京都地方裁判所 平成22年(ワ)4574号 判決 2013年2月01日
原告
X
被告
Y
主文
一 被告は、原告に対し、五九二万一六六七円及びこれに対する平成二二年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨、
一 被告は、原告に対し、一四一六万七六七四円及びこれに対する平成二二年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、原告が所有し、船長として乗り組む船舶と、被告が船長として乗り組む船舶が衝突した事故につき、原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害の賠償及びこれに対する事故の日を起算日とする民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
一 前提事実(証拠等の掲記のない事実は争いがない。)
(1) 次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。(乙二七)
ア 日時 平成二二年七月二七日午後二時五五分
イ 場所 兵庫県柴山港北東方沖合
ウ 事故船舶 被告が船長として乗り組む遊漁船a丸(以下「被告船」という。)
原告が所有し、船長として乗り組む遊漁船b丸(以下「原告船」という。)
エ 事故態様 船首を北西に向けて錨泊していた原告船の左舷中央部に、被告船の船首が衝突した。
(2) 本件事故後の通院経過
本件車故後、原告は、頚部痛、腰部痛、耳鳴り等を訴え、次のとおり通院した。
ア c病院組合d病院(以下「d病院」という。)(甲一三、乙一〇、一四)
平成二二年七月二八日ないし平成二三年五月一三日(実通院日数六日間)
イ e整形外科医院(甲一〇、乙一一)
平成二二年七月二八日ないし平成二三年一月六日(実通院日数八〇日間)
ウ fクリニック(甲一、乙一二)
平成二二年九月二一日ないし同年一〇月二日(実通院日数七日間)
エ g整形外科(甲八、乙一三)
平成二二年一〇月五日ないし平成二三年二月五日(実通院日数一二日間)
オ h医院(甲二、七)
平成二二年一〇月二八日及び同年一一月六日(実通院日数二日間)
カ i耳鼻咽喉科(乙一五)
平成二二年一一月三〇日及び同年一二月二七日(実通院日数二日間)
キ j整形外科(乙一六)
平成二二年一二月一日
ク k医院(甲七、一一、乙一七)
平成二二年一二月二日ないし平成二三年二月四日(実通院日数三六日間)
(3) 既払金
被告は、原告に対し、平成二二年八月二三日、本件事故に関し、三〇万円を支払った。
二 主な争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 責任原因・過失割合
(原告の主張)
ア 被告は、過労であることを認識し無理のない安全な航行を心がけるべきであったのにこれを怠り、また、針路の安全を確認しながら航行すべき義務があるのにこれを怠り、多数の船舶が集合するポイントに進行しているにもかかわらず、時間にして約五分、距離にして約五〇〇メートルもの間、自船の船首が原告船に向いていることを認識しながら進行方向をわずかにずらすこともせず、被告船に衝突する直前まで一度も前方を確認しなかった過失により本件事故を惹起したことから、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
イ 本件事故の現場付近は、多くの遊漁船やプレジャーボートが集合する釣りポイントであり、被告の航行方法は無謀で、過失の程度は故意と同等と評価できるほど重大であるから、本件事故における被告の過失割合は、少なくとも九割を下回らない。
ウ 被告は、原告に見張り放棄等の注意義務違反があったと主張するが、本件事故現場のような多数の船舶が集合する漁場においては、後から来た船舶が、錨泊している船舶に注意を向け、衝突を避けるであろうと考えるのは当然であり、信頼の原則が適用されてしかるべき場面である。
また、被告船の航行速度を考慮すると、原告が被告船が接近するのを発見してから注意喚起信号を行おうとしても間に合わず、まして衝突前に原告船を前進後退させる措置を採れるはずもないから、原告が被告船の動静監視をしていたとしても、本件事故の発生を回避することはできなかった。
(被告の主張)
本件事故の発生には、被告の過失のみならず、見張り放棄、それに伴う注意喚起信号及び衝突回避措置の不履行という原告の過失が寄与したことは明らかである。原告がこれらの注意義務を履行していれば、本件事故は発生しなかったのであり、本件事故の過失割合は、原告四:被告六である。
ア 見張り放棄について
原告は、船橋右側の陰に立ち、左舷側に背を向けて釣り糸、錘を垂らす作業に夢中になり、左舷側から被告船が自船に向かって航行していたのを認識しながら、衝突までの約五分間、左舷側への注意を一切払わず、見張りを放棄した。原告が、船尾甲板上において、四周が十分確認できる状態で上記作業を行っていれば、被告船の接近を容易かつ十分に確認することができ、衝突回避に向けた具体的な行動をとることができた。錨泊中であっても、常時適切な見張りをすべき義務があることはいうまでもなく(海上衝突予防法五条)、見張りの履行は衝突を避けるための基本かつ重要な行為であるため、原告の見張り放棄の過失は重大である。
