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京都地方裁判所 平成22年(行ウ)36号 判決 2011年10月18日

原告

X

同訴訟代理人弁護士

江頭節子

被告

同代表者法務大臣

平岡秀夫

処分行政庁

大阪入国管理局長

坂本貞則

被告指定代理人

小河好美

外6名

主文

1  処分行政庁が原告に対して平成22年5月7日付けでした在留資格認定証明書不交付処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

主文1項と同旨

第2  事案の概要

1  本件は,中華人民共和国(以下「中国」という。)の国籍を有する外国人である原告が,その夫であるA(以下「A」という。)を代理人としてした在留資格認定証明書の交付申請(以下「本件申請」という。)に対し,処分行政庁がこれを不交付とする決定(以下「本件処分」という。)をしたことから,原告が,その取消しを求める事案である。

2  前提となる事実(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)ア原告は,1968年(昭和43年)10月*日に生まれた中国国籍を有する外国人女性であり,現在,中国で居住している。

原告は,1988年(昭和63年)に中国人男性と婚姻し,同人との間に長男及び長女B(1993年〔平成5年〕10月*日生。以下「B」という。)をもうけたが,2008年(平成20年)に離婚した。

イ Aは,昭和24年11月*日に生まれた日本国籍を有する男性であり,京都市a区b町c番地<以下略>に居住している。

Aは,昭和47年1月20日,Cと婚姻し,同女との間に2子をもうけたが,平成17年4月7日,離婚した(乙2)。

ウ D(以下「D」という。)は,原告の妹であり,現在,日本人男性と婚姻し,京都市a区内に居住している。

(2)原告は,平成21年7月28日,Aと中国の方式により婚姻し,日本においても,Aが,同年9月14日,原告と婚姻した旨の報告的届出をした(乙2)。

(3)原告は,平成21年9月17日,大阪入国管理局京都出張所において,Aを代理人とし,在留資格を「日本人の配偶者等」として,処分行政庁に対し,在留資格認定証明書交付申請(以下「前回申請」という。)をした(乙3)。

(4)法務大臣から権限の委任を受けた処分行政庁は,平成21年11月11日,前回申請について在留資格認定証明書不交付処分(以下「前回処分」という。)をし,前回申請の代理人であるAに対し,これを通知した(乙4)。

(5)原告は,平成22年3月26日,大阪入国管理局京都出張所において,Aを代理人,行政書士Eを申請取次者等とし,在留資格を「日本人の配偶者等」として,処分行政庁に対し,在留資格認定証明書交付申請(本件申請)をした(乙5)。

(6)法務大臣から権限の委任を受けた処分行政庁は,平成22年5月7日,本件申請について本件処分をし,本件申請の代理人であるAに対し,これを通知した(甲1)。

3  関係法令の定め

(1)出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)7条1項は,入国審査官は,上陸の申請があったときは,上陸のための条件に適合しているかどうかを審査しなければならないとし(同項柱書),その条件の1つとして,申請に係る本邦において行おうとする活動が虚偽のものでなく,別表第1の下欄に掲げる活動又は別表第2の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動のいずれかに該当すること等を規定している(同項2号)。そして,別表第2は,下欄において,「日本人の配偶者」等と定めている。

(2)法7条の2第1項は,法務大臣は,法務省令で定めるところにより,本邦に上陸しようとする外国人(本邦において別表第1の3の表の短期滞在の項の下欄に掲げる活動を行おうとする者を除く。)から,あらかじめ申請があったときは,当該外国人が法7条1項2号に掲げる条件に適合している旨の在留資格認定証明書を交付することができる旨を,法7条の2第2項は,上記の申請は,当該外国人を受け入れようとする機関の職員その他の法務省令で定める者を代理人としてこれをすることができる旨をそれぞれ規定している。

