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京都地方裁判所 平成22年(ワ)2953号 判決 2013年1月29日

原告

同訴訟代理人弁護士

出口治夫

三重利典

同訴訟復代理人弁護士

長谷川洋平

被告

学校法人 Y大学

同代表者理事長

同訴訟代理人弁護士

加藤英範

西村友彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、一一〇〇万円及びこれに対する平成二二年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要等

一  事案の要旨

本件は、被告が設置するY大学の特任教授であった原告が、被告から、他大学の大学院生に対する性的関係の強要などを理由に懲戒解雇されたことについて、同人との性的関係は合意に基づくものであって、かかる事実誤認に基づき行われた懲戒解雇は違法、無効である上、被告がそれをマスコミに公表するなどしたことにより精神的苦痛を被ったなどと主張して、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料等の支払を求める事案である。

二  前提事実(末尾に証拠を掲げた事実以外は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 原告は、昭和一九年○月○日生まれであり、平成一九年三月、a大学b学部を定年退職し、同年四月、Y大学b学部c学科特任教授として、任期三年で採用された。

イ 被告は、昭和二四年に認可された学校法人である。

ウ B(昭和五四年○月○日生まれ。以下「B」という。)は、平成一九年三月、d大学修士課程を修了し、同年四月、a大学b学部e学研究科博士後期課程に入学した学生である。

(2)  原告とBとの関係

ア Bは、平成一九年四月二三日、d大学在学中の指導教員であったC教授と、a大学での指導教授であるD(以下「D教授」という。)との会食に同行した。その際、Bは、D教授から、会食に同席していた原告を紹介された。

イ 同年七月二九日、D教授が中心となって発足した「○○研究会」の第一回が開催され、原告、D教授及びBは、これに参加した。研究会終了後の宴会が終わった後、原告は、Bと共にBの下宿の前まで行き、そこでBにキスをした。

ウ 原告は、同年八月五日、Bをホテルfに誘い、飲酒した後、タクシー及び徒歩でBの下宿まで行き、Bの部屋に入った。原告は、そこでBと性交に及んだ。

エ 原告及びBは、同月下旬、留学や就職を控えた大学院生の送別会に参加し、会の終了後、一緒にBの下宿まで行き、そこで性交に及んだ。

オ g学を研究する教員や大学院生らが参加するg学会全国大会が同年一〇月五日から同月一〇日までh大学で開催され、原告、D教授、Bらが参加し、原告及びD教授は、Bら学生と同じホテルに宿泊した。

Bは、体調不良を理由に同月八日の発表会を欠席した。原告は、同月九日、Bの部屋を訪ね、Bと性交した。

カ Bは、平成二〇年八月二〇日、E(以下「E」という。)という名の知人男性に、原告との性的関係について打ち明けたところ、Eは、原告に対して抗議する内容のメールを送信した。原告は、このメールをBに転送した。

キ 原告及びBは、同年一〇月一六日、ホテルの喫茶室で話をした後、性交した。これ以降、原告とBは、性的関係を持たなかった。

ク 原告とBは、平成一九年七月以降、頻繁にメールを送受信していた。Bが原告に送信したメールは約八〇〇〇通あり、原告もBに対しかなりの数のメールを送信した(うち三三〇〇通以上は、平成二〇年一二月二六日以降にまとめて送信されたものである。証拠としては、Bが発信したメールはほぼ全て提出されているが、原告が発信したメールは一部のみが提出されている。)。

(3)  被告における就業規則等の定め

被告において平成二〇年三月二一日に制定され、同年九月一日から施行されている「ハラスメントの防止等に関する規程」(以下「新規程」という。)ないし被告の就業規則(以下「就業規則」という。)には、以下の内容の定めがある。

ア 新規程は、被告の建学の精神に基づき、学生及び職員並びに被告に関わる全ての人々が、人間として尊重され、相互に信頼し合いながら、快適に学び働ける環境を創出・維持していくため、ハラスメントの防止・解決等について、定めることを目的とする。(新規程一条)

イ 新規程において、「ハラスメント」とは、教育、研究及び学習並びに就労に関して、行為者の意図にかかわらず、相手方に不利益や損害を与え、若しくは個人の尊厳又は人格を侵害する行為をいい(同三条一項)、セクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」という。)を含むものとする。

セクハラとは、相手の望まない性的な言動であって次のいずれかに該当する行為をいう。

① 性的な要求又は誘いかけ、その他性的な性質の言動を行うこと

② 教育、研究及び学習並びに就労環境を悪化させるような性的な意味のある言動を行うこと

(同条二項)

ウ 被告に関わる全ての者は、新規程に基づき、ハラスメント相談員に相談及び申立てを行うことができる。(同四条)

エ ハラスメントの防止等のために、学長の下にハラスメント問題委員会(以下「問題委員会」という。)を置く。(同一五条)

オ 問題委員会の任務は、次に掲げるものとする。(同一九条一項)

調査の結果、ハラスメントに該当する事実の有無を確認し、必要と認めた場合、被告が被申立人及び関係機関に対して採るべき措置を学長に勧告すること(同項四号)

カ 問題委員会は、必要に応じ、問題委員会の下にハラスメント調査委員会(以下「調査委員会」という。)を置くことができる。(同二一条)

キ 問題委員会は、前記オの学長宛て勧告を行う場合で、被申立人に対する何らかの措置(就業規則に基づく懲戒処分を含む。)を採ることが相当であると判断したときは、その理由とその措置の種類を明記しなければならない。(同二五条一項二号)

問題委員会が、就業規則等に基づく職員の懲戒処分を含む勧告を行った場合、以後の手続は、被告の職員懲戒手続規程による。(同条三項)

学生又は職員と学外者との間で起きたハラスメントは、本規程に準じ、問題委員会が、解決のために適切な措置を採るよう努めるものとする。(同三五条一項)

ク 職員が次の各号の一に該当するときは解雇する。(就業規則四二条)

懲戒解雇に該当するとき(同条四号)

ケ 被告は、職員が次の各号の一に該当する場合には、職員懲戒手続規程に基づき懲戒を行うことがある。(同五九条)

① 故意又は重大な過失により被告の名誉若しくは信用を傷付けたとき又はその財産を毀損したとき(同条二号)

② ハラスメント行為又は脅迫若しくは暴行を行ったとき(同条七号)

コ 懲戒は、戒告、減給、停職、降格、諭旨解雇及び懲戒解雇とし、懲戒解雇は即時解雇する。(同六〇条柱書、六号)

(4)  懲戒解雇

ア Bは、平成二一年六月五日、被告に対し、原告からセクハラの被害に遭ったとして被告の対応を求める申立て(以下「本件申立て」という。)を行った。問題委員会は、同月一五日、新規程三五条に基づき、本件申立てを受理した。

イ 問題委員会は、同年八月一九日、本件申立てに係る事案(以下「本件事案」という。)を調査委員会に調査させることとし、調査委員会は、原告及びBに対する各二回のヒアリング、原告及びBから提出された書面、a大学セクシュアル・ハラスメント調査委員会作成の調査報告書、原告提出の大量のメールの検討などの調査を行い、一〇回に及ぶ検討会議を経て、同年一一月三〇日、問題委員会に調査報告書を提出し、問題委員会は、同年一二月四日、Y大学学長(以下「学長」という。)に対し、原告を懲戒解雇とするのが相当であることなどを内容とする勧告をした。

ウ 学長は、同年一二月一五日、原告に対し、懲戒決定に先立つ被疑事実及びその理由を告知するとともに、弁明の機会を与える旨の告知書を送付した。原告は、同月二四日、学長に対し弁明書を提出し、平成二二年一月七日、部局長会において弁明した。