イ 注意喚起信号の不履行について
原告には、自船に接近する被告船が回避措置をとっていないと判断した場合には、汽笛等による音響信号を発して、被告船に対して注意喚起をする義務があった(海上衝突予防法三六条)。このような注意喚起信号が発せられていれば、被告はより早期に原告との衝突の危険を認識し、本件事故を避けることができた。
ウ 衝突回避措置について
原告は、被告船が原告船に向けて接近していたのであるから、原告船を前進、後退させるなどして、衝突を回避するための措置を講ずべき注意義務があった。原告は、周囲の見張りを完全に放棄していたため、迫りくる被告船の存在に一切気付かず、そのまま漫然と同じ場所にとどまり、上記衝突回避措置をとることはなかった。
(2) 損害
(原告の主張)
原告は、本件事故により、次のとおり損害を被った。
ア 治療費 一三万八三〇五円
(ア) 原告は、本件事故により、外傷性頚椎症、頚椎症性頭痛等の傷害を負い、前記第二、一、(2)のとおり通院し、通院費用として上記金額を支払った。上記のうち一万九四九〇円は症状固定後の治療費及び文書料であるが、症状改善のため治療の費用である。
(イ) 被告は、上記通院は過剰診療であると主張するが、原告は、毎日、頭痛、頸部痛、左肩より左手にかけての痛み、耳鳴り、右肘より末梢の痛みとしびれ、腰から左下股にかけての電気が走るような痛み、左眼瞼の下重感、軽度の眩暈等の複数の症状に悩まされ、その症状緩和のために頻繁に治療を受ける必要があった。また、病院が有している施設の関係で、病院毎に、治療内容が異なり、上記各症状の治療のためには、複数の異なる医療機関において治療を受ける必要があった。
イ 後遺障害逸失利益 一五九万一七六五円
(ア) 労働能力喪失率
原告には、症状固定日(平成二三年二月五日)以降も、頭痛、頸部痛、左肩より左手にかけての痛み、耳鳴り、右肘より末梢の痛みとしびれ、腰から左下股にかけての電気が走るような痛み、左眼瞼の下重感、軽度の眩量等の後遺症が残存した。また、本件事故後のレントゲン検査の結果によれば、椎間孔右側四、六や、椎間孔左側三、四、五、六、七において、外傷性による狭小化が確認されており、これらが原告の自覚症状の原因であると考えられる。したがって、原告の上記後遺症は、「局部に頑固な神経症状を残す」ものとして自動車損害賠償保障法施行令二条別表第二後遺障害等級表(以下「後遺障害等級表」という。)第一二級一四号に該当し、労働能力喪失率は一四パーセントである。
(イ) 基礎収入・労働能力喪失期間
原告の基礎収入は平成二一年度における申告所得金額である一四七万二四四二円であり、労働能力喪失期間は、平均余命の二分の一である一〇年(ライプニッツ係数は七・七二一七)である。
(ウ) 合計 一五九万一七六五円
計算式:1,472,442×0.14×7.7217=1,591,765
(エ) 被告の主張に対する反論
被告は、原告の訴える症状が、頚部神経根症等の既往症、退行変性によるものであり、本件事故との因果関係を欠くと主張するが、原告の頚部神経根症等は、一〇年以上前に既に完治し、本件事故以前には上記各症状は存在していなかったのであるから、原告の訴える各症状は、本件事故による外傷性のものであることは明らかである。また、万一、退行変性が多少あったとしても、本件事故以前は自覚症状が全くなかったのであるから、上記神経症状の発生原因は本件事故以外に考えられず、因果関係を否定することはできない。
ウ 慰謝料 三七九万円
(ア) 通院慰謝料 八九万円
(イ) 後遺障害慰謝料 二九〇万円
エ 原告船の修理費用 五一四万〇二四二円
本件事故により、原告船が損傷したため、原告は、原告船を建造した大分県所在のヤンマー造船株式会社(以下「大分ヤンマー」という。)において修理を行い、下記の金員を支払った。その詳細は、別紙原告船修理費用一覧表記載のとおりである。
(ア) 修理費用(上架料、滞船料含む。) 三七一万一四三五円
別紙原告船修理費用一覧表記載一及び二の修理費用の合計額。
(イ) 上架料、滞船料、修理費用 一七万五〇一四円
別紙原告船修理費用一覧表記載三の費用。
(ウ) 原告船の往復に係る陸送賃等 六四万九三五三円
別紙原告船修理費用一覧表記載四ないし一六の費用の合計額。原告船の修理の受付は、ヤンマー舶用システム株式会社鳥取営業所(以下「鳥取ヤンマー」という。)であるが、同社が修理を拒否したため、関連会社である大分ヤンマーで修理がなされた。
a 原告船を大分ヤンマーの修理工場に持ち込む際の原告船の陸送賃、原告自身の交通費(往復)、現地宿泊費
b 原告船を同修理工場から引き取る際の同修理工場までの原告自身の交通費、原告船の燃料費(復路は原告本人自ら原告船を運転して帰宅)、現地等宿泊費等。
(エ) 備品等 六〇万四四四〇円
本件事故により破損した備品等の費用。別紙原告船修理費用一覧表記載一七ないし三六の修理費用の合計額。
(オ) 合計 五一四万〇二四二円
オ 評価損 一五四万二〇七二円
本件事故により原告船の価値が低下し、少なくとも修理費用の三割相当の評価損が生じた。
(ア) 外観に回復できない欠陥があること
本件事故による亀裂部分については、修理による接合部分が明らかであり、再販売時の価格が低下することが当然に予測される。
(イ) 事故前の機能が復元されていないこと
