大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成23年(ワ)2903号 判決 2013年2月05日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、四六九万七六四九円及び内四一四万九八三六円に対する平成二一年七月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二五分し、その二を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決の一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告は、原告に対し、五二二六万二三二五円及び内五一七一万四四三三円に対する平成二一年七月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  仮執行宣言

(被告は、担保を条件とする仮執行免脱宣言を求めた。)

第二事案の概要

本件は、原告運転の自動車に被告運転の自動車が追突した交通事故につき、被告が、原告に対し、民法七〇九条又は自動車損害賠償保障法三条に基づき、既払いの人身傷害保険金額を控除した損害元金、人身傷害保険金支払日までの確定遅延損害金及び上記損害元金に対する交通事故の日を起算日とする遅延損害金の支払を請求する事案である。

一  争いのない事実(後記(1)、(2))及び容易に認定できる事実(後記(3)、(4))

(1)  交通事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

① 日時 平成二一年七月二六日午前八時一八分ころ

② 場所 京都市山科区御陵大津畑町二〇番地先道路

③ 関係車両

ア 原告運転の普通乗用自動車(ナンバー<省略>。以下「原告車」という。)

イ 被告運転の普通貨物自動車(ナンバー<省略>。以下「被告車」という。)

④ 態様 被告車が停止中の原告車に追突した。

(2)  責任原因

① 被告は、脇見運転をし、前方に停止中の原告車後部に自車前部を追突させた。

② 本件事故当時、被告は、被告車の運行供用者であった。

(3)  通院経過

原告は、本件事故後、平成二一年七月二七日からa整形外科に通院し、平成二二年七月二六日、同年六月三〇日が症状固定日である旨診断された(甲八、乙三)。

原告は、平成二一年八月三一日、b診療所を受診した(乙四)。

(4)  後遺障害認定

損害保険料率算出機構は、平成二二年一一月一〇日ころ、原告の後遺障害について、次のとおり判断した(甲九)。

① 頸椎捻挫後の右頸部痛、両手のしびれ、労働により右頸部痛増悪等の症状については、画像上、骨折等の器質的損傷は認め難く、その他診断書等からも上記症状を他覚的に裏付ける医学的所見に乏しいことから、他覚的に神経系統の障害が証明されるものとは捉えられないが、治療経過等を勘案すると、将来においても回復が困難と見込まれる障害と捉えられるので、「局部に神経症状を残すもの」として自動車損害賠償保障法施行令別表第二(以下、単に「別表第二」という。)の一四級九号に該当する。

② 腰椎捻挫後の軽度腰痛等の症状は、画像上、骨折等の外傷性の異常所見は認め難く、診断書等からも、症状の裏付けとなる客観的な医学的所見には乏しいことから、他覚的に神経系統の障害が証明されるものとは捉えることは困難である。原告は、本件事故前の平成一二年一一月一八日発生の交通事故による腰部受傷に伴う腰痛等の症状に対し、別表第二の一四級一六号(現行の同別表では一四級九号)の認定がなされており、本件事故による受傷が加わったとしても、同一部位の障害として、障害等級表上の障害程度を加重したものとは捉えられないから、自賠責保険における後遺障害には該当しない。

二  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  症状固定時期

① 原告の主張

ア 原告は、本件事故により、頸椎捻挫、腰椎捻挫、両肩腱板損傷、左膝打撲、頸椎椎間板ヘルニア、腰椎椎間板ヘルニアの傷害を負い、平成二二年六月三〇日、症状固定した。

イ 被告の後記主張に対する反論は次のとおりである。

(ア) 被告は、居眠り運転をしてブレーキも踏まずに原告車に追突しており、原告は、シートベルトを装着しながら体をハンドルに打ち付けられるほどの強い衝撃を受けた。事故直後から、首から肩、腰、左膝が痛み、吐き気や頭痛も生じた。原告が、本件事故当日、医療機関を受診しなかったのは、日曜日で医療機関が休診していたからである。