エ 被告は、同月二八日、原告を懲戒解雇し(以下「本件処分」という。)、そのことを原告に通知した。本件処分の理由は、次のとおりであった。

「原告が、平成一九年七月以来、長期間にわたり、Bに対して行った行為は、Bの望まない性的関係であり、研究環境を著しく害したものであると判断する。この行為は、新規程三条一項並びに同条二項一号及び二号に該当する行為であり、就業規則五九条七号『ハラスメント行為又は脅迫若しくは暴行を行ったとき』の懲戒事由を適用し、懲戒処分とする。」

オ 原告は、同年二月七日、学長に対し、本件処分について異議を申し立てたが、被告はこれを認めず、本件処分は同月一六日に確定した。

(5)  被告は、同年二月一七日、マスコミに対し、本件処分について、原告の所属する学部及び赴任時期を含めて公表した。

(6)  被告は、原告に対し、同年三月分までの給与を全額支払った。

二  争点

(地位確認請求に関する争点)

(1) 原告と被告との労働契約期間

(2) 原告とBとの性的関係がハラスメントに該当するか否か

(3) 本件処分が手続的相当性を欠くものか否か

(無効な懲戒解雇による慰謝料請求に関する争点)

上記(2)及び(3)と同じ

(4) 本件処分における被告の過失の有無

(名誉毀損による慰謝料請求に関する争点)

(5) 本件処分の公表が違法な名誉毀損に当たるか否か

三  争点に関する当事者の主張

(1)  原告と被告との労働契約期間(争点(1))について

(原告の主張)

原告が被告に採用された平成一九年四月当時、三年の契約期間満了後更に三年契約期間が延長されることが大体の了解とされており、現に、原告は、平成二一年六月、c学科の教授から、契約期間延長の内示を受けていた。

したがって、原被告間における労働契約の期間は平成二五年三月までである。

(被告の主張)

否認する。契約期間が延長されるとの了解や延長の内示をしたことはない。

(2)  原告とBとの性的関係がハラスメントに該当するか否か(争点(2))について

(被告の主張)

ア 原告とBとの支配従属関係

原告は、i学、g学等の分野で多数の著作を有し、日本のみならず国際的にも活躍する研究者の一人であって、当該分野に係る学会、関連団体等において役員等を歴任するなど、それらの場における重要な影響力を有しており、かかる影響力は、少なくともa大学大学院e学研究科においては大きく働いていた。具体的には、以下のとおりである。

(ア) 原告は、平成一六年四月、a大学に招かれたが、原告の就任後、同大学からはそれまでほとんど出ていなかった博士号取得者が四名輩出された。D教授もその一人であった。原告が同大学g学教室における博士号取得の推進に大きな力を発揮したことがうかがわれる。

(イ) 同研究科の各研究室においては、多くの研究会が開催されたが、原告は、退官した平成一九年以降もそのほとんどに参加した。原告による指導や助言は、他の教授や学生らから重視されていた。

(ウ) 原告は、平成一九年、「○○」を出版した。原告は、同年三月、同大学を退職したが、D教授が中心となり、○○研究会を発足させ、その事務局はD教授の研究室に置かれた。この研究会は、原告の著作名を冠していることからも明らかなように、原告を慕う同大学g学院生の会として立ち上げられた。そして、Bは、平成一九年四月、他大学から同大学同研究科に入学し、D教授の研究室に所属し、○○研究会に参加した。そこで、Bは、D教授や他の大学院生たちの態度、会話等から、前記(ア)及び(イ)のとおりの原告の影響力を知った。また、原告は、D教授から、「原告に付いて、いろいろ聴きなさい。」、「(原告との)連絡係になるように。」、「原告を無事に御自宅に送るように。」などの指示を受けた。

Bは、D教授を指導教授として学び、論文を作成する予定であったところ、将来、D教授が論文の審査に当たり、同教授の尊敬する原告が副査となることも十分予想された。また、原告から学問上の指導を受けることは有益であると思われた。

以上のように、Bにとって、学問上のみならず人間関係上も、上記のような原告の優位性を受け入れることなく大学院生として在学し続けることは困難であった。

イ 原告による性交の強要等

原告とBは、平成一九年四月二三日に初めて会って会食したところ、その際、原告が性的発言をし、C教授にたしなめられるということがあり、Bは原告に対して不信感を持った。

Bは、同年七月二九日、第一回目の○○研究会後の宴会が終わった後、D教授から原告を自宅まで送り届けるように言われ、原告と共にタクシーに乗車したが、原告は、車内でBの手を握ったままであり、飲み直そうなどとBを誘い、ワンメーターでよいなどと言って、途中でタクシーを降り、徒歩でBの下宿まで行った。原告は、下宿の階段の下でBに抱きついたが、Bが、部屋に戻りたい旨伝え、原告はようやく帰った。その直後、激しい雨が降り出したため、Bは、ビニール傘を持ってj駅まで原告を追いかけ、原告に傘を渡し、帰ろうとしたところ、原告は、Bの手を引き、飲み直すと言ってj駅付近を連れ回したが、居酒屋は既に閉店しており、再びBの下宿まで着いてきて、Bに抱きつき、キスをした。

この翌日以降、Bに、原告から頻回にメールが来るようになった。

Bは、同年八月一二日(原告主張のとおり同月五日である可能性が高いが、いずれにしても原告の登山の前日である。)、原告から、ドイツ人舞踊家との会食後に話をしようとメールで誘われ、断り切れずこれに応じた。Bが原告の指示に従いホテルfに出向いたところ、原告は、既にラウンジに座っていた。Bが原告に相対して座ったところ、原告はBの隣に座り直し、Bの手を握り、突然キスした。その後、原告は、Bを上階のビアガーデンに連れて行き、食事中もBの手を握って手の甲にキスをするなどした。原告は、二人だけの場所が欲しい、ホテルに入りたいなどと言った。Bは、今日は体調が悪いから帰りたいと拒んだが、原告はタクシーでBの下宿の近くまで一緒に来て、やはり「部屋で二人きりになりたい。」と執拗に迫ったため、Bは仕方なくこれに応じ、原告を部屋に入れた。原告は、Bの部屋に入るや否やシャワーを浴び、その後、呆然とするBの衣服を脱がせ始めた。Bは、「生理中です。」と拒否したが、原告は、「生理中なら余計よい。」と言って、Bの衣服を全て脱がせ、強引に性交に及んだ。Bは、翌朝、強い吐き気と動悸を伴うパニック症状に襲われた。

原告は、同月中旬、登山の土産を持ってBの下宿に赴き、再びBと性交をした。

同月下旬、k市において、留学あるいは就職を控えた大学院生の送別会が開催された。Bは、その終了間際、D教授から、「X教授をお送りするように。」と指示された。そこで、Bは、原告と共に電車で京都まで移動したが、原告は、Bの部屋に寄りたいと何度も要求した。Bは、恐怖と疲労のためやりようのない気持ちになり、結局、原告が部屋に入ってくることとなってしまった。原告は入室するや否や性交を要求し、Bは泣きながら性交をした。

Bは、同月二九日、翌日からのイギリス旅行の支度をしていたところ、同日午後九時頃、原告からBの部屋に行くと電話があった。Bは、明日の準備が深夜まで掛かりそうだと断ったが、原告は、すぐ帰るからと言ってやって来て、性交に応じさせた。

