京都地方裁判所 平成22年(ワ)1428号 判決 2012年2月07日
主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して2390万7703円及びこれに対する平成13年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その3を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは、原告に対し、連帯して3415万3862円及びこれに対する平成13年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は、原告が、被告らに対し、被告Y1村(以下「被告村」という。)が計画・発注し、被告Y2社(以下「被告会社」という。)が受注・施工した道路改良工事によって、前記道路に隣接する原告所有地に地盤沈下が生じたとして、債務不履行又は不法行為(被告村に対しては国家賠償法1条1項又は民法715条)に基づき、連帯して3415万3862円及びこれに対する不法行為の日である平成13年6月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 基礎となる事実(争いのない事実並びに各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定することができる事実)
(1) 原告は、京都府相楽郡<以下省略>に土地(以下「本件土地」という。)を所有し、平成4年ころ、本件土地上に建物(以下「本件建物」という。)を建築して、平成5年ころから、本件建物において製茶業を営んでいる。(甲9、10、15)
(2) 被告Y1村(以下「被告村」という。)は、平成8年ころから、本件土地の西側を南北に走る道路である大河原東和束線(以下「本件道路」という。)の道路改良工事を計画し、平成13年2月19日、これを被告会社に発注した。被告会社は、同月20から同年6月29日ころまで、本件道路の改良工事を実施した。(乙3ないし5、7)
(3) 本件建物西側は、軒下に基礎コンクリートが張り出し(以下、この部分を「本件基礎コンクリート」という。)、そこから本件道路までの間に法面部分(以下「本件法面」という。)が存在していた。被告会社は、本件道路の改良工事において、本件法面を掘削して本件道路を拡張し、その東端にコンクリート製の擁壁(以下「本件擁壁」という。)を設置して、本件擁壁と本件基礎コンクリートの間を土で埋め戻し、この部分にコンクリート(以下「本件張りコンクリート」という。)を打設した(以下、本件土地に関する上記各工事をまとめて「本件工事」という。)。(乙3ないし5、7、丙2)
(4) 原告は、平成14年ころから、被告村に対して、本件建物の土間コンクリートのひび割れ等の不具合を訴えるようになり、平成16年5月7日ころには本件建物の水道管が破損する事故があり、同月10日から同月17日にかけて、被告村の費用により補修工事が行われた。被告村は、平成19年10月26日ころ、本件建物の沈下について調査を行い、その結果、本件建物の基礎が北西部分を中心に最大約60mm沈下していることが判明した。(甲1、6、15、乙7、原告本人)
(5) 原告は、平成19年12月18日ころから平成20年2月6日ころにかけて、被告村に対し、見積書を提出して損害賠償を求めたが、被告村からこれを拒否されたため、同月ころ、木津簡易裁判所に対し、被告村を相手方とする民事調停を申し立てたが、同年4月ころ不調となった。(甲15、乙7)
(6) 被告会社は、平成22年9月21日、被告村は、同年12月7日の本件各弁論準備手続期日において、それぞれ、原告に対し、本件請求債権の消滅時効を援用した。
3 主たる争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 本件建物の沈下の原因
(原告の主張)
ア 本件工事後、本件土地の地盤が西へ流出し、不同沈下したために、本件建物の基礎が北西部分を中心に沈下し、コンクリートにひび割れが発生する等の不具合が生じた。地盤の堅さを示すNd値は、本件土地の北西部で低く、南東部ほど高くなっており、上記沈下の傾向と一致している。