(イ) 頸部、腰部とも後記のとおり画像所見及びこれと整合する神経学的所見ないし症状がある。

(ウ) 平成二一年一〇月以降、診療録に腰痛に関する記述が少なくなったのは、腰椎コルセットを装用するようになったからであり、腰椎自体が軽快、治癒したからではない。ブロック注射の回数が減ったのは、主治医から頻回なブロック注射を継続すると身体によくないと言われたことから我慢しただけであり、頸部痛が軽減したからではない。

② 被告の主張

ア 本件事故による原告車の損傷は指さして確認しなければ認識できない程度のもので、同事故直後、原告にさしたる症状がなかったことからも、同事故は軽微であった。

イ 原告の症状は、頸部及び腰部とも神経学的異常所見のない、また、症状を裏付ける他覚的所見のない神経症状であり、客観的に特に重度ということはできない。

ウ a整形外科の診療録によれば、腰痛については、平成二一年一〇月以降、痛みに関する記述が少なくなり、同年一〇月三〇日には同月一日から装用を始めたコルセットが効果ありとする記述も見られることから、同年一〇月末には軽快したと推定される。また、頸部痛は、平成二二年一月以降ブロック注射の回数に減少傾向が見られ、平成二一年末までにある程度軽減したことが推察される。診療録等をみる限り、平成二二年一月以降は症状、特に頸部痛には改善傾向があったとは思われないから、平成二一年一二月末ころが症状固定時期である。

(2)  相当な休業期間

① 原告の主張

本件事故による頸部痛、右肩関節痛、腰痛等のため、症状固定日の平成二二年六月三〇日まで一〇〇パーセント就労は不能であった。

② 被告の主張

相当な休業期間は、腰痛が軽快した平成二一年一〇月末までの約三か月間、または、頸部痛もある程度軽減した同年一二月末までの約五か月間である。

(3)  基礎収入

① 原告の主張

原告は、本件事故当時、有限会社c(以下「c社」という。)において、土木建築業に従事し、日額一万八一七〇円の収入を得ていた。

② 被告の主張

原告の主張する基礎収入は、公的証明がないから信用できない。原告主張の収入額から相当割合を減額した額を基礎収入とすべきである。

(4)  後遺障害の有無、程度等

① 原告の主張

ア 原告は、前記のとおり、本件事故により、頸椎椎間板ヘルニア、腰椎椎間板ヘルニア等の傷害を負い、症状固定時に、右頸部痛、両手しびれ、軽度腰痛、労働により右頸部痛増悪の症状が残った。

症状固定時に、右頸部、腰部圧痛があり、頸椎MRIの結果「C四/五、C五/六椎間板突出、頸髄圧迫あり」の所見であり、主治医は、頸椎レントゲン上椎間板狭小化はなく、本件事故の外力により突出した可能性が高いと診断している。また、腰椎のMRIの結果「L四/五、L五/S一椎間板突出、腰髄圧迫あり。平成一三年と比べて圧迫強い」の所見である。

原告は、本件事故前、肉体労働に従事することができ、頸部、腰部に痛みがなかった。しかし、本件事故により、握力が三〇キロ台に低下し、両手にしびれが残り、歩いていると、足ががくんとなることがある。

このように、画像所見もあり、これと整合する神経学所見ないし症状がある。

なお、損害保険料率算出機構は、腰部の障害を加重障害に当たらないと判断したが、本件事故による受傷のため症状が増悪したことは明らかである。

イ 原告は、上記後遺障害のため従前の仕事に従事できない状態が症状固定後も継続しており、今後少なくとも一〇年間は全く就労できない可能性が極めて高い。

② 被告の主張

ア 前記第二、一、(4)の損害保険料率算出機構の判断のとおり、原告の症状を他覚的に裏付ける医学的所見は乏しい。後遺障害診断書にも、深部腱反射異常の記載はなく、握力は左右とも三一キログラムで異常はなく、知覚異常の記載もなく、神経学的異常所見はない。なお、原告の頸部に神経ブロックが施行されているが、神経ブロックには椎間板ヘルニアの適応はないから、原告の神経ブロックは、椎間板突出(椎間板ヘルニア)による疼痛のためのものではない。

