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京都地方裁判所 平成23年(ワ)3501号 判決 2015年2月13日

主文

1  原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告の請求の趣旨

⑴  被告は,原告に対し,1250万円を支払え。

⑵  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する被告の答弁

⑴  主文第1項同旨

⑵  仮執行の宣言は相当でないが,仮に仮執行宣言を付する場合は,

ア 担保を条件とする仮執行免脱宣言

イ その執行開始時期を判決が被告に送達された後14日経過した時とすること

を求める。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,原告が,原告ないし原告の母に対する国による集団予防接種等の実施の際の注射器の連続使用等が原因で,B型肝炎ウィルスに持続感染し,その結果,慢性肝炎を発症したと主張して,国である被告に対し,以下のとおりの損害賠償を求めた事案である。なお,原告は,当初は,被告(国)が全国B型肝炎訴訟原告団・弁護団との間で,平成23年6月28日に合意した「基本合意書」(以下,単に「基本合意書」という。)に基づく和解金1250万円の支払を求めていたところ,被告から原告が基本合意書に基づく和解対象者の要件を充たさないと指摘されるや,平成25年3月29日付け準備書面において,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償の請求をするに至ったことからすると,同準備書面により,従前の和解金の請求から国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求に訴えを交換的に変更したと解するのが相当である。

⑴  主位的請求

原告は,被告による原告自身に対する集団予防接種等の実施の際の注射器の連続使用等により,B型肝炎ウイルスに持続感染(一次感染)した。これは,被告の公権力の行使による原告に対する不法行為である。

よって,原告は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害金1250万円の支払を求める。

⑵  予備的請求

原告の母であるA(以下「A」という。)は,被告による集団予防接種等の実施の際の注射器の連続使用等により,B型肝炎ウイルスに持続感染した。その結果,原告は,出生時に,AからB型肝炎ウイルスに母子感染(二次感染)した。Aに対する集団予防接種等の実施は,被告の公権力の行使であるから,ひいては原告に対する不法行為に当たる。

よって,原告は,被告に対し,国家賠償法1条1項又は民法の不法行為の規定の類推適用に基づき,損害金1250万円の支払を求める。

2  前提事実

以下の事実は,当事者間に争いがないか,末尾の括弧内掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。

⑴  原告とその親族

ア 原告は,昭和42年○月○日生まれの男子である(証拠<省略>)。

イ 原告の父は,B(昭和11年○月○日生)(以下「B」という。),母は,A(昭和15年○月○日生)である(証拠<省略>)。

ウ B・A夫婦間には,長男C(昭和40年○月○日生)(以下「C」という。),二男原告及び長女D(昭和43年○月○日生)(以下「D」という。)の3人の子がいる(証拠<省略>)。

エ Aの父は,E(大正2年○月○日生)(以下「E」という。),母は,F(明治45年○月○日生)(以下「F」という。)であるが,G(昭和16年○月○日生)(以下「G」という。)は,同じくE・F間の子で,Aの妹である(証拠<省略>)。

⑵  原告及びその親族のB型肝炎ウイルスマーカー検査の結果

ア 原告

(ア) 平成6年3月9日(H病院において)(証拠<省略>)

HBs抗原 +

HBc抗体 +

HBe抗原 +HBV-DNA +(PCR法,数値4.3)(ただし,この値については,平成15年2月4日のものである。)

(イ) 平成23年8月3日(H病院において)(証拠<省略>)

HBs抗原 +

HBc抗体 +(CLIA法,数値12.84(s/co))

HBe抗原 -

HBV-DNA +(PCR法,数値6.0)

イ B(原告の父)

Bが平成23年8月12日にI病院において受けた検査の結果は,以下のとおりであった(証拠<省略>)。

HBs抗原 -

HBc抗体 -(精密法,数値0.09(s/co))

ウ A(原告の母)

Aが平成23年8月30日にJ医院において受けた検査の結果は,以下のとおりであった(証拠<省略>)。

HBs抗原 -

HBc抗体 +(CLIA法,数値13.50)

エ C(原告の兄)

Cが平成24年8月6日にKクリニックにおいて受けた検査の結果は,以下のとおりであった(証拠<省略>)。

HBs抗原 -

HBc抗体 +(CLIA法,数値10.72)

オ D(原告の妹)

Dが平成24年7月25日にL医院において受けた検査の結果は,以下のとおりであった(証拠<省略>)。

HBs抗原 -

HBc抗体 +(CLIA法,数値11.0)

カ G(Aの妹(原告の叔母))

Gが平成24年9月12日にM内科において受けた検査の結果は,以下のとおりであった(証拠<省略>)。

HBs抗原 -

HBc抗体 -(CLIA法,数値0.03)

⑶  原告の肝炎発症とその病状

原告は,昭和61年頃,献血をした際に,B型肝炎ウイルスの持続感染者と診断され,その後,平成5年10月頃,就業先の健康診断で肝機能異常と診断されたため,同月27日,H病院で診察を受け,平成6年3月8日から同年4月8日まで入院加療を受けた。その後,原告は,約3か月ないし6か月の間隔で,定期的に通院し,検査等を受けている。

原告の現在の病態は,肝機能が安定しており,特段治療は行われていないが,ウイルス量が多く,原告は,肝機能の状態が悪化した場合には,投薬治療を行う旨医師から告げられている。

(証拠<省略>)

⑷  原告の予防接種等歴

原告は,これまで,①昭和42年6月15日及び昭和48年3月頃に種痘接種を,②昭和42年6月29日から昭和43年10月8日までに4度,破傷風,百日せき,ジフテリアの三種混合ワクチン(DPT)の接種を,③昭和48年2月頃及び昭和54年2月15日にジフテリアの予防接種を,④昭和43年2月15日,同年5月24日及び同年10月15日に急性灰白髄炎のワクチンの接種を,⑤昭和43年7月25日,昭和45年8月頃及び昭和48年5月31日にBCG接種を,⑥昭和42年9月14日から昭和48年5月29日までの間に7度,ツベルクリン反応検査を,⑦昭和43年6月10日から昭和56年6月8日までの間に11度,日本脳炎の予防接種を,⑧昭和52年11月6日から昭和56年12月15日までの間に10度,インフルエンザの予防接種をそれぞれ受けるなどした(証拠<省略>)。

⑸  B型肝炎ウイルスに対する感染と被告(国)による集団予防接種等との間の因果関係を肯定した最高裁判所の判例の存在と基本合意の成立

ア B型肝炎を発症した患者5名は,幼児期の集団予防接種等における注射器の連続使用等によりB型肝炎ウイルスに感染したと主張して,被告(国)に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償を求める訴訟を提起した。