本件土地に地盤が流出及び沈下したのは、本件擁壁が法令に適合しない構造であったことに根本的な原因がある。また、被告会社は、本件土地の掘削後に土留めのための矢板(以下「本件矢板」という。)を設置したが、その設置方法及び引き抜き後の処置が不適切であったこと、被告会社が、本件土地の掘削後、埋め戻し土の転圧を十分に行わなかったことも、上記地盤の流出及び沈下の原因となった。
イ 本件土地が整地されたのは昭和50年ころであり、本件建物が建築された平成4年ころには既に地盤が安定していた。また、本件建物は、平成5年から製茶工場として稼働し、平成7年4月7日及び平成9年4月30日に製茶機械の一部入替及び追加がなされたが、本件工事以前にひび割れ等の不具合は発生していなかった。したがって、本件建物の不具合は、もっぱら本件工事後に発生したものである。
(被告らの主張)
ア 本件土地は、本件道路から東側へ緩やかな上り勾配があったところ、東側を切土し、西側へ盛土して造成された。そして、本件建物について問題が生じた部分が本件土地の西側に集中していることからすると、本件土地を造成した際の盛土に不備があり、脆弱な土地の上に本件建物が建築された上、重量のある製茶機械及びその振動によって、本件建物の基礎の沈下が発生したといえる。このことは、本件工事以前から、本件基礎コンクリートにひび割れが存在し、本件基礎コンクリートと地面との間に空隙が生じていたことからも明らかである。
イ 本件工事は、床堀高が2m未満で、建物の荷重が直接影響するものでもなかったことから、土留めを必要としない開削工法を採用し、被告らが本件矢板を設置したのは、背後に建物があることから見た目上の不安を解消し、作業員の安全を確保することが目的であった。したがって、本件建物の基礎を保護するために本件矢板が設置されたのではないから、その不備が地盤沈下を招いたとはいえないし、本件矢板の引き抜き後の処理も適切に行ったから、これによる影響もなかった。
ウ 本件工事による本件土地の掘削位置は、本件建物の基礎部分の西端から30度の分散角よりも外側に限られており、本件建物の荷重範囲は含まれていないから、本件建物の沈下と本件工事とは無関係である。
(2) 被告らの責任
(原告の主張)
ア 本件工事について、何らの行政処分もなされていないから、原告と被告らとの間に、遅くとも本件工事の着工までに契約関係が存在したといえる。
そして、被告らは、本件工事に当たり、法令上必要とされている本件土地の地盤に関する調査を怠り、本件建物の基礎の直近まで地盤を掘削し、土留めのための本件矢板の設置が杜撰であり、埋め戻し土の転圧を十分に行わず、法令に適合しない擁壁を設置したために、本件土地の地盤沈下を生じさせたといえるから、被告らは、原告に対し、債務不履行責任を負う。
イ また、被告らは、上記のとおり不適切な工法・工程で本件土地を掘削し、崩壊させたことから、被告会社に不法行為が成立し、被告村は国家賠償法1条1項又は民法715条に基づき責任を負う。
(被告村の主張)
ア 被告村は、原告から本件工事についての同意を得たが、本件工事により本件土地が崩壊することを防止することについて原告と合意したことはないから、原告と被告村との間に本件工事に関する契約は存在しない。
イ 被告村は、本件工事の設計をa株式会社に委託し、施工を被告会社に発注したにすぎず、民法716条により責任が生じない。
(被告会社の主張)
ア 原告と被告会社との間には、何らの契約関係も存在しない。
イ 本件工事は公共工事であって、工法及び作業工程は全て被告村により決められていた。被告会社は被告村の指示に従って本件工事を行い、被告会社には、工法及び工程につき裁量がなかったから、予見可能性も結果回避可能性もなかった。
(3) 被告村に対する請求について、消滅時効又は除斥期間の成否
(被告村の主張)
ア 被告村と原告との間に何らかの契約が成立しているとすると、被告村の責任は瑕疵担保責任に類似するものであるといえるから、原告が本件建物の被害を認識した平成16年5月7日から1年が経過した時点で、民法570条により、原告は請求権を行使できなくなる。
イ 本件請求債権が債務不履行に基づく損害賠償請求であるとすると、平成16年5月7日から5年が経過したときに、地方自治法236条1項により消滅時効が完成する。
