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京都地方裁判所 平成22年(ワ)4285号 判決 2011年12月13日

本訴原告・反訴被告

X(以下原告)

本訴被告・反訴原告

Y(以下被告)

主文

一  被告は、原告に対し、三七七万三七九四円及びこれに対する平成一七年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告は、被告に対し、九万三四八一円及びこれに対する平成一七年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の本訴請求及び被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴・反訴を通じてこれを五分し、その二を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

五  この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

(本訴)

一  被告は、原告に対し、九一八万二八二三円及びこれに対する平成一七年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  仮執行宣言

(被告は、担保を条件とする仮執行免脱宣言を求めた。)

(反訴)

一  原告は、被告に対し、二六万七〇九〇円及びこれに対する平成一七年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、右折中の被告運転の車両とその後方から同方向に進行してきた原告運転の自動二輪車が衝突した交通事故に関し、原告が、被告に対し、民法七〇九条又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条に基づき、人身損害及び物的損害の賠償(一部請求)を求め(本訴)、被告が、原告に対し、民法七〇九条に基づき、物的損害の賠償を求める(反訴)事案である(遅延損害金の起算日は、本訴、反訴とも事故の日)。

一  争いのない事実及び容易に認定できる事実(後記(1)、(2)、②、(5)、(6)は争いがない。)

(1)  交通事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

① 日時 平成一七年七月一八日午後〇時四六分ころ

② 場所 京都市伏見区石田森東町五六番地の一先市道上(以下「本件事故現場」という。)

③ 関係車両 ア 原告運転の普通自動二輪車(ナンバー<省略>)(以下「原告二輪車」という。)

イ 被告運転の普通乗用自動車(ナンバー<省略>)(以下「被告車」という。)

④ 態様 右折中の被告車とその後方から同方向に進行してきた原告二輪車が衝突した。

(2)  原告の受傷及び入通院経過

① 原告は、昭和四四年○月○日生まれである(甲一)。

② 原告は、本件事故により負傷し、左大腿部皮下血腫・擦過傷、左膝打撲、右肘打撲、左足打撲、左大腿皮膚壊死、脳内出血(外傷性)の疑い、左肩・左上腕打撲、蜂窩織炎の疑い、左半月板損傷の疑い、頸部痛及び左大腿壊疽と診断され、次のとおり医療法人武田総合病院(以下「武田総合病院」という。)で入通院治療を受けた。

平成一七年七月一八日ないし同年八月一七日通院(実通院日数二三日)

同年八月一八日ないし同年一〇月一四日(五八日間)入院

同年一〇月一五日ないし平成一九年四月二日通院(実通院日数一二日)

(3)  後遺障害認定

損害保険料率算出機構は、平成二二年七月六日、「原告の左大腿部皮下血腫等後の左大腿内側部の瘢痕は、「下肢の露出面に手のひらの大きさの醜いあとを残すもの」と認められるから、自動車損害賠償保障法施行令別表第二(以下、単に「別表第二」という。)の一四級五号に該当する。同部つっぱり感、大腿患部から内側下腿に至るしびれ、感覚障害、疼痛(患部)、階段昇降や長時間立位での疼痛、正座でのつっぱり感、膝の曲げづらさ、植皮部の過敏症状等は、上記障害と通常派生する関係にある障害と捉えられるから、上記等級に含めての評価となる。左下腹の採皮部線状瘢痕は、認定基準上、自賠責保険における後遺障害には該当しない。」旨判断した(甲一三)。

(4)  車両等の所有関係

本件事故当時、原告は、原告二輪車を所有し(原告本人、弁論の全趣旨)、被告は、被告車を所有していた(弁論の全趣旨)。

(5)  原告二輪車の購入等

原告二輪車は、平成六年一月初度登録のヤマハTT二五〇四GYであり、原告は、これを平成一七年二月又は三月ころ、代金一五万円で買い受けた(その際、原告がエンジンのオーバーホールと補修をし、その費用及び部品代一九万円を支出したか否かは争いがある。)。原告二輪車の走行距離は、一万七七八一キロメートルである。

(6)  原告二輪車の損傷

原告二輪車は、本件事故により全損となった。

(7)  消滅時効の援用

原告は、本件訴訟において、被告の反訴請求権の消滅時効を援用した(記録上明らか)。

二  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  原・被告の責任原因(本訴・反訴請求原因、自賠法三条に基づく本訴請求に対する抗弁)及び過失割合(本訴・反訴抗弁)

