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京都地方裁判所 平成23年(わ)1559号 判決 2013年10月10日

主文

被告人を懲役1年6月に処する。

未決勾留日数中180日をその刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,株式会社a(以下「a社」ともいう。)の代表取締役A(以下「A」ともいう。)からの委任を受けて,同社が京都市<以下省略>(以下「本件現場」ともいう。)で営むバイオガス製造事業(以下「本件事業」ともいう。)に関し,同社の国に対する補助金交付申請に係る業務を代理していたものであるが,不正の手段により,環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部が所管する,「平成20年度二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金(廃棄物処理施設における温暖化対策事業)」(以下「本件補助金」ともいう。)の交付を受けようと企て,同社の業務に関し,平成21年6月16日,東京都千代田区<以下省略>所在のb庁舎c号館26階の同部において,Bを介して,環境大臣に対し,かねて同社が営むバイオガス製造事業につき補助金額を1億1069万2000円とする旨の交付決定を得ていた前記補助金につき,真実は,バイオガス製造設備のうち,堆肥貯蔵施設及びガス精製設備等の設置が完了していないのに,ベニヤ板等で作製した壁をコンクリート製のものであるように装い,他の施設の設備を撮影した写真を添付するなどしてガス製造設備等の設置が完了したなどとする内容虚偽の実績報告書(以下「本件実績報告書」ともいう。)を提出し,同年7月27日,同補助金の交付額確定等の専決者である同部部長Cらをして,補助金額を前記のとおり確定させるとともに,その頃,同部において,前記Bを介して,同大臣に対し,確定した同補助金の交付を請求する旨の精算払請求書を提出し,よって,同年8月4日,前記Cらをして,京都市<以下省略>所在の近畿産業信用組合京都支店に開設された株式会社a名義の普通預金口座に補助金1億1069万2000円を振込入金させ,もって,偽りその他不正の手段により補助金の交付を受けたものである。

(証拠の標目)省略

(事実認定の補足説明及び弁護人の主張に対する判断)

第1弁護人の主張等

弁護人は,(1)①被告人は,a社の商業支配人でも従業員でもない外部者であり,少なくとも対向的に委任を受けた代理人に過ぎず,②a社から代理権を授与され,顕名や代理行為をした事実もないことから,補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金等適正化法」ともいう。)32条1項にいう「代理人」に当たらない,(2)被告人は,内容虚偽の本件実績報告書の作成に関与していない,(3)実績報告書は,提出期限時点の成果物の状況を報告するものであり,実績報告書に添付された写真もあくまで参考資料であって工事の完成を示すものではないから,本件実績報告書には虚偽記載は存在しない,(4)虚偽の実績報告書の作成・提出は補助金等適正化法上,不可罰な行為である,(5)被告人は,本件実績報告書の提出期限までに工事が完了すると認識しており,内容虚偽の実績報告書を提出する認識はなかったから,故意が認められない,(6)被告人自身は補助金を受領しておらず,本件実績報告書を作成・提出した当事者でもないから,被告人の行為は可罰的違法性を欠くなどとして,被告人は無罪である旨主張するほか,(7)本件実績報告書が提出された時点において,補助金対象工事は相当程度完成していたことから,交付された補助金全額について補助金等不正受交付罪が成立することはない旨主張し,被告人もこれらの主張に沿う供述をしている。また,弁護人は,(8)補助金の交付を受けた事業実施者であるa社及びその代表取締役であるAは本件に関し起訴されていないにもかかわらず,被告人のみが起訴,処罰されることは著しく妥当性を欠くなどとして,本件の公訴提起は公訴権濫用に当たるとも主張する。

そこで,当裁判所が判示事実を認定した理由及び本件の公訴提起が公訴権の濫用に当たらないことにつき,補足して説明する。

第2当裁判所の判断

1  被告人が補助金等適正化法32条1項にいう「代理人」に当たるか(弁護人の主張(1))について

(1) 認定事実

関係証拠によれば,次の事実が認められる。

ア 被告人は,株式会社d(以下「d社」ともいう。)等の複数の会社(以下,併せて「d社等」ともいう。)の代表取締役を務め,d社等において,バイオマス事業に係るバイオガス製造設備の設計,販売や運営受託等の業務を行っていた。

