京都地方裁判所 平成22年(ワ)1596号 判決 2011年8月09日
本訴原告・反訴被告
X
本訴被告
Y1
本訴被告・反訴原告
Y2株式会社
主文
一 被告らは、原告に対し、各自六六〇万六九一七円及びこれに対する平成二〇年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告は、被告Y2株式会社に対し、二一万七四一三円及びこれに対する平成二二年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の本訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを二五分し、その四を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。
五 この判決の一項及び二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨
(本訴)
一 被告らは、原告に対し、各自四一八一万三〇八一円及びこれに対する平成二〇年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 仮執行宣言
(被告らは、担保を条件とする仮執行免脱宣言を求めた。)
(反訴)
一 主位的請求
(1) 主文二項同旨
(2) 仮執行宣言
二 予備的請求
(1) 原告は、被告Y2株式会社に対し、四三万五九八一円及びこれに対する平成二〇年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、信号機による交通整理の行われている交差点において、直進しようとした原告運転の自動二輪車と、被告Y1(以下「被告Y1」という。)運転の対向右折車両が衝突した事故につき、原告が、被告Y1に対し、民法七〇九条に基づき、被告Y1の使用者である被告Y2株式会社(以下「被告会社」という。)に対し、民法七一五条又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条に基づき、人身損害及び物的損害の損害賠償(遅延損害金の起算日は事故の日)を求め(本訴)、被告会社が、原告に対し、主位的に和解契約に基づき和解金の支払(遅延損害金の起算日は反訴状送達の日の翌日)、予備的に民法七〇九条に基づき物的損害の損害賠償(遅延損害金の起算日は事故の日)を求める(反訴)事案である。
一 争いのない事実及び容易に認定できる事実
(1) 交通事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(甲、四、弁論の全趣旨)。
① 日時 平成二〇年一一月一九日午前九時八分ころ
② 場所 京都市上京区河原町通荒神口下る荒神町一一六番地先交差点(以下「本件交差点」という。)
③ 関係車両
ア 自家用普通自動二輪車(番号<省略>)
運転者・原告
所有者・原告
(以下「原告車」という。)
イ 事業用普通乗用自動車(番号<省略>)
運転者・被告Y1
所有者・被告会社
(以下「被告車」という。)
④ 態様 信号機による交通整理の行われている本件交差点を直進しようした原告車と、対向車線から同交差点を右折しようとした被告車が同交差店内で衝突した。
(2) 被告らの雇用関係等
本件事故当時、被告Y1は、被告会社に雇用され、被告会社の業務であるタクシー運行に従事している際に本件事故が発生した(争いがない)。
(3) 原告の入通院状況
① 原告は、本件事故当日の平成二〇年一一月一九日から平成二一年一月一五日までの五八日間、多発性外傷の傷病名により京都第二赤十字病院に入院し、骨折観血的手術、靭帯断列縫合術等の治療を受けた(甲七)。
② 原告は、平成二一年一月二〇日から同年五月二七日までの間、左肩関節脱臼骨折、右大腿骨骨幹部骨折、左足関節脱臼開放性粉砕骨折の傷病名により上記病院で通院治療を受けた(実通院日数八日)(甲八)。
(4) 後遺症認定等
① 京都第二赤十字病院の医師は、平成二一年五月二七日、原告について同日を症状固定日とする診断をした(甲二)。
② 損害保険料率算出機構は、平成二一年八月二六日ころ、原告の後遺障害について次のとおり判断した(甲三)。
ア 右大腿骨骨幹部骨折後の右大腿骨の変形障害は、右大腿骨の骨幹部に癒合不全を残すが、髄内釘の挿入により一定程度支持機能が確保され、常に硬性補装具を必要とするものとは捉えられないことから、「一下肢に偽関節を残すもの」として自動車損害賠償保障法施行令別表第二(以下、単に「別表第二」という)の八級九号に該当する。
