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京都地方裁判所 平成22年(ワ)2498号 判決 2012年3月28日

平成22年(ワ)第2498号 解約違約金条項使用差止請求事件(甲事件)

平成23年(ワ)第918号 不当利得返還請求事件(乙事件)

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は甲事件及び乙事件を通じて原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,消費者との間でFOMAサービス契約を締結するに際し,別紙定期契約に係る解約金条項など,下記の事項を内容とする意思表示を行ってはならない。

FOMAサービス契約における2年の定期契約を締結した消費者は,同契約が自動更新される前に,契約の満了以外の事由により解除することを被告に通知したとき又は被告がその定期契約を解除したときは,被告に対し,9975円(消費税込み)以上の解約金を支払う。

2  被告は,消費者との間でFOMAサービス契約を締結するに際し,別紙定期契約に係る解約金条項など,下記の事項を内容とする意思表示を行ってはならない。

FOMAサービス契約における2年の定期契約を締結した消費者は,FOMAサービス契約が2年経過して自動更新された後,被告又は消費者が同定期契約を解除したときは,被告に対し,解約金を支払う。

3  被告は,原告X1,原告X2,原告X3,原告X4,原告X5,原告X6,原告X7,原告X8及び原告X9に対し,それぞれ9975円及びこれに対する平成23年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告は,原告X10及び原告X11に対し,それぞれ1万9950円及びこれに対する平成23年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  仮執行宣言

第2事案の概要

本件は,

(1)  甲事件において,消費者契約法(以下「法」という。)13条に基づき内閣総理大臣の認定を受けた適格消費者団体である原告法人が,被告が不特定多数の消費者との間で携帯電話利用サービス契約を締結する際に現に使用しており今後も使用するおそれのある解約金に関する条項は法9条1号又は10条に該当して無効であると主張して,法12条3項に基づき,当該条項の内容を含む契約締結の意思表示の差止めを求め,

(2)  乙事件において,被告との間で上記条項を内容に含む携帯電話利用サービス契約を締結し,同条項に基づく違約金を被告に対して支払った乙事件原告ら(以下「個人原告ら」という。)が,上記条項が無効であると主張して,不当利得に基づき,それぞれ利得金9975円又は1万9950円の返還及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日である平成23年3月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める

事案である。

1  争いのない事実等

(1)  当事者

ア  原告法人は,平成19年12月25日,法13条に基づき,内閣総理大臣の認定を受けた適格消費者団体である。

イ  被告は,電気通信事業等を目的とする株式会社である。

(2)  被告と消費者との間の携帯電話利用サービス契約の内容

ア  被告は,不特定かつ多数の消費者との間で,「FOMAサービス契約約款」(甲3。以下「本件約款」という。)の内容を含む,携帯電話利用サービス契約(以下「FOMAサービス契約」という。)を締結している。

イ  被告は,FOMAサービス契約のうち,「ひとりでも割50」及び「ファミ割MAX50」と称する各契約(以下,これらを併せて「本件契約」という。)において,契約期間を2年間の定期契約とした上で,基本使用料金を通常の契約の半額とし(本件約款料金表第1表第1-1-(2)-ア-(イ)),この2年間の期間内(当該期間の末日の属する月の翌月を除く。)に消費者が本件契約を解約する場合には,消費者の死亡後の一定期間内に解約する場合や中途解約と同時に一般契約の身体障がい者割引を受けることになった場合等を除き,被告に対し,9975円(消費税込み)の解約金を支払わなければならないと規定している(本件約款67条,同料金表第1表第4-2-1。以下「本件当初解約金条項」という。)。

ウ  本件契約は,契約締結から2年が経過すると自動的に更新され(本件約款23条3項),以後,消費者は,本件契約を解約するに際して,更新時期となる,2年に1度の1か月間に解約を申し出ない限り,上記イと同額の解約金を被告に対し支払わなければならないとされている(本件約款23条1項。以下,「本件更新後解約金条項」といい,本件当初解約金条項と本件更新後解約金条項を併せて「本件解約金条項」という)。

(3)  個人原告らと被告との間の携帯電話利用サービス契約の締結及び解約

ア  原告X1は,平成19年8月25日,被告との間で,本件契約を締結し,同契約が平成21年9月1日に更新された後の平成22年8月28日に同契約を解約し,同年9月30日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約金として9975円を支払った。

イ  原告X2は,平成16年5月23日,被告との間で,本件契約を締結し,平成22年7月31日に同契約を解約し,同年8月31日,被告に対し,本件当初解約金条項に基づく解約金として9975円を支払った。

ウ  原告X3は,平成19年11月15日,被告との間で,本件契約を締結し,同契約が平成21年12月1日に更新された後の平成22年2月27日に同契約を解約し,同年3月8日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約金として9975円を支払った。

エ  原告X4は,平成19年10月31日,被告との間で,本件契約を締結し,平成21年3月に同契約を解約し,同年4月30日,被告に対し,本件当初解約金条項に基づく解約金として9975円を支払った。

オ  原告X5は,平成19年12月31日,被告との間で,本件契約を締結し,同契約が平成22年1月1日に更新された後の同年7月5日に同契約を解約し,同月31日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約金として9975円を支払った。

カ  原告X6は,平成20年4月23日,被告との間で,本件契約を締結し,同契約が平成22年5月1日に更新された後の同年6月6日に同契約を解約し,同年7月23日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約金として9975円を支払った。

キ  原告X7は,平成19年10月15日,被告との間で,本件契約を締結し,同契約が平成21年11月1日に更新された後の平成22年春頃に同契約を解約し,同年5月31日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約金として9975円を支払った。

ク  原告X8は,平成21年12月,被告との間で,本件契約を締結し,平成22年10月31日に同契約を解約し,同年12月10日,被告に対し,本件当初解約金条項又は本件更新後解約金条項に基づく解約金として9975円を支払った。

ケ  原告X9は,平成20年4月12日,被告との間で,本件契約を締結し,同契約が平成22年4月1日に更新された後の平成22年9月5日に同契約を解約し,同年冬頃,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約金として9975円を支払った。

コ  原告X10は,平成19年12月29日,被告との間で,本件契約を2回線について締結し,同契約がいずれも平成22年1月1日に更新された後の平成22年5月30日に同契約をいずれも解約し,同年6月7日及び同月30日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約金として合計1万9950円を支払った。

サ  原告X11は,平成20年3月21日及び同月27日,被告との間で,本件契約を2回線について締結し,同契約がいずれも平成22年4月1日に更新された後の平成23年1月1日及び同月25日に同契約をいずれも解約し,同年1月頃,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約金として合計1万9950円を支払った。

(4)  書面による事前の請求

原告法人は,被告に対し,平成22年3月1日,法41条所定の書面により,消費者との間で,FOMAサービス契約を締結するに際し,本件解約金条項を内容とする意思表示を行わないことを請求した(甲4,5)。

2 争点

(1)  本件解約金条項についての法による規制の可否

(被告の主張)

本件契約は,2年間の定期契約を選択した場合,月額基本使用料金の50%の割引(なお,割引額の計算において,10円未満の端数が生じた場合には,その端数は四捨五入される。)が受けられる一方,2年間の契約期間満了前に契約を解約するときは,本件解約金条項に基づき被告に対し9975円を支払わなければならないというサービスである。したがって,被告は,本件契約の料金につき,基本使用料金の50%割引等のサービスと2年間の定期契約を中途解約した場合に支払うべき9975円を一体として料金を設定している。

よって,本件解約金条項は,実質的には「本件契約に基づくサービスを受けるためには,9975円を支払うものとする。ただし,2年間の定期契約を満了した時は免除する。」という条項が設けられているのと同視でき,本件解約金条項に基づく9975円は,基本使用料金の50%割引等のサービスを受けるための対価ということができる。このことは,中途解約時に支払うべき料金について,損害賠償金や違約金であれば課税されないはずの消費税が課税されていることからも明らかである。また,本件解約金条項は,文言上も,「料金の支払いを要します。」と規定されており,対価としても十分理解できる。

したがって,本件解約金条項は,実質的には被告の消費者に対するサービス提供の対価の金額を設定したものであるから,契約自由の原則により,当事者間の合意に基づき自由に決定できるものであって,法による規制の対象外である。

(原告らの主張)

本件解約金条項は,その文言からみても,「解除した際に解約金を支払う」旨の約定であって,解約時に支払う解約金についての規定として規定されており,役務に対する対価として定められたものではない。

また,本件解約金条項を「本件契約の適用を受けるためには,9975円を支払うものとする。ただし,2年間の定期契約を満了した時は免除する。」と読み替えることが許されるとすれば,およそ全ての解約金条項,違約金条項及び損害賠償予定条項が,「契約の対価として(解約金等の額)を支払う。ただし,○○の場合には免除する。」との内容と読み替えられることにより対価条項となって,法9条1号及び同10条が適用されないこととなり,法の規制の潜脱を容易なものとしてしまう。

(2)  本件当初解約金条項の法9条1号該当性

(原告らの主張)

本件当初解約金条項は,消費者が解除時に支払う違約金を課す解約金条項の性質を有するところ,同条項に基づき消費者が支払義務を負う金額である9975円は,次のとおり,消費者が本件契約を期間の中途で解約した場合に,料金プラン及び中途解約までの期間に応じて算出される被告に生ずべき「平均的な損害」の額を超えるものであって,無効である。

ア 「平均的な損害」を算出すべき対象

被告の顧客数が膨大であるとしても,被告は,その膨大な顧客につき,顧客ごとに料金プランを個別に管理し,契約月数も管理しているのであって,個別の顧客ごとの平均的損害を算出することは極めて容易である。したがって,被告の顧客管理の実際の状況からすれば,顧客を総体として捉えて「平均的な損害」を捉えるべき必要性は存在しない。

被告は,本件契約が,2年間の契約期間における解約を一律の区分として定めているから,顧客の平均解約月に基づき平均的損害を算出すべきであると主張する。しかし,契約期間が1か月経過した時点で解約した者と1年以上経過した後に解約した者とでは,被告に生じる「平均的な損害」が異なるのは明らかであり,これらを一律の「区分」とすることはできない。

例えば,SSコースの場合,基本使用料金の額は,本件契約を締結しない場合が1か月当たり3780円であり,本件契約を締結した場合は1890円である。そうすると,消費者が,このSSコースを1か月で解約した場合の被告の損害は,この差額の1か月分である1890円であるのにもかかわらず,消費者が本件当初解約金条項に基づき,被告に対し,9975円の支払義務を負うのは極めて消費者に不利益であり,平均的損害を超える部分があることは明らかである。