原告船には、修理が行われていない亀裂部分があり、当該部分から船体内に水漏れが発生している。将来的には、水漏れによる木材の腐敗等により、原告船の耐久性に影響が生じ、再販売時における価値の著しい低下をもたらすと予測される。
(ウ) 事故歴による価値の低下
船舶は車両よりも財産的価格が高く、車両ほど経過年数による価値の下落がないことから、古い船舶であっても高値で取引されることがあり、原告船については現在でも一〇〇〇万円以上の価値がある。そして、船舶の場合には、海上を航行するという性質上、事故歴による心理的な不快感または不安は車両の場合に比して大きく、事故歴により取引価値が大きく低下する。
カ 原告船を使用する営業を休業したことに伴う損害 九七万七三二〇円
(ア) 本件事故当日の休業 四万六〇〇〇円
原告は、本件事故が発生したことにより、本件事故時に乗船していた顧客から、乗船料金(仕立半夜四〇、〇〇〇円、餌代六、〇〇〇円)を回収することができず、損害が生じた。乗船料金の原価は、仕立半夜に要する燃料費約五、〇〇〇円及び餌代約四、〇〇〇円である。
(イ) 本件事故日の翌日以降の休業損害 九三万一三二〇円
① 基礎収入
平成二一年度の原告船の使用による所得金額は九三万一三二〇円である。
② 休業期間 三六五日
本件事故により、原告船が損傷し、原告は、原告船の修理が完了するまでの間、原告船を用いた営業を休業することを余儀なくされた。上記期間のうち、本件事故発生日の翌日から一年間の休業分の損害につき、支払を求める。
(ウ) 合計 九七万七三二〇円
キ 損害の填補 三〇万円
ク 弁護士費用 一二八万七九七〇円
ケ 損害の合計 一四一六万七六七四円
(被告の主張)
ア 治療費 七万円
(ア) 原告が、本件事故の日から平成二三年二月五日までの間、g整形外科、e整形外科医院、fクリニック、h医院、d病院、j整形外科、i耳鼻咽喉科、k医院に通院し、治療費計一一万七九四五円を支払ったことは認めるが、本件事故との相当因果関係は争う。
(イ) 原告は約六か月の間に、実に一四〇日(回)も通院しており、原告主張の症状等からして、余りに過剰な診療が行われている。原告の主張する通院費用のうち、七万円を超える部分は、必要性、相当性を欠き、本件事故との因果関係が認められない。
イ 後遺障害逸失利益 〇円
原告の平成二一年分の申告所得金額が一四七万二四四二円であることは認めるが、逸失利益の発生は否認する。
(ア) 原告の主張する自覚症状の存在自体が疑問であり、仮にそれが存在するとしても、神経学的所見、画像所見による医学的裏付けがないから「局部に頑固な神経症状を残す」とはいえない。
(イ) 原告は、本件事故の一〇年以上前から、頚肩腕症候群、頚部椎間板症等の傷病名で医療機関において治療を受けており、本件で原告が訴えている自覚症状については、頸椎椎間板の変性、骨棘という原告の既往症によるものであって、本件事故との因果関係はない。
(ウ) 仮に、原告の主張するように、椎間孔の狭小化が外傷性のものであるとすれば、骨傷が生じていたり、狭小化の範囲も一部に留まるはずである。ところが、原告の椎間孔の狭小化は、広範囲にわたっており、退行変性による骨棘がその原因であるというべきである。
(エ) 原告は、上記既往症は本件事故以前に完治していたと主張するが、症状の原因となっている頸椎の退行変性による頸椎椎間板の変性や骨棘形成は、治療や姿勢の矯正によって元に戻るものではない。
(オ) 仮に原告の自覚症状と本件事故との間に因果関係が認められるとしても、原告の素因(退行性変化、骨棘)もこれらの症状の発生、悪化に大きく寄与していることは明らかであり、少なくとも五割の素因減額を行うべきである。
ウ 慰謝料
(ア) 通院慰謝料 四五万円
事故後、三か月間を超えて行われた治療は必要性、相当性を欠くから、通院慰謝料は四五万円が相当である。
(イ) 後遺障害慰謝料 〇円
エ 原告船の修理費用等 三七二万九〇〇〇円
原告主張の損害額は過大であり、上記金額を超過する部分は、本件事故による損害とは認められない。
(ア) FRP船は、全国隅々の至るところにまで普及しており、それに伴い、修繕できる造船所も全国に存在している。原告の地元である津居山ドックにおいて、FRP船の修繕をすることは技術的に全く問題がなく、上記船舶の修繕については過去幾多の実績もある。したがって、あえて大分ヤンマーにおいて原告船の修繕を行う必要はなく、同社の修理工場までの運送費の支出は必要性、相当性を欠く。
(イ) 原告が所属しているl漁業協同組合m支所テック課(以下「m支所」という。)の見積によると、原告船の修繕費用の総額は三〇三万〇〇三八円である。m支所での修繕費用は、特別廉価というわけではなく、標準的な金額であるから、原告の請求する大分ヤンマーにおける修繕費用は過大であり、本件事故と相当因果関係のある修繕費用は三七二万九〇〇〇円にとどまる。
オ 評価損
否認する。
(ア) 原告船は平成八年進水、船齢一五年の船舶であり、建造当時と寸分違わず外観を元の状態に復元することは不可能であるが、そのことにより、原告船の機能に具体的な影響が生じることはない。
(イ) 車両の場合には、通常遅くとも初年度登録から五年間を経過すると取引上の評価損はないものとされている。原告船の船齢は一五年であり、そもそも船体が相当程度劣化しており、修繕により価値の下落は生じない。
