京都地方裁判所 平成22年(ワ)1252号 判決 2015年3月26日
原告
株式会社X
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
谷口忠武
同
谷口直大
同
谷口和大
同
市原滋比古
同
新崎長政
被告
Y株式会社
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
浅見隆行
主文
一 原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 主位的請求
被告は、原告に対し、二三二〇万四五五四円及びうち一七二八万五九八九円に対する平成二三年八月四日から支払済みまで年一四%(年三六五日の日割計算)の割合による金員を支払え。
二 予備的請求①
(1) a株式会社が平成二一年五月一日に被告を新設会社として行った会社分割を取り消す。
(2) 被告は、原告に対し、二三二〇万四五五四円及びうち一七二八万五九八九円に対する平成二三年八月四日から支払済みまで年一四%(年三六五日の日割計算)の割合による金員を支払え。
三 予備的請求②
被告は、原告に対し、二億二四六二万五〇四三円及びこれに対する平成二五年九月七日以降年六%の割合による金員(二三二〇万四五五四円及びうち一七二八万五九八九円に対する平成二三年八月四日から支払済みまで年一四%(年三六五日の日割計算)の割合による金員を上限とする。)を支払え。
第二事案の概要
一 請求の概要等
(1) 本件は、訴外a株式会社(以下「a社」という。)に対して貸金債権(被保全債権)を有する原告が、①主位的に、a社が会社分割により被告を設立したことが法人格の濫用に当たるとして、法人格否認の法理に基づき、被告に対し、上記貸金の返還を求めるとともに、②予備的に、a社が被告を新設分割したことが詐害行為に該当すると主張して、上記会社分割の取消し及び上記被保全債権額の限度で会社財産の返還に代わる価額賠償を求め(予備的請求①)、さらに③予備的に、a社が被告に対して有する融通金債権を代位行使すると主張して、上記被保全債権額の限度で融通金の返還を求めた(予備的請求②)事案である。
(2) なお、本件訴訟提起時点では、a社及び同社の代表取締役であるC(以下「C」という。)も共同被告であった。原告は、①a社に対しては後記二(2)の貸付に基づく貸金返還請求として、②Cに対しては、上記貸付にかかる連帯保証債務履行請求として、金員の支払を求めていたところ、両被告は、本訴係属中の平成二二年六月二日午後五時、いずれも大阪地方裁判所において破産手続開始決定を受けた。原告は、本件訴訟における上記被告両名に対する請求債権のうち、それぞれ一七九三万五〇二七円について破産債権として届出をし(以下「本件破産債権」という。)、その余の請求債権については破産債権としての届出をしなかった。原告が各破産手続において届出をした本件破産債権は、平成二三年六月二〇日(a社)及び同年二月三日(C)の各債権調査期日において異議なく確定し、その後各手続において配当が実施され、a社の破産手続は、平成二三年八月二二日に終結した。確定した本件破産債権が記載された破産債権者表は、確定判決と同一の効力を有することから(破産法一二四条三項)、本件訴訟は、a社及びCに対する関係で当然に終了した。以上の結果、被告はY株式会社のみとなった。
二 前提事実
次の事実は、末尾に証拠番号を付したものを含めて、当事者間に争いがないか、争うことが明らかにされない事実である。
(1) 当事者等
原告は、銀行業を営む株式会社である。
被告は、惣菜類の製造及び販売等を営む株式会社であり、後記(4)のとおり、平成二一年五月一日、a社の会社分割によって設立された。
被告の代表取締役であるB(以下「B」という。)は、Cの長男であり、a社の取締役であった者である。
(2) 原告の貸付け
原告は、平成一九年一二月二七日、同日締結されたa社との基本契約に基づき、a社に対し、三〇〇〇万円を以下の約定で貸し付けた(以下「本件貸付」といい、本件貸付に係る債権を「本件貸金債権」という。)。
利息 年二・八%(年三六五日の日割計算)
返済方法 元金均等返済型
ア 元金返済方法
平成二〇年一月より平成二二年一一月まで毎月末日限り八三万三〇〇〇円
平成二二年一二月三一日限り 八四万五〇〇〇円
イ 利息支払方法
平成一九年一二月二七日に借入日より平成二〇年一月三一日までの利息を支払い、以降一か月ごとに一か月分の利息を先払い。
損害金 年一四%(年三六五日の日割計算)
(3) a社の債務超過等
ア a社は、平成一九年一月期に赤字決算になり、平成二一年一月期には五億七〇四四万四三五五円の債務超過の状態に陥った。
イ a社は、本件貸付について、平成二一年三月三一日に支払うべき元金の支払を遅滞し、以後元利金の一切の支払を停止した。
(4) 新設会社分割の実施
a社は、平成二一年五月一日、次の内容で、新設会社分割を実施し(以下「本件新設分割」という。)、被告を設立した。
ア 権利・義務の承継
① 被告が、被告成立の日に、本件新設分割によりa社から承継する資産、債務、雇用契約その他の権利義務は、別紙「承継する権利義務の明細」に定めるところによる。
なお、a社が原告に対して負担する本件貸付に基づく借入金返還債務は、被告に承継されていない。
② 本件新設分割によるa社から被告への債務の承継については、a社がすべて重畳的に債務引受をする。
イ 発行株式数等
被告は、本件新設分割に関して、普通株式一〇〇〇株を発行し(以下「本件株式」という。)、本件株式の全部をa社に割り当てる。
(5) 原告による相殺
原告は、平成二一年七月一〇日、a社に対し、本件貸付に基づく貸金残元金を自働債権、a社の原告に対する預金債権を受働債権として、相殺の意思表示をし、その結果、原告のa社に対する本件貸付に基づく貸金返還請求権の残元本は一七九三万五〇二七円となった。
(6) 本件株式の譲渡