(3)法7条の2第1項所定の法務省令である出入国管理及び難民認定法施行規則(以下「規則」という。)6条の2は,在留資格認定証明書の申請手続について定めており,同条5項本文は,地方入国管理局長は,在留資格認定証明書の交付申請を行った者が,当該外国人が法7条1項2号に掲げる上陸のための条件に適合していることを立証した場合に限り,在留資格認定証明書を交付する旨規定している。

4  争点及びこれに対する当事者の主張

本件の争点は,原告が法7条1項2号に掲げる条件に適合しているか,すなわち,原告が本邦において行おうとする活動が虚偽のものではなく,「日本人の配偶者の身分を有する者としての活動」に該当するという要件を満たしていたか否かであり,この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

(原告の主張)

(1)法7条1項2号に規定する上陸のための各要件については,申請に係る活動を基礎付ける事実の立証があれば足り,入国後に申請に係る活動と異なる活動を絶対にしないことの立証や申請に係る活動が偽装でないことの立証まで求められるものではない。「日本人の配偶者の身分を有する者としての活動」を基礎付ける事実としては,配偶者が存在すること,法的婚姻手続が完了していること,居住する家や生計の目処など生活の基盤の確保等が考えられるところ,在留資格認定証明書の交付申請に当たって,これらを立証し,婚姻前後の事情が実質的に重要な点において不合理な点がなく,全体として一応矛盾なく説明していれば足りるというべきである。

被告は,規則6条の2第5項本文は在留資格認定証明書の交付要件を規定したものであり,したがって,本件訴訟の審判対象は,本件申請時に原告が提出した資料により法7条1項2号に規定する上陸条件に適合することを立証できたかどうかであって,本件訴訟において,本件申請時の提出資料の不足を補うような主張立証はできない旨を主張する。しかし,被告は,本件訴訟の当初からかかる主張は全くしておらず,被告において格別の主張立証もなく,人証申請が採用され,尋問期日が指定された後に,しかも尋問期日の直前になって主張し始めたものであり,これが訴訟の完結を遅延させるものであることは明らかであるし,主張の時機が後れたことにつき少なくとも重大な過失がある。したがって,被告の上記主張は,時機に後れた攻撃防御方法として,却下されるべきである。

(2)原告は,本件申請時においてAと法律上婚姻しているのはもとより,中国において結婚式も挙げている。他方,Aは,日本に住居と定職を有し,原告の身元保証をしているもので,日本における生活基盤にも問題はない。そして,Aは,原告に会うため頻回にわたり中国に渡航しているところ,当初はDに伴われていたが,その後は1人で渡航を繰り返し,原告と新婚生活を過ごすとともに,原告の親族とも交流をしている。夫婦間の意思疎通については,原告はAに愛情を伝える手紙を送っているほか,Aは原告に何度も電話をかけており,通訳として日本に原告の妹であるDもいる。そもそも夫婦間の会話は日常に密着した衣食住のことが大部分であるから,言葉に頼る部分はさほど多くなく,原告が現時点でいまだ日本語を解しないとしても,日本で生活しながら覚えることで十分であり,このことが婚姻の実体を否定する理由にはならない。

(3)以上からすれば,原告が本邦において行おうとする日本人の配偶者としての活動が社会通念上虚偽のものでないことについては十分な立証がされており,本件処分は違法である。

(被告の主張)

(1)外国人が在留資格認定証明書の交付を受けるためには,本邦において行おうとする活動が法7条1項2号に規定する上陸のための各要件を具備することが必要であり,かつ,その立証責任は原告にあるところ,原告が,本件申請ソにおいてAとの婚姻を立証するものとして提出した文書によっては,原告が本邦において行おうとする日本人の配偶者としての活動が社会通念上虚偽のものでないと認めるに足りる十分な立証があったとは認められない。

そして,規則6条の2第5項等の規定にかんがみれば,在留資格認定証明書の交付における処分要件は,当該申請に係る提出資料により,法7条1項2号に規定する上陸条件に適合していることを立証した場合に該当すると認められることであると解するのが相当である。したがって,在留資格認定証明書不交付処分の取消訴訟における審判対象も,当該申請時の提出資料により上記適合性を立証した場合に該当すると認められるか否かに限られるというべきであり,本件訴訟において新たに提出された証拠資料や証人尋問等の結果によって,その提出資料の不足を補うような主張立証は許されない。

