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京都地方裁判所 平成23年(ワ)3329号 判決 2012年12月19日

原告

被告

Y1<他2名>

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、一五九八万八四二八円及びこれに対する平成一九年八月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決の一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告らは、原告に対し、連帯して、五二〇〇万四八〇九円及びこれに対する平成一九年八月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  仮執行宣言

(被告は、立担保を条件とする仮執行免脱宣言を求めた。)

第二事案の概要

本件は、交通整理の行われていない交差点における原告運転の自転車と、被告Y1(以下「被告Y1」という。)運転の自動車との衝突事故について、原告が、被告Y1に対しては民法七〇九条、同被告の使用者である被告株式会社Y2社(以下「被告Y2社」という。)に対しては同法七一五条一項、上記自動車の賃貸人である被告株式会社Y3(以下「被告Y3社」という。)に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求める事案である(遅延損害金請求の起算日はいずれも事故の日)。

一  争いのない事実及び容易に認定できる事実(引用証拠のない事実は争いがない。)

(1)  交通事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

① 日時 平成一九年八月二日午前七時四〇分ころ

② 場所 福井県大飯郡高浜町薗部第四五号一一番地一先の交差点(以下「本件交差点」という。)

③ 関係車両

ア 原告運転の自転車(以下「原告自転車」という。)

イ 被告Y1運転の自家用普通乗用自動車(ナンバー<省略>)(以下「被告車」という。)

④ 態様 本件交差点において、原告自転車と交差道路から進行してきた被告車が衝突した。

(2)  被告らの関係及び責任原因

① 被告Y1は、本件事故当時、被告Y2社の被用者であり、同被告の事業の執行のため被告車を運転していた。

② 被告Y3社は、本件事故当時、被告車の保有者であり、被告車を被告Y2社に賃貸していた。

(3)  診療経過の概要

① a病院(乙二)

原告は、本件事故当日の平成一九年八月二日、a病院を受診し、右大腿打撲、頸椎捻挫、左橈骨遠位端骨折、左肘擦過傷、左殿部擦過傷等の診断を受けた。

② b病院(乙三の一・二)

ア 原告は、平成一九年八月三日、b病院を受診し、左橈骨遠位端骨折、左豆状骨骨折、両膝打撲と診断され、入院予約をした。

イ 原告は、平成一九年八月四日から同年九月一日までの二九日間、b病院で入院治療を受けた。

ウ 原告は、平成一九年九月五日から平成二一年二月一八日まで、b病院で通院治療を受けた(平成二〇年三月一四日から平成二一年一月一六日まで中断あり。実通院日数一五日)。その間の平成二〇年三月、c病院でのMRI検査で左膝内側半月板の水平断裂が認められ、d病院等でも診察を受けた。

③ e医院(乙四)

原告は、b病院医師の紹介により、平成一九年九月七日、左手関節痛加療のためe医院を受診し、以後、継続的に通院し、平成二一年二月一八日までに約七六回左星状神経節ブロックが施行された。

④ f鍼灸接骨院(甲二五、乙三の一・二、乙七)

原告は、平成一九年八月一七日から平成二一年二月六日までの間、b病院医師の了解の下、f鍼灸接骨院に通院し、施術を受けた(実通院日数九三日)。

(4)  症状固定診断

b病院医師は、平成二一年二月一八日、同日を症状固定日と診断した(乙三の二)。

(5)  後遺障害等級認定(甲一〇)

損害保険料率算出機構は、前記症状固定診断後、原告の後遺障害について次のとおり判断した。

① 左膝関節痛、違和感、内側圧痛等の症状については、画像上、左膝内側半月板損傷が認められ、他覚的に神経系統の障害が証明されるものと捉えられるから、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として、自動車損害賠償保障法施行令別表第二(以下、単に「別表第二」という。)一二級一三号に該当するものと判断する。

② 左橈骨骨折、左豆状骨骨折後の左手関節痛については、他覚的に神経系統の障害が証明されるものとは捉えられないが、骨折の状態、症状経過、治療経過等を勘案すると、将来において回復が困難と見込まれる障害と捉えられるから、「局部に神経症状を残すもの」として、別表第二 一四級九号に該当するものと判断する。