① 原告の主張

ア 原告は、本件事故当時、原告二輪車を運転して本件事故現場付近の市道を南東から北西に向かって走行していたところ、先行する被告車とその後続車(以下「本件後続車」という。)との間に十分なスペースがあったことから、本件後続車を右から追い越して同後続車と被告事車との間に入った。この時点で、本件事故現場から約三〇メートル先の外環状線石田森交差点(以下「石田森交差点」という。)の対面信号機は青色表示に変わっており、被告車も動き出していた。原告は、石田森交差点を右折予定であったが、被告車も右折ウインカーを出していたので被告車も石田森交差点で右折するものと考え、被告車に続いて右折するつもりで被告車と同程度まで速度を減速し、中央線付近に寄っていた。原告が本件後続車と被告車との間に入ったすぐ後に、被告車が急に右折を開始したため原告は驚き、被告車を避けようとして咄嵯にハンドルを右に転把したが、衝突を回避できず、対向車線で原告二輪車と被告車の右前部が衝突した。

イ(ア) 被告は、本件事故当時、被告車の運行供用者であった。

(イ) 被告は、進路変更をするに当たり、後続車両の動静に注意し、その進行を妨げないよう注意すべき義務があるのに、被告は、これを怠り、後続車の安全確認不十分のまま右折を開始した過失により、本件事故を発生させた。被告は、後方確認を全くしないまま右折を開始したものであり、その過失は大きい。

ウ 後記被告の主張に対する反論は、次のとおりである。

(ア) 原告は、被告車を追い越そうとしたことはない。

被告車の前方には石田森交差点まで車両が連なっていたため原告二輪車が入るスペースはなく、仮に原告が被告車を追い越そうとすると石田森交差点まで約三〇メートルを対向車線を逆走しなければならなかった。しかし、石田森交差点の対面信号機の表示は既に青色に変わり被告車を含めた先行車が動き始めており、原告は、他の車両の流れに沿って走行すれば、間もなく石田森交差点に到達できたのであるから、対向車線を約三〇メートルも逆走する危険を冒してまで石田森交差点までの到達を急ぐことはあり得ない。

衝突地点は対向車線内であったが、これは、上記のとおり、原告が、突然右折を開始した被告車との衝突を回避するためハンドルを右に転把したからである。

(イ) 原告は、本件事故後、現場で、「内側をすり抜けて右折しようと考え、対向車線を進行した。」と説明した事実はない。被告車の内側をすり抜けて右折しようと考えたこともない。

石田森交差点を右折した先の道路は片側一車線で、石田森交差点北西から進行して左折進入する車両との合流も予想され、原告が、右折車両の内側をすり抜けて右折することは極めて危険であり、原告は、このような道路状況を熟知し、しかも、間もなく石田森交差点に到達できたから、上記の危険を冒す必要はなかった。

② 被告の主張

ア 本件事故は、被告車が、本件事故現場北東側の和食レストラン「○○」の駐車場に入ろうとした際、被告車のすぐ後ろを走行していた原告二輪車が被告車の右折指示機を交差点での右折の合図と誤信し、黄色実線表示の中央線を超えて対向車線上にはみ出して被告車を右から追い抜こうとしたため、右折開始直後の被告車に原告二輪車が衝突したものである。

イ(ア) 本件事故の発生について、原告には、対向車線にはみ出して追い抜きを行った過失及び上記「○○」の駐車場の存在を知りながら、被告車の右折指示機を交差点での右折合図と軽信した過失がある。

(イ) 被告は、事前に右折指示機を出し、右折に際して急ブレーキを踏んだこともない。対向車線をはみ出して右後方から追い抜いてくる原告車の存在を予見し、衝突を回避することを被告に要求するのは余りに酷である。したがって、本件事故の発生につき被告には過失はない。