(2)婚姻の本質は,両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真しな意思をもって共同生活を営むことにあるとされていることからすれば,「日本人の配偶者の身分を有する者としての活動」に該当するためには,当該外国人が,我が国においてその配偶者である日本人と同居し,互いに協力し,扶助し合って(民法752条)社会通念上の夫婦共同生活を営むという実体が必要なのであって,婚姻関係が法律上存続している場合であっても,夫婦の一方又は双方が既に上記の意思を確定的に喪失するとともに,夫婦としての共同生活の実体を欠くようになり,その回復の見込みが全くない状態に至ったときは,当該婚姻はもはや社会生活上の実質的基盤を失っているものというべきであるから,日本人との間に婚姻関係が法律上存続している外国人であっても,その婚姻関係が社会生活上の実質的基礎を欠いている場合には,その者の活動は日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当するということはできないと解すべきであり,そのような外国人は,「日本人の配偶者等」の在留資格取得の要件を備えているということはできない。

これを本件についてみると,国外に在住する者との婚姻関係にあっては,その真偽を確認する上で,紹介者や紹介の時期,経緯及び状況についての事実関係が重要となるにもかかわらず,本件申請は,前回申請と比較して紹介者が異なるなど,そうした事実関係が全く判然としない。また,原告とAの婚姻に至る経緯については,重要な点について合理的な理由なくA及びDの供述が変遷している上,意思疎通や相互理解が真しに婚姻生活を営もうとする者としては余りに乏しく,実質を伴っているとは評価できず,不自然である。婚姻後の状況をみても,A自身には,中国語を勉強して少しでも原告と意思疎通を図ろうというような努力をしていることが全く窺われないし,原告及び原告の娘と同居するための具体的な準備も特に進めていないというのであって,A及び原告が真しに婚姻生活を営んでいく意思を有しているとも考え難い。加えて,原告とAが真に婚姻をしたのであれば,Aは,原告を扶養すべき立場にあるところ,本件で,Aが原告に生活費等を送金して扶養していることを窺わせる事実は何ら認められない。

(3)以上からすれば,原告が本邦において行おうとする日本人の配偶者としての活動が社会通念上虚偽のものでないと認めるに足りる十分な立証があったとは認められないから,本件処分は適法である。

第3  当裁判所の判断

1  前提となる事実と証拠(甲1~19,乙1~6,7の1・2,8~15,16の1~4,17の1~3,18,24,証人D,同A)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)ア原告は,昭和63年に前夫と婚姻して,その間に2子をもうけたが,平成20年に離婚し,現在は実兄の営む建築業を手伝う程度で定職に就いておらず,長女のBと中国福建省d市内で暮らしている。また,原告は,小学校に二,三年通っただけで,中国語の読み書きもほとんどできない。

イ Aは,昭和47年に前妻と婚姻して,その間に2子をもうけたが,平成17年に離婚し,京都市a区内のアパートで単身居住している。平成19年7月からタクシー運転手として稼働していたが,平成21年7月からは派遣社員としても働くようになり,平成22年の派遣社員としての収入は年額約152万円であった。

ウ Dには離婚歴があるところ,その後偽装結婚をして台湾で暮らし,平成13年11月,日本に不法入国した。入国後,男性客相手のエステ店でマッサージ嬢として働いていたが(勤務する店舗は,「F」,「G」,「H」と転々とした。),この間知り合った日本人男性と婚姻して在留特別許可を取得し,現在は京都市a区内で生活している。

(2)アAは,平成15年2月ころ,Dが勤務するエステ店を客として利用したことから同人と知り合った。以後,月に二,三回Dのもとに通うようになったが,店外で同人と遊びに出かけたり,同人がエステ店を辞めた後は個人的にマッサージをしてもらうこともあった。

