京都地方裁判所 平成23年(ワ)32号 判決 2012年1月17日
主文
1 原告の訴えのうち,別紙図面(1)のA,B,C,D,E,F,G及びAの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地についての被告の使用借権の不存在確認の訴えを却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告が,平成24年4月1日以降,別紙図面(1)のイ,ロ,ハ,ニ,ホ,ヘ及びイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地につき,地上権を有しないことを確認する。
(2) 被告が,平成24年4月1日以降,別紙図面(1)のA,B,C,D,E,F,G及びAの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地につき,地上権を有しないことを確認する。
(3) 被告が,平成24年4月1日以降,上記(2)記載の土地につき,使用借権を有しないことを確認する。
(4) 被告は,原告に対し,1億2825万2500円及びこれに対する平成23年9月6日(同月5日付け原告準備書面(4)送達の日の翌日)から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(5) 被告は,原告に対し,平成24年4月1日から,上記(1),(2)記載の各土地の地中にある疏水用トンネルの工作物を撤去して上記各土地部分を明け渡すまで,毎年3月末日限り1年当たり2565万0500円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(6) 訴訟費用は被告の負担とする。
(7) (4)項につき仮執行宣言。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 本案前の答弁
ア 請求の趣旨(1)ないし(3)及び(5)の訴えをいずれも却下する。
イ 訴訟費用は原告の負担とする。
(2) 本案の答弁
ア 原告の請求をいずれも棄却する。
イ 訴訟費用は原告の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,原告が,原告が所有する境内地(以下「本件土地」という。)の地中に,いわゆる琵琶湖疏水のためのトンネル3本(以下「本件各トンネル」という。)を設置している被告に対し,本件土地のうち上記各トンネルが存在する部分(以下「本件各敷地」という。)について被告の地上権及び使用借権がいずれも存在しないことの確認を求めるとともに,不当利得,不法行為その他の規定に基づき,本件各敷地の使用料相当額として次の各金員の支払を求めた事案である。
(1) 平成13年9月6日から平成23年9月5日(同日付け原告準備書面送達の日)まで10年間の使用料相当額2億5650万5000円の内金1億2825万2500円及びこれに対する上記準備書面送達の日の翌日である同月6日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金。
(2) 平成24年4月1日以降,被告が本件各トンネルを撤去して本件各敷地を明け渡すまで,毎年3月末日限り,1年当たり2565万0500円及びこれらに対する各支払期日の翌日から前同様年5%の割合による遅延損害金。
2 基礎となる事実(争いのない事実並びに各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定することができる事実)
(1) 本件土地の来歴
ア 原告は,天台寺門宗の寺院であり,7世紀ころから,別紙物件目録記載の土地(これが本件土地である。)及びその周辺の土地を境内地として占有使用してきた。本件土地を含む原告が占有使用していた各土地は,明治4年の社寺領上知令(明治4年正月5日太政官布告第4号)又は明治6年ころから実施された地租改正に伴う官民有地区分により,すべて国の所有となったが,原告は,上記各土地につき,従前どおり占有使用することを国から認められ,その後も占有使用を継続してきた。(弁論の全趣旨)
イ 原告は,昭和27年12月12日,「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律」(昭和22年法律第53号。以下「社寺処分法」という。)に基づき,国から本件土地を譲与され(以下「本件譲与」という。),昭和29年11月25日,本件土地について国から原告に対する所有権移転登記が経由された。(甲1,乙7,17)
(2) 琵琶湖疏水について
ア 被告は,その水利事業として,琵琶湖から京都市内へ至る複数の水路(これらを総称したものが琵琶湖疏水である。このうち,本件土地を通過する3本のトンネルが本件各トンネルである。)を設置,管理している。各水路が設置された経緯は下記イないしエ記載のとおりであり,その位置関係は別紙琵琶湖疏水略図のとおりである。(甲2)
イ 第1疏水
(ア) 京都府知事は,明治17年5月5日及び明治18年1月12日,被告の前身である京都府上京区及び同下京区の願い出を受けて,国に対し,琵琶湖の湖水を京都市に疏通する事業の起工についての伺書を提出し,国は,同月29日,上記伺書に対して起工特許指令(乙2の1参照。以下「明治18年特許」という。)を発令した。(乙2の1)
(イ) 京都府は,明治18年特許に基づいて工事を開始し,明治23年4月ころまでに,琵琶湖(大津市)の取水口から本件土地の地中に存在するトンネル(以下「第1疏水トンネル」という。)を経由して鴨川(京都市)に設置された放水口に至る水路(以下「第1疏水」という。)が完成した。その間,明治22年4月ころ,京都府上京区及び同下京区が市政実施により京都市(被告)となり,第1疏水に関する事業はそのころ京都府から被告へ承継され,被告が現在まで第1疏水を管理している。(甲2,乙2の1,弁論の全趣旨)