イ したがって、原告には後遺障害はない。仮にあるとしても、右頸部の疼痛について、別表第二の一四級一〇号を超えることはない。

この場合、労働能力喪失率は五パーセントで、労働能力喪失期間は二、三年程度である。

(5)  素因減額

① 被告の主張

ア 頸椎や腰椎のヘルニアについては、ヘルニア自体は発生しているが、痛み等の症状が出ていない状態があり、事故を契機にこれが出現した場合、事故がなくても別の機会に痛み等が出現する素地はできていたというべきであるから素因減額すべき状態にあるとして素因減額するのが公平の理念に合致する。

イ 原告は平成一二年一一月に交通事故に遭い、その後遺障害としての腰痛に対して別表第二の一四級一〇号が認定されている。腰椎MRIで椎間板突出の所見があるとされ、平成一三年撮影の腰椎MRIに比してその程度が強まっているとされるが、椎間板ヘルニアの根本原因は加齢に伴う椎間板の変性にあるとされており、原告の場合も、前回事故後の日常生活で椎間板ヘルニアが起こったと考えるのが自然であり、これは単なる身体的特徴ではなく、公平の観点から減額すべき素因と認めるのが相当である。

ウ 原告は、平成一六年一二月から右頸部痛により約一年間通院しており、これは頸部周囲の筋、特に僧帽筋の障害(炎症)であった可能性が高く、本件事故で発症した右頸部痛も同事故の際に生じた頸部の筋損傷が関連している可能性があるから、前回の頸部痛で生じた頸部の筋の変化が今回の頸部痛の素因となっていることも考えられる。また、頸椎MRIで椎間板突出の所見があるとされるが、上記のとおり椎間板ヘルニアには加齢による変性の方が多く、平成一三年から本件事故の起きた平成二一年までの八年間に頸椎椎間板に椎間板突出という変性変化が自然に生じた可能性の方が医学的に考えやすい。

したがって、頸部痛についても、本件事故前からの頸部の筋肉の変化、あるいは頸椎椎間板の変性(椎間板突出を含む。)の影響があり、これらは単なる身体的特徴ではなく、減額すべき素因である。

② 原告の主張

被告引用の文献には、椎間板ヘルニアの発症誘因について、外力等による過剰運動が明らかに関係しているものが約三分の一とされている。すなわち椎間板の退行性変性が誰にでも加齢により生じるとしても、これがヘルニアとなって痛みを伴う者は限定されており、外力等による過剰運動が関係している者が約三分の一もの割合で存在する。本件において、外力の存在は明らかであり、加齢による退行性変性自体は素因減額の理由にならない。

第三当裁判所の判断

一  被告の責任原因

前記第二、一、(1)、(2)、①の事実によれば、被告は、原告に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告の被った損害の賠償義務を負う。

二  原告の損害

(1)  治療費、文書料(原告の主張一五四万〇四八〇円)

① 原告は、症状固定日は平成二二年六月三〇日であると主張し、A医師は同日を症状固定日と診断したが(前記第二、一、(3))、被告は、平成二一年一〇月末ころ又は同年一二月末ころであると主張するので、この点について判断する。

ア 前記第二、一、(3)の事実、甲六号証、乙三、四号証によると、次の事実が認められる。

(ア) 原告は、本件事故翌日の平成二一年七月二七日、a整形外科を受診し、頸部痛、腰痛、両肩痛、左膝痛を訴えた。診断名は、頸椎捻挫、腰椎捻挫、両肩腱板損傷、左膝打撲である。消炎鎮痛剤及びモーラステープ等が処方され、同月三一日からはリハビリが開始された。

(イ) 平成二一年八月三一日、原告は、b診療所で頸椎及び腰椎のMRI検査を受け、頸椎椎間板ヘルニア、腰椎椎間板ヘルニアと診断された。

(ウ) a整形外科のA医師(以下「A医師」という。)は、平成二一年九月二九日、原告について、腰椎装具(コルセット)の装着の必要性を認め、原告は、同年一〇月一日からこれを装着した。