ウ 不法行為による損害賠償請求権は、平成16年5月7日から3年が経過したときに、消滅時効が完成する。
(原告の主張)
ア 被告村が原告に対して負う債務不履行責任は、瑕疵担保責任ではない。
イ 被告村は、本件工事によって本件土地に地盤沈下が発生しないようにする作為義務を負っており、この作為義務は現在でも継続しているから、本件において損害賠償請求権の消滅時効は成立しえない。
ウ 被告村の債務不履行に基づく損害賠償請求権は私法上の権利であり、消滅時効について民法の規定が適用されるから、地方自治法236条1項は適用されない(同条2項)。
エ 原告が、本件土地の地盤沈下について加害者が誰かを知ったのは、専門家に科学的調査を依頼して報告を受けた平成22年1月1日であるから(甲3参照)、本件訴訟提起の時点で民法724条所定の消滅時効は完成していない。
オ 被告村が、本件工事における調査義務を怠り、原告の請求に対して自らの責任を否定している状態で、時効の主張をすることは信義則に反する。
(4) 被告会社に対する請求について、消滅時効の成否
(被告会社の主張)
上記(2)(被告会社の主張)ア記載のとおり、原告と被告会社との間には何らの契約関係も存在しないところ、本件工事は平成13年6月29日までに終了し、原告は、遅くとも平成15年7月ころに本件建物のひび割れに気づいていたから、不法行為に基づく損害賠償債務について、本件訴訟提起までに消滅時効が完成している。
(原告の主張)
ア 被告会社は、本件土地に地盤沈下が生じないようにする作為義務を負っており、このような作為義務は現在でも継続しているから、本件において損害賠償請求権の消滅時効は成立しえない。
イ 原告が、本件土地の地盤沈下について加害者が誰かを知ったのは、専門家に科学的調査を依頼して報告を受けた平成22年1月1日であるから、本件訴訟提起の時点で民法724条所定の消滅時効は完成していない。
ウ 被告会社が、本件工事における調査義務を怠り、原告の請求に対して自らの責任を否定している状態で、時効の主張をすることは信義則に反する。
(5) 過失相殺
(被告会社の主張)
本件土地の沈下には本件土地の地盤が脆弱であり、本件建物の基礎工事が適切でなかったことが相当程度寄与していることからすると、本件工事について被告らに過失が認められるとしても、過失相殺がなされるべきである。
(原告の主張)
争う。
(6) 損害
(原告の主張)
ア 補修工事費 2046万0500円(甲3)
イ 調査・鑑定費用 124万3889円(甲3)
ウ 機械類の一時撤去、復旧及び修理費用 911万8200円(甲4)
エ 水道管凍結防止工事費用 23万1273円(甲5)
オ 弁護士費用 310万円
カ 合計 3415万3862円
(被告らの主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
上記第2、2記載の基礎となる事実に加えて、各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
(1) 本件土地及び本件建物について
本件道路は、南側から北側へ緩やかに上り勾配がある。本件土地周辺は、本件道路から東側へ上り勾配の斜面を茶畑として使用されていたところ、原告は、昭和50年ころ、本件土地に倉庫を建設するために、本件土地の東側を切土し、その土を本件土地の西側に盛土して、本件土地を整地した。原告は、昭和55年ころから土地を資材置き場として使用していたが、平成4年ころ、製茶工場として本件建物を建築した。本件建物は、平成5年から毎年5月から7月ころまで製茶工場として稼働しており、原告は、平成7年4月ころ及び平成9年4月ころ、製茶機械の一部を入れ替えた。(甲1、2、9、10、15、乙1、原告本人)
(2) 本件工事
ア 被告村は、平成13年2月13日ころ、原告から、本件土地に本件工事を行うこと、及び、本件土地のうち道路敷きとなっていた部分を分筆して被告村に寄付することの同意を得た。(乙7)
イ 本件基礎コンクリートの下の地盤面との間には、本件工事が行われる以前から空隙が存在していた。(丙1の2ないし4、7、証人A(以下「A」という。))