カ 休業損害
原告船の修理に要した期間は四二日間であるから、損害賠償の対象となる休業損害は、42日×2552円/日=10万7184円である。
キ 弁護士費用
否認する。
第三当裁判所の判断
1 事故態様
証拠(乙二一ないし二七)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件事故の現場付近の状況は、別紙図面のとおりである。本件事故当時、天候は晴れで、風力一の北寄りの風が吹き、潮候は高潮時で、本件事故の現場付近には微弱な東流があり、視界は良好であった。
(2) 原告船は、兵庫県津居山港を定係港とし、総トン数四・五トン、登録長一一・八六メートル、幅二・六四メートル、出力二六四キロワットのディーゼル機関を有するFRP製遊魚船である。本件事故当日午後二時一〇分ころ、原告は、同人が船長として一人で乗り組み、釣り客四人を乗せて津居山港を出発し、いさき狙いの遊魚の目的で、同港西方沖合へと向かった。原告船は、同日午後二時四七分ころ、予め釣りポイントとして設定していた本件事故の現場付近に至り、既に釣りを行っている小型船複数隻の南方に、原告船の機関を中立運転とし、黒色球形形象物等を掲げることなく錨泊した。同日午後二時四九分ころ、原告船の船首が三三七度を向いたとき、左舷船首六七度五〇〇メートルのところに、自船に向首し接近する態勢となった被告船を視認したが、被告船の定係港は柴山港であり、津居山港の漁船である自船の至近まで近寄ってくるはずはないと考え、その後は被告船の動向に注意を払わず、釣り客に遊漁の開始を指示するために、投錨地点と釣りポイントとの位置関係の確認をしていた。
(3) 被告船は、兵庫県柴山港を定係港とする、総トン数六・六トン、登録長一三・五二メートル、幅二・五八メートル、出力三〇一キロワットのディーゼル機関を有するFRP製遊魚船である。同日午後二時三〇分ころ、被告船は、被告が船長として一人で乗り組み、釣り客三人を乗せて柴山港を発し、いさき狙いの遊魚の目的で、同港東方沖合の釣り場に向かった。
被告は、同日午後二時四九分ころ、猫崎灯台から二七九・五度二・一六海里の地点で、次の釣りポイントに向かうために針路を九〇度に転じたが、その際、正船首方約五〇〇メートルの地点に、いさき釣りのために錨泊中の原告船を視認した。被告は、魚群探知機に魚影があれば同船の手前で停止し、その手前に達するまでに魚影がなければ次の釣りポイントに向かうつもりで、約三ノットの速度で、針路を変えずに航行を継続した。被告は、その後、釣り客にできるだけ早く遊漁を開始してもらえるよう、魚群探知機の画面を注視して魚群探査を行い、原告船との接近状況の確認を十分行わなかったため、原告船に衝突の危険性がある態勢で接近中であったのにもかかわらず、針路、速力を変えることなく魚群探知機の画面を注視して続航した。被告は、本件事故直前、原告船との距離を確認するために前方を見て、至近に迫った同船を視認し、直ちに機関を後進にかけたものの、間に合わず、同日午後二時五五分、猫崎灯台から二八一度一・九海里の地点である本件事故の現場において、被告船の船首部が、原告船の左舷中央部に、六七度の角度で衝突した。
衝突の結果、被告船は、船首部外板に擦過傷を生じ、原告船の左舷中央部外板に亀裂、操舵室左舷前部に破損が生じた。
原告は、衝突時、操舵室の右舷側の後部角付近において、ブリッジに尻を当て両足で支える姿勢で海中に投じた鉛付きの釣り糸の流れなどを見ながら、釣り客に釣りの開始の合図をしたところであった。
(4) 平成二三年八月三一日、神戸地方海難審判所は、本件事故に関し、被告を業務停止一か月、原告を戒告にする旨の裁決を言い渡した。
二 責任原因・過失割合
(1) 前記第三、一、(1)ないし(3)認定の事故態様によれば、被告は、前方に錨泊中の原告船に向首する態勢で航行していたのであるから、目測等により原告船への接近状況の確認を十分に行い、衝突の危険がある場合には、衝突を回避するための措置を採る注意義務があったのにもかかわらずこれを怠り、前方の状況を確認せずに航行を継続した過失により本件事故を惹起したといえるから、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任を負う。
(2) また、原告は、本件事故の現場において、機関を中立運転として錨泊し、釣り客に釣りを開始させるにあたり、自船に向首し接近する態勢にあった被告船の動静監視を十分に行い、衝突の危険がある場合には、注意喚起信号を発したり自船を移動させる等して、衝突回避の措置を採るべきであったのにもかかわらず、原告が、これをせずに、被告船が自船の至近に迫ることはないと軽信してその動向を注視せず、衝突回避措置を採らないまま錨泊を継続したことも本件事故の一因となったものと認められる。
そして、前記第三、一、(1)ないし(3)の事故態様、双方の注意義務内容、程度等を考慮すると、本件事故の過失割合は、原告二〇、被告八〇とするのが相当である。