③ 右膝を屈曲させると内反膝になる症状については、自覚症状を裏付ける客観的な医学的所見に乏しいことに治療状況等も踏まえ、将来においても回復が困難と見込まれる後遺障害には該当しない。

また、左膝関節、左手関節及び左前腕の機能障害は、自賠責保険における後遺障害に該当しない。

④ 上記①、②の障害を併合し、別表第二併合一二級該当と判断する。

二  主な争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  責任原因及び過失割合

① 原告の主張

ア(ア) 被告Y1は、本件事故の際、本件交差点を北から南に向かい直進するに当たり、同交差点北西角路外駐車場の駐車車両のため右方道路の見通しが困難であったから、同交差点の停止位置に一時停止して左右道路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、ぼんやりとしながら漫然と運転し、上記停止位置で一時停止せず、右方道路の交通の安全を確認しないまま、時速約三〇キロメートルを超える速度で同交差点に進入した過失により、折から右方道路を進行してきた原告自転車に自車を衝突させる本件事故を起こした。したがって、本件事故は、被告Y1の前方不注意、一時停止違反の過失により発生した。

(イ) 被告Y2社は民法七一五条一項の責任があり、被告Y3社は自賠法三条に基づく責任がある。

イ 交差点に時速二〇キロメートルで先入した原告自転車の胴体部分に被告車の前部正面が衝突していること、本件事故の現場の路面にスリップ痕等の痕跡がなかったこと、衝突後、原告が被告車のボンネットに跳ね上げられ、このままでは振り落とされ、ひき殺されるかもしれないと思い飛び降り転倒するまで三四・二メートルも走行し、更に一〇メートル近く走行していることからすると、被告Y1は、単なる脇見以上の携帯電話使用中、あるいは居眠り運転等が強く疑われ、被告Y1には重過失がある。そうでないとすれば、傷害ないし殺人の故意に該当する悪質事案である。被告Y1には重過失がある。

したがって、原告の過失割合は〇である。

② 被告の主張

被告Y1が本件事故当時携帯電話を使用していたこと、居眠り運転をしていたこと、時速三〇キロメートルを超える速度で走行していたことは否認する。

本件事故の態様からして、原告にも一割の過失が認められる。

(2)  症状固定時期

① 原告の主張

症状固定日は平成二一年二月一八日である。

② 被告の主張

橈骨遠位端及び手根骨骨折は、転移をほとんど伴わず保存療法がなされ、骨癒合が得られているから、原告の職業の特殊性にかんがみ余裕をもってみるとしても、受傷後半年程度で通常の通院は終了となる。左膝内側半月板損傷は、手術を行わないのであれば、半年もあれば症状はほぼ安定し、スポーツ活動への復帰も許可される。本件ではMRI検査が受傷後約七か月の時期に行われたことを斟酌しても、受傷一年後には症状固定状態に達していた。

(3)  マッサージ関係費

① 原告の主張

原告は、マッサージ関係費として三五万三六三五円を支出した。本訴提起前の保険会社との間の示談交渉で上記マッサージ関係費を損害とすることに争いはなかった。

② 被告の主張

本件事故との相当因果関係がない。保険会社との間の示談交渉で争いがなかったことは否認する。譲歩していたにすぎない。

(4)  休業損害

① 原告の主張

原告は、本件事故当時、四三歳で競輪選手であったが、同事故により出走できなくなった。A級三班で下位成績が続くと退職扱い(いわゆる代謝)となるところ、無出走であれば自動的に代謝扱いとなり失職するのでこれを回避するため、原告は、平成一九年一〇月末から出走せざるを得なくなった。しかし、痛みのため成績が上がらず、平成二〇年三月には左膝内側半月板損傷が判明したことから出走を中止しようとしたが、保険会社の担当者から辞めないよう言われ同年一二月まで無理を押して出走したが、A級三班で下位の成績であったため代謝扱いで退職となった。