イ 左肩関節脱臼骨折に伴う左肩関節の機能障害は、可動域が健側の可動域角度の四分の三以下に制限されているから、「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」として、別表第二の一二級六号に該当する。
ウ 左足関節脱臼骨折に伴う左足関節の機能障害は、可動域が健側の可動域角度の四分の三以下に制限されているから、「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」として、別表第二の一二級七号に該当する。
エ 左足関節脱臼骨折(左腓骨骨折)後の左腓骨の変形障害は、左腓骨の骨幹部に癒合不全を残すものと捉えられるから、「長管骨に変形を残すもの」として別表第二の一二級八号に該当する。
オ 上記アないしエの障害を併合して、別表第二併合七級に該当するものと判断する。
(5) 損害てん補
東京海上日動火災株式会社は、原告に対し、平成二一年五月ころ、本件事故による原告の人身損害につき、一一七一万円を支払った(争いがない。)。
二 主な争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 被告Y1及び原告の不法行為責任並びに過失相殺(本訴請求原因・抗弁、反訴予備的請求請求原因・抗弁)
① 原告の主張
ア 被告車は、時速三〇キロメートル前後で南方から本件交差点に進入した。進入した際の対面信号は黄色であった。被告車は、同交差点内で一時停止することなく、わずかに減速したのみで右折を開始し、原告車に衝突した。被告車は、右折開始から衝突までブレーキをかけていない。一方、原告車は、先行車に追随して南行直進していたが、対面信号が黄色の間に本件交差点に進入し、そのまま直進していたところを、漫然と右折してきた被告車にノーブレーキで衝突された。なお、本件交差点には、四輪車用の停止線と二輪車用の停止線がある二段停止線設置の交差点であり、過失相殺の判断においては、原告車が交差点の進入した際の対面信号の色は、公平の見地から、原告車が四輪車用の停止線を越える時点の対面信号機の色とすべきである。
イ 被告Y1は、原告車が先行車に追随して直進してくるのを容易に発見し得たのであるから、本件交差点中心付近で徐行停止し、原告車の通過を待って右折進行すべき注意義務を負っていたのに、これを怠り、漫然と右折進行したばかりか、右折時の安全確認を全く行わず、原告車に全く気付かず右折を継続した過失により、ブレーキすら踏まないまま原告車側面に被告車前部を衝突させた。
ウ 本件事故は、直進車、右折車双方とも黄信号で本件交差点に進入し、右折車が全く安全確認を行わなかったというものであり、被告Y1の過失は重大であり、原告が対面信号黄色で同交差点に進入した点を考慮しても(原告車が制限速度を大幅に超過する速度で走行していたことはない。)、被告Y1の過失割合は八割を下らない。
② 被告らの主張
ア 被告車は、対面信号が黄色から赤に変わる際に本件交差点に進入して右折を開始したところ、原告車が、対面信号が赤色であるにもかかわらず、時速約七七キロメートルで同交差点に直進してきて被告車進路上に突っ込み、本件事故が発生した。
イ 本件事故は、原告の信号無視及び大幅な速度超過が原因で発生した。
ウ 被告Y1は、対面信号が黄信号で停止線を通過して本件交差点に進入し、対面信号が赤色に変わった後、対向車が通過してから右折を開始した。対向車通過後、続いて同交差点に進入する対向車両が認められず、また、対面信号が既に赤信号に変わっていることから、同交差点に進入する対向車両はないと考えて右折をした。被告Y1に対し、対向車が信号無視で本件交差点に進入することまで予見して運転するよう求めるのは酷である。
エ 原告の過失割合は七割を下らない。
(2) 付添看護費の賠償義務(本訴請求原因)
① 原告の主張
入院期間中、原告の妻が付添看護をした。原告の妻は、建設現場等の清掃業を営んでいたが、原告の付添看護のため仕事を外注せざるを得なくなり、別紙原告妻の休業損害一覧記載のとおり一九二万四八七五円の損害が発生した。これは付添看護費用としててん補されるべきである。
② 被告らの主張
原告が入院していた京都第二赤十字病院は、基準看護体制が実施されており、付添看護の必要はなかった。原告の妻は、経営者的立場にあるから、原告に付き添ったとしても、仕事に重大な支障が生じたとは到底思われない。