(ウ) 第1疏水トンネルは,本件土地のうち,別紙図面(1)のイ,ロ,ハ,ニ,ホ,ヘ及びイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(地積4227.55㎡。以下「第1敷地」という。)の地中を通過しており,その上端は地表から約12mないし130m下に位置している。第1敷地付近の地表上には,原告が所有する観音堂(以下「本件観音堂」という。)等の礼拝施設が存在する。(甲56の1,56の2,57の1,57の3,59,60,62,66,乙8,11)
ウ 第2疏水
(ア) 被告は,明治39年4月4日,京都府知事及び滋賀県知事から,第1疏水と並行して琵琶湖から京都市に通ずる新たな水路(以下「第2疏水」という。)を開削する許可を得た。さらに,被告は,明治40年3月21日,原告の当時の住職であったα住職から,第2疏水のためのトンネル(以下「第2疏水トンネル」という。)を原告の境内地の地表下に開削することの承認書(乙3参照。以下「本件承認書」という。)を得た上で,明治41年3月26日,滋賀県知事に対し,第2疏水トンネルを開削して使用することの許可を申請し(乙3参照。以下「本件使用願」という。),滋賀県知事は,同年7月9日,被告に対し,原告の境内地のうち1248坪の範囲の土地を敷地として第2疏水トンネルを開削し,使用期間を無期限として,上記敷地を無償で使用することを許可した(乙3参照。以下「明治41年許可」という。)。(甲66,乙2の2,3)
(イ) 第2疏水は明治41年ころ建設に着手され,明治45年3月ころまでに,琵琶湖の取水口から第2疏水トンネルを経由して京都市内で第1疏水に合流する第2疏水が完成した。(甲2,乙5)
(ウ) 第2疏水トンネルは,本件土地のうち,別紙図面(1)のA,B,C,D,E,F,G及びAの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(地積4370.15㎡。以下「第2敷地」といい,これと第1敷地と併せたものが本件各敷地である。)の地中を通過しており,その上端は地表から約14mないし150m下に位置している。(甲56の2,62,66,乙9,11)
エ 連絡トンネル
被告は,平成7年ころまでに,琵琶湖から取水して第2疏水に通水するため,第1敷地の地中を通過する新たな水路用のトンネル(以下「連絡トンネル」という。)を建設することを計画した。原告は上記計画に反対したが,被告は,第1敷地について被告が地上権を有するとして,原告の同意を得ずに連絡トンネルの建設工事に着手し,これを完成させた。連絡トンネルは,第1敷地中,第1疏水トンネルの下端から約20.5m下に,同トンネルと平行して設置されている。(甲2ないし4,62,乙8,弁論の全趣旨)
(3) 先行判決
ア 原告は,平成8年ころ,京都地方裁判所に,被告が第1敷地について第1疏水のためのトンネルの築造を目的とする地上権を有しないことの確認を求める訴えを提起した(京都地方裁判所平成8年(ワ)第2406号)が,同裁判所は,平成12年5月25日,被告が第1敷地に上記目的の地上権を有するとして,原告の請求を棄却した。(甲5)
イ 原告は,上記アの判決に対して控訴した(大阪高等裁判所平成12年(ネ)第2355号)が,大阪高等裁判所は,平成13年4月27日,原告の控訴を棄却し,この判決は確定した。(甲6,弁論の全趣旨)
ウ 上記ア,イ記載の各判決(以下まとめて「先行判決」という。)の判断理由は,おおむね次のとおりである。
(ア) 被告の前身である京都府上京区及び同下京区は,明治18年1月29日,本件土地の所有者であった国から,明治18年特許により,第1敷地について,琵琶湖疏水施設の設置を目的とした無償の土地使用権(以下「第1敷地使用権」という。)を設定された。
(イ) 第1敷地使用権は,明治33年4月16日に施行された「地上権ニ関スル法律」(明治33年法律第72号。以下「地上権法」という。)1条により地上権であると推定され,この推定を覆すべき事情は認められないから,地上権である。
(ウ) 第1敷地使用権の存続期間は,大正10年法律第43号国有財産法(以下「旧国有財産法」といい,現行の国有財産法(昭和23年法律第73号)をこれと区別して「現行国有財産法」という。)が大正10年4月7日に施行されたことから,旧国有財産法20条,15条所定の最長期間である30年となり,第1敷地使用権は,上記施行日から30年が経過した昭和26年4月7日,黙示に更新された(なお,同法が施行されたのは大正11年4月1日であり,上記施行日及び同日から30年が経過した日に関する先行判決の認定事実は明らかな誤りである。)。
(エ) 本件土地は,昭和27年12月12日,本件譲与により国有地ではなくなったが,原告が,従前の国と被告との権利関係を承継したというべきであり,第1敷地使用権について,上記(ウ)記載の更新からさらに30年が経過した昭和56年4月7日,原告と被告との間で黙示の更新がなされたというべきである。
(オ) 被告は第1敷地使用権について地上権設定登記を経由していないが,原告が被告に対して上記登記の欠缺を主張することは信義に反する。
(4) 更新拒絶
ア 原告は,平成21年10月2日付けの内容証明郵便によって,被告に対し,平成23年4月7日以降,被告の第1敷地使用権及び第2敷地の使用権(以下「第2敷地使用権」といい,これと第1敷地使用権とを併せて「本件各使用権」という。)を更新しない旨の意思表示をし,この書面は同月5日に被告に到達した。(甲7の1,7の2)