(3) これに対し、原告は、本件事故現場付近のような多数の船舶が集合する漁場においては、後から来た船舶が、錨泊している船舶に注意を向け、衝突を避けるであろうと考えるのは当然であり、信頼の原則が適用されてしかるべき場面であると主張する。しかし、海上衝突予防法五条は、他の船舶との衝突のおそれについて十分判断できるよう、常時適切な見張りをする義務があることを定めており、上記注意義務は、多数の船舶が集合する漁場においても、同様に課せられるものであると解される。したがって、原告は、適切な見張りを行い、錨泊中の原告船に接近する被告船の動静を注意する義務があったといえ、信頼の原則の適用による免責は認められない。
また、原告は、原告が被告船の動静監視をしていたとしても、本件事故を回避することはできなかった旨主張するが、前記第三、一、(1)ないし(3)認定のとおり、原告は、本件事故の約六分前に、自船に向首し接近する態勢にあった被告船を視認しているのであるから、同船の動向に注意を払っていれば、適切な時期に注意喚起信号を発したり原告船を移動させる等の衝突回避措置を採ることにより、本件事故の発生を回避することはできたと認められるから、原告の上記主張は採用できない。
三 損害
(1) 本件事故後の原告の治療経過、症状等について
前記第二、一、(2)の事実、証拠(甲八ないし一一、二七、二九、乙一〇ないし一七、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 本件事故翌日の状況(d病院)
原告は、本件事故の翌日である平成二二年七月二八日、後頚部の重苦しさ、後頚部痛が増悪したため、救急車によりd病院の緊急集中治療科を受診した。その際、四肢に明らかな筋力低下や、後頚部圧痛はなく、頚椎捻挫と診断された。また、XP検査の結果、明らかな骨折や脱臼を疑う画像所見は得られなかった。筋弛緩剤を処方されて帰宅した。
イ e整形外科医院
原告は、同年七月二八日、頚部痛、左肩痛等を訴えてe整形外科医院(兵庫県豊岡市)を受診し、頚椎捻挫と診断された。原告は、平成二三年一月六日までの間、計八〇回同医院に通院し、投薬、リハビリ加療等が実施された。その間、耳鳴りも訴えるようになった。平成二二年一〇月一二日、同医院の担当医の依頼により、d病院放射線外科において頚椎MRI検査が実施され、C五―六―七の骨棘増生、椎間孔狭窄、頸椎脊柱管狭窄なし、頸髄に異常信号域なしとの画像所見が得られた。
e整形外科医院の医師は、同年一一月一九日、原告に対し、症状固定と考える旨告げた。
ウ fクリニック
平成二二年九月二一日、原告は、e整形外科医院に通院しているが、改善がないとして、頚部痛、項部痛、頭痛等を訴えて、fクリニック(石川県小松市)を受診した。頚部及び頭部のXP検査の結果、外傷性頚椎症、頚椎症性頭痛等と診断され、平成二二年一〇月二日までの間、計七回通院し、消炎鎮痛処置、トリガーポイント注射、運動療法等が実施された。
エ g整形外科
平成二二年一〇月五日、原告は、頚部痛、腰部痛等を訴えてg整形外科(鳥取市)を受診し、外傷性頚部症候群、外傷性腰部症候群と診断された。また、同年一〇月一九日には、耳鳴りの症状を訴えた。原告は、上記病院に計一二回通院し、温熱療法等による治療を受け、平成二三年二月五日、症状固定と診断された(症状固定時六三歳)。
同病院の担当医は、症状固定日である同日の診断に基づき、①自覚症状として、頭痛、頚部痛、左肩より左手にかけての痛み、耳鳴り、左膝より末梢の痛みとしびれ、腰から左下肢にかけての電気が走るような痛み、左眼瞼の下重感、軽度の眩量等があり、②他覚症状及び検査結果は、握力は右八・〇kg、左九・〇kg、ジャクソンテストは陽性、モーレイテストは左右共に陽性、両上下肢腱反射は右膝蓋腱反射が低下、下肢伸展挙上テストは右九〇度、左七〇度陽性である旨を記載した後遺障害診断書を作成した。
オ h医院
原告は、平成二二年一〇月二八日及び同年一一月六日、耳鳴り等を訴えてh医院(兵庫県豊岡市)を受診し、検査、投薬等を受けた。
カ j整形外科
原告は、平成二二年一二月一日、j整形外科(兵庫県豊岡市)を受診し、外傷性頚部症候群と診断された。
キ k医院
原告は、同月二日、左後頭部痛、左耳鳴り、左肩から左腕の痛み、指先がキリっと感、二、三日前からの右項部痛を訴えてk医院(兵庫県豊岡市)を受診した。同病院における頚椎六方向によるXP検査の結果、中間位側面や前屈、前後屈制限、正面像でやや左へ斜頚を示し、椎間孔右側四、六、左側三、四、五、六、七の狭小化が認められるとの画像所見が得られた。また、原告は、同医院におけるジャクソンテストの際、右後頭部痛を訴えた。
原告は同日より平成二三年二月四日までの間、計三六回通院し、鎮痛剤の注射、投薬、頚椎の牽引等の治療を受けた。
ク i耳鼻咽喉科(豊岡市)
原告は、平成二二年一一月三〇日、三か月前から浮動性めまい、キーンとする両耳鳴りがあり、h医院で加療したが、増悪した等と訴えて、i耳鼻咽喉科(兵庫県豊岡市)を受診した。聴力検査の結果、右耳は年齢相応、左耳はほぼ正常範囲だが、右に比べやや聴力低下があると診断された。原告は、同年一二月二七日に再度同病院を受診した際には、聴力ほぼ正常化、他覚所見なしと診断された。
(2) 治療費 一一万八八一五円
ア 前記第二、一、(2)の事実及び前記(1)の認定によれば、原告は、g整形外科の担当医により平成二三年二月五日に症状固定と診断されるまでの間、頚部痛、頭部痛、項部痛、耳鳴り等を訴えて、前記第二、一、(2)のとおり各医療機関に通院したことが認められ、原告がその治療費として計一一万七九四五円を支払ったことは当事者間に争いがなく、さらに証拠(甲一二)によれば、原告は、g整形外科での処方による薬剤費として平成二二年一〇月一九日に八七〇円を支払ったことが認められる。症状固定までに要した上記治療費合計一一万八八一五円は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。
