京都地方裁判所 平成22年(行ウ)17号 判決 2011年3月10日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
京都府警察本部長(処分行政庁)が,原告に対し,平成22年1月28日付けでした公文書部分公開決定を取り消す。
第2事案の概要
本件は,京都府警察において行われた懲戒処分に関する公文書について,京都府情報公開条例(平成13年京都府条例第1号。以下「本件条例」という。)に基づき原告がした公文書公開請求に対し,処分行政庁が公文書部分公開決定(以下「本件処分」という。)をしたため,そこで不開示とされた部分の一部の公開を求める原告が,本件処分を不服として,その取消しを求めた事案である。
1 前提事実(争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は,京都において,地方公共団体等の情報公開を進め,行政監視に取り組むことなどを目的とする,民事訴訟法29条の権利能力なき社団である。(弁論の全趣旨)
イ 処分行政庁は,本件条例1条1項の定める実施機関の一つである。
ウ 被告は,処分行政庁の所属する公共団体である。
(2) 本件条例の定め(甲1)
ア 本件条例の前文は,本件条例の目的等に関し,「府が保有する情報の公開は,府民の府政への信頼に基づくより積極的な府政への参加を促し,豊かな地域社会の形成を図る上で,基礎的な条件である。また,府が保有する情報は,広くかつ適正に活用され,府民生活の向上に役立てられるべきものである。このような精神の下に,個人のプライバシーの保護に最大限の配慮をしつつ,公文書の公開を請求する権利を明らかにすることによって「知る権利」の具体化を図るとともに,府の諸活動を府民に説明する責務を果たすため,府政に関する情報を多様な形態によって積極的に提供し,もって府政に対する理解と信頼を深め,府政のより公正な運営を確保し,府民参加の開かれた府政の一層の推進を図り,併せて府民福祉の向上に寄与するため,この条例を制定する。」としている。
イ 本件条例において,実施機関とは,知事や議会など,1条1項に列挙された者をいい,警察本部長もこれに該当する(1条1項)。
ウ 何人も,実施機関に対し,当該実施機関の保有する公文書の公開を請求することができ(4条),実施機関は,公開請求があった場合は,当該請求に係る公文書に6条各号に掲げる非公開情報のいずれかが記録されているときを除き,請求者に対し,当該公文書を公開しなければならない(6条柱書)。
エ 上記の非公開情報の一つとして,「府等が行う事務事業に関する情報であって,公にすることにより,次に掲げるおそれその他事務事業の性質上,当該又は同種の事務事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」が規定されている(6条5号)。そして,上記の「次に掲げるおそれ」の一つとして,「人事管理に係る事務に関し,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ」(同号エ)が規定されている。
(3) 本件処分の経過等
ア 原告は,平成21年12月21日,本件条例に基づき,実施機関の一つである京都府警察本部長に対して,平成19~21年(ただし平成21年は12月21日まで)に行われた懲戒処分に係る事実調査報告書,懲戒審査要求書及び勧告書の公文書公開請求を行った。(甲2)
なお,事実調査報告書は,職員に規律違反等があった場合に行われる事実調査に際して,調査を命じられた担当者が,監察官や警察署長等の所属長に対して,その結果や処分意見等を報告する際に作成する文書である。また,懲戒審査要求書は,所属長の申立てを受けた警察本部長が,当該規律違反について懲戒処分を必要とすると認め,懲戒審査委員会に事案の審査を要求するに際し作成するものであり,懲戒審査要求書には,所属長が作成した申立書が添付されている。この申立書は,上記のような事実調査の結果,所属長が,懲戒手続に付する必要があると認めた場合に,調査結果やその時点における処分意見等を記載し,警察本部長に上記の申立てを行う際に作成するものである(以下,この申立書を単に「申立書」という。)。(弁論の全趣旨)
イ 京都府警察本部長(処分行政庁)は,平成22年1月28日付けで,上記公開請求のあった公文書の一部を不開示とする内容の公文書部分公開決定(本件処分)を行った。本件処分で不開示とされた部分の中には,各事実調査報告書の処分意見欄,措置意見欄及び監督責任欄並びに申立書の処分に対する意見等欄の,懲戒処分等の量定に係る加重又は軽減すべき事情等の検討内容が記録されている部分(以下,この部分を「本件不開示部分」という。)が含まれていた。