これに対し,第1審の札幌地方裁判所は,平成12年3月28日,集団予防接種等とB型肝炎ウイルス感染との因果関係を認めず,上記原告らの請求をいずれも棄却したものの(同裁判所平成12年3月28日判決)(証拠<省略>),控訴審の札幌高等裁判所は,上記因果関係を認めて,原告らの損害賠償請求を一部認容し(同裁判所平成16年1月16日判決,以下「平成16年札幌高裁判決」という。)(証拠<省略>),上告審の最高裁判所も控訴審判決の上記因果関係の判断を是認した(最高裁判所平成18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻5号1997頁,以下「平成18年最高裁判決」という。)。

イ 平成18年最高裁判決を受けて,被告(国)は,平成23年6月28日,全国B型肝炎訴訟原告団・弁護団との間で,基本合意書を交わし,B型肝炎ウイルスに感染した者のうち,被告(国)が損害賠償責任を負うべき者の要件や和解金額等につき合意し,今後の同種訴訟についても,基本合意書の要件を充たせば,和解に応じることとした(証拠<省略>)。

3  主要な争点及びこれに関する当事者の主張

⑴  原告が原告自身に対する集団予防接種等の実施によりB型肝炎ウイルスに感染したか(主位的請求関係)(争点⑴)

〔原告〕

原告がB型肝炎ウイルスに感染した原因は,以下の理由により,被告による原告自身に対する集団予防接種等の実施の際の注射器の連続使用等である。

ア 原告の出生は安産であり,母子ともに異常はなく,以後も,原告は,本件のB型肝炎以外は,無病息災であった。

イ 原告は,前記前提事実⑷記載のとおり,生後3年以内に5種の予防接種を受けている。

ウ A,C及びDも,原告と同じように,B型肝炎ウイルスの持続感染者であるが,原告の重篤な慢性B型肝炎のような症状は現れていないから,原告がAからの母子感染によりB型肝炎ウイルスに感染したとは考えられない。

エ また,母親がB型肝炎ウイルスに感染している場合の母子感染(垂直感染)の発生率は不明であり,母親がB型肝炎ウイルスに感染しているからといって,その子が必ず母子感染によりこれに感染するとはいえない。

証拠<省略>によれば,小児B型感染キャリアの最も多い原因が母子感染であるとしても,水平感染も3割程度は存在しており,水平感染の割合が極めて少ないというわけではない。

本件においても,原告の出生前にAのB型肝炎ウイルスの感染力が強かったことは確認されていない(基本合意書における母子感染の要件は,「当該原告の出生前に当該母親の感染力が弱かったこと(HBe抗原が陰性であったこと)が確認されていないこと」とされている。)。

なお,AのHBc抗体の数値をCLIA法により計測した結果は13.50であり,高力価ではない。

〔被告〕

ア 民事訴訟における因果関係の立証の程度は,「一点の疑義も許さない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである。」(最高裁判所昭和50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁)。そして,ある原因(責任原因)と当該結果との間の因果関係を肯定するためには,専らその責任原因以外の原因(他原因)により当該結果が発生したものではないことまで立証する必要があり,この意味で,他原因の不存在の立証責任は原告にある。

イ 原告は,予備的請求において,原告が母子感染によりB型肝炎ウイルスに感染したと主張するなど,その合理的可能性があることを自認しており,B型肝炎ウイルスの持続感染の原因について,集団予防接種等という感染原因にとっての他原因である母子感染の不存在を立証できていないことを自認しているに等しいから,原告の感染原因が原告に対する集団予防接種等であると認めることはできない。

ウ 上記イの点を措くとしても,以下のとおり,原告は,母子感染によってB型肝炎ウイルスに感染した合理的可能性がある。

(ア) 乳幼児におけるB型肝炎ウイルスの持続感染の最も有力な原因は,母子感染とされているほか,その原因には,集団予防接種等における注射器の連続使用等のほかにも,輸血による感染,父親などからの家庭内感染など様々な原因がある。

(イ) 子どもの出産時に母親がB型肝炎ウイルスの持続感染者であり,かつ,HBe抗原が陽性である場合は,その子どもの約85 ~ 90%はB型肝炎ウイルスの持続感染者となるとされている一方,母親が持続感染者であってもHBe抗体が陽性である場合は,その子どもが持続感染者となることはほとんどないとの医学的知見が存在するから(証拠<省略>),年長のきょうだいが持続感染者である場合には,その母親が持続感染者であり,かつ,上記きょうだいの出産時に母親のHBe抗原が陽性であった可能性が高いと認められるため,その後に出生した者が持続感染者である場合には,その時点でも引き続き母親のHBe抗原が陽性であるために感染した可能性が高いと認められ,逆に,年長のきょうだいが持続感染者でない場合には,母親が持続感染者であったとしても,上記きょうだいの出産時には母親のHBe抗原が陰性であった可能性が高く,したがって,その後に出生した者が持続感染者であっても,母子感染でない可能性が高いと認められる。

そして,母Aの平成23年8月30日時点のHBc抗体の数値(CLIA法)は,13.50S/COと高力価であり,原告の年長のきょうだいであるCの平成24年8月6日時点におけるHBc抗体の数値(CLIA法)も,10.72S/COと高力価であるから,A及びCはいずれもB型肝炎ウイルスの持続感染者であると認められる。したがって,母Aは,B型肝炎ウイルスの持続感染者であり,かつ,Cの出産時点でその感染力が強かった可能性が高く,したがって,原告も母子感染した可能性が高いと認められる。

(ウ) B型肝炎ウイルスに感染した場合に,これに起因して肝炎,肝がん等の疾病を発症するか,発症した場合にこれがどの程度重篤化するかについては,様々な要素が影響するのであって,母子感染の場合には母と子の各症状の程度が一致するなどという医学的知見は存在しないから,母親の症状を根拠に,原告の母子感染を否定することはできない。

また,HBc抗体が高力価陽性である以上,HBs抗原陰性の検査結果の存在によって,持続感染者であることが否定されるものではない(なお,HBc抗体の数値13.50が高力価ではないとの原告の主張は医学的知見に反する。)。

⑵  原告がB型肝炎ウイルスに感染した母Aからの母子感染によってB型肝炎ウイルスに感染したか(予備的請求関係)(争点⑵)

〔原告〕

原告がB型肝炎ウイルスに感染した原因は,前記前提事実⑵記載の母A,兄C,妹D,Aの妹GのB型肝炎ウイルスマーカー検査の結果を総合すれば,母Aからの母子感染であることが明らかである。

〔被告〕

ア 原告は,主位的請求において,原告自身に対する集団予防接種等による注射器の連続使用等によりB型肝炎ウイルスに感染したと主張するなど,その合理的可能性があることを自認しており,B型肝炎ウイルスの持続感染の原因について,母子感染という感染原因にとっての他原因である直接感染の不存在を立証できていないことを自認しているに等しいから,原告の感染原因が母子感染であると認めることはできない。