なお、原告は、症状固定日以後の治療費及び文書料として、一万九四九〇円を請求するが、上記治療費等に係る治療や文書の具体的内容は明らかではなく、本件事故との間の相当因果関係を肯定すべき特段の事情の証明はないことから、本件事故による損害として認めることはできない。
イ 被告は、原告は本件事故後六か月の間に約一四〇回の通院を行っており、必要性、相当性を欠く過剰診療が行われた旨主張する。しかしながら、前記第三、三、(1)認定の治療経過及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故後、頚部痛、頭部痛等を訴え、g整形外科等の複数の病院に通院したものの、その症状は改善せず、平成二二年一〇月からは耳鳴り等の症状が発現し、それが却って次第に悪化したことが認められ、これによると、複数の医療機関に通院し、通院回数が多数回になり、通院期間が六か月を超えたこともやむを得ないというべきであり、治療内容についても、原告の症状に照らし明らかに不必要、不適切なものがあったことを認めるべき証拠はない。なお、耳鳴りは、本件事故後三か月ほど経過してから発現しているが、頸椎捻挫の症状と捉えられ、事故後しばらくしてから現れることは必ずしも不自然ではないから、本件事故との因果関係を肯定できる。したがって、過剰診療であるとの被告の主張は採用できない。
(3) 後遺障害逸失利益 四二万五九九九円
ア 後遺障害の内容、程度
(ア) 前記(1)の認定によれば、原告は、本件事故後、頚椎捻挫等の傷害を負い、頚部痛、頭部痛等を訴えたこと、症状固定時(平成二三年二月五日)には、頭痛、頚部痛、左肩より左手にかけての痛み、耳鳴り、左膝より末梢の痛みとしびれ、腰から左下肢にかけての電気が走るような痛み、左眼瞼の下重感、軽度の眩量等の症状が残ったことが認められ、症状は不定愁訴的に変化し拡大しそいる気配もあるが、少なくとも頚部痛、左肩痛は本件事故直後から一貫した訴えで、受傷機転に照らしてもその発生について医学的に説明が可能であり、また、治療経過からすると容易に回復するとは考えられないから、頚部痛、左肩痛及び頸椎捻挫に伴う耳鳴り等については、後遺障害等級で言えば、「局部に神経症状を残すもの」として、後遺障害等級第一四級九号に相当する後遺障害にあたるものと認められる。
(イ) これに対し、原告は、本件事故後のレントゲン検査において確認された外傷性の椎間孔狭小化が原告の上記自覚症状の原因であるから、原告の上記後遺症は、「局部に頑固な神経症状を残す」ものとして、後遺障害等級第一二級一四号に該当する旨主張する。
しかしながら、k医院でのレントゲン検査の結果認められた椎間孔右側四、六、左側三、四、五、六、七の狭小化が外傷性であることを認めるべき証拠はなく、しかも、単に椎間孔が狭小化しているというのみでは、これが原告の自覚症状の原因であるとは直ちにいえない。他に、症状固定時に認められた上記各症状について、これと整合する画像所見及び神経学的異常所見が存在したことを認めるに足りる証拠はないから、原告に後遺障害等級第一二級一四号に相当する後遺障害が残存したと認めることはできない。
イ 労働能力喪失率
前記後遺障害の内容、程度に照らすと、労働能力喪失率は五%と認めるのが相当である。
ウ 労働能力喪失期間
前記後遺障害の内容、程度、原告は、現在も頑固な耳鳴り等の症状に悩まされていること(原告本人)に照らすと、労働能力喪失期間は七年間(ライプニッツ係数五・七八六三)とするのが相当である。
エ 原告の基礎収入
本件事故前年である平成二一年分の申告所得金額が一四七万二四四二円であることは当事者間に争いがなく、この金額を基礎収入とするのが相当である。)
オ 逸失利益の額
以上によると、後遺障害逸失利益は、四二万五九九九円となる。
計算式:1,472,442×0.05×5.7863≒425,999(1円未満切捨て)
(4) 慰謝料 一九三万円
ア 通院慰謝料 八三万円
前記(1)認定のとおり、原告は、本件事故後、症状固定日と診断された平成二三年二月五日までの間、通院治療を継続したこと、原告の訴える主たる症状は、自覚症状を主とする外傷性頚部症候群であることなどを考慮するど、通院慰謝料の上記金額をもって相当とする。
イ 後遺障害慰謝料 一一〇万円
前記原告の後遺障害の内容、程度に照らすと、後遺障害慰謝料の額は上記金額をもって相当とする。
(5) 修理費用等 三九六万〇二〇〇円
ア 修理費用 三六七万五〇〇〇円
証拠(甲一四)によれば、原告は、大分ヤンマーに依頼して原告船の修理を行い、その費用として三六七万五〇〇〇円を支払ったことが認められる(別紙原告船修理費用一覧表記載一)。大分ヤンマーにおける修理内容が、必要性、相当性を欠くものであったと認めるに足りる証拠はないことから、上記修理費用は、本件事故と相当因果関係のある損害として認められる。他方、別紙原告船修理費用一覧表記載二のクーラー清掃他は、本件事故との関係が不明であるから、同事故による損害として認めることはできない。