イ 原告は,平成23年7月11日の本件弁論準備手続期日において,被告に対し,平成24年4月1日以降,本件各使用権を更新しない旨の意思表示をした。
(5) 本件訴訟に至る経緯
原告は,平成22年11月17日,本件各使用権が存在しないことの確認を求めて,京都簡易裁判所に被告を相手方とする調停を申し立てたが,同年12月27日,不調で終わり,平成23年1月8日,本件訴訟が提起された。
(6) 旧国有財産法の規定
大正11年4月1日に施行された旧国有財産法は,次のとおり規定している。(乙1)
ア 第15条
「国有財産ノ貸付ハ左ノ期間ヲ超ユルコトヲ得ス
一 植樹ヲ目的トシテ土地及建物以外ノ土地ノ定著物ヲ貸付スル場合ニ在リテハ八十年
二 前号ノ場合ヲ除クノ外土地及建物以外ノ土地ノ定著物ヲ貸付スル場合ニ在リテハ三十年
三 建物其ノ他ノ物件ヲ貸付スル場合ニ在リテハ十年
貸付期間ハ之ヲ更新スルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ更新ノ時ヨリ前項ノ期間ヲ超ユルコトヲ得ス」
イ 第16条
「国有財産ハ帝室用又ハ公共団体若ハ私人ニ於テ公共用,公用若ハ公益事業ニ供スル為必要アル場合及勅令ニ特別ノ規定アル場合ヲ除クノ外無償ニテ之ヲ貸付スルコトヲ得ス」
ウ 第20条
「前五条ノ規定ハ貸付ニ依ラスシテ国有財産ノ使用又ハ収益ヲ為サシムル契約ニ付之ヲ準用ス」
エ 第24条
「従前ヨリ引続キ神社,寺院又ハ仏堂ノ用ニ供スル雑種財産ハ勅令ノ定ムル所ニ依リ其ノ用ニ供スル間無償ニテ之ヲ当該神社,寺院又ハ仏堂ニ貸付タルモノト看做ス
神社,寺院又ハ仏堂ノ上地ニ係ル雑種財産ハ其ノ用ニ供スル為必要アルトキハ勅令ノ定ムル所ニ依リ無償ニテ第十五条ノ規定ニ拘ラス之ヲ当該神社,寺院又ハ仏堂ニ貸付スルコトヲ得」
3 主たる争点
(1) 確認の利益(請求の趣旨(1)ないし(3))
(2) 将来請求の適法性(請求の趣旨(5))
(3) 第2敷地使用権の性質
(4) 第2敷地使用権は昭和57年4月1日以降更新されたか
(5) 本件各使用権は平成24年4月1日以降更新されるか
(6) 金銭請求の可否
(7) 損害又は使用料相当額
4 争点に対する当事者の主張
(1) 確認の利益(請求の趣旨(1)ないし(3))
(原告の主張)
被告が,平成24年4月1日以降も,本件各敷地について本件各使用権が存在すると主張して争うことは明白であるから,原告は,これに近接した時期に,あらかじめ本件各使用権が存在しないことの確認を求める利益がある。
(被告の主張)
請求の趣旨(1)ないし(3)は,将来の権利関係の確認を求める訴えであり,訴えの利益が認められない。
(2) 将来請求の適法性(請求の趣旨(5))
(原告の主張)
被告の従前の主張からすると,被告が請求の趣旨(5)の金員の支払義務について争うことは明らかであるから,原告はあらかじめこれを請求する必要があるといえるし,上記請求は,被告が本件各敷地の使用を継続する限り,すなわち被告が本件各トンネルの施設を撤去するまでの間の金銭の支払を求めるものであるから,被告が支払義務を負う期間は特定されている。
(被告の主張)
争う。
(3) 第2敷地使用権の性質
(被告の主張)
ア 第1敷地使用権の性質が地上権であることは先行判決により確認されたとおりであり,この先行判決の判断は妥当である。
イ そして,次に述べるとおり,第2敷地使用権は,第1敷地使用権と同様の地上権であるというべきである。
(ア) 被告が明治41年許可により滋賀県知事から設定された使用権の範囲は「寺院境内地地表下」と記載されているから,被告は,第2敷地の地表及びその地下の使用を認められたというべきであり,文言上,第2敷地使用権が地下に限定されていると解釈することはできない。
(イ) 明治41年許可には明示的に地上権の文言は使用されていないが,これにより設定された権利の法的性質は設定当事者の合理的な意思解釈により決定されるべきである。そして,明治41年許可は原告の境内地における「疏水の隧道開鑿とその使用」を対象としているところ,第1疏水とともに京都市内の水資源を確保するという第2疏水の設置目的や,京都市及び京都市民にとっての琵琶湖疏水の重要性からすると,第1疏水及び第2疏水は,いずれも京都市及び京都市民が存在する限り半永久的に使用を継続されることが予定されていたというべきである。
(ウ) 明治41年許可は,第2敷地の使用期間を無期限としているが,上記(イ)記載の事実からすると,これは,期限を定めないという意味ではなく,文言どおり期限がなく半永久的にという意味と解すべきであり,第2敷地使用権について,期間を限定して使用収益権を与えることを本質とする使用借権であると解釈するのは合理的でない。
(エ) したがって,第2疏水は,第1疏水と一体のものとして,永続的・恒常的に京都市民のための上下水道の根幹として機能することが当然の前提となっており,当事者もこのような事情を認識した上で第2敷地使用権の設定を行ったというべきであるから,明治41年許可により被告が取得した第2敷地使用権は,第1敷地使用権と同様の地上権であると認めるのが相当である。
(原告の主張)
ア 第2敷地使用権の設定に関する明治41年許可は,民法及び地上権法が施行された後になされたものであるから,第2敷地使用権について地上権法1条により地上権と推定することはできない。