本件処分において,本件不開示部分についての公開をしない理由は,この部分には懲戒処分等の量定に係る加重又は軽減すべき事情等の検討内容が記録されており,これを公にすることによって,今後の公正な処分等,適正な監察業務及び公正かつ円滑な人事管理に係る事務に支障を及ぼすおそれがあるためで,本件条例6条5号に該当するためであるとされた。
本件処分は,原告に対して,同月29日の公文書部分公開決定通知書の送達をもって通知された。(以上イにつき,甲2,弁論の全趣旨)
ウ 同年2月1日,本件処分により公開することとされた各事実調査報告書及び各懲戒審査要求書添付の申立書は,非公開部分を黒塗りした写しを原告指定の担当者に対して交付することにより,公開された。(甲3~14(枝番号を含む。以下同じ。),弁論の全趣旨)
(4) 原告は,平成22年4月20日,本件処分の取消しを求めて,本件訴訟を提起した。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
本件処分の適法性(本件条例6条5号該当性)
(原告の主張)
(1) 本件条例の前文は,知る権利の具体化と府の説明責任を明確に示した上で,「府政に対する理解と信頼を深め,府政のより公正な運営を確保し,府民参加の開かれた府政の一層の推進を図り,併せて府民福祉の向上に寄与する」という目的を定めている。この目的は,条例の各条文を解釈する上で指針となるものであるから,本件条例6条の非公開情報の該当性を判断する上でも十分考慮しなければならない。
そして,条例の前文や,6条の規定ぶりからは,府保有情報は開示することが大原則であり,不開示は極めて例外であることが当然に導かれる。とりわけ,公共の安全,利益等を考慮するに当たって,府民の情報開示請求権と比較衡量するような態度は許されず,府民の知る権利や府の説明責任の観点に立ってもなお,高度な公共の安全,利益等が認められる極めて例外的な場合に限って,府保有情報の不開示が許されるというべきである。
したがって,本件条例6条5号該当性も,府民の知る権利や府の説明責任の観点に立ってもなお,高度な公共の安全,利益等が認められる極めて例外的な場合といえるかという基準によって判断されなければならない。したがって,同号の「支障」は,名目的なものでは足りず,実質的なものであることが必要であり,「おそれ」も,抽象的な可能性では足りず,法的保護に値する高度の蓋然性が要求されるというべきである。
(2) 本件不開示部分には,懲戒処分の量定に係る加重又は軽減すべき事情等の検討内容が記録されているところ,この情報を知ることは,原告の知る権利を実現することであるし,また,この情報を公開してこそ,府政に対する府民の的確な理解と批判を可能にし,主権者としての責任ある意思形成を促進するのであるから,被告の説明責任の観点からもこの情報を公開しなければならないといえる。そして,この情報を公開することによって「府政に対する理解と信頼を深め,府政のより公正な運営を確保し,府民参加の開かれた府政の一層の推進を図り,併せて府民福祉の向上に寄与する」という条例の目的を達成することができる。
(3) また,上記の情報は,懲戒処分の量定の判断要素を示すものであり,これを公開することによって,職員が行動の予測可能性をもつことができる上,今後の監察業務及び人事管理に係る事務において恣意的な遂行を排することが可能となるから,本件不開示部分を開示することで,かえって適正な監察業務及び公正かつ円滑な人事管理に係る事務の実現が可能となる。
この点につき,被告は,不服申立てや訴訟といった人事管理の適正を確保する制度が担保されていることから,懲戒処分に係る意見等を公開することで人事管理の適正を図るとする原告の主張には理由がないとするが,人事管理の適正を確保する制度は不服申立てや訴訟だけに限られず,情報公開手続という住民にとって使いやすい制度によっても人事管理の適正を図る必要がある。また,被告は,職員の行動の規範,指針は既に明確であり,処分意見等を公開することが職員の行動の指針となる旨の原告の主張は失当であるとするが,懲戒処分の量定に係る加重又は軽減すべき事情等の検討内容は,地方公務員法の各規定や懲戒処分の指針には示されておらず,これを公開することによって,懲戒処分の具体的な量定の判断要素が明らかになり,職員が行動の予測可能性をもつことができる。
(4) 被告の主張する「支障」及び「おそれ」について
ア そもそも個人のプライバシーについては,本件条例6条1号において非公開情報として掲げられており,同条5号の該当性を判断するに当たって考慮することは誤りである。仮に,同号の該当性を判断するに当たって個人のプライバシーの保護を考慮するとしても,氏名等個人を特定できる部分のみを不開示にすれば十分である。
