京都地方裁判所 平成23年(ワ)191号 判決 2012年5月09日
原告兼反訴被告
X1他1名
被告兼反訴原告
Y保険株式会社
主文
一 被告は、原告両名に対し、それぞれ、一五〇〇万円及びこれに対する平成二二年四月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 反訴原告の反訴請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じこれを本訴被告兼反訴原告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(本訴)
一 主文第一項と同じ
二 仮執行宣言
(反訴)
一 反訴被告らは、それぞれ反訴原告に対し、八四万五四七五円及びこれに対する平成二三年七月三〇日(反訴訴状送達の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 仮執行宣言
第二事案の概要等
一 事案の概要
原告両名の子であるA(以下「A」という。)が普通貨物自動車(以下「A車」という。)を運転中、センターラインを越えてB(以下「B」という。)運転の中型トラック(以下「B車」という。)と正面衝突するという交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡したが、本件本訴請求は、原告らが、A車について、Aの勤務先会社である訴外a薬品株式会社(以下「a薬品」という。)が被告との間で締結していた新総合自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)に基づき、被告に対して保険金及びこれに対する遅延損害金の支払いを請求するものであり、本件反訴請求は、本件事故によりA車は全損となり、それにより反訴原告は、a薬品との間で、A車について締結していた車両保険契約に基づき、a薬品に対し、車両保険金として一六九万九五〇円を支払い、a薬品がAの相続人である反訴被告らに対して有していた損害賠償請求権のうち一六九万九五〇円の半額である八四万五四七五円ずつを請求する権利を保険代位により取得したとして保険代位求償金の支払いを求めるとともにこれに対する反訴状送達の日の翌日以降支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるものである。
二 前提となる事実
次の事実は、当事者間に争いがなく、または、後記関係証拠もしくは弁論の全趣旨により容易に認められる。
(1) 本件事故の発生及びAの死亡
下記の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生し、Aは間もなく死亡したことが確認され、A車は全損となった(甲一、二、乙一の一及び二)。
記
発生日時 平成二一年一二月二一日午前二時二二分ころ
発生場所 静岡市内の国道一号線bトンネル内
当事者及び車両 A(当時二八歳)運転のA車とB運転のB車
事故態様 A車が国道一号線の下り車線を走行中、センターラインを越えて、上り車線を走行していたB車と正面衝突した。
(2) 本件保険契約の締結
a薬品と被告兼反訴原告との間で、A車につき、本件事故発生当時、新総合自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)が締結されていた。
本件保険契約には、Aを被保険者とし、死亡時の保険金額を三〇〇〇万円、受取人を被保険者とする人身傷害補償特約(以下「本件人身傷害保険」という。)とA車に係る車両保険契約(以下「本件車両保険契約」という。)が含まれていた。
本件人身傷害保険には、「被保険者が、自動車の使用について、正当な権利を有する者の承諾を得ないで自動車に搭乗中に生じた損害に対しては、保険金を支払いません。」との条項が含まれている。
(3) Aのa薬品における勤務とA車の貸与
Aは、平成二〇年四月にa薬品に入社し、本件事故当時、a薬品の従業員であり、神奈川事業部に所属する営業部員であった。