イ 平成17年9月ころになり,Dが夫の反対等もあってこれ以上マッサージを続けることはできないと断ってきたため,AはDのもとを訪れなくなり,以後約2年間にわたり連絡を取り合うことはほとんどなかった。

(3)その後,AとDは再び連絡を取り合い,食事等をするようになったが,平成20年5月ころ,DからAに対し,原告との再婚話が持ちかけられた。なお,原告は離婚する6年くらい前から前夫と別居生活を送っていたところ,その間にDから,再婚の勧めを受けるとともに,Aの存在を伝え聞いていた。

(4)Aは,原告との間で互いが写った写真を交換したり,電話や手紙で連絡を取り合ったこともないまま,平成21年6月19日,Dとともに中国に渡航し,初めて原告と会った。翌20日には原告やその親類と昼食を共にしたが,原告の両親は同席しなかった。原告は日本語を理解できず,Aは中国語を理解できなかったため,原告との会話は,ほとんどがDや原告の甥であるI(以下「I」という。)の通訳を介して行われた。

(5)Aは,平成21年7月26日,中国に再度渡航し,同月28日,中国の方式により婚姻した。同日,中国福建省d市内のレストランで,原告,A,原告の長男,B,原告の両親,Dらが出席して酒宴が催されたほか,Aの滞在期間中に原告とAは周辺の観光地を巡るなどし,同月31日Aは帰国した。この間も原告とAとの会話は,Dの通訳を介して行われた。

なお,Aは,事前に原告と会うことについて姉に話したのみで,婚姻することについては親族の誰にも知らせていなかった。

(6)Aは,平成21年9月14日,原告と婚姻した旨の報告的届出をした。

(7)ア原告は,平成21年9月17日,大阪入国管理局京都出張所において,Aを代理人とし,在留資格を「日本人の配偶者等」として,処分行政庁に対し,前回申請をした。

イ Aは,前回申請において提出した質問書に,紹介者として「I」,紹介された年月日,場所及び方法として「2009年5月20日,自宅で電話により紹介された。」,結婚に至った経緯について「2008年5月当時,私の勤務先へ一時アルバイトとして入社してきたIと懇意になり,現在まで親交を深めております。当時私は離婚したことにより再婚を望んでおり,Iの親族で同じような境遇でもあった原告を紹介していただくことになりました。2009年6月19日中国へ渡航し,初めて原告と会って,お互い結婚について話し合った結果,結婚することに合意し,翌日(翌月)親族の方々の承諾もいただき,7月28日結婚致しました。」旨をそれぞれ記載した。また,同質問書の妻の親族欄には,Dの氏名は記載されなかった。なお,同質問書の冒頭及び末尾には,注意書きとして「事実に反する記入をしたことが判明した場合には審査上不利益な扱いを受ける場合がある」旨が付記され,同部分には下線が引かれている。

ウ 大阪入国管理局京都出張所入国審査官は,平成21年11月4日,原告に対し電話をかけたところ,原告は福建語しか話せないとして,原告の友人と称する者が通訳として応対し,Aの氏名の日本語読みはわからず,同人の生年月日もわからないことなどを回答したほか,紹介者がIであることを前提とした入国審査官による質問に異議を唱えることはなかった。

エ 処分行政庁は,平成21年11月11日,前回申請について前回処分をし,Aに対しこれを通知した。

(8)Aは,平成21年10月23日に中国に渡航し,原告のもとを訪れ,同月26日に帰国した。

(9)Aは,前回処分を受け,平成21年12月ころ,原告の在留資格認定書交付申請について行政書士に依頼することとした。

その後,Aは,平成22年1月22日に中国に渡航し,原告やその家族と過ごし,同月25日に帰国した。

(10)ア原告は,平成22年3月26日,大阪入国管理局京都出張所において,Aを代理人,行政書士Eを申請取次者等とし,在留資格を「日本人の配偶者等」として,処分行政庁に対し,本件申請をした。

