京都地方裁判所 平成22年(ワ)3852号 判決 2012年10月26日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
永嶋里枝
被告
Y株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
中町誠
同
中井智子
同
仁野周平
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する平成22年4月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
人材派遣業者であるa株式会社(平成20年4月1日吸収合併により被告となった。)から労働者派遣契約に基づき株式会社b(以下「b社」という。)に派遣されていた原告が、b社で勤務中、c株式会社(以下「c社」という。)からb社に出向していた社員によりセクシャルハラスメント被害を受けたことなどについて、被告において、派遣元事業者として派遣労働者に対する職場環境配慮義務違反があったと主張して、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、損害の一部として300万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成22年4月20日から支払済みまで商事法定利率の年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) c社は、合成繊維及びその他の繊維の製造、販売等を業とする株式会社である。滋賀県大津市所在の「c社d事業場」には、c社の滋賀事業所を始め、関連会社の滋賀支店・事業所等が多数集まって業務を行っている。
b社は、昭和53年に設立された産業の諸技術に関する調査、研究、分析評価の受託等を業とする株式会社であり、c社の100%子会社であり、その滋賀事業所は、c社d事業場内のc社と同じ建物にある。
a株式会社は、昭和28年に設立された労働者派遣事業等を業とする株式会社であったところ、平成20年4月1日、被告(c社の100%子会社)により吸収合併された(以下、a株式会社当時のことも含めて「被告」という。)。被告滋賀支店は、c社d事業場内のc社の建物と同じ建物内にある。
(2) 原告は、平成14年9月、被告滋賀人材派遣部に派遣スタッフ登録をした。
原告は、被告との間で派遣労働契約を締結し、同契約に基づき、平成15年7月14日から平成19年5月31日までの間、被告が労働者派遣契約を締結した派遣先企業で就労した。各派遣労働契約及び各労働者派遣契約の契約書面に記載された契約期間、派遣先企業、就業場所及び業務内容等は、別紙<省略>のとおりである。
(3) 原告は、平成16年4月1日から平成18年2月27日までb社で就労していた。派遣元である被告の責任者は、当初、人材派遣部のB(以下「B」という。)であり、平成18年7月からC(以下「C」という。)に交代した。派遣先のb社の指揮命令者は、上司であるD部長(以下「D」という。)であった。
(4) 原告は、c社の正社員でありc社に在籍したままb社に出向し原告とともに勤務していたE(以下「E」という。)から、原告のプライベートな事柄について度々質問される、トイレ、更衣室の前、自販機の前などで待ち伏せをされるなどのセクシャルハラスメント被害を受け、Bに被害相談をしていた。
Eは、原告へのセクシャルハラスメントを理由とし、平成17年10月から、平成18年3月31日までの期限付きでe株式会社(以下「e社」という。)に異動したが、同月1日にはb社に戻ってくることになり、原告の派遣先はf株式会社(以下「f社」という。)に変更になった。
原告は、f社で同年3月末まで勤務した後、同年4月と5月は自宅待機となった後、同年6月1日から再びb社で就労していた。
(5) 原告は、平成19年4月24日、被告から、同年5月31日の契約期間満了をもって契約を終了する旨の通告を受け、同日をもって、派遣労働契約は終了した。
(6) c社とc社グループの関連各社は、各事業場・工場ごとに、各事業場長・工場長等を人権推進委員長とする人権推進委員会を設置しており、同委員会は、企業不祥事の未然防止、社員の人権意識高揚と活性化を図るための環境整備を目的として活動している。