(エ) 平成二一年一〇月八日から頸部痛に対して肩甲上神経ブロック注射が開始された。回数は、同月四回、同年一一月八回、同年一二月四回、平成二二年一月二回、同年二月二回、同年三月三回、同年四月四回、同年五月二回、同年六月一回である。

(オ) 平成二一年七月二七日から平成二二年六月三〇日までのa整形外科への実通院日数は二六〇日である(これに反する甲一〇号証の一部は採用しない。)。

(カ) A医師は、平成二二年三月一六日付けの二通の診断書に、同月一五日まで腰部にコルセット使用と記載し、また、物療、投薬、コルセット装着、ブロック注射により症状徐々に軽減しているが、治療継続が必要であると記載した。

イ(ア) 乙二号証には、腰痛は平成二一年一〇月末には概ね軽快したとの部分がある。また、乙八号証は、a整形外科の診療録には、平成二一年一二月五日以降腰痛に関する記述が見られず、このころから腰痛は問題とならないレベルで安定したと解釈するのが最も合理的であるなどとして、同月ころを症状固定時期としてよいとする。確かに、A医師は、後遺障害診断書に自覚症状として「軽度腰痛」と記載しており(甲八)、症状固定時までに腰痛が軽減したものと認められるが、そのことと平成二二年六月三〇日前に、腰痛が症状固定していたか否かは別問題である。

上記認定事実によれば、平成二二年三月一五日時点で、原告の腰痛は、コルセットの装着が必要な程度であったものと認められ、平成二一年一〇月末には概ね軽快していたとの乙二号証の見解及び同年一二月五日ころから腰痛は問題とならない程度であったとの乙八号証の見解は、いずれも採用できない。

(イ) 乙二号証には、頸部痛について、ブロック注射の回数は平成二二年一月以降減少傾向が見られ、平成二一年の年末までにある程度軽減したことが推察され、平成二二年一月以降は、特に頸部痛には改善傾向があったとは思われず、平成二一年一二月末ころに症状固定に至った旨の部分があり、乙八号証には、診療録の記述の量、回数、ブロック注射の回数を含めた治療内容から考えて頸部痛は平成二二年一月以降軽減していたとする部分がある。しかし、ブロック注射の回数は、平成二一年一一月が八回と最多であり、その後、同年一二月が四回、平成二二年一月が二回と減少したが、同年三月から再び増加し、同年四月に四回となり、その後、再度減少に転じており、単純に同年一月以降減少傾向にあるとはいえない。しかも、乙八号証は、ブロック注射の回数は、症状の強さに当然比例したと考えるので自然であるというのであり、そうだとすると、上記認定のブロック注射の回数からすると、頸部痛の強さは、開始翌月の平成二一年一一月にピークに達し、その後一旦軽減したが、再び増悪して平成二二年四月には平成二一年一二月と同程度となり、その後再度軽減し、平成二二年六月にはそれまでで最も痛みが弱まったことになり、平成二一年一二月末ころ、頸部痛がもはや治療効果が期待できない状態であったとはいえないというべきである。

したがって、乙二号証の頸部痛の症状固定に関する上記部分は採用できない。

ウ 他に、平成二二年六月三〇日前に、症状固定していたと認めるべき証拠はない。A医師の診断どおり、平成二二年六月三〇日を症状固定日と認める。

② 甲六号証、乙一号証によれば、症状固定日までのa整形外科及びb診療所の治療費、文書料は、一五四万〇四八〇円であると認められる。

(2)  通院交通費(原告主張額一一万七四八〇円)

甲一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、a整形外科への通院に市バスを利用し、一回の通院に四四〇円(往復)を要したことが認められる。a整形外科への実通院日数は二六〇日であるから、通院交通費は、一一万四四〇〇円となる(b診療所への通院交通費の請求はないものと解される。)。

(3)  休業損害(原告主張額三五四万三一五〇円)