そして,①α住職が被告に本件承認書を交付した経緯や,本件使用願及び明治41年許可の文言によれば,第2敷地使用権が設定された範囲は第2敷地の地下部分に限定されていたといえること,②被告は,第2疏水トンネルの敷地のうち本件土地以外の部分について,民有地を買い上げて所有権を取得し,又は,地下部分に限定した通水地役権の設定を受けて,これらをいずれも登記しているのに対し,第2敷地については通水地役権及び地上権のいずれの登記も経由していないこと,③明治41年許可には,第2敷地使用権を地上権とする明示の文言が存在しないこと,④国及び被告が,本件譲与の際,原告に対し,本件土地に被告の地上権が設定されているという説明をしなかったこと,⑤第1疏水が運河法に基づく運河であるのに対し,第2疏水は運河でも河川でもないから,両者を一体と解することはできないこと,⑥京都府知事及び滋賀県知事による昭和8年1月20日付けの命令書(乙4参照。以下「昭和8年命令書」という。)によれば,第2疏水の既設の施設を変更する場合に国の許可を必要としていること等からすると,第2敷地使用権は,地上権ではなく,地下に限定された無償の債権的使用権,すなわち使用借権であったというべきである。
イ また,①明治18年特許の当時又は地上権法が施行された当時,国は,本件土地の地表部分に原告の使用借権を設定していたから,これを妨げる地上権を第三者に設定することは許されなかったこと(当時,区分地上権の規定はなかった。),②第1疏水が完成した明治23年4月ころまでに,第1疏水トンネルの位置が特定されていたこと,③国は,本件譲与の際,原告の本件土地地表の使用権と被告の第1敷地使用権とが両立するものであるとする見解を示していたこと,④国は,明治38年ころ,官有保安林を境内地として原告に使用させた際に,原告に対し,本件土地に被告の地上権が設定されていることを告げていないこと,⑤国及び被告は,本件譲与の際にも,原告に対し,第1敷地使用権が地上権であることを告げていないこと,⑥現行国有財産法,旧国有財産法並びにそれ以前の太政官通達及び勅令によれば,国有地への使用権の設定は,貸渡し又は貸付け,すなわち賃貸借又は使用貸借が原則とされ,地上権のような物権の設定は許されていないこと,⑦被告は第1敷地について地上権設定登記を経由していないこと等からすると,第1敷地使用権の性質も,地下部分に限定された使用借権であると解すべきであり,先行判決の判断は誤っている。
(4) 第2敷地使用権は昭和57年4月1日以降更新されたか
(被告の主張)
ア 第2敷地使用権は,第1敷地使用権と同様に旧国有財産法が適用されるから,その期間は30年を超えることができず,同法が施行日された大正11年4月1日を起算日として30年ごとに更新時期を迎え,昭和27年4月1日に国と被告との間で黙示の更新がなされた。
イ その後,昭和27年12月12日に本件土地が国から原告に譲与されたことにより,第2敷地使用権についても,原告が従前の国と被告との権利関係を引き継ぎ,昭和57年4月1日,原告と被告との間で黙示の更新がなされた。
(原告の主張)
原告は,昭和57年4月1日当時,第2敷地使用権の法的性格や期限の定め及び期限の到来について認識していなかったから,原告が被告による使用収益に異議を述べなかったことをもって期間更新の意思表示をしたと推定することはできず,原告と被告との間に,昭和57年4月1日以降,第2敷地使用権の明示又は黙示の更新の合意は成立していない。
(5) 本件各使用権は平成24年4月1日以降更新されるか
(被告の主張)
ア 被告及び国は,当初,本件各使用権の期間を無期限とする合意をしていた。その後,旧国有財産法の施行により,期間の定めは同法による最長期間である30年と解することとなったが,従前の合意内容及び琵琶湖疏水の高度の公共性に鑑みれば,本件各使用権は,被告が琵琶湖疏水を利用し続ける限り,30年の期間が経過しても当然に従前と同一の内容で更新されることが予定されていたといえる。
そして,本件譲与の際に,国と原告との間で本件各使用権の存続期間について格別の取り決めがなされた事情はうかがえないから,原告は,上記の国と被告との権利関係を引き継いだ(仮に,原告が上記権利関係を否定していれば,本件譲与自体が認められなかったことが予想される。)というべきであり,原告には,本件各使用権の更新を拒絶する権利がない。
イ また,原告による更新拒絶が認められ,被告が本件各敷地を明け渡さなければならないとした場合,琵琶湖疏水の取水機能が停止されることとなり,京都市民の飲料水の確保等水利用に重大な支障をきたし,京都市民全体に極めて深刻な事態を引き起こすこととなる。これに対し,本件土地使用権等が存在することにより,過去に原告の宗教活動に支障が出たことはないし,今後も支障が生じる可能性は皆無であって,被告の本件各使用権と原告の本件土地の地表の利用とが事実上抵触しているとは考えられず,また,本件土地は「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」(昭和41年法律第1号。以下「古都保存法」という。)に基づく歴史的風土特別保存地区に指定され,合理的な適正賃料を算定できる土地ではないことをも考慮すると,原告が更新拒絶によって得る利益は具体的に考えられない。さらに,原告は,第1敷地が無期限かつ無償で被告に貸与されていることを認識した上で,本件承認書により第2敷地に第2疏水トンネルを開削することを承認したから,第2敷地使用権についても無期限かつ無償とすることを了解していたということができる。
これらの事実によれば,原告が本件各使用権の更新を拒絶することは,権利の濫用に当たり許されない。
ウ したがって,本件各使用権は,平成24年4月1日以降も従前と同一内容で原告と被告との間で更新される。
(原告の主張)
ア 原告は,上記2(4)記載のとおり,平成21年10月5日及び平成23年7月11日,被告に対し,本件各使用権を更新しないことを通知しているから,原告と被告との間に,平成24年4月1日以降も本件各使用権を更新する旨の明示又は黙示の合意は成立しない。仮に,原告が本件各使用権について更新を拒絶する権利を有さず,又は,原告の更新拒絶が権利の濫用に当たるとしても,期間更新の明示又は黙示の意思表示がなければ,更新の効果は認められない。