c社d事業場にも、g委員会が設けられており、c社の各部門の長、b社の研究部門長は、他の関連会社の長とともに、同委員会の構成員となっている。
2 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 争点1(被告の責任)について
(原告の主張)
ア 派遣元事業主は、派遣先が派遣就業に関する法令を遵守し、その他派遣就業が適正に行われるように、必要な措置を講ずる等適切な配慮をすべき義務を負う(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣事業法」という。)31条)。セクシャルハラスメントについては、良好な職場環境の下で労務に従事できるように配慮するとともに、職場においてセクシャルハラスメント等の職場環境を侵害する事件が発生した場合には、事実関係を迅速かつ正確に調査し、これに対処し、その後、当該従業員が解雇されたり退職を余儀なくされることのないよう配慮すべき義務を負うというべきである。
イ しかるに、被告は、原告がセクシャルハラスメント及びその二次被害を訴えて適切な対応を求めたにもかかわらず、次のとおり、一貫してこれを軽視し、適切な対処をしようとしなかったのであるから、職場環境配慮義務に違反し、債務不履行又は不法行為責任を免れない。
① 原告は、平成17年8月18日、被告担当者のBに対し、派遣先であるb社においてEによるセクシャルハラスメント被害を受けていることを申告したにもかかわらず、Bにおいて、b社の仕事であるかのような対応に終始し、適切な対応をとらなかった。
② 派遣先であるb社は、平成18年3月31日までの期限付きでEを他の職場に異動させたにもかかわらず、同月1日には再びEをb社に戻し、代わって原告との派遣労働契約を中途解約しようとした。被告においては、速やかにb社に働きかけてEの次の異動先を決めさせるなり、b社の上記方針を撤回させるべきであったのに、これを怠った結果、原告はf社への派遣を余儀なくされ、そこでも派遣労働契約が中途解約され、2か月間、自宅待機をさせられた。
③ 原告は、平成18年6月1日からb社に職場復帰したが、セクシャルハラスメント被害を受けていったん職場を追われた派遣社員が職場復帰するに際しては、職場で居づらい思いをすることのないよう、かつ、二次的セクシャルハラスメントを受けることがないように、被告は最大限の配慮をすべき義務を負っていた。しかるに、原告は、同年9月末にEが退職したことも引き金となり、繰り返し誹謗中傷を受けるという二次的セクシャルハラスメントを受けることになった。これは、Bが、原告の心情を理解せず、後任のCも、原告に対して問合せをすることすらせず、放置していたことに起因するものである。
④ 被告は、b社の不当な派遣契約の終了を受け入れ、原告を雇止め(本件雇止め)にしたものであり、本件雇止めは無効である。それにもかかわらず、被告は、本件雇止めを正当化しようとした。本件雇止めは、セクシャルハラスメントを契機としたものであり、セクシャルハラスメントの延長ともいえる出来事であって、セクシャルハラスメント被害者に対する職場環境配慮義務違反というべきである。
(被告の主張)
被告は、原告からのセクシャルハラスメントの申出に対し、次のとおり、適切に対応しており、何ら違法な点はない。
① 平成17年8月18日、原告からBに対し、セクシャルハラスメント被害について連絡があった。そこで、Bは、翌19日、事実確認のため原告にヒアリングを実施し、同月23日、b社のDと面談して、善処を申し入れた。その結果、Dから、Eをe社に配置転換させる旨の連絡を受けたのであり、原告からの被害申告に迅速に対応した。
② 平成18年2月3日、原告が従事していた業務が終了するに至ったこと等により、b社から原告に対し、派遣契約期間途中の解除に関する示唆がされた。原告からこの経緯について連絡を受けたBは、同月7日、b社の担当者と面談し、事実関係を確認するとともに抗議を行い、善処を申し入れた。Bは、原告から次の仕事を見つけてもらいたい旨の連絡を受けたため、原告に対し、f社への派遣就労を提案し、原告の了承を得たのであり、適切に対応した。
③ 原告が主張する二次的セクシャルハラスメントについては、原告から被告に対し何らの申出もなかったのであるから、被告としては対応のしようがない。