イ なお,上記のとおり,本件の証拠関係に照らせば,原告の感染原因は,Aからの母子感染である可能性が相当高いと認められる。

⑶  母Aが集団予防接種等の実施によりB型肝炎ウイルスに感染したか(予備的請求関係)(争点⑶)

〔原告〕

母AがB型肝炎ウイルスに感染した原因は,以下の理由により,被告による母Aに対する集団予防接種等の実施の際の注射器の連続使用等である。

ア 母Aは,昭和15年○月○日生まれであるが,以下のとおり,満7歳に達するまでに,集団予防接種等を受けている。以下の各予防接種等は,いずれも,被接種者ごとに注射針を交換しないで連続で使用する方法で行われた。

(ア) 種痘

明治43年1月1日に施行された種痘法は,出生した年の翌年6月に至るまでの間に種痘接種を受けるべきこと等を定めており,Aは,この定めに基づき種痘接種を受けた。

(イ) ツベルクリン反応検査

Aは,詳細な時期こそ記憶していないものの,小学校に入学する前後に,ツベルクリン反応検査を受けた。また,Aは,予防接種法(昭和23年6月制定)及び結核予防法(昭和26年3月制定)の施行後も,同法に基づき,ツベルクリン反応検査を受けた。

(ウ) その他の予防接種等

Aは,上記の他にも,予防接種法(昭和23年6月制定)に従い,ジフテリア,百日咳,急性灰白髄炎,麻疹,風疹,日本脳炎,破傷風,結核及びインフルエンザの予防接種を受けた。

また,腸チフス等の予防接種については,都道府県及び市町村が,任意に実施しており,特に発疹チフス等が流行した昭和20年暮れ頃から昭和21年夏頃にかけては,相当広範にこれを実施した。さらに,昭和16年前後から,学校保健・衛生の重点は結核対策に置かれるようになり,同年以降,児童・生徒に対して,各種の検査や予防接種が実施されるようになった。

イ 母Aは,日本脳炎の予防接種を昭和43年6月10日~昭和56年6月8日までの間に,合計11回,インフルエンザの予防接種を昭和52年11月16日から昭和56年11月24日までの間に,合計9回受けている。

ウ Gは,Aの妹であり,Aとその両親を同じくする者であるが,Aのウイルスマーカー検査の結果は,HBs抗原及びHBc抗体のいずれも陰性であったことからすれば,AのB型肝炎ウイルスの感染原因は,母子感染ではない。

エ 基本合意書は,第一次感染について,母子手帳等を提出できない場合において,当該原告が昭和16年7月2日から昭和63年1月27日までに出生した場合は,「集団予防接種等における注射器の連続使用」に該当するとしているところ,母Aの妹Gは,昭和16年8月○日生まれであるから,母子感染でない。

〔被告〕

母Aの持続感染の原因となり得る集団予防接種等は,母Aが満7歳に達する昭和22年○月○日までに実施された集団予防接種等である。なぜならば,医学的知見によれば,B型肝炎の持続感染が成立するのは,免疫機能が成熟していない6歳までの乳幼児期であり,持続感染者に最もなりやすいのは2,3歳頃まで,最年長で6歳頃までであるし,7歳以上ではB型肝炎ウイルスに感染したとしても,通常は一過性をたどるものとされているからである。

したがって,原告としては,母Aが昭和22年○月○日までに被告(国)の公権力の行使としての集団予防接種等を受け,これによりB型肝炎ウイルスに感染したことを立証する必要があるが,以下のとおり,その立証はされていない。

ア 母Aが昭和22年○月○日以前に被告(国)の公権力の行使に該当する集団予防接種等を受けたとは認められない。

すなわち,種痘については,種痘法が施行され,全国的に強制接種としての種痘が義務付けられていたとしても,特に戦時中及び終戦後しばらくの間は,その実施が不十分であったのであるから,種痘法が施行されていたことをもって,Aが満7歳に達するまでの間に強制接種としての種痘接種を受けたとまではいえない。また,腸チフス等の予防接種については,原告の主張によっても,都道府県又は市町村が任意に実施したというのであるから,これが国の公権力の行使に該当することはない。学校保健・衛生の変遷過程をみても,昭和16年頃以降当面の間,結核の各検査やBCG接種の対象とされたのは,10歳以上の児童・生徒等であり,満7歳に達していない者がその対象とされたとは認められない。

イ 前記⑴で主張したとおり,一般に,乳幼児期におけるB型肝炎ウイルスの持続感染の原因としては,集団予防接種等の際の注射器の連続使用以外にも,最も可能性の高い母子感染のほか,輸血による感染,父親などからの家庭内感染など,様々な原因があり得る。

この点につき,原告は,Aの感染原因が母子感染ではない根拠として,Aの妹であるGのHBs抗原及びHBc抗体がいずれも陰性であることを挙げるが,Aの年少のきょうだいが持続感染者でないことを立証しても,Aの母親が持続感染者でないことを立証したことにはならない。なぜならば,本件に即していえば,Fが持続感染者であったとしても,Aを出産した際に同人にB型肝炎ウイルスを感染させた後,FのB型肝炎ウイルスにつきセロコンバージョンが起き,その後にFがGを出産したが同人はB型肝炎ウイルスに感染しなかったという可能性もあるからである。

⑷  母Aが同女に対する集団予防接種等の実施によりB型肝炎ウイルスに感染したとした場合の被告の予見可能性の有無(予備的請求関係)(争点⑷)

〔原告〕

ア 我が国では,戦前であっても,近代医学が導入された後には,少なくとも医師の資格を有する者は,臨床現場における医療用器具の消毒の必要性及びその方法について認識を有していたこと,上記消毒に際しては,具体的にその存在が明らかとなっている病原菌のみが想定されていたわけではなく,未解明の病原菌についてもその感染を未然に防ぐことが目的とされており,特定の病原菌の存在が明らかとなっていない時点においても,注射針を被接種者ごとに交換しないで連続して使用することが禁忌であったことは疑いの余地がないことからすれば,我が国においては,近代医学が導入された後には,既に,消毒を経ていない注射針の連続使用が種々の感染症の感染原因となり得ることについて,一般的知見が確立されていたというべきである。