休業損害は、本件事故前三年の収入から基礎収入を算出し、これに同事故日から退職日までの日数五一八日を乗じた額とするのが相当である。具体的には、原告の平成一六年、同一七年(一一か月分)及び同一八年の原告の賞金総額から経費(日競選会費のうち、甲・乙・丙会費及び特別基金の四費目の各小計)を控除した年収(9,210,670+7,967,020+7,028,480)を、三か年の日数(365日+335日(1か月休)+365日)で除した平均日額二万二七二八円を基礎収入とし、これに五一八日を乗じると、一一七七万三一〇四円となる。ただし、損益相殺として、保険からの填補分一四八万四九六二円、平成一九年一〇月二七日ないし同年一二月二七日の出走による収入一六一万六八八〇円(169万8000円-8万1120円(上記四費目の経費小計))、退職までの出走による収入六八六万二二六〇円(720万6000円-34万3740円(上記四費目の経費小計))を控除する。

② 被告の主張

ア 原告は、獲得賞金総額から各種会費のみを控除した金額を基礎収入と主張するが、競輪選手の場合、主な経費としては、自転車の用具の購入費や遠征費等がある。経費率は五〇パーセントである。

イ 休業期間は、本件事故の日から復職するまでの八六日間とみるべきである。復職後については、本件事故前との比較において、現実の減収があったとまでは窺えない。

(5)  傷害慰謝料

① 原告の主張

入院一か月、通院約一七か月であり、三〇〇万円が相当である。

② 被告の主張

前記のとおり、受傷一年後には症状固定状態に達しており、相当治療期間は、長くとも平成二〇年七月末日までで、それまでの入院期間は二九日、実通院日数は七三日であり、相当な傷害慰謝料は高くとも一七〇万円に限られる。

(6)  逸失利益

① 原告の主張

ア 症状固定日である平成二一年二月一八日から平成三二年二月一七日までの一〇年間について

基礎収入を休業損害と同じく一日二万二七二八円、労働能力喪失率を四〇パーセントとし、ライプニッツ方式により中間利息を控除すると、二五六二万二八二四円となる。

イ 平成三二年二月一八日から平成四三年一月一七日(原告六七歳時)までについて

基礎収入は前同様とし、労働能力喪失率を二〇パーセントとし、ライプニッツ方式により中間利息を控除すると、一三七八万一五一三円となる。

② 被告の主張

ア 原告は、本件事故前、故障が続出し、年間賞金総額が減少傾向にあったから、同事故がなかったとしても、近い将来退職扱いになっていた可能性が高い。

イ 原告の逸失利益は、平成二一年男性・学歴計・全年齢の平均賃金五二九万八二〇〇円を基礎収入とし、労働能力喪失率一四パーセント、労働能力喪失期間五年として算定した三二一万一〇二七円とするのが相当である。

(7)  後遺障害慰謝料

① 原告の主張

三〇〇万円

② 被告の主張

高くとも二八〇万円に限られる。

第三当裁判所の判断

一  責任原因及び過失割合

(1)  甲二号証及び原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

① 本件交差点付近の状況は、別紙「交通事故現場の見取図」記載のとおりである。本件交差点は、南北に通ずる道路(以下「南北道路」という。)とほぼ東西に通ずる道路(以下「東西道路」という。)が交差する交通整理の行われていない十字路交差点である。南北道路は、片側一車線、車道幅員約五・八メートル(片側二・九メートル)で、車道の両側に幅員〇・九メートルないし一・三メートルの路側帯があり、東西道路は、対面通行道路で、本件交差点西側部分の幅員は路側帯を除く車道部分が約四メートルである。南北道路及び東西道路ともアスファルト舗装された平坦な道路である。

南北道路の本件交差点入口には、一時停止の道路標識及び道路表示があり、東西道路は、最高速度を時速三〇キロメートルに規制されている。

② 本件事故当時天候は晴で、被告Y1は、被告車を運転して南北道路を南行し、本件交差点を直進通過する予定で時速約四〇キロメートルで同交差点に向かい、別紙交通事故現場の見取図①地点(以下、単に符号をもって表記する地点は上記見取図の対応地点を指す。)付近で減速したが、同交差点手前の停止線で停止することなくこれを通過し、右方の安全確認をせずに同交差点内に進入し、③地点付近で右やや前方五メートルの東西道路上の<イ>地点を東行する原告自転車を発見したが、約三・七メートル直進した④地点付近で、被告車の前部右側が原告自転車の左側面に衝突した(本件事故)。衝突時点での被告車の速度は時速約三〇キロメートルであった。被告車は、④地点から四三・五メートル進行した⑤地点付近で停止した。被告車の走行経路上の路面にスリップ痕は印象されなかった。