Bは、同年九月一五日、翌日に開催される○○研究会の発表の準備をしていたところ、原告が訪ねてきて、性交させられた。

原告及びBらa大学g学研究室の大学院生は、同年一〇月五日から同月一〇日まで、h大学で開催されたg学会全国大会に参加した。Bは、同月六日、翌日の発表を控え、自室でその準備をしていたところ、同日午後八時頃、原告から電話で「今からそっちに行く。」と言われたが、これを断った。同大会の参加者らは、同月七日、打上げに参加した。Bは、同月八日午前〇時頃、体調不良を理由に一人で部屋に戻った。Bは、体調不良を理由に同日の発表会を欠席した。原告は、同月九日、Bがホテルをチェックアウトする直前、Bの部屋に入り、性交に応じさせた。

原告及びBを含むa大学の一行は、同月一〇日、関西国際空港に到着した。Bは、帰路が原告と同じ経路になることから、原告を避けるため、同空港のホテルを予約しており、そこに一人で宿泊した。Bは、そこから、原告に対し、「もう二度と関わりたくない。」という趣旨のメールを送った。

Bは、同年一一月頃、a大学のセクハラ相談室に何度か電話したが、同相談室は休室中で電話がつながらなかった。そこで、Bは、全学相談員のF先生(女性)にメールで相談した。また、Bは、原告に対して、セクハラで訴える旨のメールを送ったが、原告から「申し訳なかった。」というメールが届いたので、Bは、相談を取り下げた。

Bは、平成二〇年一月頃、研究室に通うことができなくなったため、D教授に原告のことを話して退学の意思を伝えたところ、D教授は、原告が嫌なら研究会には来なくてよい、g学会を退会してもよいが、ゼミには来るようにと言った。

Bは、同年二月頃、生理が止まったので、そのことを欧州に滞在中の原告に伝えたところ、原告から、「罰が当たった。」と書かれたメールが届いた。Bは、この返信に打ちのめされ、この頃から、精神不安定症状及びそれによる冷や汗、吐き気、動悸、不眠等の心身の不調が悪化し始めた。Bは、この頃初めて原告のことを知人に相談した。

Bは、同年八月二〇日、交際相手のEに、原告とのことを全て打ち明けた。Eは、激怒して原告に抗議のメールを送った。原告は、そのメールをBに転送し、「自分は槍衾になる。」などと書いた。そのため、Bは、原告が罪の意識を持ったと思った。他方で、Bは、Eにそのようなメールを出させたことから自己嫌悪に陥り、その結果、原告を訴えることができなくなった。

Bは、同年九月、原告に対し、「もう苦痛だ。生きているのも苦痛だ。」というメールを送ったところ、原告は、突然Bの下宿を訪れ、喫茶店で話そうと言ってきた。Bは、玄関通路でパニックになり、玄関に戻ってパニック状態が治まるのを待っていたところ、原告は突然ズボンを脱ぎ、Bの服を脱がせて性交に及んだ。

原告は、同年一〇月、ドイツに出張する予定であったが、Bは、その前日、原告に対し、「私が抗議しても、あなたはメールでその場しのぎの返答をすれば収まると思っている。馬鹿にするな。」とメールした。そうしたところ、原告は、外で話そうと求めてきて、喫茶店で話し合うことになったが、話合いは何ら具体化せず、原告は、Bの手を握ってきた。また、原告は、喫茶店の外の駐輪場で、一方的にBにキスをした。

Bは、同年一一月八日の早朝、E宛てにBの実家の住所や連絡先を書いたメールを送り、病院から処方された睡眠導入剤を大量に服用して自殺を図った。

Bは、同月以降、原告に対し、抗議のメールを頻繁に送った。また、Bは、ウィメンズカウンセリングに通い、原告を訴えるための相談をした。さらに、Bは、同年一二月一九日、原告に対し、原告を訴える前提で作成した文書を添付したメールを送信した。それに対し、原告は、代理人弁護士を通じてBに手紙を送付した。その手紙では、原告が行った性交には全く触れられておらず、謝罪はなく、かえって、Bを精神異常者として扱い、専門家の治療が必要であるとの記述があった。Bは、怒りからこの手紙を送り返し、原告に対し抗議のメールを大量に送ったが、原告は、Bに対し、このメールの送付に関して警察署に訴えた旨のメールを送ってきた。Bは、絶望感にさいなまれ、また、原告の言動や性交の強要を思い出し、心身ともに苦痛を感じた。

ウ Bのメール群に対する理解

Bから原告に対して送信されたメール群については、次のように理解することができる。

(ア) 一般に、セクハラの加害者は、自分より下の立場の被害者に性的な誘いかけをする際、被害者が立場上明確に拒否できないことを、自分に対する好意であると勘違いし、セクハラ行為を継続し、エスカレートさせる。また、加害者は、被害者が礼儀上する振る舞い(笑顔で対応した、加害者が手を振ったところ被害者も手を振り返した、身だしなみに注意している等)から、被害者が自分に恋愛感情を抱いており、自分を誘っていると思い込む傾向がある。本件における原告の主張は、かかる一般的なセクハラ加害者の思い込みと同様のものである。

(イ) Bのメールの中には、自己の性的な経歴について露悪的に表現するものがある。これは、原告に対して直接的に抗議できなかったBが、「自分はあなたが思っているような女性ではないから手を出さないでほしい。」と伝えることによって性的関係の強要を受けなくて済むように意図して送信したメールであると理解すべきである。

かかる行動は、セクハラの被害者が、相手が自分を嫌悪するような状態になれば相手が勝手に去っていってくれるのではないかと考えて、交際を断るためにしばしば使う方法の一つである。

しかしながら、このように、明確に拒絶できない立場にある被害者による婉曲的な拒否の表明は、同意の上での性的関係であると思い込んでいる加害者からは拒否の表明と受け取られないため、有効でないことが多い。本件においても、上記のようなBの思惑は失敗に終わったのである。

(ウ) 原告が勘違いをしていたため、Bの婉曲的な拒否の表明や当てつけの意図を持った表現などが、原告によって、Bが原告を求めているサインである、あるいは救ってほしいというSOSのメッセージであるなどと曲解されているメールが存在する。例えば、「何であっちに行かなかったんだろう」などといったメールは、「やっとの思いで博士課程で勉強することになったにもかかわらず、原告との関係は苦痛でしかない。原告との関係を続けなければならないのなら、過去に経済的援助を申し出た男性と付き合って、楽な方がましであった。」という趣旨であり、原告との関係が耐え難いことを表現しているにもかかわらず、原告は、Bが自らを求めていると曲解し、「あっちに行ってしまわないように船を用意している」などという的外れな回答をしている。このようなやり取りの中で、Bは、更に追い込まれていったのである。

(エ) 以上のように、Bは、原告に対し、原告から嫌われるためのメールや婉曲的な拒絶のメールを送ったが、原告には通用せず、追い込まれていった。そこで、Bは、自分を守るために、いっそのこと合意の上で性交を行ったものとして受け入れた方が楽であるという反応を示し、原告に対し、迎合的なメールを送った。Bは、そのようなメールを送信する際、解離状態に陥っていたと考えられる。

あるいは、Bは、告発を決意して原告に攻撃的な内容のメールを送信した後に、原告から無視され、このまま原告から一方的に関係を絶たれ、通常の恋愛関係の破綻のような終わり方をされてはたまらない、原告に非を認めさせ、責任を取らせなければならないとの気持ちから、当面は関係をつなぎ止めるべく、迎合的なメールを送ったと考えられる。

具体的には、「Xと肌をくっつけると、安心する。」、「どうしてXに働く感が他で働かないのか 何を根拠か分からないけど、Xには恐ろしいくらい感じるの」などのメールが挙げられる。