① 甲一号証、一二号証、一七号証、原告本人尋問の結果によると、原告(昭和三七年○月○日生)は、高校卒業後、和菓子の配送、賃貸斡旋業、カラオケ店店長を経て、平成九年、土木建築業を営むc社に就職し、建物解体工事、建物改装工事、マンション基礎工事、足場組立作業、コンクリートはつり作業等の現場作業に従事してきたこと、原告は、本件事故による頸部、腰部の疼痛、両手のしびれ、握力の低下・めまい等により上記のような作業を行うことが困難となり、同事故の翌日である平成二一年七月二七日から平成二二年六月三〇日の症状固定日まで完全に休業したこと(欠勤日数計一九五日)が認められ、乙二号証及び八号証のうち本件事故後三か月又は五か月経過後は就労が可能であったとする部分は、前記第三、二、(1)、①、イ認定説示、甲一七号証及び原告本人尋問の結果に照らし、採用しない。

② 甲一二号証、一五号証、一七号証によると、c社における原告の給与は、毎月二〇日締めの日給月給制で、日給が一万八〇〇〇円、家族手当及び通勤手当がそれぞれ一か月一万円及び八〇〇〇円であること、平成二一年五月分、六月分及び七月分の給与はそれぞれ三九万六〇〇〇円(稼働日数二一日)、五〇万四〇〇〇円(稼働日数二七日)及び四五万円(稼働日数二四日)であることが認められる。c社では源泉徴収をしておらず(弁論の全趣旨)、原告の所得についての公的証明はないが、原告の職種、経験年数に照らし、不自然に高額とはいえないから、上記各証拠に基づき、上記のとおり認定する。

③ 本件事故前三か月間の給与収入一三五万円から通勤手当計二万四〇〇〇円を控除した一三二万六〇〇〇円を稼働日数計七二日で除して得た一稼働日当たりの収入一万八四一六円(一円未満切捨て。以下同じ)に欠勤日数一九五日を乗じると、三五九万一一二〇円となる(通勤手当は実費支給と解されるので基礎収入に含めない。)。

三五九万一一二〇円の範囲内である原告主張額三五四万三一五〇円を休業損害と認める。

(4)  傷害慰謝料(原告主張額一五〇万円)

傷害の部位、程度、通院経過等を総合し、一二〇万円をもって相当と認める。

(5)  逸失利益(原告主張額四〇四〇万八三五一円)

①ア 原告は、被告が居眠り運転をしてブレーキも踏まずに原告車に追突したと主張し、原告は、その本人尋問において、被告が、寝てました、ブレーキも全くかけていないと述べていた旨供述する。しかし、甲二号証によると、本件事故の五日後に実施された実況見分において、被告は、原告車を追従中、脇見をし、約二〇メートル進行して視線を前方に戻すと約一〇メートル前方に原告車が停止しており、危険を感じてブレーキをかけたが追突した旨の指示説明をしたことが認められることに照らし、原告本人の上記供述はにわかに採用できない。

乙五号証によると、原告車の後部に目立った大きな損傷はなく、修理工事の見積額は約二四万一〇〇〇円であることが認められる。

イ 甲八号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、症状固定日時点において、右頸部痛、両手しびれ、軽度腰痛、労働により右頸部痛増悪の症状が残り、その後も動作時に頸、肩、腰の痛みが生ずるなどの症状が続いていることが認められる。

ウ 乙四号証によると、平成二一年八月三一日のb診療所でのMRI検査の結果について、同診療所医師の読影所見は、「頸椎は、頸椎各レベルの椎間板に変性・膨隆を認める。C四/五で後方正中に突出する椎間板ヘルニアを認め、頸髄が圧迫されている。両側椎間孔の狭窄が疑われる。C五―七の椎間板は膨隆し、硬膜嚢を圧迫しているが、頸髄の明らかな圧迫は指摘できない。Th二/三では骨棘形成あり、頸髄の軽度圧迫が疑われる。頸髄の異常信号は指摘できない。腰椎は、L四/五、L五/S一で椎間板ヘルニアを認める。L四/五で脊柱管内で馬尾と右神経根の圧迫が疑われる。L五/S一で両側椎間孔狭窄あり、左では神経根の圧迫を認める。Th一二/L一、L一/二で脊柱管内に突出する骨髄と等信号域を認める。好発部位ではないが、後縦靱帯の骨化若しくは骨棘が疑われる。これにより硬膜嚢は圧迫されているが、馬尾の明らかな圧迫は指摘できない。」というものであることが認められる。