なお、本件交差点の北西角は駐車場があり、本件事故当時、二台の車両が駐車しており、南北道路を南行して同交差点に向かう車両の右方の見通しを妨げ、また、東西道路を東行して同交差点に向かう車両の左方の見通しを妨げていた。

③ 本件事故当時、原告は、ヘルメットを着用して原告自転車(競輪訓練用)を運転し、東西道路を東行して時速約二〇キロメートル強の速度で本件交差点に向かい、左方道路の安全確認を十分せずに同交差点に進入しようとし、<ア>地点付近で左斜め前方約一一・四mの南北道路上の②地点付近を走行する被告車を発見したが、被告車が一時停止するものと考えていたところ一時停止しないので制動措置を採ったが間に合わず、<ウ>地点付近で上記のとおり被告車と衝突した。原告は、跳ね上げられて被告車のボンネットに落下し、そのまま衝突地点から被告車とともに運ばれたが、原告は、振り落とされて轢過される危険を感じ、衝突地点から約三四メートル南方に進行した地点で自らボンネットから転がり落ちて路上に転倒した。原告自転車は、衝突地点から南西約一六メートルの地点まで飛ばされた。

(2)①  前記認定事実によれば、本件事故の主たる原因は、被告Y1が、交通整理の行われていない本件交差点に進入するに当たり、停止線で一時停止せず、右方の安全確認を怠ったことにあると認められるから、同被告は、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

②ア  他方、原告も、本件交差点に進入するに当たり、左方の安全確認を怠った過失がある。また、本件事故当時、原告から見て本件交差点の左方の見通しが悪く、車道幅員は南北道路が東西道路の西側に比し約一・四五倍あったことからすると、原告は、同交差点に進入するに当たり徐行すべきであったと解されるが、原告が徐行していたとまではいえない。

本件事故が交通整理の行われていない十字路交差点における自転車と普通乗用自動車との出合い頭の衝突事故であること及び上記認定の原告の過失の内容のほか、被告Y1が衝突直前まで原告及び原告自転車に気付いていないこと、同被告が適時適切な制動措置を採らなかったため、跳ね上げられた原告をボンネットに乗せたまま三〇メートル以上走行し、原告を転がり落ちさせたことが原告の被害を拡大させた可能性があることも斟酌し、過失割合は、原告・五、被告Y1・九五とするのを相当と判断する。なお、原告は、被告車を発見して直ちに制動措置を採っていないが(原告は、実況見分では直ちに制動措置を採ったかに指示説明しているが(甲二・六頁)、司法警察員に対する平成一九年八月二日の供述(甲二・一九頁四項、二〇頁七項)と対比し、採用できない。)、直ちに制動措置を採っていれば、本件事故を回避できたか、回避できないまでも原告の損害を軽減できたことを認めるに足りる証拠はないから、上記の点は過失相殺事由とはならない。

イ(ア) 原告は、a 本件交差点に時速二〇キロメートルで先入した原告自転車の胴体部分に被告車の前部正面が衝突していること、b 本件事故の現場の路面にスリップ痕等の痕跡がなかったこと、c 被告車は、衝突後、原告が被告車のボンネットに跳ね上げられ、このままでは振り落とされ、ひき殺されるかもしれないと思い飛び降り転倒するまで三四・二メートルも走行し、更に一〇メートル近く走行していることからすると、被告Y1は、単なる脇見以上の携帯電話使用中、あるいは居眠り運転等が強く疑われ、被告Y1には重過失があると主張する。