(3) 基礎収入の算定(本訴請求原因)
① 原告の主張
本件事故当時、原告(当時四八歳)は、従前勤めていた会社を退職し、自営として自動車整備業を営み始めたばかりであったから、休業損害及び逸失利益算定のための基礎収入は、平成一九年賃金センサス産業計・企業規模計・男・学歴計・四五歳から四九歳の平均年収六九〇万一三〇〇円によるべきである。
② 被告らの主張
原告が本件事故当時六九〇万一三〇〇円の年収を得ていたとは到底認められず、将来においても、上記金額の所得が得られたであろう高度の蓋然性も認められない。基礎収入は、前職のa社における平成一八年の給与と同額の三六一万九三六四円とすべきである。
(4) 和解契約の成否等(本訴抗弁、反訴主位的請求請求原因)
① 被告らの主張
本件事故により、被告会社は、その所有する被告車が損傷し、修理費用五六万五六八八円相当の損害を被った。他方、原告所有の原告車は同事故により全損となり、原告は、原告車の時価相当の三〇万円及び引揚費用五〇〇〇円の合計三〇万五〇〇〇円の損害を被った。
被告会社と原告との間で、平成二一年三月一八日、本件事故による損害額は、被告会社が五六万五六八八円、原告が三〇万五〇〇〇円であること、双方の責任割合が四〇対六〇であり、被告会社に一二万二〇〇〇円、原告に三三万九四一三円の支払義務があること、相互の債権を対当額で相殺し、その結果、原告は、被告会社に対して二一万七四一三円を支払う旨の示談が成立した(以下、この示談を「本件和解契約」という。)。
② 原告の主張
ア(ア) 本件和解契約は成立していない。
(イ) 本件和解契約の内容が記載された示談書と題する書面があるが、これに署名押印したのは原告の妻であり、原告は、署名押印について、何ら委託も承諾もしていない。
(ウ) 原告が、原告の妻をして上記示談書への署名押印をさせたのは、保険金の支払手続を進めるための形式的なものに過ぎないとの誤信に基づくものであり、内容について了解したものではないから、和解契約は成立していない。原告は、過失相殺の判断材料となりうるドライブレコーダーの画像すら見ていなかったのであるから、示談書の重要な要素である過失割合につき同意したとは到底言えない。
イ 仮に、本件和解契約が成立したとしても、
(ア) 原告は、自ら支払義務を負うとは考えていなかったのであるから、原告の意思表示と内心には齟齬があり、被告会社はそれを知っていたことは明白であるから、心裡留保により本件和解契約は無効である。
(イ) 原告は、被告会社の欺罔行為により支払義務、過失割合等につき錯誤に陥ったため本件和解契約を締結した。
原告は、被告に対し、平成二二年五月一八日の本件口頭弁論期日において、本件和解契約締結の意思表示を取り消す旨の意思表示をした。
第三当裁判所の判断
一 責任原因、過失相殺
(1) 甲四号証、二三号証、乙二、三号証、原告本人及び被告Y1本人の各尋問結果によると、次の事実が認められる。
① 本件事故の現場である本件交差点は、南北に通ずる片側二車線(南行車線、北行車線とも幅員約六・九メートル)の道路(以下「南北道路」という。)と、東西に通ずる片側一車線の道路が交差する信号機による交通整理の行われている市街地の十字路交差点である。南北道路の南行車線及び北行車線の本件交差点手前には、いずれも同交差点中心から見てまず横断歩道があり、その後方に二輪車用停止線、その後方に四輪車用停止線がある。
南北道路は、最高速度が毎時五〇キロメートルに規制されている。
② 被告Y1は、被告車を運転し、南北道路の北行車線の第二通行帯(直進・右折レーン)を北進し、次第に減速しながら時速三〇キロメートル前後で本件交差点に差し掛かった。被告Y1は、本件交差点を右折するつもりであった。被告車が同交差点南詰めの四輪車用停止線の手前付近に至ったときに対面信号が黄色表示に変わったが、被告Y1は進行を続け(同被告は、二輪車用停止線のやや手前で対面信号の黄色表示を確認した。)、わずかずつ減速しながら横断歩道を越えて同交差点内に進入し、白色の対向直進車両が自車の横を通過した後、時速約二〇キロメートルで右折を始めた。被告Y1が右折を開始する直前の白色対向車両とのすれ違いのころ、対面信号が赤色表示となった。その時点で、同交差点北詰めの横断歩道より南方には対向車はなかったが、同横断の北方の対向車線上に原告の運転する原告車を視認することが可能であった。右折中の被告車が本件交差点の中心手前付近に達するころ、原告車が北詰めの横断歩道を越えて同交差点内に進入した。被告Y1は、原告車が同横断歩道を越えた直後に同車に気付き、制動措置を採ったが、約二・五メートル進行した地点で、被告車の前部と原告車が衝突し、被告車は、さらに約一・三メートル進行して停止した。