イ 本件申請において提出された質問書には,前回申請と異なり,紹介者として「D」,紹介された年月日,場所及び方法として「2009年5月,レストランで対面により紹介された。」,結婚に至った経緯について「2003年2月初旬,エステ『G』で働いていたDと客として知り合い,以後友人として付き合っています。2009年5月ころ,京都市内のレストランでDと食事をしたとき,原告と見合いをしてみないかと言われ,私も離婚し独り身でしたので,渡航して見合いをしてみることにしました。同年6月19日,私は原告に会うため中国に赴き,原告に会い,2人とも良い印象を持ちました。私は,翌20日原告に結婚を申し込んだ。原告も同意してくれたので,結婚の準備を進めることを約束して6月22日に帰国しました。同年7月26日,再び原告に会い結婚の準備をするために中国を訪れ,同月28日に福建省民生局へ婚姻届をし,同月31日に帰国した。同年9月14日には,日本への婚姻届を行い,その間,妻とは手紙やDを介して電話をかける等の方法で近況報告や気持ちのやりとりをしていました。」などと記載されている。そして,紹介者として前回申請とは違う記載をした点については,「当時,Dは,マッサージ師法違反等で取り調べを受けた直後だったので,同人が紹介者では疑われるのではないかと思い,原告の親族であったIを紹介者として記載しました。今から思うと,浅薄な考えで,かえって原告やその家族に迷惑をかけたと思い,深く反省しています。」旨が記載されている。

ウ 本件申請の添付資料として,Aに係る戸籍謄本,住民票,在職証明書,市・府民税課税証明書,身元保証書,パスポート写し及び自宅賃貸借契約書,原告に係る婚姻公証書,(前婚の)離婚公証書,親族関係公証書及びパスポート写し等が提出されたほか,携帯電話の料金明細内訳書,写真(前記酒宴時等の写真)及び原告のA宛ての手紙3通が提出された。

上記料金明細内訳書は,平成21年9月2日から平成22年1月28日までの間に係るものであり(ただし,平成21年12月に係るものはない。),これによると,概ね午後10時以降に架電され,通話時間は長くて12分33秒,短くて18秒となっている(数分程度の通話時間が大半を占めている。)。

また,原告のA宛ての手紙3通(消印が平成21年8月及び9月のもの)には,原告がAとの婚姻を望んでいること等が記載されているが,いずれも原告の自筆によるものではない(なお,Aが原告宛てに手紙を出したことはない。)。

エ 処分行政庁は,平成22年5月7日,本件申請について本件処分をし,Aに対しこれを通知した。

(11)Aは,平成22年6月23日に中国に渡航し,原告のもとを訪れ,同月27日に帰国した。

(12)Aは,その後,平成22年10月1日に中国に渡航(同月8日に帰国。)したほか,平成23年2月23日にも中国に渡航し,原告と廈門観光をするなどして過ごし,同月28日に帰国した。

(13)原告は,日本語について,五十音表を見る程度の勉強をしているが,いまだ日本語で簡単な日常会話ができるような状態にはなっていない。

2  (1)ところで,本邦に上陸しようとする外国人は,その者が上陸しようとする出入国港において,法務省令で定める手続により,入国審査官に対し上陸の申請をして,上陸のための審査を受けなければならず(法6条2項),その審査において,法7条1項に規定する上陸のための条件に適合していることを自ら立証しなければならない(法7条2項)。法7条の2の定める在留資格認定証明書の制度は,上陸の際に上記の立証を行うことの煩雑さ,審査の困難性を考慮し,短期滞在の活動を行おうとする場合を除き,本邦に上陸しようとする外国人からあらかじめ申請があったときに,法務大臣が当該外国人が在留資格に係る上陸のための条件に適合している旨の証明書を交付する制度であって,上陸のための審査の一部を前倒しするものであるから,同証明書の交付申請をするに当たっては,上陸審査の場合と同様に,当該外国人において,法7条1項に規定する上陸のための条件に適合していることを自ら立証しなければならない(規則6条の2第5項参照。)。そして,このことと同様に,在留資格認定証明書の不交付処分に対する取消訴訟においても,上陸のための条件に適合しているかどうかの判断は,原告の側が上記のような立証をすべき立場にあることを前提として行われるべきものであると解される。

