大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成22年(ワ)451号 判決 2012年2月14日

本訴原告・反訴被告

X(以下「原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

德田敏

本訴被告

株式会社 Y1工務店(以下「被告工務店」という。)

同代表者代表取締役

Y2

本訴被告

Y2(以下「被告Y2」といい、上記二名を「被告Y2ら」という。)

上記二名訴訟代理人弁護士

高田良爾

本訴被告・反訴原告

Y3建築事務所こと Y4(以下「被告Y4」という。)

同訴訟代理人弁護士

中川郁子

主文

一  原告の本訴請求をいずれも棄却する。

二  被告Y4の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告及び被告Y4に生じた費用の各一七分の一を被告Y4の負担とし、原告及び被告Y4に生じたその余の費用並びに被告Y2らに生じた費用を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

被告らは、原告に対し、連帯して九六一万二九四〇円及びこれに対する平成二〇年一月八日から支払済みまで年五%の割合による金員を支払え。

二  反訴

原告は、被告Y4に対し、五九万〇六二五円及びこれに対する平成二〇年四月一日から支払済みまで年五%の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が発注し、被告Y4が設計・監理し、被告工務店が施工した原告の自宅建物の改装工事(以下「本件工事」という。)について、次の各請求がなされた事案である。

(1)  本訴事件は、原告が、被告らに対し、被告らが原告の注文を無視した設計・監理及び施工をしたため、原告は被告らとの契約を債務不履行解除したと主張して、債務不履行又は不法行為(被告工務店の代表取締役である被告Y2について会社法四二九条一項)に基づき、連帯して九六一万二九四〇円及びこれに対する上記解除の日である平成二〇年一月八日から支払済みまで民法所定年五%の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

(2)  反訴事件は、被告Y4が、原告に対し、本件工事に関する設計・監理業務委託契約に基づき、未払報酬五九万〇六二五円及びこれに対する催告後の日である平成二〇年四月一日から支払済みまで前同様年五%の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

二  基礎となる事実(争いのない事実並びに各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定することができる事実)

(1)  当事者等

ア 原告は、肩書住所地に木造二階建て建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

イ 被告工務店は、建築、設計、監督等を目的とする株式会社であり、被告Y2は被告工務店の代表取締役である。

ウ 被告Y4は、Y3建築事務所の屋号で建築設計業務等を行う一級建築士である。

(2)  原告は、平成一九年八月三日、被告Y4に対し、本件建物の改装工事(これが本件工事である。)の設計・管理業務を、次の条件で委託した(以下「本件設計監理契約」という。)。

ア 業務実施期間

(ア) 調査・企画業務 平成一九年七月三日から同年八月一〇日

(イ) 基本設計業務 平成一九年七月三日から同年八月一〇日

(ウ) 実施設計業務 平成一九年八月一一日から同年九月一五日

(エ) 監理業務 平成一九年九月一五日から同年一二月三一日

イ 報酬 一四一万七五〇〇円を次のとおり分割して支払う。

(ア) 委託契約成立時 四七万二五〇〇円

(イ) 工事契約時 四七万二五〇〇円

(ウ) 業務完了時 四七万二五〇〇円

(3)  原告は、平成一九年一〇月一九日ころ、被告工務店に対し、本件工事を次の条件で発注した(以下「本件工事請負契約」という。)。

ア 工期 平成一九年一〇月一九日から平成二〇年一月三一日まで

イ 引渡時期 完成の日から七日以内

ウ 報酬 一九六〇万円を次のとおり分割して支払う。

(ア) 契約成立時 五八〇万円

(イ) 平成一九年一二月二〇日まで 五八〇万円

(ウ) 完成引渡時 八〇〇万円

エ 特約 追加減少工事が発生した時は、完成時を支払時期とする。

(4)  被告工務店は、平成一九年一〇月一九日、本件建物の解体作業に着手し、同月二九日に本件工事をいったん停止したが、同年一一月二一日ころ工事を再開した。

(5)  原告は、平成二〇年一月八日、社団法人京都府建築士事務所協会(以下「本件協会」という。)の相談担当者に本件工事について相談し、同日、被告工務店に対し、本件工事を停止するよう申し入れた。