③ 原告は、原告車を運転して南北道路の南行車線の第二通行帯東側(第一通行帯寄り)を白色の先行車両に追従して走行し、本件交差点北詰めの横断歩道上を走行中に同交差点内を対向車線から右折中の被告車を発見し、約一三・九メートル進行して上記のとおり同車と衝突した。原告と原告車は、衝突地点から数メートル東方又は南東方向の地点に転倒した。
原告車が、本件交差点北詰めの二輪車用停止線に達する約一秒前に対面信号は赤色表示となっていた。
(2) 前記(1)認定事実に基づき、判断する。
① 被告Y1は、本件交差点を右折するに当たり、対向車両の有無・動静を十分確認しなかった過失がある。被告Y1が、本件交差点内で右折を開始する時点では、対面信号(対向車線の対面信号も同じ)は赤色表示になっており、その時点で、対向車線上の原告車はいまだ同交差点北詰めの二輪車用停止線の手前(原告車の速度が時速五〇キロメートル程度であったと仮定しても、一三メートル以上手前)を走行していたが、信号の変わり目であるから、原告車が本件交差点に進入してくる可能性があり、被告Y1は、その動静に注意すべき義務があったというべきところ、同被告は、これを怠ったものと認められるから、原告に対し、民法七〇九条に基づく損害賠償義務を負い、被告会社は、同法七一五条に基づく損害賠償義務を負う。なお、被告Y1は、その本人尋問において、本件交差点手前の四輪車用停止線を通過した付近で、一旦、対向してくる原告車に気付いたが、先行する白色対向車両に気を取られ、次に原告車に気付いたのが、前記認定のとおり、原告車が本件交差点北詰の横断歩道を通過したころであった旨供述するが、そうだとしても、上記判断に変わりはない。
②ア 原告は、本件交差点を直進するに当たり、対面信号機が赤色表示であるのに停止線で停止せずに進行し、対向車線から右折してくる車両の有無・動静を十分確認しなかった過失がある。したがって、原告は、被告車の所有者である被告会社に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故により被告会社に被った損害の賠償義務を負う。
イ 原告は、過失相殺の判断においては、いわゆる二段停止線の場合、公平の見地から、二輪車が赤信号で交差点に進入したか否かは、四輪車用停止線を基準にすべきである旨主張するが、過失相殺の判断において、原告主張のようにあえて道路交通法と異なる解釈をしなければ公平が維持できないとは解されないから、採用しない。
(3) 信号による交通整理の行われている交差点における赤信号で進入した直進自動二輪車と、対向する黄色信号進入、赤信号右折の四輪車の衝突事故であり、本件においては、被告Y1の過失が軽いとはいえないことなど諸般の事情を総合すると、本件事故における過失割合は、被告Y1・四原告六と認めるのが相当である。甲四号証乙二、三号証及び被告Y1本人の供述によると、本件交差点進入時点における原告車の速度で時速五〇キロメートルを相当超過していた疑いが生ずるが、本件全証拠によっても、原告車の具体的速度を認定するか又は原告車の速度が特定の速度を下回らないと認定するのは困難であるから、原告の責任原因及び過失相殺の判断に当たっては、原告に一定数値以上の速度違反があったものとはしない。原告は、原告より被告Y1の過失が大きい旨主張するが、前記認定事実に照らし、到底採用できない。
二 原告の損害
(1) 治療費(原告主張額一一一万一四七〇円)
甲七ないし一〇号証によれば、入通院治療費、画像診断料及び薬剤費として一一一万一四七〇円を要したことが認められる。
(2) 入院雑費(原告主張額八万七〇〇〇円)
京都第二赤十字病院入院中の五八日間につき、一日当たり一五〇〇円、計八万七〇〇〇円の入院雑費を認める。
(3) 入院付添看護費(原告主張額一九二万四八七五円)
① 証人Aの証言によれば、原告の入院中、妻が付添看護をしていたことが認められる。原告の傷害の内容に照らし、入院期間中の近親者による付添看護の必要性を認める。付添看護費は、一日当たり六〇〇〇円、五八日分として三四万八〇〇〇円を認める。