(ウ) 被告車には、構造上の欠陥又は機能上の障害もなかった。

ウ 被告車を追い越そうとしたことはないとの原告の主張に対する反論は、次のとおりである。

(ア)a 原告は、本件事故前、先行車を左右から追い越して前に出ることを繰り返していた。本件事故現場付近の道路の幅員からして、原告が先行車を右から追い抜く場合、対向車線上にはみ出していた。

b 本件事故直前、対面信号機の表示が青色に変わったが、石田森交差点の北東側及び北西側には対向車は一台も来ておらず、原告が、対向車線にはみ出して被告車を追い抜くことは容易であった。

c 原告車が被告車の後方を走行していただけなら、被告車の右折に気付ければ、通常、減速するか左にハンドルを切るはずである。仮に、右にハンドルを切ったとしても、被告車と接近していたなら原告二輪車は被告車の後部に衝突するのが自然であり、右にハンドルを切った上、対向車線上で被告車の右側面前部フェンダー部分に衝突したという事故状況は、被告車の後方を走行していたという原告の主張と整合しない。衝突形態からすれば、衝突直前、原告二輪車は、被告事車を追い越そうと対向車線にはみ出していたと考えるのが相当である。

d 衝突地点は、石田森交差点から数一〇メートル手前であるから、原告が、そのような位置で敢えて中央線に寄る必要性はない。本件後続車を追越して同後続車と被告車との間に入り、中央線付近まで寄ったとの原告の主張は事実ではない。

e 本件事故後、原告は、被告に対し、被告車が石田森交差点で右折するものだと思い、その内側をすり抜けて右折しようと考え、対向車線を逆走したところ、被告車か右に曲がり出したので更にその右側を通過しようとしたが接触してしまった旨説明した。

(イ) 上記aないしeに照らすと、原告は、右後方から対向車線にはみ出して被告車を追い越そうとしていたと考えるほかない。

エ 仮に、原告が被告車を追い越そうとしていなかったとしても、被告は、右折するに当たり急制動等しておらず、原告が、被告車との間に安全な車間距離を保ち、被告車の右折指示機の意味を誤信せず、被告車の動静に十分注意していれば、本件事故を回避できた。この場合、本件事故は追突事故に類似することになり、事故原因は、原告の車間距離不足、前方不注視に尽きる。前記ア、(イ)のとおり被告はなすべきことをしており、したがって、被告車を追い抜こうとしていなかったとの原告の主張を前提としても、本件事故は、原告の一方的過失によるものであり、被告は無過失である。

(2)  原告の損害(本訴請求原因)

① 治療費・薬剤費

【被告の主張】 合計一七三万二八〇五円

【原告の主張】

金額は不知。

② 休業損害

【原告の主張】

ア 原告は、本件事故当時、株式会社aで稼動していたが、同事故の日である平成一七年七月一九日から同年九月三〇日までの間、四三日の休業と四日の年次有給休暇の取得を余儀なくされた。

本件事故前三か月間の原告の給与日額(実労働日数に基づく計算)は、一万〇九九三円であるから、上記期間の休業損害は五一万六六七一円となる。

イ 原告と上記会社との間の雇用契約は平成一七年九月三〇日が期間満了で更新が予定されていたところ、更新直前に本件事故のため入通院を余儀なくされたため契約の更新を受けられず、失職し、平成一八年二月二〇日に再就職するまでの間、無職無収入であった。

本件事故前三か月間の原告の平均給与月額は一八万六八八一円であるから、上記無職の期間(四か月と一九日)の休業損害は八六万九九六三円である。

ウ 原告は、平成一八年二月二〇日に再就職したが、この再就職は同月二四日までのものであり、その後、平成一九年五月一五日までの症状固定までの間、平成一八年三月二五日ないし同年六月一三日(二か月と二〇日)の間及び平成一九年四月一日ないし同年五月六日(一か月と六日)の間、無職であった。上記各期間の体業損害の合計は、基礎収入を一か月一八万六八八一円として計算すると、七二万一四〇〇円である。

【被告の認否】

争う。

③ 入通院慰謝料

【原告の主張】

入通院期間が長期に及ぶこと、手術を二度にわたり受けていること、移植手術後、皮膚の定着をはかるためほとんど寝たきりで安静を保たなければならず、また、ガーゼ交換を自己処置で行わなければならないときに、大きな肉がむき出しになった惨い傷に直面させられたことなどを考慮すれば、入通院慰謝料は二〇〇万円を下らない。