しかし、bの事実は、被告車の制動が急制動ではなかった可能性が高いことを推認させるが、携帯電話使用中又は居眠り運転であったかどうかとは直接関係しない。cも、被告Y1が制動措置を採るのが遅れたこと、衝突後に初めて制動措置を採った可能性もあることを推認させる事情であり、そうなった理由として携帯電話使用中又は居眠り運転も考えられないわけではないが、想定させる理由の一つにとどまり、その蓋然性が高いとはいえない。aについては、原告自転車及び被告車の各衝突箇所は前記認定のとおりであり、両者の速度差も考慮すると、先に本件交差点に進入したのは原告自転車であると推測される。しかし、過失割合を判断する上に有意味な「先入」は、先入車の交差点進入時に相手方車が直ちに制動措置、ハンドル操作等の事故回避措置をとれば、事故が回避できた場合と考えるべきである。本件の場合、原告自転車が交差点に進入した<ア>地点付近のとき、被告車は②地点付近であり、時速約三〇キロメートルの被告車が②地点で急制動しても約八・四メートル南方(甲二)の④地点までに停止できず(摩擦係数を〇・七又は〇・八とすると制動距離は一一・一メートル又は一一・七メートルとなる。)、ハンドル操作で回避できたとも認め難い。したがって、原告自転車が上記の意味で「先入」したとは認められない。この点はともかく、原告自転車が本件交差点に進入したことは、被告Y1による原告自転車又は原告の発見遅れを推認させるが、これも直ちに同被告の携帯電話使用中又は居眠り運転に結び付くものではない。したがって、aないしcから被告Y1が携帯電話使用中又は居眠り運転であったというのは論理の飛躍である。

被告Y1に発見遅れがあり、同被告の制動措置が遅れたことは、前記説示の過失割合の判断で考慮済みである。

(イ) 原告は、被告Y1が時速約三〇キロメートルを超える速度で同交差点に進入した過失があるとも主張するが、これを認めるべき確たる証拠はない。なお、仮に、原告が<ア>地点付近で②地点付近を走行する被告車を発見した際の被告車の速度が時速四〇キロメートルであったとすると、計算上、<ア>地点での原告自転車の速度は少なくとも時速二七キロメートル弱となり、原告の過失も重くなる。

(ウ) したがって、原告の主張を考慮しても、過失割合についての前記判断は左右されない。

二  原告の損害

(1)  治療費(原告主張額二九二万〇八一〇円)

① 原告の症状固定時期を平成二一年二月一八日としたb病院医師の診断が明らかに不合理であることを窺わせる証拠はない。乙八号証には、受傷後一年程度の時期に概ね症状固定の要件を充たす状態に達していた可能性が高いものと推察するとの部分があるが、その理由とするところは、原告の具体的な症状推移を踏まえたものではなく、原告の負った傷害についての一般的な症状経過、予後等からの推測にとどまるから、採用できない。

② したがって、本件事故の日から平成二一年二月一八日までの治療費は本件事故と相当因果関係のある損害といえる。

乙八号証には、e医院でのブロック注射が過剰診療であるかのようにいう部分があるが、甲二〇号証及び二三号証に照らし、採用できない。また、乙八号証は、f鍼灸接骨院での施術の必要性を疑問視するが、前記のとおり、同院への通院についてはb病院医師の了解があり、同医師が途中で通院の停止を促したなどの事情も窺えないから、上記施術の必要性は否定されない。

③ 甲二四号証、乙一号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の日から平成二一年二月一八日までの間の治療費は、合計二九二万〇八一〇円であると認められる。

(2)  f鍼灸接骨院への通院交通費(原告主張額一三万三九二〇円)

甲二五号証によっては、原告がf鍼灸接骨院への通院交通費として一三万三九二〇円を支出したことを認めることはできず、他にこれを認めるべき証拠はない。

(3)  入院雑費(原告主張額四万三五〇〇円)

a病院への入院期間二九日間につき、一日一五〇〇円、計四万三五〇〇円の入院雑費を認める。

(4)  マッサージ関係費

原告は、マッサージ関係費として三五万三六三五円を支出したと主張するが、これを認めるべき証拠はない(支出先、支出時期及びマッサージの内容についての主張もない。)。原告は、本訴提起前の保険会社との間の示談交渉で上記マッサージ関係費を損害とすることに争いはなかったと主張するが、保険会社が資料に照らして上記金額の支出及び本件事故との相当因果関係を積極的に肯定したのか、示談であることから譲歩したのか不明であり、仮に本訴前の示談交渉の過程で被告の契約した損害保険会社が原告主張のマッサージ関係費を含めた示談案を提示したとしても、それをもって当然に原告に本件事故と相当因果関係のある上記金額の損害が発生したものとはいえない。