この点に関して,被告の主張が,立証命題を在留資格認定証明書交付申請時に存在した事実に限定するということであれば,取消訴訟の対象の捉え方としては一般的であるといえようが,訴訟の段階で新たに証拠を提出することを許さないということだとすると,当然にそういえるわけではない。すなわち,当該申請時の提出資料によってしか裁判所が心証形成できないのだとすると,誤記や曖昧な表現をそのまま認定根拠としなければならず,事実認定の精度が低い水準になってしまうし,被告からの反証も許さないのならさらにそれに拍車をかけることになる。かといって,被告の反証のみを許すとしても,証拠共通の原則から,原告に有利に使用されることを止めることはできず,仮に,被告の主張が,被告の反証により被告に有利にしか心証形成をしてはならないという趣旨であるとすれば,自由心証主義の例外ということになり,到底法務省令のレベルで規定できる事項ではないということになろう。そうすると,立証手段についての被告の主張は失当である。

そして,「日本人の配偶者の身分を有する者としての活動」という要件を満たすためには,両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真しな意思をもって共同生活を営むことを本質とする婚姻という特別な身分関係を有する者として本邦において活動しようとすることに基づくものであることが必要であると解するのが相当である。

(2)このような観点から,本件を検討するに,前記認定事実及び証拠(甲4~6,証人D,同A)によれば,原告は前夫と離婚する6年くらい前から別居生活をし,この間,Dから「日本にいい男性がいる。」としてAの存在を伝え聞き,再婚を勧められていたところ,離婚したことを機にAの紹介を受けることにしたこと,他方,Aは,離婚後,老後のことも考えて適当な人がいれば再婚したいとの思いを抱いていたこと,Dから,原告について「きれいな人ではないけれど,優しくて,働き者で,家事はよくしてくれる。」などと人となりを聞き,再婚を勧められたことから,原告と見合いすることにしたことが認められる。このように原告及びAともに,事前に写真を交換したり,電話や手紙で連絡を取り合うことはなかったものの,Dを介して互いの人柄等について情報を得た上で,実際に会って話をし,その結果,原告において,Aに対して優しそうな人であるとの好印象を持って,再婚を決意したというのは,相手の個性自体よりも前に婚姻すること自体を意図した異国に居住している者同士の婚姻の過程として,不自然であると断定できるほどのものではない。

たしかに,原告には未成年の子であるBがいる上,Aとは19歳の年齢差があるが,前記認定のとおり,原告とAはBを含む原告の家族とも交流をしていることが窺える(なお,長男は既に社会人として独立している。)ことからすると,未成年者の存在が直ちに共同生活を営むことにつき支障になるとは考えられないし,また,Aとの年齢差についても,原告自身,結婚歴等もある成熟した女性であって,婚姻を決意することが不自然といえるほどの事情とはいえない。

(3)これに対し,被告は,①本件申請は,前回申請と比較して紹介者が異なるなど,紹介に係る事実関係が判然としない,②婚姻に至る経緯について,A及びDの供述は合理的理由なく変遷している上,意思疎通や相互理解が真しに婚姻生活を営もうとする者としては余りに乏しく,不自然である,③婚姻後の状況をみても,Aには中国語を勉強して少しでも原告と意思疎通を図ろうというような努力をしていることが全く窺われず,原告及び原告の娘と同居するための具体的な準備も特に進めていない,④Aが原告に生活費等を送金して扶養していることを窺わせる事実は認められないなどと主張する。