④ 被告は、原告がb社で従事していた業務が終了し、その業務に関する労働者派遣契約が終了する見込みであったことから、原告との期間雇用契約を平成19年5月31日をもって期間満了により終了することとし、これに先立つ同年4月24日、Cから原告に対し、b社に確認した労働者派遣契約の終了理由を付して、派遣労働契約が期間満了により終了することを伝えた。被告やb社は、セクシャルハラスメント問題に対して誠実に対応しており、隠蔽や報復をしようとしたこともなく、本件雇止めは原告が被害を受けたセクシャルハラスメントとは何の関係もない。
(2) 争点2(損害)
(原告の主張)
原告は、セクシャルハラスメントの被害を受けたことによって、多大な精神的苦痛を被ったが、その救済を求めたことによって、b社から不当な扱いを受け、さらに、同僚からも心ない非難の言葉を浴びせられるなどして、典型的なセクシャルハラスメントの二次被害も被った。そして、最終的には、b社から不当に解雇され、いわれなき屈辱感を被った。被告も、b社による解雇を容認し、原告は大きな失望を味わった。原告は、これら一連の出来事の結果、うつ病に罹患した。
原告は被告の上記不法行為又は債務不履行により、次のとおり、1050万2979円の損害を被ったが、そのうち300万円を請求する。
① 逸失利益
本件雇止め前の原告の平均賃金は月額22万7363円であったところ、本件雇止めがなければ、本件雇止めをされた平成19年6月から平成22年4月まで750万2979円の収入が得られた。
② 慰謝料
被告による不法行為又は債務不履行により多大な精神的苦痛を被ったが、それを金銭に見積もると300万円を下らない。
(被告の主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実、証拠(証拠・人証<省略>、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(1) 原告は、平成14年9月、被告の人材登録を行った。
被告が労働者の派遣を行う場合には、まず、派遣先企業との間で労働者派遣契約を締結し、労働者との間で派遣労働契約を締結する。後者の契約については、派遣労働者と被告との契約条件並びに派遣先企業における指揮命令者及び業務内容等を記載した「派遣社員雇入契約書(兼)就業条件明示書」(証拠<省略>)と題する書面を作成し、同書面を派遣労働者に交付することになっていた。
被告は、派遣労働者に対して、「派遣社員のための~サポートガイドブック~」と題する書面(以下「本件ガイドブック」という。)を改訂ごとに配布し、派遣就労の仕組み、各種保険及び福利厚生、並びに派遣労働者の就業規則等の情報を周知していた。本件ガイドブックに添付された被告の派遣社員就業規則(証拠<省略>)22条には、「派遣先においてセクシャルハラスメント行為を受けたと感じた場合、またはその対応において不利益な取扱いを受けた場合は、直ちに派遣元責任者に相談をしてください。」、「苦情の申し出を受けた派遣元責任者は迅速かつ正確に事実関係を把握し適切に対応します。」と記載されていた。
(証拠<省略>)
(2) 平成16年3月31日付けで、被告とb社との間で労働者派遣契約が、被告と原告との間で派遣労働契約がそれぞれ締結され、原告は、別紙<省略>の3欄の内容<派遣契約期間:平成16年4月1日~同年5月31日。派遣先:b社等>で派遣就労することとなった。
派遣元である被告の責任者はBであり、派遣先のb社の指揮命令者は、上司であるDであった。
原告は、被告の派遣労働者として派遣就労していた間、被告の担当者であるBらに対し、派遣先企業における業務内容及び職場の様子についてメールで知らせたり、労働条件に対する不満、契約更新の希望の有無など、派遣就労に関する種々の事項について連絡を行い、対応を求めるなどしていた。そして、Bらはその都度、労働者派遣契約の内容についてb社と交渉し、同社に対し、就業内容、職場の安全配慮について是正するよう申し入れるなどしていた。
(証拠<省略>)
(3) Eは、c社の正社員であり、c社に在籍したままb社に出向し、原告とともに勤務していたところ、平成16年夏ころから、原告に対してなれなれしい態度をとるようになり、平成17年6月ころには、①原告のプライベートな事柄について度々質問をする、②トイレ、更衣室の前、自販機の前などで原告を待ち伏せて、つきまとう、③原告に通勤時間、出社時刻、退社時刻等についてしつこく質問したり、出勤簿を見せろなどと言う、④原告に一緒に帰ろう、飲みに行こう、行きつけの店を教えろ、今度連れて行けなどと言う、⑤勤務時間中に原告の側に寄っていって身体をすり寄せる、⑥会議室で原告の隣の席に座ろうとする、といった言動をするようになった。