イ B型肝炎ウイルスについても,遅くとも昭和23年頃までには,経口性の感染のほか,血液性の感染があることが一般に知られていたのであるから,被告としては,遅くとも上記の頃までには,注射針を通じて被接種者をB型肝炎ウイルスに感染させる危険性があることを認識し,又は認識することが十分に可能であった。現に,被告は,上記認識を基に,昭和23年11月11日厚生省告示第95号により,種痘用器具の消毒について,痘しょう盤及び種痘針等は使用前煮沸消毒又は薬液消毒の後,清拭,冷却,乾燥させ,種痘針の消毒は必ず受痘者1人ごとに行わなければならないこととし,ジフテリアその他の予防注射用器具について,注射器及び注射針等は使用前煮沸によって消毒することとし,やむを得ない場合でも5%石炭酸水で消毒し,次いで0.5%石炭酸水又は滅菌水を通して洗ったものを使用しなければならないこととし,注射器の消毒は必ず被接種者1人ごとに行わなければならないと定め,昭和25年2月25日厚生省告示第39号ツベルクリン反応検査心得及び結核予防接種心得により,「注射針は,注射を受ける者1人ごとにアルコール綿で払拭して…使用してもよい」としていた,昭和24年10月24日厚生省告示を改正して,「注射針は,注射を受ける者1人ごとに,乾燥又は温熱により消毒した針と取り替えなければならない」とした。

ウ 平成16年札幌高裁判決は,欧米諸国においては,昭和23年には,血清肝炎(B型肝炎)が人間の血液内の存在するウイルスにより感染する病気であること,感染しても黄疸を発症しない持続感染者が存在すること及び注射をする際,注射針のみならず注射筒を連続使用する場合にもウイルスが感染する危険があることについて,その知見が確立していた旨判示している。また,同判決は,我が国では,昭和16年に刊行された弘好文及び田坂重元の「流行性黄だんの人体実験」,昭和17年に刊行された北岡正見の「流行性肝炎(黄だん)─殊にその流行病学と病原体について」,昭和23年に刊行された名古屋大学教授坂本陽の「流行性肝炎について」等により,血清肝炎についての医学的知見が確立していたと判断している。

エ したがって,被告には,日本国憲法施行時(昭和22年5月3日)頃には,集団予防接種等の実施により,B型肝炎ウイルスに持続感染することの予見可能性があった。

〔被告〕

上記のとおり,仮に母Aが集団予防接種等によりB型肝炎ウイルスに持続感染したとしても,その時期は,Aが満7歳に達する昭和22年○月○日より前であったことになるから,被告が責任を負うためには,その時点における予見可能性が必要であるところ,その頃には,被告には予見可能性はなかった。

すなわち,平成18年最高裁判決は,遅くとも昭和26年当時には,集団予防接種等の際の注射器の連続使用によりB型肝炎ウイルスに感染する危険性があるとの医学的知見が形成されていたと判断した。その根拠とされたのは,平成18年最高裁判決の原審である平成16年札幌高裁判決で引用された各文献の記載内容である。例えば,昭和17年に刊行された北岡正見の「流行性肝炎(黄疸)─殊にその流行病学と病原体について」においては,黄疸の予防注射の後に流行性肝炎が流行したことがあり,その原因は,おそらく,予防ワクチン製造中に使用された血清内に病毒が存在していたためと考えられること,麻疹血清注射後や種痘接種後にも同様の流行が起きたこと等が記載されている。また,昭和23年に刊行された名古屋大学教授坂本陽の「流行性肝炎について」においては,肝炎の原因として濾過性病原体(ウイルス)が最有力であり,流行性肝炎の患者の採血に用いた注射器及び針が危険であるとされている。さらに,昭和26年に刊行された和歌山医科大学教授楠井賢造の「肝炎の問題を中心として」においては,輸血,乾燥貯蔵血漿の注射,各種の人血清による予防注射又は注射筒や注射針の不十分な消毒が原因となってしばしば黄疸が発症し,患者の治療や採血に用いた注射器及び注射筒の消毒を特に厳重に行わなければならない等との報告がされた。

以上のような医学的知見の形成過程からすれば,少なくとも昭和22年当時には,集団予防接種等の際の注射器の連続使用によりB型肝炎ウイルスに感染する危険性があることについての医学的知見が形成されていたとはいえないというべきである。

⑸  加害行為が国家賠償法施行(昭和22年10月27日)前であった場合の被告の責任根拠(予備的請求関係)(争点⑸)

〔原告〕

ア 明治憲法は,61条において,「行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラリタルトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス」と規定しており,行政訴訟以外は一般の司法裁判所に管轄権があることを認めており,国民は民法に基づいて国に損害賠償を請求することができた。

イ 日本国憲法(昭和22年5月3日施行)は,17条で,国及び公共団体の賠償責任を規定している。憲法施行後,国家賠償法施行(同年10月27日)までの間,民法につき,公権力の行使については従前どおり不法行為の規定の適用がないとすると,運用すべき法律が存しないことになり,上記憲法の条文は空文になってしまうという不合理な結果になる。したがって,憲法施行後,国家賠償法施行までの間は,国の公権力の行使により損害を被った者については,民法を類推適用し,国家賠償法に準拠した救済がされるべきである。

ウ また,憲法25条は,具体的な権利を保障した規定であるから,国家賠償法施行前には,同条に基づく救済がされるべきである。

〔被告〕

原告は,日本国憲法施行後,国家賠償法施行までの間は,民法を類推適用し,国家賠償法に準拠した救済がされるべきである旨主張する。

明治憲法下においては,国の権力的作用に係る行為から生じた損害については,私法である民法が適用ないし類推適用される余地はなく,国が損害賠償責任を負うことはなかった(いわゆる「国家無答責の法理」)。これは,日本国憲法施行後国家賠償法施行前でも同様である。

そして,原告が本件において被告の加害行為として主張するのは集団予防接種等であるところ,これは,公権力の行使に該当し,かつ,それが強制によるものであれ勧奨によるものであれ,その性質上いわゆる権力的作用に該当するものであるから,国家賠償法施行前に,このような行為に,民法の規定が適用又は類推適用される余地はない。憲法25条やその他の規定も民法の適用又は類推適用の根拠とはならない。

⑹  原告の損害の発生及びその額(主位的請求及び予備的請求関係)(争点⑹)

〔原告〕

原告は,慢性B型肝炎に罹患したことにより,肉体的にも精神的にも苦痛を味わい,終生療養に努めざるを得ず,寿命にも悪影響があると考えられる。したがって,原告に生じた損害の額は,1250万円を下らないとみるのが相当である。

〔被告〕

争う。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実及び証拠<省略>によれば,以下の事実が認められる。

⑴  医学的知見

ア 肝炎ウイルスについては,昭和45年にその検査方法が確立され,B型肝炎は,昭和48年にそのウイルスが発見され,現在までに判明しているA型からG型までの肝炎ウイルスのうちのB型ウイルスに感染することによって発症する肝炎である。B型肝炎が慢性化して長期化すると,肝硬変及び肝がんを発症させることがある。B型肝炎については,これまでに決定的な効果を有する治療方法は開発されていない。