被告人は,平成19年4月,知人を介して京都市内で産業廃棄物処理事業等を営む意向を有していたAと知り合い,その後,Aと複数回会って,バイオガス製造事業の仕組みや見通し等を説明したり,事業計画を提案するなどした。また,被告人は,Aに対し,バイオガス製造事業を営む際には,環境省が所管する補助金による助成を受けることも可能であることを説明した。

イ Aは,当時パチンコ店を経営しており,バイオガス製造事業に関する知識を有していなかったものの,被告人から事業計画等の説明を聞き,京都市内の本件現場においてバイオガス製造事業を営むことを決意し,平成20年3月3日,本件事業の実施主体として,a社を設立し,同社の代表取締役に就任した。

ウ 被告人は,d社等における過去の事業経験から,バイオガス製造設備の設置等に係る業務や補助金交付申請手続等に通じていたため,a社が本件事業を開始するに当たって必要となるバイオガス製造設備の調達や,本件補助金の交付申請手続に係る各種事務は,Aからの委託を受けて被告人が行うこととした。

被告人は,平成20年4月頃以降,自ら又はd社等の従業員に指示して,本件事業に係るバイオガス製造設備の設計,設置工事の計画策定,工事業者との契約,工事管理等,バイオガス製造設備の調達に必要な各種業務を行った。また,被告人又はその指示を受けたd社等の従業員は,本件補助金の交付申請手続に関し,応募書類・交付申請書類・実績報告書等,環境省に提出することを要する各種書類をa社名義で作成・提出したり,d社等の従業員がa社の従業員であると名乗り,環境省の担当者との折衝等を行うなどした。

なお,環境省の担当者からa社に電話による問合せ等があった際には,a社の事務員が,担当者は不在であると一旦返答した上,その旨の連絡を受けたd社等の従業員が折り返し環境省の担当者に電話をかけるなどしていた。また,a社が環境省から書類を受領した場合には,その都度,a社から被告人の下へ,ファックス等の方法により前記書類が送付されていた。

エ Aは,本件事業に関し,事業資金の調達や,京都市に対する産業廃棄物処理施設設置許可等の申請手続,近隣住民対策等を行うとともに,工事や補助金の交付申請手続等の進ちょく状況等について,被告人から適宜報告を受けていたほか,被告人の依頼を受けて必要書類を準備したり,被告人が作成した環境省への提出書類に押印するなどした。もっとも,Aは,工事の進ちょく状況や,環境省に提出する各種書類の内容につき,被告人に対し意見を述べるということはなかった。

(2) 検討

前記認定事実によれば,被告人は,本件事業の実施に必要不可欠なバイオガス製造設備の調達に係る業務を事業実施者であるa社より請け負うとともに,これを前提として,Aからの委託を受け,各種書類の作成・提出や環境省の担当者との折衝等の本件補助金の交付申請手続等に係る各種事務を行ったことが認められ,かかる委託事務の内容やその重要性,同委託事務と前記業務との関係に加えて,Aが,実際にも,被告人から本件事業ないし本件補助金の交付申請手続の進ちょく状況等について報告を受け,環境省への提出書類に押印するなどしており,被告人が行う本件補助金の交付申請手続に係る事務に関し,被告人に対して一定の統制監督を及ぼす契機が存在したといえることからすれば,被告人は,補助金等適正化法32条1項にいう「代理人」に当たると解するのが相当である。

なお,同項にいう「代理人」は,必ずしも事業主から公法上ないし私法上の代理権を授与された者に限られず,事業主より委託を受けて各種事実行為を行った者も含まれると解され,被告人がa社から代理権を授与されて代理行為をしていないことや顕名がないことは,被告人が同項にいう「代理人」に当たるとの前記判断を妨げるものではない。