(5)  休業損害

① 原告の就業状況等

甲一号証、一一号証、二一号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和三九年○月○日生まれで、日本競輪学校で訓練を受けた後、昭和六〇年三月、競輪選手資格検定試験に合格し、以後、競輪選手として活動し、本件事故当時(原告四三歳)は、A級三班(平成一四年四月以降、クラス分けは、S級一・二班、A級一ないし三班の二層五班制となった。)に所属していたこと、原告は、本件事故後による負傷のためレースに参加できず、平成一九年一〇月からレースに復帰したものの、平成二〇年一二月段階で下位の成績が連続していたため選手登録を消除され、同月末をもって選手生活を断念したこと、原告は、以後、症状固定時まで無職であったことが認められる。

② 基礎収入

ア 本件事故前後の各年分の原告の獲得賞金は、甲三ないし七号証により確認できるが、経費については、甲二一号証(原告の陳述書)に「私のように二四年間も出走する者には、消耗品代が年に一〇万円程度であり」とあり、原告本人が、若いときは、トレーニング用具や自転車の部品、車体等を買ったが、四〇代では若いころの財産でやっていけるようになり、「今は、タイヤ、チェーン等の消耗品を買うだけなので、経費率は大分低くなっている。」と供述するものの、経費率についての具体的供述はなく、本件事故前後の各年分の経費の実額の主張はなく、それを明らかにする客観的証拠も存在せず(ただし、甲三ないし七号証により、日本競輪選手会が徴収する甲会費、乙会費、丙会費及び特別基金の額のみは把握できる。)、確定申告書の提出もない。

甲二一号証及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故当時、原告は、家族旅行を兼ねて福井県大飯郡高浜町を訪れ、民宿に宿泊しながら原告はトレーニングを行い、同事故は朝のトレーニング帰りに発生したことが認められるが、このようなトレーニングのための諸費用(原告本人分の交通宿泊費等)は、原告の事業の経費に当たる。一般的には、上記会費及び基金、競技用自転車のタイヤ・チェーン等の消耗品代、トレーニングのための諸費用(交通宿泊費等)のほか、通信費、接待交際費、ウェア(トレーニング用を含む)、トレーニング用機材(原告自転車のようなものも含まれる。)の購入・メンテナンス費用、健康管理費(マッサージ等)、各種保険料等の支出が想定され、これらを含めて年間一〇万円程度にとどまるとは考えられず、経費は消耗品代一〇万円程度とする甲二一号証及び原告本人の供述は措信できない。想定される経費の内容及び後記認定の獲得賞金の額等に照らし、原告の経費率(収入に占める経費の割合)は少なくとも二〇パーセントはあるものと推定し、所得率を八〇パーセントとして基礎収入を算定することとする。上記甲・乙・丙会費及び特別基金も二〇パーセントの経費に含まれるものとする。

イ 甲三ないし五号証によると、原告の本件事故前三年の獲得賞金は、平成一六年分九六四万九九〇〇円、平成一七年分八三四万七〇〇〇円及び平成一八年分七三六万七八〇〇円であることが認められ、これに上記所得率八〇パーセントを乗じると、所得は、それぞれ七七一万九九二〇円、六六七万七六〇〇円及び五八九万四二四〇円となり、その平均は、年六七六万三九二〇円である。これを三六五日で除して日額にした一万八五三一円を基礎収入とするのが相当である。なお、甲二一号証では、平成一七年に一か月休みがあったとして、年三三五日の日割計算をするが、平均収入の算出に当たっては、職業に起因する疾病等のための休業期間も算定の基礎に含めるのが相当である。

③ 休業損害の額

原告主張のとおり本件事故日の平成一九年八月二日から原告が競輪選手を廃業した平成二〇年一二月三一日までの五一八日間を休業損害の計算期間とすると、その間のうべかりし所得は九五九万九〇五八円(一八、五三一×五一八)である。

甲六、七号証によると、平成一九年八月二日ないし同年一二月三一日の獲得賞金は一六九万八〇〇〇円、平成二〇年分の獲得賞金は七二〇万六〇〇〇円であることが認められ、その合計八九〇万四〇〇〇円に所得率八〇パーセントを乗じると七一二万三二〇〇円となる。