上記①について,前回申請と本件申請との間に紹介者等につき食い違いがあるのは事実であるが,前回申請の際は,Dに法律違反の問題があったことから,Dを紹介者とすれば不利になるのではないかとの素人判断から,事実と異なる記載をしたにすぎないというのであって(甲4,6,乙7の1・2,証人D,同A),この説明を不合理であるとまでいい切ることはできない。

上記②について,たしかに,Aは従前,平成21年6月19日中国へ渡航して原告と見合いをし,翌20日には婚姻の申込みをして合意に至った旨を述べていたところ,その後,帰国して2週間ぐらいしてから婚姻することを決意しその旨を伝えたなどと供述を変遷させているが,いずれにしても短期間のうちに婚姻の決意をした旨を述べるものであって,その供述内容には前後を通じ大きな径庭があるとは考えられない。そして,前記(2)で述べたところによれば,短期間のうちに婚姻の決意をしたとしても,そのこと自体不自然ともいい難い。また,前記認定事実及び前掲各証拠によれば,夫婦間の意思疎通について,原告はAに複数回にわたり手紙を送っていること,AにあってもDによる通訳を介して原告に電話をかけたり,本件処分時までに既に4回にわたり中国に渡航し,現実に原告やその家族と交流していること(なお,本件処分以降も引き続き渡航を重ねて,同様の交流を継続しており,これらの渡航費用はいずれもA自らが負担している〔証人A〕。)が認められるところ,これらからすれば,言葉の障壁はあるものの,それなりに意思疎通や相互理解は進んでいるものと推認することができる(なお,上記手紙はいずれも原告の自筆によるものでなく,電話による通話時間も短時間のものが大半であるが,原告は中国語の読み書きもできず,原告及びAともに互いの母国語を話せないというのであるから,やむを得ないものであり,不自然とはいえない。)。したがって,上記②の主張は採用できない。

上記③について,原告は日本語の勉強として五十音表を見ている程度であり,他方,Aにおいても,原告やBの名前について中国語読みを知らないなど中国語の習得が進んでいるとは認められない。しかし,Dは,Aの近くに居住し,今後も引き続き通訳を引き受ける旨を供述している上,前記認定事実及び証拠(証人D,同A)によれば,Aは本件処分以降の分を含めるとこれまで7回にわたり中国に渡航し,そのうち4回はDを伴わず単身で原告のもとを訪問しているものであって,身振り手振りや筆談等も交えてそれなりに意思疎通を図ってきたものと推認できることからすると,互いの母国語の習得が進んでいないからといって,これが真しな婚姻の意思を推認する妨げになるということはできない。また,Aは,原告だけでなくBも呼び寄せて一緒に暮らしたい旨述べながら,実際には同居に向けた準備を進めていないが(証人A),2度にわたり在留資格認定証明書が不交付とされ,原告の入国につき具体的な見通しが立たない現状の下で,上記のような準備が進んでいないとしても無理からぬものがあるというべきである。そうすると,上記③の主張も採用できない。

上記④について,証人D及び同Aは,中国に渡航した際,原告に生活費として3万円ないし5万円を交付している旨供述するほか,仮に生活費等を負担していないとしても,原告は現在,兄の営む建築業を手伝うなどし,格別生活に困窮していることも窺われないことからすると,この点に関する被告の主張も失当である。

(4)その他,本件証拠によって認められる原告の年齢,身分関係,生活状況等及びAのそれらなどの諸事情にかんがみても,原告が虚偽の在留資格を取得して日本に在留する利益やAが自ら虚偽の夫婦関係を作出してまでそれに加担することによって得られる利益は窺われない。

(5)そうすると,原告の本邦において行おうとした活動は,「日本人の配偶者の身分を有する者としての活動」ではないとまではいえない。

3  以上によれば,本件処分は違法であり,その取消しを求める原告の請求は理由がある。

(裁判長裁判官 瀧華聡之 裁判官 奥野寿則 裁判官 堀田喜公衣)

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