また、Eは、原告に対し、次のような言動もした。すなわち、①平成17年5月ころ、Eは、インターネットで本を買う際、買い方がよく分からず原告に手伝ってもらったが、その後届いた本の冊数が不足しているとして、大声で原告を非難した。また、その後、原告をまるで部下のように使うことが多くなった(なお、この点については、DがF研究員に注意をさせた。)。②原告の席の後ろに用もないのに立っていたり、自席に座っている原告に身体をぶつけながら通った。③平成16年11月ころ、Eは、子供の七五三の話をし、写真を見せたことに関し、原告に不愉快な思いをさせたとして、謝罪を繰り返した。④平成17年6月以降、Eは、家族で沖縄旅行に行くという話をし、その際、原告に対し、「誰にも言うな。」、「ばれたらあんたのせいだ。」等と何度も念を押した。
(証拠<省略>)
(4) 原告は、平成17年8月18日、Bに対し、Eからセクシャルハラスメントを受けており、大変迷惑している、派遣先企業の責任者には報告済みであるとの連絡をし、そのころ、g委員会事務局にも、セクシャルハラスメントの被害を受けている旨の投書をした。
Bは、同月19日、事実確認のため、原告から事情を聴取した。その内容は、Eが、トイレなどで待ち伏せをする、フライベートについてしつこく質問する、帰宅時や通勤時につきまとうというものであった。Bは、同月23日、Dと面談をして、適切な対応を求めた。
また、上記投書を回収したg委員会事務局も、b社に対して、しかるべき対応をとるよう要請した。
Dは、Eから事情聴取をした上、口頭で注意し、同月26日、部内の従業員全員に状況説明を行うとともに、原告の席をEの席から離す配席替えの措置をとった。
同月29日、b社東京本社の総務部長であるGが、H課長代行(以下「H」という。)とともにEと面談し、改めて事実関係を確認した。そして、Eに対し、今後原告への接触を禁止する指導をし、再度、原告の心情を害する行為をしたときは、g委員会で議題として取り上げることにもなるとして、厳重に注意した。その上で、同年9月9日、Eとの間で、上記面談の内容を確認する確認書(証拠<省略>)を取り交わし、さらに、同年10月には、Eに命じて、事実と自己を分析した文書(証拠<省略>)を提出させた。
その間、Eが、会議等の際に、原告の隣に座ろうとし、Dらが注意してやめさせたこともあった。
Dは、同年9月30日、原告から、その後のEの言動を書き留めた手帳(証拠<省略>)を示された。Dは、これを契機に、翌10月1日、Eの自宅を訪れ、Eの妻も在席させて、Eに対し、会社で起こしたセクシャルハラスメントの事実を説明し、二度とこのような問題を起こさないこと、原告との接触は固く禁ずることを重ねて指導した。なお、手帳記載の言動の要点についても、後日、何回か行った事情聴取でEにも確認した。
b社は、セクシャルハラスメントの再発防止のためには、Eを異動させて原告から遠ざけることが適切であると考え、d事業場内にあるc社グループの関連会社に相談するなどして、Eの異動先を探し、同年10月、Eをb社の子会社であるe社に平成18年3月末日までの期限付きで応援に出すこととした。
被告は、平成17年10月2日ころ、Hから、Eを他の職場に異動する方針であるとの報告を、同月6日ころ、Dから、Eをe社に応援させることになった旨の連絡を受けた。
(証拠<省略>)
(5) 上記の経緯で、Eは、平成18年3月末日までの期限付きでe社に応援に出されたが、e社におけるEの業務態度は芳しくなく、b社は、e社からの強い要請で、Eを急きょ、同年3月1日に一時的にb社に戻さざるを得ない状況となった。
同年2月3日、Dは、原告に対し、原告が担当している業務が収束してなくなること、Eが帰ってくること、業績が悪いことを理由として、同年5月末の契約期間満了を待たず、同年3月末で被告との労働者派遣契約を中途解除する意向を示した。
原告は、同年2月4日、Bに対し、これをメールで報告し、セクシャルハラスメントの加害者が戻ってくるので派遣契約を中途解除するというのは納得できないと訴え、今後の対応を依頼した。