弁護人の主張は採用できない。

2  被告人が内容虚偽の本件実績報告書の作成に関与したか(弁護人の主張(2))について

(1) 前提事実

関係証拠によれば,①平成21年5月頃,d社等の従業員であったD(以下「D」ともいう。)は,被告人から実績報告書の作成を指示されたこと,②Dは,本件現場に未設置であった発酵槽加温用温水ボイラー,ガス精製装置,ガスボンベ,脱臭装置等の各設備につき,インターネットから取得した写真や,d社等の他の従業員から提供を受けた別の施設の写真等を流用又は加工し,あたかも本件現場に前記各設備が設置されたかのような外観を有する写真を本件実績報告書に添付したこと,③堆肥貯蔵施設の壁については,d社の契約社員であったE(以下「E」ともいう。)が,工事業者に発注し,ベニヤ板等で作製されたダミー壁を本件現場に設置したこと,④その後,同年6月4日頃にDが本件現場に赴いて前記ダミー壁を撮影し,その写真を加工等して本件実績報告書に添付し,本件事業が完了したとする内容虚偽の本件実績報告書が作成されたことが認められ,これらの点は当事者間にも概ね争いがない。

(2) D及びEの各公判供述(以下「D証言」,「E証言」ともいう。)について

ア 供述概要

(ア) Dは,公判廷において,平成21年5月中旬頃,被告人から,全ての工事等が完了したとする実績報告書を作成するよう指示され,その際,実際にはない未完成の設備については,参考写真等を実績報告書に添付するよう指示された,堆肥貯蔵施設の壁の写真に関しては,被告人が手配する旨言い,被告人及びEの指示を受けて,本件現場に設置されたダミー壁の写真を撮影した旨供述する。

(イ) Eは,公判廷において,平成21年5月頃,被告人から実績報告書に堆肥貯蔵施設の壁を撮影した写真が必要であるから,コンクリートに見えるようなダミー壁を作ってほしいと言われ,工事業者に依頼・発注して,本件現場にダミー壁を設置した旨供述する。

イ 信用性判断

そこで,検討するに,D及びEの各供述は,いずれも具体的で,その内容に格別不自然,不合理な点は見当たらない上,相互に符合し信用性を補強している。

また,関係証拠によれば,被告人はいわゆるワンマン社長として,d社等において唯一各従業員に業務内容の指示を出す立場にあり,本件事業に関しても,環境省に提出する各種書類の作成を各従業員に指示し,各従業員から相談,報告を受けて,その内容の修正を命じるなどしていたことが認められるところ,虚偽の実績報告書の作成等は被告人の指示に基づくとするD証言,被告人からダミー壁の作製を指示されたとするE証言は,いずれも前記のようなd社等における被告人の立場等と整合していることに加え,D及びEがd社等の従業員ないし契約社員という立場にあって,被告人の指示を受けずに独断で内容虚偽の本件実績報告書の作成に関与したり,ダミー壁を設置したりする理由も必要性もないことに照らし,自然かつ合理的である。

以上に加え,D及びEの各供述の基本的部分は,弁護人の反対尋問を経ても動揺していないことや,Dは自らが虚偽の写真を本件実績報告書に添付したこと等,Eも自らがダミー壁の設置を工事業者に依頼したこと等の自己に不利な事実もありのまま率直に述べており,その供述態度はいずれも誠実であることからしても,D証言及びE証言はいずれも基本的に信用できる。

これに対し,弁護人は,①Dは,被告人から本件実績報告書の作成を指示された際,被告人が,お金は全部もらっているのだから完成したことにするという趣旨の発言をした旨供述するところ,当時,a社が支払うべき債務が5000万円以上未履行の状態であったことに照らすと,前記供述は虚偽である,②被告人から実績報告書に添付する写真について指示があれば,Dはその内容を詳細にメモしているはずであるのに,そのような痕跡がないなどとして,D証言は信用できないと主張する。

しかしながら,①については,関係証拠によれば,平成21年5月当時,a社は,合資会社eより,本件事業資金として1億円以上の融資を受けており,本件補助金を前記融資金の返済に充てることが予定されていたことが認められ,被告人が,同社のa社に対する前記融資が実行されていたことを指して,「お金は全てもらってる」という趣旨の発言をしたとも考えられること,②については,Dが述べる被告人の指示内容がさほど複雑ないしは難解とはみられないことにも照らすと,弁護人の主張する点はD証言の信用性に影響を及ぼすものではない。