そうすると、九五九万九〇五八円から七一二万三二〇〇円を差し引いた残額二四七万五八五八円が休業損害となる。なお、原告が本件事故後レースに不参加であった期間中支出を余儀なくされたが収入に結び付いていない固定経費等があれば、休業に係る損害として加算されるべきであるが、原告は、経費の具体的支出状況を全く明らかにしないので上記加算の余地はない。

(6)  傷害慰謝料

原告の傷害の内容、入通院期間、症状経過等のほか、衝突後跳ね上げられて被告車のボンネットに落下しそのまま三〇メートル以上運ばれて走行中の被告車から転がり落ちるまでに原告の受けたであろう強い恐怖感も斟酌し、二三〇万円を相当と認める。

(7)  逸失利益

① 原告の後遺障害についての損害保険料率算出機構の判断(前記第二、一、(5))に不合理があることを窺わせる証拠はない。原告には、別表第二併合一二級相当の後遺障害が残存し、これにより労働能力の一四パーセントを喪失したものと認める。原告は、労働能力喪失率を四〇パーセントと主張するが、本件事故前年の平成一八年の獲得賞金が七三六万七八〇〇円であるのに対し、症状固定の前年平成二〇年の獲得賞金は七二〇万六〇〇〇円で、三パーセントも減少していないことからすると、原告の上記主張は採用できない。

② 原告は、前記のとおり昭和三九年○月○日生まれで、症状固定時四五歳であるが、原告は、本件事故がなければ、症状固定時から一〇年間競輪選手が続けられたものとして逸失利益を主張する。

しかし、甲一六号証によれば、A級で五五歳以上の選手が一五名いることが認められるが、原告が五五歳まで選手として稼働する蓋然性があったというためには、ある年度に四五歳であったA級三班の選手のうち九割ないし八割が一〇年後も選手を続けていたなどの事実が認められることを要するというべきところ、このような事実を認めるべき証拠はない。さらに原告の場合、本件事故前、A級三班で三年間成績が下降していたこと、原告の得点順位が明らかにされておらず、成績が下位でなかったと認めることも困難なことなども考慮し、症状固定時から五年間は競輪選手として稼働した蓋然性があると認めるが、それを超えて競輪選手を継続した蓋然性が高いとは認められない。

症状固定時から五年間の逸失利益算定に当たっては、本件事故前年の平成一八年の前記推定所得五八九万四二四〇円を基礎収入とするのを相当と認める。

上記逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、三二四万〇四五二円(一円未満切捨て。以下同じ)となる。

5,894,240×0.14×(5.7863-1.8594)≒3,240,452

③ 症状固定五年後(五〇歳)から六七歳まで一七年間の逸失利益については、競輪選手以外の職業に就くことを前提に、平成二一年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男・学歴計・全年齢の平均賃金五二九万八二〇〇円を基礎収入とし、労働能力喪失率を一四パーセントとして、本件事故時の現価を算定すると、五九四万三一〇七円となる。

5,298,200×0.14×(13.7896-5.7863)≒5,943,107

④ 小計

上記②と③の合計は九一八万三五五九円である。

(8)  後遺障害慰謝料

後遺障害の部位、程度等に照らし、二八〇万円をもって相当と認める。

(9)  損害合計(弁護士費用を除く。)

前記(1)、(3)、(5)ないし(8)の合計は、一九七二万三七二七円である。

三  過失相殺

損害合計一九七二万三七二七円に五パーセントの過失相殺をすると、一八七三万七五四〇円となる。

四  損害填補

乙一号証及び弁論の全趣旨によると、被告らのいずれかが契約する損害保険会社は、原告に対し、本件事故に関し、計四二四万九一一二円を支払ったことが認められ、これを過失相殺後の損害額一八七三万七五四〇円から控除すると、残額は一四四八万八四二八円となる。

五  弁護士費用(原告主張額四〇〇万円)

本件の事案の内容、訴訟経過及び認容額等に照らし、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用を一五〇万円と認める。

六  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、一五九八万八四二八円及びこれに対する本件事故の日である平成一九年八月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する(仮執行免脱宣言は相当ではないから付さない。)。

(裁判官 佐藤明)

(別紙) 交通事故現場の見取図

<省略>

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