平成二〇年七月ころ、a薬品は、c株式会社(以下「本件リース会社」という。)からリースを受けて使用者として保有するようになった営業用車両をAに貸与し、その後、平成二一年一〇月にAに貸与された車両は、更新されて同様のリース車両の新車が新たに貸与となり、以後、本件事故に至るまで、Aは、この車両(A車)を営業の際及び通勤に使用していた。a薬品の社有車は全て本件リース会社からのリース車両である。
(4) a薬品における車両の従業員への貸与など
a薬品においては、神奈川事業部の営業部員に対しては、概ね、営業車が貸与され、営業部員らは、その車両を他の従業員と共用ではなく、自分一人で営業及び通勤に使用していた。
(5) Aの死亡による損害に関して原告らが受領した保険金など
原告らは、本件事故によるAの死亡に関し、以下の保険金を受領した。
ア 種類 B車に係る自賠責保険金
支払日 平成二三年六月六日
金額 一五〇〇万二六四〇円
イ 種類 原告X1がd保険株式会社と契約していた自動車保険による人身傷害補償保険金
支払日 平成二三年一〇月二〇日
金額 三〇〇〇万円
(6) 原告らによる本件保険金の支払い請求と被告による支払い拒否など
原告らは、a薬品を通じて、本件人身傷害保険による保険金の支払請求を平成二二年一月ころ行った。被告は、これに対して、同年四月六日付けの通知(甲三)により、「被保険者が、自動車の使用について、正当な権利を有する者の承諾を得ないで自動車に搭乗中に生じた損害による」との理由で無責(保険金支払対象外)であると通知して、保険金の支払を拒んだ。
(7) Aの権利義務の相続
Aの死亡によりその権利義務は、相続人である原告両名に法定相続分各二分の一の割合で相続された。
三 争点及び争点に関する当事者の主張の概要
本件の争点は、(1)本件事故発生時のAによるA車の運転はA車の所有者であるa薬品の承諾を得ない搭乗(以下「無承諾搭乗」という。)であるかどうか(争点一)、(2)原告が他の保険会社からAが本件事故により死亡したことによる損害に関して保険金を受領したことにより本件保険金請求権として請求しうる金額は保険金額から減額されることとなるかどうか(争点二)、(3)反訴原告のa薬品に対する車両保険金に関する協定金額及び保険金支払の事実(争点三)及び(4)過失相殺(争点四)であり、各争点に関する当事者の主張の概要は以下のとおりである。
(1) 争点一について
(被告)
ア a薬品がAに対して、A車を二四時間専用車として使用を認めていた事実はない。
イ 社有車使用に関するa薬品の決まり及び管理状況
a薬品においては、本件事故発生当時、社員が社有車を専用車として扱う場合、下記(ア)ないし(ウ)の決まりがあった。(乙一〇)
(ア) 会社所定の定休日、勤務時間外に私的な理由で使用する場合は、車両使用許可願いを提出する。
(イ) 通勤・営業活動以外は全て私的な使用とみなす。
(ウ) 会社所定の定休日、勤務時間外に車両使用許可願を未提出にて社有車の使用を行った場合、社内規則に違反する行為であるため、a薬品は、社員を懲戒処分とする。
そして、a薬品としては、私的使用をする場合は車両使用許可願を提出するように入社時から社員に伝えており、社員の専用車となった社有車に関して、車両使用許可願の提出のない私的な使用を黙認するようなことはない。
a薬品は、社員に貸与した社有車について、スペアキーを全て会社で保管していた。
A車の駐車場は、a薬品の社宅駐車場であり、駐車場の費用もa薬品が負担していた。ガソリン代については、a薬品では、社有車全車両について、従業員に専用の給油カードを預け、給油カードを利用して給油がなされており、ガソリン代の負担はa薬品でしていたのであり、自動車保険料についてもa薬品が全額負担していた。これらについては、A車についても、同様である。a薬品の社有車のメンテナンスについては、A車を含め、a薬品が社有車調達のためにリース契約をしていたリース会社により、リース契約に従い行われていた。
使用許可願については、本件事故発生時以前の二年間に合計二三六通の提出があった(乙三)のであり、その提出は周知され励行され、実際に多数の使用許可願が提出されていたのであり、使用許可願提出に関する決まりについて、a薬品は、「守られないであろうことを承知していた」とする原告らの主張は失当である。