イ 表示価格を損害算出の基準とすることの不当性

被告が本件契約において提供する「割引サービス」なるものは,被告が,他社との間で競争可能な価額として基本使用料金を半額にせざるを得なかったことにより基本使用料金を値下げしたものに過ぎず,実際には割引サービスではない。このことは,被告が,モバイル・ナンバー・ポータビリティ制度(以下「ポータビリティ制度」という。)の導入並びにKDDI株式会社(以下「KDDI」という。)及びソフトバンクモバイル株式会社(以下「ソフトバンク」という。)の価格攻勢といった,携帯電話利用サービスを取り巻く諸事実を背景として,基本使用料金の実質価格の値下げを行ってきた経緯から明らかである。

被告は,本件契約が割引サービスであると主張して,実質価格(本件契約を締結した場合の基本使用料金の額)と表示価格(本件契約を締結しない場合の基本使用料金の額)の差が被告の被る損害であるかのように主張している。しかし,被告が表示価格で顧客を獲得できたならば得られたであろう利益というものは実際には期待できないのであるから,表示価格と実質価格の差額は被告の損害とはならない。このことは,被告が,会社の会計処理における売上処理について表示価格が意味を持たないことや,対外的な経営資料において料金体系を説明する際に実質価格のみを表示していることからも明らかである。

ウ 被告の出捐する費用と「平均的な損害」との関係

被告が携帯電話利用サービスを提供することにどのようなコストがかかるかという点と,本件当初解約金条項の合理性とは何ら関係がない。被告が本件当初解約金条項に基づく解約金を徴収しない場合に被告の収支が赤字になるというのであればともかく,被告は収益構造について何ら言及していないから,そのように判断することはできない。

また,被告が設備投資等の先行費用等を支出した場合,その効用は,現在の顧客が解約したとしても失われるものではなく,その後も再び新たな顧客を獲得するために発揮されるのであるから,1人当たり何円というコストの算出方法は正当なものではなく,被告の「損害」になり得るようなものでもない。そもそも,現在の顧客が契約を解約したとしても,新たに顧客を獲得すれば足りるのであり,その成否は被告が企業努力を行うか否かによるのであって,新規顧客を獲得できないことによる料金収入の途絶のリスクは被告が負うべきである。

なお,代理店等に対する解約手数料の支払については,被告の事務を行う上での内部事情にすぎず,これを消費者に転嫁することはできない。

エ 逸失利益を「平均的な損害」に含めるべきでないこと

消費者が,本件契約を将来に向かって解除したとしても,被告は,将来にわたってサービス提供の義務を免れるのであるから,被告には損害が生じない。

また,消費者が,消費者契約の解除に伴い,事業者から不当に損害賠償や違約金の出損を強いられることのないように設けられたという法9条1号の趣旨を踏まえれば,事業者の「平均的な損害」に逸失利益が含まれるのは,当該消費者契約の目的が他の契約において代替又は転用される可能性のない場合に限られる。被告は,本件契約について,顧客を限定せず,人数を区切らずに新規締結の募集を随時行っており,被告の契約数は5000万件以上にも及ぶのであり,一人が解約したとしても,被告は容易に他の顧客との契約によって代替して利益を得ることが可能である。したがって,本件契約に関しては,「平均的な損害」に含まれる逸失利益は存在しない。

オ 監督官庁による措置等との関係

(ア) 監督官庁による業務改善命令について

被告は,監督官庁である総務省が被告に対して本件当初解約金条項に関して業務改善命令を発したことがないと主張する。しかし,総務省が被告に対し業務改善命令を発したことがないとの事実は本件当初解約金条項が法9条1項により無効となるか否かとは無関係である。

(イ) 監督官庁による指針等について

被告は,本件当初解約金条項は,「電気通信事業分野における競争の促進に関する指針」(乙10。以下「本件指針」という。)及び「『電気通信事業分野における競争の促進(原案)』に対する意見及びそれに対する総務省の考え方」(乙11。以下「本件回答」という。)が許容する内容のものであるから,本件当初解約金条項が不当なものとなることはないと主張する。

しかし,本件指針及び本件回答を前提としても,本件当初解約金条項の不当性は明らかである。

a 本件指針について

本件指針は,「事実上解約を制限する条項を設定すること」を,特段の事情のない限り,「他の電気通信事業者との間に不当な競争を引き起こすものであり,その他社会的経済的事情に照らして著しく不適当であるため,利用者の利益を阻害するもの」と明示している。

そして,本件当初解約金条項が「事実上解約を制限する条項」であり「利用者の利益を阻害するもの」であることは明らかであり,9975円という高額な解約金の設定自体,ポータビリティ制度の趣旨に反し,消費者の解約を事実上制限するものである。また,被告提出の資料(乙19)によれば,消費者の本件契約の平均解約期間は14か月ということであるから,「最低利用期間」はどんなに長くとも,本来,この期間と近接するものが限度となるはずであるが,本件当初解約金条項はその2倍近い長期の契約期間を定めており,不当に長期の拘束をするものとして,「移行禁止期間を設けるなど事実上解約を制限する条項」に該当する。

b 本件回答について

本件回答は,「最低契約期間を一律に長期にすること」を不当であると明示している。報告書(乙19)によれば消費者の平均解約期間は14か月ということであるから,「最低契約期間」はどんなに長くとも本来この期間まででなければならない。しかし,本件当初解約金条項はその2倍近い長期の契約期間を定めており,しかも契約期間について消費者に選択の余地はなく,一律かつ一方的に設定しており,本件当初解約金条項が,「最低契約期間を一律に長期にする」ものとして不当であることは明らかである。

(被告の主張)

本件当初解約金条項は,次のとおり,法9条1号には該当しない。

ア 「平均的な損害」を算出すべき対象

本件当初解約金条項が法9条1号により無効となるか否かは,解約時期や料金プランごとの個別の損害との比較ではなく,本件契約について中途解約をした場合の「平均的な損害」との比較によるべきである。

法9条1号の定める「平均的な損害」とは,同一事業者が締結する多数の同種契約事案について類型的に考察した場合に算定される平均的な損害の額であって,具体的には,解除の事由,時期等により同一の区分に分類される複数の同種の契約の解除に伴い,当該事業者に生じる損害の額の平均値を意味するものである。

また,「当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ」とは,解除に伴う損害賠償額の予定等の区分の仕方が業種や契約の特性により異なるものであるところ,「平均的な損害」であるかどうかの判断は当該条項で定められた区分ごとに判断するとの意味である。本件契約においては,中途解約をした場合に支払うべき金額について,解約時期や料金プランごとではなく,一律の金額を設定したのであるから,法9条1号により無効となるか否かの判断においても,解約時期や料金プランごとの個別損害との比較ではなく,中途解約をした場合全体の「平均的な損害」との比較により判断すべきである。

イ 原告らの主張する「実質価格」の不存在

本件契約を締結した場合の基本使用料金の金額が被告における実質価格であるとすることはできない。

携帯電話利用サービスの優劣は,利用料金の高低のみで比較されるものではなく,消費者は,通信エリア,通信品質,iモード等の機能,サービス,アフターサービス及び携帯電話端末等を総合的に比較考量した上で,電気通信事業者を選択している。

また,携帯電話の利用料金には,基本使用料金だけではなく,通信を利用した場合の通話料金の課金レート(1分当たりの通話料金の金額等),iモード等のパケット通信料並びに基本使用料に含まれる無料通信分の有無及び金額並びに中途解約の場合に事業者に支払うべき金銭の有無及び金額などの要素があり,事業者は,これらの要素を全て含めた上で料金設定を行っているのであるから,このうち基本使用料金の額のみを取り出して比較することには意味がない。ソフトバンク及びKDDIも,基本使用料金が月額980円のプランを提供しているが,いずれも2年間の契約期間の途中で解約しないことが条件であり,中途解約した場合には,9975円の支払義務が発生するプランである。したがって,現在は,基本使用料金の金額が月額980円で,2年間の途中で解約しないことを条件としない料金プランは存在しない。

ウ 逸失利益を「平均的な損害」に含めるべきこと

法9条は,損害賠償額の予定または違約金の定めについて,「平均的な損害」の額を超える部分を無効とすると規定しているが,「損害」について,特に逸失利益を除くように限定するとは規定していない。また,仮に法9条の「損害」に逸失利益を含まないとすると,事業者は,損害賠償の額の予定についての条項がない場合には民法416条により消費者に対して逸失利益を損害賠償請求できるのに,損害賠償の額の予定についての条項がある場合には,消費者に対して逸失利益を損害賠償請求できなくなるという結果になってしまう。したがって,平均的な損害には,逸失利益も含まれる。

なお,原告らは,契約の目的が代替ないし転用可能な場合には,平均的な損害に逸失利益は含まれないと主張する。しかし,法には,契約の目的が代替ないし転用可能な場合に逸失利益を除外するとの規定は存在しない。

また,被告は,中途解約により,中途解約時までに本件契約によって割り引いた基本使用料及び家族への国内通話無料等その他の割引分,中途解約がなかった場合の定期契約満了までの基本使用料及び通話通信料並びに契約の締結及び解約のための費用等の損害を被る。これらのうち,中途解約時までの割引分及び契約の締結及び解約のための費用については,特定の顧客のために既に出捐しており,契約の目的が代替ないし転用可能とはいえない。さらに,中途解約がなかった場合の定期契約満了までの基本使用料・通話通信料についても,特定の顧客が解約すれば,1契約分の収入が減少するのであり,他の1人の顧客が新たに契約したとしても,それは,特定の顧客の解約とは因果関係がない独自の収入であり,解約された1契約分の収入を補填するものではなく,やはり契約の目的が代替ないし転用可能とはいえない。したがって,本件は,原告らの主張を前提としても,逸失利益が平均的な損害に含まれる場合に該当する。

エ 本件契約の中途解約により被告に生じる「平均的な損害」

被告は,2年間の定期契約が中途解約されることにより,中途解約時までに本件契約によって割引いた基本使用料及び家族への国内通話無料等その他の割引分,中途解約がなかった場合の定期契約満了までの基本使用料・通話通信料,契約の締結及び解約のための費用等の損害を被る。