Bは、同月6日に原告と面談して詳細な事情を聞いた後、同月7日にHと面談し、上記の件について説明を求めた。Hは、派遣元より先に派遣労働者に対して中途解除の意向を示したことにつき申し訳ないと言い、Eについては応援に出していたe社からb社に戻したいという話があるが、原告の派遣就労の終了については、b社全体の業績が良くないため、全体のバランスを考慮した結果であると説明した。Bは、Hに対し、Eがb社に戻ることを理由として原告との労働契約を解消することは不当であるので、その対応を検討するように伝えた。
Bは、同月8日、原告に対し、メールで、Hとのやりとりの内容を伝えた。これに対し、原告は、Bに対し、メール(証拠<省略>)で、「仕事を続けるのはいやです。(中略)もう信頼関係もなにもないし、早く辞めたいので他の仕事探してください。3月末まで我慢しろとか言わないで下さいよね。よろしくお願いします。」と連絡した。
原告は、同月9日ころ、g委員会のスピークアップボックスに、中途解除という不利益取扱を受けたとして、投書をした。
(証拠<省略>)
(6) 被告は、原告に対し、次の就労先としてf社を紹介した。原告は、b社との交渉は続けることとして、とりあえず次の就労場所を確保するため、同月22日、被告から紹介されたf社を訪問し、同月27日から同社で派遣就労することを決めた。
同月24日、g委員会のI(以下「I」という。)から原告に対し、セクシャルハラスメント及び中途解除の件について話をしたいとの申出があり、同日、原告は、Iらと面談し、経緯を伝えた。Iらは、事実を調査する旨とb社が中途解除を撤回してもよいと言っていることを伝え、このままb社で就労することもできると述べた。原告は、「今までの対応を見ると、このままb社で就労することは困難である、なしくずし的に同社に復帰しても問題解決にはならない、すでに就労を決めたf社にも迷惑がかかるので、調査結果を新しい職場で待ちつつ対応を検討したい」旨を伝えた。
原告は、同月27日から、f社での就労を開始した(別紙の8欄<派遣契約期間:平成18年2月27日~同年5月31日。派遣先:c社等>)。同社における派遣労働契約の時給はb社における時給より低かったが、この差額については、被告から原告に支払われた。
(証拠<省略>)
(7) f社は、業務を縮小することになり、原告が担当している業務もなくなることから、同年3月9日、原告に対し、現在の開発事業から撤退するので同月末で辞めてほしい旨通告した。
被告では、次の派遣先を紹介すべく検討したが、原告は、Bに対し、「次の派遣先に関しては、現状では滋賀事業所以外は希望しません」とのメール(証拠<省略>)を送った。
原告は、同月末までf社で就労したが、同年4月1日からは就労場所がなくなり、自宅待機となった。
同日から同年5月末日までの賃金については、被告から、原告に対し、b社における賃金と同額の補償がなされた。
(証拠<省略>)。
(8) 同年3月10日、b社は、Eから反省文(b社の指導に基づき、Eが事実経過をまとめて、反省と謝罪の意を表明しているほか、h駅での待ち伏せはしていないこと、b社から注意指導を受けた後の廊下でのすれ違い等は故意ではなかったことを記したもの。証拠<省略>)を提出させた。
そして、b社は、Eを同年4月1日付けで、神奈川県i市にあるj部に異動(配置転換)させることを決定し、その直前に誓約書(Eがk室への異動に当たり、自己の言動に関して、無神経な発言をしない、身勝手な行動はしない、意味もなく構内を徘徊するような行為はしない旨を誓約する内容のもの。証拠<省略>)と始末書(Eが本件を総括し、反省と謝罪の意を表明する内容のもの。証拠<省略>)を提出させた。また、セクシャルハラスメント及び派遣中途解除の問題に係るb社の責任の明確化を図る趣旨であるとして、職場責任者であるDや総務部長であるGを厳重注意とし、同人らにおいて原告に謝罪をすること、b社の社長及び副社長においても、原告に謝罪をし、例月報酬を一部返納することを決定した。そして、その旨をg委員会事務局のIらを通じて、原告に通知した。
(証拠<省略>)