a薬品は上記のとおり社有車を使用者としてリースを受けて、法律上も事実上も使用・管理しており、貸与を受けた従業員は、通勤及び営業活動等の業務に利用するために使用が認められていたに過ぎず、A車の管理を全面的にAに委ねていたのではない。
ウ 本件事故発生時のAのA車使用状況など
本件事故発生時は、平成二一年一二月二一日午前二時二二分ころであり、深夜、日曜日から月曜日に日付が変わった直後である。本件事故発生場所は、静岡市であり、a薬品がAに対して静岡市で仕事をすることを指示したことはなく、事故発生場所は、Aの住所地もa薬品の事業所も所在する神奈川県厚木市内から約一五〇キロも離れた遠方である。本件事故発生時のAによるA車の使用は明らかに通勤・営業活動以外の私的使用である。
しかるに、本件事故発生時の使用について、Aからa薬品に対して車両使用許可願が提出されていなかった。
a薬品の回答書(乙二、四)によっても、a薬品が本件事故発生時のAの私的使用について黙示の承諾を含めて承諾をしていなかったことは明らかである。
よって、本件事故時のAのA車の使用は、保有者であり正当な権利者であるa薬品の承諾のない使用であり、無承諾搭乗に該当する。
エ 以上によれば、本件保険金請求については、無承諾搭乗に当たり保険金が支払われない場合となるので、原告らの請求は理由がない。
(原告ら)
A車は、a薬品が専用車として、新車を調達して、Aに貸与していたものである。
Aは、本件事故当時、厚木市内のアパートを住居としていたが、そのアパートはa薬品がAのために賃借し、A車の駐車場料金を含めて会社が負担していた。
Aは、A車の鍵を常時所持しており、A車を使用し、かつ管理していた。会社の業務用に運転するのはもちろん、通勤を含めて、二四時間専用車として使用することを会社は認めていた。また、a薬品は、社用車の私的使用を防止するような措置を何らとっていなかった。車両使用許可願の提出に関しては、業務終了後の日用品の買い物や休日における外出など頻繁な私的使用が想定できたが、その度に予め使用許可願を提出するのは、煩雑に過ぎる。a薬品は、使用許可願を提出する決まりがあったとしても、会社はそのような決まりが守られないであろうことを承知していたはずである。にもかかわらず、会社は、使用許可願の提出を担保する方策を何ら講じていなかったのであるから、Aが使用許可願を提出せずに、A車を私的に使用することを黙認していたというべきである。
本件事故発生時に、a薬品には、被告が主張する決まり(社内規則)は存在しておらず、①私有車通勤許可願、②社有車(営業者)通勤許可申請書、③車両(社有・私有)通勤誓約書、④車両使用許可願の四種類の提出用文書を備えていただけであった。
本件事故発生の月には、a薬品に、Aから二通(甲九、乙二の四三枚目)の、そのほかの従業員から三八通の車両使用許可願(甲九、乙二の四三枚目~八一枚目)が提出されているが、これらを検討すると、①会社の要請に基づくボランティア清掃への参加、②帰省、③休日業務の三種類に限られており、平日の勤務時間外の私的利用に関するものがなく、平日に車両の私的利用がされることは当然予想され、ここから、会社が私的使用を黙認し、従業員もそれを認識していたと考えられる。そして、②の帰省のために従業員が長時間専用車を使用することについては、車両使用許可願の提出を会社が要求しているのは、事故の発生をおそれているからであり、このことは、車両使用許可願の文面に、事故を起こさないようにするとの誓約が二重に記載されていることからわかる。さらに、①のボランティア清掃への参加と③の休日業務については、車両管理というよりは、賃金支払いの明確化のためである。すなわち、①については会社からの要請があるがあくまでボランティアで給与支払いの対象外であることの確認のためであり、③については、時間外手当の適正な支払いのためである。
a薬品の回答書(乙四)の「あえて黙認する様なことはないが、常時、全車両を個別に監視することは現実的に不可能であり、会社は社員を信頼の上で社有車を使用させている。」との記載からは、「社員を信頼の上」といいながらも、私的使用について広範に黙認している実態を事実上認めていると考えられる。
以上のとおり、本件事故当時、Aは、A車をa薬品の承諾を受けて運転していたのであり、無承諾搭乗ではない。