イ B型肝炎ウイルスは,血液を介してヒトからヒトへ感染する。したがって,輸血のように直接血液を介する場合や血液に接する医療行為による感染が典型である。ただし,血液を介さない皮膚接触にとどまるものや単なる経口感染,その他精液等の体液による感染の可能性については,それらの体液に血液が混じっていることがあり得,感染力の強さなどから感染の可能性は否定されない。またHBe抗原陽性の持続感染者が家族の一員である場合や多数人が一定の場所に隔離され,閉じ込められたままの状態で長期間かつ常時集団生活を共にしている場合の他の者への感染の可能性についても否定しきれないが,一般の保育施設や学校等のように接触時間が一日のうちの一部に限定されていて,接触態様も限定される場合の感染可能性については,肯定的見解と否定的見解の双方がある。したがって,B型肝炎ウイルスの感染原因としては,出生時の母子感染,注射器の連続使用,性行為,父子感染,集団生活の場での感染等が挙げられる(証拠<省略>)。

ウ これらの感染原因の中でも,持続感染の感染原因として最も多いのは,持続感染者である母からの母子感染とされている。感染例の多くはHBe抗原陽性の母親からの母子感染で,出産時の産道感染が約80%,残りが幼児期の水平感染であるともいわれている。

平成22年頃に行われたある研究報告によれば,昭和60年までに出生していたB型肝炎ウイルス持続感染の症例のうち,57.8%が母子感染,5.9%が父子感染,輸血が4.9%,水平感染が30.4%,不明が約1%とされている。昭和61年から平成15年までに行われた,B型肝炎ウイルス持続感染の症例362に対する調査においては,その70.4%が母子感染,5.8%が父子感染,1.4%がその他の家庭内感染,18%が不明,4.4%がその他の感染原因であるとされている。さらに,平成16年頃の別の研究報告によれば,妊娠中の母親がB型肝炎ウイルスの持続感染者である場合,我が国では,出生児の約25%がB型肝炎ウイルスの持続感染者となり,そのうち,母親がHBe抗原陽性である場合には,出生児の85ないし90%がB型肝炎ウイルスの持続感染者となるとされている。他方,母親が持続感染者であっても,HBe抗体が陽性である場合は,その子どもが持続感染者となることはない。

エ(ア) B型肝炎ウイルスには,HBs抗原,HBc抗原,HBe抗原の3種類の抗原と,これに対応するHBs抗体,HBc抗体,HBe抗体の3種類の抗体があり,これらにHBV-DNA等を加えて,B型肝炎ウィルスマーカーと呼ぶ。

B型肝炎ウイルスマーカーの持つ意味は,次のとおりである。

a HBs抗原陽性 B型肝炎ウイルスに感染している状態にあることを示す。

b HBe抗原陽性 血中のB型肝炎ウイルス量が多く,感染力の強い状態にあることを示す。

c HBe抗体陽性 血中のB型肝炎ウイルスが少なく,感染力の弱い状態を示す。

d HBc抗体陽性 高力価陽性であれば,B型肝炎ウイルスが肝臓に住み着き,B型肝炎ウイルスに感染している状態にあることを示し,低力価陽性であれば,かつてB型肝炎ウイルスに感染したことがあることを示す。

なお,一般に,高力価陽性とは,CLIA法で測定したS/CO(サンプル値/カットオフ値)が,10以上であることをいう。

e HBs抗体陽性 かつてB型肝炎ウイルスに感染したことがあり,現在治癒していることを示す。

f DNAポリメラーゼ 陽性であれば,B型肝炎ウイルスが盛んに増殖している状態を示し,e抗体陽性の場合でも,ウイルスに感染力があることを意味し,陰性であれば,B型肝炎ウイルスが増殖していない状態にあることを示す。

(イ) B型肝炎ウイルスのキャリアの自然経過時のB型ウイルスマーカーの推移は,別紙<省略>のとおりである。

オ B型肝炎ウイルスの感染源が血液であることから,一般的予防法としては,血液付着の回避,医療器具等血液で汚染され又は血液付着のおそれのある器具の消毒又は廃棄(いわゆるディスポーザブルタイプ器具の使い捨て等)がある。また,B型肝炎に汚染された医療器具等の具体的な消毒方法としては,まず,器具等の使用後速やかに当該器具等に付着している血清たんぱくを十分に洗い流し,その後に滅菌消毒するが,最も信頼性の高い滅菌消毒の方法は加熱滅菌であり,オートクレーブ消毒(水蒸気のある状態で圧力を高くし,摂氏121度の熱で20分),煮沸消毒(15分以上),乾熱滅菌が有効である。以上の加熱滅菌が不可能な場合には薬物消毒の方法を用いる。その際,塩素系の次亜塩素酸ナトリウム(有効塩素濃度1000PPM,1時間)が多用され,金属材料に対しては,2%のグルタール・アルデヒド液,エチレン・オキサイドガス,ホルム・アルデヒドガス等が用いられる。上記以外の消毒剤については有効性が明らかでなく,日常汎用されている消毒用アルコール,クレゾール等は消毒効果がない。

カ 免疫不全等に陥っていない成人が,はじめてB型肝炎ウイルスに感染した場合で,B型肝炎ウイルスの侵入が軽微な場合には,身体に変調を来さない不顕性のまま抗体(HBs抗体)が形成されて免疫が確立し,以後再び感染することはなくなるが,B型肝炎ウイルスの侵入が強度な場合には,黄疸等の症状を伴う顕性の急性肝炎又は劇症肝炎となる。顕性の肝炎が治癒した場合には,上記抗体が形成されて免疫が成立し,以後感染することはなくなる。なお,成人がB型肝炎ウイルスに感染してから顕性の肝炎を発症するまでの期間は1か月から6か月である。

キ 乳幼児は,生体の防御機能が未完成であるため,B型肝炎ウイルスに感染してウイルスが肝細胞に侵入しても免疫機能が働かないため,ウイルスが肝臓に留まったまま感染状態が持続することがあり,いわゆるウイルスキャリア(持続感染者。以下「キャリア」ということがある。)となる。キャリアとなった場合でも,その後の経過の中でHBe抗原陽性からHBe抗体陽性に変換(セロコンバージョン)すれば,以後,肝炎を発症することはほとんどなくなる。しかし,上記抗原陽性状態から抗体陽性への変換がないまま成人期(2,30代)に入ると,B型肝炎ウイルスと免疫機能との共存状態が崩れて肝炎を発症し,肝炎が持続すると(慢性B型肝炎)肝細胞の破壊と再生が長期間継続され,肝硬変又は肝がんへと進行することがある。

そして,持続感染者に最もなりやすいのは,2,3歳頃まで(最大6歳頃まで)で,それ以後は,感染しても一過性の経過をたどることが多い。

ク B型肝炎ウイルスの持続感染者の一部の者においては,HBs抗原が経時等により陰性化することがある。成人の無症候性の持続感染者においては,25年間で約40%の割合で上記の陰性化が起きるとの研究結果もある。