また,被告は,職員が調査に協力することを躊躇することを問題視するが,当該職員は処分を受ける立場にあるのであり,調査に協力する立場にあるのではないから,処分対象者である当該職員が調査に協力することを躊躇することは,同号の「おそれ」に該当し得ない。そもそも,懲戒処分を受ける当該職員には告知・聴聞の手続が保障されており,その手続の中で当該職員は,処分対象行為について弁明しようとするであろうから,調査協力を躊躇することは考えがたい。躊躇すれば,事情を考慮されずに重い処分を下されるなどかえって不利益を被るからである。
被告は,名目的な「支障」や抽象的な「おそれ」しか述べておらず,処分意見等が同号に該当することの主張としては不十分である。
イ 量定判断の基準又はその過程という情報を公にした場合に,どのような誤解や混乱が生ずるのかの具体的なおそれを,被告は全く示していない。被告の主張は名目的な「支障」に言及したのみで,抽象的な「おそれ」しか挙げられていない。
ウ 量定判断の基準又はその過程は,個別の事案ごとにそれぞれ異なるものであるから,内部的な審査の基準が推測される情報を公開したからといって,任命権者の裁量権を阻害することにはならない。それどころか,内部的な審査の基準が推測される情報を公開することによって恣意的な懲戒処分を排することが可能となるのであり,任命権者の裁量権の逸脱を防止するとともに,裁量権の適切な行使を推進することができ,公正かつ円滑な人事の実施を実現することができる。
エ 懲戒処分の手続における審議,検討等の過程が分かる情報を公にするとなぜ警察内外からの圧力や干渉等があるのか,全く説明がされていない。仮にそのような圧力や干渉等があったとして,監察官や警察署長等の所属長及び調査を命じられた担当者は,その影響を受けて率直な意見の表明をせずに中立性を損なうか不明であり,本当にそのようなおそれがあるとすれば,そのこと自体ゆゆしき問題である。
結局,被告の主張は,名目的な「支障」を挙げて抽象的な「おそれ」を述べたにすぎず,これをもって本件条例6条5号に該当するとはいえない。
(5) 以上によれば,本件不開示部分については,本件条例6条5号該当性が認められないから,本件処分は違法である。
(被告の主張)
(1) 事実調査報告書と申立書は,いずれも職員に対する懲戒処分を検討,決定するために,処分が決定されるまでの間に,各段階の担当者において作成されるものであるところ,上記各文書に記載される処分意見等は,規律違反行為の概略や,その違法性・悪質性,被処分者の常習性・反省の程度や被害者感情等,量定に関する事項についての検討結果等であり,その段階における担当者としての判断等が記載されるものであることなどから,公開することにより,以下のような支障が生じる。
(2)ア 上記各文書に記載された処分の量定にかかわる内容は,その聴取内容等を秘密にすることを前提として行った,処分対象者や関係者からの事情聴取を中心とする調査結果によって得られた事実に基づき判断,記載されたものであること,懲戒処分が職員の勤務成績の一部であり,その人格に深くかかわる場合が多いことなどからすると,処分意見欄等に記載された当該職員及び相手方等の個人に関する情報や担当者による検討内容が公にされることになると,個人のプライバシーの侵害にもつながるし,結果として,その聴取内容が秘密にされることを前提として任意に事情聴取に応じた関係当事者との信頼関係を損なうことにもなる。
また,事実調査は,処分対象者や上司,同僚等を始め,関係者たる部外者に対しても広く行われる事情聴取や,関係書類等の収集・分析等により行われるところ,これら事実調査には強制捜査権限が与えられていないため,特に事情聴取は,情報を得る手段として非常に重要なものとなっている。しかし,今後,事情聴取の内容が公開されることを前提として事情聴取を行わなければならないこととなれば,その聴取内容が,多くの場合,個人のプライバシーに深くかかわったり,自身や第三者の不利益を生ずる内容等,非公開を前提としても話すことに躊躇する内容に及ぶことが通常であるのに,公開を前提とすると,関係者が自己の供述内容等が公開されることを嫌って事情聴取に応じず,あるいは,ありのままに述べることに消極的になるなどして,懲戒処分を行うに当たって必要とされる具体的,客観的な情報が十分に得られなくなるおそれがある。
イ 行政機関が懲戒処分を行うに当たって,具体的にどのような点を重視し,いかなる事情を有利あるいは不利に斟酌し,どのような考察を経て最終的な量定に至ったかなどの詳しい量定判断の基準又はその過程は,本来すべての個別の懲戒事案ごとにそれぞれ微妙に異なるものであるから,これをすべて網羅的に記載することは難しい。