(6)ア  原告は、平成一九年八月三日、被告Y4に対し、本件設計監理契約に基づき四七万二五〇〇円を支払った。

イ  原告は、平成一九年一〇月二二日及び同年一二月一七日、被告工務店に対し、本件工事請負契約に基づき各五八〇万円を支払った。

(7)  被告Y4は、平成一九年一二月五日、平成二〇年一月一一日及び同年三月六日、原告に対し、本件設計監理契約の未払報酬として五九万〇六二五円の支払を請求する書面を送付し、これらの書面はそのころ原告に到達した。

(8)  原告は、平成二〇年一二月五日、株式会社ケイ・アイエンジニアを施工者、アイテック株式会社(以下「アイテック」という。)を監理者として、本件建物の改装工事を改めて発注した。上記再工事は平成二一年三月一三日ころ完了し、原告は、同月一五日、仮住まい先から本件建物に転居した。

(9)  原告は、平成二二年八月四日の本件弁論準備手続期日において、被告Y4に対し、本件請求債権と本件設計管理契約に基づく未払報酬債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

三  主たる争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  本件設計監理契約の合意解約

(被告Y4の主張)

本件設計監理契約に基づく業務のうち、設計業務は本件工事の着工までに終了していたところ、被告Y4は、本件工事継続中の平成一九年一一月二八日、原告に対し、監理者の辞任を申し入れ、原告から了承を得たから、本件設計監理契約は合意解約された。

(原告の主張)

原告は、本件設計監理契約の解約に同意しておらず、被告Y4が一方的に責務を放棄したにすぎない。

(2)  被告らの債務不履行

(原告の主張)

ア 履行不能

(ア) 原告は、本件建物の浴室と洗面所との間の仕切りが腐食し始めていたことから本件建物の改修を考えるようになり、被告Y4に対し、浴室周辺を全面的に改修し、浴室及び洗面所の東面の外壁(○○通り、aからbまでの外壁。以下「本件外壁」という。)を撤去して作り直すよう注文し、これを前提に実施設計図面(甲三)が作成された。

また、原告は、被告工務店に対しても、浴室周りを全面的に改修するよう要望しており、本件工事請負契約の対象に、本件外壁を撤去して鋼板サイディングを張り付ける工事が含まれていた。

(イ) しかしながら、被告らは、本件外壁を撤去せずに本件工事を進め、原告が、再三、本件外壁を取り壊すよう要求したにもかかわらず、これに応じなかった。

なお、原告は、本件工事の着工後、被告らから、本件外壁を既存のまま仕様する旨の説明を受けたことはないし、被告らに対し、本件外壁の施工方法を変更することについて同意したこともない。

(ウ) そのため、原告は、平成二〇年三月一二日、本件協会の建築士二名とともに被告Y4及び被告Y2と協議し、被告Y4及び被告工務店に対し、本件設計監理契約及び本件工事請負契約を解除する意思表示をした。

イ 不完全履行

本件工事には、次の各箇所に施工不良箇所がある。

(ア) 基礎・土台部

a 基礎にホールダウン金物の設置がない。

b 土台アンカーボルトの不足。

c 既存アンカーボルトのさび。

d 床下断熱材の敷設不良。

e 腐食した土台の上に、新設土台が設置されている。

f コンクリート基礎の不足。

(イ) 一階壁・床面

a 柱・筋違い位置が設計図書と大きく異なる位置に設置されている。

b 東面の壁面の断熱材が未施工である。

c 本件外壁が既存壁のままである。

d 既設柱材に断面欠損がみられる。

(ウ) 二階壁・床面

a 柱・筋違い位置が設計図書と大きく異なる位置に設置されている。

b 東面の壁面の断熱材が未施工である。

c 既存筋違い材にプレート金物が取り付けられていない。

d 二階梁・根太の方向が設計図書と相違する。

e 既設柱材に断面欠損がみられる。

f 二階床の梁端部に柱がない。

g 既存柱と新設梁の接合部に補強金物がない。

h 屋根下地の合板が水濡れにより腐食している。

(エ) 二階屋根面

a 東面の壁面の断熱材が未施工である。

b 既存梁の接合部に補強金物がない。

(オ) 基礎・土間コンクリート

基礎土間コンクリートの厚さが設計値より不足している。

(被告Y2らの主張)

ア 履行不能

(ア) 被告工務店は、被告Y4から、本件外壁を既存のまま施工してよい旨の指示を受けており、当初からその前提で見積を行った。

(イ) 被告Y4は、本件建物の解体中及び解体完了後に、本件外壁の状態を検査し、既存壁を使用することが可能と判断して、原告にこれを説明して、原告から承諾を得ていた。