(9) 原告は、平成18年6月1日から再びb社で派遣就労することとなった(別紙の9欄<派遣契約期間:平成18年6月1日~同年11月30日。派遣先:b社等>)が、それに先立つ同年5月26日、b社との間で、①b社は、同年2月の労働者派遣契約の中途解除を撤回し、同年6月1日からの労働者派遣契約を、新規扱いではなく、更新扱いとする、②b社は、事件の経過その他を全従業員に周知徹底する、③b社は、セクシャルハラスメント、原告の解雇という一連の経過について責任を認め、謝罪する、④b社は、社内の人権教育その他人権問題の窓口設置など、人権問題を推進する体制を強化する、⑤b社は、原告の被ったセクシャルハラスメントにまつわる事件のアフターフォローを行う、⑥b社は、社内で二度と同種事件を引き起こさないように努めることを合意した。
b社は、同年6月14日、原告との間で、一定期間を経た後、b社内におけるセクシャルハラスメントの対応状況について、両者間で確認・フォローの場を持つことを合意し、同月15日には、滋賀事業所の部室長連絡会メンバー及びセクハラ相談員に対し、原告のセクシャルハラスメント事件の経過等、具体的には、同社での人権推進体制、人権問題の事例紹介、職場環境改善、人権問題の周知体制について説明するとともに、この説明に基づいて、各部・室長から、各部・各室内の従業員に周知徹底を図るよう指示をした。
b社では、責任者の給与の自主返上も同年6月に実施した。
その後、b社では、一部部署で原告に対するセクシャルハラスメントとも取られかねない発言があったが、b社は、これについて厳重注意を行い、その後、同年8月18日の滋賀・部室長連絡会において、セクシャルハラスメントと中途解除問題等の再周知を行い、その内容を各部で再度水平展開するよう指示をした。
そして、同月23日、原告との間で、確認・フォローの場を設け、これまでの対応について説明を行った。
原告は、その面談において、b社の責任問題は終結したと認識している旨発言したが、他方で、セクシャルハラスメントと中途解除問題等について、周知が徹底されていないので、周知方法を再検討してほしいと要望を述べた。
そこで、b社は、周知方法を再検討することを約束し、同月31日、今後の人権問題に関する周知方法についての見解を示すとともに、セクシャルハラスメントと中途解除問題等について、全員に浸透しているかが課題として残っていることを自覚して、セクシャルハラスメントと中途解除問題等の再周知の再徹底にあたっていく旨を原告に表明した。
b社は、同年9月5日、原告と面談を行った上、派遣社員に対しても、セクシャルハラスメントと中途解除問題等について説明会を開き事例紹介を行った。具体的には、同年2月27日以降中途解除によりb社を離れていた原告が、被告からの派遣社員として、再度b社で就業することになったこと、セクシャルハラスメント事件のこと、b社として責任の所在を明確にしたこと、セクシャルハラスメントを起こした社員に対しては譴責処分が行われたこと、再び同様の間違いが起こらないように努力することを説明した。
なお、上記説明会の実施後、b社が原告と面談したところ、原告は、上記説明会につき、「内容的にも非常にきちんとした対応であり、一定の成果が見られたと認識している」として、これに一定の評価を示した。b社は、同年10月6日に滋賀事業所の従業員全員に対しても事例紹介を行うことを原告に伝えた。
その後、原告からb社に対し、派遣社員の一部に原告に対する興味本位の発言があったので、滋賀事業所の従業員全員に対しての説明は、問題の本質をきちんととらえられるものであるようにしてほしいとの要請があった。そこで、b社は、同年10月6日の説明会で滋賀事業所の従業員全員に対して行う事例紹介の内容を、その要望に沿った内容に修正した。
このような中で、Eが同年9月末日、自己都合により退職することとなった。b社は、その際、Eから、今後一切原告に対してつきまとい行為をしないことを誓約する旨の確認書を取り付けた。
(証拠<省略>)
(10) Eの退職後、原告からb社に対し、人に後をつけられた、自宅のドアが何者かに外から蹴られる、新聞受けにごみが投げ入れられるとの訴えがなされた。そこで、b社は、原告に防犯ベルを貸与し、Dも原告に対し、無言電話を受けた際には無視して構わないと伝えた。
b社は、前記の取組みのほか、①滋賀事業所における労働者派遣契約の締結部署を総務課に一元化する、②原告b社の中に人権推進委員会を設置し、毎月開催する、③各地区に人権推進リーダーとセクハラ相談員を設置し、その氏名の全従業員への周知に努めるといった取組みをした。