エ 甲八号証、乙三号証によると、次の事実が認められる。

(ア) a整形外科の初診時、ラセグテストは左右とも陽性であったが、膝蓋腱反射・アキレス腱反射は正常であった。

(イ) a整形外科の初診時から平成二二年二月ころまで、僧帽筋の圧痛が認められた。

(ウ) 平成二二年一月末まで、a整形外科でスパーリングテストが二回位、ホフマンテストが数回行われたが、すべて異常なしであった。

(エ) A医師は、平成二二年三月一六日付けの診断書に、神経学的異常所見なしと記載した。

(オ) A医師作成の後遺障害診断書の「精神・神経の障害 他覚症状および検査結果」欄には、右頸部、腰部の圧痛あり、握力左右とも三一キログラムとの記載はあるが、他に神経学的異常所見についての記載はない。

② 上記認定事実に基づき検討する。

本件事故の際、被告車がノーブレーキで原告車に追突したことを認めるに足りる証拠はないが、原告車の修理見積額からすると、ごく軽微な事故で原告が受けた衝撃がごく軽度であったとは認められない。MRI所見によると、C四/五で後方正中に突出する椎間板ヘルニアがあり、頸髄が圧迫されており、また、L四/五、L五/S一で椎間板ヘルニアがあり、L五/S一では左で神経根が圧迫されている。他にも、C五―七の椎間板膨隆による硬膜嚢の圧迫所見等もある。しかし、これらの画像所見に整合する知覚異常、巧織運動障害等は認められていない。むしろ、症状固定時点では、神経学的異常所見はほとんどなかったと考えざるを得ない。

症状固定時点での原告の自覚症状は受傷直後から一貫したものと認められ、頸椎及び腰椎に頸髄、神経根の圧迫を伴う椎間板ヘルニアが存在し、これが本件事故により生じたものであることを認めるに足りる証拠はないが、同事故前から存在したものであるとしても、同事故によりそれまでにない症状が発現することはあり得る。しかし、MRIで確認された頸椎及び腰椎の異常と整合する頸髄圧迫症状又は神経根圧迫症状並びに神経学的異常所見が認められない(例えば、両手しびれは、C四/五の椎間板ヘルニアにより障害されるC五神経根の支払領域の知覚障害ではない。)。このように明らかな画像所見がありながら、神経学的所見及び症状との一致がない点が特徴であり、この点で、症状固定時の原告の症状について明らかな他覚的裏付けがあるというのはなお躊躇される。

以上に加え、甲一七号証及び原告本人尋問の結果により認められる原告に残存する症状の内容、頑固さ等も考慮し、症状固定時から一〇年間、八パーセントの労働能力喪失を認める。

なお、甲九号証によると、原告は、平成一二年一一月一八日発生の交通事故により腰部を負傷し腰痛等の後遺障害が残存し、別表第二の一四級一〇号の認定を受けたことが認められるが、本件事故当時、上記後遺障害の腰痛が継続していたことを認めるに足りる証拠はない。

③ 甲一四号証によれば、平成二〇年に原告に支給された基本給(日給一万八〇〇〇円に稼働日数を乗じた金額)の総額は五一六万六〇〇〇円であることが認められ、これに家族手当総額一二万円を加算した五二八万六〇〇〇円を基礎収入とする。逸失利益の現価を計算すると、三二六万五三五二円となる。

5,286,000×0.08×7.7217≒3,265,352

(6)  後遺障害慰謝料(原告主張額二〇〇万円)

後遺障害の内容、程度等を総合し、一五〇万円をもって相当と認める。

(7)  損害合計(弁護士費用を除く。)

前記(1)ないし(6)の合計は、一一一六万三三八二円である。

三  素因減額

(1)  頸部について

① 乙三号証によると、原告は、平成一六年一二月始め、起床時に右頸部痛を自覚し、これが増悪したため、同月一八日ないし平成一七年一二月一日、a整形外科に通院したこと(実通院日数二八日)が認められるが、この際、本件事故後の頸部由来の症状の素因となる器質的損傷が生じたことを認めるに足りる証拠はない。被告は、上記頸部痛で生じた頸部の筋の変化が本件事故後の頸部痛の素因となっていることも考えられると主張するが、「素因となっていることも考えられる」との理由での素因減額はしない。