(2) 争点二について
(被告)
ア 保険基準説
本件保険金の支給額については、本件人身傷害保険の規定(甲六の一の一六頁、乙九)による基準に従って、算出される損害額から、原告らがAの本件事故による死亡に基づく損害をてん補するための他の保険金の受給額を控除して計算した金額とすべきである。
イ 損害額の積算
(ア) 逸失利益 四二四一万三一七〇円
基礎収入は、年収四九八万四八〇〇円とし、事故当時独身であったので、生活費控除は五〇%とし、就労可能年数はライプニッツ係数一七・〇一七〇とし、計算すると、上記の金額となる。
(イ) 慰謝料 一六〇〇万円
規定による。
(ウ) 葬祭料 一二〇万円
規定による。
(エ) 合計 五九六一万三一七〇円
ウ 差額
5961万3170円-(3000万円+1500万円)=1461万3170円
(原告ら)
ア 訴訟基準差額説
人身傷害保険については、保険金額の範囲内で保険事故による訴訟基準による全損害と既てん補額との差額が支払われるべきであり、保険基準により積算された損害額から既てん補額を差し引く計算をするのは相当ではない。
イ 損害額の積算
(ア) 逸失利益 四三六一万八二七円
Aは死亡時二八歳であり、年収四二七万一三〇〇円(大卒男子二五歳から二九歳の平均給与額)を基礎収入とし、生活費控除率を四〇%とし、就労可能年数を三九年(ライプニッツ係数一七・〇一七〇)として、計算すると、上記金額となる。
(イ) 慰謝料 二八〇〇万円
(ウ) 葬祭料 二五六万一七三円(甲一三の一、二)
(エ) 合計 七四一七万一〇〇〇円
ウ 差額
7417万1000円-(3000万円+1500万2640円)=2916万8360円
既払いの保険金を考慮しても減額は僅かにとどまる。
(3) 争点三について
(反訴原告)
反訴原告は、a薬品との間で締結されたA車に係る本件車両保険契約に基づき、a薬品に対し、車両保険協定額一六五万円及び牽引費用四万九五〇円の合計一六九万九五〇円を支払った。したがって、反訴原告は、a薬品がAに対して有していた損害賠償請求権のうち一六九万九五〇円分を代位取得した。
(反訴被告ら)
不知ないし争う。
(4) 争点四について
(反訴被告ら)
本件事故発生について、Bにも速度超過及び前方注視義務違反の過失が認められ、一〇〇%Aの過失ではなく、過失相殺が二割程度認められるべきである。
(反訴原告)
否認ないし争う。
第三当裁判所の判断
一 争点一について
(1) 事実関係
無承諾搭乗に該当するか否かに関わる事情について、関係証拠及び弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。
ア a薬品におけるAの業務内容
Aは、本件事故当時、a薬品の神奈川事業部所属の営業部員として、薬品や飼料、消耗品を酪農家や家畜の診療所に対して販売する営業を担当しており、牛を中心に担当していた。営業部員として、顧客を訪問する際に社名入りの営業車を使用していた。
Aはじめ営業部員は、原則として、住居から一度出社した後に営業に向かうが、顧客からの急な要請などで、通常の勤務時間外に、緊急的に直接取引先顧客に向かうこともあり、その場合は、住居から営業車で直接取引先に向かうこともある。
なお、Aは、獣医の資格を有していた。(C証人)
イ a薬品における社用車の貸与の概略
a薬品の神奈川事業部において、営業部員はほとんど自分一人用の営業兼通勤用車両を貸与されていた。
社用車を貸与された営業部員は、鍵を預かり、スペアキーをa薬品で保管しているが、実際の管理は貸与された営業部員が全面的に行い、通常スペアキーが使用されることはない。営業車の運行を具体的に記録しておく車両運行の日報のようなものは特になく、業務記録から営業で、いつ、どの顧客を回ったかが概ね確認できるに止まっていた。なお、本件事故後に運転日報の作成が導入された。
営業部員以外には、社用車の貸与はほとんどされていなかった。
給油については、a薬品が貸与した給油カードにより特定のガソリンスタンドで給油し、a薬品の負担となるが、純粋な私用での使用の場合、燃料代は当該従業員の自己負担となるべきであるが、帰省などで私用により長距離の運転をした場合にもガソリン代を自己負担したかどうか確認するような措置が取られていた形跡はない。