そして,FOMAサービス契約の各料金プランの加入者数をもとに加重平均して算出した平均月額基本使用料は4320円であり,本件契約の割引率は50%であるから,本件契約によって割引いた基本使用料金の平均値は2160円であり,中途解約した者の契約締結から中途解約時までの平均経過月数は14か月であるから,2年間の定期契約が中途解約されるまでに本件契約により割引いた基本使用料の累計額の平均は,2160円×14か月=3万0240円である。

そうすると,9975円は,少なくとも中途解約時までに本件契約によって割引いた基本使用料の金額を下回る金額であり,9975円が「平均的な損害」を超えるものでないことは明らかである。

オ 監督官庁による是正措置等の不存在

本件解約金条項は,被告の電気通信事業についての監督官庁である総務省及び公正取引委員会が定めた本件指針に反するものでもない。

本件指針は,「契約において,当該電気通信事業者との契約を解除し,他の電気通信事業者に移行しようとする場合に,移行禁止期間を設けるなど事実上解約を制限する条項を設定すること」を電気通信事業法上問題となる行為としているが,「最低利用期間内に解約となる場合の違約金等についてはこれに当たらない。」と明記している。

また,本件指針は,「社会的経済的事情に照らして,最低契約期間が不当に長期の契約」や「消費者契約法に反するような,電気通信事業者に著しく有利で利用者に不利な規定のある契約」を電気通信事業法上問題となる行為としている。しかし,被告が本件契約を導入してから3年以上が経過し,また,KDDI及びソフトバンクも本件契約と同様のサービスを提供しているが,監督官庁である総務省はいずれに対しても業務改善命令を発したことがない。

(3)  本件更新後解約金条項の法9条1号該当性

(原告らの主張)

ア 本件更新後解約金条項については,争点(2)について主張した点と同様の点が妥当し,法9条1号により無効となる。これに加えて,当初の契約期間が経過した場合においては,消費者は既に一定期間にわたって契約に拘束されたのであって,事業者が違約金を徴収することに合理性はないから,本件更新後解約金条項は,支払義務を負うべき金額を問わず,一般的に法9条1号に該当する。

2年が経過した後も解約金を支払わなければならないとすると,消費者は半永久的に本件契約に拘束されることになる。これは,ポータビリティ制度の趣旨を半永久的に毀損する「利用者の囲い込み」である。

被告は,定期契約は2年間の契約期間で終了し,その後新たな定期契約が開始すると主張する。しかし,被告自身が「更新」と認めるように,2年が経過した後も従前の契約関係が継続されるのであるから,被告の主張は従前の契約関係を無視するものであって実態に反する。

被告が,更新月の前月及び更新月のいずれかに申し出れば解約金を負担せずに本件契約を解約できるとしているのは,この時点で解約しても被告の言う「損害」は生じないからであり,そうである以上,それ以後に解除しても被告に「損害」は生じないはずであり,それにもかかわらず,更新後に解約するに際しては再び解約金を支払わなければならないというのは明らかに不当である。

イ また,仮に,本件当初解約金条項が,「平均的な損害」の填補として許されるとしても,上記の理由により,本件更新後解約金条項は,支払義務を負うべき金額を問わず,一般的に法9条1号に該当し無効である。

(被告の主張)

本件契約は,2年間の契約期間で終了した後に更新された場合には,新たに2年間を契約期間とする定期契約が開始する。更新後の本件契約も,更新前と同じく,2年間の途中で解約しないことを条件として基本使用料金等を割り引くというサービスであり,平均的損害は,更新前の定期契約と更新後の定期契約とで全く異ならない。

電気通信事業においては,設備投資も顧客の維持獲得のための費用も多くの顧客が長い間契約を継続することを見込んで,先行して支出するものであるうえ,設備投資や顧客を維持するための費用は継続的に繰り返し支出する必要があり,一定期間の経過によって全額回収し終わり,後は全て利益になるという性質のものではない。実際,被告は直近2年間での約1兆4240億円の設備投資以前にも,継続的に毎年7000億~1兆円程度の設備投資を行ってきているのである(乙9)。

また,顧客は,更新後も1か月間は,9975円の料金を支払うことなく,本件契約を解除でき,また,更新後も9975円の料金を支払えば,解約することもできるのであり,本件契約は,顧客を半永久的に拘束するものではない。

なお,契約期間の満了時に,再度の申込みを要せずに自動更新としているのは,更新を希望する者が多いと思われることに加え,顧客に更新手続の手間をかけさせないためである。顧客が更新を希望しない場合には,自動更新から1か月の間に手続を行えば,9975円を支払う義務が発生しない。

また,被告は,本件ガイドブック等にその旨を記載するとともに(乙2),契約期間の満了する月の前後の合計3回にわたり,請求書に契約期間の満了と自動更新についての説明を記載し,更新を希望しない場合には被告へ申し出るように注意喚起するとともに,電話による不更新の申出も受け付けている。

(4)  法10条前段における「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定」の解釈

(原告らの主張)

法1条の消費者保護の趣旨及び不当条項の効力が任意規定の有無により異なるのは極めて不合理であることを考慮すれば,法10条は,当該不当条項がなかった場合に比べて消費者利益が害されている場合に広く適用される,いわゆる一般条項であるというべきであり,同条前段の「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定」は,何らかの範囲に限定されるものではない。

仮に,法10条前段の「民法,商法,その他の法律の公の秩序に関しない規定」を制限的に考えるとしても,これを講学上の任意規定に限定すべきではない。仮に,講学上の任意規定に限定すると,多くの消費者契約が,典型契約に属さないというだけで同条による保護を受けにくくなるが,このような結果は,法の制定趣旨に照らして到底容認できない。

よって,同条前段の「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定」は,判例や条理に基づく法準則,契約に関する一般法理をも含むものと解釈すべきである。

(被告の主張)

法10条前段の「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定」は,講学上の任意規定のみを指すものと解すべきである。

(5)  本件解約金条項の法10条前段該当性

(原告らの主張)

FOMAサービス契約は,準委任契約又はこれに類似する非典型契約であるから,解約時に当然に違約金を支払うと定める本件解約金条項は,民法等に比して,消費者の義務を加重するものである。

ア FOMAサービス契約の法的性質及びこれに関する任意規定

(ア) 準委任契約又はこれに類似する非典型契約

消費者の需要に応じた各種の複雑な通信サービスを提供する行為は,法律行為以外の事務の委託と解されるので,FOMAサービス契約は,準委任契約又はこれに類似する非典型契約である。

準委任契約の解約については,民法651条により解約の自由が原則であり,相手方にとって不利な時期に解約した場合にのみ,相手方は同条2項に基づき解約により生じた損害の賠償を請求することができるに過ぎない。

(イ) (ア)以外の類型の契約

仮に,FOMAサービス契約が,準委任契約又はこれに類似する非典型契約ではないとしても,ポータビリティ制度の存在を踏まえれば,FOMAサービス契約のような携帯電話サービス利用契約においては,「利用者は電気通信事業者の変更を妨げられない」という「公の秩序に関しない規定」が存在するというべきである。

ポータビリティ制度は,電話番号を変更することなく電気通信事業者を変更できる制度であり,平成18年10月に導入された。消費者は,ポータビリティ制度の下では,電気通信事業者各社を比較検討し,電話番号の変更を気にすることなく電気通信事業者を変更できることとなった。ポータビリティ制度の制度趣旨は,利用者の電気通信事業者の選択の自由を確保すること及びこれを通じた自由な競争の促進にあると考えられる。

消費者は,通常,電気通信事業者1社と契約している。したがって,消費者が,電気通信事業者を自由に選択するためには,従前の電気通信事業者を解約し,別の電気通信事業者と契約できることが条件となる。したがって,ある電気通信事業者が利用者の解約を制限することは,解約しようとする当該携帯電話の利用者の権利を侵害するばかりか,消費者の利便性を競わせる競争政策を阻害し,多くの消費者の利益を害する。

よって,このようなポータビリティ制度の制度趣旨を踏まえれば,「利用者は電気通信事業者の変更を妨げられない」との法理は,法10条前段の「公の秩序に関しない規定」に該当する。

イ 本件解約金条項が任意規定に比して消費者の義務を加重していること

FOMAサービス契約が準委任契約又はこれに類似する非典型契約であるとすれば,民法は準委任契約の解約時に当然に違約金を支払うとは規定していないから,本件解約金条項は消費者の義務を加重するものといえる。

なお,被告は,民法651条が存在することを理由に,任意規定に比して消費者の義務を加重したものとはいえないと主張する。しかし,被告は多数の消費者との間でFOMAサービス契約を締結しており,解約する者がいることも当然予定されているのであるから,消費者が将来に向かってFOMAサービス契約を解約することが被告に不利な時期の解除と当然にはいうことはできない。また,民法上,委任の解除時に当然解約金を徴収できるとはされていないのであるから,任意規定に比べても消費者の義務を加重しているというべきである。

(被告の主張)

FOMAサービス契約には,比較の対象となる「公の秩序に関しない規定」が存在しない。FOMAサービス契約が準委任契約であるとしても,本件解約金条項は,民法に比して,消費者の義務を加重するものではない。

ア FOMAサービス契約に関する「公の秩序に関しない規定」の不存在

FOMAサービス契約は,消費者が被告に事務を委託することを目的とするものではなく,被告が2年間の定期契約期間中の電気通信役務の提供を約する無名契約であり,準委任契約ではない。したがって,FOMAサービス契約には,比較の対象となる「公の秩序に関しない規定」が存在しない。

イ 本件解約金条項による権利制限又は義務加重の不存在

仮にFOMAサービス契約が準委任契約であるとしても,民法651条は,「当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは,その当事者の一方は,相手方の損害を賠償しなければならない」と規定しており,当事者の一方が相手方の不利な時期に委任を解除したときに,損害賠償を請求することを認めている。また,本件解約金条項は,後記のとおり,過大な損害を賠償させるものでもない。

したがって,本件解約金条項は,民法651条と比較しても,「消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する」ものではない。

(6)  本件当初解約金条項の法10条後段該当性

(原告らの主張)

FOMAサービス契約においては,消費者が本件契約の締結の有無を選択することができるものとされているが,消費者が本件契約の締結を「選んだ」ことにより本件解約金条項が有効になるわけではなく,本件当初解約金条項自体の不当性を問題としなければならない。もっとも,そもそも消費者は本件契約の締結を自由に「選んだ」わけではなく,後記アのとおり,被告によってそのように不当に誘導されたに過ぎない。