② 被告は、MRIで確認された頸椎の椎間板突出につき、椎間板ヘルニアには加齢による変性の方が多く、平成一三年から本件事故の起きた平成二一年までの八年間に頸椎椎間板に椎間板突出という変性変化が自然に生じた可能性の方が医学的に考えやすいと主張し、乙二号証及び八号証には同旨の部分がある(甲八号証によると、平成一三年に頸椎のレントゲン又はMRI検査がなされたことが認められる。)。しかし、乙八号証は、原告の場合、MRI上は、椎間板ヘルニア、すなわち頸部神経根の障害が生じてもおかしくない所見であるが、後遺障害診断書には神経学的異常所見に関する記述がないから、少なくとも後遺障害診断時点では椎間板ヘルニアの状態ではなかったというのであるが、そうだとすると、少なくとも症状固定時点で、頸椎の椎間板突出と、症状固定時の原告の頸部痛等との間に因果関係がないことになり、乙二号証及び八号証のいう椎間板突出という変性変化は上記症状の素因とはいえない。仮に、乙二号証及び八号証の各作成者が、神経根症状等をもたらす椎間板ヘルニアではないが、なお椎間板突出が頸部痛等の一因になっているとの見解であるとしても、その機序についての説明がないから採り得ない。また、乙八号証は、「少なくとも」として症状固定時に限定するが、それ以前についても前記のとおりさしたる神経学的異常所見はなく、乙八号証の見解からすると、椎間板突出という変性変化が症状固定前の症状の素因となったことも否定されるはずである。

③ 前記第三、二、(5)、②説示のとおり、頸椎の椎間板ヘルニアにより原告の症状が発生した可能性はあるものの、症状及び神経学的所見との整合性に欠けるため、断定はできないのであるから、椎間板ヘルニア(椎間板の突出)が素因となっていると断定することもできない。しかも、加齢による退行変性は、それが疾患といえる程度のものでなければ素因減額の対象となる素因といえないが、本件事故前、頸椎に疾患というべき退行変性が存在していたことを認めるに足りる証拠もない。既往の無症状のヘルニアが存在し、交通事故を契機に症状が出現した場合、既往のヘルニアが疾患というべき状態であったか否かにかかわらず素因減額すべきであるとの被告の主張は採用できない。

(2)  腰部について

被告は、平成一二年の交通事故後の確認された腰椎椎間板ヘルニアが、その後加齢により進行し、本件事故後の腰部の症状の素因となっている旨主張する。しかし、頸椎につき説示したのと同様、本件事故前、腰椎に疾患というべき退行変性が存在していたことを認めるに足りる証拠はなく、画像所見と症状、神経学的所見の一致がないから腰椎の椎間板ヘルニアが同事故後の腰部の症状の素因であると断定できない。

(3)  小括

以上のとおりであるから、素因減額はしない。

四  損害填補

(1)  損害合計一一一六万三三八二円から既払金三九三万三六七四円(乙一)を控除すると、七二二万九七〇八円となる。

(2)  甲一八号証によると、原告と契約した損害保険会社は、平成二四年九月二四日、原告に対し、人身傷害保険金三四五万九八七二円を支払ったことが認められる。

七二二万九七〇八円から三四五万九八七二円を控除すると、残額は三七六万九八三六円である。また、三四五万九八七二円に対する本件事故の日である平成二一年七月二六日から平成二四年九月二四日までの一一五七日間の民法所定年五分の割合による遅延損害金は、五四万七八一三円である。

五  弁護士費用(原告主張額六八一万四八四四円)

事案の内容、訴訟経過及び認容額等の諸般の事情を総合し、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用を三八万円と認める。

六  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、民法七〇九条に基づき、四六九万七六四九円及び内四一四万九八三六円に対する平成二一年七月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する(仮執行免脱宣言は不相当であるから付さない。)。

(裁判官 佐藤明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例