【被告の主張】

原告は、平成一八年一月以降、ほとんど通院していない。原告主張の入通院慰謝料は過大である。

④ 逸失利益

【原告の主張】

原告は、本件事故が原因で、左大腿部内側に縦一〇・五センチメートル、横一〇センチメートルの瘢痕が残り、これらについて平成一九年四月二日、症状固定と診断され、前記第二、一、(3)のとおり、別表第二の一四級五号に該当するものと認定された(原告には他にも後遺障害が残存する。)。上記下肢の醜状は、スカートをはくと外部から容易に視認可能な箇所にあり、また、衣類が接触すると疼痛を感じることがあるためズボンをはくにも配慮が必要である。そのため、制服の指定される職場への就職には支障がある。疼痛、しびれ、感覚障害等も残っている。これらの事情を考慮すれば、原告の後遺障害による逸失利益は、症状固定後六七歳までの三〇年間、五パーセントを下らない。賃金センサス(平成一九年女子学歴計)三四六万八八〇〇円を基礎収入として計算すると、二六六万六一八九円となる。

仮に、逸失利益が認められない場合は、後遺症慰謝料が増額されるべきである。

【被告の主張】

制服の指定される職場は僅少であり、原告の就職が現実に制限されているわけではない。

⑤ 後遺症慰謝料

【原告の主張】

後遺症の程度、原告が本件事故当時三五歳の未婚の女性で、身だしなみにも気を遣っていたが、醜状が残ったことについて強い精神的苦痛を感じていることなどに照らせば、後遺症慰謝料の額は二〇〇万円を下らない。

【被告の主張】

性差を過大に評価することは妥当ではなく、原告の慰謝料は、別表第二の一四級該当の後遺障害に対する一般的慰謝料を超えるものではない。

⑥ 物損

【原告の主張】

本件は、平成一七年二月ころ、原告二輪車を三四万円で購入した。

上記代金の内訳は、本体価格は一五万円、エンジンのオーバーホールと補修の費用、部品代が一九万円である。

上記の点からすると、本件事故により原告二輪車が全損となったことによる損害は、三四万円を下回らない。

【被告の主張】

原告は、平成一七年三月ころ、原告二輪車を友人から一五万円で譲り受けたものであり、その時価は一五万円である。

仮に、原告が、原告二輪車をオーバーホール、補修の費用を加え三、四万円で購入したとしても、原告二輪車と同車種のヤマハTT二五〇Rの旧年式車で、かつ走行距離が一万キロメートルを超えるものの平均価格は一九万五〇〇〇円であるから、原告二輪車の時価額は一九万五〇〇〇円を超えない。

⑦ 弁護士費用

【原告の主張】

八三万円が本件事故と相当因果関係のある弁護士費用に係る損害である。

【被告の認否】

争う。

(3)  損害てん補(本訴抗弁)

① 被告の主張

被告は、原告に対し、治療費・薬剤費合計一七三万二八〇五円を支払った(支払方法は各医療機関、薬局に直接送金)。

② 原告の認否

被告が、医療機関、薬局に直接送金により治療費、薬剤費を支払ったことは認めるが、その支払金額は不知。

(4)  被告の損害(反訴請求原因)

① 修理費

【被告の主張】

本件事故により、被告車は前部等が損傷し、被告は、その修理費二三万七〇九〇円の損害を被った。

【原告の認否】

争う。

② 弁護士費用

【被告の主張】

三万円が相当である。

【原告の認否】

争う。

(5)  消滅時効の成否等(反訴再抗弁)

① 被告の主張

本件事故後、原・被告双方が締結していた任意保険の保険会社間で示談交渉がなされ、その後、原告と被告代理人弁護士間、原告代理人弁護士と被告代理人弁護士間でなされた原告の本訴提起時までの示談交渉において、互いに過失があり、相手方に対して損害賠償債務を負っているが、過失割合が決まらず各債務の具体的額が確定しないことを双方が認識し、かつ、物的損害と人身損害についての示談交渉を一括して行うとの合意のもとに、症状固定、等級認定に向けての手続が継続していたことからすると、少なくとも、原告代理人弁護士と被告代理人弁護士間の交渉が不調となった平成二二年一〇月一四日までは反訴請求権の消滅時効は進行を開始しないと解するのが相当である。