(ウ) 原告が、平成二〇年三月一二日、被告工務店に対し、本件工事請負契約を解除する意思表示をしたことは否認する。

イ 不完全履行

被告工務店は、被告Y4の設計図面又は現場での指示に基づき施工しており、施工不良箇所はない。未施工部分は、平成二〇年一月八日に原告の申し入れにより本件工事が中止されたために生じたものである。

(被告Y4の主張)

ア 履行不能

(ア) 被告Y4は、当初、本件外壁を撤去して新設する予定で設計図面を作成した。被告Y4が、被告工務店に対し、本件工事着工前に、本件外壁の既存壁を用いて施工するよう指示したことはない。

(イ) しかしながら、原告、被告Y2及び被告Y4が、平成一九年一〇月二四日、解体中の本件建物で打合せを行った際に、被告Y4が本件外壁の状況を確認したところ、一部にカビが発生していたものの予想よりも傷んでおらず、既存壁のままでも使用可能と判断されたため、被告Y4は、原告に対してその旨を説明し、原告から、本件外壁をそのまま使用することの承諾を得た。

(ウ) 上記(1)(被告Y4の主張)記載のとおり、本件設計監理契約は、平成一九年一一月二八日に終了していた。原告が、平成二〇年一月八日に本件協会を訪れたのは、被告工務店から次々と追加工事代金を請求されたことにより生じた不安及び不信が原因であり、原告が主張する契約解除は債務不履行解除には当たらない。

イ 不完全履行

(ア) ホールダウン金物の設置について設計図面に一部誤りがあることは認めるが、これによる損害の発生は争い、原告の主張するその余の施工不良箇所はいずれも否認又は争う。

(イ) 上記(1)(被告Y4の主張)記載のとおり、本件設計監理契約は平成二四年一一月二八日に終了したから、被告Y4は、本件工事のうち同日以降に行われた部分について責任を負わない。

(3)  被告らの責任

(原告の主張)

ア 被告工務店は、原告の要求を拒み、本件工事請負契約に反して本件外壁を撤去しなかったから、原告に対し、債務不履行及び不法行為に基づき損害賠償責任を負う。

イ 被告Y2は、被告工務店の代表取締役として本件工事請負契約の履行について直接に関与していたことから、原告に対し、不法行為及び会社法四二九条一項に基づき損害賠償責任を負う。

ウ 被告Y4は、被告工務店が設計図面(甲三)のとおりに本件工事を施工するよう監理する義務を負っていたところ、被告Y4が主張する本件設計監理契約の終了日である平成一九年一一月二八日までに本件建物の解体工事が一通り終了したにもかかわらず、本件外壁が残存していたことを認識していたから、被告工務店に対してこれを撤去するよう指示する義務があったというべきであり、この義務を怠ったことから、原告に対し、債務不履行及び不法行為に基づき損害賠償責任を負う。

(被告らの主張)

争う。

(4)  原告の損害

(原告の主張)

ア 被告工務店への過払金 四三二万九三三五円

原告は、被告工務店に対し、本件工事の報酬として一一六〇万円を支払ったが、被告工務店が施工した部分の出来高は合計七二七万〇六六五円であり、その差額の四三二万九三三五円が原告の損害となる。

イ 再工事費 一一四万二八五五円

本件工事の施工済みの部分には、上記(2)(原告の主張)イ記載の各施工不良箇所があり、これらを是正するために一一四万二八五五円が必要である。

ウ 調査費用 七三万七七五〇円

エ 仮住まい費用・転居費用

(ア) 仮住まい費用 一三六万三〇〇〇円

本件工事は、当初、平成二〇年一月三一日までに完了する予定であったが、原告は、被告らの債務不履行又は不法行為により平成二一年三月一五日まで仮住まいを余儀なくされ、平成二〇年二月一日から平成二一年三月一五日までの間に一三六万三〇〇〇円の賃料を支払った。

(イ) 転居費用 一七万円

原告は、上記仮住まい期間中の平成二〇年三月二五日ころ、仮住まいを転居せざるをえなくなり、転居費用一七万円を負担した。

オ 慰謝料 一〇〇万円

カ 弁護士費用 八七万円

キ 合計 九六一万二九四〇円

(被告らの主張)