a社は、本件新設分割のスポンサーである訴外b株式会社(以下「b社」という。)に対し、平成二二年一月二〇日、本件株式の全部を代金三〇〇万円で譲渡する旨の契約を締結した(以下「本件株式譲渡①」という。)。
(7) 本件訴訟の提起
原告は、平成二二年三月一五日、本件訴訟を提起した。
(8) a社及びCの破産
a社の代理人であるD弁護士(以下「D弁護士」という。)は、平成二二年二月八日付けで、各債権者に対し、a社が今般破産申立てを行うことになったことなどを告知する「受任通知及び債権調査へのご協力のお願い」と題する書面を送付した。
a社は、同年五月二四日、大阪地方裁判所に対し、破産手続開始の申立てを行い、同年六月二日午後五時、破産手続開始決定がされ、破産管財人が選任された(以下、「本件破産手続」という。また、同手続において選任された破産管財人を単に「管財人」という。)。併せて、a社の代表取締役であるCも破産手続開始の申立てをし、上記同日午後五時、破産手続開始決定がされた。
(9) 管財人による本件株式譲渡①の否認等
ア 管財人は、本件破産手続において、a社がb社に対して破産前に行った本件株式譲渡①について、否認権を行使した。
その後、管財人は、破産裁判所の許可を得て、Bに対し、本件株式を代金二〇〇〇万円で売却した(以下「本件株式譲渡②」という。)。
イ Bは、管財人に対し、同年一一月二九日までに上記代金二〇〇〇万円を全額支払った。同売却代金は、a社の破産財団に組み込まれ、平成二三年七月二九日、破産債権者に対する配当が実施され、同年八月二二日、a社の破産手続は終結した。
(10) 原告の受けた配当額
原告は、本件破産手続において、上記(5)の本件貸金債権残元本一七九三万五〇二七円及び遅延損害金について破産債権の届出をし、五一万二〇二九円の配当を受けたほか、Cの破産手続において一三万七〇〇九円の配当を受けた。なお、本件破産手続における一般破産債権に対する配当率は、約二・四五%であった。
以上の配当の結果、平成二三年八月三日時点における本件貸付に基づく貸金返還請求権の残額は次のとおりとなった。
残元本 一七二八万五九八九円
確定遅延損害金 五九一万八五六五円
未確定遅延損害金 上記残元本に対する平成二三年八月四日から支払済みまで年一四%(年三六五日の日割計算)
第三争点及び争点に関する当事者の主張
一 争点一(法人格否認の成否)について
【原告の主張】
(1) 本件新設分割により被告が設立された経緯に照らせば、被告設立の目的は、金融債務のみをa社に残して債権者の追及をかわしつつ、被告に移転した優良資産によってBの下で事業の存続を図ろうとするものである。かかる目的は、会社法の脱法行為であり、不正なものというべきである。
そして、①上記の被告設立の目的、②被告の全株式をa社が取得したこと、③被告の従業員や設備、事業の内容がa社と同一であること、④本件新設分割後のa社は事実上の廃業状態であること等の観点から見ても、被告とa社は、形式上は法人格を別にしても、事実上は同一の主体というべきである。
(2) したがって、本件新設分割を核としたスキームは、被告の法人格が濫用されたもので、法人格否認の法理が適用されるべきである。
すなわち、被告は、原告に対し、自らがa社と法人格を異にすることを主張できず、原告のa社に対する債権について、a社と連帯して弁済する責任を負う。
【被告の主張】
(1) 本件のように、経営が窮境に陥り、債務の履行の見込みがないa社が、事業再建を図る目的で会社分割をすることは、会社法の立法担当者も予定していたものであり、会社法の下での会社分割の一場面として想定されていた。
したがって、本件新設分割は、会社法の脱法行為などではない。
(2) 本件新設分割の目的
a社が本件新設分割をした目的は、強制執行免脱や財産隠匿の目的ではない。a社が本件新設分割をするに至った端緒は、a社が平成二一年四月九日に三菱東京UFJ銀行から預金を凍結され、会社のキャッシュフローが悪化し、経営が窮状に陥ったことにある。a社のキャッシュフローが悪化したままの状態であれば、同社は破産するほかなかった。本件新設分割時点において、a社が破産してしまえば、その時点での破産財団はゼロに等しい状況であり、債権者に配当することはできないことが見込まれた。
そこで、a社は、破産することで破産債権者に迷惑をかけることよりも、幾らかでも配当財団を作るために、まずa社から被告を会社分割によって新設し、その分割により被告からa社に交付される株式をスポンサーであるEに譲渡し、その譲渡対価をもって債権者に配当しようと考えたものである。
被告は、このような目的の下でa社から新設分割されたのであり、財産隠匿などの不当な目的に基づき法人格を濫用するために設立されたものではないから、本件新設分割には、法人格の濫用目的がなく、法人格否認の法理は適用されない。
二 争点二(本件新設分割の詐害行為取消の成否)について(予備的請求①)
【原告の主張】
仮に、法人格否認の法理の適用が認められないとしても、本件新設分割は、原告をはじめとするa社の債権者を害する意思でなされたものであるから、取り消されるべきである。
(1) a社は、三井住友銀行から債務のリスケジュールを提案されるなど、債務超過の状態にあったと思われるが、破産が不可避の状態であったわけではなかった。だからこそ、金融機関もリスケジュールを提案したのである。
相応のキャッシュフローが見込まれ、再建の可能性も十分にあったa社の事業を、取締役の一部の者(Bひいては○○一族)が経営権を握って継続するために、優良資産を被告に移転させた後にa社を意図的に倒産させようという一連の計画の核心として、本件新設分割は実行されたものである。
(2) このように、キャッシュフローを生んで再建することが見込まれる会社の優良資産を移転させて倒産を不可避にすることは、仮に当該資産移転が相応の対価の下になされたものであっても、債権者の債権回収の可能性を倒産によって決定的に失わせる「債権者を害する」行為である。
現に、本件新設分割の結果、a社は破産し、原告は、本件破産手続において、債権額に比して過小な配当しか受けられなかった。