量定判断の基準,判断過程を公開した場合,例えば,同じ内容の非違行為に基づく懲戒処分であっても,先例では,ある事情が有利な事情と判断され,処分が軽減されていたにもかかわらず,後例では,先例時に比較し,当該非違内容に対する社会的な非難が極めて強くなっていたことにより,結果として,当該事由では軽減理由とされなかったという場合等に,関係者らが,記載された内容のみでは,どのような考察を経て最終的な量定に至ったか,その本旨を理解できず,誤って理解する事態も予想される。その結果,「軽減理由にされなかった」ことのみを捉え,恣意的な判断がされたと誤解したり,不公平感を醸成し,現場に混乱を来すおそれがある。
このように,情報を公にすることで,当事者や関係者がそのことを十分に理解せず,少なからざる誤解や混乱を生ずるおそれがあるのであって,このことは,当該職員や関係職員のみならず,組織全体の士気に影響を及ぼし,職務能率の低下を招くおそれがある。
ウ 行政機関が行う人事管理(職員の任免,懲戒,給与,研修その他職員の身分や能力等に関すること)事務については,当該機関の組織維持の観点から行われるもので,一定の範囲で当該組織の独自性を有するものである。そのような人事管理事務の一環である懲戒処分については,懲戒処分を行うか否か及び地方公務員法29条所定の4種類の処分(戒告,減給,停職,免職)の内容のうちどの処分が相当であるかの判断について,任命権者の裁量権が認められていると解されるところ,内部的な審査の基準が推測される情報を公開すると,任命権者は裁量権を適切に行使し,適切な判断をすることが難しくなり,その裁量権が阻害され,適切な行使を妨げる可能性があり,公正かつ円滑な人事の実施に支障を及ぼすおそれがある。
例えば,過去の事例において,処分が軽減される要因となった判断要素が明らかになれば,同様の非違行為をした処分対象者は,自身の処分の軽減を図るために,その内容に沿うように脚色した供述をするおそれがある。また,処分意見等が,本件条例に基づく公文書の公開の対象となり得るものとすると,その内容が公開された場合に生じる種々の影響を考慮するあまり,調査担当者として指定を受けた者が非違行為にかかわる事実関係や当該行為に対する評価等について率直かつ具体的な記載をすることが困難になり,当たり障りのない記載しかし得なくなって,その結果,記載内容が形骸化し,事実調査報告書や申立書の役割が失われてしまい,任命権者が公正かつ妥当な処分を行うために必要な情報が十分に得られなくなる事態に陥ることも予想される。さらに,処分対象者や関係者の供述内容が公開されることを前提とすれば,上記アのように,ありのままの聴取が困難となり,必要な調査が十分に行えない。
これらの結果,任命権者が公正かつ妥当な処分を行うための必要な情報を十分に得られなくなることとなり,任命権者の裁量権を阻害するおそれがある。
エ 処分意見等が公開されることになった場合,任命権者の裁量権に基づく判断やそれに至る経緯等が,請求者を問わず,広く外部に公開されることとなるが,これら請求者の中には,処分対象者の関係者や懇意の者,利害関係を有する者,マスコミ等,さまざまな者が含まれ,これらの者が独自の考え等によって,調査担当者等に対する圧力や干渉を加えるおそれがある。また,処分対象者の調査を行う担当者に指定される者は,懲戒処分の業務を専従的に行う者に限らず,一般の警察官として,当該懲戒処分に関係する警察官と同じ職場で業務を行う者である場合もあるから,文書の内容が公開されることを前提とすれば,その記載内容が処分対象者にとって不利益な内容であった場合,処分対象者と懇意の者や,関連して不利益を受けるおそれのある者等からの誹謗中傷や圧力のおそれを意識せざるを得なくなり,結果,記載内容が形骸化するおそれがある。
このように,審議,検討等の過程が分かる情報を公にした場合,警察内外からの圧力や干渉等の影響を受けることなどにより,監察官や警察署長等の所属長及び調査を命じられた担当者における率直な意見の表明又はその中立性が損なわれるおそれがあり,その結果,最終的な警察本部長の意思決定にも不当な影響を与えるおそれがある。
(3) 以上のとおり,各文書に記載された処分意見等は,これを公開すると,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがあることが明白であり,本件条例6条5号の非公開情報に該当する。
よって,本件処分は適法かつ妥当である。
(4) 原告の主張に対する反論