また,弁護人は,③堆肥貯蔵施設の壁はコンクリートである必要はなく,別の施設の写真を添付することもできたはずであるから,費用をかけてダミー壁を作製する必要性はないこと,④本件実績報告書に記載された堆肥貯蔵施設は,本件補助金の交付申請書に記載されたものとは異なる方式,位置によるものとされており,被告人がそのような不合理な指示を出すことはあり得ないこと等を指摘して,E証言は信用できないと主張する。

しかしながら,ダミー壁の工事代金が11万円足らずとさほど高額ではないことに加えて,他の方法により本件実績報告書に添付するのに適した写真を容易に入手できたともうかがわれないことなどからみて,弁護人が③,④で主張するように断定することはできず,E証言が不自然,不合理であるとはいえない。

その他,弁護人がD証言及びE証言が信用できないとしてるる主張する点は,いずれも前提を欠くか理由がないものであって,採用できない。

(3) 被告人の公判供述について

被告人は,公判廷において,Dから実績報告書に添付する写真の内容について相談・報告を受け,その内容について指示したことはない,Eにダミー壁の作製に関する指示を一切与えていないし,本件現場にダミー壁が設置されたことは知らなかったなどという趣旨の供述をして,内容虚偽の本件実績報告書の作成に関与したことを否認している。

しかしながら,被告人の前記公判供述は,前記認定のd社等における被告人の立場やD及びEの各立場等に照らし,不合理かつ不自然であって,信用性に乏しいといわざるを得ない。

(4) 小括

信用できるD及びEの各公判供述等の関係証拠によれば,被告人は,D及びEに指示して,実際には,本件現場へのバイオガス製造設備の設置が一部未了の状態であったにもかかわらず,他の施設の設備を撮影した写真を添付するなどしてガス製造設備等の設置が完了したなどとする内容虚偽の本件実績報告書を作成・提出したことが認められる。

3  その他の弁護人の主張について

(1) 弁護人の主張(3)について

補助金等適正化法(14条)及び本件補助金に係る交付要綱(平成19年5月10日環廃対発第070510003号,環廃産発第070510003号〔以下「本件交付要綱」ともいう。〕15条1項)は,補助事業者等が,補助事業等が完了したときに,補助事業等の成果を記載した実績報告書(なお,補助事業等の廃止の承認を受けたとき及び国の会計年度が終了した場合に行うべき実績報告を除くこととする。以下,同様とする。)を提出すべきことを定めており,これらの規定によれば,実績報告書については,補助事業等が完了した後にその完成物の状況等を報告するものであり,補助事業等が完了していない段階において作成・提出されることは想定されていないというべきである。

また,関係証拠(甲32等)によれば,事業実施者は,環境省の担当者が補助事業完了の有無を判断するための資料として,実績報告書に施設の完成前後のそれぞれの写真を添付することとされていることが認められ,実績報告書に添付された写真が工事の完成を示すものではないということはできない。

弁護人の主張は採用できない。

(2) 弁護人の主張(4)について

補助金等適正化法29条1項にいう「偽りその他不正の手段」とは,不当に補助金等の交付を受ける原因力を有する手段で不正なものを総称する概念であると解されるところ,同法(14条,15条)及び本件交付要綱(15条1項,16条1項)によれば,行政庁は,補助事業等の完了を報告する実績報告書に基づき,交付すべき補助金等の額を確定することとされており,実績報告書は,交付すべき補助金等の額の確定のために重要な意義を有するものであるから,内容虚偽の実績報告書を作成・提出する行為が,前記「偽りその他不正の手段」に該当することは明らかである(なお,このことと内容虚偽の実績報告書を作成・提出する行為それ自体が不可罰的行為と解されていることとは別問題であり,両立するものである。)。弁護人の主張は採用できない。

(3) 弁護人の主張(5)について

前記のとおり,実績報告書は,補助事業等が完了した後にその完成物の状況等を報告するものであり,被告人が本件実績報告書の提出期限までに工事が完了すると認識していたか否かは,補助金等不正受交付罪の故意の有無を判断する際に考慮されるべき事情ではない。そして,前記のとおり,被告人は,D及びEに指示して,実際には,バイオガス製造設備の設置が一部未了の状態であったにもかかわらず,その設置が完了したなどとする内容虚偽の本件実績報告書を作成・提出していることからすれば,被告人に内容虚偽の本件実績報告書を提出する認識があったことは明白であって,補助金等不正受交付罪の故意に欠けるところはないものと認められる。