ア 被告工務店への過払金

原告の被告工務店に対する既払金は一一六〇万円であるところ、被告工務店による既施工部分の出来高は合計一一七〇万一九一六円であり、過払金は存在しない。

イ 再工事費

原告が主張する施工不良箇所は、いずれも否認又は争う。

ウ 仮住まい費用・転居費用

争う。なお、本件工事の着工後に追加工事が発生したため、本件建物の引渡時期は平成二〇年二月二九日に変更された。

エ 調査費用、慰謝料、弁護士費用

いずれも争う。

(5)  本件設計監理契約の未払報酬額

(被告Y4の主張)

ア 上記二(2)イ記載の本件設計監理契約の報酬のうち、委託契約成立時及び工事契約時に支払われる九四万五〇〇〇円は設計業務の対価であり、業務完了時に支払われる四七万五〇〇〇円は監理業務の対価である。この内訳は、設計監理業務の報酬の基準に関する国土交通省の告示とも整合する。

イ(ア) 被告Y4は、平成一九年九月一一日までに本件工事の見積用実施設計図面を作成し、設計業務を完了させた。

(イ) また、被告Y4は、監理業務のうち、施工者の選定、変更図面の作成等、一部の業務を現に行い、その出来高は二五%と評価できる。

ウ したがって、被告Y4は、原告に対し、設計業務の対価九四万五〇〇〇円及び監理業務の対価のうち一一万八一二五円の合計一〇六万三一二五円から、上記二(6)イ記載の既払金四七万二五〇〇円を控除した残額五九万〇六二五円の支払いを求める権利がある。

(原告の主張)

ア 本件設計監理契約の報酬のうち、委託契約成立時に支払われる四七万二五〇〇円は設計業務及び監理業務の双方に対する着手金と解すべきであり、設計業務と監理業務の対価は、相等しくいずれも七〇万八七五〇円と解すべきである。このことは、本件設計監理契約において予定されていた設計業務及び監理業務の各実施期間がほぼ等しいことと整合する。

イ(ア) 被告Y4が作成した設計図面は、ホールダウン金物設置の必要性を検討せず、構造計算上の誤りがあり、耐震基準を満たさない設計となっていることから、設計業務の出来高は相当程度低くみるべきである。

(イ) 被告Y4は、被告工務店に対して本件外壁の撤去及び新設を指示しなかったこと、被告らの債務不履行により結果的に本件建物の改修工事の完了時期が平成二一年三月一〇日となり、当初工事完了が見込まれていた平成二〇年一月三一日から大幅に遅れたことからすると、被告Y4の監理業務の出来高は〇%と評価されるべきである。

ウ したがって、本件設計監理契約について未払報酬額は存在しない。

第三当裁判所の判断

一  前提事実

上記第二、二記載の基礎となる事実に加えて、証拠<省略>によれば、次の事実が認められる。

(1)  原告は、本件設計監理契約の締結において、本件建物が建ぺい率に違反していたこと等から新築工事ではなく改装工事を注文することとし、その予算を一八〇〇万円と想定して、その旨を被告Y4に伝えていた。

(2)  被告Y4は、平成一九年九月一一日ころまでに、見積用実施設計図面を作成し、同日、これを被告工務店、三和工務店及び光田工務店に交付して、見積を依頼したところ、被告工務店以外の二社の見積金額は二〇〇〇万円を超えていたため、同年一〇月一一日ころまでに、原告と協議して、被告工務店を施工者として選定した。被告Y4は、その間に、原告に対し、本件工事は改装工事であるので、新築工事と比較して費用が高くなることを説明した。

(3)  本件工事請負契約の当初の代金は一九六〇万円であったが、本件建物の解体後、設計変更の必要が生じ、平成一九年一〇月二九日ころから同年一一月二一日ころまで工事を中断して被告Y4が変更図面(乙二)を作成し、その他にも被告工務店が原告の注文に応じて仕様を変更する等した結果、平成二〇年一月一〇日ころまでに四一三万円の追加代金(減少工事による減額分及び値引き分も含む。)が発生した。

