京都地方裁判所 平成22年(ワ)386号 判決 2010年10月14日
原告
X
被告
Y
主文
一 被告は、原告に対し、七八一万五九五一円及びうち七一一万五九五一円に対する平成一八年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一一七七万七〇九五円及びうち一〇七七万七〇九五円に対する平成一八年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告が乗車する停車中の普通乗用自動車の前方の道路上に立っていた原告に、被告が上記車両を発進させて衝突させた交通事故(以下「本件交通事故」という。)につき、原告が、被告に対して、民法七〇九条に基づき損害賠償金一一七七万七〇九五円及びうち弁護士費用を除いた損害額一〇七七万七〇九五円に対する上記事故日である平成一八年三月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等(末尾に証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。特に断らない限り、証拠番号には枝番を含む。)
(1) 本件事故の発生
ア 発生日時 平成一八年三月二一日午前〇時四五分ころ
イ 発生場所 大阪府豊中市豊南町東四丁目一番三七号先路上(以下、「本件事故現場」といい、本件事故現場のある市道神崎刀根山線を「本件道路」という。)
ウ 事故態様 原告に被告が運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が衝突した。
(2) 原告の受傷及び後遺障害
原告は、本件事故により、右肺挫傷、右血気胸、右第六肋骨骨折、顔面多発挫創、右肘打撲の傷害を負い、右頬部、右白唇部の線状痕、オトガイ部の瘢痕が残存し、政府の自動車損害賠償保障事業に対する損害の填補請求手続において、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級一二級一四号(以下、後遺障害別等級のみを記載する。)「男子の外貌に著しい醜状を残すもの」に該当するとの後遺障害等級認定を受けた。(甲二、六)
(3) 本件事故後の通院状況
ア 原告は、本件事故後、大阪府済生会千里病院(以下「済生会千里病院」という。)に緊急搬送され、平成一八年三月二一日から同月二六日まで入院し、同月二七日から平成一九年六月二一日まで、済生会京都府病院(以下「京都府病院」という。)に通院した(通院実日数五日)。(甲二、三)
イ また、原告は、平成一八年四月二五日から平成一九年六月二〇日まで、顔面瘢痕の傷病により、京都桂病院に通院した(通院実日数四日)。(甲四)
(4) 原告の受けた給付
原告は、本件事故に関し、入通院費として労働基準監督署から四七万七六五五円の療養補償給付を受け、請求外の治療費に填補されたほか、障害補償給付一七八万一〇五二円の給付を受けた。
また、原告は、政府の自動車損害賠償保障事業に対する損害の填補請求を行い、傷害に関する損害として三五万二一九五円、後遺障害に関する損害として四五万八九四八円、合計八一万一一四三円を受領した。(費目につき、甲六、一二)
二 争点
(1) 事故態様、責任原因、過失相殺
(原告の主張)
本件事故の前、原告の乗車する普通貨物自動車(以下「原告車」という。)は、ハザードランプを点滅させて本件道路上の別紙現場見取図(以下「別紙図面」という。)①のfile_3.jpg地点に停車していたところ、後方から被告車が被告車左前角付近を原告車右後角付近に接触、衝突させた(以下「先行物損事故」という。)。ところが、被告は、そのまま被告車に乗ったまま逃走したため、原告は原告車を運転して被告車を追跡した。原告は、本件事故現場付近で被告車を発見し、被告車が停車したことから、被告車の進路前方に原告車を停車させた。原告は、降車して原告車の運転席側側面(西側)を通って停車中の被告車へ歩み寄り、被告に対し被告車から降車するよう手招きをしたところ、被告は、被告車を急発進させ、佇立していた原告をはねとばして逃走した。