イ 上架料等 七万六二〇〇円
証拠(甲一四)によると、m支所は、平成二三年四月二〇日付けで、原告に対し、上架料(七月二八日)二万九〇〇〇円、滞船料(九月一日~二三年二月三日)九万〇四八〇円(単価五八〇円、数量一五六)、修理費四万七二〇〇円の請求書を発行したことが認められる。原告船は結果的には大分ヤンマーで修理されたが、本件事故当日の上架料二万九〇〇〇円は、同事故直後に当面必要な措置に要する費用として、同事故と相当因果関係のある損害と認められる。また、修理費四万七二〇〇円については、具体的な修理内容が不明であるものの、時期的に本件事故と無関係な修理とは考えられないから、同事故による損害と認める。後記認定説示によれば、本件事故後、原告船の修理業者を決定するのに要する期間は三〇日程度とみるべきであるから、平成二二年九月一日以降の滞船料は、同事故と相当因果関係のある損害とは認められない。したがって、別紙原告船修理費用一覧表記載三に係る上架料、滞船料、修理費のうち、本件事故による損害として認められるのは、七万六二〇〇円である。
ウ 移送費用、交通費等 〇円
証拠(乙五ないし八、三三、三四)及び弁論の全趣旨によれば、現在の大半のプレジャーボート、小型漁船はFRP製であり、FRP船を修理することができる造船所は全国に存在していること、原告船が上架されている津居山漁港の近くにも、修理が可能な造船所が複数存在し、m支所においてもFRP船の修理を行っていること、大分ヤンマーには修理工場がなく、原告船の修理は大分ヤンマーが近隣の造船所に依頼して行ったことが認められることからすれば、本件事故により生じた原告船の損傷を、m支所において修理することは可能であったといえ、大分ヤンマーで修理しなければならなかった合理的理由は見出せない。したがって、上記のとおり、大分ヤンマーにおける修理費用が必要性、相当性を欠くものではないとしても、原告船を定係港である津居山港から大分ヤンマーの工場まで輸送するために要した費用(別紙原告船修理費用一覧表記載八ないし一六の費用)及び陸送準備のために要した費用(同一覧表記載一七及び一八の費用)については、本件事故との間に相当因果関係のある損害とは認められない。
エ 備品等 二〇万九〇〇〇円
証拠(甲六、一四、二〇、三一、乙二五、三二、原告本人)によれば、本件事故により、①原告船に備え付けられていたトイレ及びこれに取り付けられていた備品等が損壊、水没し、原告は、トイレの照明及びスイッチの取付費用、竿・フック立て用金具購入費用、ビルジポンプ購入費用並びにデッキライト設置費用として計九万五〇〇〇円を支出したこと(同一覧表記載二二、二三、二五ないし二七の費用)、②原告船の船体左側に設置されていた手すりが損傷し、原告は、その交換費用として七万円を支出したこと(同一覧表記載二四の費用)、③原告船のガラスフィルム及びキャビン用カーペットが損傷し、原告は、その交換費用として計四万四〇〇〇円を支出したこと(同一覧表記載二八、二九の費用)が認められるから、上記金額が、本件事故による損害として認められる。
他方、同一覧表記載一九ないし二一、三〇ないし三六に係る備品等の購入費用については、本件事故により、上記備品が損傷、滅失等したことを認めるに足りる証拠はないことから、本件事故による損害として認めることはできない。
(6) 評価損 三五万円
証拠(甲二〇、三二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告船は、原告が本件事故の一五年前に約一七〇〇万円程度で新造購入した船舶であること、原告船は、本件事故により、原告船の左舷中央部外板に亀裂等の損傷が生じたこと、大分ヤンマーでの修理後も、左舷中央部に一見して判明する損傷が残存したこと、原告船は、本件事故の事故歴があることにより、取引価格に一定の減価が生じたことが認められる。そして、上記原告船の損傷の態様、程度、修理費用、原告船の船齢及び購入額等の諸般の事情を考慮すると、本件事故により、原告船には、修理によっても回復されない交換価値の下落分として、修理費用の約一割である三五万円の損害が生じたものと認めるのが相当である。
(7) 休業損害 三〇万四五七〇円
ア 本件事故当日の逸失利益
弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により原告船が損傷したことにより、事故当日乗船させていた釣り客から支払を受ける予定であった料金計四万六〇〇〇円を得ることができなくなったこと、上記料金に含まれる必要経費の額は九〇〇〇円であることが認められるから、本件事故当日の逸失利益として、三万七〇〇〇円の損害が生じたことが認められる。
イ 本件事故翌日以降b丸で営業できなかったことによる損害
(ア) 証拠(乙三三、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故後の経過として、次の事実が認められる。
a 平成二二年七月二八日、原告はl漁業協同組合の漁船保険担当者及びn漁船保険組合担当者と、原告船の修理方法、内容、費用等について協議を行った。その際、原告は、①原告船を建造した大分の大分ヤンマーにおける修理を要望し、地元(m支所)での修理は考えていない、②保険で填補されない分の修理費用に関しては、被告に直接請求する旨を述べた。これに対し、上記漁協及び漁船保険組合の担当者は、大分までの移送費を含む修理費用が高額になることから、原告船の修理をm支所で行うよう求めた。