(3) また、a社及び事業再生コンサルタントは、被告の株式を第三者に売却して現金化し、それを原告をはじめとする債権者への按分弁済の原資にすると説明していたが、仮に第三者への株式売却が相当な価額でなされたものであったとしても、財産を消費、隠匿、散逸しやすい金銭に換えることは、債権者を害する行為である。
(4) a社及び被告の悪意
a社ないしCは、本件新設分割によってa社が倒産不可避の状態に陥ること及び本件新設分割が事業を継続するために債権者には過小な配当しかされないことをバンクミーティングで説明していたから、上記の詐害性については十分に知悉していた。
また、被告の代表取締役であるBは、a社の取締役でもあるから、被告は、本件新設分割が債権者を害すべき事実を認識していたことも明らかである。
(5) したがって、本件新設分割は、「債務者が債権者を害することを知ってした法律行為」(民法四二四条一項)に該当する。
(6) 取消しの効果
詐害行為取消権の効果は相対的であるから、原告と被告の間でのみ本件新設分割が取り消され、被告は、a社から会社分割によって承継した財産を返還することになる。
被告がa社から承継したのはa社が行う「すべての事業」である(以下「本事業」という。)。具体的には、「本事業に属する流動資産の一切」、「本事業に属する有形固定資産、無形固定資産の一切」、「本事業に属するその他の資産の一切」である。これらは、事業として一体的に運用されることで、個々の財産の具体的価値を総和したものよりも大きな価値を有する、全体として不可分一体の財産であるから、本件新設分割を取り消してa社の債権者を保護するためには、取消の効果として、不可分一体の「事業」全体がa社の下に返還されなければならず、そのためには会社分割全体が取り消されなければならない。もっとも、具体的に被告に承継された財産の詳細は不明であるし、その後の事業継続の結果、個々の具体的な財産は既に費消されたり第三者に渡ったりしていると思われる。
したがって、本件では、被告が承継した不可分一体の「事業」の価値を金銭賠償させることで、事業の返還に代えるべきである。
(7) 原告が詐害行為取消権によって保全すべき権利、すなわち債務者であるa社に対する債権は、二三二〇万四五五四円及びうち一七二八万五九八九円に対する平成二三年八月四日から支払済みまで年一四%(年三六五日の日割計算)の割合による遅延損害金である。
そうすると、取消の効果は、被告に承継された「事業」の価値、すなわち、a社が本件新設分割前に公認会計士に査定させた時価である二二八三万九六九八円及び本件訴訟の事実審の口頭弁論終結日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員に及ぶから、原告の価額賠償請求権は上記金額に及ぶことになる。
【被告の主張】
(1) 詐害性の不存在
ア a社は、本件新設分割の直前には約五億七〇〇〇万円の債務超過の状態にあり、資金繰りに窮しやむなく本件新設分割を実施したものである。そして、本件新設分割前の平成二一年四月時点でa社が破産した場合、一般債権者への配当はほぼゼロに等しい状態であった。公認会計士による同年一月二〇日時点における資産評価によっても、a社が破産ないし民事再生をした場合の配当率は、一・〇五七四%にすぎなかった。
これに対し、本件新設分割後に行われたa社の破産手続においては、管財人が本件株式をBに二〇〇〇万円で売却し、その代金を破産財団に組み入れることにより、結果として破産債権者に対して約二・四五%の配当が実現したのであるから、本件新設分割によってa社の責任財産は減少していない(かえって配当率は上昇している。)。
したがって、本件新設分割には、詐害性は認められない。
イ 原告の主張は、a社が「キャッシュフローを生んで再建することが見込まれる」ことを前提とした主張である。
しかし、a社は、平成二一年三月には大阪厚生信用金庫からリスケジュールへの同意を得られず、同年四月九日には三菱東京UFJ銀行の預金口座が凍結されてキャッシュフローが悪化し、一気に窮境状態に陥った。さらに、会社分割後の同年五月二七日にa社が金融機関に対して行った説明会でも、上記両金融機関からはリスケジュールへの理解が得られなかった。
このように、a社は、支払不能を理由に破産手続に着手するしか方法がない状況であり、「キャッシュフローを生んで再建することが見込まれる」との原告の主張は、平成二一年五月時点でのa社の経営状態を見誤ったものであり、失当である。
(2) 被告の悪意はないこと
本件新設分割は、そもそも詐害性がないから、受益者である被告の代表取締役であるBが、a社の取締役として本件新設分割の事実を認識していたとしても、詐害行為についての悪意はない。
三 争点三(a社の被告に対する融通金債権の代位行使の成否)
【原告の主張】
(1) a社の被告に対する融通金債権の代位行使(予備的請求②)
ア 原告は、a社に対し、本件貸金債権を有している。
イ a社の被告に対する融通金債権の存在
a社は、被告に対し、平成二一年四月二〇日から平成二二年一月一二日にかけて、合計二億二四六二万五〇四三円を融通した(以下「本件融通金債権」という。)。これは、法的には期限の定めのない貸付金と評価されるべきものである。
すなわち、被告は、重畳的債務引受をしたa社の債務をことごとく代位弁済し、その結果、a社が負担する金融機関からの借入金債務を除くすべての債務が一〇〇%弁済を受けた。これらの被告によるa社の債務の代位弁済総額は、二億九五五八万五七一九円であり、a社の帳簿上は「Y社未払金」として計上されている。
一方、a社は、本件新設分割後にa社に残置した売掛金について、いったんは回収しているものの、その大半を被告に融通している。a社の被告に対する融資総額は、二億二四六二万五〇四三円であり、a社の計算上は「Y社立替金」として計上されている。
「Y社未払金」は、被告がa社に対し、a社の支払停止後破産開始決定前に取得した破産債権である。一方、「Y社立替金」は、被告がa社に対し、a社の支払停止後破産開始決定前に負担した債務である。