したがって、これらのメールは、Bの原告に対する真の恋愛感情を表明するものではないといえる。

(オ) Bは、上記(イ)から(エ)までのサバイバル行動が奏功せず、論文の作成や学会発表がままならない事態に陥り、このままではいけないと思い悩み、本件申立てを決意したものと思われる。その際、Bが原告に送ったメールが攻撃的であったのは、それまで耐えてきたことの反動であると考えられる。Bは、この時には、自暴自棄になり、もはや研究の道を断念してもよいとの覚悟であって、このようなBの態度が一貫したものではなかったとしても不合理ではない。

(カ) 以上のとおり、Bのメール群は、心理的監禁状態からのサバイバル行動として説明することができる。

エ 原告の行為の評価

上記アからウまでで主張したとおり、原告はBに対し性的関係を強要したのであるから、その行為がセクハラに当たることは明らかである。

また、仮に、原告が主張するように、学生であるBから原告に対して誘いかけがあった場合であっても、大学教員としては、それをたしなめ、男女の関係にならないように導かなければならない。原告は、容易に上記のような対応をすることができたにもかかわらず、BとBが望まない性交に及び、その後もBとの性関係を約一年八か月にわたって継続した。

(原告の主張)

ア 原告とBとの間に支配従属関係がないこと

一般に、教授と大学院生との間に一種の支配従属関係が生じ得るとすれば、それは、論文指導、論文審査、学会発表推薦、就職紹介等のためであるが、原告とBとの間には、そのいずれも存在しない。また、学会において、原告が多少の影響力を有していたとしても、それはあくまで一般的な学会運営のレベルに関するものであり、個々の学生、まして他大学の大学院生であるBに及ぶ影響力などあり得ない。

○○研究会の目的は、現役の大学院生と卒業生との交流にあり、原告の欠席にもかかわらず開催されることがあったし、原告の先輩に当たる教授が出席することもしばしばあった。

イ 原告とBとの性的関係が合意に基づくこと

平成一九年四月二三日の会食の際、原告が性的発言をした事実はない。このことは、C教授が明確に否定している。

Bは、同年七月二九日の○○研究会後に原告と歩いていた時、原告にぴたりと寄り添うように、緊張感や距離感を感じさせず、自然に手と手が触れ合うような仕方で歩いていた。原告は、Bを下宿まで送り、一人でj駅に向かったが、駅に着く頃に雨が降ってきた。その時、Bが傘を持ってきてくれたので、原告は、その心遣いを嬉しく思い、礼の気持ちと、夜道であることから、Bを再び下宿まで送ることにした。原告は、近くの居酒屋が開いていれば夜食を兼ねた飲酒をしてもよいと考えたが、居酒屋は閉まっていたため、下宿の階段の下まで戻ってきた。原告は、その場で、Bにキスをしたが、原告は強引にキスをしたということはなく、Bが体を離そうとして拒絶するなどということもなかった。

原告とBは、同年八月五日、初めて性交に至ったが、これは合意に基づくものであった。Bの下宿の部屋は三階にあるのであるから、仮に合意でなかったとすれば、Bは、階段を上り始めたときに異様な雰囲気を感じるはずである。Bは、原告が後ろに立っていたにもかかわらず、自ら鍵を開けたのである。そして、Bは、原告がシャワーを浴びている間、そのことを当然のように受け入れ、原告を待っていた。性交には強制も暴力もなく、セクハラであるということはできない。

被告は、同月二〇日、Bが泣きながら性交を強いられたと主張するが、そのようなことはなかった。

原告は、北海道におけるg学会全国大会の際、Bの雰囲気がいつもと異なり、不安そうで落ち着かなかったことなどから、同年一〇月九日、Bの部屋を訪れた。その後は、同年七月二九日及び同年八月二〇日と同じように、いずれが能動でいずれが受動ということもなく、性交に至ったのであり、強要ではない。

被告は、Bが、同月一〇日、関西国際空港のホテルから原告に対して「もう二度と関わりたくない。」というメールを送ったと主張するが、原告はそのようなメールを受信したことはない。

原告とBは、それ以降も平成二〇年一〇月一六日まで何度か性交に至ったが、もちろん強要ではない。

そして、同日以降、Bの精神状態が悪化したため、原告は、Bとの関係を完全に絶つ決断をし、その日のメールを送ったのである。

ウ Bが原告に送信した否定的なメールの評価について

Bからの否定的なメールが最初に登場するのは、平成一九年一〇月三〇日であるが、それは、原告が偶然、かつて別の男性がBに対して発した「残念」という語を使用したところ、彼に関する記憶がBの中で激発したことがきっかけであって、原告とのトラブルとは無関係であった。そのため、その直後の同年一一月二日には、原告に関して肯定的な内容のメールに戻った。

Bの否定的なメールと肯定的なメールとが交互し始めたのは、同年一二月からである。そして、前記平成一九年一〇月三〇日から同年一一月二日までのメール以外の否定的なメールは、原告が身を退こうとすることに対する怒りを表すもの、原告の気を引こうとするもの、それに応じない原告に対するいらだちや錯乱を交えたもの、あるいは、Bの激しい精神的な上下振幅中の怒りと恨みを原告にぶつけるものなどであるが、これらのメールに表現されるBの心身問題や、これらのメールと表裏をなす肯定的なメールと併せて検討すべきであり、一部のメールのみから原告がBの望まない性的関係を持ったと判断すべきではない。

エ 以上のとおり、原告はBと合意の上で性的な関係を継続したのであるから、原告の行為は新規程一条にいうセクハラには当たらない。

原告は、妻以外の女性と肉体関係を持つという倫理的な過ちを犯したが、それにより被告の教育、研究及び就労環境を損なったということはないのであるから、被告において何らかの懲戒処分を下すことがあり得るとしても、懲戒解雇という究極の処分を行うことは、明らかに裁量権を逸脱している。したがって、本件処分は違法、無効である。

(3)  本件処分が手続的相当性を欠くものか否か(争点(3))について

(原告の主張)

ア 新規程は、被告における学生及び職員の平穏かつ快適な教育、研究及び学習並びに就労環境を破壊する行為を防止又は解決することを目的として設けられたものであるから、新規程の適用対象となる行為は、被告の教育、研究及び学習並びに就労に関連して行われた行為に限られると解される。

しかるに、原告が、Bの主張するセクハラによってBの教育・研究環境に何らかの悪影響を与えたとしても、被告の教育研究学習就労環境を何ら損なうものではなく、新規程を適用する前提を欠く。

また、新規程は、四条一項において、被告に関する全ての者が、新規程に基づき、ハラスメント相談員に申立てをすることができると規定し、これに含まれる「学生」とは、被告学則等に基づき学生、大学、院生、科目等履修生及び留学生別科生等として在籍する全ての者をいう(新規程三条八項)ところ、Bはa大学の大学院生であり、被告の学生ではないから、Bは新規程四条一項に基づいて申立てを行うことはできない。

このように、新規程に基づいて本件申立てを受理することはできないにもかかわらず、被告がこれを受理したことは違法であり、この違法は、本件処分を無効とするものである。

イ 新規程は、平成二〇年九月一日から施行されているところ、本件申立てにおいてセクハラとして問題とされている行為は、平成一九年七月から一一月にかけて行われたものであり、平成一四年三月二〇日制定、同年四月一日施行の「セクシュアル・ハラスメント防止等に関する規程」(以下「旧規程」という。)が効力を有していた。

そうすると、本件申立ては旧規程に基づいて取り扱われるべきところ、旧規程には、新規程三五条に対応する条文はなく、被告の学生又は職員の学外者に対するセクハラについては適用の対象としていなかった。