被告には、佇立中の原告に衝突等しないよう安全な方法で発進走行すべき注意義務があるのにこれを怠ったといえるから、被告は民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
(被告の主張)
被告は、本件事故に先立ち、本件道路の北行車線から転回して南行車線に出た際に、別紙図面①のfile_4.jpg地点にいるトラックを認め、少し腹が立ったので前進して後方からトラックに衝突させるという事故を起こしたものであるが、被告が追突した上記トラックは原告車とは異なる車両である。被告は、上記物損事故後、上記トラックから逃げるため、本件道路を本件現場南側から時速約八〇kmで南進して逃走し、被告が本件事故現場手前に差し掛かったところ、対向車線上で、原告が対向車線の西側から道路中央線に向かって(被告から見て右から左に)徐々にゆっくり歩いているのを認め、被告が別紙図面②の衝突地点であるfile_5.jpg地点の約一〇m手前に差し掛かったとき、原告が中央線の手前で止まったのを認めた。そこで、被告はそのまま進行しようとすると、それまで止まっていた原告が、突然、中央線を越えて被告の車線上に飛び出し、被告の進行を止めるように両手を広げたため、避けることができず、被告車が原告に衝突した。
原告は、走行中の被告車の前に飛び出したのであるから、相当な過失相殺がなされるべきである。
(2) 損害額
(原告の主張)
別紙損害表「原告の主張」欄記載のとおりである。
(被告の主張)
別紙損害表「被告の主張」欄記載のとおりである。
第三当裁判所の判断
一 事故態様、責任原因、過失相殺(争点(1))について
(1) 前記の争いのない事実等、証拠(甲一、一〇、一三、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故につき、以下の事実が認められる。
ア 本件事故現場及び先行物損事故の現場は、市街地にある車歩道の区別のある、南北に走る市道神崎刀根山線(本件道路)の南行車線上にある。上記現場の状況は別紙図面①及び②のとおりであり、最高速度は時速四〇kmに規制されている。なお、先行物損事故現場は、本件事故現場よりも約六四〇・五m手前(北側)にある。
原告は、株式会社aのトラック乗務員として勤務しており、原告車に冷凍食品等を積載して本件道路を南進し、時間調整のため、先行物損事故現場付近の別紙図面file_6.jpg地点で、ハザードランプを点滅させて歩道の縁石に寄せて停車していた。一方、被告車は、原告車を認め腹を立てて、原告車に後方から追突し、原告車の右後部と被告車の左前部が衝突した。原告は、原告車から降りて話合いをしようと、後方の被告車の方に向かい、被告に降車するよう促したが、被告車は後退をして、少し右に進路をとり、中央ゼブラ帯を通って、南へ向けて逃走した。
そこで、原告は、原告車に戻り、被告車を追って本件道路を南進した。原告は、先行物損事故現場から五五〇mほど南進した大阪府豊中市豊南町東四丁目交差点の手前で、停止線で信号待ちの車両に後続して停車した被告車を認め、被告車の後ろでクラクションを鳴らしたが、信号が青に変わったことから、被告車は上記交差点を通り過ぎて、約七〇mほど南進し、別紙図面②の⑥地点に停車した。原告は、停車した被告車を追い越して、被告車の南側で左側の外側線のあたりに原告車を停車させた。その後、原告は、先行物損事故について話合いをしようと右側の運転席から降車して原告車の西側を通って後方へいき、原告車後部横あたりで立ち止まって、後方の被告車中の被告に対し、手を上から下へ振って手招きをして降車を促したところ、被告車は上記停車位置から右に進路をとって発進し、本件道路上の別紙図面②のfile_7.jpg地点あたりに立っていた原告に衝突させた。被告は、本件事故により被告車のフロントガラスが割れる等して原告に傷害を負わせたことは認識したが、中央のゼブラ帯を通って南進し、本件事故現場から走り去って行った。