また、原告が本訴を提起したことから、被告も遅滞なく反訴を提起しており、これらの一連の事情からして、原告が反訴請求権の消滅時効を援用するのは信義則に反する。

② 原告の認否

争う。

第三当裁判所の判断

一  原・被告の責任原因及び過失割合

(1)①  前記第二、一、(1)の事実、甲二号証、一七号証、乙五、六号証、一七号証、原告本人及び被告本人の各尋問結果によれば、次の事実が認められる。

ア 本件事故現場付近の状況は、別紙「現場の見分状況書」写しの見取図部分記載のとおりである。

本件事故現場は、北西から南東に通ずる歩車道の区別のある片側一車線の直線道路(市道)である。車線の幅員は、北西に向かう車線(以下「本件車線」という。)が約三・四メートル、南東に向かう車線が約三メートルである。本件事故の現場から約三〇メートル北西には、上記市道と外環状線が交差する石田森交差点がある。

上記市道は、最高速度が三〇キロメートル毎時に規制され、中央線が黄色実線で追越しのための右側部分はみ出し通行禁止の規制がなされている。

上記市道の南東に向かう車線に面し、飲食店「○○」の駐車場の出入口がある。

イ 被告は、本件事故当時、上記駐車場に入るため、被告車を運転して本件車線を走行し本件事故現場に接近したところ、石田森交差点の対面信号機が赤色表示で、前方に信号待ちの車両が数台停止していたので、被告は、これに続いて停止した。被告の停止位置から同駐車場出入口までは、あと車両一、二台分の距離があった。被告は、右ウインカーを出し、右折に備えて中央線に接近した位置に停止した。

その後、上記対面信号が青色表示に変わり先行車両が動き出したので、被告も自車を発進させ、若干前進した後、対向車がないこと及び上記出入口及びその付近の歩道に歩行者がいないことを確認した後、別紙「現場の見分状況書」写しの見取図部分①地点付近で右折を開始したところ(上記「現場の見分状況書」写しの被告の指示説明には不正確な部分がある。)、直後に右後方から走行してきた原告二輪車と被告車右側面前部が、中央線から約五〇センチメートル対向車線内に入った上記見取図部分file_7.jpg地点付近で衝突する本件事故が発生した。被告は、右折を開始する際、右後方の車両等の有無を確認しなかった。

ウ 原告は、本件事故当時、原告二輪車を運転し、被告車に遅れて本件車線を走行していた。原告は、石田森交差点を右折する予定で、先行車両をその左側又は右側から追い抜きながら本件事故現場に接近したところ、石田森東交差点の対面信号が赤色から青色表示に変わったため停止していた先行各車両が発進し、本件後続車と被告車との車間が空いていたので同後続車を右側から追い抜き、上記車間に入り、中央線寄りで、被告車から車両一台分も離れていない位置について被告車を追走し始めた。その際、原告は、被告車が右ウインカーを出しているのを視認していたが、原告は、被告車が石田森交差点を右折するものと考えた。なお、原告が本件後続車の追越しをする際、前方から来る対向車はなかった。

しかし、原告が被告車を追走し始めた直後に被告車が右折を開始した。原告は、ハンドルを右に転把したが、上記のとおり、別紙「現場の見分状況書」写しの見取図部分のfile_8.jpg点付近において、原告二輪車と被告車が衝突した。

エ 上記衝突後、被告は制動措置を採り、被告車は衝突地点から約〇・九メートル前進して停止し、原告及び原告二輪車は、衝突地点の右前方七、八メートルの位置に転倒停止した。

②ア  被告は、原告が対向車線にはみ出して被告車を追い越そうとして(被告は「追い抜こうとして」ともいうが、追越しの意味と解される。)右折中に被告車に衝突した旨主張する。

イ しかし、前記認定のとおり被告車の前方には石田森交差点までの間に数台の車両があり、原告の認識によれば、原告二輪車の入れるスペースがあるほど車間が空いたところはなかったというのであるから(原告本人)、一旦追越しのため対向車線に出たなら石田森交差点までこれを逆走することになる可能性が高い。しかし、対面信号機が青色表示の交差点の手前三〇メートル程度の地点から、追越しのための右側はみ出し通行禁止の規制にも違反して自動二輪車が対向車線を逆走することは、全く希有な例とまではいえないが、通常の運転者の行う運転方法ではない。この点で、被告の上記主張を否定する原告本人の供述は格別不自然ではない。衝突地点が約五〇センチメートル対向車線に入った地点であることも、前記認定同旨の原告本人の供述する事故状況から説明が可能である。したがって、原告本人の供述の信用性を特に疑うべき理由はない。