イ(ア) ①第1敷地使用権に関する明治18年特許には,期間を無期限とする規定はないし,第2敷地使用権に関する明治41年許可には期間を無期限とする文言があったが,明治43年4月21日付けの京都府知事及び滋賀県知事による命令により許可期限が明治89年4月4日までと変更されたこと,②旧国有財産法及び現行国有財産法は使用期間を最長30年としており,これは強行法規であって,半永久的な使用権は法律上認められないこと,③α住職は,第2疏水トンネルの開削を承認したが,無期限の使用までは承認していないこと,④国及び被告は,本件譲与の際,原告に対して,本件各使用権の法的性質及び期間の定めの有無を説明しなかったことからすると,国と被告が本件各敷地について琵琶湖疏水が存在する限り半永久的に使用させる合意をしていたとはいえない。
(イ) また,原告は上記(ア)③,④記載の事実等から本件各使用権の期間について認識していなかったし,本件譲与の際に原告に対して何らの制限も付されておらず(そもそも社寺処分法に基づく国有財産の譲与は,明治初年に寺院等から無償で取り上げて国有財産とした財産を,その寺院等に返還する処置である(最高裁昭和30年(オ)第168号同33年12月24日大法廷判決・民集12巻16号3352頁参照)。),私人である原告が,被告に対してその所有地を半永久的に無償で使用させなければならない理由はないから,国と被告との間に使用期間を無期限とする債権的合意があったとしても,その合意は原告を拘束しない。
ウ 原告は,被告に対し,本件各敷地を無償で使用する契約関係を更新しない旨の意思表示をしているに過ぎず,本件各トンネルの撤去や本件各敷地の明渡しを請求しているわけではない。
そして,国が被告に対して本件各敷地を無償で使用させていたのは補助金の一種とみられるが,民法上の契約は有償を原則としており,私人である原告が被告に対してこのような半永久的かつ無償の負担をする理由はないし,被告は長期間にわたり第1疏水及び第2疏水を無償で使用して十分に利益を享受したといえるから,本件各敷地の使用を有償とすることを期間更新の条件とすることには合理的理由がある。
他方,本件各敷地に被告の地上権が存在すると,その範囲で原告は地上及び地下の利用が制限されることとなるし,被告が本件各敷地の地下部分を使用して利得を得ていることが,原告の損失となる。
これらの事実からすると,原告の更新拒絶は権利濫用に当たらず,かえって,本件土地が私有地であるにもかかわらず,琵琶湖疏水の公益性のみを理由に半永久的な無償の使用を求める被告の主張こそ権利の濫用である。
(6) 金銭請求の可否
(原告の主張)
ア 被告は,本件各使用権の期間満了後,権原なく本件各敷地の地下部分を使用して利得を得,原告の所有権を侵害しているから,不当利得又は不法行為に基づき,原告に対し,本件各トンネルの敷地使用料相当額を支払う義務を負う。
イ 仮に,本件各敷地について被告に使用権があるとしても,相隣関係に関する民法209条,212条を準用し,又は,私人である原告が公共のために所有地を提供し,そのために原告の本件土地所有権が制限されていることに鑑みて憲法29条3項に基づき,被告は原告に対して本件各トンネルの敷地使用料相当額を支払うべきである。
ウ 上記(5)(原告の主張)ウ記載のとおり,本件各敷地の使用を有償とすることには合理的理由があるから,原告が被告に対して使用料相当額の請求をすることは権利の濫用に当たらない。
(被告の主張)
ア 第1敷地使用権及び第2敷地使用権はいずれも無償の地上権であり,平成24年4月1日以降も従前と同一の内容で更新されるから,原告の金銭請求は理由がない。
イ 本件各トンネルは,いずれも地下深くの疏水用トンネル施設であり,原告は,本件土地の地表部分を境内地として使用することについて一切の制限を受けていないし,過去又は将来,本件各トンネルの存在する地下部分を利用する可能性も考えられないから,被告が本件各トンネルを使用することによって原告に損失又は損害は発生していない。また,本件土地は,古都保存法に基づき歴史的風土特別保存地区に指定されているから,その利用可能性が極めて限定されている。さらに,α住職は,既に第1敷地が無期限かつ無償で被告に貸与されていることを認識した上で本件承認書を交付したから,第2敷地についても無期限かつ無償とすることを了解し,本件各敷地の使用についていずれも無償とすることを承認していたといえるところ,上記各事実によれば本件金銭請求は権利の濫用に当たる。
ウ 民法209条,212条の準用及び憲法29条3項に基づく主張は争う。
(7) 損害又は使用料相当額
(原告の主張)
第1敷地の面積は4227.55㎡,第2敷地の面積は4370.15㎡であるところ,本件各トンネルの敷地使用料は1㎡につき年額2000円が相当であるから,第1疏水トンネル及び連絡トンネルの年間使用料は,それぞれ845万5100円,第2疏水トンネルの年間使用料は874万0300円となり,その合計は1年当たり2565万0500円である。
したがって,被告は,本件各トンネルの使用を継続する限り,原告に対し,1年当たり上記2565万0500円を支払わなければならない。(なお,原告は,被告に対し,平成13年9月6日から平成23年9月5日(同日付け原告準備書面送達の日)まで10年分の使用料相当額である2億5650万5000円の内金1億2825万2500円,及び,平成24年4月1日以降の上記割合による金員の支払を求めている。)
(被告の主張)
争う。
上記(6)(被告の主張)イ記載のとおり,本件土地は,古都保存法に基づき歴史的風土特別保存地区に指定され,利用可能性が極めて限定されていることからすると,原告が主張する敷地使用料は客観的根拠を欠き妥当でない。