② 原告は、付添看護のため、妻の営む事業で外注を使用せざるを得なくなり、付添看護に伴い妻に逸失利益が生じた旨主張し、証人Aの証言中にはこれに副う部分がある。しかし、甲一三号証の一ないし三によると、本件事故前の平成二〇年一一月一日ないし同月一八日、退院後の平成二一年一月一六日ないし同月三一日にも外注を使用していること、原告の入院期間中の外注は入院前後と比較して特に増加していないことが認められるから、証人Aの上記証言は採用できず、付添看護に伴う外注費用の発生又は増加があったとは認められない。
(4) 付添交通費(原告主張額四万七五六〇円)
前記(3)、①の認容額は、入院付添看護のための交通費を含むものであるから、別途交通費を認めない。
(5) 通院交通費(原告主張額六五六〇円)
平成二一年一月一六日ないし同年五月二七日の通院期間(実通院日数八日)について、一回当たり往復八二〇円(弁論の全趣旨)、計六五六〇円の通院交通費を認める。
(6) 文書料(原告主張額一万六八〇〇円)
甲七、八号証によれば、京都第二赤十字病院に対して支払うべき文書料として一万六八〇〇円を要したことが認められる。
(7) 履物購入費(原告主張額一万九七一九円)
甲一四号証の一・二及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による受傷のためのギブス固定中、従前とサイズの異なる履物の購入が必要となり、一万九七一九円を支出したことが認められる。上記支出は、本件事故と相当因果関係のある損害である。
(8) 休業損害(原告主張額一〇九万六六四四円(休業期間は入院中の五八日間))
① 甲一号証、一六号証、二二号証、乙四号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和三五年三月一七日生まれで本件事故当時四八歳、症状固定時四九歳であったこと、自動車修理業を営むBに約一〇年間雇用された後、平成一九年一〇月、独立してクラッシックカーの修理業を開業したこと、原告は、開業後本件事故時まで所得税の確定申告をしていなかったこと、Bに雇用されていた平成一八年分の給与収入は三六一万九三六四円であること、原告は、所轄税務署長に対し、平成二二年三月一二日、所得金額を三六七万六二二一円と記載した平成二一年分の所得税確定申告書を提出したことが認められ、開業時から本件事故当時までの原告の具体的な所得の額を明らかにする的確な証拠はない。
前記認定事実によれば、原告が、本件事故当時、平成二〇年賃金センサス(仮に賃金センサスを用いるなら、本件事故に最も近い年度のものを用いるのが妥当である。)第一巻第一表産業計・企業規模計・男・学歴計・四五歳から四九歳の平均年収六八九万三九〇〇円を得ていたと認めるのは困難である。原告本人尋問の結果によると、クラシックカーの修理業は、一般の自動車修理業に比し利益率が高いことが窺えることなどを考慮し、上記平均賃金の七割に相当する四八二万五七三〇円を休業損害の基礎収入とするのを相当と認める。
② 入院中の五八日間の休業損害は、七六万六八二八円となる。
4,825,730×58÷365≒766,828
(9) 入通院慰謝料(原告主張額二〇六万円)
前記第二、一、(4)の平成二一年五月二七日を症状固定日とする診断が不当であることを窺わせる証拠はないから、同日を症状固定日と認める。
原告の傷害の部位、程度、入通院期間等を総合すると、入通院慰謝料は一五五万円を相当と認める。
(10) 逸失利益(原告主張額四五一七万六七三七円)
① 前記第二、一、(4)、②の原告に別表第二併合七級の後遺障害が残存したとの損害保険料率算出機構の認定判断に不合理があることを窺わせる証拠はないから、上記認定判断の後遺障害の残存を認め、労働能力喪失率は五六パーセント、労働能力喪失期間は症状固定時の四九歳から六七歳までの一八年間とする。原告が将来年額四八二万五七三〇円を超える収入を得る蓋然性があることの証明があるとはいえないから、逸失利益についても、上記金額を基礎収入とする。
② 本件事故時点の逸失利益の現価を算定すると、三〇〇八万五九一七円となる。
4,825,730×0.56×(12.0853-0.9523)≒30,085,917
(11) 後遺症慰謝料(原告主張額一〇三〇万円)
原告の後遺障害の内容、程度に照らし、後遺症慰謝料は、一〇三〇万円をもって相当と認める。
(12) 物損(原告主張額三〇万五〇〇〇円(全損となった原告車の時価))