原告が二次被害を受けたとする点について、原告は、行為者の具体的氏名を明らかにせず、b社が「氏名が分からないのでは対応しようがない。」と述べたのに対し、原告は、「それでもいいです。」と答えた。そのため、b社は、それ以上個別の行為についての対応は控えた。
(証拠<省略>)
(11) 原告との派遣労働契約及びこれに係る労働者派遣契約は、平成18年12月1日に別紙の10欄の内容<派遣契約期間:平成18年12月1日~19年5月31日。派遣先:b社等>で更新されたが、b社は、平成19年4月6日、被告に対し、原告が従事していた業務が同年5月末をめどに終了するとして、b社との労働者派遣契約について終了見込みであることを伝えた。
なお、被告は、同月24日頃、原告から、他の就業先を見つけてもらいたい旨の要望を受けたことから、2社を紹介したところ、原告はいずれも断った。
(証拠<省略>)。
2 争点1(被告の責任)について
(1) 前記1で認定した事実によれば、原告は、b社に出向して勤務していたEから、その業務時間内に就業場所において、前記1(3)記載の各言動を受けたものであるところ、これらは、原告の家庭環境等、私生活の内容にわたる質問をしたり、トイレや更衣室の前で待ち伏せをしたり、原告に体をぶつけるなど身体的接触を伴うものもあり、不快又は嫌悪の情を抱かせるものということができる。したがって、Eの上記一連の言動は、社会通念上相当として許容される限度を超え、原告の人格権を侵害するものとして、全体として違法の評価を受けるというべきである。
(2) 被告は、原告の派遣元事業主であるところ、派遣元事業主は、派遣先が派遣就業に関する法令を遵守するように、その他派遣就業が適正に行われるように、必要な措置を講ずる等適切な配慮をすべき義務を負う(労働者派遣事業法31条参照)。そこで、被告において、上記義務違反があったかについて検討する。
ア まず、原告が平成17年8月18日に被告担当者のBに対し派遣先であるb社においてEによるセクシャルハラスメント被害を受けていることを申告したことについては、原告は、Bがb社の仕事であるかのような対応に終始し、適切な対応をとらなかったと主張するが、Bにおいて、原告からの連絡を受けて、速やかに派遣先であるb社に善処の申入れをし、その結果、まもなく加害者であるEを別の部署に配置転換するという効果的な方策の実現が図られたのであり、違法な点があったと認めることはできない。
イ 原告が平成18年2月にb社から派遣労働契約の中途解約をされそうになった点については、Bにおいて、原告から事情を聴取した上、原告の新しい職場を探してもらいたいとの要請を受けて、急きょ、f社での派遣を見つけ、同月27日からそこで就労できるようにし、給与が下がることについては、その差額を被告が負担し、原告に対してはb社における就労と同額の時給の賃金が支払われたようにしたこと、原告のf社での派遣就労は、同社の業務縮小により期間途中である同年3月末をもって終了したが、原告において、次の勤務地として滋賀事業所以外は希望しなかったため、平成18年6月から滋賀事業所で勤務できるまでの期間、自宅待機としながらも、同年4月及び5月分の賃金を被告が原告に支払ったことなどの一件の経過からすると、被告において、原告からの要望に適切に対応しているということができるところであり、違法な点があったと認めることはできない。
ウ 平成18年6月1日以降のb社における就労時の二次的セクシャルハラスメント被害については、原告は被告には一切申告していないのであるから、被告において対応をとることができなかったのもやむを得ないということができる。被告において、原告からの申出がないにもかかわらず、積極的に何らかの行動をすべき義務があったと解することはできない。
エ 本件雇止めについては、原告は、本件雇止めが無効なものであって、セクシャルハラスメントを契機としたものであり、セクシャルハラスメントの延長ともいえる出来事であると主張する。しかし、本件雇止めは、原告が担当する業務の収束によるものであって、被害救済や職場環境の改善を訴え続けた原告に対する報復とみることは困難であり、本件雇止めが違法な行為であると認めることはできない。
オ その他本件全証拠を検討しても、被告の対応に違法な点があったと認めることはできない。
3 結論
以上のとおり、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 大島眞一)