ケ 現在の我が国におけるB型肝炎ウイルスの持続感染者は,推定で約120万~ 140万人であるが,感染者の年齢層によって感染者比率に差異があり,40歳以上の感染者比率は1~2%,30歳以下の感染者比率は1%未満である。なお,昭和61年からHBe抗原陽性の母親から生まれた児を対象として,公費でワクチン等を使用した母児間感染阻止事業が開始され,昭和61年生まれ以降の世代における新たな持続感染者の発生はほとんどみられなくなった。

コ B型肝炎ウイルスの発見は,1973年(昭和48年)のことであるが,同一の注射器(針,筒)を連続して使用することなどにより,非経口的に人の血清が人体内に入り込むと肝炎が引き起こされることがあること,それが人の血清内に存在するウイルスによるものであることは,我が国の内外において,1930年代後半から1940年代前半にかけて広く知られるようになっていた。そして,欧米諸国においては,遅くとも,1948年(昭和23年)には,血清肝炎が人間の血液内に存在するウイルスにより感染する病気であること,感染しても黄疸を発症しない持続感染者が存在すること,注射をする際,注射針のみならず注射筒を連続使用する場合にもウイルスが感染する危険があることについて,医学的知見が確立していた。また,我が国においても,遅くとも昭和26年当時には,血清肝炎が人間の血液内に存在するウイルスにより感染する病気であり,黄疸を発症しない保菌者が存在すること,そして,注射の際に,注射針のみならず注射筒を連続使用した場合にもウイルス感染が生ずる危険性があることについて医学的知見が形成されていた。

⑵  我が国おける予防接種の経緯

我が国では,予防接種法(昭和23年7月1日施行),結核予防法(昭和26年4月1日施行)等に基づき,集団予防接種等が実施されてきた。被告(国)は,昭和23年厚生省告示第95号において,注射針の消毒は必ず被接種者1人ごとに行わなければならないことを定め,昭和25年厚生省告示第39号において,1人ごとの注射針の取替えを定めたが,昭和26年以降も,集団予防接種等の実施機関に対して,注射器(針,筒)の1人ごとの交換又は徹底した消毒の励行等を指導せず,注射器の連続使用の実態を放置していた。このような状況は,昭和63年1月27日付けの厚生省保健医療局結核難病感染症課長及び感染症対策室長の「予防接種等の接種器具の取扱いについて」と題する通達が発出されるまで続いた可能性を否定できない(集団合意書の第2の1の⑶の①参照)。

⑶  原告及びその親族のB型肝炎ウイルスマーカー検査の結果

ア 原告

(ア) 平成6年3月9日(H病院において)(証拠<省略>)

HBs抗原 +

HBc抗体 +

HBe抗原 +

HBV-DNA +(PCR法,数値4.3)(ただし,この値については,平成15年2月4日のものである。)

(イ) 平成23年8月3日(H病院において)(証拠<省略>)

HBs抗原 +

HBc抗体 +(CLIA法,数値12.84(s/co))

HBe抗原 -

HBV-DNA +(PCR法,数値6.0)

イ B(原告の父)

Bが平成23年8月12日にI病院において受けた検査の結果は,以下のとおりであった(証拠<省略>)。

HBs抗原 -

HBc抗体 -(精密法,数値0.09(s/co))

ウ A(原告の母)

Aが平成23年8月30日にJ医院において受けた検査の結果は,以下のとおりであった(証拠<省略>)。

HBs抗原 -

HBc抗体 +(CLIA法,数値13.50)

エ C(原告の兄)

Cが平成24年8月6日にKクリニックにおいて受けた検査の結果は,以下のとおりであった(証拠<省略>)。

HBs抗原 -

HBc抗体 +(CLIA法,数値10.72)

オ D(原告の妹)

Dが平成24年7月25日にL医院において受けた検査の結果は,以下のとおりであった(証拠<省略>)。

HBs抗原 -

HBc抗体 +(CLIA法,数値11.0)

カ G(Aの妹(原告の叔母))

Gが平成24年9月12日にM内科において受けた検査の結果は,以下のとおりであった(証拠<省略>)。

HBs抗原 -

HBc抗体 -(CLIA法,数値0.03)

⑷  原告の肝炎発症とその病状

原告は,昭和61年頃,献血をした際に,B型肝炎ウイルスの持続感染者と診断され,その後,平成5年10月頃,就業先の健康診断で肝機能異常と診断されたため,同月27日,H病院で診察を受け,平成6年3月8日から同年4月8日まで入院加療を受けた。その後,原告は,約3か月ないし6か月の間隔で,定期的に通院し,検査等を受けている。

原告の現在の病態は,肝機能が安定しており,特段治療は行われていないが,ウイルス量が多く,原告は,肝機能の状態が悪化した場合には,投薬治療を行う旨医師から告げられている。

⑸  原告の予防接種等歴

原告は,これまで,①昭和42年6月15日及び昭和48年3月頃に種痘接種を,②昭和42年6月29日から昭和43年10月8日までに4度,破傷風,百日せき,ジフテリアの三種混合ワクチン(DPT)の接種を,③昭和48年2月頃及び昭和54年2月15日にジフテリアの予防接種を,④昭和43年2月15日,同年5月24日及び同年10月15日に急性灰白髄炎のワクチンの接種を,⑤昭和43年7月25日,昭和45年8月頃及び昭和48年5月31日にBCG接種を,⑥昭和42年9月14日から昭和48年5月29日までの間に7度,ツベルクリン反応検査を,⑦昭和43年6月10日から昭和56年6月8日までの間に11度,日本脳炎の予防接種を,⑧昭和52年11月6日から昭和56年12月15日までの間に10度,インフルエンザの予防接種をそれぞれ受けるなどした(証拠<省略>)。

2  主位的請求について

⑴  原告が原告自身に対する集団予防接種等の実施によりB型肝炎ウイルスに感染したか(主位的請求関係)(争点⑴)について

ア 一般論

本件において,原告は,集団予防接種等における注射器の連続使用等によってB型肝炎ウイルスに感染したと主張して,被告に損害賠償請求をしているのであるから,上記因果関係の立証責任が原告にあるのは明らかであり,これを高度の蓋然性,すなわち,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる程度に証明する必要がある(最高裁判所昭和50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)。そして,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が証明されたというためには,他原因の可能性を原告が高度の蓋然性をもって否定する必要があり,原告は,本証として,他原因の不存在を高度の蓋然性をもって立証する必要があるのに対し,被告は,反証として,当該結果の発生が専ら他原因によるのではないかとの疑いを抱かせる程度の立証をすれば足りるものと解するのが相当である。