(4) 弁護人の主張(6)について

前記認定のとおり,被告人は,自ら又はd社等の従業員に指示するなどして,内容虚偽の本件実績報告書を作成・提出しており,後記のとおりの本件犯行態様の悪質さや結果の重大性等に照らすと,被告人自身が補助金の交付を受けていないことや,事業実施者ではないこと等を踏まえても,被告人の行為が可罰的違法性を欠くとはいえない。

(5) 弁護人の主張(7)について

補助金等適正化法(14条,15条等)及び本件交付要綱(15条1項,16条1項,17条1項等)は,実績報告書が提出された後に,補助事業者等に交付すべき補助金の額が確定されることを定めており,概算払の場合を除き,補助事業等が完了する以前の段階で補助事業者等に補助金が交付されることは予定されておらず,本件事業が完了したとする内容虚偽の本件実績報告書の提出がなければ,完成部分に関するものを含めて一切の補助金が交付されることはなかったものと認められる(なお,本件は概算払の場合ではない。)上,内容虚偽の本件実績報告書の提出は,交付すべき補助金の額の算定ないし確定を不可能ないしは著しく困難ならしめるものである。また,本件補助金は,二酸化炭素の排出抑制のための各種事業を実施する事業者に必要経費の一部を補助することにより地球環境の保全に資することを目的とする(本件交付要綱2条)ものであるところ,本件実績報告書が提出された時点において本件事業の実施に必要不可欠なバイオガス製造設備は完成しておらず,稼働し得ない状態にあり,二酸化炭素排出抑制という本件補助金交付の目的は全く達成されない状況にあったといえる。これらの点からすれば,被告人の不正行為と,交付を受けた補助金全額との間に因果関係が存在するものと認められる。弁護人の主張は採用できない。

(6) 弁護人の主張(8)について

前記認定のとおり,被告人は,自ら又はd社等の従業員に指示するなどして,内容虚偽の本件実績報告書を作成・提出しており,後記のとおりの本件犯行態様の悪質さや結果の重大性等を考慮すると,本件は到底軽微な事案とはいえない。また,一件記録を精査しても,事件の捜査について何らの違法も認められないし,被告人が,思想,信条,社会的身分又は門地等により一般の場合に比し殊更に不利益な取扱いを受けたことをうかがわせる事情もない。そうすると,本件公訴提起は検察官の訴追裁量権の範囲内にあり,もとより,本件公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合などとはおよそいえないから,弁護人の主張は失当である。

4  結論

以上の次第で,被告人は,事業主であるa社の代理人として,偽りその他不正の手段により本件補助金の交付を受けたものであるといえ,判示事実は優にこれを認定することができる。

(法令の適用)

罰条 補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律29条1項,32条1項

刑種の選択 懲役刑

未決勾留日数の算入 刑法21条

訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文

(量刑の理由)

本件不正受交付に係る補助金の額は1億円余と相当多額であり,用いた手段も(事実認定の補足説明及び弁護人の主張に対する判断)の項で説示したとおりであって,計画的かつ巧妙である。本件は,国家の財政を害するものであることに加え,二酸化炭素排出抑制という補助事業制度の趣旨に反する行為であることからしても,犯行の悪質性は顕著である。経緯や動機をみても,被告人は,補助事業完了の目途が立っていなかったにもかかわらず,a社が融資を受けた事業資金の返済が滞ることを防ぐために本件犯行に及んだものと認められ,酌むべき事情は乏しい。加えて,これまで被害回復は一切なされていない。

他方で,不正受給した補助金はa社の債務の返済に充てられており,被告人が私的利益を図って本件犯行に及んだとまでは認められないこと,本件事業が完了しなかった主たる原因はa社の資金不足にあり,被告人自身は当初は本件事業を完了させる意図を有していたことがうかがわれること,被告人には前科がないこと等,被告人のために酌むべき事情も認められる。

しかしながら,これらの被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても,主に犯行態様の悪質さや結果の重大性等によって基礎づけられる被告人の刑事責任の重さに照らすと,本件は執行猶予を付するのが相当な事案であるとは認められず,主文掲記の実刑は免れない。

(求刑 懲役2年)

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