そして,消費者は,本件解約金条項の存在により,2年間という長期間にわたって拘束されるか,9975円という高額の金銭を被告に支払わなければならないという状態に置かれるのであって,このような本件解約金条項は,通常のサービスを受けるに過ぎない消費者に対して解約を制限する規定であり,消費者に何ら利益はなく,消費者だけに義務を課すものであって,信義則に反して「消費者の利益を一方的に害するもの」に該当する。

ア 消費者の実質的な選択の不存在

(ア) 消費者の契約締結時の基準となる実質価格

消費者が比較しているのは,ソフトバンクやKDDIの提供する実質価格と被告の実質価格である。被告は,消費者が,被告の表示価格と実質価格を比較して2年拘束のある割引後の実質価格を選択したと主張する。しかし,実質価格に比して高額な表示価格をわざわざ選択する消費者などいるはずがない。

(イ) 消費者の契約締結時の解約金への無関心

「これからこの電気通信事業者と契約しよう」としている消費者は,通常,当該契約を解約することは考えておらず,解約時にどのような義務が生じるかについての意識は基本的に希薄である。

イ 本件契約を締結する際の交渉力等の差異

携帯電話サービス利用契約においては,被告のように巨大な資金力,情報力及び人的物的設備を備えた巨大資本である事業者と一個人に過ぎない消費者とでは,情報の質及び量において雲泥の差がある。消費者は,本件契約を締結する際,本件解約金条項がどのような根拠及び計算で設定されたかについては契約時に知ることはできない。

また,本件解約金条項の内容について,消費者と被告との間での交渉の余地は全くない。

被告は,被告が顧客向けに作成した「ご利用ガイドブック」(乙2。以下「本件ガイドブック」という。)等においても,料金体系の中で本件契約を締結した場合の金額を最も目立つ形で表示しており,上記のような情報力及び交渉力の甚大な格差を背景に,消費者に対し,本件契約の締結を実質的に押しつけている。

ウ 本件解約金条項に基づく解約金の支払義務の不当性

(ア) 消費者が事業者変更を企図する時期との関係

消費者が,被告との間のFOMAサービス契約を解除し,他社との間で携帯電話利用サービス契約を新たに締結したいと思うのは,本件契約の更新時とは限らない。このため,消費者は,その解約時にほとんど解約金の支払義務を負うこととなっている。

(イ) 解約金の金額の設定の不当性

被告が解約金の金額を一律9975円と設定したのは,解約時に徴収する金額が一律となるために被告の事務が簡便になるというメリットのために過ぎない。9975円に設定したのは,5桁の金額とすると消費者の心理的抵抗が大きいことから,1万円未満の額を選択したにすぎず,消費者のために当該金額を設定したのではない。

被告は,解約金の額を一律に9975円と設定したことは,簡易で分かりやすいと主張する。しかし,消費者は,被告との間でFOMAサービス契約を締結する際,将来的に被告との間のFOMAサービス契約を解除して他社との間で携帯電話利用サービス契約を締結することを意図していないのであるから,消費者が意図していない点について分かりやすいかどうかは本件解約金条項の不当性とは関係ない。

また,被告は,料金プランの変更を制限しないために中途解約時に支払うべき料金を一律の金額として設定しているとも主張するが,これらは全く別個の問題である。被告が料金プランの変更を制限しないのは他社との競争上消費者の支持が得られないからにすぎず,中途解約時に解約金を支払うべき根拠とはなり得ない。

(被告の主張)

本件解約金条項に基づき消費者が支払義務を負う9975円は,「不当に高額に過ぎる」とはいえず,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものということはできない。

ア 本件契約により消費者が受ける利益の存在

本件契約は,2年間の契約期間の途中で解約しないことを条件に約束すれば,基本使用料の50%を割引く等の割引サービスを受けられるのであり,契約期間の途中で解約するつもりのない顧客には不利益はない。

仮に,契約期間の途中で解約する可能性のある顧客でも,9975円を支払ったとしても,一定期間基本使用料の50%を割引く等の割引サービスを受けた方が得となる場合もある。

これに加え,新規の顧客については,本件契約の締結を選択すれば,携帯電話端末の代金について数千~数万円の割引を受けられる(乙16)。

したがって,多くの顧客が自らにとってメリットのある本件契約の締結を選択するのは当然であり,被告が強制しているからではない。

(ア) 顧客における選択権の存在

本件契約の締結については,顧客に選択権が与えられており,被告は,顧客に対し,本件契約を選択することを何ら強制していない。現に,平成21年度末の時点でも,本件契約を締結している約3400万人のユーザーが存在する一方,本件契約に加入しない者が約540万人存在している。

被告とFOMAサービス契約を締結する者は,①2年間の途中で解約するつもりがないので,基本使用料金の50%を割引く等の割引サービスを受けるために本件契約を締結する,②2年間の途中で解約し9975円を支払う可能性があっても,解約までの期間に基本使用料の50%を割引く等のメリットを享受する方が得であると判断して本件契約を締結する,③2年間の途中で解約し9975円を支払うのを避けるために本件契約を締結しない等の多様な選択肢の中から,自分に適したものを選択しているのである。

したがって,仮に,ほとんどの消費者が本件契約に加入したとしても,それは,本件契約に魅力を感じた者の自由な選択の結果である。

(イ) 消費者の本件解約金条項の内容への関心の存在

一般的な顧客は料金に関心を持っており,また,基本使用料の50%割引等のサービスが割引サービスとして紹介されている以上,その適用条件について関心もあるのが一般的であり,原告らは,携帯電話利用サービス契約を締結しようとしている者は,中途解約時に支払うべき料金には関心がなく,本件契約を選択せざるを得ない状況に置かれているなどと主張するが,非現実的な想定に基づくものである。

イ 被告と消費者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差の不存在

被告は,被告との間で本件契約を締結しようとする者に対し,2年間の定期契約期間中に契約を解約するときは,9975円の料金の支払義務が発生することについて説明を尽くしており,被告と消費者との間に,情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることはできない。

また,本件ガイドブック(乙2)及び携帯電話カタログ(乙15)には,本件契約を締結しない場合の基本使用料金が料金体系の基本であること及び本件契約の締結が自由な選択に委ねられていることが明瞭に記載されている。

ウ 本件解約金条項による事業者変更の阻害の不存在

原告らは,ポータビリティ制度の下では,一定の期間にわたり顧客を拘束すること自体に問題があると主張する。しかし,ポータビリティ制度は,顧客が電気通信事業者を変更する際に電話番号を変更せずに変更後の電気通信事業者のサービスを受けることができるという制度に過ぎず,電気通信事業者の変更を,あたかも電気通信事業者内のサービスの変更のように何らの負担なく可能とすることを義務づけるような定めはない。

そもそも,顧客は,2年以内に電気通信事業者を変更したければ,本件契約を締結しないこともできる。また,本件契約を締結した場合でも,被告に対し9975円を支払えば本件契約を解約することができるのであり,電気通信事業者の変更は何ら禁止されていない。

エ 本件解約金条項に基づき支払う金額の妥当性

(ア) 解約金の金額を一律としたことの妥当性

被告は,法3条1項が事業者に対し契約の内容について消費者にとって明確かつ平易なものになるように配慮することを求めていることや,簡易でわかりやすい制度設計に努めるようにとの社会的要請があることに鑑み,解約時期や料金プランごとに顧客が支払うべき料金を設定するのではなく,一律に9975円という金額を設定した。例えば,被告は,複数の料金プランを用意し,本件契約の契約期間中においても料金プランを随時変更することを可能としているが,料金プランごとに中途解約した場合の料金の額を設定すると,契約期間の中途における料金プランの変更を制限せざるを得なくなる。

また,中途解約時に支払うべき料金を解約時期や料金プランにかかわらず一律として分かりやすくすることは,顧客による本件契約の自由な選択にも資するものでもある。

(イ) 解約金の金額それ自体の妥当性

争点(2)についての主張のとおり,本件契約によって割引いた基本使用料の平均値は2160円となることからすれば,9975円という金額は,決して過大なものではない。

そして,9975円という金額は,同業他社の同種の定期契約を中途解約する場合の料金の水準と異なるものではない。例えば,KDDIの定期契約である「誰でも割」及びソフトバンクモバイルの定期契約である「ホワイトプラン」における中途解約時に支払うべき金額はいずれも9975円である(乙5,6)。

(ウ) 被告の出捐する費用の存在

被告は,携帯電話利用サービス契約の提供のため,次のとおりの費用の出捐が必要であり,本件当初解約金条項に基づく解約金の金額も,これらを前提としたものである。

a 設備投資のための費用等

日本全国の約5610万人(平成21年度末時点)の顧客にサービスを提供するにあたっては,全国津々浦々に基地局を設置し,アンテナ,交換機,サーバー及びその他の電気通信設備並びに基地局を繋ぐ伝送路等に多額の投資を行い,多額の費用を支出している。例えば,被告は,オフィスや地下,山岳地帯などの通話が困難な地区を含め,全国をカバーするために,約10万1100(平成21年度末時点)もの基地局を設置している(乙9)。また,サービスを安全かつ安定して提供するため,通信設備等を二重化するなどの様々な対策を講じている。このように,携帯電話利用サービス契約に基づくサービスを提供するにあたっては,多額の設備投資が必要であり,これらの設備投資は,携帯電話利用サービスを提供して料金を回収するよりも先行して支出することが必要である。

また,これらの設備は,最初の投資で支出が終了するわけではなく,技術の進展に伴う設備の全面更改に伴う投資を繰り返す必要もある。例えば,W-CDMA方式を用いた被告の第3世代携帯電話サービスであるFOMAネットワークの構築に要した設備投資の平成21年度までの総額は,約4兆5570億円と多額の投資となっている(乙9)。

被告の直近2年間(平成20年度及び21年度)における設備投資の総額は,約1兆4240億円と,日本でも有数の規模である(乙9)。この金額を,顧客1人当たりに換算すると2年間で2万6110円(税別)となり,これを料金収入から回収したうえ,利益を得なければならない。