ウ 本件工事は、本件基礎コンクリートの直近から本件法面を掘削し、本件基礎コンクリートの端から約90cmないし110cmの位置に、高さ約171cmないし185cm(道路面から約125cm)の本件擁壁を設置して、掘削部分を埋め戻し、その上に幅約90cmないし114cm、厚さ約10cmの本件張りコンクリートを打設するというものである。本件工事に関する当初の契約及び設計図では、本件法面の掘削の際に矢板を設置することは予定されていなかった。(甲1、16、乙7、丙2、5ないし7、証人B(以下「B」という。)、証人A)
エ 被告会社は、本件工事において、まず、平成13年2月23日ころ、本件法面の北端から南へ向かって約10mにかけて、表土を約30cm除去した。次いで、被告会社は、本件法面の北端から約2ないし3mにかけて、正規の掘削位置まで土を掘削したところ、本件土地の地盤が脆弱であり、安全に作業を継続することが困難と判断し、工事を中断して、表土を除去した部分をブルーシートで養生し、状況を被告村に報告した。その後、被告村は、被告会社に対し、矢板を打って土留めをした上で、作業を継続するよう指示し、被告会社は、同年3月11日、本件法面に本件矢板を打ち込み、同年5月3日までに掘削を終えて、本件擁壁の型粋を設置した。(丙1の5ないし8、4、7、証人A)
オ 被告会社は、本件法面の北側約10m部分の表土を除去した平成13年2月23日ころから、本件矢板を設置した同年3月11日ころまでの間に、原告の父であるCとともに本件建物の状態を確認し、その際に本件基礎コンクリートの基礎立ち上がり部分に小さなひび割れが存在することを発見した。(丙1の5、1の8、7、証人A)
カ 本件矢板は長さが約3mのものであり、被告会社は本件矢板を50cmないし70cmが地表にでるように打ち込んだが、矢板の頭部は固定されておらず、各矢板の間に数cm程度の隙間がある状態で並べられていた。(甲1、証人A)
(3) 本件工事後の不具合の発生等
ア 原告は、平成14年7月ころ、本件建物の土間コンクリートにひび割れがあるのを発見して被告村に連絡し、平成15年5月及び同年9月にも、土間コンクリートのひび割れが拡大し、本件張りコンクリートが沈下していることを被告村に報告した。(甲15、原告本人)
イ その後、上記第2、2(4)記載のとおり、平成16年5月7日ころ、本件建物の地下に埋設されていた水道管が破損し、本件建物内に漏水する事故が起きたため、被告村は、同月10日から同月17日にかけて、仮設の水道管を設置した。この仮設の水道管は、地中ではなく、本件建物の屋内及び屋外に配置された。(甲6、15、乙7、証人B、原告本人)
ウ また、上記第2、2(4)記載のとおり、平成19年10月26日の被告村の調査により、本件建物の基礎が北西部分を中心に最大約60mm沈下していることが判明したが、同(5)記載のとおり、原告と被告村との間での交渉は成立しなかった。(甲1、15、乙7、証人B、原告本人)
エ そこで、原告は、専門家に本件建物の調査を依頼し、平成20年7月4日、その報告を受けた。この調査結果によれば、本件張りコンクリートが、本件擁壁の上端と比較して最大約38mm沈下していること、本件張りコンクリートが道路側に移動して、本件基礎コンクリートとの間に隙間が生じていること、本件基礎コンクリートの基礎立ち上がり部のひび割れは最大5mmに達し、土間コンクリートのひび割れも拡大していること、製茶機械の一部が本件建物の変形やゆがみにより使用不能となっていること等の不具合が確認された。(甲1)
オ さらに、原告は、平成21年5月ころ、地質調査会社に本件土地の地質調査を依頼し、同年8月ころ、その報告を受けた。これによれば、本件土地の3地点(本件張りコンクリートの下、本件建物内の西部及び東部)におけるボーリング調査及び標準貫入試験の結果、本件張りコンクリート下の埋め戻し部分では、N値2以下の非常に柔らかい地盤が深度約1.8mまで存在し、ほとんど締め固めがされておらず、さらにそこから約3.25mにかけて、N値が3ないし9と比較的柔らかい粘土層地盤が存在する。本件建物内の西部は、N値2の非常に柔らかい盛土層が約1.05m存在し、その下の約4mはN値1ないし7の砂質シルト又は砂混じり粘土の柔らかい地盤であり、本件建物内東部の地点では、盛土部のN値が3ないし5程度で、その下の砂質粘土層は約2mで、N値が6ないし7あった。また、その他9地点で行った簡易貫入試験の結果では、本件土地の西側は、深度2m程度まで、本件基礎コンクリートの下部を中心にNd値2以下の非常に柔らかい地盤となっており、深度2mから3mの間も、Nd値が10未満の柔らかい地盤が広がっている。(甲2)