それにもかかわらず、被告は、新規程を遡及的に適用して本件申立てを受理し、原告を懲戒解雇したのであり、かかる懲戒解雇は、憲法三九条前段、民法九〇条に反し、無効である。

(被告の主張)

ア 新規程の対象行為は、その文言、目的からして、被告の教育、研究、学習及び就労に「関連して」行われたものに限られず、本件申立ては、新規程の対象となる。

また、原告とBとは、指導被指導の関係あるいはこれに準ずる上下関係が存在したのであるから、Bは、新規程四条に定める「本学にかかわるすべての者」に当たる。

したがって、被告が本件申立てを新規程四条一項及び三五条に基づき受理したことに違法はない。

イ 本件申立てに係る原告のセクハラ行為は、平成二〇年一一月までの行為である。したがって、本件は新規程が適用される事案である。

また、旧規程によってもBが申立権を有することは明らかである。

よって、本件処分は事後立法の適用などではなく、原告が主張するような違法はない。

(4)  本件処分における被告の過失の有無(争点(4))について

(原告の主張)

被告は、被用者を懲戒解雇するに当たっては、法令の適用及び事実認定において誤りを犯さないようにすべき注意義務があるにもかかわらず、前記(2)及び(3)(原告の主張)のとおり、重大な事実誤認及び違法な手続によって本件処分を行ったものであり、上記注意義務に違反した過失がある。

(被告の主張)

争う。

(5)  本件処分の公表が違法な名誉毀損に当たるか否か(争点(5))について

(原告の主張)

被告は、違法無効な本件処分を行った上、それをマスコミに公表して大々的に報道させたが、その際、原告が所属する学部名及び赴任時期を公表した結果、第三者において容易に原告を特定することができることとなり、インターネット上において原告に対する誹謗中傷が書き込まれるに至った。

このような被告の違法行為により、原告の社会的地位及び評価は大きく傷付けられ、社会的信用を毀損された。それにより被った原告の精神的損害を金銭的に評価すると、一〇〇〇万円を下らない。また、本件訴えを提起するために原告が負担した弁護士費用のうち、被告の不法行為と相当因果関係のある費用は一〇〇万円である。

よって、原告は、被告に対し、一一〇〇万円及びマスコミ発表の日の翌日である平成二二年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

被告が、本件処分について、原告が所属する学部名及び赴任時期を含め公表したことは認め、その余は否認ないし争う。

第三当裁判所の判断

一  認定事実

前記前提事実、証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる(なお、被告は、本訴訟で証拠として提出されたメールについて原告による改ざん等の可能性を指摘するが、改ざんされた可能性のあるメールの特定、改ざんの態様及び方法等について具体的な主張をせず、上記メールの記載内容等に不自然な点は認められないことから、上記メールの送受信アドレス、送受信日時及び記載内容については信用できるものと認められる。)。

(1)  Bは、平成一九年四月一日、a大学b学部e学研究科博士後期課程に入学し、D教授の指導を受けていた。

原告は、同年三月、a大学b学部を定年退職し、同年四月からY大学b学部c学科特任教授として赴任していた。

(2)  Bは、同月二三日、C教授及びD教授と会食し、その際、同席していた原告を紹介された。この会食の際、原告は、Bが原告に関心を持っていると感じた。

(3)  原告及びBは、同年七月二九日、第一回目の○○研究会及びその後の宴会に参加し、宴会終了後、帰宅する方向が同じであったため、二人でタクシーに同乗した。原告は、車内でのBとの会話からBを異性として意識し、また、Bの下宿が原告の利用するj駅の近くであったことから、Bと歩きながら話をするのもよいと考えて、タクシーを止めて降車した。原告とBは、話をしながら歩いてBの下宿の前まで行き、原告はそこからj駅に向かった。

その直後、激しい雨が降り出したため、Bは、ビニール傘を持ってj駅まで原告を追いかけ、ホーム内のベンチに座っていた原告に傘を差し出した。原告は、これをうれしく思い、飲み直そうとBを誘ってj駅付近を歩いたが、居酒屋は既に閉店していた。そこで、原告及びBは、再びBの下宿の前まで行き、原告は、Bの様子からBがキスを待っていると感じ、Bにキスをした。その後、原告は帰宅した。

原告とBは、この直後、原告がBに対し傘のお礼を述べるメールを送信したところ、Bから、無事に帰宅できたかを気遣う内容と共に、「私の心は闇です。」という記載があった。この日以降、原告とBは、頻回にメールを交わすようになった。

(4)  原告は、同年八月五日、ドイツ人舞踊家との会食後に話をしようとBを誘い、Bはそれに応じてホテルfに出向いた。原告とBは、上階のビアガーデンへ行き、並んで座って飲食しながら会話をした。その後、原告とBは、タクシー及び徒歩でBの下宿に向かった。Bの下宿に着くと、原告は、Bの部屋に続く階段をBに続いて上り、Bは自室の鍵を開け、Bの後ろから原告も入室した。原告は、Bの部屋でシャワーを浴び、シャワーから出た後、Bの衣服を脱がせて性交に及んだ。Bはこの日生理であり、性交前にそのことを原告に告げた。

原告は、この性交時、Bの手首に切り傷の跡があることに気付き、このことと前記(3)のメールの文言を併せ、Bが普通の女性とは異なる心の闇を持っているのではないかと感じた。

(5)  その後も、原告とBは、同月二〇日を含む数回、Bの部屋において性交をした。

原告とBは、同年九月三〇日頃から、メールで原告を「X」、Bを「B」などと呼ぶようになった。

(6)  原告及びBらa大学g学研究室の大学院生は、同年一〇月五日から同月一〇日まで、h大学で開催されたg学会全国大会に参加した。Bは、体調不良を理由に、同月八日の発表会を欠席した。原告は、同月九日、Bがホテルをチェックアウトする直前、Bの部屋に行き、Bと性交した。

原告及びBを含むa大学の一行は、同月一〇日、関西国際空港に到着した。Bは、他の者に随行せず、予約していた同空港のホテルに一人で宿泊した。

(7)  Bは、同月一二日から同月一四日にかけて、原告とのメールのやり取りの中で、原告に対し、「二三、四歳の女子は総会屋とまっ昼間から賭事。片方で七〇歳の老紳士(?)に囲われかけて、ギリギリのところでビビって逃げちゃった。もう昔のことだけど、両足突っ込まなかった自分に悩んでました。…北海道では、そんなこと考えて完全に塞ぎ込んでしまった。」、「私はあなたの言葉に揺れています。うまく言えない。そのまま受けていきたい気持ちと、片方でこれ以上投げてこないでって気持ちで。」、「Xさんの言葉がぐんぐん染み込んできて仕方ないです。待ってた言葉が溢れてる。…でも私、Xさんに会えた。」、「私、もうXさんに会えないかも。…紛いでなく、五年弱、私はやくざの娼婦をしてたこと、しかも自分がどのように買われてきたのかもはっきりと分かった。…日に日に、Xさんが遠い存在になっていって。…Xさんは舵を取れる?」などとメールした。これらのメールに対する原告の返信の後、通常の話題が続き、Bは、「八三歳のXとの接吻を想像したら、たまらなく興奮してきちゃった…。」などの性的関係を容認するメールも原告に送った。