二  本件設計監理契約の解約(争点(1))について

(1)  証拠<省略>によれば、本件工事の追加減少工事により、平成一九年一一月二七日時点で二一〇万円の追加代金が発生していたところ、原告、被告Y2、被告Y4及び被告工務店の棟梁であるA(以下「A棟梁」という。)の四名が、平成一九年一一月二八日、被告Y4の事務所において打合せを行い、二階デッキの屋根及び東側外壁について協議していたときに、原告が、被告Y4に対して、被告Y4が原告の意見を聞かずに勝手に話を進めている旨の不満を述べたこと、原告が、同日夜、被告Y4に架電して苦情を述べたところ、被告Y4は、原告に対し、信用してもらえないのなら本件工事の監理者を辞任してよいかと尋ね、原告が、「あなたが決めることです。」と述べて特に慰留しなかったこと、被告Y4は、原告に対して監理者を辞任する旨を伝え、原告は、その直後に被告Y2に架電して、被告Y4が監理者を辞任したことを伝えたこと、同日以降、平成二〇年三月ころまで、被告Y4は本件工事に関与せず、本件工事は被告Y2及び被告工務店の裁量で進められ、原告が被告Y4に対して連絡をすることもなかったことが認められる。

(2)  上記(1)記載の事実によれば、被告Y4が監理者の辞任を申し出たのに対し、原告は明確な異議を述べていないが、原告が被告Y4の辞任について同意したとまではいえず、被告Y4が一方的に責任を放棄したことについて、原告が単にこれを放置したというべきであって、原告と被告Y4との間に本件設計監理契約の合意解約が成立したということはできない。

三  被告らの債務不履行(争点(2))について

(1)  履行不能について

ア(ア) 被告工務店が、平成二〇年一月八日に本件工事を停止されるまで、本件外壁を撤去しなかったことは争いがないところ、証拠<省略>によれば、被告Y4が作成した見積用実施設計図面においては、本件外壁を撤去した上、鋼板サイディング張りを施工することとされていたが、被告工務店による見積は、当初から本件外壁を既存のまま使用するものとして作成されたことが認められる。

(イ) この点につき、原告は、被告工務店の見積にも本件外壁の撤去工事が含まれていたと主張しているが、被告工務店作成の平成一九年一〇月一〇日付け見積書(甲二の二、四)には、外壁に用いる鋼板サイディングの欄に五〇枚と記載されているところ、弁論の全趣旨によれば、被告工務店が注文した鋼板サイディングは、一枚当たり縦三七八八mm、横三七〇mmで、上下の方向が決められており、本件建物の西面及び南面の外壁に張り付けるのに五〇枚が必要であることが認められるし、追加減少工事に関する同年一一月二七日付け見積書(甲六、乙七の二)には、本件外壁(UB東面改修工事)について「壁 現状」と記載されているのに、特段減額の対象とされていない。これらの事実からすると、被告工務店は、当初から本件外壁について既存のまま使用する意思で本件工事の見積書を作成していたというべきである。

イ(ア) 次に、証拠<省略>によれば、被告Y4は、本件工事の開始以前から、原告に対し、本件工事は改装工事であるため、本件建物の解体後に建物の状況に応じて仕様が変更される可能性があることを説明していたところ、本件建物と東側隣接建物は、数cm程度の隙間を挟んで非常に近接して建てられ、東側隣人と原告との間で土地の境界に関する争いがあったこと等から、本件外壁を撤去して新たな壁を設置する工事は高度の技術を要する作業であり、被告工務店は、自らの判断又は被告Y4の指示により、この工事を含めずに見積書を作成していたこと(なお、被告Y4作成の実施設計図面(甲三)でも、東立面図は作成されていなかった。)、被告Y4は、平成一九年一〇月二四日、原告及び被告Y2とともに本件建物の解体現場で打合せを行った際、ハンマー及びドライバーを用いて本件外壁の状況を検査して、既存壁を用いても差し支えないと判断し、そのことを原告に説明したことが認められる。

(イ) これに対し、原告は、被告Y4から上記のような説明を受けたことを否認し、原告本人尋問においてこれに沿う供述をしている。

しかしながら、証拠<省略>によれば、被告らは、本件工事に関する原告の要望のうち、少なくとも本件外壁に関するもの以外に対しては、応じられるものには応じて仕様変更を行い、応じられないものについてはその理由を説明していたこと、原告が、平成一九年一一月二一日、本件建物において被告Y2、被告Y4及びA棟梁と打合せをした際に、本件外壁について「こっちの横は大丈夫ですの、こっちの…。」と質問したのに対し、A棟梁は、本件外壁は、基礎の一部が存在せずに浮いている状態であるため、既存壁を撤去すると、基礎を補充する工事が必要となり東側隣人との間で問題が生じるおそれがある一方、腐食している土台や柱を入れ替えて補修すれば既存壁のままでも対応できる旨の説明をしたことが認められる。