会社が借り上げた住居に住んでいる従業員の場合、その駐車場代を含めて住居の賃料をa薬品が負担しており、Aの場合もそうであった。(C証人、乙二、一〇)
ウ a薬品における社用車の私用に関する取扱
a薬品においては、貸与された社用車について、営業及び業務用の使用以外の私用を禁止する一般的な規定が従業員規則にあり、これを前提として、神奈川事業部において、別紙車両使用許可願書式のとおりの①車両使用許可願の書式が定められていた(甲九)ほか、②私有車通勤許可願、③社有車(営業車)通勤許可申請書、③車両(社有・私有)通勤誓約書の書式が定められていたが②ないし④は通勤に車両を運転する場合にそれを届出て許可を求めるとともに、通勤時の運転で事故などを起こさないことを誓約するものである。
上記①は「車輌の使用」とあって、「私用」の許可という文面がなく、休日の業務に社用車を使用するに際して許可願が提出されていることから、予め使用許可願いを受けるべき使用については、私用に必ずしも限らないとも考えられ、この書式により予め許可を得るべき使用に当たるものは何かについて、就業規則(乙一〇)及びこの許可願の書式からは必ずしも明確ではない。平日(通常の勤務日)の営業及びその際の通勤については、許可願は要求されていないことは明らかであり、また、休日の営業目的以外の私的な使用(帰省など)については、許可を得ることが求められていたことも明らかであるが、平日の私用や休日の営業目的の使用について、予めの許可を得ることが求められていたかどうかは必ずしも明らかとはいえない。また、この許可願の書式に「※休日の場合基本的には、使用禁止とする。(ただし、事業部長の許可があれば可)」とあるのは、私用についてのみの記載であるのか、私用・営業用を通じての記載であるのかも定かとは言えない。
上記①ないし④の書類の提出が社員に義務づけられ指導されていたが、①として実際に提出されていたのは、休日の営業の場合、帰省の際の利用、会社から協力要請されていた地域の清掃ボランティアへの参加であり、平日の勤務時間以外の私用や休日の近距離の私用や行楽などについては、提出されることはほとんどなかった。
事前の許可なく営業車を私用したことにより、a薬品から懲戒処分を受けた従業員は本件事故発生に至るまでおらず、a薬品の神奈川事業部においては、無断私用をしないということに関しては各従業員の自覚にほぼ委ねられており、組織的に無断使用を調査し、違反を見つけて是正する具体的処置をとったことはなく、個人的にたまたま無断私用の形跡を上司や管理職が発見した場合に、口頭で注意する程度であり、また、物品管理を担当する本部総務グループにおいても、神奈川事業部における営業車の利用状況について、書式の定まっている届出書や許可申請書を確認することもなく、具体的に査察などして、無断の私用の有無などを審査していた形跡はなく、神奈川事業部に事実上任せていた。
無断私用で、社有車を乗っている際に事故を起こすと保障上問題が生じることもあるということを説示して無断私用を止めるように従業員を指導したことがあったかどうかは不明確であり、少なくとも書面で示したことはない。(C証人、D証人、乙二、一〇)
エ その他の関連事情
a薬品の営業所において、駐車スペースが不足気味であり、営業用車両の私用の禁止を厳格にして、私有車で通勤して、営業所で営業車両に乗り換えたいという要望が出てくると、駐車スペース不足の問題が生じる状況がある。営業用車両による通勤を認めるのは、いわゆる直行・直帰により業務に従事できる時間を長く取りやすくなるという会社にとってもメリットがある。(C証人、D証人)
a薬品の神奈川事業部の営業所及びAが居住していたアパートが所在する厚木市は、首都圏郊外地域にあり、多くの住民が日常的な交通手段として自家用車を使用している地域である(裁判所に顕著な事実)。
(2) 無承諾搭乗に該当するかどうか
上記認定事実を総合すると、a薬品における営業用車両の営業部員に対する貸与は、その使用権限を包括的に委ねる実質を有するものであり、私的な使用が原則として就業規則により禁止され、事前の許可申請を求めるべき書式が設けられ、その提出による許可がない使用は、就業規則違反となるとしても、その限界も明確ではなく、その違反に対する調査や是正はほとんどされておらず、事実上、かなりの部分は大目に見られていた実情があったというべきである。