第3当裁判所の判断
1 確認の利益(争点(1))について
(1) 原告は,平成24年4月1日以降,第1敷地について被告の地上権が,第2敷地について被告の地上権及び使用借権が,いずれも存在しないことの確認を求め,さらにこれらの被告の使用権等が存在しないことを前提に,被告に対して使用料相当額の金員の支払を請求するとともに,本件各敷地について新たな有償の使用権設定契約を締結することを提示しているところ,被告は,本件各敷地について被告の地上権が存在することを主張して各請求を争っているから,原告の本件各確認請求のうち,上記日時以降,本件各敷地について被告の地上権が存在しないことの確認を求める訴えは,あらかじめこれを請求する必要があるというべきであり,確認の利益が認められる。
(2) しかしながら,被告は,第2敷地について使用借権を有することを主張しておらず,第2敷地について被告の使用借権が存在しないことについて当事者間に争いがないから,上記使用借権が存在しないことについて確認を求める利益がないというべきであり,本件請求の趣旨(3)は,確認の利益を欠き不適法というべきである。
2 将来請求の適法性(争点(2))
本件請求の趣旨(5)は,被告が本件各トンネルの使用を継続する限りにおける,敷地使用料相当額の支払を求める請求であると解されるところ,弁論の全趣旨によれば,被告が本件判決後も本件各トンネルの使用を継続する意思があることが認められるから,原告はあらかじめ上記金銭の支払を請求する必要があるというべきであり,上記請求は適法である。
3 第2敷地使用権の性質(争点(3))
(1) 上記第2,2(3)記載の先行判決の判断のとおり,被告は,明治18年特許により第1敷地使用権を設定されて,これに基づき,地上権法の施行前から第1疏水トンネルの工作物を所有するために第1敷地を使用していたといえるから,第1敷地使用権は同法1条に基づき地上権と推定される。
これに対し,原告は,上記推定を覆す事情として,上記第2,4(3)(原告の主張)イ記載のとおり多数の主張をしている。これらの原告の主張は先行判決でも既に排斥されているところではあるが,証拠(乙2の1)によれば,明治18年特許は,琵琶疏水事業の起工に当たり,水路の川床及び堤防の敷地並びに付属地等について,官有地を無償で使用することを包括的・概括的に許可したものであって,本件土地についての利用を地下に限定する旨の明確な文言は存在しないことが認められる上,後に制定された旧国有財産法及び現行国有財産法の規定によれば,国有財産に無償の地上権を設定することが許されないわけではない(旧国有財産法20条,16条,現行国有財産法20条1項,26条,22条参照)から,本件土地の地表部分を原告が使用していたこと(原告の土地使用権は,旧国有財産法24条により使用借権とみなされる。),本件土地に被告の地上権設定登記が経由されていないこと,本件譲与の際に国や被告が原告に対して地上権の存在を説明したことがうかがわれないこと等を考慮しても,第1敷地使用権が地上権であるとの上記推定を覆すには足りず,原告の主張はいずれも採用しない。
したがって,第1敷地使用権は地上権であるといえる。
(2)ア 次に,証拠(乙2の2,5)及び弁論の全趣旨によれば,第2疏水は,京都市の水需要及び電力需要が増大し,既設の第1疏水の取水量ではそれに対応できないために,さらなる水資源確保を目的として設置されたものであることが認められ,第2疏水は,第1疏水と一体となって,京都市で使用される水道用水,工業用水,灌漑用水及び発電用水等を取水するために築造されたものであるということができる。このような第2疏水設置の目的及び経緯は,第2敷地使用権を設定した当事者である国(滋賀県知事)及び被告が当然に認識していたことということができるから,国(滋賀県知事)及び被告は,明治41年許可の際,第2敷地にも第1敷地使用権と同様の性質の使用権を設定する意思を有していたことを推認できる。
なお,第1疏水は運河法が適用される運河であるのに対し,第2疏水に同法の適用はないが,これは,第1疏水の設置当初の目的の一つに水運が含まれていたが(乙2の1),第2疏水は大部分が地中を通過しているためその目的がなかったこと(甲2,乙2の2)によるものにすぎない。逆に,証拠(乙2の1,2の2,5)によれば,第1疏水及び第2疏水が,第2疏水の設置時点において,ともに上記のように水道用水,工業用水,灌漑用水及び発電用水等を取水することを目的としていたことが明らかであるし,証拠(乙4,13,14の1ないし14の5)によれば,第1疏水及び第2疏水が一体として琵琶湖から取水することを前提にして,一級河川である琵琶湖からの取水,土地の占用及び京都市内への放水について,明治29年法律第71号河川法(以下「旧河川法」といい,現行の河川法(昭和39年法律第167号)をこれと区別して「現行河川法」という。)17条及び18条に基づく許可が京都府知事及び滋賀県知事により行われ,この許可が昭和31年以降10年ごとに更新されている(昭和40年4月1日に現行河川法が施行されてからは,近畿地方建設局長及びその後身の近畿地方整備局長が,同法23条及び24条に基づく許可の更新を行っている)ことが認められるから,第1敷地使用権と第2敷地使用権を上記のように一体として扱うことには合理性があるといえる。
したがって,第2敷地使用権は,設定当事者の合理的意思からすると,第1敷地使用権と同様の地上権であると認められる。
イ これに対し,原告は,上記第2,4(3)(原告の主張)ア記載のとおり,第2敷地使用権は地下部分に限定された使用借権であると主張している。