そうすると、原告は、上記平成一九年一一月二一日時点の直近の打合せを行った同年一〇月二四日においても、被告Y4から同様の説明を受けていたと推認することができる。そして、原告は、被告Y4及びA棟梁からの上記各説明を受けながら、本件外壁の撤去工事を求めなかったのであるから、既存壁を使用することについて、渋々ながら黙示に承諾したものと認めるのが相当である。

ウ 上記ア(ア)記載の事実によれば、被告Y4による当初の設計と、被告工務店の見積及び最終的な施工内容が異なるものであったといえるが、上記イ(イ)記載の事実からすれば、被告らは、本件外壁を既存のまま使用することについて原告の黙示の承諾を得たというべきであるから、本件工事が被告らの帰責事由により履行不能となったとまでは認めることができない。

エ なお、上記のとおり、原告の黙示の承諾が存在したものといえるものの、被告Y4の原告に対する説明や確認方法が不十分であったことは明らかであるから、被告Y4が一方的に本件設計監理契約に基づく責任を放棄した旨の上記二(2)記載の判断を左右するものではない。

(2)  不完全履行について

ア 原告は、上記第二、三(2)(原告の主張)イ記載のとおり、本件工事の既施工部分の施工不良箇所を主張し、これに沿うアイテック作成の調査報告書(甲一一。以下「本件調査報告書」という。)を提出しているが、証拠<省略>によれば、本件調査報告書は、本件工事の着工後に行われた仕様変更の内容や、本件工事が既存建物の部材を一部利用した改装工事であること、本件工事が平成二〇年一月八日に原告の要求により中止されて未完了であることを考慮していないことが認められるから、これを採用することはできず、他に、被告らの債務不履行により施工不良が生じたことを認めるに足る証拠はない。

イ なお、ホールダウン金物の設置について、被告Y4による設計に一部不備があったことは原告及び被告Y4の間で争いがないが、これに基づく原告の具体的損害を認めるに足りる証拠はないから、上記設計の不備から被告Y4の債務不履行を認めることはできず、この点は下記四記載の本件設計監理契約の未払報酬額において考慮することとする。

四  本件設計監理契約の未払報酬額(争点(5))について

(1)  上記第二、二(3)記載のとおり、本件設計監理契約の報酬は合計一四一万七五〇〇円であるが、その報酬額の内訳について、被告Y4が原告に説明したことは認められないし、原告と被告Y4との間で具体的な合意がなされたことを認めるに足る証拠はない。したがって、被告Y4の請求できる未払報酬額は、証拠上認められる諸般の事情を考慮して判断するほかない。

(2)  本件で、被告Y4は、本件工事の基本設計、実施設計、施工業者の選定、見積書の点検作業等を行い、平成一九年一〇月一九日から同年一一月二八日までは本件工事の監理者として被告工務店との打合せ及び変更図面の作成等の業務を行ったものの、上記二記載のとおり、本件建物の解体が概ね完了し、仕様変更の打合せをしていた段階で、一方的に本件設計監理契約に基づく責任を放棄したこと、上記三(2)イ記載のとおりホールダウン金物の設置の要否について不備があったことを考慮すると、被告Y4による業務の出来高は、設計業務及び監理業務を通じて全体の三分の一と評価すべきである。

なお、原告は、被告Y4の設計によれば構造計算上壁量が不足すると主張し、これに沿う構造計算書(甲一〇。以下「本件計算書」という。)を提出しているが、証拠<省略>によれば、本件計算書は本件建物の一階について実際の設計とは異なる壁倍率の数値を入力して結論を導いていることが認められるから、上記原告の主張は採用しない。

(3)  そうすると、本件設計監理契約に基づく被告Y4の業務の出来高は、一四一万七五〇〇円の三分の一の四七万二五〇〇円となるが、上記第二、二(6)ア記載のとおり上記金額が既に支払われていることから、本件設計監理契約の未払報酬額は存在しない。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求及び被告Y4の反訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉江佳治 裁判官 小堀悟 池上裕康)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例