さらに,上記設備投資に加え,全国の通信及び設備の状況を24時間365日監視し,災害等への迅速な対応を行うための費用や,基地局と交換機をつなぐために他社から通信網を賃借する費用など,設備の保守,維持及び運用のための費用も別途必要となる。

b 顧客獲得のための費用等

企業活動においては,多数の顧客を獲得し事業の規模を拡大することで,コストを引き下げることができ,より多くの利益を得ることができる。したがって,あらゆるビジネスにおいて,新規の顧客獲得に多くの経営資源を振り向けるということが行われている。特に,被告のような電気通信事業においては,上記のとおり多額の設備投資を先行させる必要があるため,設備投資に見合った多くの顧客を獲得する必要性はより大きい。そこで,被告は,販売代理店が新規契約を獲得した際,販売代理店に対し,手数料等を支払っている。また,顧客が被告の提供する電気通信サービスを利用するために必要となる携帯電話端末をより安く購入することができるように,携帯電話端末の割引施策も実施している。

さらに,既存の顧客についても,携帯電話端末を買い替えると,当分の間,被告の電気通信サービスを利用する可能性が高いことや,新サービスを利用することにより収入が増加する可能性が高いことから,その効果に期待して,販売代理店に対し手数料等を支払うとともに,顧客がより安く携帯電話端末を購入することができるように携帯電話端末の割引施策も実施している。本件契約を導入した平成19年9月~平成21年度末の実績では,携帯電話端末の買替えが平均で約28か月目に発生しており,顧客を維持するための費用も繰り返し支出する必要がある。

被告が顧客を維持及び獲得するために先行的に支出するこれらの費用の総額は,直近2年間(平成20年度及び21年度)で約6110億円であり,顧客1人当たりでは2年間で1万1200円(税別)となり,これを料金収入から回収したうえ,利益を得なければならない。

上記費用の他に,顧客にアフターサービス等を提供するための拠点として,ドコモショップ及び電話受付センター等を維持・運営するための費用や月々の料金を顧客に請求し回収するための費用なども別途必要となる。

オ 本件契約の契約期間の妥当性

そもそも,本件契約の契約期間を何年とするかは,被告の裁量であり,法の下においても,適法か違法かという問題を生じるものではない。仮に,料金プランが合理的なものでなければ,顧客が減少することになるが,それでも適法か違法かが問題となることはない。

被告は,顧客の支持を得つつ,十分な収益を上げるために,顧客の要望や予測可能性,他社との競争環境,コストや会社収支への影響等を総合的に勘案し,経営判断の結果として,本件契約の契約期間を2年と設定しているものであり,被告が考慮した主な事情は次のとおりである。

(ア) 契約の一定期間にわたる継続の必要性

被告は,多くの顧客が,長い間にわたって携帯電話利用サービス契約を継続することを見込んで,先行して上記エ(ウ)のような支出を行っており,被告がこれらの費用を回収し,本件契約の料金水準で利益をあげるためには,顧客が少なくとも一定期間は契約を継続し,基本使用料及び通信料等を支払うことが必要である。

(イ) 契約期間を1年とした料金プランの存在

被告においては,本件契約の設定以前から,顧客の選択により,契約期間が1年であり,継続利用期間に応じて基本使用料金が10~25%割引となる「(新)いちねん割引」が存在していた。被告は,市場調査の結果を踏まえ,契約期間は長くとも,割引率のさらに大きい料金プランのニーズが高いと判断し,本件契約においては,契約期間を2年とし,継続利用期間に関係なく基本使用料金50%割引等のサービスを提供することとした。

(ウ) 2年間の契約期間についての支持の見込み

顧客の平均端末利用期間は,被告が本件契約を設定した当時には2年程度であり,平均継続利用期間も7年弱であったことから,被告は,2年間という契約期間が顧客にとって十分に将来の予測が可能である期間であると考え,KDDIにも,2年間を契約期間とする料金プランがあり,住居の賃貸借契約等の他の取引類型においても,2年間という契約期間がみられることから,2年間という契約期間は顧客が抵抗感なく受け入れられる期間であるとも考えた。

(7)  本件更新後解約金条項の法10条後段該当性

(原告らの主張)

ア 本件更新後解約金条項についても,争点(6)についての主張と同様の点が妥当するから,本件更新後解約金条項は法10条後段に該当する。これに加えて,本件更新後解約金条項については,一定期間が経過した後に違約金を課すという内容であり,一定期間の契約を条件として割り引くという長期間契約による割引の考え方と矛盾するものであって,支払義務を負うべき金額を問わず,法10条後段に一般的に該当し,無効である。

被告は,2年経過後の契約も新たな契約として一から開始すると主張するが,従前から契約が継続しているという事実を無視するものであり不当である。2年の経過ごとに新規契約と同様の手続きを行っているというのであればそのように主張する余地もあろうが,実際には自動的に契約が継続し,被告自身も「更新」と述べているように,従前の契約を自動的かつ完全に引き継いでいる。

イ また,仮に,本件解約金条項のうち,本件当初解約金条項の部分が法10条後段には該当しないとしても,本件更新後解約金条項については,上記の理由により,支払義務を負うべき金額を問わず,法10条後段に一般的に該当し,無効である。

(被告の主張)

本件契約は,2年間の契約期間が終了して更新された場合は新たな2年間の定期契約が開始するものであり,更新後も2年間の契約期間の途中で解約しないことを条件に基本使用料金等を割り引くことを内容としており,更新後も無条件に基本使用料金等を割り引くものではない。

被告がこのような割引サービス等を提供できるのは,本件契約を締結した者の8割以上が中途解約せず,中途解約した場合には被告に対し9975円の料金を支払うために,設備投資及び顧客の維持獲得のための費用を回収し,利益を上げることができるからである。この点は,顧客が本件契約を更新した後も事情は変わらないのであり,何ら不当なものではない。

(8)  原告X8についての本件契約の更新

(原告X8の主張)

原告X8が平成21年12月に被告との間で締結した本件契約は,その後,更新され,原告X8は,平成22年12月10日,本件更新後解約金条項に基づき,被告に対し9975円を支払った。

(被告の主張)

原告X8と被告との間の本件契約は更新されていない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(本件解約金条項についての法による規制の可否)について

(1)  被告は,本件解約金条項は,実質的には被告の消費者に対するサービス提供の対価の金額を設定したものであるから,契約自由の原則により,当事者間の合意に基づき自由に決定できるものであって,法による規制の対象外であると主張し,原告らはこれを否定している。

法9条及び10条は,事業者と消費者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差が存在することを踏まえ,消費者の利益を不当に侵害する条項を無効とすることを規定したものである。このうち,法9条1号については,文言上,消費者契約の解除に伴う損害賠償の予定又は違約金を定める条項を対象としており,契約の目的である物又は役務等の対価についての合意を対象としていないことは明らかである。

そして,契約の目的である物又は役務等の対価それ自体に関する合意については,事業者と消費者との間に上記のような格差が存在することを踏まえても,当該合意に関して錯誤,詐欺又は強迫が介在していた場合であるとか,事業者の側に独占又は寡占の状態が生じているために消費者の側に選択の余地が存在しない場合であるとかといった例外的な事態を除き,原則として市場における需要と供給を踏まえた当事者間の自由な合意に基づくものであるということができる。これらの例外のうち,前者の類型については個別の事例に応じて意思表示の瑕疵等の規定で対応すべきであるし,後者の類型については,これを公序良俗に反する暴利行為として民法90条により無効とすることができるような場合を除けば,裁判所が個別の条項につき法10条に基づき信義則の見地から有効性を判断して消費者を保護することが妥当すべき領域であるということはできない。したがって,契約の目的である物又は役務の対価についての合意は,法10条により無効となることもないと解される。

以上のとおり,契約の目的である物又は役務の対価についての合意が法9条又は同法10条により無効となることはないところ,ある条項が契約の目的である物又は役務の対価について定めたものに該当するか否かについては,その条項の文言を踏まえつつ,その内容を実質的に判断すべきである。

(2)  本件解約金条項が契約の目的である物又は役務の対価について定めたものに該当するか否かについて検討するに,争いのない事実等及び証拠(甲3)によれば,本件解約金条項について規定する本件約款67条は,「定期契約に係る解約金の支払義務」との表題が付されており,「定期契約者は,その定期契約を契約の満了以外の事由により解除することを当社に通知したとき又は当社がその定期契約を解除したとき」に,本件約款の「料金表第1表第4(定期契約に係る解約金)に規定する料金の支払いを要します。」と規定されていることが認められ,これによれば,本件解約金条項は,消費者が本件契約の契約期間内に解約した場合に被告に対し一定額の金員を支払うべき義務があることを規定したものであると認められ,契約上の対価についての合意ではないことは明らかである。

(3)  被告は,本件解約金条項は,消費者が本件契約に基づくサービスの対価として,契約期間内に解除しないことを解除条件として一定額の支払義務を負うことを規定した条項と読み替えることができると主張する。

しかし,上記のような本件解約金条項の文言に照らせば,消費者が,本件解約金条項に基づく支払義務をFOMAサービス契約又は本件契約の目的である役務等の対価であると認識して本件契約の締結に至ったとは認められない。

(4)  したがって,本件解約金条項は,実質的な内容としても,契約上の対価についての合意ということはできず,契約期間内の中途解約時の損害賠償の予定又は違約金についての条項であると認められるから,法9条1号及び10条を基準とする審査が及ぶというべきであるから,争点(1)に関する被告の主張には理由がなく,原告らの主張に理由がある。

2  争点(2)(本件当初解約金条項の法9条1号該当性)について

(1)  原告らは,本件当初解約金条項に基づき消費者が支払義務を負う金額である9975円は,消費者が本件契約を期間の中途で解約した場合に,被告に生ずべき「平均的な損害」の額を超えるものであって無効であると主張しているのに対し,被告は,本件当初解約金条項は法9条1号には該当しないと主張している。

(2)  「平均的な損害」を算出すべき対象について

ア 法9条1号における「平均的な損害」の算出は,当該消費者契約の当事者たる個々の事業者に生じる損害の額について,契約の類型ごとに行うものと解すべきである。

原告らは,本件契約を締結し,これを契約期間の中途で解約する顧客には,基本使用料金及び通信料等の組み合わせから成る料金プランが異なる顧客が存在するほか,中途解約の時期の異なる顧客が存在するから,これらを総体的に捉えて「平均的な損害」を算出すべきではないと主張するので,この点につき検討する。