この点,証拠(甲66,乙2の2,3)によれば,本件承認書の交付及び本件使用願に先立ち作成された設計書には,第2疏水トンネルを第2敷地の地中に開削することが明示されていたことが認められ,原告,被告及び国の間において,第2疏水トンネルを設置しても原告による本件土地地表部分の使用は阻害されないと認識していたことがうかがわれるが,そのことからただちに第2疏水トンネルの設置のための被告の土地使用権が地下のみに限定されることになるということはできない。また,証拠(乙4)によれば,昭和8年命令書により,被告が琵琶湖疏水の既設施設を変更する際には京都府知事及び滋賀県知事の許可を必要とすることとなったことが認められるが,被告と京都府知事及び滋賀県知事との間で琵琶湖疏水全体の管理についてこのような合意をしたとしても,第2敷地使用権が地上権であることを否定する理由にはならない。そして,上記のとおり,第2疏水トンネルの開削位置からすると,被告が第2疏水トンネルを開削してこれを使用しても,原告が本件土地の地表面に所有していた建物や工作物を撤去する必要はなく,原告による地表面の使用の継続が可能であったことは明らかであるから,原告が本件土地の地表面を使用していたことは上記認定を否定する理由にならず,明治41年許可に地上権という文言が使用されていないこと,本件土地に被告の地上権設定登記が経由されていないこと,及び,国や被告が原告に対して地上権の存在を説明したことがうかがわれないことも,上記認定の妨げにはならないというべきである。
したがって,原告の主張はいずれも採用できず,他に上記アの認定を覆すに足る証拠はない。
4 第2敷地使用権は昭和57年4月1日以降更新されたか(争点(4))
(1) 上記3で認定した事実及び証拠(乙3)によれば,第2敷地使用権は,期限を無期限とする地上権として設定されたものと認められるが,大正11年4月1日に旧国有財産法が施行されたことにより,第2敷地使用権の存続期間は同法20条,15条所定の最長期間である30年と変更されたものと解することができる。それゆえ,第2敷地使用権は,同法の施行日から30年後の昭和27年3月31日に期間満了となったが,同年4月1日以降も国と被告との間で従前と同一の内容で黙示の更新がなされたといえる。
(2) その後,昭和27年12月12日に,本件譲与により原告が国から本件土地所有権を取得したことにより,原告が従前の国と被告との権利関係を引き継いだといえるところ,弁論の全趣旨によれば,上記更新後の第2敷地使用権の期間が満了する昭和57年3月31日経過後も,被告が第2疏水トンネルを無償で使用し続け,原告はこれを認識しながら特段の異議を述べなかったことが認められるから,原告と被告との間で,同年4月1日以降も第2敷地使用権を存続させる旨の黙示の合意がなされたといえる。なお,原告が,昭和57年ころ当時,第2敷地使用権の正確な内容や,旧国有財産法の規定によりその存続期間が30年とされ,期間満了時が到来したことについて明確に認識していなかったとしても,これらの事実は,上記黙示の合意を認定することの妨げにはならない。
(3) したがって,第2敷地使用権は,昭和57年4月1日以降も従前と同一の内容で更新されたということができる。
5 本件各使用権は平成24年4月1日以降更新されるか(争点(5))
(1) 各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 第1疏水及び第2疏水を含む琵琶湖疏水は,設置当初から現在まで,京都市で使用される水道用水,工業用水,灌漑用水及び発電用水等の大部分を供給しており,京都市内の産業及び京都市民の生活に必要不可欠なものとなっている。(乙2の1,2の2,4,5,13,14の1ないし14の5,弁論の全趣旨)
イ 第1敷地使用権を設定した明治18年特許は,その対価を無償とし,使用期間について明確な定めがなかったが,第2敷地使用権を設定した明治41年許可は,その対価を無償とした上,使用期間を無期限と定めていた。(乙2の1,3)
ウ 国が本件譲与の際に原告に交付した譲与許可書(乙7参照)には,本件土地の使用について特に条件が付されていないが,「その他参考事項」欄に,本件土地の地中に被告が使用している琵琶湖疏水の通水施設が存在し,これは公共の用に使用されているが,境内地には何ら影響しないので譲与することを適当と認めた旨が注記されている。(乙7)
エ 原告は,社寺処分法1条に基づき本件土地の譲与の申請をする以前から,第1疏水トンネル及び第2疏水トンネルが存在することを当然に認識していたものと解されるところ,昭和27年12月12日に本件土地の所有権を取得してから早くとも平成7年ころまでの間,被告による本件土地の使用に異議を述べたことや,被告に対して敷地使用料を請求したことはなかった。(弁論の全趣旨)
(2)ア 上記(1)イ記載のとおり,第1敷地使用権について明確な期限の定めはないが,上記(1)ア記載の琵琶湖疏水の公共性及び重要性からすれば,琵琶湖疏水自体が当初から半永久的な継続を予定していたものといえるし,上記3記載のとおり第1疏水と第2疏水は一体として機能することが予定されていたことをも併せ考慮すると,国及び被告は,第1敷地使用権についても期間を無期限とする意思を有していたことが推測され,少なくとも旧国有財産法が施行されるまでは,本件各使用権のいずれについても,琵琶湖疏水が存在する限り消滅させる意思はなかったということができる。その後,旧国有財産法の施行により本件各使用権の存続期間はいずれも30年とされたが,国及び被告は,上記期間経過後も,琵琶湖疏水が存在する限り,本件各使用権を従前と同じ内容で更新することを当然の前提として合意していたものというべきである。