a社と被告は、平成二二年一月二〇日、上記「Y社未払金」と「Y社立替金」とを対当額(二億二四六二万五〇四三円)で相殺処理しているが、当該相殺は、破産法七一条一項三号及び七二条一項三号に反し無効である。したがって、a社の被告に対する本件融通金債権は、いまだ消滅することなく残存していることになる。
ウ a社は、平成二二年六月二日に破産手続開始決定を受け、その後本件破産手続は終結したから、無資力である。
エ よって、原告は、債権代位権に基づき、a社の被告に対する本件融通金債権を代位行使し、本件貸金債権の範囲内でその支払を求める。
(2) 被告の相殺処理が破産法上の相殺禁止に当たること
a社は、平成二一年三月二六日、取引金融機関に対し、「今月の資金繰りに至っては元利金返済のめどが立ちません」として、同月分の元利金の返済猶予を申し入れた。これが「支払の停止」に当たることは明らかである。
そして、被告がa社に対して「Y社立替金」を取得したのも、a社が被告に対して「Y社未払金」を取得したのも、本件新設分割がされた平成二一年五月一日以降であるから、被告は、「支払の停止があった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その負担の当時、支払の停止があったことを知っていた」のであり、かつ、「支払の停止があった後に破産債権を取得した場合であって、その取得の当時、支払の停止があったことを知っていた」のである。
したがって、被告の行った相殺処理は、破産法七一条一項三号及び七二条一項三号の相殺禁止に該当し、許されない。
なお、破産法七一条及び七二条は強行法規であり、破産債権者が破産手続開始前にした相殺を有効と認める破産管財人と破産債権者間の合意があっても、相殺禁止の効力を排除できないとするのが判例であるから(最判昭和五二年一二月六日)、破産管財人及び破産裁判所が上記相殺処理に異議を述べなかったことは、相殺禁止との関係では何らの意味も持たない。
【被告の主張】
(1) 本件融通金債権が存在しないこと
ア 被告は、本件新設分割により、a社から資産及び負債のほか、取引先との契約上の地位及びこれに付随する権利義務等を承継した。他方、被告は、a社が取引先に対して有する売掛金債権は承継せず、同時に、a社が取引先に対して負っていた債務の一部を重畳的に債務引受した。この結果、本件新設分割の前後にわたって、a社と被告が、同一の取引先との取引を継続していることがあった。
イ 本件新設分割がされたのは平成二一年五月一日であるから、本来てあれば、a社が取引先に対して有する売掛金債権のうち、同年四月三〇日までに発生したものについては、取引先はa社に支払い、同年五月一日以降に発生したものについては被告に支払うはずである。しかし、本件新設分割の前後にわたってa社と被告は同一の取引先と取引を継続しているから、取引先が会社分割後の日に締日を設定している場合、実際には取引先が、a社が取得する売掛金債権分と被告が取得する売掛金債権分とに分けずに、その全額を被告に支払うことがあった。
このように、a社が平成二一年四月三〇日までに取引先に対して取得した売掛金債権のうち、取引先が被告に支払った分を、a社は「Y社立替金」として勘定科目に計上した。
ウ 「Y社未払金」は「Y社立替金」の逆であり、取引先が平成二一年四月三〇日までにa社及び被告に対して取得した買掛金債権及び経費等(a社及び被告の支払債務)のうち、同年五月一日以降に被告がa社の支払債務を履行した分を、a社は「Y社未払金」として勘定科目に計上した。
エ a社は、平成二二年一月二〇日、上記「Y社未払金」と「Y社立替金」という勘定科目を会計上相殺処理した。
その後、a社の代理人であるD弁護士は、同年二月八日、破産申立手続に関する受任通知を発し、同年五月二四日に破産手続開始の申立てを行い、同年六月二日に破産手続開始決定がされたものである。
以上の会計上の相殺処理については、a社の公認会計士から、管財人及び税務署に対しても説明済みであり、管財人から破産裁判所にも報告されたが、特に問題視されることなく本件破産手続は終結した。
(2) 上記相殺処理は、D弁護士がa社の破産手続申立てに関する受任通知を発出する前である平成二二年一月二〇日に行われたものであるから、同相殺には、破産法七一条一項三号及び七二条一項三号は適用されない。
(3) 仮に、上記相殺処理に破産法七一条一項三号及び七二条一項三号が適用されるとしても、当該相殺処理は、同法七二条二項二号及び四号の例外事由に該当し、有効である。
すなわち、被告は、重畳的債務引受をしたa社の債務を弁済し、平成二二年一月二〇日までにa社に対して求償権を取得した。本件破産手続の申立て前に被告がa社に対して取得した上記求償権は、破産法七二条二項二号の「原因」に基づく債権であり、相殺禁止は適用されない。
また、被告が平成二二年一月二〇日までに取得した「Y社未払金」なる債権は、a社が被告を新設分割する際に作成した「新設分割計画」に基づくものであり、その内容についてa社と被告は合意している。そうすると、上記債権は、両者間の契約に基づいて発生したものであるから、破産法七二条二項四号に該当し、相殺禁止は適用されない。
第四当裁判所の判断
一 認定事実
前記前提事実及び証拠並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) a社の債務超過
a社は、平成一八年三月に、総菜類の製造、販売業を拡大するために、奈良県に工場を新設することとし、三井住友銀行から資金を借り入れた。
しかし、その後旧工場の処分に伴う損失や人件費の増加、材料費の高騰などが原因となり、a社は、平成二一年一月期には約八二〇〇万円の経常損失を計上し、約五億七〇〇〇万円の債務超過に陥った。
(2) 事業再生コンサルタントへの相談
a社は、平成二一年三月、三井住友銀行からの借入れの返済期限が迫っていたことから、同銀行に対して折り返し融資を依頼したものの、同年三月一七日、同銀行から融資を拒絶され、全金融機関一致での融資のリスケジュールを求められた。