イ 本件の検討

(ア) この点,被告は,原告が,原告のB型肝炎ウイルスへの感染原因として,予備的請求として,母子感染を主張していることを指摘し,自ら直接感染という感染原因にとっての他原因である母子感染の合理的可能性の存在を認めていることになるから,原告の感染原因が集団予防接種等による直接感染であることの立証ができていないと主張する。

しかしながら,原告は,訴訟戦略上,主位的請求が認容されないことを慮って予備的請求をしているものであり,上記のような原告の主張態度をもって,原告が,主位的請求との関係でも,他原因である母子感染の合理的可能性の存在を認めていると評価するのは相当ではない。

したがって,被告の上記主張は,採用の限りでない。

(イ) そこで,本件の証拠関係に基づき,因果関係の有無につき検討する。

なるほど,前記認定のとおり,原告は,生後6か月位から満7歳に達する頃までの間においても,複数回,集団予防接種を受けており,その時期は集団予防接種等において,注射器の連続使用が行われていた期間中であるから,原告が集団予防接種等の際に,注射器の連続使用等によって,B型肝炎ウイルスに感染した可能性はあるといえる。

しかしながら,他方で,原告のB型肝炎ウイルス感染の原因が集団予防接種等であったと認め得る直接証拠は見当たらない上,持続感染の感染原因として最も多いのは,持続感染者である母からの母子感染であることは前記認定のとおりであるから,原告のB型肝炎ウイルス感染の原因が集団予防接種等であったというためには,少なくとも有力な他原因である母子感染の可能性を高度の蓋然性をもって否定する必要があるというべきである。

そして,前記認定に係る医学的知見によれば,B型肝炎ウイルスのキャリア(持続感染者)のB型肝炎ウイルスマーカーの推移は別紙<省略>のとおりであること,子どもの出産時に母親がB型肝炎ウイルスの持続感染者であり,かつ,HBe抗原が陽性である場合は,その子どもの約85~ 90%はB型肝炎ウイルスの持続感染者となるとされていること,他方,母親が持続感染者であっても,HBe抗体が陽性である場合は,その子どもが持続感染者となることはないことが認められるから,これらを総合すると,本人の年長のきょうだいが持続感染者である場合には,その母親が持続感染者であり,かつ,上記きょうだいの出産時に母親のHBe抗原が陽性であった可能性が高いと認められ,その後に出生した者(本人)が持続感染者である場合には,その時点でも引き続き母親のHBe抗原が陽性であるために母子感染した可能性が高いと認められることになる。

これを本件についてみると,前記認定事実によれば,原告の母であるA,原告の兄であるC及び原告の妹であるDは,いずれもHBc抗体が高力価陽性であり,B型肝炎ウイルスに持続感染している状態であることが認められる(なお,A,C及びDがB型肝炎ウイルスに持続感染していることと,同人らのHBs抗原がいずれも陰性であることは,前記認定のとおり,HBs抗原が経時等により陰性化することがあり,無症候性の持続感染者においては,25年間で約40%の割合でこれが起きること,A及びCにつき,B型肝炎ウイルス感染による明確な症状(慢性肝炎,肝硬変,肝がん)が出現したことを窺わせる証拠はないことを踏まえれば,矛盾するものではない。)。

[判示事項1]したがって,母Aは,B型肝炎ウイルスの持続感染者であり,かつ,兄Cの出産時点でそのウイルスの感染力が強かった(HBe抗原陽性であった)可能性が高く,原告は母AからB型肝炎ウイルスを母子感染した可能性が高いと認めるのが相当である。なお,妹Dが持続感染者であることは,母子感染が持続感染の感染原因として最も有力であることを併せ考えれば,原告が母子感染である可能性を高める要素であるといえる。

そうすると,原告のB型肝炎ウイルス感染につき,母子感染の可能性が高度の蓋然性をもって否定されたとはいえず,かえって,原告のB型肝炎ウイルス感染は,母Aからの母子感染により引き起こされた可能性が高いと認められる。

(ウ) 原告は,原告とA,C及びDとの症状の程度の違いから,原告が母子感染によりB型肝炎ウイルスに感染したとは考えられないと主張する。

しかしながら,本件の全証拠によっても,ある母親の複数の子が母子感染によりB型肝炎ウイルスに感染した場合には,必ず,当該母及び複数の子の症状の有無,程度,内容等が一致ないし類似するというような医学的知見は認められないから,原告の上記主張は,その前提を欠く。

⑵  まとめ

そうすると,原告の主位的請求は,その余の争点について判断するまでもなく理由がない。

3  予備的請求について

⑴  原告がB型肝炎ウイルスに感染した母Aからの母子感染によってB型肝炎ウイルスに感染したか(予備的請求関係)(争点⑵)について

ア 前記のとおり,医学的知見や母A及び兄Cのウイルスマーカー検査の結果によれば,原告のB型肝炎ウイルス感染は,母Aからの母子感染により引き起こされた可能性が高いと認められる。

イ この点,被告は,原告が,原告のB型肝炎ウイルスへの感染原因として,主位的請求として,集団予防接種等による直接感染を主張していることを指摘し,自ら母子感染という感染原因にとっての他原因である直接感染の合理的可能性の存在を認めていることになるから,原告の感染原因が母子感染であることの立証ができていないと主張する。

しかしながら,前記で判示したとおり,原告は,訴訟戦略上,主位的請求が認容されないことを慮って予備的請求をしているものであり,上記のような原告の主張態度をもって,原告が,予備的請求との関係でも,他原因である直接感染の合理的可能性の存在を認めていると評価するのは相当ではない。

⑵  母Aが集団予防接種等の実施によりB型肝炎ウイルスに感染したか(予備的請求関係)(争点⑶)について

ア 母Aが満7歳に達するまでに集団予防接種等を受けたかについて

(ア) 前記認定の医学的知見によれば,B型肝炎ウイルスの持続感染が成立するのは,そのほとんどが,満7歳に達するまでの間にB型肝炎ウイルスに感染した場合であるから,母Aが満7歳に達するまでの間に,注射器の連続使用を伴う集団予防接種等を受けたことが認められる必要があるが,これを認めるに足りる的確な証拠はない。

(イ) この点につき,Aは,小学校入学前後にツベルクリン反応検査等を受けたが,その具体的な時期や内容は記憶にないと陳述する(証拠<省略>)。しかしながら,弁論の全趣旨によれば,昭和16年頃に実施されたツベルクリン反応検査の対象者は,「中学校及び国民学校修了就職予定者」又は「10歳以上の児童生徒」であることが認められるから,上記陳述によっても,Aが満7歳に達するまでの間(昭和22年○月○日以前)に注射器の連続使用を伴う集団予防接種等を受けたと認めることができないことは明らかである。