イ 消費者契約における「平均的な損害」を超える損害賠償の予定又は違約金を定める条項を無効とした法9条1号の趣旨は,特定の事業者が消費者との間で締結する消費者契約の数及びその解除の件数が多数にわたることを前提として,事業者が消費者に対して請求することが可能な損害賠償の額の総和を,これらの多数の消費者契約において実際に生ずる損害額の総和と一致させ,これ以上の請求を許さないことにあると解すべきである。

このような法9条1号の趣旨からすれば,事業者は,個別の事案において,ある消費者の解除により事業者に実際に生じた損害が,契約の類型ごとに算出した「平均的な損害」を上回る場合であっても,「平均的な損害」を超える額を当該消費者に対して請求することは許されないのであり,その反面,ある消費者の解除により事業者に実際に生じた損害が,「平均的な損害」を下回る場合であっても,当該消費者は,事業者に対し「平均的な損害」の額の支払を甘受しなければならないということになる。

したがって,法は,事業者に対し,上記のような「平均的な損害」についての規制のあり方を考慮した上で,自らが多数の消費者との間で締結する消費者契約における損害賠償の予定又は違約金についての条項を定めることを要求しているということができる。

ウ そうすると,法9条1号の「平均的な損害」の算出にあたって基礎とする消費者の類型は,原則として当該事案において事業者が損害賠償の予定又は違約金についての条項を定めた類型を基礎とすべきであり,解除の時期を1日単位に区切ってそれぞれの日数ごとに事業者に生じる金額を算定するというような当該事業者が行っていない細分化を行うことは妥当でない。

上記のように,消費者につき,事業者の定めた類型を前提として総体的に捉える判断手法を採用した場合,例えば,解除の時期等の差異により事業者に生じる損害の額が著しく異なるような消費者契約において,事業者が解除の時期等を問わず一律に高額な損害賠償の予定又は違約金を定めている場合であっても,「平均的な損害」の算出においては,解除の時期を問うことなく,消費者を総体として捉えることになる。しかし,その場合であっても,「平均的な損害」の計算を,解除の時期ごとの具体的な解除件数や発生する損害等を踏まえて適切に行い,この結果算出される額が当該条項の定める金額を下回るものであれば,当該条項は全体として無効と判断すべきことになるから,問題は生じないと考えられる。

エ 本件においては,上記争いのない事実等及び証拠(甲3)によれば,本件当初解約金条項は,顧客との間で本件契約を締結するに当たり,顧客の具体的な特性,料金プラン及び解約の時期等を一切問わず,一律に契約期間末日の9975円の解約金の支払義務を課していることが認められる。

したがって,「平均的な損害」の算定については,本件契約を締結した顧客を一体のものとみて判断すべきである。

(3)  本件契約の中途解約に伴う「平均的な損害」について

ア (1)を前提として,消費者が本件契約を契約期間の中途で解約する場合の「平均的な損害」について検討する。

イ 被告は,消費者が本件契約を契約期間の中途で解約する場合に生じる損害として,①基本使用料金及びその他の割引分の契約期間開始時から中途解約時までの累積額,②基本使用料金及び通話通信料等の中途解約時から契約期間満了時までの累積額並びに③契約の締結及び解約のために生じた費用があると主張し,①~③のうち,①の中の「基本使用料金の割引分の契約期間開始時から中途解約時までの累積額」及び②の中の「基本使用料金の中途解約時から契約期間満了時までの累積額」について,具体的な算定の基礎となる証拠を提出している。

そこで,これらの損害を「平均的な損害」の算定の基礎とすることができるかについて検討する。

(ア) 基本使用料金の割引分の契約期間開始時から中途解約時までの累積額について

a この損害は,消費者が被告から現に本件契約に基づく役務の提供を受けた期間に対応するものである。

b 上記争いのない事実等のとおり,消費者は,本来であれば毎月の基本使用料金として各料金プランごとに定まっている一定の金額(以下,これを料金プランの差を問わず「標準基本使用料金」という。)を被告に対して支払うべきところ,本件契約の締結に伴い,2年間の契約期間内に中途解約しないことを条件として,契約期間の全期間にわたって基本使用料金の50%の値引きを受けており(以下,これを料金プランの差を問わず「割引後基本使用料金」という。),被告は,消費者が2年間の契約期間中に被告に対して継続した支払を行うことにより一定の期間に安定した収入を得られるのであれば,当該契約期間中は基本使用料金について割引を行っても採算に見合うと判断した上で,本件契約を締結した場合の割引率を50%と設定したものと考えられる。

c そうすると,消費者が本件契約を契約期間内で中途解約した場合には,被告は,当該消費者に対し,現に標準基本使用料金の金額に相当する役務を提供したにもかかわらず,その対価としては割引後基本使用料金の支払しか受けていないこととなり,しかも,被告が継続して安定した収入を得られるという前提も存在しなくなったのであるから,この期間の標準基本使用料金と割引後基本使用料金との差額については,被告に生じた損害ということができる。

d この点に関し,原告らは,被告が携帯電話利用サービスについて他の電気通信事業者との間で競争可能な「実質価格」は割引後基本使用料金であって,標準基本使用料金は単なる「表示価格」に過ぎないから,そもそも標準基本使用料金と割引後基本使用料金との差額を損害と捉えるべきではないと主張する。

しかし,消費者が被告に対して標準基本使用料金を支払うべき場合と割引後基本使用料金を支払うべき場合とで何ら条件の差異が存在しないとか,条件の差異があっても標準基本使用料金を支払う場合の条件が一方的に不利益なものであるためにそのような条件の下でのFOMAサービス契約の締結を選択する者がおよそ存在しないような場合とかであればともかく(このような場合には,あえて高額な標準基本使用料金を支払う消費者がいることは考えられないから,標準基本使用料金が実質的な対価として機能していないことは明らかである。),本件においては,被告は一定期間にわたって契約関係を継続するという条件を受け入れる顧客に限って,標準基本使用料金よりも安い割引後基本使用料金を提示し,このような条件を受け入れない顧客に対しては標準基本使用料金を提示しているのであって,標準基本使用料金を支払うべき顧客は,何ら特別な負担なく随時にFOMAサービス契約を解約できるという,顧客にとって有利な条件を享受することができるのであるから,本件契約を締結せずに標準基本使用料金を支払ってFOMAサービス契約を締結する者がおよそ存在しないとは考えられず,標準基本使用料金が実質的な対価として機能していないなどということはできない。この点は,現実には顧客の大多数が本件契約を締結して被告に対し割引後基本使用料金を支払っているという事実が存在するとしても,そのことによって左右されるものではない。

また,携帯電話利用サービス契約の要素は基本使用料金の金額のみではなく,携帯電話端末,通信の質及び通信可能な地域等の多様な要素が存在すると考えられるから,仮に,被告以外の電気通信事業者が,基本使用料金の額を被告における割引後基本使用料金と同程度とした上で,何ら特別な負担なく随時に解約できるという条件の下で携帯電話利用サービス契約を提供していたとしても,携帯電話利用サービス契約を締結しようとする者が,携帯電話利用サービス契約における基本使用料金の金額以外の要素(なお,被告におけるこれらの要素が被告以外の電気通信事業者の提供する携帯電話利用サービス契約におけるこれらの要素よりも劣ったものであることなどを認めるに足りる証拠はない。)についても考慮した上で,他の電気通信事業者よりも高額な基本使用料金を支払うことを受容して携帯電話利用サービス契約を締結することを選択する可能性は十分に存在するのであり,そうであれば,仮にこのような状況が存在していたとしても,やはり標準基本使用料金が実質的な対価として機能していないということはできない。

したがって,被告においては,標準基本使用料金が実質的な対価として機能しているというべきであって,これと割引後基本使用料金との差額を損害とみることができるから,この点に関する原告らの主張には理由がない。

e なお,本件において,原告らは,本件当初解約金条項が,消費者の解除を制限していることそれ自体が不当であるとの主張をしているが,ある条項が法9条1号に該当するか否かは,当該条項が損害賠償の予定又は違約金の支払義務を課すことができることを前提として,その金額が「平均的な損害」を上回るか否かという見地から判断すべきである。

f このほか,原告らは,被告が設備投資等の先行費用等を支出したとしても,その効用は他の顧客との関係で発揮されるのであるから,1人当たり何円というコストの算出方法は正当なものではなく,そもそも被告に「損害」は発生しないと主張する。

しかし,上記のとおり,被告と個々の消費者との関係において,標準基本使用料金と割引後基本使用料金との差額を損害とみることができるから,原告らの上記主張は採用できない。

g よって,基本使用料金の割引分の契約期間開始時から中途解約時までの累積額については,「平均的な損害」の算定の基礎となると解すべきである。

(イ) 基本使用料金の中途解約時から契約期間満了時までの累積額について

a この損害は,消費者が被告から本件契約に基づく役務の提供を受けていない期間についてのものではあるが,被告が本件契約に基づいて得べかりし利益に該当するものである。

これらは,事業者にとってのいわゆる履行利益であり,仮に,本件当初解約金条項及び法9条1号がいずれも存在しない場合には,被告は,民法416条1項に基づき,個別の消費者に対して「通常生ずべき損害」として,その賠償を請求することができるものと考えられる。

b ところで,法は,「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,……消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とする……ことにより,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与すること」(法1条)を目的とするものである。このような消費者の保護を目的とする法律としては,法の制定よりも前から,特定商取引に関する法律(平成12年法律第120号による改正前は訪問販売法)及び割賦販売法が存在するところ,特定商取引に関する法律10条1項4号は訪問販売における契約につき,同法25条1項4号は電話勧誘販売における契約につき,同法49条4項3号及び同条6項3号は特定継続的役務提供等契約につき,同法58条の3第1項4号は業務提供誘引販売契約につき,割賦販売法6条1項3号及び同項4号は割賦販売に係る契約につき,それぞれ,各種業者と消費者との間に損害賠償の予定又は違約金についての合意がある場合であっても,契約の目的となっている物の引渡し又は役務の提供等が履行される前に解除があった場合には,各種業者は,消費者に対し,契約の締結及び履行のために通常要する費用の額を超える額の金銭の支払を請求できないと規定している。これらの規定は,各種業者と消費者が契約を締結する際においては,各種業者の主導のもとで勧誘及び交渉が行われるため,消費者が契約の内容について十分に熟慮することなく契約の締結に至ることが少なくないことから,契約解除に伴う損害賠償の額を原状回復のための賠償に限定することにより,消費者が履行の継続を望まない契約から離脱することを容易にするため,民法416条1項の規定する債務不履行に基づく損害賠償を制限したものと解することができる。

c 以上の特定商取引に関する法律及び割賦販売法の各規定に対し,法9条1号は,事業者が契約の目的を履行した後の解除に伴う損害と,事業者が契約の目的を履行する前の解除に伴う損害とを何ら区分していない。しかし,法9条1号は,損害賠償の予定又は違約金の金額の基準として,「(事業者に)通常生ずべき損害」ではなく,「当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害」の文言を用いている。このような文言に照らせば,法9条1号は,事業者に対し,民法416条1項によれば請求し得る損害であっても,その全てについての請求を許容するものではないということができる。