ウ 被告は、前記第二、二、(1)、②、ウ、(ア)、aないしeをその主張の根拠とする。

原告本人尋問の結果によれば、上記aのうち、原告が、本件事故現場に至る前、先行車両の右又は左側方からの追越しをしていたことが認められるが、本件事故現場手前の道路幅員を明らかにする証拠がないから、右側方から追い越す場合に対向車線上にはみ出していたかどうかは不明である。ただし、本件後続車を追い越す際には、車道幅員からして対向車線上にはみ出した可能性がある。しかし、一台の車両を追い越すのに対向車線にはみ出すのと、交差点まで三〇メートル程度の距離を逆走することを同一には見られない。

前記認定事実によれば、上記bのうち、少なくとも原告が本件後続車の追越しをする際には対向車がなかったことが認められる。

上記cについては、前記認定のように、原告が本件後続車を追い越した後被告車に相当接近し、かつ、中央線寄りを走行したとすると、被告車が右折を開始した場合、減速しても衝突を回避できないことがあり得るし、通常の運転者なら、ハンドルを左に転把するとは限らない。また、ハンドルを右に転把した場合でも、原告のハンドル操作の仕方と被告車の右折の角度、両車両の速度等によっては、原告二輪車と被告車の右側面前部が衝突しても不自然とはいえない。

上記dについては、本件において、道路交通法三四条二項の「あらかじめその前」は、三〇メートル程度手前であると解釈する余地があり、原告が石田森交差点での右折に備えて中央線に寄ったとしても、少なくとも明らかにキープレフトの原則に違反する走行方法とはいえず、自動二輪車の運転者の判断として不合理とはいえない。

上記eについては、乙一七号証(被告の陳述書)に、原告が、加速して右側から追い越そうとしたと言ったとする部分があり、被告本人の供述中にも、原告が、横を通り過ぎようとした、右を加速して抜けようと思ったけれども抜けられなかったと述べたとする部分があるが、原告本人尋問の結果に照らし、にわかに採用できない。

また、甲一七号証、原告本人尋問の結果によれば、本件事故当時、原告は、人と待ち合わせをするため自宅に向かう途中であったが、特に急いでいたわけではないことが認められる。

以上のとおり、原告が、それまで複数の先行車両を追い越してきたこと、本件後続車を追い越す時点で対向車両はなかったこと、同後続車の追越しの際、対向車線にはみ出した可能性があること、衝突地点が対向車線上であることなど、同事故の際、原告が追い越しをしようとしていたとの被告の主張の根拠となり得る事情がないわけではないが、これらのみで原告が追い越し中に本件事故が発生したとの事実を認めることができないのはもとより、その合理的疑いがあると認めるにも十分ではない。

(2)  前記認定事実によれば、被告は、本件事故の際、対向車線を横断して路外に出るに当たっては、右後方から自車を追走してくる自動二輪車等の有無及びその動静を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、右後方確認をしなかった過失があるものと認められる。

他方、原告は、被告車を追走するに当たり、本来、被告車が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な車間距離を保たなければならない(道路交通法二六条)のに、これを怠り、被告車が右折を開始したときに衝突を回避できない至近距離まで被告車に接近し、また、被告車の右折合図を見て、被告車が右方の路外駐車場に入ることも予想し、減速して車間距離を開け、ハンドルをやや左に転把するなどの措置を採るべきであったのに、被告車が石田森交差点で右折するものと軽信して上記措置を採らなかった点で、本件事故の発生につき過失があるというべきである。