①ア 原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる乙一号証、乙一二号証、証人A及び同Cの各証言並びに原告本人尋問の結果によれば、本件事故後、被告会社の渉外担当社員Cと原告が被告会社との賠償交渉を委任したD(以下「D」という。)が原告車及び被告車の物損につき示談交渉をし、両車の損害額は、原告車が三〇万五〇〇〇円、被告車が五六万五六八八円であり、過失割合を原告六〇、被告Y1・四〇とすることで最終的に意見が一致したこと、Dは原告に対して交渉の経過及び結果を報告していたこと、原告は、過失割合については十分納得したわけではないが、相手がタクシー会社であるならやむを得ないとも考えたこと、Dが原告に交渉結果を報告した後の平成二一年二月一〇日ころ、被告会社から原告に対して本件和解契約の内容が記載された示談書(乙一)が送付されたこと、原告は、上記示談書の内容は理解したが、直ちに署名押印する気になれず思案していたところ、同年三月一八日ころ、Dから早く署名押印して返送してほしいとの連絡があったこと、これを契機に原告は、上記示談書に署名押印することに決め、同日、妻に指示して原告の氏名を代筆させ、名横に原告の印鑑を押捺させた上、これを被告会社に返送させたことが認められる。
原告は、署名押印は原告の妻が無断でしたとか、原告が、原告の妻に署名押印をさせたのは、保険金の支払手続を進めるための形式的なものに過ぎないとの誤信に基づくもので、内容について了解したものではないと主張するが、いずれもこれを認めるべき証拠はない。
イ 上記認定事実によれば、原告は、Dからの催促が契機であるが、約一か月思案した結果、上記示談書に署名押印した(実際は妻が代筆代印)ものであり、原告と被告会社との間において、平成二一年三月一八日ころ、本件和解契約が成立したものと十分認めることができる。
ウ 原告は、上記示談書の署名押印する際、自ら支払義務を負うとは考えていなかったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
また、原告は、被告会社の欺罔行為により支払義務、過失割合等につき錯誤に陥ったため本件和解契約を締結した旨主張するが、被告会社が原告を欺罔したことを認めるべき証拠はない。
② 原告と被告会社間の本件和解契約においては、本件事故による原告車の損害を三〇万五〇〇〇円(本件訴訟における原告主張額と同一)、被告車の損害を五六万五六六八円とした上、原告と被告会社の過失割合(原告は、被告Y1の過失を被害者側の過失として被告会社に主張できる。)を六対四とし、過失相殺後の損害額である原告一二万二〇〇〇円、被告会社三三万九四一三円につき対当額で相殺する旨の相殺合意がなされている。本件和解契約の前提となった原告車及び被告車の損害額の上記認定に誤りがあることを認めるべき証拠はなく、過失割合の判断も相当である。この場合、本件和解契約における相殺合意の効果として、原告の被告Y1に対する原告車の物的損害についての損害賠償請求権も消滅するものと解するのが相当である。
したがって、原告の被告らに対する物的損害の損害賠償請求はいずれも失当である。
(13) 過失相殺及び損害てん補
前記(1)ないし(3)、(5)ないし(11)の損害合計四四二九万二二九四円に六割の過失相殺をすると、一七七一万六九一七円となり、これから既払金一一七一万円(前記第二、一、(5)。他の既払金があるとの主張はない。)を控除すると、残額六〇〇万六九一七円となる。
(14) 弁護士費用
事案の内容、訴訟経過及び認容額等の諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は六〇万円と認める。
したがって、原告の損害の合計は六六〇万六九一七円である。
三 反訴請求について
前記第三、二、(12)認定説示によれば、被告会社の主位的請求は理由がある。
四 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、六六〇万六九一七円及びこれに対する不法行為の日である平成二〇年一一月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告会社の反訴主位的請求は理由がある(反訴状送達の日の翌日が平成二二年五月一二日であることは記録上明らかである。)。
よって、主文のとおり判決する(仮執行免脱宣言は相当ではないから付さない。)。
(裁判官 佐藤明)
別紙<省略>