(ウ) また,原告は,種痘法及び予防接種法の施行状況,昭和16年頃から昭和21年頃までの結核対策や腸チフス等の予防接種の実施状況により,Aが何らかの集団予防接種等を受けたと主張する。

しかしながら,Aが満7歳に達する昭和22年○月○日頃までは,種痘法の施行によっても,種痘接種を忌避又は懈怠する者に対し,これを強制することは困難であったこと,そのため,第二次世界大戦の終戦を迎えた頃(昭和20年頃)には,天然痘の流行が急速に拡大したこと(証拠<省略>)が認められ,種痘法の存在によっても,Aが種痘接種を受けていたと認めるに足りない。予防接種法についても,その施行は昭和23年7月1日であり(予防接種法附則1条),Aが満7歳に達した後に施行されているから,Aが満7歳に達するまでの間に予防接種法に基づく予防接種等を受けたということはあり得ない。さらに,腸チフス等の予防接種についても,当時のAの住所地近辺でどの程度確実に実施されていたのかは明らかでないし,結核対策としての検査や予防接種についても,満7歳に達していない者がその対象とされたと認めるに足りる証拠はない。しかも,腸チフス等の予防接種は,都道府県又は市町村において任意に実施されたこと(弁論の全趣旨)が認められるから,被告の公権力の行使に該当しない。

したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

イ 母Aが集団予防接種等によりB型肝炎ウイルスに感染したかについて

(ア) 前記のとおり,B型肝炎ウイルス感染の原因としては,最も可能性の高いのは,母子感染であるところ,本件全証拠によるも,母AのB型肝炎ウイルス感染につき,母子感染の可能性が高度の蓋然性をもって否定されたとはいえない。

(イ) 原告は,Aの妹であるGのウイルスマーカーの検査結果が,HBs抗原及びHBc抗体のいずれもが陰性であったことから,AのB型肝炎ウイルスへの感染原因は,母子感染ではないと主張している。

しかしながら,Aの母親がAを出産する時にはB型肝炎ウイルスの感染力が強い状態(HBe抗原陽性状態)であったが,その後セロコンバージョンが起き,Gを出産する時点ではB型肝炎ウイルスの感染力が弱い状態(HBe抗体陽性状態)となっていたために,Gはその母親からB型肝炎ウイルスに感染することがなかったという可能性もあるため,GのHBs抗原及びHBc抗体のいずれもが陰性であることから直ちに,原告の感染原因が母子感染でないということはできない。

ウ まとめ

[判示事項2]そうすると,AのB型肝炎ウイルスの感染原因が,Aが満7歳に達するまでの間に受けた集団予防接種等の際の注射器の連続使用にあると認めることはできない。

⑶  母Aが同女に対する集団予防接種等の実施によりB型肝炎ウイルスに感染したとした場合の被告の予見可能性の有無(予備的請求関係)(争点⑷)について

ア この点も,原告において,母Aが満7歳に達した昭和22年○月○日に至るまでの間に,被告が,集団予防接種等において注射器の針を交換しないことや針の消毒が不十分であること等により,被接種者等を肝炎の病原に感染させる可能性があったことを認識し,又は認識することが可能であったことを立証する必要がある。

イ 原告は,日本国憲法施行時(昭和22年5月3日)頃には,被告に予見可能性があった旨主張している。

しかしながら,原告は,この点につき,独自に,医療文献等を新たに証拠提出して被告の予見可能性を立証しているのではなく,平成16年札幌高決や平成18年最高裁判決の判示事項等からその旨主張しているにすぎない。

ところで,平成16年札幌高裁判決は,同事件の当事者双方から提出された多数の医療文献等を詳細に検討した上で,遅くとも昭和26年当時には,血清肝炎が血液内に存在するウイルスにより感染する病気であり,黄疸を発症しない保菌者が存在すること,注射の際に,注射針のみならず注射筒を連続使用した場合にもウイルス感染が生ずる危険性があることについて医学的知見が形成されていたと判断し,これに基づき,昭和26年当時の被告の予見可能性を肯定しているのであって(証拠<省略>),平成18年最高裁判決もこれを是認しているものである(証拠<省略>)。

しかも,平成16年札幌高裁判決の認定事実(証拠<省略>)によっても,B型肝炎ウイルスの発見自体は昭和48年のことであること,欧米諸国においても,血清肝炎が人間の血液内に存在するウイルスにより感染する病気であること,感染しても黄疸を発症しない持続感染者が存在すること,注射をする際,注射針のみならず注射筒を連続使用する場合にもウイルスが感染する危険があることについて,医学的知見が確立したのは,遅くとも昭和23年(1948年)とされていること,昭和23年には,名古屋大学教授坂本陽が「流行性肝炎について」(「診断と治療」36巻6号)と題する論文において,肝炎の原因としてウイルスが最有力であるとし,「流行性肝炎の患者の採血に用いた注射器及び針が危険である。病毒は単なる滅菌法では死なない。英国医学研究会の報告によれば乾燥滅菌又は高圧滅菌によるのが最良で,煮沸のみでは死滅しない。」としたにすぎず,昭和26年に,和歌山医科大学教授楠井賢造が,「肝炎の問題を中心として」(「治療」33巻6号)と題する論文において,ウイルス性肝炎を流行性肝炎,散発性肝炎,血清肝炎の3つに分類し,血清肝炎について「輸血,乾燥貯蔵血漿の注射,各種の人血清による予防注射又は注射筒や注射針の不十分な消毒が原因となって黄疸が起こることもしばしば経験せられる」とし,予防法として「患者の治療や採血に用いた注射器及び注射筒の消毒を特に厳重に行わなければならない。英国医学研究会の報告では,160度,1時間あるいは高圧滅菌法によるのが最も良いとされている」との警告を発したことが認められるにすぎないから,これをもって,被告が昭和22,3年頃に,集団予防接種等において注射器の針を交換しないことや針の消毒が不十分であること等により,被接種者等を肝炎の病原に感染させる可能性があったことにつき予見可能性があったと認めることは困難である。

この点,原告は,被告の予見可能性の論拠として,厚生省告示の存在も指摘しているが,この点は,平成16年札幌高裁判決においても検討されており,原告主張の厚生省告示が発出されたからといって,その時点で被告に予見可能性があったことの根拠となるものではない。

ウ したがって,昭和22年○月○日より前の時点において,被告に,集団予防接種等の注射器の連続使用等により被接種者等を肝炎の病原に感染させる可能性があることの認識又は認識可能性があったと認めることはできない。

⑷  まとめ

そうすると,原告の予備的請求も,その余の争点について判断するまでもなく理由がない。

4  結論

以上によれば,原告の主位的請求及び予備的請求は,その余の争点について判断するまでもなくいずれも理由がないから,これをいずれも棄却することとする。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 神山隆一 武田美和子 高津戸拓也)

別紙<省略>

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