a社は、上記融資の拒絶により資金繰りに行き詰まったことから、Cは、同年三月一七日、企業再生関係の書籍で目にしたことのあった「c株式会社」(以下「c社」という。)という大阪にある事業再生コンサルタント会社に連絡を取り、その日のうちに担当者と面談をした。
c社の担当者からは、会社の窮状を乗り切る方法として、①金融機関からの借入れのリスケジュール、②破産、③民事再生、④会社分割の四つの選択肢があると説明された。c社からの説明を受け、Cは、零細な取引先(仕入れ先)の連鎖倒産を招きかねず、a社の従業員を路頭に迷わせることになる破産は回避したい、民事再生については、a社の商品の納入先である百貨店や大手スーパーとの取引を打ち切られてしまうことから回避したいと考え、まずは、金融機関の借入れにつきリスケジュールを依頼することとし、それができない場合に会社分割の方法による再建を目指すこととした。
(3) a社による返済猶予の申出
a社は、平成二一年三月二六日、借入先の全金融機関宛に、「元利金返済についてのお願い」と題する書面を発出し、借入金に関する返済猶予及びリスケジュールを依頼した。同書面には、①長引く不況の中、a社の業績が低迷し、平成二一年三月の資金繰りについて元利金返済の目途が立たないことから、同月の返済について一旦猶予をお願いさせていただくこと、②同年四月以降については、事業を全面的に見直し、中旬を目途に今後の経営改善計画を作成・報告する予定であること等が記載されていた。
しかし、同年四月一〇日頃、三菱東京UFJ銀行からリスケジュールを断られ、a社の預金口座(約二五〇〇万円)が凍結された。また、大阪厚生信用金庫からもリスケジュールを拒否され、売掛金に対する集合債権譲渡担保を実行するとの通告を受けた。
a社との間で事業再生に関するコンサルタント契約を締結したc社は、同年四月一六日、原告を含む各金融機関に対し、a社名義で、経営改善計画の提出を同年四月第四週に延期する旨を連絡するFAX文書を送付した。
a社は、平成二一年四月二二日付けで、全金融機関に対し、同社の実情及び今後の方向性について説明するため、同年五月二七日にバンクミーティングを開催する旨の連絡文書を送付した。
(4) 本件新設分割の実施
ア 金融機関に対するリスケジュールの依頼が奏功せず、三菱東京UFJ銀行から預金口座を凍結されるなどして、a社は、資金繰りが極度に悪化したことから、やむなく会社分割の方法による再建を目指すこととし、平成二一年五月一日付けで、本件新設分割を実施し、被告が設立された。
なお、平成二一年四月三〇日時点におけるa社の資産状況は、六億〇九九一万一六七三円の債務超過であった(弁論の全趣旨)。
イ 本件新設分割により、a社の資産のうち、現預金の一部、製品・原材料、建物及び附属設備、器具備品など、事業用資産はほとんど被告に承継され、二億三〇〇〇万円余りの売掛金債権や、短期貸付金等はa社に残された。
a社の負債については、未払給与や社会保険料等の未払金や、取引先に対する支払手形等の債務は被告に承継されたものの、約九億円に上る金融機関からの借入金債務(原告の本件貸付に係る債務を含む。)は一切承継されなかった。なお、約二億円に上る取引先からの買掛金債務はa社に残された。
ウ 本件新設分割の計画書には、a社から被告に対して承継される負債の中に、Cの妻F及びBからの借入金債務(Fが五七二四万六七八九円、Bが四八九万三三五九円)が含まれていたが、実際に実施された本件新設分割においては、これらの債務は被告に承継されなかった。
(5) 本件新設分割直前のa社の財務状況
a社は、平成二一年四月中旬頃、G公認会計士(以下「G会計士」という。)に対し、同年一月二〇日時点におけるa社の清算価値の評価を依頼した。同年五月二〇日付けのG会計士作成にかかる調査報告書によれば、a社の資産の評価額は合計三億九六三二万〇一九〇円(担保権の設定された資産の評価額を含む。)、負債の合計額は一五億二〇一一万九七九五円(うち別除権の対象となる借入金債務が二億三二三四万二一二五円、未払の公租公課や給与等の優先債権が一億五一九六万七六五一円、一般破産債権が一一億三五八一万〇〇一九円)であり、一一億二三七九万九六〇五円の債務超過であった。
同報告書によれば、平成二一年一月二〇日時点における、別除権及び優先債権を除いた一般破産債権に対する配当率は、一・〇五七四%と見込まれていた。もっとも、上記評価時点以降も、a社は赤字の状態が続いていたことから、本件新設分割時点における同社の資産は一層減少し、配当見込みは上記配当率よりも更に低下していた。
(6) バンクミーティングの開催
平成二一年五月二七日、a社の借入先である全金融機関を対象にした説明会(バンクミーティング)が開催された。a社側は、C、B、D弁護士、G会計士及びc社のコンサルタントであるHが出席した。
上記説明会においては、c社が作成した「a株式会社バンクミーティング資料」と題する資料及び新設分割計画書と題する書面が配布され、主にHから、当該資料に基づき、①a社が窮境状態に陥った経緯、②a社が破産申立てを選択した場合に破産配当率が実質ゼロであること、③a社が事業再生の手法として会社分割を選択し、同年五月一日付けで本件新設分割が実施され、新設分割設立会社として被告が設立されたこと、④a社は、新設された被告の全株式を取得し、スポンサー企業に当該株式を譲渡して得た代金で金融機関に対する配当を実施すること、⑤スポンサー企業の候補としてEから内諾を得ていることなどが説明された。
(7) Eへの株式売却に関する交渉経過等
被告は、本件新設分割後、運転資金が全くなかったことから、平成二一年五月一八日、d株式会社(以下「d社」という。)との間で、極度額を一億円とする極度貸付契約を締結するとともに、取引先に対する将来の売掛金債権に対して集合債権譲渡担保を設定し、個別に運転資金の貸付けを受けた。