イ この点、被告は、先行する物損事故は、原告車との間で起こったものではなく、別車両、別人との間で起こった事故である旨主張し、トラック後部の左ないし中央部が被告車の左角と衝突したのであって、原告車の損傷箇所と整合しない旨供述する。しかし、被告自身、平成一八年三月二五日に行われた実況見分の際、被告車の左前部と物損事故の相手車の右後部が衝突した旨の指示説明をしており(甲一〇・七三頁)、同月二三日に行われた原告車と被告車の損傷部位等に関する実況見分時に、原告車の右後部の擦過等の説明を聞いた際、物損事故の相手方の損傷箇所が異なる旨の説明をしていないこと(甲一〇・六四頁)、被告車の前部ボンネットの左前部、左側端に認められる凹損擦過、左前部バンパー上部の打突跡、車幅灯の脱落、左前部バンパーの打突擦過跡などと、原告の右後部荷台下端、サイドバンパーの擦過痕の高さがよく合致し(甲一〇・二三頁ないし六六頁)、原告車と被告車の衝突箇所の突き合わせ捜査の結果とも整合すること(甲一〇・一一一ないし一八五頁)、原告が主張、供述する先行物損事故の停車位置、衝突地点は被告の供述とも合致しており、被告が惹起した物損事故が先行物損事故とは別の事故であるとは考えがたいことなどに照らすと、先行物損事故は、原告車と被告車の間で起こったものと認められ、被告の上記主張は採用できない。また、被告は、時速約八〇kmで先行物損事故現場から逃走しており、原告に追いつかれた事実はない旨供述するが、原告が先行物損事故後に被告車を追尾していたことや、時速八〇kmで走行中に歩行者と衝突していた場合には原告の受傷の程度は上記程度には留まらず、仮に、上記速度から多少の減速をしていた場合であっても同様であることから、上記供述もにわかに信用できない。
また、被告は、本件事故現場に差し掛かった際、対向車線上にいる原告が中央線に向けて、被告から見て右から左へ歩行しているのを認めたが、中央線あたりで止まったために、そのまま停止しているものと考えて進行していたところ、被告車が本件事故現場一〇m手前にさしかかった時、突然原告が中央線を越えて被告車の進行を止めるように両手を広げて飛び出したため、原告に衝突した旨主張し、これに沿う供述をする。しかし、被告は、平成一八年三月二五日に行われた実況見分において、歩行者が停止車両の後ろ(被告から見れば手前)を被告から見て左から右に出てきた旨指示説明しており(甲一〇・七五頁)、上記の主張及び供述はこれと矛盾するものとなっている。また、時速八〇kmまたはそこからやや減速した相当高速で進行する被告車の前に、歩行者が両手を広げて進行を止めるように立ちはだかるというのは自殺行為ともいうべきものであって、通常考えがたい事態であること、被告は、実況見分時に「相手はウ地点から出てきた。その前後は知らない。」(甲一〇・七五頁)と述べたり、原告車と被告車の損傷部位等の実況見分の立会いの際には、被告車の右前部ガラスの破損、血痕の付着を見ると「これ何でんね。わし、知らん。何も見らへん。知らん。」と述べるなど、責任回避的発言をしていたが、その際にも、歩行者が両手を広げて被告車を停止させるように飛び出してきた旨の説明をしていなかったことに照らすと、被告の上記供述部分は到底信用することができず、上記主張は採用できない。
また、原告は、本人尋問において、本件事故現場で原告車から降車した後、被告車との距離が三m程度になるまで近づいたところ、被告車が急発進した旨主張するが、平成一八年三月二八日に行われた実況見分において、現場で被告車及び原告車の停車地点、衝突地点を指示説明し、その指示説明地点の距離を計測した結果、被告車の停車地点と衝突地点は九・三mの距離であったこと、衝突時にできた被告車のフロントガラスの損傷状況からして、被告車が発進加速した後に衝突したものと推認できることなどからすれば、原告が被告車の三mの距離まで近づいたとの上記供述はただちに信用できず、九m程度の距離は空いていたものと認めるのが相当である。
(2) 上記に認定した事実関係からすれば、被告は、停車した被告車の進路右前方に原告の存在を認めたのであるから、原告に衝突させることのないよう、十分に注意して発進加速させるべき義務があるのに、これを怠り、漫然と被告車を発進加速させて原告に衝突させたものであるから、被告には民法七〇九条の過失が認められる。他方、原告が本件道路上を夜間に徒歩で進行した行為は、危険な行為ではあるものの、上記の認定事実のとおり、原告がこのような行為に及んだ原因は、被告が先行物損事故で当て逃げをしたことから、その話合いをするためであり、その原因に被告の先行行為が関与していることや、本件の事故態様、上記の被告の過失の大きさに鑑みれば、過失相殺をするのは相当でない。