ところが、Bは、同月三〇日、原告がメールで使用したと思われる「残念」という文言について、原告に対し「Bは『残念』て言葉が嫌い。ソーカイヤと五年も付き合って、最後に、あまりにも好きすぎてしんどいから別れるって伝えたら、返ってきた言葉が『残念』だった。異常に反応するのよ、この言葉。」とメールし、これに対し原告が「六三歳の経験は、治療法を奨める。『残念、残念、残念・・』って、ソーカイヤさんの語を三八回くらい言って、毒を以て毒を消すことだよ。」と返信したところ、Bは「いや」、「もう続けていくのは無理です。私が引けば接点もありません。私には、他がありません。繰り返すだけです。ごめんなさい。」などのメールに続き、同月三一日、「元から辿りました。そしてはっきりと分かりました。最も早い時期に然るべき期間に訴えるべきだったこと。」とメールした。

これに対し、原告は更に「Bは、とてつもなく優しかったんだ、ということが改めて分かった。『傘』以来ずっと、そうだったんだ。侵入してきたXを、精一杯に優しく迎えてくれていたんだ。」などのメールを含む数通のメールを送ったところ、Bの原告に対するメールは、同年一一月二日頃から再び従前のようなものに戻った。

Bは、この頃、実際にa大学の全学相談員に対し、原告からセクハラを受けているとしてメールで相談したが、上記の経緯の中で、相談を取り下げた。

(8)  その後、原告とBとの間で比較的落ち着いた内容のメール(Bが原告に対して恋愛感情を表明する内容のメールや、BがE(メールでは「Eさん」と呼ばれている。)と別れてBの部屋の合い鍵を取り返したという内容のメールなどを含む。)が続いたが、Bは、平成二〇年一月一一日から、「OLになるから。じゃ~ね~」、「OLになるわよ。言ってなかったけ?…研究続けてどうのこうのなんて思ってないわよ。」、「Bりん、ホステスもしてみたいわ。」、「ホステスするの。てかしたい。」などのメールに続け、「大学は我慢するとして、こんな関係やっとられん。ひよこの面倒を末永く見てあげてください。私、女を買ってもらう関係の方がマシ!あほくさいわ」、「交わりに待てと言う その思考自体が男の勝手に思えてならない」などのメールを原告に送った。

その後、Bは、同月一九日、原告に対し、「Xりんのこと本当に好きだから、Bりんの砲撃に固まったりしないでね。」などのメールに続け、「大学続けることにしたの。」などとメールした。

Bは、この間、D教授に対し、大学院を退学したい旨相談し、その理由として、原告からキスをされるという性被害を受けたことを告げた。これに対し、D教授は、無理をして○○研究会に来る必要はないが、他の学会などで発表するように指導した。また、Bは、D教授に対し、原告から謝罪を受けているので、このことについて原告を含めて他言しないように依頼した。

(9)  Bは、同年二月一二日、原告に対し、「Bりん、赤ちゃん欲しいなり」、「何でXりん似なのよ!可哀想にもほどがあるわ!Bりんに似て可愛い子に決まってるでしょっ!」など、子供のことを話題にした後、原告がドイツに出張することについて、同月一六日以降、「大好きだから一か月も離れたら淋しいわ」、「忙しいのはよく分かりました。でももう会う気もないですし、会いません。さよなら」などとメールし、同月二八日には「妊娠してるかもしれないんです それだけ」とメールした。

これに対し、原告は、「恐ろしい罰が当たったのだろうか。…罰の重さが…新しい命の上にのしかかるのだと思うと、恐ろしい。家庭的にも金銭的にも、そして年齢的にも、ほとんど何もしてやれない」などと返信したが、Bは、「罰なの?好きな人の子供を欲しいって望んだ私の気持ちはどうなるの?」など、原告を非難するメールを送った。

Bは、同年三月三日、妊娠していなかったことが分かり、同月四日、原告に対し、「(件名)ちゃんと恋人して!」、「Xりんに会いたい」などのメールを送った。

(10)  Bは、同年五月頃、原告の米国出張中、他の男性と肉体関係を持ったことを原告にメールで打ち明けたところ、原告は、「如意棒を封印する」すなわち原告との性交をやめるなどと返信した。これに対し、Bは、「他の男と寝た性器を不潔に感じるなら処女を手込めにかければいいとおもう。」、「私、本当に無理です。突然止めるものを、合体しない媚態とか、よく言ってこれたなと。」などと原告の対応を非難し、その後「禿た頭に生える触覚を見ただけで感じるの。この感じるは具体的には濡れるの。意味わかる?禿あたま見て体が濡れるの。…」、「Xりんをとても好きだけどお別れなのね」などのメールを送り、更に「私にどうゆうつもりで入りこんだのかも教えて下さい それで大学に居ることが苦痛になったこともどう思ってるのか知りたいです」というメールを送信した。

原告とBは、同年六月一四日、Bの下宿の近くで会い、その後のメールは、日常的な内容に戻った。

(11)  原告が、自分のホームページに白血病患者である友人のことを書いたところ、Bは、「人の病を自分のi学ネタにするつもりか」などとして激怒し、同年八月二〇日、原告を非難するメールを送った。Bは、同日、Eに原告との性的関係をセクハラとして伝え、Eは、同日午後九時五〇分頃、原告に対し、Bが原告のセクハラによって精神的なストレスを被っており、NPO法人に原告のセクハラを訴える考えがある旨のメールを送った。また、Bは、同日午後一一時三〇分頃、原告に対し、「本日、第三者にあなたとの関係を始めからすべてをお話ししました。私からあなたに説明することはありませんし、説明する気も全くありません」とメールを送った。

原告が同月二一日にBに送った何らかのメールに対する返信から、Bの態度は一時軟化し、「鞍馬の火祭りには行くの?そして、Xりんには会える?」などと原告にメールしたが、原告が会わない旨の返事をすると態度を変え、「去年の北海道のあと、大学に訴えて、動くとなった時に、解決されたと私から取り下げたことを後悔している。」などとメールした。

原告は、同月二三日、Bと会って話したところ、その後から、Bのメールは再び日常的な内容に戻った。

(12)  Bは、同年九月頃、論文の執筆に苦慮していたところ、原告は、Bに論文の書き方等について助言しようとした。Bは、これに対し、「アドバイスなんて要らないわ。」と返答し、更に「何か分かってないしもう疲れた。」、「あなたの存在自体が邪魔で書けない時間を費やした私に何の提案になる?」、「学会も辞めます。Dさんには、Xさんが嫌なら辞めれば良いと言われた。」などとメールをした。原告は、これらのメールに対し、論文についてのコメントは控えること、g学会には顔を出さないこと、論文について連絡をくれれば手助けをすることなどを内容とするメールを返信した。

Bは、同年一〇月二日、原告に「失せて下さって本当にありがとうございました。」などとメールしたが、それに対し、原告から受信拒否メールの文面が記載されたメールが送り返されてきた。原告は、Bからのなぜ無視をするのかという問いに、もうメールは送らないようにと返信したが、Bは、更に原告に返信を求めるメールを送った。それに対して、原告がメールを返信するようになると、Bは、「Xりん、しんどいけど、とてもとても嬉しい。」とメールした。それから、Bの論文や体調に関する日常的な内容のメールに戻った。

(13)  原告とBは、同月一六日、メールで会う約束をし、性交した。

(14)  Bは、同月下旬頃から、原告とのメールにおいて、Bが「総会屋」、「G」などと呼ぶかつて交際していたとする男性の話を多くするようになり、また、原告が多忙を理由にBとの予定をキャンセルしたことなどに不満を述べた。これに原告が難色を示し、Bとの口論の中で、Bの二面性を指摘し、「そのうち時が熟して、このダブルバインドそのものが熟して、ぽとんと抜け落ちると良いなと思います。…だからじっと待って、言葉を中止します。」とメールした。Bは、このメールによって更に過熱し、「何故私が昔の彼の話を始めたか。…私がもう彼を呼びながら過ごすこともなくなる。それは私の何かが亡くなってしまうようでつらい。私はずっと私の内面で密やかにあなたと過ごせることを望みました。だからこそ現実に触れ合える時間がどれほど大切で貴重かあなたは感じ得てくれてるのですか。時熟の問題ではない」と、やはり原告が多忙を理由にBと会わないことを非難した。そして、Bは、「ごまかしごまかし、してるのはご自分です。一体去年の冬から私のこの体にあなたはどう責任を果たしましたか」などと原告を非難した。