カ 原告は、平成22年1月1日、上記エ、オ記載の各調査結果から、本件土地の地盤沈下及び地盤流出の原因が本件工事にあること並びに補修費用等に関する専門家の鑑定意見書を得て、同年3月26日、本件訴訟を提起した。(甲3)
2 本件建物の沈下の原因(争点(1))
(1) 上記1(3)記載の事実からすると、本件工事後に、本件土地が西側を中心に沈下し、本件建物の基礎の沈下又はひび割れ等の不具合が発生又は拡大したといえる。そして、上記1(2)ウ、エ、(3)オ記載のとおり本件土地の地盤は軟弱であったところ、被告会社は、本件工事において、少なくとも本件基礎コンクリートの直近から本件擁壁の下端まで本件法面を掘削し、証拠(甲13)によれば、本件建物の基礎が上記掘削による影響の及ぶ範囲に含まれていたことが認められるから、本件工事の際の掘削により本件土地の沈下が生じたといえる。そして、上記1(2)カ記載の事実によれば、本件矢板は土留めの機能を果たさなかったといえるし、上記1(3)オ記載の事実からすると、本件張りコンクリートの下の埋め戻し部分の締め固めが不十分であったといえるから、これらの事実も本件土地の地盤沈下に寄与していたといえる。
(2)ア 他方、上記1(1)記載のとおり、本件土地は昭和50年に切盛土によって整地されたが、その際に盛土された西側部分に原告が主張する不具合部分が集中していること、上記1(3)オ記載のとおり、本件工事の掘削範囲よりも深い地下約2m以深に柔らかい地盤が存在していること、上記1(2)イ、オ記載のとおり、本件工事の開始以前から本件基礎コンクリートの下部に空隙が存在し、本件法面の表土を除去した段階で既に本件基礎コンクリートにひび割れが発生していたことからすると、本件土地は、上記整地の際に十分に締め固めがなされておらず、軟弱な地盤が存在したため、本件建物及び製茶機械の自重並びに製茶機械の振動により、本件土地の沈下が促進されたということができる。
イ この点、原告は、本件建物を建築したときには、本件土地は整地から時間が経過して安定しており、10トン車に砕石を積んで走っても1cmも下がらなかったと供述しているが、本件土地は、整地してから本件建物が建築されるまでの間、資材が置かれていただけの状態であったから、時間が経過したからといって地盤が安定していたということはできないし、10トン車による短期的荷重で大きな変動がなかったとしても、長期的地耐力があることの確認にはならないから、上記原告の主張は採用しない。
ウ また、原告は、上記1(2)イ、オ記載の事実について、Aの証言が信用できないと主張するが、証拠(丙1の5ないし8)によれば、被告会社が本件基礎コンクリートのひび割れを発見して写真を撮影した時点で、本件法面の北側約2ないし3mが既に掘削されているのに対し、南半分は草の生えた表土が残存しており、その間の残りの部分は法面が残存する状態でブルーシートにより養生されていることが認められ、これらの状態とAが供述する本件工事の内容とは整合するし、本件矢板の設置経緯や原告の父との交渉経緯についてのAの供述内容は具体的かつ自然なものといえるから、上記認定事実に関するAの証言は信用できるというべきである。
(3) したがって、本件土地の地盤沈下は、本件工事により生じたものといえるが、本件土地の地盤が本件工事以前から軟弱であったことも、上記結果に寄与しているというべきである。
3 被告らの責任(争点②)
(1) 被告らは、本件工事の際に、本件建物の直近を掘削する根切り工事を行っているのであるから、土留め等により本件土地の沈下が生じないよう適切な措置を行う義務があった(建築基準法90条1項、同法施行令136条の3第3項ないし6項)といえるところ、上記1(2)ウ記載のとおり、本件工事において当初は矢板による土留めが予定されておらず、被告らは、本件土地の沈下を防止するために何らの検討もしていなかったことが認められる。