そして,上記bで述べたような事情は,消費者契約一般において妥当すると考えられることからすると,法9条1号は,事業者に対し,消費者契約の目的を履行する前に消費者契約が解除された場合においては,その消費者契約を当該消費者との間で締結したことによって他の消費者との間で消費者契約を締結する機会を失ったような場合等を除き,消費者に対して,契約の目的を履行していたならば得られたであろう金額を損害賠償として請求することを許さず,契約の締結及び履行のために必要な額を損害賠償として請求することのみを許すとした上で,「平均的な損害」の算定においてもこの考え方を基礎とすることとしたものと解することができる。

d 争いのない事実等によれば,被告が本件契約に基づき消費者に対して負う義務の中核は,消費者に携帯電話の利用を可能とする役務である。そして,このような役務の提供は,ある消費者との間で本件契約を締結した場合であっても,他の消費者に対して同時に行うことが可能であるから,被告においては,ある消費者との間で本件契約を締結した場合に,他の消費者との間で本件契約を締結する機会を喪失するということは考えられない。

そうすると,基本使用料金の中途解約時から契約期間満了時までの累積額を損害賠償として請求することは,中途解約が本件契約の目的についての履行よりも前になされたものであるにもかかわらず,その履行がなされていれば得られたであろう金額を損害賠償として請求することに該当し,上記cのとおり,法9条1号に照らせば,基本使用料金の中途解約時から契約期間満了時までの累積額については,「平均的な損害」の算定の基礎とすることができないというべきである。

(ウ) よって,本件においては,基本使用料金の割引分の契約期間開始時から中途解約時までの累積額についてのみ,「平均的な損害」の算定の基礎とすることができるものというべきである。

ウ そこで,基本使用料金の割引分の契約期間開始時から中途解約時までの累積額を基準として,消費者が本件契約を契約期間の中途で解約する場合の「平均的な損害」について検討すべきところ,証拠(乙19)によれば,次の各事実が認められる。

(ア) 被告と本件契約を締結した契約者につき,各料金プランごとの平成21年4月から平成22年3月までの月ごとの稼働契約者数(前月末契約者数と当月末契約者数を単純平均したもの)を単純平均し,それぞれに各料金プランごとの割引額(標準基本使用料金と割引後基本使用料金との差額)(税込)を乗じて加重平均した金額は,2160円となる。

(イ) 被告と本件契約を締結した契約者のうち,平成21年8月1日から平成22年2月28日までの間に本件契約(更新前のものに限る。)を解約した者について,本件契約に基づく役務の提供が開始された月からの経過月数ごとの解約者数に,それぞれの経過月数を乗じて加重平均した月数は,14か月となる。

エ そうすると,本件契約の更新前の中途解約による「平均的な損害」は,上記ウ(ア)の2160円に(イ)の14か月を乗じた3万0240円であると認められ,本件当初解約金条項に基づく支払義務の金額である9975円はこれを下回るものであるから,本件当初解約金条項が法9条1号に該当するということはできない。

(4)  よって,争点(2)に関する原告らの主張には理由がなく,被告の主張には理由がある。

3  争点(3)(本件更新後解約金条項の法9条1号該当性)について

(1)  原告らは,本件契約が更新された後は,中途解約時に被告に損害が生じることはないから,中途解約に伴う解約金の支払義務を課すことは,金額を問わず法9条1号に該当し,9975円の支払義務を課している本件更新後解約金条項も当然に同号に該当すると主張するに対し,被告は,平均的損害は,更新前と更新後とで全く異ならないと主張している。

(2)  そこで,この点について判断すると,「平均的な損害」の算定につき本件契約を締結しその後更新のあった者を一体として判断すべき点及び消費者が本件契約を中途解約した場合,基本使用料金の割引分の契約期間開始時から中途解約時までの累積額は,当該中途解約に伴って被告に生じる損害と捉えることができる点は,本件契約の当初の契約期間が終了し,次の契約期間が開始した場合においても何ら変わるところはない。

(3)  原告らは,本件更新後解約金条項が消費者の解除を制限していることそれ自体が不当であると主張するが,この点については,法9条1号への該当性に関する判断で検討する必要はない。

(4)  なお,被告の提出する証拠(乙19)からは,上記2(3)ウ(イ)のとおり,本件契約を更新する前の中途解約時の平均経過月数が14か月であることは認められるものの,本件契約を更新した後の中途解約時の平均経過月数は明らかではない。

しかし,証拠(甲19)によれば,被告が本件契約に基づくサービスの提供を開始したのは平成19年9月であることが認められるから,最も契約期間が長い者でも平成21年9月から初めて更新後の契約期間が開始することとなり,被告が上記証拠(乙19)の作成の基礎とした平成21年度においては,年度末の平成22年度3月の時点においても,最も契約期間が長い者でも更新後7か月が経過しているに過ぎない。また,本件の口頭弁論終結時の前月である平成23年11月の時点でも,同時点で既に更新があった者は平成19年9月から平成21年11月までに本件契約を締結した者であるのに対し,更新後の契約期間が24か月に達しているのは平成19年9月から同年12月にかけて当初の本件契約を締結した者に限られるから,この時点では,更新後の本件契約に基づく役務の提供が開始された月からの経過月数ごとの解約者数に,それぞれの経過月数を乗じて加重平均した月数を算定できないこともやむを得ないものというべきである。

そして,本件契約を締結した者の中途解約についての傾向が,更新がある前と更新があった後とで極端に異なることを認めるに足りる証拠はないから,本件契約につき更新があった後の解約についても,その更新から解約までの経過月数の平均は14か月とみるのが相当である。

(5)  以上の検討を踏まえれば,更新後においても基本使用料金の割引額(標準基本使用料金と割引後基本使用料金との差額)の平均額には何ら差がないと考えられるから,本件契約の更新後の中途解約による「平均的な損害」も,上記2(3)ウ(ア)の2160円に2(3)ウ(イ)の14か月を乗じた3万0240円であると認められ,原告らの主張するように更新後の中途解約に際して解約金を徴収することがその金額に関わらず法9条1号に該当するとはいえないし,本件更新後解約金条項に基づく支払義務の金額である9975円は上記の3万0240円を下回るものであるから,本件更新後解約金条項が法9条1号に該当するということはできない。

(6)  よって,争点(2)に関する原告らの主張には理由がなく,被告の主張に理由がある。

4  争点(4)(法10条前段における「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定」の解釈)について

法10条前段における,民法等の「法律の公の秩序に関しない規定」は,明文の規定のほか,一般的な法理等をも含むと解すべきであるから,争点(4)に関する原告らの主張は理由があり,被告の主張は理由がない。

5  争点(5)(本件解約金条項の法10条前段該当性)について

(1)  原告らは,FOMAサービス契約は,準委任契約又はこれに類似する非典型契約であるから,解約時に当然に違約金を支払うと定める本件解約金条項は,民法等に比して,消費者の義務を加重するものであると主張しているのに対し,被告は,FOMAサービス契約には,比較の対象となる「公の秩序に関しない規定」が存在せず,FOMAサービス契約が準委任契約であるとしても,本件解約金条項は,民法に比して,消費者の義務を加重するものではないと主張している。

(2)  争いのない事実等及び証拠(甲3)によれば,FOMAサービス契約は,被告が顧客に対して携帯電話端末を利用した通話及び通信等の利用を可能とする役務を一定の期間にわたって継続して提供し,顧客がその対価を被告に対して支払うことを中核的な内容とするものであると認められる。このような契約は,民法が典型契約として規定する委任契約又は準委任契約にそのまま該当するということはいえず,一種の無名契約と認めるのが相当である。

(3)  もっとも,民法は,委任契約及び準委任契約(民法651条1項)のほか,雇用契約(同627条1項)及び請負契約(同641条)においても,役務の提供を受ける者がいつでも契約を一方的に解除することができると規定しており,このような規定の背景には,役務の提供を受ける者が,もはや役務の提供を受けることが不要となったにもかかわらず,受領を強いられるのは妥当ではなく,役務の提供を受ける者に対して一方的な解約権を付与することによって,役務の提供を受ける者をこのような事態から解放し,それによって経済的な不効率を回避するとの基本的な考え方が存在するものということができる。

そうだとすれば,このような考え方は,民法上の典型契約に限らず,役務提供型の契約に一般的に存在する法理であり,法10条前段の「公の秩序に関しない規定」に該当するというべきである。

(4)  そして,本件解約金条項は,消費者に対し,契約期間の末日の属する月の翌月を除く月に本件契約を解約する際に,常に一定の金額の支払義務を課しているものであり,民法651条2項は相手方に不利な時期に委任の解除をしたときに限って損害賠償義務を課しているものに過ぎないことをも踏まえれば,上記(2)にいう「公の秩序に関しない規定」に比較して消費者の権利を制限し,消費者の義務を加重しているというべきである。

(5)  よって,争点(5)に関する原告らの主張には理由があり,被告の主張には理由がない。

6  争点(6)(本件当初解約金条項の法10条後段該当性)について

(1)  原告らは,本件当初解約金条項は,消費者に対して解約を制限する規定であり,消費者に何ら利益はなく,消費者だけに義務を課すものであって,信義則に反して「消費者の利益を一方的に害するもの」に該当すると主張するのに対し,被告は,本件当初解約金条項は,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものということはできないと主張している。

(2)  消費者契約における特定の条項が,法10条後段に該当して無効となるか否かについては,法の趣旨及び目的に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存在する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断すべきである。