したがって、原・被告は、民法七〇九条に基づき、互いに相手方に対し、本件事故による損害の賠償義務を負う。

上記説示の原・被告の過失の内容等を勘案すると、過失割合は、原告三五、被告六五と認めるのが相当である。

二  原告の損害

(1)  治療費・薬剤費

乙一八号証によれば、武田総合病院での治療費及び院外処方の薬剤費として一七三万二八〇五円を要したことが認められる。

(2)  休業損害

① 甲一一、一二号証によれば、原告の症状固定日は、平成一九年五月一五日であると認められる。

② 甲一四号証、一七号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故当時、平成一七年九月三〇日を契約期間の終期とする派遣社員として就労していたが、本件事故による受傷のため、同日までの間、四三日間欠勤し、四日間年次有給休暇を取得することを余儀なくされたこと、上記契約期間満了時には更新が予定されていたところ、上記受傷のため更新されずに契約が終了し、平成一八年二月二〇日に再就職するまで無職であったことが認められる。これによると、契約期間満了までの計四七日間の欠勤及び有給休暇取得日つき休業損害を認め、平成一七年一〇月一日から平成一八年二月一九日までの一四二日間につき一〇〇パーセントの休業損害を認めるのが相当である。

甲一四号証によると、原告の本件事故前三か月間(稼動日数五一日)の収入は、五六万〇六四三円であることが認められ、これによると、同事故前三か月の一日当たりの収入は六二二九円(560,643÷90)(一円未満切り捨て。以下同じ)、一労働日当たりの収入は一万〇九九三円(560,643÷51)となる。

そうすると、平成一七年七月一九日から同年九月三〇日までの間の四七日間の欠勤及び有給休暇取得による休業損害は五一万六六七一円(10,993×47)、同年一〇月一日から平成一八年二月一九日までの休業損害は八八万四五一八円(6,229×142)であり、その合計は、一四〇万一一八九円となる。

③ 甲一七号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、平成一八年二月二〇日に再就職したが、同年三月二四日までの短期の契約であったこと、同日までの働きが認められ同年六月一四日から同一会社で再び就労したが、平成一九年三月三一日に余剰人員として解雇又は契約更新がないまま契約終了となったこと、しかし、同年五月七日、同一会社で三回目の就労が始まり症状固定日に至ったことが認められる。

上記認定事実によれば、平成一八年三月二五日以降も、症状固定日までの間、無職の時期があったが、元々短期の契約であったため、または、使用者の都合で契約が継続されずに無職となったものであるから、無職無収入となったことと本件事故との間に直ちに相当因果関係があるとはいえない。

したがって、平成一八年三月二五日以降の休業損害を認めることはできない。

(3)  入通院慰謝料

原告は、本件事故により、前記第二、一、(2)の傷害を負い、本件事故当日から約一か月通院した後、二か月近く入院し、その後、更に一年半近く通院し、最終通院日の約一か月半後に症状固定となっており、退院後の通院頻度は極めて少ないが、甲九号証の一、一五号証、一七号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、左大腿皮膚壊死、左大腿壊疽が生じたため、三回にわたり皮膚切開術、デブリードマン及び植皮術を受けることとなり、その後、皮膚の定着を確認し、また、患部の疼痛、つっぱり感等の術後の諸症状の改善をはかるため、さらに、途中、左膝部痛、左膝半月板損傷の疑いが生じたことなどから、治療が長期化したことが認められることなども総合考慮し、入通院慰謝料は一八〇万円を相当と認める。

(4)  逸失利益

① 前記第二、一、(3)の損害保険料率算出機構の後遺障害認定に格別不合理は認められない。原告は、本件事故により、別表第二の一四級五号に該当する左大腿内側部瘢痕の後遺障害が残存したものと認める。

② 前記第二、一、(3)の事実、甲一七号証及び原告本人尋問の結果によれば、上記左大腿内側部瘢痕に派生する機能障害及び知覚異常等も認められるから、上記後遺障害により、原告は、労働能力喪失を一定程度喪失したものと認めるべきであり、その喪失率は五パーセントとするのが相当である。労働能力喪失期間は、原告の年齢(症状固定時三七歳)等も考慮して症状固定時から二〇年間とする。事故前三か月間の一日当たりの収入から算出した年収二二七万三五八五円(6,229×365)を基礎収入とする。原告の年齢、本件事故時の収入及び職業からして、将来、原告主張の賃金センサスの平均年収を得られる蓋然性があったと認めるのは困難である。