なお,原告は,第2敷地使用権の期間について,明治43年4月21日の京都府知事及び滋賀県知事の命令により明治89年(昭和31年)4月4日までと変更されたと主張するところ,たしかに,証拠(乙2の2)によれば,明治43年4月21日,京都府知事及び滋賀県知事が,明治39年4月4日付けの第2疏水の開削許可命令について上記許可期限を設定したことが認められるが,上記3(2)ア記載のとおり,昭和31年以降10年ごとに,京都府知事及び滋賀県知事,近畿地方建設局長又は近畿地方整備局長が,旧河川法又は現行河川法に基づく許可の更新をしていることからすると,上記許可期限は旧河川法の許可に期限を設定したものであって,本件土地の使用権の期限を定めたものではないといえるから,原告の主張は採用しない。
イ 上記第2,2(2)ウ(ア)記載のとおり,α住職は,明治40年3月21日,被告に対して本件承認書を交付して第2疏水トンネルの開削に同意したが,そのころまでに第1疏水が完成してから既に約17年が経過していたことや,本件承認書の記載内容からすれば,α住職においても,上記ア記載のとおり琵琶湖疏水が半永久的に存続することを認識した上で,第2疏水トンネルの開削に同意したというべきである。
ウ また,上記(1)ウ記載の事実からすると,国は,本件土地の地中に存在する第1疏水トンネル及び第2疏水トンネルの公共的意義を認めた上で,原告の境内地の利用と抵触しないとの判断を前提に本件譲与を決定したものといえるから,本件譲与の際に,原告が被告の本件各使用権の存在を否定することは想定していなかったものというべきである。
エ そして,原告においても,上記(1)エ記載の事実からすると,被告が本件土地の地中部分を無償で使用し,しかもそれが琵琶湖疏水という極めて公共性が高く永続的利用が予定された施設に用いられていることを認識した上で,本件土地の譲与を申請したということができる。
オ 以上によれば,本件各使用権は,設定当事者である国と被告との間で,琵琶湖疏水が存在する限り存続させることが合意され,原告も,そのことを認識し又は認識し得た状況で,本件土地の譲与を受けて国の地位を引き継いだといえる。これに加えて,本件各使用権の更新が拒絶された場合には,京都市及び京都市民全体に重大な損害が発生することが上記(1)ア記載の事実から容易に予想される一方,本件各使用権が存続しても原告に具体的な損害が発生することが認められないことからすると,原告が本件各使用権の更新を拒絶することは権利の濫用に当たるというべきである。
(3) これに対し,原告は,本件各使用権の更新を拒絶しているだけで,本件各トンネルの撤去を請求しているわけではないし,本件土地が私有地であることや民法の有償契約の原則によれば本件各使用権を有償とすることに合理性があるから,更新拒絶は権利の濫用に当たらないと主張する。
しかしながら,上記(2)ウ,エで認定したとおり,原告は,本件土地の地中に第1疏水トンネル及び第2疏水トンネルが存在することや,被告がこれを無償で使用していることを認識した上で本件土地の譲与を申請し,国は,各トンネルの公共的意義を認めた上で本件譲与を決定している。社寺処分法に基づく国有財産の譲与は,実質的には明治期に寺社から無償で取り上げて国有とした財産をその社寺等に返還する処置であったが,同法施行令2条によれば,当該国有財産について公益上特に必要がある場合には譲与は認められないものとされているから,仮に,原告が被告の使用権の存在を否定し,被告に対して敷地使用料を請求する意思を示していたとすれば,本件譲与は認められなかったものと推測される。また,そもそも民法上,使用権の設定を有償とする原則があるとはいえないし,原告は,本件土地について被告の地上権が認められれば,原告による地表面の使用が制限されるおそれがあると主張しているが,本件各トンネルは地下約12m以上の地中深くに存在し,これらが原告の地表面における活動に影響を与えることはないといえるし,被告は今後も本件各敷地の地表面に存在する本件観音堂等の工作物の撤去を求める意思がないことも明らかであるから,本件各使用権の存在により,原告に具体的損害が発生することは想定できない。これらの事実からすると,本件各使用権を有償とすることが合理的であるとはいえない。
原告は,本件各トンネルの撤去を請求しているわけではないものの,本件原告の請求をみれば,原告の更新拒絶の主張は,原告が国から無償で譲与を受けた本件土地に,これが国有地であったときに設置された琵琶湖疏水用のトンネルが存在することを奇貨として,被告がこれらをただちに撤去することは琵琶湖疏水の果たしている役割に照らして不可能であることを認識した上で,被告に対して低額とはいい難い金銭の支払を請求するための便法としてなされたものといえるから,原告の主張は私権の誠実な行使とはいえない。
(4) したがって,原告が,平成24年4月1日以降本件各使用権の更新を拒絶することは権利の濫用に当たるから,原告がこれを更新する意思表示をしたものとみなし,本件各使用権は同日以降も更新される。
6 金銭請求の可否(争点(6))
上記3ないし5で認定したとおり,被告は,本件各敷地のいずれについても,無償の地上権を有しており,これが平成24年4月1日以降も更新される。
したがって,上記第2,4(6)(原告の主張)ア記載の主張は前提を欠き,同イ記載の主張も,上記のとおり被告が無償の地上権を有することに鑑みて採用できるものではないから,原告の本件金銭請求はいずれも理由がない。
7 結論
以上によれば,原告の本件各請求のうち,第2敷地について被告の使用借権が存在しないことの確認を求める訴えは,確認の利益を欠き不適法であるから却下し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉江佳治 裁判官 小堀悟 裁判官 池上裕康)
別紙物件目録
所在 大津市園城寺町
地番 246番
地目 境内地
地積 75万8763㎡
(別紙図面・別紙琵琶湖疎水略図省略)