(3)  争点(2)についての判断のとおり,消費者は,本件契約を締結することにより,本来であれば標準基本使用料金を被告に対して支払うべきところ,2年間の契約期間内に中途解約しないことを条件として,割引後基本使用料金のみの支払で被告から役務の提供を受けることができるのであって,消費者が上記の条件に違反した場合に,本件当初解約金条項に基づき一定の金額を支払うことは,その金額が合理的な範囲にとどまっている限り,およそ法律上の原因が何ら存在しないとか,およそ経済的合理性が何ら存在しないとかいうことはできない。原告らは,消費者に実質的な選択が存在しないと主張するが,争点(2)についての判断のとおり,標準基本使用料金がFOMAサービス契約の目的となる役務の提供についての実質的な価格として機能しているとみることができる以上,この主張はその前提を欠くというべきである。

そして,争点(2)についての判断のとおり,消費者が本件当初解約金条項に基づき被告に対して支払うべき9975円という金額は,消費者が当初の契約期間中に本件契約を中途解約した場合に被告に生じる「平均的な損害」を超えるものではないから,合理的な範囲にとどまっているというべきである。

また,本件当初解約金条項の存在により,消費者が被告に9975円を支払わなければ本件契約を解約できないことについても,消費者が上記のとおり契約期間において基本使用料金についての割引を受けていることは,役務提供型契約における一般法理に基づく解約権につき制限を受けることに見合った対価ということができる。

(4)  さらに,消費者は,本件契約の締結から2年が経過した時点で,本件当初解約金条項に基づく解約金を支払うことなく本件契約を解除することができるのであり,証拠(乙19)によれば,被告と本件契約を締結した契約者の中途解約時点までの平均経過月数は14か月となるというのであるから,上記のとおり消費者がそもそも解約権の制限に見合った対価を受けていることをも踏まえれば,この制限の生じる期間が不当に長いなどということはできない。

よって,本件当初解約金条項が消費者の解約権を制限していることが消費者にとって一方的に不利益なものであるということはできない。

(5)  これに加えて,争いのない事実等及び証拠(甲37,乙2,3,15)によれば,本件契約を構成する「ひとりでも割50」及び「ファミ割MAX50」の各契約の名称にはいずれも「割引」を示す「割」という文字が含まれていること,被告が顧客向けに作成した携帯電話カタログ(乙15)には,本件契約の内容に関する説明として,「ファミ割MAX50」に係る部分については「割引適用前の基本使用料から50%OFFとなります。」,「2年単位で同一回線を継続利用いただくことが条件となり」及び「更新後を含む契約期間中に『ファミ割MAX50』の廃止,ご契約回線の解約または利用休止の場合は,継続利用期間にかかわらず,9,975円の解約金がかかります。」との各記載があり,「ひとりでも割50」に係る部分においてもこれと同様の記載があること,被告が顧客向けに被告の提供する携帯電話利用サービスの料金に関する説明資料として作成した本件ガイドブック(乙2)には,本件契約の内容に関する説明として,「ファミ割MAX50」に係る部分については「お客さまに2年間のご利用をお約束いただいた場合,基本使用料が50%OFFになる割引サービスです。」,「2年単位で同一回線を継続利用いただくことが条件となり」,「契約期間中に割引サービスの廃止,ご契約回線の解約または利用休止の場合は,継続利用期間にかかわらず,9,975円(税抜9,500円)の解約金がかかります。」,「ファミ割MAX50は,2年間同一回線の継続利用をお約束いただくことを条件に,基本使用料金を割引します。」,「ファミ割MAX50契約満了月の翌月以外でファミ割MAX50の廃止,ご契約回線の解約または利用休止の場合は,継続利用期間にかかわらず9,975円(税抜9,500円)の解約金が必要となります」,「解約金9,975円(税抜9,500円)がかかる場合があります。」及び「2年間の契約期間中に割引サービスの廃止,ご契約回線の解約または利用休止等があった場合に解約金がかかります(契約満了月の翌月を除く)。サービス変更時の解約金にもご注意ください。」との各記載があり,「ひとりでも割50」に係る部分においてもこれと同様の記載があること並びに消費者が被告との間で本件契約を締結する際にFOMAサービス契約それ自体の契約書とは別個に作成する「ファミ割MAX50/ひとりでも割50申込書」と題する書面(乙3)には,「契約期間(ご利用約束期間)」,「『ファミ割MAX50』『ひとりでも割50』は,2年間同一回線の継続利用をお約束いただくことを条件に,基本使用料の割引を行うサービスです。」,「『ファミ割MAX50』『ひとりでも割50』契約満了月の翌月以外での割引サービスの廃止,ご契約回線の解約または利用休止の場合は,継続利用期間にかかわらず9,500円(税込9,975円)の解約金が必要となります。」及び「解約金 9,500円(税込9,975円)」との各記載が存在することがそれぞれ認められる。

そうすると,被告は,消費者に対し,本件当初解約金条項についてその性質を明確に説明しており,被告と消費者との間には,このような説明を踏まえた上で,本件当初解約金条項に基づく明確な合意が成立しているというべきである。

(6)  以上のとおりの各事実を踏まえれば,消費者は本件当初解約金条項に基づき解約権の制限を受けるものの,そのことに見合った対価を受けており,制限の内容についても何ら不合理なものではなく,しかも,被告と消費者との間には,本件当初解約金条項に関して存在する情報の質及び量並びに交渉力の格差が存在するということはできないといえるから,本件当初解約金条項は,法10条後段には該当しないと解するのが相当である。

(7)  よって,争点(6)に関する原告らの主張には理由がなく,被告の主張に理由がある。

7  争点(7)(本件更新後解約金条項の法10条後段該当性)について

(1)  原告らは,本件契約が更新された後は,中途解約時に被告に損害が生じることはないから,中途解約に伴う解約金の支払義務を課すことは,金額を問わず法10条後段に該当し,9975円の支払義務を課している本件更新後解約金条項も当然に同号に該当すると主張するのに対し,被告は,これを否定している。

(2)  しかし,消費者は,本件契約を更新後も継続することにより,本来であれば標準基本使用料金を被告に対して支払うべきところ,2年間の契約期間内に中途解約しないことを条件として,割引後基本使用料金のみの支払で被告から役務の提供を受けることができるのであり,争点(3)についての判断のとおり,消費者が中途解約時に本件更新後解約金条項に基づき支払義務を負う9975円という金額は,消費者が更新後の契約期間中に本件契約を中途解約した場合に被告に生じる「平均的な損害」を超えるものではないから,合理的な金額ということができる。

(3)  さらに,消費者は,本件契約の更新から2年が経過した時点で,本件更新後解約金条項に基づく解約金を支払うことなく本件契約を解除することができるのであり,争点(3)について述べたとおり,本件契約につき更新があった後の解約についても更新から解約までの経過月数の平均は14か月とみるのが相当であることや,更新後の契約期間が本件契約を最初に締結した際の契約期間と同一であることからすると,この制限の生じる期間が不当に長いなどということはできない。

よって,本件更新後解約金条項が消費者の解約権を制限していることが消費者にとって一方的に不利益なものであるということはできない。

(4)  これに加えて,争いのない事実等及び証拠(甲37,乙2,3,8の1~3,15)によれば,携帯電話カタログ(乙15)には,本件契約の内容に関する説明として,「ファミ割MAX50」に係る部分については「2年単位で同一回線を継続利用いただくことが条件となり,廃止のお申出がない場合,自動更新となります。」及び「更新後を含む契約期間中に『ファミ割MAX50』の廃止,ご契約回線の解約または利用休止の場合は,継続利用期間にかかわらず,9975円の解約金がかかります。」との各記載があり,「ひとりでも割50」に係る部分においてもこれと同様の記載があること,本件ガイドブック(乙2)には,本件契約の内容に関する説明として,「ファミ割MAX50」に係る部分については「2年単位で同一回線を継続利用いただくことが条件となり,廃止のお申出がない場合,自動更新となります。」及び「ファミ割MAX50は廃止のお申出がない場合,更に2年間を契約期間として,自動更新となります。」との各記載があり,「ひとりでも割50」に係る部分においてもこれと同様の記載があること,「ファミ割MAX50/ひとりでも割50申込書」と題する書面(乙3)には,「(以後2年ごとに自動更新)」との記載が存在すること並びに被告は被告との間で本件契約を締結した顧客に対し,契約期間の満了する月の前後に送付する請求書において,顧客からの申出がない限り本件契約が更新されることを通知していることがそれぞれ認められる。

そうすると,被告は,消費者に対し,本件更新後解約金条項についてその性質を明確に説明しており,被告と消費者との間には,このような説明を踏まえた上で,本件更新後解約金条項に基づく明確な合意が成立している上に,被告は,消費者に対し,本件契約を締結した後も,消費者が本件更新後解約金条項に基づき被告に対して負う義務の存在について適切に注意を促しているというべきである。

(5)  以上のとおりの各事実を踏まえれば,消費者は,本件契約が更新された後に解約金の支払義務を負うとされることによって解約権の制限を受けるものの,そのことに見合った対価を受けており,制限の内容も不合理なものではないから,本件契約が更新された後における解約金の支払義務を定める条項が,金額を問わず一般的に法10条後段に該当するとはいえない。

さらに,本件更新後解約金条項における9975円という金額は合理的なものであり,被告と消費者との間には,本件更新後解約金条項に関して存在する情報の質及び量並びに交渉力の格差が存在するということはできないといえるから,本件更新後解約金条項もまた,法10条後段には該当しないと解するのが相当である。

(6)  よって,争点(7)に関する原告らの主張には理由がなく,被告の主張に理由がある。

8  以上のとおりであるから,本件解約金条項はいずれも法9条1号にも法10条にも該当しないものであって有効である。

そうすると,個人原告らの不当利得返還請求はいずれもその前提を欠くものであって理由がないことは明らかであるから,争点(8)について判断する必要はない。

第4結論

よって,原告らの請求は,いずれも理由ないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川愼一 裁判官 吉岡真一 裁判官 髙嶋諒)

別紙定期契約に係る解約金条項

FOMAサービス契約約款第67条

「定期契約者は,その定期契約を契約の満了以外の事由により解除することを 当社に通知したとき又は当社がその定期契約を解除したときは,料金表第1表 第4(定期契約に係る解約金)に規定する料金の支払いを要します。」

FOMAサービス契約約款料金表第1表第4-2-1中「2年定期契約に係るも の」

「解約金の額 次の税抜額(かっこ内は税込額)9500円(9975円)」

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