Aの本件事故に際しての運転は、日時が、月曜日の未明、午前二時台であり、場所が、住居及び勤務先の営業所のある神奈川県厚木市からかなりの遠方である静岡市内で、進行方向は、厚木市方面への反対方向であり、詳細は不明であるが、私用で長距離の運転であることは間違いがなく、許可を得ずに行う場合、就業規則違反となることは明らかである。
しかし、上記認定の実情によると、a薬品においては、営業部員の社有車の無許可の私的使用については、一切黙認とまではいえないにしても、平日の勤務時間後や休日の近距離の私用に関しては、ほぼ黙認、休日の遠距離の私用についても、黙認とまではいえないにしても、事実上放置ないし放任されていたというべきである。したがって、Aによる本件事故の際の使用も、そもそも貸与されていないものによる無断搭乗や賃貸期間が契約で明確に定められているレンタカーの契約期間経過後の無断使用継続による搭乗などとは質的に全く異なる状況であって、正当な権利者の承諾を欠くとまでは認められない。
よって、被告の無承諾搭乗の主張には理由がない。
二 争点二について
(1) 訴訟基準差額説
人身傷害保険については、当該人身傷害保険金が未払で、同じ事故による損害をてん補する保険金等で支払済みのものがある場合、保険金額の範囲内で、保険事故による訴訟基準により積算された全損害と既てん補額との差額が支払われるべきであり(いわゆる訴訟基準差額説)、この際に、被保険者側の過失部分から既払い分を充当すべきであって、過失相殺をした後の損害額から控除すべきではない。
(2) 損害額の積算
以下、各損害項目毎に、端数は一円未満切り捨てとする。
ア 逸失利益 五五六八万六四三〇円
Aは、死亡時二八歳であり、獣医の資格を有し、この資格を生かせる仕事に就いていたのであるから、生涯にわたり大学・大学院卒の男性の平均賃金以上の収入を得られる蓋然性があると認められる。したがって、基礎収入としては、平成二一年賃金センサスの男性大学・大学院卒全年齢平均の六五四万四八〇〇円を採用するのが相当であり、生活費控除率は五〇%とし、就労可能年数は三九年(ライプニッツ係数一七・〇一七〇)として計算すべきである。
654万4800円×0.5×17.0170=5568万6430円
イ 慰謝料 二五〇〇万円
ウ 葬祭料 一五〇万円
エ 合計 八二一八万六四三〇円
ウ 差額
8218万6430円-(3000万円+1500万2640円)=3718万3790円
したがって、既払いの保険金を考慮しても、保険金額三〇〇〇万円を法定相続分に応じて分配した原告各一五〇〇万円の保険金請求が認められる。なお、遅延損害金の始期については、原告らが本件保険金を被告に請求してから、二か月以上経過後であり、かつ、被告により本件保険請求に対する原告らへの回答の通知の作成日付である平成二二年四月六日においては、既に、本保険金について履行遅滞にあるものと認められるので、同日と認める。
三 争点三について
反訴原告は、a薬品との間で締結されたA車に係る本件車両保険契約に基づき、a薬品に対し、車両保険協定額一六五万円及び牽引費用四万九五〇円の合計一六九万九五〇円を支払った事実は、関係証拠(乙六)により認められる
しかし、a薬品は、A車を本件リース会社からリースを受けて保有していたものであり、このリース車両であるA車の全損によりa薬品がどのような損失を被ったか及びA車の本件事故当時のA車の時価相当額がどの程度であるかについて認めるに足りる証拠はなく、本件事故によりa薬品が取得したAに対する損害賠償請求権の損害額について立証がないというべきで、したがって、反訴原告が代位取得した求償金については立証不十分である。
よって、その余の点について判断するまでもなく、反訴請求には理由がない。
四 結論
以上の次第で、その余の点について検討するまでもなく、本件本訴請求にはすべて理由があり、反訴請求には理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
なお、本訴について仮執行免脱宣言の申立てがあるが、相当でないのでこれを付さない。
(裁判官 栁本つとむ)