そして、上記2記載のとおり、被告らの上記注意義務違反により、本件基礎コンクリートの直近まで本件法面が掘削された結果、本件土地に地盤沈下が生じて原告に損害が発生しているから、被告らに不法行為が成立する。
なお、原告は、上記1(2)ア記載のとおり、被告村に対し、本件工事について同意したが、その他に原告と被告らとの間に契約が成立したことを認めるに足る証拠はなく、被告らに債務不履行責任は成立しない。
(2) これに対し、被告村は、民法716条による免責を主張しているが、被告村は、a株式会社による本件工事の設計を承認して、被告村の名義で被告会社にこれを発注しているところ、上記2記載のとおり、被告村が発注した本件工事の内容自体に、本件土地の沈下が発生する危険が含まれていたといえるから、被告村の注文又は指図に過失があったというべきであり、被告村は、民法716条ただし書に基づき、原告に発生した損害を賠償すべき義務を負う。
(3) また、被告会社は、被告村の指示に従って本件工事を行ったにすぎないから、予見可能性及び結果回避可能性がなかったと主張している。しかし、本件工事が公共工事であるからといって、工事受注業者の裁量が完全に否定されるとはいえず、被告会社の上記主張は採用しない。
4 消滅時効の成否(争点(3)、(4))
上記1で認定した本件に関する経緯によれば、原告は、本件土地の沈下の原因が本件工事にあるとする専門家の鑑定意見書が作成された平成22年1月1日(上記1(3)カ)に、本件の加害者を知ったというべきであるから、本件訴訟提起時において、被告らの不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は完成していない。
5 過失相殺(争点(5))
上記2記載のとおり、本件土地の沈下には、本件土地の地盤が本件工事以前から軟弱であったことが寄与しているというべきところ、原告は、製茶機械を含み相当の重量のある本件建物を建築するに当たり、本件土地の地盤の状態を確認せず、地盤改良等の措置をとることなく本件建物を建築したことについて過失があったといえるから、本件においては、過失相殺により、原告に生じた損害(ただし、弁護士費用を除く。)の3割を減じるのが相当である。
6 損害
(1) 補修工事費
証拠(甲3)によれば、本件建物に生じた瑕疵を回復するために、地盤改良工事、基礎の補強工事及び本件擁壁の補強工事として、2046万0500円が必要であると認められる。
(2) 調査・鑑定費用
原告が、上記1(3)エないしカ記載の各調査に要した費用である124万3889円(甲3)は、全額が本件工事と因果関係のある損害と認められる。
(3) 機械類の一時撤去、復旧及び修理費用
上記(1)記載の補修工事を行うために、本件建物から製茶機械を一時的に撤去する必要があり、上記1(3)エ記載のとおり、本件建物の変形やゆがみにより製茶機械の一部が使用不能となったところ、証拠(甲4)によれば、これらの一時撤去、復旧及び修理費用として911万8200円が本件工事と因果関係のある損害と認められる。
(4) 水道管凍結防止工事費用
上記1(3)イ記載のとおり、本件建物の水道管の一部が屋外に仮配管されたところ、証拠(甲5、15、原告本人)によれば、上記水道管が冬期に凍結して破損するおそれがあり、凍結防止措置を施す必要があって、その費用は23万1273円であることが認められる。
(5) 過失相殺
上記(1)ないし(4)の合計額(3105万3862円)から3割を減額すると、2173万7703円になる。
(6) 弁護士費用
原告が、本件訴訟の遂行を訴訟代理人弁護士に委任したことは訴訟記録上明らかであるところ、本件事案の難易度、認容額その他諸般の事情を斟酌して、本件工事による損害としての弁護士費用は217万円を相当と認める。
(7) 合計 2390万7703円
7 結論
以上によれば、原告の本件請求は、被告らに対し、連帯して2390万7703円及びこれに対する本件工事終了の日である平成13年6月29日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉江佳治 裁判官 小堀悟 池上裕康)