ア 情報公開請求権は,憲法21条で直接的に保障された権利ではなく,条例で定められる所与の規定によって具体的な権利性をもつ条例上の請求権であるところ,立法者は条例の制定に際し,制度の趣旨,公文書の公開又は非公開に係る公益性,有用性等を総合衡量した結果,原則公開の条例においてもなお,例外的に非公開とせざるを得ない情報があると判断し,これを本件条例6条において非公開情報として具体的に類型化して規定し,個人,法人等の権利利益,公共の安全,利益等との適切な利益衡量を図っているものである。よって,公文書に記録された情報を非公開とするか否かの判断は,本件条例6条各号の規定や,その制定の趣旨に照らして適切に審査するべきものである。原告が前提とする考え方は失当である。
イ 情報公開制度は,地方公共団体の条例制定に始まり,平成11年に行政機関の保有する情報の公開に関する法律が制定されるとともに,全国の条例が同法の形式にならう形で改正されたという経緯をたどるところ,同法5条6号で,本件条例6条5号と同様の規定が定められており,同法5条6号にいう「おそれ」については,「抽象的な可能性では足りず,法的保護に値する程度の蓋然性」が要求されると解されるが,「高度の蓋然性」まで要求されているものではない。
ウ 懲戒処分については不服申立制度が設けられており,被処分者がその処分に不服がある場合には,地方公務員法49条の2所定の手続により,人事委員会や公平委員会による審議を受けることができる上に,最終的には,処分の適法性の判断を裁判所にゆだねることも認められている。このように,人事管理の適正を確保する制度が担保されていることからしても,処分意見等を公開することで人事管理の適正を図るとする原告の主張には理由がない。
エ 公務員が遵守しなければならない服務上の義務や,いかなる行為が懲戒処分に該当するかは,地方公務員法29条,30~38条に明示されていることに加え,京都府警察では,処分対象となる具体的な規律違反行為と処分の種類が例示された懲戒処分の指針(乙1)が職員に周知徹底されており,職員の行動の規範,指針は既に明確であるから,処分意見等を公開することが職員の行動の指針となる旨の原告の主張は失当である。
第3当裁判所の判断
1 本件不開示部分の記載を公開することにより,「人事管理に係る事務に関し,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ」(本件条例6条5号エ)があると認められれば,本件不開示部分の記載は同号の非公開情報に該当し,これを公開しなかった本件処分は適法であるといえる。そこで,以下,上記のおそれの有無を検討する。
(1) 証拠(甲3~14)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 事実調査報告書と申立書は,いずれも職員に対する懲戒処分を検討,決定するために作成されるもので,事実調査報告書の処分意見欄,措置意見欄及び監督責任欄や,申立書の処分に対する意見等欄には,懲戒処分等の量定に係る加重又は軽減すべき事情等の検討内容が記載されており,その中に,勤務成績や平素の行状等の職員個人の資質,人格,名誉等にかかわる情報が記載されていることもある。
イ 上記記載は,聴取内容等を秘密にすることを前提として行われた,処分対象者や関係者からの事情聴取を中心とする事実調査の結果によって得られた事実に基づき判断,記載されるものである。
ウ 事実調査は,処分対象者や上司,同僚等を始めとする関係者に対して行われる事情聴取や,関係書類等の収集・分析等により行われる。事実調査に関しては強制捜査権限がなく,調査は任意のものである。
エ 本件処分の対象となった各事実調査報告書及び各申立書についても,上記ア~ウの事情が当てはまる。
(2)ア まず,上記(1)の各事実によれば,懲戒処分等の量定に係る加重又は軽減すべき事情等の検討内容が記録されている本件不開示部分の記載が公開されることとなると,個人のプライバシーの侵害につながり得るだけでなく,事情聴取の内容が実質的に公開されるということにもなりかねず,そうすると,聴取内容が秘密にされることが前提にならなくなって,今後の懲戒処分等に係る事実調査の際に,関係者が自己の供述内容等が公開されることを予測して事情聴取に応じなかったり,真実を述べることに消極的になるなどして,懲戒処分等の内容を決定するに当たり必要とされる情報が十分に得られなくなる蓋然性がある。この点は,事実調査が任意のものである場合,事情聴取が情報を得る手段としてとりわけ重要なものとなることからすると,その後の懲戒処分等に係る事務に与える影響は非常に大きい。
イ 次に,本件不開示部分の記載が公開されることになると,事実調査の担当者が,公開後に調査の内容,特に意見の内容を知った関係者から圧力や干渉等を受けることをおそれるなどして,調査報告書等に,事実関係や非違行為に対する評価等についての率直かつ具体的な記載をすることが困難になることが十分に考えられる。