a社は、スポンサー候補であったEとの間で、本件新設分割によって割当を受けた本件株式の売却交渉を行っていたが、Eは、被告に対して平成二一年七月一七日に一七〇〇万円を貸し付けたこともあり、被告がd社から借入れを受けていたことを懸念し、交渉がまとまらなかった。
そこで、被告は、d社から東京スター銀行に借換えを行うこととし、平成二二年一月一二日、東京スター銀行との間で極度額を五〇〇〇万円とする当座勘定貸越契約を締結し、同月一九日に五〇〇〇万円を借り入れて、d社からの借入金を返済し、同社との間で締結した上記極度貸付契約及び集合債権譲渡担保の設定を解約した。
上記経緯を受けて、a社は、平成二二年一月二〇日、Eに対し、本件株式を三〇〇万円で売却した(本件株式譲渡①)。なお、a社は、譲渡代金をもう少し高額にするよう求めていたが、Eからは、被告の資金繰り等を踏まえると三〇〇万円以上は出せないと言われ、三〇〇万円に決定した。
(8) 本件株式譲渡①の否認とBに対する株式売却
a社は、平成二二年六月二日午後五時、破産手続開始決定を受け、管財人が選任された。
本件破産手続において、a社のEに対する三〇〇万円での本件株式の売却(本件株式譲渡①)は、廉価売却であるとして管財人により否認された。そこで、管財人が本件株式の新たな売却について入札を行ったところ、Bのほか複数社が入札に参加し、その結果、最高額を提示したBに対する二〇〇〇万円での売却(本件株式譲渡②)が決定した。
Bは、大阪商工信用金庫から二〇〇〇万円の借入れを行い、管財人に対して同代金を支払った。
(9) 被告が承継した債務の支払
被告が、本件新設分割に基づき重畳的債務引受をすることによりa社から承継した債務の総額は、八三〇三万九四二三円であり、被告は、平成二二年一月二〇日までに、このうちの七〇九六万〇六七六円を支払った。
(10) a社と被告との相殺処理
ア 本件新設分割の結果、取引先に対する売掛金債権は、平成二一年四月三〇日までに発生した分はa社に、同年五月一日以降に発生した分は被告に帰属する。また、取引先からの買掛金債務についても、同様に同年四月三〇日までに発生した分はa社に、同年五月一日以降に発生した分は被告に帰属することになる。
しかし、a社の取引先からは、締日までの取引期間が同年五月一日をまたぐ場合、同日以前の取引に係る代金はa社の口座、同日以降の取引に係る代金は被告の口座と分けて入金することになると煩雑であり、被告の口座に合わせて振り込みたいとの要望があった。そこで、Cは、本来a社が回収すべき売掛金(同年四月三〇日までに発生した分)であっても、被告の口座に振り込んでもらうことに決め、各取引先に周知した。
一方、a社が同年四月三〇日までに行った取引先からの仕入れに係る買掛金の支払については、本来a社が支払うべき債務であるが、同様に締日までの取引が同年五月一日をまたぐ場合に、同一の取引先に対する支払を、a社と被告が上記日の前後で分けて支払う事務の繁雑さを避けるため、被告は、同年四月三〇日までに生じた買掛金債務についてもa社に代わって立替払いすることとした。
イ そして、a社は、帳簿上、上記処理により、a社が取引先に対して取得した売掛金債権のうち、取引先が被告に対して支払った分を「Y社立替金」、a社が負担した買掛金債務のうち被告が代わって支払った分を「Y社未払金」として、勘定科目にそれぞれ計上した。
ウ a社は、平成二二年一月二〇日、帳簿に計上された上記「Y社立替金」及び「Y社未払金」について、対当額である二億二四六二万五〇四三円について相殺処理をした(以下「本件相殺処理」という。)。
a社の公認会計士は、本件破産手続において、管財人に本件相殺処理について報告し、管財人は破産裁判所に対して報告したが、本件相殺処理が特に問題視されることはなく、本件破産手続は終結した。
二 争点一(法人格否認の法理の成否)について
(1) 前記認定事実によれば、a社は、平成二一年一月期には約五億七〇〇〇万円の債務超過に陥り、同年三月一七日には三井住友銀行から折り返し融資を断られるなどして資金繰りに行き詰まり、事業再生コンサルタントであるc社に窮状を乗り切る方策を相談したこと、相談の結果、まずは金融機関からの借入金債務につきリスケジュールを試みることとし、全金融機関宛に元利金の支払猶予を求める書面を発出して交渉を始めたものの、同年四月には、三菱東京UFJ銀行及び大阪厚生信用金庫からリスケジュールを断られ、預金口座を凍結されるなどして、資金繰りが極度に悪化していたこと、そこで、倒産を回避するためやむなく新設分割の方法により再建を図ることとして本件新設分割を実施したことが認められる。
また、Cの妻及びBがa社に対して有する貸付金に係る債務は、被告には承継されていない。
以上に加え、会社法自体が事業再生の一手法として新設分割制度の活用を想定していると解されることに照らせば、本件新設分割は、a社が従業員や取引先に多大な迷惑をかけることになる倒産を回避し、事業の再生を図るためにやむなく実施されたものというべきであり、本件全証拠に照らしても、法人格を濫用する目的までは認められない。
(2) これに対し、原告は、事業の自主再建や従業員の雇用確保といった被告の主張する目的は正当なものとはいえない旨主張する。しかし、本件新設分割は、強制執行免脱や財産隠匿といった違法、不当な目的でされたものではなく、前述した本件新設分割の目的が、法人格の濫用といえる程度に不当であるともいえないから、原告の主張は採用できない。
また、原告は、本件新設分割のスキームでは、BがEから本件株式を取得することが当初から予定されており、真の目的は、○○家の長男であるBにa社の事業を承継させることにあったと主張する。しかし、Bが本件株式を取得することが当初から予定されていたことを認めるに足りる的確な証拠はない。本件株式をBが管財人から購入したことにより、結果として、a社の事業が第三者の手に渡らず、○○家の長男であるBに承継された事実が認められるとしても、本件新設分割が債権者を害する行為と評価されるような場合でない限り、そのこと自体を不当と評価することはできないというべきであるから、原告の上記主張は採用できない(本件新設分割が詐害行為に当たらないことは、後記三で説示するとおりである。)。