二 損害額(争点(2))について
(1) 原告に生じた損害総額(弁護士費用を除く)
ア 入院雑費 九〇〇〇円
前記争いのない事実等のとおり、原告は、本件事故により、済生会千里病院に六日間入院した事実が認められるところ、入院一日あたり一五〇〇円の雑費を要するものと認められるから、下記計算により、九〇〇〇円となる。
計算:1500円×6日=9000円
イ 通院交通費 一一七六円
甲七及び弁論の全趣旨によれば、自家用車利用に伴う通院交通費は、京都府病院まで片道約一・六km×二(往復)×一kmあたり一五円(ガソリン代等)×五日間=二四〇円、京都桂病院まで片道約七・八km×二(往復)×一kmあたり一五円×四日間=九三六円と認められ、通院交通費は、一一七六円が相当である。
ウ 休業損害 六一万六九一八円
原告は、本件事故により、右肺挫傷、右血気胸、右第六肋骨骨折、顔面多発挫創、右肘打撲の傷害を負い、平成一八年三月二一日から同年五月一四日まで五五日間の欠勤を余儀なくされたことが認められる(甲八)。原告の事故前三か月の所得は一〇〇万九五〇三円であるから、下記の計算により、原告の休業損害は、六一万六九一八円とするのが相当である。
計算式:100万9503円÷90日間×55日間=61万6918円(1円未満切り捨て)
エ 傷害慰謝料 一三〇万円
前記の事故態様、前記争いのない事実等(3)の受傷内容、程度、入通院期間等からすれば、傷害慰謝料として、一三〇万円と認めるのが相当である。
オ 後遺障害慰謝料 六〇〇万円
証拠(甲五、六、一三、一四、原告本人)によれば、①右頬部に長さ一一cm、最大幅二cmの瘢痕、②白唇部に長さ一cm、最大幅五mmの瘢痕、③オトガイ部に長さ二cmと一cmのL字型、最大幅三mmの瘢痕があるとの診断を受け、政府の自動車損害賠償保障事業における損害填補請求手続において、右頬部と右白唇部の線状痕及びオトガイ部の瘢痕について、「男子の外貌に著しい醜状を残すもの」とし、顔面の傷が痛む等の訴えも含めて一二級に該当するとの後遺障害の認定を受けたこと、平成二二年八月時点においては、上記の痛みは軽減したものの、瘢痕が残存していることが認められる。そして、上記証拠によれば、原告は、症状固定時四五歳の男性で、遅くとも平成一七年ころからは現在の職場である株式会社aにおいてトラック運転手として稼働していたところ、配達先に品物を運ぶ際に上記の後遺障害が心理的負担となっていることや、原告は定年時である六〇歳まで上記の職場で稼働する意向であるが、仮に転職せざるを得ない事態に陥った場合や退職後の就職の際には、上記後遺障害の存在により不利益を受ける可能性や現職場においても営業部門に配置転換されるおそれが認められる。そうすると、現時点で具体的な減収はないものの、抽象的な将来の減収の可能性があるなど、相当な精神的苦痛を被っているといえるから、上記の後遺障害の内容、程度、上記の事情のほか、本件事故がいわゆるひき逃げであることなど、一切の事情を考慮し、原告の慰謝料を六〇〇万円を相当と認める。
カ 上記損害総額 七九二万七〇九四円
(2) 損益相殺
ア 原告が受領した金員のうち、労災保険の障害補償給付として受領した一七八万一〇五二円は、後遺障害逸失利益を填補するものであり、後遺障害慰謝料を填補するものではないから、原告の損害に対する填補金には当たらない。なお、原告が受領した既払金のうち労災保険の療養補償給付として受領した四七万七六五五円は、原告の請求していない治療費部分に填補されている。
イ また、原告が政府の自動車損害補償事業から受領した合計八一万一一四三円は、上記(1)カの損害金に填補される。
ウ そうすると、損益相殺後の損害額は、七一一万五九五一円となる。
(3) 弁護士費用 七〇万円
本件の損害額及び事案に鑑み、七〇万円を相当な弁護士費用として認める。
(4) 損害総額 七八一万五九五一円
上記(3)及び(4)の合計額は、上記金額となる。
第四結論
よって、原告の請求は、被告に対し、七八一万五九五一円及びうち七一一万五九五一円に対する不法行為日である平成一八年三月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 中武由紀)