ウ また,本件不開示部分の記載が公開されるようになると,非違行為を行った者が,過去の事例について公開された情報から,どのような場合にはどのような種類の処分になるかの判断基準を推測し,事情聴取の際に,ことさらにその基準に沿うような供述をすることも考えられる。
エ さらには,職員一般の中で,上記の推測にすぎない判断基準があたかも客観的なものであるかのように誤解され,各職員の行為や思考の基準とされるなど,誤解や混乱が生じるもととなることも考えられる。
オ 懲戒処分を行うか否か,行うとして戒告,減給,停職及び免職(地方公務員法29条1項)のうちどの処分が相当であるかの判断については,完全な自由裁量とまではいえないものの,任命権者に一定範囲の裁量権があると解されるところ,本件不開示部分に記載されているような情報が公開され,上記ア~エのような状況が生じることにより,任命権者がその裁量権を行使するために必要な資料が十分に得られなくなって,その適切な行使が困難になったり,また,任命権者自身も,情報公開後に関係者から圧力や干渉等を受けることをおそれるなどして,裁量権の行使に本来考慮してはならない事情を持ち込んでしまう可能性もある。
(3) 以上によれば,本件不開示部分の記載を公開することについては,懲戒処分等を行うのに必要な資料が十分に得られなくなり,任命権者の裁量権の適切な行使も困難になるという意味において,将来の懲戒処分等に関する事務の公正かつ円滑な遂行,すなわち,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがあると認められる。
2 したがって,本件では,本件不開示部分の記載の公開による「人事管理に係る事務に関し,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ」(本件条例6条5号エ)があると認められるから,本件不開示部分の記載は同号の非公開情報に該当し,これを公開しなかった本件処分も適法である。
3 なお,原告は,本件条例の前文や6条の規定ぶりからは,府保有情報は開示することが大原則であり,不開示は極めて例外であることが当然に導かれ,府民の知る権利や府の説明責任の観点に立ってもなお,高度な公共の安全,利益等が認められる極めて例外的な場合に限って,府保有情報の不開示が許されるというべきであって,同条5号該当性も,そのような基準によって判断されなければならない旨主張する。
しかし,そもそも情報公開請求権は,法律又は条例の規定によって具体的権利性をもつものであり,条例の制定に際しては,制定者が,公開によって得られる利益のほか,それによって害される個人のプライバシー等の権利利益や,公共の利益等を総合的に衡量して,具体的な諸規定を定めるものであり,本件条例についても,例外的に非公開とされるべき情報について,上記のような総合衡量の結果,6条において具体的に類型化して規定されているものと解される。したがって,同条各号の解釈も,上記の総合衡量の結果定められた規定の文言や趣旨を踏まえ,客観的,合理的に行われるべきである。
そして,同条5号は,本件条例の前文や6条柱書,同条各号の文言に照らして考察すれば,「支障」については実質的なものであること,「おそれ」については法的保護に値する程度の蓋然性が認められる必要があり,また,「公正かつ円滑」(同号エ)あるいは「適正」(同号柱書)な事務の遂行に支障を及ぼすか否かの判断においても,当該支障と情報の公開による公益上の必要性との比較衡量を行った上で判断すべきと解され,したがって,開示の可否の判断についての実施機関の裁量にも一定の限界があると解されるけれども,原告の主張するように,極めて例外的な場合にのみ同号の該当性が肯定されるというようには解されない。
本件においては,上記1,2の検討結果によれば,本件不開示部分を開示することにより,上記の程度の実質性,蓋然性の認められる「支障」や「おそれ」があるということができる。また,原告の主張するような公益上の必要性,すなわち,府政への府民の的確な理解と批判を可能にし,主権者としての責任ある意思形成を促進するとか,職員が行動の予測可能性をもつことができ,今後の事務の恣意的な遂行を排することが可能となるなどの利益と比較衡量をしてみても,職員の行動の予測可能性や恣意的な業務遂行の排除については他の方策が存在すること(不服申立ての制度の存在や,京都府警察における懲戒処分の指針(乙1)があること)に加え,上記の支障やおそれの内容等に照らせば,公開した場合の利益よりも,不開示にして当該支障やおそれを生じさせない利益の方が上回っていると認めることができる。
4 結論
以上のとおり,本件処分は適法であり,原告の請求は理由がないから棄却す る。
(裁判長裁判官 瀧華聡之 裁判官 梶山太郎 裁判官 高橋正典)