(3) したがって、法人格否認の法理に基づく原告の主位的請求は、理由がない。
三 争点二(詐害行為取消権の成否)について
(1) 新設分割の詐害行為取消の可否
株式会社を設立する新設分割がされた場合において、新設分割設立会社にその債権に係る債務が承継されず、新設分割において異議を述べることもできない新設分割会社の債権者は、民法四二四条の詐害行為取消権に基づき、その債権の保全に必要な限度で新設分割を取り消すことができると解するのが相当である(最高裁平成二四年一〇月一二日第二小法廷判決・民集六六巻一〇号三三一一頁)。
前記認定のとおり、原告がa社に対して有する本件貸金債権に係る債務は、本件新設分割により被告に承継されずにa社に残されたままであり、原告は本件新設分割に異議を述べることもできなかったのであるから、原告は、詐害行為取消権に基づき本件新設分割を取り消すことができる地位にあるというべきである。
(2) 本件新設分割の詐害性の存否
ア 詐害行為取消権は、債務者の責任財産が減少する場合に、債権者保護のため例外的に債務者の財産処分に介入することを認めるものであるから、対象となる行為の詐害性は、処分行為時だけでなく詐害行為取消権の行使時点(事実審の口頭弁論終結時)にも存することを要するというべきである。
イ 前記認定のとおり、a社は、本件新設分割前の平成二一年一月二〇日時点では、約五億七〇〇〇万円もの債務超過の状態であり、無資力であったと認められるところ、本件新設分割は、a社の大半の資産を被告に移転するとともに、被告に承継される負債についてはa社が重畳的債務引受をすることを内容とするものであるから、本件新設分割は、a社の責任財産を減少させる行為として、当該行為の時点では詐害性があったというべきである。
もっとも、a社は、本件新設分割により、被告にその一般財産を移転することの対価として被告の全株式(本件株式)を取得しており、管財人は、本件破産手続において、Eへの本件株式譲渡①を否認した上で、最終的には、破産裁判所の許可を得て、本件株式を二〇〇〇万円でBに売却し、同代金をa社の破産財団に組み入れている。
前記認定のとおり、本件新設分割直前の平成二一年一月二〇日時点におけるa社の資産状況によれば、a社の一般破産債権への配当率は一・〇五七四%であり、同債権の引き当てとなるa社の一般財産は約一二〇一万円程度であったと認められる(一般破産債権の総額一一億三五八一万〇〇一九円×〇・〇一〇五七四≒一二〇一万円)。
そうすると、管財人による本件株式の任意売却により、a社の一般財産は回復した(かえって本件新設分割時点よりも八〇〇万円程度増加した)というべきである(一般債権者への配当率でみても、一・〇五七四%から二・四五%に上昇している。)。
また、詐害行為取消訴訟は、債務者に関する破産手続開始により中断し、破産管財人が当該訴訟を受継した上で、否認訴訟等に切り替えて追行することが本来予定されている(破産法四五条一項、二項)。この点、本件では、a社の管財人は、本件訴訟のうち詐害行為取消請求に係る部分を受継せず、本件新設分割自体の否認に代えて、本件株式譲渡①の否認請求により破産財団の回復を図ったものと解されるのである。そうすると、管財人の否認権行使及び本件株式譲渡②により、a社の責任財産が回復された以上、原告による詐害行為取消権の行使を認める必要性も存在しないというべきである。
したがって、本件株式の売却によりa社の一般財産が回復した以上、本件新設分割には、もはや詐害性は認められず、原告は詐害行為取消権を有しないというべきである。
(3)ア これに対し、原告は、a社は破産ないし民事再生をしたわけではないから、当該倒産手続をとったと仮定してその配当率と比較して詐害性を判断するのは不相当である旨主張する。
しかし、前記認定のとおり、a社は、平成二一年三月二六日には、全金融機関宛に元利金の支払猶予を求める書面を発出して借入金債務の返済を停止し、同年四月には、三菱東京UFJ銀行からリスケジュールを拒否されて残高約二五〇〇万円の預金口座を凍結され、さらには、大阪厚生信用金庫にもリスケジュールを断られて、売掛金債権に設定した集合債権譲渡担保の実行を通告されるなどして、資金繰りが極度に悪化していたこと、同年四月三〇日時点の資産状況は六億円を越える債務超過の状態であったことなどに照らせば、a社は、本件新設分割を行わなければ早晩倒産していたことが明らかというべきである。そうすると、本件新設分割がされなければ、破産又は民事再生手続が取られていたと推認することが合理的であり、その際の配当率(弁済率)と比較して詐害性を判断することは相当というべきである。
なお、原告は、本件新設分割時点のa社の資産の評価額が五八三六万四四九七円であることを前提に、本件新設分割が詐害性を有する旨の主張をするが、前述のとおり、上記時点におけるa社の経営状態に照らせば、清算価値を前提とした証拠<省略>に基づく評価額が相当と認められるから、原告の上記主張は採用できない。
イ 原告は、本件新設分割の結果、a社が事業から得られるキャッシュフローから債権を回収することを困難にさせたものであり、その点で詐害性がある旨主張する。しかし、前記説示のとおり、a社は、本件新設分割直前の時点で、金融機関から借入金債務のリスケジュールを拒絶され、預金を凍結されるなどした結果、資金繰りが極度に悪化し、本件新設分割を実施しなければ早晩破綻していたものというべきであり、本件全証拠に照らしても、本件新設分割がなければa社がその後事業を継続して金融債務の弁済ができる程度のキャッシュフローを得ることができたとは認められないから、原告の主張は採用できない。
ウ 原告は、a社が有していた具体的な資産や事業を被告の株式に換えることは、具体的な執行及び換価を困難にさせるものであるし、仮に本件株式譲渡②が相当な価額でされたものであったとしても、財産を費消、隠匿、散逸しやすい金銭に換えることは、一般財産の共同担保としての価値を実質的に減少して、原告が弁済を受けることをより困難にするものであると主張する。しかし、本件株式の売却代金は、現実にa社の破産財団に組み込まれ、その後原告を含む破産債権者に対して配当がされているのであるから、原告の上記主張は理由がない。