中間利息を控除して逸失利益の本件事故時(原告三六歳)の現価を算出すると、一三四万九二三六円となる。

2,273,585×0.05×(12.8211-0.9523)≒1,349,236

(5)  後遺症慰謝料

原告本人尋問の結果によれば、一般の別表第二の一四級相当の後遺障害に比し、原告の後遺障害は原告にとりわけ強い精神的苦痛を与えていることが認められることなどを考慮し、後遺症慰謝料は一五〇万円をもって相当と認める。

(6)  物的損害

本件事故により原告二輪車は全損となったが、原告は、これを平成一七年二月又は三月ころ、代金一五万円で買い受けた(前記第二、一、(5)、(6))。

原告は、その際、エンジンのオーバーホールと補修をし、その費用及び部品代として一九万円を要した旨主張し、甲一七号証及び原告本人の供述中にはこれを副う部分があるが、裏付けとなる客観的証拠がないから、直ちに採用できない(本件事故前五か月ないし四か月前に買い受けたというのであるから、客観的証拠を求めることは酷とはいえない。)。

したがって、原告の物的損害は一五万円の限度で認める。

(7)  過失相殺及び損害てん補

① 前記(1)ないし(5)の人身損害計七七八万三二三〇円に三五パーセントの過失相殺をすると五〇五万九〇九九円となる。

乙一八号証によると、被告は、原告に対し、平成一九年五月一六日までに、治療費・薬剤費として計一七三万二八〇五円を支払ったことが認められるから、これを五〇五万九〇九九円から控除すると、残額は三三二万六二九四円である。

② 前記(6)の物的損一五万円に三五パーセントの過失相殺をすると、九万七五〇〇円となる。

③ 上記①と②の合計は、三四二万三七九四円である。

(8)  弁護士費用

事案の内容、認容額等の諸般の事情を総合すると、被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、三五万円と認めるのが相当である。

したがって、原告の損害は、総計三七七万三七九四円となる。

三  被告の損害

(1)  修理費

乙一号証、二号証の一・二によれば、本件事故により被告車の前部等が損傷し、その修理に二三万七〇九〇円を要したことが認められる。

(2)  弁護士費用

原告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は三万円と認める。

(3)  過失相殺

上記(1)、(2)の合計二六万七〇九〇円に六五パーセントの過失相殺をすると、九万三四八一円となる。

四  消滅時効の成否

被告本人尋問の結果によれば、被告は、本件事故当日の平成一七年七月一八日、原告車両の運転者が原告であることを知ったことが認められるが、被告の反訴提起日は、本件事故の日から三年経過後の平成二二年一二月二二日である(記録上明らか)。

しかし、乙七ないし九号証の各一・二、一〇号証、一一、一二号証の各一・二、一三号証、一四号証の一・二、一五、一六号証の各一・二及び弁論の全趣旨によると、本件事故後、原告二輪車及び被告車に係る各任意保険会社が示談代行特約に基づき本件事故による原・被告双方の損害につき示談交渉をしたが過失割合についての協議が整わず、その後、被告訴訟代理人が被告の代理人に選任されたこと、被告訴訟代理人は、原告に対し、平成一七年一二月二二日、過失割合につき争いがあり直ちに示談するのは困難であり、原告の治療が終わった後に、人身損害の示談と一緒に双方の車両損害の示談も行うことなどを提案したところ、原告はこれを了解したこと、前記のような事情から原告の治療が長期化し、平成一九年五月一五日にようやく原告が症状固定となったが、後遺障害診断書が関係保険会社に提出されないなどの事情からいわゆる事前認定もなされないまま平成二〇年七月一八日が経過したが、その間、原告が、被告車の損害につき無責であるなどと述べたことはなかったこと、同日経過後も原告の本訴提起時まで、原告又はその代理人弁護士が、原告の損害賠償債務を全く否定する発言等をすることはなかったことが認められる。

上記認定事実によれば、原告は、遅くとも平成一七年一二月二二日には被告に対する損害賠償債務を承認し、その承認は平成二〇年七月一八日時点まで継続していたものと解するのが相当である。

したがって、反訴提起前に、被告の反訴請求権の消滅時効は完成していない。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、三七七万三七九四円及びこれに対する被告の不法行為の日である平成一七年七月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告の反訴請求は、原告に対し、九万三四八一円及びこれに対する原告の不法行為の日である同日から支払済みまで前同様の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する(本訴についての仮執行免脱宣言は相当ではないからこれを付さない。)。

(裁判官 佐藤明)

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