ところが、原告とBが同月二七日に会ったところ、Bのその後のメールは一転して原告への恋愛感情を表すものとなった。

(15)  Bは、同年一一月七日深夜から同月八日未明にかけて、原告に対し、「書いたって何も変わることがなかった。今の状況。何ですか、不正脈は酷くなるばかり。一体何なのかわからない」、「a大の訴えを下げたのが間違いだったんでしょうな。ここまでくると。」、「死にたい」などとメールした。また、Bは、同日午後、原告に対し、「睡眠薬大量に呑みました。嘔吐の繰り返しだけで死ねませんでした。」、「これから残りの睡眠薬全部のみますさようなら」とメールした。Bは、これに対する原告の返信が遅かったことなどの対応に更に怒った。

(16)  Bは、これ以降、原告に対し、抗議のメールを頻繁に送り、ウィメンズカウンセリングに通い、最終的に本件申立てを行うに至った。

二  原告と被告との労働契約期間(争点(1))について

原告は、被告との労働契約の期間について、平成二二年三月三一日までであったが、更に三年間期間が延長されることが通例であり、平成二一年六月、被告から契約期間延長の内示を受けていた旨主張する。しかし、被告においてそのような慣行があったこと又は被告から契約期間延長の内示があったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件処分の当否にかかわらず、原告と被告との労働契約は、平成二二年三月三一日には終了していると認められる(なお、原告に対する賃金は、前記のとおり、同月分まで支払われている。)。

そうすると、原告の現在における労働契約上の権利の確認を求める請求は理由がない。

三  原告とBとの性的関係がハラスメントに該当するか否か(争点(2))について

原告は、違法、無効な本件処分により精神的苦痛を受けたと主張して、不法行為に基づく損害賠償請求をしているため、本件処分が原告の権利を侵害したといえるかが問題となり、そのため本件処分の違法性について判断する必要がある。本件処分の理由は、原告がBに対しBの望まない性的関係を続けて研究環境を著しく害した行為が、就業規則五九条七号、新規程三条に定めるセクハラに当たるというものであるので、前記認定の原告の行為がそれに当たるかを検討する。

(1)  Bの供述

被告の主張に沿う証拠として、Bが被告に提出した文書(被告は、この文書により本件申立てを受理したわけではないという趣旨で、これは申立書ではないと主張するが、以下、この文書を便宜上「本件申立書」という。)及び調査委員会におけるBの面談録(以下「B面談録」という。)が存在するが、Bは当事者いずれからも証人申請はなく、裁判所における尋問がされていないこともあり、その信用性の判断はかなり難しい。

(2)  メールの評価

ア 本件では、客観的な証拠として、原告とBとの間で交わされた多数のメール(以下「本件メール群」という。)が存在するので、それを検討するのが相当である。

本件メール群のうちBが原告との性的関係に関して原告を非難する内容のメールがあるが、それらとは反対に、Bが原告に対する愛情を表明するものや性交について肯定的に表現するものが多数存在する。たとえば、「Xのこと好きなの。だーい好きなの。…Xーって叫んで抱きつきたいくらい大好きなの。」、「大好きだから一カ月も離れたら淋しいわ」、「Xりん、子供が欲しいって初めて思って涙がとまらなくなるのがあったの。びっくりした。」などのBが原告に送信したメールが存在する。

そうすると、性的関係について非難する上記のメールから直ちにBが原告との性交当時性交に同意していなかったと推認することはできない。

イ この点について、被告は、H作成に係る各意見書(以下、両者を併せて「H意見書」という。)を引用して、上記のメールがセクハラ被害者の行動として不自然ではないと主張するので、H意見書の内容の当否について検討する。

上記のメールに関するH意見書の説明は、おおむね次のとおりである。

「一般に、セクハラの被害者が、加害者に好意を寄せているような文面の手紙、メール等を送ることは珍しくない。セクハラの被害者は、加害者の感情を逆なですることにより自分の職場環境等が悪化する可能性に配慮し、加害者をなだめるために、いわゆる「迎合メール」を送ることがある。メールは、直接相手の顔を見ずに送ることができるため、本心ではないことを書くことができるのである。本件においても、Bは、いっそのこと原告と合意の上で恋愛関係にあると受け入れてしまった方が楽ではないかと考え、原告を喜ばせるようなメールを送っている。

また、Bは、一種の諦めによる迎合メールだけではなく、申立てを決意して攻撃的な内容のメールを送った後に、原告から無視され、通常の恋愛関係が破綻したかのように終わってはたまらないとの思いから、原告との関係を修復するために、積極的に原告との性的関係を求める文面のメールを書かざるを得なかった。Bは、博士論文指導の環境が破壊される、論文発表の場がなくなる、あるいは原告により悪い評判を流布されるなどの危険性から、単純に原告との関係を断つのではなく、原告に非を認めさせなければならないところ、そのためには、当面原告との関係をつなぎ止めておかなければならないのである。

「Xと肌をくっつけると、安心する。」、「恋をすると触れたいって強烈に思うし、とてもとても求めるのよ」、「どうしてXに働く感が他で働かないのか 何を根拠か分からないけど、Xには恐ろしいくらい感じるの」などがそのようなメールである。」

しかしながら、H意見書中本件メール群の説明に関する部分は、次のとおり、にわかに信用することはできない。

まず、Bは、性交の直後に性交を振り返って肯定的な感想を述べるメール、たとえば、「今日は上に乗って(いわゆる騎乗位の意味)沢山動いたからお腹もうんと空いた。とても気持ち良かった」という内容のメールを送信しているところ、仮に、Bが意に沿わない性交を強いられたとすれば、当該性交の記憶は最も忌まわしいものであり、なるべくそれを思い出さないように当該性交の話題を避けるのが通常と思われる(H意見書も、一般論として、セクハラの被害者が自分に起きたセクハラの事実全部を無視するよう努めるのは普通の対応であるなどと説明している。)。そうすると、積極的に性交を振り返って感想を述べるというBの行動は、性交を強要された者の行動として不自然である。それにもかかわらず、H意見書においては、Bのこのような行動について説明がない。上記のメールは、H意見書がいうような、単に表面上の恋愛関係を装うものや、セクハラ加害者との関係を当面つなぎ止めておくためのものとは明らかに性格が異なるというべきである。

また、本件メール群の中には、Bが、通常の交際相手に対してするように、あえて原告の容姿や発言を茶化すようなメールが存在する。この点、H意見書において、セクハラの被害者は、自分の就労環境等を守るため、加害者の暴力的な振る舞いを避けるため、あるいは相手に重圧を与えて相手の気持ちが自分から離れることを期待して、加害者に迎合的な態度をとることがあると説明されている。しかしながら、これらのメールについては、上記のような目的と関連性がなく、H意見書にいう迎合メールであるとみることには疑問がある。

さらに、Bは、必ずしも原告がBとの関係を断とうとしているときに性的な内容を含むメールを送っているわけではなく、H意見書が述べるように、恋愛関係が破綻したかのように終わってはたまらないとの思いから、原告との性的関係を求めるメールを書かざるを得なかったというには疑問がある。