エ 原告は、本件株式の譲渡代金が相当な価額であり純資産額に変動が生じないとしても、被告に承継され全額弁済を受けられた債権者と、被告に承継されず僅かな配当しか得られなかった債権者との間で著しい不平等が生じるから、本件新設分割には詐害性が認められる旨主張する。
確かに、被告に承継された債務に係る債権者と承継されない債務に係る債権者との間で、結果として弁済率に不平等が生じたことは事実である。しかし、詐害性の判断は、あくまで当該行為により一般債権者の引当てとなる債務者の責任財産が減少したかどうかで判断すべきであり、行為の前後で責任財産の減少が認められない場合には、仮に債権者間に結果として不平等が生じたとしても、それをもって詐害性を認めることはできないというべきである。そして、前述したとおり、本件新設分割の前後においてa社の責任財産の減少を認めることはできないから、原告の上記主張は理由がない。
(4) なお、原告は、詐害行為取消権行使の前提となる被保全債権(本件貸金債権)につき、本件破産手続において破産債権として届出をし、配当を受けているところ、本件破産手続の終結によりa社の法人格は消滅し、それに伴い本件貸金債権の残余の部分は当然に消滅するのではないかとも考えられる。この考え方に立てば、本件新設分割の詐害性について論じるまでもなく、被保全債権を欠くことにより原告の請求は認められないことになる。
しかし、破産会社に取り戻すべき財産が存在する場合には、破産終結後であっても、破産会社の法人格はその限度で存続するものと解されるから、債権者が、残存する債権に基づき詐害行為取消権を行使することができると解するのが相当である。
(5) まとめ
以上によれば、本件新設分割は詐害行為には該当しないから、原告の予備的請求①は理由がない。
四 争点三(本件融通金債権の代位行使の成否)について
(1) 本件相殺処理に供された「Y社立替金」は、被告が回収した本来a社に入金されるべき売掛金についての、a社の被告に対する返還請求権(債権)である。一方、「Y社未払金」は、被告がa社に代わって立替払いしたことによる、被告のa社に対する立替金返還請求権(a社の被告に対する債務)である。
そうすると、本件相殺処理は、a社・被告間に実際に存在する債権債務を、両者の合意により相殺するものであるから、単なる帳簿上の処理ではなく、破産法七一条及び七二条の相殺禁止の対象となるというべきである。
(2) もっとも、同様七一条及び七二条は、本来債権者が自由に行使できる相殺権を、破産手続における債権者平等を図るために、破産手続開始の効果として例外的に制限したものと解される(同法六七条参照)から、仮に、同法七一条及び七二条の相殺禁止に抵触するものとして効力が否定される相殺であっても、破産手続が終結すれば、相殺禁止の制限はなくなり、相殺の効力が復活すると解するのが相当である。
そうすると、本件相殺処理が仮に破産法七一条ないし七二条に抵触するものとして、破産手続上は効力が否定されるとしても、本件破産手続が終結したことに伴い、その後は相殺の効力が復活するから、a社及び被告がそれぞれ有する各債権は対当額により消滅していることになる。
したがって、原告が代位を主張するa社の被告に対する債権は、相殺によりもはや存在しないことになるから、債権者代位権に基づく原告の予備的請求②は理由がないことに帰する。この結論は、本件破産手続において、破産裁判所及び管財人が、本件相殺処理について何ら問題視していないことにも沿うものである。
(3) 原告は、本件相殺処理が相殺禁止に抵触して無効とされる結果、a社の被告に対する債権のみが復活すると主張するものであるが、原告の主張は、被告のa社に対する反対債権も同時に復活することを看過しており、採用の限りではない。
第五結論
以上の次第で、原告の主位的請求及び予備的請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 川淵健司)
別紙 承継する権利義務の明細
新会社の設立の日において、新会社が本新設分割により当社から承継する権利義務については、法令もしくは契約上承継できないものを除き、次に定めるとおりとし、これらの権利義務のうち、資産及び債務その他の負債(以下「負債」という。)については、平成二一年一月二〇日現在の貸借対照表その他同日現在の計算を基礎とし、これに新会社の成立の日の前日までの増減を加除した上で確定する。
一.承継する資産
(1) 流動資産
本事業に関する流動資産の一切。ただし、次に掲げるものを除く。
①現金・預金の一部
②売掛金の全部
③貸付金の一部
④仮払金の一部
⑤チェーン店立替金の一部
(2) 本事業に属する有形固定資産、無形固定資産の一切
(3) 投資その他の資産
本事業に属する投資その他の資産の一切。ただし、次に掲げるものを除く。
①出資金の全部
②保証金の一部
③保険積立金の一部
④長期前払費用の一部
⑤社債発行費
二.承継する負債
(1) 流動負債
本事業に属する流動負債の一切。ただし、次に掲げるものを除く。
①買掛金の全部
②短期借入金の全部
③未払消費税
④未払法人税等
(2) 固定負債
本事業に属する固定負債の一切。ただし、次に掲げるものを除く。
①長期借入金の一部
②社債の一部
三.承継する雇用契約以外の契約
新会社は、本事業に属する以下の契約における契約上の地位及びこれらの契約に付随する権利義務を承継する。
別表に掲げる賃貸借契約、売買契約、取引基本契約、業務委託契約、リース契約、金銭消費貸借契約、根抵当権設定契約、保証契約、その他の契約
四.承継する雇用契約
新会社は、本新設分割により、新会社の設立の日において、当社に在籍するすべての従業員との間の雇用契約を当社から承継する。
五.許認可等
新会社は、本事業に属する許認可、承認、登録、届出等は法令上可能な範囲ですべて承継する。