれについての具体的な記載が加わっており、②頚椎部運動障害及び関節機能障害の数値に変動がある(甲三の七における数値の方が若干悪い)が、甲三の一において、見通しについて、「今後、著明な改善は見込めない」とする判断を実質的に変更したのかどうか、その理由は示されていない。以上を総合すると、変更された後の症状固定日までの間につき、なお通常の治療の必要性が認められるとすべきではあるが、後遺障害関係の損害を検討する前提としての実質的な症状固定日としては、甲三の一に従い、平成一九年九月七日と認め、平成二一年三月二七日とはしないのが相当である。そして、眼科関係については、複視については本件事故との間に相当因果関係があると認めるが、視力低下については、視力の変動の時期的な推移及び他の原因の可能性から本件事故との因果関係は認められないところ、第二赤十字病院の眼科においては、複視と視力低下の治療が併行して行われていた(甲一九の一から三まで)のであり、眼科治療に関しても、症状固定については、概ね上記の整形外科治療と同様に考えるのが相当である。

二  各損害項目について

(1)  治療費 四四九万〇五八七円

原告主張中、視力補正用眼鏡代一九二〇円(甲二一の一)については、上記認定のとおり本件事故との間の因果関係が認められない視力低下に関して必要となったものと推認されるので、これを省き、その余は全て認める。

(2)  入院雑費 二一万七五〇〇円(一四五日×一五〇〇円)

(3)  通院交通費 一二五万三七五〇円

(4)  入院転院付添費 〇円

証拠上必要性が認められない。

(5)  自宅改修費 一〇七万二三九七円(甲二四の一から四)

(6)  PCソフト代 一〇五万二八一四円

(7)  眼鏡代 四万五六七五円

(8)  装具代金 一八万二七〇四円

(9)  休業損害 二〇〇万円

基礎収入は、月額二〇万円、年額二四〇万円と認める。

休業期間は、一〇か月間とする。

20万円×10か月=200万円

(10)  逸失利益 六九八万二五六円

症状固定時に六七歳であるので、就労可能年数は、八年間(係数六・四六三二)とする。

労働能力喪失率は、四五%とする。

240万円×0.45×6.4632=698万256円

(11)  入通院慰謝料 三〇〇万円

入院一四五日、通院約六か月相当であり、重傷表適用が相当とまでは認められないが、かなりの重症であり治療期間における肉体的精神的苦痛は大きかったことを考慮し、標準的な額に二割程度加算した上記の金額とするのが相当である。

(12)  後遣障害慰謝料 一〇〇〇万円

概ね八級の標準額と六級の標準額の中間の金額とするのが相当である。

(13)  上記(1)から(12)までの小計 三〇二九万五六八三円

(14)  損害のてん補

二七六二万五九五円(争いなし)

3029万5683円-2762万595円=267万5088円

(15)  弁護士費用 二六万円

(16)  合計 二九三万五〇八八円

三  結論

以上によれば、本件請求は、二九三万五〇八八円及びこれに対する平成一八年一〇月一五日以降支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないので、訴訟費用の負担については、概ね請求額中の認容部分の割合に応じて主文のとおり定めて、主文のとおり判決する。

(裁判官 栁本つとむ)

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