以上のとおり、H意見書は、一般論としては十分理解できるものの、本件メール群のうち、原告とBとの性交にBの同意がなかったことを前提とすると不自然と思われるものについて、説得的に説明しているとはいい難く、H意見書中本件メール群の説明に係る記載については、にわかに信用することはできない。

ウ 他に原告とBとの性的関係について、Bが同意していなかったと認めるに足りる証拠はなく、全体としては原告との関係の継続によってBの精神状態が悪化していった様子がうかがえるものの、個々の性交についてBの同意がなかったと認めることはできない。

(3)  小括

以上によれば、原告のBに対する一連の行為は、大学教員としての品位を損なう不適切な行為であるとはいえるものの、相手の望まない性的な言動ということはできないから、新規程三条二項に規定するセクハラに該当せず、就業規則五九条七号の「ハラスメント」に該当するということはできない。したがって、争点(3)について検討するまでもなく、本件処分は違法、無効というべきである。

四  本件処分における被告の過失の有無(争点(4))について

(1)  無効な懲戒解雇に使用者の過失が認められる場合の一般的規範について

使用者は、被用者を懲戒解雇する場合、懲戒解雇事由の有無につき十分に調査を尽くした上、合理的な事実認定を行い、それを前提に当該行為が解雇相当かを合理的に判断すべき義務を負っていると解すべきであり、使用者が事実認定を誤って被用者を懲戒解雇したが当該解雇が違法、無効であったときは、原則として、使用者は上記義務に違反したものとして不法行為責任を負うべきであると解するのが相当である。

もっとも、使用者が、事案の性質に照らしその方法及び態様等において十分な調査を行い、当該調査の結果得られた資料を検討した結果、誤った事実認定をした場合であっても、当該事実誤認をしてもやむを得ないといえる特段の事情がある場合には、上記義務違反は生ぜず、過失は否定されると解すべきである。

(2)  本件へのあてはめ

ア 調査委員会は、原告とBとの間でBの望まない性的関係があったとの事実認定を行ったが、この事実認定が是認できず、これを前提とした本件処分が違法、無効であることは前記三のとおりである。

イ しかしながら、原告は、a大学を退職したとはいえ、原告を恩人として尊重するD教授が発足させた○○研究会等に参加していたのであり、D教授の指導を受けているBに対しても一定の指導上の影響力を持っていたということができるところ、Bは、原告と性的関係を持っていた平成一九年八月から平成二〇年一〇月までの間、二八歳又は二九歳であったのに対し、原告は当時六三歳又は六四歳であり、両者の年齢が三〇歳以上離れていること、原告とBは平成一九年四月に会食の場で紹介されたのが会った最初であること、その後原告とBとの間に恋愛感情をうかがわせるようなメール等のやりとりは存在しないにもかかわらず、二回目に会った同年七月二九日にはキスに及び、それから一週間も経たない同年八月五日には性交に至っていること(もっとも、男女間のことであり、知り合って早期に恋愛感情に基づく性的関係を持つこと自体は不自然なものではない。)、Bは、最初の性交時生理中であって、通常は性交を避けることを望む女性が多いのではないかと思われることなどからすると、一般的には、原告とBが純粋に恋愛関係にあったとは考えにくいことは否定できない。

そして、Bによる本件申立て及び調査委員会によるBに対する面談結果(B面談録)において、Bは、具体的かつ詳細に、原告との自己の意に沿わない性的関係を持ったことを述べているところ、多数存在する本件メール群は、原告とBが性的関係を持っていたことを裏付けるものであった。

さらに、Bが、同年一〇月一〇日、h大学でのg学会全国大会の帰りに、関西国際空港から原告やほかの学生らと別行動を取ったことは争いがないところ、Bが原告と行動を共にすることを避けるためにあらかじめ関西国際空港のホテルを予約した上、そこに宿泊し、同ホテルから原告に対して明確に拒絶の意思を表示するメールを送信したというBの供述する事実経過は、上記の争いのない事実と整合する自然なものといえるので、上記事実は、Bの供述の信用性を高めるものであるということができる。

そうすると、上記の原告とBとの関係、上記のような本件メール群の内容及び本件事実関係の特殊性に照らし、調査委員会がBの供述は十分な信用性を有すると考えたこともやむを得ない面があるといえる。

加えて、Bが原告に送信した本件メール群には、前記認定事実のとおり、Bがあたかも原告との性交を望んでいなかったかのようなメールと、逆に原告と恋愛関係にあるかのようなメールが交互に入り混じっているところ、その精神状態の理解については、専門家間においてさえ意見が分かれるほどであり(被告は前記H意見書のほか、I精神科医師の意見書を提出し、原告はそれに反する内容を記載したJ精神科医師の意見書を提出している。)、本件に適用し得る経験則の選択に当たって困難を生じさせていたということができる。

以上のように、本件事案は、原告とBが現実に性的関係にあり、Bの申告内容や供述も不合理であるとして直ちに排斥できるものではないことなどからすると、被告において、原告がBに対しBが望まない性的な言動をしたと考えたこともやむを得なかったということができ、前記特段の事情を認めることができる。

ウ 手続的な点について検討すると、調査委員会は、約三か月間にわたり、原告及びBに対する各二回のヒアリング、原告及びBから提出された書面、a大学セクシュアル・ハラスメント調査委員会作成に係る調査報告書及び原告提出に係る大量のメール等の検討などを含む調査を行ったところ、Bに対するヒアリングは、予断を持ってBの申立てを全面的に信用するなどといった態度はうかがわれず、原告に対するヒアリングについても、原告への偏見から原告を糾弾するといったものではなく、かえって、原告の弁解を遮ることなく丁寧に聴取しており、公正な態度で臨んでいるということができる。

そうすると、手続的な面からみても、被告の調査に過失があったということはできない。

(3)  小括

したがって、被告に過失があったということはできず、原告の本件処分による不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

五  本件処分の公表が違法な名誉毀損に当たるか否か(争点(5))について

(1)  前記前提事実及び証拠<省略>によれば、被告は、少なくともl新聞社に対して、本件処分対象者の所属学部、被告への赴任時期、年齢が六〇歳代であることを明らかにした上で、同人が平成一九年七月頃から平成二〇年一一月頃にかけて、大学院生に強要して性的関係を結んだことを公表したこと(以下「本件事実摘示」といい、本件事実摘示で摘示された事実を「本件摘示事実」という。)が認められる。

そうすると、本件摘示事実を基に新聞報道がされた場合、当該新聞の一般の読者において、若干の調査をすれば、本件処分の対象が原告であることを特定することが可能であるといえる。

そして、本件事実摘示により原告の社会的評価が低下することは明らかである。

したがって、本件事実摘示は客観的に名誉毀損に該当する。

(2)  もっとも、被懲戒者である原告の地位及び学生に対するセクハラを理由とする大学教授の懲戒解雇という本件事案の性質から、被告において最低限の情報を提供して社会に対する説明責任を果たす必要性は高いといえること及び本件摘示事実の内容に照らすと、本件摘示事実は、公共の利害に関し、専ら公益を図る目的に出たものと認められる。

そして、前記四で説示したとおり、被告において原告がBに対しBが望まない性的言動をしたと考えたこともやむを得ないといえる特段の事情が認められる以上、被告において本件摘示事実を真実であると信じるにつき相当な理由があったということができる。

したがって、名誉毀損行為について被告の故意・過失を認めることができず、名誉毀損に係る原告の請求は理由がない。

第四結語

以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大島眞一 裁判官 谷口哲也 結城康介)

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