その後、同年八月末までの間、複数回にわたり、原告、上記漁協の保険担当者、n漁船保険組合の担当者、大分ヤンマーの担当者及び鳥取ヤンマーの担当者等の間で、原告船の修理に係る修理工場、修理費用等についての協議が行われたが、原告が上記意向を維持したことから、合意には至らなかった。
b 同年一二月、原告は、一旦は、大分ヤンマーでの修理に固執せず近辺での修理でもよいと考えるようになり、鳥取ヤンマーに対し、原告船の修理の依頼を行ったが、鳥取ヤンマーは、平成二三年一月になっても、原告船の修理に着工しなかった。
c その結果、原告は、同年一月下旬、大分ヤンマーに原告船の修理を依頼をし、同年三月一七日ころ、原告船を、大分ヤンマーへと運搬した。同年四月四日、原告船の修繕費用を三七一万一一四五円とする見積書が完成し、翌五日、原告は、大分ヤンマーに対し、修理代金の頭金二〇〇万円を支払った。同年四月二一日から原告船の修理が行われ、同年五月三〇日に、同修理は完了した。
(イ) 前記第三、一、(3)認定の原告船の損傷態様、程度によれば、原告船の修理に当たり、見積書の作成、修理費用や内容等の交渉、協議、部品の取り寄せ等に一定の日数を要することはやむを得ないと解される。したがって、原告船の修理自体に要した日数である四〇日間に加え、上記交渉等に要した一定の期間につき、休業を余儀なくされたことによる損害は、本件事故との間に相当因果関係が認められる、
そして、上記(ア)認定のとおり、①原告は、平成二三年三月一七日に原告船を大分ヤンマーに輸送したが、修理の見積書が作成されたのは同年四月四日であること、②本件事故後、原告とl漁業協同組合及びn漁船保険組合の担当者等の間には、原告船の修理費用の額や、修理を実施する工場等について、意見の相違があり、その交渉に一定の期間を要したこと、③前記第三、三、(5)、ウのとおり、m支所において原告船の修理は可能であったが、前記原告船の損傷の態様、程度を考慮すると、原告が、原告船の修理を造船会社である大分ヤンマーにて行いたいとの意向を有したこと自体は首肯できる面もあること等を考慮すると、上記(ア)の交渉経過等にかんがみ、本件事故後、七〇日間の休業損害が、本件事故と相当因果関係のある損害として認められる。
(ウ) 甲三号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、平成二一年分の原告船に係る所得は九三万一三二〇円であること、遊魚船としての営業期間は、毎年、四月ないし一〇月ころであることが認められる。上記認定事実によれば、遊魚船事業営業期間中の同事業による所得は一日あたり四三五一円(931,320÷214)と認められる。そうすると、上記休業期間における休業損害は、三〇万四五七〇円(4,351×70)となる。
(8) 前記(2)ないし(7)の合計額 七〇八万九五八四円
(9) 素因減額について
被告は、仮に原告の自覚症状と本件事故との間に因果関係が認められるとしても、原告の素因(退行性変化、骨棘)もこれらの症状の発生、悪化に大きく寄与していることは明らかであり、少なくとも五割の素因減額を行うべきであると主張する。証拠(乙一一、一六)によれば、原告は、平成一二年三月二三日、j整形外科において頚肩腕症候群と診断され、同年七月七日までリハビリ等の治療を受けたこと、平成一二年一〇月一三日にはe整形外科医院を受診し、頚椎XP検査によりC三/四に異常が認められ、頚部椎間板症と診断されたことが認められる。そして、原告は昭和二二年○月○日生まれの男性であること(甲一)を考慮すると、上記頚部椎間板症は、退行変性によるものである可能性が高い。しかしながら、e整形外科医院を受診してから本件事故まで一〇年近くが経過しており、その間、原告が頸部椎間板の異常によって生ずる症状の治療を受けたことを認めるべき証拠はなく、椎間板の変性自体は不可逆的であるとしても、本件事故当時、これが疾患というべき状態であったとは直ちに認められない。さらに、本件事故後、C三/四の異常に対応するC四神経根の支配領域に知覚異常等の症状が出現したことを認めるに足りる証拠はなく、骨棘による圧迫が同事故後の原告の症状の原因であることを認めるべき証拠もない。したがって、被告のいう素因は、素因減額の対象となるものとは直ちにいえないばかりか、当該素因が本件事故後の症状に影響を与えたとも断定できないから、素因減額はしない。
(10) 過失相殺(二〇%)後の金額 五六七万一六六七円
(11) 既払金(三〇万円)差引後の額 五三七万一六六七円
(12) 弁護士費用 五五万円
本件事案の性質、内容、過失相殺後の損害額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は五五万円であると認められる。
(13) 損害合計 五九二万一六六七円
四 結論
以上の次第で、原告の請求は、被告に対し、不法行為に基づき、五九二万一六六七円及びこれに対する本件事故日である平成二二年七月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤明 板東純 栁本つとむ)
参考図1
<省略>